IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 住友電気工業株式会社の特許一覧

特許7517347合成単結晶ダイヤモンド、それを備える工具、及び、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法
<>
  • 特許-合成単結晶ダイヤモンド、それを備える工具、及び、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法 図1
  • 特許-合成単結晶ダイヤモンド、それを備える工具、及び、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】合成単結晶ダイヤモンド、それを備える工具、及び、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/04 20060101AFI20240709BHJP
   C30B 9/10 20060101ALI20240709BHJP
   C30B 33/04 20060101ALI20240709BHJP
   C01B 32/25 20170101ALI20240709BHJP
   C01B 32/28 20170101ALI20240709BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20240709BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
C30B29/04 U
C30B9/10
C30B33/04
C01B32/25
C01B32/28
B23B27/14 B
B23B27/20
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021561159
(86)(22)【出願日】2020-08-14
(86)【国際出願番号】 JP2020030835
(87)【国際公開番号】W WO2021106283
(87)【国際公開日】2021-06-03
【審査請求日】2023-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2019213282
(32)【優先日】2019-11-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西林 良樹
(72)【発明者】
【氏名】寺本 三記
(72)【発明者】
【氏名】小林 豊
(72)【発明者】
【氏名】角谷 均
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 一成
(72)【発明者】
【氏名】豊島 遼
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/077888(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/203950(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/031907(WO,A1)
【文献】特開平05-329356(JP,A)
【文献】特開平06-182184(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/04
C30B 9/10
C30B 33/04
C01B 32/25
C01B 32/28
B23B 27/14
B23B 27/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素を含む合成単結晶ダイヤモンドであって、
X線吸収微細構造スペクトルにおいて、エネルギー405±1eVにおけるピークであって、その3/4値全幅が3eV以上であるピークの強度I405と、エネルギー412±2eVにおけるピークの強度I412との比I405/I412が1.5未満であり、
前記X線吸収微細構造スペクトルにおいて、エネルギー401±1eVにおけるピークであって、その3/4値全幅が1.5eV未満であるピークの強度I 401 と、前記強度I 405 との比I 401 /I 405 が0.2超である、合成単結晶ダイヤモンド。
【請求項2】
前記比I405/I412が1.33以下である、請求項1に記載の合成単結晶ダイヤモンド。
【請求項3】
前記合成単結晶ダイヤモンド中の窒素原子の濃度は、1ppm以上3000ppm以下である、請求項1または請求項2に記載の合成単結晶ダイヤモンド。
【請求項4】
前記合成単結晶ダイヤモンドは、非ダイヤモンド及び空孔の一方又は両方からなる1箇所以上の第1領域を含み、
前記第1領域のそれぞれの最大径は、0.1μm以上40μm以下である、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の合成単結晶ダイヤモンド。
【請求項5】
前記合成単結晶ダイヤモンドの表面に先端半径が50μmの球状のダイヤモンド圧子を100N/minの負荷速度で押し当てる破壊強度試験において、亀裂発生荷重が20Nを超える、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の合成単結晶ダイヤモンド。
【請求項6】
前記合成単結晶ダイヤモンドの{100}面における<100>方向のヌープ硬度は100GPa以上である、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の合成単結晶ダイヤモンド。
【請求項7】
請求項1から請求項のいずれか1項に記載の合成単結晶ダイヤモンドを備える工具。
【請求項8】
請求項1から請求項のいずれか1項に記載の合成単結晶ダイヤモンドの製造方法であって、
金属溶媒を用いた温度差法により、窒素を含むダイヤモンド単結晶を準備する第1工程と、
前記ダイヤモンド単結晶に、100MGy以上1000MGy以下のエネルギーを与える電子線及び粒子線の一方又は両方を照射する第2工程と、
前記第2工程により得られたダイヤモンド単結晶を熱処理することにより、合成単結晶ダイヤモンドを得る第3工程と、を備え、
前記第3工程は、前記第2工程により得られた前記ダイヤモンド単結晶を真空又は不活性ガスの雰囲気中に配置し、常圧以下で前記雰囲気の温度を1750℃以上2000℃以下の第1温度まで昇温する第3a工程と、
前記第1温度まで昇温された前記雰囲気を、前記第1温度±10℃以内の第2温度で1分以上30分以下の時間保持する第3b工程と、
前記第2温度で保持された前記雰囲気を、1000℃以下まで降温する第3c工程とを備え、
前記第3a工程において、前記雰囲気の温度を1000℃から前記第1温度まで、1分以上30分以下で昇温し、
前記第3c工程において、前記雰囲気の温度を前記第2温度から1000℃まで、1分以上15分以下で降温する、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、合成単結晶ダイヤモンド、それを備える工具、及び、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法に関する。本出願は、2019年11月26日に出願した日本特許出願である特願2019-213282号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
単結晶ダイヤモンドは、高い硬度を有することから、切削工具、研削工具、耐摩工具等の工具に幅広く用いられている。工具に用いられる単結晶ダイヤモンドには、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドとがある。
【0003】
天然ダイヤモンドの多くは、不純物として凝集型窒素原子を含む(Ia型)。ダイヤモンド結晶中の凝集型窒素原子は、ダイヤモンドを工具に使用した場合に生じる塑性変形やクラックの進展を阻止することができる。よって、天然ダイヤモンドは機械的強度が高い。しかし、天然ダイヤモンドは品質のばらつきが大きく、供給量が安定しない。よって、工業用途への利用は限定的である。
【0004】
合成ダイヤモンドは品質が一定しており、安定的に供給できるため、工業分野で広く用いられている。
【0005】
通常の合成ダイヤモンドは、不純物として孤立置換型窒素原子を含む(Ib型)。ダイヤモンド結晶中の孤立置換型窒素原子は、その濃度が高いほどダイヤモンドの機械特性が劣化することが知られている。したがって、Ib型合成ダイヤモンドを工具に使用した場合は、刃先の摩耗や欠損が生じやすい傾向がある。
【0006】
また、合成ダイヤモンドには、窒素不純物をほとんど含まないもの(IIa型)も存在する。IIa型合成ダイヤモンドは、クラックの進展を阻止する不純物や結晶欠陥を含まないため、工具に使用した場合に、刃先の欠損が生じやすい傾向がある。
【0007】
従って、合成ダイヤモンドにおいて、耐摩耗性や耐欠損性を向上させる技術が研究されている。
【0008】
特許文献1(特開2015-134718号公報)には、ダイヤモンドの靱性及び耐摩耗性を向上させるために、Ib型合成ダイヤモンド材料に電子線照射又は中性子線照射を行い、ダイヤモンド材料に孤立空孔点欠陥を与えた後に、アニーリングする技術が開示されている。
【0009】
非特許文献1(エー ティー コリンズ(A T Collins)著、ヴァケンシー エンハンスド アグリゲーション オブ ニトロジェン イン ダイヤモンド(Vacancy enhanced aggregation of nitrogen in diamond)、ジャーナル オブ フィジックス シー ソリッド ステート フィジックス(Journal of Physics C: Solid State Physics)、英国、英国物理学会(The Institute of Physics)、1980年、第13号、p.2641-50)には、Ib型合成ダイヤモンドに電子線照射を行った後に、熱処理を行い、結晶中の孤立置換型窒素原子を、凝集型窒素原子へ変換する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2015-134718号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】エー ティー コリンズ(A T Collins)著、ヴァケンシー エンハンスド アグリゲーション オブ ニトロジェン イン ダイヤモンド(Vacancy enhanced aggregation of nitrogen in diamond)、ジャーナル オブ フィジックス シー ソリッド ステート フィジックス(Journal of Physics C: Solid State Physics)、英国、英国物理学会(The Institute of Physics)、1980年、第13号、p.2641-50
【発明の概要】
【0012】
本開示の一態様に係る合成単結晶ダイヤモンドは、
窒素を含む合成単結晶ダイヤモンドであって、
X線吸収微細構造スペクトルにおいて、エネルギー405±1eVにおけるピークであって、その3/4値全幅が3eV以上であるピークの強度I405と、エネルギー412±2eVにおけるピークの強度I412との比I405/I412が1.5未満である、合成単結晶ダイヤモンドである。
【0013】
本開示の一態様に係る工具は、上記の合成単結晶ダイヤモンドを備える工具である。
【0014】
本開示の一態様に係る合成単結晶ダイヤモンドの製造方法は、
金属溶媒を用いた温度差法により、窒素を含むダイヤモンド単結晶を準備する第1工程と、
前記ダイヤモンド単結晶に、100MGy以上1000MGy以下のエネルギーを与える電子線及び粒子線の一方又は両方を照射する第2工程と、
前記第2工程により得られたダイヤモンド単結晶を熱処理することにより、合成単結晶ダイヤモンドを得る第3工程と、を備え、
前記第3工程は、前記第2工程により得られたダイヤモンド単結晶を真空又は不活性ガスの雰囲気中に配置し、常圧下で前記雰囲気の温度を1750℃以上2000℃以下の第1温度まで昇温する第3a工程と、
前記第1温度まで昇温された前記雰囲気を、前記第1温度±10℃以内の第2温度で1分以上30分以下の時間保持する第3b工程と、
前記第2温度で保持された前記雰囲気を、1000℃以下まで降温する第3c工程とを備え、
前記第3a工程において、前記雰囲気の温度を1000℃から前記第1温度まで、1分以上30分以下で昇温し、
前記第3c工程において、前記雰囲気の温度を前記第2温度から1000℃まで、1分以上15分以下で降温する、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドのXAFSスペクトルの一例を示す図である。
図2図2は、本開示の合成単結晶ダイヤモンドの製造に用いる試料室構成の一例を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[本開示が解決しようとする課題]
特許文献1及び非特許文献1の合成ダイヤモンドは、硬度が不十分であり、かつ、該合成ダイヤモンドを用いた工具で加工を行った場合、欠損が生じやすい傾向があった。
【0017】
そこで、本目的は、高い硬度と優れた耐欠損性を有する合成単結晶ダイヤモンド、それを備える工具、及び、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法を提供することを目的とする。
[本開示の効果]
【0018】
本開示によれば、高い硬度と優れた耐欠損性を有する合成単結晶ダイヤモンド、及び、それを備える工具を提供することが可能となる。
【0019】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0020】
(1)本開示の一態様に係る合成単結晶ダイヤモンドは、
窒素を含む合成単結晶ダイヤモンドであって、
X線吸収微細構造スペクトルにおいて、エネルギー405±1eVにおけるピークであって、その3/4値全幅が3eV以上であるピークの強度I405と、エネルギー412±2eVにおけるピークの強度I412との比I405/I412が1.5未満である、合成単結晶ダイヤモンドである。
【0021】
本開示の合成単結晶ダイヤモンドは、高い硬度と優れた耐欠損性を有することができる。
【0022】
(2)前記比I405/I412が1.33以下であることが好ましい。
【0023】
これによると、合成単結晶ダイヤモンドは、更に高い硬度と優れた耐欠損性を有することができる。
【0024】
(3)前記X線吸収微細構造スペクトルにおいて、エネルギー401±1eVにおけるピークであって、その3/4値全幅が1.5eV未満であるピークの強度I401と、前記強度I405との比I401/I405が0.2超であることが好ましい。
【0025】
これによると、合成単結晶ダイヤモンドは、更に高い硬度と優れた耐欠損性を有することができる。
【0026】
(4)前記合成単結晶ダイヤモンド中の窒素原子の濃度は、1ppm以上3000ppm以下であることが好ましい。
【0027】
これによると、合成単結晶ダイヤモンドは、更に高い硬度と優れた耐欠損性を有することができる。
【0028】
(5)前記合成単結晶ダイヤモンドは、非ダイヤモンド及び空孔からなる1箇所以上の第1領域を含み、
前記第1領域のそれぞれの最大径は、0.1μm以上40μm以下であることが好ましい。
【0029】
これによると、合成単結晶ダイヤモンドは、優れた破壊強度及び耐欠損性を有することができる。
【0030】
(6)前記合成単結晶ダイヤモンドの表面に先端半径が50μmの球状のダイヤモンド圧子を100N/minの負荷速度で押し当てる破壊強度試験において、亀裂発生荷重が20Nを超えることが好ましい。
【0031】
亀裂発生荷重が20N以上であると、合成単結晶ダイヤモンドは、優れた破壊強度及び耐欠損性を有する。従って、該合成単結晶ダイヤモンドを備える工具は、硬質難削材を刃先の欠損を生じることなく切削することができる。
【0032】
(7)前記合成単結晶ダイヤモンドの{100}面における<100>方向のヌープ硬度は100GPa以上であることが好ましい。
【0033】
これによると、合成単結晶ダイヤモンドの耐摩耗性が向上する。
【0034】
(8)本開示の一態様に係る工具は、上記の合成単結晶ダイヤモンドを備える工具である。
【0035】
このような工具は、高い硬度と優れた耐欠損性を有することができる。
【0036】
(9)本開示の一態様に係る合成単結晶ダイヤモンドの製造方法は、上記に記載の合成単結晶ダイヤモンドの製造方法であって、
金属溶媒を用いた温度差法により、窒素を含むダイヤモンド単結晶を準備する第1工程と、
前記ダイヤモンド単結晶に、100MGy以上1000MGy以下のエネルギーを与える電子線及び粒子線の一方又は両方を照射する第2工程と、
前記第2工程により得られたダイヤモンド単結晶を熱処理することにより、合成単結晶ダイヤモンドを得る第3工程と、を備え、
前記第3工程は、前記第2工程により得られたダイヤモンド単結晶を真空又は不活性ガスの雰囲気中に配置し、常圧下で前記雰囲気の温度を1750℃以上2000℃以下の第1温度まで昇温する第3a工程と、
前記第1温度まで昇温された前記雰囲気を、前記第1温度±10℃以内の第2温度で1分以上30分以下の時間保持する第3b工程と、
前記第2温度で保持された前記雰囲気を、1000℃以下まで降温する第3c工程とを備え、
前記第3a工程において、前記雰囲気の温度を1000℃から前記第1温度まで、1分以上30分以下で昇温し、
前記第3c工程において、前記雰囲気の温度を前記第2温度から1000℃まで、1分以上15分以下で降温する、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法である。
【0037】
これによると、上記の本開示の一態様の合成単結晶ダイヤモンドを得ることができる。
【0038】
[本開示の実施形態の詳細]
本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0039】
本明細書中において、結晶幾何学的に等価な面方位を含む総称的な面方位を{}で示し、結晶幾何学的に等価な方向を含む総称的な方向を<>で示す。
【0040】
まず、本開示の合成単結晶ダイヤモンドについての理解を深めるために、単結晶ダイヤモンドの性能を決める要因の一つである、単結晶ダイヤモンド中に存在する窒素原子について説明する。単結晶ダイヤモンド中の窒素原子は、その存在形態により、孤立置換型窒素原子、格子間窒素原子、凝集型窒素原子等に分類することができる。
【0041】
孤立置換型窒素原子とは、ダイヤモンド結晶中の炭素原子の位置に、窒素原子が1原子単位で置換して存在しているものである。孤立置換型窒素原子を含むダイヤモンドには、Ib型、IIa型、IIb型がある。孤立置換型窒素原子は、単結晶ダイヤモンドの結晶構造自体に大きな影響を与えないため、クラックの伝播の抑制に寄与しない。
【0042】
格子間窒素原子は、ダイヤモンド構造の炭素の格子位置から外れている位置に配置された窒素原子のことで、格子ではない中間状態に入っている窒素原子のことである。格子間窒素原子は、単結晶ダイヤモンドにおいてクラックの伝播を抑制することができる。
【0043】
凝集型窒素原子とは、ダイヤモンド結晶中に2つ以上の窒素原子が凝集して存在しているものである。凝集型窒素原子は、単結晶ダイヤモンドにおいてクラックの伝播を抑制することができる。
【0044】
凝集型窒素原子は、さらに、窒素2原子ペア、2N-V(Nは窒素、Vは原子空孔を示す。以下同じ。)、3N-V、4N-V、1N-V-N、2N-V-N、3N-V-N、4N-V-N、窒素4原子凝集、プレートレット等に分類することができる。特に、2N-V-N、3N-V-N、4N-V-Nは、クラックの伝播を抑制する効果が高い。
【0045】
窒素2原子ペアは、2つの窒素原子が共有結合をし、かつ、炭素原子と置換しているものである。窒素2原子ペアを含むダイヤモンドは、IaA型と呼ばれる。
【0046】
2N-Vは、1つの原子空孔を中心に、2つの窒素原子が凝集して、該原子空孔に隣接して存在しているものである。
【0047】
2N-V-Nは、1つの原子空孔を中心に、2つの窒素原子が凝集して、該原子空孔に隣接して存在しており、2つの窒素原子のうちの1つの窒素原子に隣接した格子に、更に1つの窒素原子が存在しているものである。この窒素に隣接した窒素原子は、クラックの伝播の抑制に寄与する。
【0048】
3N-V-Nは、1つの原子空孔を中心に、3つの窒素原子が凝集して、該原子空孔に隣接して存在しており、3つの窒素原子のうちの1つの窒素原子に隣接した格子に、更に1つの窒素原子が存在しているものである。この窒素に隣接した窒素原子は、クラックの伝播の抑制に寄与する。
【0049】
4N-V-Nは、1つの原子空孔を中心に、4つの窒素原子が凝集して、該原子空孔に隣接して存在しており、4つの窒素原子のうちの1つの窒素原子に隣接した格子に、更に1つの窒素原子が存在しているものである。この窒素に隣接した窒素原子は、クラックの伝播の抑制に寄与する。
【0050】
3N-Vは、4つの窒素原子が一つの原子空孔に隣接して存在し、かつ、炭素原子と置換しているものである。3Nセンターと呼ばれる。
【0051】
窒素4原子凝集は、4つの窒素原子が1つの原子空孔に隣接して存在し、かつ、炭素原子と置換しているものである。窒素4原子凝集を含むダイヤモンドは、IaB型と呼ばれる。
【0052】
プレートレットは、5つ以上の窒素原子が1つの原子空孔に隣接して存在し、かつ、炭素原子と置換しているものである。プレートレットを含むダイヤモンドは、IaB’型と呼ばれる。
【0053】
単結晶ダイヤモンド中の窒素原子の各存在形態の含有割合は、X線吸収微細構造(XAFS:X-ray Absorption Fine Structure)分析により確認することができる。
【0054】
具体的には、孤立置換型窒素原子及び窒素2原子ペアを含む単結晶ダイヤモンドは、X線吸収微細構造スペクトル(以下、「XAFSスペクトル」とも記す。)において、エネルギー405eV付近(例えば、405±1eV)にピークを示す。
【0055】
2N-V、3N-V-N、4N-V-N、格子間Nを含む単結晶ダイヤモンドは、XAFSスペクトルにおいて、エネルギー412eV付近(例えば、412±2eV)にピークを示す。
【0056】
3N-V-N、4N-V-N、格子間Nを含む単結晶ダイヤモンドは、XAFSスペクトルにおいて、更に、エネルギー401eV付近(例えば、401±1eV)にピークを示す。
【0057】
エネルギー405eV付近のピークの強度、エネルギー412eV付近のピークの強度、及びエネルギー401eV付近のピークの強度の比は、それぞれのピークの強度に寄与する窒素の存在形態の含有割合を反映する。従って、単結晶ダイヤモンドのXAFSスペクトルに基づき、単結晶ダイヤモンド中の窒素原子の各存在形態の含有割合を確認することができる。
【0058】
以下に、本開示の一実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンド、それを用いた工具、及び、合成単結晶ダイヤモンドの製造方法の具体例を、図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0059】
<実施形態1:合成単結晶ダイヤモンド>
本開示の一態様に係る合成単結晶ダイヤモンド(以下、「実施形態1の合成単結晶ダイヤモンド」とも記す。)は、窒素を含む合成単結晶ダイヤモンドであって、X線吸収微細構造スペクトルにおいて、エネルギー405±1eVにおけるピークであって、その3/4値全幅が3eV以上であるピークの強度I405と、エネルギー412±2eVにおけるピークの強度I412との比I405/I412が1.5未満である。
【0060】
実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドは、高い硬度と優れた耐欠損性を有することができる。この理由は、下記の通りと推察される。
【0061】
405は孤立置換型窒素原子及び窒素2原子ペアに由来するピークの強度であり、I412は2N-V、3N-V-N、4N-V-N及び格子間Nに由来するピークの強度である。従って、I405/I412は、合成単結晶ダイヤモンド中に存在する2N-V、3N-V-N、4N-V-N及び格子間Nとして存在する窒素原子の合計に対する、孤立置換型窒素原子及び窒素2原子ペアとして存在する窒素原子の合計の割合に正に相関する。よって、I405/I412の値が小さいほど、合成単結晶ダイヤモンド中の全窒素原子に対する、クラックの伝播の抑制に寄与しない孤立置換型窒素原子の割合が小さいことを示している。
【0062】
本発明者らが鋭意検討した結果、I405/I412が1.5未満の場合に、合成単結晶ダイヤモンドは、高い硬度と優れた耐欠損性を有することが見出された。すなわち、I405/I412<1.5を満たす場合は、合成単結晶ダイヤモンド中に存在する全窒素原子のうち、クラックの抑制に寄与しない孤立置換型窒素原子の割合が小さく、クラックの伝播を抑制することのできる凝集型窒素の割合が多いため、合成単結晶ダイヤモンドは、高い硬度とともに、優れた耐欠損性を有することができると推察される。
【0063】
また、エネルギー405±1eVにおけるピークの3/4値全幅が3eV以上である場合、エネルギー405±1eVにおけるピークの3/4値全幅が1eVである鋭いピークのピーク強度がIb型ダイヤモンドの時の1%未満となる。すなわち孤立置換型窒素の存在が1%未満となるために、材料特性が変化して、耐欠損性を有するようになったと推察される。ここで、エネルギー405±1eVにおけるピークの3/4値全幅とは、XAFSスペクトルにおいて、エネルギー405±1eVにおけるピークの最大値の3/4強度の2点間のエネルギー差を意味する。
【0064】
実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドでは、I405/I412が1.5未満である。I405/I412の上限は、1.5未満であり、1.33以下が好ましく、1.3以下がより好ましく、1.2以下が更に好ましい。I405/I412の下限は特に限定されないが、例えば、0.8以上が好ましく、0.9以上がより好ましい。I405/I412は、0.8以上1.5未満が好ましく、0.8以上1.33以下が好ましく、0.9以上1.3以下がより好ましく、0.9以上1.2以下が更に好ましい。
【0065】
エネルギー405±1eVにおけるピークの3/4値全幅の下限は3eV以上であり、4eV以上が好ましい。エネルギー405±1eVにおけるピークの3/4値全幅の上限は、例えば12eV以下とすることができる。エネルギー405±1eVにおけるピークの3/4値全幅は、3eV以上12eV以下が好ましく、4eV以上12eV以下がより好ましい。
【0066】
本実施形態の合成単結晶ダイヤモンドは、X線吸収微細構造スペクトルにおいて、エネルギー401±1eVにおけるピークであって、その3/4値全幅が1.5eV未満であるピークの強度I401と、前記強度I405との比I401/I405が0.2超であることが好ましい。
【0067】
これによると、合成単結晶ダイヤモンドは、更に高い硬度と優れた耐欠損性を有することができる。この理由は、下記の通りと推察される。
【0068】
401は3N-V-N、4N-V-N及び格子間Nに由来するピークの強度であり、I405は孤立置換型窒素原子及び窒素2原子ペアに由来するピークの強度である。従って、I401/I405とは、合成単結晶ダイヤモンド中に存在する孤立置換型窒素原子及び窒素2原子ペアとして存在する窒素原子の合計に対する、3N-V-N、4N-V-N及び格子間Nとして存在する窒素原子の合計の割合を示す。よって、I401/I405の値が大きいほど、合成単結晶ダイヤモンド中の全窒素原子に対する、クラックの伝播の抑制に寄与する窒素原子の割合が大きいことを示している。
【0069】
また、エネルギー401±1eVにおけるピークの3/4値全幅が1.5eV未満である場合は、3N-Vの欠陥や4N-Vの欠陥に直接隣接してNが存在する状態であるか、あるいは格子間位置にNが存在する状態であることを示している。ここで、エネルギー401±1eVにおけるピークの3/4値全幅とは、XAFSスペクトルにおいて、エネルギー401±1eVにおけるピークの最大値の3/4強度の2点間のエネルギー差を意味する。
【0070】
本発明者らが鋭意検討した結果、I401/I405が0.2超、かつ、エネルギー401±1eVにおけるピークの3/4値全幅が1.5eV未満である場合に、合成単結晶ダイヤモンドは、更に高い硬度と優れた耐欠損性を有することが見出された。すなわち、I401/I405>0.2、かつ、エネルギー401±1eVにおけるピークの3/4値全幅が1.5eV未満を満たす場合は、合成単結晶ダイヤモンド中に存在する全窒素原子のうち、クラックの伝播を抑制することのできる凝集型窒素の割合がクラックの伝播抑制効果を更に高めることができる程度に多いため、合成単結晶ダイヤモンドは、更に高い硬度と優れた耐欠損性を有することができると推察される。
【0071】
401/I405の下限は0.09超が好ましく、0.2超がより好ましく、0.24以上が更に好ましい。一方、I401/I405の上限は特に限定されないが、例えば、1.0以下が好ましく、0.6以下がより好ましい。I401/I405は、0.09超1.0以下が好ましく、0.2超1.0以下がより好ましく、0.24以上0.6以下が更に好ましい。
【0072】
エネルギー401±1eVにおけるピークの3/4値全幅の上限は1.5eV未満が好ましく、1.0eV以下がより好ましい。エネルギー401±1eVにおけるピークの3/4値全幅の下限は、例えば0.1eV以上とすることができる。エネルギー401±1eVにおけるピークの3/4値全幅は0.1eV以上1.5eV未満が好ましく、0.2eV以上1.0eV以下がより好ましい。
【0073】
(X線吸収微細構造)
本明細書において、X線吸収微細構造(XAFS)スペクトルは、下記の放射光施設、条件及び測定法で得られる。
放射光施設:九州シンクロトロン光研究センター BL17 軟X線ビームライン
条件:X線エネルギー390eV以上430eV以下、X線照射角度45度、X線スポットサイズ0.05mm×1mm
XAFS測定法:蛍光X線収量法(バルク測定、微量元素の測定)、試料電流法(表面測定)
本明細書において、ピークの強度I401、ピークの強度I405、ピークの強度I412は、それぞれ下記の値として定義される。なお、ピークフィットは行わない。また、エネルギー390~395eVにおけるX線吸収率の平均値をバックグラウンド(以下、「BG」とも記す。)とする。
【0074】
401:エネルギー401±1eVにおけるピークであって、その3/4値全幅が1.5eV未満であるピークの、エネルギー401±1eVのピーク位置のX線吸収率からBGの値を引いた値
405:エネルギー405±1eVにおけるピークであって、その3/4値全幅が3eV以上であるピークの、エネルギー405±1eVのピーク位置のX線吸収率からBGの値を引いた値
412:エネルギー412±2eVにおけるピークの、エネルギー412±2eVのピーク位置のX線吸収率からBGの値を引いた値
エネルギー401±1eV、エネルギー405±1eV、エネルギー412±2eVのそれぞれにおいてピークが明確に確認できない場合は、それぞれの範囲における最大値をその範囲におけるピーク位置のX線吸収率と見做す。
【0075】
実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドのXAFSスペクトルの一例を図1に示す。図1のXAFSスペクトルでは、横軸がX線エネルギー(eV)、縦軸が規格化されたX線吸収率(任意単位a.u.)である。
【0076】
図1において、エネルギー401±1eVにおけるピークはPb(以下、「ピークPb」とも記す。)、エネルギー405±1eVにおけるピークはPa(以下、「ピークPa」とも記す。)、エネルギー412±2eVにおけるピークはPb’(以下、「ピークPb’」とも記す。)と示される。
【0077】
図1において、ピークPbの3/4値全幅の求め方は以下の通りである。まず、ピークPbのX線吸収率BからBGを引いた値I401を求める。I401の3/4の値I401(3/4)を求める。BG+I401(3/4)を求める。図1のXAFSスペクトルにおいて、X線吸収率BG+I401(3/4)でのピークの幅3/4WPbを求める。該3/4WPbが、ピークPbの3/4値全幅に該当する。図1では、ピークPbの3/4値全幅は1.5eV未満である。
【0078】
図1において、ピークPaの3/4値全幅の求め方は以下の通りである。まず、ピークPaのX線吸収率AからBGを引いた値I405を求める。I405の3/4の値I405(3/4)を求める。BG+I405(3/4)を求める。図1のXAFSスペクトルにおいて、X線吸収率BG+I405(3/4)でのピークの幅3/4WPaを求める。該3/4WPaが、ピークPaの3/4値全幅に該当する。図1では、ピークPaの3/4値全幅は3eV以上である。
【0079】
エネルギー401±1eVにおけるピークPbのX線吸収率BからBGの値を引いた値はI401と示され、エネルギー405±1eVにおけるピークPaのX線吸収率からBGの値を引いた値はI405と示され、エネルギー412±2eVにおけるピークPb’のX線吸収率からBGの値を引いた値はI412と示される。
【0080】
(窒素原子濃度)
実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を1ppm以上3000ppm以下の濃度で含有することが好ましい。合成単結晶ダイヤモンド中の窒素原子の濃度は、二次イオン質量分析法(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)によって測定することができる。
【0081】
窒素原子の濃度が1ppm以上3000ppm以下であると、窒素原子同士が凝集して凝集型窒素原子として存在しやすくなり、合成単結晶ダイヤモンドは高い硬度及び優れた耐欠損性を有することができる。
【0082】
合成単結晶ダイヤモンド中の窒素原子の濃度の下限は1ppm以上であり、20ppm以上が好ましく、200ppm以上がより好ましい。一方、合成単結晶ダイヤモンド中の窒素原子の濃度の上限は3000ppm以下であり、2200ppm以下が好ましく、1500ppm以下がより好ましい。合成単結晶ダイヤモンド中の窒素原子濃度は、1ppm以上3000ppm以下であり、20ppm以上2200ppm以下が好ましく、200ppm以上1500ppm以下がより好ましい。
【0083】
(第1領域)
実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドは、非ダイヤモンド及び空孔(巨視的な空孔)の一方又は両方からなる1箇所以上の第1領域を含み、第1領域のそれぞれの最大径は、0.1μm以上40μm以下であることが好ましい。これによると、合成単結晶ダイヤモンドは、優れた破壊強度及び耐欠損性を有する。従って、該合成単結晶ダイヤモンドを工具材料として用いた工具は、刃先の欠損を生じることなく、硬質難削材を切削することができる。
【0084】
ここで、非ダイヤモンド及び空孔の一方又は両方からなる1箇所以上の第1領域とは、2N-V(Nは窒素、Vは原子空孔を示す。以下同じ。)、3N-V-N、4N-V-N、格子間N、窒素4原子凝集のような原子レベルでのサイズではなく、少なくとも100nmサイズ以上の非ダイヤモンド及び空孔の一方又は両方からなるものとすることができる。第1領域の有無は、光学顕微鏡、電子顕微鏡、陽電子消滅法、EDX法、X線回折法等で確認することができる。
【0085】
また、非ダイヤモンドとは、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)および白金(Pt)からなる群より選ばれる1種以上の元素、これらの元素を2種以上含む1種以上の合金、これらの元素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、炭素(C)または酸素(O)との化合物、およびこれらの複合体からなる群から選ばれる少なくとも1種とすることもできる。
【0086】
第1領域のそれぞれの最大径は、0.1μm以上40μm以下であることが好ましい。ここで、第1領域の最大径とは、ある大きさ、形を持つ第1領域において、第1領域の外周上の最も離れた2点間の直線距離のことである。各第1領域の最大径の下限は、0.1μm以上が好ましく、0.5μm以上がより好ましく、1μm以上が更に好ましい。各第1領域の最大径の上限は、40μm以下が好ましく、30μm以下がより好ましい。各第1領域の最大径は、0.1μm以上40μm以下が好ましく、0.5μm以上40μm以下がより好ましく、1μm以上30μm以下が更に好ましい。
【0087】
合成単結晶ダイヤモンドの各第1領域の最大径は、以下の方法で測定する。試料表面の中央部及び四隅の合計5箇所に、100μm角エリアもしくは500μm角エリアの測定視野を設定する。5つの測定視野のそれぞれを電子顕微鏡により観察して、それぞれの測定視野において、各第1領域の最大径を測定する。
【0088】
(破壊強度)
実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドは、合成単結晶ダイヤモンドの表面に先端半径(R)が50μmの球状のダイヤモンド圧子を100N/minの負荷速度で押し当てる破壊強度試験において、亀裂発生荷重が20N超であることが好ましい。亀裂発生荷重が20N超であると、合成単結晶ダイヤモンドは、優れた破壊強度及び耐欠損性を有し、工具材料として用いた場合に、刃先の欠損を生じることなく硬質難削材を切削することができる。
【0089】
亀裂発生荷重の下限は20N超が好ましく、25Nがより好ましく、30Nが更に好ましい。亀裂発生荷重の上限は特に限定されないが、製造上の観点からは、50Nが好ましい。亀裂発生荷重は、20N超50N以下が好ましく、25N以上50N以下がより好ましく、30N以上50N以下が更に好ましい。
【0090】
破壊強度試験の具体的な方法は、以下の通りである。先端半径(R)が50μmの球状のダイヤモンド圧子を試料に押し当て、100N/minの負荷速度で試料に荷重をかけていき、試料に亀裂が発生した瞬間の荷重(亀裂発生荷重)を測定する。亀裂が発生する瞬間はAEセンサーで測定する。亀裂発生荷重が大きいほど、試料の強度が高く、耐欠損性が優れていることを示す。
【0091】
測定圧子として先端半径(R)が50μmよりも小さい圧子を用いると、亀裂が発生する前に試料が塑性変形してしまい、亀裂に対する正確な強度を測定できない。また、先端半径(R)が50μmよりも大きい圧子を用いても測定は可能だが、亀裂発生までに要する荷重が大きくなる上、圧子と試料の接触面積が大きくなり、試料の表面精度による測定精度への影響や、単結晶の結晶方位の影響が顕著になるなどの問題がある。したがって、合成単結晶ダイヤモンドの破壊強度試験では先端半径(R)が50μmの圧子を用いることが好適である。
【0092】
(ヌープ硬度)
実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドは、{001}面における<100>方向のヌープ硬度が100GPa以上が好ましい。ヌープ硬度が100GPa以上である合成単結晶ダイヤモンドは、窒素を含む天然ダイヤモンドよりも硬度が高く、耐摩耗性が優れている。
【0093】
ヌープ硬度の下限は100GPaであり、110GPaが好ましい。ヌープ硬度の上限は130GPaが好ましい。ヌープ硬度は、100GPa以上130GPa以下が好ましく、110GPa以上130GPa以下がより好ましい。
【0094】
ヌープ硬度(以下、HKとも記す。単位はGPa)の評価方法について説明する。ヌープ硬度の測定は、「JIS Z 2251:2009 ヌープ硬さ試験-試験方法」に準拠して行う。まず、合成単結晶ダイヤモンドの{001}面内の<100>方向に、合成ダイヤモンド製のヌープ圧子を押し込み、荷重F(4.9N)で圧痕をつける。得られた圧痕の長い方の対角線の長さa(μm)を測定し、下記式(1)よりヌープ硬度(HK)を算出する。
HK=14229×F/a 式(1)
【0095】
<実施形態2:工具>
本開示に一実施形態に係る工具は、実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドを備えた工具である。本開示の合成単結晶ダイヤモンドは、高い硬度、及び、優れた耐欠損性を有し、品質が安定している。従って、本開示の合成単結晶ダイヤモンドを用いた工具は、従来の合成ダイヤモンド及び、天然ダイヤモンドやダイヤモンド焼結体から作製されたものに比べて、耐摩耗性及び耐欠損性に優れ、長時間安定した加工を行うことができ、優れた工具寿命を有する。
【0096】
工具としては、例えば、ドレッサー、伸線ダイス、スクライブツール、ウォタージェット用オリフィス等の耐磨工具や、精密切削加工用バイト、木工用カッター等の切削工具が挙げられる。
【0097】
<実施形態3:合成単結晶ダイヤモンドの製造方法>
本開示の一実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンドの製造方法は、実施形態1の合成単結晶ダイヤモンドの製造方法であって、金属溶媒を用いた温度差法により、窒素原子を1ppm以上3000ppm以下の濃度で含有するダイヤモンド単結晶を準備する第1工程と、ダイヤモンド単結晶に、100MGy以上1000MGy以下のエネルギーを与える電子線及び粒子線の一方又は両方を照射する第2工程と、第2工程により得られたダイヤモンド単結晶を熱処理することにより、合成単結晶ダイヤモンドを得る第3工程と、を備え、第3工程は、第2工程により得られたダイヤモンド単結晶を真空又は不活性ガスの雰囲気中に配置し、常圧下で雰囲気の温度を1750℃以上2000℃以下の第1温度まで昇温する第3a工程と、第1温度まで昇温された雰囲気を、第1温度±10℃以内の第2温度で1分以上30分以下の時間保持する第3b工程と、第2温度で保持された雰囲気を、1000℃以下まで降温する第3c工程とを備え、第3a工程において、雰囲気の温度を1000℃から第1温度まで、1分以上30分以下で昇温し、第3c工程において、雰囲気の温度を第2温度から1000℃まで、1分以上15分以下で降温する。
【0098】
(第1工程)
ダイヤモンド単結晶は、例えば、図2に示される構成を有する試料室を用いて、温度差法で作製することができる。
【0099】
図2に示されるように、ダイヤモンド単結晶の製造に用いる試料室10では、黒鉛ヒータ7で囲まれた空間内に絶縁体2、炭素源3、溶媒金属4、種結晶5が配置され、黒鉛ヒータ7の外部には圧力媒体6が配置される。温度差法とは、試料室10の内部で鉛直方向の温度勾配を設け、高温部(Thigh)に炭素源3、低温部(Tlow)にダイヤモンドの種結晶5を配置し、炭素源3と種結晶5との間に溶媒金属4を配して、この溶媒金属4が溶解する温度以上でダイヤモンドが熱的に安定になる圧力以上の条件に保持して種結晶5上にダイヤモンド単結晶を成長させる合成方法である。
【0100】
炭素源3としては、ダイヤモンド粉末を用いることが好ましい。また、グラファイト(黒鉛)や熱分解炭素を用いることもできる。溶媒金属4としては、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)及びマンガン(Mn)などから選ばれる1種以上の金属またはこれらの金属を含む合金を用いることができる。
【0101】
炭素源3又は溶媒金属4には、窒素供給源として、例えば、窒化鉄(FeN,FeN)、窒化アルミニウム(AlN)、窒化リン(P)、窒化珪素(Si)等の窒化物や、メラミン、アジ化ナトリウムなどの有機窒素化合物を単体又は混合体として添加することができる。これにより、合成されるダイヤモンド単結晶中に、窒素原子が含まれる。この時、ダイヤモンド単結晶中の窒素原子は、主に孤立置換型窒素原子として存在している。
【0102】
炭素源3又は溶媒金属4中の窒素供給源の含有量は、合成されるダイヤモンド単結晶中の窒素原子の濃度が1ppm以上3000ppm以下となるように調整する。例えば、炭素源においては、窒素供給源に由来する窒素原子の含有量を、10ppm以上5000ppm以下とすることができる。ただし、単結晶中の窒素原子の濃度を50ppm以下にする場合は、ゲッターとなるAl元素を10ppm以上100ppm以下の範囲で制御する。また、溶媒金属においては、例えば、溶媒金属が鉄-コバルト-ニッケルからなる合金で、窒素供給源がFeN3の場合に、窒素供給源の含有量を、0.005質量%以上0.1質量%以下とすることができる。
【0103】
溶媒金属4は、さらに、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)および白金(Pt)からなる群より選ばれる1種以上の元素を含んでいてもよい。
【0104】
(第2工程)
次に、第1工程により得られたダイヤモンド単結晶に、100MGy以上1000MGy以下のエネルギーを与える電子線及び粒子線のいずれか一方又は両方を照射する。これにより、ダイヤモンド単結晶内に格子欠陥が導入され、空孔が形成される。
【0105】
照射するエネルギー量が100MGy未満であると、格子欠陥の導入が不十分となるおそれがある。一方、エネルギー量が1000MGyを超えると、過剰の空孔が生成し、結晶性が大きく低下するおそれがある。したがって、エネルギー量は100MGy以上1000MGy以下が好適である。
【0106】
粒子線としては、中性子線や陽子線を用いることができる。照射条件は、ダイヤモンド単結晶に、100MGy以上1000MGy以下のエネルギーを与えることができれば、特に限定されない。例えば、電子線を用いる場合は、照射エネルギー4.6MeV以上4.8MeV以下、電流2mA以上5mA以下、照射時間30時間以上45時間以下とすることができる。
【0107】
(第3工程)
次に、第2工程により得られたダイヤモンド単結晶を熱処理することにより、合成単結晶ダイヤモンドを得る。
【0108】
具体的には、まず、第2工程により得られたダイヤモンド単結晶を真空又は不活性ガスの雰囲気中に配置し、常圧下で雰囲気の温度を1750℃以上2000℃以下の第1温度まで昇温する(第3a工程)。第3a工程において、雰囲気の温度を1000℃から第1温度まで、1分以上30分以下での時間で昇温する。(以下、1000℃から第1温度まで昇温するのに要する時間を「昇温時間」とも記す。)昇温時間は、1分以上30分以下であり、5分以上25分以下が好ましい。
【0109】
次に、第1温度まで昇温された雰囲気を、第1温度±10℃以内の第2温度で1分以上30分以下の時間(以下、「保持時間」とも記す。)保持する(第3b工程)。保持時間は、1分以上30分以下であり、5分以上25分以下がより好ましい。
【0110】
次に、第2温度で保持された雰囲気を、1000℃以下まで降温する(第3c工程)。第3c工程において、雰囲気の温度を第2温度から1000℃まで、1分以上15分以下の時間で降温する。(以下、第2温度から1000℃まで降温するのに要する時間を「降温時間」とも記す。)
第3a工程における昇温時間を1分以上30分以下、第3b工程における保持時間を1分以上30分以下、及び、第3c工程における降温時間を1分以上15分以下とすることにより、ダイヤモンド単結晶内の孤立置換型窒素原子が、空孔を介して移動して凝集し、2N-V、3N-V-N、4N-V-N、格子間N等の凝集型窒素原子となりやすい。よって、得られた合成単結晶ダイヤモンドは、クラックの伝播を抑制することのできる凝集型窒素を含むため、高い硬度とともに、優れた耐欠損性を有することができる。
【実施例
【0111】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0112】
<合成単結晶ダイヤモンドの作製>
[試料1~試料10]
まず、図2に示される構成を有する試料室を用いて、溶媒金属を用いた温度差法により、各試料のダイヤモンド単結晶を合成した(第1工程)。
【0113】
具体的には、溶媒金属として、鉄-コバルト-ニッケルからなる合金を準備し、これに窒素供給源として窒化鉄(FeN)粉末を添加した。溶媒金属中の窒化鉄の濃度は0.08質量%とした。
【0114】
炭素源にはダイヤモンドの粉末、種結晶には約0.5mgのダイヤモンド単結晶を用いた。試料室内の温度を、炭素源の配置された高温部と、種結晶の配置された低温部との間に、数十度の温度差がつくように加熱ヒータで調整した。これに、超高圧発生装置を用いて、圧力5.5GPa、低温部の温度を1370℃±10℃(1360℃~1380℃)の範囲で制御して60時間保持し、種結晶上にダイヤモンド単結晶を合成した。
【0115】
次に、得られたダイヤモンド単結晶に電子線を照射した(第2工程)。照射条件は、照射エネルギー4.6MeV、電流2mA、照射時間30時間とした。これは、ダイヤモンド単結晶に100MGyのエネルギーを与える照射条件である。
【0116】
次に、電子線照射後のダイヤモンド単結晶を、真空雰囲気中に配置し、常圧下で雰囲気の温度を、表1の「第3工程」の「第1温度」欄に記載される温度まで、「昇温時間」に記載される時間で昇温した(第3a工程)。この第1温度±10℃以内の第2温度を表1の「第3工程」の「保持時間」に記載される時間保持した(第3b工程)。次に、雰囲気を第2温度から1000℃まで、表1の「第3工程」の「降温時間」に記載される時間で降温し、その後常温まで降温した(第3c工程)。
【0117】
例えば、試料1では、電子線照射後のダイヤモンド単結晶を、真空雰囲気中に配置し、常圧下で雰囲気の温度を1760℃(第1温度)まで25分(昇温時間)で昇温し(第3a工程)、1760±10℃(第2温度)で22分(保持時間)保持し、第2温度から1000℃まで12分(降温時間)で降温した。
【0118】
上記の工程により、各試料の合成単結晶ダイヤモンドを得た。
【0119】
[試料11]
試料11は、試料1の第1工程と同一の工程で作製されたダイヤモンド単結晶からなる合成単結晶ダイヤモンドである。試料11では、第2工程及び第3工程は行われなかった。
【0120】
[試料12~試料14]
試料12~試料14では、第2工程においてダイヤモンド単結晶に与えるエネルギーを表1の「第2工程」の「エネルギー」欄に示す通りに変更したほかは、試料1の同一の方法で合成単結晶ダイヤモンドを作製した。
【0121】
[試料15]
試料15は、第1工程において溶媒金属中に添加する窒素供給源として、窒化鉄に代えて窒化シリコンを用いた以外は、試料11と同様の方法で合成単結晶ダイヤモンドを作製した。溶媒金属中の窒化シリコンの濃度は0.008質量%とした。
【0122】
【表1】
【0123】
<評価>
試料1~試料14の合成単結晶ダイヤモンドについて、窒素原子濃度の測定、X線吸収微細構造の測定、第1領域の有無及び最大径、ヌープ硬度、破壊強度(亀裂発生荷重)、第1領域の最大径を測定した。X線吸収微細構造の測定では、得られたXAFSスペクトルに基づき、I405/I412、エネルギー405±1eVにおけるピークの3/4値全幅、I401/I405、エネルギー401±1eVにおけるピークの3/4値全幅を算出した。それぞれの具体的な測定方法は実施の形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。
【0124】
結果を表1の「窒素原子濃度」、「XAFSスペクトル」の「I405/I412」、「I4053/4値全幅」、「I401/I405」、「I4013/4値全幅」、「第1領域」の「有無」、「最大径」、「ヌープ硬度」、「亀裂発生荷重」、「第1領域」の「最大径」欄に示す。なお、第1領域が確認されなかった場合は、「第1領域」の「有無」欄に「無」と示す。
【0125】
<考察>
試料1~試料8、試料12~試料14の合成単結晶ダイヤモンドの製造方法は、実施例に該当する。試料1~試料8、試料12~試料14の合成単結晶ダイヤモンドは実施例に該当する。試料1~試料8、試料12~試料14の合成単結晶ダイヤモンドは、ヌープ硬度102GPa以上、かつ、亀裂発生荷重22N以上であり、高い硬度と優れた耐欠損性を有することが確認された。
【0126】
試料9の合成単結晶ダイヤモンドの製造方法は、第1温度が1700℃、第3b工程保持時間が60分、第3a工程昇温時間が60分、第3c降温時間が60分であり、比較例に該当する。試料9の合成単結晶ダイヤモンドは、I405/I412が1.6であり比較例に該当する。試料9の合成単結晶ダイヤモンドは、実施例の合成単結晶ダイヤモンドに比べて、ヌープ硬度及び亀裂発生荷重が低く、耐欠損性が劣っていた。
【0127】
試料10の合成単結晶ダイヤモンドの製造方法は、第3b工程保持時間が60分、第3a工程昇温時間が60分、第3c降温時間が60分であり、比較例に該当する。試料10の合成単結晶ダイヤモンドは、I405/I412が1.5であり比較例に該当する。試料10の合成単結晶ダイヤモンドは、実施例の合成単結晶ダイヤモンドに比べて、ヌープ硬度及び亀裂発生荷重が低く、耐欠損性が劣っていた。
【0128】
試料11の合成単結晶ダイヤモンドの製造方法は、第2工程及び第3工程が行われず、比較例に該当する。試料11の合成単結晶ダイヤモンドは、I405/I412が2であり比較例に該当する。試料11の合成単結晶ダイヤモンドは、実施例の合成単結晶ダイヤモンドに比べて、ヌープ硬度及び亀裂発生荷重が低く、耐欠損性が劣っていた。
【0129】
試料15の合成単結晶ダイヤモンドの製造方法は、第2工程及び第3工程が行われず、比較例に該当する。試料15の合成単結晶ダイヤモンドは、I405/I412が2.2であり比較例に該当する。試料15の合成単結晶ダイヤモンドは、実施例の合成単結晶ダイヤモンドに比べて、ヌープ硬度及び亀裂発生荷重が低く、耐欠損性が劣っていた。
【0130】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
【0131】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0132】
1 単結晶ダイヤモンド、2 絶縁体、3 炭素源、4 溶媒金属、5 種結晶、6 圧力媒体、7 黒鉛ヒータ、10 試料室
図1
図2