IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ トヨタ自動車株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-車両制御装置 図1
  • 特許-車両制御装置 図2
  • 特許-車両制御装置 図3
  • 特許-車両制御装置 図4
  • 特許-車両制御装置 図5
  • 特許-車両制御装置 図6
  • 特許-車両制御装置 図7
  • 特許-車両制御装置 図8
  • 特許-車両制御装置 図9
  • 特許-車両制御装置 図10
  • 特許-車両制御装置 図11
  • 特許-車両制御装置 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】車両制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60L 9/18 20060101AFI20240709BHJP
   B60L 7/14 20060101ALI20240709BHJP
   B60T 8/176 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
B60L9/18 S
B60L7/14
B60L9/18 P
B60T8/176 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021203951
(22)【出願日】2021-12-16
(65)【公開番号】P2023089450
(43)【公開日】2023-06-28
【審査請求日】2023-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100109047
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 雄祐
(74)【代理人】
【識別番号】100109081
【弁理士】
【氏名又は名称】三木 友由
(72)【発明者】
【氏名】下出 和正
【審査官】柳幸 憲子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-107874(JP,A)
【文献】特開2007-325417(JP,A)
【文献】特開2012-8933(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 9/18
B60L 7/14
B60T 8/176
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回生制動力を車輪に加えることが可能なモータを備える車両に搭載される車両制御装置であって、
前記車両に要求される要求制動力に応じた回生制動力を発生するように前記モータのトルクを制御するとともに、制動中に前記車輪がロックしている場合、前記車輪のロックを抑制するように前記モータのトルクを制御するアンチロック制御を実行する制動力制御部と、
前記車両の減速度を取得する取得部と、
前記要求制動力に基づいて前記車両の期待減速度を導出する導出部と、
を備え、
前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差に応じて前記モータの振動を制御する、
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差が大きいほど、前記モータの振動を大きく制御する、
ことを特徴とする請求項1に記載の車両制御装置。
【請求項3】
前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差が所定のしきい値以上であれば、前記モータのトルクリップルの周波数が前記車両の共振周波数と同等になるように、前記モータのトルクをフィードバック制御するための制御定数を決定する、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差が前記しきい値未満であれば、前記モータのトルクリップルの周波数が前記車両の共振周波数と異なるように前記制御定数を決定する、
ことを特徴とする請求項3に記載の車両制御装置。
【請求項5】
前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差が大きいほど、前記モータのトルクリップルの振幅を大きくする、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の車両制御装置。
【請求項6】
前記モータに流れる電流を検出し、検出した電流値を前記制動力制御部に供給する電流センサと、
前記モータを駆動する駆動回路と、
を備え、
前記制動力制御部は、前記モータのトルクを制御するための電流指令値を導出し、検出された電流値が当該電流指令値に近づくように前記駆動回路を制御し、
前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差が大きいほど、前記電流センサの分解能を低くする、
ことを特徴とする請求項5に記載の車両制御装置。
【請求項7】
前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差が大きいほど、前記モータにおける電流進角量を大きくする、
ことを特徴とする請求項5に記載の車両制御装置。
【請求項8】
複数のスイッチング素子を有し、当該複数のスイッチング素子のスイッチング動作により前記モータを駆動する駆動回路を備え、
前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差が大きいほど、前記複数のスイッチング素子のデッドタイムを長くする、
ことを特徴とする請求項5に記載の車両制御装置。
【請求項9】
前記モータに流れる電流を検出し、検出した電流値を前記制動力制御部に供給する電流センサと、
前記モータを駆動する駆動回路と、
を備え、
前記制動力制御部は、前記モータのトルクを制御するための電流指令値を導出し、検出された電流値が当該電流指令値に近づくように前記駆動回路を制御し、
前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差が大きいほど、前記電流指令値を大きく振動させる、
ことを特徴とする請求項5に記載の車両制御装置。
【請求項10】
前記モータは、インホイールモータである、
ことを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の車両制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータの回生制動力により車両を制動する車両制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アンチロック制御が行われる場合に、アンチロック制御中であることを運転者に報知する液圧ブレーキ装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2006-117199号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者は、モータの回生制動力により車両を制動する技術においてアンチロック制御が実行される場合、モータの応答性や収束性の高さ、モータの静粛性の高さなどにより、アンチロック制御中であることが運転者に伝わり難いことを認識した。
【0005】
本発明の目的は、モータの回生制動力により車両を制動する車両制御装置において、アンチロックブレーキが作動したことを運転者に認識させることができる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の車両制御装置は、回生制動力を車輪に加えることが可能なモータを備える車両に搭載される車両制御装置であって、前記車両に要求される要求制動力に応じた回生制動力を発生するように前記モータのトルクを制御するとともに、制動中に前記車輪がロックしている場合、前記車輪のロックを抑制するように前記モータのトルクを制御するアンチロック制御を実行する制動力制御部と、前記車両の減速度を取得する取得部と、前記要求制動力に基づいて前記車両の期待減速度を導出する導出部と、を備える。前記制動力制御部は、アンチロック制御を実行する場合、前記期待減速度と前記減速度との差に応じて前記モータの振動を制御する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、モータの回生制動力により車両を制動する車両制御装置において、アンチロックブレーキが作動したことを運転者に認識させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】第1の実施の形態の車両制御装置が搭載される車両の構成を概略的に示す図である。
図2図1の車両制御装置の機能構成を示す図である。
図3図2の記憶部に記憶されたマップの一例を示す図である。
図4図1の車両におけるトルクリップルの周波数と、期待減速度と減速度との差との関係の一例を示す図である。
図5図5(a)は、図1の車両のアンチロック制御時の車速の時間変化を示す図であり、図5(b)は、図5(a)に対応する期待減速度および減速度の時間変化を示す図であり、図5(c)は、図5(a)に対応するモータのトルクの時間変化を示す図である。
図6図1の車両制御装置におけるモータの振動制御に関する処理を示すフローチャートである。
図7】第2の実施の形態の記憶部に記憶されたマップの一例を示す図である。
図8図8(a)から図8(c)は、第2の実施の形態における車両のアンチロック制御時の車速、期待減速度、減速度、および、モータのトルクの時間変化を示す図である。
図9】第3の実施の形態の記憶部に記憶されたマップの一例を示す図である。
図10】第4の実施の形態の記憶部に記憶されたマップの一例を示す図である。
図11】第5の実施の形態の記憶部に記憶されたマップの一例を示す図である。
図12】第5の実施の形態における期待減速度と減速度との差が相対的に大きい場合の電流指令値の時間変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(第1の実施の形態)
図1は、第1の実施の形態の車両制御装置50が搭載される車両1の構成を概略的に示す。車両1は、左前の車輪10fl、右前の車輪10fr、左後の車輪10rl、右後の車輪10rrを備える。車輪10fl,10fr,10rl,10rrの内部には、モータ30fl,30fr,30rl,30rrがそれぞれ組み込まれている。車両1は、電動車両である。
【0010】
モータ30fl,30fr,30rl,30rrは、いわゆるインホイールモータであり、それぞれ車輪10fl,10fr,10rl,10rrとともに車両1のバネ下に配置され、モータトルクを車輪10fl,10fr,10rl,10rrに伝達可能に連結されている。この車両1では、各モータ30fl,30fr,30rl,30rrの回転をそれぞれ独立して制御することにより、車輪10fl,10fr,10rl,10rrに発生させる駆動力と制動力をそれぞれ独立して制御できる。
【0011】
車輪10fl,10fr,10rl,10rrは、モータ30fl,30fr,30rl,30rrのケーシングを介して、それぞれ独立したサスペンション20fl,20fr,20rl,20rrにより車体Bに懸架されている。サスペンション20fl,20fr,20rl,20rrは、車体Bと車輪10fl,10fr,10rl,10rrとを連結する連結機構である。
【0012】
以下、車輪10fl,10fr,10rl,10rr、サスペンション20fl,20fr,20rl,20rr、モータ30fl,30fr,30rl,30rrに関して、任意のものを特定する必要がない場合には、それらを車輪10、サスペンション20、モータ30と呼ぶ。
【0013】
各モータ30は、例えば、三相交流同期モータである。各モータ30は、駆動回路35に接続される。駆動回路35は、図示しない複数のスイッチング素子を有し、当該複数のスイッチング素子のスイッチング動作により各モータ30を駆動する。駆動回路35は、公知の技術で構成できる。駆動回路35は、例えば、各モータ30に対応する4台の三相インバータを含み、バッテリ60から供給される直流電力を交流電力に変換して、その交流電力を各モータ30に独立して供給する。これにより、各モータ30は、駆動制御されてトルクを発生し、各車輪10に対して駆動力を付与する。
【0014】
各モータ30は、発電機としても機能し、各車輪10の回転エネルギーにより発電し、発電電力を駆動回路35を介してバッテリ60に回生できる。このモータ30の発電により発生するトルクは、車輪10に対して回生制動力を付与する。なお、各車輪10には摩擦ブレーキ装置が設けられてよいが、図示および説明を省略する。
【0015】
アクセルセンサ40は、アクセルペダルの踏み込み量から運転者のアクセル操作量を検出して車両制御装置50に供給する。ブレーキセンサ42は、ブレーキペダルの踏み込み量から運転者のブレーキ操作量を検出して車両制御装置50に供給する。
【0016】
車輪速センサ44は、各車輪10の回転速度である車輪速度を検出して車両制御装置50に供給する。回転数センサ46は、各モータ30の回転数を検出して車両制御装置50に供給する。電流センサ48は、各モータ30に流れる電流を検出し、検出した電流値を車両制御装置50に供給する。
【0017】
車両制御装置50は、検出されたアクセル操作量、または、検出されたブレーキ操作量に基づいて、各車輪10の要求各輪制駆動力を設定する。例えば、車両制御装置50は、予め設定された制駆動力マップに基づいて、アクセル操作量が大きいほど大きくなる要求駆動力、または、ブレーキ操作量が大きいほど大きくなる要求制動力を設定する。車両制御装置50は、要求駆動力または要求制動力を所定の配分比で4輪に配分することにより、各車輪10の要求各輪駆動力または要求各輪制動力を設定する。
【0018】
車両制御装置50は、要求各輪駆動力に対応する目標駆動トルク、または、要求各輪制動力に対応する目標回生制動トルクを演算し、各モータ30が目標トルクまたは目標回生制動トルクを発生するように駆動回路35を制御する。車両制御装置50は、例えば、駆動回路35の複数のスイッチング素子にパルス信号を加えて複数のスイッチング素子をスイッチング動作させ、パルス信号のパルス幅を制御することにより、バッテリ60から各モータ30に流れる電流、または、各モータ30からバッテリ60への回生電力の電流を制御する。これにより、各車輪10においては、要求各輪駆動力に相当する駆動力、または、要求各輪制動力に相当する回生制動力が発生する。
【0019】
制動制御に関してより詳しく説明する。図2は、図1の車両制御装置50の機能構成を示す。車両制御装置50は、制動力制御部52、取得部54、導出部56、および、記憶部58を有する。車両制御装置50の構成は、ハードウエア的には、任意のコンピュータのCPU、メモリ、その他のLSIで実現でき、ソフトウエア的にはメモリにロードされたプログラムなどによって実現されるが、ここではそれらの連携によって実現される機能ブロックを描いている。したがって、これらの機能ブロックがハードウエアのみ、ソフトウエアのみ、またはそれらの組合せによっていろいろな形で実現できることは、当業者には理解されるところである。
【0020】
車両制御装置50は、例えば、モータ30の制御を実行するモータECU、制動制御とアンチロック制御を実行するブレーキECUなどの複数のECUから構成できる。図2において、制動制御に関係しない機能ブロックは図示と説明を省略する。
【0021】
制動力制御部52は、既述のように、車両1に要求される要求制動力に応じた回生制動力を発生するようにモータ30のトルクを制御する。制動力制御部52は、車両1の制動中に車輪10がロックしている場合、車輪10のロックを抑制するようにモータ30のトルクを制御するアンチロック制御を実行する。アンチロック制御には公知の技術を利用できる。
【0022】
アンチロック制御の一例を説明する。制動力制御部52は、車輪速センサ44で検出された4輪の各車輪速度と車体速度とを比較して各車輪10のスリップ率を所定の演算周期で繰り返し演算し、ある車輪10のスリップ率がABS開始判定閾値を超えたときにその車輪10がロックしていると判定し、ロックしていると判定された車輪10を対象としてアンチロック制御を開始する。制動力制御部52は、例えば、4輪の各車輪速度に基づいて車体速度を導出する。スリップ率は、(車体速度-車輪速度)/車体速度×100%である。
【0023】
アンチロック制御を開始した場合、制動力制御部52は、予め記憶された所定のテーブルから目標スリップ率を取得する。目標スリップ率は、車輪10の制動力が最大になるスリップ率である。
【0024】
制動力制御部52は、取得した目標スリップ率になるモータ30の目標回転数を導出する。制動力制御部52は、回転数センサ46で検出されたモータ30の回転数が、導出した目標回転数に追従するように、モータ30のトルクをPID制御する。具体的には、制動力制御部52は、モータ30の回転数が目標回転数に近づくように、モータ30のトルクを制御するための電流指令値を導出し、電流センサ48で検出された電流値が当該電流指令値に近づくように駆動回路35を制御する。
【0025】
このようなモータ30の回生制動力によるアンチロック制御では、モータ30の応答性や収束性の高さにより、摩擦ブレーキ装置によるアンチロック制御と比較して、制動距離を短くできる。
【0026】
取得部54は、車両1の減速度を取得して制動力制御部52に供給する。取得部54は、例えば、車体速度に基づいて車両1の減速度を導出する。
【0027】
導出部56は、要求制動力に基づいて車両1の期待減速度を導出して制動力制御部52に供給する。要求制動力が大きいほど期待減速度は大きくなる。期待減速度は、ブレーキ操作量に応じて期待される車両1の減速度である。
【0028】
記憶部58は、アンチロック制御のPID制御に用いられるPID定数と、車両1の期待減速度と減速度との差との対応関係を示すマップを予め記憶している。PID定数は、モータ30のトルクをフィードバック制御するための制御定数に相当する。期待減速度と減速度との差は、期待減速度から減速度を減算して得られる値であり、期待減速度と減速度との乖離量とも呼べる。
【0029】
図3は、図2の記憶部58に記憶されたマップの一例を示す。所定のしきい値Thより小さい期待減速度と減速度との差には、定数C1が対応付けられている。しきい値Th以上の期待減速度と減速度との差には、定数C2が対応付けられている。
【0030】
アンチロック制御中におけるモータ30のトルクリップルの周波数や振幅は、PID定数に応じて定まる。そのため、PID定数を変更することで、トルクリップルの周波数や振幅を変更できる。マップに含まれるPID定数は、比例帯、積分時間、微分時間の少なくとも何れかを含む。定数C1,C2、しきい値Thは、実験やシミュレーションにより適宜定めることができる。
【0031】
図4は、図1の車両1におけるトルクリップルの周波数と、期待減速度と減速度との差との関係の一例を示す。期待減速度と減速度との差がしきい値Thより小さい場合のトルクリップルの周波数F1は、この差がしきい値Th以上の場合のトルクリップルの周波数F2より低い。周波数F1が車両1の共振周波数と異なるように定数C1は予め定められている。周波数F2が車両1の共振周波数と同等になるように定数C2は予め定められている。車両1の共振周波数は、ある程度の周波数の幅を持っていてよい。周波数F1は、周波数F2より高くてもよい。
【0032】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差に応じてモータ30の振動を制御し、具体的には、期待減速度と減速度との差が大きいほど、モータ30の振動を大きく制御する。
【0033】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差を導出し、記憶部58に記憶されたマップを参照し、導出した差に応じたPID定数を決定する。比例帯、積分時間、微分時間のうちマップに含まれないPID定数は、導出した差によらず、所定値である。
【0034】
つまり、制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差がしきい値Th以上であれば、モータ30のトルクリップルの周波数が車両1の共振周波数と同等になるように、PID定数を決定する。
【0035】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差がしきい値Th未満であれば、モータ30のトルクリップルの周波数が車両1の共振周波数と異なるようにPID定数を決定する。
【0036】
図5(a)は、図1の車両1のアンチロック制御時の車速の時間変化を示す。図5(b)は、図5(a)に対応する期待減速度および減速度の時間変化を示す。図5(c)は、図5(a)に対応するモータ30のトルクの時間変化を示す。
【0037】
図5(a)から図5(c)は、圧雪路などの低μ路での車速80a、減速度82aおよびトルク86aと、氷盤路などの極低μ路での車速80b、減速度82bおよびトルク86bを示す。
【0038】
車両1の走行中、時刻t1においてブレーキペダルが踏み込まれると、図5(b)に示すように、期待減速度84は、ブレーキペダルの操作量に応じた値になり、図5(c)に示すように、トルク86a,86bが制御されてモータ30が回生制動力を発生する。
【0039】
低μ路について説明する。時刻t1の後、車輪10がスリップしたことでアンチロック制御が開始され、図5(c)に示すように、車輪10のロックを抑制しつつ回生制動力が働くようにモータ30のトルク86bが制御される。このとき、図5(b)に示すように、減速度82aは期待減速度84に相対的に近く、期待減速度84と減速度82aとの差は、しきい値より小さい。そのため、定数C1が選択され、トルクリップルの周波数は、車両1の共振周波数とは異なる。よって、モータ30の本体の振動は、相対的に小さくなり、車内音も小さくなる。この場合、期待減速度84と実際の減速度82aが相対的に近いことから、運転者は、アンチロック制御が実行されていることを認識しなくても、不安を感じる可能性は低い。時刻t2において車両1が停止する。
【0040】
極低μ路について説明する。時刻t1の後、車輪10がスリップしたことでアンチロック制御が開始され、図5(c)に示すように、車輪10のロックを抑制しつつ回生制動力が働くようにモータ30のトルク86bが制御される。このとき、図5(b)に示すように、減速度82bは期待減速度84より小さく、期待減速度84と減速度82bとの差は、しきい値以上になる。そのため、定数C2が選択され、トルクリップルの周波数は、車両1の共振周波数と概ね一致する。よって、モータ30の本体の振動は相対的に大きくなり、その振動が車室内に伝わることによる車内音も大きくなる。振動や車内音により、アンチロック制御が実行されていることを運転者に認識させることができ、実際の減速度82aが期待減速度84よりしきい値Th以上小さくても運転者に不安を感じさせ難くできる。時刻t2より後の時刻t3において車両1が停止する。
【0041】
一方、実施の形態の制御を実行せず、PID定数として固定の定数C1が設定された比較例を想定すると、この極低μ路の場合、モータの振動は小さく、車内音も小さいため、運転者は、アンチロック制御が実行されていることを認識し難い。実際の減速度が期待減速度よりしきい値Th以上小さいため、運転者は、ブレーキが作動しているのか不安を感じる可能性がある。
【0042】
図6は、図1の車両制御装置50におけるモータ30の振動制御に関する処理を示すフローチャートである。図6の処理は、定期的に繰り返される。制動力制御部52は、アンチロック制御中であるかを示すABSフラグを取得し(S10)、導出部56は、車両1の期待減速度を取得し(S12)、取得部54は、車両1の減速度を取得する(S14)。
【0043】
ABSフラグがアンチロック制御中を示すオンであれば(S16のY)、制動力制御部52は、S12で取得された期待減速度と、S14で取得された減速度との差を導出し(S18)、導出した差に応じたPID定数を設定し(S20)、処理を終了する。ABSフラグがアンチロック制御中でないことを示すオフであれば(S16のN)、処理を終了する。
【0044】
実施の形態によれば、アンチロック制御を実行する場合、車両1の期待減速度と実際の減速度との差に応じてモータ30の振動を制御するので、車輪10のスリップ量に応じたモータ30の振動により、アンチロックブレーキの作動を運転者に認識させることができる。
【0045】
また、期待減速度と減速度との差が大きい場合、モータ30の振動を大きくでき、それによる車内音を大きくできる。期待減速度と減速度との差が小さい場合、モータ30の振動を小さくでき、それによる車内音を小さくできる。期待減速度と減速度との差が大きいほどモータ30の振動を大きく制御するので、必要な場合に限りアンチロックブレーキの作動を運転者に認識させることができる。
【0046】
さらに、インホイールモータを用いているため、車両1の本体にモータマウントを介して搭載されたモータが駆動軸を介して車輪に連結されている構成と比較して、モータ30の振動がサスペンション20を介して車室内に伝わりやすいので、運転者がアンチロックブレーキの作動を認識しやすい。
【0047】
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態では、PID定数は定数C1から変更せず、期待減速度と減速度との差に応じて電流センサの分解能を変更することが、第1の実施の形態と異なる。以下、第1の実施の形態との相違点を中心に説明する。
【0048】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差が大きいほど、モータ30のトルクリップルの振幅を大きくする。具体的には、制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差が大きいほど、電流センサ48の分解能を低くする。電流センサ48の分解能が低いほど、トルクリップルの振幅が大きくなる。電流センサ48の分解能の切り替えには、公知の技術を採用できる。
【0049】
図7は、第2の実施の形態の記憶部58に記憶されたマップの一例を示す。記憶部58は、電流センサ48の分解能と、車両1の期待減速度と減速度との差との対応関係を示すマップを予め記憶している。しきい値Thより小さい期待減速度と減速度との差には、高分解能を示す情報が対応付けられている。しきい値Th以上の期待減速度と減速度との差には、低分解能を示す情報が対応付けられている。
【0050】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差を導出し、記憶部58に記憶されたマップを参照し、導出した差に応じた分解能を決定する。つまり、図6のフローチャートのS20において、制動力制御部52は、導出した差に応じた分解能を設定する。
【0051】
図7の例では、制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差がしきい値Th以上であれば、低分解能に決定し、その差がしきい値Th未満であれば、高分解能に決定する。なお、第1の実施の形態では、アンチロック制御中、電流センサ48の分解能は高分解能である。
【0052】
図8(a)から(c)は、第2の実施の形態における車両1のアンチロック制御時の車速80a,80b、期待減速度84、減速度82a,82b、および、モータ30のトルク86a,86bの時間変化を示す。図8(a)から(c)は、図5(a)から(c)に対応する。
【0053】
低μ路における車速80a、減速度82a、トルク86aに関しては、第1の実施の形態と同じである。極低μ路において、モータ30のトルク86bのリップルの振幅は、トルク86aのリップルの振幅より大きい。
【0054】
このように、期待減速度と減速度との差が大きい場合、電流センサ48を低分解能に切り替え、モータ30のトルクリップルの振幅を大きくすることで、モータ30の本体の振動を大きくでき、それによる車内音を大きくできる。
【0055】
(第3の実施の形態)
第3の実施の形態では、アンチロック制御中、電流センサ48の分解能は高分解能から変更せず、期待減速度と減速度との差に応じてモータ30の電流進角量を変更することが、第2の実施の形態と異なる。以下、第2の実施の形態との相違点を中心に説明する。
【0056】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差が大きいほど、モータ30における電流進角量を大きくする。制動力制御部52は、駆動回路35を制御することで、電流進角量を設定する。電流進角量の設定には、公知の技術を採用できる。電流進角量が大きいほど、モータ30のトルクリップルの振幅が大きくなる。
【0057】
図9は、第3の実施の形態の記憶部58に記憶されたマップの一例を示す。記憶部58は、電流進角量と、車両1の期待減速度と減速度との差との対応関係を示すマップを予め記憶している。図9に示すように、電流進角量は、期待減速度と減速度との差に概ね比例し、その差が大きくなるほど大きくなる。なお、電流進角量は、期待減速度と減速度との差が大きくなるにしたがい、段階的に大きくなってもよい。
【0058】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差を導出し、記憶部58に記憶されたマップを参照し、導出した差に応じた電流進角量を決定する。つまり、図6のフローチャートのS20において、制動力制御部52は、導出した差に応じた電流進角量を設定する。
【0059】
これにより、図8(c)と同様に、極低μ路におけるモータ30のトルク86bのリップルの振幅は、低μ路におけるトルク86aのリップルの振幅より大きくなる。よって、第2の実施の形態の効果を得ることができる。
【0060】
(第4の実施の形態)
第4の実施の形態では、アンチロック制御中、電流センサ48の分解能は高分解能から変更せず、期待減速度と減速度との差に応じてスイッチング素子のデッドタイムを変更することが、第2の実施の形態と異なる。以下、第2の実施の形態との相違点を中心に説明する。
【0061】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差が大きいほど、駆動回路35の複数のスイッチング素子のデッドタイムを長くする。デッドタイムは、駆動回路35のインバータを構成するハイサイドのスイッチング素子とローサイドのスイッチング素子が同時にオフとなる期間である。デッドタイムの設定には、公知の技術を採用できる。デッドタイムが長いほど、モータ30のトルクリップルの振幅が大きくなる。
【0062】
図10は、第4の実施の形態の記憶部58に記憶されたマップの一例を示す。記憶部58は、デッドタイムと、車両1の期待減速度と減速度との差との対応関係を示すマップを予め記憶している。図10に示すように、デッドタイムは、期待減速度と減速度との差に概ね比例し、その差が大きくなるほど大きくなる。なお、デッドタイムは、期待減速度と減速度との差が大きくなるにしたがい、段階的に大きくなってもよい。
【0063】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差を導出し、記憶部58に記憶されたマップを参照し、導出した差に応じたデッドタイムを決定する。つまり、図6のフローチャートのS20において、制動力制御部52は、導出した差に応じたデッドタイムを設定する。
【0064】
これにより、図8(c)と同様に、極低μ路におけるモータ30のトルク86bのリップルの振幅は、低μ路におけるトルク86aのリップルの振幅より大きくなる。よって、第2の実施の形態の効果を得ることができる。
【0065】
(第5の実施の形態)
第5の実施の形態では、アンチロック制御中、電流センサ48の分解能は高分解能から変更せず、期待減速度と減速度との差に応じて電流指令値を振動させることが、第2の実施の形態と異なる。以下、第2の実施の形態との相違点を中心に説明する。
【0066】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差が大きいほど、電流指令値を大きく振動させる。電流指令値の振動振幅が大きいほど、モータ30のトルクリップルの振幅が大きくなる。
【0067】
図11は、第5の実施の形態の記憶部58に記憶されたマップの一例を示す。記憶部58は、電流指令値の振動振幅を表すゲインと、車両1の期待減速度と減速度との差との対応関係を示すマップを予め記憶している。図11に示すように、ゲインは、期待減速度と減速度との差に概ね比例し、その差が大きくなるほど大きくなる。なお、ゲインは、期待減速度と減速度との差が大きくなるにしたがい、段階的に大きくなってもよい。期待減速度と減速度との差がしきい値未満である場合、ゲインはゼロであってもよい。
【0068】
制動力制御部52は、アンチロック制御を実行する場合、期待減速度と減速度との差を導出し、記憶部58に記憶されたマップを参照し、導出した差に応じたゲインを決定する。つまり、図6のフローチャートのS20において、制動力制御部52は、導出した差に応じたゲインを設定する。制動力制御部52は、モータ30の回転数が目標回転数に近づくように導出した基準の電流指令値に対して、決定したゲインに応じた振幅の正弦波を加算して、振動する電流指令値を得る。制動力制御部52は、ゲインによらず、振動する電流指令値の時間平均値を基準の電流指令値に一致させる。制動力制御部52は、電流センサ48で検出された電流値が、得られた振動する電流指令値に近づくように駆動回路35を制御する。
【0069】
図12は、第5の実施の形態における期待減速度と減速度との差が相対的に大きい場合の電流指令値90の時間変化を示す。電流指令値90は、基準の電流指令値92に対して正弦波が重ねられた波形となっている。
【0070】
これにより、図8(c)と同様に、極低μ路におけるモータ30のトルク86bのリップルの振幅は、低μ路におけるトルク86aのリップルの振幅より大きくなる。よって、第2の実施の形態の効果を得ることができる。
【0071】
以上、実施の形態をもとに本発明を説明した。実施の形態はあくまでも例示であり、各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0072】
たとえば、実施の形態ではインホイールモータを例に説明したが、車体Bに搭載されたモータが駆動軸を介して車輪に連結されていてもよい。
【符号の説明】
【0073】
1…車両、10…車輪、30…モータ、35…駆動回路、48…電流センサ、50…車両制御装置、52…制動力制御部、54…取得部、56…導出部、58…記憶部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12