(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-11
(45)【発行日】2024-07-22
(54)【発明の名称】焼結軸受の製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/12 20060101AFI20240712BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20240712BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20240712BHJP
【FI】
F16C33/12 B
F16C17/02 Z
F16C33/14 A
(21)【出願番号】P 2019123635
(22)【出願日】2019-07-02
【審査請求日】2022-06-27
【審判番号】
【審判請求日】2023-10-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 容敬
(72)【発明者】
【氏名】淺田 一
【合議体】
【審判長】小川 恭司
【審判官】平城 俊雅
【審判官】鎌田 哲生
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-146112(JP,A)
【文献】特開2015-227500(JP,A)
【文献】特開2007-277603(JP,A)
【文献】実開昭53-5503(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 17/02
F16C 33/12-33/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化アルミニウムを含む原料粉末を焼結することで形成され、アルミニウム-銅合金が焼結された組織を有し、3~13質量%のアルミニウムおよび0.05~0.6質量%の燐を含有し、残部の主成分を銅とし、不可避不純物を含んだ焼結軸受の製造方法であって、
前記原料粉末が0.01~0.2質量%のフッ化カルシウムを含み、
前記焼結を閉鎖空間で行い、かつ前記原料粉末に含まれるフッ化アルミニウムが前記閉鎖空間で全てガス化したと仮定した時の当該フッ化アルミニウムガスの前記閉鎖空間内の濃度を5ppm以上に管理して前記焼結を行い、
圧粉体を密閉容器に収容して当該密閉容器を焼結炉内で搬送し、前記焼結炉内では前記密閉容器の密閉状態を維持することを特徴とする焼結軸受の製造方法。
【請求項2】
前記閉鎖空間に複数の圧粉体を配置し、前記閉鎖空間の容積に対する前記複数の圧粉体の総容積の比を5%以上にして前記焼結を行う請求項
1に記載の焼結軸受の製造方法。
【請求項3】
前記閉鎖空間を、複数の圧粉体を収容可能な容器本体と、該容器本体に着脱可能の蓋とで形成した請求項
1または
2に記載の焼結軸受の製造方法。
【請求項4】
前記原料粉末に前記フッ化アルミニウムを0.05~0.3質量%含有させた請求項1~
3の何れか1項に記載の焼結軸受の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結軸受の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
耐腐食性に優れた焼結軸受として、下記特許文献1に記載のアルミニウム青銅系の焼結軸受が知られている。アルミニウム青銅系の焼結軸受では、原料粉末として主にアルミニウム-銅合金粉末が使用されるが、この粉末を焼結した際には、焼結時に粒子表面に生成する酸化アルミニウム(Al2O3)の被膜により焼結が著しく阻害される問題がある。
【0003】
この問題を解消するため、特許文献1に記載の焼結軸受では、原料粉末中に焼結助剤としてフッ化アルミニウムを添加している。同文献によれば、フッ化アルミニウムは、アルミニウム-銅合金粉末の焼結中に溶融しながら徐々に蒸発し、アルミニウム-銅合金粉末の表面を保護して酸化アルミニウムの生成を抑制することにより、焼結を促進し、アルミニウムの拡散を増進させる、とある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したアルミニウム青銅系の焼結軸受は、例えば自動車のエンジン用燃料ポンプに使用される。近年、エンジンの小型化、軽量化の要請に伴って、燃料ポンプの小型化、軽量化が求められ、これに組み込まれる焼結軸受もコンパクト化(小径化あるいは薄肉化、またはこれらの双方)が求められている。
【0006】
しかしながら、このようにアルミニウム青銅系の焼結軸受をコンパクト化した場合、その強度が予想以上に低下することが明らかになった。その原因は不明であり、かかる課題の原因究明と課題解決が強く求められる。
【0007】
そこで、本発明は、アルミニウム青銅系焼結軸受の強度を安定的に確保できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、フッ化アルミニウムを含む原料粉末を焼結することで形成され、アルミニウム-銅合金が焼結された組織を有し、3~13質量%のアルミニウムおよび0.05~0.6質量%の燐を含有し、残部の主成分を銅とし、不可避不純物を含んだ焼結軸受の製造方法であって、前記原料粉末が0.01~0.2質量%のフッ化カルシウムを含み、前記焼結を閉鎖空間で行い、かつ前記原料粉末に含まれるフッ化アルミニウムが前記閉鎖空間で全てガス化したと仮定した時の当該フッ化アルミニウムガスの前記閉鎖空間内の濃度を5ppm以上に管理して前記焼結を行い、圧粉体を密閉容器に収容して当該密閉容器を焼結炉内で搬送し、前記焼結炉内では前記密閉容器の密閉状態を維持することを特徴とする。
【0014】
この製造方法においては、前記閉鎖空間に複数の圧粉体を配置し、前記閉鎖空間の容積に対する前記複数の圧粉体の総容積の比を5%以上にして前記焼結を行うのが好ましい。
【0015】
また、前記閉鎖空間を、複数の圧粉体を収容可能な容器本体と、該容器本体に着脱可能の蓋とで形成するのが好ましい。
【0016】
さらに、前記原料粉末に前記フッ化アルミニウムを0.05~0.3質量%含有させるのが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高い耐腐食性を備えつつ高い機械的強度を有する焼結軸受を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図3】(a)図は容器の平面図であり、(b)図は(a)中のD-D線での断面図である。
【
図4】(a)図は
図1中のA部のミクロ組織を拡大して示す模式図であり、(b)図は
図1中のB部のミクロ組織を拡大して示す模式図であり、(c)図は
図1中のC部のミクロ組織を拡大して示す模式図である。
【
図5】フッ化アルミニウム濃度と圧環強さの関係を示すグラフである。
【
図6】フッ化アルミニウム濃度と圧環強さの関係を示すグラフである。
【
図7】容積比と圧環強さの関係を示すグラフである。
【
図8】容積比と圧環強さの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
【0020】
図1に示すように、本実施形態の焼結軸受1は、内周に軸受面1aを有する円筒状の多孔質体で形成される。焼結軸受1の内周に軸2を挿入し、その状態で軸2を回転させると、焼結軸受1の無数の空孔に保持された潤滑油が温度上昇に伴って軸受面1aに滲み出す。この滲み出した潤滑油によって、軸2の外周面と軸受面1aの間の軸受隙間に油膜が形成され、軸2が軸受1によって相対回転可能に支持される。
【0021】
本実施形態の焼結軸受1は、各種粉末を混合した原料粉末を金型に充填し、これを圧縮して圧粉体を成形した後、圧粉体を焼結し、その後、サイジングおよび必要に応じて潤滑油の含浸を行うことで形成される。
【0022】
本実施形態の原料粉末は、アルミニウム-銅合金粉末、燐-銅合金粉末、黒鉛粉末、焼結助剤としてのフッ化アルミニウムおよびフッ化カルシウムを混合した混合粉末である。各粉末の詳細を以下に述べる。
【0023】
[アルミニウム-銅合金粉末]
アルミニウム-銅合金粉末としては、銅とアルミニウムの完全合金粉末を粉砕した後、粒度調整したものが使用される。具体的には、7~17質量%アルミニウム-銅合金粉末、好ましくは8.5~12質量%アルミニウム-銅合金粉末を使用することができる。合金化された粉末を使用しているので、比重の小さいアルミニウム単体粉の飛散に伴う取り扱い上の問題はない。アルミニウム-銅合金粉末の粒径は100μm以下で、平均粒径は35μm程度である。
【0024】
平均粒径は、例えばレーザ回析散乱法に基づいて測定することができる。この測定方法は、粒子群にレーザ光を照射し、そこから発せられる回折・散乱光の強度分布パターンから計算によって粒度分布、さらには平均粒径を求めるものである。平均粒径の測定装置として、例えば株式会社島津製作所のSALD-3100が使用可能である。
【0025】
アルミニウム-銅合金粉末におけるアルミニウムの量が多くなるほどβ相の割合が多くなる。β相は565℃で共析変態してα相とγ相になるため、アルミニウム量が多くなるほど焼結体に生じるγ相が多くなる。γ相はエンジンオイル、ガソリン、軽油等に含まれる有機酸や排気ガスに含まれるアンモニア等に対する耐腐食性を低下させるため、アルミニウム量は過剰に増やすことは好ましくない。一方、アルミニウムの含有量が少なすぎると、アルミニウム青銅焼結軸受としてのメリット(特に耐摩耗性)が得られない。従って、焼結軸受1におけるアルミニウムの含有量は、3質量%~13質量%、好ましくは8.5質量%~12質量%とする。
【0026】
[燐合金粉末]
燐合金粉末としては燐-銅合金粉末、例えば7~10質量%燐-銅合金粉末が用いられる。燐は、焼結時の固相-液相間の濡れ性を高めると共に、焼結過程でのアルミニウム-銅合金の焼結を促進させる効果を有する。焼結軸受における燐の含有量は0.05~0.6質量%、好ましくは0.1~0.4質量%とする。燐の含有量が0.05質量%未満では固液相間の焼結促進効果が乏しくなり、燐の含有量が0.6質量%を超えると、焼結が進みすぎてγ相の析出が増えるため、焼結体が脆くなる。
【0027】
[黒鉛粉末]
黒鉛は、主として素地に分散分布する気孔内に遊離黒鉛として存在し、焼結軸受に優れた潤滑性を付与し、耐摩耗性の向上に寄与する。黒鉛の配合量は、アルミニウム-銅合金粉末、および燐合金粉末の合計100質量%(100質量部)に対して、3~10質量%(3~10質量部)、好ましくは3~6質量%(3~6質量部)とする。アルミニウム3質量%(3質量部)未満では、黒鉛添加による潤滑性、耐摩耗性の向上効果が得られない。一方、10質量%(10質量部)を超えると、アルミニウムの銅への拡散が阻害され、強度低下を招く。黒鉛粉として、造粒黒鉛粉を使用することにより、黒鉛粉を原料粉末に4質量%(4質量部)以上添加する場合の成形性の悪化を防止することができる。造粒黒鉛粉は、天然黒鉛又は人造黒鉛の微粉を樹脂バインダで造粒した後、粉砕したものである。黒鉛粉として、粒径145メッシュ以下のものを使用するのが好ましい。
【0028】
[フッ化アルミニウム]
アルミニウム-銅合金粉末の焼結時には、粒子表面に生成する酸化アルミニウムの被膜が焼結を著しく阻害する。フッ化アルミニウム(AlF3)の粉末は、アルミニウム-銅合金粉末の焼結温度である880℃~1000℃で溶融しながら徐々に蒸発し、アルミニウム-銅合金粉末の表面を保護して酸化アルミニウムの生成を抑制することにより、焼結を促進し、アルミニウムの拡散を増進させる。フッ化アルミニウムは、焼結時に蒸発、揮散するので、焼結後の焼結体には殆ど残らない。原料粉末におけるフッ化アルミニウムの配合割合は、アルミニウム-銅合金粉末および燐合金粉末の合計100質量%(100質量部)に対して0.05~0.3質量%(0.05~0.3質量部)が好ましい。フッ化アルミニウムの配合量が0.05質量%(0.05質量部)を下回ると、酸化アルミニウムの生成を抑制することが困難となる。フッ化アルミニウムの配合量が0.3質量%(0.3質量部)を超えると、酸化アルミニウムの生成を抑制する効果が飽和する(8.5~12質量%アルミニウム-銅合金粉末を使用する場合)。
【0029】
[フッ化カルシウム]
フッ化カルシウム(CaF2)は、燐との共存下で触媒のような作用を呈して、例えばフッ化アルミニウムの焼結助剤として焼結促進に寄与する。フッ化カルシウムの配合割合は、アルミニウム-銅合金粉末、および燐合金粉末の合計100質量%に対して0.01~0.2質量%(0.01~0.2質量部)程度が好ましい。フッ化カルシウムの配合量が0.01質量%(0.01質量部)を下回ると、フッ化アルミニウムの焼結助剤としての効果が得られ難い。フッ化カルシウムの配合量が0.2質量%(0.2質量部)を上回ると、フッ化カルシウム粒子として焼結体内に残る。
【0030】
次に、焼結軸受1の製造方法について説明する。本実施形態の焼結軸受1は、原料粉末準備工程、圧粉工程、焼結工程、サイジング工程、および含油工程を経て製造される。
【0031】
[原料粉末準備工程S1]
原料粉末準備工程S1では、焼結軸受1の原料粉末が準備・生成される。原料粉末の生成に際しては、3~13質量%のアルミニウムおよび0.05~0.6質量%の燐を含有し、残部の主成分を銅および炭素とし、さらに不可避的不純物を含む焼結体が得られるように各粉末が配合され、混合される。例えば、上記アルミニウム-銅合金粉末を90~97質量%(90~97質量部)、上記燐-銅合金粉末を3~10質量%(3~10質量部)とする合計100質量%(100質量部)に対して、黒鉛粉末を3~6質量%(3~6質量部)、フッ化アルミニウムを0.05~0.3質量%(0.05~0.3質量部)、フッ化カルシウムを0.01~0.2質量%(0.01~0.2質量部)、成形性を容易にするための潤滑剤としてステアリン酸亜鉛を0.1~1.0質量%(0.1~1.0質量部)添加したものが原料粉末として使用される。
【0032】
[圧粉工程]
圧粉工程では、上記の原料粉末を圧縮成形することにより、焼結軸受1の形状に対応した形状を有する圧粉体1’(
図3(a)(b)参照)を形成する。
【0033】
具体的には、例えばサーボモータを駆動源としたCNCプレス機に圧粉体形状に倣ったキャビティを画成してなる成形金型をセットし、キャビティ内に充填した上記の原料粉末を200~700MPaの加圧力で圧縮することにより圧粉体1’を成形する。圧粉体1’の成形時において、成形金型は70℃以上に加温してもよい。
【0034】
以上に述べた焼結軸受1の製造方法では、アルミニウム源として、アルミニウム-銅合金粉末を用い、アルミニウム単体粉末を使用していないため、圧粉工程において、比重の小さいアルミニウム単体粒子の飛散に伴う取り扱い上の問題を回避することができる。また、銅単体粉を添加していないため、焼結体中に銅単体が偏った部分が略なくなり、その部分による腐食の発生が回避される。そのため、焼結軸受1の耐腐食性が向上する。
【0035】
[焼結工程]
焼結工程では、圧粉体を焼結温度で加熱し、隣接する原料粉末同士を焼結結合させることによって焼結体を形成する。焼結を行う焼結炉として、例えば
図2に示すメッシュベルト式連続炉10を使用することができる。
【0036】
この焼結炉10は、搬送方向(図中の二点鎖線の延長線上に記載した矢印で示す方向)に沿って、投入部11、予熱部12、加熱部13、および冷却部14を順次配設した構成を有する。炉10の入口となる投入部11から炉10の出口となる冷却部14の終端にかけて、搬送装置としてのメッシュベルト15が架け渡されている。このメッシュベルト15を駆動源16で駆動することにより、圧粉体が矢印方向に連続搬送され、各部11~14を順次通過する。
【0037】
予熱部12および加熱部13には、発熱体12a,13aと、雰囲気ガスを炉内に供給するための供給口12b、13bとがそれぞれ設けられる。予熱部12では、圧粉体に含まれるステアリン酸亜鉛等の潤滑剤が加熱によって除去(脱ろう)され、加熱部13では、予熱された圧粉体が焼結される。炉10内の雰囲気ガスは、水素ガス、窒素ガス、あるいはこれらの混合ガスが用いられる。焼結温度としては880~1000℃(好ましくは920℃~980℃)の範囲が好ましい。また、焼結時間は、予熱部12および加熱部13を合わせて、10~60分間程度が好ましい。
【0038】
本実施形態では、圧粉体1’は、密閉された容器20内に収容される。メッシュベルト15上に容器20を逐次供給し、各容器20を炉10内の各部11~14に順送りすることで、容器20内の圧粉体が焼結される。容器20としては、
図3(a)(b)に示すように、例えば容器本体としてのトレイ21(ボードともいう)と、蓋22とを有する蓋付きトレイを用いることができる。トレイ21上に複数の圧粉体1’を配置し、その後、蓋22をトレイ21の上面開口部に嵌合することで、蓋付きトレイ20の内部に、外気と遮断された閉鎖空間23が形成される。本実施形態における焼結工程は、このように圧粉体1’を容器20内部の閉鎖空間23に収容して行われる。なお、トレイ21および蓋22は、例えばステンレス鋼で形成することができる。
【0039】
焼結に伴う昇温中は、アルミニウム-銅合金粒子の表面に酸化アルミニウム(Al2O3)の被膜が形成される。酸化アルミニウム被膜は焼結を阻害するため、この状態のままでは焼結不足(ネック強度不足)となる。この対策として添加されたフッ化アルミニウムは、600℃近傍からガス化(昇華)して酸化アルミニウム被膜と反応し、以下の反応式によりAlOFの気相を生成する。
【0040】
Al2O3(s)+AlF3(g)=3AlOF(g)
【0041】
この反応を通じて、酸化アルミニウム被膜が破壊され、取り除かれる。その結果、隣接するアルミニウム-銅合金組織間の焼結が円滑に進行するようになり、組織間のネック強度が高まって高強度の焼結体が得られる。
【0042】
[サイジング工程]
サイジング工程では、焼結により圧粉体1’と比較して膨張した焼結体を軸方向および半径方向に圧縮して寸法整形する。サイジング加工により、膨張した焼結体の表層の気孔をつぶし、芯部と表層部に密度差を生じさせる。従って、サイジング加工後は、
図1に示すように、焼結軸受1の表層部(ハッチングを付した領域)は圧縮層となり、外径面1b側の表層部の圧縮層Poの密度および軸受面1a側の表層部の圧縮層Piの密度は、いずれも芯部1cの密度より高くなる。
【0043】
[含油工程]
含油工程は、製品1(焼結軸受)に潤滑油を含浸する工程である。含油装置のタンク内に製品1を投入し、その後、潤滑油をタンク内に注入する。そして、タンク内を減圧することにより、製品1の気孔内に潤滑油を含浸する。これにより、多孔質をなす焼結軸受の各気孔に潤滑油が保持された状態となるため、運転開始時より良好な潤滑状態を得ることができる。潤滑油としては鉱油、ポリαオレフィン(PAO)、エステル、液状グリース等を使用することができる。ただし、含油工程は軸受の使用用途に応じて実施すればよく、用途によっては含油工程を省略することもできる。
【0044】
以上のような工程を経て、
図1に示す焼結軸受1が完成する。この焼結軸受1は、アルミニウム-銅合金が焼結された組織を有し、3~13質量%のアルミニウムおよび0.05~0.6質量%の燐を含有し、残部の主成分を銅および炭素とし、不可避不純物を含むものである。
【0045】
この焼結軸受1は、
図4(a)~(c)に模式的に示すミクロ組織を有する。なお、
図4(a)は
図1のA部を拡大したものであり、
図4(b)は
図1のB部を拡大したものであり、
図4(c)は
図1のC部を拡大したものである。
【0046】
図4(a)~(c)において、ハッチングを付した領域3がアルミニウム-銅合金組織となる。アルミニウム-銅組織3は完全合金組織であるため、アルミニウム-銅組織3のどの部分でも銅とアルミニウムの割合(重量比)は一定となる。アルミニウム-銅合金組織3のうち外気と接する表面、および外気に連通する内部気孔d
1の周りに酸化アルミニウム被膜4が存在する。そのため、焼結軸受1に耐食性および耐摩耗性が付与される。内部気孔d
1および表面気孔d
2内には遊離黒鉛5が分布しているので、潤滑性、耐摩耗性が得られる。
【0047】
また、本実施形態では、原料粉末に銅単体粉を添加していないため、焼結体中に銅単体が偏った部分が略なくなり、その部分による腐食の発生が回避される。図示は省略するが、隣接するアルミニウム-銅合金組織3の粒界には燐が存在する。燐により焼結時の固相-液相間の濡れ性が高まるため、粒子間の結合強度が高まり、焼結体の強度を増すことができる。フッ化アルミニウムは、焼結に伴って全て蒸発、揮散するため、焼結体中には殆ど残らないが、フッ化カルシウムは焼結体に残る場合もある。焼結体に残ったフッ化カルシウムは固体潤滑剤として機能させることができる。
【0048】
以上に説明した実施形態では、原料粉末に銅単体粉を添加していないが、必要に応じて銅単体粉を添加することもできる。この場合、焼結体中には、アルミニウム-銅合金組織、燐-銅合金組織、アルミニウム-燐-銅合金組織、および黒鉛組織に加え、銅単体の組織が形成される。本実施形態の焼結体は、アルミニウムおよび燐を含有し、残部の主成分を銅とするものであるが、ここでいう「残部」には、必要とされる耐腐食性および機械的強度を損なわない量を限度として、Cu以外の他の元素を添加することもできる。他の元素の一例として、Si、Sn、Ni、Zn、Fe、Mn等のうち何れか1種、もしくは2種以上を挙げることができる。ただし、焼結体における上記他の元素の含有量は、それぞれ、銅およびアルミニウムの含有量を下回る量とする。また、焼結条件によっては、焼結体に、蒸発しきれない微量のフッ化カルシウムが残る場合もあるが、この場合の焼結体におけるFおよびCaの含有量も銅およびアルミニウムの含有量を下回る量とする。
【0049】
既に述べたように、アルミニウム青銅系の焼結軸受1をコンパクト化した場合、焼結体の強度が想定される強度よりも低くなる事例が頻発することが判明した。種々の検証の結果、この現象は、以下に述べる理由から、焼結助剤としてのフッ化アルミニウムの働きが不十分となることを要因とすることが明らかとなった。
【0050】
容器20内の閉鎖空間23には、既に述べたように、焼結時にガス化したフッ化アルミニウムと酸化アルミニウムが反応することでAlOFガスが生成される。焼結軸受1のコンパクト化に伴い、容器20内に収容する圧粉体の数がコンパクト化前と同数である場合には、閉鎖空間23の残存容積(閉鎖空間23の容積から圧粉体1’の総容積を減じた値)が相対的に増える結果となる。これにより、ガス化したフッ化アルミニウムの濃度(AlOFガスの濃度)が低下するため、フッ化アルミニウムと酸化アルミニウムの反応が十分に行われず、粒界に酸化アルミニウムが残ることになる。従って、焼結の進行が損なわれ、焼結体の強度が低下する。
【0051】
以上の検証結果に基づき、本実施形態では、圧粉体1’の焼結を外気と遮断された閉鎖空間23で行い、かつ原料粉末に含まれるフッ化アルミニウムが閉鎖空間23内で全てガス化したと仮定した時のフッ化アルミニウムガスの濃度(想定濃度)を管理して焼結を行うことにした。この濃度は、トレイ20内に所定数(実際の焼結工程でトレイ内に配置する圧粉体の数)の圧粉体1’を配置した時の閉鎖空間23の残存容積(閉鎖空間23の容積から圧粉体1’の総容積を減じた値)と、閉鎖空間23中に存在するフッ化アルミニウムの総量とから算出される。本実施形態における「濃度の管理」には、前記残存容積を考慮して閉鎖空間23中のフッ化アルミニウムの総量(各圧粉体1’のフッ化アルミニウムの含有量)を定めること、あるいは閉鎖空間23中のフッ化アルミニウムの総量を考慮して閉鎖空間23の容積を定めること、が含まれる。つまり「濃度の管理」は、閉鎖空間23の残存容積と、閉鎖空間23中のフッ化アルミニウム量のどちらか一方を、他方を考慮して定めることを意味する。
【0052】
図5に、以上に述べたフッ化アルミニウムの濃度が異なる条件で焼結した焼結体の圧環強さ(JISZ2507に規定)の測定結果を示す。試験片(焼結体)の焼結温度は950℃であり、試験片のサイズは内径ほぼφ6mm、外径ほぼφ10mm、長さほぼ6mmである。試験片の体積は0.2971cm
3、質量は1.72~1.82gとしている。
【0053】
図5に示す結果から、フッ化アルミニウムの濃度が高まるほど焼結体の圧環強さが高くなることが理解できる。従って、フッ化アルミニウムの濃度を極力高めるのが好ましい。フッ化アルミニウムの濃度を高めるためには、フッ化アルミニウムの含有量を多くするか、あるいは閉鎖空間の容積を小さくする必要があるが、前者(フッ化アルミニウムの含有量を多くする)では、製品サイズに応じてフッ化アルミニウムの配合量を変更することになり、製品サイズ毎に異なる配合量の材料が必要となるため、管理が困難となる。従って、フッ化アルミニウムの濃度増大のためには、閉鎖空間23の容積を小さくする方がより現実的な対応となる。閉鎖空間23の小容積化は、生産性の確保等の観点から、閉鎖空間23の高さ寸法H(
図3(b)参照)を小さくすることで実現するのが好ましい。
【0054】
図6は、上記と同様の試験を、焼結体の焼結温度を異ならせて行った場合の圧環強さの測定結果を示すものである。
【0055】
図6に示す結果から、焼結温度が高くなるほど焼結体の圧環強さが増すこと、および、低温寄りとなる940℃の焼結温度であっても、閉鎖空間23におけるフッ化アルミニウムの濃度(想定濃度)が5.0ppm以上であれば、200MPa以上の圧環強さを確保できることが理解される。また、フッ化アルミニウムの濃度を高めれば、250MPa以上、さらには300MPa以上の圧環強さが得られることも理解できる。ここで、200MPaの圧環強さは、焼結軸受1の多くの用途において、必要最低限の強度として求められる場合が多い。従って、低温焼結時にも最小限の圧環強さを確保できるように、フッ化アルミニウムの濃度は5.0ppm以上、好ましくは10ppm以上、より好ましくは15ppm以上の数値とする。フッ化アルミニウムの濃度の上限は、閉鎖空間23での飽和濃度以下となる。
【0056】
以上の試験で使用した試験片の硬さを測定したところ、ロックウェル硬さHRFが30以上(実質的には40以上)で110以下(実質的には100以下、より実質的には90以下、さらに実質的には70以下)となり、焼結体が十分な硬さを有することも確認された。また、試験片の密度を測定したところ、5.6g/cm3以上、6.2g/cm3以下の密度となることも確認された。
【0057】
以上に述べた条件で焼結を行うことにより、
図4(a)~(c)に示すように、芯部1cの隣接するアルミニウム-銅合金組織3の粒界から酸化アルミニウム被膜4が確実に取り除かれ、この粒界には酸化アルミニウム被膜4が存在しなくなる。そのため、アルミニウム-銅合金組織3間の焼結を十分に進行させることができ、アルミニウム-銅合金組織3同士のネック強度を高めて、焼結体の強度を安定的に向上させることが可能となる。
【0058】
次に閉鎖空間23の容積(圧粉体が未収容状態であるときの容積)に対する圧粉体の総容積の比(以下、単に「容積比」という)を異ならせて焼結した時の圧環強さの測定結果を
図7および
図8に示す。試験片は上記の試験で使用したものが使用される。なお、
図7は試験片の焼結温度を950℃とした場合の圧環強さを示し、
図8は試験片の焼結温度を940℃、950℃、960℃の三種類とした場合の圧環強さを対比して示している。
【0059】
図7および
図8から、容積比が大きくなるほど圧環強さが増すこと、容積比が5.0%以上であれば、少なくとも200MPa以上の圧環強さが得られること、が理解される。従って、容積比は、5%以上(好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上)に設定するのが好ましい。
【0060】
本実施形態のアルミニウム青銅系の焼結軸受1は、高温下でも、耐腐食性および機械的強度を高いレベルで両立することができる。この焼結軸受1は、これらの特性が要求される用途に広く適用可能である。従って、自動車エンジンに近接して配置される補器類、具体的には、ガソリンや軽油と接した際の有機酸腐食や硫化腐食に対する耐腐食性が求められる燃料ポンプ用焼結軸受、高温下で排気ガスやエンジンオイルに対する耐腐食性が要求される排気ガス循環装置(EGR)用焼結軸受、あるいはターボチャージャ用焼結軸受として用いることができる。この他、例えば釣り具のリール用軸受としても用いることができる。
【0061】
また、以上の説明では、焼結軸受1として、軸受面1aを真円形状とした真円軸受に適用する場合を例示したが、真円軸受に限らず、軸受面1aや軸2の外周面にヘリングボーン溝、スパイラル溝等の動圧発生部を設けた流体動圧軸受としても用いることができる。
【0062】
なお、以上の実施形態では、連続式の焼結炉10を使用する場合を例示したが、これに代えてバッチ式の焼結炉を使用することもできる。また、炉内にシャッター等で閉鎖した閉鎖空間を形成し、この閉鎖空間に容器20を使用することなく、圧粉体1’を直接当該閉鎖空間に投入してもよい。この際、閉鎖空間のフッ化アルミニウムの濃度を管理することで、上記と同様の効果を得ることができる。この場合、炉外から閉鎖空間にフッ化アルミニウムガスを供給しながらその濃度を管理してもよい。
【符号の説明】
【0063】
1 焼結軸受
1a 軸受面
1c 芯部
1’ 圧粉体
2 軸
3 アルミニウム-銅合金組織
4 酸化アルミニウム被膜
5 黒鉛
10 焼結炉
20 容器(蓋付きトレイ)
21 トレイ
22 蓋
23 閉鎖空間