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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】真空バルブおよび推定装置
(51)【国際特許分類】
   G05D 16/20 20060101AFI20240709BHJP
   F16K 51/02 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
G05D16/20 Z
F16K51/02 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020196276
(22)【出願日】2020-11-26
(65)【公開番号】P2022084409
(43)【公開日】2022-06-07
【審査請求日】2023-03-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100121382
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 託嗣
(72)【発明者】
【氏名】小崎 純一郎
【審査官】松本 泰典
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-9111(JP,A)
【文献】特開2018-112933(JP,A)
【文献】特開平1-306905(JP,A)
【文献】特開2020-21476(JP,A)
【文献】特開平1-306906(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05D 16/20
F16K 51/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空ポンプと真空チャンバとの間に装着されるバルブ本体と、
真空計により計測された前記真空チャンバの圧力計測値に基づいて、前記バルブ本体の弁体開度を制御する開度制御部と、
(a)前記圧力計測値の二階微分項を含み、前記真空チャンバに対する真空排気系の実効排気速度と圧力計測値との関係を表す排気の式と、(b)弁体開度をステップ変化させたときの圧力応答中に計測された圧力計測値とに基づいて、前記真空チャンバの圧力に対する圧力計測値の計測遅延情報を推定する推定部と、を備え、
前記開度制御部は、前記推定部で推定された計測遅延情報に基づいて弁体開度を制御する、真空バルブ。
【請求項2】
請求項1に記載の真空バルブにおいて、
弁体開度と既知のガス種に関する実効排気速度との相関データが記憶されている記憶部をさらに備え、
前記推定部は、前記計測遅延情報の推定に加えて、さらに、前記真空チャンバに導入されているガスのガス種特性値を前記相関データに基づいて推定し、
前記開度制御部は、推定された前記計測遅延情報と前記ガス種特性値とに基づいて弁体開度を制御する、真空バルブ。
【請求項3】
請求項1に記載の真空バルブにおいて、
前記推定部は、前記排気の式に既知のガス種に関する実効排気速度を適用して線形化された排気の式と、前記弁体開度を減少させたときの圧力応答中に計測される圧力計測値とに基づいて、前記計測遅延情報の推定に加えて、さらに、前記真空チャンバに導入されているガスのガス種特性値および前記真空チャンバの容積を推定し、
前記開度制御部は、推定された前記計測遅延情報と前記ガス種特性値とに基づいて弁体開度を制御する、真空バルブ。
【請求項4】
請求項3に記載の真空バルブにおいて、
前記推定部は、
(c)前記線形化された排気の式と、前記弁体開度を減少させたときの圧力応答中に計測される圧力計測値に基づいて、前記計測遅延情報、前記ガス種特性値および前記真空チャンバの容積を推定する第1の推定処理と、
(d)前記線形化された排気の式と、前記第1の推定処理で推定されたガス種特性値および前記真空チャンバの容積と、前記弁体開度を減少させたときの圧力応答中に計測される圧力計測値とに基づいて、再び計測遅延情報、ガス種特性値および真空チャンバの容積を推定する第2の推定処理と、を行い、
前記開度制御部は、前記第2の推定処理で推定された前記計測遅延情報と前記ガス種特性値とに基づいて弁体開度を制御する、真空バルブ。
【請求項5】
請求項2から請求項4までのいずれか一項に記載の真空バルブにおいて、
前記推定部は、推定した前記計測遅延情報と前記ガス種特性値とに基づいて、前記既知のガス種に関する計測遅延情報である基準計測遅延情報を推定し、
前記開度制御部は、前記基準計測遅延情報に基づいて弁体開度を制御する、真空バルブ。
【請求項6】
真空バルブを介して真空ポンプにより排気される真空チャンバの圧力に対する、真空チャンバの圧力を計測する真空計の圧力計測値の計測遅延情報を推定する推定装置であって、
(a)前記圧力計測値の二階微分項を含み、前記真空チャンバに対する真空排気系の実効排気速度と圧力計測値との関係を表す排気の式と、(b)弁体開度をステップ変化させたときの圧力応答中に計測された圧力計測値とに基づいて、前記計測遅延情報を推定する推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空バルブおよび推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体プロセス(ドライエッチングなど)において、プロセスガスは流量制御器を介してチャンバへ導入される。チャンバ内では、導入されたガスによりウエハ表面に対してエッチング、成膜などの物理的、化学的な処理が施され、チャンバ下流へ排出される。チャンバへ導入されるプロセスガスは、ガス種、導入ガス流量Qinなどの条件が予め定められ、その条件になるように流量制御器で調節される。チャンバ圧力Prも重要なプロセス条件の1つである。チャンバ圧力は真空計で計測され、予め定められた所定の圧力値になるようにバルブの弁体開度位置を制御することで排気流量を調節して所定圧力値に保たれる。
【0003】
通常、プロセス条件は異なる条件にて複数ステップあり、これら各ステップにおける条件(条件1,条件2,...)が各々所定時間ごとに切り替わり処理が進められる。その際、ステップ間の切り替わりタイミングで次の所定の圧力値(目標圧力値)へ速やかに円滑に収束することが、製造プロセスの均一性を確保するために必要とされる。このためバルブとして、弁体をモータで駆動制御する自動圧力調整バルブ(APCバルブ)が使用される。
【0004】
APCバルブでは、使用に際しての準備として初期校正処理が行われる。一般に、チャンバ容積Vの推定(あるいは計測)演算および弁体開度ごとの実効排気速度の計測演算処理を、取扱が容易な単一の希ガス(He、Ar等)で行われることが多い。また、ユーザの真空プロセス装置ごとにチャンバ容積が異なるように、チャンバ圧力の計測で生じる遅延時間も異なることから、計測遅延時間に関しても校正処理時に推定(あるいは計測)演算されることがある(特許文献1、2参照)。
【0005】
特許文献1、2のいずれにおいても、排気の式(Qin=V×dP/dt+Se(θ)×P)と真空計のゲージ配管で生じる遅延時間による一次遅れ要素とから、遅延を考慮した排気の式を誘導し、さらに、圧力の二階の微分量を無視した式へ近似化している。そして、この近似化した排気の式に基づいて、開度を増加させた場合および開度を減少させた場合の各々の圧力応答が最終的な平衡圧力値の63%到達時点の時間測定と、事前に取得したチャンバ容積値および事前に測定取得した実効排気速度値とから計測遅延量を推定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2020-009111号公報
【文献】特開2020-021476号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1、2では、圧力の二階の微分量を無視した式へ近似化しているため推定誤差が大きく、推定対象の計測遅延量が比較的大きい場合にしか適用できないという問題点がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の態様による真空バルブは、真空ポンプと真空チャンバとの間に装着されるバルブ本体と、真空計により計測された前記真空チャンバの圧力計測値に基づいて、前記バルブ本体の弁体開度を制御する開度制御部と、(a)前記圧力計測値の二階微分項を含み、前記真空チャンバに対する真空排気系の実効排気速度と圧力計測値との関係を表す排気の式と、(b)弁体開度をステップ変化させたときの圧力応答中に計測された圧力計測値とに基づいて、前記真空チャンバの圧力に対する圧力計測値の計測遅延情報を推定する推定部と、を備え、前記開度制御部は、前記推定部で推定された計測遅延情報に基づいて弁体開度を制御する。
本発明の第2の態様による推定装置は、真空バルブを介して真空ポンプにより排気される真空チャンバの圧力に対する、真空チャンバの圧力を計測する真空計の圧力計測値の計測遅延情報を推定する推定装置であって、(a)前記圧力計測値の二階微分項を含み、前記真空チャンバに対する真空排気系の実効排気速度と圧力計測値との関係を表す排気の式と、(b)弁体開度をステップ変化させたときの圧力応答中に計測された圧力計測値とに基づいて、前記計測遅延情報を推定する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、精度よく計測遅延量を推定することができ、調圧制御をより適切に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、真空処理装置に装着された真空バルブの概略構成を示すブロック図である。
図2図2は、本実施の形態の真空バルブの調圧制御系を示すブロック図である。
図3図3は、開度θと実効排気速度Seとの関係を示す図である。
図4図4は、実効排気速度Se(θ)の特性を説明する図である。
図5図5は、開度θを高開度(100%)から低開度(0%)にステップ変化させた場合の、開度θおよび圧力計測値Pmの変化を示す図である。
図6図6は、図5の推定演算実施区間における、Pm、dPm/dt、d(dPm/dt)/dtの変化を示す図である。
図7図7は、開度θを低開度(0%)から高開度(100%)にステップ変化させた場合の、開度θおよび圧力計測値Pmの変化を示す図である。
図8図8は、図7の推定演算実施区間における、Pm、dPm/dt、d(dPm/dt)/dtの変化を示す図である。
図9図9は、コンダクタンスと圧力との関係を示す図である。
図10図10は、計測遅延要素の伝達関数のゲインを示すボード線図である。
図11図11は、不適切な遅延補正の一例を示す図である。
図12図12は、適切な遅延補正の一例を示す図である
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。図1は、真空処理装置に装着された真空バルブの概略構成を示すブロック図である。真空バルブ1はAPCバルブであって、弁体12が設けられたバルブ本体10と、弁体駆動を制御するバルブコントローラ20とから構成される。バルブ本体10は、真空チャンバ3と真空ポンプ4との間に装着されている。真空チャンバ3には、流量コントローラ32を介してプロセスガス等のガスが導入される。流量コントローラ32は真空チャンバ3に導入されるガスの流量Qinを制御する装置であり、真空チャンバ3が設けられている真空処理装置のメインコントローラ(不図示)により制御される。真空チャンバ3内の圧力(チャンバ圧力Pc)は真空計31によって計測される。
【0012】
バルブ本体10には、弁体12を開閉駆動するモータ13が設けられている。なお、図1に示す例では弁体12をスライドして開閉駆動する構成としているが、本発明は、これに限らず種々の開閉形態の真空バルブに適用することができる。弁体12は、モータ13により揺動駆動される。モータ13には、弁体12の開閉角度を検出するためのエンコーダ130が設けられている。エンコーダ130の検出信号は、弁体12の開度信号θr(以下では、開度計測値θrと称することにする)としてバルブ制御装置2に入力される。
【0013】
バルブ本体10を制御するバルブコントローラ20は、調圧制御部21、モータ駆動部22および記憶部23を備えている。記憶部23には、バルブ制御に必要なパラメータ、例えば、予め基準とするガス種についての弁体開度θと実効排気速度Seとの相関データSe(θ)が記憶される。モータ駆動部22はモータ駆動用のインバータ回路とそれを制御するモータ制御回路と備え、エンコーダ130からの開度計測値θrが入力される。調圧制御部21には、真空計31で計測された圧力計測値Pmが入力されると共に、上述した真空処理装置のメインコントローラから真空チャンバ3の目標圧力Psが入力される。
【0014】
調圧制御部21は、圧力計測値Pmと目標圧力Psとに基づいて、弁体12の開度θを制御するための開度信号θsをモータ駆動部22へ出力する。モータ駆動部22は、調圧制御部21から入力された開度信号θsとエンコーダ130から入力された弁体12の開度計測値θrとに基づいてモータ13を駆動する。調圧制御部21は、後述する計測遅延情報を含むガス排気応答情報を推定する推定部210を備える。推定部210によるガス排気応答情報の推定に関する詳しい説明は後述する。バルブコントローラ20は、例えば、CPU,メモリ(ROM,RAM)および周辺回路等を有するマイコン等の演算処理装置を備え、ROMに記憶されているソフトウェアプログラムにより、調圧制御部21およびモータ駆動部22のモータ制御部の機能を実現する。記憶部23はマイコンのメモリにより構成される。また、FPGA(Field Programmable Gate Array)等のデジタル演算器とその周辺回路により構成しても良い。
【0015】
図2は、本実施の形態の真空バルブの調圧制御系を示すブロック図である。制御システムは、図2に示すように、制御対象(プラント)、制御手段(コントローラ)、計測遅延の伝達関数、遅延補正、および上述した推定部の各ブロックで表される。プラント出力であるチャンバ圧力Pcは真空計31で検出され、圧力計測値Pmがフィードバックされ、目標として設定される所定圧力値(目標圧力Ps)になるように制御される。本実施の形態では、前述したようなゲージ配管等の影響によるチャンバ圧力Pcに対する圧力計測値Pmの遅延があるので、推定部210で推定された計測遅延情報に基づいて圧力計測値Pmを遅延補正で補正し、遅延補正後の信号をフィードバックするようにした。
【0016】
図1の構成との対応を説明すると、プラントは弁体12の開度θを入力としてチャンバ圧力Pcを出力とするバルブ本体10のガス排気部である。コントローラは調圧制御部21および弁体12を駆動するモータ13を含むアクチュエータ部で、コントローラ入力は、目標圧力Psと圧力計測値Pmとの偏差である。コントローラ出力は、弁体12の開度θである。遅延補正は調圧制御部21により行われる。以下では、最初に推定部210における推定演算について説明し、次に、調圧制御に対する推定結果の適用について説明する。
【0017】
[1.推定演算の説明]
(1-1.計測遅延時間τ_dlyの推定原理)
推定部210における、計測遅延時間τ_dlyの推定について説明する。計測遅延時間τ_dlyの推定は、真空バルブ使用に際して行われる初期校正処理において実施される。本実施の形態においては、校正処理で流されるガスの導入ガス流量Qinは既知であるが、ガス種は未知であることを前提とする。
【0018】
従来から知られているように、チャンバ圧力Pcの応答においては、次式(1)で表される排気の式が成立する。式(1)において、Qinは導入ガス流量、Vは真空チャンバ3の容積、dPc/dtはチャンバ圧力Pcの時間微分、Seはチャンバ構造およびバルブ開度によるコンダクタンスとバルブ下流側の真空ポンプの排気速度で決まる、真空チャンバ3における実効排気速度である。
Qin=V×(dPc/dt)+Se×Pc …(1)
【0019】
ゲージ配管あるいは配管途中のオリフィスなどにより、真空チャンバ3と真空計31との間の配管コンダクタンスが低下し、チャンバ圧力Pcの変化に対する真空計31で計測される圧力計測値Pmの遅延が増大する。本実施の形態では、この遅延時間を計測遅延時間τ_dlyと呼ぶことにする。圧力計測値Pmは、チャンバ圧力Pcを入力として一次遅延要素を通過した出力であり、図2における計測遅延の伝達関数は「(1/τ_dly)/{S+(1/τ_dly)}」(ここで、Sはラプラス変換の複素数である)のように表される。すなわち、圧力計測値Pmとチャンバ圧力Pcとの間には、次式(2)の関係が成立する。
τ_dly×(dPm/dt)+Pm=Pc …(2)
【0020】
式(2)を式(1)へ代入すると、次式(3)が得られる。
Qin/Se=V/Se×τ_dly×d(dPm/dt)/dt
+(V/Se+τ_dly)×(dPm/dt)+Pm …(3)
上述した式(1)はチャンバ圧力Pcで表した排気の式であるが、式(3)はチャンバ圧力Pcに対して計測遅延時間τ_dlyを有する圧力計測値Pmで表した排気の式であると言える。本実施の形態では、圧力計測値Pmに関して二階の常微分方程式である式(3)を、計測遅延時間τ_dlyを求めるための基本式として採用する。
【0021】
実効排気速度Seは、図3に示すように弁体12の開度θに対して単調に増加する関係となる。また、実効排気速度Seに対する真空チャンバ3の構造の影響が無視できる場合、実効排気速度Seは、次式(4)のように真空ポンプ4の排気速度Spおよび真空バルブ1のコンダクタンスCvで決まる。
Se=1/(1/Cv+1/Sp) …(4)
【0022】
コンダクタンスCvは弁体12の開度θによって変化するので、式(4)で表される実効排気速度SeはSe(θ)のように表される。開度θと実効排気速度Se(θ)との関係は、一般的に、図4に示すような傾向を示す。すなわち、ラインL10で示す実効排気速度Se(θ)において、開度θが小さい領域(低開度)AではバルブのコンダクタンスCv(ラインL11)が支配的になり、開度θが大きい領域(高開度)Bでは真空ポンプの排気速度Sp(ラインL12)が支配的になる。なお、実効排気速度Seは開度θだけでなく導入ガス流量Qinにも依存するが、導入ガス流量Qinの影響は小さいので、本実施の形態では、Se(θ)のように開度θのみの関数であるとして説明する。式(3)のSeをSe(θ) と記載すると、計測遅延時間τ_dlyを求めるための基本式として次式(5)が得られる。式(5)は、左辺のQin/Se(θ)の変化に対して、右辺の圧力計測値Pmの二階微分項、圧力計測値Pmの一階微分項および圧力計測値Pmの項の和が、等号を満たすように変換することを表している。
Qin/Se(θ)=V/Se(θ)×τ_dly×d(dPm/dt)/dt
+(V/Se(θ)+τ_dly)×(dPm/dt)+Pm …(5)
【0023】
(1-2.計測遅延時間τ_dlyの推定演算)
次いで、基本式(5)に基づく計測遅延時間τ_dlyの、推定演算方法の一例について説明する。上述したように、式(5)においてQinは既知である。また、圧力計測値Pmは真空計31により計測されるもので、既知の量である。dPm/dtおよびd(dPm/dt)/dtは、それぞれ圧力計測値Pmの差分値およびdPm/dtの差分値で代用できるので既知とみなせる。
【0024】
一方、式(5)の実効排気速度Se(θ)については、弁体開度θ(=θr)は計測値なので既知であるが、導入されているガスのガス種が未知であるので未知量である。なお、予め記憶部23に記憶されている弁体開度θと実効排気速度Seとの相関データSe(θ)は、基準とするガス種についての実効排気速度である。なお、以下では、基準とする既知ガス種の実効排気速度はSe_基準と表現する。また、チャンバ容積V(一定値)も、求めるべき計測遅延時間τ_dly(一定値)も未知である。
【0025】
ここで、α=Qin/Se(θ)、β={V/ Se(θ)}× τ_dly、γ=V/Se(θ)+τ_dlyという量α、β、γを用いて式(5)を書き直すと、式(6)が得られる。式(6)は、3つの未知数α、β、γと3つの既知量Pm、dPm/dt、d(dPm/dt)/dtを含む式であり、(α、β、γ)を変数とする式と解釈できる。式(6)は、開度ステップ変化(ステップ状の開度変化)による圧力応答過程の任意の時刻で常に成立する。
1×α-(d(dPm/dt)/dt)×β-(dPm/dt)×γ=Pm …(6)
【0026】
開度θがステップ変化後も一定開度であれば、未知数α、β、γに含まれるSe(θ)も未知ではあるが一定値となる。従って、式(6)を満たす(α、β、γ)は未知であるが常に一定な値(α0、β0、γ0)になることがわかる。これを幾何学的に説明すると、α、β、γ空間における平面の式である式(6)において、(α、β、γ)の各係数(1、-d(dPm/dt)/dt、-dPm/dt)は、圧力計測値Pmの変化に伴って刻々と変化する。そのため、(α、β、γ)を変数とする平面は、面の向き(垂直な法線ベクトル)が刻々と変化するが、常に一定値(α0、β0、γ0)で交点を有することになる。
【0027】
一般に計測値は誤差を有し、特に、圧力計測値Pmの2階微分値d(dPm/dt)/dtは圧力計測値Pmの2階差分値から求めるためノイズ影響が大きく誤差が大きい。そのため、上述した交点(α0、β0、γ0)は厳密には存在しないので、ここでは、統計的に確からしい交点を推定する方法の一例を述べる。
【0028】
まず、開度θをステップ変化させた後の応答途中において、圧力計測値Pmを複数サンプリングする。サンプル数kをk=1,2,3,・・・,Kとし、各サンプリング時刻をt1,t2,・・・tKとする。時刻tkにサンプリングされた圧力計測値PmをPm|t=tkのように表すと、平面(α、β、γ)|t=tkの係数は、すなわち、式(6)のα、β、γの係数は、それぞれ、1、-(d(dPm/dt)/dt)|t=tk、-(dPm/dt)|t=tkのように表され、定数項PmはPm|t=tkとなる。K個の平面(α、β、γ)|t=tkと交点(α0、β0、γ0)との間の距離の式を誘導し、各々の距離をLkとする。定式化の式は省略するが、(α、β、γ)を消去し(α0、β0、γ0)を未知数として定式化できる。これら距離Lkの2乗の総和(ΣLk)を最小にする(α0、β0、γ0)が統計的に確からしい妥当な交点と言える。これを求めるには、最小2乗法の場合と同様に、(ΣLk)をα0、β0、γ0で各々偏微分したものが0になる3元の連立方程式を解けば良い。その結果、交点(α0、β0、γ0)が得られる。
【0029】
得られた(α0、β0、γ0)に対して、α0=Qin/Se(θ)、β0={V/Se(θ)}× τ_dly、γ0=V/Se(θ)+τ_dlyが成り立つ。α0=Qin/Se(θ)から、導入している未知のガス種に関する実効排気速度Se(θ)がSe(θ)=α0/Qinのように得られる。開度θはサンプリング時の開度(一定値)である。また、β0はV/Se(θ)とτ_dlyとの「積」で、γ0はV/Se(θ)とτ_dlyとの「和」であるから、V/Se(θ)とτ_dlyは、得られたβ0、γ0を係数とする次式(7)で表される2次方程式の解となる。解は式(8)のようになる。
-γ0・x+β0=0 …(7)
x={γ0±√(γ0―4β0)}/2 …(8)
【0030】
計測遅延時間τ_dlyは、実用上から0.1オーダー程度の値が必要とされる。また、圧力応答の時定数であるV/Se(θ)は、弁体開度θが高開度の場合には0.1オーダー程度で、弁体開度θが低開度の場合には10オーダー程度である。従って、開度ステップ変化後の開度θが高開度である場合には(τ_dly)≧V/Se(θ)、開度ステップ変化後の開度θが低開度である場合には(τ_dly)≦V/Se(θ)であると考えて良い。
【0031】
すなわち、開度ステップ変化後の開度θが高開度である場合には、計測遅延時間τ_dly、時定数V/Se(θ)は次式(9A),(9B)で表され、チャンバ容積Vは、式(9B)とα0=Qin/Se(θ)とから式(10)のように表される。
τ_dly={γ0+√(γ0―4β0)}/2 …(9A)
V/Se(θ)={γ0-√(γ0―4β0)}/2 …(9B)
V=(α0/Qin){γ0-√(γ0―4β0)}/2 …(10)
一方、開度ステップ変化後の開度θが低開度である場合には、τ_dly、V/Se(θ)は次式(11A),(11B)で表され、Vは式(12)のように表される。
τ_dly={γ0-√(γ0―4β0)}/2 …(11A)
V/Se(θ)={γ0+√(γ0―4β0)}/2 …(11B)
V=(α0/Qin){γ0+√(γ0―4β0)}/2 …(12)
【0032】
図5~8は、開度θをステップ変化させた後の、圧力計測値Pm、一階微分dPm/dt、二階微分d(dPm/dt)/dtの変化を示す図である。図5、6は、開度θを高開度(100%)から低開度(0%)にステップ変化させた場合を説明する図である。図5(a)は開度θの変化を示す図であり、図5(b)は圧力計測値Pmの変化を示す図である。図5(a)のように開度θを100%→0%へステップ変化させると、圧力計測値Pmは図5(b)のように変化する。上述した推定演算は、図5(b)の符号Cで示す区間において実施される。すなわち、開度ステップ変化後の圧力応答の変化途上で、圧力計測値Pmのサンプリングおよび計測遅延時間τ_dlyの推定演算を実施する。
【0033】
図6は、図5の符号Cで示す範囲、すなわち、推定演算区間の部分の変化状況をより詳細に示す図であって、ラインL20は圧力計測値Pmを示し、ラインL21は一階微分dPm/dtを示し、ラインL22は二階微分d(dPm/dt)/dtを示す。圧力上昇過程において二階微分d(dPm/dt)/dtがプラスからマイナスになるまでの範囲(矢印で示す区間)が、式(5)の二階微分方程式に基づく計測遅延時間τ_dlyの推定演算の最適区間である。この区間で毎制御周期ごとに計測遅延時間τ_dlyの推定演算をそれぞれ行い、推定演算された複数のτ_dly値を区間内でさらに平均処理して、計測遅延時間τ_dlyが決定される。
【0034】
図7、8は、開度θを低開度(0%)から高開度(100%)にステップ変化させた場合を説明する図である。図7(a)は開度変化を示す図であり、図7(b)は圧力計測値Pmを示す図である。符号Cで示す区間において推定演算が行われる。すなわち、区間Cにおいて、開度ステップ変化後の圧力応答の変化途上で、圧力計測値Pmのサンプリングおよび計測遅延時間τ_dlyの推定演算を実施する。
【0035】
図8は、図7(b)の推定演算区間Cの部分の変化状況をより詳細に示す図である。図8において、ラインL30は圧力計測値Pmを示し、ラインL31は一階微分dPm/dtを示し、ラインL32は二階微分d(dPm/dt)/dtを示す。圧力下降過程において二階微分d(dPm/dt)/dtがマイナスからプラスになるまでの範囲(矢印で示す区間)が、式(5)の二階微分方程式に基づく計測遅延時間τ_dlyの推定演算の最適区間である。この区間で毎制御周期ごとに計測遅延時間τ_dlyの推定演算をそれぞれ行い、推定演算された複数のτ_dly値を区間内でさらに平均処理して、計測遅延時間τ_dlyが決定される。
【0036】
(1-3.二階微分値の必要性について)
上述のように、本実施の形態では、計測遅延時間τ_dlyの推定演算において、従来は無視されていた圧力計測値Pmの二階微分値も考慮して推定を行った。以下では、高精度な調圧制御を行うためには、圧力計測値Pmの二階微分値を考慮した推定の必要性について説明する。
【0037】
ここでは、チャンバ容積Vが通常10L~100Lオーダー程度、実効排気速度Se(θ)が10L/s(低開度)~1000L/s(高開度)オーダーという、一般的な条件を前提に説明する。圧力応答の時定数V/Se(θ)は、開度ステップ変化後が高開度である図7、8の場合には、0.01s(=10L÷1000L/s)~0.1s(=100L÷1000L/s)オーダー程度で、開度ステップ変化後が低開度である図5、6の場合には、1s(=10L÷10L/s)~10s(=100L÷10L/s)オーダー程度である。
【0038】
一方、計測遅延時間τ_dlyは、理想的には遅延なし(0s)が最も好ましく、ユーザは計測遅延時間τ_dlyが極力小さくなるように真空計の接続構造を工夫することになる。実用的には、0.01s~1sオーダー程度に抑える必要がある。ここでは、計測遅延時間τ_dlyが中程度の値である0.1sの場合について、上述した式(5)の右辺に現れる圧力計測値Pmの二階微分の項「V/Se(θ)×τ_dly×d(dPm/dt)/dt」と一階微分の項「(V/Se(θ)+τ_dly)×(dPm/dt)」とを比較する。
【0039】
チャンバ容積が大容積(V=100L)である場合、時定数V/Se(θ)は、圧力上昇ケース(低開度)では10sオーダー、圧力下降ケース(高開度)では0.1sオーダーである。バルブ開度θの駆動に関して、0.1sオーダーで速く駆動することは現実のバルブ装置でも可能であり、そのように速く開度変化させた場合は、式(5)の左辺をステップ変化させた場合(Qin=一定、Se(θ)をステップ変化)に相当する。そのようなステップ変化の直後における、式(5)の右辺の各微分値の大きさは、図6、8を参照すると、次式(13)のような大小関係となる。
|d(dPm/dt)/dt| ≫ |dPm/dt| …(13)
【0040】
さらに、計測遅延時間τ_dlyはτ_dly=0.1sで、時定数V/Se(θ)は低開度で10s、高開度で0.1sなので、d(dPm/dt)/dtおよびdPm/dtの係数は、圧力上昇ケース(低開度)では1 および10.1sであって、圧力下降ケース(高開度)では0.01 および0.2sである。従って、二階微分の項「V/Se(θ)×τ_dly×d(dPm/dt)/dt」と一階微分の項「(V/Se(θ)+τ_dly)×(dPm/dt)」の大きさは同オーダーとなり、二階微分の項「V/Se(θ)×τ_dly×d(dPm/dt)/dt」は、一階微分の項「(V/Se(θ)+τ_dly)×(dPm/dt)」およびPmの項と同様に無視できないことがわかる。そのため、特許文献1、2に記載の発明のように、圧力の二階微分項を無視した場合には、計測遅延時間が比較的小さいケースでは不適切になることがわかる。
【0041】
(変形例1:ノイズ影響対策1・・・計測遅延時間τ_dlyの精度向上)
本実施の形態では、圧力計測値Pmの二階微分値を含む式(5)に基づいて計測遅延量τ_dlyを推定した。しかし、二階微分値はノイズの影響が大きいため、推定精度向上には圧力計測値Pmの平均処理など信号のSN比改善も必要である。また、上述した推定方法では、計測遅延時間τ_dlyおよび圧力応答の時定数V/Se(θ)を求める場合に、最初にβ0およびγ0を推定演算し、次いで、β0およびγ0を係数とする二次方程式を解くことでτ_dlyおよびV/Se(θ)を求めた。このように2段階で計測遅延時間τ_dlyが計算されるので、特に、計測遅延時間τ_dlyが小さい場合は推定精度が悪化する場合がある。変形例1では、ノイズ影響を受け難い、より推定精度の高い推定方法を提示する
【0042】
上述した式(5)の両辺をV/Se(θ)で除算し、後述のガス種特性値aを適用したSe(θ)=a×Se_基準(θ)を代入して整理すると、次式(14)が得られる。
{1+(a/V)×τ_dly×Se_基準(θ)}×(dPm/dt)
=-(a/V)×Pm×Se_基準(θ)+Qin(1/V)
-d(dPm/dt)/dt×τ_dly …(14)
式(14)において、(a/V)、(1/V)、τ_dlyは未知の量であり、左辺に未知量の2次の項があるので非線形の式となっている。なお、チャンバ容積Vは10L~100L程度、Xeガスを基準ガスとしたときのガス種特性値aは1~8.1の範囲、計測遅延時間τ_dlyは0.01s~1s程度である。
【0043】
後述するように、軽いガスは重いガスに比べて計測遅延時間τ_dlyが小さくなり、計測遅延時間τ_dlyは、ほぼガス種特性値aに反比例する。そのことから、基準ガスであるXeガスにおいて計測遅延時間τ_dlyが0.01s~1s程度とすると、Xeガスの場合にはa=1であるから、a×τ_dlyの値は0.01s~1s程度となる。同様に、(a/V)×τ_dlyは、10-4~10-2程度となる。Se_基準(θ)は、低開度の場合には10L/s程度になるので、式(14)の左辺の「(a/V)×τ_dly×Se_基準(θ)」は、(a/V)×τ_dly×Se_基準(θ)≦1となる。従って、図5、6のように弁体開度を低開度へステップ変化させる圧力上昇ケースの場合には、式(14)の左辺の「(a/V)×τ_dly×Se_基準(θ)」を無視しても差し支えない。その結果、低開度へステップ変化させる圧力上昇ケースの場合には、式(14)の代わりに、線形化された近似的な式である式(15)を用いることができる。
dPm/dt=-(a/V)×Pm×Se_基準(θ)+Qin(1/V)
-d(dPm/dt)/dt×τ_dly …(15)
【0044】
式(15)において、Se_基準(θ)は低開度における既知の一定値であり、Qinも既知の一定値である。さらに、Pm、dPm/dtおよびd(dPm/dt)/dtは観測可能な量で既知なので、式(15)は、変数(a/V、1/V、τ_dly)に対して線形の式になっている。上述した式(5)から式(6)への変形の場合と同様に、未知数δ=a/V、ε=1/V、ζ=τ_dlyを導入すると、式(15)は次式(16)へと変形できる。
dPm/dt=-Se_基準(θ)×Pm×δ+Qin×ε
-(d(dPm/dt)/dt)×ζ …(16)
式(6)に基づいて一定値(α0、β0、γ0)を求めた推定方法を式(16)にも適用すれば、(δ、ε、ζ)に対する(δ0、ε0、ζ0)を求めることができる。繰り返しになるので、ここでは推定演算の詳細は省略する。推定結果である(δ0、ε0、ζ0)を用いて、ガス種特性値a=δ0/ε0、チャンバ容積V=1/ε0、計測遅延時間τ_dly=ζ0が得られる。このように、変形例1では、最も観測ノイズの影響を受ける計測遅延時間τ_dlyが、上述した実施の形態のように2段階の演算で求まるのではなく直接得られるので、推定精度向上が図れる。
【0045】
上述したように、圧力計測値Pmのサンプリングおよび計測遅延時間の推定演算は、圧力応答の変化途上において二階微分d(dPm/dt)/dtがプラスからマイナスになるまでの区間(図6の矢印で示す区間)で、毎制御周期ごとに計測遅延時間τ_dlyの推定演算をそれぞれ行う。さらに、推定演算された複数のτ_dly値をその区間内でさらに平均処理して推定値を決定する。一方、ガス種特性値aおよびチャンバ容積Vは圧力2階微分の影響が比較的小さいので、毎制御周期ごとに演算される両者の推定値が各々一定値へ収束時点で各々の推定値を決定値とすれば良い。その場合の推定区間は、目安として長くても圧力応答の時定数(=V/Se(θ0))程度の短い応答期間で良い(図5参照)。
【0046】
(変形例2:ノイズ影響対策2・・・計測遅延時間τ_dlyの精度向上)
上述した変形例1では、低開度へのステップ変化に対する圧力上昇応答過程で近似的に成立する式(16)に基づいて、3つの未知の特性値であるガス種特性値a、チャンバ容積V、計測遅延時間τ_dlyを推定演算した。変形例2では、ガス種特性値a、チャンバ容積V、計測遅延時間τ_dlyの内で、精度良く求めることができるガス種特性値aおよびチャンバ容積Vが事前情報として得られている場合の、計測遅延時間τ_dlyの精度良い推定方法について説明する。なお、推定手法については、より精度良い推定演算が可能な変形例1の方法、すなわち、低開度へステップ変化させる圧力上昇ケースにおける近似式(16)に基づく推定演算を適用する。
【0047】
前情報として得られているガス種特性値aおよびチャンバ容積Vを、a_pre、V_preと表すことにする。変形例1の場合と同様に、応答途中に取得した複数サンプル(k=1、2、・・・、K)に対して、式(16)に基づくK個のサンプル平面「d4k=d1k×δ+d2k×ε+d3k×ζ」が得られる。変形例2では、これらのK個のサンプル平面に、事前情報に基づくM1個の平面δ=a_pre/V_preおよびM2個の平面ε=1/V_preも加える。例えば、K=10,M1=1,M2=1とした場合、変形例1の場合には10個のサンプル平面に関してΣLk2を計算するが、変形例2では10個のサンプル平面に平面δ=a_pre/V_preおよび平面ε=1/V_preを加えた12個の平面に関してΣLk2を計算することになる。ここではK=10、M1=1,M2=1としたが、M1,M2はKに対する重みづけ、つまり事後情報に対する事前情報の重みづけを行う値であるため実際には整数値である必要はない。事前情報に支配されることなく適度に影響を及ぼす程度の目安として、M1,M2はKの1/10~1/1000程度の値とすれば良い。例えば、目安の一例としてK=10の時、M1=M2=0.1(=10/100)とする。
【0048】
事前情報のサンプル平面を加えない場合の3元の連立方程式を次式(17A)~(17C)とおく。
D1=A1×δ0+B1×ε0+C1×ζ0 …(17A)
D2=A2×δ0+B2×ε0+C2×ζ0 …(17B)
D3=A3×δ0+B3×ε0+C3×ζ0 …(17C)
このとき、事前情報の平面をサンプル平面へ加えた場合の3元連立方程式は、次式(18A)~(18C)になる。
D1+(a_pre/V_pre)×M1=(A1+M1)×δ0+B1×ε0+C1×ζ0
…(18A)
D2+(1/V_pre)×M2=A2×δ0+(B2+M2)×ε0+C2×ζ0
…(18B)
D3=A3×δ0+B3×ε0+C3×ζ0 …(18C)
【0049】
事前情報の平面をサンプルとして加えた連立方程式(18A)~(18C)を解くことで(δ0、ε0、ζ0)が得られ、変形例1に比べてさらに推定精度の高い計測遅延時間τ_dly (=ζ0)を推定演算することができる。なお、事前情報としてのガス種特性値aおよびチャンバ容積Vの取得方法は限定されず、予めデータがインプットされていても良いし、他の推定方法により推定されたものであっても構わない。例えば、変形例1に示した推定方法で事前情報としてのガス種特性値aおよびチャンバ容積Vを推定する処理をまず行う。そして、その事前情報に基づいて、上述した変形例2の推定方法で、計測遅延時間τ_dly、ガス種特性値aおよびチャンバ容積Vを推定する。
【0050】
(1-4.低開度におけるガス特性情報)
分子流領域においては、ガスの分子量MとバルブコンダクタンスCとの間には、C∝1/√Mの関係が成立する。また、図4において説明したように、開度θが小さい領域(低開度領域)では、実効排気速度Se(θ)は、バルブコンダクタンス値とほぼ一致している。任意のガス種(分子量M)の実効排気速度Seと、基準ガスと定めたガス種(分子量M0)に関する実効排気速度Se_基準との比(Se/Se_基準)は、√(M0/M)と表される。すなわち、Se=a×Se_基準、a=√(M0/M)である。以下では、a=√(M0/M)のことをガス種特性値と呼ぶことにする。
【0051】
基準ガスの選択はいずれのガス種でも良いが、例えば、分子量M=131のXe(キセノン)を基準にすれば、M=2(H)~M=131(Xe)までを想定ガス種範囲とすればa=1(=√(131/131))~8.1(=√(131/2))である。なお、M=131以上の使用ガスがあれば重いガス側の範囲を広げる制約は特にない。Se=a×Se_基準の関係を上記推定演算で求めたSe(θ)=α0/Qinへ代入すると、a=α0/(Qin×Se_基準(θ))となり、ガス種特性値aも推定できる。その結果、計測遅延時間τ_dly、チャンバ容積Vおよびガス種特性値aを合わせて推定できることになる。なお、ガス種特性値aを定義するための基準ガス種に関する開度θと実効排気速度との相関データSe(θ)_基準は、バルブコントローラ20の記憶部23に記憶しておく。
【0052】
(1-5.基準とする計測遅延時間τ_dly_基準の導入)
上述したように、開度θが低開度である場合には、実効排気速度Se(θ)は、バルブコンダクタンス値とほぼ一致する。図9は、コンダクタンスと圧力との関係を示す図である。図9において、ラインL41はHeガス、ラインL42はArガス、ラインL43はXeガスである。分子流領域では分子量Mが異なるとコンダクタンスが異なるが、中間流領域、粘性流量領域と圧力が上昇するにつれてコンダクタンスの差が小さくなる。
【0053】
通常、半導体プロセスにおいては、計測遅延時間を決定する配管コンダクタンスCgもほぼ分子流領域の特性(コンダクタンス値∝1/√分子量)を有し、例えば、配管容積が非常に大きいという特別な場合であってもせいぜい中間流領域であり、粘性流領域になることはほとんどない。分子流領域である場合、任意のガス種(分子量M)における配管コンダクタンスCgと、基準とするガス種(分子量M0)における配管コンダクタンスCg_基準との比は、Cg/Cg_基準=√(M0/M)=aとなる。一方、計測遅延時間τ_dlyは配管コンダクタンスCgに反比例するので、任意のガス種の場合の計測遅延時間τ_dlyと、基準とするガス種の場合の計測遅延時間(以下では基準計測遅延時間τ_dly_基準と表す)との関係は、次式(19)のようになる。
τ_dly=τ_dly_基準/a …(19)
【0054】
上述したように、応答途中のサンプリングデータに基づいて計測遅延時間τ_dlyとガス種特性値aとが算出されれば、その演算結果と式(19)とから基準計測遅延時間τ_dly_基準を算出することができる。例えば、変形例1では、ガス種特性値a=δ0/ε0、計測遅延時間τ_dly=ζ0のように推定されるので、基準計測遅延時間τ_dly_基準は次式(20)により求めることができる。
τ_dly_基準=a×τ_dly=(δ0/ε0)×ζ0 …(20)
【0055】
(変形例3:基準計測遅延時間τ_dly_基準の他の推定方法)
式(20)の導出では、配管コンダクタンスCgが分子流領域の特性(コンダクタンス値∝1/√分子量)を有するとした。変形例3では、中間流領域の場合について考察する。中間流領域では、配管コンダクタンスCgは、ガス種の分子量Mに関してCg∝M^(-1/m)のように表現できる(ただし、m>2)。mは2に近い値なので、通常は式(20)で十分であるが、さらに精密に定めたい場合には以下のように推定する。
【0056】
推定に際しては、分子量の異なる2種類のガス種(分子量M1,M2とする)を用いる。そして、分子量M1のガスを流して計測遅延時間τ_dly(M1)を推定し、次いで、分子量M2のガスを流して計測遅延時間τ_dly(M2)を推定する。上述したように、計測遅延時間τ_dlyは配管コンダクタンスCgに反比例し、中間流領域ではCg∝M^(-1/m):m>2なので次式(21)が得られ、式(22)よりmの値が推定される。
τ_dly(M2)/τ_dly(M1)=Cg(M1)/Cg(M2)
=(M2/M1)^(1/m) …(21)
1/m=ln(τ_dly(M2)/τ_dly(M1))/ln(M2/M1) …(22)
ここで、基準ガス種の分子量をM_基準と表すと、式(21)を用いて基準ガス種に関する基準計測遅延時間τ_dly_基準は次式(23)により求められる。右辺の(1/m)は式(22)により与えられる。また、基準ガス種のガスが導入できる場合は、単純に推定演算して直接τ_dly_基準が求められる。
τ_dly_基準=(M_基準/M1)^(1/m)×τ_dly(M1) …(23)
【0057】
(1-6.τ_dly_基準に基づく制御)
前述したように、計測遅延時間τ_dlyによる計測遅延要素は一次遅延要素であり、その伝達関数表現は、(1/τ_dly)/{S+(1/τ_dly)}(ここで、Sはラプラス変換の複素数である。)である。式(19)に示したように、τ_dly=τ_dly_基準/aであるから、一次遅延要素は次式(24)のように表され、ガス種特性値aの値が大きな軽いガス種ほど計測遅延時間は短くなる。
(a/τ_dly_基準)/{S+(a/τ_dly_基準)} …(24)
【0058】
基準ガスをXeとし、使用が想定されるガス種の分子量の範囲がXeの分子量以下(Xe~H)であるとすると、式(24)のガス種特性値aの値は1~8.1の範囲となる。図10は、計測遅延要素の伝達関数のゲインをボード線図にプロットしたものであり、縦軸はゲイン、横軸は角振動数ωである。図10に示すように、コーナー周波数ωc(=a/τ_dly_基準)はガス種間で8倍程度の差異が生じる。
【0059】
そのため、図11(a)のラインL61で示す伝達関数のように、a=1である重いガスのXeに合わせて遅延補正を強くかけると、図11(b)に示すように、Xeに関しては適正な遅延補正となるが、a=8.1である軽いガスのHに関しては、高域周波数のゲインが過大となり発振現象が発生する副作用を生じる。製造プロセスにおいては導入ガスを事前には知り得ず、またプロセスイベントごとに都度推定することは容易でないので、プロセスガスに合わせて遅延補正をすることができない。
【0060】
したがって、制御安定性マージンを十分に確保するためには、図12(a),(b)に示すように、使用想定範囲の内の軽いガス(Hガス)に合わせて遅延補正L62を行い、Xeなどの重いガスに対しては補正不足ではあるが、弱い補正にとどめるのが妥当である。このような遅延補正を図2の遅延補正ブロックで行う場合には、推定時に導入されるガス種のガスに因らない基準ガス種の計測遅延時間τ_dly_基準に基づいて、すなわち、推定部210で推定演算された計測遅延時間τ_dly_基準に基づいて、制御パラメータ(遅延補正時間)を調整する。または、予め用意した複数の制御パラメータから選択するようにしても良い。すなわち、ユーザが手動で遅延補正の制御パラメータをトライアンドエラーで調整することなく、自動にて適切な制御パラメータに正確に調整・設定することができる。
【0061】
なお、上述した実施の形態では、計測遅延時間τ_dly_基準に基づいて圧力計測値Pmを補正し、その補正された圧力計測値Pmをフィードバックすることにより調圧制御の補正を行っているが、フィードバックされる圧力計測値Pmを補正する代わりに、例えば、特許文献2に記載の制御の二次進み補償に代えて、計測遅延時間τ_dly_基準に基づいて一次進み補償を行うようにしても良い。
【0062】
上述した例示的な実施の形態および実施例は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0063】
[1]一態様に係る真空バルブは、真空ポンプと真空チャンバとの間に装着されるバルブ本体と、真空計により計測された前記真空チャンバの圧力計測値に基づいて、前記バルブ本体の弁体開度を制御する開度制御部と、(a)前記圧力計測値の二階微分項を含み、前記真空チャンバに対する真空排気系の実効排気速度と圧力計測値との関係を表す排気の式と、(b)弁体開度をステップ変化させたときの圧力応答中に計測された圧力計測値とに基づいて、前記真空チャンバの圧力に対する圧力計測値の計測遅延情報を推定する推定部と、を備え、前記開度制御部は、前記推定部で推定された計測遅延情報に基づいて弁体開度を制御する。
【0064】
排気の式から導出される式(5)は、圧力計測値Pmの二階微分項を含み、真空チャンバ3に対する真空排気系の実効排気速度Seと圧力計測値Pmとの関係を表している。そして、圧力計測値Pmの二階微分項を含む式(5)と、排気の式と弁体開度をステップ変化させたときの圧力応答中に計測された圧力計測値とに基づいて計測遅延情報(計測遅延時間τ_dly)を推定することで、従来のように二階微分項を省略した排気の式から推定される計測遅延量に比べて、より推定精度を向上させることができる。その結果、真空バルブによる調圧制御をより適切に行うことができる。
【0065】
[2]上記[1]に記載の真空バルブにおいて、弁体開度と既知のガス種に関する実効排気速度との相関データが記憶されている記憶部をさらに備え、前記推定部は、前記計測遅延情報の推定に加えて、さらに、前記真空チャンバに導入されているガスのガス種特性値を前記相関データに基づいて推定し、前記開度制御部は、推定された前記計測遅延情報と前記ガス種特性値とに基づいて弁体開度を制御する。
計測遅延情報が関係するガス種特性値まで、推定演算にて合わせて求めることができ、ガス種特性値を別個に求める必要がない。
【0066】
[3]上記[1]に記載の真空バルブにおいて、前記推定部は、前記排気の式に既知のガス種に関する実効排気速度を適用して線形化された排気の式と、前記弁体開度を減少させたときの圧力応答中に計測される圧力計測値とに基づいて、前記計測遅延情報の推定に加えて、さらに、前記真空チャンバに導入されているガスのガス種特性値および前記真空チャンバの容積を推定し、前記開度制御部は、推定された前記計測遅延情報と前記ガス種特性値とに基づいて弁体開度を制御する。
排気の式(5)に既知のガス種に関する実効排気速度Se_基準(θ)を適用して線形化された排気の式(15)に基づいて推定演算を行うことにより、最も観測ノイズの影響を受ける計測遅延情報(計測遅延時間τ_dly)の推定精度向上が図れる。
【0067】
[4]上記[3]に記載の真空バルブにおいて、前記推定部は、(c)前記線形化された排気の式と、前記弁体開度を減少させたときの圧力応答中に計測される圧力計測値に基づいて、前記計測遅延情報、前記ガス種特性値および前記真空チャンバの容積を推定する第1の推定処理と、(d)前記線形化された排気の式と、前記第1の推定処理で推定されたガス種特性値および前記真空チャンバの容積と、前記弁体開度を減少させたときの圧力応答中に計測される圧力計測値とに基づいて、再び計測遅延情報、ガス種特性値および真空チャンバの容積を推定する第2の推定処理と、を行い、前記開度制御部は、前記第2の推定処理で推定された前記計測遅延情報と前記ガス種特性値とに基づいて弁体開度を制御する。
【0068】
線形化された排気の式に基づいて推定演算を行う場合に、予め求めておいたガス種特性値a_preおよびチャンバ容積V_preと圧力応答中に計測される圧力計測値Pmとに基づいて、計測遅延情報およびガス種特性値を推定演算しても良い。それにより、計測遅延情報(計測遅延時間τ_dly)の推定精度向上が図れる。
【0069】
[5]上記[2]から[4]までのいずれか一項に記載の真空バルブにおいて、前記推定部は、推定した前記計測遅延情報と前記ガス種特性値とに基づいて、前記既知のガス種に関する計測遅延情報である基準計測遅延情報を推定し、前記開度制御部は、前記基準計測遅延情報に基づいて弁体開度を制御する。
このように、既知のガス種に関する基準計測遅延情報(基準計測遅延時間τ_dly_基準)を推定し、基準計測遅延情報に基づいて弁体開度を制御しても良い。
【0070】
[6]一態様に係る推定装置は、真空バルブを介して真空ポンプにより排気される真空チャンバの圧力に対する、真空チャンバの圧力を計測する真空計の圧力計測値の計測遅延情報を推定する推定装置であって、(a)前記圧力計測値の二階微分項を含み、前記真空チャンバに対する真空排気系の実効排気速度と圧力計測値との関係を表す排気の式と、(b)弁体開度をステップ変化させたときの圧力応答中に計測された圧力計測値とに基づいて、前記計測遅延情報を推定する。
従来のように二階微分項を省略した排気の式から推定される計測遅延量に比べて、より推定精度を向上させることができる。
【0071】
上記では、種々の実施の形態および変形例を説明したが、本発明はこれらの内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。例えば、上述した実施の形態では、推定部210をバルブコントローラ20に設けたが、推定部210をバルブコントローラ20とは独立した推定装置としても良いし、推定部210を真空排気システム全体をコントロールする上位コントローラに含めても良い。
【符号の説明】
【0072】
1…真空バルブ、3…真空チャンバ、4…真空ポンプ、10…バルブ本体、12…弁体、20…バルブコントローラ、21…調圧制御部、23…記憶部、31…真空計、210…推定部
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