(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】船舶の速度制御方法及び船舶
(51)【国際特許分類】
B63H 21/21 20060101AFI20240709BHJP
B63H 20/00 20060101ALI20240709BHJP
B63B 49/00 20060101ALI20240709BHJP
B63B 79/10 20200101ALI20240709BHJP
B63B 79/40 20200101ALI20240709BHJP
B63B 43/00 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
B63H21/21
B63H20/00 803
B63B49/00 Z
B63B79/10
B63B79/40
B63B43/00 Z
(21)【出願番号】P 2022070084
(22)【出願日】2022-04-21
【審査請求日】2022-07-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125254
【氏名又は名称】別役 重尚
(74)【代理人】
【識別番号】100118278
【氏名又は名称】村松 聡
(72)【発明者】
【氏名】諸見 修一
【審査官】高瀬 智史
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-115714(JP,A)
【文献】特開2004-291688(JP,A)
【文献】特開2002-370694(JP,A)
【文献】特開2013-180682(JP,A)
【文献】特開2014-136509(JP,A)
【文献】特開2020-083125(JP,A)
【文献】特開2021-195076(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63H 21/21
B63H 20/00
B63B 49/00
B63B 79/10
B63B 79/40
B63B 43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体の上下速度の移動平均値又は上下加速度の平方根の移動平均値である第1の移動平均値と波高の発生確率密度分布から求められる想定最大上下速度、許容し得る前記船体への衝撃度に対応する船体の上下速度として設定された設定上下速度、及び前記船体の現在の船速を用いて目標船速を算出
し、
前記想定最大上下速度は、前記波高の発生確率密度分布を用い、所定の確率以下で発生し得る最大の波高である想定最大波高に対応する船体の上下速度として推定される、船舶の速度制御方法。
【請求項2】
前記第1の移動平均値の遅れ補償を行う、請求項1に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項3】
前記遅れ補償では、前記第1の移動平均値、現在の船速、及び船速の移動平均値である第2の移動平均値に基づいて現在の前記第1の移動平均値の予測値を算出する、請求項2に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項4】
前記波高の発生確率密度分布はレイリー確率密度分布に従う、請求項
1に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項5】
平均波高と前記想定最大波高の関係はレイリー累積分布関数で示され、前記平均波高に対する前記想定最大波高の比率、並びに前記第1の移動平均値に基づいて、前記想定最大上下速度を推定する、請求項
4に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項6】
前記所定の確率は5%である、請求項
1に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項7】
前記目標船速及び前記現在の船速に基づいて前記船舶の推進機の推進力のフィードバック制御を行う、請求項1に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項8】
前記船体の挙動からカルマンフィルタを用いて前記船体の上下速度又は前記船体の上下加速度を算出する、請求項1に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項9】
前記船体の挙動はIMUによって計測される、請求項1に記載の船舶の速度制御方法。
【請求項10】
船速を制御する制御部を備え、
前記制御部は、船体の上下速度の移動平均値又は上下加速度の移動平均値である第1の移動平均値と波高の発生確率密度分布から求められる想定最大上下速度、許容し得る前記船体への衝撃度に対応する船体の上下速度として設定された設定上下速度、及び前記船体の現在の船速を用いて目標船速を算出
し、
前記想定最大上下速度は、前記波高の発生確率密度分布を用い、所定の確率以下で発生し得る最大の波高である想定最大波高に対応する船体の上下速度として推定される、船舶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波浪中を航行する船舶の速度制御方法及び船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
比較的小型の船舶が波浪中を航行する際に、船速を上げると波への衝突や波に乗り揚げた後の着水等によって船体に衝撃を受けることがある。また、船舶が波を乗り越える際、波の頂上へ向けて上昇するときは船速が下がり、波の谷へ向けて降下するときは船速が上がる。したがって、船舶の乗り心地が悪化する。
【0003】
そこで、波浪中の船舶の挙動に応じて船速を制御する技術が提案されている。例えば、特許文献1に記載の技術では、船体の上下方向の加速度が限度値を超えた場合に、減速指令を主機関に送出して船速を船舶が破損を受けない所定値まで減速させる。また、特許文献2に記載の技術では、重力方向の加速度が増加するとき、船舶の航行速度が増加するようにエンジン回転数の補正量を算出する。さらに特許文献3に記載の技術では、ピッチング角速度が正のときには、波高に応じて船体が減速されているため船体を加速するエンジン制御を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平6-211190号公報
【文献】特許5138469号公報
【文献】特開2004-291688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1乃至3に記載の技術は、個別の波によって引き起こされる加速度やピッチング角速度の変化に応じて船速を変化させるため、船舶が波に出会う度に船速が刻々と変動することになり、船体の加減速が頻繁に繰り返される。したがって、波浪中を航行する際の船舶の乗り心地には、依然として改善の余地がある。
【0006】
本発明は、波浪中を航行する船舶の乗り心地をより改善することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明の一態様による船舶の速度制御方法は、船体の上下速度の移動平均値又は上下加速度の平方根の移動平均値である第1の移動平均値と波高の発生確率密度分布から求められる想定最大上下速度、許容し得る前記船体への衝撃度に対応する船体の上下速度として設定された設定上下速度、及び前記船体の現在の船速を用いて目標船速を算出し、前記想定最大上下速度は、前記波高の発生確率密度分布を用い、所定の確率以下で発生し得る最大の波高である想定最大波高に対応する船体の上下速度として推定される。
【0009】
この構成によれば、船体の上下速度や上下加速度の移動平均値に基づいて船速が決定されるが、船体の上下速度や上下加速度の移動平均値は、船体の上下速度や上下加速度の様に船舶が波を乗り越える度に刻々と変動することがないため、船体の上下速度や上下加速度の移動平均値に基づいて決定される船速も刻々と変動せず、比較的なだらかに変化する。その結果、船体の加減速が頻繁に繰り返されるのを避けることができ、もって、船舶の乗り心地をより改善することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、船舶の乗り心地をより改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法が適用される船舶の側面図である。
【
図2】
図1の船舶が搭載する船舶推進制御システムの構成を概略的に説明するためのブロック図である。
【
図3】本実施の形態に係る船舶の速度制御方法を実行する際にBCUにおいて実現される速度制御コントローラの模式図である。
【
図4】船体の上下加速度の変動の様子を説明するための図である。
【
図5】本実施の形態における船体上下速度の移動平均を説明するための図である。
【
図8】各平均波高に対応する波高の標準偏差毎の波高の発生確率密度分布を示すグラフである。
【
図9】想定最大上下速度を出力する学習済みモデルを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法が適用される船舶の側面図である。
図1において、船舶10は、例えば、滑走艇であり、船体11と、船体11の船尾に取り付けられる推進機としての少なくとも1つ、例えば、2つの船外機12とを備える。各船外機12はプロペラを回転させることにより、船舶10の推進力を発生する。また、船体11には操縦席を兼ねる船室13が配置される。
【0013】
図2は、
図1の船舶10が搭載する船舶推進制御システムの構成を概略的に説明するためのブロック図である。
図2において、船舶推進制御システム14は、船外機12と、BCU(Boat Control Unit)15(制御部)と、MFD16と、GPS17と、IMU(Inertial Measurement Unit)18と、コンパス19と、リモコンユニット20と、ジョイスティック21と、ステアリング機構22と、操船パネル23と、リモコンECU24と、メイン操作部25と、SCU(Steering Control Unit)26と、を有する。船舶推進制御システム14の各構成要素は互いに通信可能に接続される。
【0014】
GPS17は、船舶10の現在位置を把握し、船舶10の現在位置をBCU15へ送信する。IMU18は、船体11の挙動を計測し、計測結果をBCU15へ送信する。コンパス19は、船舶10の方位を把握し、BCU15へ船舶10の方位を送信する。
【0015】
リモコンユニット20は、各船外機12に対応するレバー20aを有し、操船者は、各レバー20aを操作することによって対応する船外機12が発生する推進力の作用方向を前後に切り換えると共に、対応する船外機12の出力の大きさを調整して船速を調整することができる。このとき、リモコンユニット20は、レバー20aの操作に対応して船外機12を制御するための信号をBCU15やリモコンECU24へ送信する。ジョイスティック21は船舶10を操縦するための操縦桿であり、傾倒方向へ船舶10を移動させるための信号をBCU15やリモコンECU24へ送信する。ステアリング機構22は、操船者が船舶10の針路を定めるための装置であり、操船者は、ステアリング機構22のステアリングホイール22aを左右に回転操作することで船舶10を左右に旋回させることができる。このとき、ステアリング機構22は、ステアリングホイール22aの回転操作に対応する舵角をリモコンECU24やSCU26へ送信する。
【0016】
メイン操作部25は、メインスイッチ25aやエンジンシャットオフスイッチ25bを有する。メインスイッチ25aは各船外機12の動力源であるエンジン27を一括起動及び一括停止するための操作子であり、エンジンシャットオフスイッチ25bは、各船外機12のエンジンを緊急停止させるためのスイッチである。MFD16は、例えば、カラーLCDディスプレイであり、各種情報を表示するディスプレイとして機能するとともに、操船者の入力を受け付けるタッチパネルとしても機能する。操船パネル23は各種操船モードに対応するスイッチ(不図示)を有し、操船者は対応するスイッチを操作することにより、船舶10を所望の操船モードに移行させる。SCU26は各船外機12に対応して設けられ、対応する船外機12を船舶10の船体11に対して水平に旋回させるステアリングユニット(不図示)を制御して各船外機12の推進力の作用方向を変更する。
【0017】
BCU15は、船舶推進制御システム14の各構成要素から送信された信号に基づいて船舶10の状況を把握し、各船外機12が発生すべき推進力の大きさや取るべき推進力の作用方向を決定して各リモコンECU24へ送信する。リモコンECU24は、各船外機12に対応して1つずつ設けられ、BCU15、ステアリング機構22、リモコンユニット20やジョイスティック21等から送信された信号に応じて各船外機12のエンジン27やステアリングユニットを制御するための信号を各船外機12のエンジンECU28やSCU26へ送信し、船外機12の推進力の大きさと推進力の作用方向を調整する。なお、BCU15は本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法を実行する。
【0018】
ここで、本発明の実施の形態に係る船舶の速度制御方法では、船舶10が波浪を乗り越える際の船体11への衝撃入力を緩和するために、操船者等が設定した許容し得る上下加速度(船体への衝撃度)に対応する船体11の上下速度(以下、「設定上下速度」という)と、計測された船体11の上下速度から想定される船体11の最大の上下速度とに基づいて目標船速を算出し、該目標船速と現在船速の差分に基づいて、船外機12の推進力に対応するエンジン27の回転数を決定するフィードバック制御を行う。
【0019】
図3は、本実施の形態に係る船舶の速度制御方法を実行する際にBCU15において実現される速度制御コントローラの模式図である。
図3において、速度制御コントローラは、設定加速度ブロック29と、設定上下速度ブロック30と、カルマンフィルタ31と、移動平均ブロック32と、遅れ補償ブロック33と、換算倍率ブロック34と、乗算器35と、目標船速ブロック36と、フィードバック制御器37と、移動平均ブロック40と、を有する。
【0020】
速度制御コントローラでは、まず、設定加速度ブロック29において、操船者等によって乗船者が許容し得る船体11への衝撃入力に対応する船体11の上下加速度(以下、「設定加速度」という)が設定される。
【0021】
ところで、一般に衝撃入力は加速度の倍数で表されるため、船体11への衝撃入力を低下させるための船舶の速度制御方法(以下、単に「速度制御」という)では、物理量として船体11の上下加速度を用いるのが自然だと考えられる。しかしながら、比較的小型の船舶では、船体11の上下加速度が非常に速い周期で細かく変動するため、IMU18では正確に計測するのが困難である。例えば、
図4に示すように、波浪中を航行する船舶10の船体11の上下加速度を0.1秒周期でサンプリングした場合(実線)と、同じ上下加速度を0.01秒周期でサンプリングした場合(破線)の上下加速度の計測結果を比較すると、0.1秒周期でサンプリングした場合には、0.01秒周期でサンプリングした場合に計測可能であった上下加速度の急峻な変化が計測不可能となる。そして、IMU18のサンプリングレートは、一般的に0.05秒であるため、IMU18では船体11の上下加速度の急峻な変化を正確に計測できず、IMU18によって計測された船体11の上下加速度を用いた場合、速度制御へ上下加速度の急峻な変化が反映されない可能性がある。
【0022】
ところで、船体11の上下速度は、船体11の上下加速度よりも次元が低下するため、船体11の上下加速度の様に急峻な変化が発生せず、IMU18でも変化を正確に計測することができる。また、船体11の上下速度は、船体11の上下加速度を積分したものであるため、上下加速度の急峻な変化が反映されている。したがって、船体11の上下速度を用いた場合、結果として、速度制御へ上下加速度の急峻な変化が反映されるとも言える。そこで、本実施の形態では、船体11への衝撃入力の指標として、船体11の上下加速度ではなく船体11の上下速度を用いて速度制御を行う。
【0023】
具体的には、設定加速度ブロック29において設定された設定加速度を、設定上下速度ブロック30において船体11の上下速度へ換算する。ところで、船体11の上下速度は船体11の上下加速度の平方根と比例することが知られているため、本実施の形態では、船体11の上下加速度を船体11の上下速度に換算するための係数Kを下記式(1)によって求める。
【0024】
【0025】
ここで、AZは船体11の上下加速度であり、VZは船体11の上下速度である。
【0026】
なお、式(1)では、時間変動の影響を緩和するために、船体11の上下加速度AZの平方根の移動平均値と、船体11の上下速度VZの移動平均値とを用いている。また、係数Kは船舶10の仕様によって変化するため、各船舶10において予め、船体11の上下加速度や上下速度を計測することによって求めておく必要がある。そして、本実施の形態では、設定上下速度ブロック30において、設定加速度に係数Kの逆数を乗算して設定上下速度を算出する。
【0027】
次に、速度制御コントローラでは、カルマンフィルタ31において、GPS17やIMU18から送信された船舶10の現在位置や船舶10の挙動の計測結果に基づいてリアルタイムの船舶10の上下速度や現在の船速を算出する。本実施の形態では、以降、前者を「船体上下速度」と称し、後者を「現在船速」と称する。
【0028】
ところで、船体上下速度は船舶10が波浪を乗り越える度に刻々と変動するため、船体上下速度をそのまま用いると、速度制御が収束しない可能性がある。そこで、本実施の形態では、船体上下速度を移動平均した上下速度移動平均値(第1の移動平均値)を用いることにより、船体上下速度の変動を平滑化し、速度制御を収束させる。具体的には、移動平均ブロック32において、所定の時間に亘る船体上下速度を移動平均して上下速度移動平均値を算出する。
【0029】
図5は、本実施の形態における船体上下速度の移動平均を説明するための図である。特に、
図5(A)はカルマンフィルタ31によって算出された船体上下速度を示し、
図5(B)は、
図5(A)の船体上下速度に移動平均処理を施して得られる上下速度移動平均値を示す。
図5(B)に示すように、移動平均によって船体上下速度の変動が平滑化されていることが確認できる。
【0030】
ところで、上下速度移動平均値ではリアルタイムの船体上下速度に対して時間的な遅れが生じるため、上下速度移動平均値をそのまま速度制御に用いると、制御の安定性が損なわれる可能性がある。そこで、本実施の形態では、上下速度移動平均値から遅れ補償ブロック33において現在の上下速度移動平均値の予測値(以下、「上下速度移動平均予測値」という)を算出する。具体的には、カルマンフィルタ31によって算出された船速に移動平均ブロック40において移動平均処理を施すことによって船速の移動平均値(第2の移動平均値)を算出し、さらに、遅れ補償ブロック33において、算出された上下速度移動平均値や船速の移動平均値及び現在船速から上下速度移動平均予測値を算出することにより、上下速度移動平均値の時間的な遅れを補償する。
【0031】
ここで、本発明者は、事前の船体運動シミュレーションによって
図6に示すように、波高が一定であれば、船体上下速度と船速の関係は線形関係であることを確認した。そこで、本実施の形態では、上下速度移動平均予測値Vz
pを下記式(2)によって求める。
【0032】
【0033】
ところで、本実施の形態では、船体11への衝撃入力の指標として船体上下速度を用いることから、船体11への衝撃入力を緩和するために、衝撃入力が最大となると予想される船体上下速度を求める必要がある。そして、本発明者は、事前の船体運動シミュレーションによって
図7に示すように、船速が一定であれば、船体上下速度と波高の関係は線形関係であることを確認した。そこで、本実施の形態では、許容する発生確率(所定の確率)(例えば、5%)以下で発生し得る最大の波高に基づいて、当該最大の波高に対応する船体上下速度(以下、「想定最大上下速度」という)を算出する。
【0034】
ここで、波高の不規則性を確率分布として表す方法としてはレイリー分布を用いる方法が知られており、波高の発生確率密度分布はレイリー確率密度分布に従う。レイリー確率密度分布は下記式(3)で示される。
【0035】
【0036】
また、平均波高Haveと上記式(3)の波高の標準偏差σの関係は下記式(4)で示されるため、上記式(3)に下記式(4)を代入すると、波高の発生確率密度分布を示す下記式(5)のレイリー累積分布関数が得られる。
【0037】
【0038】
図8は、各平均波高H
aveに対応する波高の標準偏差σ毎の波高の発生確率密度分布を示すグラフである。
図8の各発生確率密度分布は上記式(5)に基づいて得られる。また、
図8のグラフの横軸は発生し得る波高を示し、グラフの縦軸は波高の発生確率の累積(以下、単に「累積確率」という)を示す。ここで、許容する発生確率(以下、「許容確率」という)以下で発生し得る最大の波高(以下、「想定最大波高」という)は、波高の発生確率密度分布において100%(全発生確率)から許容確率を減じた累積確率における最大の波高となるため、
図8のグラフでは、許容確率を5%以下としたときの想定最大波高は、累積確率が95%のときの最大の波高であり、破線で示すように、波高の標準偏差σが0.5のときは想定最大波高が約1.2mであり、波高の標準偏差σが1.0のときは想定最大波高が約2.4mであり、波高の標準偏差σが2.0のときは想定最大波高が約4.8mであり、波高の標準偏差σが3.0のときは想定最大波高が約7.2mであり、波高の標準偏差σが4.0のときは想定最大波高が約9.6mである。これらに示すように、或る許容確率における波高の標準偏差σに対する想定最大波高の比率(ばらつき)(以下、「換算倍率」という)は波高の標準偏差σにかかわらず一定であり、例えば、上述した許容確率を5%以下とした事例では、換算倍率が2.4の一定値となる。また、上記式(4)で示すように、波高の標準偏差σは平均波高の代用指標である。したがって、或る許容確率における平均波高に対する想定最大波高の換算倍率は平均波高にかかわらず一定であると言える。
【0039】
そして、上述したように、船体上下速度と波高の関係は線形関係となるため(
図7)、上下速度移動平均値に対する想定最大上下速度の換算倍率は、或る許容確率における平均波高に対する想定最大波高の換算倍率と同じとなる。そこで、本実施の形態では、換算倍率ブロック34において、レイリー確率密度分布を用いて或る許容確率における平均波高に対する想定最大波高の換算倍率を算出し、乗算器35において、上下速度移動平均予測値へ当該換算倍率を乗算することによって想定最大上下速度を推定する。ここで推定される想定最大上下速度は、許容確率以下で発生し得る最大の船体上下速度であり、100%(全発生確率)から許容確率を減じた累積確率における最大の船体上下速度である。
【0040】
なお、許容確率をuとした場合、想定最大波高は下記式(6)によって算出することができるが、本実施の形態では、或る許容確率における平均波高に対する想定最大波高の換算倍率が分かれば良く、当該換算倍率は、上記式(5)に基づいて求めた波高の発生確率密度分布から求められるため、想定最大波高そのものの算出は不要である。
【0041】
【0042】
また、許容確率は操船者や乗船者の好み(何処まで衝撃入力を許容できるか)に依存するため、5%に限られず、任意の値を用いることができ、例えば、MFD16において、操船者が許容確率を設定可能に構成されてもよい。
【0043】
次に、速度制御コントローラでは、目標船速ブロック36において、想定最大上下速度、設定上下速度及び現在船速に基づいて目標船速を算出する。ここで、目標船速とは、船体11への衝撃入力を乗船者が許容し得る大きさに留めることができる船速であり、設定上下速度に対応する。また、想定最大上下速度は船舶10が現在船速において航行する際に発生し得る最大の上下速度とも考えられるため、現在船速は想定最大上下速度に対応する。さらに、上述したように、船体上下速度と船速の関係は線形関係である(
図6)。したがって、想定最大上下速度に対する設定上下速度の比率は、現在船速に対する目標船速の比率と同じとなる。目標船速ブロック36では、この考えに基づいて、現在船速へ想定最大上下速度に対する設定上下速度の比率を乗算することにより、目標船速を決定する。
【0044】
次に、速度制御コントローラでは、フィードバック制御器37において、目標船速と現在船速の差分に基づいて現在のエンジン27の回転数に対する補正量を決定し、補正後のエンジン27の回転数を船外機12のエンジンECU28へ伝達する。これにより、現在船速が目標船速へ近付くフィードバック制御が実行される。
【0045】
本実施の形態では、BCU15が以上の処理を繰り返すことにより、船舶の速度制御方法が実行される。
【0046】
本実施の形態によれば、船体11の上下速度移動平均値に基づいて目標船速が決定されるが、上下速度移動平均値は、船体11の上下速度や上下加速度の様に船舶10が波を乗り越える度に刻々と変動することがないため、船体11の上下速度移動平均値に基づいて決定される目標船速も刻々と変動せず、比較的なだらかに変化する。その結果、船体11の加減速が頻繁に繰り返されるのを避けることができ、もって、船舶10の乗り心地をより改善することができる。
【0047】
また、本実施の形態では、許容し得る船体11への衝撃入力の指標である設定上下速度に対応する目標船速へ現在船速を近づけるフィードバック制御を実行するため、不必要に船速が低下するのを防止することができ、船舶10の乗り心地の改善と目的地への到達遅延防止を両立することができる。
【0048】
さらに、本実施の形態では、船体11の上下速度移動平均値ではなく、当該上下速度移動平均値に遅れ補償を施して算出される上下速度移動平均予測値を用いるため、リアルタイムの船体上下速度に対する上下速度移動平均値の時間的な遅れに起因する制御の不安定さを回避することができる。
【0049】
また、本実施の形態では、波高の発生確率密度分布としてレイリー確率密度分布を用いるものの、想定最大波高を算出する必要がないため、制御における処理を簡素化することができる。
【0050】
以上、本発明の好ましい実施の形態について説明したが、本発明は上述した実施の形態に限定されず、その要旨の範囲内で種々の変形及び変更が可能である。
【0051】
例えば、上述した実施の形態では、上下速度移動平均値を用いて船舶の速度制御方法を実行したが、船体11の上下加速度の移動平均値(以下、単に「上下加速度移動平均値」という)を用いて船舶の速度制御方法を実行してもよい。但し、本発明者による事前の船体運動シミュレーションによって船体11の上下加速度と波高の関係は線形関係に無いことが確認され、さらに、船体11の上下加速度の平方根と波高の関係が線形関係にあることが確認されているため、上下加速度移動平均値を用いる場合、実際には船体11の上下加速度の平方根の移動平均値を用いてレイリー確率密度分布から上述の換算倍率を算出して船舶の速度制御方法を実行する。
【0052】
また、上述した実施の形態では、上下速度移動平均予測値と、レイリー確率密度分布と、許容確率とに基づいて想定最大上下速度を算出したが、例えば、レイリー確率密度分布を用いること無く、畳み込みニューラルネットワークとして構成される学習済みモデル38へ上下速度移動平均予測値と許容確率を入力し、学習済みモデル38によって想定最大上下速度を予測させてもよい。学習済みモデル38は、
図9に示すように、学習データ39を用いた機械学習によって生成され、上下速度移動平均予測値と許容確率が入力されると、想定最大上下速度を出力するように構成される。ここで、学習データ39は、上下速度移動平均予測値と許容確率を多数含み、これらの上下速度移動平均予測値と許容確率には想定最大上下速度が関連付けられる。なお、学習済みモデル38は、上下速度移動平均予測値と許容確率が入力されると、換算倍率を出力するように構成されていてもよい。
【0053】
さらに、上述した実施の形態において船舶10は船外機12を備えるが、本実施の形態に係る船舶の速度制御方法が適用される船舶は、船外機ではなく、船内機や船内外機を備えていてもよい。また、上述した実施の形態において船舶10は、動力源として内燃機関であるエンジン27を備えるが、本実施の形態に係る船舶の速度制御方法が適用される船舶は、エンジンの代わりに動力源として電気モータを備えていてもよく、若しくは、エンジン及び電気モータの両方を備えていてもよい。さらに、上述した実施の形態において船舶10は滑走艇であるが、本実施の形態に係る船舶の速度制御方法が適用される船舶は滑走艇に限られず、比較的小型の排水量型船舶や翼走船であってもよい。
【符号の説明】
【0054】
10 船舶、11 船体、12 船外機、14 船舶推進制御システム、15 BCU、18 IMU、27 エンジン、29 設定加速度ブロック、30 設定上下速度ブロック、31 カルマンフィルタ、32 移動平均ブロック、33 遅れ補償ブロック、34 換算倍率ブロック、35 乗算器、36 目標船速ブロック、37 フィードバック制御器、38 学習済みモデル、39 学習データ