(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-10
(45)【発行日】2024-07-19
(54)【発明の名称】疾患を治療するためのインプラント型セルドレッシング
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240711BHJP
C12N 5/00 20060101ALI20240711BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20240711BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20240711BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20240711BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20240711BHJP
A61L 27/24 20060101ALI20240711BHJP
A61L 27/20 20060101ALI20240711BHJP
A61L 27/18 20060101ALI20240711BHJP
A61L 15/64 20060101ALI20240711BHJP
A61L 15/32 20060101ALI20240711BHJP
A61L 15/28 20060101ALI20240711BHJP
A61L 15/26 20060101ALI20240711BHJP
A61L 15/20 20060101ALI20240711BHJP
A61L 15/40 20060101ALI20240711BHJP
A61K 9/70 20060101ALI20240711BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20240711BHJP
A61K 47/38 20060101ALI20240711BHJP
A61K 47/20 20060101ALI20240711BHJP
A61K 47/34 20170101ALI20240711BHJP
A61K 35/12 20150101ALI20240711BHJP
A61K 35/28 20150101ALI20240711BHJP
A61K 35/48 20150101ALI20240711BHJP
A61P 41/00 20060101ALI20240711BHJP
【FI】
C12M1/00 Z
C12N5/00
A61L27/58
A61L27/40
A61L27/38
A61L27/22
A61L27/24
A61L27/20
A61L27/18
A61L15/64 100
A61L15/32 100
A61L15/32 310
A61L15/28 100
A61L15/26 100
A61L15/20 100
A61L15/40 100
A61K9/70
A61K47/42
A61K47/38
A61K47/20
A61K47/34
A61K35/12
A61K35/28
A61K35/48
A61P41/00
(21)【出願番号】P 2020550707
(86)(22)【出願日】2019-03-22
(86)【国際出願番号】 GB2019050819
(87)【国際公開番号】W WO2019180454
(87)【国際公開日】2019-09-26
【審査請求日】2022-03-22
(32)【優先日】2018-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(32)【優先日】2018-08-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】515200272
【氏名又は名称】クイーン メアリー ユニバーシティ オブ ロンドン
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 憲
(72)【発明者】
【氏名】梅田 伸好
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-518912(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0055078(US,A1)
【文献】国際公開第2002/045767(WO,A1)
【文献】特開2001-321157(JP,A)
【文献】特開2007-215519(JP,A)
【文献】国際公開第2003/009783(WO,A1)
【文献】特開2017-201895(JP,A)
【文献】特開2015-192640(JP,A)
【文献】国際公開第2011/058813(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/136910(WO,A1)
【文献】Ann Thorac Surg,2016年,101,2361-3
【文献】日大医誌,2016年,75 (2),61-66
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 3/00
C12N 5/00
A61L 27/00-27/60
A61L 15/00-15/64
A61K 9/70
A61K 47/00-47/69
A61K 35/00-35/768
A61P 41/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚を除く組織又は臓器に対する病変又は外傷の治療のための多層マトリックスを作製するためのキットであって、
第1の層及び第2の層を含む、少なくとも2つの層を含む多層マトリックスを含み、
前記第1の層は、生体吸収材料を含み、かつ前記第2の層は、フィブリノゲン及びトロンビンを含み、
前記多層マトリックスは、体液を除く細胞懸濁液を前記第2の層に添加した直後に、前記第2の層を前記組織又は臓器に接触させることによって、前記組織又は臓器に貼付される、前記キット。
【請求項2】
前記細胞懸濁液に含まれる細胞をさらに含む、請求項1に記載のキット。
【請求項3】
前記病変又は外傷が、心疾患、脊髄損傷、又は潰瘍である、請求項1又は2に記載のキット。
【請求項4】
前記臓器が、心臓である、請求項1又は2一項に記載のキット。
【請求項5】
前記貼付を前記添加後30分以内に行う、請求項1~4のいずれか一項に記載のキット。
【請求項6】
前記
細胞懸濁液においてCD105、CD73、及びCD90について陽性を示す細胞の割合が50%以上であり、かつ前記
細胞懸濁液においてCD45及びCD34について陽性を示す細胞の割合が10%以下である、請求項1
~5のいずれか一項に記載の
キット。
【請求項7】
前記
細胞懸濁液においてCD142について陽性を示す細胞の割合が50%以上であり、かつ前記
細胞懸濁液においてCD106について陽性を示す細胞の割合が10%以下である、請求項1~
6のいずれか一項に記載の
キット。
【請求項8】
前記
細胞懸濁液が間葉系幹細胞
を含む、請求項1~
7のいずれか一項に記載の
キット。
【請求項9】
前記間葉系幹細胞が胎児付属物に由来する、請求項
8に記載の
キット。
【請求項10】
前記第2の層内に含まれる細胞密度が0.3×10
6cells/cm
2以上である、請求項1~
9のいずれか一項に記載の
キット。
【請求項11】
体重当たりの
前記多層マトリックスの投与面積が0.1cm
2/kg以上かつ6.0cm
2/kg以下である、請求項1~
10のいずれか一項に記載の
キット。
【請求項12】
前記第2の層が、さらなる生体接着材料を含む、請求項1~
11のいずれか一項に記載の
キット。
【請求項13】
前記さらなる生体接着材料が、ゼラチン、ラミニン、インテグリン、フィブロネクチン、及びビトロネクチンからなる群から選択される少なくとも1つである、請求項
12に記載の
キット。
【請求項14】
前記第2の層がジメチルスルホキシド及びアルブミンをさらに含有する、請求項1~
13のいずれか一項に記載の
キット。
【請求項15】
生体吸収材料が、コラーゲン、ゼラチン、セルロース、酢酸セルロース、キトサン、キチン、ポリ乳酸、ヒアルロン酸、及びポリグリコール酸からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1~
14のいずれか一項に記載の
キット。
【請求項16】
皮膚を除く組織又は臓器に対する病変又は外傷の治療のための多層マトリックスを作製する方法であって、
A)
体液を除く細胞懸濁液を調製するステップ、及び
B)第1の層に生体吸収材料を含み、かつ第2の層にフィブリノゲン及びトロンビンを含む、少なくとも2つの層を含む多層マトリックスの
前記第2の層に
前記細胞懸濁液を
添加して、
前記フィブリノゲン及びトロンビンが、前記細胞懸濁液中の細胞をその内部に含むフィブリンで構成されるマトリックスを形成するステップ
を含
み、
前記多層マトリックスは、前記添加の直後に、前記第2の層を前記組織又は臓器に接触させることによって、前記組織又は臓器に貼付するためのものである、前記方法。
【請求項17】
前記工程A)において調製された細胞懸濁液は凍結状態で供給され、前記工程B)において解凍後の細胞として第2の層に添加される、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記病変又は外傷が、心疾患、脊髄損傷、又は潰瘍である、請求項16又は17に記載の方法。
【請求項19】
前記臓器が、心臓である、請求項16又は17に記載の方法。
【請求項20】
前記工程B)が、組織又は臓器への貼付の30分前以内に実施される、請求項16~19のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外マトリックスに支持されており、生体接着性及び生体吸収性を有する生体適合性パッチであり、さらにドナー細胞を含んでなる、心疾患の治療を含む医療用のインプラント型セルドレッシングに関する。
【背景技術】
【0002】
心不全はヒトの障害及び死亡の主要な原因であり、効率的で費用効果の高い新たな心不全治療法の開発が求められている。近年の研究から、幹細胞/前駆細胞の移植が心不全状態の心機能を改善することが示されてきた(非特許文献1、非特許文献2)。この革新的治療として、骨髄由来細胞、間葉系幹細胞、骨格筋芽細胞、心臓前駆細胞などを使用する臨床研究が実施されてきた。しかし、これまでにこれらの試験で観察された治療効果は、期待されたほど良好なものではなかった。このような結果をもたらす主要因の一つとして、細胞移植後のドナー細胞の生着不良が挙げられるが、これは主に心臓への細胞送達経路が最適ではないことに起因する(非特許文献3、非特許文献4)。
【0003】
現行の細胞送達法として、細胞懸濁液の心筋内、冠動脈内、及び静脈内への注入が挙げられる。しかし、これらの注入法は全て、ドナー細胞の心臓への生着が著しく低い。一般的にこれらの注入法におけるドナー細胞の残存は、7日目には10%未満であり、28日目後には1%未満である(非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7)。その主な原因として、注入されたドナー細胞のうち、初期の段階で心臓に保持される細胞が限られており、その後の細胞の生存率も低いことが挙げられる。ドナー細胞のこのような生着不良により、細胞治療の効果が限定的になる。加えて、心筋内注入には不整脈発生のリスクがあり、一方、冠動脈内注入には冠動脈塞栓症のリスクがある(非特許文献8、非特許文献9)。したがって、新たな心不全治療法を将来的に成功させるためには、心臓に対するより効果的でより安全な幹細胞/前駆細胞の送達法の開発が必要不可欠である(非特許文献10、非特許文献4)。
【0004】
この問題を解決するため、心外膜留置法の有用性が報告されており、注入法と対比される。温度応答性ディッシュにより生成された「細胞シート」を心外膜留置法で移植した場合、移植1時間後の初期保持率は95%と顕著に増大し (心筋内注入での15~30%と対比される)、その結果、その後のドナー細胞の残存が5倍超増加した(非特許文献8、非特許文献11、非特許文献12)。ドナー細胞の大部分が心外膜表面に保持されており、シートの貼付によってホストの心筋から新たな血管が形成された。その結果、心筋内注入法と比較して心機能の著しい回復が達成された。しかし、細胞シートの作製は技術的に難しく、適切な品質管理が困難であり、作製にも最長で約24時間を要する。また、シートは裂け易く、長期の保存/輸送は困難であるため、細胞シートの取扱いも問題となる。したがって、細胞シートは医療従事者に対する専門技術の要求が大きいため、臨床現場で一般的なツールとして使用することの妨げとなっている。
【0005】
通常の細胞懸濁液を単に滴下するだけではドナー細胞を心臓に保持することができず、細胞の大半は脱落する。そこで、ハイドロゲル(例えばフィブリン接着剤)を使用することで、幹細胞の心臓表面への心外膜留置を可能にすることが報告されている。しかし、ハイドロゲルは通常あまり強固ではないため、幹細胞を組み込んだハイドロゲルは、心膜、肺、及び胸壁などの周囲組織との機械的な接触により摩耗することが多い。加えて、これらの材料は、有害事象を引き起こす可能性がある術後癒着の原因となり得る。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】P. Menasche、Cardiac cell therapy: Lessons from clinical trials、J Mol Cell Cardiol、2011、50、258~265
【文献】M. A. Laflammeら、Heart regeneration、Nature、2011、473、326~335
【文献】N. G. Campbellら、Cell delivery routes for stem cell therapy to the heart: current and future approaches、J Cardiovasc Transl Res、2012、5(5)、713~726
【文献】S. Fukushimaら、Choice of cell-delivery route for successful cell transplantation therapy for the heart.、Future Cardiol.、2013、9, 215~227
【文献】K. Suzukiら、Targeted cell delivery into infarcted rat hearts by retrograde intracoronary infusion: distribution, dynamics, and influence on cardiac function、Circulation、2004、110、225~230
【文献】S. Fukushimaら、Choice of cell-delivery route for skeletal myoblast transplantation for treating post-infarction chronic heart failure in rat、PLoS ONE、2008、3(8)、e3071
【文献】S. Fukushimaら、Direct intramyocardial but not intracoronary injection of bone marrow cells induces ventricular arrhythmias in a rat chronic ischemic heart failure model、Circulation、2007、115、2254~2261
【文献】T. Naritaら、The use of cell-sheet technique eliminates arrhythmogenicity of skeletal myoblast-based therapy to the heart with enhanced therapeutic effects、Int J Cardiol、2013、168、261~269
【文献】S. Fukushimaら、Direct intramyocardial but not intracoronary injection of bone marrow cells induces ventricular arrhythmias in a rat chronic ischemic heart failure model、Circulation、2007、115、2254~2261
【文献】T. Naritaら、Bone marrow-derived mesenchymal stem cells for the treatment of heart failure、Heart Fail Rev、2015、20、53~68
【文献】T. Naritaら、The use of scaffold-free cell sheet technique to refine mesenchymal stromal cell-based therapy for heart failure、Mol Ther、2013、21(4)、860~867
【文献】N. Tanoら、Epicardial placement of mesenchymal stromal cell sheets for the treatment of ischemic cardiomyopathy; in vivo proof-of-concept study、Mol Ther、2014、22(10)、1864~1871
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、細胞ベースの疾患の治療法を成功させるために、これらの問題を克服する新たな手法が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下を提供する:
<1>第1の層に生体吸収材料を含み、かつ第2の層に生体接着材料を含む、少なくとも2つの層を含む多層マトリックスであって、第2の層に細胞を含む、前記多層マトリックス。
<2>前記細胞においてCD105、CD73、及びCD90について陽性を示す細胞の割合が50%以上であり、かつ前記細胞においてCD45及びCD34について陽性を示す細胞の割合が10%以下である、<1>に記載の多層マトリックス。
<3>前記細胞においてCD142について陽性を示す細胞の割合が50%以上であり、かつ前記細胞においてCD106について陽性を示す細胞の割合が10%以下である、<1>又は<2>に記載の多層マトリックス。
<4>前記細胞が間葉系幹細胞である、<1>~<3>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<5>間葉系幹細胞が胎児付属物に由来する、<1>~<4>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<6>第2の層内に含まれる細胞密度が0.3×106 cells/cm2以上である、<1>~<5>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<7>体重当たりの多層マトリックスの投与面積が0.1cm2/kg以上かつ6.0cm2/kg以下である、<1>~<6>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<8>第2の層に少なくとも2つの生体接着材料を含む、<1>~<7>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<9>生体接着材料が、フィブリノゲン、トロンビン、ゼラチン、ラミニン、インテグリン、フィブロネクチン、及びビトロネクチンからなる群から選択される少なくとも1つである、<1>~<8>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<10>生体接着材料が生体吸収材料を含む、<1>~<9>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<11>第2の層にジメチルスルホキシド及びアルブミンをさらに含む、<1>~<10>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<12>生体吸収材料が、コラーゲン、ゼラチン、セルロース、酢酸セルロース、キトサン、キチン、ポリ乳酸、ヒアルロン酸、ポリグリコール酸、及びポリビニルアルコールからなる群から選択される少なくとも1つである、<1>~<11>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<13>対象の組織又は臓器に対する病変又は外傷を治療する方法における使用のための、<1>~<12>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<14>臓器が心臓である、<13>に記載の多層マトリックス。
<15>組織が心筋である、<13>に記載の多層マトリックス。
<16>第2の層が薬物(複数可)をさらに含有する、<1>~<15>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<17>細胞懸濁液が第2の層にアプライ(導入)され、かつ細胞懸濁液の体積が20μL/cm2以上かつ60μL/cm2以下である、<1>~<16>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<18>前記細胞が多層マトリックスにアプライ(導入)された後、アプライ(導入)された細胞の生存率が少なくとも3時間、70%以上となるように維持される、<1>~<17>のいずれかに記載の多層マトリックス。
<19>対象の組織又は臓器に対する病変又は外傷を治療する方法における使用のための、少なくとも2つの層を含む多層マトリックスであって、前記少なくとも2つの層では、第1の層に生体吸収材料を含み、かつ第2の層に生体接着材料を含み、ここで第2の層は細胞を含み、前記方法では、多層マトリックスをアプライ(導入)する前に薬物(複数可)を含む溶液が第2の層にアプライ(導入)される、前記多層マトリックス。
<20>少なくとも2つの層を含む多層マトリックスを作製する方法であって、前記少なくとも2つの層では、第1の層に生体吸収材料を含み、かつ第2の層に生体接着材料を含み、ここで第2の層は細胞を含み、前記方法は、
A)細胞懸濁液を調製するステップ、及び
B)細胞懸濁液を多層マトリックスの第2の層にアプライ(導入)するステップ
を含む、前記方法。
<21>細胞を含む懸濁液の体積が20μL/cm2以上かつ60μL/cm2以下である、<20>に記載の多層マトリックスを作製する方法。
<22>細胞懸濁液がアルブミン及びジメチルスルホキシドを含む、請求項<20>又は<21>に記載の、多層マトリックスを作製する方法。
<23>アルブミンの濃度が0.5wt%以上かつ8wt%以下である、請求項<22>に記載の多層マトリックスを作製する方法。
<24>ジメチルスルホキシドの濃度が3%以上かつ10%以下である、請求項<22>又は<23>に記載の多層マトリックスを作製する方法。
<25>細胞懸濁液がヒドロキシエチルデンプンをさらに含む、<20>~<24>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<26>細胞懸濁液の細胞濃度が5×106cells/mL以上かつ133×106cells/mL以下である、<20>~<25>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<27>前記細胞においてCD105、CD73、及びCD90について陽性を示す細胞の割合が50%以上であり、かつ前記細胞においてCD45及びCD34について陽性を示す細胞の割合が10%以下である、<20>~<26>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<28>前記細胞においてCD142について陽性を示す細胞の割合が50%以上であり、かつ前記細胞においてCD106について陽性を示す細胞の割合が10%以下である、<20>~<27>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<29>前記細胞が間葉系幹細胞である、<20>~<28>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<30>間葉系幹細胞が胎児付属物に由来する、<20>~<29>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<31>細胞懸濁液が多層マトリックスにアプライ(導入)される際の細胞密度が0.3×106cells/cm2以上である、<20>~<30>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<32>体重当たりの多層マトリックスの投与面積が0.1cm2/kg以上かつ6.0cm2/kg以下である、<20>~<31>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<33>細胞が多層マトリックスにアプライ(導入)された後、アプライ(導入)された細胞の生存率が少なくとも3時間、70%以上となるように維持される、<20>~<32>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<34>生体吸収材料が、コラーゲン、ゼラチン、セルロース、酢酸セルロース、キトサン、キチン、ポリ乳酸、ヒアルロン酸、ポリグリコール酸、及びポリビニルアルコールからなる群から選択される少なくとも1つである、<20>~<33>のいずれかに記載の多層マトリックスを作製する方法。
<35>対象の組織又は臓器に対する病変又は外傷の治療のための、<1>に記載の多層マトリックスの使用。
<36>多層マトリックスをアプライ(導入)する前に、細胞を含む懸濁液が第2の層にアプライ(導入)される、<35>に記載の多層マトリックスの使用。
<37>対象の組織又は臓器に対する病変又は外傷の治療のための薬剤を作製するための、請求項1に記載の多層マトリックスの使用。
<38>多層マトリックスをアプライ(導入)する前に、細胞を含む懸濁液が第2の層にアプライ(導入)される、<37>に記載の多層マトリックスの使用。
<39>少なくとも、容器内の細胞懸濁液、並びに少なくとも2つの層を含む多層マトリックスを含むキットオブパーツであって、前記少なくとも2つの層では、第1の層に生体吸収材料を含み、かつ第2の層に生体接着材料を含む、前記キットオブパーツ。
<40>前記細胞においてCD105、CD73、及びCD90について陽性を示す細胞の割合が50%以上であり、かつ前記細胞においてCD45及びCD34について陽性を示す細胞の割合が10%以下である、<39>に記載のキットオブパーツ。
<41>前記細胞においてCD142について陽性を示す細胞の割合が50%以上であり、かつ前記細胞においてCD106について陽性を示す細胞の割合が10%以下である、<39>又は<40>に記載のキットオブパーツ。
<42>前記細胞が間葉系幹細胞である、<39>~<41>のいずれかに記載のキットオブパーツ。
<43>間葉系幹細胞が胎児付属物に由来する、<42>に記載のキットオブパーツ。
<44>多層マトリックスと前記細胞との比が、多層マトリックス1cm2当たり0.3×106cells以上である、<39>~<43>のいずれかに記載のキットオブパーツ。
<45>多層マトリックスと前記細胞との比が、多層マトリックス1cm2当たり20μL以上かつ60μL以下である、<39>~<44>のいずれかに記載のキットオブパーツ。
<46>体重当たりの多層マトリックスの投与面積が0.1cm2/kg以上かつ6.0cm2/kg以下である、<39>~<45>のいずれかに記載のキットオブパーツ。
<47>生体吸収材料が、コラーゲン、ゼラチン、セルロース、酢酸セルロース、キトサン、キチン、ポリ乳酸、ヒアルロン酸、ポリグリコール酸、及びポリビニルアルコールからなる群から選択される少なくとも1つである、<39>~<46>のいずれかに記載のキットオブパーツ。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】セプラフィルム(Seprafilm)(登録商標)(単層材料)を使用する細胞移植の手順を示す。
【
図2】ラット骨髄単核細胞(BMMNC)10×10
6個及びセプラフィルム(登録商標)(単層材料)を使用する細胞移植が成功しなかった結果を示す。BMMNC-セプラフィルム(登録商標)複合体を、心筋梗塞の28日後にラット心臓表面に貼付した(SF-BMMNC群)。対照群には心筋梗塞の28日後にsham手術を施した。治療後28日目に心エコー法により心機能を測定した。
【
図3】間葉系幹細胞及びセプラフィルム(登録商標)を使用する細胞移植が成功しなかった結果を示す。ラット骨髄由来間葉系幹細胞(MSC)4×10
6個をセプラフィルム(登録商標)に導入して心筋梗塞の28日後にラット心臓表面に貼付した(SF-MSC群)。対照群には心筋梗塞の28日後にsham手術を施した。治療後28日目に心エコー法により心機能を測定した。
【
図4】セプラフィルム(登録商標)(SF)による細胞移植後のドナー細胞の漏出を示す。一定数のドナー細胞(赤色蛍光染料CM-DiIで標識されている)は、SFによる細胞移植後に心臓表面に保持された(
図4(a)及び4(b))。DiI(ピンク)標識BMMNC(
図4(c))をSFに導入して心外膜に貼付した後、心膜液から細胞を回収した。多数のドナーBMMNCが心腔内に漏出している(脱落している)ことが見出された(黄色矢印)。
【
図5】タコシール(TachoSil)(登録商標)(多層型フィブリンシーラントパッチ)の構造を示す。
【
図6】タコシール(登録商標)を用いて幹細胞を心外膜に留置する方法を示す。
【
図7】ラット急性心筋梗塞モデルにおいて、28日目におけるタコシール(登録商標)-間葉系幹細胞(MSC)の心外膜留置の治療効果を示す。ラット卵膜由来MSC 1×10
6個をタコシール(登録商標)に導入して心筋梗塞の1時間後にラット心臓表面に貼付した(TS群)。対照群には心筋梗塞の1時間後にsham手術を施した。治療後28日目に心エコー法により心機能を測定した。
【
図8】ラット急性心筋梗塞モデルにおける、タコシール(登録商標)-MSC治療5日後のマクロ的観察結果を示す。ラット卵膜由来MSC 1×10
6個をタコシール(登録商標)に導入して心外膜に貼付した5日後に、タコシール(登録商標)-MSC複合体が心臓表面に強固に接着されていることが見出された。
【
図9】ラット急性心筋梗塞モデルにおける、タコシール(登録商標)-MSC治療28日後の巨視的観察を示す。ラット卵膜MSC 1×10
6個をタコシール(登録商標)に導入して心外膜に貼付した28日後に、タコシール(登録商標)-MSC複合体は大部分が消失した。有害変化(合併症)は見出されなかった。
【
図10】タコシール(登録商標)-MSCのラット心臓への貼付5日後におけるドナー細胞の生存を示す。ラット卵膜由来MSC 1×10
6個をタコシール(登録商標)に導入して心外膜に貼付した5日後に、多数のドナーMSC(橙色)が心臓の表面上に観察された。MSCの心筋への移動はほとんどなかったが、一部のMSCはコラーゲンスポンジ層に定着した。
【
図11】タコシール(登録商標)-MSCのラット心臓への移植28日後におけるドナー細胞の生存を示す。ラット卵膜由来MSC 1×10
6個をタコシール(登録商標)に導入して心外膜に貼付した28日後に、多数のドナーMSC(橙色)が心臓の表面上に観察された。MSCは心筋にほとんど移行してなかった。タコシール(登録商標)のコラーゲンは吸収されたか消失したようだった。
【
図12】タコシール(登録商標)-MSCを心筋梗塞後の虚血性心不全モデルラットの心外膜に貼付した28日後の治療効果を示す。ラット左冠動脈結紮(虚血性心不全モデル)の4週間後に、ラット卵膜由来MSCを導入したタコシール(登録商標)、タコシールのみ(TS only群)を心臓表面に貼付したか、又は何も貼付しなかった(Sham群)。治療28日後に心エコー法(上レーン)及びカテーテル法(下レーン)により心機能を測定した。
【
図13】タコシール(登録商標)-MSCを心筋梗塞後の虚血性心不全モデルラットの心外膜に貼付することにより損傷した心筋の修復が進んだことを示す。ラットにおける左冠動脈結紮の4週間後に、ラット卵膜由来MSC 4×10
6個を導入したタコシール(登録商標)(TS+MSC群)、タコシール(登録商標)のみ(TS only群)を心臓表面に貼付したか、又は何も貼付しなかった(Sham群)。治療の4週間後、TS+MSC群は心筋梗塞の遠隔領域及び境界領域の両方においてSham群及びTS Only群の両方と比較して病理学的に線維症の有意な減弱(A)、心筋細胞肥大の低減(B、WGA=コムギ胚芽アグルチニン)、及び微小血管形成の改善(C)を示した。スケールバー、A、B、Cのそれぞれにおいて10、50、30mm。
【
図14】ブタ心臓におけるタコシール(登録商標)-MSCの心外膜貼付のフィージビリティを示す。5×10
7cells/mLのブタ骨髄由来MSC 1mLを塗布したタコシール(登録商標)(25cm
2)2枚をブタ(20~22kg)の拍動する心臓の表面に貼付した。技術的な実現可能性を確認できたことに加えて、1日後のMSC(CM-DiIで橙色に標識された)の優れた保持及び生存を組織学的に確認できた。スケールバー=100μm。
【
図15】ブタ心臓におけるタコシール(登録商標)-MSCの心外膜貼付のフィージビリティを示す。8×10
7cells/mLのヒト羊膜由来MSC 1mLを塗布したタコシール(登録商標)(25cm
2)2枚をブタ(20~22kg)の拍動する心臓の表面に貼付した。技術的な実現可能性を確認できたことに加えて、1日後のMSC(CM-DiIで橙色に標識された)の優れた保持及び生存を組織学的に確認できた。スケールバー=400μm。
【
図16】ブタ心臓におけるインテグラン(Integran)(登録商標)-ゼルフォーム(Gelfoam)(登録商標)-MSCの心外膜貼付のフィージビリティを示す。8×10
7cells/mLのヒト羊膜由来MSC 1mLを塗布したインテグラン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)(9cm
2)をブタ(20~22kg)の拍動する心臓の表面に貼付した。技術的な実現可能性を確認できたことに加えて、1日後のMSC(CM-DiIで橙色に標識された)の優れた保持及び生存を組織学的に確認できた。スケールバー=400μm。
【
図17】ブタ心臓におけるインターシード(INTERCEED)(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)-MSCの心外膜貼付のフィージビリティを示す。8×10
7cells/mLのヒト羊膜由来MSC 1mLを塗布したインターシード(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)(9cm
2)をブタ(20~22kg)の拍動する心臓の表面に貼付した。技術的な実現可能性を確認できたことに加えて、1日後のMSC(CM-DiIで橙色に標識された)の優れた保持及び生存を組織学的に確認できた。スケールバー=400μm。
【発明を実施するための形態】
【0010】
したがって、第1の層に生体吸収材料を含み、かつ第2の層に生体接着材料を含む、少なくとも2つの層を含む多層マトリックスであって、ここで第2の層は細胞を含む、多層マトリックスが提供される。多層マトリックスは、対象の組織又は臓器に対する病変又は外傷を治療する方法において使用することができる。
【0011】
本発明のマトリックスは、生体吸収材料から作られた少なくとも1つの層、及び生体接着材料から作られた少なくとも1つの層から構成される、多層マトリックスであり得る。しかし、実際には二層のマトリックスが好適に用いられる。しかし、さらなる安定性又は生物学的活性の向上が要求される場合にはさらに層を追加しても良い。例えば、病変又は外傷の治療を促進するための薬物がコーティングされた層を追加しても良い。
【0012】
第1の層には生体吸収材料を含む。「生体吸収材料」という用語は、生体内で分解及び吸収され、何らかの構造体を有するマトリックス材料を指す。構造体としては、細胞の生着に適した足場の形態であっても良い。この層は、第2の層を周囲の組織による摩擦又は機械的損傷から保護することもできる。マトリックスは天然物であっても良いし、合成された物質であっても良い。
【0013】
生体吸収材料は、生体に投与された場合に、生体に対して有害な作用、例えば副作用や生体環境の悪化をもたらさない限り、特に限定されない。生体吸収材料は生体吸収性ポリマーであっても良い。生体吸収材料の例としては、コラーゲン、並びにコラーゲン、ゼラチン、及びコラーゲンペプチドを含む。生体吸収材料の例は、多糖、並びにセルロース、酢酸セルロース、酸化再生セルロース、キトサン、キチン、及びヒアルロン酸が挙げられる。生体吸収材料の例としては、下記で挙げられる生体吸収材料、並びにポリグラクチン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、及びポリビニルアルコールであっても良い。例えば、コラーゲンが生体吸収材料として使用されることが好ましい。任意の種類のコラーゲン、例えば線維状コラーゲン又は非線維状コラーゲンが使用される。適切なコラーゲンの例としては、I型、II型、III型、IV型、及び/若しくはV型コラーゲン、又はこれらの混合物が挙げられる。コラーゲンは、ヒト、ウマ、ブタ、ウシ、ヤギ、及び/又はヒツジといった任意の動物由来のものが好適に用いられる。ゼラチン、セルロース、酢酸セルロース、キトサン、キチン、ポリ乳酸、ヒアルロン酸、及びポリビニルアルコールは、コラーゲン以外の例として好適に用いられる。
【0014】
生体吸収材料はさらなる成分、例えば保存剤及び/又は安定化剤が含まれていても良い。保存剤及び/又は安定化剤の好適な例としては、アルブミン、リボフラビン、塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウム、及び/若しくはL-アルギニン塩酸塩、又はこれらの混合物が挙げられる。
【0015】
生体吸収材料の一例としては、ウマコラーゲン、ヒトアルブミン、リボフラビン、塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウム、及びL-アルギニン塩酸塩が挙げられる。
【0016】
生体吸収材料の形態としては、シート様であることが望ましい。多孔性シート、例えば不織布又はスポンジ又はフィルム状シートが使用されることが好ましい。
【0017】
第2の層には、生体接着材料を含む。「生体接着材料」という用語は、臓器又は組織に対する接着性を示す材料を指す。生体接着材料は、使用時にマトリックスを組織又は臓器の表面に接着させる能力を有している。さらに、第2の層には細胞及び生体吸収材料に対して低い毒性を示す材料であることが好ましいが、これらに限定されない。生体接着材料は、細胞外マトリックス、例えばフィブリノゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、及びラミニンから構成されても良い。生体接着材料は、細胞接着分子、例えばインテグリン及びセレクチンから構成されても良い。生体接着材料は、トロンビン及びゼラチンから構成されても良い。フィブリノゲン及び/又はトロンビンが使用されることが好ましく、生体接着材料は、使用時に瞬時に調製できるように、粉末(好適には無水)形態で提供されることが好ましい。より具体的な例としては、マトリックスの使用時に培地を第2の層(以下、生体接着層とも称される)にアプライ(導入)することで、生体接着材料を瞬時に調製できることを意味する。第2の層は少なくとも2つの生体接着材料が含まれていても良い。
【0018】
生体接着材料は、他の成分、例えばアプロチニン及び/又はプラスミノーゲンを含んでいても良い。
【0019】
さらに、この多層マトリックスは、アプライ(導入)された細胞が長期間、高生存率を維持できる材料であることが好ましい。具体的には、多層マトリックスにアプライ(導入)された細胞が37℃で維持される場合、アプライ(導入)する前の生細胞のうちの70%以上(より好ましくは80%以上、さらにより好ましくは90%以上)が少なくとも3時間後に生存していることが好ましい。さらに、アプライ(導入)する前の生細胞のうちの70%以上(より好ましくは80%以上、さらにより好ましくは90%以上)が少なくとも6時間後に生存していることがより好ましい。
【0020】
使用時において、第2の層にアプライ(導入)される細胞懸濁液は水溶液及び細胞を含んでもよく、薬物が含まれていても含まれていなくてもよい。溶液は、生理食塩水、リン酸緩衝食塩水、二価カチオン(例えば塩化カルシウム又は塩化マグネシウム)を含有するリンゲル液、又は培地を含んでもよい。培地は、HBSS(+)、HBSS(-)、RPMI、IMEM、DMEM、MEM、及び/又は細胞保存剤を含んでもよく、場合により血清、血漿、若しくはタンパク質含有溶液が補充されていてもよい。また、市販の凍結保存液が当該溶液として好適に使用される。例えば、CP-1(極東製薬工業株式会社製)、BAMBANKER(Lymphotec Corporation製)、STEM-CELLBANKER(日本全薬工業株式会社製)、ReproCryo RM(ReproCell製)、CryoNovo(Akron Biotechnology)、MSC Freezing Solution(Biological Industries製)、CryoStor(HemaCare製)などが挙げられる。細胞保存液は、上で列挙された溶液のうちの1つ又は2つ以上を、1つ又は2つ以上の凍結保護剤、例えばジメチルスルホキシド、アルブミン、グリセロール、ヒドロキシエチルデンプン、又はデキストランと組み合わせた溶液であっても良い。ジメチルスルホキシドの濃度は、好ましくは3wt%以上、4wt%以上、5wt%以上である。ジメチルスルホキシドの濃度の上限は、10wt%以下、9wt%以下、8wt%以下、7wt%以下である。アルブミンの濃度は、好ましくは0.5wt%以上、1wt%以上、2wt%以上、3wt%以上である。アルブミンの濃度の上限は、8wt%以下、7wt%以下、6wt%以下、5wt%以下である。ヒドロキシエチルデンプンの濃度は、好ましくは3wt%以上、4wt%以上、5wt%以上である。ヒドロキシエチルデンプンの濃度の上限は、9wt%以下、8wt%以下、7wt%以下である。細胞保存液の一例としては、5wt%のジメチルスルホキシド、6wt%のヒドロキシエチルデンプン、及び4wt%のヒト血清アルブミンの組成物が挙げられる。
【0021】
多層マトリックスに細胞保存液を導入する一例として、実際の臨床では、細胞保存液中に懸濁された細胞は凍結状態で供給され、遠心分離などにより細胞保存液を除去する特別なステップを伴わず、多層マトリックスに直接解凍後の細胞をアプライ(導入)することがある。したがって、細胞を導入した多層マトリックスの調製に要する期間を短縮できる。この場合、例えば10分間以内に細胞を多層マトリックス又は患者にアプライ(導入)することができる。
【0022】
多層マトリックスに細胞保存液を導入する一例として、実際の臨床では、細胞保存液中に懸濁され、凍結状態で供給される細胞は、解凍され、溶液、例えば食塩水、リン酸緩衝食塩水、リンゲル液、及び培地と共に、遠心分離により洗浄されることがある。次いで、細胞は溶液中に懸濁され、適切な細胞濃度へと調製され、多層マトリックスへとアプライ(導入)される。
【0023】
マトリックス内に組み込まれる薬物(複数可)は、ホストの心臓若しくはドナー細胞を保護しても良く、ドナー細胞の機能を活性化しても良く、ドナー細胞の表現型を増強しても良く、さらには血管新生、抗炎症、及び組織修復を誘導しても良い。したがって、薬物の例としては、増殖因子(例えばIGF-1)、血管新生因子(例えばVEGF)、サイトカイン(例えばIL-10)、ケモカイン(例えばSDF-1)、ステロイド、酵素(例えばスーパーオキシドジスムターゼ)、又はこれらの組合せが挙げられる。
【0024】
マトリックス内に組み込まれる細胞は、幹細胞、前駆細胞(progenitor cell)、前駆細胞(precursor cell)、体細胞、又は細胞株、例えば人工多能性幹(iPS)細胞、胚性幹(ES)細胞、間葉系幹細胞(MSC)、心臓前駆細胞、心筋細胞であっても良い。幹細胞は、それらの派生細胞、例えば分化した細胞種の前駆幹細胞であっても良い。MSCは、羊膜、絨毛膜、胎盤、卵膜、骨髄、臍帯血、及び脂肪組織といった、任意の好適な細胞ソースを使用することができる。ES細胞は、寄託されたES細胞株に由来するものであっても良い。ES細胞は、単為生殖的に活性化された卵母細胞に由来するものであっても良い。細胞はドナーと同種であることが好ましいが、自家又は場合により異種であってもよい。MSCは低免疫原性であり、同種MSCを患者に投与する場合に免疫応答が誘導されないため、ES細胞、iPS細胞、心臓前駆細胞、及び心筋細胞よりも好適に用いられる。
【0025】
「間葉系幹細胞(MSC)」という用語は、以下の定義を満たす幹細胞を指し、「間葉系間質細胞」と互換的に使用される。本明細書で使用される場合、「間葉系幹細胞」は「MSC」と記載することができる。間葉系幹細胞の定義は、以下の通りである:
i)標準培地を用いる培養条件においてプラスチックに接着する、
ii)表面抗原である、CD105、CD73、及びCD90について陽性、CD45、CD34、CD11b、CD79α、及びHLA-DRについて陰性。
【0026】
マトリックス内に組み込まれる細胞の形態としては、例えば細胞ペレット、細胞凝集物、細胞懸濁液の形態が好ましい。
【0027】
本発明における細胞として好適に用いられる間葉系幹細胞は、好ましくは、in vitroにおいて最大で20日以上、より好ましくは40日以上、60日以上、80日以上、100日以上培養される。細胞は、前述の期間において、正常核型を維持し、かつ増殖を止めずに培養することができる。間葉系幹細胞は、1回以上、好ましくは2回以上、より好ましくは3回以上、さらに好ましくは5回以上、さらに好ましくは10回以上継代培養することができる。継代培養数の上限は、特に限定されないが、例えば50回以下、40回以下、30回以下である。間葉系幹細胞の集団倍加は、好ましくは10回以上、より好ましくは20回以上、30回以上、40回以上、50回以上である。集団倍加の上限は、特に限定されないが、例えば100回以下、80回以下、60回以下である。集団倍加とは、培養期間中に細胞集団が分裂した回数であり、以下の式:[log10(培養終了時における細胞数)-log10(培養開始時における細胞数)]/log102により計算される。
【0028】
胎児付属物由来MSC(例えば羊膜由来MSC)は、初期の細胞収量がより多く、かつ増殖能力が高いという点で骨髄又は脂肪組織由来MSCよりも好適に用いられる。胎児付属物は医療廃棄物であるので、胎児付属物由来MSCは、患者又はボランティアドナーの侵襲的な生検を必要とせず、倫理的な問題もない。脂肪組織由来MSCも、初期の細胞収量がより多いために、好適に用いられる。
【0029】
「胎児付属物」という用語は、卵膜、胎盤、臍帯、及び羊水を指す。さらに、「卵膜」という用語は、胎児周囲の羊水を含む胎嚢を意味し、羊膜、絨毛膜、及び脱落膜を含んでいても良い。これらのうち、羊膜及び絨毛膜は、胎児に由来する。「羊膜」という用語は、少数の血管を含む卵膜の最内層に位置する透明な薄膜を指す。羊膜の内層(「上皮細胞層」とも称される)は、分泌機能を有する上皮細胞の単層で覆われており、したがって羊水を分泌する。他方、羊膜の外層(間質に対応する「細胞外マトリックス層」とも称される)には、間葉系幹細胞を含む。
【0030】
胎児付属物由来間葉系幹細胞は、胎児付属物、例えば羊膜を酵素処理に供することにより得られる、間葉系幹細胞を含む細胞集団を含んでも良い。酵素は、コラゲナーゼ及び/又はメタロプロテイナーゼを含んでも良い。メタロプロテイナーゼとして、サーモリシン及び/又はディスパーゼが挙げられるが、特に限定されない。酵素処理は、好ましくはコラゲナーゼとメタロプロテイナーゼとを組み合わせることにより実施される。より好ましくは、胎児付属物は、前述の酵素を組み合わせることによって一度に同時に処理される。胎児付属物の酵素処理には、羊膜を酵素溶液中に浸漬し、撹拌手段で撹拌することにより、洗浄液、例えば生理食塩溶液又はハンクス平衡塩溶液で洗浄された羊膜を処理することが好ましい。このような撹拌手段として、胎児付属物の細胞外マトリックス層内に含有された間葉系幹細胞を効率的に分離させる観点から、例えばスターラー又はシェーカーを使用することができるが、これらに限定されない。酵素処理の後、間葉系幹細胞は、公知の方法、例えばフィルター、遠心分離、中空糸分離膜、セルソーターなどにより分離・精製される。間葉系幹細胞は、フィルターにより精製されることが好ましい。フィルターを通過させた間葉系幹細胞は、濾液を二倍以上の培地又は平衡塩緩衝液、例えば生理食塩水、ダルベッコリン酸緩衝液(DPBS)、アール平衡塩溶液(EBSS)、ハンクス平衡塩溶液(HBSS)、リン酸緩衝液(PBS)などで希釈した後、遠心分離により回収することができる。
【0031】
脂肪組織由来MSCは、市販の脂肪由来幹細胞や、脂肪組織を哺乳動物から回収し、コラゲナーゼなどの酵素で処理することにより取得した間質血管細胞画分(SVF)から分離・精製して使用することができる。
【0032】
間葉系幹細胞を培養する方法は、例えば細胞集団をコーティングされていないプラスチック製培養容器内に100~20,000cells/cm2の密度で播種するステップを含んでいても良い。細胞密度の下限は、より好ましくは200cells/cm2以上、さらに好ましくは400cells/cm2以上、さらに好ましくは1,000cells/cm2以上である。細胞密度の上限は、より好ましくは10,000cells/cm2以下、さらに好ましくは8,000cells/cm2以下、さらに好ましくは6,000cells/cm2以下である。培養方法の別の実施形態では、例えば、細胞は、増殖因子、例えばヒト血小板溶解物(hPL)、胎仔ウシ血清(FBS)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、ウシ血小板溶解物、ウシ多血小板血漿由来血清、ヒト多血小板血漿由来血清、又は他の血清を基本培地へと添加することにより培養される。基本培地は、特に限定されず、例えばBME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、グラスゴーMEM培地、改変MEM Zinc Option培地、IMDM培地(イスコフ改変ダルベッコ培地)、Medium 199培地、イーグルMEM培地、αMEM培地(イーグル最小必須培地)、DMEM培地(ダルベッコ改変イーグル培地)、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI1640培地、フィッシャー培地、及びこれらの混合培地、例えばDMEM/F12培地/ダルベッコ改変イーグル培地/Nutrient Mixture F-12 Hamが好適に使用される。
【0033】
培養細胞はさらに継代培養することができ、例えば培養細胞を細胞剥離剤で処理し、プラスチック製の培養容器から剥離させる。次いで、得られた細胞懸濁液を遠心分離し、上清を除去し、得られた細胞ペレットは培地中に再懸濁される。最後に、培地を充填したプラスチック製の培養容器内に細胞を播種し、CO2インキュベーター内で培養する。細胞剥離剤の例としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ディスパーゼ、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)などが挙げられる。例えばトリプシン-EDTA溶液(Thermo Fisher Scientific製)、TrypLE Select(Thermo Fisher Scientific製)、Accutase(Stemcell Technologies製)、Accumax(Stemcell Technologies製)など、市販の細胞剥離剤が好ましく使用される。本発明の前述の細胞培養法に従うことにより、安全な細胞調製物(医薬組成物)が提供される。
【0034】
本発明の細胞培養法は、細胞の凍結保存ステップを含んでいてもよい。凍結保存ステップの実施形態としては、細胞は、解凍させた後で、分離、回収、培養、使用、又は多層マトリックスに混合することができる。凍結保存される場合、任意の保存容器内で細胞を凍結することができる。保存容器の例としては、クライオチューブ、クライオバイアル、凍結用バッグ、注入用バッグなどを含むがこれらに限定されない。細胞は、「第2の層にアプライ(導入)される細胞懸濁液」の実施形態において例示される任意の凍結保存溶液中で凍結保存される。
【0035】
多層マトリックスを作製する方法は、細胞懸濁液を調製するステップを含んでも良い。細胞懸濁液は、細胞及び溶液から構成される。溶液としては、生理食塩水、リン酸緩衝食塩水、二価カチオン(例えば塩化カルシウム又は塩化マグネシウム)を含有するリンゲル液、又は培地を含んでいても良い。培地は、HBSS(+)、HBSS(-)、RPMI、IMEM、DMEM、MEM、及び/又は細胞保存液を含んでもよく、場合により血清、血漿、タンパク質含有溶液が補充される。市販の凍結保存液が、溶液として好適に使用される。例えば、CP-1(極東製薬工業株式会社製)、BAMBANKER(Lymphotec Corporation製)、STEM-CELLBANKER(日本全薬工業株式会社製)、ReproCryo RM(ReproCell製)、CryoNovo(Akron Biotechnology)、MSC Freezing Solution(Biological Industries製)、CryoStor(HemaCare製)などが挙げられる。細胞保存液は、上で列挙された溶液のうちの1つ又は2つ以上を、凍結保護剤、例えばジメチルスルホキシド、アルブミン、グリセロール、ヒドロキシエチルデンプン、又はデキストランのうちの1つ又は2つ以上と組み合わせた溶液であっても良い。ジメチルスルホキシドの濃度は、好ましくは3wt%以上、4wt%以上、5wt%以上である。ジメチルスルホキシドの濃度の上限は、10wt%以下、9wt%以下、8wt%以下、7wt%以下が好ましい。アルブミンの濃度は、好ましくは0.5wt%以上、1wt%以上、2wt%以上、3wt%以上である。アルブミンの濃度の上限は、8wt%以下、7wt%以下、6wt%以下、5wt%以下が好ましい。ヒドロキシエチルデンプンの濃度は、好ましくは3wt%以上、4wt%以上、5wt%以上である。ヒドロキシエチルデンプンの濃度の上限は、9wt%以下、8wt%以下、7wt%以下が好ましい。細胞保存液の一例としては、5wt%のジメチルスルホキシド、6wt%のヒドロキシエチルデンプン、及び4wt%のヒト血清アルブミンの組成物が挙げられる。
【0036】
細胞懸濁液を調製するステップの一実施形態においては、まず培養細胞をプラスチック製の培養容器から細胞剥離剤で剥離処理させる。次いで、得られた細胞懸濁液を遠心分離し、上清を除去し、得られた細胞ペレットを溶液中に再懸濁させて細胞懸濁液とする。細胞懸濁液は、多層マトリックスの第2の層に、直接、又は凍結保存を経てアプライ(導入)することができる。細胞懸濁液の濃度は、5×106cells/mL以上、6×106cells/mL以上、8×106cells/mL以上、10×106cells/mL以上、20×106cells/mL以上、40×106cells/mL以上、60×106cells/mL以上が好ましい。細胞濃度が高くなるにつれて、高い治療効果が得られるため、細胞懸濁液の細胞濃度の上限はない。しかし、細胞懸濁液の濃度は、133×106cells/mL以下、100×106cells/mL以下であることが好ましい。例えば、10×106cells/mL~80×106cells/mLが使用されることが好ましい。細胞数が5×106cells/mL未満の場合、多層マトリックスへと添加される細胞数が少なすぎて、治療効果が達成されない可能性がある。細胞数が133×106cells/mLを超えると、細胞はペレット状になるため、細胞懸濁液の調製が物理的に困難になる。
【0037】
多層マトリックスを作製する方法は、細胞懸濁液を多層マトリックスの第2の層にアプライ(導入)するステップを含んでも良い。細胞懸濁液を第2の層にアプライ(導入)するステップの一実施形態においては、細胞懸濁液を、ブラントニードルを備えたシリンジに採取し、生体接着層に薄くアプライ(導入)しても良い。添加される細胞懸濁液の体積は、20μL/cm2以上、22μL/cm2以上、24μL/cm2以上が好ましい。細胞懸濁液の体積の上限は、60μL/cm2以下、55μL/cm2以下、50μL/cm2以下が好ましい。体積が20μL/cm2未満である場合、フィブリノゲン/トロンビン面が十分に湿らず、接着性フィブリンの形成不良が生じる場合があり、組織又は臓器への接着能力が低下する。体積が60μL/cm2を超える場合、懸濁液の量が多くなりすぎ、その結果、懸濁液の一部が生体接着層から滴り落ちてしまい、全ての細胞を多層マトリックスにアプライ(導入)できない可能性がある。
【0038】
本発明における、CD105、CD73、及びCD90について陽性、かつCD45及びCD34について陰性である細胞は、一般に、間葉系幹細胞として定義される。CD105、CD73、及びCD90について陽性を示す前述の細胞の割合は50%以上が好適に用いられる。また、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上である。CD45及びCD34について陽性を示す前述の間葉系幹細胞の割合は、10%以下、好ましくは5%以下、より好ましくは3%以下である。
【0039】
CD142陽性細胞は凝固又は細胞接着に関する組織因子を分泌し、細胞の高生着(保持)率が達成されるため、本発明ではCD142について陽性を示す細胞が使用されることが好ましい。本発明で使用される、CD142について陽性を示す前述の細胞の割合は、50%以上が好適に用いられる。また、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上である。本発明で使用される、CD106について陽性を示す前述の細胞の割合は、10%以下が好適に用いられる。また、好ましくは5%以下、より好ましくは3%以下である。発現マーカー(CD73、CD90、CD105、CD34、CD45、CD142、及びCD106)は、当技術分野で公知である、所与の任意の検出法により検出することができる。発現マーカーを検出する方法の例は、フローサイトメトリー及び細胞染色を含むがこれらに限定されない。蛍光標識抗体を使用するフローサイトメトリーでは、陰性対照(アイソタイプコントロール)よりも強い蛍光を発する細胞が検出される場合、細胞は、対象とするマーカーについて「陽性」であると決定される。当技術分野で公知である所与の任意の抗体を蛍光標識抗体として使用することができる。このような蛍光標識抗体の例は、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、フィコエリトリン(PE)、アロフィコシアニン(APC)などで標識された抗体を含むがこれらに限定されない。細胞染色では、着色されるか又は蛍光を発する細胞が顕微鏡下で観察される場合、細胞は対象とするマーカーについて「陽性」であると決定される。細胞染色は、抗体が使用される免疫細胞染色であっても、抗体が使用されない非免疫細胞染色であってもよい。
【0040】
前述の表面抗原を検出するタイミングは、特に限定されないが、例えば、細胞培養中、凍結保存の前、解凍後、医薬組成物を調製する前、多層マトリックスへと混合する前、又は患者に投与する前が挙げられる。
【0041】
「キット」という用語は、密封剤形として、容器内に包装された多層マトリックス、及び容器内に充填された細胞懸濁液から構成されるキット製品を指す。キットの一実施形態においては、多層マトリックスと細胞懸濁液が個別に提供されるが、同時に使用することができる。キットの別の実施形態では、多層マトリックスと細胞懸濁液とは同時に提供され、同時に使用することができる。細胞懸濁液と多層マトリックスを使用前に組み合わせることもできる。例えば、細胞懸濁液は、投与前に、多層マトリックス中に、及び/又は多層マトリックス上にアプライ(導入)される。キットは医薬組成物であっても良い。本発明によれば、間葉系幹細胞を含む細胞集団、薬学的に許容される培地、及び薬学的に許容される多層マトリックスを含む医薬組成物が本発明において提供される。本発明の医薬組成物は、薬学的に許容される培地で希釈された間葉系幹細胞を含む細胞集団であっても良い。上述の薬学的に許容される培地は、それが患者又は対象に投与することができる溶液であれば特に限定されない。薬学的に許容される培地は、注入液、例えば注射用水、生理食塩水、5%デキストロース、リンゲル液、乳酸加リンゲル液、酢酸加リンゲル液、重炭酸加リンゲル液、アミノ酸溶液、開始脱水補充液(2号液)、維持輸液(3号液)、術後回復液(4号液)、Plasma-Lyte Aが挙げられる。医薬組成物のパッケージは、クライオチューブ、クライオバイアル、凍結用バッグ、注入用バッグなどが挙げられる。
【0042】
病変又は外傷は、心疾患、脊髄損傷、又は潰瘍であっても良い。病変又は外傷は、疾患、又は手術の過程の結果生じたものであっても良い。「臓器」という用語は、特定の機能又は機能集団を有する組織の集団を指す。臓器は、心臓、肝臓、腎臓、肺、脾臓、又は膵臓であっても良い。「組織」という用語は、類似の構造及び機能を有する、生物における細胞の凝集物を指す。組織は、皮膚、骨格筋又は神経組織、例えば脊髄、脳、又は神経節であっても良い。組織は、消化(GI)管、例えば食道、胃、腸、及び直腸/肛門の要素であっても良い。心疾患は、急性心筋梗塞(AMI)、虚血性心筋症、拡張型心筋症、肥大性心筋症、心筋炎、並びに他の種類の急性及び慢性心不全を含んでいても良い。
【0043】
本発明の方法は、心臓手術、例えば冠動脈バイパス移植術(CABG)、左心室補助デバイス植込み術、弁修復/置換術、及び先天性疾患のための矯正手術を受ける心疾患患者に適用することができる。これらの患者数は少なくなく、心疾患の発生率は、老齢人口の増大と共に急激に増大する可能性が高い。細胞療法の追加により、CABGの予後を改善できることが公知である(Donndorfら、Intramyocardial bone marrow stem cell transplantation during coronary artery bypass surgery: A meta-analysis、J Thoracic Cardiovasc Surg 2011、142(4)、911~920)。バイパスを介する血流の増大及び細胞療法による血管新生の増大は、心筋灌流を相乗的に増強する。そして、CABGによる灌流の改善は、ドナー細胞の生存をサポートし、細胞療法の効果がさらに向上すると考えられる。
【0044】
本発明の方法はまた、開胸術により、又は内視鏡検査、胸腔鏡検査、若しくは縦隔鏡検査を使用することにより、心疾患患者のみに適用されてもよい。方法はまた、経皮的冠動脈インターベンションと組み合わせて適用されてもよい。
【0045】
したがって、本発明は、組織又は臓器に対する病変又は外傷、例えば心筋梗塞を患う患者を治療する方法に拡張できる。この方法は多層マトリックスを組織又は臓器の表面にアプライ(貼付)するステップを含み、ここで前記多層マトリックスは、第1の層に生体吸収材料を含み、かつ第2の層に生体接着材料を含む、少なくとも2つの層を含み、多層マトリックスをアプライ(貼付)する前に細胞懸濁液が第2の層にアプライ(導入)される。好適には、多層マトリックスは心臓の心外膜にアプライ(貼付)される。したがって、本発明は、細胞(又は「セルドレッシング(細胞ドレッシング)」)、例えば幹細胞の心外膜留置のための方法を提供する。
【0046】
細胞懸濁液及び/又は薬物の第2の層への添加は、生体接着材料の活性化に十分な水分の供給源となる。例えばフィブリノゲン及びトロンビンが活性化されて、フィブリン接着剤が生成される。フィブリン接着剤は、細胞及び/又は薬物を、臓器又は組織の表面上に保つことができ、その結果として、従来の移植法、例えば心筋内注入及び細胞シートよりも高い、細胞及び/又は薬物の生着(保持)率をもたらす。
【0047】
したがって、本発明によれば、組織又は臓器に対する病変又は外傷、例えば心筋梗塞の治療における、個別逐次的な投与、段階的な投与、又は同時投与のための、上述の多層マトリックスと細胞懸濁液との組合せが提供される。
【0048】
治療の方法は、損傷した臓器を修復する手術中、例えばCABG中に実施される。したがって、本発明は、心筋梗塞や心筋症を含む心疾患を患う患者を治療する手術法における、細胞コーティング型多層マトリックスの使用を含む。
【0049】
本発明の一実施形態では、上述の多層マトリックス、並びに細胞懸濁液及び/又は薬物を含むキットオブパーツが提供される。
【0050】
本発明の一実施形態では、第1の層に生体吸収材料を含み、かつ第2の層に生体接着材料を含む、少なくとも2つの層を含む細胞コーティング型多層マトリックスの調製のための方法が提供され、この方法は、細胞懸濁液を多層マトリックスの第2の層にアプライ(導入)するステップを含む。
【0051】
本発明の一実施形態では、多層マトリックスは、第1の層に生体吸収材料を含み、かつ第2の層に生体接着材料を含む2つの層を含んでもよく、生体吸収材料は、ヒトアルブミン、リボフラビン、塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウム、及びL-アルギニン塩酸塩などの賦形剤と共に、製剤化されたウマコラーゲンである。生体接着材料は、ヒトフィブリノゲン及びヒトトロンビンである。
【0052】
好適には、生体接着材料には、ヒトフィブリノゲンが、1cm2当たり2.0mg~10.0mg、例えば1cm2当たり5.5mg含有され、ヒトトロンビンが、1cm2当たり0.5IU~5.0IU、例えば1cm2当たり2.0IU含有される、生体吸収材料上の乾燥コーティングとして調製される。
【0053】
細胞は、多層マトリックス1cm2当たり0.3×106個以上、より好ましくは1cm2当たり0.5×106個以上、さらに好ましくは1cm2当たり1×106個以上の密度で、生体接着層に添加される。細胞密度が大きくなるにつれて、高い治療効果が達成されるため、生体接着層へと添加される細胞密度の上限はない。しかし、細胞は、多層マトリックス1cm2当たり4.2×106個以下、より好ましくは1cm2当たり4.1×106個以下、さらに好ましくは1cm2当たり4.0×106個以下の密度で添加されることが好ましい。例えば、1cm2当たり0.5×106個又は1cm2当たり4.0×106個が使用されることが好ましい。密度が、1cm2当たり0.3×106個未満である場合、添加される細胞の数が小さすぎ、治療効果は達成されない。本発明では、生体接着層へと添加される細胞の密度は、患者の体重及び重症度に応じて、好ましい範囲で設定することができる。本発明ではまた、従来の細胞シートよりも高い密度の細胞を投与することができる。
【0054】
細胞がペレットとなるか、又は細胞を多層マトリックスにアプライ(導入)できないほどに懸濁液の量が大きくなりすぎるため、4×106cells/cm2を超える密度で細胞を多層マトリックスにアプライ(導入)することは物理的に困難な場合もある。添加される細胞懸濁液の体積は、例えば20μL/cm2~60μL/cm2であることが好ましい。体積が20μL/cm2未満である場合、フィブリノゲン/トロンビン面が十分に湿らず、フィブリンの形成不良が生じる場合があり、組織又は臓器への接着能力が低下する可能性がある。体積が60μL/cm2を超える場合、懸濁液の量が多くなり過ぎて、その結果、懸濁液の一部が生体接着層から滴り落ちてしまい、全ての細胞を多層マトリックスにアプライ(導入)できない可能性がある。本発明では、生体接着層へと添加される細胞懸濁液の体積は、患者の体重及び重症度に応じて、好ましい範囲で設定することができる。本発明ではまた、従来の細胞シートよりも高体積の細胞懸濁液を生体接着層へと添加することにより、より高密度の細胞を投与することができる。
【0055】
生体接着層へと添加される細胞は、細胞5×106cells/mL~133×106cells/mL、より好ましくは10×106cells/mL~80×106cells/mLの濃度で添加される。細胞の数が5×106cells/mL未満である場合、添加される細胞数が少なすぎて、治療効果が達成されない場合がある。細胞の数が133×106cells/mLを超えると、細胞がペレットになり、細胞懸濁液の調製が物理的に困難になる可能性がある。本発明では、生体接着層に導入される細胞濃度は、患者の体重及び重症度に応じて、好ましい範囲で設定することができる。本発明ではまた、従来の細胞シートよりも高濃度の細胞懸濁液を生体接着層へと添加することにより、より高い密度の細胞を投与することができる。
【0056】
多層マトリックスは、ready-to-useの密封剤形として調製されてもよい。密封剤形は、内容物を保存するために、ブリスターパックとして供給されてもよい。適当なパックのサイズは、(1.0~10cm)×(1.0~10cm)、例えば9.5cm×4.8cm、4.8cm×4.8cm、3.0cm×2.5cm、2.5cm×2.5cm、又は1.0cm×1.0cmである。パックは、1つ以上のマトリックスを含んでもよい。あるいは、マトリックスは手術中にサイズに合わせて切り分けても良い。
【0057】
多層マトリックスを哺乳動物に投与する場合、体重当たりの多層マトリックスの投与面積は、好ましくは0.1cm2/kg以上である。より好ましくは1cm2/kg以上、さらに好ましくは2cm2/kg以上である。体重当たりの多層マトリックスの投与面積は、好ましくは6cm2/kg以下である。より好ましくは5cm2/kg以下である。多層マトリックスの投与面積が0.1cm2/kg未満である場合、投与される細胞の数が小さすぎるため、治療効果が得られない可能性が高い。面積が大きいほど高い治療効果が達成されるため、多層マトリックスの面積の上限はない。しかし、多層マトリックスの投与面積が6cm2/kgを超える場合、治療効果は頭打ちになる可能性がある。
【0058】
例えば、多層マトリックスを体重が40~100kgであるヒトに投与し、2cm2/kgの多層マトリックスがヒトにアプライ(貼付)される場合、ヒトに投与する多層マトリックスの面積は80~200cm2である。例えば、多層マトリックスを体重が15~30kgであるブタに投与し、3cm2/kgの多層マトリックスがブタにアプライ(貼付)される場合、ブタに投与する多層マトリックスの面積は45~90cm2である。例えば、多層マトリックスを体重が150~300gであるラットに投与し、5cm2/kgの多層マトリックスがラットにアプライ(貼付)される場合、ラットに投与する多層マトリックスの面積は0.75~1.5cm2である。
【0059】
本発明の方法は、以下の通り、心不全に対する幹細胞/前駆細胞療法の実現可能性及び効率面で、他の方法に対して複数の重要な利点を有する:
(1)現行の注入法(心筋内、冠動脈内、及び静脈内注入)に対する利点:
(i)任意の現行の注入法と比較して、本発明の方法は、フィブリン接着剤が細胞を心臓の表面に保持することができるため、ドナー細胞の心臓への初期保持を顕著に増大させること、及びドナー細胞の心臓への残存を増大させることができる。この結果、心不全細胞療法の効果の向上をもたらす。
(ii)心筋内への細胞注入は、心臓内でドナー細胞のクラスターが形成され、炎症を伴う。心筋内のこのような不均質な状態は、不整脈の原因となり得る。本発明の方法ではこのような有害事象につながる変化が生じない。
(iii)冠動脈内注入は、冠動脈塞栓症のリスクを有する。これは、大型の細胞種、例えばMSCが、罹患して狭小となった冠動脈に注入される場合に特に重大なリスクとなる。静脈内注入は、肺塞栓症のリスクを有する。これに対し、本発明の方法はこれらのリスクが全くない。
(iv)静脈内注入(並びに、冠動脈内及び心筋内注入)は、ドナー細胞の、望ましくない臓器、例えば肺への異所性送達を引き起こし、有害事象を引き起こす可能性がある。本発明の方法は、このような合併症のリスクがはるかに小さい(ドナー細胞の大部分が心臓表面に保持されるため)。
(2)他の心外膜留置法に対する利点
(i) 幹細胞を含む細胞シートや生物学的構築物(例えばコラーゲンスポンジ)といった任意の組織工学構築物を使用する場合は、ハイグレードの細胞加工施設で長期間製造する必要がある。これに対し、本方法においてドナー細胞が外部から提供される場合は、本明細書で記載されるように、一般的な手術室又は治療室で、細胞懸濁液及び適切なマトリックス材料から調製することができる。各病院には特殊な細胞加工施設を必ずしも必要としない。
(ii)幹細胞を含む細胞シートや組織工学構築物といった組織工学構築物の品質管理/保証は、非常に要求されるレベルが高い。これらの製品の保存及び輸送/配送もまた難題である。本発明の治療方法では、ドナー細胞は生体適合性パッチに添加した直後に、保存を伴わずに心臓に留置されるため、この懸念が回避される。幹細胞を輸送/保存する方法は既に確立されており、脆弱な生物学的最終製品(最終的な細胞多層マトリックス複合体)を輸送/配送する必要はない。
(iii)細胞シートを含む組織工学構築物は、非接着性浮遊細胞で作製することはできない。例えば未分画の骨髄単核細胞(BMMNC)は、臨床研究において最も高頻度で使用されるドナー細胞種であるが、これらは大半が浮遊細胞であり、細胞シートを形成することができない。これに対し、本発明の方法は、接着性細胞及び非接着性細胞の両方に適用可能である。
(iv)細胞シートが極めて脆弱であり、極度の注意及び専門技術を要求するのに対し、本発明の多層マトリックスは十分に堅固であり、取扱いが容易である。
(v)幹細胞を含む生物学的構築物といった組織工学構築物は、心臓表面への固定に縫合糸を必要とするが、これは心臓又は冠動脈血管を損傷し得る。一方、本発明ではこのような危険な手順を必要としない。
(vi)細胞シートは、細胞密度を自由に設定できない。一方、本発明では、細胞密度は、患者の体重及び重症度に応じて、多層マトリックス上及び/又は多層マトリックス内の細胞濃度及び細胞懸濁液の体積を調整することにより、好ましい範囲で設定することができる。本発明ではまた、細胞シートよりも高用量の細胞も投与することができる。
【0060】
本発明の方法は単純かつ直接的であり、広範な専門技術やセルプロセッシングセンターのような特殊な設備を伴わずに、任意の通常の臨床医/病院職員により行うことができる。セルドレッシングの作製の全工程は、手術/治療室において、わずか10分間で完了する。本製品は、患者に即座に簡単にアプライ(貼付)することができる。したがって、本発明の方法は、必要な際に手術の過程で容易に追加することができる。
【0061】
市販の生体吸収材料支持型フィブリンパッチ(タコシール(TachoSil)(登録商標)、EVARREST(登録商標))は、実際の臨床で心臓手術を含む手術中における止血を目的として既に広く使用されているため、好ましく使用することができる。この材料は、安全性が実証され、GMPグレードの生産施設が確立されており、本発明の方法において好適な原材料として直接使用することができる。
【0062】
本発明の第2及びそれに続く態様の好ましい特徴は、必要な変更を加えて第1の態様と同様とする。
【0063】
次に本発明の例示を目的として、以下の実施例について説明する。実施例では、いくつかの図を参照する。
【実施例】
【0064】
<比較例1:単層マトリックス(セプラフィルム(Seprafilm)(登録商標))を用いた心外膜細胞留置>
幹細胞の心外膜留置はまず単層マトリックスを用いて試行された。最も広く使用されており、臨床で承認されたマトリックスであり、術後癒着を防止するために臨床で使用されている、セプラフィルム(登録商標)(サノフィ)を検討した。ラット骨髄単核細胞(10×10
6個)又は骨髄由来間葉系幹細胞(MSC、4×10
6個)を30μLのHBSS中に溶かし、1cm
2のセプラフィルム(登録商標)に導入し、これを裏返して、心筋梗塞の28日後にラット心臓の表面に直接貼付した(
図1)。
【0065】
しかし、この方法は、いずれの細胞種を使用しても、28日目においてSham群と比較して心機能の有意な改善(心エコー法により測定された)を達成しなかった(
図2及び3)。移植の1時間後に一定数のドナー細胞が心臓表面に保持されたものの(
図4a及び4b)、多くのドナー細胞が心膜腔において観察された。この結果は、セプラフィルム(登録商標)がドナー細胞を心臓表面上に十分に保持できず、相当数の移植細胞が心臓から放出/脱落したことを示唆している(
図4c)。
【0066】
<実施例2:細胞(セルドレッシング)を含む多層マトリックスの調製>
単層マトリックスによる心外膜留置(比較例1)の問題を解決するために、本発明者らは二層式の(組織適合性かつ生体吸収性の)マトリックスの使用を発明した。タコシール(TachoSil)(登録商標)(武田薬品工業/ナイコメッド製;販売元は武田薬品工業/バクスター/CSLベーリング)は、このような二層マトリックスの例である(
図5)。マトリックスの表層はコラーゲンスポンジからなり、裏面は粉末化フィブリノゲン及びトロンビンを含む。細胞懸濁液を裏面に滴下するとすぐにフィブリノゲンとトロンビンとが反応してフィブリンを生成し、これがドナー細胞を保持して定着させるための好適な足場を提供する。フィブリンは極めて粘着性であるため、縫合を要することなく心臓表面にしっかり接着することができる。コラーゲンスポンジの表層は、幹細胞を組み込むマトリックスの最終製品を容易に取扱うことができるように、フィブリン-幹細胞複合体を支持する。この層は、移植された幹細胞を心臓の外側からの機械的応力(すなわち肺、心膜、及び胸壁による細胞への摩擦)から保護するためにも有用である。
【0067】
現在、タコシール(登録商標)は、本発明とは異なる目的(心臓手術を含む手術中における止血)で広く使用されている。この製品の局所留置及び圧迫は、手術中では制御できない小規模な出血を止めるのに効果的である。安全性についても実証されている。
【0068】
EVARREST(登録商標)(エチコン製;販売元はエチコン/Omrix Biopharmaceuticals、N.V.)も、このような多層マトリックスの一例である。EVARREST(登録商標)は、酸化再生セルロース及びバイクリルメッシュ(ポリ乳酸及びポリグリコール酸から作られた)で支持されたフィブリンパッチであり、医薬品として市販されている。マトリックスの表層は、酸化再生セルロース及びバイクリルメッシュからなり、裏面は粉末化フィブリノゲン及びトロンビンを含む。細胞懸濁液を裏面に滴下するとすぐにフィブリノゲンとトロンビンとが反応してフィブリンを生成し、これがドナー細胞を保持して定着させるための好適な足場を提供する。フィブリンは極めて粘着性であるため、縫合を要することなく心臓表面にしっかり接着することができる。酸化再生セルロース及びバイクリルメッシュの表層は、幹細胞を組み込むマトリックスの最終製品を容易に取扱うことができるように、フィブリン-幹細胞複合体を支持する。この層は、移植された幹細胞を心臓の外側からの機械的応力(すなわち、肺、心膜、及び胸壁による細胞への摩擦)から保護するためにも有用である。現在、EVARREST(登録商標)は、本発明とは異なる目的(心臓手術を含む手術中における止血)で広く使用されている。この製品の局所留置及び圧迫は手術中では制御できない小規模な出血を止めるのに効果的である。安全性についても実証されている。
【0069】
<実施例3:in vitroにおけるMSC-タコシール(登録商標)複合体の製造の最適化>
本発明者らは、タコシール(登録商標)-MSC複合体を作製するためのプロトコルを最適化した。細胞ペレットは、MSCの懸濁液を遠心分離することにより作製した。ペレットを異なる体積の溶液(HBSS又はPBS)中に懸濁し、適切な濃度の細胞懸濁液を作製した(
図6)。
【0070】
細胞懸濁液は、1cm
2のタコシール(登録商標)(フィブリン面)に静かに滴下し、ピペットの先端又は細胞スクレーパーを使用して表面に広げた(
図6)。これを裏返し、プラスチック製の培養ディッシュ上に置いた。体積が小さすぎると均質なフィブリン層を作ることができないが、体積が大きすぎると裏返した場合にタコシール(登録商標)からMSCが漏出した。
【0071】
これらの実験の結果、タコシール(登録商標)1cm2当たり約30(±10)μLのMSC懸濁液が、多層マトリックス又はセルドレッシングを作製するための最適な条件であることを見出した。このプロトコルにより、タコシール(登録商標)全体に適切かつ均質にフィブリンが形成され、フィブリンにドナーMSCが組込まれ/収容され、裏返した場合にも漏出は観察されなかった。
【0072】
<実施例4:タコシール(登録商標)を使用する心外膜細胞留置のin vivo試験及び最適化>
タコシール(登録商標)は、手術中の止血目的での使用が臨床承認された、市販の二層マトリックスである。本発明者らは、この製品が、本明細書に記載される心疾患の治療のための、また本明細書に記載される他の病変又は外傷の治療のためのセルドレッシング療法における使用に適当であることを見出した。
【0073】
タコシール(登録商標)は、取扱いが容易(軟らかく、はさみによる切分けが容易)である。細胞懸濁液をフィブリン接着剤粉末上に配置すると、フィブリノゲン/トロンビン面が湿潤し、接着性であるフィブリンを生成する。これによってドナー細胞が保持され、また縫合を要することなく製品を心臓表面に接着することが可能となる。これらの効果に加えて、この方法は、術後心膜癒着(フィブリンは術後癒着形成に大きな役割を有する)を防止し、ドナー幹細胞の機能/生存を改善する潜在的能力を含む、幹細胞の心外膜留置を補助する材料としての多くの利点を有する(
図6)。
【0074】
200gのラットを麻酔し、心膜の切開を伴う左開胸術により心臓(心外膜)を露出させた。左冠動脈を8-0縫合糸で結紮して、心筋梗塞を誘導した。心室の色と動きの変化により梗塞を確認した後(結紮の1時間後)、30μLのHBSS中に懸濁させた1×10
6個のラット卵膜由来MSCを1cm
2のタコシール(登録商標)上に広げてMSC-タコシール(登録商標)複合体を作製した。これを、フィブリン/MSC面を心臓表面に直接接触させて、心臓表面の心外膜(虚血領域を標的として)に留置した(
図6)。正確かつ容易な留置のために、MSC-タコシール(登録商標)を留置前に3枚に切り分けた。MSC-タコシール(登録商標)複合体の心臓への付着を強化するために、複合体を優しく軽く圧迫した(細胞懸濁液の漏出や心臓の有害事象は生じなかった)。全ての手順は簡便であり、MSC-タコシール(登録商標)複合体は、拍動する心臓にしっかりと固定された。
【0075】
タコシール(登録商標)-MSCの留置後5日目において、タコシール(登録商標)-MSC複合体が、心臓表面にしっかりと接着されていることが見出された(
図8)。
【0076】
<実施例5:ラット急性心筋梗塞モデルにおけるin vivo概念実証データ>
30μLのHBSS中に懸濁した1×106個のラット卵膜由来MSCを、1cm2のタコシール(登録商標)上に塗り広げて、MSC-タコシール(登録商標)複合体を作製した。200gのラットを麻酔して、心膜の切開を伴う左開胸術により、心臓(心外膜)を露出させた。左冠動脈を、8-0縫合糸で結紮して、心筋梗塞を誘導した。
【0077】
心室の色と動きの変化により梗塞を確認した後(結紮の1時間後)、MSC-タコシール(登録商標)を、フィブリン/MSC面を心臓表面と直接接触させて、心臓表面の心外膜(虚血領域を標的として)に留置した。正確かつ容易な留置のために、MSC-タコシール(登録商標)を、留置前に3枚に切り分けた。MSC-タコシール(登録商標)複合体の心臓への付着を強化するために、複合体を優しく軽く圧迫した(細胞懸濁液の漏出や心臓の有害事象は生じなかった)。
【0078】
対照群は心筋梗塞を引き起こしたが治療を施さなかった。胸部を閉じて、ラットを通常のケージへと戻した。
【0079】
全ての手順は簡便であり、MSC-タコシール(登録商標)複合体は拍動する心臓にしっかりと固定された。研究が行われた治療後の期間では有害事象(ラットの死亡率、全身挙動、飼料摂取、体重変化に関する)は観察されなかった。
【0080】
治療の4週間後、心エコー法によって、TS群(MSC-タコシール(登録商標)治療)の左室駆出率(=LVEF、心機能全体の指標)が対照群と比較して有意に改善されることが実証された(
図7、各群内n=7)。心筋梗塞後の心拡張(LVDs=左室収縮末期径)は緩和された。拡張期の心サイズ(LVDd=左室拡張末期径)が低減する傾向があったが、統計学的に有意ではなかった(p=0.0979)。
【0081】
28日目にはMSC-タコシール(登録商標)複合体が肉眼ではっきりとは検出されず(
図9)、タコシール(登録商標)の大部分がこの時点までに分解及び吸収されたことが示唆された。液貯留や術後心膜癒着などの有害事象が観察されなかったことから、治療の安全性が実証された。
【0082】
免疫組織学解析によって、治療後7日目及び28日目において、ドナー細胞(MSCは移植前に橙色の蛍光染料で標識された)の心臓表面における保持及び生存が優れていることが実証された(
図10及び11)。大部分のMSCが心臓表面に保持された。
【0083】
<実施例6:ラット心筋梗塞後虚血性心筋症モデルにおいてタコシール(登録商標)を使用する心外膜細胞留置のin vivo概念実証データ>
ラット左冠動脈結紮による心筋梗塞誘導の4週間後において、30μLのHBSS中に懸濁した細胞数の異なるラット卵膜由来MSC(それぞれ0.5、1、2、4×10
6個)と混合したタコシール(登録商標)(1cm
2)(TS+MSC群)、若しくはタコシール(登録商標)のみ(TS ONLY群)を、フィブリン/MSC面を心臓表面へと直接接触させて心臓表面の心外膜(虚血性領域を標的として)に留置するか、又は何も留置しなかった(Sham群)(
図6)。正確かつ容易な留置のために、MSC-タコシール(登録商標)を留置前に3枚に切り分けた。全ての手順は単純であり、MSC-タコシール(登録商標)複合体は、拍動する心臓にしっかりと固定された。
【0084】
治療の4週間後、心エコー法(
図12上側パネル)及び心臓カテーテル法(
図12下側パネル)により、MSC-タコシール(登録商標)複合体の心外膜留置によって、細胞数に比例して心機能及び心構造が改善されることが実証された。同じ細胞数で、タコシールを用いたMSCの留置と比較すると、心筋内注入(IM)の方が機能的改善の程度は小さかった。
【0085】
治療の4週間後、TS+MSC群は、心筋梗塞の遠隔領域及び境界領域の両方において、Sham群及びTS ONLY群のいずれと比較しても、病理学的線維症の有意な緩和(
図13A)、心筋細胞肥大の軽減(
図13B、WGA=コムギ胚芽アグルチニン)、及び微小血管形成の改善(
図13C)を示した。
【0086】
<実施例7:多層マトリックスにアプライ(導入)された細胞の生存率の評価>
ヒト羊膜由来MSCは以下の工程で取得した。胎児付属物(羊膜)を、インフォームドコンセントを得た妊娠患者から無菌的に採取した。得られた羊膜を、生理食塩溶液を含有する滅菌バットに入れた。羊膜を、ハンクス平衡塩溶液(Ca・Mg非含有)で洗浄して、付着した血液及び血液塊を除去した。240PU/mLコラゲナーゼ及び200PU/mLディスパーゼIを羊膜へと添加し、37℃、50rpmの条件下で、90分間撹拌した。得られた羊膜MSCを含む細胞懸濁液を、ナイロンメッシュフィルター(小孔サイズ:95μm)で濾過し、未消化の羊膜残渣を除去した。得られた羊膜MSCを含む細胞集団を、10%FBSを含むαMEMでセルスタックを用いて培養し(6,000cells/cm2)、細胞がサブコンフルエントとなるまで培養を続けた。次いで細胞をTrypLE Selectで処理してセルスタックから剥離させた。得られた細胞懸濁液を、10%FBSを含むαMEM中で6,000cells/cm2の細胞密度で培養した。この細胞培養及び継代培養を、5回繰り返した(計6回の継代培養)。
【0087】
上記の手順で得られた、6回継代培養後のヒト羊膜由来MSCを、5wt%のDMSO、6wt%のヒドロキシエチルデンプン、4%のヒト血清アルブミン、及び50wt%のPRMI1640を含有する食塩水の混合溶液(CP-1溶液)中で8×107cells/mLの密度で懸濁し、液体窒素中で凍結保存した。これは、羊膜MSC製剤として好適に使用することができる。この製剤を解凍させた後、30μL(細胞2.4×106個)を回収し、タコシール(登録商標)(1cm2)のフィブリン層に広げて、タコシール(登録商標)-MSC複合体を調製した。次いで、タコシール(登録商標)-MSC複合体を、フィブリン層が上層となるように、RPMI1640(200μL)を含有する12ウェルプレートにアプライした。12ウェルプレートを蓋で覆い、37℃で静置した。3、6、及び10時間後、12ウェルプレートから取り出したタコシール(登録商標)-MSC複合体を、10 IU/mLのナットウキナーゼを添加した食塩水(500μL)を含有するエッペンドルフチューブに添加し、37℃で10分間インキュベートして細胞を剥離させた。タコシール(登録商標)をエッペンドルフ管から除去し、PRMI1640(500μL)を添加した。次いで、400gで3分間遠心分離し、上清を除去した。さらに、PRMI1640を添加して、1×106cells/mLの細胞懸濁液(100μL)を調製し、PRMI1640を同様に添加して1×106cells/mLの細胞懸濁液(100μL)を調製した。7-AAD(Via Probe(商標)、BD bioscience)(10μL)を添加し、細胞懸濁液を暗所で15分間静置した。次いで、(A)解凍直後の細胞、及び(B)タコシール(登録商標)-MSC複合体調製後の細胞の7-AAD陽性率(死細胞比率)をフローサイトメーターにより測定した。細胞生存率は、以下の式により計算した。3、6、及び10時間後における細胞生存率は、それぞれ、95%、96%、及び92%であった((細胞生存率)=[100-((B)の7-AAD陽性率)%/(100-((A)の7-AAD陽性率)%])。
【0088】
これらの結果から、タコシール(登録商標)が高い細胞生存率を維持した状態で細胞を保持できることが示された。したがって、フィブリノゲン/トロンビンを生体接着材料として好ましく使用することができ、コラーゲンを生体吸収材料として好適に使用することができる。
【0089】
<実施例8:ブタモデルにおいてタコシール(登録商標)を使用する心外膜細胞留置のin vivo実現可能性データ>
5×107cells/mLのブタ骨髄由来MSC 1mLと混合したタコシール(登録商標)(25cm2)2枚を、全身麻酔及び人工呼吸下の開胸術により、ブタ(20~22kg)の拍動する心臓の表面に留置した。
【0090】
技術的な実現可能性に加えて、MSC(CM-DiIで橙色に標識された)の保持及び生存が優れていることが、1日目に組織学的に確認された(
図14)。タコシール(登録商標)-MSC複合体は心臓表面に強く接着した。また、これらの検討では不整脈の発生及び免疫反応を含む急性の有害事象が観察されなかった。
【0091】
組織学的解析により、1日目に心臓表面におけるドナー細胞(MSCは、移植の前に、橙色の蛍光染料で標識した)の保持及び生存が優れていることが実証された(
図14)。大部分のMSCは、心臓表面に保持された。スケールバー=100μm。
【0092】
大型動物モデルを用いた過去の実験(ハイドロゲルを用いた心外膜留置)から、機械的摩擦がドナー細胞を心臓表面に保持する上で大きな問題となることがわかっている。本発明の多層マトリックスは、他のフィルム、例えば単層フィルムのセプラフィルム(登録商標)、インテグラン(Integran)(登録商標)、ゼルフォーム(Gelfoam)(登録商標)、及びインテグラン(INTEGRAN)(登録商標)では達成できなかった、幹細胞の心臓表面への心外膜留置(下記の通り)を可能にした。
【0093】
ゼルフォーム(Gelfoam)(登録商標)(ファイザー製)は生体接着材料の一例である。ゼルフォーム(登録商標)は、ゼラチンから作られた滅菌圧縮スポンジであり、医療用製品として市販されている。現在この市販品は本発明とは異なる目的(止血)のために広く使用されている。この製品の患者における安全性は実証されている。
【0094】
インテグラン(Integran)(登録商標)(株式会社高研製)は生体吸収材料の一例である。インテグラン(登録商標)は、コラーゲンから作られた外用止血シートであり、医療用製品として市販されている。現在この市販品は本発明とは異なる目的(止血)のために広く使用されている。この製品の患者における安全性は実証されている。
【0095】
インターシード(INTERCEED)(登録商標)(エチコン製)は生体吸収材料の一例である。インターシード(登録商標)は再生酸化セルロースから作られた抗接着シートであり、医療用製品として市販されている。現在この市販品は本発明とは異なる目的(術後癒着の防止)のために広く使用されている。この製品の患者における安全性は実証されている。
【0096】
<実施例9:ブタモデルにおいてタコシール(登録商標)を使用する心外膜細胞留置のin vivo実現可能性データ>
実施例7に従って得られた、8×107cells/mLのヒト羊膜由来MSC製剤1mLと混合したタコシール(登録商標)(25cm2)2枚を、全身麻酔及び人工呼吸下の開胸術により、ブタ(20~22kg)の拍動する心臓の表面に留置した。
【0097】
技術的な実現可能性に加えて、1日目にMSC(CM-DiIで、橙色に標識された)の保持及び生存が優れていることが組織学的に確認された(
図15)。タコシール(登録商標)-MSC複合体は心臓表面に強く接着した。
【0098】
組織学解析により、ドナー細胞(MSCは移植前に橙色の蛍光染料で標識した)の心臓表面における保持及び生存が優れていることが1日目に実証された(
図15)。大部分のMSCが心臓表面に保持された。スケールバー=400μm。
【0099】
不整脈の発生及び免疫反応を含む急性有害事象は、本発明者らが検討した限りにおいて生じなかった。
【0100】
使用したヒト羊膜由来MSCに関して、表面抗原(CD73、CD90、CD105、CD34、CD45、CD106、及びCD142)について陽性を示す細胞の比率は、以下のように解析した:測定条件下において、解析される細胞数は10,000細胞であり、流速の設定は、「Slow」(14μL/分)であり、Becton, Dickinson and Company(BD)製の、BD Accuri(商標)C6 Flow Cytometerを使用した。
(1)測定結果は、縦軸が細胞数を示し、横軸が抗体標識染料の蛍光強度を示すヒストグラムの形式で示した。
(2)蛍光強度がより強い細胞集団が、アイソタイプコントロールとして使用される抗体により測定された全細胞のうちの0.1%~1.0%を占める蛍光強度を決定した。
(3)多様な種類の抗原に対する抗体により測定された、上の(2)で決定された蛍光強度よりも高い蛍光強度を有する細胞の、全細胞に対する比率を計算した。
【0101】
結果として、CD73陽性率は50%以上(具体的には100%)であり、CD90陽性率は50%以上(具体的には100%)であり、CD105陽性率は50%以上(具体的には99%)であり、CD34陽性率は5%未満(具体的には0%)であり、CD45陽性率は5%未満(具体的には1%)であり、CD106陽性率は5%未満(具体的には0%)であり、CD142陽性率は50%以上(具体的には98%)であった。本測定では、アイソタイプコントロール抗体として、PEマウスIgG1、κアイソタイプコントロール(BD/型番:555749)、FITCマウスIgG1、κアイソタイプコントロール(BD/型番:550616)、FITCマウスIgG2a、κアイソタイプコントロール、REAコントロール(S)-PEアイソタイプコントロール抗体(Miltenyi Biotec/130-104-612)を使用した。CD73抗原に対する抗体としてPEマウス抗ヒトCD73(BD/型番:550257)を使用し、CD90抗原に対する抗体としてFITCマウス抗ヒトCD90(BD/型番:555595)を使用し、CD105抗原に対する抗体として抗ヒト抗体FITCコンジュゲート(AnCell/型番:326-040)を使用し、CD34抗原に対する抗体としてPEマウス抗ヒトCD34(BD/型番:343505)を使用し、CD45抗原に対する抗体としてFITCマウス抗ヒトCD45(BD/型番:555482)を使用し、CD106抗原に対する抗体としてCD106-PE、ヒトモノクローナル(Miltenyi Biotec/130-104-163)を使用し、CD142抗原に対する抗体としてPEマウス抗ヒトCD142(BD/型番:561713)を使用した。
【0102】
<実施例10:多層マトリックスにアプライ(導入)されたヒト羊膜由来MSCの生存率の評価>
実施例7に従って得られたヒト羊膜由来MSCを、5wt%のDMSO、6wt%のヒドロキシエチルデンプン、4%のヒト血清アルブミン、及び50wt%のPRMI1640を含有する生理食塩水の混合溶液(CP-1溶液)中にて1×107cells/mLの濃度で懸濁させ、液体窒素中で凍結保存した。解凍後、30μL(細胞0.3×106個)を回収し、タコシール(登録商標)(1cm2)のフィブリン層に広げてタコシール(登録商標)-MSC複合体を調製した。次いで、MSCタコシール(登録商標)-MSC複合体を、フィブリン層が上層となるように、RPMI1640(200μL)を含有する12ウェルプレートにアプライした。12ウェルプレートを蓋で覆い、37℃で静置した。3、6、及び10時間後、12ウェルプレートから取り出したタコシール(登録商標)-MSC複合体を、10 IU/mLのナットウキナーゼを添加した食塩水(500μL)を含むエッペンドルフチューブに添加し、37℃で10分間インキュベートして細胞を剥離させた。タコシール(登録商標)を、エッペンドルフチューブから除去し、PRMI1640(500μL)を添加した。次いで、400gで3分間遠心分離し、上清を除去した。さらに、PRMI1640を添加して、1×106cells/mLの細胞懸濁液(100μL)を調製し、PRMI1640を同様に添加して1×106cells/mLの細胞懸濁液(100μL)を調製した。7-AAD(Via Probe(商標)、BD bioscience)(10μL)をこれに添加し、細胞懸濁液を暗所にて15分間静置した。次いで、(A)解凍直後の細胞、及び(B)タコシール(登録商標)-MSC複合体調製後の細胞の7-AAD陽性率(死細胞比率)は、フローサイトメーターを使用することにより測定した。細胞生存率は、得られた値から以下の式により計算した。3、6、及び10時間後における細胞生存率は、それぞれ96%、82%、及び83%であった((細胞生存率)=[100-((B)の7-AAD陽性率)%/(100-((A)の7-AAD陽性率)%])。
【0103】
<実施例11:ラット心筋梗塞後虚血性心筋症モデルにおいてタコシール(登録商標)を使用する心外膜細胞留置のin vivo概念実証データ>
ヒト羊膜由来MSCを、5wt%のDMSO、6wt%のヒドロキシエチルデンプン、4%のヒト血清アルブミン、及び50wt%のPRMI1640を含有する食塩水の混合溶液(CP-1溶液)中に、8×107cells/mLの濃度で懸濁させ、液体窒素中で凍結保存した。解凍直後、25μL(細胞2×106個)を回収し、タコシール(登録商標)(1cm2)のフィブリン層に広げてタコシール(登録商標)-MSC複合体を調製した。タコシール(登録商標)-MSC複合体(TS+MSC群)のフィブリン/MSC面を左冠動脈結紮による心筋梗塞誘導後4週間を経過したラットの心臓表面に直接接触させて心臓表面の心外膜(虚血領域を標的として)に留置するか、又は何も留置しなかった(Sham群)。正確かつ容易な留置のために、MSC-タコシール(登録商標)を留置前に3枚に切り分けた。全ての手順は簡便であり、MSC-タコシール(登録商標)複合体は拍動する心臓にしっかりと固定された。治療の4週間後、心エコー法及び心臓カテーテル法により、MSC-タコシール(登録商標)複合体の心外膜留置における心機能及び心構造が、Sham群と比較して改善したことが実証された。TS+MSC群はLVEFの約10%の増大を示した。使用したヒト羊膜由来MSCに関して、表面抗原(CD73、CD90、CD105、CD34、CD45、CD106、及びCD142)について陽性を示す細胞の比率は、以下のように解析した:CD73陽性率は50%以上(具体的には100%)であり、CD90陽性率は50%以上(具体的には100%)であり、CD105陽性率は50%以上(具体的には100%)であり、CD34陽性率は5%未満(具体的には0%)であり、CD45陽性率は5%未満(具体的には0%)であり、CD106陽性率は5%未満(具体的には1%)であり、CD142陽性率は50%以上(具体的には95%)であった。
【0104】
<実施例12:ブタモデルにおいてインテグラン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスを使用する心外膜細胞留置のin vivo実現可能性データ>
9cm2のインテグラン(Integran)(登録商標)(生体吸収材料として)を9cm2のゼルフォーム(Gelfoam)(登録商標)(生体接着材料として)上に置き、その4つの角を縫合糸で固定した。次いで、実施例7に従って得られた8×107cells/mLのヒト羊膜由来MSC製剤(但し羊膜ドナーは実施例7とは異なる)1mLをゼルフォーム(登録商標)面に塗布して、これを全身麻酔及び人工呼吸下の開胸術によりブタ(20~22kg)の拍動する心臓の表面に留置した。
【0105】
技術的な実現可能性に加えて、MSC(CM-DiIで橙色に標識された)の保持及び生存が優れていることが、1日目に組織学的に確認された(
図16)。インテグラン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)-MSC複合体は心臓表面に強く接着した。また、本発明者らが研究した限りにおいて、不整脈の発生及び免疫反応を含む急性の有害事象は生じなかった。
【0106】
組織学解析により、1日目にドナー細胞(MSCは移植前に橙色の蛍光染料で標識した)の心臓表面における保持及び生存が優れていることが実証された(
図16)。大部分のMSCは心臓表面に保持された。スケールバー=400μm。
【0107】
in vivo実験に使用したヒト羊膜MSC製剤は、実施例7とは異なるドナーから得られた。表面抗原(CD73、CD90、CD105、CD34、CD45、CD106、及びCD142)について陽性を示す細胞の比率を実施例7に従って解析した。
【0108】
その結果、実施例7におけるドナーと同じ特徴が観察された。CD73陽性率は50%以上(具体的には100%)であり、CD90陽性率は50%以上(具体的には100%)であり、CD105陽性率は50%以上(具体的には99%)であり、CD34陽性率は5%未満(具体的には0%)であり、CD45陽性率は5%未満(具体的には0%)であり、CD106陽性率は5%未満(具体的には1%)であり、CD142陽性率は50%以上(具体的には95%)であった。本測定では、アイソタイプコントロール抗体として、PEマウスIgG1、κアイソタイプコントロール(BD/型番:555749)、FITCマウスIgG1、κアイソタイプコントロール(BD/型番:550616)、FITCマウスIgG2a、κアイソタイプコントロール、REAコントロール(S)-PEアイソタイプコントロール抗体(Miltenyi Biotec/130-104-612)を使用した。CD73抗原に対する抗体としてPEマウス抗ヒトCD73(BD/型番:550257)を使用し、CD90抗原に対する抗体としてFITCマウス抗ヒトCD90(BD/型番:555595)を使用し、CD105抗原に対する抗体として抗ヒト抗体FITCコンジュゲート(AnCell/型番:326-040)を使用し、CD34抗原に対する抗体としてPEマウス抗ヒトCD34(BD/型番:343505)を使用し、CD45抗原に対する抗体としてFITCマウス抗ヒトCD45(BD/型番:555482)を使用し、CD106抗原に対する抗体としてCD106-PE、ヒトモノクローナル(Miltenyi Biotec/130-104-163)を使用し、CD142抗原に対する抗体としてPEマウス抗ヒトCD142(BD/型番:561713)を使用した。
【0109】
また、インテグラン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスにアプライされた細胞の生存率を実施例7に従って評価した。3、6、及び10時間後における細胞生存率は、それぞれ97%、95%、及び90%であった。
【0110】
これらの結果から、インテグラン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスの、生体組織に対する優れた接着能力、並びにタコシール(登録商標)及びインテグラン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスが高い細胞生存率を維持した状態で細胞を保持できることが示された。上記の通り、ゼルフォーム(登録商標)及びインテグラン(登録商標)などの単層フィルムを使用した場合は、幹細胞のブタ心臓表面への心外膜留置が成功しなかったが、これらの単層フィルムを組み合わせて多層マトリックスを形成することにより作製されたインテグラン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスは、幹細胞のブタ心臓表面への優れた保持を達成した。本実施例の結果から、細胞を含有するコラーゲン及びゼラチン層から作られた多層マトリックスは、虚血性心筋症などの心疾患に対する製剤として好適に使用することができる。
【0111】
<実施例13:ブタモデルにおいてインターシード(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)を使用する心外膜細胞留置のin vivo実現可能性データ>
9cm2のインターシード(登録商標)(生体吸収材料として)を9cm2のゼルフォーム(登録商標)(生体接着材料として)の上に置き、その4つの角を縫合糸で固定した。次いで、実施例12に従って得られた8×107cells/mLのヒト羊膜由来MSC製剤(羊膜ドナーは実施例12と同じであった)1mLを、ゼルフォーム(登録商標)面に塗布し、これを全身麻酔及び人工呼吸下の開胸術によりブタ(20~22kg)の拍動する心臓の表面に留置した。
【0112】
技術的な実現可能性に加えて、1日目にMSC(CM-DiIで橙色に標識された)の保持及び生存が優れていることが組織学的に確認された(
図16)。インターシード(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)-MSC複合体は心臓表面に強く接着した。また、本発明者らが検討した限りにおいて、不整脈の発生及び免疫反応を含む急性の有害事象は生じなかった。
【0113】
組織学解析により、1日目にドナー細胞(MSCは移植前に橙色の蛍光染料で標識した)の心臓表面における保持及び生存が優れていることが実証された(
図16)。大部分のMSCは心臓表面で保持された。スケールバー=400μm。
【0114】
また、インターシード(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスにアプライ(導入)された細胞の生存率を実施例12に従って評価した。3、6、及び10時間後における細胞生存率はそれぞれ95%、92%、及び90%であった。
【0115】
これらの結果から、インターシード(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスの、生体組織への優れた接着能力、並びにタコシール(登録商標)及びインターシード(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスが高い細胞生存率を維持した状態で細胞を保持できることが示された。上記の通り、インターシード(登録商標)及びゼルフォーム(登録商標)などの単層フィルムを用いた場合は、幹細胞のブタ心臓表面への心外膜留置が成功しなかったが、これらの単層フィルムを組み合わせて多層マトリックスを形成することにより作られたインテグラン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスは、幹細胞のブタ心臓表面への優れた保持を達成した。本実施例の結果、細胞を含む再生酸化セルロース及びゼラチン層から作られた多層マトリックスは、虚血性心筋症などの心疾患に対する製剤として好適に使用することができる。
【0116】
<実施例14:多層マトリックスにアプライ(導入)されたヒト脂肪組織由来MSCの生存率の評価>
ヒト脂肪組織由来幹細胞(ロンザ、PT-5006)を解凍し、5%ヒト血小板溶解物を含有するαMEMで6,000cells/cm2の密度で培養し、細胞がサブコンフルエントになるまで培養した。次いで、細胞をTrypLE Selectで処理し、ディッシュから剥離させて、5%のヒト血小板溶解物を含有するαMEMで洗浄した。細胞懸濁液を遠心分離し、細胞ペレットを、5wt%のDMSO、6wt%のヒドロキシエチルデンプン、4%のヒト血清アルブミン、及び50wt%のPRMI1640を含有する食塩水の混合溶液(CP-1溶液)中に8×107cells/mLの密度で懸濁させ、液体窒素中で凍結保存した。表面抗原(CD73、CD90、CD105、CD34、CD45、CD106、及びCD142)について陽性を示す細胞の比率を実施例7に従って解析した。その結果、CD73陽性率は50%以上(具体的には100%)であり、CD90陽性率は50%以上(具体的には95%)であり、CD105陽性率は50%以上(具体的には99%)であり、CD34陽性率は5%未満(具体的には0%)であり、CD45陽性率は5%未満(具体的には0%)であった。この脂肪組織由来MSCを解凍させた後、30μL(細胞2.4×106個)を回収し、タコシール(登録商標)(1cm2)のフィブリン層に広げて、タコシール(登録商標)-MSC複合体を調製した。次いで、タコシール(登録商標)-MSC複合体をフィブリン層が上層となるようにRPMI1640(200μL)を含有する12ウェルプレートにアプライした。12ウェルプレートを蓋で覆い、37℃で静置した。3、6、及び10時間後、12ウェルプレートから取り出したタコシール(登録商標)-MSC複合体を、10 IU/mLのナットウキナーゼを添加した食塩水(500μL)を含有するエッペンドルフチューブに添加し、37℃で10分間インキュベートして細胞を剥離させた。タコシール(登録商標)をエッペンドルフチューブから除去し、PRMI1640(500μL)を添加した。次いで、400gで3分間遠心分離し、上清を除去した。さらに、PRMI1640を添加して1×106cells/mLの細胞懸濁液(100μL)を調製し、PRMI1640を同様に添加して1×106cells/mLの細胞懸濁液(100μL)を調製した。7-AAD(Via Probe(商標)、BD bioscience)(10μL)をこれに添加し、細胞懸濁液を暗所にて15分間静置した。次いで、(A)解凍直後の細胞、及び(B)タコシール(登録商標)-MSC複合体調製後の細胞の7-AAD陽性率(死細胞比率)をフローサイトメーターにより測定した。細胞生存率は得られた値から以下の式により計算した。3、6、及び10時間後における細胞生存率は、それぞれ、92%、90%、及び81%であった((細胞生存率)=[100-((B)の7-AAD陽性率)%/(100-((A)の7-AAD陽性率)%])。
【0117】
この結果から、脂肪組織由来MSCも多層マトリックスと共に好適に使用することができることが示された。
【0118】
また、脂肪組織由来MSCは虚血性心筋症などの心疾患に有用であることが周知であるため(D. Moriら、Cell Spray Transplantation of Adipose-Derived Mesenchymal Stem Cell Recovers Ischemic Cardiomyopathy in a Porcine Model、Transplantation、2018)、脂肪組織由来MSCと多層マトリックスとの複合体を心臓にアプライ(貼付)することによって大きな治療的効果を期待することができる。
【0119】
<実施例15:ベスキチン(Beschitin)(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)にアプライ(導入)されたヒト羊膜由来MSCの生存率の評価>
ベスキチン(Beschitin)(登録商標)(ニプロ株式会社製)はキチンから作られた創傷保護剤であり、日本において医療用製品として市販されている。1cm2のベスキチン(登録商標)(生体吸収材料としてのW-A型)を1cm2のゼルフォーム(登録商標)(生体接着材料として)に付し、その対角線上の2つの角を縫合糸で固定した。次いで、実施例12に従って得られた8×107cells/mLのヒト羊膜由来MSC剤(羊膜ドナーは実施例12と同じであった)30μLをゼルフォーム(登録商標)面に塗布した。次いで、ベスキチン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスにアプライ(導入)された細胞の生存率を実施例7に従って評価した。3、6、及び10時間後における細胞生存率はそれぞれ96%、94%、及び90%であった。これらの結果から、ベスキチン(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスが高い細胞生存率を維持した状態で細胞を保持できることが示された。本実施例の結果として、細胞を含むキチン及びゼラチン層から作られた多層マトリックスを細胞療法のための製剤として好適に使用することができる。
【0120】
<実施例16:ネオベール(NEOVEIL)(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)にアプライ(導入)されたヒト羊膜由来MSCの生存率の評価>
ネオベール(NEOVEIL)(登録商標)(グンゼ株式会社製)はポリグリコール酸から作られた組織補強剤であり、日本において医療用製品として市販されている。1cm2のネオベール(登録商標)(生体吸収材料としてのS型)を1cm2のゼルフォーム(登録商標)(生体接着材料として)に付し、その対角線上の2つの角を縫合糸で固定した。次いで、実施例12に従って得られた8×107cells/mLのヒト羊膜由来MSC製剤(羊膜ドナーは実施例12と同じであった)30μLをゼルフォーム(登録商標)面に塗布した。次いで、ネオベール(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスにアプライ(導入)された細胞の生存率を実施例7に従って評価した。3、6、及び10時間後における細胞生存率はそれぞれ96%、94%、及び91%であった。これらの結果から、ネオベール(登録商標)-ゼルフォーム(登録商標)マトリックスが高い細胞生存率で細胞を保持できることが示された。本実施例の結果として、細胞を含有するポリグリコール酸及びゼラチン層から作られた多層マトリックスを細胞療法のための製剤として好適に使用することができる。
【0121】
<実施例17:インターシード(登録商標)-タコシール(登録商標)にアプライ(導入)されたヒト羊膜由来MSCの生存率の評価>
1cm2のインターシード(登録商標)(生体吸収材料として)を1cm2のタコシール(登録商標)(生体接着材料として)に付し、その対角線上の2つの角を縫合糸で固定した。次いで、実施例12に従って得られた8×107cells/mLのヒト羊膜由来MSC製剤(羊膜ドナーは実施例12と同じであった)30μLをタコシール(登録商標)のフィブリノゲン-トロンビン面に塗布した。次いで、インターシード(登録商標)-タコシール(登録商標)マトリックスにアプライ(導入)された細胞の生存率を実施例7に従って評価した。3、6、及び10時間後における細胞生存率はそれぞれ96%、96%、及び93%であった。これらの結果から、ネオベール(登録商標)-タコシール(登録商標)マトリックスが高い細胞生存率を維持した状態で細胞を保持できることが示された。本実施例の結果として、細胞を含む再生酸化セルロース、コラーゲン及びフィブリノゲン層から作られた多層(三層)マトリックスを細胞療法のための製剤として好適に使用することができる。
【0122】
<要約>
本明細書の記載例から、急性心筋梗塞並びに慢性心不全の治療に適したセルドレッシングに供する多層マトリックスを調製することができることが示された。単層マトリックスはこれを達成できなかったが、本発明者らは二層マトリックスにより幹細胞の心外膜留置が可能になることを見出した。この組成物による心外膜留置法は、ドナー細胞を心臓に保持して生着させることができる効果的な方法であった。また、2つの異なる心疾患モデルにおいてこの組成物の治療効果が確認された。さらに、大型動物におけるフィージビリティも確認できた。
【0123】
本発明によれば、医療現場で即座に作製でき、患者の心臓表面に即座にアプライ(貼付)できる組織工学的な多層マトリックスが提供される。「セルドレッシング」療法の手順は極めて簡便であり、特殊な設備又は専門技術を要することなく通常の臨床医/医療従事者が実践できる。「セルドレッシング」は、ドナー細胞が外部から供給される場合、特殊な装備、例えばハイグレードのセルプロセッシングセンターを必要とすることなく、手術室で作製することができる。作製/留置の全工程は30分以内に完了し、臨床医又は患者に対する負担は生じない。したがって、本治療を通常の心臓手術に追加することは非常に容易であり、かつ妥当といえる(細胞療法は冠動脈バイパス移植術の効果を増強することが公知である)。開胸法や内視鏡下で本治療を単独実施することもできる。