(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-09
(45)【発行日】2024-07-18
(54)【発明の名称】磁気メモリ素子
(51)【国際特許分類】
H10N 50/10 20230101AFI20240710BHJP
H01L 29/82 20060101ALI20240710BHJP
H10B 61/00 20230101ALI20240710BHJP
H01F 10/32 20060101ALI20240710BHJP
H01F 10/13 20060101ALI20240710BHJP
H01F 10/30 20060101ALI20240710BHJP
【FI】
H10N50/10 Z
H01L29/82 Z
H10B61/00
H01F10/32
H01F10/13
H01F10/30
(21)【出願番号】P 2020043841
(22)【出願日】2020-03-13
【審査請求日】2023-01-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年5月22日 https://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.99.180410 https://journals.aps.org/prb/pdf/10.1103/PhysRevB.99.18041 [刊行物等] 令和1年5月24日 http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2019/190522_1.html http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2019/documents/190522_1/01.pdf [刊行物等] 令和1年5月27日 https://www.nature.com/articles/s41563-019-0380-x https://static-content.springer.com/esm/art%3A10.1038%2Fs41563-019-0380-x/MediaObjects/41563_2019_380_MOESM1_ESM.pdf [刊行物等] 令和1年6月4日 http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2019/190528_2.html http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2019/documents/190528_2/01.pdf
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小野 輝男
【審査官】柴山 将隆
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-535818(JP,A)
【文献】特開2016-178178(JP,A)
【文献】特開2013-197174(JP,A)
【文献】特開2012-129225(JP,A)
【文献】国際公開第2015/068509(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0151830(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0088915(US,A1)
【文献】特表2018-501647(JP,A)
【文献】特開2003-123219(JP,A)
【文献】国際公開第2011/121777(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/137679(WO,A1)
【文献】Yong-Chang Lau et.al.,Giant perpendicular magnetic anisotropy in Ir/Co/Pt multilayers,Phys. Rev. materials,Vol.3,米国,American Physical Scociety,2019年,104419
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 50/10
H01L 29/82
H10B 61/00
H01F 10/32
H01F 10/13
H01F 10/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
強磁性体を有する記録層と、情報の書き込み及び読み出しの際に電流を該記録層に供給するための1対の電極とを有
し、該記録層に垂直な方向の磁化によって、該記録層に情報が記録される磁気メモリ素子であって、
第1の非磁性体を有する第1非磁性層と、前記記録層と、前記第1の非磁性体とは異なる第2の非磁性体を有する第2非磁性層がこの順で、厚さ方向に非対称に積層されて成る積層体を、複数個積層した積層体集合体を備え、
前記積層体集合体の積層方向に関する一方の側に、前記記録層よりも保
磁力が大きい強磁性体を有するピン層を備え、
前記積層体集合体と前記ピン層の間に、絶縁体から成るトンネル絶縁層を備える
ことを特徴とする磁気メモリ素子。
【請求項2】
前記第1非磁性層と前記第2非磁性層の厚さが異なる、請求項1に記載の磁気メモリ素子。
【請求項3】
前記第1非磁性層及び前記第2非磁性層のいずれか一方又は両方の材料が、Zr, Nb, Mo, Tc, Ru, Rh, Pd, Ag, Hf, Ta, W, Re, Os, Ir, Pt及びAuのうちの1種の単体、又はZr, Nb, Mo, Tc, Ru, Rh, Pd, Ag, Hf, Ta, W, Re, Os, Ir, Pt及びAuのうちの1種又は複数種を含有する合金であることを特徴とする請求項1又は2に記載の磁気メモリ素子。
【請求項4】
情報の書き込み部及び読み出し部に対向して配置される記録層を有する磁気メモリ素子であって、
前記記録層は、異なる複数種の強磁性元素を含有する合金を有し、該複数種の強磁性元素の濃度比が厚さ方向の一方の側から他方の側に向かって単調的に増加又は減少すること、もしくは該複数種の強磁性元素の濃度比が厚さ方向の一方の側から他方の側に向かって単調的に増加する区間と、該一方の側から該他方の側に向かって単調的に減少する区間とが交互に存在し、該区間の各々はそれぞれ所定の厚さを有することを特徴とする磁気メモリ素子。
【請求項5】
情報の書き込み部及び読み出し部に対向して配置され、異なる複数種の強磁性元素を含有する合金を有する記録層と、
前記記録層の前記書き込み部及び読み出し部が位置する側とは反対側の面に接するように設けられ、電源ユニットから電流が供給されるように設けられ、スピンホール効果を発現する物質を含む制御層を備える磁気メモリ素子であって、
前記制御層は、電流が供給された際に前記記録層との境界付近に上向き又は下向きのいずれかのスピンを偏在させ、該偏在するスピンと前記記録層の磁化を形成するスピンが磁気的に相互作用するように構成され、
前記記録層は、該記録層の全体でジャロシンスキー守谷相互作用が生じるように、前記複数種の強磁性元素の濃度比が厚さ方向の位置により異なることを特徴とする磁気メモリ素子。
【請求項6】
さらに、前記記録層の一方の面に接するように設けられた、スピンホール効果を発現する物質を有する制御層を備えることを特徴とする請求項4に記載の磁気メモリ素子。
【請求項7】
前記制御層は、Hf,Ta,W,Re,Os,Ir,Pt,Auのいずれかよりなる単体、あるいはいずれか1つ以上を含む合金、あるいはいずれか1つ以上を含む化合物を材料とする請求項5又は6に記載の磁気メモリ素子。
【請求項8】
前記記録層を構成する合金がGdFeCoアモルファス合金であって、前記異なる複数種の強磁性元素の濃度比が、Gdの濃度とFe及びCoの濃度の和との比であることを特徴とする請求項4~7のいずれかに記載の磁気メモリ素子。
【請求項9】
前記記録層が、該記録層に平行な面内の一方向に長い線状の形状を有することを特徴とする請求項4~8のいずれかに記載の磁気メモリ素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体に情報を記録する磁気メモリ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、情報量の飛躍的な増加に伴って、高密度で情報を記録することができるメモリが必要とされている。そのようなメモリとして、現在、フラッシュメモリが広く用いられている。しかし、フラッシュメモリは、動作原理上、電子が酸化膜を通過するため、酸化膜の劣化により書き込み可能回数が限られるうえに、情報の書き込みを繰り返す間に書き込み速度が遅くなる、という欠点を有する。
【0003】
このような欠点を克服する次世代のメモリとして、磁気メモリ素子が提案されている。磁気メモリ素子では一般に、強磁性体等の磁性体から成る記録層を用い、磁性体を特定の方向に磁化させることによりデータを書き込む。磁気メモリ素子は、このような動作原理によってフラッシュメモリよりも劣化が生じ難いため、書き込み可能回数を多くすることができると共に、情報の書き込みを繰り返しても書き込み速度の低下が生じ難い、という特長を有する。
【0004】
磁気メモリ素子には様々な形態のものがある。第1の例として、特許文献1には、強磁性体であるCoFeから成る第1磁性層、強磁性体であるCoFeBから成る第2磁性層、及び第1磁性層と同じCoFeから成る第3磁性層をこの順に積層して成る記録層を、いずれも非磁性体であるMgOから成る第1非磁性層及び第2非磁性層で挟んだ層状構造を有する磁気メモリが記載されている。このような構成により、記録層内で原子が有する電子スピン間に生じる、記録層に垂直な方向の異方性相互作用が大きくなり、記録層に垂直な方向に磁化し易くなる。この磁気メモリでは、磁化が記録層に垂直な一方向に向いている状態と、該一方向の反対方向(180°異なる方向)に向いている状態という、2つの異なる状態の相違によって「0」、「1」の2値のいずれかを記録する。
【0005】
第2の例として、非特許文献1及び2には「磁壁移動型」と呼ばれる磁気メモリ素子の記録層に好適に用いることができる強磁性体が記載されている。この磁壁移動型の磁気メモリ素子は、強磁性体から成る記録層と、該記録層に接して設けられた、スピンホール効果(後述)を有する物質から成る層(「制御層」とする)とを有する。この磁気メモリ素子は、記録層に対向して配置される書き込み部及び読み出し部、並びに制御層に電流を流す電源と共に用いられる。非特許文献1及び2では、記録層の強磁性体に、ジャロシンスキー守谷(Dzyaloshinsky-Moriya)相互作用(以下、「DM相互作用」とする)と呼ばれる相互作用を有するものを用いる。DM相互作用は結晶構造の歪みに起因する異方性相互作用であって、隣接する強磁性元素の原子が有する電子スピン同士を互いに平行から所定の角度だけ傾いた方向に向けるように作用する。
【0006】
このような磁壁移動型の磁気メモリ素子では、記録層のうち書き込み部に対向する領域に、該書き込み部から上向き又は下向きの磁界を選択的に印加すると、該領域に上向き又は下向きの磁化を有する磁区が形成される。この磁化の向きの相違によって「0」又は「1」の2値のいずれかの情報が1つ記録される。次に、電源から制御層に左右いずれかの方向の電流を所定時間だけ流すと、磁区は該電流と同方向又は逆方向に移動する(その理由は、スピンホール効果の説明と共に後述)。続いて、書き込み部によって、前記磁区とは異なる位置に別の磁区を形成する。このように、磁区の形成と移動を繰り返すことにより、多数の磁区を形成(「0」又は「1」の情報を記録)する。こうして情報が記録された各磁区のうち、或る磁区に記録された情報は、制御層に電流を流すことで該磁区を読み出し部に対向する位置まで移動させ、読み出し部によって該磁区の磁化の向きを測定することにより、読み出すことができる。このように、磁壁移動型の磁気メモリ素子では、記録層、書き込み部及び読み出し部といった物体を移動させることなく、記録層内の磁区を移動させることにより、情報の書き込み及び読み出しが行われる。なお、記録層に電流を流す間に全ての磁区が同方向に移動することから、左右方向の端に形成した磁区が記録層の端部に達するとそこを超えることができないため、磁区は記録層全体の長さの半分未満の範囲内に形成する。
【0007】
スピンホール効果とは、金属又は半導体等の自由電子を有する物質から成る物体中に電流を流したときに、ラシュバ相互作用と呼ばれる相互作用によって、上向きスピンを有する電子と下向きスピンを有する電子が該電流に垂直な方向に分離される現象をいう。上述のように制御層に左右いずれかの方向の電流を流すと、制御層のうち記録層との境界付近に上向き又は下向きのいずれかのスピンが偏在する。この偏在したスピンと記録層の磁化が相互作用することにより、該磁化の向きが変化し、磁区が移動する。その際、記録層の強磁性体がDM相互作用を有することにより、磁区同士の境界に形成される磁壁の内部では左から右に向かって、磁化の方向が右回り又は左回りのいずれかの方向に徐々に変化するように一意的に定まる。それによって磁区の移動方向も電流の方向に応じて一意的に定まる。そのため、電流の方向によって磁区の移動方向を制御することができる(なお、仮に記録層の強磁性体がDM相互作用を有しなければ、磁壁内の磁化の方向が一意的には定まらないため、磁区の移動方向を制御することができない)。このように磁性体内で所定の方向に向かって磁化の方向が右回り又は左回りに変化してゆく現象を「スピンカイラリティ」と呼ぶ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開WO2017/010549号
【文献】国際公開WO2010/020440号(特表2012-501037号公報)
【文献】国際公開WO2016/002806号
【非特許文献】
【0009】
【文献】Satoru Emori, Uwe Bauer, Sung-Min Ahn, Eduardo Martinez and Geoffrey S. D. Beach、"Current-driven dynamics of chiral ferromagnetic domain walls"、Nature Materials、(英国)、Nature Publishing Group発行、2013年7月16日、第12巻、第7号、611-616頁
【文献】Satoru Emori, Uwe Bauer, Sung-Min Ahn, Eduardo Martinez and Geoffrey S. D. Beach、非特許文献1の補足情報(supplementary information)、[online]、2013年7月16日、Nature Publishing Group、[2020年1月30日検索]、インターネット<URL: https://static-content.springer.com/esm/art%3A10.1038%2Fnmat3675/MediaObjects/41563_2013_BFnmat3675_MOESM12_ESM.pdf>
【文献】Sanghoon Kim, Peong-Hwa Jang, Duck-Ho Kim, Mio Ishibashi, Takuya Taniguchi, Takahiro Moriyama, Kab-Jin Kim, Kyung-Jin Lee, Teruo Ono、"Magnetic droplet nucleation with a homochiral Neel domain wall"、Phisical Review B、(米国)、米国物理学会発行、2017年6月12日、第95巻、220402(R)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
第1の例の磁気メモリでは、磁化が記録層に垂直な方向に向いている状態で強い熱擾乱等が加わると、記録層に垂直な方向の磁気異方性が存在するにも関わらず、磁化が記録層に平行な方向に変化し、記録層に記録された情報が消失してしまうおそれがある。
【0011】
第2の例の磁気メモリでは従来、表面付近のみに形成される結晶構造の歪みに起因してDM相互作用が生じる強磁性体を記録層に用いていた。そのため、DM相互作用を十分に大きくすることができず、安定したスピンカイラリティを生じさせることは難しかった。そうすると、磁区の位置を制御することができなくなるおそれがある。
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、磁気異方性相互作用を有する記録層を備える磁気メモリの特性を高くすることである。具体的には、第1に、記録層の磁性体内で原子間に生じる、該記録層に垂直な方向の磁気異方性相互作用を用いて磁化を該方向に向けることによって情報を記録する場合において、情報を安定して維持することができる磁気メモリ素子を提供することである。第2に、DM相互作用を有する強磁性体を記録層に用いた場合において、安定したスピンカイラリティを生じさせることができる磁気メモリ素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明に係る磁気メモリ素子の第1の態様のものは、強磁性体を有する記録層と、情報の書き込み及び読み出しの際に電流を該記録層に供給するための1対の電極とを有する磁気メモリ素子であって、
非磁性体を有する第1非磁性層と、前記記録層と、非磁性体を有する第2非磁性層がこの順で、厚さ方向に非対称に積層されて成る積層体を備える
ことを特徴とする。
【0014】
第1の態様の磁気メモリ素子において「厚さ方向に非対称」とは、前記積層体を厚さ方向に反転した場合に、第1非磁性層及び第2非磁性層の材料及び厚さを加味した構成において同一とならないことをいう。例えば、第1非磁性層と第2非磁性層の厚さが同じであって材料が異なる積層体は、厚さ方向に反転すると上側の非磁性層と下側の非磁性層の材料が反転前と異なることとなるため、厚さ方向に非対称である。また、第1非磁性層と第2非磁性層の材料が同じであって厚さが異なる積層体は、厚さ方向に反転すると、上側の非磁性層と下側の非磁性層の厚さが反転前とは異なることとなるため、厚さ方向に非対称である。もちろん、第1非磁性層と第2非磁性層の材料と厚さの双方が異なる積層体も厚さ方向に非対称である。
【0015】
第1の態様の磁気メモリ素子では、第1非磁性層と記録層と第2非磁性層がこの順で厚さ方向に非対称に積層されていることにより、積層体の厚さ方向の空間反転対称性が破れ、記録層の強磁性体が有する電子スピンにラシュバ相互作用が生じる。これにより、記録層に垂直な方向の磁気異方性が大きくなり、熱擾乱等の外的要因が加わっても磁化の方向が変化し難くなる。そのため、記録層に垂直な方向の磁化によって記録層に記録される情報を安定して維持することができる。
【0016】
第1の態様の磁気メモリ素子において、強磁性体には、隣り合うスピンが同一の方向を向くことで該方向の磁化を形成する狭義の強磁性体の他に、フェリ磁性体(互いに大きさが異なり逆向きである2種類のスピンを有することにより、全体として大きい方のスピンと同じ方向の磁化を形成する磁性体)等の一方向の磁化を形成する磁性体を含む。
【0017】
記録層の材料は、強磁性体であれば特に問わない。例えば、強磁性元素であるFe, Co, Ni, Gdの単体、あるいはそれらの強磁性元素のうちの1種又は複数種を含有する(さらに他の磁性元素又は非磁性元素を含有していてもよい)合金を用いることができる。
【0018】
第1非磁性層及び第2非磁性層の材料も特に問わない。例えば、第1非磁性層及び第2非磁性層のいずれか一方又は両方の材料に、非磁性の4d遷移金属元素であるZr, Nb, Mo, Tc, Ru, Rh, Pd, Agや、非磁性の5d遷移金属元素であるHf, Ta, W, Re, Os, Ir, Pt, Auのうちの1種の単体、あるいはそれらの元素のうちの1種又は複数種を含有する(さらに他の非磁性元素を含有していてもよい)合金を用いることができる。
【0019】
第1の態様の磁気メモリ素子は、前記1対の電極の間に、前記積層体を複数層積層した積層体集合体を備えることが望ましい。これにより、積層体を1層のみ有する場合よりも記録層に垂直な方向の磁化を(積層体集合体の全体で)大きくすることができ、情報をより安定して保持することができる。
【0020】
本発明に係る磁気メモリ素子の第2の態様のものは、情報の書き込み部及び読み出し部に対向して配置される記録層を有する磁気メモリ素子であって、
前記記録層は、異なる複数種の強磁性元素を含有する合金を有し、該複数種の強磁性元素の濃度比が厚さ方向の位置により異なることを特徴とする。
【0021】
第2の態様の磁気メモリ素子では、複数種の強磁性元素の濃度比が、記録層の厚さ方向の位置により異なることにより、記録層の表面付近のみならず全体に亘って、強磁性元素の原子の配置に厚さ方向の空間反転対称性の破れが生じる。その結果、記録層の全体に亘って、近接する強磁性元素の原子が有する電子スピンの間にDM相互作用が生じる。そのため、記録層内に安定したスピンカイラリティを生じさせることができる。
【0022】
第2の態様の磁気メモリ素子で用いる強磁性元素として、室温で強磁性を有するFe, Co, Ni, Gdが挙げられる。また、室温よりも低い温度範囲でのみ強磁性を有する元素としてTb(キュリー温度221K)やDy(同85K)が挙げられるが、第2の態様の磁気メモリ素子を当該温度範囲に冷却して使用する場合には、これらTbやDyを用いることもできる。さらには、Fe, Co, Ni, Gdのうちの1種又は2種以上と、Tb, Dyのうちの1種又は2種を合わせて用いてもよい。
【0023】
なお、DM相互作用は、一般的には結晶内の原子の電子スピン間に生じる相互作用であるが、本発明者は、GdFeCo(ガドリニウム・鉄・コバルト)アモルファス合金内の原子の電子スピン間にDM相互作用が生じることを見いだした。従って、第2の態様の磁気メモリ素子における記録部の材料は、結晶には限定されない。
【0024】
複数種の強磁性元素の濃度比が厚さ方向の位置により異なる記録層は、例えば、スパッタ法を用いて、各強磁性元素の原料のスパッタ量の比を時間的に変化させながら作製することにより得ることができる。
【0025】
第2の態様の磁気メモリ素子においても、強磁性体には、狭義の強磁性体の他に、フェリ磁性体等の一方向の磁化を形成する磁性体を含む。
【0026】
第2の態様の磁気メモリ素子は、上述の磁壁移動型の磁気メモリ素子と同様の構成を取ることができる。そのような磁気メモリ素子は、磁区を移動させる制御を行うために、さらに、前記記録層の一方の面に接するように設けられた、スピンホール効果を発現する物質を有する制御層を備えることが望ましい。スピンホール効果を発現する物質として、単体を用いてもよいし、合金や化合物を用いてもよい。なお、磁壁移動型の磁気メモリ素子において、制御層を設けることなく、記録層に電流を流すことによって磁区を移動させるようにしてもよい(特許文献2参照)。
【0027】
前記記録層は、該記録層に平行な面内の一方向に長い線状の形状を有することが好ましい。これにより、磁壁移動型の磁気メモリ素子において記録層(及び制御層を備える場合には該制御層)の材料の使用量を抑えることができる。それと共に、このような形状を有する第2の態様の磁気メモリ素子を記録層の厚さ方向及び前記一方向に垂直な方向に多数並べることにより、集積度の高い磁気メモリを得ることができる。
【0028】
また、第2の態様の磁気メモリ素子は、スキルミオンの有無により「1」、「0」の情報を記録する磁気メモリ素子として用いることもできる。スキルミオンとは、強磁性体中の円形領域の中央から径方向に向かって、磁化が上向きから下向き(又はその反対)に変化するように徐々に回転している磁気状態をいう。スキルミオンには、磁化の回転面が径方向に垂直であるブロッホ型と、平行であるネール型の2種類がある。このような磁気メモリ素子は、記録層の構成を除いて、スキルミオンの有無により情報を記録する従来の磁気メモリ素子(例えば特許文献3参照)と同じ構成を取ることができる。
【発明の効果】
【0029】
第1の態様の磁気メモリ素子によれば、記録層の磁性体内で原子間に生じる、記録層に垂直な方向の磁気異方性相互作用を用いて磁化を該方向に向けることによって情報を記録し、該情報を安定して維持することができる。
【0030】
第2の態様の磁気メモリ素子によれば、記録層内に安定したスピンカイラリティを生じさせることができる。そのため、磁壁移動型の磁気メモリ素子として用いる場合には、記録層内に形成される磁区の位置を確実に制御することができる。また、スキルミオンの有無により情報を記録する磁気メモリ素子として用いる場合には、スキルミオンを安定して維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】本発明に係る第1の態様の磁気メモリ素子の実施形態(第1実施形態)であって、1組のみの積層体を有するもの(a)、及び複数組の積層体を積層した積層体集合体を有するもの(b)を示す概略構成図。
【
図2】第1実施形態の磁気メモリ素子において積層体を厚さ方向に反転する前(a)及び反転した後(b)の状態を示す図。
【
図3】第1実施形態の磁気メモリ素子の変形例における積層体(a)及び該積層体を厚さ方向に反転した状態(b)を示す図。
【
図4】第1実施形態の磁気メモリ素子において、情報「0」が記録されている状態((a), (c))及び情報「1」が記録されている状態((b), (d))を示す図。
【
図5】第1実施形態の磁気メモリ素子において、情報「0」の読み出し(a)、及び情報「1」の読み出し(b)の動作を示す図。
【
図6】第1実施形態の磁気メモリ素子において、情報「0」の書き込み(a)、及び情報「1」の書き込み(b)の動作を示す図。
【
図8】積層体集合体に磁界を印加して磁化を測定した実験結果であって、第1実施形態(下図)、比較例(中図)及び他の比較例(上図)の実験結果を示すグラフ。
【
図9】第1実施形態及び比較例につき、記録層の磁気異方性エネルギーを実験及び計算で求めた結果を示すグラフ。
【
図10】本発明に係る第2の態様の磁気メモリ素子の実施形態(第2実施形態)を示す概略断面図(a)及び概略斜視図(b)。
【
図11】第2実施形態の磁気メモリ素子において用いられる、GdFeCoアモルファス合金から成る記録層を模式的に示す図。
【
図12】第2実施形態の磁気メモリ素子に電源、書き込み部及び読み出し部を付加した構成を示す概略図。
【
図13】第2実施形態の磁気メモリ素子における情報の書き込みの動作を示す図であって、磁区を1つ形成した(情報を1つ書き込んだ)状態を示す図(a)、磁区を移動させる様子を示す図(c)、さらに他の磁区を1つ形成した状態を示す図(c)、及び磁区を多数形成した状態を示す図(d)。
【
図14】第2実施形態の磁気メモリ素子における情報の読み出しの動作を示す図であって、或る磁区を書き込み部に対向する位置に移動させる様子を示す図(a)、及び書き込みを行っている状態を示す図(b)。
【
図15】第2実施形態の磁気メモリ素子における磁壁内の磁化及び磁壁の移動方向を示す図であって、DM相互作用が有る(Dベクトルが紙面の表から裏)場合に一意的に定まる例、及びDM相互作用が無い場合の第1の例(a)、DM相互作用が有る(Dベクトルが紙面の裏から表)場合に一意的に定まる例、及びDM相互作用が無い場合の第2の例(b)、DM相互作用が無い場合の第3の例(c)、並びにDM相互作用が無い場合の第4の例(d)を示す図。
【
図16】第2及び第3実施形態で用いられる記録層を構成するGdFeCoアモルファス合金の薄膜であって、平均組成Gd
25.0Fe
65.6Co
9.4、厚さ10nmのもの(a)、平均組成Gd
23.5Fe
66.9Co
9.6、厚さ30nmのもの(b)、及び平均組成Gd
23.5Fe
66.9Co
9.6、厚さ50nmのもの(c)につき、厚さ方向の位置によるGdとFeの検出強度の比の相違を示すグラフ。
【
図17】第2及び第3実施形態で用いられる記録層を構成するGdFeCoアモルファス合金の薄膜におけるDMI定数を実験で求めた結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0032】
図1~
図17を用いて、本発明に係る磁気メモリ素子の実施形態を説明する。なお、以下では説明の便宜上、「上」、「下」、「左」、「右」との語を用いるが、これらの語は発明に係る磁気メモリ素子の使用時の向きを限定するものではない。
【0033】
(1) 第1の態様の磁気メモリ素子
(1-1) 第1の態様の磁気メモリ素子の実施形態(第1実施形態)の構成
図1(a), (b)に、第1実施形態の磁気メモリ素子10、10Aの構成を示す。これらの磁気メモリ素子10、10Aはいずれも、非磁性体を有する第1非磁性層121と、強磁性体を有する記録層11と、非磁性体を有する第2非磁性層122がこの順で積層された積層体101を備える。言い換えれば、積層体101は、記録層11を挟むように第1非磁性層121と第2非磁性層122が設けられた構成を有する。
図1(a)に示した磁気メモリ素子10は、積層体101を1組のみ有している。一方、
図1(b)に示した磁気メモリ素子10Aは、積層体101を複数組積層した積層体集合体102を有している。なお、
図1(b)では4組の積層体101を図示したが、1個の磁気メモリ素子10Aが有する積層体101の個数はそれには限定されない。
【0034】
記録層11の材料は、強磁性体(前述のようにフェリ磁性体等も含む)であれば特に問わない。例えば、強磁性元素であるFe, Co, Ni, Gdの単体、あるいはそれらの強磁性元素のうちの1種又は複数種を含有する合金を用いることができる。
【0035】
また、第1非磁性層121及び第2非磁性層122の材料は、互いに異なる非磁性材料であれば特に問わない。例えばNb, Mo, Tc, Ru, Rh, Pd, Ag, Hf, Ta, W, Re, Os, Ir, Pt, Auの単体、あるいはそれらの元素のうちの1種又は複数種を含有する合金を用いることができる。
【0036】
本実施形態の磁気メモリ素子10、10Aはさらに、積層体101又は積層体集合体102の積層方向に関する一方の側に設けられたピン層(参照層)13と、積層体101(又は積層体集合体102)とピン層13の間に設けられたトンネル絶縁層14と有する。ピン層13の材料には、記録層11よりも保磁力が大きい(外部磁化による磁化の反転が生じ難い)強磁性体を用いる。トンネル絶縁層14は、他の層よりも十分に薄い絶縁体から成る。
【0037】
また、磁気メモリ素子10、10Aはさらに、積層体101又は積層体集合体102を厚さ方向に挟むように、第1電極151及び第2電極152を備える。
【0038】
図1に示した構成では、例えば、積層体101中の第1非磁性層121及び第2非磁性層122には、同じ厚さを有し、互いに異なる非磁性材料から成るものを用いることができる。この構成によれば、積層体101は厚さ方向に非対称になる。すなわち、上側に第1非磁性層121があって下側に第2非磁性層122にある状態(
図2(a))から積層体101を厚さ方向に反転する(
図2(b))と、上側にある非磁性層(第2非磁性層122)の材料、及び下側にある非磁性層(第1非磁性層121)の材料が反転前とは異なることとなるため、積層体101は厚さ方向に非対称であるといえる。
【0039】
このように積層体101が厚さ方向に非対称であることにより、積層体101の厚さ方向の空間反転対称性が破れ、記録層11の強磁性体が有する電子スピンにラシュバ相互作用が生じ、記録層11に垂直な方向の磁気異方性が大きくなる。なお、
図1(b)に示した複数組の積層体101を有する磁気メモリ素子10Aでは、各記録層11の直上及び直下にある第1非磁性層121と第2非磁性層122が主にラシュバ相互作用の発現に寄与するため、磁気メモリ素子10全体ではなく各積層体101が厚さ方向に非対称であればよい。
【0040】
第1の態様の磁気メモリ素子において、
図3(a)に示すように、第1非磁性層121Bと第2非磁性層122Bを同じ非磁性材料から成り異なる厚さを有する積層体101Bを用いてもよい。この場合、積層体101Bの上側に第1非磁性層121Bがあって下側に第2非磁性層122Bにある状態(
図3(a))から積層体101Bを厚さ方向に反転する(
図3(b))と、上側にある非磁性層(第2非磁性層122B)の厚さ、及び下側にある非磁性層(第1非磁性層121B)の厚さが反転前とは異なることとなるため、積層体101Bは厚さ方向に非対称であるといえる。さらに、このように互いに厚さが異なる第1非磁性層121Bと第2非磁性層122Bにおいて、それを構成する非磁性材料材料を互いに異なるものとしてもよい。また、
図3では積層体101Bを1組のみ示したが、
図1(b)に示したものと同様に積層体101Bを複数組積層した積層体集合体を用いてもよい。
【0041】
(1-2) 第1実施形態の磁気メモリ素子の動作
図4~
図6を用いて、第1実施形態の磁気メモリ素子10、10Aの動作を説明する。予め、ピン層13の強磁性体の保磁力よりも強い磁界を該ピン層13に垂直な方向に印加することにより、記録層11の磁化M
1とピン層13の磁化M
2を平行(同一方向)に向けておく(
図4(a), (c))。このように記録層11の磁化M
1とピン層13の磁化M
2が平行である状態を、情報「0」が記録されている状態とする。一方、後述の書き込み操作を行うことによって記録層11の磁化M
1を反転させ(ピン層13の磁化M
2の向きはそのまま)、記録層11の磁化M
1とピン層13の磁化M
2が反平行になった状態を、情報「1」が記録されている状態とする(
図4(b), (d))。なお、ここでは磁気メモリ素子10、10Aを例として説明したが、互いに厚さが異なる第1非磁性層121Bと第2非磁性層122Bを有する積層体101Bを用いた磁気メモリ素子においても同様である。
【0042】
前述のように記録層11の強磁性体が有する電子スピンに生じるラシュバ相互作用によって記録層11に垂直な方向の磁気異方性が大きくなるため、積層体101、101A、101Bに垂直な方向の磁化M1は、熱擾乱等の外的要因が加わっても方向が変化し難くなる。そのため、記録層11の磁化M1によって記録された情報は、安定して維持される。
【0043】
このように磁気メモリ素子10、10Aに記録された情報は、以下の方法により読み出すことができる。なお、以下では磁気メモリ素子10の場合を例として説明するが、磁気メモリ素子10Aや、積層体101Bを有する磁気メモリ等も同様である。読み出しの際には、第1電極151と第2電極152の間に、後述する所定の強度の電圧Vを印加する。そうすると、
図5(b)に示すように情報「1」が記録されている状態、すなわち記録層11の磁化M
1とピン層13の磁化M
2が反平行である場合には、
図5(a)に示すように情報「0」が記録されている状態、すなわち記録層11の磁化M
1とピン層13の磁化M
2が平行である場合よりも、トンネル磁気抵抗効果と呼ばれる現象によって電流I
rが小さくなる。従って、第1電極151-第2電極152間に流れる読み出し電流I
rの大きさを測定することにより、記録層11に記録されている情報を読み出すことができる。
【0044】
また、磁気メモリ素子10、10Aでは、以下の方法により情報を書き込む(書き換える)ことができる。なお、以下では磁気メモリ素子10の場合を例として説明するが、磁気メモリ素子10Aや、積層体101Bを有する磁気メモリも同様である。情報「1」が記録されている場合において、記録層11からピン層13に向かって電流を流すと、電流が所定の閾値以上の大きさを有する(そのような電流を「書き込み電流I
w」とする)ときに、記録層11の磁化M
1の向きが反転してピン層13の磁化M
2と平行になることにより、情報「0」が書き込まれる(
図6(a))。これは、記録層11からピン層13に向かって書き込み電流I
wを流すことによって電子がピン層13から記録層11に向かって移動する際に、ピン層13において磁化M
2と平行なスピンを有する電子が逆向きのスピンを有する電子よりも散乱され難く、散乱されなかった前者のスピン(磁化M
2と平行、磁化M
1と反平行)を有する電子が記録層11においてトルクを磁化M
1に与えることによる。
【0045】
一方、情報「0」が記録されている場合において、ピン層13から記録層11に向かって書き込み電流I
wを流すと、記録層11の磁化M
1の向きが反転してピン層13の磁化M
2と反平行になることにより、情報「1」が書き込まれる(
図6(b))。これは、ピン層13から記録層11に向かって書き込み電流I
wを流すことによって記録層11からピン層13に向かって移動する際に、ピン層13において磁化M
2と反平行なスピンを有する電子が逆向きのスピンを有する電子よりも散乱され易く、散乱された前者のスピン(磁化M
2及びM
1と反平行)を有する電子が記録層11においてトルクを磁化M
1に与えることによる。
【0046】
書き込み電流Iwは、記録層11及びピン層13の材料に応じて、記録層11の磁化M1を反転可能な大きさに適宜設定する。一方、読み出し時に第1電極151と第2電極152の間に印加する電圧Vの強度は、それにより生じる読み出し電流Irが記録層11の磁化M1を反転させない大きさになるように、記録層11及びピン層13の材料に応じて適宜設定する。
【0047】
(1-3) 第1実施形態の磁気メモリ素子に関する実験結果
第1実施形態の磁気メモリ素子に関する実験として、積層体集合体102を作製してその磁気特性の測定を行った。ここで作製した積層体集合体102は、Pdから成り厚さ0.2nmの第1非磁性層121A、Coから成り厚さ0.2nmの記録層11A、及びPtから成り厚さ0.2nmの第2非磁性層122Aを積層した積層体101Aを10組積層したものである。比較例として、Coから成り厚さ0.2nmの記録層91と、Pdから成り厚さ0.2nmの非磁性層92を交互に10組積層した積層体集合体902を作製した(
図7中に括弧の無い符号を付したもの)。また、別の比較例として、Coから成り厚さ0.2nmの記録層91Aと、Ptから成り厚さ0.2nmの非磁性層92Aを交互に10組積層した積層体集合体902Aも作製した(
図7中に括弧付きの符号を付したもの)。積層体集合体902では、1つの記録層91並びに直上及び直下に存在する2つの非磁性層92から成る積層体901に着目すると、それら2つの非磁性層92が互いに同じ材料及び厚さを有するため、当該積層体901は厚さ方向に対称である。積層体集合体902Aも同様に、1つの記録層91A並びに直上及び直下に存在する2つの非磁性層92Aから成る積層体901Aは厚さ方向に対称である。
【0048】
これら積層体集合体102、902及び902Aに対してそれぞれ、記録層11A、91、91Aに垂直な方向の磁界を印加し、その磁界の強度を変化させながら、記録層11A、91、91Aに生成される該方向の磁化の大きさを測定した。同様に、記録層11A、91、91Aに平行な方向の磁界を印加し、その磁界の強度を変化させながら、記録層11A、91、91Aに生成される該方向の磁化の大きさを測定した。
【0049】
測定結果を
図8に示す。
図8中の下図([Pd/Co/Pt]
10と記載されている図)は積層体集合体102の測定結果を、中図(同・[Co/Pd]
10)は積層体集合体902の測定結果を、上図(同・[Co/Pt]
10)は積層体集合体902Aの測定結果を、それぞれ示している。各図中の「H
⊥」は記録層11A、91、91Aに垂直な方向の磁界を印加したときの測定結果を、「H
//」は記録層11A、91、91Aに平行な方向の磁界を印加したときの測定結果を、それぞれ示している。第1実施形態の磁気メモリ素子10Aにおける積層体集合体102は、2つの比較例よりも、記録層11Aに垂直な方向の磁界の大きさを変化させたときに生じるヒステリシスが大きく、記録層11Aに垂直な方向に生じる磁化が反転し難い。また、記録層11Aに平行な方向に磁界を印加した場合には、比較例の積層体集合体902、902Aではヒステリシスが見られるのに対して、第1実施形態における積層体集合体102ではヒステリシスが見られない。これは、比較例では記録層91、91Aに平行な方向にも強磁性による磁化が生じるのに対して、第1実施形態における積層体集合体102では記録層11Aに平行な方向には強磁性による磁化が生じず、記録層11Aに垂直な磁化を安定して維持できることを示している。従って、記録層11Aに垂直な磁化を用いて記録される情報は比較例よりも熱擾乱等の影響を受け難く、安定して維持することができる。
【0050】
第1実施形態及び比較例における積層体集合体102、902、902Aについて、
図8に示したデータに基づいて記録層11A、91、91Aにおけるそれら記録層に垂直な方向の磁気異方性エネルギーを求めた結果を
図9に示す。
図9には併せて、これらの磁気異方性エネルギーを第1原理計算により求めた結果を示す。実験結果、計算結果共に、第1実施形態の記録層11Aの磁気異方性エネルギーは、比較例の記録層91、91Aの磁気異方性エネルギーの2倍前後という高い値を有する。従って、第1実施形態の磁気メモリ素子10Aは、記録層11Aに垂直な方向の磁化を比較例よりも安定して維持することができる。
【0051】
(2) 第2の態様の磁気メモリ素子
(2-1) 第2の態様の磁気メモリ素子の一実施形態(第2実施形態)の構成
図10(a)及び(b)に、第2実施形態の磁気メモリ素子20の構成を示す。この磁気メモリ素子20は、記録層21と、制御層22とを有する。これら記録層21及び制御層22は、一方向(
図10では左右方向。この方向を「長手方向」とする。)が面内の他の方向及び厚さよりも長い、線状に近い形状を有していることが望ましい。これにより、記録層21及び制御層22の材料の使用量を抑えることができると共に、後述のように多数の磁気メモリ素子20を集積させた際の集積度を高くすることができる。
【0052】
記録層21は、異なる複数種の強磁性元素を含有する合金を有する。ここで強磁性元素には、Fe, Co, Ni, Gd, Dy, Tb等が用いられる。そして、それら複数種の強磁性元素の濃度比は、記録層21の厚さ方向(記録層21に垂直な方向)の位置により異なる値を有する。この濃度比は、それら複数種の強磁性元素のうちの1つの濃度が、厚さ方向の一方の側から他方の側に向かって、単調に増加又は減少していてもよいし、増減を繰り返すように無秩序に変化していてもよい。このような厚さ方向の位置による濃度比の相違が存在することにより、合金内で近接する強磁性元素の原子同士の間で空間反転対称性が破れる。これにより、近接する強磁性元素の原子が有する電子スピンの間にDM相互作用が生じる。
【0053】
記録層21の材料である合金は、結晶構造を有するものであってもよいし、アモルファスであってもよい。アモルファスの例として、GdFeCo(ガドリニウム・鉄・コバルト)アモルファス合金が挙げられる。GdFeCoアモルファス合金は、Gdの電子スピンの向きとFe及びCoの電子スピンの向きが逆であって(Feの電子スピンの向きとCoの電子スピンの向きは同じ)、全体としていずれかの向きに磁化が生じるフェリ磁性体である。このGdFeCoアモルファス合金を記録層21に用いる場合には、Gdの濃度とFe及びCoの濃度の和との比が厚さ方向に異なるようにする(
図11参照)。このような記録層21は、例えば、スパッタ法を用いて、Gdの原料のスパッタ量と、Fe及びCoの原料のスパッタ量の比を時間的に変化させながら作製することにより得ることができる。GdFeCoアモルファス合金では、近接するGd, Fe, Coが有する電子スピンの間にDM相互作用が生じることにより、各電子スピンは記録層21に垂直な方向からわずかに傾斜した方向を向き(
図11)、記録層21に平行な方向に関しては打ち消される。その結果、全体として記録層21に垂直な方向の磁化が安定して維持される。
【0054】
制御層22は、スピンホール効果を発現する物質を有する。スピンホール効果は多くの物質において発現するが、その中でも5d遷移金属であるHf, Ta, W, Re, Os, Ir, Pt, Auを、スピンホール効果が大きい物質として、制御層22の材料に好適に用いることができる。また、制御層22の材料は単体であってもよいし、合金や化合物であってもよい。
【0055】
第2実施形態の磁気メモリ素子20は、電源ユニット51、書き込み部52及び読み出し部53と併せて用いられる(
図12)。電源ユニット51は、制御層22に直流電流を供給するものであり、一方の電極が制御層22の長手方向の一端に、他方の電極が他端に、それぞれ接続されている。電源ユニット51には、直流電源511と、電流をON/OFFする主スイッチ512と、電流の方向を切り替える切り替えスイッチ513とを備える。切り替えスイッチ513を切り替えることにより、制御層22に流れる電流の方向は、
図10及び
図12の左向きと右向きの間で切り替えることができる。書き込み部52及び読み出し部53は、前記長手方向に離間して、記録層21に対向するように設けられる。書き込み部52は記録層21に局所的に、該記録層21に垂直な磁界を印加するものである。磁界の方向は上向きと下向きの間で切り替えることができる。読み出し部53は電極端子を有し、電源ユニット51の主スイッチ512がOFFの状態で該電極端子と制御層22の間に電圧を印加し、流れる電流の大きさから、電極端子に対向する位置における記録層21の磁化の向きを求めるものである。
【0056】
(2-2) 第2実施形態の磁気メモリ素子の動作
第2実施形態の磁気メモリ素子20の動作を説明する。ここではまず、動作の概略を述べ、その後、概略で述べる動作のうち、磁区が移動することについて詳細に説明する。
【0057】
(2-2-1) 動作の概略
情報を書き込む際には、書き込み部52から記録層21に上向き又は下向きの磁界Hを印加する。これにより、記録層21のうち書き込み部52の近傍の領域に、磁界の方向に対応した方向の磁化Mを有する磁区D1が形成され、「0」又は「1」の情報が1つ記録される(
図13(a))。次に、電源ユニット51によって制御層22に左右いずれかの方向の電流を所定時間だけ流す。これにより、電流が流れている間、磁区D1は左右いずれかの方向に移動する(
図13(b))。なお、この方向は、電流の方向及び記録層21の強磁性体におけるDM相互作用により、一意的に定まる(詳細は(2-2-2)で説明)。このように磁区D1を移動させることにより、書き込み部52に対向する位置では情報が記録されていない状態となる。この状態で書き込み部52から記録層21に上向き又は下向きの磁界を印加することにより、磁区D1とは異なる磁区D2が形成され、磁区D1に記録されたものとは別の「0」又は「1」の情報が1つ記録される(
図13(c))。
【0058】
以後、上記の動作を繰り返すことにより、記録層21に「0」又は「1」の情報を多数記録することができる(
図13(d))。なお、
図13(d)に示した磁区Dx及びDyは、互いに隣接し、同じ方向に磁化している。この場合、実際にはDxとDyの間には両者の境界となる磁壁が形成されていないが、このような場合には便宜上、2つの磁区が存在し、各磁区に情報が記録されているものとして取り扱う。
【0059】
記録層21に書き込まれた情報を読み出す際には、電源ユニット51によって制御層22に左右いずれかの方向の電流を流す。このように電流を流している間、記録層21に形成された多数の磁区は同じ方向に同じ距離だけ移動する。この電流を所定時間流すことにより、読み出す対象の磁区(
図14(a)に示した例では磁区D1)が読み出し部53の直下に到達する。この時点で、電源ユニットから流す電流(主スイッチ512)をOFFにする。そして、読み出し部53の電極端子と制御層22の間に電圧を印加し、電流の大きさを測定する(
図14(b))。この電流の大きさは磁気抵抗効果によって磁化の方向に依存するため、該電流の大きさに基づいて、読み出し部53の直下の磁区における磁化の方向、すなわち該磁区に記録された情報を読み出すことができる。
【0060】
(2-2-2) 磁区の移動に関する詳細な説明
次に、制御層22に電流を流すことによって磁区が移動することについて、詳細に説明する。
【0061】
磁区同士の境界にはそれぞれ磁壁が形成される。
図15(a)~(d)には、上向きの磁化を有する磁区DAと下向きの磁化を有する磁区DBの間に磁壁DW1が形成され、磁区DBと上向きの磁化を有する磁区DCの間に磁壁DW2が形成されている例を4つ示している。これら4つの例における磁壁DW1及びDW2内の磁化は、いずれも図の左右方向に向かって徐々に変化している。その変化の方向は、図の左から右に向かって、(a)ではDW1、DW2共に右回り、(b)ではDW1、DW2共に左回り、(c)ではDW1において右回り、DW2において左回りに、(d)ではDW1において左回り、DW2において右回りである。
【0062】
仮に、記録層21の強磁性体がDM相互作用を有しなければ、これら(a)~(d)のいずれの状態も取り得るため、磁壁DW1及びDW2内の磁化は一意的には定まらない。それに対して、本実施形態のように記録層21の強磁性体がDM相互作用を有する場合には、磁壁DW1及びDW2内の磁化は、(a)又は(b)のいずれか1つに一意的に定まり、(c)及び(d)の状態にはならない。(a)の状態となるのは、DM相互作用を規定するベクトルとして知られているDベクトルが
図15の奥行き方向に向いている場合であり、(b)の状態となるのは、Dベクトルが
図15の手前の方向に向いている場合である。本実施形態のように強磁性元素の濃度比を記録層21の厚さ方向に変化させることでDM相互作用を発現させた場合には、Dベクトルの方向は、該濃度の変化の方向に対して垂直、すなわち記録層21に平行である。記録層21の面内での向きは、記録層21の平面形状及び濃度比が変化する方向により一意的に定まる。具体的なDベクトルの方向は、磁壁を形成させたうえで移動させるという予備実験をすることにより求めることができる。
【0063】
このように、
図15(a)又は(b)に示した磁区及び磁壁が形成されている状態で、制御層22に左右いずれかの方向の電流を流すと、スピンホール効果により、制御層22のうち記録層21との境界付近に上向き又は下向きのいずれかの電子スピンが偏在するようになる。この電子スピンと記録層21内の磁化を形成する電子スピンが磁気的に相互作用する。非特許文献2によれば、記録層21に従来より知られているDM相互作用を有する材料を用い、制御層22の材料にPtを用いた場合において、制御層22に左から右に向かう電流を流す(電子を右から左に移動させる)と、左から右に向かって磁化が右回りに変化している磁壁は左方向に移動し、磁化が左回りに変化している磁壁は右方向に移動する。電流を逆向き(右から左)に流すと、磁壁も上記したものとは逆向きに移動する。この磁壁の移動方向は、本実施形態の場合も同様である。なお、実際には、記録層21内の磁壁及びその近傍において磁化の向きが変化することによって、磁壁が移動するように見える。また、制御層22の材料によっては磁壁の移動方向が上記したものとは逆向きになることがあり得る。
【0064】
前段落で説明した磁壁の移動方向を、
図15(a)~(d)に示した4つの例に当てはめる。ここでは、制御層22の材料をPtとし、左から右に向かって制御層22に電流を流す場合を例とする。(a)では磁壁DW1、DW2が共に左方向に同じ距離だけ移動し、(b)では磁壁DW1、DW2が共に右方向に同じ距離だけ移動する。このように磁壁DW1、DW2が同じ方向に同じ距離だけ移動することにより、(a)及び(b)では磁区DA、DB、DCは各々形状を維持したまま磁壁DW1、DW2と同じ方向に同じ距離だけ移動する。それに対して、(c)では磁壁DW1が左方向に、DW2が右方向に移動し、(d)では磁壁DW1が右方向に、DW2が左方向に移動する。
【0065】
このように(c)及び(d)では磁壁DW1、DW2が互いに逆方向に移動するため、磁区が破壊されてしまい、磁気メモリとして機能させることができない。しかし、記録層21の強磁性体がDM相互作用を有する限り、上記の通り(a)及び(b)のうちのいずれか1つのみの状態に一意的に定まるため、(c)や(d)のように磁区が破壊されてしまうことはない。従って、記録層21の強磁性体においてDM相互作用を安定的に出現させ、それによって所定の方向に向かって磁化の方向が右回り又は左回りに変化してゆくというスピンカイラリティを安定させることが重要となる。第2実施形態の磁気メモリ素子20によれば、異なる複数種の強磁性元素を含有する合金から成り、複数種の強磁性元素の濃度比が厚さ方向の位置により異なる記録層21を用いることにより、DM相互作用を安定的に出現させることができるため、スピンカイラリティが安定し、磁区の位置を確実に制御することができる。
【0066】
ここまでに述べた磁気メモリ素子20を多数、厚さ方向に垂直且つ制御層22に電流を流す方向に垂直な方向に多数並べ、各磁気メモリ素子20に電源ユニット51、書き込み部52及び読み出し部53を設けることにより、集積された磁気メモリを構成することができる。この場合、記録層21及び制御層22の方向を、制御層22に電流を流す方向に垂直な方向を長手方向とする線状の形状とすることにより、磁気メモリ素子20の集積度を高くすることができる。
【0067】
上記の例の記録層21と同じ材料から成る強磁性体を記録層として用いて、スキルミオンの有無により「1」、「0」の情報を記録する磁気メモリを構成することもできる。そのような磁気メモリは、例えば特許文献3に記載の磁気メモリにおける磁性体を、記録層21と同じ強磁性体に置き換えることにより実現することができる。
【0068】
(2-3) 第2実施形態の磁気メモリ素子に関する実験結果
第2実施形態の磁気メモリ素子に関する実験として、記録層21を構成するGdFeCoアモルファス合金の薄膜を作製し、下記の測定を行った。ここで作製した薄膜は、以下の4つである。(i)薄膜全体で平均を取った組成(以下、「平均組成」)がGd25.0Fe65.6Co9.4、厚さが10nm、(ii)平均組成がGd23.5Fe66.9Co9.6、厚さが20nm、(iii)平均組成がGd23.5Fe66.9Co9.6、厚さが30nm、(iv)平均組成がGd23.5Fe66.9Co9.6、厚さが50nm。
【0069】
まず、薄膜(i), (iii)及び(iv)につき、走査型透過電子顕微鏡法(Scanning Transmission Electron Microscopy:STEM)及び電子エネルギー損失分光法(Electron energy-loss spectroscopy:EELS)により、厚さ方向に異なる複数の位置でそれぞれ測定を行い、各位置におけるGdとFeの検出強度の比を求めた。この検出強度の比の値はGdとFeの濃度比を直接表すものではないが、その値の位置による変化はGdとFeの濃度比の位置による変化に対応している。測定結果を
図16のグラフに示す。各グラフにおいて両方向の矢印を付して「薄膜内」と記載した範囲内が、測定対象の薄膜内におけるGdとFeの検出強度の比を示している(なお、それ以外の範囲には基板等が存在する)。薄膜(i), (iii)及び(iv)のいずれにおいても、GdとFeの検出強度の比は、厚さ方向の位置により異なる値を有し、全体的には一方向に向かって増加している。従って、これらの薄膜、すなわち記録層21、31は、残部であるCoも含めたGdの濃度とFe及びCoの濃度の和との比が厚さ方向の位置により異なるといえる。
【0070】
次に、薄膜(i)~(iv)につき、非特許文献3に記載の方法により、DMI定数|D|を測定した。|D|は、0ではない値である場合にはDM相互作用が存在することを意味し、その値の大きさはDM相互作用の大きさを示す。測定結果を
図17に示す。いずれの薄膜も、|D|は0ではない値を有し、DM相互作用が存在することがわかる。薄膜が厚くなるほど、|D|は大きくなり、DM相互作用も大きくなる。従って、記録層21、31が厚い方が、記録された情報をより安定して維持することができる。
【0071】
以上、第1及び第2の態様の磁気メモリ素子に係る発明の実施形態を説明したが、本発明は上記の実施形態には限定されず、発明の主旨の範囲内で種々の変形が可能である。
【符号の説明】
【0072】
10、10A、20、30…磁気メモリ素子
101、101A、101B、901、901A…積層体
102、902、902A…積層体集合体
11、11A、21、91、91A…記録層
121、121A、121B…第1非磁性層
122、122A、122B…第2非磁性層
13…ピン層
14…トンネル絶縁層
151…第1電極
152…第2電極
22…制御層
51…電源ユニット
511…直流電源
512…主スイッチ
513…切り替えスイッチ
52…書き込み部
53…読み出し部
D1、D2、DA、DB、DC…磁区
DW1、DW2…磁壁
92、92A…非磁性層