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特許7517483超硬合金及びそれを基材として含む切削工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】超硬合金及びそれを基材として含む切削工具
(51)【国際特許分類】
   C22C 29/08 20060101AFI20240709BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20240709BHJP
   C23C 14/14 20060101ALI20240709BHJP
   C22C 1/051 20230101ALI20240709BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240709BHJP
【FI】
C22C29/08
B23B27/14 B
B23B27/14 A
C23C14/14 G
C22C1/051 G
B22F1/00 Q
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022581294
(86)(22)【出願日】2022-01-21
(86)【国際出願番号】 JP2022002227
(87)【国際公開番号】W WO2022172729
(87)【国際公開日】2022-08-18
【審査請求日】2023-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2021021598
(32)【優先日】2021-02-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小野 聡
(72)【発明者】
【氏名】後藤 裕明
(72)【発明者】
【氏名】津田 圭一
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開昭64-008245(JP,A)
【文献】特開2004-256852(JP,A)
【文献】特開2019-151875(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 29/08
B23B 27/14
C23C 14/14
C22C 1/05
B22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一硬質相と結合相とを含む超硬合金であって、
前記第一硬質相は、炭化タングステン粒子からなり、
前記結合相は、構成元素としてニッケル及び金属元素Mを含み、
前記金属元素Mは、モリブデンであり
前記超硬合金の任意の表面又は任意の断面における、
前記炭化タングステン粒子と前記結合相との界面と、前記界面から前記結合相の側に向かって5nm離れた地点を示す仮想線Aとに挟まれた領域を領域R1とし、
前記結合相における前記領域R1以外の領域を領域R2とし、
前記炭化タングステン粒子と、前記領域R1を介して前記炭化タングステン粒子と隣接している前記領域R2とを含む範囲で線分析を行った場合、前記金属元素Mの原子濃度は前記領域R1において最大である、超硬合金。
【請求項2】
前記金属元素Mの含有割合は、前記結合相に対して、24wt%以上36wt%以下である、請求項1に記載の超硬合金。
【請求項3】
タングステンを除く周期表4族元素、5族元素及び6族元素から選択される一種以上の金属元素と、炭素、窒素、酸素及び硼素からなる群より選択される一種以上の非金属元素と、を含む化合物からなる第二硬質相を更に含む、請求項1又は請求項2に記載の超硬合金。
【請求項4】
前記第二硬質相は、前記化合物の粒子からなり、
前記化合物の粒子の平均粒径は、0.05μm以上2μm以下である、請求項3に記載の超硬合金。
【請求項5】
前記炭化タングステン粒子の平均粒径は、0.1μm以上10μm以下である、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の超硬合金。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の超硬合金を基材として含む、切削工具。
【請求項7】
前記基材上に設けられている被膜を更に備える、請求項6に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、超硬合金及びそれを基材として含む切削工具に関する。本出願は、2021年2月15日に出願した日本特許出願である特願2021-021598号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
従来から、炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相と、鉄族元素(例えば、Fe、Co、Ni)を主成分とする結合相とを備える超硬合金が、切削工具の素材に利用されている。切削工具に求められる特性には、強度(例えば、抗折力)、靱性(例えば、破壊靭性)、硬度(例えば、ビッカース硬さ)、耐塑性変形性、耐摩耗性等がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-077352号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示に係る超硬合金は、
第一硬質相と結合相とを含む超硬合金であって、
上記第一硬質相は、炭化タングステン粒子からなり、
上記結合相は、構成元素としてニッケル及び金属元素Mを含み、
上記金属元素Mは、クロム、モリブデン、バナジウム及び鉄からなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、
上記超硬合金の任意の表面又は任意の断面における、
上記炭化タングステン粒子と上記結合相との界面と、上記界面から上記結合相の側に向かって5nm離れた地点を示す仮想線Aとに挟まれた領域を領域R1とし、
上記結合相における上記領域R1以外の領域を領域R2とし、
上記炭化タングステン粒子と、上記領域R1を介して上記炭化タングステン粒子と隣接している上記領域R2とを含む範囲で線分析を行った場合、上記金属元素Mの原子濃度は上記領域R1において最大である。
【0005】
本開示に係る切削工具は、上記本開示に係る超硬合金を基材として含む。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1図1は、本実施形態に係る超硬合金の構造を示す模式断面図である。
図2図2は、本実施形態に係る超硬合金の構造を示す他の模式断面図である。
図3図3は、本実施形態に係る超硬合金の断面におけるSTEM画像を示す写真である。
図4図4は、本実施形態に係る超硬合金における線分析の結果を示すグラフの一例である。
図5図5は、本実施形態に係る超硬合金の製造方法における、温度及び圧力の変動プログラム(焼結プログラム1)を示すグラフである。
図6図6は、従来の超硬合金の製造方法における、一般的な温度及び圧力の変動プログラム(焼結プログラム2)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
結合相に用いられているCoは希少資源であることから、近年、結合相にCoを含まない超硬合金が開発されている。例えば、特開2012-077352号公報(特許文献1)には、炭化タングステン(WC)を含有する金属元素セラミックス粒子を分散させ、結合相が鉄(Fe)、アルミニウム(Al)、ホウ素(B)、及び不可避不純物から組成される超硬合金であって、前記結合相中のBの含有量が0.07質量%以上かつ0.28質量%以下であることを特徴とする超硬合金が開示されている。
【0008】
近年、切削加工において被削材の難削化が進み、加工形状もより複雑化する等、切削工具の使用条件は過酷になっている。このため、切削工具の基材として用いられる超硬合金に対しても種々の特性の向上が求められており、とりわけ高い靱性及び高い硬度を備える超硬合金が望まれている。
また、上述したようにCoは希少資源であるため、Coの含有割合が抑えられた超硬合金が望まれている。
【0009】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、Coの含有割合が低くても靱性及び硬度に優れる超硬合金、並びに、それを基材として含む切削工具を提供することを目的とする。
【0010】
[本開示の効果]
本開示によれば、Coの含有割合が低くても靱性及び硬度に優れる超硬合金、並びに、それを基材として含む切削工具を提供することが可能になる。
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の一態様の内容を列記して説明する。
[1]本開示の一態様に係る超硬合金は、
第一硬質相と結合相とを含む超硬合金であって、
上記第一硬質相は、炭化タングステン粒子からなり、
上記結合相は、構成元素としてニッケル及び金属元素Mを含み、
上記金属元素Mは、クロム、モリブデン、バナジウム及び鉄からなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、
上記超硬合金の任意の表面又は任意の断面における、
上記炭化タングステン粒子と上記結合相との界面と、上記界面から上記結合相の側に向かって5nm離れた地点を示す仮想線Aとに挟まれた領域を領域R1とし、
上記結合相における上記領域R1以外の領域を領域R2とし、
上記炭化タングステン粒子と、上記領域R1を介して上記炭化タングステン粒子と隣接している上記領域R2とを含む範囲で線分析を行った場合、上記金属元素Mの原子濃度は上記領域R1において最大である。
【0012】
上記超硬合金は、上述のような構成を備えることによって、炭化タングステン粒子近傍の結合相(すなわち、領域R1)に金属元素Mが局在する。その結果、上記超硬合金は、炭化タングステン粒子と結合相との密着力が向上する。そのため、上記超硬合金は、コバルトを結合相中に含む従来の超硬合金と同程度の靱性を有することが可能になる。すなわち、上記超硬合金は、靱性及び硬度に優れる超硬合金となる。
【0013】
[2]上記金属元素Mの含有割合は、上記結合相に対して、24wt%以上36wt%以下であることが好ましい。このように規定することで、靱性及び硬度に更に優れる超硬合金となる。
【0014】
[3]上記金属元素Mは、モリブデンを含むことが好ましい。このように規定することで、靱性及び硬度に更に優れる超硬合金となる。
【0015】
[4]上記超硬合金は、タングステンを除く周期表4族元素、5族元素及び6族元素から選択される一種以上の金属元素と、炭素、窒素、酸素及び硼素からなる群より選択される一種以上の非金属元素と、を含む化合物からなる第二硬質相を更に含むことが好ましい。このように規定することによって、上記超硬合金を切削工具の材料として用いた場合、切削工具としての耐摩耗性及び耐欠損性のバランスを確保できる。
【0016】
[5]上記第二硬質相は、上記化合物の粒子からなり、
上記化合物の粒子の平均粒径は、0.05μm以上2μm以下であることが好ましい。このように規定することによって、上記超硬合金を切削工具の材料として用いた場合、切削工具としての耐摩耗性及び耐欠損性のバランスを確保できる。
【0017】
[6]上記炭化タングステン粒子の平均粒径は、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。このように規定することで、靱性及び硬度に更に優れる超硬合金となる。
【0018】
[7]本開示の一態様に係る切削工具は、上記[1]~[6]のいずれかに記載の超硬合金を基材として含む。上記切削工具は、靱性及び硬度に優れる超硬合金を基材に備えることで、より厳しい切削条件に対応した加工及び、長寿命化等を実現できる。
【0019】
[8]上記切削工具は、上記基材上に設けられている被膜を更に備えることが好ましい。基材の表面に被膜を備えることで、切削工具の耐摩耗性等を改善できる。よって、上記切削工具は、更に厳しい切削条件への対応及び、更なる長寿命化等を実現できる。
【0020】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す。)について説明する。ただし、本実施形態はこれに限定されるものではない。本明細書において「X~Y」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちX以上Y以下)を意味する。Xにおいて単位の記載がなく、Yにおいてのみ単位が記載されている場合、Xの単位とYの単位とは同じである。さらに、本明細書において、例えば「TiC」等のように、構成元素の組成比が限定されていない化学式によって化合物が表された場合には、その化学式は従来公知のあらゆる組成比(元素比)を含むものとする。このとき上記化学式は、化学量論組成のみならず、非化学量論組成も含むものとする。例えば「TiC」の化学式には、化学量論組成「Ti」のみならず、例えば「Ti0.8」のような非化学量論組成も含まれる。このことは、「TiC」以外の化合物の記載についても同様である。本明細書において、元素記号又は元素名が記載されている場合は、その元素の単体を意味している場合もあるし、化合物中の構成元素を意味している場合もある。
【0021】
≪超硬合金≫
本実施形態の超硬合金は、
第一硬質相と結合相とを含む超硬合金であって、
上記第一硬質相は、炭化タングステン粒子からなり、
上記結合相は、構成元素としてニッケル及び金属元素Mを含み、
上記金属元素Mは、クロム、モリブデン、バナジウム及び鉄からなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、
上記超硬合金の任意の表面又は任意の断面における、
上記炭化タングステン粒子と上記結合相との界面と、上記界面から上記結合相の側に向かって5nm離れた地点を示す仮想線Aとに挟まれた領域を領域R1とし、
上記結合相における上記領域R1以外の領域を領域R2とし、
上記炭化タングステン粒子と、上記領域R1を介して上記炭化タングステン粒子と隣接している上記領域R2とを含む範囲で線分析を行った場合、上記金属元素Mの原子濃度は上記領域R1において最大である。
【0022】
<第一硬質相>
第一硬質相は、炭化タングステン(以下、「WC」と表記する場合がある。)粒子からなる。ここで、WCには、「純粋なWC(不純物元素が一切含有されないWC、不純物元素が検出限界未満となるWCも含む)」だけではなく、「本開示の効果が奏する限りにおいて、その内部に他の不純物元素が意図的又は不可避的に含有されるWC」も含まれる。WC粒子における不純物の含有割合(不純物を構成する元素が二種類以上の場合は、それらの合計の含有割合)は、上記WC及び上記不純物の総量に対して5質量%以下(5wt%以下)である。
【0023】
(WC粒子の平均粒径)
超硬合金中における上記WC粒子の平均粒径は、0.1μm以上10μm以下であることが好ましく、0.5μm以上3μm以下であることがより好ましい。超硬合金中における上記WC粒子の平均粒径は、0.1μm以上であることで上記超硬合金の靱性が高くなる傾向がある。そのため、上記超硬合金を基材として含む切削工具は、機械的及び熱的な衝撃によるチッピング又は欠損を抑制できる。また、上記切削工具は耐亀裂伝播性が向上することから、亀裂の伝播が抑制され、チッピング又は欠損を抑制できる。一方、上記平均粒径は、10μm以下であることで上記超硬合金の硬度が高くなる傾向がある。そのため、上記超硬合金を基材として含む切削工具は、切削時の変形が抑制され、摩耗又は欠損を抑制できる。
【0024】
ここで超硬合金中における上記WC粒子の平均粒径は、超硬合金の任意の表面又は任意の断面を鏡面加工し、その加工面を顕微鏡で撮影し、その撮影画像を画像解析することによって求められる。具体的には撮影画像から、個々のWC粒子の粒径(Heywood径:等面積円相当径)を算出し、その平均値をWC粒子の平均粒径とする。測定するWC粒子の数は、少なくとも100個以上とし、更に200個以上とすることが好ましい。また、同一の超硬合金において、複数の視野で上記画像解析を行い、その平均値をWC粒子の平均粒径とすることが好ましい。画像解析を行う視野の数は、5視野以上であることが好ましく、7視野以上であることがより好ましく、10視野以上であることが更に好ましく、20視野以上であることが更により好ましい。1つの視野は、例えば縦20μm×幅20μmの正方形であってもよい。
【0025】
鏡面加工の方法としては、例えば、ダイヤモンドペーストで研磨する方法、集束イオンビーム装置(FIB装置)を用いる方法、クロスセクションポリッシャー装置(CP装置)を用いる方法、及びこれらを組み合わせる方法等が挙げられる。加工面を金属顕微鏡で撮影する場合には、加工面を村上試薬でエッチングすることが好ましい。顕微鏡の種類としては、金属顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡(STEM)等が挙げられる。顕微鏡で撮影した撮影画像をコンピュータに取り込み、画像解析ソフトウェアを用いて解析して、平均粒径等の各種情報を取得する。このとき、第一硬質相を構成するWC粒子、後述する結合相及び後述する第二硬質相のそれぞれは、色の濃淡で上記撮影画像から識別できる。画像解析ソフトウェアとしては、画像解析式粒度分布ソフトウェア(株式会社マウンテック社製「Mac-View」)を好適に用いることができる。
【0026】
(第一硬質相の面積比率)
本実施形態に係る超硬合金は、上記超硬合金の任意の表面又は任意の断面に対する、上記第一硬質相の面積比率が85%以上96%以下であることが好ましい。この場合、上記第一硬質相の面積比率及び後述する結合相の面積比率の和は、100%である(超硬合金が第二硬質相を含む場合は、後述する。)。上記第一硬質相の面積比率は、例えば、上述したWC粒子の平均粒径を求めるときと同様に、超硬合金の任意の加工面を顕微鏡で撮影し、その撮影画像を画像解析することによって求められる。すなわち、まず所定の視野中のWC粒子を特定し、画像処理により特定されたWC粒子の面積の和を算出する。次に、算出したWC粒子の面積の和を視野の面積で割ることにより、上記第一硬質相の面積比率を算出することが可能である。また、同一の超硬合金において、複数の視野(例えば、5視野以上)で上記画像解析を行い、その平均値を第一硬質相の面積比率とすることが好ましい。上記画像処理には、画像解析式粒度分布ソフトウェア(株式会社マウンテック社製「Mac-View」)を好適に用いることができる。なお、上記「所定の視野」は、上述したWC粒子の平均粒径を求めるときの視野と同じであってもよい。
【0027】
<結合相>
結合相は、第一硬質相を構成するWC粒子同士、後述する第二硬質相を構成する化合物同士、又は第一硬質相を構成するWC粒子と第二硬質相を構成する化合物と、を結合させる相である。上記結合相は、上記超硬合金を基準として、その含有割合が4wt%以上15wt%以下であることが好ましい。上記結合相は、構成元素としてニッケル(Ni)及び後述する金属元素Mを含む。
【0028】
本実施形態において結合相の主成分はニッケル及び金属元素Mであることが好ましい。「結合相の主成分がニッケル及び金属元素Mである」とは、上記結合相に対する「結合相中に含まれるニッケル及び金属元素M」の含有割合が、50wt%以上100wt%以下であることをいう。上記結合相中に含まれるニッケル及び金属元素Mの含有割合は、80wt%以上100wt%以下であることが好ましく、90wt%以上100wt%以下であることがより好ましい。
【0029】
上記ニッケルの含有割合は、上記結合相に対して、64wt%以上76wt%以下であることが好ましく、65wt%以上75wt%以下であることがより好ましく、67wt%以上73wt%以下であることが更に好ましい。
【0030】
上記金属元素Mは、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)及び鉄(Fe)からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む。上記金属元素Mは、モリブデンを含むことが好ましい。
【0031】
上記金属元素Mの含有割合は、上記結合相に対して、24wt%以上36wt%以下であることが好ましく、25wt%以上35wt%以下であることがより好ましく、27wt%以上33wt%以下であることが更に好ましい。ここで、金属元素Mが複数の金属元素を含む場合、それぞれの金属元素の含有割合の合計が、当該金属元素Mの含有割合となる。
【0032】
結合相中に含まれるニッケル又は金属元素Mの含有割合は、滴定法により測定することができる。すなわち、まず滴定法により結合相中に含まれる各元素の原子濃度を求める。ここで、滴定法により測定される上記原子濃度は、結合相全体を平均した原子濃度であると本発明者らは考えている。次に、求められた原子濃度と対応する元素の質量数から、結合相中における当該元素の含有割合(wt%)を求める。
【0033】
(結合相の面積比率)
本実施形態に係る超硬合金の任意の表面又は任意の断面に対する、上記結合相の面積比率は、4%以上15%以下であることが好ましく、6%以上15%以下であることがより好ましい。上記結合相の面積比率を上述の範囲とすることにより、超硬合金に占める第一硬質相(結合相よりも高硬度の相)の体積比率を上昇させて超硬合金全体としての高温時の硬度を高くし、かつ、第一硬質相と結合相との密着強度を上昇させることができる。
【0034】
なお、上記結合相の面積比率は、第一硬質相の面積比率の測定と同様の方法で算出することが可能である。すなわち、所定の視野中の結合相を特定し、その結合相の面積の和を算出する。次に、算出した結合相の面積の和を所定の視野の面積で割ることにより、上記結合相の面積比率を算出することが可能である。また、同一の超硬合金において、複数の視野(例えば、5視野以上)で上記画像解析を行い、その平均値を結合相の面積比率とすることが好ましい。
【0035】
上記結合相を構成するその他の元素としては、例えば、コバルト(Co)、銅(Cu)等が挙げられる。上記その他の元素は単独で用いてもよいし、複数を組み合わせて用いてもよい。また、結合相は、第一硬質相の成分元素であるタングステン、炭素、その他の不可避的な成分元素を含んでいてもよい。上記結合相を構成するその他の元素は、上記結合相としての機能(第一硬質相を構成するWC粒子同士、第二硬質相を構成する化合物同士、又は第一硬質相を構成するWC粒子と第二硬質相を構成する化合物と、を結合させる機能)が発揮される範囲において、結合相に含まれることが許容される。本実施形態の一側面において、上記第一硬質相及び後述する第二硬質相以外の成分元素は、結合相に含まれると把握することができる。
【0036】
(結合相中の金属元素Mの原子濃度分布)
本実施形態に係る超硬合金において、
上記超硬合金の任意の表面又は任意の断面における、
上記炭化タングステン粒子と上記結合相との界面と、上記界面から上記結合相の側に向かって5nm離れた地点を示す仮想線Aとに挟まれた領域を領域R1とし、
上記結合相における上記領域R1以外の領域を領域R2とし、
上記炭化タングステン粒子と、上記領域R1を介して上記炭化タングステン粒子と隣接している上記領域R2とを含む範囲で線分析を行った場合、上記金属元素Mの原子濃度は上記領域R1において最大である。
【0037】
(領域R1及び領域R2)
本実施形態において、上記結合相は領域R1及び領域R2からなる。すなわち、上記結合相は領域R1及び領域R2に区分される。以下、図1を用いて詳細に説明する。図1は、本実施形態に係る超硬合金の構造を示す模式断面図である。上記模式断面図は、上記超硬合金1の任意の表面を表していてもよい。大部分の炭化タングステン粒子2は、結合相3に囲まれている。本実施形態において、上記結合相3は領域R1及び領域R2に区分される。上記領域R1は、上記炭化タングステン粒子2と上記結合相3との界面Sと、上記界面Sから上記結合相3の側に向かって5nm離れた地点を示す仮想線Aとに挟まれた領域である。上記仮想線Aは、上記界面Sから上記結合相3の側に向かって5nm離れた点の集合によって構成されていると把握することもできる。上記領域R2は、上記結合相3における上記領域R1以外の領域である。
【0038】
上記結合相が上記領域R1及び上記領域R2のいずれに区分されるかは、結合相に囲まれている複数の炭化タングステン粒子のうち最も近い炭化タングステン粒子を基準に判断する。例えば、図2における点Pは、炭化タングステン粒子WC1を基準にすると領域R2に該当するが、炭化タングステン粒子WC3を基準にすると領域R1に該当する。点Pに最も近いのは炭化タングステン粒子WC3であるので、点Pは領域R1に含まれると判断できる。また、点Qは、炭化タングステン粒子WC1、WC2及びWC3のいずれを基準にしても領域R2に該当すると判断できる。
【0039】
上記領域R1及び上記領域R2は、以下の方法で求められる。まず、上記超硬合金の任意の表面又は任意の断面を、STEMを用いて低倍率で観察する。STEMの倍率は、例えば20000倍である。ここで、上記断面は、上記超硬合金の任意の位置を切断して、切断面に上述の鏡面加工を施すことで形成できる。低倍率の観察において、第一硬質相(炭化タングステン粒子)、並びに、結合相の領域R1及び領域R2のすべてが含まれる視野を選定する。選定した視野の1つに着目し、高倍率(例えば、2000000倍)で観察する(例えば、図3)。次に、観察したSTEM像に基づいて第一硬質相と結合相との界面を特定する。STEM像の環状暗視野像(ADF像)において高密度のWCからなる第一硬質相は白く観察される。第一硬質相に比べ低密度の結合相は黒く観察される。そのため、第一硬質相と結合相との界面は、明確に特定が可能であると本発明者らは考えている。さらに、特定した界面に基づいて、仮想線Aを設定する。そして、上記界面及び上記仮想線Aに基づいて、結合相を領域R1及び領域R2に区分する。
【0040】
(金属元素Mの原子濃度)
本実施形態において、上記金属元素Mの原子濃度は上記領域R1において最大である。上記金属元素Mの原子濃度は、以下のようにして求めることができる。まず、上述したSTEMによる超硬合金の断面観察で第一硬質相(炭化タングステン粒子)、並びに、結合相の領域R1及び領域R2のすべてが含まれる視野(例えば、図3)を選定する。このとき、上記領域R2は、上記領域R1を介して上記第一硬質相と隣接している。次に選定した視野について、界面S及び仮想線Aと交差する方向に沿って、STEMに付帯するエネルギー分散型X線分光分析(EDS)装置を用いて線分析を行う。上述の「界面S及び仮想線Aと交差する方向」は、更に界面Sに対して垂直となる方向であることが好ましい。
【0041】
図4は、本実施形態に係る超硬合金における線分析の結果を示すグラフの一例である。横軸は線分析を行うにあたり便宜上設定した原点(測定開始点)からの距離(nm)を表している。縦軸は、ニッケル等の原子濃度(wt%)の定量値を表している。このグラフに基づいて、上記金属元素Mの原子濃度が上記領域R1において最大であるか否かを判定する。上記金属元素Mが複数の金属元素を含む場合は、それぞれの金属元素の原子濃度の合計が、上記領域R1において最大であるか否かを判定する。なお、上述の判定を行うにあたっては、一見して異常値と思われる点は考慮しないことにする。このような判定を少なくとも5視野について行い、各視野において、上記金属元素Mの原子濃度が上記領域R1において最大であれば、上記超硬合金は上記金属元素Mの原子濃度が上記領域R1において最大であるとみなす。
【0042】
本実施形態の一側面において、上記領域R1における、ニッケル及び上記金属元素Mの合計に対する上記金属元素Mの原子濃度の最大値(wt%)は、40wt%以上80wt%以下であることが好ましく、55wt%以上75wt%以下であることがより好ましい。当該金属元素Mの原子濃度の最大値(wt%)は、上述した線分析の結果に基づいて求めることが可能である。このとき、上述の判定を行う際に用いた各視野において、当該金属元素Mの原子濃度の最大値をまず求め、複数の視野において求められた値の平均値を当該金属元素Mの原子濃度の最大値(wt%)とする。
【0043】
<第二硬質相>
本実施形態に係る超硬合金は、上記第一硬質相とは組成が異なる第二硬質相を更に有していてもよい。第二硬質相は、「タングステンを除く周期表4族元素、5族元素及び6族元素からなる群より選択される一種以上の金属元素」と、「炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)及び硼素(B)からなる群より選択される一種以上の非金属元素」とを含む化合物(複合化合物)からなることが好ましい。周期表4族元素としては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)等が挙げられる。周期表5族元素としては、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)等が挙げられる。周期表6族元素としては、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)等が挙げられる。化合物とは、主として、上述の金属元素の炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物、硼化物等である。
【0044】
上記第二硬質相は上述の化合物の粒子からなっていてもよい。当該粒子の平均粒径は、0.05μm以上2μm以下であることが好ましく、0.1μm以上0.5μm以下であることがより好ましい。
【0045】
第二硬質相は、上記化合物の一種以上からなる化合物相又は固溶体相である。ここで「化合物相又は固溶体相」とは、かかる相を構成する化合物が固溶体を形成していてもよいし、固溶体を形成せず個々の化合物として存在していてもよいことを示す。
【0046】
具体的な第二硬質相としては、例えば、TaC、NbC、TiC、HfC、MoC、及びZrC等が挙げられる。
【0047】
上記超硬合金が第二硬質相を更に有する場合、上述の第一硬質相の面積比率は、第一硬質相(炭化タングステン粒子)と第二硬質相とを合わせた面積比率として設定される。すなわち、上記超硬合金が第二硬質相を更に有する場合、上記超硬合金の任意の表面又は任意の断面に対する、上記第一硬質相の面積比率及び第二硬質相の面積比率の和は、85%以上96%以下であることが好ましい。この場合、上記第一硬質相の面積比率、上記第二硬質相の面積比率及び上記結合相の面積比率の和は100%である。第二硬質相の面積比率は、第一硬質相の面積比率の測定と同様の方法で算出することが可能である。すなわち、所定の視野中の「第二硬質相」を特定し、その「第二硬質相」の面積の和を算出する。次に、算出した第二硬質相の面積の和を所定の視野の面積で割ることにより、第二硬質相の面積比率を算出することが可能である。また、同一の超硬合金において、複数の視野(例えば、5視野以上)で上記画像解析を行い、その平均値を第二硬質相の面積比率とすることが好ましい。
【0048】
超硬合金の任意の表面又は任意の断面に対する、第二硬質相の面積比率は、1%以上10%以下であることが好ましく、2%以上5%以下であることがより好ましい。第二硬質相の面積比率をこの範囲に収めることにより、超硬合金の硬度を維持しつつ、熱的又は機械的衝撃による亀裂の発生を抑制し且つ耐酸化性及び被削材との耐反応性を向上することができる。なお、第二硬質相の面積比率が上限値より大きくなった場合、超硬合金の強度が下がり、靭性が低下する傾向がある。
【0049】
≪超硬合金の製造方法≫
本実施形態の超硬合金は、代表的には、原料粉末の準備工程⇒混合工程⇒成形工程⇒脱脂工程⇒焼結工程⇒再析出促進工程⇒冷却工程という工程を経て製造することができる。以下、各工程について説明する。
【0050】
<準備工程>
準備工程は、超硬合金を構成する材料の全ての原料粉末を準備する工程である。原料粉末としては、例えば、第一硬質相となるWC粒子、結合相となるニッケルを含む粒子及び金属元素Mを含む粒子が挙げられる。また、必要に応じて第二硬質相となる化合物構成粉末、粒成長抑制剤等を準備してもよい。
【0051】
(WC粒子)
原料としての上記WC粒子は、特に制限はなく、超硬合金の製造に通常用いられるWC粒子を用いればよい。上記WC粒子は、市販品を用いてもよい。市販されているWC粒子としては、例えばアライドマテリアル社製の「均粒タングステンカーバイド粉」シリーズ等が挙げられる。
【0052】
原料としての上記WC粒子の平均粒径は、0.3μm以上10μm以下であることが好ましく、0.3μm以上5μm以下であることがより好ましい。原料としての上記WC粒子の平均粒径は、0.3μm以上であることで、超硬合金にした際、靱性が高くなる傾向がある。そのため上記超硬合金を基材として含む切削工具は、機械的及び熱的な衝撃によるチッピング及び欠損を抑制できる。また、上記切削工具は耐亀裂伝播性が向上することから、亀裂の伝播が抑制され、チッピング及び欠損を抑制できる。一方、上記平均粒径は、10μm以下であることで、超硬合金にした際、硬度が高くなる傾向がある。そのため上記超硬合金を基材として含む切削工具は、切削時の変形が抑制され、摩耗及び欠損を抑制できる。
【0053】
(ニッケルを含む粒子)
原料としての上記ニッケルを含む粒子(以下、「ニッケル含有粒子」という場合がある。)は、ニッケル金属からなる粒子であることが好ましい。上記ニッケル含有粒子は、市販品を用いてもよい。
【0054】
上記ニッケル含有粒子の平均粒径は、0.5μm以上10μm以下であることが好ましく、0.5μm以上5μm以下であることがより好ましい。
【0055】
(金属元素Mを含む粒子)
原料としての上記金属元素Mを含む粒子は、モリブデン金属からなる粒子、クロム金属からなる粒子、バナジウム金属からなる粒子、又は鉄金属からなる粒子であることが好ましい。上記金属元素Mを含む粒子は、市販品を用いてもよい。
【0056】
上記金属元素Mを含む粒子の平均粒径は、0.5μm以上10μm以下であることが好ましく、0.5μm以上5μm以下であることがより好ましい。
【0057】
(化合物構成粉末)
化合物構成粉末は、特に制限無く、超硬合金の製造に第二硬質相の原料として通常用いられる化合物構成粉末を用いればよい。そのような化合物構成粉末としては、例えば、TaC、TiC、NbC、Cr、ZrC、TiN等が挙げられる。
【0058】
超硬合金中に粒度が均質な第二硬質相を均一的に分散する条件の一つとして、化合物構成粉末は、微粒、かつ粒度が均質な粉末を用いることが挙げられる。そうすることで、後述する焼結工程において、第二硬質相を微細かつ分散化できる。化合物構成粉末の平均粒径は、例えば、0.5μm以上3μm以下の範囲とすることが挙げられる。原料に用いる化合物構成粉末の平均粒径が小さい程、最終的に得られる超硬合金中の第二硬質相の平均粒径が小さくなる。原料に用いる化合物構成粉末の平均粒径が大きい程、最終的に得られる超硬合金中の第二硬質相の平均粒径が大きくなる。化合物構成粉末は、市販品を粉砕/分級することで、微粒かつ粒度が均質なものが得られる。
【0059】
<混合工程>
混合工程は、準備工程で準備した各原料粉末を混合する工程である。混合工程により、各原料粉末が混合された混合粉末が得られる。なお、混合する際の原料粉末(例えば、WC粒子、ニッケルを含む粒子、金属元素Mを含む粒子等)の質量比率は、上述した第一硬質相の面積比率、第二硬質相の面積比率及び結合相の面積比率に対応する比率となっている。混合工程に用いる装置には公知の装置を用いることができる。例えば、アトライター、転動ボールミル、カルマンミキサ及びビーズミル等を用いることができる。アトライターを用いる場合の混合条件の一例は、回転数:100m/min以上400m/min以下、混合時間:1.5時間以上25時間以下とすることが挙げられる。アトライターによる混合の条件は、湿式混合であっても乾式混合であってもよい。また、混合は、水、エタノール、アセトン、イソプロピルアルコール等の溶媒中で行ってもよい。混合は、ポリエチレングリコール、パラフィンワックス等のバインダーと共に行ってもよい。
【0060】
混合工程の後、必要に応じて混合粉末を造粒してもよい。混合粉末を造粒することで、後述する成形工程の際にダイ又は金型へ混合粉末を充填し易い。造粒には、公知の造粒方法が適用でき、例えば、スプレードライヤー等の市販の造粒機を用いることができる。
【0061】
<成形工程>
成形工程は、混合工程で得られた混合粉末を所定の形状に成形して、成形体を得る工程である。成形工程における成形方法及び成形条件は、一般的な方法及び条件を採用すればよく、特に問わない。所定の形状としては、例えば、切削工具形状(例えば、刃先交換型切削チップの形状:CNMG120408等)とすることが挙げられる。
【0062】
<脱脂工程>
脱脂工程は、成形工程で得られた成形体におけるのバインダー(例えば、パラフィンワックス等)を除去する工程であり、以下の条件で熱処理を行う工程である。
【0063】
脱脂工程における処理時の温度は、300℃以上1000℃以下であることが好ましく、400℃以上800℃以下であることがより好ましい。
【0064】
脱脂工程における処理時の圧力は、110kPa以上500kPa以下であることが好ましく、200kPa以上400kPa以下であることがより好ましい。
【0065】
脱脂工程における処理の時間は、30分以上120分以下であることが好ましく、60分以上90分以下であることがより好ましい。
【0066】
脱脂工程における雰囲気は、特に限定されず、Nガス雰囲気又はAr等の不活性ガス雰囲気とすることが挙げられる。
【0067】
<焼結工程>
焼結工程は、脱脂工程を経て得られた成形体を焼結して、焼結体を得る工程である。焼結温度(T1)は、1300℃以上1600℃以下であることが好ましく、1350℃以上1500℃以下であることがより好ましい。
【0068】
焼結時間は、30分以上120分以下であることが好ましく、50分以上90分以下であることがより好ましい。
【0069】
焼結時の雰囲気は、特に限定されず、Nガス雰囲気又はAr等の不活性ガス雰囲気とすることが挙げられる。
【0070】
また、焼結時の真空度(圧力)は、好ましくは10kPa以下、より好ましくは5kPa以下、更に好ましくは3kPa以下とすることが挙げられる。下限は特に制限されないが、例えば、0.5kPa以上にすることが挙げられる。焼結時の圧力を0.5kPa以上とすることで、焼結時に上記成形体の表面からNi等の揮発を抑制することができる。
【0071】
なお、焼結工程は、焼結時に加圧できる焼結HIP(シンターヒップ)処理を行ってもよい。HIP条件は、例えば、Nガス雰囲気、Ar等の不活性ガス雰囲気中、温度:1300℃以上1350℃以下、圧力:5MPa以上200MPa以下とすることが挙げられる。
【0072】
<再析出促進工程>
再析出促進工程は、焼結完了後の焼結体に対して所定の温度で加熱する工程である(図5参照)。再析出促進工程を行うことで、硬質相(第一硬質相、第二硬質相)に固溶した上記金属元素Mが当該硬質相の表面に再析出すると本発明者らは考えている。
【0073】
再析出促進工程における処理温度(T2)は、400℃以上1230℃以下であることが好ましく、400℃以上1100℃以下であることがより好ましく、500℃以上900℃以下であることが更に好ましい。
【0074】
再析出促進工程における焼結温度からの降温速度は、10℃/分以上20℃/分以下であることが好ましく、12℃/分以上17℃/分以下であることがより好ましい。
【0075】
再析出促進工程における加熱処理の保持時間は、30分以上120分以下であることが好ましく、50分以上90分以下であることがより好ましい。
【0076】
再析出促進工程における雰囲気は、特に限定されず、Nガス雰囲気又はAr等の不活性ガス雰囲気とすることが挙げられる。
【0077】
再析出促進工程における圧力は、100kPa以上490kPa以下であることが好ましく、190kPa以上390kPa以下であることがより好ましい。
【0078】
<冷却工程>
冷却工程は、再析出促進工程後の焼結体を常温まで冷却する工程である。上記冷却工程は、特に制限されない。冷却速度は、例えば、2℃/分以上の降温速度で冷却することが挙げられる。ここで、「降温速度が2℃/分である」とは、毎分2℃の速度で温度が低下することを意味する。冷却時の雰囲気は、特に限定されず、Nガス雰囲気又はAr等の不活性ガス雰囲気とすることが挙げられる。冷却時の圧力は、特に限定されず、加圧してもよいし減圧してもよい。上記加圧のときの圧力は、例えば、400kPa以上500kPa以下とすることが挙げられる。また、上記減圧のときの圧力は、例えば、100kPa以下とし、好ましくは10kPa以上50kPa以下とすることが挙げられる。本実施形態の一側面において、上記冷却工程は、Arガス雰囲気中で、上記焼結体を常温にまで冷却することが挙げられる。
【0079】
≪切削工具、耐摩工具及び研削工具≫
本実施形態の超硬合金は、前述のように優れた靱性及び硬度を有するため、切削工具、耐摩工具及び研削工具の基材として利用できる。すなわち、本実施形態の切削工具は、上記超硬合金を基材として含む。また、本実施形態の耐摩工具及び研削工具は、上記超硬合金を基材として含む。
【0080】
本実施形態の超硬合金は、従来公知の切削工具、耐摩工具及び研削工具に幅広く適用可能である。こうした工具としては次のようなものを例示できる。切削工具としては、例えば、切削バイト、ドリル、エンドミル、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切り工具、リーマ又はタップ等を例示できる。また耐摩工具としては、例えば、ダイス、スクライバー、スクライビングホイール又はドレッサー等を例示できる。さらに研削工具としては、例えば研削砥石等を例示できる。
【0081】
本実施形態の超硬合金は、これらの工具の全体を構成していてもよい。上記超硬合金は、これらの工具の一部を構成していてもよい。ここで「一部を構成する」とは、例えば切削工具の場合に、任意の基材の所定位置に本実施形態の超硬合金をロウ付けして刃先部とする態様等を示している。
【0082】
<被膜>
本実施形態に係る切削工具は、上記基材上に設けられている被膜を更に備えてもよい。本実施形態に係る耐摩工具及び研削工具は、上記基材上に設けられている被膜を更に備えてもよい。上記被膜の組成は、周期表4族の金属元素、周期表5族の金属元素、周期表6族の金属元素、アルミニウム(Al)及びシリコン(Si)からなる群より選択される一種以上の金属元素と、窒素(N)、酸素(O)、炭素(C)及び硼素(B)からなる群より選択される一種以上の非金属元素との化合物が挙げられる。当該化合物としては、例えば、TiCN、Al、TiAlN、TiN、TiC、AlCrN等が挙げられる。本実施形態において、上記被膜は金属単体であってもよい。その他、立方晶窒化硼素(cBN)、ダイヤモンドライクカーボン等も、被膜の組成として好適である。このような被膜は、化学的蒸着(CVD)法、物理的蒸着(PVD)法等の気相法により形成することができる。被膜がCVD法により形成されていると、基材との密着性に優れる被膜が得られ易い。CVD法としては、例えば、熱CVD法等が挙げられる。被膜がPVD法により形成されていると、圧縮残留応力が付与され、切削工具等の靱性を高め易い。
【0083】
本実施形態に係る切削工具における被膜は、基材における刃先となる部分とその近傍に設けられていることが好ましい。上記被膜は、基材の表面全体に設けられていてもよい。また、被膜は、単層でも多層でもよい。被膜の厚みは、1μm以上20μm以下であってもよいし、1.5μm以上15μm以下であってもよい。
【実施例
【0084】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0085】
≪超硬合金の作製≫
<原料粉末の準備:準備工程>
原料粉末として、表1に示す組成の粉末を準備した。表1における第一硬質相、第二硬質相又は結合相として用いられた原料粉末はそれぞれ以下の平均粒径の粉末を用いた。
各原料粉末の平均粒径
WC :平均粒径4μm
TaC:平均粒径2μm
NbC:平均粒径2μm
TiC:平均粒径2μm
Co :平均粒径3μm
Ni :平均粒径3μm
Mo :平均粒径3μm
Cr :平均粒径3μm
V :平均粒径3μm
Fe :平均粒径3μm
【0086】
【表1】
【0087】
<原料粉末の混合:混合工程>
準備した各原料粉末を表1に記載の配合割合で加えて、アトライターを用いて混合し、混合粉末を作製した。混合条件を以下に示す。混合後、得られたスラリーを大気中で乾燥させ混合粉末を得た。
アトライターの混合条件
ボール :超硬合金製、直径3.5mm
分散媒 :エタノール
攪拌子の回転速度:100rpm
処理時間 :12時間
【0088】
<成形体の作製:成形工程>
得られた混合粉末をプレス成形して、型番CNMG120408(住友電工ハードメタル株式会社製)(刃先交換型切削チップ)の形状の成形体を作製した。
【0089】
<成形体の脱脂:脱脂工程>
得られた成形体を焼結炉に入れ、以下の条件で脱脂を行った。
処理時の温度 :500℃
処理時の圧力 :250kPa
処理の時間 :60分
処理時の雰囲気:Arガス
【0090】
<成形体の焼結:焼結工程>
脱脂工程が終わった成形体を、Arガス雰囲気中(0.5kPa)、表2に記載の焼結プログラム、最高焼結温度(T1)で、60分間焼結した。
【0091】
<成形体の再加熱:再析出促進工程>
表2における焼結プログラム1(図5)に該当する試料は、焼結工程の後に、以下の条件で再加熱を行った。一方、表2における焼結プログラム2(図6)に該当する試料は、焼結工程の後に再析出促進工程を行わなかった。
再析出促進工程の条件
処理時の雰囲気 :Arガス
処理時の圧力 :250kPa
最高処理温度(T2):表2に記載の温度
T1からの降温速度 :15℃/分
加熱処理の保持時間 :60分
【0092】
<成形体の冷却:冷却工程>
再析出促進工程の完了後、Arガス雰囲気中で常温にまで冷却した。このとき、2℃/分の降温速度で冷却した。以上より、試料No.1~13の超硬合金及び試料No.101~107の超硬合金を作製した。試料No.1~13の超硬合金は、実施例に対応する。試料No.101~103の超硬合金は、比較例に対応する。試料No.104~107の超硬合金は、参考例に対応する。
【0093】
【表2】
【0094】
≪試料の観察≫
<炭化タングステン粒子の平均粒径の算出>
作製した試料No.1~13及び試料No.101~107の超硬合金を切断して切断面を鏡面加工した。その後、鏡面加工した切断面をアルゴンイオンビームによってイオンミリング加工し、これらの断面を顕微鏡用観察試料とした。
【0095】
この観察試料の加工面を、走査型透過電子顕微鏡(STEM)(日本電子社製)により2000倍程度の倍率で撮影した。この撮影は、各試料に対して、上記加工面の外側及び上記加工面の中心のそれぞれを10視野ずつ行った。
【0096】
各試料において、1視野につき、炭化タングステン粒子300個以上について、画像解析式粒度分布ソフトウェア(株式会社マウンテック社製「Mac-View」)を用いて、個々の粒子の粒径(Heywood径)を求め、計10視野における焼結後の炭化タングステン粒子の平均粒径を算出した。その結果、焼結後の炭化タングステン粒子の平均粒径は、原料として用いたWC粒子の平均粒径にほぼ等しいことが分かった。
【0097】
<第一硬質相、第二硬質相及び結合相それぞれの面積比率の算出>
画像解析式粒度分布ソフトウェア(株式会社マウンテック社製「Mac-View」)を用いて、上記各試料の加工面における第一硬質相、第二硬質相及び結合相それぞれの面積比率を求めた。その結果、第一硬質相、第二硬質相及び結合相それぞれの面積比率は、第一硬質相、第二硬質相及び結合相それぞれに対応する原料粉末の配合割合(表1)に対応することが分かった。
【0098】
<結合相の組成分析>
上記各試料の加工面における結合相を滴定法によって分析して上記結合相の組成を求めた。その結果、結合相の組成は、表1に示される結合相の原料組成に対応することが分かった。
【0099】
<結合相中の金属元素Mの原子濃度分布>
まず、上記各試料の加工面を、STEM(日本電子社製)を用いて20000倍の倍率で観察した。このとき縦4μm×幅4μmの正方形を1視野とした。また1視野内に第一硬質相と結合相(領域R1及び領域R2)とが共に含まれるように視野を選択した(例えば、図3)。このときの倍率は2000000倍とした。選択した1視野において、第一硬質相と結合相との界面を特定した。さらに、特定した界面に基づいて、仮想線Aを設定した。ここで、仮想線Aは、界面から上記結合相の側に向かって5nm離れた地点を示す線である。そして、上記界面及び上記仮想線Aに基づいて、結合相を領域R1及び領域R2に区分した。
【0100】
次に、上述の第一硬質相、並びに、上述の結合相の領域R1及び領域R2の全てを通る方向(界面S及び仮想線Aと交差する方向)に沿って、エネルギー分散分光分析法(EDS法)を用いて線分析を行った。線分析には、日本電子社製のSTEMを用いた。得られた線分析の結果に基づいてグラフを作成した(例えば、図4)。当該グラフにおいて、横軸は線分析を行うにあたり便宜上設定した原点(測定開始点)からの距離(nm)を表し、縦軸は各元素の原子濃度(wt%)の定量値を表す。
【0101】
上記グラフに基づいて、上記金属元素Mの原子濃度が上記領域R1において最大であるか否かを判定した。なお、上述の判定を行うにあたっては、一見して異常値と思われる点は考慮しないことにした。このような判定を少なくとも5視野について行い、各視野において、上記金属元素Mの原子濃度が上記領域R1において最大であれば、上記超硬合金は上記金属元素Mの原子濃度が上記領域R1において最大であると判定した。また、上述した線分析の結果から得られた各元素の原子濃度(wt%)に基づいて、上記領域R1における、ニッケル及び上記金属元素Mの合計に対する上記金属元素Mの原子濃度の最大値(wt%)を算出した。このとき、上述の判定を行う際に用いた各視野において、当該金属元素Mの原子濃度の最大値をまず求め、複数の視野において求められた値の平均値を当該金属元素Mの原子濃度の最大値(wt%)とした。その結果を表3に示す。
【0102】
<ビッカース硬度の測定>
以下の条件で各試料のビッカース硬度を測定した。結果を表3に示す。
荷重:1kgf
保持時間:10s
【0103】
<靱性の測定>
以下の方法で各試料の靱性を測定した。すなわち、上記ビッカース硬度を測定した圧痕から伸びる亀裂の長さから算出するHV法により破壊靱性値を求めた。結果を表3に示す。
【0104】
≪切削試験≫
各試料の表面に、公知のPVD法の一種であるイオンプレーティング法で硬質膜を形成して切削試験用の切削工具を作製した。硬質膜は、厚さ4.8μmのTiAlN膜とした。以下、試料No.1の超硬合金を基材として用いた切削工具を「試料No.1の切削工具」等と表記する。試料No.1以外の試料についても同様である。
【0105】
<切削試験1:耐摩耗性試験>
上述のようにして作製した試料No.1~13及び試料No.101~107の切削工具を用いて、以下の切削条件により、逃げ面摩耗量Vbが0.2mmになるまでの切削時間(分)を測定した。その結果を表3に示す。切削時間が長い程、耐摩耗性に優れる切削工具として評価できる。
耐摩耗性試験の条件
被削材 :S50C 丸棒
切削速度 :250m/min
送り量 :0.15mm/rev
切込み量 :1mm
切削油: 有り
【0106】
<切削試験2:耐欠損性試験>
上述のようにして作製した試料No.1~13及び試料No.101~107の切削工具を用いて、以下の切削条件により、切れ刃に欠損が発生するまでの切削時間(分)を測定した。その結果を表3に示す。切削時間が長い程、耐欠損性に優れる切削工具として評価することができる。
耐欠損性試験の条件
被削材: SCM435溝材(溝数:4)
切削速度: 300m/min
送り量: 0.3mm/rev
切込み量: 1.5mm
切削油: 有り
【0107】
【表3】
【0108】
表3の結果から、試料No.1~13の切削工具(実施例)は、切削試験1における切削時間が57分以上であり、良好な結果であった。この結果は、結合相にコバルトを含む従来の超硬合金(試料No.104~107)に匹敵する結果である。以上の結果から、試料No.1~13の超硬合金(実施例)は、硬度に優れることが分かった。
【0109】
表3の結果から、試料No.1~13の切削工具(実施例)は、切削試験2における切削時間が6.9分以上であり、良好な結果であった。この結果は、結合相にコバルトを含む従来の超硬合金(試料No.104~107)に匹敵する結果である。一方、試料No.101~103の切削工具(比較例)は、切削試験2における切削時間が4.7分以下であった。
【0110】
以上の結果から、試料No.1~13の超硬合金(実施例)は、試料No.101~103(比較例)の超硬合金よりも、靱性に優れることが分かった。
【0111】
以上のように本発明の実施形態及び実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態及び各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0112】
今回開示された実施の形態及び実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態及び実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0113】
1 超硬合金、2 炭化タングステン粒子、3 結合相、A 仮想線A、S 炭化タングステン粒子と結合相との界面、R1 領域R1、R2 領域R2
図1
図2
図3
図4
図5
図6