(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-10
(45)【発行日】2024-07-19
(54)【発明の名称】成膜装置
(51)【国際特許分類】
C23C 14/32 20060101AFI20240711BHJP
H05H 1/48 20060101ALN20240711BHJP
【FI】
C23C14/32 H
H05H1/48
(21)【出願番号】P 2020086538
(22)【出願日】2020-05-18
【審査請求日】2023-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2019093049
(32)【優先日】2019-05-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100162640
【氏名又は名称】柳 康樹
(72)【発明者】
【氏名】宮下 大
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-227597(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/32
H05H 1/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマビームによって成膜材料を加熱し、前記成膜材料から気化した粒子を成膜対象物に付着させる成膜装置であって、
前記成膜材料が充填されると共に、前記プラズマビームを前記成膜材料へ導く主陽極と、
永久磁石及び電磁石を有して前記主陽極の周囲に配置されると共に、前記プラズマビームを誘導する補助陽極と、
前記補助陽極の前記電磁石へ電力を供給する電源と、を備え、
前記主陽極及び前記補助陽極の周囲において前記成膜材料が集中して付着する位置を時間的に変動させるように前記電源は、前記主陽極の上方において磁束密度を変化させる、成膜装置。
【請求項2】
前記電源は、前記電磁石に交流電流を重畳することで、前記磁束密度を変化させる、請求項1に記載の成膜装置。
【請求項3】
前記プラズマビームはプラズマ源によって供給され、
前記磁束密度の変化は、
前記主陽極及び前記補助陽極と、前記プラズマ源との間における磁束密度が0となる領域の変動である、請求項1又は2に記載の成膜装置。
【請求項4】
前記電源は、前記電磁石に交流電流を重畳することで、前記磁束密度を変化させ、
前記交流電流の重畳により変化する
、前記主陽極及び前記補助陽極の周囲における前記成膜材料の堆積物の形成位置の振幅をaとし、前記電磁石に前記交流電流を重畳しないときにおける前記堆積物の厚みをσとした場合、
前記電源は、a/σが2以上となる条件にて、前記電磁石に交流電流を重畳する、請求項2又は3に記載の成膜装置。
【請求項5】
前記電源は、a/σが4以上となる条件にて、前記電磁石に交流電流を重畳する、請求項4に記載の成膜装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成膜装置に関する。
【背景技術】
【0002】
成膜対象物の表面に膜を形成する成膜装置として、例えばイオンプレーティング法を用いたものがある。イオンプレーティング法では、蒸発させた成膜材料の粒子を真空チャンバー内で拡散させて成膜対象物の表面に付着させる。このような成膜装置は、真空容器の側壁に設けられると共にプラズマビームを生成するためのプラズマ源と、プラズマ源で生成したプラズマビームを真空容器内に導くステアリングコイルと、成膜材料を保持する主陽極である主ハースと、この主ハースを取り囲む補助陽極である輪ハースとを備えている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、上述のような成膜装置では、拡散させた成膜材料の一部が当該成膜材料付近に留まり、主ハース及び輪ハースの周囲に堆積することがある。このような堆積物が成長すると、成膜対象物の表面に形成される膜の均一性に影響を及ぼすおそれがある。さらに、堆積量が増加して主ハースと輪ハースとが互いに短絡されると、成膜の実施を妨げるおそれがある。そこで、堆積物を除去する必要性が生じていたが、このような除去作業を減らすため、堆積物の成長を遅らせることが求められていた。
【0005】
そこで、本発明は、堆積物の成長を遅らせることができる成膜装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の成膜装置は、プラズマビームによって成膜材料を加熱し、成膜材料から気化した粒子を成膜対象物に付着させる成膜装置であって、成膜材料が充填されると共に、プラズマビームを成膜材料へ導く主陽極と、永久磁石及び電磁石を有して主陽極の周囲に配置されると共に、プラズマビームを誘導する補助陽極と、補助陽極の電磁石へ電力を供給する電源と、を備え、電源は、主陽極の上方において磁束密度を変化させる。
【0007】
成膜装置は、補助陽極の電磁石へ電力を供給する電源を備えている。この電源は、主陽極の上方において磁束密度を変化させる。このように、磁束密度を変化させる場合、主陽極及び補助陽極の周囲において、拡散した成膜材料が集中して付着する位置を変動させることができる。このようにして形成される堆積物は、狭い範囲に成膜材料が集中することで形成される堆積物に比して、成長が遅くなる。以上により、堆積物の成長を遅らせることができる。
【0008】
電源は、電磁石に交流電流を重畳することで、磁束密度を変化させてよい。電源は、電磁石に交流電流を重畳することで、容易に磁束密度を変化させることができる。
【0009】
磁束密度の変化は、磁束密度が0となる領域の変動であってよい。このように、磁束密度が0となる領域を変動させる場合、主陽極及び補助陽極の周囲において、拡散した成膜材料が集中して付着する位置を変動させることができる。このようにして形成される堆積物は、狭い範囲に成膜材料が集中することで形成される堆積物に比して、成長が遅くなる。以上により、堆積物の成長を遅らせることができる。
【0010】
成膜装置において、電源は、電磁石に交流電流を重畳することで、磁束密度を変化させ、交流電流の重畳により変化する成膜材料の堆積物の形成位置の振幅をaとし、電磁石に交流電流を重畳しないときにおける堆積物の厚みをσとした場合、電源は、a/σが2以上となる条件にて、電磁石に交流電流を重畳してよい。また、電源は、a/σが4以上となる条件にて、電磁石に交流電流を重畳してよい。この場合、堆積物の厚みσに対して広い振幅aにて成膜材料を拡散することができる。従って、堆積物の成長を遅らせることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、堆積物の成長を遅らせることができる成膜装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態に係る成膜装置の構成を示す断面図である。
【
図4】ハースコイル電流と堆積物A,B,Cの変動量との関係を示す。
【
図5】(a)は堆積物A,Bの成長モデルを示す図であり、(b)は交流電流の波形を示す図である。
【
図6】
図4のグラフのうち、堆積物Aと堆積物Bの形成位置PA,PBの値を取り出してプロットしたものである。
【
図7】主ハース周辺の任意の位置でのフラックス強度の時間平均値と、規格値「a/σ」との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面を参照しながら本発明による成膜装置の一実施形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0014】
図1に示される第1実施形態に係る成膜装置1は、いわゆるイオンプレーティング法に用いられるイオンプレーティング装置である。なお、説明の便宜上、
図1には、XYZ座標系を示す。Y軸方向は、後述する成膜対象物が搬送される方向である。X軸方向は、成膜対象物と後述するハース機構とが対向する方向である。Z軸方向は、X軸方向とY軸方向とに直交する方向である。
【0015】
成膜装置1は、成膜対象物11の板厚方向が水平方向(
図1ではX軸方向)となるように、成膜対象物11を直立又は直立させた状態から傾斜した状態で、成膜対象物11が真空チャンバー10内に配置されて搬送される、いわゆる縦型の成膜装置である。この場合には、X軸方向は水平方向且つ成膜対象物11の板厚方向であり、Y軸方向は水平方向であり、Z軸方向は鉛直方向となる。一方、本発明による成膜装置の一実施形態では、成膜対象物の板厚方向が略鉛直方向となるように成膜対象物が真空チャンバー内に配置されて搬送されるいわゆる横型の成膜装置であってもよい。この場合には、Z軸及びY軸方向は水平方向であり、X軸方向は鉛直方向且つ板厚方向となる。なお、以下の実施形態では、縦型の場合を例に、本発明の成膜装置の一実施形態を説明する。
【0016】
成膜装置1は、ハース機構2、搬送機構3、輪ハース6、ステアリングコイル5、プラズマ源7、圧力調整装置8、電源50、及び真空チャンバー10を備えている。
【0017】
真空チャンバー10は、成膜材料の膜が形成される成膜対象物11を搬送するための搬送室10aと、成膜材料Maを拡散させる成膜室10bと、プラズマ源7から照射されるプラズマビームPを真空チャンバー10に受け入れるプラズマ口10cとを有している。搬送室10a、成膜室10b、及びプラズマ口10cは互いに連通している。搬送室10aは、所定の搬送方向(図中の矢印D1)に(Y軸に)沿って設定されている。また、真空チャンバー10は、導電性の材料からなり接地電位に接続されている。
【0018】
搬送機構3は、成膜材料Maと対向した状態で成膜対象物11を保持する保持部材16を搬送方向D1に搬送する。例えば保持部材16は、成膜対象物の外周縁を保持する枠体である。搬送機構3は、搬送室10a内に設置された複数の搬送ローラ15によって構成されている。搬送ローラ15は、搬送方向D1に沿って等間隔に配置され、保持部材16を支持しつつ搬送方向D1に搬送する。なお、成膜対象物11は、例えばガラス基板やプラスチック基板などの板状部材が用いられる。
【0019】
プラズマ源7は、圧力勾配型であり、その本体部分が成膜室10bの側壁に設けられたプラズマ口10cを介して成膜室10bに接続されている。プラズマ源7は、真空チャンバー10内でプラズマビームPを生成する。プラズマ源7において生成されたプラズマビームPは、プラズマ口10cから成膜室10b内へ出射される。プラズマビームPは、プラズマ口10cを取り囲むように設けられたステアリングコイル5によって出射方向が制御される。ステアリングコイル5は、Y軸方向の磁場を生成し、プラズマ源7で生成したプラズマビームを真空容器内の中央に導くものである。
【0020】
圧力調整装置8は、真空チャンバー10に接続され、真空チャンバー10内の圧力を調整する。圧力調整装置8は、例えば、ターボ分子ポンプやクライオポンプ等の減圧部と、真空チャンバー10内の圧力を測定する圧力測定部とを有している。
【0021】
ハース機構2は、成膜材料Maを保持するための機構である。ハース機構2は、真空チャンバー10の成膜室10b内に設けられ、搬送機構3から見てX軸方向の負方向に配置されている。ハース機構2は、プラズマ源7から出射されたプラズマビームPを成膜材料Maに導く主陽極又はプラズマ源7から出射されたプラズマビームPが導かれる主陽極である主ハース21を有している。
【0022】
図2に示すように、主ハース21は、成膜材料Maが充填されたZ軸方向の正方向に延びた筒状の充填部21aと、充填部21aから突出したフランジ部21bとを有している。主ハース21は、真空チャンバー10が有する接地電位に対して正電位に保たれているため、プラズマビームP(
図1参照)を吸引する。このプラズマビームPが入射する主ハース21の充填部21aには、成膜材料Maを充填するための貫通孔21cが形成されている。そして、成膜材料Maの先端部分が、この貫通孔21cの一端において成膜室10bに露出している。
【0023】
輪ハース6は、プラズマビームPを誘導するための電磁石を有する補助陽極である。輪ハース6は、成膜材料Maを保持する主ハース21の充填部21aの周囲に配置されている。輪ハース6は、コイル6a(電磁石)と永久磁石6bと環状の容器6cを有し、コイル6a及び永久磁石6bは輪状の容器6cに収容されている。輪ハース6は、コイル6aに流れる電流の大きさに応じて、成膜材料Maに入射するプラズマビームPの向き、または、主ハース21に入射するプラズマビームPの向きを制御する。
【0024】
成膜材料Maには、ITOやZnOなどの透明導電材料が例示される。成膜材料Maが導電性物質からなる場合、主ハース21にプラズマビームPが照射されると、プラズマビームPが成膜材料Maに直接入射し、成膜材料Maの先端部分が加熱されて気化し、プラズマビームPによりイオン化された成膜材料粒子Mbが成膜室10b内に拡散する。成膜室10b内に拡散した成膜材料粒子Mbは、成膜室10bの上方(Z軸正方向)へ移動し、搬送室10a内において成膜対象物11の表面に付着する。なお、成膜材料Maは、所定長さの円柱形状に成形された固体物であり、一度に複数の成膜材料Maがハース機構2に充填される。そして、最上部の成膜材料Maの先端部分が主ハース21の上端との所定の位置関係を保つように、成膜材料Maの消費に応じて、成膜材料Maがハース機構2の下方向から順次押し出される。
【0025】
また、ハース機構2は、主ハース21の周囲に配置されたアウターリム28を更に有している。このアウターリム28は、成膜材料Maが成膜時に主ハース21の周囲に堆積することによる主ハース21と輪ハース6との短絡を防止する。
【0026】
アウターリム28は、円筒状の有底容器である。アウターリム28は、主ハース21の充填部21aを取り囲む側壁部28bと、主ハース21のフランジ部21b側における側壁部28bの端部に設けられた底部28cとを有している。アウターリム28の底部28cには、主ハース21の充填部21aが挿通される円形の開口28aが形成されている。そして、アウターリム28の側壁部28bの上部は、アウターリム28の側方へ向けて徐々に反っており、成膜室10b側に開口している。
【0027】
電源50は、輪ハース6のコイル6aへ電力を供給する装置である。電源50は、主ハース21の上方において磁束密度を変化させる。具体的に、電源50は、コイル6aに交流電流を重畳することで、磁束密度を変化させる。本実施形態において、磁束密度の変化は、主ハース21の上方において磁束密度が0となる領域を変動させることである。電源50からの電流は正弦波を描く(
図5(b)参照)。電源50は、周波数、中心の電流値(オフセット)、及び振幅(中心の電流値に対して正側及び負側に変化する電流の大きさ)を設定する。
【0028】
電源50は、a/σが2以上となる条件にて、コイル6aに交流電流を重畳する。より好ましくは、電源50は、a/σが4以上となる条件にて、コイル6aに交流電流を重畳する。ここで、「a」とは、交流電流の重畳により変化する成膜材料の堆積物の形成位置の振幅の事である。振幅aの詳細な説明については、後述する。「σ」とは、コイル6aに交流電流を重畳しないときにおける堆積物の厚みである。
【0029】
図2では、アウターリム28の上端付近の湾曲した部分に堆積物Aが形成され易い。また、底部28cに堆積物Bが形成され易い。また、主ハース21の先端部に堆積物Cが形成され易い。このうち、堆積物A,Bは、特定の箇所にて大きく延びるように成長する。電源50が交流電流を重畳しなかった場合は、堆積物A,Bは、所定の厚みを有するように延びて行く。このときの堆積物A,Bの延びる部分における厚みが「σ」である。厚みσは、電源50の交流電力の条件を設定する前段階、例えば、成膜装置1の導入時や、製造時などに、堆積物A,Bの形成を行うと共に実測を行うことで取得されてよい。
【0030】
次に
図3~
図7を参照して、「a/σ」の条件について、より詳細に説明する。
図3を参照して主ハース21近傍の磁場分布について説明する。
図3では、プラズマ源7から出射されたプラズマビームが輪ハース6によって主ハース21に導かれている状態の磁場分布を示している。図中の矢印は磁力線の向きを示している。主ハース21近傍の磁場は、輪ハース6による磁場、ステアリングコイル5による磁場、及びプラズマビームPの自己誘導による磁場の影響を受ける。これらの影響により、磁束密度が0となる領域が形成される。なお、
図3に示されるように、本実施形態の成膜装置1の構成では、輪ハース6の中心軸CLに対して磁場は非対称に分布する。従って、磁束密度が0となる位置は、中心軸CLからずれた位置に形成される。ただし、「a/σ」の条件を設定するためのシミュレーションでは、プラズマビームPは偏心していないものと見なし、磁場は中心軸CLに対称に分布するものとして演算を行うものとする。このとき、磁束密度が0となる領域E1,E2は、主ハース21の上方の中心軸CL上に存在する。
【0031】
輪ハース6のコイル6aに供給される電流(以降、ハースコイル電流と称する場合がある)を所定の値に設定したときに、磁束密度が0になる領域を「領域E1」とすると、ハースコイル電流を高くすると、磁束密度が0になる領域が領域E1よりも高い位置の「領域E2」に移動する。ハースコイル電流の値を高くするごとに磁束密度が高い領域の広がりが上方向に向く。ハースコイル電流を大きくすると磁束密度が0になる領域の位置が上方にシフトするためにプラズマビームPの流れも上方へ向かうようになったためと推定される。従って、電源50が交流電流を重畳すると、磁場分布が繰り返し変化して、磁束密度が0になる領域が、上下方向に往復移動するように変動する。
【0032】
上述のように磁場分布が変化するのと同様に、ハースコイル電流の変化に伴って、電位分布も変化する。電位分布の変化によりイオンの飛び方が変化して、堆積物A,Bの位置や速度が変化する。
【0033】
例えば、
図2に示すように、交流電流を重畳せずに所定のハースコイル電流で堆積物A,Bを形成した場合の形成位置を「PA」「PB」とする。形成位置PA,PBは、堆積物A,Bの延伸方向に延びると共に堆積物A,Bのピーク位置を通過する軸線を設定した場合、当該軸線と堆積物A,Bの形成面(
図2では、アウターリム28の表面)との交点に設定される。このとき、ハースコイル電流が低い場合は、主ハース21から遠い位置に形成位置PA1が設定され、ハースコイル電流が高い場合は、主ハース21に近い位置に形成位置PA2が設定される。また、ハースコイル電流が低い場合は、主ハース21から近い位置に形成位置PB1が設定され、ハースコイル電流が高い場合は、主ハース21に遠い位置に形成位置PB2が設定される。
図4に、ハースコイル電流と堆積物A,B,Cの変動量との関係を示す。
図4に示す結果は、シミュレーションによって得られた結果である。ここでは、交流電流を重畳せずに、所定の電流値の直流のハースコイル電流がコイル6aに流される。横軸はハースコイル電流の大きさを示し、縦軸は、基準位置からの堆積物A,B,Cの形成位置の距離を示す。なお、
図4では、ハースコイル電流を0Aとしたときの各堆積物A,B,Cの形成位置が、基準位置となっている。
【0034】
上述のように、ハースコイル電流の変動に伴って、堆積物A,Bの形成位置PA,PBが変動する。従って、電源50が交流電流を重畳すると、ハースコイル電流が正弦波を描くように周期的に変動するのに伴って(
図5(b)参照)、堆積物A,Bの形成位置PA,PBも周期的に変動する。
図5(b)に示すように、ハースコイル電流は、電流値C1を中心値、電流値C2を極大値、及び電流値C3を極小値として正弦波を描く。このときの堆積物A,Bの成長モデルを
図5(a)に示す。横軸は形成位置PA,PBの位置、縦軸はフラックス強度を示す。フラックス強度とは、ある位置での成膜材料粒子の付着量(高さ)を示すパラメータである。なお、フラックス強度のピーク位置が堆積物A,Bの形成位置PA,PBであるものとする。ハースコイル電流が電流値C1のときのフラックス強度の分布はグラフG1で示され、ハースコイル電流が電流値C2のときのフラックス強度の分布はグラフG2で示され、ハースコイル電流が電流値C3のときのフラックス強度の分布はグラフG3で示される。このように、堆積物A,Bの形成位置PA,PBの変動幅2aは、グラフG2のピーク位置とグラフG3のピーク位置との間の距離で示される。このときの堆積物A,Bの形成位置PA,PBの振幅aは、変動幅2aの半分の大きさで定義される。例えば、交流電流を重畳しない場合は、一箇所の形成位置PA,PBに成膜材料が集中するため、堆積物A,Bの成長が早くなる。これに対し、交流電流を重畳する場合は、
図5(a)に示すように、成膜材料が付着する位置が変動幅2aの範囲で周期的に変動する。従って、成膜材料が分散されるため、堆積物A,Bの成長(延伸方向へ延びること)を遅らせることができる。
【0035】
図6は、
図4のグラフのうち、堆積物Aと堆積物Bの形成位置PA,PBの値を取り出してプロットしたものである。このグラフの何れかのハースコイル電流を中心値に設定し、交流電流の振幅を設定することで、変動幅2aが定まり、それによって振幅aが定まる。例えば、ハースコイル電流の中心値を20Aとし、振幅を10Aとすると、30Aにおける形成位置PAと10Aにおける形成位置PAとの間の距離が、堆積物Aが形成されるときの変動幅2aとなる。また、その変動幅2aの半分の値が振幅a(=10mm)となる。また、30Aにおける形成位置PBと10Aにおける形成位置PBとの間の距離が、堆積物Bが形成されるときの変動幅2aとなる。また、その変動幅2aの半分の値が振幅a(=3.5mm)となる。ここで、振幅aは、堆積物A,Bの厚みσで割ることによって、規格値として「a/σ」で示すことができる。堆積物Aの厚みσは5mmと実測され、堆積物Bの厚みσは1mmと実測された。従って、ハースコイル電流の中心値を20Aとし、振幅を10Aとした場合、堆積物Aの規格値「a/σ」は2となり、堆積物Bの規格値「a/σ」は3.5となる。このように、規格値「a/σ」を参照することで、イオンフラックスの広がり(厚みσ)に対して、イオンフラックスが集中する領域の振幅aがどの程度の大きさであるかを比較することが可能となる。
【0036】
主ハース21周辺の任意の位置でのフラックス強度の時間平均値と、規格値「a/σ」との関係を
図7に示す。
図7の横軸は規格値「a/σ」を示し、縦軸はフラックス強度の時間平均値の規格値を示す。フラックス強度の時間平均値の規格値とは、規格値「a/σ=1」のときの値を基準値(=1)として、当該基準値に対してどの程度の大きさであるかを示す値である。
図7に示すように、規格値「a/σ」が大きくなるに従って、任意の点に付着するフラックス強度が低下していることが理解される。特に、規格値「a/σ」が2となるまでの間に、フラックス強度を急激に低下させることができる。よって、電源50は、a/σが2以上となる条件にて、コイル6aに交流電流を重畳することが好ましいことが理解される。また、規格値「a/σ」が4となるまでの間に、フラックス強度を急激に低下させることができる。よって、電源50は、a/σが4以上となる条件にて、コイル6aに交流電流を重畳することが好ましいことが理解される。
【0037】
なお、規格値「a/σ」を上述のような条件とするために、電源50が周波数、中心の電流値、及び振幅をどのように設定するかは特に限定されない。一例として、周波数は、10~100Hzの範囲に設定されてよい。当該範囲では、周波数が高すぎることによって銅板の熱損失としてエネルギーが失われることを抑制し、周波数が低すぎることによって膜に層構造ができることを抑制できる。また、中心の電流値は、20~40Aの範囲で設定すればよい。また、振幅は2~20Aの範囲で設定すればよい。
【0038】
次に、本実施形態に係る成膜装置1の作用・効果について説明する。
【0039】
本実施形態に係る成膜装置1は、プラズマビームPによって成膜材料Maを加熱し、成膜材料Maから気化した粒子を成膜対象物11に付着させる成膜装置1であって、成膜材料Maが充填されると共に、プラズマビームPを成膜材料Maへ導く主陽極である主ハース21と、永久磁石6b及びコイル6aを有して主ハース21の周囲に配置されると共に、プラズマビームPを誘導する補助陽極である輪ハース6と、輪ハース6のコイル6aへ電力を供給する電源50と、を備え、主ハース21の上方において磁束密度を変化させる。
【0040】
成膜装置1は、主ハース21の上方において磁束密度を変化させる。このように、磁束密度を変化させる場合、主ハース21及び輪ハース6の周囲において、拡散した成膜材料が集中して付着する位置を変動させることができる。このようにして形成される堆積物は、狭い範囲に成膜材料が集中することで形成される堆積物に比して、成長が遅くなる。以上により、堆積物の成長を遅らせることができる。
【0041】
電源50は、コイル6aに交流電流を重畳することで、磁束密度を変化させてよい。電源50は、コイル6aに交流電流を重畳することで、容易に磁束密度を変化させることができる。
【0042】
磁束密度の変化は、磁束密度が0となる領域の変動であってよい。このように、磁束密度が0となる領域を変動させる場合、主ハース21及び輪ハース6の周囲において、拡散した成膜材料が集中して付着する位置を変動させることができる。このようにして形成される堆積物は、狭い範囲に成膜材料が集中することで形成される堆積物に比して、成長が遅くなる。以上により、堆積物の成長を遅らせることができる。
【0043】
成膜装置1において、電源50は、コイルaに交流電流を重畳することで、磁束密度を変化させ、交流電流の重畳により変化する成膜材料の堆積物の形成位置の振幅をaとし、コイル6aに交流電流を重畳しないときにおける堆積物の厚みをσとした場合、電源50は、a/σが2以上となる条件にて、コイル6aに交流電流を重畳してよい。また、電源50は、a/σが4以上となる条件にて、コイル6aに交流電流を重畳してよい。この場合、堆積物の厚みσに対して広い振幅aにて成膜材料を拡散することができる。従って、堆積物の成長を遅らせることができる。
【0044】
本発明は、前述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、下記のような種々の変形が可能である。
【0045】
上述の実施形態では、イオンプレーティング法による成膜装置を例示した。これに代えて、プラズマ蒸着装置、ダストプラズマ装置、プラズマ装置一般でも、蒸発源を固定しているタイプの成膜装置であれば、本発明を適用することが可能である。
【0046】
上述の実施形態では、電源は、電磁石に交流電流を重畳することで、主陽極の上方において磁束密度が0となる領域を変動させた。しかし、磁束密度が0となる領域を変動させる方法は、特に限定されない。
【0047】
例えば、電源は、直流電流の値を細かく切り替えてもよい。例えば、電源は、直流電流を細かく切り替えることで、
図5(b)に類似するような波形を形成してよい。なお、輪ハースを設置し、上述の実施形態に記載された方向に磁石を向けた時点で(コイルの電流が0であっても)磁束密度が0の点は形成されるため、電流の流し方は適宜変更してもよい。
【0048】
また、上述の実施形態では、電源は、磁束密度が0となる領域を変動させることで、堆積物が発生する領域を変化させて、堆積物の成長を遅らせた。しかし、電源は、磁束密度を変化させることで堆積物の発生領域を変化させることができればよく、必ずしも磁束密度が0となる領域を変動させる方法に限定されない。
【0049】
例えば、上述の実施形態のコイル6aに加え、別のコイルを追加し、電流をON/OFF、若しくは電流値を変化させることで、堆積物発生位置の磁束密度を変化させてもよい。また、永久磁石を配置し、その位置を移動させることで、堆積物発生位置の磁束密度を変化させてもよい。
【符号の説明】
【0050】
1…成膜装置、6…輪ハース、6a…コイル(電磁石)、6b…永久磁石、7…プラズマ源、11…成膜対象物、21…主ハース、50…電源。