(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】FeNi規則合金構造体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 1/06 20060101AFI20240709BHJP
H01F 1/047 20060101ALI20240709BHJP
H01F 10/14 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
H01F1/06 180
H01F1/047
H01F10/14
(21)【出願番号】P 2023500848
(86)(22)【出願日】2022-02-15
(86)【国際出願番号】 JP2022005919
(87)【国際公開番号】W WO2022176842
(87)【国際公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-04-25
(31)【優先権主張番号】P 2021022231
(32)【優先日】2021-02-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西尾 隆宏
(72)【発明者】
【氏名】藏 裕彰
【審査官】井上 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-182081(JP,A)
【文献】国際公開第2015/053006(WO,A1)
【文献】特開2007-39726(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0268288(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/06
H01F 1/047
H01F 10/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持体(2)と、
前記支持体の表面(2a)上に互いに隙間(5)を空けて点在させられ、L1
0型の規則構造を有したFeNi規則合金相を含む粒子(3)と、を有している、FeNi規則合金構造体。
【請求項2】
前記隙間は、NH
3分子サイズよりも大きく、前記NH
3分子が通過可能となっている、請求項1に記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項3】
前記隙間は、0.3nm以上とされた部分を有している、請求項2に記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項4】
前記粒子の粒サイズは、5~200nmであり、
前記隙間は、前記支持体の表面上における直径300nmの範囲に少なくとも1つ形成されている、請求項3に記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項5】
前記粒子は、前記支持体の表面に対する法線方向の厚みが前記NH
3分子サイズの等倍よりも大きく、数100倍以下になっている請求項2ないし4のいずれか1つに記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項6】
前記粒子は、前記支持体の表面に対する法線方向の厚みが75nm以下になっている、請求項5に記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項7】
前記粒子は、前記支持体の表面に対する法線方向の厚みが50nm以下になっている、請求項5に記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項8】
前記支持体は、FeNiよりも線膨張係数の小さい材料で構成されている、請求項2ないし7のいずれか1つに記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項9】
前記支持体は、線膨張係数が9.0×10
-6/Kより小さい材料で構成されている、請求項8に記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項10】
前記支持体は、線膨張係数が5.0×10
-6/Kより小さい材料で構成されている、請求項8に記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項11】
前記粒子の少なくとも1つは、体積の72%以上がc軸のずれが±5°以内となる同一方位を向いたものになっている、請求項2ないし10のいずれか1つに記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項12】
保磁力が1160Oe(92.3kA/m)以上であることを特徴とする、請求項1ないし11のいずれか1つに記載のFeNi規則合金構造体。
【請求項13】
FeNi規則合金構造体の製造方法であって、
表面を有する支持体(2)を用意することと、
前記支持体の表面に、隙間(5)を空けて点在させられたFeNi不規則合金の粒子(3a)を形成することと、
窒化処理を行うことで、前記FeNi不規則合金の粒子に窒素が取り込まれた粒子(3b)を形成することと、
前記窒化処理後に脱窒素処理を行うことで、前記窒素が取り込まれた粒子から窒素を脱離させて、L1
0型規則構造を有したL1
0型のFeNi規則合金相を含む粒子(3、3c)を形成することと、を含む、FeNi規則合金構造体の製造方法。
【請求項14】
前記窒化処理は、活性窒素雰囲気での熱処理を所定温度で行った後に、前記所定温度より高い温度で熱処理を行うことと、を含む、請求項13に記載のFeNi規則合金構造体の製造方法。
【請求項15】
前記所定温度は200~400℃である、請求項14に記載のFeNi規則合金構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願への相互参照】
【0001】
本出願は、2021年2月16日に出願された日本特許出願番号2021-22231号に基づくもので、ここにその記載内容が参照により組み入れられる。
【技術分野】
【0002】
本開示は、L10型の規則構造を有するL10型のFeNi規則合金相を含むFeNi規則合金構造体およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0003】
L10型の規則構造を有するFeNi(鉄-ニッケル)規則合金は、高い一軸磁気異方性を有しており、レアアースや貴金属を全く使用しない磁石材料および磁気記録などの磁気デバイス材料として期待されている。このL10型の規則構造を有するFeNi規則合金の製造方法が特許文献1に提案されている。この製造方法では、FeNi不規則合金の粉末をNH3(アンモニア)ガスで窒化する窒化処理を行った後、H2(水素)ガスを用いて窒素を除去する脱窒素処理を行うことにより、規則度の高いL10型のFeNi規則合金を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されているL10型のFeNi規則合金の製造方法では、高い保磁力を得られないことがある。
【0006】
特許文献1の製造方法では、前駆体として粉末状のFeNi不規則合金を窒化処理で窒化することで規則化FeNiNを生成し、その後に脱窒素処理にて窒素を除去してFeNi規則合金を得ている。規則化FeNiNの生成において、結晶化が進むと共に粒の結合が進む。そして、粒同士が接触している部分に焼結部が形成され、脱窒素処理を行う際に、焼結部で結晶乱れ、例えばFeNiの積層構造が崩れた状態で繋がったランダム相が発生する。発生したランダム相は外部磁場に対して磁化が反転しやすい軟磁性成分である。材料内に軟磁性成分が含まれると、この場所が磁化反転の起点となり、材料全体の保磁力が低減する。
本開示は、より高い保磁力が得られるL10型のFeNi規則合金相を含むFeNi規則合金構造体およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0007】
本開示の1つの観点におけるL10型のFeNi規則合金相を含むFeNi規則合金構造体は、支持体と、支持体の表面上に互いに隙間を空けて点在させられ、L10型の規則構造を有したFeNi規則合金相を含む粒子と、を有した構造とされている。
【0008】
このようなFeNi規則合金構造体では、各粒子を単結晶に近い形で孤立化した状態にでき、ランダム相の発生を抑制することが可能になる。したがって、高い保磁力を得ることが可能となる。
【0009】
本開示のもう1つの観点におけるL10型のFeNi規則合金相を含むFeNi規則合金構造体の製造方法は、支持体を用意することと、支持体の表面に、隙間を空けて点在させられたFeNi不規則合金の粒子を形成することと、窒化処理を行うことで、FeNi不規則合金の粒子に窒素が取り込まれた粒子を形成することと、窒化処理後に脱窒素処理を行うことで、窒素が取り込まれた粒子から窒素を脱離させて、L10型規則構造を有したL10型のFeNi規則合金相を含む粒子を形成することと、を含んでいる。
【0010】
これによれば、隙間を通してNを脱離することが可能になる。このため、Nの残留を抑制した粒子とすることが可能となり、高い保磁力を得ることが可能となる。
【0011】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】第1実施形態にかかるL1
0型のFeNi規則合金相の粒子を含むFeNi規則合金構造体の断面図である。
【
図3】FeNi規則合金を製造する過程での格子構造を示した図である。
【
図4】基板上に前駆体となるFeNi合金を含む粒子を形成する際に用いるスパッタリング装置の断面模式図である。
【
図5】窒化、脱窒素処理装置の概略構成を示した図である。
【
図6】FeNi不規則合金の粒子に対して窒化処理、脱窒素処理を行った場合の粒子の様子を示した図である。
【
図7】基板上に隙間を空けてFeNi不規則合金の粒子を配置し、窒化処理、脱窒素処理を行った場合の粒子の様子について一辺を600nmとして示した図である。
【
図8A】基板の材料をFeNiよりも線膨張係数が大きな材料とする場合の隙間の変化を示した図である。
【
図8B】基板の材料をFeNiよりも線膨張係数が小さな材料とする場合の隙間の変化を示した図である。
【
図9】実施例1~6および比較例1~7の製造条件、評価結果などを示した図である。
【
図10】FeNi不規則合金の粒子の窒化処理後および脱窒素処理後のX線結晶構造解析(XRD)による測定結果を示した図である。
【
図11】1回目と2回目のNH
3ガス雰囲気での熱処理後のXRDによる測定結果を示した図である。
【
図12】実施例2について透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて断面TEM観察を行った結果を示す図である。
【
図13】FeNi規則合金の粒子の平面TEM像のうちの孤立しているFeNi粒子を示した図である。
【
図14】
図13中において、20nm四方の領域の高分解能透過電子顕微鏡像を撮影し、高速フーリエ変換して逆格子像を得たときの図である。
【
図15】基板上に隙間を空けてFeNi不規則合金の粒子を配置し、窒化処理、脱窒素処理を行った場合の粒子のTEM観察画像を示した図である。
【
図16A】縦Kerr効果測定の結果を示した図である。
【
図16B】面内VSM(Vibrating Sample Magnetometer)測定の結果を示した図である。
【
図17A】断面走査型透過電子顕微鏡像を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
【0014】
(第1実施形態)
第1実施形態について説明する。本実施形態にかかるL10型のFeNi規則合金相、すなわちFeNi超格子を含むFeNi規則合金構造体は、磁石材料および磁気記録、磁気センサ等のデバイス材料に適用されるものであり、高い保磁力を有した磁性特性に優れたものである。
【0015】
図1に示すように、本実施形態のFeNi規則合金構造体1は、表面2aを有する基板2の表面2a上に、FeNi規則合金の粒子3が隙間5を空けて島状に多数点在させられた構成とされている。
【0016】
基板2は、粒子3を支持する支持体である。基板2として、ここではNH3に対して不活性な二酸化珪素(SiO2)で構成された石英基板を用いているが、他の材料、例えば珪素(Si)基板、窒化珪素(SiN)基板など、Siを含むSi含有基板によって構成することもできる。基板2として、珪素基板などのSi含有基板の表面に熱酸化膜などを配置したものを用いても良い。基板2を構成する材料については、後述する窒化処理や脱窒素処理による体積膨張や体積収縮を加味した線膨張係数となる材料を選定しており、例えば基板2を石英基板で構成する場合には0.6×10-6/Kとなる。
【0017】
粒子3は、L10型のFeNi規則合金相を含んだ構成とされ、好ましくは粒子3の全域がL10型のFeNi規則合金相で構成されていると良いが、部分的に他の原子や他の相が含まれていても良い。
【0018】
ここで、L1
0型規則構造は、面心立方格子を基本とした構造であり、
図2に示すような格子構造を有している。この図において、面心立方格子の[001]面の積層構造における最も図中の上面側の層をIサイト、最も上面側の層と最も下面側の層との間に位置している中間層をIIサイトとする。この場合、Iサイトに金属Aが存在する割合をx、金属Bが存在する割合を1-xとすると、Iサイトにおける金属Aと金属Bが存在する割合はA
xB
1-xと表される。同様に、IIサイトに金属Bが存在する割合をx、金属Aが存在する割合を1-xとすると、IIサイトにおける金属Aと金属Bが存在する割合はA
1-xB
xと表される。なお、xは、0.5≦x≦1を満たす。
【0019】
ここでは、金属AをNi、金属BをFeとし、Niを白色、Feを黒色で表しているとする。すべて白色となっているものは、Niが100%、Feが0%となっていることを示し、すべて黒色となっているものは、Niが0%、Feが100%となっていることを示している。また、後述する
図3中に示すように、白色と黒色が混じっているものはFeとNiの両方が含まれていることを示しており、例えば白色と黒色が半々のものはNiが50%、Feが50%となっていることを示している。本実施形態では粒子3に含まれるL1
0型のFeNi規則合金相は、FeとNiの組成比がほぼ50:50になっており、
図3中の(d)に示す構造となっている。
【0020】
各粒子3は孤立化した孤立粒子とされており、磁気的にも孤立化していると好ましい。なお、磁気的に孤立化しているとは、隣接する粒子と磁気的な相互作用が弱くなり、粒子単体の磁石のように振る舞うことを意味する。相互作用がなければ、磁化反転の起点となる軟磁性粒子部分があったとしても、磁化反転が起きづらくなる。
また、各粒子3の粒サイズ、換言すれば粒径は、結晶子サイズである5~200nmと同等とされ、単結晶に近い形で孤立化した状態となっている。L10型のFeNi規則合金の単磁区サイズが50~200nmであり、粒子3はそのサイズになっているが、それよりも小さい5nm程度のサイズであっても多磁区になりにくいため構わない。粒サイズが5nm以上になっているのは数nmの厚みで形成される自然酸化膜の分が含まれているからであり、自然酸化膜を除いた粒サイズがFeNi基本単位格子の0.36nm以上であれば良い。粒子3として粒サイズが5nm以下のものが部分的に含まれていてもの良いし、粒子3のすべての粒サイズが5nm以下であっても良い。一方、粒サイズが単磁区サイズを超えると多磁区化し易くなるため、200nm以下であることが好ましい。また、各粒子3は、基板2に対して密着させられており、基板2の表面2aに対する法線方向の厚み、つまり当該方向の寸法がNH3分子サイズの等倍よりも大きく、数100倍以下になっている。好ましくは、この各粒子3の厚みが75nm以下、より好ましくは50nm以下とされている。そして、各粒子3の間には、隙間5が空けられている。この隙間5はNH3分子サイズである0.26nmより大きくなっており、NH3分子が通過可能な寸法であることを意味している。実験結果によれば、隙間5は、寸法が0.3nm以上となっている部分を有しており、概ね0.3nm以上になっていた。より詳しくは、基板2の表面2a上において、基本単位格子よりも大きくその1000倍より小さい範囲、例えば直径300nmの範囲内に1つ以上の隙間5が形成されている。つまり、粒子3の粒サイズが結晶子サイズの最も大きな200nmであったとしても、基板2の表面2a上における直径300nmの範囲で見れば、少なくともその範囲内に隙間5が存在するという密度で隙間5が形成されている。
【0021】
このように構成される基板2に対して粒子3を島状に点在させた構造のFeNi規則合金構造体1は、各粒子3が単結晶に近い形で孤立化した状態となっていて、ランダム相の発生が抑制されている。このため、高い保磁力が得られている。例えば、後述する実施例に示されるように、1160Oe(92.3kA/m)以上の高い保磁力を得ることができる。
【0022】
続いて、このように構成されるL10型のFeNi規則合金構造体1の製造方法について説明する。
【0023】
まず、基板2を用意すると共に、
図4に示すスパッタリング装置10を用意する。基板2としては、例えば5mm角の厚み0.5mmの石英基板を用意している。スパッタリング装置10としては、例えばRFマグネトロンスパッタリング装置を用いることができる。そして、基板2をスパッタリング装置10の真空チャンバー11内に備えられた対向電極12上に設置する。また、真空チャンバー11内におけるプラズマ発生用の磁石13の近傍にターゲットとなるFe材料とNi材料を含むFeNi合金14を配置する。FeNi合金14については高純度、かつ、FeとNiの化学組成比が等しいものを用いるのが好ましい。ここでは、FeNi合金14中のFeおよびNiの占める割合が99.99%の高純度で、FeとNiの化学組成比Fe:Ni=50:50で2インチサイズのものを用いている。
【0024】
その後、真空ポンプ16を用いて真空チャンバー11内を2×10-5[Pa]以下の真空度とし、この真空度を保ったまま基板2を200~600℃、例えば400℃まで加熱する。そして、真空チャンバー211内にスパッタ用のアルゴン(Ar)ガスを0.01~2Pa、例えば0.3Paで導入し、高周波印加出力を10~200Wとする。これにより、プラズマ化したArのスパッタ作用によってFeNi合金からFeやNiの原子、クラスタ、イオンを発生させられ、基板2の表面2a上にFeおよびNiを蒸着させてFeNi合金を形成することができる。このときのFeNi合金については、FeNi不規則合金であってもよいし、一部がFeNi規則合金となっていてもよい。また、窒素を含んだプラズマを用いることなどにより、FeNi合金に窒素が含まれた状態になっていてもよい。
【0025】
このとき、FeNiの成膜レートについては任意であり、FeとNiが同時に蒸着されるようにしても良いし、原子層毎に交互に蒸着されるようにしても良い。ここでは、例えば0.099nm/secの成膜レートとしている。また、後で行われる脱窒素処理の際の厚みが75nm以下、好ましくは50nm以下となるように、スパッタ時間を調整するなどによってFeNi不規則合金の粒子の厚みを調整している。
【0026】
また、スパッタ時に基板2の温度が低いと、または成膜レートが低いとFeNi不規則合金が層状に成膜され易くなるが、200~600℃という高温にしているためFeNi不規則合金の粒子を島状化させ易くなる。勿論、このときに、一部がFeNi規則合金となっていてもよいし、FeNi合金に窒素が含まれた状態になっていてもよい。
【0027】
これにより、後述する
図7中の状態1のように、基板2の表面2aにFeNi不規則合金の粒子3aが点在するように形成することができる。ここで、FeNi不規則合金とは、FeとNi原子の配列が規則性を持たずにランダム相となったものである。ランダム相は、L1
0型のFeNi規則相からFe原子とNi原子の交換が起きている状態の相のことであり、
図3中の(a)、(b)のような構造となっている。これらの構造においては、[100]方向での原子間の距離aは、a=0.358nmとなっていた。
【0028】
このようにして形成したFeNi不規則合金について、蛍光X線分析装置、例えばBRUKER社製 M4 TORNADOを用いて組成分析したところ、FeNi比がFe:Ni=50:50であった。また、FeNi不規則合金の各粒子3aの粒サイズは、5~200nmとなっていて、各粒子3aの間には0.3nm以上の隙間5が形成されていた。隙間5については、隣り合う粒子3a同士の間の全域において形成されていると好ましいが、部分的に0.3nm以下になっていても構わない。また、隣り合う粒子3aはほぼ接していない状態となっていれば良く、局所的に接した状態になっていたとしても、粒子3aの粒サイズの数分の1程度となっていて、それ以外の場所に隙間5が構成されていれば良い。
【0029】
続いて、基板2の表面2aにFeNi不規則合金の粒子3aを配置した試料に対して窒化処理および脱窒素処理を行う。具体的には、窒化処理および脱窒素処理については、例えば
図5に示される窒化、脱窒素処理装置を用いて行っている。この窒化、脱窒素処理装置は、ヒータ21により加熱される加熱炉としての管状炉20と、管状炉20内に試料を設置するためのグローブボックス22と、を備える。また、この窒化、脱窒素処理装置は、パージガスとしての窒素ガス、窒化処理用のNH
3ガス、および、脱窒素処理用のH
2ガスを、切り替えて管状炉20へ導入するガス導入部23を備えている。
【0030】
このような窒化、脱窒素処理装置を用いた窒化、脱窒素処理は次の通りである。まず、管状炉20中に基板2の表面2aにFeNi不規則合金の粉末3aを配置した試料100を設置しておく。窒化処理では、NH
3ガスを管状炉20に導入して管状炉20内をNH
3雰囲気や、窒素プラズマ雰囲気などの活性な窒素源が生成しうる活性窒素雰囲気とし、所定温度で所定時間、FeNi不規則合金の粒子3aを加熱して窒化する。これにより、後述する
図7の状態2に示すように、FeNiにNが取り込まれた粒子3bが生成される。
【0031】
このとき、窒化処理によってFeNi不規則合金の粒子3aにNが取り込まれることで結晶の規則化が起きる。好ましくは、FeNi化合物となるFeNiNが生成されるようにすると、窒化処理の段階でFeNi規則合金の金属元素配置の構造を得ることができる。FeNiNは、
図3中の(c)に示すように、IサイトにNi、IIサイトにFeが配置されるように規則化され、さらにIIサイトにおいて、Fe原子の間にN原子が配置された構造となる。この構造においては、[100]方向での原子間の距離aは、a=0.4002nm、[001]方向での原子間の距離cは、c=0.3713nmとなっていた。
【0032】
また、このときの窒化処理については、1回の活性窒素雰囲気の所定温度での熱処理のみによって行われるようにしても良い。ただし、その後に、追加の高温処理として2回目に活性窒素雰囲気、もしくは窒素、真空雰囲気での高温の熱処理が実施されるようにすると好ましい。具体的には、1回目の活性窒素雰囲気での熱処理を200~400℃の範囲、2回目の高温の熱処理を1回目以上の温度とし、例えば、1回目を325℃で20時間、2回目を375℃で20時間とする。なお、この1回目の活性窒素雰囲気での熱処理と2回目の高温の熱処理については繰り返しても良い。
【0033】
このように、1回目の活性窒素雰囲気での熱処理を比較的低い温度で行うと、特にNH3ガスの場合は窒化処理の段階でFeNi規則合金の金属元素配置の構造を得つつ、FeNiにNが取り込まれた際にFeNiNが生成され易くなる。NH3ガス雰囲気での高温下において窒化処理を行うと、FeNi金属面で窒化処理時に用いるNH3分解反応(2NH3=N2+3H2)が促進されてしまい、FeNiNが生成しにくくなる。このため、1回目のNH3ガス雰囲気での熱処理は比較的低温で行うようにするのが好ましい。また、2回目の活性窒素雰囲気や窒素、真空雰囲気での熱処理を比較的高い温度で行うことで、FeNiNの結晶成長が生じ、より粒子の粒サイズを大きくすることが可能になると共に、より結晶性を良好にすることが可能になる。なお、窒化処理後の粒子3bの方が窒化処理前の粒子3aよりも粒サイズが大きくなる。しかし、上記したようにFeNi不規則合金の粒子3aを配置するときに粒子3aの厚みを調整しているため、窒化処理後の粒子3bの厚みが75nm以下、好ましくは50nm以下となるようにできる。
【0034】
その後、脱窒素処理では、H
2ガスを加熱炉に導入して管状炉20内をH
2雰囲気とし、所定温度で所定時間、窒化処理された試料100を加熱して窒素を除去する。これにより、後述する
図7の状態3に示すように、L1
0型のFeNi規則合金相を含む粒子3cが得られ、本実施形態にかかるFeNi規則合金構造体1が得られる。このときに得られるL1
0型のFeNi規則合金相は、
図3中の(d)に示すように、IIサイトからNが脱離し、IサイトにNi、IIサイトにFeが規則化して配置された構造となる。この構造においては、[100]方向での原子間の距離aは、a=0.3576~0.3582nm、[001]方向での原子間の距離cは、c=0.3589~0.3607nmとなっていた。
【0035】
このとき、窒化処理によってL1
0型の規則構造となるように規則化させたのち脱窒素処理を行ってFeNi規則合金を生成しているが、単なる粒状のものであると、焼結部が生成され、ランダム化が進みやすくなる。具体的には、
図6に示すように、状態1として前駆体となるFeNi不規則合金の粒子3aを用意し、200~400℃で窒化処理を行うと、状態2としてFeNiNの規則化合金の粒子3bが生成されると共に結晶化が進む。このとき、各粒子3bの結晶方位が揃うわけではなく、違う方位となっている状態で結合が進む。そして、各粒子3bが単なる粒状の状態になっているため、粒子3bの拡散方向が3次元的になり、自由に移動できる状態となって、より隣接する粒子3b同士が結合され易い。その後、100~300℃で脱窒素処理を行うと、FeNiNの規則化合金の粒子3bから窒素が脱離され、L1
0型のFeNi規則合金の粒子3cが生成される。
【0036】
この脱窒素処理を行う際に、状態3として粒子3c同士が接触している部分に焼結部4が形成され、焼結部4で結晶乱れ、例えばFeNiの積層構造が崩れた状態で繋がったランダム相が発生する。発生したランダム相は外部磁場に対して磁化が反転しやすい軟磁性である。材料内に軟磁性成分が含まれると、この場所が磁化反転の起点となり、材料全体の保磁力が低下する。また、結晶方位が違う粒子3c同士が結合された状態となっていることから磁気異方性が低下し、保磁力低下の要因となる。
【0037】
これに対して、本実施形態のように基板2の表面2aにFeNi不規則合金の各粒子3aを互いに隙間を空けて配置し、窒化処理および脱窒素処理してL1
0型のFeNi規則合金を生成する場合、各粒子3bが隙間を空けて配置されているため、以下のように作用する。これについて、
図7を参照して説明する。
【0038】
まず、
図7の状態1に示すように、FeNi不規則合金の粒子3aを基板2の表面2aに配置した状態においては、FeNi不規則合金の各粒子3aの間に隙間5が存在した状態となっている。このとき、各粒子3aの間の隙間5は、部分的に狭くなっているところがあっても、概ね0.3nm以上になる。
【0039】
次に、この状態で窒化処理を行うと、
図7の状態2に示すように、FeNiにNが取り込まれた粒子3bが生成され、結晶成長も行われる。このときも、各粒子3bの間の隙間5は、部分的に狭くなっているところがあっても、概ね0.3nm以上になる。粒子3bは、Nが取り込まれることや結晶成長によって、FeNi不規則合金の粒子3aのときと比較して体積膨張する。特に、窒化処理を温度が異なる2回の窒素雰囲気での熱処理によって実施した場合、結晶成長が起こり、粒子3bの間の隙間5がより大きくなる。具体的には、
図7の状態1に示すFeNi不規則合金の粒子3aは、島状のものだけでなく、その周囲に図示しない微小粒子状のものも存在している。この微小粒子が島状のものに取り込まれるようにして結晶成長が行われる。このため、粒子3bの間の隙間5がより大きくなる。
【0040】
特に、本実施形態では、基板2の材料をFeNiよりも線膨張係数が小さな材料としている。このため、窒化処理後に温度が低下した際により隙間5が大きくなりやすくなる。これについて、
図8Aおよび
図8Bを参照しつつ、基板2の材料をFeNiよりも線膨張係数が大きな材料で構成した比較例と本実施形態のように小さな材料で構成した場合とを比較して説明する。
【0041】
図8Aに示した比較例の場合には、窒化処理および脱窒素処理の高温時には基板2の方が粒子3b、3cよりも熱膨張するために隙間5が大きくなるが、低温になると基板2の方が粒子3b、3cよりも熱収縮することで間隔5が狭くなる。これに対して、
図8Bに示した本実施形態の場合には、窒化処理および脱窒素処理の高温から低温に変化した場合に、基板2よりも粒子3b、3cの方が熱収縮するために少なくとも高温時よりも隙間5が大きくなる。つまり、FeNi不規則合金を蒸着した際に粒子3aの間に形成された隙間5が窒化処理および脱窒素処理後に低温化されても、その間隔5が広がり易くなる。このため、粒子3が分離されて磁気的に孤立化し易くなるようにできる。
【0042】
このような効果を得るためには、基板2を構成する材料の線膨張係数がFeNiの線膨張係数よりも低くなっていれば良い。そして、上記したように、FeNiの線膨張係数は約9.0×10-6/Kであることから、それよりも基板2の材料の線膨張係数が小さければ良い。また、基板2がFeNi窒化物、例えばFeNiNよりも線膨張係数の小さな材料で構成されていると良い。FeNi窒化物は、a軸方向およびc軸方向の異なった線膨張係数を有し、a軸方向の線膨張係数は約14.0×10-6/K、c軸方向の線膨張係数は約5.0×10-6/Kである。FeNi窒化物においては、粒ごとに軸方向がランダムであるため、平均をとった約9.5×10-6/Kより小さく、基板2との界面の軸方向が必ずしもc軸になる訳ではないが、c軸の線膨張係数が最も小さいことから、好ましくは、それよりも線膨張係数が小さい材料で基板2を構成すると、確実に上記効果を得ることができる。
【0043】
そして、脱窒素処理を行うと、
図7の状態3に示すように、Nが取り込まれた粒子3bからNが脱離し、L1
0型規則構造を有したL1
0型のFeNi規則合金相を含む粒子3cが生成される。このときの粒子3cが、
図1に示したFeNi規則合金構造体1を構成する基板2の上に形成された粒子3に相当する。この粒子3cは、Nが脱離したことから体積収縮が起こり、結合力の弱い粒界部やアモルファス部で切断され、Nが取り込まれた粒子3bと比較して体積が小さくなる。また、単結晶に近い形で粒子3cを孤立化させることが可能になる。このときも、各粒子3cの間の隙間5は、部分的に狭くなっているところがあっても、概ね0.3nm以上となり、全体的に
図7の状態3に示す脱窒素処理前よりも隙間5が広くなる。
【0044】
脱窒素処理においてNを脱離させる際には、H2とNが反応してNH3となって脱離することになる。このとき、FeNiにNが取り込まれた粒子3bの間の隙間5がNH3分子の通過できる寸法になっていると、各粒子3bの内部から隙間5までの距離だけ移動すればNH3分子が隙間5を通じて排出される。さらに、粒子3bの厚みを75nm以下、好ましくは50nm以下としていることから、粒子3bの上方からも脱窒素し易くできる。したがって、より低温かつ短時間で脱窒素を行うことが可能になる。
【0045】
そして、L10型のFeNi規則合金相を含む粒子3cにNが残留してしまうことが抑制され、粒子3cをL10型のFeNi規則合金相がより高純度に含まれたものにすることができる。また、基板2上においてNH3分子の通過できる寸法の隙間5を確保して粒子3a~3cが配置された状態となるため、粒子3a~3cの拡散が規制されて3次元的な拡散ではなく2次元的な拡がりになる。このため、隣り合う粒子同士の接触を抑制でき、結晶乱れたランダム相が発生する焼結部が生成されることを抑制できる。これにより、保磁力を向上させることが可能になる。
【0046】
次に、上記のような製造方法によって得られるL1
0型のFeNi規則合金相を含むFeNi規則合金構造体1の磁気特性などを含む各特性について、
図9に示される実施例1~6、および、比較例1~7を参照して説明する。なお、各例の磁気特性については、例えば、ネオアーク社製縦Kerrループ測定装置、およびQuantum Design社製の小型無冷媒型PPMS VersaLabを用いて求めている。
【0047】
図9における実施例1~5は、上記した製造方法、すなわちFeNi不規則合金の粒子3aを基板2に島状に点在させるように配置した後、窒化処理および脱窒素処理を行ってFeNi規則合金構造体1を製造した場合を示している。実施例1~5では、最終的に得られるFeNi規則合金構造体1に含まれる粒子3の設計膜厚を異ならせているが、それ以外は同条件としている。実施例6では、基板2として珪素基板の表面に熱酸化膜を形成したものを用い、粒子3をFeとNiを交互に成膜したことなどを異ならせているが、それ以外は同条件としている。比較例1~5は、FeNi不規則合金の粒子3aを基板2に島状に点在させるように配置した後、窒化処理および脱窒素処理を行っていない場合を示しており、それぞれの粒子3の設計膜厚については実施例1~5と同じにしてある。比較例6は、実施例6の窒化処理および脱窒素処理を行っていない場合を示している。比較例7は、支持体となる基板2を用いずに、単なるFeNi不規則合金の粉末を生成したのち、窒化処理および脱窒素処理を行った場合を示している。
【0048】
なお、実施例1~5、比較例1~5は、いずれの場合も、基板2として、石英基板を使用している。石英基板は、線膨張係数が約0.6×10-6/Kである。FeNiの線膨張係数は、約9.0×10-6/Kであり、石英基板の方がFeNiの線膨張係数よりも小さくなっている。比較例6、実施例6は、基板2として、珪素基板の表面に100nmの熱酸化膜を形成したものを用いていて、珪素基板と熱酸化膜の合計の線膨張係数が3.4×10-6/Kで、珪素基板はp型であり、電気抵抗率が1~50Ωcmであった。それぞれの元素の純度が99.99%以上のFeとNiの二つのターゲットを用いて成膜温度400℃で0.18nm毎に交互に蒸着し、例えばFeを0.0099nm/sec、Niを0.0092nm/secの成膜レートで成膜して粒子3aを形成し、25.2nmの厚みとした。FeとNiの化学組成比Fe:Ni=50:50であった。また、「設計膜厚」とは、蒸着した際に膜状に形成された場合の膜厚であるが、蒸着後に島状化して粒子3aとなるため、島状化後の実際の粒子3aの厚みは最大で設計膜厚の約1.5倍程度の厚みとなる。勿論、粒子3aの厚みのすべてが設計膜厚の約1.5倍となるわけではなく、設計膜厚以下の厚みとなる部分もある。
【0049】
図9に示されるように、比較例1では324Oe(25.8kA/m)、比較例2では295Oe(23.5kA/m)となっていた。また、比較例3では216Oe(17.2kA/m)、比較例4では187Oe(14.9kA/m)、比較例5では113Oe(9.0kA/m)、比較例6では401Oe(31.9kA/m)となっていた。比較例1~5のように、FeNi不規則合金の粒子3aの設計膜厚を10~50nmと異ならせているため保磁力に差が出ているが、いずれの場合も所望する保磁力にはならなかった。なお、比較例1~6では、窒化処理および脱窒素処理を実施していないため、窒化物割合は0wt%になっている。
【0050】
また、比較例7では保磁力が1130Oe(89.9kA/m)と、大きな値が得られているが、窒化物割合を確認すると60wt%となっており、Nが多く残留していることが判る。これは、窒化処理および脱窒素処理を行った後のFeNi規則合金相を含む粉末の粒子同士が孤立化せずに結合していて、隙間がないために、Nが脱離しにくくなり、残留してしまったと考えられる。この場合、比較的大きな保磁力が得られているものの、粒子同士の結合部分がランダム相を発生させる焼結部として存在していること、Nを含む軟磁性部分を含むこととなり、保磁力を低下させる要因となり得る。
【0051】
一方、実施例1では1160Oe(92.3kA/m)、実施例2では2217Oe(176.4kA/m)となっていた。また、実施例3では2004Oe(159.5kA/m)、実施例4では1691Oe(134.6kA/m)、実施例5では1426Oe(113.5kA/m)となっていた。実施例1~5についても、FeNi不規則合金の粒子3aの設計膜厚を10~50nmと異ならせているため保磁力に差が出ているが、いずれの場合も所望する保磁力を得ることができた。また、実施例6では2245Oe(178.6kA/m)となっていた。このように、基板2として珪素基板の表面に熱酸化膜を成膜したものを用いても、高い保磁力を得ることができていた。
【0052】
これらから判るように、実施例1~6のように、FeNi不規則合金の粒子3aを基板2に点在させるように配置した後、窒化処理および脱窒素処理を行ってFeNi規則合金構造体1を製造することで、高い保磁力を得ることが可能となる。また、実施例1~6では、窒化処理および脱窒素処理を行っている。このうち実施例3~5では、Nの残留が確認されることから、窒化物割合wt%がそれぞれ11wt%、25wt%、40wt%となっている。実施例3~5は、Nが残留しているために、Nの残留が確認されていない実施例2よりも保磁力が小さくなっているものの、それでもいずれも1400Oe以上という高い保磁力が得られている。また、設計膜厚が大きくなるほど、窒化物割合wt%が大きな値になっている。これは粒子内部に存在するNが粒子上面から脱離することが難しくなるためで、少なくとも設計膜厚が50nm以下、つまり実際の粒子3の厚みが75nm以下となっていれば、高い保磁力を得ることができる。なお、点在している粒子3aは必ずしも完全な不規則合金ではなくても良く、一部規則合金になっていても良いし、Nを含んでも良い。
【0053】
続いて、上記各実施例での各過程において、様々な測定を行った。以下の説明では、一部の実施例に対して測定を行った場合を例に挙げて説明するが、他の実施例についても同様の結果が得られた。
【0054】
まず、実施例2について、FeNi不規則合金の粒子3aの窒化処理、脱窒素処理の各過程後に、X線回折測定法に基づく測定を行った。X線回折測定については、あいちシンクロトロン光センターにて、ビームラインBL8S1の薄膜X線回折を行うXRD装置を使用して行った。
図10は、その測定結果を示している。使用したXRD装置では、放射光エネルギーが14.37keV、波長λ=0.08629nmのX線を用いている。5mm角の基板2に対して、入射角度が0.2°になるように調整し、面内測定を実施した。そして、
図10の結果が示すX線回折パターンに基づいて、窒化処理後や脱窒素処理後のシェラー径を導出した。シェラー径の導出については、得られた回折パターンのメインピーク、具体的には窒化処理後22.1deg付近のピーク、脱窒素後は24.1degをガウス関数でフィッティングして半値全幅を求め、シェラーの式を使用して見積もった。
【0055】
また、窒化処理については、1回目のNH
3ガス窒素雰囲気での熱処理として325℃、20時間の熱処理を行った後についても同様にX線回折測定を行ったところ、
図11の結果が得られた。なお、図中には、参考として、2回目のNH
3ガス雰囲気での高温の熱処理として375℃、20時間の熱処理を行った後についても示してある。そして、1回目の熱処理後のシェラー径についても上記と同様にして導出した。
【0056】
その結果、窒化処理後のシェラー径が21.0±0.4nm、脱窒素処理後のシェラー径が10.3±0.1となった。脱窒素処理後には、Nが残留していると生成されるFe2Ni2Nの相は確認されず、脱窒素が行えていることが確認された。
【0057】
また、1回目のNH3ガス雰囲気での熱処理後のシェラー径が16.1±0.1nmとなった。このように、窒化処理における1回目のNH3ガス雰囲気での熱処理によって窒化されたのち、2回目のNH3ガス雰囲気での高温の熱処理によって結晶子サイズが大きくなっている。このことは、追加の高温処理として行われる2回目のNH3ガス雰囲気での高温の熱処理によって結晶成長が起きていることを意味している。このように、追加の高温処理を行うことで、結晶成長を促し、より結晶性を良好にすることが可能になる。
【0058】
なお、シェラー径は、島状化した粒子3そのもののサイズではなく、粒子3中に含まれる単結晶で構成された微小結晶子の平均サイズを意味しており、また、歪などが大きくなることでもシェラー径は小さくなる傾向がある。島状化した粒子3がすべて単結晶で構成されているのであれば、粒子3のサイズが結晶子サイズとなる。ただし、粒子3の中に複数の微小結晶が集まっている場合には、その1つ1つの微小結晶のサイズが結晶子サイズとなるため、必ずしも島状化した粒子3と一致しないが、結晶性の目安となる値である。
【0059】
また、実施例2について、断面TEM観察を行った。具体的には、得られた試料に対してカーボン蒸着を行った後、集束イオンビームを使用して厚み100nm程度まで薄片化し、その断面をTEMとしてJEOL製JEM-ARM300Fを用い、加速電圧300kVで観察を行った。その結果、
図12の断面TEM像を得た。
【0060】
この断面観察の結果を確認すると、FeNi規則合金の粒子3の寸法は、支持体となる基板2の表面2aに対する法線方向が30nm、水平方向が70nmであった。
【0061】
さらに、エネルギー分散型X線分析による組成解析を行ったところ、Fe、Ni、Nの原子濃度比は、それぞれ50.2±4.2at%、49.8±4.4at%、0.1at%未満の検出限界以下であった。このことから、上記のようにして製造したFeNi規則合金構造体1の粒子3には、L10型のFeNi規則合金相が含まれているということが確認できる。
【0062】
また、平面TEM観察も行った。これも、得られた試料をカーボン蒸着後に、集束イオンビームを用いて厚み100nm程度まで背面より薄片化し、上記のTEMを使用して、加速電圧300kVで観察を行った。その平面TEM像のうちの、孤立しているFeNi粒に対して観察した結果を
図13に示す。また、
図13より、20nm四方の領域の高分解能透過電子顕微鏡像をとり、高速フーリエ変換して逆格子像を得たものを
図14に示す。
【0063】
この結果より、超格子に由来する001スポットが検出され、超格子構造が出来ていることが確認できた。さらに、002スポットに絞りを入れ、暗視野像をとることで、この粒子の72%以上が、同一方向であることが確認できた。ここで、回折スポットは広がりを持つことから、c軸は±5°以内の精度である。このことから、本実施形態のようにして製造したFeNi規則合金構造体1における粒子3は、5~200nmの粒サイズを有していて、そのうちの少なくも1つの粒子3の体積の72%以上がc軸のずれが±5°以内となる同一方位を向いたものにできると言える。
【0064】
また、実施例2について、基板2の上面からTEM観察を行った。
図15は、このTEM観察画像であり、上記した
図7の実際の画像に相当する。
図15の状態1に示すFeNi不規則合金の粒子3aを基板2の表面2aに配置した状態では、各粒子3aの間の隙間5は部分的に狭くなっているところがあるものの概ね0.3nm以上となっていた。また、単位面積当たりの粒子3aの平均占有面積を確認したところ、76.9%となっていた。
【0065】
同様に、
図15の状態2に示すように、窒化処理を行ってFeNiにNが取り込まれた粒子3bが生成された状態でも、各粒子3bの間の隙間5は部分的に狭くなっているところがあるものの概ね0.3nm以上となっていた。また、単位面積当たりの粒子3bの平均占有面積を確認したところ、79.9%となっていた。粒子3bは、Nが取り込まれることや結晶成長によって、FeNi不規則合金の粒子3aのときと比較して30%程度体積膨張していた。また、画像を確認すると、各粒子3bの周囲に存在している微小粒子も取り込まれるようにして結晶成長が行われており、粒子3bの間の隙間5がより大きくなっていた。
【0066】
さらに、
図15の状態3に示すように、脱窒素処理を行ってFeNiにNが取り込まれた粒子3bからNを脱離させると、L1
0型規則構造を有したL1
0型のFeNi規則合金相を含む粒子3cが生成される。また、このときの粒子3cは、FeNiにNが取り込まれた粒子3cと比較して体積が小さくなっていた。Nが脱離したことから体積収縮が起こり、結合力の弱い粒界部やアモルファス部で切断されたために粒子3cの体積が小さくなっていると言える。また、単位面積当たりの粒子3cの平均占有面積を確認したところ、71.6%となっており、各粒子3cの間の隙間5は部分的に狭くなっているところがあるものの概ね0.3nm以上となっていた。そして、全体的に
図15の状態2に示す脱窒素処理前よりも隙間5が広かった。
【0067】
また、実施例2について、磁気特性を調べた。具体的には、縦Kerr効果測定と面内VSM測定を行った。その結果、
図16Aおよび
図16Bに示す結果が得られた。縦Kerr効果測定については、室温300Kにおいて行った。面内VSM測定については、室温より低温の50Kと高温の600Kにおいて行った。縦Kerr効果測定の結果、保磁力として2217Oeが得られていた。また、面内VSM測定の結果、50Kの低温下では、保磁力として2312Oe(184.0kA/m)が得られていることから、より高い保磁力を得ることが可能であった。また、600Kの高温下では1715Oe(136.5kA/m)が得られており、広い温度範囲で保磁力性能を得ることが可能である。なお、飽和磁化Msは50Kで1.37T、600Kで0.97Tであった。
【0068】
なお、上記した
図9に示す図表中に示した保磁力は、上記した
図16Aに示すような縦Kerr効果測定を行ったときの結果を示している。実施例2以外の実施例1、3~5についても、面内VSM測定を行った場合には、より高い保磁力が得られていた。
【0069】
さらに、実施例5の試料を使って、粒子3の厚みと脱窒素のし易さの関係についても調べた。上記した
図10に示したように、FeNi不規則合金の粒子3aについて、設計膜厚を変えて窒化処理および脱窒素処理を行った場合の窒化物割合wt%を調べた結果、設計膜厚が大きくなるほど窒化物割合wt%が大きくなっている。これは、粒子3aの厚みが厚くなるほど、Nが脱離しにくくなる為である。
【0070】
実施例5は、粒子3aの設計膜厚を50nmとしている。上記したように、設計膜厚は蒸着時に膜状に形成された場合の膜厚であり、島状化後の実際の粒子3aの厚みは設計膜厚の約1.5倍の厚みとなり、最大で75nm程度になる。実施例5における粒子3のうち50nm以下になる部分とそれよりも厚くなっている部分を有しているものを抽出し、脱窒素が行えているかを調べた。具体的には、得られた試料に対してカーボン蒸着を行った後、集束イオンビームを用いて厚み100nm程度まで薄片化し、その断面を上記したTEMを用いて、加速電圧300kVで観察した。その結果、
図17Aおよび
図17Bの断面走査型透過電子顕微鏡(STEM)像と窒素の元素組成像を得た。
【0071】
これらの図を比較すると、
図17Bの窒素の元素組成像から明らかなように、膜厚が50nm以下では窒素が検出されないのに対し、50nm以上の膜厚のある領域では内部に窒素が検出された。このことから、実際の粒子3aの厚みが50nm以下となるようにすると、Nの脱離がより的確に行われるようにできると言える。したがって、実際の粒子3aの厚みが最大で75nm程度になったとしても高い保磁力を得ることができるが、実際の粒子3aの厚みが50nm以下となるようにすると、より高い保磁力を得ることが可能になる。
【0072】
以上説明したように、本実施形態のFeNi規則合金構造体1は、基板2の上にL10型のFeNi規則合金相を含んで構成された粒子3が間隔5を空けて配置された構造とされている。このようなFeNi規則合金構造体1では、各粒子3を単結晶に近い形で孤立化した状態にでき、ランダム相の発生を抑制することが可能になる。したがって、高い保磁力を得ることが可能となる。具体的には、1160Oe(92.3kA/m)以上という高い保磁力を得ることができる。
【0073】
さらに、本実施形態のFeNi規則合金構造体1もしくはその製造方法によれば、以下の効果を得ることもできる。
【0074】
(1)本実施形態のFeNi規則合金構造体1は、FeNi不規則合金を窒化処理した後に脱窒素処理を行うことによって得られるが、脱窒素処理の際に、NH3分子を通過させられる隙間5が形成されているため、Nを的確に脱離することが可能になる。このため、Nの残留を抑制した粒子3とすることが可能となり、さらに高い保磁力を得ることが可能となる。
【0075】
(2)また、FeNi規則合金構造体1における粒子3は、5~200nmの粒サイズを有していて、そのうちの少なくも1つの粒子3の体積の72%以上がc軸のずれが±5°以内となる同一方位を向いたものとなる。このことからも、さらに高い保磁力を得ることが可能となる。
【0076】
(3)また、本実施形態のFeNi規則合金構造体1では、支持体となる基板2を石英基板により構成している。石英基板は、FeNiよりも線膨張係数が小さな材料によって構成されたものである。このため、FeNiと基板2との線膨張係数差に基づき、窒化処理および脱窒素処理の後の低温化の際に、粒子3の隙間5を広げることが可能となり、粒子3が分離されて磁気的に孤立化し易くなるようにできる。
【0077】
(4)また、本実施形態のFeNi規則合金構造体1の製造方法においては、窒化処理として、1回の活性窒素雰囲気での熱処理と、追加の高温の熱処理を実施するようにしている。1回目の活性窒素雰囲気での熱処理は200~400℃の範囲、追加の高温の熱処理については1回目よりも高温となるようにしている。例えば、1回目の熱処理を350℃未満、2回目の熱処理を350℃以上としている。
【0078】
このように、1回目の熱処理を比較的低い温度で行うと、窒化処理の段階でFeNi規則合金の金属元素配置の構造が得つつ、FeNiにNが取り込まれた際にFeNiNが生成され易くなる。また、2回目の熱処理を比較的高い温度で行うことで、結晶成長が生じ、より粒子3bの粒サイズを大きくすることが可能になると共に、より結晶性を良好にすることが可能になる。
【0079】
(他の実施形態)
本開示は、上記した実施形態に準拠して記述されたが、当該実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。加えて、磁性材料に限定されるものではなく、様々な組み合わせや形態、さらには、それらに一要素のみ、それ以上、あるいはそれ以下、を含む他の組み合わせや形態をも、本開示の範疇や思想範囲に入るものである。
【0080】
例えば、上記実施形態では、支持体となる基板2として、FeNiよりも線膨張係数が小さい材料である石英基板を用いる場合について説明したが、必ずしも線膨張係数が小さい材料である必要は無い。
【0081】
また、粒子3の粒サイズが5~200nmである場合を例に挙げているが、これは好ましい範囲を示したのであり、粒子3同士が隙間5によって離れて構成されており、各粒子3の少なくとも一部にL10型のFeNi規則合金相が含まれていれば良い。
【0082】
また、粒子3が形成される表面2aを有した支持体として基板2を例に挙げたが、支持体は必ずしも基板状のものでなくても良い。例えば、支持体が湾曲や凹凸を有した形状であっても良い。
【0083】
さらに、FeとNiの化学組成比Fe:Ni=50:50となる場合を例に挙げて説明したが、必ずしもこの比率にならなくても良い。例えばFeが40~60%、Niが残りの60~40%の比率になっていても構わない。