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特許7518236電気化学測定装置および金属材料の電気化学測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】電気化学測定装置および金属材料の電気化学測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/30 20060101AFI20240709BHJP
   G01N 27/26 20060101ALI20240709BHJP
   G01N 27/28 20060101ALI20240709BHJP
   G01N 27/401 20060101ALI20240709BHJP
   G01N 27/416 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
G01N27/30 311B
G01N27/26 351A
G01N27/28 301Z
G01N27/401 313A
G01N27/416 302M
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023059983
(22)【出願日】2023-04-03
(62)【分割の表示】P 2021072341の分割
【原出願日】2021-04-22
(65)【公開番号】P2023073500
(43)【公開日】2023-05-25
【審査請求日】2024-04-08
(31)【優先権主張番号】P 2020125346
(32)【優先日】2020-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591006298
【氏名又は名称】JFEテクノリサーチ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083253
【弁理士】
【氏名又は名称】苫米地 正敏
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 昌信
(72)【発明者】
【氏名】畑 祐二
(72)【発明者】
【氏名】保田 幸範
(72)【発明者】
【氏名】梶山 浩志
(72)【発明者】
【氏名】小森 務
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-031256(JP,A)
【文献】特表2010-517032(JP,A)
【文献】特開2005-209380(JP,A)
【文献】特開2005-172539(JP,A)
【文献】実開平6-016860(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26-27/49
H01M 8/00-8/24
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化物イオン(F)を含む溶液中で金属材料の電気化学測定を行う装置であって、
溶液を収容するセル(1)と、該セル(1)内の溶液に浸漬される参照電極(2)および対極(3)を備え、セル(1)がフッ素樹脂で構成され、
参照電極(2)がダブルジャンクション型参照電極からなり、その外筒(20)の先端部の液絡部がセラミック多孔質体(23)で構成され、該セラミック多孔質体(23)の線径が0.7mm以下であることを特徴とする電気化学測定装置。
【請求項2】
参照電極(2)の内筒(21)の先端部の液絡部がセラミック多孔質体(24)で構成され、該セラミック多孔質体(24)の線径が2.0mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の電気化学測定装置。
【請求項3】
セル(1)に付属する蓋体(4)およびコネクタ(5)がフッ素樹脂で構成されることを特徴とする請求項1または2に記載の電気化学測定装置。
【請求項4】
セル(1)は上部が開放したビーカー状の容器であり、
該セル(1)の上部開口には蓋体(4)が装着され、該蓋体(4)には、参照電極(2)、対極(3)および試料を取り付けるための複数の取付孔(40)が貫設され、
参照電極(2)および対極(3)は、それぞれ取付孔(40)を通じてセル(1)内に挿し込まれてコネクタ(5)を介して蓋体(4)に支持され、
コネクタ(5)により、参照電極(2)および対極(3)が蓋体(4)に支持されるとともに、取付孔(40)の上端が塞がれてセル(1)内の溶液の蒸発が防止されるように構成したことを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の電気化学測定装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の電気化学測定装置を用い、固体高分子形燃料電池に用いる金属セパレータ材料の電気化学測定を行うことを特徴とする金属材料の電気化学測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ化物イオン(F)を含む溶液中での金属材料の耐食性(腐食特性)を評価するために用いる電気化学測定装置であって、特に、固体高分子形燃料電池に用いる金属セパレータ材料の耐食性を評価するのに好適な電気化学測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell;PEFC)が自動車などのクリーンな次世代電源として注目されている。このPEFCは、他の燃料電池(例えば、リン酸形燃料電池、固体酸化物形燃料電池)に較べて、低温で作動し、高い発電効率を示すことから、その普及が進みつつある。
PEFCは2枚のセパレータで1枚の膜・電極接合体(Membrane Electrode Assembly;MEA)を挟み込むことにより、単セルを構成している。単セルが出力する電圧は0.7V程度であるため、実際には単セルを積層したスタックとして用いる。セパレータはスタックの総重量・体積の面で大きな割合を占めているため、セパレータの薄肉化・低コスト化の観点から、セパレータには、プレス加工可能で安価なステンレス鋼(SUS304、SUS316Lなど)などの金属材料に電気伝導性に優れた表面処理を施したものが採用されている。
【0003】
PEFCの発電環境においては、MEAのプロトン伝導性膜として使用されているパーフルオロスルホン酸高分子膜の劣化によって遊離する硫酸イオン(SO 2-)やフッ化物イオン(F)がセパレータ/ガス拡散層に濃縮し、フッ化物イオン(F)を含む酸性環境となるため、セパレータ用の金属材料には、そのような環境下での耐食性が必要となる。このためセパレータ用の金属材料について、PEFC模擬環境、すなわちフッ化物イオン(F)を含む酸性水溶液中での耐食性(腐食特性)を評価するための電気化学測定が行われる。
一般に、金属材料の電気化学測定は、セルに入れられた試験液に、試験対象試料の作用電極、電流を流すための対極、基準となる参照電極からなる3電極を浸漬した装置で行われ(例えば、特許文献1)、上述したセパレータ用の金属材料の電気化学測定では、PEFC模擬環境となる所定濃度のフッ化物イオン(F)を含む酸性水溶液が試験液として用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-196737号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者らが試験および検討を重ねた結果、上述したセパレータ用の金属材料の電気化学測定において、試験液(フッ化物イオン(F)を含む酸性水溶液)にコンタミが発生し、これが耐食性評価の精度に影響を及ぼしていることが判明した。具体的には、(i)電気化学測定に供した試験液について、誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)や誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES)により試料(セパレータ用の金属材料)からの溶出金属の定量分析を行うが、コンタミがその分析結果に悪影響を及ぼしていること、(ii)電気化学測定に供した試料について、後に接触抵抗の測定試験を行うが、コンタミにより接触抵抗が増加し、高精度な測定ができないこと、(iii)電気化学測定中にコンタミの一部が試料(作用電極)の腐食を加速させ、腐食電流の測定精度を低下させること、などの事実が判明した。
【0006】
したがって本発明の目的は、フッ化物イオン(F)を含む溶液中での金属材料の耐食性(腐食特性)を評価するために用いる電気化学測定装置において、フッ化物イオン(F)を含む溶液中でのコンタミの発生が適切に抑えられ、このため特に、固体高分子形燃料電池に用いる金属セパレータ材料の耐食性を評価するのに好適な電気化学測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、コンタミの発生源とその対策について検討した結果、以下のような知見を得た。
上述した金属セパレータ材料の電気化学測定において、試験液(フッ化物イオン(F)を含む溶液)に生じたコンタミの成分を調べたところ、その主体はガラス成分の一部(ボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)など)であり、電気化学測定装置のセルや参照電極を構成しているガラス由来の成分であることが判った。すなわち、従来の電気化学測定装置ではガラス製セルが使用されているが、金属セパレータ材料の電気化学測定では、試験液温度が80℃程度と比較的高温であるために、セルのガラスが試験液中のフッ化物イオン(F)により汚染され、試験液中にガラス成分の一部がコンタミとして溶出することが判った。また、参照電極として使用されるダブルジャンクション型参照電極の外筒にもガラスが使用されており、この外筒からも試験液中にガラス成分の一部がコンタミとして溶出することが判った。
【0008】
また、試験液中のコンタミには塩化物イオン(Cl)も含まれており、これが試験対象試料(作用電極)の腐食を速めることが判った。上述したように金属セパレータ材料の電気化学測定では、試験液温度が80℃程度と比較的高温であるために、ダブルジャンクション型参照電極(外筒)の内部液の塩化物イオン(Cl)が液絡部から過剰に滲出して試験液中に混入し、コンタミとなることが判った。
【0009】
そこで、以上のようなコンタミ対策について検討した結果、セルをフッ素樹脂で構成することにより、さらに好ましくは、ダブルジャンクション型参照電極の外筒にフッ素樹脂被覆を施すことにより、試験液中に含まれるガラス由来のコンタミ(ボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)など)を効果的に低減できることが判った。
さらに、ダブルジャンクション型参照電極の外筒の液絡部を所定の線径以下のセラミック多孔質体で構成することにより、内部液の塩化物イオン(Cl)の試験液中への過剰な滲出・混入を適切に防止でき、試験液中の塩化物イオン(Cl)濃度を低減できることが判った。
【0010】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、以下を要旨とするものである。
[1]フッ化物イオン(F)を含む溶液中で金属材料の電気化学測定を行う装置であって、
溶液を収容するセル(1)と、該セル(1)内の溶液に浸漬される参照電極(2)および対極(3)を備え、セル(1)がフッ素樹脂で構成されることを特徴とする電気化学測定装置。
[2]上記[1]の電気化学測定装置において、参照電極(2)がダブルジャンクション型参照電極からなり、その外筒は、基材であるガラス製の筒体の外側がフッ素樹脂で被覆されていることを特徴とする電気化学測定装置。
【0011】
[3]上記[1]または[2]の電気化学測定装置において、参照電極(2)がダブルジャンクション型参照電極からなり、その外筒の先端部の液絡部がセラミック多孔質体で構成され、該セラミック多孔質体の線径が0.7mm以下であることを特徴とする電気化学測定装置。
[4]上記[1]~[3]のいずれかの電気化学測定装置において、セル(1)に付属する蓋体(4)およびコネクタ(5)がフッ素樹脂で構成されることを特徴とする電気化学測定装置。
[5]上記[1]~[4]のいずれかの電気化学測定装置を用い、固体高分子形燃料電池に用いる金属セパレータ材料の電気化学測定を行うことを特徴とする金属材料の電気化学測定方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の電気化学測定装置は、セルをフッ素樹脂で構成したことにより、好ましくはさらに、ダブルジャンクション型参照電極の外筒にフッ素樹脂被覆を施したことにより、フッ化物イオン(F)を含む溶液中で金属材料の耐食性(腐食特性)を評価するために行う電気化学測定において、溶液中のガラス由来のコンタミ(ボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)など)を低く抑えることができる。また、これに加えて、ダブルジャンクション型参照電極の外筒の液絡部を所定の線径以下のセラミック多孔質体で構成することにより、内部液の塩化物イオン(Cl)が溶液中に過剰に滲出・混入することを防止でき、溶液中の参照電極内部液由来のコンタミ(塩化物イオン(Cl))も低く抑えることができる。これらの結果、溶液中の溶出金属の分析精度、試料の接触抵抗の測定精度、腐食電流の測定精度などが向上し、金属材料の耐食性(腐食特性)を的確に評価することができる。このため本発明の電気化学測定装置は、固体高分子形燃料電池に用いる金属セパレータ材料の耐食性を評価するための電気化学測定装置として特に好適なものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の電気化学測定装置の一実施形態を模式的に示す説明図
図2】本発明の電気化学測定装置が備えるダブルジャンクション型参照電極の一実施形態を、外筒を縦断面した状態で示す図面
図3図2中のA部の部分拡大図
図4図2中のB部の部分拡大図
図5】本発明の電気化学測定装置が備えるダブルジャンクション型参照電極の他の実施形態を示すもので、外筒の先端部の部分拡大縦断面図
図6】本発明の電気化学測定装置が備えるダブルジャンクション型参照電極の他の実施形態を、外筒および冷却筒を縦断面した状態で示す図面
図7図6中のVII-VII線に沿う断面図
図8図6および図7に示す参照電極の使用状態を示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の電気化学測定装置は、フッ化物イオン(F)を含む溶液中での金属材料の耐食性(腐食特性)を評価するために用いる装置であり、この電気化学測定装置は、基本的には、セル内の溶液中で試験対象試料に電位を印加し、その電気的レスポンス(腐食電流など)を測定するために使用されるが、さらに、セル内の溶液中への溶出金属の定量分析などを行うためにも使用され、それらの測定・分析結果に基づき、金属材料の耐食性(腐食特性)を評価することができる。
【0015】
図1は、本発明の電気化学測定装置の一実施形態を模式的に示すもので、装置の使用状態を示す説明図(セルを縦断面した状態の説明図)である。
この電気化学測定装置は、フッ化物イオン(F)を含む溶液y(酸性水溶液)を収容するセル1(試験槽)と、このセル1内の溶液yに浸漬される参照電極2および対極3を備え、装置使用時には、図示するように試験対象金属材料である試料x(作用電極)も溶液yに浸漬される。これらの構成は、従来使用されている公知の測定装置と同様である。
【0016】
セル1は上部が開放したビーカー状の容器であり、上部開口に蓋体4が装着される。この蓋体4には、上記参照電極2や対極3などを取り付けるための複数の取付孔40が貫設されている。参照電極2、対極3および試料xは、それぞれ取付孔40を通じてセル1内に挿し込まれ、コネクタ5を介して蓋体4に支持される。すなわち、コネクタ5は、参照電極2、対極3および試料xを蓋体4に支持させる役目をする。また、コネクタ5は、溶液yの蒸発防止のため、取付孔40の上端を塞ぐ役目もする。
また、蓋体4には、温度計を取り付けるための取付孔(図示せず)が貫設されてもよい。温度計は、その取付孔を通じてセル1内に挿し込まれる。温度計を挿し込むことで、例えば液温を制御しようとするときに、液温を正確に評価することができる。
【0017】
本発明装置では、セル1がフッ素樹脂で構成される。従来装置のセルはガラス製であるが、さきに述べたようにガラス製のセルにフッ化物イオン(F)を含む溶液を入れるとガラス成分(ボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)など)が溶出してコンタミとなることが判った。これに対して、本発明装置が備えるフッ素樹脂製のセル1はフッ化物イオン(F)を含む溶液に対して安定であり、ガラス由来の溶出成分のようなコンタミを生じることがない。
また、セル1に付属する蓋体4およびコネクタ5は、溶液yが直に接する部材ではないが、蒸発した溶液yが付着することになるので、これらの部材もフッ素樹脂で構成されることが好ましい。
【0018】
参照電極2は、シングルジャンクション型、ダブルジャンクション型のいずれでもよいが、ダブルジャンクション型参照電極は、内筒の内部液の塩化物イオン(Cl)が外筒の内部液を経由して試験液中に極微量リークするので、外筒の内部液の塩化物イオン(Cl)濃度を下げることでリークした塩化物イオン(Cl)による腐食の加速を抑制することができる利点があり、このため、参照電極2としてはダブルジャンクション型参照電極の方が好ましい。
本発明装置では、ガラス由来の溶出成分によるコンタミを生じないようにするため、このダブルジャンクション型参照電極の外筒は、基材であるガラス製の筒体の外側がフッ素樹脂で被覆されることが好ましい。なお、ダブルジャンクション型参照電極の外筒自体をフッ素樹脂で構成することも検討されたが、フッ素樹脂製の外筒と液絡部を構成するセラミック多孔質体との熱膨張差が大きいため、外筒の内部液が試験液中に多量に漏洩し、使用に耐え得ないことが判った。これに対して、外筒の基材であるガラス製の筒体は熱膨張率がセラミック多孔質体に近く、そのような問題は生じない。
【0019】
図2図4は、本発明装置が参照電極2として備えるダブルジャンクション型参照電極の一実施形態を示すものであり、図2は外筒を縦断面した状態で示す全体図、図3図2中のA部(外筒の先端部)の部分拡大図、図4図2中のB部(内筒の先端部)の部分拡大図である。
このダブルジャンクション型参照電極は、外筒20、この外筒20の内部に配される内筒21、この内筒21の内部に配されるAg/AgCl電極22、外筒20の先端部の液絡部(ジャンクション)を構成するセラミック多孔質体23、内筒21の先端部の液絡部(ジャンクション)を構成するセラミック多孔質体24、外筒20内に充填される内部液25(溶液y)、内筒21内に充填される内部液26(KCl)などで構成され、これらの構成は、従来使用されている公知のダブルジャンクション型参照電極と同様である。
【0020】
外筒20は、基材であるガラス製の筒体27の外側にフッ素樹脂被覆層28が形成されている。溶液yと接触するガラス基材(筒体27)表面をなるべく少なくするという観点から、フッ素樹脂被覆層28は、少なくとも、溶液yと接触する外筒20表面(蒸発した溶液yが付着する外筒20表面を含む)の主要部に形成されることが好ましい。
本実施形態では、筒体27の下部側(先端側)の相当長さ部分(筒体全長の半分以上の長さ部分)に対して、筒体先端面を除く周面全体(図2に示す範囲)にフッ素樹脂被覆層28が形成されている。このフッ素樹脂被覆層28は、フッ素樹脂製の熱収縮用チューブを筒体27に被せた後、これを熱収縮させることにより形成したものであるため、筒体27の先端面にはフッ素樹脂被覆層28がなく、この部分でガラス基材が溶液yと接触するが、この程度の接触範囲であればガラス成分の溶出は無視できる程度であり、問題ない。
なお、通常、内筒21もガラス製であるが、溶液yと接触するものではないので、フッ素樹脂被覆層は設ける必要はない。
【0021】
フッ素樹脂被覆層28は、上述したようにフッ素樹脂製の熱収縮用チューブを筒体27に被せた後、ヒートガンなどにより熱収縮させる方法、フッ素樹脂を塗装(液体塗料のスプレー塗装、粉体塗装など)する方法など、任意の方法で形成することができる。
フッ素樹脂を塗装する方法では、筒体27の先端面にもフッ素樹脂被覆層28を形成することができる。図5は、その場合の実施形態を示すもので、外筒20の先端部の部分拡大縦断面図である。フッ素樹脂被覆層28は、筒体27の周面だけでなく筒体27の先端面にも形成されている。
【0022】
セル1およびフッ素樹脂被覆層28(さらには、蓋体4やコネクタ5など)を構成するフッ素樹脂の種類に特別な制限はない。使用可能なフッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE,CTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリフッ化ビニル(PVF)、四フッ化エチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体(FEP)、エチレン・四フッ化エチレン共重合体(ETFE)、エチレン・クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)などが挙げられ、これらの1種以上を用いることができる。
【0023】
以上のように本発明装置は、セル1がフッ素樹脂で構成され、好ましくは、参照電極2として、基材であるガラス製の筒体の外側がフッ素樹脂で被覆された外筒20を備えるダブルジャンクション型参照電極を用いることにより、溶液y中のガラス由来のコンタミ(ボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)など)を低く抑えることができる。すなわち、溶液y中に含まれるボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)の定量分析において、溶液y中のボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)の各定量分析値を0.4mgL-1未満、好ましくは0.1mgL-1未満とすることができる。
【0024】
ダブルジャンクション型参照電極の液絡部は、通常、セラミック多孔質体で構成されるが、溶液yの温度が比較的高温の場合(例えば、80℃程度)には、外筒20の内部液の塩化物イオン(Cl)が液絡部から過剰に滲出して溶液y中に混入し、コンタミとなる。この問題に対して、外筒20の先端部の液絡部を構成するセラミック多孔質体23の線径dを0.7mm以下とすることが好ましく、0.5mm以下とすることがより好ましい。これにより、外筒20の内部液の塩化物イオン(Cl)が液絡部を通じて溶液y中に過剰に滲出・混入することを防止し、溶液y中での塩化物イオン(Cl)の濃度を低く抑えることができる。具体的には、溶液y中の参照電極内部液由来の塩化物イオン(Cl)の濃度を2.0mgL-1未満とすることができる。一方、セラミック多孔質体23の線径dの下限は特にないが、線径dが小さすぎるとセラミック多孔質体23の抵抗が増加し、液詰まりを起こすおそれがあるので、0.1mm程度を下限とすることが好ましい。
【0025】
コンタミとなる塩化物イオン(Cl)は、内筒21の内部液26の塩化物イオン(Cl)が外筒20の内部液25を経由して試験液中に極微量リークする。そのため、内筒21の先端部の液絡部を構成するセラミック多孔質体24については、その線径dが大きいと外筒20の内部液25の塩化物イオン(Cl)濃度が上がり、外筒20の液絡部から塩化物イオン(Cl)が過剰に滲出されやすくなる。このため、セラミック多孔質体24の線径dは2.0mm以下が好ましい。一方、線径dの下限は特にないが、線径が小さすぎるとセラミック多孔質体24の抵抗が増加し、液詰まりを起こすおそれがあるので、0.1mm程度を下限とすることが好ましい。
また、セラミック多孔質体23の空隙率は、大きすぎると塩化物イオン(Cl)漏れにより材料の腐食を加速しやすい。このため空隙率は34%以下が好ましく、31%以下がより好ましい。
【0026】
図6および図7は、本発明装置が参照電極2として備えるダブルジャンクション型参照電極の他の実施形態を示すものであり、図6は外筒および冷却筒を縦断面した状態で示す図面、図7は、図6中のVII-VII線に沿う断面図である。
一般に電気化学測定で使用するAg/AgClやカロメル電極などの参照電極の電極電位は、ネルンストの式より温度に依存していることが知られており、このため内筒21の内部液26の温度をコントロールできるようにすることが好ましい。内筒21の内部液26の温度は25℃が標準仕様温度であり、一般的に25℃の標準水素電極基準に換算し、データ整理することが行われている。したがって、汎用性の点から参照電極(内部液26)の温度を25℃にコントロールすることが好ましい。
【0027】
図6および図7の実施形態は、参照電極2に温度調整機能(冷却機能)を持たせることにより、そのような温度コントロールができるようにしたものであり、外筒20の長手方向の一部分を外囲する冷却筒29(冷却管)を設け、この冷却筒29内に冷却水を流すための冷却水導入口290と冷却水排出口291を設けたものである。
すなわち、外筒20のフッ素樹脂被覆層28が形成されていない上部側(基端部側)の部分の外側には、外筒20の長手方向に沿って冷却筒29が設けられており、この冷却筒29は外筒20の所定長さ部分を外囲し、その長手方向両端が外筒20の外面に接合されている。また、この冷却筒29の上部側(上端寄りの位置)には冷却水導入口290が、下部側(下端寄りの位置)には冷却水排出口291がそれぞれ設けられ、冷却水の冷却筒29への供給と冷却筒29からの排出を行えるようにしてある。
【0028】
ここで、仮に、冷却筒29の下部側(下端寄りの位置)に冷却水導入口を設け、上部側(上端寄りの位置)に冷却水排出口を設けた場合には、内筒21の内部液26とともに冷却される外筒20の内部液25(溶液y)が過冷却となり、その結果、セル1内の試験液(溶液y)も過冷却となり、セル1内の試験液(溶液y)の温度が低下する。セル1内の試験液(溶液y)の温度低下を抑えるためには、セル1が入れられる恒温水槽中の純水の温度を高める必要が生じるが、恒温水槽中の純水の温度を高めると水蒸気が発生し、周辺部材が耐熱温度を超えてしまうおそれがあり、また、周辺部材の電気系統に結露が生じ、電気系統のショートが生じるおそれもある。このため、本実施形態のように、冷却筒29の上部側に冷却水導入口290を設け、下部側に冷却水排出口291を設けることが好ましい。
【0029】
冷却筒29に流す冷却水はチラー(冷水循環装置)を介して循環させ、冷却水を温度管理することが好ましく、これにより内部液26の温度コントロールが容易になる。また、内部液26の温度を測定する熱電対(図示せず)を設け、この熱電対による測温に基づき冷却水の温度管理を行い、内部液26の温度コントロールを行うことが好ましい。
図8は、本実施形態の参照電極2をセル1に設置した状態を示しており、図1
と同様に、参照電極2はコネクタ5を介して蓋体4に支持され、その先端側の部分が取付孔40を通じてセル1内に挿し込まれている。
【0030】
後述する[実施例3]に示すように、恒温水槽中でセル1内の試験液(溶液y)の温度が80℃程度に維持される場合、参照電極2が温度調整機能(冷却機能)を持たない測定装置では、内筒21の内部液26の温度を一定にコントロールすることは難しく、また、その温度は50℃前後になる。これに対して、本実施形態のように参照電極2が温度調整機能(冷却機能)を持つ測定装置では、内筒21の内部液26の温度を一定にコントロールすることができ、内部液26の温度のばらつきの範囲が小さくなり、且つ内部液26の正確な温度を知ることができる。その結果、内部液26の温度により求まる電位の精度が高まり、本発明装置の測定精度をより高めることができる。さらに、内部液26を標準仕様温度である25℃程度に維持することができるめ、参照電極2の標準水素電極基準への換算が容易となる。
【0031】
本発明装置は、様々な金属材料の耐食性(腐食特性)を評価するための電気化学測定に使用することができるが、特に、固体高分子形燃料電池に用いる金属セパレータ材料の耐食性(腐食特性)を評価するための電気化学測定装置として好適である。この場合、溶液yをPEFC模擬環境、すなわち所定濃度のフッ化物イオン(F)を含む酸性水溶液として、金属セパレータ材料(候補材料)を試料xとする電気化学測定が行われ、その結果である腐食電流や溶液yの溶出金属の分析結果などにより、試験対象金属材料のPEFC環境での耐食性(腐食特性)が評価される。
【実施例
【0032】
[実施例1]
図1に示すような構造を有する本発明例と比較例(従来例)の電気化学測定装置を用い、セルおよび参照電極の構成成分の溶出試験を行った。発明例1,2と比較例の装置構成は以下の通りである。
・発明例1
セル1をフッ素樹脂(四フッ化エチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体;PFA)で構成するとともに、蓋体4およびコネクタ5もフッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン;PTFE)で構成した。さらに、参照電極2であるダブルジャンクション型参照電極の外筒20は、基材であるガラス製の筒体27の外側に、図2図4に示すようなフッ素樹脂被覆層28を設けた。このフッ素樹脂被覆層28は、ガラス製の筒体27にフッ素樹脂(PTFE)の熱収縮チューブを被せ、これを熱収縮させることで形成した。
【0033】
・発明例2
セル1をフッ素樹脂(四フッ化エチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体;PFA)で構成するとともに、蓋体4およびコネクタ5もフッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン;PTFE)で構成した。一方、参照電極2であるダブルジャンクション型参照電極の外筒は、発明例1のようなフッ素樹脂被覆層を設けず、ガラスのみで構成した。
・比較例(従来装置)
セルとその蓋体をガラスで構成し、ダブルジャンクション型参照電極の外筒もガラスのみで構成した。
【0034】
本発明例および比較例ともに、ダブルジャンクション型参照電極は、外筒先端部の液絡部を構成するセラミック多孔質体の線径を0.4mm、内筒先端部の液絡部を構成するセラミック多孔質体の線径を0.9mmとした。
この溶出試験では、硫酸にフッ化物イオン(F)が2ppmなるようにNaF粉末を試薬の状態で添加し、pHを3に調整した試験液を用い、この試験液をセルに400mL注いだ後、恒温水槽中で試験液が80℃になるように昇温し、その温度で溶出試験を1週間行った。
【0035】
試験後の試験液について、ICP-AESによりセルやダブルジャンクション型参照電極(外筒)からの溶出成分(ボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si))の定量分析を行った。また、比較のために、溶出試験前の試験液についても同様の分析を行った。それらの結果を表1に示す。
この試験では、溶液中のボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)の各含有量の基準値を0.4mgL-1とし、総合評価として、ボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)の各含有量がすべて基準値未満のものを「合格」、ボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)の各含有量の1つ以上が基準値以上のものを「不合格」とした。
【0036】
【表1】
【0037】
表1によれば、比較例(従来装置)では、ガラス製のセルやダブルジャンクション型参照電極(外筒)などからの溶出成分であるシリコン(Si)の含有量が基準値を大幅に上回っており、同じく溶出成分であるボロン(B)、アルミニウム(Al)の含有量も本発明例に較べて多く、ガラス由来のコンタミが発生していることが判る。これに対して、本発明例ではボロン(B)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)の各含有量が基準値未満であり、ガラス由来のコンタミは検出されない。また、発明例1と発明例2を較べると、ダブルジャンクション型参照電極の外筒20について、基材であるガラス製の筒体27の外側にフッ素樹脂被覆層28を設けた発明例1では、発明例2に比べてシリコン(Si)含有量が大幅に低減しているのが判る。
【0038】
[実施例2]
上記[実施例1]の発明例1の装置において、ダブルジャンクション型参照電極として、表2に示すような外筒先端部および内筒先端部の各液絡部を構成するセラミック多孔質体の線径が異なるものを用い、セラミック多孔質体の線径が、試験液中の参照電極内部液由来のコンタミ(塩化物イオン(Cl)濃度)に及ぼす影響を調べた。
【0039】
試験条件は上記[実施例1]と同様であり、試験後の試験液中の塩化物イオン(Cl)濃度について、イオンクロマトグラフ(IC)で定量分析を行った。比較のために試験前の溶液についても同様の分析を行った。
試験液中の塩化物イオン(Cl)濃度の分析結果を、各装置が備えるダブルジャンクション型参照電極のセラミック多孔質体(内筒先端部および外筒先端部の各液絡部の構成するセラミック多孔質体)の線径とともに表2に示す。
【0040】
【表2】
【0041】
この試験では、試験液中での参照電極内部液由来の塩化物イオン(Cl)濃度の好ましい範囲を<2.0mgL-1とした。表2によれば、外筒先端の液絡部を構成するセラミック多孔質体の線径dを0.7mm以下とすることで、塩化物イオン(Cl)の濃度を低く抑えられていることが判る。
【0042】
[実施例3]
図6および図7に示すような参照電極が温度調整機能(冷却機能)を持つ測定装置(本発明装置)と、図2および図3に示すような参照電極が温度調整機能(冷却機能)を持たない測定装置(本発明装置)を用い、恒温水槽中で試験液が80℃になるようにして、実施例1と同様の電気化学測定(溶出試験)を行った。参照電極が温度調整機能(冷却機能)を持つ測定装置では、チラーで冷却水を20.5℃に温度管理して冷却筒29に流した。
【0043】
試験中、参照電極(内部液)の温度を熱電対で計測した。その結果、参照電極が温度調整機能(冷却機能)を持たない測定装置の場合には、参照電極(内部液)の温度が48~53℃の範囲で推移した。これに対して、参照電極が温度調整機能(冷却機能)を持つ測定装置の場合には、参照電極(内部液)の温度を25℃で一定に維持することできた。
電気化学測定装置を用いた溶出試験は、参照電極(内部液)の温度に基づき基準電極電位換算を行った上で測定結果を得る。図6および図7に示すような参照電極が温度調整機能(冷却機能)を持つ測定装置(本発明装置)を用いた場合、参照電極(内部液)の温度のばらつきが少なく温度が一定に制御されるため、測定結果のばらつきが抑制され、測定精度をより一層高めることができる。
【符号の説明】
【0044】
1 セル
2 参照電極
3 対極
4 蓋体
5 コネクタ
20 外筒
21 内筒
22 Ag/AgCl電極
23,24 セラミック多孔質体
25 外筒の内部液
26 内筒の内部液
27 筒体
28 フッ素樹脂被覆層
29 冷却筒
40 取付孔
290 冷却水導入口
291 冷却水排出口
x 試料
y 溶液
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8