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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】形質転換体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/90 20060101AFI20240709BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240709BHJP
   C12N 15/55 20060101ALI20240709BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20240709BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20240709BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240709BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
C12N15/90 100
C12N15/63 Z ZNA
C12N15/55
C12N1/15
C12N1/21
C12N5/10
C12N1/19
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020200752
(22)【出願日】2020-12-03
(65)【公開番号】P2022088751
(43)【公開日】2022-06-15
【審査請求日】2023-02-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大西 徹
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/135728(WO,A1)
【文献】生物工学,2015年,第93巻 第10号,p. 623-626
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/19
C12N 15/00-15/90
C12N 1/15
C12N 1/21
C12N 5/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的遺伝子を有する第一の核酸断片、ゲノムDNAの所定の領域に対応する一対の相同組換え配列のうち一方の相同組換え配列を有する第二の核酸断片、及び当該一対の相同組換え配列のうち他方の相同組換え配列を有する第三の核酸断片を含む核酸断片群を宿主細胞に導入する工程であって、上記核酸断片群は、部位特異的組換え酵素が認識する一対の認識配列をさらに含む工程と、
上記部位特異的組換え酵素が認識する上記一対の認識配列に挟みこまれた上記目的遺伝子がゲノムDNAから切り出された宿主細胞を選択する工程とを含み、
上記核酸断片群を構成する核酸断片は、それぞれ末端部分に有する相同組換え配列を介して連結することができ、
上記一対の認識配列のうち少なくとも一方の認識配列は、上記第二の核酸断片又は上記第三の核酸断片に配置されたことを特徴とする形質転換体の製造方法。
【請求項2】
上記形質転換体は、上記核酸断片群を構成する核酸断片が組み入れられることでゲノムDNAにおける上記所定の領域が欠損したことを特徴する請求項1記載の形質転換体の製造方法。
【請求項3】
上記目的遺伝子は、選択マーカー遺伝子であることを特徴とする請求項1記載の形質転換体の製造方法。
【請求項4】
目的遺伝子を有する核酸断片、ゲノムDNAの他の領域に対応する一対の相同組換え配列のうち一方の相同組換え配列を有する核酸断片、及び当該一対の相同組換え配列のうち他方の相同組換え配列を有する核酸断片を含む核酸断片群を、上記選択された宿主細胞に更に導入する工程と、
部位特異的組換え酵素が認識する一対の認識配列に挟みこまれた上記目的遺伝子がゲノムDNAから切り出された宿主細胞を選択する工程とを更に含み、
本工程で導入する上記目的遺伝子を有する核酸断片は、先の工程で宿主細胞に導入した目的遺伝子を有する核酸断片における相同組換え配列と同じ相同組換え配列を有することを特徴とする請求項1記載の形質転換体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、部位特異的組換え酵素及び当該酵素の認識配列を利用して宿主ゲノムから所定の領域を削除してなる形質転換体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
部位特異的組換え酵素は、特定の短い相同的な一対の塩基配列を認識し、これら一対の塩基配列間に相同組換えを生じさせる活性を有する酵素である。これら相同的な一対の塩基配列を同じ方向に配置した状態で一対の塩基配列間に相同組換えが生じると、当該一対の塩基配列で挟みこまれた領域が切り出されることとなる。また、相同的な一対の塩基配列を逆方向に配置した状態で一対の塩基配列間に相同組換えが生じると、当該一対の塩基配列で挟みこまれた領域が反転することとなる。
【0003】
部位特異的組換え酵素及び当該酵素の認識配列を利用することで、宿主ゲノムから所定の領域を削除(ノックアウト)することや、一対の塩基配列間に選択マーカー遺伝子を配置しておくことで選択マーカー遺伝子を除去することができる。部位特異的組換え酵素及び当該酵素の認識配列を利用する技術により、もとの形質とは異なる形質を有する形質転換体或いは遺伝子組換え体を作製することができる。このような技術を利用して形質転換体或いは遺伝子組換え体を効率よく作製することで、例えば、合成生物学的手法を利用した微生物代謝工学の加速・効率化を進めることができる。ここで、合成生物学的手法とは、生産宿主の設計・構築・評価・学習のサイクルを迅速に回すことで成立する技術である。なかでも、酵母を宿主とした合成生物学においては、効率的な宿主構築、すなわち組換え酵母を効率的に作製できることが重要な課題の一つである。
【0004】
酵母を宿主とした形質転換には、目的遺伝子を組み込んだ環状プラスミドを使用する方法と、目的遺伝子を含む線状ベクターを使用する方法とに大別される。環状プラスミドを用いて目的遺伝子を酵母に導入することは容易で、10-2程度の高効率で形質転換酵母を作製することができる(非特許文献1)。一方、線状ベクターを使用して目的遺伝子を酵母に導入する場合、相同組換えによって目的遺伝子をゲノムに組み込む必要があるため、10-6程度の効率でしか形質転換酵母を作製することができない(非特許文献2)。
【0005】
また、目的遺伝子をゲノムDNAの所定の位置に組み込む場合、当該位置の上流及び下流の領域と相同組換えを可能とする一対の相同組換え配列に上記目的遺伝子を挟みこむように設計する。このとき、図15に示すように、当該位置の上流を含む核酸断片100と、目的遺伝子を含む核酸断片101と、当該位置の下流を含む核酸断片102とを同時に導入することで上記所定の位置に目的遺伝子を組む込むことができる。このとき、上流を含む核酸断片100と目的遺伝子を含む核酸断片101とが相同組換えによって連結できるように、核酸断片100と核酸断片101の端部にそれぞれ相同組換え領域を設ける。同様に、核酸断片101と核酸断片102の端部にそれぞれ相同組換え領域を設ける。
【0006】
図15に示したような構成とすることで、目的遺伝子を含む核酸断片101は、ゲノムDNAにおける組み込む位置にかかわらず、共通して使用することができる。すなわち、ゲノムDNAにおける組み込む位置に応じて核酸断片100と核酸断片102とを設計すれば、目的遺伝子を含む核酸断片101は共通して使用することができる。
【0007】
また、図示しないが、上述した部位特異的組換え酵素及び当該酵素の認識配列を利用することで、核酸断片101に含まれる目的遺伝子をゲノムDNAから切り取ることもできる。例えば、選択マーカー遺伝子を目的遺伝子とした場合、核酸断片の導入後に選択マーカー遺伝子を除去することができる(マーカーリサイクル法)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Gietz, R.D., et al.“High-efficiency yeast transformation using the LiAc/SS carrier DNA/PEG method.”Nature Protocols. 2 (2007):31-34.
【文献】Storici, F, et al.“Chromosomal site-specific double-strand breaks are efficiently targeted for repair by oligonucleotides in yeast.”Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 100 (2003):14994-14999.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、目的遺伝子を含む核酸断片を含む複数の核酸断片を宿主に導入した場合、複数の核酸断片が設計した通りにゲノムDNAに組み込まれたか、或いは目的遺伝子が正しく切り出されたか判別するには、例えば核酸増幅反応により確認するなどの煩雑な工程が必要であった。そこで、本発明は、上述したような実情に鑑み、目的遺伝子を含む核酸断片を含む複数の核酸断片が宿主のゲノムDNAに正確に組み込まれたか或いは目的遺伝子が正確に切り出されたか簡便に判断することができ、その結果、効率よく形質転換体を作製することができる形質転換体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成した本発明は以下を包含する。
【0011】
(1)目的遺伝子を有する核酸断片、ゲノムDNAの所定の領域に対応する一対の相同組換え配列のうち一方の相同組換え配列を有する核酸断片、及び当該一対の相同組換え配列のうち他方の相同組換え配列を有する核酸断片を含む核酸断片群を宿主細胞に導入する工程と、
部位特異的組換え酵素が認識する一対の認識配列に挟みこまれた上記目的遺伝子がゲノムDNAから切り出された宿主細胞を選択する工程とを含み、
上記核酸断片群を構成する核酸断片は、それぞれ末端部分に有する相同組換え配列を介して連結することができ、
上記一対の認識配列のうち少なくとも一方の認識配列は、上記核酸断片群のうち目的遺伝子を有する核酸断片以外の核酸断片に配置されたことを特徴とする形質転換体の製造方法。
(2)上記形質転換体は、上記核酸断片群を構成する核酸断片が組み入れられることでゲノムDNAにおける上記所定の領域が欠損したことを特徴する(1)記載の形質転換体の製造方法。
(3)上記目的遺伝子は、選択マーカー遺伝子であることを特徴とする(1)記載の形質転換体の製造方法。
(4)目的遺伝子を有する核酸断片、ゲノムDNAの他の領域に対応する一対の相同組換え配列のうち一方の相同組換え配列を有する核酸断片、及び当該一対の相同組換え配列のうち他方の相同組換え配列を有する核酸断片を含む核酸断片群を、上記選択された宿主細胞に更に導入する工程と、
部位特異的組換え酵素が認識する一対の認識配列に挟みこまれた上記目的遺伝子がゲノムDNAから切り出された宿主細胞を選択する工程とを更に含み、
本工程で導入する上記目的遺伝子を有する核酸断片は、先の工程で宿主細胞に導入した目的遺伝子を有する核酸断片における相同組換え配列と同じ相同組換え配列を有することを特徴とする(1)記載の形質転換体の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る形質転換体の製造方法においては、部位特異的組換え酵素が認識する一対の認識配列のうち少なくとも一方の認識配列が、目的遺伝子を有する核酸断片以外の核酸残片に配置される。このため、本方法によれば、核酸断片群が正しくゲノムDNAに組み込まれていない場合、目的遺伝子をゲノムDNAから切り出すことができない。従って、本発明に係る形質転換体の製造方法は、目的遺伝子の発現に基づいて、核酸断片群が正しくゲノムDNAに組み込まれたかを判断することができる。このように、本発明に係る形質転換体の製造方法は、非常に簡易な方法により核酸断片群が正しくゲノムDNAに組み込まれたかを判断できるため、非常に効率よく形質転換体を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明に係る形質転換体の製造方法によって目的遺伝子をゲノムに組み込むメカニズムを模式的に示す構成図である。
図2】本発明に係る形質転換体の製造方法によって組み込んだ目的遺伝子を除去した状態を模式的に示す構成図である。
図3】本発明に係る形質転換体の製造方法によって目的遺伝子を含む核酸断片群が誤ってゲノムに組み込まれたときの状態を模式的に示す構成図である。
図4】比較として示す形質転換体の製造方法によって目的遺伝子をゲノムに組み込むメカニズム、目的遺伝子を除去した状態を模式的に示す構成図である。
図5】比較として示す形質転換体の製造方法によって組み込んだ目的遺伝子を除去した後、目的遺伝子を含む核酸断片が再びゲノムに組み込まれる状態を模式的に示す構成図である。
図6】本発明に係る形質転換体の製造方法における他の例によって目的遺伝子をゲノムに組み込むメカニズムを模式的に示す構成図である。
図7図6に示した本発明に係る形質転換体の製造方法によって組み込んだ目的遺伝子を除去した状態を模式的に示す構成図である。
図8】実施例で作製したloxPがマーカーと同じDNA断片に含まれるGRE3破壊用線状ベクターセットを模式的に示す構成図である。
図9】実施例で作製したloxPがマーカーと異なるDNA断片に含まれるGRE3破壊用線状ベクターセットを模式的に示す構成図である。
図10】実施例で作製したloxPがマーカーと異なるDNA断片に含まれるGRE3破壊用線状ベクターセット(5断片)を模式的に示す構成図である。
図11】実施例で作製したloxPがマーカーと同じDNA断片に含まれるADE1破壊用線状ベクターセットを模式的に示す構成図である。
図12】実施例で作製したloxPがマーカーと異なるDNA断片に含まれるADE1破壊用線状ベクターセットを模式的に示す構成図である。
図13】実施例で作製したloxPがマーカーと異なるDNA断片に含まれるADE1破壊用線状DNA断片セット(5断片)を模式的に示す構成図である。
図14】実施例で作製したloxPがマーカーと異なるDNA断片に含まれるADE1破壊用線状DNA断片セット(5断片)を使用する際に、一回目のGRE3座位に残る相同配列と3つのDNA断片との間で相同組換えが生じた状態を模式的に示す構成図である。
図15】3つの核酸断片を用いて相同組換えによって目的遺伝子をゲノムDNAの所定の位置に組み入れるスキームを示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を図面及び実施例を用いてより詳細に説明する。
【0015】
本発明に係る形質転換体の製造方法(以下、本方法と称する。)では、宿主のゲノムDNAにおける所定の位置に目的遺伝子を含む核酸断片群(目的遺伝子を有する核酸断片及びその他の核酸断片からなる核酸断片群)を導入することで、ゲノムDNAにおける所定の領域が欠落又はゲノムDNAにおける所定の位置に目的遺伝子が挿入され、その結果、宿主の遺伝的性質を変化させる。すなわち、本方法では、導入した目的遺伝子の発現及びゲノムDNAにおける所定の領域の欠落によって、或いは導入した目的遺伝子の発現によって宿主の遺伝的性質を変化させる。
【0016】
ここで、核酸断片群は、複数の核酸断片から構成される。核酸断片群のうち少なくとも1つの核酸断片が目的遺伝子を有している。核酸断片群を構成する複数の核酸断片は、ゲノムDNAに組み込むことができるように、又は相同組換えによって互いに連結できるように両端部に相同配列を有している。これら複数の核酸断片を相同組換えによって連結したときに両端に位置する核酸断片は、その端部にゲノムDNAの所定の領域に、核酸断片群を組み入れるための相同配列を有している。すなわち、核酸断片群は、ゲノムDNAの所定の領域に対応する一対の相同組換え配列のうち一方の相同組換え配列を有する核酸断片、及び当該一対の相同組換え配列のうち他方の相同組換え配列を有する核酸断片を含んでいる。
【0017】
本方法では、特に、部位特異的組換え酵素及び当該酵素が認識する一対の認識配列を利用してゲノムDNAから目的遺伝子を切り出すことで、目的遺伝子を含む核酸断片群がゲノムDNAにおける所定の領域に正確に導入されたかを判別することができる。すなわち、本方法は、上記核酸断片群を導入した宿主細胞のうち、部位特異的組換え酵素が認識する一対の認識配列に挟みこまれた上記目的遺伝子がゲノムDNAから切り出されたものを選択する。本方法では、一対の認識配列のうち少なくとも一方の認識配列は、上記核酸断片群のうち目的遺伝子を有する核酸断片以外の核酸断片に配置されている。よって、上記核酸遺伝子群がゲノムDNAに不正確に組み込まれた場合、一対の認識配列が目的遺伝子を挟みこむ構成とならず、目的遺伝子がゲノムDNAに残ったままとなる。よって、目的遺伝子の発現に基づいて、目的遺伝子がゲノムDNAから切り出されたか判断でき、ゲノムDNAの所定の領域が正確に欠落したか判断することができる。
【0018】
本方法において、部位特異的組換え酵素とは、特定の塩基配列からなる認識配列を標的とし、一対の認識配列間で組換えを生じさせる活性を有する酵素である。代表的な部位特異的組換え酵素としては、バクテリオファージP1由来のType IトポイソメラーゼであるCre組換え酵素(単にCreと称することもある)が挙げられる。このCreは、所定の配列からなる一対のloxP部位(Creの認識配列)間でのDNAの部位特異的組換えを行う。loxP認識配列は、方向性を定める8bpのスペーサー領域とその両側に隣接する2つの13bpの逆位反復配列からなる34bpの配列である。なお、このCreは、loxP認識配列とは異なる塩基配列からなるlox511配列やlox2272、loxFAS等の種々の変異lox配列(Siegel, R.W.et al., (2001) FEBS letters, 499(1-2), 147-53)を認識し、これら変異lox配列の間でも部位特異的組換えを行うことができる。
【0019】
また、部位特異的組換え酵素としては、Cre組換え酵素以外にも、酵母プラスミド2μ由来の組換え酵素Flp及びFRT配列の系(Broach, J.R. et al., (1982) Cell, 29(1), 227-34)、腸内細菌ファージD6由来のDre組換え酵素及びrox配列の系(米国特許7422889号)、醤油酵母(Zygosaccharomyces rouxii)由来の組換え酵素R及びRS配列の系(Araki, H. et al., (1985) Journal of molecular biology, 182(2), 191-203.)バクテリオファージMu由来の組換え酵素Gin及びgix配列の系(Maeser, S., et al., Molecular & general genetics : MGG, 230(1-2), 170-6.)を挙げることができる。
【0020】
部位特異的組換え酵素は、当該酵素の認識配列が同一方向に2つ存在する場合、これら認識配列の内側にある領域が環状に切り出されることとなる。なお、当該酵素の認識配列が逆方向に2つ存在する場合、部位特異的組換え酵素は、これら認識配列の間の領域を反転させる。
【0021】
目的遺伝子とは、宿主ゲノムに導入する予定の核酸を意味する。よって、目的遺伝子は、特定のタンパク質をコードする塩基配列に限定されず、siRNA等をコードする塩基配列、転写産物の転写時期と生産量を制御するプロモーターやエンハンサー等の転写調節領域の塩基配列、転移RNA(tRNA)やリボソームRNA(rRNA)等をコードする塩基配列など、あらゆる塩基配列からなる核酸を含む意味である。
【0022】
また、目的遺伝子としては、いわゆる選択マーカー遺伝子を挙げることができる。選択マーカー遺伝子とは、所定の薬剤に対して感受性を有する宿主に対して当該薬剤に対する耐久性を付与する薬剤耐性遺伝子、蛍光タンパク質をコードする遺伝子、呈色反応を触媒する酵素をコードする遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子等を挙げることができる。薬剤耐性遺伝子としては、特に限定されないが、例えば、G418耐性遺伝子、ノーセオトリシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、オーレオバシジンA耐性遺伝子等の抗生物質耐性遺伝子を挙げることができる。
【0023】
また、目的遺伝子としては、上述したマーカー遺伝子に限定されず、部位特異的組換え酵素遺伝子としてもよい。すなわち、上述した組換え酵素Cre、組換え酵素Dre、組換え酵素Flp又は組換え酵素Ginをコードする遺伝子を挙げることができる。ただし、部位特異的組換え酵素遺伝子としては、本方法において使用する認識配列に応じて適宜選択される。
【0024】
目的遺伝子は発現可能な状態でゲノムDNAに組み込まれる。また、部位特異的組換え酵素遺伝子は、目的遺伝子とともに発現可能な状態でゲノムDNAに組み込まれてもよいし、発現ベクターに組み込まれ発現可能な状態で宿主に導入されてもよい。発現可能な状態とは、宿主生物において所定の誘導型プロモーター又は恒常発現型プロモーターの制御下に発現されるように、目的遺伝子や部位特異的組換え酵素遺伝子とプロモーターとを連結しておくことを意味する。さらに、目的遺伝子には、プロモーター及びターミネーター、所望によりエンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)等を連結することができる。
【0025】
ここで、目的遺伝子及び部位特異的組換え酵素遺伝子のプロモーターとしては、誘導型プロモーター又は恒常発現型プロモーターのいずれであっても良い。誘導型プロモーターとは、特定の条件下で発現誘導する機能を有するプロモーターを意味する。誘導型プロモーターとしては、特に限定されないが、例えば特定の物質の存在下ン発現誘導するプロモーター、特定の温度条件で発現誘導するプロモーター、各種ストレスに応答して発現誘導するプロモーター等を挙げることができる、使用するプロモーターは、形質添加する宿主に応じて適宜選択することができる。
【0026】
例えば、誘導型プロモーターとしては、GAL1及びGAL10などのガラクトース誘導性プロモーター、テトラサイクリン又はその誘導体の添加又は除去で誘導するTet-onシステム/Tet-off系プロモーター、HSP10、HSP60、HSP90などの熱ショックタンパク質(HSP)をコードする遺伝子のプロモーター等を挙げることができる。また、誘導型プロモーターとしては、銅イオンの添加で活性化するCUP1プロモーターを用いることもできる。さらに、誘導型プロモーターとしては、宿主が大腸菌等の原核細胞である場合、IPTGで誘導するlacプロモーター、コールドショックで誘導するcspAプロモーター、アラビノースで誘導araBADプロモーター等を挙げることができる。
【0027】
また、目的遺伝子や部位特異的組換え酵素遺伝子の発現制御は、誘導型プロモーターや恒常発現型プロモーターといったプロモーターによる方法に限定されず、例えばDNA組換え酵素を使用する方法を適用しても良い。DNA組換え酵素を用いて、遺伝子の発現のオン・オフを行う方法としては、例えば、FLEx switch法 (A FLEX Switch Targets Channelrhodopsin-2 to Multiple Cell Types for Imaging and Long-Range Circuit Mapping.Atasoy et al. The Journal of Neuroscience, 28, 7025-7030, 2008.)を挙げることができる。FLEx switch法では、DNA組換え酵素によりプロモーター配列の向きを変える組換えを起こさせることで、遺伝子の発現のオン・オフを行うことができる。
【0028】
本方法の一例を図1に模式的に示した。図1に示す方法では、目的遺伝子として選択マーカー遺伝子Sを含む第1の核酸断片1と、部位特異的組換え酵素が認識する一対の認識配列のうち一方の認識配列M1を含む第2の核酸断片2と、他方の認識配列M2を含む第3の核酸断片3とを宿主に導入する。ここで、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3は、その塩基配列が決まればそれぞれ二本鎖DNAとして化学合成によって定法に従って作製することができる。また、図1には示していないが、本方法では、部位特異的組換え酵素遺伝子を発現可能に宿主に導入している。部位特異的組換え酵素遺伝子は、第1の核酸断片1に含まれていても良いし、別途準備した発現ベクターに含まれていても良い。
【0029】
第2の核酸断片2は、一方端部に宿主のゲノムDNAとの間で相同組換えできる第1相同組換え配列4と、他方端部に第1の核酸断片1との間で相同組換えできる第2相同組換え配列5とを備える。第1の核酸断片1は、一方端部に第2の核酸断片2との間で相同組換えできる第3相同組換え配列6と、他方端部に第3の核酸断片3との間で相同組換えできる第4相同組換え配列7とを備える。第3の核酸断片3は、一方端部に第1の核酸断片1との間で相同組換えできる第5相同組換え配列8と、他方端部に宿主のゲノムDNAとの間で相同組換えできる第6相同組換え配列9とを備える。
【0030】
ここで、第2の核酸断片2における第1相同組換え配列4と、第3の核酸断片3における第6相同組換え配列9とは、ゲノムDNAにおいて欠損させる領域Rに基づいて設計することができる。例えば図1において、ゲノムDNAにおける領域Rを欠損させる場合、領域Rの上流に位置する組換え領域10の配列に基づいて第1相同組換え配列4を設計し、領域Rの下流に位置する組換え領域11の配列に基づいて第6相同組換え配列9を設計する。
【0031】
なお、第2の核酸断片2における第1相同組換え配列4と、第3の核酸断片3における第6相同組換え配列9とは、ゲノムDNAの所定の領域内の上流部分とこれに連続する下流部分として設計することができる。すなわち、組換え領域10及び組換え領域11を連続する領域に設定し(すなわち、領域Rがない)、これらに対応するよう第1相同組換え配列4と第6相同組換え配列9を設計することができる。この場合、元のゲノムDNAは如何なる領域も欠落することなく、目的遺伝子を含む核酸断片群がゲノムDNAに挿入されることとなる。
【0032】
また、第2の核酸断片2における第2相同組換え配列5と、第3の核酸断片3における第5相同組換え配列8とは、第1の核酸断片1における両端部の塩基配列に基づいて設計することができる。第2の核酸断片2における第2相同組換え配列5と第1の核酸断片1における第3相同組換え配列6は、相同組換えできる塩基配列であれば任意の塩基配列として設計することができる。同様に、第3の核酸断片3における第5相同組換え配列8と第1の核酸断片1における第4相同組換え配列7は、相同組換えできる塩基配列であれば任意の塩基配列として設計することができる。すなわち、第1の核酸断片1は、目的遺伝子以外の両端部の配列(第3相同組換え配列6及び第4相同組換え配列7)を、欠損させる領域R及び選択マーカー遺伝子Sに拘わらず共通する任意の塩基配列として設計することができる。
【0033】
ここで、第2の核酸断片2における第1相同組換え配列4と組換え領域10との間及び第3の核酸断片3における第6相同組換え配列9と組換え領域11との間は、相同組換えしうる(交叉しうる)程度に高い配列同一性を有している。各領域間の塩基配列の同一性は、従来公知の配列比較ソフト:blastn等を使用して計算することができる。各領域間の塩基配列は、60%以上の同一性を有していればよく、80%以上が好ましく、90%以上がさらに好ましく、95%以上が特に好ましく、99%以上の同一性を有していることが最も好ましい。
【0034】
また、第2の核酸断片2における第1相同組換え配列4と第3の核酸断片3における第6相同組換え配列9は、それぞれ同じ長さでも良いし、異なる長さでも良い。これら第1相同組換え配列4及び第6相同組換え配列9は、ゲノムDNAとの間で相同組換えしうる(交叉しうる)程度の長さであればよく、例えば、各々0.1kb~3kbであることが好ましく、更には0.5kb~3kbであることが好ましく、特に0.5kb~2kbであることが好ましい。
【0035】
一方、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3における第2相同組換え配列5~第5相同組換え配列8は、相同組換えが生じればよく、互いに同じ長さであっても良いし、異なる長さであっても良い。これら第2相同組換え配列5~第5相同組換え配列8は、例えば30b~300bとすることができ、40b~200bとすることが好ましく、50b~100bとすることがより好ましい。
【0036】
また、第1の核酸断片1における第3相同組換え配列6と第2の核酸断片2における第2相同組換え配列5との間、第1の核酸断片1における第4相同組換え配列7と第3の核酸断片3における第5相同組換え配列8は、相同組換えが生じれば相同組換えしうる(交叉しうる)程度に高い配列同一性を有している。各領域間の塩基配列の同一性は、従来公知の配列比較ソフト:blastn等を使用して計算することができる。各領域間の塩基配列は、60%以上の同一性を有していればよく、80%以上が好ましく、90%以上がさらに好ましく、95%以上が特に好ましく、99%以上の同一性を有していることが最も好ましい。
【0037】
以上のように構成された第1の核酸断片1、第2の核酸断片2及び第3の核酸断片3を宿主に導入すると、図1に模式的に示したように、第1の核酸断片1とゲノムDNAとの間、第1の核酸断片1と第2の核酸断片2との間、第1の核酸断片1と第3の核酸断片3との間、及び第3の核酸断片3とゲノムDNAとの間に相同組換えか生じ、第1の核酸断片1、第2の核酸断片2及び第3の核酸断片3がゲノムDNAに組み込まれることとなる。これによりゲノムDNAにおける領域RがゲノムDNAより欠損することとなる。
【0038】
そして、第1の核酸断片1又は発現ベクターに含まれる部位特異的組換え酵素遺伝子が発現することで、一対の認識配列M1及びM2に挟まれる領域が欠落する。具体的に、この具体例においては、図2に示すように、一対の認識配列M1及びM2に挟まれた、第3相同組換え配列6、選択マーカー遺伝子S及び第4相同組換え配列7がゲノムDNAより欠落することとなる。
【0039】
本方法では、認識配列M1が第2の核酸断片2にあり、認識配列M2が第3の核酸断片3にある。よって、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3が正確にゲノムDNAに組み込まれない場合、選択マーカー遺伝子Sが一対の認識配列M1及びM2に挟まれる構成とはならず、部位特異的組換え酵素遺伝子が発現したとしても、選択マーカー遺伝子SがゲノムDNAに残った状態となる。
【0040】
例えば、図3に示すように、第2の核酸断片2が組み込まれることなく、第1の核酸断片1と第3の核酸断片3とがゲノムDNAにおける領域R以外の領域に組み込まれた場合、部位特異的組換え酵素遺伝子が発現したとしても選択マーカー遺伝子Sは欠落することなくゲノムDNAに残った状態となる。したがって、選択マーカー遺伝子Sに起因する表現型、例えば薬剤耐性や蛍光などを指標として、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3が正確にゲノムDNAに組み込まれたか、換言すれば、領域Rを正確に欠損できたかを評価することができる。
【0041】
これに対して、図4に示すように、一対の認識配列M1及びM2が選択マーカー遺伝子Sを挟みこむように同じ核酸断片(図1の場合、第1の核酸断片1)にある場合、複数の核酸断片がゲノムDNAに正しく組み込まれようと、不正確に組み込まれようと、部位特異的組換え酵素遺伝子が発現すれば一対の認識配列M1及びM2に挟みこまれた選択マーカー遺伝子SがゲノムDNAから欠落することとなる。よって、この場合、選択マーカー遺伝子Sに起因する表現型、例えば薬剤耐性や蛍光などを指標として、複数の核酸断片群が正確にゲノムDNAに組み込まれたか評価することはできない。したがって、図4に示すように、一対の認識配列M1及びM2が選択マーカー遺伝子Sを挟みこむように同じ核酸断片にある場合、複数の核酸断片がゲノムDNA上の目的の領域を欠損できたか、PCR等の核酸増幅反応によって確認する必要がある。
【0042】
ところで、上述のように、部位特異的組換え酵素及びその認識配列を利用して選択マーカー遺伝子SをゲノムDNAから除去する方法は、いわゆるマーカーリサイクル法に適用することができる。マーカーリサイクル法は、複数の遺伝子を順次導入したり、複数の遺伝子を順次欠損させたりする時に、一回の遺伝子導入や遺伝子欠損に使用した選択マーカー遺伝子を除去し、次回の遺伝子導入や遺伝子欠損に際して同じ選択マーカー遺伝子を使用する技術である。
【0043】
図1~3に示した本方法は、このマーカーリサイクル法に適用することができる。すなわち、図1及び2に示したように、選択マーカー遺伝子Sの発現による表現型を指標として所定の領域Rを欠損させた形質転換体を選択し、その後、部位特異的組換え酵素及びその認識配列を利用して選択マーカー遺伝子Sを除去する。このように、所定の領域Rを欠損させた形質転換体は、選択マーカー遺伝子Sを有していないため、再び選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1を利用して領域Rとは異なる他の領域を欠損させることができる。また、マーカーリサイクル法においても、図3に示したように、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3が正確に組み込まれていないことを、選択マーカー遺伝子Sの発現に基づいて確認することができる。
【0044】
特に、本方法を適用したマーカーリサイクル法においては、選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1を繰り返し使用することができる。上述したように、本方法では、部位特異的組換え酵素及びその認識配列を利用して選択マーカー遺伝子Sを除去する際に、第3相同組換え配列6及び第4相同組換え配列7も同時に除去することとなる。これに対して、図4に示すように、一対の認識配列M1及びM2が選択マーカー遺伝子Sを挟みこむように同じ核酸断片にある場合、部位特異的組換え酵素により一対の認識配列M1及びM2の間の選択マーカー遺伝子Sが欠落したとしても、当該核酸断片の両末端にある相同組換え配列20、21がゲノムDNAに残ることとなる。したがって、一対の認識配列M1及びM2と選択マーカー遺伝子Sを有する核酸断片を再度使用して他の領域を欠損させようとする場合、図5に示すように、新たに導入した当該核酸断片がゲノムDNAに残った相同組換え配列20、21と相同組換えしてしまう可能性がある。
【0045】
これに対して、本方法では、選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1に含まれる第3相同組換え配列6及び第4相同組換え配列7がともにゲノムDNAに残るようなことはない。したがって、再び選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1を利用して領域Rとは異なる領域を欠損させたとしても、第1の核酸断片1が領域Rのあった位置に組み込まれるといった不都合を回避することができる。このように、マーカーリサイクル法においては、一対の認識配列M1及びM2のうち少なくとも一方の認識配列を、選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1以外の核酸残片に配置しておくことで、選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1を繰り返し使用することができる。
【0046】
第1の核酸断片1を繰り返し使用できるということは、言い換えると、マーカーリサイクル法において選択マーカー遺伝子Sを複数回使用する際にその都度、第1の核酸断片1を調製する必要が無いということである。図4に示したように、一対の認識配列M1及びM2が選択マーカー遺伝子Sを挟みこむように同じ核酸断片にある場合、図5に示した問題を回避するため、その都度、相同組換え配列20、21を異なる塩基配列となるように設計した核酸断片を調製する必要がある。本方法では、第1の核酸断片1を繰り返し使用することができるため、マーカーリサイクル法に適用する際に工程の簡素化を図ることができる。
【0047】
ところで、図1及び2に示した方法では、第2の核酸断片2及び第3の核酸断片3がそれぞれ認識配列M1及びM2を有するように設計した。すなわち、一対の認識配列M1及びM2は、ともに選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1以外の核酸断片にあるよう設計した。しかし、本方法では、一対の認識配列M1及びM2が選択マーカー遺伝子Sを挟みこむ位置であって、一対の認識配列M1及びM2のうち少なくとも一方が選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1以外の核酸断片にあればよく、他方は第1の核酸断片1にあってもよい。例えば、図6に示すように、一対の認識配列M1及びM2のうち認識配列M1が選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1にあり、他方の認識配列M2が第3の核酸断片3にある構成でもよい。この場合、図7に示すように、部位特異的組換え酵素により一対の認識配列M1及びM2の間にある選択マーカー遺伝子Sと第4相同組換え配列7が欠落するが、第1の核酸断片1における第3相同組換え配列6はゲノムDNAに残る。
【0048】
図7に示すように、第1の核酸断片1に含まれる第3相同組換え配列6がゲノムDNAに残ったとしても、図1~3に示した方法の場合と同様に、選択マーカー遺伝子Sに起因する表現型、例えば薬剤耐性や蛍光などを指標として、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3が正確にゲノムDNAに組み込まれたか、換言すれば、領域Rを正確に欠損できたかを評価することができる。また、図7に示すように、第1の核酸断片1に含まれる第3相同組換え配列6がゲノムDNAに残ったとしても、選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1が同位置に誤って組み込まれることはない。よって、この場合でも、上述したようにマーカーリサイクル法において、選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1の誤った組み込みを防止することができる。
【0049】
また、本方法は、複数の核酸断片として第1の核酸断片1~第3の核酸断片3を使用する形態に限定されず、4以上の核酸断片を使用して目的遺伝子をゲノムDNAの所定の領域に導入する形態にも適用される。この場合でも、一対の認識配列M1及びM2が選択マーカー遺伝子Sを挟みこむ位置であって、一対の認識配列M1及びM2のうち少なくとも一方が選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1以外の核酸断片にあれば、同様に、選択マーカー遺伝子Sに起因する表現型、例えば薬剤耐性や蛍光などを指標として、複数の核酸断片が正確にゲノムDNAに組み込まれたか、換言すれば、領域Rを正確に欠損できたかを評価することができる。また、この場合でも、上述したようにマーカーリサイクル法において、選択マーカー遺伝子Sを有する第1の核酸断片1の誤った組み込みを防止することができる。
【0050】
なお、本方法は、特に限定されず、如何なる宿主細胞に対しても適用することができる。宿主細胞としては、糸状菌や酵母等の真菌、大腸菌や枯草菌等の細菌、植物細胞、ほ乳類や昆虫を含む動物細胞を挙げることができる。これらのなかでも、酵母を宿主細胞とすることが好ましい。酵母としては、特に限定されないが、サッカロマイセス属(Saccharomyces)に属する酵母、クルイベロマイセス属(Kluyveromyces)に属する酵母、カンジダ属(Candida)に属する酵母、ピキア属(Pichia)に属する酵母、シゾサッカロマイセス属(Schizosaccharomyces)に属する酵母、ハンセヌラ属(Hansenula)に属する酵母等を挙げることができる。より具体的には、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロマイセス・バヤヌス(Saccharomyces bayanus)、サッカロマイセス・ボウラルディ(Saccharomyces boulardii)等のサッカロマイセス属に属する酵母に適用することができる。
【0051】
なお、部位特異的組換え酵素遺伝子を有する発現ベクターとしては、特に限定されず、例えばpRS413、pRS414、pRS415、pRS416、YCp50、pAUR112又はpAUR123などのYCp型大腸菌-酵母シャトルベクター、pYES2又はYEp13などのYEp型大腸菌-酵母シャトルベクター、pRS403、pRS404、pRS405、pRS406、pAUR101又はpAUR135などのYIp型大腸菌-酵母シャトルベクター、大腸菌由来のプラスミド(pBR322、pBR325、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119、pTV118N、pTV119N、pBluescript、pHSG298、pHSG396又はpTrc99AなどのColE系プラスミド、pACYC177又はpACYC184などのp15A系プラスミド、pMW118、pMW119、pMW218又はpMW219などのpSC101系プラスミド等)、アグロバクテリウム由来のプラスミド(例えばpBI101等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)などを使用することができる。
【0052】
本方法において、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3や発現ベクターを宿主細胞に導入する方法としては、特に限定されず、従来公知の方法、例えば塩化カルシウム法、コンピテントセル法、プロトプラスト又はスフェロプラスト法、電気パルス法等を適宜使用することができる。
【0053】
また、誘導型プロモーターの制御下で部位特異的組換え酵素遺伝子を発現させるには、誘導型プロモーターに応じて適宜条件を設定する。例えば、誘導型プロモーターとしてGAL1及びGAL10などのガラクトース誘導性プロモーターを使用した場合には、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3や発現ベクターを導入した宿主細胞を培養する培地にガラクトースを添加する、或いは当該宿主細胞をガラクトース含有培地に移して培養することで、部位特異的組換え酵素遺伝子を発現誘導することができる。また、誘導型プロモーターとして熱ショックタンパク質(HSP)をコードする遺伝子のプロモーターを使用する場合には、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3や発現ベクターを導入した宿主細胞を培養する際に所望のタイミングで熱ショックを負荷することで、当該タイミングで部位特異的組換え酵素遺伝子を発現誘導することができる。
【0054】
ただし、誘導型プロモーターが発現誘導する条件で、第1の核酸断片1~第3の核酸断片3や発現ベクターを宿主細胞に導入する処理を行い、誘導型プロモーターの制御下で部位特異的組換え酵素遺伝子を発現させても良い。この場合、発現誘導条件に移行させる処理が不要であり、より簡便に形質転換体を得ることができる。
【0055】
また、本方法では、第2の核酸断片2における第1相同組換え配列4と、第3の核酸断片3における第6相同組換え配列9を、所定の遺伝子の上流領域及び下流領域と相同性の高い塩基配列とした場合には、相同組換えによって、目的遺伝子を含む核酸断片がゲノムに組み込まれるとともに当該所定の遺伝子がゲノムから欠失することとなる。よって、当該所定の遺伝子の欠失に起因する表現型を観察することで、目的遺伝子を含む核酸断片がゲノムに組み込まれたか否かを判定することができる。例えば、所定の遺伝子としてADE1遺伝子を利用した場合、目的遺伝子を含む核酸断片群がゲノムに組み込まれると、ADE1遺伝子がゲノムから欠失することとなる。その結果、宿主には5-アミノイミダゾールリボシドが蓄積し、その重合したポリリボシルアミノイミダゾールに起因して形質転換体が赤く着色する。よって、この赤い着色を検出することで、目的遺伝子を含む核酸断片群が宿主のゲノムに組み込まれたことを判定することができる。
【実施例
【0056】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0057】
〔実施例1〕
本実施例では、1倍体の実験酵母S. cerevisiae BY4742株を宿主として使用した。
[loxPがマーカーと同じDNA断片に含まれるGRE3破壊用線状ベクターセットの作製]
本実施例では、図8に示したように、GRE3遺伝子の5’相同組換え領域(相同配列1)と相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列2)とを含むDNA断片、G418耐性遺伝子を含む遺伝子配列(G418マーカー)並びにloxP配列部位特異的に組換え反応を行うDNA組換え酵素Cre遺伝子(図8には示さず)がloxP配列間で挟まれるように位置し、相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列2及び3)を両末端に含むDNA断片、相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列3)とGRE3遺伝子の3’相同組換え領域(相同配列4)含むDNA断片が挿入されている3種類のプラスミドを作製した。相同配列2及び相同配列3は約60bpであり、プライマー配列上に設計した。なお、Cre遺伝子が発現することにより、2つのloxP配列間に挟まれたG418マーカーとCre遺伝子を除去することができる。各DNA配列はPCRにより増幅することが可能であり、プライマーは各DNA断片を結合するため隣接DNA配列と約15bp重複するようにDNA配列を付加されたものを人工合成したものを利用した(表1)。
【0058】
これらプライマーを用いて、S. cerevisiae BY4742株ゲノム又は合成DNAを鋳型として、目的のDNA断片を増幅し、In-Fusion HD Cloning Kit等を用いて順次DNA断片を結合、pUC19ベクターにクローニングして最終目的の3種類のプラスミドを作製し、それぞれpUC-5U_GRE3-相同配列2、pUC-相同配列2-loxP-P_ERG1-G418-T_URA3-T_CYC1-Cre-P_GAL1-loxP-相同配列3、pUC-相同配列3-3U_GRE3と命名した。また、3種類のプラスミドをまとめてpUC-gre3::loxPin-G418-Creベクターセットと命名した。
【0059】
【表1】
【0060】
[loxPがマーカーと異なるDNA断片に含まれるGRE3破壊用線状ベクターセット(3断片)の作製]
本実施例では、図9に示すように、GRE3遺伝子の5’相同組換え領域(相同配列1)と一方のloxP配列と相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列5)とを含むDNA断片、G418耐性遺伝子を含む遺伝子配列(G418マーカー)及びDNA組換え酵素Cre遺伝子と相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列5及び6)を末端に含むDNA断片、相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列6)と他方のloxP配列とGRE3遺伝子の3’相同組換え領域(相同配列4)とを含むDNA断片が挿入されている3種類のプラスミドを作製した。相同配列2及び相同配列3は約60bpであり、プライマー配列上に設計した。なお、G418マーカーとCre遺伝子は両側に隣接する断片に含まれるloxP配列間に挟まれており、Cre遺伝子を発現すると、G418マーカーとCre遺伝子と相同配列2及び3とを除去することができる。各DNA配列はPCRにより増幅することが可能である。プライマーは各DNA断片を結合するため隣接DNA配列と約15bp重複するようにDNA配列を付加されたものを合成した(表2)。
【0061】
これらプライマーを用いて、S. cerevisiae BY4742株ゲノム又は合成DNAを鋳型として、目的のDNA断片を増幅し、In-Fusion HD Cloning Kit等を用いて順次DNA断片を結合、pUC19ベクターにクローニングして最終目的の3種類のプラスミドを作製し、それぞれpUC-5U_GRE3-loxP-相同配列5、pUC-相同配列5-P_REG1-G418-T_URA3-T_CYC1-Cre-P_GAL1-相同配列6、pUC-相同配列6-loxP-3U_GRE3と命名した。また、3種類のプラスミドをまとめてpUC-gre3::loxPout-G418-Creベクターセットと命名した。
【0062】
【表2】
【0063】
[loxPがマーカーと異なるDNA断片に含まれるGRE3破壊用線状ベクターセット(5断片)の作製]
本実施例では、図10に示すように、5つの断片からなるGRE3破壊用線状ベクターセットを作製した。本例では、loxP配列と両末端に相同配列2と相同配列5を含むDNA断片と、loxP配列と両末端に相同配列6と相同配列3を含むDNA断片が挿入されている2種類のプラスミドを作製した。なお、相同配列2とloxP配列の間にはALD4遺伝子3’下流領域、loxP配列と相同配列3の間にはALD6遺伝子3’下流領域がダミー配列としてDNA断片の長さを伸ばす目的で挿入している。各DNA配列はPCRにより増幅することが可能である。プライマーは各DNA断片を結合するため隣接DNA配列と約15bp重複するようにDNA配列を付加されたものを合成した(表3)。
【0064】
これらプライマーを用いて、S. cerevisiae BY4742株ゲノム又は合成DNAを鋳型として、目的のDNA断片を増幅し、In-Fusion HD Cloning Kit等を用いて順次DNA断片を結合、pUC19ベクターにクローニングして最終目的の2種類のプラスミドを作製し、それぞれpUC-相同配列2-loxP-ダミー1-相同配列5、pUC-相同配列6-loxP-ダミー2-相同配列3と命名した。pUC-相同配列2-ダミー1-loxP-相同配列5、pUC-相同配列6-loxP-ダミー2-相同配列3と、先に設計したpUC-5U_GRE3-相同配列2(図8)、pUC-相同配列5-P_REG1-G418-T_URA3-T_CYC1-Cre-P_GAL1-相同配列6(図9)、pUC-相同配列3-3U_GRE3(図8)を含めた5種類のプラスミドをまとめてpUC-gre3::loxPout-G418-Cre(5断片)ベクターセットと命名した。
【0065】
【表3】
【0066】
[loxPがマーカーと同じDNA断片に含まれるADE1破壊用線状ベクターセットの作製]
本実施例では、図11に示すように、ADE1遺伝子の5’相同組換え領域(相同配列7)と相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列2)とを含むDNA断片、nourseothricin耐性遺伝子(nat1:natマーカー)並びにDNA組換え酵素Cre遺伝子(図示せず)がloxP配列間で挟まれるように位置し、相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列2及び3)を両末端に含むDNA断片、ADE1遺伝子の3’相同組換え領域(相同配列8)と相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列3)とが挿入されているDNA断片を含む3種類のプラスミドを作製した。なお、Cre遺伝子の発現により、一対のloxP配列間に挟まれたnatマーカーとCre遺伝子を除去することができる。各DNA配列はPCRにより増幅することが可能である。プライマーは各DNA断片を結合するため隣接DNA配列と約15bp重複するようにDNA配列を付加されたものを合成した(表4)。
【0067】
これらプライマーを用いて、S. cerevisiae BY4742株ゲノム又は合成DNAを鋳型として、目的のDNA断片を増幅し、In-Fusion HD Cloning Kit等を用いて順次DNA断片を結合、pUC19ベクターにクローニングして最終目的の3種類のプラスミドを作製し、それぞれpUC-5U_ADE1-相同配列2、pUC-相同配列2-loxP-P_PMA1-nat1-T_LEU2- P_GAL1-Cre-T_CYC1-loxP-相同配列3、pUC-相同配列3-3U_ADE1と命名した。また、3種類のプラスミドをまとめてpUC-ade1::loxPin-nat1-Creベクターセットと命名した。
【0068】
【表4】
【0069】
[loxPがマーカーと異なるDNA断片に含まれるADE1破壊用線状ベクターセットの作製]
本実施例では、図12に示すように、ADE1遺伝子の5’相同組換え領域(相同配列7)とloxP配列と相同組換えを行うための相同配列(相同配列2)とを含むDNA断片、nourseothricin耐性遺伝子(nat1)を含む遺伝子配列(natマーカー)及びDNA組換え酵素Cre遺伝子と相同組換えを行うためのDNA配列(相同配列2及び3)を両末端に含むDNA断片、ADE1遺伝子の3’相同組換え領域(相同配列8)とloxP配列と相同組換えを行うための相同配列(相同配列3)とを含むDNA断片が挿入されている3種類のプラスミドを作製した。なお、natマーカーとCre遺伝子は両側に隣接する断片に含まれるloxP配列間に挟まれており、Cre遺伝子が発現すると、natマーカーとCre遺伝子を除去することができる。各DNA配列はPCRにより増幅することが可能である。プライマーは各DNA断片を結合するため隣接DNA配列と約15bp重複するようにDNA配列を付加されたものを合成した(表5)。
【0070】
これらプライマーを用いて、S. cerevisiae BY4742株ゲノム又は合成DNAを鋳型として、目的のDNA断片を増幅し、In-Fusion HD Cloning Kit等を用いて順次DNA断片を結合、pUC19ベクターにクローニングして最終目的の3種類のプラスミドを作製し、それぞれpUC-5U_ADE1-loxP-相同配列2、pUC-相同配列2-P_PMA1-nat1-T_LEU2- P_GAL1-Cre-T_CYC1-相同配列3、pUC-相同配列3-loxP-3U_ADE1と命名した。また、3種類のプラスミドをまとめてpUC-ade1::loxPout-nat1-Creベクターセットと命名した。
【0071】
【表5】
【0072】
[loxPがマーカーと異なるDNA断片に含まれるADE1破壊用線状DNA断片セット(5断片)の作製]
本実施例では、図13に示すように、loxP配列と両末端に相同配列2と相同配列5とを含むDNA断片、loxP配列と両末端に相同配列6と相同配列3とを含むDNA断片が挿入されている2種類のプラスミドを作製した。なお、これらDNA断片において、相同配列2とloxP配列の間にはPDC6遺伝子5’上流領域、loxP配列と相同配列3の間にはSED1遺伝子5’上流領域がダミー配列として長さを伸ばすためだけに挿入している。各DNA配列はPCRにより増幅することが可能である。各DNA断片を結合するため、プライマーは隣接DNA配列と約15bp重複するようにDNA配列を付加されたものを合成した(表6)。
【0073】
これらプライマーを用いて、S. cerevisiae BY4742株ゲノム又は合成DNAを鋳型として、目的のDNA断片を増幅し、In-Fusion HD Cloning Kit等を用いて順次DNA断片を結合、pUC19ベクターにクローニングして最終目的の2種類のプラスミドを作製し、それぞれpUC-相同配列2-ダミー3-loxP-相同配列5、pUC-相同配列6-loxP-ダミー4-相同配列3と命名した。また、pUC-相同配列2-ダミー3-loxP-相同配列5、pUC-相同配列6-loxP-ダミー4-相同配列3と、先に設計したpUC-5U_ADE1-相同配列2(表4、図11)、pUC-相同配列2-P_PMA1-nat1-T_LEU2- P_GAL1-Cre-T_CYC1-相同配列3(表5、図12)、pUC-相同配列3-3U_ADE1(表4、図11)を含めた5種類のプラスミドをまとめてpUC-ade1::loxPout-nat1-Cre(5断片)ベクターセットと命名した。
【0074】
【表6】
【0075】
[形質転換]
以上のように作製したpUC-gre3::loxPin-G418-Creベクターセット、pUC-gre3::loxPout-G418-Creベクターセット、pUC-gre3::loxPout-G418-Cre(5断片)ベクターセットの各プラスミドを鋳型として各プラスミドに含まれるDNA断片をPCRで増幅した。これらPCRで使用したプライマーセットを表7に示した。増幅されたDNA断片を用いて、BY4742株の形質転換を行い、G418を含むYPD寒天培地に塗布し、生育したコロニーを純化した。PCRにて染色体のGRE3遺伝子が破壊された株を選抜した。さらに、それぞれの株をYPGa(10g/Lイーストエキス、20g/Lペプトン、20g/Lガラクトース)培地で培養し、Cre遺伝子の発現を誘導し、Cre/loxP部位特異的組換え反応により、G418マーカー及びCre遺伝子を除去した。これらをUz3444、Uz3445及びUz3760株とした。なお、形質転換はAkadaらの方法(Akada, R. et al. “Elevated temperature greatly improves transformation of fresh and frozen competent cells in yeast“ BioTechniques 28 (2000): 854-856)に従って行った。
【0076】
また、同様にpUC-ade1::loxPin-nat1-Creベクターセット、pUC-ade1::loxPout-nat1-Creベクターセットの各プラスミドを鋳型として各プラスミドに含まれるDNA断片をPCRで増幅した。これらPCRで使用したプライマーセットを表7に示した。増幅されたDNA断片を用いて、Uz3444又はUz3445株の形質転換を行い、nourseothricinを含むYPD寒天培地に塗布し、コロニーを生育させた。
【0077】
さらに、同様にpUC-ade1::loxPout-nat1-Cre(5断片)ベクターセットの各プラスミドを鋳型として各プラスミドに含まれるDNA断片をPCRで増幅した。これらPCRで使用したプライマーセットを表7に示した。増幅されたDNA断片を用いて、BY4742又はUz3760株の形質転換を行い、nourseothricinを含むYPD寒天培地に塗布し、コロニーを生育させた。ADE1遺伝子はアデニン生合成経路の遺伝子であり、その破壊株は、アデニンの中間代謝産物の5-アミノイミダゾールリボシドが蓄積し、その重合したポリリボシルアミノイミダゾールが赤く着色するため、容易にADE1遺伝子破壊株の判別が可能である。そこで、生育したコロニーを赤と白とで色別にカウントし、ベクターセットゲノム導入株のADE1遺伝子の破壊効率を調べた。
【0078】
【表7】
【0079】
[結果・考察]
また、本実施例で示した方法は、loxPを含むDNA断片がマーカー遺伝子を挟みこむように正しく相同組換えされない限り、Cre組換え酵素による部位特異的組換え反応でマーカー遺伝子を除去することができない(図3参照)。よって、本実施例で示した方法は、マーカー遺伝子除去の成否を、PCR等の確認作業を行うことなく、マーカー遺伝子の発現による表現型を確認することで簡便に判断することができた。
【0080】
一方、本実施例で示した方法は、いわゆるマーカーリサイクル法における効果を以下のように確認することができた。すなわち、マーカー遺伝子を含むDNA断片とは異なり、相同配列を介して当該DNA断片に相同組換えする両隣のDNA断片にそれぞれloxPを配置すると、Cre組換え酵素による部位特異的組換え反応により、マーカー遺伝子とともに両側の相同配列がゲノムDNAから除去される。これに対して、マーカー遺伝子を含むDNA断片に当該マーカー遺伝子を挟みこむようにloxPを配置すると、Cre組換え酵素による部位特異的組換え反応によりマーカー遺伝子は除去されるが、当該マーカー遺伝子の両側の相同配列はゲノムDNAから除去されない。このため、上記相同配列及びマーカー遺伝子を有するDNA断片を繰り返し使用する場合、2回目以降のゲノムへの相同組換えにおいて、以前の相同組換えにより残された相同配列と、繰り返し使用されるDNA断片との間で組換えを起こす可能性があり、実用上問題が生じることが考えられる(図5参照)。
【0081】
これを検証するために、先ず、一対のloxPでマーカー遺伝子を挟みこむように配置した構成のDNA断片を含むpUC-gre3::loxPin-G418-Creベクターセット、マーカー遺伝子を含むDNA断片、当該DNA断片とは異なり上記DNA断片の両隣に位置し、loxPを配置したDNA断片を含むpUC-gre3::loxPout-G418-CreベクターセットをそれぞれGRE3遺伝子座に導入し、Cre/loxP部位特異的組換え反応によりマーカー遺伝子を除去した株をそれぞれ作製した(Uz3444、Uz3445)。次に、2回目の相同組換えとして、それぞれの株のADE1遺伝子座に、一対のloxPでマーカー遺伝子を挟みこむように配置した構成のDNA断片を含むpUC-ade1::loxPin-nat1-Creベクターセット、マーカー遺伝子を含むDNA断片及び当該DNA断片とは異なり上記DNA断片の両隣に位置し、loxPを配置したDNA断片を含むpUC-ade1::loxPout-nat1-Creベクターセットを導入し、相同組換え効率を調べた。
【0082】
その結果、一対のloxPでマーカー遺伝子を挟みこむように配置した構成のDNA断片を使用した場合は、相同組換えの繰り返しにより不正確な相同組換えが起こる頻度が高くなり、実用上問題になるレベルであることが判明した(表8)。これに対して、マーカー遺伝子を有するDNA断片と、当該DNA断片と異なるDNA断片であってloxPを配置させたDNA断片とを使用した場合には、マーカー遺伝子を有するDNA断片を繰り返し使用しても不正確な相同組換えが殆ど生じないことが判明した。なお表8において、相同組換え効率は、赤コロニー数/コロニー総数として算出した。
【0083】
【表8】
【0084】
一方、マーカー遺伝子を含むDNA断片の両隣のDNA断片それぞれにloxPを配置しても、DNA断片の数が5つ以上になると、一対のloxPに挟みこまれたマーカー遺伝子や相同配列が除去されても、一対のloxPの外側にある相同配列がゲノムDNAに残ることとなる(図10参照、図10における相同配列2及び3)。この場合、二回目のADE1座位にマーカー遺伝子を導入する際(図13参照)、図14に示すように、一回目のGRE3座位に残る相同配列2及び3と3つのDNA断片との間で相同組換えが生じる可能性が考えられた。
【0085】
これを検証するために、先ず、pUC-gre3::loxPout-G418-Cre(5断片)ベクターセットをGRE3遺伝子座に導入し、Cre/loxP部位特異的組換え反応によりマーカー遺伝子を除去した株を作製した(Uz3760)。次に、2回目の相同組換えとして、ADE1遺伝子座に、pUC-ade1::loxPout-nat1-Cre(5断片)ベクターセットを導入した株を作製した。比較対照としてpUC-ade1::loxPout-nat1-Cre(5断片)のみを導入した株と、相同組換え効率を比較した。
【0086】
その結果、表9に示すように、相同組換え効率に有意な差は見られなかった。これは、一対のloxPに挟みこまれたマーカー遺伝子及び相同配列を除去さえすれば、DNA断片群を繰り返し使用しても相同組換え効率の低下は無視できるレベルであることを示している。よって、本実施例に示した方法は、DNA断片の数が5以上であっても適用でき、汎用性は広いと考えられた。
【0087】
【表9】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
【配列表】
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