(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】被覆金属材の耐食性試験方法及び試験片
(51)【国際特許分類】
G01N 17/02 20060101AFI20240709BHJP
G01N 27/00 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
G01N17/02
G01N27/00 L
(21)【出願番号】P 2020106395
(22)【出願日】2020-06-19
【審査請求日】2023-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅田 照朗
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 將展
(72)【発明者】
【氏名】重永 勉
【審査官】野田 華代
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-201451(JP,A)
【文献】特開昭59-048649(JP,A)
【文献】特開2000-046778(JP,A)
【文献】特開2020-094881(JP,A)
【文献】特開2020-165749(JP,A)
【文献】特開平11-237358(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/00ー17/04
G01N 27/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の耐食性試験方法であって、
前記金属製基材と同一の材料からなる基材部と、
前記基材部の表面上に設けられ、前記表面処理膜と同一の材料からなる膜部と、
前記膜部の表面上に前記基材部と非接触状態で設けられ、前記基材部よりも標準電極電位が高い材料からなる導電部と、
前記膜部の表面上において前記導電部が形成された領域の中央部に形成され、前記膜部を貫通して前記基材部に達する人工傷と、
前記基材部と前記導電部とを接続して両者を電気的に短絡させる外部回路と、
を備えた試験片を用いて行うものであり、
前
記導電部
として、所定幅を有し且つ互いに所定間隔を空けて並設された複数の線状パターンを備えた薄膜を形成する準備工程と、
前記準備工程後に前記人工傷を形成する人工傷形成工程と、
前記
基材部と前記導電部とを前記外部回路を介して接続す
る接続工程と、
前記
試験片を腐食環境にさら
した後、前記人工傷周りの前記膜部の膨れの大きさに基づいて、前記試験片の腐食の進行度合いを評価することにより、前記被覆金属材の耐食性を試験する試験工程と、を備え、
前記試験工程で、前記
基材部と前記導電部との標準電極電位の差により、前記
試験片の腐食が促進される
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【請求項2】
請求項
1において、
前記所定幅は、0.5mm以上5mm以下であり、
前記所定間隔は、0.5mm以上5mm以下である
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【請求項3】
請求項
1又は請求項
2において、
前記導電部は、前記複数の線状パターンを接続するパッド部を備え、
前記接続工程で、前記外部回路は、前記導電部における前記パッド部に接続される
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか1つにおいて、
前記外部回路は、配線と、該配線の先端側にハンダ付けされた金属板と、を備え、
前記接続工程で、前記金属板と前記導電部とを導電ボンドを介して固定することにより、前記導電部と前記外部回路とを接続する
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【請求項5】
請求項
1~
4のいずれか1つにおいて、
前記試験工程で、前記人工傷が形成された部分に腐食因子を供給することにより、前記
試験片を前記腐食環境にさらす
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか1つにおいて、
前記準備工程で、スクリーン印刷により前記導電部を形成する
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれか1つにおいて、
前記被覆金属材は、前記金属製基材に前記表面処理膜として樹脂塗膜が設けられてなる自動車部品用の塗装金属材である
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【請求項8】
請求項
7において、
自動車の試験対象箇所に、当該箇所を構成する塗装金属材と同一仕様の被覆金属材に前記導電部
、前記人工傷及び前記外部回路を設けてなる
前記試験片を配置し、前記自動車がさらされる環境を前記腐食環境として前記被覆金属材の耐食性を試験する
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【請求項9】
金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の耐食性試験に用いる試験片であって、
前記金属製基材と同一の材料からなる基材部と、
前記基材部の表面上に設けられ、前記表面処理膜と同一の材料からなる膜部と、
前記膜部の表面上に前記基材部と非接触状態で設けられ、前記基材部よりも標準電極電位が高い材料からなる導電部と、
前記膜部の表面上において前記導電部が形成された領域の中央部に形成され、前記膜部を貫通して前記基材部に達する人工傷と、
前記基材部と前記導電部とを接続して両者を電気的に短絡させる外部回路と、
を備え、
前記導電部は、所定幅を有し且つ互いに所定間隔を空けて並設された複数の線状パターンを備えた薄膜からなり、
前記耐食性試験は、前記試験片を腐食環境にさら
した後、前記人工傷周りの前記膜部の膨れの大きさに基づいて、前記試験片の腐食の進行度合いを評価することにより、前記被覆金属材の耐食性を試験するものであり、
前記試験片を前記腐食環境にさらしたときに、前記基材部と前記導電部との標準電極電位の差により、前記試験片の腐食が促進される
ことを特徴とする試験片。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、被覆金属材の耐食性試験方法及び当該方法に用いられる試験片に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、塗膜性能を評価する手法として複合サイクル試験、塩水噴霧試験等の腐食促進試験が行われている。
【0003】
しかし、かかる腐食促進試験においては、評価に数ヶ月を要するため、例えば塗装鋼板の構成材料や焼付条件の異なる塗膜の膜質を簡便に評価し、塗装条件の最適化等を迅速に行うことが困難である。従って、材料開発、塗装工場の工程管理、車両防錆に係る品質管理の場において、塗装鋼板の耐食性を迅速且つ簡便に評価する定量評価法の確立が望まれている。
【0004】
これに対して、特許文献1には、導電部材の表面に施された皮膜の耐食性を評価する手法として、導電部材及び対極部材を水又は電解質液に浸漬し、測定電源の負端子側を導電部材に、正端子側を対極部材に電気的に接続し、対極部材から皮膜を通して導電部材に流れる酸素拡散限界電流に基づいて当該皮膜の防食性能を評価することが記載されている。
【0005】
特許文献2には、塗装金属材の塗膜表面側に電解質材料を介して電極を配置し、塗装金属材の基材と塗膜表面との間に電圧を印加し、塗膜が絶縁破壊するときの電圧値に基づいて、塗装金属材の耐食性を評価することが記載されている。
【0006】
特許文献3には、塗装金属材の塗膜表面側に電解質材料を介して電極を配置し、塗装金属材の塗膜に電解質材料を浸透させ、塗装金属材の基材と塗膜表面との間に電圧を印加し、該電圧の印加に伴って流れる電流に関する値に基づき、塗装金属材の耐食性を評価することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2007-271501号公報
【文献】特開2016-50915号公報
【文献】特開2016-50916号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1~3に記載された耐食性試験方法は、信頼性の高い試験結果を、従来の腐食促進試験と比べてより短時間で得ることができる。
【0009】
しかしながら、特許文献1~3に記載の技術は、実際に塗装金属材が組み込まれた製品の使用状況に対応する腐食環境をより忠実に再現するという観点においては改善の余地がある。そのような観点では、例えば従来の腐食促進試験において、試験条件を大きく変更することなく、試験結果を得るまでの試験時間を大幅に短縮することができれば、信頼性が高く汎用性に優れた試験方法となる。
【0010】
また、実際に製品がさらされる腐食環境下における塗装金属材の耐食性試験として、当該塗装金属材と同一仕様の被覆金属材からなる試験片を製品に設置して行う場合がある。このような耐食性試験では、試験片の設置から、例えば数年間などの試験期間を経て、試験片を回収し、腐食状況を確認する。特許文献1~3に記載の技術は、そのような試験への展開は困難であるという問題があった。
【0011】
そこで本開示は、より短時間で信頼性の高い試験結果を得ることができる、汎用性に優れた被覆金属材の耐食性試験方法及び当該方法に用いられる試験片をもたらすことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために、ここに開示する技術は、金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の耐食性試験方法であって、前記表面処理膜の表面上に、前記金属製基材と非接触状態で、前記金属製基材よりも標準電極電位が高い材料からなる導電部を形成する準備工程と、前記金属製基材と前記導電部とを外部回路を介して接続することにより、両者を電気的に短絡させる接続工程と、前記被覆金属材を腐食環境にさらすことにより、前記被覆金属材の耐食性を試験する試験工程と、を備え、前記試験工程で、前記金属製基材と前記導電部との標準電極電位の差により、前記被覆金属材の腐食が促進されることを特徴とする。
【0013】
本構成では、金属製基材と導電部とを外部回路を介して接続し短絡させるから、金属製基材と導電部との標準電極電位の差に起因して表面処理膜における金属製基材側と前記導電部側との間に電位差が生じる。そうして、腐食環境に含まれる湿気、塩水等の腐食因子の表面処理膜内への浸透が促進される。また、表面処理膜内に浸透した腐食因子が金属製基材及び導電部に到達すると、金属製基材の溶解反応が進行し、両者間に腐食電流が流れるとともに、被覆金属材の腐食が進行する。本構成では、表面処理膜の金属製基材側と前記導電部側との間に電位差が生じているから、金属製基材の溶解反応の進行も促進される。そうして、腐食因子の表面処理膜内への浸透及び金属製基材の溶解反応の進行が促進されるから、被覆金属材の腐食が促進される。従って、本構成によれば、簡便な構成で、極めて短時間で、被覆金属材の耐食性を試験することができる。
【0014】
一実施形態では、前記準備工程で、前記導電部として、所定幅を有し且つ互いに所定間隔を空けて並設された複数の線状パターンを備えた薄膜を形成する。
【0015】
本構成によれば、導電部が複数の線状パターンを備えた薄膜であるから、広範囲に亘って金属製基材と導電部との電位差を発生させ、被覆金属材の腐食を促進できる。また、互いに所定間隔を空けて併設された複数の線状パターンとすることにより、隣り合う線状パターン間には導電部が存在しないから、その間隙部分は、表面処理膜が露出している。この表面処理膜の露出部分は腐食環境にさらされるから、当該露出部分からの腐食因子の浸透が促進される。そうして、被覆金属材の腐食の進行が効果的に促進され、容易且つ短時間での耐食性試験が可能となる。
【0016】
一実施形態では、前記所定幅は、0.5mm以上5mm以下であり、前記所定間隔は、0.5mm以上5mm以下である。
【0017】
本構成によれば、広範囲に亘る導電部の形成領域を確保しつつ、当該領域における表面処理膜の露出部分も十分に確保することができる。そうして、被覆金属材の腐食の進行が効果的に促進され、容易且つ短時間での耐食性試験が可能となる。
【0018】
一実施形態では、前記導電部は、前記複数の線状パターンを接続するパッド部を備え、前記接続工程で、前記外部回路は、前記導電部における前記パッド部に接続される。
【0019】
本構成によれば、複数の線状パターンの各々と金属製基材とを接続する複数の外部回路を設ける必要がない。言い換えると、パッド部と金属製基材とを外部回路で接続するだけで、金属製基材と導電部とを短絡させることができる。従って、接続工程を簡素化できる。
【0020】
一実施形態では、前記外部回路は、配線と、該配線の先端側にハンダ付けされた金属板と、を備え、前記接続工程で、前記金属板と前記導電部とを導電ボンドを介して固定することにより、前記導電部と前記外部回路とを接続する。
【0021】
導電部と外部回路との接続部分は十分に導通を確保する必要がある。しかしながら、導電部に直接配線の先端側をハンダ付けすることは、導電部の損傷を招き、導通を確保できないおそれがある。本構成によれば、配線の先端側にハンダ付けされた金属板と導電部とを導電ボンドを用いて接着固定させるから、導電部の損傷を抑制しつつ、接続部分における十分な導通を確保できる。
【0022】
一実施形態では、前記準備工程後に、前記被覆金属材に、人工傷を形成する人工傷形成工程をさらに備える。
【0023】
一般に、表面処理膜を備えた被覆金属材では、例えば湿気、塩水等の腐食因子が表面処理膜に浸透し、金属製基材に到達することで腐食が開始する。従って、被覆金属材の腐食過程は、腐食が発生するまでの過程と腐食が進展する過程とに分けられる。腐食が発生するまでの過程は、腐食が開始するまでの期間(腐食抑制期間)を求めることにより評価できる。また、腐食が進展する過程は、腐食が進展する速度(腐食進展速度)を求めることにより評価できる。
【0024】
人工傷を加えると、人工傷が加えられた部分において腐食が開始する。すなわち、人工傷を加えることにより、被覆金属材の腐食過程のうち、腐食が発生するまでの過程が終了した状態、すなわち腐食抑制期間終了時の状態を模擬的に作り出すことができる。
【0025】
本構成によれば、人工傷を形成することにより、腐食抑制期間終了時の状態を模擬的に作り出すことができるから、被覆金属材の腐食の進行がさらに促進される。そうして、より短時間で信頼性の高い耐食性試験が可能となる。
【0026】
一実施形態では、前記人工傷は、前記表面処理膜を貫通して前記金属製基材に達する。
【0027】
本構成によれば、人工傷が表面処理膜を貫通して金属製基材にまで到達しているから、人工傷の部分から表面処理膜内への腐食因子の浸透が促進される。また、金属製基材も腐食因子と接触するから、金属製基材の溶解反応の進行が促進される。そうして、より短時間で信頼性の高い耐食性試験が可能となる。
【0028】
一実施形態では、前記人工傷は、前記表面処理膜の表面上において前記導電部が形成された領域の中央部に形成される。
【0029】
本構成によれば、腐食の起点となる人工傷を導電部が形成された領域の中央部に設けるから、導電部が形成された領域全体を耐食性試験に利用できる。
【0030】
一実施形態では、前記試験工程で、前記人工傷が形成された部分に腐食因子を供給することにより、前記被覆金属材を前記腐食環境にさらす。
【0031】
本構成によれば、人工傷が形成された部分に腐食因子を直接供給することにより、人工傷を起点とする腐食の進展をより確実に促進できる。そうして、より短時間で信頼性の高い耐食性試験が可能となる。
【0032】
一実施形態では、前記試験工程で、前記被覆金属材を前記腐食環境にさらした後、前記人工傷周りの前記表面処理膜の膨れの大きさに基づいて、前記被覆金属材の腐食の進行度合いを評価する。
【0033】
金属の腐食は、アノード反応(酸化反応)と、カソード反応(還元反応)が同時に起こることで進行することが知られている。アノード反応は、腐食因子中の水と接触する金属が溶解(イオン化)して遊離電子を生ずる反応である。カソード反応は、アノード反応により生じた遊離電子によって腐食因子中の水や溶存酸素、水中の電離H+との反応により水素やOH-を生成する反応である。
【0034】
本構成では、人工傷が形成された部分を起点として、腐食因子の浸透が進むとともに、アノード反応及びカソード反応が進行し、腐食が進展する。カソード反応が進行すると、OH-の生成によりアルカリ性環境になる。これにより、金属製基材表面の下地処理(化成処理)がダメージを受けて表面処理膜の密着性が低下し(下地処理がされていない場合は単純に金属製基材と表面処理膜の密着性が低下し)、表面処理膜の膨れが発生する。また、H+の還元により発生した水素ガスが表面処理膜の膨れを促進する。従って、人工傷周りの表面処理膜の膨れの程度をみることによって、被覆金属材の腐食の進行度合いを評価できる。
【0035】
一実施形態では、前記準備工程で、スクリーン印刷により前記導電部を形成する
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【0036】
本構成によれば、導電部を簡便な方法で確実に形成できる。
【0037】
なお、当該耐食性試験に供するに適した被覆金属材としては、例えば、金属製基材に表面処理膜として樹脂塗膜が設けられた塗装金属材がある。
【0038】
金属製基材は、例えば、家電製品、建材、自動車部品等を構成する鋼材、例えば、冷間圧延鋼板(SPC)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)、高張力鋼板又はホットスタンプ材等であり、或いは軽合金材であってもよい。金属製基材は、表面に化成皮膜(リン酸塩皮膜(例えば、リン酸亜鉛皮膜),クロメート皮膜等)が形成されたものであってもよい。
【0039】
樹脂塗膜としては、具体的には例えば、エポキシ樹脂系、アクリル樹脂系等のカチオン電着塗膜(下塗り塗膜)があり、電着塗膜に上塗り塗膜が重ねられた積層塗膜、電着塗膜に中塗り塗膜及び上塗り塗膜が重ねられた積層塗膜等であってもよい。
【0040】
塗装金属材は、例えば家電製品、建材、自動車部品等の材料として用いられる。
【0041】
一実施形態では、自動車の試験対象箇所に、当該箇所を構成する塗装金属材と同一仕様の被覆金属材に前記導電部及び前記外部回路を設けてなる試験片を配置し、前記自動車がさらされる環境を前記腐食環境として前記被覆金属材の耐食性を試験する。
【0042】
従来、自動車の使用に伴い自動車がさらされる環境下における塗装金属材の耐食性試験は、当該塗装金属材と同一仕様の被覆金属材からなる試験片を自動車に配置することにより行われる。このような耐食性試験では、試験片の設置から、例えば数年間などの試験期間を経て、試験片を回収し、腐食状況を確認する。
【0043】
本構成によれば、被覆金属材に導電部及び外部回路を設けてなる試験片を用いるから、耐食性試験の試験期間を大幅に短縮できる。そうして、自動車の使用に伴う自動車各部の塗装金属材の耐食性を、簡易な構成で極めて短時間で評価でき、防錆構造の設計や塗膜の設計に有利になる。
【0044】
また、ここに開示する技術は、金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の耐食性試験に用いる試験片であって、前記金属製基材と同一の材料からなる基材部と、前記基材部の表面上に設けられ、前記表面処理膜と同一の材料からなる膜部と、前記膜部の表面上に前記基材部と非接触状態で設けられ、前記基材部よりも標準電極電位が高い材料からなる導電部と、前記基材部と前記導電部とを接続して両者を電気的に短絡させる外部回路と、を備え、前記耐食性試験は、前記試験片を腐食環境にさらすことにより、前記被覆金属材の耐食性を試験するものであり、前記試験片を前記腐食環境にさらしたときに、前記基材部と前記導電部との標準電極電位の差により、前記試験片の腐食が促進されることを特徴とする。
【0045】
本構成では、基材部と導電部とを外部回路を介して接続し短絡させるから、基材部と導電部との標準電極電位の差に起因して膜部における基材部側と前記導電部側との間に電位差が生じる。そうして、腐食環境に含まれる湿気、塩水等の腐食因子の膜部内への浸透が促進される。また、膜部内に浸透した腐食因子が基材部及び導電部に到達すると、基材部の溶解反応が進行し、両者間に腐食電流が流れるとともに、試験片の腐食が進行する。本構成では、膜部の基材部側と導電部側との間に電位差が生じているから、基材部の溶解反応の進行も促進される。そうして、腐食因子の膜部内への浸透及び基材部の溶解反応の進行が促進されるから、試験片の腐食が促進される。従って、本構成によれば、簡便な構成で、極めて短時間で、被覆金属材の耐食性を試験することができる。
【発明の効果】
【0046】
以上述べたように、本開示では、金属製基材と導電部とを外部回路を介して接続し短絡させるから、金属製基材と導電部との標準電極電位の差に起因して表面処理膜における金属製基材側と前記導電部側との間に電位差が生じる。そうして、腐食環境に含まれる湿気、塩水等の腐食因子の表面処理膜内への浸透が促進される。また、表面処理膜内に浸透した腐食因子が金属製基材及び導電部に到達すると、金属製基材の溶解反応が進行し、両者間に腐食電流が流れるとともに、被覆金属材の腐食が進行する。本構成では、表面処理膜の金属製基材側と前記導電部側との間に電位差が生じているから、金属製基材の溶解反応の進行も促進される。そうして、腐食因子の表面処理膜内への浸透及び金属製基材の溶解反応の進行が促進されるから、被覆金属材の腐食が促進される。従って、本構成によれば、簡便な構成で、極めて短時間で、被覆金属材の耐食性を試験することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【
図3】実施形態1に係る耐食性試験方法を説明するためのフローである。
【
図6】実施例1及び比較例1の耐食性試験の結果を示すデジタル顕微鏡像である。
【
図7】実施形態2に係る試験片の
図1相当図である。
【
図9】実施形態3に係る試験片の
図1相当図である。
【
図10】実施形態4に係る試験片の
図1相当図である。
【発明を実施するための形態】
【0048】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0049】
(実施形態1)
<試験片>
図1は、本開示の実施形態1に係る試験片10の平面図である。
図2は、試験片10のA-A線における断面図である。
【0050】
図1及び
図2に示すように、試験片10は、被覆金属材1と、導電部13と、金属板15(外部回路)と、配線17(外部回路)と、を備える。
【0051】
試験片10は、当該試験片10を腐食環境にさらすことにより、被覆金属材1の耐食性を試験する耐食性試験に用いる試験片である。そのような耐食性試験としては、複合サイクル試験、塩水噴霧試験等の腐食促進試験、製品の試験対象箇所に設置して行う実腐食環境下における試験等が挙げられる。また、後述するように、試験片10は、試験片10に直接塩水等の腐食因子を塗布等により供給して行われるような耐食性試験にも使用され得る。
【0052】
試験片10における被覆金属材1は、試験対象である自動車部品用の塗装金属材と同一仕様のものであり、基材部1Aと、膜部1Bと、を備える。基材部1Aは、被覆金属材1の金属製基材と同一の材料からなり、本実施形態では鋼板2の表面に化成皮膜3が形成されてなる。また、膜部1Bは、被覆金属材1の表面処理膜と同一の材料からなり、本実施形態では電着塗膜4(樹脂塗膜)である。試験片10における被覆金属材1は、例えば試験対象箇所を構成する塗装金属材の一部を切り出してなるサンプル等である。
【0053】
導電部13は、膜部1Bの表面上に基材部1Aと非接触状態で設けられた薄膜である。導電部13は、基材部1Aの鋼板2の主成分であるFeよりも標準電極電位が高い、すなわちFeよりも貴な材料からなる。導電部13を構成する材料としては、さらにFeと化合物を形成しない材料であることが望ましい。そのような材料としては、具体的には例えば、Ag、C(カーボン)、Ti、Pt、Au等が挙げられ、コスト性及びハンドリング性の観点から、Ag、C(カーボン)を用いることが望ましい。
【0054】
基材部1Aと導電部13とは、膜部1Bにより隔てられており、直接には接触していない一方、配線17により接続されており、両者は電気的に短絡した状態にある。配線17の基材部1A側の先端は、鋼板2にハンダ付けされている。配線17の導電部13側の先端には、例えば鋼板、銅板等からなる金属板15がハンダ付けされており、金属板15が導電部13に固定されている。
【0055】
本実施形態に係る試験片10では、鋼板2と導電部13とを配線17を介して接続し短絡させるから、鋼板2と導電部13との標準電極電位の差に起因して電着塗膜4における鋼板2側と導電部13側との間に電位差が生じる。そうすると、試験片10を上述の各種耐食性試験に供し、腐食環境にさらしたときに、
図2中矢印6Aで示すように、電位差により、腐食環境に含まれる湿気、塩水等の腐食因子6の電着塗膜4内への浸透が促進される。また、電着塗膜4内に浸透した腐食因子6が鋼板2及び導電部13の両者に到達すると、鋼板2の溶解反応が進行及び促進され、両者間に腐食電流18が流れる。このようにして、試験片10では、腐食因子6の電着塗膜4内への浸透及び鋼板2の溶解反応の進行が促進され、試験片10の腐食が促進される。従って、本実施形態に係る試験片10を用いることにより、各種耐食性試験においても、簡便な構成で、極めて短時間で、被覆金属材1の耐食性を試験することができる。
【0056】
なお、導電部13は、所定幅Wを有し且つ互いに所定間隔Dを空けて並設された複数の線状パターン13Aと、これら複数の線状パターン13Aを接続するパッド部13Cと、を備える。なお、
図1では、隣り合う線状パターン13A間の間隙部分を符号13Bで示している。
【0057】
導電部13が複数の線状パターン13Aを備えた薄膜であるから、広範囲に亘って鋼板2と導電部13との電位差を発生させ、試験片10の腐食を促進できる。また、間隙部分13Bには導電部13が存在しないから、その間隙部分13Bは、電着塗膜4が露出している。この電着塗膜4の露出部分は腐食環境に直接さらされるから、当該露出部分からの腐食因子6の浸透が促進される。そうして、試験片10の腐食の進行が効果的に促進され、容易且つ短時間での耐食性試験が可能となる。
【0058】
所定幅Wは、好ましくは0.5mm以上5mm以下であり、より好ましくは0.5mm以上3mm以下である。所定間隔Dは、0.5mm以上5mm以下であり、より好ましくは0.5mm以上3mm以下である。所定幅Wと所定間隔Dとは、同一サイズであってもよいし、異なるサイズであってもよい。本構成によれば、広範囲に亘る導電部13の形成領域を確保しつつ、当該領域における電着塗膜4の露出部分も十分に確保することができる。そうして、試験片10の腐食の進行が効果的に促進され、容易且つ短時間での耐食性試験が可能となる。
【0059】
<耐食性試験方法>
図3に示すように、本実施形態に係る耐食性試験方法は、準備工程S1と、接続工程S2と、試験工程S3と、を備える。以下、各工程について説明する。
【0060】
-準備工程-
準備工程S1では、電着塗膜4の表面上に、基材部1Aと非接触状態で、導電部13を形成する。
【0061】
導電部13の形成方法は、特に限定されるものではないが、例えば、インクジェット法、スクリーン印刷法、スプレー法、真空蒸着法、スパッタリング法、めっき法等の公知技術が挙げられる。導電部13を簡便な方法で確実に形成する観点から、スクリーン印刷により形成することが望ましい。
【0062】
-接続工程-
接続工程S2では、鋼板2と導電部13とを配線17で接続し、両者を電気的に短絡させる。
【0063】
例えば
図4に示すように、配線17の導電部13側の先端にはハンダ23により、金属板15が固定されている。導電部13のパッド部13Cに、導電ボンド21を塗布し、その上に金属板15を載置する。そして、導電ボンド21の硬化条件に応じた加熱、乾燥等の処理を行い、導電ボンド21を硬化させる。そうして、導電部13のパッド部13Cに金属板15が固定され、配線17は導電部13に接続される。
【0064】
導電部13と配線17との接続部分は十分に導通を確保する必要がある。しかしながら、導電部13に直接配線17の先端をハンダ付けすることは、導電部13の損傷を招き、導通を確保できないおそれがある。本構成では、ある程度面積のある金属板15と導電部13とを導電ボンド21を用いて接着固定させる。また、複数の線状パターン13Aを接続するパッド部13Cに金属板15を固定する。これにより、導電部13の損傷を抑制しつつ、接続部分における十分な導通を確保できる。
【0065】
なお、導電ボンド21は、例えばシリコーン樹脂、エポキシ樹脂等の樹脂にAg、C(カーボン)等の導電性粉末を含んでなる導電性の接着剤であり、常温~120℃程度で硬化するものが望ましい。
【0066】
また、
図4の例では、導電ボンド21を導電部13に塗布しているが、金属板15又は両方に塗布してもよい。
【0067】
-試験工程-
試験工程S3では、試験片10を腐食環境にさらす。
【0068】
具体的には例えば、複合サイクル試験、塩水噴霧試験等の腐食促進試験に供する。複合サイクル試験は、例えばJASO M 609-91(自動車用材料腐食試験方法)等が挙げられる。塩水噴霧試験としては、例えばJIS Z 2371(塩水噴霧試験方法)等が挙げられる。このような試験を行うための試験装置内に試験片10を配置し、腐食促進試験を行う。試験後の試験片10の腐食状況から、被覆金属材1の耐食性を評価する。
【0069】
また、耐食性試験として、例えば
図5に示すように、自動車25の1つ又は複数の試験対象箇所(図例では、フェンダー26、フロア下面27及びリヤホイールハウス28)に、当該箇所を構成する塗装金属材と同一仕様の被覆金属材1に上述の方法で導電部13及び配線17を設けてなる試験片10を設置する。そうして、自動車25がさらされる環境を腐食環境として被覆金属材1の耐食性を試験してもよい。鋼板2と導電部13との標準電極電位の差により、被覆金属材1の腐食が促進されるから、耐食性試験の試験時間を大幅に短縮できる。そうして、自動車25の使用に伴う自動車各部の塗装金属材の耐食性を、簡易な構成で極めて短時間で評価でき、防錆構造の設計や塗膜の設計に有利になる。
【0070】
さらに、耐食性試験として、試験片10の導電部13が形成された領域に、塩水等の腐食因子6を配置して、所定の温度及び湿度条件下で所定時間保持するような試験をおこなってもよい。
【0071】
この場合、腐食因子6は、具体的には例えば水及び支持電解質を含有してなる含水電解質材料である。
【0072】
支持電解質としては、具体的には例えば、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、塩化カルシウム、リン酸カルシウム、塩化カリウム、硝酸カリウム、酒石酸水素カリウム及び硫酸マグネシウムから選択される少なくとも一つの塩を採用することができる。支持電解質としては、特に好ましくは塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム及び塩化カルシウムから選択される少なくとも一つの塩を採用することができる。腐食因子6における支持電解質の含有量は、好ましくは1質量%以上20質量%以下、より好ましくは3質量%以上15質量%以下であること、特に好ましくは5質量%以上10質量%以下である。
【0073】
腐食因子6は、水及び支持電解質に加えて、粘土鉱物を含有してなる泥状物であってもよい。粘土鉱物は、腐食因子6を泥状にするとともに、電着塗膜4へのイオンの移動及び水の浸透を促進させ、腐食の進行を促す。粘土鉱物としては、例えば、層状ケイ酸塩鉱物又はゼオライトを採用することができる。層状ケイ酸塩鉱物としては、例えば、カオリナイト、モンモリロナイト、セリサイト、イライト、グローコナイト、クロライト及びタルクから選択される少なくとも一つを採用することができ、特に好ましくはカオリナイトを採用することができる。腐食因子における粘土鉱物の含有量は、好ましくは1質量%以上70質量%以下、より好ましくは10質量%以上50質量%以下、特に好ましくは20質量%以上30質量%以下である。なお、腐食因子6が泥状物であることにより、電着塗膜4が水平になっていない場合でも、該電着塗膜4の表面に腐食因子6を配置できる。
【0074】
腐食因子6は、水、支持電解質及び粘土鉱物以外の添加物を含有してもよい。このような添加物としては、具体的には例えばアセトン、エタノール、トルエン、メタノール等の有機溶剤が挙げられる。腐食因子6が有機溶剤を含有する場合は、有機溶剤の含有量は、水に対して体積比で5%以上60%以下であることが好ましい。その体積比は、10%以上40%以下であること、20%以上30%以下であることがさらに好ましい。
【0075】
<実施例>
以下、具体的な実施例について説明する。
【0076】
まず、実施例1及び比較例1の試験片を作製した。
【0077】
被覆金属材1は、実施例1及び比較例1において、同一仕様である。具体的には、金属製基材としては、鋼板2としてのGAの表面に化成皮膜3としてのリン酸亜鉛皮膜が形成されてなるものを用いた。なお、リン酸亜鉛皮膜の形成に係る化成処理時間は120秒であった。表面処理膜は、エポキシ系樹脂からなる電着塗膜4である。電着焼付条件は150℃、20分、電着塗膜4の厚さは10μmであった。
【0078】
比較例1に係る試験片として、上記被覆金属材1をそのまま使用した。
【0079】
実施例1に係る試験片10として、上記被覆金属材1の電着塗膜4の表面上に、Agペーストを用いてスクリーン印刷により
図1に示す導電部13を形成した。所定幅W及び所定間隔Dは、いずれも2mmであった。また、導電部13の厚さは50μmであった。
【0080】
次に、配線17を鋼板2及び導電部13に接続した。鋼板2には、ハンダ付けにより配線17の一端を固定した。配線17の他端には、GAの金属板15をハンダ付けした。導電部13のパッド部13Cに市販のカーボン系の導電ボンド21を塗布し、その上に金属板15を配置し、常温で硬化させて、両者を固定した。このようにして、実施例1の試験片10を作製した。
【0081】
実施例1及び比較例1の試験片に対し、腐食因子6としての模擬泥を載置し、温度50℃、湿度98%の条件で保持する耐食性試験を行った。模擬泥は、水1.2Lに対し、支持電解質としての塩化ナトリウム50g、塩化カルシウム50g、及び硫酸ナトリウム50g、並びに、粘土鉱物としてのカオリナイト1000gを混合させてなるものである。
【0082】
耐食性試験後の試験片の表面のデジタル顕微鏡像を
図6に示す。なお、
図6の実施例1の試験片では、耐食性試験後に金属板15を除去している。
図6に示すように、比較例1の試験片では、240時間後においても腐食の発生は全く観察できなかった。一方、実施例1の試験片10では、17時間後には複数の電着塗膜4の膨れが観察され、試験片10の腐食が促進されていることが判る。
【0083】
(実施形態2)
以下、本開示に係る他の実施形態について詳述する。なお、これらの実施形態の説明において、実施形態1と同じ部分については同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0084】
図7及び
図8に示すように、試験片10に人工傷5を形成するようにしてもよい。人工傷5は、準備工程S1後であって試験工程S3前に、被覆金属材1の導電部13及び/又は導電部13近傍における電着塗膜4に形成する(人工傷形成工程)。なお、人工傷5は、接続工程S2の前に形成してもよいし、後に形成してもよい。
【0085】
人工傷5は、
図7及び
図8に示すように、導電部13、電着塗膜4及び化成皮膜3を貫通して鋼板2に達するように形成されることが好ましい。
【0086】
試験片10が腐食環境にさらされると、線状パターン130の人工傷5が形成された部分に腐食因子6が供給される。そうすると、人工傷5は電着塗膜4を貫通して鋼板2にまで到達しているから、腐食因子6は、人工傷5の内側に侵入し、鋼板2に到達する。そうして、人工傷5が形成された部分から腐食が開始する。具体的には、矢印6Bで示すように、人工傷5の部分から電着塗膜4内への腐食因子6の浸透が促進される。また、腐食因子6が鋼板2と接触することにより、鋼板2の溶解反応(Fe→Fe2++2e-)も開始して腐食電流18が流れ始める。このように、人工傷5を形成するとともに、人工傷5が形成された部分に腐食因子6が供給されることにより、被覆金属材1の腐食過程のうち、腐食抑制期間終了時の状態を模擬的に作り出すことができる。
【0087】
そして、線状パターン130の人工傷5の位置から、腐食因子6の浸透が進むと、線状パターン130の隣の線状パターン131に腐食因子6が到達する(
図8中符号61)。そうすると、線状パターン131と鋼板2との間の電位差により、腐食因子6のさらなる電着塗膜4への浸透及び鋼板2の溶解反応の進行が促進され、腐食が進展する。同様に、腐食因子6の浸透が進み、線状パターン132~135に順に到達すると(
図8中符号62~65)、さらに腐食が進展する。
【0088】
人工傷5は、導電部13が形成された領域であればいずれの位置に形成してもよいが、電着塗膜4の表面上において導電部13が形成された領域の中央部に形成されることがより望ましい。具体的には例えば、
図7では、複数の線状パターン13Aのうち、その幅方向における中央の線状パターン130上であって、その長さ方向における中央近傍に人工傷5は形成されている。このように、腐食の起点となる人工傷5を導電部13が形成された領域の中央部に設けると、導電部13が形成された領域全体を耐食性試験に利用できる。なお、本明細書において、「導電部13が形成された領域の中央部」とは、完全に中央の位置及びその半径約10mm程度の範囲の近傍を含む概念である。
【0089】
人工傷5の形状は特に限定されるものではなく、例えば点状であってもよいし、例えばカッター傷のような線状であってもよい。なお、「点状」とは、平面視において円形、多角形等の形状であり、その最大幅と最小幅との比が2以下の形状であることをいう。
【0090】
人工傷5を付ける道具の種類は特に問わない。点状の人工傷5を形成する場合には、試験毎に人工傷5の大きさや深さにばらつきを生じないように、すなわち、定量的に傷を付ける観点から、例えば、自動傷付けポンチを用いる方法、ビッカース硬さ試験機を用いてその圧子により所定荷重で傷を付ける方法等が好ましい。点状以外の形状、例えば上述の線状の人工傷5を形成する場合には、カッター等を用いればよい。
【0091】
人工傷5が点傷の場合はその最大幅、線傷の場合はその最大長さを人工傷5の径とすると、人工傷5の径は、例えば0.1mm以上5mm以下(人工傷5の表面積は0.01mm2以上25mm2以下)、好ましくは0.15mm以上2.0mm以下、より好ましくは0.2mm以上1.5mm以下とすることができる。人工傷5の径が0.1mm未満まで小さくなると、腐食で生じた錆により人工傷5が塞がれてしまい、腐食が進展しなくなるおそれがある。人工傷5の径が5mmを超えると、鋼板2の露出部分が大きくなりすぎるため、鋼板2の溶解反応が主となり、腐食因子6の電着塗膜4内への浸透が進まなくなるおそれがある。
【0092】
なお、試験工程S3で、試験片10の導電部13が形成された領域に、塩水等の腐食因子6を配置する試験を行う場合、腐食因子6を人工傷5に直接供給することが望ましい。これにより、人工傷5を起点とする腐食の進展をより確実に促進できる。そうして、より短時間で信頼性の高い耐食性試験が可能となる。
【0093】
また、本実施形態では、人工傷5が形成された部分を起点として、鋼板2の溶解反応であるアノード反応(Fe→Fe2++2e-)が進行する。また、アノード反応により生じた電子e-が腐食因子6の水及び溶存酸素と反応してOH-を生ずる反応(H2O+1/2O2+2e-→2OH-)や、腐食因子6の電離した水素イオンと上記電子e-とが反応して水素が発生する反応(2H++2e-→H2)が、カソード反応として進行する。カソード反応が進行すると、OH-の生成によりアルカリ性環境になる。これにより、化成皮膜3がダメージを受けて電着塗膜4の密着性が低下し、電着塗膜4の膨れが発生する。また、H+の還元により発生した水素ガスが電着塗膜4の膨れを促進する。従って、腐食の進行度合いは、電着塗膜4の膨れの大きさとして現れる。試験工程S3で、腐食環境にさらした後、人工傷5周りの電着塗膜4の膨れの大きさに基づいて、被覆金属材1の腐食の進行度合いを評価するようにしてもよい。
【0094】
(実施形態3)
上記実施形態では、導電部13の複数の線状パターン13Aはパッド部13Cにより互いに接続されている構成であったが、当該構成に限られない。
図9に示すように、複数の線状パターン13Aは、電着塗膜4の表面上において互いに非導通状態に形成されてもよい。
【0095】
具体的に、
図9の例では、4本の線状パターン13Aが形成されている。試験片10は、線状パターン13Aの各々と、鋼板2と、を接続する4本の配線17を有している。4本の配線17の各々の導電部13側の先端には、それぞれ金属板15がハンダ付けされており、当該金属板15の各々が線状パターン13Aの各々と接続されている。
【0096】
本実施形態において、人工傷5は形成しても形成しなくてもよい。人工傷5を形成する場合は、実施形態2と同様に、導電部13が形成された領域、特にその中央部に形成されることが望ましい。
図9の例では、人工傷5は、4本の線状パターン13Aのうち、内側の2本の線状パターン131間の間隙部分13Bに形成されている。
【0097】
なお、接続工程S2を簡素化させる観点からは、複数の線状パターン13Aの各々と鋼板2とを配線17で接続する必要がない実施形態1、2の構成が望ましい。
【0098】
(実施形態4)
上記実施形態では、導電部13は、複数の線状パターンとして、直線形状のパターンを有していたが、当該構成に限られない。
図10に示すように、複数の線状パターンは、曲線であってもよい。
【0099】
本実施形態においても、実施形態3と同様に、人工傷5は形成しても形成しなくてもよい。
図10の例では、人工傷5は、導電部13の中央間隙部13Dに形成されている。
【0100】
(その他の実施形態)
実施形態2~4において、人工傷5の代わりに自然傷を利用してもよい。この場合、
図7~
図10において、人工傷5の代わりに自然傷を利用すればよい。具体的には、自然傷を備えた被覆金属材1の表面上に、自然傷がこれらの図の人工傷5の位置に配置されるように導電部13を形成すればよい。自然傷が形成された部分が腐食の起点となり、腐食の進展が促進される。なお、人工傷5及び/又は自然傷は1箇所でもよいし、複数箇所に形成されていてもよい。
【0101】
上記実施形態では、導電部13は、電着塗膜4の表面上に形成された薄膜であったが、当該構成に限られず、ある程度厚みのある膜等であってもよい。また、線状パターンに限らず、格子状等のパターンであってもよい。
【0102】
配線17の鋼板2及び導電部13への接続方法は上記実施形態の構成に限られず、接続部分の導通を十分に確保できれば、公知の他の方法を用いてもよい。
【0103】
上記実施形態では、表面処理膜として電着塗膜4を備えた構成であったが、被覆金属材1は、表面処理膜として二層以上の多層膜を備えた構成とすることができる。具体的には例えば、電着塗膜4に加え、該電着塗膜4表面上に中塗り塗膜を備えた構成、若しくは該中塗り塗膜上にさらに上塗り塗膜等を備えた構成の多層膜とすることができる。
【0104】
中塗り塗膜は、被覆金属材1の仕上り性と耐チッピング性を確保するとともに、電着塗膜4と上塗り塗膜との密着性を向上させる役割を有する。また、上塗り塗膜は、被覆金属材1の色、仕上り性及び耐候性を確保するものである。これらの塗膜は、具体的には例えば、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド等の基体樹脂と、メラミン樹脂、尿素樹脂、ポリイソシアネート化合物(ブロック体も含む)等の架橋剤とからなる塗料等により形成することができる。
【0105】
本構成によれば、例えば自動車部材の製造工程等において、塗装工程毎に製造ラインから部品を取り出し、塗膜の品質等を確認することができる。
【0106】
また、上記実施形態では、腐食因子6は電着塗膜4への水の浸透を促す機能を有する成分として粘土鉱物を含み得る構成であったが、同様の機能を有する成分であれば粘土鉱物以外の物質を含んでもよい。具体的には例えば、腐食因子6は、アセトン、エタノール、トルエン、メタノール等の溶剤、塗膜の濡れ性を向上させるような物質等を含んでもよい。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本開示は、より短時間で信頼性の高い試験結果を得ることができる、汎用性に優れた被覆金属材の耐食性試験方法及び当該方法に用いられる試験片をもたらすことができるので、極めて有用である。
【符号の説明】
【0108】
1 被覆金属材
1A 基材部
1B 膜部
2 鋼板(金属製基材)
3 化成皮膜(金属製基材)
4 電着塗膜(表面処理膜)
5 人工傷
6 腐食因子
10 試験片
13 導電部
13A 複数の線状パターン
13B 間隙部分
13C パッド部
15 金属板(外部回路)
17 配線(外部回路)
18 腐食電流
21 導電ボンド
23 ハンダ
25 自動車
S1 準備工程
S2 接続工程
S3 試験工程