(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-10
(45)【発行日】2024-07-19
(54)【発明の名称】車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
G01S 7/40 20060101AFI20240711BHJP
G01S 13/86 20060101ALI20240711BHJP
G01S 13/931 20200101ALI20240711BHJP
【FI】
G01S7/40 191
G01S7/40 152
G01S13/86
G01S13/931
(21)【出願番号】P 2020157093
(22)【出願日】2020-09-18
【審査請求日】2023-03-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080768
【氏名又は名称】村田 実
(74)【代理人】
【識別番号】100166327
【氏名又は名称】舟瀬 芳孝
(74)【代理人】
【識別番号】100106644
【氏名又は名称】戸塚 清貴
(72)【発明者】
【氏名】寺島 将太
(72)【発明者】
【氏名】奥木 友和
(72)【発明者】
【氏名】山田 秀行
【審査官】佐藤 宙子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/172103(WO,A1)
【文献】特開2007-240275(JP,A)
【文献】特表2018-507385(JP,A)
【文献】特開2017-021026(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 7/00- 7/42
G01S 13/00-13/95
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
周辺環境を撮像して対象車両を認識する車載カメラと、
前記対象車両までの距離を検出する車載レーダと、
あらかじめシミュレーションによって、仮想車両と所定範囲で多数箇所に渡って位置変更が行われる仮想アンテナとの間での多数の検知素波の往復時間となる多数の遅延時間
に
基づいて相違する遅延時間毎にその取得個数を対応づけて記憶すると共に、該仮想アンテナと該仮想車両との間での多数の相対位置関係および該仮想車両の形状の相違に応じて作成された多数の確率モデルと、
前記車載レーダによる距離検出に異常が生じたことを検出する異常検出手段と、
前記異常検出手段によって異常が検出されたときに、前記多数の確率モデルの中から前記車載カメラによって取得される前記対象車両との相対位置関係および該対象車両の形状に対応した特定の確率モデルを選択する選択手段と、
前記異常検出手段によって異常が検出されたときに、前記特定の確率モデル
に記憶され
ている遅延時間に基づいて前記対象車両までの距離を補正する補正手段と、
を備えていることを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記異常検出手段によって前記車載レーダによる距離検出が不能であるという異常状態が検出されたときに、前記補正手段は、前記特定の確率モデル
に記憶されている遅延時間
の中から選択された遅延時間に対応した距離を補正後の距離として決定する、ことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項3】
請求項2において、
前記補正手段は、前記特定の確率モデル
に記憶されている遅延時間のうちもっとも取得
個数の多い付近の遅延時間に対応した距離を補正後の距離として決定する、ことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、
前記異常検出手段によって前記車載レーダによる検出距離が異常に大きすぎるという異常状態が検出されたときに、前記補正手段は、前記特定の確率モデル
に記憶されている遅
延時間のうちもっとも遅延時間の大きい上限値または該上限値付近に対応した距離を補正後の距離として決定する、ことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項において、
前記異常検出手段によって前記車載レーダによる検出距離が異常に小さすぎるという異常状態が検出されたときに、前記補正手段は、前記特定の確率モデル
に記憶されている遅
延時間のうちもっとも遅延時間の小さい下限値または該下限値付近に対応した距離を補正後の距離として決定する、ことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項において、
前記多数の確率モデルを作成する際に設定された前記多数の相対位置関係が、前記仮想車両の前記仮想アンテナに対する方位と該仮想車両の向きと前記仮想アンテナから該仮想車両までの離間距離とを組み合わせたものとされている、ことを特徴とする車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車載レーダによる距離検出に異常が生じた際に、確率モデルを用いて距離補正(距離決定)を行うようにした車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の車両では、例えば自動ブレーキ制御、追従式定速走行制御、ヘッドランプの照射範囲制御等、種々の車載機器での制御のためにレーダを搭載することが一般的となっている。
【0003】
特許文献1には、車載レーダと車載カメラとによって対象物体を判定するものが開示されている。特許文献2には、レーダレーザの反射率分布を車載カメラで推定して、受信強度閾値を変更するものが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-304033号公報
【文献】特開2013-019684号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、車載カメラによって認識された対象車両までの距離を車載レーダによって検出する場合、種々のノイズ等によって距離検出に異常が生じる場合がある。距離検出の異常状態としては、例えば距離検出そのものが不能の場合や、検出した距離が異常に大きかったり異常に小さかったりする場合がある。車載レーダによる距離検出に異常が生じると、検出距離に応じて実行される種々の車載制御機器での制御に不具合を生じてしまうことになる。
【0006】
本発明は以上のような事情を勘案してなされたもので、その目的は、車載レーダによる距離検出に異常が生じたときに、確率モデルを利用して代替的に距離補正(距離決定)を行えるようにした車両の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明にあっては、基本的に、アンテナ位置と対象車両のある1点との間を電波や光からなる検知素波で往復させた場合の遅延時間は、レーダ方式の相違にかかわらず一定であり、しかもいずれのレーダ方式であっても遅延時間を変数として距離計算している、ということに着目してなされたものである。
【0008】
本発明に用いる確率モデルは、シミュレーションによって、仮想車両とマルチパスを考慮して所定範囲で多数箇所に渡って位置変更が行われる仮想アンテナとの間での多数の検知素波の往復時間となる多数の遅延時間に基づいて、相違する遅延時間毎にその取得個数
を対応づけて記憶したデータとされている。このような確率モデルは、仮想アンテナと仮想車両との間の相対位置関係の相違および仮想車両の形状の相違の組み合わせに応じて多数用意してある。車載レーダによる距離検出に異常が生じたときは、車載カメラにより認識された対象車両との相対位置関係と対象車両の形状に応じた特定の確率モデルを選択して、この特定の確率モデルに記憶されている遅延時間に対応した距離を、補正後の距離として決定するようにしてある。
【0009】
具体的には、本発明にあっては次のような解決手法を採択してある。
【0010】
周辺環境を撮像して対象車両を認識する車載カメラと、
前記対象車両までの距離を検出する車載レーダと、
あらかじめシミュレーションによって、仮想車両と所定範囲で多数箇所に渡って位置変更が行われる仮想アンテナとの間での多数の検知素波の往復時間となる多数の遅延時間に
基づいて相違する遅延時間毎にその取得個数を対応づけて記憶すると共に、該仮想アンテナと該仮想車両との間での多数の相対位置関係および該仮想車両の形状の相違に応じて作成された多数の確率モデルと、
前記車載レーダによる距離検出に異常が生じたことを検出する異常検出手段と、
前記異常検出手段によって異常が検出されたときに、前記多数の確率モデルの中から前記車載カメラによって取得される前記対象車両との相対位置関係および該対象車両の形状に対応した特定の確率モデルを選択する選択手段と、
前記異常検出手段によって異常が検出されたときに、前記特定の確率モデルに記憶され
ている遅延時間に基づいて前記対象車両までの距離を補正する補正手段と、
を備えているようにしてある。
【0011】
上記解決手法によれば、特定の確率モデルは、自車両と対象車両との相対位置関係や対象車両の形状に対応して、車載レーダの検知素波の遅延時間(つまり遅延時間に応じた距離)の分布を示すものとなり、実際の距離として可能性の高い範囲での距離に対応したものとなる。したがって、車載レーダの距離検出に異常が生じたときは、特定の確率モデルに基づいて対象車両までの距離を可能性の高い距離範囲でもって補正(決定)することができる。特に、確率モデルは、自車両の動きに応じてアンテナ位置が動いて検出距離に変動を生じることを加味して作成されていることから、補正により決定される距離が極めて可能性の高い距離範囲のものであるとする上でより一層好ましいものとなる。
【0012】
上記解決手法を前提として、津後のような好ましい態様を採択することができる。
【0013】
前記異常検出手段によって前記車載レーダによる距離検出が不能であるという異常状態が検出されたときに、前記補正手段は、前記特定の確率モデルに記憶されている遅延時間
の中から選択された遅延時間に対応した距離を補正後の距離として決定する、ようにすることができる。この場合、車載レーダによる距離検出が不能な場合での距離決定を行うことができる。
【0014】
前記補正手段は、前記特定の確率モデルに記憶されている遅延時間のうちもっとも取得
個数の多い付近の遅延時間に対応した距離を補正後の距離として決定する、ようにすることができる。この場合、補正距離を極めて可能性の高い距離とすることができる。
【0015】
前記異常検出手段によって前記車載レーダによる検出距離が異常に大きすぎるという異常状態が検出されたときに、前記補正手段は、前記特定の確率モデルに記憶されている遅
延時間のうちもっとも遅延時間の大きい上限値または該上限値付近に対応した距離を補正後の距離として決定する、ようにすることができる。この場合、不必要に距離を小さくすることなく、補正距離を決定することができる。
【0016】
前記異常検出手段によって前記車載レーダによる検出距離が異常に小さすぎるという異常状態が検出されたときに、前記補正手段は、前記特定の確率モデルに記憶されている遅
延時間のうちもっとも遅延時間の小さい下限値または該下限値付近に対応した距離を補正後の距離として決定する、ようにすることができる。この場合、不必要に距離を大きくすることなく、補正距離を決定することができる。
【0017】
前記所定範囲が、前記仮想アンテナの前後方向、左右方向、上下方向のいずれか1つの範囲、任意の2つの組み合わせからなる範囲、あるいは全ての組み合わせからなる範囲とされている、ようにすることができる。この場合、距離検出に変動を及ぼすアンテナ位置の動き方向に対応した確率モデルとして、補正距離を可能性の高い距離範囲として設定する上で好ましいものとなる。
【0018】
前記多数の確率モデルを作成する際に設定された前記多数の相対位置関係が、前記仮想車両の前記仮想アンテナに対する方位と該仮想車両の向きと前記仮想アンテナから該仮想車両までの離間距離とを組み合わせたものとされている、ようにすることができる。この場合、種々の状況に応じた適切な確率モデルを多数用意して、選択される特定の確率モデルを現状に合致したものとして、補正距離を可能性の高い距離範囲のものとして設定する上で好ましいものとなる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、車載レーダによる距離検出に異常が生じたときに、確率モデルを利用して代替的に距離補正(距離決定)を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】自車両に搭載したレーダによって前方車両までの距離を検出している状況を示す図。
【
図2】検知素波を用いてシミュレーションを行っている状況と、仮想アンテナ位置が変更される所定範囲を示す図。
【
図3】所定範囲内の多数位置で取得された遅延時間に応じた距離の例を示す図。
【
図5】確率モデルを得るための制御例を示すフローチャート。
【
図6】確率モデルを用いて検証対象となる車載レーダの特性を得るためのフローチャート。
【
図7】確率モデルによって距離補正を行う状況を簡略的に示す図。・
【
図9】本発明の制御例を示すメイインのフローチャート。
【
図10】追従式の定速走行装置における距離補正例を示すフローチャート。
【
図11】自動ブレーキ装置における距離補正例を示すフローチャート。
【
図12】ヘッドランプのハイ・ロー切換制御における距離補正例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0021】
まず、
図1を参照しつつ、車載レーダによる距離検出の一例を簡単に説明する。この
図1において、自車両がV1で示され、その前方車両が符号V2で示される。自車両V1には、前方を撮像して前方車両V2を対象車両として認識する車載カメラS1が搭載されている。また、自車両V1には、車載レーダS2が搭載されて、そのアンテナが符号1で示される。アンテナ1から送信(照射)される検知波が前方車両V2で反射されて、アンテナ1で受信される。このアンテナ1での検知波の送信から受信までの遅延時間を、車載レーダに設定されている所定の計算式に代入することにより、前方車両V2までの距離が算出される。上記遅延時間が同じであれば、レーダ方式やその内部モデルの相違にかかわらず、算出される距離は同じである。
【0022】
車載レーダS2による距離検出になんらかの異常があった場合は、後述する確率モデルを利用して、距離補正(距離決定)を行うようにしてある。
【0023】
次に、
図2~
図4を参照しつつ、上記確率モデルを得るためのシミュレーションについて説明する。
【0024】
まず、
図2には、シミュレーション上において設定されるアンテナFA(
図1のアンテナ1に対応)と、仮想車両FV(
図1の前方車両V2対応)とが示される。仮想車両FVはある一定位置に維持される。
【0025】
仮想アンテナFAは、マルチパスを考慮して、所定範囲P内でもって多数の位置変更が行われる。
図2に示す形態では、所定範囲Pは、原点位置(
図1におけるアンテナ1の位置に対応)を中心としてX軸方向となる前後方向とY軸方向となる左右方向の水平方向に延びる2次元の平面内で位置変更を行うようにしてある。X軸方向は、
図1におけるアンテナ1を通る自車両V1の前後方向に対応している。Y軸方向は、
図1におけるアンテナ1を通る自車両V1の左右方向(車幅方向)に対応している。
【0026】
所定範囲Pは、原点位置を中心に前方および後方に略25cm程度の長さで、かつ原点位置を中心に左方および右方に略25cm程度の長さとされた略50cm四方の大きさに設定されている。X軸方向の略50cmの範囲は、加減速等による車両の前後方向の変位を想定したものとなっている。また、Y軸方向の略50cmの範囲は、車両が同じ走行レーン内で左右に25cm程度移動することを想定したものとなっている。
【0027】
所定範囲P内においてで位置変更される箇所は、所定単位毎に縦横の格子状に設定された極めて多数の箇所(例えば3000カ所程度)とされる。特に検証対象となる車載レーダがミリ波レーダのときは、その半波長の単位でもって位置変更するのが好ましい。
【0028】
図2においては、仮想アンテナFAが所定範囲Pの中心となる原点位置に位置している状態が示される。シミュレーションに際しては、原点位置にある仮想アンテナFAから、仮想車両FBに向けて検知素波(1本の検知波)が送信される。送信された検知素波が仮想車両FVから反射されて、仮想アンテナFAで受信される。この検知素波の送信から受信までに要した時間が遅延時間となる。
【0029】
シミュレーションに用いる検知素波は、干渉等のノイズの影響を受けにくい光線としてある。より具体的には、実施形態では、シミュレーションは、電波を光に見たてて、光の主要な伝搬経路を解析するレイトレース法によって行うようにした。
【0030】
仮想アンテナFAからは、少しずつ角度を代えて順次検知素波が送信されて、仮想車両FVのスキャンが行われる。仮想車両FVへ照射される検知素波のうち、もっとも左端の検知素波が符号β1で示され、もっとも右端の検知素波符号β2で示される。検知素波は、この検知素波β1とβ2との間で多数有し、その一部が
図3中破線で示される。各検知素波毎に遅延時間がそれぞれ取得される。そして、取得された遅延時間とその数とが対応づけられて記憶
され、この記憶されたデータが確率モデルとされる。なお、実施形態では、確率モデル作成のために用いられる遅延時間は、受信強度があらかじめ設定された所定値以上である場合に限定してあるが、取得される全ての遅延時間を用いて確率モデルを作成することもできる。
【0031】
原点位置において仮想車両FVのスキャンが終了した後は、仮想アンテナFAの位置が変更されて、上述した場合と同様に、多数の検知素波毎に遅延時間が取得されて、この遅延時間とその数とが対応づけられて記憶される。このようにして、仮想アンテナFAを所定範囲P内に設定された全ての位置でもって移動させて、全ての位置で取得された多くの遅延時間について、例えばある単位時間毎に段階分けしてその数が集計される。この集計に基づいて、相違する遅延時間毎にその取得個数を示した確率モデルが統計的に作成される。
【0032】
図3は、所定範囲Pの全ての位置について、取得された遅延時間(に対応した距離)
の
一例を模式的に示すものである。狭い所定範囲P内で仮想アンテナFAの位置を変更しただけでも、取得される遅延時間に大きな差を生じることが理解される。
【0033】
取得された多数の遅延時間に基づいて、相違する遅延時間毎にその取得個数を対応づけ
て記憶したデータが、確率モデルとして
図4に示される。
図4に示す確率モデルにおいては、遅延時間を所定の単位時間毎に段階的に区分けしたものとされているが、連続可変式なものとすることもできる。
図4に示す確率モデルにおい
て、最小遅延時間が下限値(最小遅延時間)とされ、最大遅延時間が上限値(最大遅延時間)とされる。なお、
図4の確率モデルは、原点位置にある仮想アンテナFAと仮想車両FVとの最短距離を10mに設定したときのものである。
【0034】
ここで、上記最小遅延時間と最大遅延時間とがある一定の時間となるように収束するまで、所定範囲P内で極めて多数箇所について仮想アンテナFAの位置を変更することが要求される。仮想アンテナFAの位置変更箇所数(以下「標本数」と称する)がどの程度必要なのかを、標本数を種々変更して、それぞれについて最小遅延時間と最大遅延時間とを取得した。
【0035】
まず、標本数を5(原点位置+4隅の合計5箇所)としたときは、最小遅延時間に対応した最小距離は9.81m、最大遅延時間に対応した最大距離は13.75mであった。この5カ所の位置を含むようにして標本数を増大させた際に、取得された最小遅延時間に対応した最小距離と最大遅延時間に対応した最大距離とは次のとおりであった。
【0036】
標本数が100のときは、最小距離は9.74m、最大距離は14.50mであった。
【0037】
標本数が121のときは、最小距離は9.60m、最大距離は14.50mであった。
【0038】
標本数が441および2601のときは、それぞれ、最小距離は9.60m、最大距離は14.50mであった。
【0039】
上記の検証結果から、ある一定の時間に収束する最小遅延時間(最小距離)と最大遅延時間(最大距離)とを取得するには、仮想アンテナFAの標本数が121以上であればよい、ということが知得された。収束した最大遅延時間と最小遅延時間とを取得するには、標本数を3000程度にする必要あるというのがシミュレーション前の認識であったが、実際には、それよりも1/10以下の極めて少ない標本数で十分である。標本数を十分に低減して、シミュレーションをより高速に行うことが可能になる。標本数を少なくすることと安定性(確実性)とを共に満足させるために、標本数を200~500とするのが好ましく、300~400とするのがより好ましい。
【0040】
ちなみに、実際の車載レーダを用いて、所定範囲Pと同様に設定された実際の所定範囲内でその標本数を3000として最小距離と最大距離とを取得する実験を行った。この実験の結果、取得された最小距離は9.60m、最大距離は14.50mであり、標本数を121以上とした場合のシミュレーションの結果と合致することが確認された。
【0041】
確率モデルは、仮想アンテナ1に対する仮想車両の装置位置関係、より具体的には仮想車両FVの方位(例えば5度~10度単位で変更)、仮想車両FVの向き(例えば5度~10度単位で360度の全周あるいは180度の半周囲)、仮想アンテナFAと仮想車両FVとの離間距離(例えば0.1m~0.5m単位での変更)に加えて、仮想車両FVの形状(大きさを含む形状の相違で、例えば乗用車、SUV、トラック、バス等の相違)という各種のパラメータの組み合わせ毎に作成される。シミュレーションにおいては、あらかじめプログラムを組んでおくことにより、上記各パラメータの組み合わせに応じた確率モデルを自動的に順次取得することが可能である。
【0042】
作成される確率モデルの数は、方位の変化数をN1、向きの変化数をN2、離間距離の変化数をN3、形状の変化数をN4、とすると、N1×N2×N3×N4となる。仮想アンテナFAと仮想車両FVとの「ある相対関係」に合致する確率モデルが存在しない場合は、上記「ある相対関係」に近似する複数の確率モデルを用いた補間によって、「ある相対関係」についての確率モデルを設定すればよい。
【0043】
車両に搭載されて使用される前の実際の車載レーダについて、その特性を評価する検証を行う際には、あらかじめ取得されている確率モデルを用いた計算のみよって行うことができる(実際の実験は不要)。すなわち、確率モデルのうち、
図4に示す下限値(最小遅延時間)と上限値(最大遅延時間)を、検証対象となる実際の車載レーダの距離計式に代入すればよいだけである。計算により得られた最小距離と最大距離とを確認して、車載レーダの特性が評価されることになる。このように、遅延時間の代入という手法によって、実際の車載レーダの特性評価を極めて短時間のうちに行うことができる。
【0044】
なお、検証のために選択される確率モデル中の遅延時間は、下限値と上限値とに限定されるものではない。例えば、取得個数のもっとも多い遅延時間を選択すれば、車載レーダによって検出される距離としてもっとも可能性の高い距離を知ることができる。
【0045】
なお、確率モデルにおける全ての遅延時間を、車載レーダの距離計算式に代入して取得された計算距離を、確率モデルにおける遅延時間の取得個数と共に出力することにより、検出距離がどのような傾向で出現するのかを知ることもできる。
【0046】
車載レーダは、例えばパルスレーダやFMCWレーダ(周波数変調連続波レーダ)等、その方式や内部モデルの相違にかかわらず、検知素波毎の遅延時間は共通であることから、確率モデルは、車載レーダの方式の相違や内部モデルの相違にかかわらず共通に使用できるものとなり、汎用性の高いものとなる。
【0047】
次に、
図5のフローチャートを参照しつつ、前述したシミュレーションを行うコンピュータによって確率モデルを作成する手順について説明する。
図5のフローチャートは、
図4に示す仮想アンテナFAと仮想車両FVとの相対位置関係をある一定の位置関係とし、かつ仮想車両FVをある形状(例えば4ドアのセダン型乗用車)に設定した1つのシミュレーション条件に対応したものである。また、仮想アンテナFAの所定範囲P内での変更順序はあらかじめ設定されている(例えば1番目は原点位置に設定)。なお、以下の説明でQはステップを示す。
【0048】
まず、Q1において、1番目の仮想アンテナFAの位置が設定される。この後Q2において、シミュレーションが実行される。すなわち、仮想アンテナFAから仮想車両FVに向けて1本ずつ検知素波が照射(送信)されて、照射された検知素波が仮想アンテナFAで受信されるまでの遅延時間が取得、記憶される。
【0049】
検知素波によって仮想車両FVのスキャンが終了すると、Q3に移行される。Q3では、取得された全ての検知素波毎の遅延時間とその数が記憶される。
【0050】
Q3の後、Q4において、仮想アンテナFAの所定範囲P内での位置選択が全て行われたか否かが判別される。当初はこの判別でNOとなり、Q5に移行される。Q5では、仮想アンテナFAの次の位置が選択される(位置変更される)。このQ5の後、Q2へ移行される。
【0051】
仮想アンテナFAの位置選択が全ての位置(実施形態では121箇所以上で、121カ所に近い位置数)について行われると、Q4の判別でYESとなる。Q4の判別でYESのときは、Q6において、取得された遅延時間とその数とにもとづいて、
図4に示すような確率モデルが作成される。この後、Q7において、Q6で作成された確率モデルと、今回行われたシミュレーション条件とが対応づけられて記憶される。この記憶されるシミュレーション条件としては、仮想車両FVの方位、向き、原点位置にある仮想アンテナFAからの離間距離、仮想車両の形状とされ、この他、仮想アンテナFAの位置変更の標本数と変更箇所、さらに設定された所定範囲Pをも含めることができる。
【0052】
図5に示す制御は、シミュレーション条件を変更して多数回行われることになる。
【0053】
図6は、確率モデルを用いて、実際の車載レーダの特性評価を検証するための制御例を示す。まず、Q11において、検証対象となる車載レーダが選択される。このQ11の処理は、選択された車載レーダの遅延時間に基づく距離計算式の選択となる。
【0054】
Q11の後、Q12において、検証したい条件に対応した確率モデルが選択される。検証したい条件は複数あるのが通常であることから、確率モデルが複数選択される。選択された複数の確率モデルは、順番付けが行われる。
【0055】
Q12の後、Q13において、選択された複数の確率モデルの中から1番目の確率モデルが選択される。この後、Q14において、選択された確率モデルに記憶されている遅延
時間の下限値を車載レーダの距離計算式に代入して、下限距離(最小距離)が算出される。次いで、Q15において、選択された確率モデルに記憶されている遅延時間の上限値を車載レーダの距離計算式に代入して、上限距離(最大距離)が算出される。
【0056】
Q15の後、Q16において、算出された下限距離と上限距離とが、現在選択されている確率モデル(のシミュレーション条件)と対応させて記憶される。この後、Q17において、Q16で記憶された内容が出力される(画面表示および/またはプリントアウト)
Q17の後、Q18において、全ての確率モデルが選択されたか否かが判別される。当初は、このQ18の判別でNOとなり、Q19へ移行される。Q19では、次の確率モデルが選択された後、Q14に移行される。
【0057】
Q12で選択された複数の確率モデルの全てについてQ14~Q17の処理が行われたときは、Q18の判別でYESとなり、制御が終了される。
【0058】
図8は、車載レーダS2による距離検出に異常が生じた場合の対応制御をも行うようにした制御系統例が示される。この
図8において、Uは、マイクロコンピュータを利用して構成されたコントローラ(制御ユニット)である。このコントローラUには、前述した車載カメラS2と車載レーダS2の他、ヘッドランプスイッチS3、追従式の定速走行制御用スイッチ(ON、OFFスイッチ)からの信号が入力される。また、コントローラUは、エンジンS11の出力制御(車速制御)と、ブレーキS12の制御(自動ブレーキ制御および車速制御)と、ヘッドライトS13の制御(ハイ・ローの切換制御)と、を行うようになっている。さらに、コントローラUには、前述した多数の確率モデルがデータベースDBとして記憶されている(ROMに記憶)。
【0059】
コントローラUによる制御のうち、自車両V1に搭載された車載レーダS2での距離検出に関連した制御例について、
図9以下のフローチャートについて説明する。なお、以下の説明でQはステップを示す。
【0060】
まず、
図9のQ21において、車載カメラS2によって前方環境が撮像されて、前方物体(
図1の前方車両V2に相当)が認識される。次いで、Q22において、車載レーダS2によって、認識された前方物体までの距離が検出される。
【0061】
Q22の後、Q23において、距離検出に異常が生じているか否かが判別される。距離検出の異常状態としては、距離検出そのものが不能の場合の他、検出距離が異常に大きすぎるとき(今回の検出距離が前回検出距離から異常に大きく上昇している)、あるいは検出距離が異常に小さすぎるとき(今回の検出距離が前回検出距離から異常に大きく下降している)、とされている。
【0062】
前記Q23の判別でNOのとき、つまり距離検出に異常がないときは、Q24において、Q22で検出された距離が出力される。Q24で出力された距離に基づいて、追従式の定速走行制御、自動ブレーキ制御、ヘッドライトのハイ・ローの切換制御が行われることになる。
【0063】
前記Q23の判別でYESのときは、Q25において、多数の確率モデルの中から、現状つまり自車両V1と前方車両V2との相対位置関係および前方車両V2の形状に応じた1つの確率モデルが特定の確率モデルとして選択される。選択される特定の確率モデルは、車載レーダS2による距離検出に異常が検出される直前の状況を車載カメラS1で撮像した画像に基づいて選択することができる。なお、コントローラUでの記憶負担の低減やコスト低減の観点から、多数の確率モデルを図示を略す情報センターにおいて記憶しておくようにして、必要に応じて情報センターとの間での通信によって上記特定の確率モデルを取得することもできる。
【0064】
Q25の後、Q26において、選択された特定の確率モデルに基づいて、後述するように距離補正(距離決定)が行われる。この後、Q27において、Q26で補正された距離が出力される。このQ27で出力される距離に基づいて、追従式の定速走行制御、自動ブレーキ制御、ヘッドライトのハイ・ローの切換制御が行われることになる。
【0065】
図7は、Q26での距離補正例を図式的に示すものである。
図7中、K1は、車載レーダS2により検出された検知波の遅延時間である。検出された遅延時間K1に対応した距離が異常に大きすぎて、特定の確率モデル
に記憶されている遅延時間の上限値(最大遅延時間)よりも大きくなっている。この場合は、Q26で補正(決定)される距離が、状況に応じて、特定の確率モデル
に記憶されている遅延時間のうち上限値に近い(上限値を含む)遅延時間に対応した距離として決定することができる。
【0066】
図7中、K2は、車載レーダS2により検出された検知波の遅延時間である。検出された遅延時間K2に対応した距離が異常に小さすぎて、特定の確率モデル
に記憶されている
遅延時間の下限値(最小遅延時間)よりも小さくなっている。この場合は、Q26で補正(決定)される距離が、状況に応じて、特定の
確率モデルに記憶されている遅延時間のうち下限値に近い(下限値を含む)遅延時間に対応した距離として決定することができる。
【0067】
さらに、車載レーダS2による距離検出が不能なときは、Q26では、特定の確率モデルに記憶されている遅延時間として適宜設定される。より具体的には、設定される遅延時間(に対応した距離)としては、取得個数が最も多いときを含むその付近の遅延時間に対応した距離(以下ピーク距離と称することもある)として決定するのが好ましい。特に、ピーク距離を、取得個数が最も多いときの遅延時間とその付近の遅延時間との複数の遅延時間を平均して、この平均遅延時間に対応した距離として設定することもできる。
【0068】
次に、前方車両V2までの距離に応じた個々の車載制御について、検出距離が異常なときにおける距離補正の好ましい制御例について説明する。
【0069】
図10は、追従式の定速走行制御を行う場合に、
図9のQ26での距離補正例を示す。追従式の定速走行制御は前、方車両V2との車間距離が十分に確保されている状態で行われている一方、不必要な減速は追従度合いが弱くなって運転者が違和感を感じやすくなる。このことから、距離が極力小さくならない方向への制御としてある。
【0070】
まず、Q31において、距離検出が不能なときであるか否かが判別される。このQ31の判別でNOのときは、Q32において、異常な検出距離が、特定の確率モデルに記憶さ
れている遅延時間の下限値に対応した距離よりも小さいか否かが判別される。このQ32の判別でYESのときは、Q33において、特定の確率モデルにおける下限値に近い遅延時間に対応した距離に補正(決定)される。つまり、検出距離よりも大きい距離に補正されることにより、不必要に減速を行ってしまう事態が防止される。
【0071】
上記Q32の判別でNOのときは、Q33での補正は行われないものとされて、検出距離がそのまま定速走行制御用として用いられる。
【0072】
前記Q31の判別でYESのときは、Q34において、特定の確率モデルにおいてもっとも取得個数の多い遅延時間およびその付近の遅延時間に対応した前述のピーク距離として補正される。
【0073】
なお、Q32の判別でNOのときは、検出距離が、特定の確率モデルにおける上限値に対応した距離よりも大きい場合が想定される。この場合、特定の確率モデルにおける上限値に近い遅延時間に対応した距離に補正することもできる。
【0074】
図11は、自動ブレーキ制御を行う場合に、
図9のQ26での距離補正例を示す。本制御例では、自動ブレーキが不必要に開始されないようにする一方、自動ブレーキ中は衝突回避を優先するような距離補正としてある。
【0075】
まずQ41において、距離検出が不能なときであるか否かが判別される。このQ41の判別でYESのときは、Q42において、特定の確率モデルにおけるピーク距離に設定される(
図10におけるQ34に対応しているので、その重複した説明は省略)。
【0076】
上記Q41の判別でNOのときは、Q43において、自動ブレーキが作動中であるか否かが判別される。このQ43の判別でNOのとき、つまり自動ブレーキ制御が開始されていないときは、Q44に移行される。Q44では、検出距離が特定の確率モデルにおける下限値に対応した距離よりも小さいか否かが判別される。このQ44の判別でYESのときは、Q45において、特定の確率モデルにおける下限値に近い遅延時間に対応した距離に補正される。Q45の処理により、大きい距離へと補正されて、自動ブレーキ制御の開始が抑制される。なお、Q44の判別でNOのときは、そのまま終了される(検出距離がそのまま用いられる)。
【0077】
前記Q43の判別でYESのときは、自動ブレーキ制御が開始されているときである。このときは、Q46に移行されて、検出距離が、特定の確率モデルの上限値に対応した距離よりも大きいか否かが判別される。このQ46の判別でYESのときは、Q47において、特定の確率モデルにおける上限値に近い遅延時間に対応した距離へ補正される。このQ47の処理によって、距離が小さい距離へと補正されて、衝突回避の上で好ましい距離設定とされる。Q46の判別でNOときは、検出距離がそのまま終了される(検出距離がそのまま用いられる)。
【0078】
なお、
図11の制御において、補正距離が検出距離よりも大きくなる方向への制御を実行しないようにすることもできる(安全優先の制御で、補正距離を検出距離よりも大きくするQ45の制御を行わない)。また、Q43の判別でYESのときは、距離補正を行わないようにすることもできる(例えば、距離に依存しない自動ブレーキ制御を続行する)。
【0079】
図12は、ヘッドライトのハイ・ロー制御を行う場合に、
図9のQ26での距離補正例を示す。本制御例では、不用意にヘッドライトがハイ状態とされてしまう事態を防止あるいは抑制するような距離補正としてある。
【0080】
まず、Q51において、 距離検出が不能なときであるか否かが判別される。このQ51の判別でYESのときは、Q52において、特定の確率モデルにおけるピーク距離に設定される(
図10におけるQ34に対応しているので、その重複した説明は省略)。
【0081】
Q51の判別でNOのときは、Q53において、検出距離が、特定の確率モデルの上限値に対応した距離よりも大きいか否かが判別される。このQ46の判別でYESのときは、Q54において、特定の確率モデルにおける上限値に近い遅延時間に対応した距離へ補正される。このQ54の処理によって、距離が小さい距離へと補正されて、ヘッドライトがハイ状態とされることが防止あるいは抑制される(前方車両の乗員へ眩しさを与えてしまう事態の防止あるいは抑制)。
【0082】
上記Q53の判別でNOのときは、そのまま終了される(検出距離がそのままハイ・ローの切換制御に用いられる)。
【0083】
以上実施形態について説明したが、本発明は、実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載された範囲において適宜の変更が可能である。例えば、遅延時間を検出するアンテナ位置からの方向(車載カメラS1での撮像方向)は、前方に限らず、後方、側方等、適宜の方向とすることができる。所定範囲Pとしては、前後方向、左右方向に加えて、上下方向を含めるようにしてもよい(車載レーダを搭載した車両の上下方向の動きに対応で、この場合は、所定範囲Pが前後方向、左右方向、上下方向の3次元のボックス状に設定される)。所定範囲Pは、前後方向、左右方向、上下方向のうち、任意の1つの範囲、任意の2つの組み合わせの範囲としてもよい。確率モデルに示す遅延時間は、その取得個数があらかじめ設定された所定値よりも小さい場合は、確率モデルから除外することもできる。検出距離に基づいて制御を行う車載制御機器としては、実施形態に示す場合に限らず、適宜のものを含む。
【0084】
車載レーダによる距離検出のサンプリング周期は、検出距離に基づいて制御を行う車載機器での制御サンプリング周期よりも極めて小さい(短い)ものである。このため、車載機器での制御サンプリング周期内において、所定回数以上検出距離が異常または検出不能な場合を条件として、特定の確率モデルに基づく距離補正を行うようにしてもよい。勿論、本発明の目的は、明記されたものに限らず、実質的に好ましいあるいは利点として表現されたものを提供することをも暗黙的に含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明は、距離に基づく制御を行う車両に適用して効果的である。
【符号の説明】
【0086】
V1:自車両
V2:前方車両
FA:仮想アンテナ
FV:仮想車両(仮想反射物体)
P:所定範囲
β1:検知素波
β2:検知素波