IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 湧永製薬株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-歯周病予防、改善又は治療剤 図1
  • 特許-歯周病予防、改善又は治療剤 図2
  • 特許-歯周病予防、改善又は治療剤 図3
  • 特許-歯周病予防、改善又は治療剤 図4
  • 特許-歯周病予防、改善又は治療剤 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-09
(45)【発行日】2024-07-18
(54)【発明の名称】歯周病予防、改善又は治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/198 20060101AFI20240710BHJP
   A61P 1/02 20060101ALI20240710BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20240710BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20240710BHJP
【FI】
A61K31/198
A61P1/02
A23L33/10
A23L33/105
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021519456
(86)(22)【出願日】2020-05-13
(86)【国際出願番号】 JP2020019096
(87)【国際公開番号】W WO2020230813
(87)【国際公開日】2020-11-19
【審査請求日】2023-03-13
(31)【優先権主張番号】P 2019091444
(32)【優先日】2019-05-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000250100
【氏名又は名称】湧永製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大谷 政博
(72)【発明者】
【氏名】西村 翼
【審査官】辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-000423(JP,A)
【文献】国際公開第2016/088892(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/199885(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/031442(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0189710(US,A1)
【文献】特開2004-123630(JP,A)
【文献】許栄海,ニンニクの癌予防効果,医学のあゆみ,2003年,Vol.204, No.1,pp.74-79
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
S-1-プロペニルシステイン又はその塩を有効成分とする歯周病の予防、改善又は治療剤。
【請求項2】
歯肉における抗菌ペプチドの発現を促進する、請求項1記載の歯周病の予防、改善又は治療剤。
【請求項3】
ICAM-1発現抑制によって歯肉炎症を抑制する、請求項1又は2記載の歯周病の予防、改善又は治療剤。
【請求項4】
S-1-プロペニルシステイン又はその塩を有効成分とする歯肉における抗菌ペプチド発現促進剤。
【請求項5】
S-アリルメルカプトシステイン又はその塩を有効成分とする歯周病の予防、改善又は治療剤。
【請求項6】
IL-6放出抑制によって歯肉炎症を抑制する、請求項5記載の歯周病の予防、改善又は治療剤。
【請求項7】
S-1-プロペニルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩を有効成分とする歯周病の予防又は改善用食品。
【請求項8】
S-1-プロペニルシステイン又はその塩を有効成分とする歯肉における抗菌ペプチド発現促進用食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯周病の予防、改善又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
歯肉炎は、歯周病(歯肉炎及び歯周炎を合わせた総称)を誘発する悪性度の高いPorphyromonas gingivalisなど、バイオフィルム中に棲息する歯周病細菌の歯肉細胞への接触及び侵入に対する免疫応答が引き金となり、歯肉に炎症反応が生じる炎症性疾患である(非特許文献1)。また、歯肉炎は、バイオフィルムの除去など物理的治療を施さずに放置することにより、炎症反応の持続及び遷延化を原因とする慢性炎症状態へと移行する。慢性炎症は、マトリクスメタロプロテアーゼ(MMP)活性化による歯肉組織のコラーゲン繊維の分解促進や、骨芽細胞におけるreceptor activator of NF-κBligand(RANKL)分子の発現上昇を介した破骨細胞の分化促進により、歯肉の退宿や歯根を支える歯槽骨の吸収を引き起こし、最終的に歯の脱落を招く(歯周炎)(非特許文献1,2)。
【0003】
全身の上皮細胞は、抗菌ぺプチドなどの抗菌物質を産生・放出することにより、免疫細胞と協働して種々の微生物の生体内への侵入を防御するバリアとして働くとともに、自然免疫反応の調節にも関与している(非特許文献3)。歯肉上皮細胞も、抗菌ペプチドなどの殺菌物質を放出して歯周病菌の排除に寄与する(非特許文献4)。また口腔内では、ディフェンシン類、カテリシジン、アドレノメデュリン、カルプロテクチン、ヒスタチンなど、多種類の抗菌ペプチドが同定されている(非特許文献4)。これらの中で、ヒトにおける代表的な抗菌ペプチドとして、ディフェンシン及び、カテリシジン(前駆体)から生成されるLL-37が挙げられるが、歯肉炎又は歯周炎患者においては、歯肉溝滲出液中のヒトベータディフェンシン-1、3(hBD1、3)mRNAの存在レベルが低いことが報告されている(非特許文献5)。また、先天性無顆粒球症であるKostmann症候群はLL-37の産生量が極めて低い遺伝病であり、歯周病罹患率が高いことが知られている(非特許文献4)。更に、実験的歯周病モデルにおいては、hBD3を腹腔内又は歯周ポケット内に直接投与することにより、歯槽骨の吸収が抑制されることも報告されている(非特許文献6)。斯様に、抗菌ペプチドは、全身の感染症だけではなく、歯周病の予防にも重要な役割を果たしていると考えられ、抗菌ペプチドの産生・放出を促進する物質は、歯周病の発症を抑制(予防)できる可能性がある。
【0004】
炎症促進性サイトカインである腫瘍壊死因子-α(TNF-α)は、受容体(TNFR1/2)への結合を介して、免疫細胞などの生存、増殖、分化など多様な生物活性を示す(非特許文献7)。歯周病態下では、歯肉組織に浸潤したマクロファージや好中球からTNF-αが放出されて過剰に蓄積し、歯肉細胞でのIL-6の産生・放出を促進する(非特許文献8)。放出されたIL-6はRANKLの発現レベルを上昇させて破骨細胞の分化を促進し、歯周病の悪化を招く(非特許文献8)。
また、Intercellular adhesion molecule-1(ICAM-1)は細胞間接着因子の一種であり、炎症性刺激により白血球、内皮細胞、上皮細胞などの細胞表面に発現し、免疫細胞どうしあるいは、上皮・内皮細胞と免疫細胞間の接着に関与する(非特許文献9,10)。したがって、ICAM-1の持続的な発現は、炎症部位への免疫細胞の滞留等を促進して炎症反応の遷延を招き、結果として、歯周病(非特許文献11)などの炎症性疾患の病態悪化を齎すこととなる。
したがって、慢性歯周病態下において、歯肉細胞でのICAM-1の発現及びIL-6の放出を抑える薬剤は、歯周病を緩和あるいは治療できる可能性がある。
【0005】
一方、S-アリルシステイン(以下、「SAC」と略す)、S-1-プロペニルシステイン(以下、「S1PC」と略す)、S-アリルメルカプトシステイン(以下、「SAMC」と略す)は、ニンニク等のアリウム属植物を切ったり、つぶしたり、すりおろしたり、又は熟成した場合に酵素反応により生成される水溶性化合物である。(非特許文献12)。
【0006】
SACは、肝障害予防効果(特許文献1)等、多くの薬理作用が報告され、また、SAMCについても、抗がん作用やアポトーシス誘発作用(非特許文献13)などが報告されている。
S1PCに関しては、血圧降下作用(特許文献2)、抗酸化酵素発現促進作用(非特許文献14)が報告されている。
【0007】
しかしながら、S1PC、SAC、及びSAMCに、歯肉での抗菌ペプチドの発現を促進したり、歯肉炎症を抑制する作用があることは報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特公平05-060447号公報
【文献】国際公開第2016/199885号
【非特許文献】
【0009】
【文献】Zini A, Mann J, Mazor S, Vered Y. The Efficacy of Aged Garlic Extract on Gingivitis- A Randomized Clinical Trial. Journal of Clinical Dentistry 29: 52-56 (2018).
【文献】Sojod B, Chateau D, Mueller CG, Babajko S, Berdal A, Lezot F, Castaneda B. RANK/RANKL/OPG signalization implication in periodontitis: New evidence from a RANK transgenic mouse model. Frontiers in Physiology 8: 338 (2017).
【文献】van Kilsdonk Patrick JWJ, Jansen PAM, van den Bogaard EH, Bos C, Bergers M, Zeeuwen PLJM, Schalkwijk J. The effects of human beta-defensins onskin cells in vitro. Dermatology 233: 155-163 (2017).
【文献】Hans M, Hans VM. Epithelial antimicrobial peptides: Guardian of the oral cavity. International Journal of Peptides 2014: ID370297 (2014).
【文献】Ebrahem MA. Expression of human beta defensins (HBDs) 1, 2 and 3 in gingival crevicular fluid of patients affected by localized aggressive periodontitis. The Saudi Dental Journal 25: 75-82 (2013).
【文献】Cui D, Lyu J, Li H, Lei L, Bian T, Li L, Yan F. Human b-defensin 3 inhibits periodontitis development by suppressing inflammatory responses in macrophages. Molecular Immunology 91: 65-74 (2017).
【文献】Yan L, Zheng D, Xu RH. Critical role of tumor necrosis factor signaling in mesenchymal stem cell-based therapy for autoimmune and inflammatory diseases. Frontiers in Immunology 9: 1658 (2018).
【文献】Li S, Song Z, Dong J, Shu R. MicroRNA-142 is upregulated by tumor necrosis factor-alpha and triggers apoptosis in human gingival epithelial cells by repressing BACH2 expression. American Journal of Translational Research 9: 175-183 (2017).
【文献】Lawson C, Wolf S. ICAM-1 signaling in endothelial cells. Pharmacological Reports 61: 22-32 (2009).
【文献】Lyck R, Enzmann G. The physiological roles of ICAM-1 and ICAM-2 in neutrophil migration into tissues. Current Opinion in Hematology 22: 53-59 (2015).
【文献】Wang L, Li XH, Ning WC. Evaluation of ICAM-1 and VCAM-1 Gene Polymorphisms in Patients with Periodontal Disease. Medical Science Monitor 22: 2386-2391 (2016).
【文献】ニンニクの科学、初版、93-122 (2000).
【文献】Liu Y, So KF, Wong NK, Xiao J. Anti-cancer activities of S-allylmercaptocysteine from aged garlic. Chinese Journal of Natural Medicine 17: 43-39 (2019).
【文献】Tsuneyoshi T, Kunimura K, Morihara N. S-1-Propenylcysteine augments BACH1 degradation and heme oxygenase 1 expression in a nitric oxide-dependent manner in endothelial cells. Nitric Oxide 84: 22-29 (2019).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、歯周病の予防、改善又は治療のために有用な医薬品又は食品を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、S1PC、SAC及びSAMCから選ばれる特定のシステイン誘導体にヒト歯肉上皮細胞における抗菌ペプチド発現促進作用及び抗炎症作用があり、これらが歯周病の予防又は治療剤として有用であることを見出した。
すなわち、本発明は、以下の1)~12)に係るものである。
1)S1PC、SAC及びSAMCから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩を有効成分とする歯周病の予防、改善又は治療剤。
2)歯肉における抗菌ペプチドの発現を促進する、1)の歯周病の予防、改善又は治療剤。
3)ICAM-1発現抑制及び/又はIL-6放出抑制によって歯肉炎症を抑制する、1)又は2)の歯周病の予防、改善又は治療剤。
4)S-1-プロペニルシステイン、S-アリルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩を有効成分とする歯肉における抗菌ペプチド発現促進剤。
5)S-1-プロペニルシステイン、S-アリルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩を有効成分とする歯周病の予防又は改善用食品。
6)S-1-プロペニルシステイン、S-アリルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩を有効成分とする歯肉における抗菌ペプチド発現促進用食品。
7)歯周病の予防、改善又は治療剤を製造するための、S-1-プロペニルシステイン、S-アリルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩の使用。
8)歯肉における抗菌ペプチド発現促進剤を製造するための、S-1-プロペニルシステイン、S-アリルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩の使用。
9)歯周病を予防、改善又は治療するための、S-1-プロペニルシステイン、S-アリルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩。
10)歯肉における抗菌ペプチドの発現を促進するための、S-1-プロペニルシステイン、S-アリルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩。
11)S-1-プロペニルシステイン、S-アリルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩を投与又は摂取することを含む、歯周病を予防、改善又は治療する方法。
12)S-1-プロペニルシステイン、S-アリルシステイン及びS-アリルメルカプトシステインから選ばれる1種以上のシステイン誘導体又はその塩を投与又は摂取することを含む、歯肉における抗菌ペプチドの発現促進方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の歯周病の予防、改善又は治療剤によれば、抗菌ペプチド発現促進作用により、歯肉と接触した歯周病細菌を排除することや、抗炎症作用によって炎症発生部位における免疫細胞の長期滞在や、歯肉組織障害や歯槽骨吸収を緩和することにより、歯周炎の進行を遅滞させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】SAC、S1PCによるLL-37遺伝子発現促進作用を示す図。
図2】熱殺菌した歯周病菌存在下でのSAC、S1PCによるhBD3遺伝子発現促進作用を示す図。
図3】S1PCによるICAM-1タンパク質発現抑制作用を示す図。
図4】SACによるIL-6放出抑制作用を示す図。
図5】SAMCによるIL-6放出抑制作用を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のシステイン誘導体は、以下の式(1)~(3)で示される化合物又はその塩である。
【0015】
【化1】
【0016】
このうち、S1PCは、式(1)中の波線で示されるように、シス又はトランスの立体配置が存在するが、トランス体の割合が多いのが好ましく、トランス体の割合がトランス体とシス体の合計を100%とした場合に、50~100%であるのがより好ましく、75~100%であるのがより好ましく、80~100%であるのがより好ましく、90~100%であるのが更に好ましい。
【0017】
また、本発明のシステイン誘導体は、システイン由来の不斉炭素を有することから光学異性体が存在するが、D体、L体はあるいはラセミ体のいずれであってもよい。
【0018】
斯かるシステイン誘導体の塩は、酸付加塩又は塩基付加塩の何れでもよい。酸付加塩としては、たとえば、(イ)塩酸、硫酸、硝酸、リン酸などの鉱酸との塩、(ロ)ギ酸、酢酸、クエン酸、フマル酸、グルコン酸、リンゴ酸、コハク酸、酒石酸、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸などの有機カルボン酸との塩、(ハ)メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、メシチレンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸などのスルホン酸類との塩を、また、塩基付加塩としては、たとえば、(イ)ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属との塩、(ロ)カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属との塩、(ハ)アンモニウム塩、(ニ)トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、ピリジン、N,N-ジメチルアニリン、N-メチルピペリジン、N-メチルモルホリン、ジエチルアミン、ジシクロヘキシルアミン、プロカイン、ジベンジルアミン、N-ベンジル-β-フェネチルアミン、1-エフェナミン、N,N′-ジベンジルエチレンジアミンなどの含窒素有機塩基との塩を挙げることができる。
【0019】
更に、本発明のシステイン誘導体又はその塩は、未溶媒和型のみならず、水和物や溶媒和物としても存在することができ、斯かる水和物又は溶媒和物は製造条件により任意の結晶形として存在することができる。従って、本発明におけるシステイン誘導体又はその塩は、全ての立体異性体、水和物、溶媒和物、及び全ての多形結晶形態もしくは非晶形を包含するものである。
【0020】
本発明における本発明のシステイン誘導体又はその塩は、有機合成手法〔S1PC:1〕Carson J.F.; Boggs L.E. The synthesis and base-catalyzed cyslization of (+)- and (-)-cis-S- (1-propenyl)-L-cysteine sulfoxides. J. Org. Chem. 1966, 31(9), 2862-2864; 2〕 H Nishimura, A Mizuguchi, J Mizutani, Stereoselective synthesis of S-(trans-prop-1-enyl)-cysteine sulphoxide. Tetrahedron Letter, 1975, 37, 3201-3202;3〕JC Namyslo, C Stanitzek, A palladium-catalyzed synthesis of isoalliin, the main cysteine sulfoxide in Onion(Allium cepa). Synthesis, 2006, 20, 3367-3369;4〕S Lee, JN Kim, DH Choung, HK Lee, Facile synthesis of trans-S-1-propenyl- L-cysteine sulfoxide (isoalliin) in onions(Allium cepa). Bull. Korean Chem. Soc. 2011, 32(1), 319-320;SAC:Vesna D. Nikolic, Dusica P. Ilic, Ljubisa B. Nikolic, Mihajlo Z. Stankovic, Ljiljana P. Stanojevic, Ivan M. Savic, Ivana M. Savic、The synthesis and Structure Characterization of deoxyalliin and Alliin 1, 2012, 38-46、SAMC:Aharon Rabinkov, Talia Miron, David Mirelman, Meir Wilchek, Sabina Glozman, Ephraim Yavin, Lev Weiner、S-Allylmercaptoglutathione: the reaction product of allicin with glutathione possesses SH-modifying and antioxidant properties. Biochimica et Biophysica Acta 1499(2000) 144-153〕、酵素若しくは微生物を用いた生化学的手法、又はこれらを組み合わせた方法によって取得することができる。また、この他、当該化合物を含有する植物、例えばアリウム属植物あるいはその加工物から抽出・精製することにより取得できる。したがって、本発明のシステイン誘導体又はその塩としては、単離・精製されたもののみならず、粗生成物、上記植物からの抽出操作により当該システイン誘導体又はその塩の含有量が高められた画分を用いることができる。
【0021】
ここで、本発明のシステイン誘導体又はその塩を含有するアリウム属植物としては、ニンニク(Allium sativum L.)、タマネギ(Allium cepa L.)、エレファントガーリック(Allium ampeloprazum L.)、(Allium tuberosum. Rottl. Ex K. Spreng.)及びネギ(Allium fistulosum L.)等が挙げられる。これらの植物は、単独あるいは組み合わせて用いてもよい。また、上記アリウム属植物は生のものをそのまま、あるいは必要に応じて外皮を取り除き、切断又は細断したものを使用することもできる。あるいは、これらを粉末化したもの、また、医薬や食品の製造に可能な溶媒を用いて抽出したものを用いることができる。溶媒としては、水やアルコールなどや、酸あるいは塩基性物質を溶媒に添加したものなどが挙げられる。
【0022】
例えば、S1PC又はその塩として、アリウム属植物からの抽出画分を用いる場合、当該画分は、例えば1)アリウム属植物を10~50%のエタノール水溶液中、0~80℃で、1ヶ月以上抽出し、2)得られた抽出物を固液分離後、エタノール溶出画分を回収する、ことにより取得することができる。
【0023】
工程1)で使用するエタノール水溶液は、10~50%のエタノール水溶液を使用することができるが、好ましくは20~40%のエタノール濃度に調製されたものである。また、処理温度は0~80℃の範囲に設定することができるが、好ましくは10~60℃、更に好ましくは20~40℃である。処理期間は上記条件下で少なくとも1ヶ月以上抽出に付すことができるが、好ましくは1~20ヶ月、更に好ましくは1~10ヶ月である。また、本工程は衛生面やエタノールの揮発等を考慮し、気密、密封あるいは密閉容器内で行うことができるが、密閉容器を使用するのが好ましい。
【0024】
工程2)では、工程1)で得られた抽出物を固液分離後、エタノール溶出画分が回収される。回収物を適宜濃縮することにより、S1PC又はその塩を含む抽出画分を得ることができる。当該抽出画分は、そのまま使用することができるが、適宜、スプレードライなどにより乾燥させて使用することもできる。
【0025】
更に、上記S1PC又はその塩を含む抽出画分からのS1PC又はその塩の単離は、必要に応じて分子排除サイズ3000~4000の透析膜を用いて透析に付し、次いで陽イオン交換樹脂を用いた吸着・分離、順相クロマトグラフィー又は逆相クロマトグラフィーによる分離精製手段を適宜組み合わせることにより行うことができる。
ここで、陽イオン交換樹脂を用いた吸着・分離は、陽イオン交換樹脂(例えば、アンバーライト(ダウ・ケミカル社)、DOWEX(ダウ・ケミカル社製)、DIAION(三菱化学製)等)に吸着させ、0.1~3Nのアンモニア水で溶出させる方法が挙げられる。
順相クロマトグラフィーとしては、例えばシリカゲルカラムを用いて、クロロフォルム/メタノール/水混合物等で溶出させる方法が挙げられる。
逆相クロマトグラフィーとしては、例えばオクタデシルシリルカラムを用いて、0.01~3%ギ酸水溶液等で溶出させる方法が挙げられる。
【0026】
好ましくは、上記エタノール抽出画分を透析(透析膜:分子排除サイズ3000~4000)し、次いで陽イオン交換樹脂に吸着させた後、0.5~2Nのアンモニア水で溶出し、溶出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶媒:クロロフォルム/メタノール/水混合物)に付して目的物を含む画分を回収し、更に分取用逆相カラムクロマトグラフィー(溶媒:0.1~0.5%ギ酸水溶液)に付して目的物を回収する方法が挙げられる。
斯くして得られたS1PCは、トランス体の割合が、トランス体とシス体の合計を100%とした場合に、50~100%であるのがより好ましく、60~100%であるのがより好ましく、70~100%であるのがより好ましい。
【0027】
本発明におけるシステイン誘導体又はその塩は、例えば原料の一つであるニンニクの希エタノール抽出液(エキス分14.5%,アルコール数1.18)のLD50値が、経口、腹腔及び皮下のいずれの投与経路においても、50ml/Kg以上であること(The Journal of Toxicological Sciences,9,57(1984))及びニンニクやタマネギ等のアリウム属植物が食品として常用されていること、等により一般に低毒性である。
【0028】
後記実施例に示すように、本発明のシステイン誘導体は、リポ多糖(LPS)等の歯周病原菌由来の有害成分で刺激を行っていないヒト歯肉上皮細胞において、抗菌ペプチドの発現を促進する。また、炎症が惹起されたヒト歯肉上皮細胞において、ICAM-1タンパク質の発現及びIL-6の放出を抑制する。
前述のとおり、抗菌ペプチドの産生・放出を促進する物質は、歯周病の発症を抑制できると考えられ(前記非特許文献4~6)、IL-6の放出の抑制やICAM-1タンパク質の発現の抑制は、破骨細胞の分化を抑制する、或いは炎症反応の遅延を抑制することにより歯周病の悪化を抑制できると考えられる(前記非特許文献8、11)。
よって、本発明のシステイン誘導体又はその塩は、歯肉における抗菌ペプチド発現促進剤、歯周病の予防、改善又は治療剤となり得る。また、本発明のシステイン誘導体又はその塩は、歯肉における抗菌ペプチドの発現促進のため、歯周病の予防、改善又は治療のために使用できる。
本発明において、「歯周病」とは、歯垢中の細菌によって歯肉に炎症がひき起こされる炎症性疾患を意味し、歯肉炎と歯周炎が包含される。
また、本発明において、「抗菌ペプチド」としては、口腔上皮細胞において産生される抗菌ペプチドが挙げられ、具体的にはディフェンシン類(β-ディフェンシン-1,-2、-3)、カテリシジン、カテリシジンから生成されるLL-37、アドレノメデュリン、カルプロテクチン、ヒスタチンなどが挙げられるが、β-ディフェンシン、LL-37が好ましい。
本発明において、抗菌ペプチドの発現促進とは、上記抗菌ペプチドのmRNA及び/又はタンパク質の発現促進を意味する。
【0029】
本明細書において、「予防」とは、個体における疾患若しくは症状の発症の防止又は遅延、あるいは個体の疾患若しくは症状の発症の危険性を低下させることを意味し、治療的予防であっても非治療的予防であってもよい。
また、「治療」又は「改善」とは、疾患、症状又は状態の好転、疾患、症状又は状態の悪化の防止又は遅延、あるいは疾患又は症状の進行の逆転、防止又は遅延を意味し、「治療」には疾患の完全治癒に加えて、症状を改善させることが包含される。
【0030】
本発明の歯周病の予防、改善又は治療剤、歯肉における抗菌ペプチド発現促進剤は、歯周病の予防、改善又は治療効果、又は歯肉における抗菌ペプチド発現促進効果を発揮する医薬又は食品であってもよく、或いはこれらに配合して使用される素材又は製剤であってもよい。
【0031】
また、当該食品には、歯周病の予防又は改善、歯肉における抗菌ペプチドの発現促進をコンセプトとし、必要に応じてその機能に基づく作用を説明表示した食品、機能性食品、機能性表示食品、病者用食品、特定保健用食品が包含される。
【0032】
本発明のシステイン誘導体又はその塩を含有する医薬の投与形態は、特に限定されるものではなく、経口に適した剤形をとることができるが、経口に適した剤形であることが好ましい。経口投与製剤の具体的な剤形として、例えば、固形剤としては錠剤、カプセル剤、細粒剤、丸剤、顆粒剤、液剤としては乳濁剤、溶液剤、懸濁剤、シロップ剤等の形態が挙げられる。斯かる医薬製剤は、本発明のシステイン誘導体又はその塩に、必要に応じて賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色料、矯味矯臭剤、pH調整剤等を適宜配合し、常法に従って調製することができる。
【0033】
本発明のシステイン誘導体又はその塩を含有する食品の形態は、特に限定されるものではなく、例えば、固形食品、半流動食品、ゲル状食品、錠剤、キャプレット、カプセル剤等、種々の形態をとることができ、更に具体的には、菓子、飲料、調味料、水産加工食品、食肉加工食品、パン、健康食品等の種々の食品の形態であり得る。
斯かる食品は、これらの食品を通常製造する場合に用いられる食品素材と、本発明のS1PC又はその塩を適宜配合し、常法により製造することができる。
【0034】
上記医薬又は食品には、更に、他の薬効成分、例えば、ニンジン、イチョウ等の生薬類、グルタミン酸やGABAなどのアミノ酸類を含有することができる。また、炎症を和らげるようなビタミン類、脂質類、ミネラル類、例えば、ビタミンC、ビタミンE,ビタミンB2,ビタミンB6,ナイアシン、ヘスペリジン、α-リポ酸、グルタチオン、コエンザイムQ10,亜鉛、マグネシウム、オメガ3脂肪酸などを含有することができる。
【0035】
上記医薬又は食品の、一日当たりの好ましい投与又は摂取量は、投与又は摂取する対象、投与又は摂取の形態、同時に投与又は摂取する素材や添加剤等の種類、投与又は摂取の間隔等の要因に依存して変動するものであるが、通常システイン誘導体又はその塩として、一日当たり0.1~2.7mg/kg投与又は摂取することが好ましく、0.3~0.9mg/kg投与又は摂取することがより好ましい。また、所望により、この一日量を2~4回に分割して投与又は摂取することもできる。
なお、投与又は摂取対象としては、好ましくは歯肉炎や歯周炎のような歯肉炎症を発症しているヒト、歯肉炎症の予防を望むヒト等が挙げられる。
【実施例
【0036】
製造例1 S1PCの製造(1)
(1)外皮を取り除いたニンニク鱗茎約1kgと約1000mLの30%エタノールを容器に入れ密閉した。この容器を室温で1~10ヶ月放置し、適宜攪拌した。この混合物から固体と液体を分離し、液体をスプレードライによって乾燥させ、黄褐色の粉末を得た。
(2)(1)で得られたニンニクのエタノール抽出画分をポアサイズ3500の透析チューブに入れ、精製水に対して透析を行った。透析外液を陽イオン交換樹脂Dowex50Wx8(H+)に通じ、精製水で樹脂を良く洗浄した。樹脂に吸着したアミノ酸類を2Nのアンモニアで溶出させ、減圧濃縮した。濃縮物をシリカゲルカラムに付し、クロロフォルム/メタノール/水混合物を溶媒としてカラムクロマトグラフーを行った。目的物(S1PC)を含む画分を回収し、濃縮した。濃縮物を水に溶解し、分取用逆相カラム(オクタデシルシリルカラム)を用いて、0.1%ギ酸を溶媒としてクロマトグラフを行い、目的物を回収し溶媒を凍結乾燥によって取り除いた。得られた凍結乾燥物は、NMR(溶媒:重水)及び質量分析装置にて、構造を以下に示す標準物質から得られたスペクトルと比較し、トランス-S1PCとシス-S1PC(トランス体:シス体=8:2)の混合物であることを確認した。
【0037】
trans-S1PC
1H-NMR (500 MHz, in D2O-NaOD, δ): 1.76 (d, 3H, J = 7.0 Hz), 2.98 (dd, 1H, J = 7.5, 14.5 Hz), 3.14 (dd, 1H, J = 4.5, 14.5 Hz) 3.69 (dd, 1H, J = 4.5, 7.5Hz), 5.10-5.14 (m, 1H), 6.02(d, 1H, J = 15.5 Hz);
13C-NMR (125 MHz, in D2O-NaOD, δ): 17.61, 33.53, 53.70, 119.92, 132.12, 172.73,
HRMS: observed [M+H]+ = 162.0583, calculated [M+H] + = 162.0581
【0038】
cis-S1PC
1H-NMR (500 MHz, in D2O, δ): 1.74 (d, 3H, J = 7.0 Hz), 3.21 (dd, 1H, J = 7.5, 15.0 Hz), 3.31 (dd, 1H, J = 4.5, 15.0 Hz), 3.95 (dd, 1H, J = 4.5, 7.5 Hz), 5.82-5.86 (m, 1H), 6.01(d, 1H, J = 9.5 Hz);
13C-NMR (125 MHz, in D2O-NaOD, δ): 13.89, 33.88, 54.16, 122.58, 127.78, 172.63.
HRMS: observed [M+H] + = 162.0580, calculated [M+H] + = 162.0581
【0039】
製造例2 S1PCの製造(2)
Carson J.F.; Boggs L.E. The synthesis and base-catalyzed cyslization of (+)- and (-)-cis-S- (1-propenyl)-L-cysteine sulfoxides. Journal of Organic Chemistry 1966, 31(9), 2862-2864.に沿い、一部操作を変更して調製した。すなわち、2.9gのtret-BuOKを100mLのDMSOに溶解し、2.8gのSACを加え室温で1夜攪拌した。反応終了後、2.64mLの濃塩酸を加え中和した。この混合物に400mLのエタノールを加え、析出物を濾過回収した。析出物は更にエタノールで洗浄した。水を用いた再結晶により、cis体が優位に結晶化することから、結晶化したcis体を濾過によって取り除く操作を3回行った。3回目の濾液を濃縮後、クロロホルム/メタノール/水(7:3:0.5)を溶媒として、シリカゲルクロマトグラフに付し、ニンヒドリン陽性画分をS1PCとして回収した。構造は、製造例1に示す標準物質から得られたスペクトルと比較し、トランス-S1PCとシス-S1PC(トランス体:シス体=85:15)の混合物であることを確認した。
【0040】
製造例3 SACの製造
Vesna D. Nikolic, Dusica P. Ilic, Ljubisa B. Nikolic, Mihajlo Z. Stankovic, Ljiljana P. Stanojevic, Ivan M. Savic, Ivana M. Savic、THE SYNTHESIS AND STRUCTURE CHARACTERIZATION OF DEOXYALLIIN AND ALLIIN、 2012, 1、38-46に沿い、一部操作を変更して調製した。すなわち、1000mL容のナスフラスコに12.1gのシステインをいれ、水250mLを加えて溶解させた。この液に13.19gのアリルブロミドを溶解した250mLのエタノールを加えた。室温下、攪拌しながら25mLのトリエチルアミンを滴下した。室温で1夜攪拌反応させた後、濃縮、乾固した。濃縮物を約100mLのエタノールで洗浄後、ろ紙でろ過再回収した。回収物を70%エタノールで再結晶し、結晶を五酸化燐存在下、減圧で乾燥させた。構造は以下に示す標準物質から得られたスペクトルと比較し、目的物であることを確認した。
【0041】
1H-NMR (in D2O) δ, 2.86 (dd, J = 8.2, 14.1 Hz, 1H), 3.04 (dd, J = 4.8, 14.1 Hz, 1H), 3.22 (d, J = 7.1 Hz, 2H), 4.56 (dd, J = 4.8, 8.2 Hz, 1H), 5.19 (dd, J = 9.3, 17.1 Hz, 2H), 5.80-5.88 (m, 1H);
13C-NMR (in D2O) δ, 31.6, 34.1, 52.9, 117.9, 133.7, 175.0.
【0042】
製造例4 SAMCの製造
Aharon Rabinkov, Talia Miron, David Mirelman, Meir Wilchek, Sabina Glozman, Ephraim Yavin, Lev Weiner、S-Allylmercaptoglutathione: the reaction product of allicin with glutathione possesses SH-modifying and antioxidant properties. Biochimica et Biophysica Acta 1499 (2000) 144-153に沿い、一部操作を変更して調製した。すなわち、ジアリルジスルフィド25gを酢酸150mLに溶解し、氷水にて冷却した。冷却下、35%過酸化水素22.5gをゆっくりと添加し、6時間攪拌し反応することでアリシンの調製をした。反応液を氷で冷却した水-エタノール混合液(2:1)750mLに注ぎ、28%アンモニア水でpHを5-6に調製した。次いで、27gのシステイン塩酸塩一水和物を1000mLの水に溶解し、氷で冷却した後、pHを調製したアリシン溶液にゆっくりと注いだ。2時間室温で攪拌反応させ、析出物をろ過し回収した。回収した反応物は、水1000mLで2回、エタノール1000mLで2回洗浄し、減圧下乾燥させた。構造は以下に示す標準物質から得られたスペクトルと比較し、目的物であることを確認した。
【0043】
1H-NMR (in D2O) δ, 3.00 (dd, J = 9.0, 14.1 Hz, 1H), 3.27 (dd, J = 4.4, 14.2 Hz, 1H), 3.38 (d, J = 6.6 Hz, 2H), 4.64 (dd, J = 4.4, 8.9 Hz, 1H), 5.21 (dd, J = 9.2, 25.2 Hz, 1H), 5.89 (ddq, J = 7.3, 10.0, 17.0 Hz, 1H);
13C-NMR (in D2O) δ, 42.0, 43.9, 56.8, 121.8, 136.5, 178.1
【0044】
試験例 歯肉細胞における炎症抑制作用
(1)試料の調製
生物活性を評価するための被検液の調製を以下の通り行った。生物活性評価に際し、被検液はいずれも用時調製を行った。
(a)SAC、S1PC(シス:トランス比率 15:85)を約1mg精密に量り取り、精製水0.6mLに溶解した(10mM)。この液を原液とし、適宜希釈して試験に供した。
(b)SAMCは細胞培養用培地(10%牛血清アルブミン、100,000 unit/mLペニシリン、100μg/mL ストレプトマイシンを含む)に溶解した(1mM)。この溶液を原液として、適宜希釈して試験に供した。
【0045】
(2)評価試験用細胞
試験用細胞(ヒト歯肉上皮Ca9-22細胞)は国立研究開発機構 医薬基盤健康・栄養・研究所より購入した。購入後、直ちに培養を開始した(5%CO2、37℃)。週に2、3回の継代を行った。
【0046】
(3)酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)
IL-6産生量を測定するためにeBioscience社製のマウスIL-6 ELISA Ready-SET-Go!キットを購入した。抗IL-6抗体(1次抗体)をコートした96穴プレートに培養上清を入れた。西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識2次抗体及び発色基質を添加した後に、プレートリーダーにより吸光度を測定した。
【0047】
(4)LL-37及びhBD3遺伝子発現促進作用
Ca9-22細胞を10%血清含培地にて1×105個/mLに調製し、12穴プレートに1mLずつ播種して、24-48時間培養した。各穴の細胞の占める割合が100%近くに達した時点でアッセイを行った。熱殺菌したPorphyromonas gingivalis(HKPG)非存在下又は存在下で試薬を添加して24時間培養を継続した。培養終了後に培養上清を除去してRIPAバッファーを添加し(200μL/穴)、室温で5分間処理した。各穴からRIPAバッファーをチューブに回収し、クロロホルムを添加して(40μL/チューブ)、室温で2-3分間処理した。遠沈(13,000g、5分、4℃)後に上清を新しいチューブに移し、2-プロパノールを添加して(80μL/チューブ)、室温で10分間処理した。遠沈(13,000g、10分、4℃)後に上清を除き、沈殿物に75%エタノールを添加して(200μL/チューブ)、更に遠沈(13,000g、10分、4℃)を行った。遠沈(13,000g、10分、4℃)後に上清を除き、乾燥させた沈殿物(総RNA)を滅菌水に溶解して使用するまで-80℃で凍結保存した。
【0048】
逆転写キット(PrimeScript RT reagent kit with gDNA Eraser,RR047A,TAKARA)を用いて、総RNA中に残存しているDNAの分解及びRNAから相補DNA(cDNA)への逆転写反応を行った。次に、LL-37又はhBD3遺伝子に対する特異的プライマーを用いた定量リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により、標的遺伝子由来のcDNAの増幅を行った。内部標準遺伝子としてベータアクチンを用い、LL-37及びhBD3遺伝子の相対発現量を算出した。結果を図1、2に示す。
【0049】
図1より、HKPG非存在下でのSAC又はS1PCとの24時間処理により、LL-37遺伝子の発現レベルが、未処理のものと比較して有意に上昇することが明らかとなった。しかし、hBD3遺伝子の発現レベルに変化はみられなかった。一方、107/mL HKPG存在下では、SAC又はS1PC(いずれも300μM)との処理により、hBD3遺伝子の発現レベルが有意に上昇した(図2)。したがって、hBD3遺伝子の発現は歯周病菌依存的である可能性が考えられた。これらの結果からSAC及びS1PCは、抗菌ペプチドであるLL-37及びhBD3の発現上昇を介して歯周病発症予防又は緩和作用を示す可能性が示唆された。
【0050】
(5)ICAM-1発現抑制作用
Ca9-22細胞を10%血清含培地にて1×105個/mLに調製し、12穴プレートに1mLずつ播種して、36-48時間培養した。各穴の細胞の占める割合が100%近くに達した時点でアッセイを行った。TNF-αを添加してICAM-1の発現(炎症反応)を惹起させた直後にS1PCを添加して24時間培養を継続し、培養終了後に培養上清を除去して4℃に冷却したリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で細胞を5回洗浄した。数種のタンパク質分解酵素阻害剤を含むタンパク質抽出緩衝液を各穴に添加し(50μL/穴)、氷上で30分間処理した。各穴から細胞を含むタンパク質抽出緩衝液をチューブに回収し、遠沈(13,000g、5分、4℃)後に上清を新しいチューブに移し、使用するまで-80℃で凍結保存した。
上記のタンパク質上清の一部を分取し、総タンパク質濃度をBCA法により算出した。続いて、還元剤(ジチオスレイトール)及びドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を含むサンプルバッファーを添加して加熱処理(95℃、5分)することによりタンパク質を変性させ、ウェスタンブロット解析に供した。
ウェスタンブロット解析ではまず、ポリアクリルアミドゲル上部の各穴に上記の変性タンパク質を10μg/穴で注入後、電気泳動装置にセットして電圧(150V)をかけて分子量により各タンパク質を分離した。次に、転写装置を用いてニトロセルロース膜にゲル中のタンパク質を転写した。タンパク質が転写されたニトロセルロース膜は5%脱脂粉乳を溶解させたトリス緩衝生理食塩水(1% Tween20)中で、1時間室温でブロッキングを行った。ブロッキング後、トリス緩衝生理食塩水で3回洗浄し、ブロッキング溶液に希釈したウサギ由来抗ICAM-1抗体(1、000倍希釈)中でニトロセルロース膜上のタンパク質と抗体との反応を4℃で一晩行った。
抗体処理後にトリス緩衝生理食塩水で3回洗浄し、ブロッキング溶液に希釈したHRP標識抗ウサギ免疫グロブリン抗体(2、000倍希釈)中で抗ICAM-1抗体との反応を室温で1時間行った。また、内部対照としてHRP標識抗β-actin抗体を用いた結合処理も同時に行った。反応処理後にトリス緩衝生理食塩水で3回洗浄し、HRPの基質を添加して発光強度をルミノイメージアナライザーで検出した。結果を図3に示す。
図3より、TNF-αによって誘発されるICAM-1タンパク質の発現が、S1PCとの共処理により濃度依存的に抑制されることが明らかとなった。したがってS1PCは、歯肉上皮細胞におけるICAM-1の発現を制御している可能性が示唆された。
【0051】
(6)IL-6放出抑制作用
Ca9-22細胞を10%血清含培地にて1×105個/mLに調製し、12穴プレートに1mLずつ播種して、36-48時間培養した。各穴の細胞の占める割合が100%近くに達した時点でアッセイを行った。TNF-αを添加してCa9-22細胞からのIL-6の放出(炎症反応)を惹起させた直後にSAC又はSAMCを添加して6時間培養を継続し、培養終了後に上清を取り、ELISAにてIL-6濃度を測定した。結果を図4及び5に示す。
図4及び5より、TNF-αによって誘発されるIL-6の放出量が、SAC又はSAMCとの共処理により濃度依存的に抑制されることが明らかとなった。したがってSAC及びSAMCは、歯肉上皮細胞からのIL-6の放出を制御している可能性が示唆された。
図1
図2
図3
図4
図5