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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-08
(45)【発行日】2024-07-17
(54)【発明の名称】ピストンリング
(51)【国際特許分類】
   F02F 5/00 20060101AFI20240709BHJP
   F16J 9/26 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
F02F5/00 F
F02F5/00 A
F02F5/00 G
F02F5/00 P
F16J9/26 C
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2023184056
(22)【出願日】2023-10-26
(62)【分割の表示】P 2022559652の分割
【原出願日】2022-09-28
(65)【公開番号】P2024049393
(43)【公開日】2024-04-09
【審査請求日】2023-10-30
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】青木 隆
(72)【発明者】
【氏名】長倉 弘幸
(72)【発明者】
【氏名】大浦 信輔
(72)【発明者】
【氏名】川合 清行
(72)【発明者】
【氏名】米山 修
【審査官】藤村 泰智
(56)【参考文献】
【文献】実開昭51-137004(JP,U)
【文献】特開平10-130771(JP,A)
【文献】特開平10-121210(JP,A)
【文献】特開昭51-081203(JP,A)
【文献】特開2002-213612(JP,A)
【文献】特表平08-503528(JP,A)
【文献】特開平02-161156(JP,A)
【文献】特開2006-070298(JP,A)
【文献】米国特許第6062569(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 5/00
F16J 9/26 ~ 9/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素ガス燃料を使用する火花点火機関に用いられるピストンリングであって、
前記ピストンリングは、所定の条件で抗折試験を行ったときの前記ピストンリングの抗折指数をFP1とし、
前記ピストンリングを1%硝酸水溶液に30分間浸漬する腐食試験を実施した後に前記抗折試験を行ったときの前記ピストンリングの腐食後抗折指数をFP2とし、
前記ピストンリングの抗折強度維持率FPSを、FPS=FP2/FP1としたときに、
0.75≦FPS
を充足し、
前記腐食試験後の前記ピストンリングの上面の算術平均粗さをRa(μm)、最大谷深さをRv(μm)とし、
第一強度維持係数KDAをKDA=FPS/Raとしたとき、
0.2≦KDA、Ra≦5、Rv≦14
を充足し、
前記ピストンリングは、PVD処理被膜、DLC被膜、硬質クロムめっき被膜、窒化処理被膜、四三酸化鉄被膜、リン酸塩被膜、マンガン系リン酸塩被膜、及び樹脂被膜からなる群より選択される1種以上の被膜を有する、ピストンリング。
【請求項2】
前記腐食試験後の前記ピストンリングの第二強度維持係数KDVをKDV=FPS/Rvとしたとき、
0.06≦KDV
を充足する請求項1に記載のピストンリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられるピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、CO排出量及び化石燃料の使用量削減が要求されており、環境負荷の観点から、燃料に水素ガス、又は、水素ガスと他の燃料とを混合した燃料(以下、両者を合わせて水素ガス燃料とも称する。)を使用する内燃機関に関する技術が検討されている。
【0003】
これに関連して、例えば特許文献1には、水素エンジンに用いられる部材として、水素脆性破壊を抑制するために、ステンレス鋼を素材とした被覆層を設けた部材が開示されている。
特許文献2には、水素ガスの燃焼により発生する水蒸気による部材の錆びを防ぐために、物理的及び化学的処理を施した水素エンジン用部材が開示されている。
また、特許文献3には、通常の水素エンジンでは水蒸気の凝縮を踏まえてのシリンダの冷却は行われていないことが示されており、燃焼室を形成するシリンダ内での水蒸気凝縮を制御するための水素エンジンが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】実開昭51-137004号公報
【文献】特開昭51-081203号公報
【文献】特開2003-013765号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
水素ガス燃料を使用する内燃機関においては、ガソリン燃料を使用する場合と異なり、燃焼時に多くのHO、NOが発生し、筒内にHO還流が生じ、ピストンリングの上下面に凝縮水による腐食摩耗が発生する虞がある。また、ピストンリング上下面の耐腐食性能が不足すると、腐食によりピストンリング幅方向の減量、上下面の荒れや孔食が発生し、これによりピストンリングが運転中に折損する虞がある。本発明は、水素ガス燃料を使用する内燃機関において、十分な耐折損強度を備えるピストンリングを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を進め、水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられるピストンリングであって、所定の抗折試験を行ったときの抗折強度維持率が所定の条件を充足するピストンリングによって上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は、水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられるピストンリングであって、
前記ピストンリングは、所定の条件で抗折試験を行ったときの前記ピストンリングの抗折指数をFP1とし、
前記ピストンリングを1%硝酸水溶液に30分間浸漬する腐食試験を実施した後に前記抗折試験を行ったときの前記ピストンリングの腐食後抗折指数をFP2とし、
前記ピストンリングの抗折強度維持率FPSを、FPS=FP2/FP1としたときに、
0.75≦FPS
を充足するピストンリングである。
【0008】
また、前記腐食試験後の前記ピストンリングの上面の算術平均粗さをRa(μm)とし、第一強度維持係数KDAをKDA=FPS/Raとしたとき、
0.2≦KDA
を充足することが好ましい。
【0009】
また、前記腐食試験後の前記ピストンリングの上面の最大谷深さをRv(μm)とし、第二強度維持係数KDVをKDV=FPS/Rvとしたとき、
0.06≦KDV
を充足することが好ましい。
【0010】
また、前記内燃機関は火花点火機関であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、水素ガス燃料を使用する内燃機関において、十分な耐折損強度を備えるピストンリングを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】抗折試験に用いる固定治具の模式図である。(a)は断面模式図であり、(b)は上面模式図である。
図2】抗折試験における力点長さdgを説明するための模式図(上面図)である。
図3】抗折試験に用いる圧子23の形状を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一実施形態は、水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられるピストンリングである。以下、その具体的実施形態について説明する。ただし、以下の実施形態に記載されている構成は、特に記載がない限りは発明の技術的範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0014】
本実施形態に係るピストンリングは、使用時においては、ピストンに形成されたピストンリング溝に装着され、ピストンの往復運動によってシリンダボアの内周面を摺動しながら往復運動する。
本実施形態に係るピストンリングは、トップリング、セカンドリングなどのいわゆるコンプレッションリングであってもよく、オイルリングであってもよい。
【0015】
本明細書においてピストンリングの「上面」とは、ピストンリングがピストンに組み付けられる際に燃焼室側に近い面を指し、「下面」とは、クランク室側に近い面を指す。
【0016】
本明細書において水素ガス燃料とは、水素ガスのみ(不純物を除く)からなる燃料、又は水素ガスと他の燃料とを混合した燃料をいう。全燃料中の水素ガスの割合は、50%以上であり、60%以上であってよく、70%以上であってよい。
【0017】
本実施形態に係るピストンリングは、水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられるピストンリングであって、前記ピストンリングは、所定の条件で抗折試験を行ったときの前記ピストンリングの抗折指数をFP1とし、前記ピストンリングを1%硝酸水溶液に30分間浸漬する腐食試験を実施した後に前記抗折試験を行ったときの前記ピストンリングの腐食後抗折指数をFP2とし、前記ピストンリングの抗折強度維持率FPSを、FPS=FP2/FP1としたときに、0.75≦FPSを充足する。
抗折強度維持率FPSが大きいほど、腐食後の抗折指数の低下率が小さいことを意味する。
FPSが0.75未満であると、腐食による抗折強度の低下が著しく、水素ガス燃料使用下で運転中にピストンリングが折損する虞がある。
FPSが0.75以上であることで、水素ガス燃料を使用する内燃機関において、凝縮水による腐食が発生しやすい環境下においても十分な耐折損性を得ることができる。FPSが上記条件を充足するには、ピストンリングの材質及び表面処理を適切に選択することで実現することができる。
【0018】
抗折試験は、以下の通りである。
図1に示す固定治具にピストンリングを固定し、抗折試験機(オートグラフ)を用いて行う。図1中(a)は固定治具の断面模式図であり、(b)は固定治具の上面模式図である。抗折試験では、ピストンリング21を、ピストンリング上面を上に向けて、力点Pから支点までの距離Lが15mmとなるよう、留め具22で固定し、ピストンリング上面から荷重をピストンリングの軸方向に加えて行う。力点長さdg(mm)は、図2に示すように、力点Pから支点までの距離Lに対するピストンリング21の弦の長さから求める。なお、弦の長さはピストンリングをシリンダボアに装着したときの外径d(称呼径)から下記の式により求める。
θa=sin-1(L/(d/2)) dg=d×sin(θa/2)
試験荷重の速度は1mm/minとし、圧子23の先端は図3に示す如く開き角度θが60度、圧子幅PWは10mm、先端形状はR形状とし、Rの半径は0.5mmである。試験時の温度は室温、雰囲気は大気とし、荷重は付属のロードセルで検出する。
ここで、ピストンリングの軸方向最大幅をh11(mm)、径方向最大厚さをa11(mm)とする。抗折試験の最中にピストンリングが折損した場合はその時点で試験を終了し、その時点までの最大の荷重を最大荷重F1(N)とする。圧子23が10mmまで下降した時点でピストンリングが折損しない場合は、その時点までの最大の荷重を最大荷重F1(N)とする。断面係数Z1(mm)を、Z1=(a11×h11×h11)/6とし、抗折指数FP1(N/mm)を、FP1=(F1×dg)/Z1とする。
後述する腐食試験後のピストンリングで試験する場合は、腐食試験によって腐食した部分が支点に来るように固定する。
腐食試験実施後のピストンリングの腐食後軸方向最大幅をh12(mm)、腐食後径方向最大厚さをa12(mm)、腐食試験後の抗折試験での最大荷重をF2(N)とし、腐食後断面係数Z2(mm)を、Z2=(a12×h12×h12)/6とし、腐食後抗折指数FP2(N/mm)をFP2=(F2×dg)/Z2とする。
【0019】
腐食試験は、以下の通りである。
腐食試験に使用する硝酸水溶液は、富士フィルム和光純薬株式会社製の硝酸(1.38)(規格含量60-61%)8gと蒸留水492gを混合し、硝酸濃度1%としたものを使用する。
硝酸水溶液を満たしたビーカーをウォーターバスに漬けて、ビーカー内の硝酸水溶液温が80℃に到達した後に、ピストンリングをその硝酸水溶液に浸漬し、80℃の液温を保ちながら、5分ごとに硝酸水溶液を撹拌し、ピストンリングを30分間浸漬する。30分間後、取り出したピストンリングを蒸留水で洗浄する。
【0020】
また、本実施形態に係るピストンリングは、腐食試験後のピストンリングの上面の算術平均粗さをRa(μm)とし、第一強度維持係数KDA(μm-1)をKDA=FPS/
Raとしたとき、0.2≦KDAを充足することが好ましい。
KDAが0.2未満であると、腐食による孔食等の表面状態の荒れにより抗折力が低下し、運転中にピストンリングが折損する虞がある。一方、KDAを0.2以上とすることで、腐食後の抗折強度維持率が大きいか、もしくは表面の荒れ(折損起点)が少なく、ピストンリングの折損を防ぐことができる。
KDAが上記条件を充足するには、ピストンリングの材質、熱処理等の加工条件及び表
面処理を適切に選択しFPSの値を大きくするか、Raを小さくすることで実現できる。
【0021】
また、本実施形態に係るピストンリングは、腐食試験後のピストンリングの上面の最大谷深さをRv(μm)とし、第二強度維持係数KDV(μm-1)をKDV=FPS/R
vとしたとき、0.06≦KDVを充足することが好ましい。
KDVが0.06未満であると、腐食による抗折強度の低下が著しく、腐食影響下で運転中にピストンリングが折損する虞がある。一方、KDVを0.06以上とすることで、腐食後の抗折強度維持率が大きいか、もしくは表面の荒れ(折損起点)が少なく、ピストンリングの折損を防ぐことができる。
KDVが上記条件を充足するには、ピストンリングの材質及び表面処理を適切に選択しFPSの値を大きくするか、Rvを小さくすることで実現できる。
【0022】
なお、Ra及びRvは、ピストンリング上面の粗さを触針式表面粗さ測定機を用いて、ISO4287に準じて、評価長さ4mm(基準長さ0.8mm)で3か所測定し、3か所の測定値の平均値を用いる。
【0023】
本実施形態に係るピストンリングの、腐食試験後の上面の算術平均粗さRa(μm)は5μm以下であってよく、4μm以下であってよい。
ピストンリングに対する表面処理の方法は、上記好ましい表面性状のパラメータを充足するように、既知の方法を適用することができる。例えば、PVD、DLCなどの被膜形成表面処理、化成処理、窒化処理、などが挙げられる。
【0024】
本実施形態に係るピストンリングの、腐食試験後の上面の最大谷深さRv(μm)は、14μm以下であってよく、12μm以下であってよい。
【0025】
本実施形態に係るピストンリングの、周長方向に対する断面形状は特に限定されず、レクタンギュラ形状であってもよく、アンダーカットやインナーカットを含んでもよい。また、キーストン形状であってもよい。
【0026】
本実施形態に係るピストンリングの合口隙間の大きさは特に限定されず、一例としては0.1~0.8mmの範囲内である。
【0027】
本実施形態に係るピストンリングの軸方向幅は特に限定されないが、通常0.8mm以上であり、通常4.0mm以下である。また、外径dは通常、50mm以上、220mm以下である。
【0028】
本実施形態に係るピストンリングは上下面に被膜を有してもよい。ピストンリングが上下面に被膜を有する場合、例えば、PVD処理被膜、DLC被膜、硬質クロムめっき被膜、窒化処理被膜、四三酸化鉄被膜、リン酸塩被膜、マンガン系リン酸塩被膜、樹脂被膜などのいずれか単独の被膜でもよく、いずれか2種以上の積層被膜であってもよい。また被膜は上面のみ又は下面のみであってもよく、上下両面であってもよく、上下面の全面ではなく一部分にあってもよい。
なお、上面に樹脂被膜などの軟質被膜を有する場合は、前述した腐食試験は軟質被膜を剥離した状態で行う。
【0029】
本実施形態に係るピストンリングが上下面に被膜を有する場合、被膜の厚さは特に限定されないが、通常0.001mm以上、好ましくは0.005mm以上であり、また通常0.1mm以下、好ましくは0.05mm以下である。
【0030】
なお、被膜がDLC被膜を含む場合、DLC被膜は水素を含有するDLC被膜であって
よく、いわゆる水素フリーDLC被膜であってもよい。
【0031】
ピストンリング基材の材質は、上記FPSを充足する材料を適宜選択する必要があり、高合金鋼としてはマルテンサイト系ステンレス鋼が例示される。また、低合金鋼としては、弁バネ鋼、バネ鋼等、炭素鋼としては硬鋼線などが例示される。
【実施例
【0032】
以下、本発明について、実施例により詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0033】
実施例1~17、比較例1~3
ピストンリングの軸方向長さ(幅)を0.78から1.52、径方向厚さを1.95から3.72まで変えて表1に示すように断面係数の異なるピストンリングのサンプルを製作した。サンプルは表1に示すように材質、上面表面処理が異なる。なお、同じ種類の表面処理であっても、温度や時間等の処理条件を変えて、上面の粗さが異なるサンプルを作製した。
これらを実施例1~17、比較例1~3とした。
表1中、ピストンリング上面の表面処理は、A:四三酸化鉄被膜、 B:マンガン系リン酸塩被膜、 C:窒化処理被膜、 D:リン酸塩被膜、 E:無処理である。また、材質はAが低合金鋼であり、Bは高合金鋼であり、Cは鋳鉄である。
【0034】
図1に概要を示す抗折試験機を用いて、各実施例及び比較例で作製したピストンリングについて、腐食試験前後でそれぞれ抗折試験を行い、FPS、KDA、KDVを算出した。結果を表1に示す。
試験に用いたピストンリングはいずれも、シリンダボアに装着したときの外径d(称呼径)が81mmであり、力点長さdgはLに対する弦の計算から求め、dg=15.3mmであった。
【0035】
【表1】
【0036】
以上より、水素ガス燃料を使用する内燃機関においては、本発明で規定するピストンリングを用いた場合、水素ガス燃料の燃焼によって発生した凝縮水が存在する環境下においても、十分な耐折損強度を備えるピストンリングを提供することができる。
【符号の説明】
【0037】
21 ピストンリング
22 留め具
23 圧子
P 力点
L 力点Pから支点までの距離
dg 力点長さ
PW 圧子幅
θ 開き角度
図1
図2
図3