(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-09
(45)【発行日】2024-07-18
(54)【発明の名称】クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックス
(51)【国際特許分類】
B23K 35/362 20060101AFI20240710BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20240710BHJP
C22C 38/22 20060101ALN20240710BHJP
【FI】
B23K35/362 A
C22C38/00 301A
C22C38/22
(21)【出願番号】P 2022119904
(22)【出願日】2022-07-27
【審査請求日】2022-07-27
(32)【優先日】2021-09-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】TW
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】511053012
【氏名又は名称】國立屏東科技大學
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】曾 光宏
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-104060(JP,A)
【文献】特開昭59-092195(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00-35/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
30~44重量%の二酸化ケイ素、20~35重量%の二酸化マンガン、14~24重量%の酸化クロム(III)、9~19重量%の三酸化二ニッケル、7~14重量%の三酸化モリブデン及び5~10重量%のフッ化カルシウムを含むことを特徴とするクロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TIG溶接フラックスに関し、特に、クロムモリブデン鋼の溶接に用いられるTIG溶接フラックスに係るものである。
【背景技術】
【0002】
クロムモリブデン鋼(chromium molybdenum steel)は、主にマンガン、クロム及びモリブデンなどの元素を含む構造用合金鋼である。その中でも、様々な機械部品の製造に用いられるクロムモリブデン鋼は、優れた強度(strength)、靭性(toughness)及び疲労限度(fatigue limit)を有し、かつ溶接性(weldability)、鋳造性(castability)、鍛造性(forgeability)及び切削性(machinability)などの性質も良好である。
【0003】
さらに、クロムモリブデン鋼は高温(400~500℃)においても良好な耐クリープ性(creep strength)を有するため、高温高圧下で使用される機械部品の製造に応用されることができる。したがって、溶接作業の際に、用いられるクロムモリブデン鋼の性質に合わせて、形成される溶接ビードが強度及び靭性を兼ね備え、破断することがないように調整すべきである。
よって、上記の問題を解決するために、TIG溶接に用いられることができるクロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスを提供する必要があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の問題を解決するために、本発明は、TIG溶接工程に用いられ、深くて狭い溶接ビードを形成することができるクロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明が提供するクロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスは、30~44重量%の二酸化ケイ素、20~35重量%の二酸化マンガン、14~24重量%の酸化クロム(III)、9~19重量%の三酸化二ニッケル、7~14重量%の三酸化モリブデン及び5~10重量%のフッ化カルシウムを含むことができる。
【0007】
これにより、本発明のクロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスによれば、TIG溶接工程に用いられることで、2つのクロムモリブデン鋼ワークが共に溶接物となることができ、2つのクロムモリブデン鋼ワークの間に形成される溶接ビードは、少なくとも0.8以上のアスペクト比を有することができ、2つのクロムモリブデン鋼ワークの間に形成される熱影響部を縮小させることができ、ひいては、溶接物の熱変形及び残留応力を低減させる効果を達する。
さらに、厚さが厚いクロムモリブデン鋼ワーク(例えば厚さが3mmを超えるクロムモリブデン鋼ワーク)について、開先加工の工程を予め行う必要がないので、開先加工の工程による溶接物の強度の低下及び熱影響部が広すぎるという問題を避け、開先加工の工程で増えた作業時間及び製造コストを低減できる効果を有する。
【0008】
また、本発明のクロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスは、前記クロムモリブ
デン鋼溶接用TIG溶接フラックスの粉末の粒径が50~90μmであっても良い。これにより、クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスの混合均一性を向上させることができるので、クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスが2つのクロムモリブデン鋼ワークの表面に均一に塗布され易くなることができるだけでなく、TIG溶接の際に、クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスが溶接熱源により完全に溶融できるので、溶接ビードの深さを効果的に深くするという効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明に係るクロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスを塗布することを示す図。
【
図2】両側突合せ方式で2つのクロムモリブデン鋼ワークを溶接して溶接物を形成させることを示す図。
【
図3】TIG溶接フラックスを使用せずにTIG溶接を行い、形成したB00組の溶接物における溶接ビードの断面形態を示す図であり、破線に囲まれた箇所は溶接ビードの範囲である。
【
図4】A03組のTIG溶接フラックスを使用してTIG溶接を行い、形成したB03組の溶接物における溶接ビードの断面形態を示す図であり、破線に囲まれた箇所は、溶接ビードの範囲である。
【
図5】A09組のTIG溶接フラックスを使用してTIG溶接を行い、形成したB09組の溶接物における溶接ビードの断面形態を示す図であり、破線に囲まれた箇所は、溶接ビードの範囲である。
【
図6】A13組のTIG溶接フラックスを使用してTIG溶接を行い、形成したB13組の溶接物における溶接ビードの断面形態を示す図であり、破線に囲まれた箇所は、溶接ビードの範囲である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の実施例について、以下、図面を参照して説明する。
【0011】
本発明の一つの実施例におけるクロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスは、TIG溶接工程に用いられ、2つのクロムモリブデン鋼ワークを溶接させることができる。
【0012】
詳しく述べると、前記クロムモリブデン鋼ワークは、JIS SCM 430(AISI 4130)鋼材からなる機械構造用合金鋼ワークであっても良く、JIS SCM 435(AISI 4135)鋼材からなる機械構造用合金鋼ワークであっても良く、JIS SCM 440(AISI 4140)鋼材からなる機械構造用合金鋼ワークであっても良く、JIS SCM 445(AISI 4145)鋼材からなる機械構造用合金鋼ワークなどであっても良い。ただし、前記クロムモリブデン鋼ワークは、既知のマンガン、クロム及びモリブデンなどの元素を含む機械構造用合金鋼であっても良く、当業者が理解できる事項であり、ここではその詳細を省く。
【0013】
本実施例では、JIS SCM 435(AISI 4135)鋼材からなる機械構造用合金鋼ワークを使用する。JIS SCM 435(AISI 4135)鋼材からなる機械構造用合金鋼は、0.33~0.38重量%の炭素(carbon、C)、0.15~0.35重量%のケイ素(silicon、Si)、0.60~0.85重量%のマンガン(manganese、Mn)、≦0.03重量%のリン(phosphorus、P)、≦0.03重量%の硫黄(sulfur、S)、0.9~1.2重量%のクロム(chromium、Cr)、0.15~0.30重量%のモリブデン(molybdenum、Mo)、≦0.3重量%の銅(cupper、Cu)を含み、残部が鉄(iron、Fe;約97.33~97.87重量%を占める)である。
【0014】
クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスは、二酸化ケイ素(SiO2)、二酸化マンガン(MnO2)、酸化クロム(III)(Cr2O3)、三酸化二ニッケル(Ni2O3)、三酸化モリブデン(MoO3)及びフッ化カルシウム(CaF2)などを含んでも良い。
【0015】
詳しく述べると、クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスは、30~44重量%の二酸化ケイ素、20~35重量%の二酸化マンガン、14~24重量%の酸化クロム(III)、9~19重量%の三酸化二ニッケル、7~14重量%の三酸化モリブデン及び5~10重量%のフッ化カルシウムなどを含んでも良い。
これにより、TIG溶接工程に用いられる場合、2つのクロムモリブデン鋼ワークの間に形成される溶接ビードは、少なくとも0.8以上のアスペクト比を有することができ、2つのクロムモリブデン鋼ワークの間に形成される熱影響部を縮小させることができ、ひいては、溶接物の熱変形及び残留応力を低減させる。
【0016】
また、クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスの粉末の粒径は、50~90μmであっても良い。
これにより、クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスの粉末粒子の混合均一性を向上させることができるので、クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスが、2つのクロムモリブデン鋼ワークの表面に均一に塗布され易くなることができるだけでなく、TIG溶接の際に、クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスが、溶接熱源により完全に溶融できるので、溶接ビードのアスペクト比を効果的に向上させることができる。
【0017】
上記クロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスは、TIG溶接工程に用いられることで、2つのクロムモリブデン鋼ワークが共に溶接物となることができ、かつ、形成された溶接ビードのアスペクト比を向上させることを証明するために、以下の試験を行った。
【0018】
(A)TIG溶接フラックスの作製
【0019】
25重量%の二酸化ケイ素、15重量%の二酸化マンガン、25重量%の酸化クロム(III)、20重量%の三酸化二ニッケル、5重量%の三酸化モリブデン及び10重量%のフッ化カルシウムなどの粉末を混合した後、溶剤としてアセトンを用いてスラリー状にし、A01組のTIG溶接フラックスを作製した。A02組~A14組のTIG溶接フラックスの作製方法は上記と同様であるが、二酸化ケイ素、二酸化マンガン、酸化クロム(III)、三酸化二ニッケル、三酸化モリブデン及びフッ化カルシウムなどの粉末の組成割合は表1に示されるとおりである。
【0020】
表1、A01~A14組のTIG溶接フラックスの組成割合
【表1】
【0021】
(B)溶接物の性質
【0022】
本試験では、厚さが10mmであるクロムモリブデン鋼板2つをクロムモリブデン鋼ワーク1、1’とし、粒度が#200である炭化ケイ素紙やすりを用いて、2つのクロムモリブデン鋼板にある汚れを除去した後、アセトンで2つのクロムモリブデン鋼板を拭いた。
【0023】
そして、
図1に示されるように、2つのクロムモリブデン鋼ワーク1、1’の側縁11、11’を当接させて、
毛ブラシでスラリー状のA01~A14組のTIG溶接フラックスをクロムモリブデン鋼ワーク1、1’の表面に塗布し、アセトンが完全に揮発してから、両側突合せ(double-sided butt)方式でTIG溶接を行った。
【0024】
図2に示されるように、タングステン電極Eを用いて、TIG溶接フラックスを2つのクロムモリブデン鋼ワーク1、1’の側縁11、11’の間に溶融させて溶融池を生成し、溶融池が冷却し固化した後に溶接ビード12が形成され、それぞれB01~B14組の溶接物を得た。
なお、B00組は、TIG溶接フラックスを一切塗布しないという条件で、2つのクロムモリブデン鋼ワーク1、1’に対してTIG溶接を行って形成した溶接物である。
【0025】
TIG溶接工程において、溶接電流は、180Aであり、溶接速度は、50mm/minであり、シールドガス流量は、8L/minであり、タングステン電極EはEWLa―2(φ3.2mm)を用い、タングステン電極Eの作業角度は60°であり、かつ、タングステン電極Eの先端から2つのクロムモリブデン鋼ワーク1、1’の表面までの距離は
、2mmである。
【0026】
TIG溶接を行った後、B00~B14組における溶接物のビード12の横断面を取り、各溶接ビード12の深さ及び幅を記録し(
図2に示される上方溶接ビード12の溶接ビードの深さD1、溶接ビードの幅W1、及び下方溶接ビード12の溶接ビードの深さD2、溶接ビードの幅W2)、及び各溶接物の溶接ビードのアスペクト比を計算した。B00~B14組における上方溶接ビード12の溶接ビードの深さD1、溶接ビードの幅W1、下方溶接ビード12の溶接ビードの深さD2、溶接ビードの幅W2、及びそれぞれ計算した上方溶接ビード12及び下方溶接ビード12のアスペクト比は表2のとおりである。さらに、上方溶接ビード12及び下方溶接ビード12の溶接ビードのアスペクト比の平均値を計算し、同様に表2に記録した。
【0027】
表2、B00~B14組の溶接ビードの深さ、幅、アスペクト比
【表2】
【0028】
図3~6は、それぞれB00、B03、B09、B13組の溶接物における溶接ビード12の断面形態を示し、B13組の溶接物のみ溶接ビード12が完全に浸透していることがわかった。
さらに、表2に示されるように、B01~B09組の溶接物の溶接ビード12に比べ、B10~B14組の溶接物の溶接ビードは、深さが深く、かつ、幅が狭く、換算すると、B10~B14組の溶接物の溶接ビードのアスペクト比が少なくとも0.80以上であり、0.88に達することもあるので、より狭い熱影響部を形成でき、ひいては、溶接物の熱変形及び残留応力を低減できる。
【0029】
以上により、本発明のクロムモリブデン鋼溶接用TIG溶接フラックスによれば、TIG溶接工程に用いられることで、2つのクロムモリブデン鋼ワークが共に溶接物となることができ、2つのクロムモリブデン鋼ワークの間に形成される溶接ビードは、少なくとも0.8以上のアスペクト比を有することができ、2つのクロムモリブデン鋼ワークの間に形成される熱影響部を縮小させることができ、ひいては、溶接物の熱変形及び残留応力を低減させる効果を達する。
【0030】
さらに、厚さが厚いクロムモリブデン鋼ワーク(例えば厚さが3mmを超えるクロムモリブデン鋼ワーク)について、開先加工の工程を予め行う必要がないので、開先加工の工程による溶接物の強度の低下及び熱影響部が広すぎるという問題を避け、開先加工の工程で増えた作業時間及び製造コストを低減できる効果を有する。
【0031】
本発明は、その精神と必須の特徴事項から逸脱することなく他のやり方で実施することができる。
従って、本明細書に記載した好ましい実施形態は、例示的なものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【符号の説明】
【0032】
1、1’ ・・・クロムモリブデン鋼ワーク
11、11’ ・・・側縁
12 ・・・溶接ビード
2 ・・・TIG溶接フラックス
B ・・・ブラシ
D1、D2 ・・・溶接ビードの深さ
E ・・・タングステン電極
W1、W2 ・・・溶接ビードの幅