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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】ボールねじ装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 25/22 20060101AFI20240709BHJP
   F16H 25/24 20060101ALI20240709BHJP
   C23C 8/32 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
F16H25/22 L
F16H25/22 M
F16H25/24 A
F16H25/24 B
C23C8/32
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021062259
(22)【出願日】2021-03-31
(65)【公開番号】P2022157814
(43)【公開日】2022-10-14
【審査請求日】2023-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 真大
(72)【発明者】
【氏名】田村 一輝
(72)【発明者】
【氏名】飛鷹 秀幸
【審査官】前田 浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-54112(JP,A)
【文献】特開2020-98034(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 25/22
F16H 25/24
C23C 8/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に第1ねじ溝を有する筒状のナットと、
前記ナットの内方に挿入され、外周面に第2ねじ溝を有するねじ軸と、
前記第1ねじ溝と前記第2ねじ溝とで囲まれる転動路に収容される複数のボールと、
を備え、ストローク係数fが4.8未満で使用され、
前記ボールの表層部の残留オーステナイト量γRBは、体積%で下記式(1)を満たし、
前記ねじ軸の前記第2ねじ溝の表層部の残留オーステナイト量γRSは、体積%で下記式(2)を満たし、
前記ナットの前記第1ねじ溝の表層部の残留オーステナイト量γRNは、体積%で下記式(3)を満たし、
かつ、下記式(1)から(3)に共通のナット、ねじ軸及びボールの要求寿命倍率αは、1よりも大きい
ボールねじ装置。
【数1】
【数2】
【数3】
【請求項2】
前記ボールねじ装置は、ストローク係数fが3.175以上かつ4.8未満で使用され、
前記ボールの前記残留オーステナイト量γRBは、前記ねじ軸の前記残留オーステナイト量γRSよりも大きく、かつ、前記ねじ軸の前記残留オーステナイト量γRSは、前記ナットの前記残留オーステナイト量γRNよりも大きい
請求項1に記載のボールねじ装置。
【請求項3】
前記ボールねじ装置は、ストローク係数fが3.175未満で使用され、
前記ねじ軸の前記残留オーステナイト量γRSは、前記ボールの前記残留オーステナイト量γRBよりも大きく、かつ、前記ボールの前記残留オーステナイト量γRBは、前記ナットの前記残留オーステナイト量γRNよりも大きい
請求項1に記載のボールねじ装置。
【請求項4】
前記ボールは、浸炭窒化処理材である
請求項1から3のいずれか1項に記載のボールねじ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ボールねじ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ボールねじ装置は、ねじ軸とナットとボールとを備え、例えば、ねじ軸をナットに対して相対的に回転させることでナットを直線運動させる。ボールねじ装置は、例えば、射出成形機等に適用されており、近年、射出成形機等は、運転サイクルの高速化への取り組みが進んでいる。しかし、射出成形機等の稼働速度を速くすると、ボールねじ装置の寿命が短くなるため、ボールねじ装置の耐久性を向上させて寿命を長くする対策が行われている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2018-54112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のボールねじ装置では、ねじ軸及びナットの寿命は従来よりも長くなるが、ねじ軸及びナットに対して相対的にボールの寿命が短くなる可能性がある。即ち、ねじ軸及びナットが寿命によって損傷する前にボールが先に損傷してしまう可能性がある。
【0005】
本開示は、前記の課題に鑑みてなされたものであって、ボール表面の剥離を抑制し、ボールねじ装置全体の寿命を延ばすことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の目的を達成するため、本開示の一態様のボールねじ装置は、内周面に第1ねじ溝を有する筒状のナットと、前記ナットの内方に挿入され、外周面に第2ねじ溝を有するねじ軸と、前記第1ねじ溝と前記第2ねじ溝とで囲まれる転動路に収容される複数のボールと、を備え、ストローク係数fが4.8未満で使用され、前記ボールの表層部の残留オーステナイト量γRBは、体積%で下記式(1)を満たし、前記ねじ軸の前記第2ねじ溝の表層部の残留オーステナイト量γRSは、体積%で下記式(2)を満たし、前記ナットの前記第1ねじ溝の表層部の残留オーステナイト量γRNは、体積%で下記式(3)を満たし、かつ、下記式(1)から(3)に共通のナット、ねじ軸及びボールの要求寿命倍率αは、1よりも大きい。
【数1】
【数2】
【数3】
【0007】
ボールねじ装置の構成部品であるナット、ねじ軸及びボールにおいて、例えばナット及びねじ軸の寿命を延ばしても、ボールの寿命がナット及びねじ軸よりも短いと、ボールが一番先に破損してしまい、ボールねじ装置が所望する品質にならない可能性がある。一方、ナット、ねじ軸及びボールのそれぞれの寿命をばらばらに、かつ、大幅に大きく設定すると、熱処理等の手間が掛かり製造コストの高騰を招く可能性がある。ここで、式(1)から(3)では、ボールねじ装置の所望の要求寿命倍率に対して、ナット、ねじ軸及びボールのそれぞれの残留オーステナイト量の値が一意的に定まる。残留オーステナイトは、鋼を焼入れする際に、完全にマルテンサイトにはならずに一部未変態のオーステナイトとして残ったものである。表層部の残留オーステナイト量が多いと、構成部品の靱性が向上して構成部品の寿命が延びる。従って、所望する要求寿命倍率とストローク係数とを式(1)から式(3)に代入することにより、ナット、ねじ軸及びボールのそれぞれについて、必要とされる残留オーステナイト量が算出される。即ち、ナット、ねじ軸及びボールのそれぞれについて、この算出された残留オーステナイト量にすることにより、ナット、ねじ軸及びボールがほぼ同じ寿命で同時に損傷することになる。これにより、ボールねじ装置の寿命が、所望する寿命よりも大幅に長い寿命となることを抑制し、かつ、所望するよりも耐久性が劣ることを抑制して、コストと品質とのバランスがとれたボールねじ装置を得ることができる。
【0008】
前記ボールねじ装置の望ましい態様として、ストローク係数fが3.175以上かつ4.8未満で使用され、前記ボールの前記残留オーステナイト量γRBは、前記ねじ軸の前記残留オーステナイト量γRSよりも大きく、かつ、前記ねじ軸の前記残留オーステナイト量γRSは、前記ナットの前記残留オーステナイト量γRNよりも大きい。
【0009】
このように、ボールねじ装置のストローク係数に応じて、ボール、ねじ軸及びナットの残留オーステナイト量の大小関係が定まるため、各部品の寿命を最大限発揮しつつ、生産性に優れたボールねじ装置を構成できるという効果がある。なお、ボールねじ装置は、例えば、電動射出成形機や電動サーボプレスなどの短いストロークに使用される場合があり、この場合は、ボールねじ装置のストローク係数は、例えば、4.8未満である。
【0010】
前記ボールねじ装置の望ましい態様として、ストローク係数fが3.175未満で使用され、前記ねじ軸の前記残留オーステナイト量γRSは、前記ボールの前記残留オーステナイト量γRBよりも大きく、かつ、前記ボールの前記残留オーステナイト量γRBは、前記ナットの前記残留オーステナイト量γRNよりも大きい。
【0011】
このように、ボールねじ装置のストローク係数fに応じて、ボール、ねじ軸及びナットの残留オーステナイト量の大小関係が定まるため、各部品の寿命を最大限発揮しつつ、生産性に優れたボールねじ装置を構成できるという効果がある。
【0012】
前記ボールねじ装置の望ましい態様として、前記ボールは、浸炭窒化処理材である。浸炭窒化処理は、他の熱処理に比較して、残留オーステナイト体積分率を確保できるというメリットがある。
【発明の効果】
【0013】
本開示に係るボールねじ装置によれば、ボール表面の剥離を抑制し、ボールねじ装置全体の寿命を延ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、実施形態のボールねじ装置を示す、一部が断面の側面図である。
図2図2は、図1のナットの側面図である。
図3図3は、ねじ軸に対するボール及びナットの寿命比を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
発明を実施するための形態(実施形態)につき、図面を参照しつつ詳細に説明する。以下の実施形態に記載した内容により本発明が限定されるものではない。また、以下に記載した構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のものが含まれる。さらに、以下に記載した構成要素は適宜組み合わせることが可能である。
【0016】
実施形態のボールねじ装置について説明する。図1は、実施形態のボールねじ装置を示す、一部が断面の側面図である。図2は、図1のナットの側面図である。
【0017】
図1及び図2に示すように、実施形態のボールねじ装置10は、ねじ軸1と、ナット2と、ボール3と、転がり軸受4と、を備える。
【0018】
ねじ軸1は、大径部11と、小径部12,13とを備える。大径部11は、ねじ軸1の軸方向の中央部に位置する。小径部12は、ねじ軸1の軸方向の一方側の端部に設けられ、大径部11よりも細い。小径部13は、ねじ軸1の軸方向の他方側の端部に設けられ、大径部11よりも細い。大径部11は、外周面に螺旋状の第2ねじ溝14を有する。また、大径部11の端部15には、第3ねじ溝16が設けられる。
【0019】
ナット2は、図2に示すように、円筒部21と、フランジ部22とを備える。円筒部21の内周面23には、螺旋状の第1ねじ溝24が設けられる。第1ねじ溝24と第2ねじ溝14とで囲まれる転動路内を複数のボール3が転動する。
【0020】
大径部11の軸方向の一方側の端部15には、転がり軸受4が設けられる。転がり軸受4は、外輪41を有する。外輪41の内周面には、第3ねじ溝16に対応する第4ねじ溝42が設けられ、第3ねじ溝16と第4ねじ溝42とで囲まれる転動路内を複数のボール3Aが転動する。なお、転動体挿入穴44は、蓋45で塞がれている。
【0021】
前述したボール3の表層部の残留オーステナイト量γRBと、ねじ軸1の第2ねじ溝14の表層部の残留オーステナイト量γRSと、ナット2の第1ねじ溝24の表層部の残留オーステナイト量γRNとについて説明する。なお、表層部とは、例えば、表面から50マイクロメートル以下の深さの部位を示す。また、残留オーステナイト量は、体積%で示すものとする。
【0022】
また、残留オーステナイト量の測定機器は、例えばX線回折装置を用いる。測定方法は、例えば、電解研磨装置で熱処理中に形成された表面酸化層を除去した後,X線を照射する。
【0023】
さらに、ボールねじ装置10の寿命とは、ねじ軸1、ナット2及びボール3のうちいずれかがはく離を起こした時点でのボールねじ装置10のストローク数を意味するものとする。
【0024】
本発明者らは、ボール3の表面に生じた大型はく離の破損メカニズムの調査から、ボール3の表層部の残留オーステナイト量γRBを従来よりも向上させることで、ボール3の表面を起点としたはく離の発生を抑制できることを見出した。
【0025】
次に、ねじ軸1に対するボール3の寿命比βを説明する。なお、寿命比β、ボール3の寿命、及び、ねじ軸1の寿命との間には次の関係式が成立する。
(寿命比β)=(ボール3の寿命)÷(ねじ軸1の寿命)
【0026】
寿命比βを、ボール3とねじ軸1の応力繰返し数と接触面圧の9乗則に基づいて表すと、下記の式(4)のようになる。
【数4】
【0027】
式(4)において、PとPは、ねじ軸1の第2ねじ溝14の表面とボール3の表面との接触面圧を表す。具体的には、Pは、ねじ軸1の第2ねじ溝14の表面がボール3の表面から受ける接触面圧であり、Pは、ボール3の表面が第2ねじ溝14の表面から受ける接触面圧である。また、NとNは、ボールねじ装置10を1ストローク運転させた際のねじ軸1の第2ねじ溝14の表面及びボール3の表面における応力繰返し数を表す。
【0028】
本発明者らは、実際の使用条件下でのねじ軸1に対するボール3の寿命比βを調べる目的から、実用に供されている電動射出成形機向け計20型番のボールねじ装置10の軸方向荷重やストロークからPとP並びにNとNを求め、前述の式(4)によって各型番の寿命比βを算出した。次に、ボールねじ装置10の有効巻数ζと回路数ξとリードlとの積を求め、この積でストロークStを割ることにより式(5)が得られた。また、式(5)のストローク係数fと寿命比βとの関係式である式(6)が得られた。
【0029】
【数5】
【数6】
【0030】
なお、式(6)で表されるボール3の寿命比を推定する際は、ボール3の表面のある特定の一つの赤道が、ねじ軸1の第2ねじ溝14の表面と接触するものとして解析した。電動射出成形機などで用いられるボールねじ装置10では、ナット2のストロークが短いこと、また、ナット2の有効巻数が大きいことに起因して、1ストロークを運転した時に、ボール3に荷重がかかる部位から循環回路へ退避するボール3の数が少ないため、上記のように解析しても問題ないと言える。
【0031】
同様にして、ねじ軸1に対するナット2の寿命比βは、次式(7)になる。
【数7】
【0032】
式(6)及び式(7)より、図3に示すグラフが得られる。図3は、ねじ軸に対するボール及びナットの寿命比を示すグラフである。
【0033】
図3において、実線はねじ軸1に対するボール3の寿命比βを示す。破線はねじ軸1に対するナット2の寿命比βを示す。実線に示すように、ストローク係数fが0.2のとき寿命比βは8、ストローク係数fが1のとき寿命比βは2.5、というようにストローク係数fが大きくなるにつれて寿命比βは減少する。そして、ストローク係数fが3.175のとき寿命比βは1となる。ここで、寿命比βが1ということは、ねじ軸1の寿命とボール3の寿命とが同一であることを示す。つまり、ストローク係数fが3.175未満では、寿命比βは1よりも大きいため、ねじ軸1よりもボール3の寿命の方が長いことを意味する。
【0034】
破線に示すように、ストローク係数fが0.3のとき寿命比βは8、ストローク係数fが3のとき寿命比βは1.5、というようにストローク係数fが大きくなるにつれて寿命比βは減少する。そして、ストローク係数fが4.8のとき寿命比βは1となる。ここで、寿命比βが1ということは、ねじ軸1の寿命とナット2の寿命とが同一であることを示す。つまり、ストローク係数fが4.8未満では、寿命比βは1よりも大きいため、ねじ軸1よりもナット2の寿命の方が長いことを意味する。
【0035】
そして、ストローク係数fが4.8未満では、寿命比βは寿命比βよりも大きいため、ナット2の寿命の方がボール3の寿命よりも長い。
【0036】
以上より、(a)ストローク係数fが3.175未満のときは、「ナットの寿命>ボールの寿命>ねじ軸の寿命」の関係が成立する。また、(b)ストローク係数fが3.175以上かつ4.8未満のときは、「ナットの寿命>ねじ軸の寿命>ボールの寿命」の関係が成立する。
【0037】
ここで、残留オーステナイト量(体積%)γと要求寿命倍率αの関係は、次式(8)で表せる。
【数8】
【0038】
まず、ねじ軸を基準として考えるので、式(8)においてα=αとすればねじ軸の長寿命化のために必要なγの関係式が得られる。次に、ねじ軸基準でボールの寿命比β=α/αは式(6)で表されるので、これに式(8)を代入して導出する。即ち、式(6)に式(8)を代入すれば、ボール3の要求寿命倍率αが1よりも大きく、ストローク係数fが4.8未満でのボール3の表層部の残留オーステナイト量γRBは、次式(9)のように導くことができる。ここで、要求寿命倍率は、従来のボールねじ装置の寿命に対して長寿命化させる割合という定義である。
【数9】
【0039】
同様にして、ストローク係数fが4.8未満における、ねじ軸1の第2ねじ溝14の表層部の残留オーステナイト量γRSと、ナット2の第1ねじ溝24の表層部の残留オーステナイト量γRNとについて、要求寿命倍率α及びαが1よりも大きい場合は、それぞれ式(10)と式(11)のように導くことができる。なお、αは、ねじ軸1の要求寿命倍率であり、寿命倍率αは、ナット2の要求寿命倍率である。
【数10】
【数11】
【0040】
従って、ボールねじ装置10全体の要求寿命と、ボール3の寿命と、ねじ軸1の寿命と、ナット2の寿命とが全て合致するようなそれぞれの残留オーステナイト量γRB,γRS及びγRNは、式(9)~(11)において、α=α=α=α>1を満たすαを代入して得られる。すなわち、ストローク係数f<4.8で用いられるようなボールねじ装置において、生産性を損なわず長寿命化(α>1)するためには、各部品の残留オーステナイト量が次の(c)及び(d)の大小関係を満足するような組合せとなる設計が合理的である。この理由は、ストローク係数f=3.175を境界にして、ねじ軸とボールの寿命の大小関係が逆転するため、ストロークに応じて各部品の残留オーステナイト量の関係が変化するからである。
(c)ストローク係数fが3.175未満のときは、「ねじ軸1の残留オーステナイト量γRS>ボール3の残留オーステナイト量γRB>ナット2の残留オーステナイト量γRN
(d)ストローク係数fが3.175以上かつ4.8未満のときは、「ボール3の残留オーステナイト量γRB>ねじ軸1の残留オーステナイト量γRS>ナット2の残留オーステナイト量γRN
【0041】
なお、ボールは、浸炭窒化処理材である。ボールの材質は、例えば軸受鋼が望ましい。浸炭窒化処理は、例えば、RXガスにプロパン,アンモニアを添加するという条件で処理することが望ましい。
【0042】
[実施例]
次に、実施例を説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例のボールねじ装置及び部品]
実施例に係るボールねじ装置として、電動射出成形機の射出軸などの用途で多く使用される型式BS6316-10.5を用いて検証した。ボールねじ装置BS6316-10.5の主要な内部諸元は、以下のとおりである。
・ねじ軸外径(d):63mm
・リード(l):16mm
・ねじ巻数(ζ):3.5
・循環回路数(ξ):3
・ねじ有効巻数(ζ×ξ):10.5(=3.5×3)
【0043】
また、実施例のボールねじ装置BS6316-10.5を構成するボール、ねじ軸及びナットの材料と熱処理について説明する。ボールについて、材料は軸受鋼、熱処理は浸炭窒化処理である。また、ねじ軸について、材料は高炭素鋼、熱処理は高周波焼入である。そして、ナットについて、材料は肌焼鋼、熱処理は浸炭焼入である。
【0044】
なお、実施例について、ボールねじ装置のストローク係数fを0.48とし、ボール、ねじ軸及びナットに共通の要求寿命倍率αを5倍程度とした。また、ボールの表層部(表面から50マイクロメートル)の残留オーステナイト量γRBを平均20%とし、ねじ軸の第2ねじ溝(軌道面)の表層部(表面から50マイクロメートル)の残留オーステナイト量γRSを25%以上とし、ナットの第1ねじ溝(軌道面)の表層部(表面から50マイクロメートル)の残留オーステナイト量γRNを15%以上とした。
【0045】
[比較例1のボールねじ装置及び部品]
次に、実施例と同じ型式BS6316-10.5のボールねじ装置を用い、実施例に対してボールのみを換えた比較例1を説明する。比較例1のボール、ねじ軸及びナットの材料と熱処理は、次のとおりである。即ち、ボールについて、材料は軸受鋼、熱処理は普通焼入である。また、ねじ軸について、材料は高炭素鋼、熱処理は高周波焼入である。そして、ナットについて、材料は肌焼鋼、熱処理は浸炭焼入である。
【0046】
なお、比較例1について、ボールねじ装置のストローク係数fを0.48とした。また、ボールの要求寿命倍率αを1.5倍程度とし、ねじ軸及びナットの要求寿命倍率αとαを5倍程度とした。そして、ボールの表層部の残留オーステナイト量γRBを10%とし、ねじ軸の第2ねじ溝(軌道面)の表層部の残留オーステナイト量γRSを25%以上とし、ナットの第1ねじ溝(軌道面)の表層部の残留オーステナイト量γRNを15%以上とした。
【0047】
[比較例2のボールねじ装置及び部品]
次に、実施例と同じ型式BS6316-10.5のボールねじ装置を用い、実施例に対してボール、ねじ軸及びナットを換えた比較例2を説明する。比較例2のボール、ねじ軸及びナットの材料と熱処理は、次のとおりである。即ち、ボールについて、材料は軸受鋼、熱処理は普通焼入である。また、ねじ軸について、材料は中炭素鋼、熱処理は高周波焼入である。そして、ナットについて、材料は肌焼鋼、熱処理は浸炭焼入である。
【0048】
なお、比較例2について、ボールねじ装置のストローク係数fを0.48とした。また、ボールの要求寿命倍率αを1.5倍程度とし、ねじ軸及びナットの要求寿命倍率αとαを1倍程度とした。そして、ボールの表層部の残留オーステナイト量γRBを10%とし、ねじ軸の第2ねじ溝(軌道面)とナットの第1ねじ溝(軌道面)の表層部の残留オーステナイト量γRSとγRNを9%程度とした。
【0049】
[耐久試験の条件]
次に、実施例及び比較例1、2のボールねじ装置を稼動させて、同一条件下で耐久試験を行った。耐久試験の条件を以下に示す。
・最大軸方向荷重:Famax=300kN
・最高ねじ軸回転数:nmax=500min-1
・ストローク:St=80mm
・潤滑剤:グリース
【0050】
[耐久試験の結果]
比較例1の場合、運転サイクル数が259.0万サイクルにおいて、ねじ軸の第2ねじ溝(軌道面)及びナットの第1ねじ溝(軌道面)にははく離破損は認められなかったが、ボールの表面にはく離破損が認められた。従って、比較例1に係るボールねじ装置の全体としての寿命は、運転サイクル数が259.0万サイクルと認定することができる。また、比較例2の場合、運転サイクル数が89.0万サイクルにおいて、ボール表面とねじ軸軌道面には、はく離破損は認められなかったが、ナット軌道面には、はく離破損が認められた。従って、比較例2に係るボールねじ装置の全体としての寿命は、運転サイクル数が89.0万サイクルと認定することができる。
【0051】
これに対して、実施例の場合、運転サイクル数が440.0万サイクルにおいて、ボールの表面やナットの第1ねじ溝(軌道面)に損傷は認められなかったが、ねじ軸の第2ねじ溝(軌道面)に、はく離破損が生じた。従って、実施例のボールねじ装置の全体としての寿命は、運転サイクル数が440.0万サイクルと認定することができる。このように、実施例のボールねじ装置の寿命は、比較例1,2のボールねじ装置の寿命よりも向上することが裏付けられた。
【0052】
以上説明したように、本実施形態に係るボールねじ装置10は、内周面23に第1ねじ溝24を有する筒状のナット2と、ナット2の内方に挿入され、外周面に第2ねじ溝14を有するねじ軸1と、第1ねじ溝24と第2ねじ溝14とで囲まれる転動路に収容される複数のボール3と、を備え、ストローク係数fが4.8未満で使用される。ボール3の表層部の残留オーステナイト量γRBは、体積%で下記式(1)を満たし、ねじ軸1の第2ねじ溝14の表層部の残留オーステナイト量γRSは、体積%で下記式(2)を満たし、ナット2の第1ねじ溝24の表層部の残留オーステナイト量γRNは、体積%で下記式(3)を満たし、かつ、下記式(1)から(3)に共通のボールねじ装置10の要求寿命倍率αは、1よりも大きい。
【数1】
【数2】
【数3】
【0053】
ボールねじ装置10の構成部品であるナット2、ねじ軸1及びボール3において、例えばナット2及びねじ軸1の寿命を延ばしても、ボール3の寿命がナット2及びねじ軸1よりも短いと、ボール3が一番先に破損してしまい、ボールねじ装置が所望する品質にならない可能性がある。一方、ナット2、ねじ軸1及びボール3のそれぞれの寿命をばらばらに、かつ、大幅に大きく設定すると、熱処理等の手間が掛かり製造コストの高騰を招く可能性がある。
【0054】
ここで、式(1)から(3)では、ボールねじ装置10の所望の要求寿命倍率αに対する残留オーステナイト量の値が一意的に定まる。残留オーステナイトは、鋼を焼入れする際に、完全にマルテンサイトにはならずに一部未変態のオーステナイトとして残ったものである。表層部の残留オーステナイト量が多いと、構成部品の靱性が向上して構成部品の寿命が延びる。
【0055】
従って、所望する要求寿命倍率αを定め、ストローク係数fを式(1)から(3)に代入することにより、ナット2、ねじ軸1及びボール3のそれぞれについて、残留オーステナイト量が算出される。即ち、ナット2、ねじ軸1及びボール3のそれぞれについて、この算出された残留オーステナイト量にすることにより、ナット2、ねじ軸1及びボール3が要求寿命倍率αの近辺で、ほぼ同時に損傷することになる。これにより、ボールねじ装置10の寿命が、所望する寿命よりも大幅に長い寿命となることを抑制し、かつ、所望するよりも耐久性が劣ることを抑制して、コストと品質とのバランスがとれたボールねじ装置10を得ることができる。
【0056】
ボール3、ねじ軸1及びナット2は、それぞれストローク係数fが3.175以上かつ4.8未満で使用され、ボール3の残留オーステナイト量γRBは、ねじ軸1の残留オーステナイト量γRSよりも大きく、かつ、ねじ軸1の残留オーステナイト量γRSは、ナット2の残留オーステナイト量γRNよりも大きい。
【0057】
また、ボール3、ねじ軸1及びナット2は、それぞれストローク係数fが3.175未満で使用され、ねじ軸1の残留オーステナイト量γRSは、ボール3の残留オーステナイト量γRBよりも大きく、かつ、ボール3の残留オーステナイト量γRBは、ナット2の残留オーステナイト量γRNよりも大きい。
【0058】
このように、ボールねじ装置10のストローク係数fに応じて、ボール3、ねじ軸1及びナット2の残留オーステナイト量の大小関係が定まるため、各部品の寿命を最大限発揮しつつ、生産性に優れたボールねじ装置を構成できるという効果がある。
【0059】
さらに、ボール3は、浸炭窒化処理材である。浸炭窒化処理は、他の熱処理に比較して、残留オーステナイト体積分率を確保できるというメリットがある。
【符号の説明】
【0060】
1 ねじ軸
2 ナット
3 ボール
10 ボールねじ装置
14 第2ねじ溝
23 内周面
24 第1ねじ溝
図1
図2
図3