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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-09
(45)【発行日】2024-07-18
(54)【発明の名称】可視光応答型光触媒
(51)【国際特許分類】
   B01J 35/39 20240101AFI20240710BHJP
   B01J 23/22 20060101ALI20240710BHJP
   C01G 31/00 20060101ALI20240710BHJP
【FI】
B01J35/39 ZAB
B01J23/22 M
C01G31/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020145734
(22)【出願日】2020-08-31
(65)【公開番号】P2022040830
(43)【公開日】2022-03-11
【審査請求日】2023-07-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000010087
【氏名又は名称】TOTO株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100094640
【弁理士】
【氏名又は名称】紺野 昭男
(74)【代理人】
【識別番号】100103447
【弁理士】
【氏名又は名称】井波 実
(74)【代理人】
【識別番号】100111730
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 武泰
(74)【代理人】
【識別番号】100180873
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 慶政
(72)【発明者】
【氏名】徳留 弘優
(72)【発明者】
【氏名】宮内 雅浩
(72)【発明者】
【氏名】山口 晃
(72)【発明者】
【氏名】楊 悦
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-039115(JP,A)
【文献】特開2004-330047(JP,A)
【文献】特開2015-003840(JP,A)
【文献】WANG Qizhao et al,Synthesis and Characterization of Visible-Light-Responding Bi0.5La0.5VO4 Solid Solution for Photocatalytic Water Splitting,Chinese Journal of Catalysis,中国,Chinese Journal of Catalysis,2009年06月25日,Volume 30, No.6,pp 565-569,https://www.cjcatal.com/EN/abstract/abstract17503.shtml
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 - 38/74
C01G 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バナジン酸ビスマス(BiVO)のBiサイトの一部にランタン(La)がドープされてなり、光学バンドギャップが2.45eVより大きい可視光応答型光触媒であって、前記Biと前記Laの合計物質量に対する前記Laの物質量の割合が2%以上30%以下である、可視光応答型光触媒
【請求項2】
光電子収量分光測定によるイオン化ポテンシャルが6.38eVより大きい、請求項1に記載の可視光応答型光触媒。
【請求項3】
有機物の分解が可能である、請求項1または2に記載の可視光応答型光触媒。
【請求項4】
表面に酸素還元作用を向上させるための助触媒を担持してなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の可視光応答型光触媒。
【請求項5】
前記助触媒が、鉄(Fe)および/または銅(Cu)を含む酸化物および/または水酸化物である、請求項4に記載の可視光応答型光触媒。
【請求項6】
粒子または結晶の形態で存在する、請求項1~のいずれか一項に記載の可視光応答型光触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視光応答型光触媒に関し、特に、バナジン酸ビスマス(BiVO)のBiサイトの一部にランタン(La)がドープされた、可視光照射下で高い酸化力を有する光触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
可視光応答型光触媒は、太陽光に多く含まれる可視光線を利用可能な光触媒である。この可視光応答型光触媒は、有機物の光分解や水の光分解への応用に期待されている。BiVOは、波長520nmまで光吸収可能であり、可視光応答型光触媒として知られている。例えば、特開2015-3840号公報(特許文献1)には、一次粒子径が小さく、結晶性の高いBiVOを可視光応答型光触媒として用いることにより、高い水分解反応が可能となることが記載されている。特許文献1では、BiVOを有機物の光分解に利用することは考慮されていない。
【0003】
一方、BiVOにLaをドープさせる技術が知られている。BiVOにおいてLaがドープ可能な位置は3カ所あり、Biサイト、Vサイトおよび格子間隙である。例えば、文献:Wendusu et al., Chem. Lett., 2011, 40, 792-794(非特許文献1)には、水熱合成法によりBiVOのBiをLaによって置換したイエロー顔料が開示されている。非特許文献1によれば、BiVOのBiをLaによって置換することにより、その光吸収スペクトルが長波長側にシフトするとされている(第792頁左欄冒頭部、図2、第793頁左欄の記載(In the region forming the single monoclinic BiVO4 structure, the XRD patterns slightly shifted to higher angles by substituting the Bi3+ (0.117 nm) site with smaller La3+ (0.116 nm) in the lattice […] .)を参照)。
【0004】
また、文献:Golmojdeh et al., Journal of ELECTRONIC MATERIALS, Vol. 43, No. 2, 2014(非特許文献2)には、液固相法によりBiVOにLaをドープさせたエタノールガスセンサーが開示されている。非特許文献2においても、非特許文献1と同様、BiVOにLaをドープさせることにより、吸収可能な光の波長が赤側、つまり光吸収スペクトルが長波長側へシフトするとされている(第531頁左欄の記載(A red shift was observed for the La-BiVO4. This red shift can be attributed to chargetransfer transition between the f-orbitals of the lanthanum ions and the valence band/conduction band of the BiVO4.)、図6を参照)。
【0005】
上記のとおり、非特許文献1、2はいずれも、BiVOにLaをドープさせることにより、吸収可能な光の波長を長波長側へシフトさせる技術を開示するものである。非特許文献1において、BiVOのBiサイトの一部をLaにより置換したとの記載があるが、当該置換により価電子帯を構成するBiとOの軌道混成が促進されたことで、その光学バンドギャップが狭くなることが記載されている。つまり、非特許文献1は、BiVOのBiサイトの一部をLaにより置換したことで、BiVOの価電子帯上端の電子エネルギー準位が負側にシフトすること(つまり、価電子帯上端位置が上がること)を示している。さらに、非特許文献1には、BiVOのBiサイトの一部をLaにより置換したことで、BiVOに含まれるBi量が減少したにも関わらず、BiとOの軌道混成が促進されたことの合理的な理由も示されていない。そのため、非特許文献1におけるBiサイトの一部にLaをドープしたBiVOは、Laをドープすることにより、価電子帯以外のバンド構造変化を誘起している可能性を否定できない。また、Biサイトの一部にLaをドープしたBiVOの光学バンドギャップが狭くなることを開示する非特許文献1には、当然ながら、このようなBiVOを有機物の光分解に利用することは考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-3840号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Wendusu et al., Chem. Lett., 2011, 40, 792-794
【文献】Golmojdeh et al., Journal of ELECTRONIC MATERIALS, Vol. 43, No. 2, 2014
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
BiVOは、他の可視光応答型光触媒であるTiOやWOに比べ、価電子帯上端の電子エネルギー準位(以下、「価電子帯上端位置」ということもある)が負側にあるため、可視光を吸収することにより価電子帯に生じる励起正孔が持つ酸化力が低い。本発明者らは、BiVOの酸化力を高める方法を検討した。この方法として、BiVOの価電子帯上端の電子エネルギー準位を正側にシフトさせる(つまり、価電子帯上端位置を下げる)ことを検討した。その結果、BiVOのBiサイトの一部にランタン(La)をドープ(置換)することにより、BiVOの価電子帯上端の電子エネルギー準位を正側にシフトさせる(つまり、価電子帯上端位置を下げる)ことができることを見出した。これにより、BiVOの価電子帯に生じる励起正孔が持つ酸化力を高めることが可能となることを見出した。さらに、本発明の可視光応答型光触媒は、有機物の分解能を高めることが可能であることを見出した。本発明は斯かる知見に基づくものである。
【0009】
従って、本発明は、可視光照射下で高い酸化力を発現可能なバナジン酸ビスマス(BiVO)の提供をその目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そして、本発明による可視光応答型光触媒は、バナジン酸ビスマス(BiVO)のBiサイトの一部にランタン(La)がドープされてなり、有機物の分解が可能であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明による可視光応答型光触媒は、可視光照射下で高い酸化力を発現することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明による可視光応答型光触媒をXPSにて測定した結果を示す図である。
図2】本発明による可視光応答型光触媒の拡散反射スペクトル測定の結果を示す図である。
図3】本発明による可視光応答型光触媒の光学バンドギャップを示す図である。
図4】本発明による可視光応答型光触媒の伝導帯下端の電子エネルギー準位を示す図である。
図5】本発明による可視光応答型光触媒の価電子帯上端の電子エネルギー準位を示す図である。
図6】本発明による可視光応答型光触媒の光触媒活性の評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
定義
本明細書において、「可視光」とは、人間の目で視認可能な波長の電磁波(光)を意味する。好ましくは、波長380nm以上の可視光線を含む光、より好ましくは、波長420nm以上の可視光線を含む光を意味する。また、可視光線を含む光としては、太陽光、集光してエネルギー密度を高めた集光太陽光、あるいはキセノンランプ、ハロゲンランプ、ナトリウムランプ、蛍光灯、発光ダイオード等の人工光源を光源として用いることが可能である。
【0014】
可視光応答型光触媒
本発明において、可視光応答型光触媒は、光学的バンドギャップを有する半導体物質である。可視光応答型光触媒が可視光を吸収することで、可視光応答型光触媒におけるバンド間遷移等の電子遷移により、伝導帯に励起電子を生じ、かつ価電子帯に励起正孔が生じる。可視光応答型光触媒とは、この励起電子および励起正孔のそれぞれが反応対象物を還元および酸化することが可能な光触媒材料である。
本発明による可視光応答型光触媒は、バナジン酸ビスマス(BiVO)のBiサイトの一部がランタン(La)でドープされたものである。なお、本発明において、ドープとは、BiVOのBiサイトを他の元素により置換することを指す。
【0015】
本発明による可視光応答型光触媒は、BiVOのBiサイトの一部がランタン(La)でドープされているため、従来の単純なBiVOと比べ、価電子帯上端の電子エネルギー準位が正側にシフトしている。したがって、価電子帯に生じる励起正孔が持つ酸化力が高められている。つまり、本発明による可視光応答型光触媒は、可視光線を照射することで生成する励起正孔が有機物を高効率に酸化することが可能である。
また、本発明による可視光応答型光触媒は、従来の単純なBiVOと比べ、価電子帯上端の電子エネルギー準位が正側にシフトされた分、価電子帯上端と伝導帯下端とのエネルギー差である光学バンドギャップが拡大される。
【0016】
本発明者らは、可視光応答型光触媒であるBiVOの酸化力を高める方法として、BiVOの価電子帯上端の電子エネルギー準位を正側にシフトさせる(つまり、価電子帯上端位置を下げる)方法を検討した。BiVOの価電子帯上端の電子エネルギー準位を正側にシフトさせる(つまり、価電子帯上端位置を下げる)方法として、その価電子帯がBi6s軌道とO2p軌道が混成して形成されることを利用し、Biサイトの一部に他の金属をドープすることにより、Biの価電子帯への寄与を低減する方法を検討した。他の金属としては、Biとイオン半径が近いものが好ましいと考えた。その結果、Biサイトの一部にドープする金属としてLaが最も適していることを見出した。後述するように、Biサイトの一部にLaをドープによることにより、吸収スペクトルが短波長側にシフトすることが確認された。また、Biの価電子帯への寄与が低減され、価電子帯上端の電子エネルギー準位が正側にシフトされることが確認された。そして、本発明による可視光応答型光触媒を用いることにより、有機物の分解性能を向上することが可能となることが確認された。
【0017】
光学バンドギャップ
本発明による可視光応答型光触媒は、光学バンドギャップが2.45eVより大きい。好ましくは2.47eVより大きい。つまり、本発明による可視光応答型光触媒は、BiVOと比べ、光学バンドギャップの値が大きいことが好ましい。本発明による可視光応答型光触媒は、BiVOのBiサイトの一部にLaをドープすることにより、BiVOと比べ、吸収スペクトルが短波長側にシフトすることにより、光学バンドギャップが大きくなる。これにより有機物の分解性能を向上することが可能となる。光学バンドギャップの求め方は、後述する。
【0018】
光電子収量分光測定によるイオン化ポテンシャル
本発明による可視光応答型光触媒は、光電子収量分光測定によるイオン化ポテンシャルが6.38eVより大きいことが好ましく、さらに好ましくは6.39eVより大きい。つまり、本発明による可視光応答型光触媒は、BiVOと比べ、光電子収量分光測定によるイオン化ポテンシャルの値が大きいことが好ましい。本発明による可視光応答型光触媒は、BiVOのBiサイトの一部にLaをドープすることにより、BiVOと比べ、電子エネルギー準位を正側にシフトしている、つまり、価電子帯上端位置が下がる。したがって、真空準位と(電子が充満した)価電子帯上端の差であるイオン化ポテンシャルは、BiVOと比べ、本発明による可視光応答型光触媒の方が大きくなる。これにより有機物の分解性能を向上することが可能となる。光電子収量分光測定によるイオン化ポテンシャルの求め方は、後述する。
【0019】
本発明による可視光応答型光触媒は、粒子または結晶の形態で存在することが好ましい。
【0020】
本発明による可視光応答型光触媒は、BiVOのBiサイトの一部がランタン(La)でドープされており、ビスマス(Bi)とランタン(La)の合計物質量に対するLaの物質量の割合は、2%以上30%以下であることが好ましく、3%以上20%以下であることがさらに好ましい。ここで、ビスマス(Bi)とランタン(La)の合計物質量に対するLaの物質量の割合とは、BiVOのBiサイトにおいて、Laによってドープ(置換)されている割合を示す。これにより、BiVOの価電子帯上端の電子エネルギー準位が正側にシフトし、酸化力を高めることができる。
【0021】
平均一次粒子径
本発明による可視光応答型光触媒の平均一次粒子径は、好ましくは10μm以下であり、より好ましくは5μm以下である。これにより、有機物の酸化反応サイトが増加し、その結果、有機物の高効率な分解が可能となる。
【0022】
(平均一次粒子径の評価手法)
平均一次粒子径の評価手法としては、例えば、走査型電子顕微鏡(株式会社日立製作所製、“SU-8220”、以下「SEM」ともいう。)により、倍率40000倍で観察した際の無作為に抽出した結晶粒子50個の円形近似による平均値で定義することが可能である。
【0023】
評価手法
本発明による可視光応答型光触媒の評価手法について、以下に説明する。
(XRDの測定)
本発明による可視光応答型光触媒は、単斜晶シーライト単相からなるものであり、不純物を含まないものである。これは、X線回折測定(XRD)により判別できる。また、XRDの回折ピークにおける半値幅により結晶性の高さを判断することができる。本発明による可視光応答型光触媒は、高い結晶性を有するため、高い有機物分解能を発揮することができる。測定方法は、例えば、以下のとおりである。
可視光応答型光触媒を試料ホルダーに充填させた測定試料を準備する。この測定試料を、X線回折測定装置(例えば、Smart Lab、リガク製)を用いて、2θ=3~90°の範囲でスキャンする。これにより、可視光応答型光触媒のX線回折パターンを得る。このX線回折パターンにより、単斜晶シーライト単相であること、つまり不純物を含まないことを判断できる。
【0024】
(XPSの測定)
本発明による可視光応答型光触媒をX線光電子分光分析装置(XPS)により測定することにより、BiVO4のBiサイトにLaがドープされたものであることを判断することができる。測定方法は、例えば、以下のとおりである。
可視光応答型光触媒をXPS(例えば、K-ALPHA、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)や硬X線光電子分光測定装置(例えば、Spring-8のビームラインBL15XU)により測定する。この結果、La3+に帰属されるピークを観測することにより、La3+としてドープされていることを判断することができる。
以上の測定結果から、La3+がBiVO4のBiサイトにドープされていると判断することができる。
【0025】
(光学バンドギャップの測定)
本発明による可視光応答型光触媒の光学バンドギャップは、例えば、紫外可視分光光度計を用いて、積分球ユニットによる拡散反射スペクトル測定を行うことで求められる。測定方法は、例えば、以下のとおりである。
まず、硫酸バリウムを用いてベースライン補正を行い、波長300~800nmにおける可視光応答型光触媒の拡散反射スペクトル測定を行う。これにより、波長に対する反射率(R)を得る。得られた測定結果について、f(∞)=(1-R)2/2Rを用い、Kubelka-Munk関数f(∞)に変換する。
次に、変換した拡散反射スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:f(∞))を、横軸:電子エネルギー(eV)、縦軸:(αhν)1/rである「Taucプロット」に変換する。ここで、hはプランク定数、νは光の周波数である。また、αは吸収係数であり、クベルカムンク関数値f(∞)を代用して用いる(参考文献:B. Ohtani, J. Photochem. Photobio. C, 11, 157 (2010))。またrについて、BiVO4は、直接遷移型の半導体であることから、r=1/2を用いる(参考文献:Hong et al., Energ. Environ. Sci.,4, 1781(2011).)。
Tautプロットへの具体的な変換方法は、まず、電子エネルギー(eV)=1240/波長(nm)の関係により、波長から電子エネルギーを算出し、これを横軸とする。また縦軸は、クベルカムンク関数f(∞)と、電子エネルギー:hν(eV)の積を、1/2乗することで得られる値を用いた値とする。これにより、Taucプロットが得られる。
上記のTaucプロットにおいて、吸収の立ち上がり部分に直線をフィッティングし、相関係数が最も高い直線を決定する。この直線が横軸と交わる点の値を、光学バンドギャップ(eV)の値とする。
【0026】
(伝導帯下端位置の測定)
本発明による可視光応答型光触媒の伝導帯下端の位置は、光触媒を透明導電膜に固定化した電極におけるMott-Schottkyプロットにより得られるフラットバンド電位を用いて評価することができる。一般的に、n型半導体におけるフラットバンド電位は、伝導帯下端位置にほぼ一致することが知られている(参考文献:Hongら,Energ. Environ. Sci.,4, 1781(2011))。
まず、下記の方法により光触媒を固定化した電極を作製する。溶媒としてα‐テルピネオールと、バインダーとしてエチルセルロースと、光触媒とを分散させて作製したペーストを準備する。このベーストを透明導電膜(Fドープ酸化スズ)電極上にスクリーン印刷法により印刷し膜を形成する。その後、焼成することで有機物を除去し、光触媒を固定化した電極を得る。
次いで、この光触媒固定電極を作用極、Ag - AgCl電極を参照極、そして白金を対極とし、0.5M硫酸ナトリウム水溶液を電解液として用いることで、3極式セルを作製する。この系での電気化学測定による電流―電位特性を変換することで、横軸:電極電位(ERHE = EAg/AgCl + 0.0591*pH + 0.199 V)、縦軸:1/C2となるMott-Schottkyプロットを作成する。ここで、Cは作用極の微分容量(F/cm2)を表す。プロットとこの横軸とが交わる点をフラットバンド電位とする。このフラットバンド電位を本発明による可視光応答型光触媒の伝導帯下端の位置とみなすことができる。
【0027】
(価電子帯上端位置の測定)
本発明による可視光応答型光触媒の価電子帯上端の位置は、光触媒のイオン化ポテンシャルを用いて評価することができる。一般的に、半導体材料のイオン化ポテンシャルは、真空準位と(電子が充満した)価電子帯上端の差となることが知られており、下記の光電子収量分光スペクトルにおける照射エネルギーに対する光電子収量のプロットから求めることができる(参考文献:石井ら、表面科学、Vol. 28, No. 5, 264(2007))。
具体的には、光電子収量分光測定装置(例えば、AC-3、理研計器製)を用いて、所定の光量で測定する。この測定により、横軸:照射エネルギー(eV)、縦軸:(光電子収量)1/2のプロットを得る。プロット立ち上がりの直線部分を外挿し、相関係数が最も高い直線を決定する。この直線が照射エネルギーである横軸と交わる点の値を価電子帯上端位置とする。
【0028】
光触媒粒子の助触媒
本発明による可視光応答型光触媒を用いて有機物を光分解する場合、この光触媒の表面に助触媒を担持させることができる。これにより、有機物の酸化反応が促進され、分解効率が向上する。助触媒は、例えば光触媒の表面の一部に設けられる。
【0029】
助触媒としては、大気中での光触媒による有機物分解における酸素還元反応を促進可能な還元用助触媒として、鉄(Fe)、銅(Cu)等の金属、あるいは、これらの金属を含む金属酸化物、金属水酸化物を好ましく用いることができる。また、大気中での光触媒による有機物分解における酸化反応を促進可能な酸化用助触媒として、Tiを含む金属酸化物、金属水酸化物を好ましく用いることができる。さらに、上記の還元用助触媒と酸化用助触媒を組合せることも可能である。
【0030】
助触媒の平均一次粒子径は10nm未満であることが好ましく、さらに好ましくは5nm以下である。平均一次粒子径を小さくすることにより、還元反応または酸化反応の活性点として効率的に機能させることができ、助触媒として十分な機能を発揮させることが可能となる。
【0031】
助触媒の担持方法としては、含浸法や吸着法などが好ましく挙げられる。含浸法や吸着法は、光触媒を助触媒前駆体が溶解した溶液に分散させて、加熱することにより、助触媒を溶解および再析出させ、光触媒の表面に助触媒を吸着させる方法である。助触媒前駆体としては、鉄(Fe)、銅(Cu)等の金属の塩化物、硝酸塩、アンミン塩等が挙げられる。
【0032】
光触媒の表面に担持される助触媒の量は、助触媒の存在により光触媒への照射光が遮蔽されないような範囲で適宜決定することができる。
【0033】
光触媒活性
本発明による可視光応答型光触媒は、可視光を照射することにより、有機物の分解が可能である。この有機物の分解能は、例えば、メチレンブルー(MB)色素の酸化分解試験やイソプロパノール(IPA)の気相分解反応を用いて評価することができる。
【0034】
(メチレンブルー色素の酸化分解試験)
メチレンブルー(MB)色素の酸化分解試験は、JIS R 1703-2 あるいは ISO 10678に基づいた試験方法に準拠した方法を用いることが可能である。その評価用光源としては、紫外線、あるいは可視光のいずれかを含む光源を用いることができる。本発明における可視光応答型光触媒のMB分解試験における分解活性指数は、1以上が好ましく、3以上がより好ましく、さらにより好ましくは、5以上である。また、20以下であることが好ましい。
【0035】
(イソプロパノール(IPA)の気相分解反応)
イソプロパノール(IPA)の気相分解反応は、下記の方法を用いることができる。作製した可視光応答型光触媒を超純水に分散させてから、ペトリ皿に注ぎ、乾燥させることで、ペトリ皿に光触媒粉末を満遍なく固定させる。このペトリ皿をリアクターに設置し、リアクターにIPAガスを導入する前に、乾燥純空気でリアクター内部を満たした後、キセノンランプを用いて全光を照射することで、光触媒粉末表面に吸着した汚れを予め分解・除去する。その後、IPAを含む乾燥空気中で、ペトリ皿に固定した光触媒粉末にキセノンランプを用いて、光照射する。IPAの酸化分解に伴って生成するアセトンおよびCO2濃度の変化をマルチガスモニターを用いて評価する。
【0036】
本発明による可視光応答型光触媒の製造方法
本発明による可視光応答型光触媒の製造方法としては、好ましくは固相反応法が利用可能である。固相反応法による製造方法は、酸化ビスマス粉末、酸化ランタン粉末、および酸化バナジウム粉末を混合、分散し、例えば600℃以上での焼成を経て光触媒粉末を得る。焼成の前に、仮焼成を行ってもよい。
【実施例
【0037】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0038】
可視光応答型光触媒の作製
可視光応答型光触媒1
酸化ビスマス粉末、酸化ランタン粉末(使用前に700℃で1時間焼成したもの)、および酸化バナジウム粉末を、金属元素モル比で、Bi:La:V=0.9:0.1:1.0となるように混合した。この混合物を、溶媒としてエタノールを加えた遊星ボールミル装置を用いて、200rpmで2時間分散した。その後、得られた粉末を、速度:5℃/分で600℃まで昇温し、600℃で5時間仮焼成した。仮焼成後の粉末を乳鉢で解砕した後、800℃で2時間本焼成を行った。本焼成後の粉末を室温まで放冷させた後、解砕して、BiサイトにLaが10mol%ドープされたBiVO4粉末を合成した。
【0039】
可視光応答型光触媒2
上記と同様の作製方法を用いて、Laを含まない化学量論組成のBiVO4粉末を合成した。
【0040】
評価
作製した上記2種類の可視光応答型光触媒について、下記の評価を行った。
【0041】
(XRDの測定)
X線回折測定(XRD)を行った。まず、可視光応答型光触媒を試料ホルダーに充填させた測定試料を準備した。この測定試料を、X線回折測定装置(Smart Lab、リガク製)を用い、2θ=3~90°の範囲でスキャンすることで、可視光応答型光触媒のX線回折パターンを得た。その結果、いずれも単斜晶シーライト単相からなることが分かった。また、可視光応答型光触媒1では、Laを含む不純物相による回折ピークは観測されなかった。
【0042】
(XPSの測定)
BiVO4のBiサイトの一部にLaがドープされていることを確認するため、作製した可視光応答型光触媒1をXPSにより測定した。測定装置は、硬X線光電子分光測定装置であるSpring-8のビームラインBL15XUを使用した。その結果、834~860eVの領域にLaに由来するピークが得られた(図1)。そのピーク位置は、La2O3とほぼ一致するため、可視光応答型光触媒1においてLaはLa3+の状態で存在していると考えられた。また、上記のXRDの結果から、可視光応答型光触媒1においてLaを含む不純物相の生成はなかったため、可視光応答型光触媒1に含まれるLaは、Laと同じ価数(3価)であるBiVO4のBi3+のサイトの一部にLa3+の状態でドープされていることが示唆された。
【0043】
(光学バンドギャップの測定)
紫外可視分光光度計(日本分光製、V-670)を用いて、積分球ユニットによる拡散反射スペクトル測定を行い、光学バンドギャップを測定した。
まず、硫酸バリウムを用いてベースライン補正を行い、波長300~800nmにおける可視光応答型光触媒の拡散反射スペクトル測定を行った。これにより、波長に対する反射率(R)を得た。得られた測定結果について、f(∞)=(1-R)2/2Rを用い、Kubelka-Munk関数f(∞)に変換した。結果を図2に示す。この結果、BiVOと比較し、BiVOのBiサイトの一部にLaをドープさせることにより、吸収可能な光の波長が短波長側へシフトしていることが分かった。
次に、変換した拡散反射スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:f(∞))を、横軸:電子エネルギー(eV)、縦軸:(αhν)1/rである「Taucプロット」に変換した。ここで、hはプランク定数、νは光の周波数である。また、αは吸収係数であり、クベルカムンク関数値f(∞)を代用して用いた(参考文献:B. Ohtani, J. Photochem. Photobio. C, 11, 157 (2010))。またrについて、BiVO4は、直接遷移型の半導体であることから、r=1/2を用いた(参考文献:Hong et al., Energ. Environ. Sci.,4, 1781(2011).)。
Tautプロットへの具体的な変換方法は、まず、電子エネルギー(eV)=1240/波長(nm)の関係により、波長から電子エネルギーを算出し、これを横軸とする。また縦軸は、クベルカムンク関数f(∞)と、電子エネルギー:hν(eV)の積を、1/2乗することで得られる値を用いた値とする。これにより、Taucプロットが得られる。上記のTaucプロットにおいて、吸収の立ち上がり部分に直線をフィッティングし、相関係数が最も高い直線を決定する。この直線が横軸と交わる点の値を、光学バンドギャップ(eV)の値とした。図3に示すように、可視光応答型光触媒1(BiサイトにLaが10mol%ドープされたBiVO4)の光学バンドギャップは2.5(eV)であり、可視光応答型光触媒2(BiVO4)の光学バンドギャップは2.45(eV)であった。
【0044】
(伝導帯下端位置の測定)
可視光応答型光触媒1、2の伝導帯下端の位置は、各光触媒を透明導電膜に固定化した電極におけるMott-Schottkyプロットにより得られるフラットバンド電位を用いて評価した。
まず、下記の方法により各光触媒を固定化した電極を作製した。溶媒としてα‐テルピネオールと、バインダーとしてエチルセルロースと、各光触媒とを分散させて作製したペーストを準備した。このベーストを透明導電膜(Fドープ酸化スズ)電極上にスクリーン印刷法により印刷し膜を形成した。その後、450℃で2時間焼成することで有機物を除去した。以上より、各光触媒を固定化した電極を得た
次いで、この光触媒固定電極を作用極、Ag-AgCl電極を参照極、そして白金を対極とし、0.5M硫酸ナトリウム水溶液を電解液として用いることで、3極式セルを作製した。この系での電気化学測定による電流―電位特性を変換することで、横軸:電極電位(ERHE = EAg/AgCl + 0.0591*pH + 0.199 V)、縦軸:1/C2となるMott-Schottkyプロットを作成した。プロットとこの横軸とが交わる点をフラットバンド電位として得た。
図4に示す通り、可視光応答型光触媒1(BiサイトにLaが10mol%ドープされたBiVO4)および可視光応答型光触媒2(BiVO4)の伝導帯下端の電子エネルギー準位は一致した。
【0045】
(価電子帯上端位置の測定)
可視光応答型光触媒1、2の価電子帯上端の位置は、各光触媒のイオン化ポテンシャルを用いて評価した。
具体的には、光電子収量分光測定装置(理研計器製、AC-3)を用いて、100nWの光量の条件で測定した(照射エネルギー範囲:4~7eV)。この測定により、横軸:照射エネルギー(eV)、縦軸:(光電子収量)1/2のプロットを得る。このプロットにおいて、縦軸である高電子収量(yield)1/2が大きい5点で直線近似し、相関係数が最も高い直線を決定する。この直線が照射エネルギーである横軸と交わる点の値を価電子帯上端位置とした。
図5に示すように、可視光応答型光触媒1(BiサイトにLaが10mol%ドープされたBiVO4)の価電子帯上端の電子エネルギー準位は6.43(eV)であり、可視光応答型光触媒2(BiVO4)の価電子帯上端の電子エネルギー準位は6.38(eV)であった。以上より、可視光応答型光触媒1は、可視光応答型光触媒2と比べ、価電子帯上端の電子エネルギー準位が正側にシフトしている(つまり、価電子帯上端位置が下がる)ことが分かった。
【0046】
(光触媒活性の評価方法)
光触媒活性評価には、イソプロパノール(IPA)の気相分解反応を用いた。まず、作製した可視光応答型光触媒0.2gを超純水2mLに分散させてから、内面積5.5cm2のペトリ皿に注ぎ、100℃で乾燥させることで、ペトリ皿に光触媒粉末を満遍なく固定させた。このペトリ皿をガラス製セパラブルリアクター(内体積0.5L)の中央に設置した。このリアクターにIPAガスを導入する前に、乾燥純空気(純度99.9%)でリアクター内部を満たした後、150Wキセノンランプ(林時計工業、LA-410UV-3)を用いて全光を照射することで、光触媒粉末表面に吸着した汚れを予め分解・除去した。その後、IPAを約300ppm含む乾燥空気中で、ペトリ皿に固定した光触媒粉末に150Wキセノンランプを用いて、光照射した。IPAの酸化分解に伴って生成するアセトンおよびCO2濃度の変化をマルチガスモニター(松下テクノトレーディング、INNOVA)を用いて評価した。
【0047】
(光触媒活性の評価結果)
IPAの可視光照射に伴う気相分解反応を評価した結果、図6に示すとおり、可視光応答型光触媒1(BiサイトにLaが10mol%ドープされたBiVO4)は、可視光応答型光触媒2(BiVO4)よりも、IPAの減衰が速い一方、その酸化生成物であるアセトンおよびCO2の生成が速いことが分かった。このことは、可視光応答型光触媒1(BiサイトにLaが10mol%ドープされたBiVO4)は従来の可視光応答型光触媒2(BiVO4)よりもIPAの酸化分解が促進できることを示唆していた。これより、BiVOのBiサイトの一部へのLaのドープによる酸化力の向上が確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6