(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-12
(45)【発行日】2024-07-23
(54)【発明の名称】トンネル磁気抵抗効果素子および磁気記憶装置
(51)【国際特許分類】
H10N 50/10 20230101AFI20240716BHJP
H10B 61/00 20230101ALI20240716BHJP
【FI】
H10N50/10 M
H10B61/00
(21)【出願番号】P 2021524904
(86)(22)【出願日】2020-06-04
(86)【国際出願番号】 JP2020022166
(87)【国際公開番号】W WO2020246553
(87)【国際公開日】2020-12-10
【審査請求日】2023-05-09
(31)【優先権主張番号】P 2019105891
(32)【優先日】2019-06-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「実験と理論・計算・データ科学を融合した材料開発の革新」領域、研究課題「計算科学を用いた磁気抵抗スイッチ素子基盤材料の創出」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100143834
【氏名又は名称】楠 修二
(72)【発明者】
【氏名】水上 成美
(72)【発明者】
【氏名】土屋 朋生
(72)【発明者】
【氏名】國松 和眞
(72)【発明者】
【氏名】一ノ瀬 智浩
【審査官】小池 秀介
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-053412(JP,A)
【文献】特開2019-153769(JP,A)
【文献】特開2018-056391(JP,A)
【文献】特開2020-155564(JP,A)
【文献】NAKATANI et al.,Advanced CPP-GMR Spin-Valve Sensors for Narrow Reader Applications,IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS,VOL.54, NO.2,2018年02月
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 50/10
H10B 61/00
H01F 10/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁化方向が実質的に固定された第1の磁性層と、
磁化方向が変化可能な第2の磁性層と、
前記第1の磁性層と前記第2の磁性層との間に配置された非磁性層とを有し、
前記第1の磁性層および/または前記第2の磁性層は、遷移金属と不可避不純物とから成るbcc構造の合金を有し、前記bcc構造の合金は、Coを主成分とし、前記CoとMnとを含んでいる
(ただし、Geを含むものを除く)ことを
特徴とする
トンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項2】
前記bcc構造の合金は、前記Coを50at%以上90at%以下で含み、前記Mnを10at%以上40%以下で含むことを特徴とする請求項1記載の
トンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項3】
前記bcc構造の合金は、さらにFeを含むことを特徴とする請求項1または2記載の
トンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項4】
前記bcc構造の合金は、前記Mnを18at%以下で含むこと、または、前記Feを20at%以下で含むことを特徴とする請求項3記載の
トンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項5】
前記bcc構造の合金は、前記Coを76at%以下で含み、前記Feを40at%以下で含むこと、または、前記Mnを12at%以上で含むことを特徴とする請求項
3記載の
トンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項6】
磁化方向が実質的に固定された第1の磁性層と、
磁化方向が変化可能な第2の磁性層と、
前記第1の磁性層と前記第2の磁性層との間に配置された非磁性層とを有し、
前記第1の磁性層および/または前記第2の磁性層は、遷移金属と不可避不純物とから成るbcc構造の合金を有し、前記bcc構造の合金は、Coを55at%以上75at%以下で含み、Mnを13at%以上33at%以下で含み、Feを12at%以上32at%以下で含むことを
特徴とするトンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか1項に記載の
トンネル磁気抵抗効果素子と、
前記磁気抵抗効果素子に電気的に接続されたスイッチ素子とを、
有することを特徴とする磁気記憶装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トンネル磁気抵抗効果素子および磁気記憶装置に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気センサや不揮発性磁気抵抗メモリ等の製品には、いわゆるトンネル磁気抵抗(TMR)効果を示す磁気抵抗効果素子が多く用いられている。この磁気抵抗効果素子は、磁化方向が変化可能な磁性層(自由層)と、非磁性層(絶縁層)と、磁化方向が実質的に固定された磁性層(参照層または固定層)とを、磁気トンネル接合により積層した三層構造を有しており、自由層の磁化方向によって電気抵抗が変化するTMR効果を示す。このTMR効果の大きさは、磁気抵抗効果素子の電気抵抗の変化率を示すトンネル磁気抵抗比(TMR比)で表される。
【0003】
磁気抵抗効果素子は、実験室内では主に蒸着や分子線エピタキシー法、スパッタリングにより製造されるが、実用化のためにはスパッタリングにより大量生産する必要がある。従来、スパッタリングにより製造され、優れた特性を有する磁気抵抗効果素子として、自由層や参照層の磁性体がCo-Fe-B合金から成り、非磁性層がMgOから成るものがある(例えば、非特許文献1乃至3参照)。これらの磁気抵抗効果素子では、スパッタリングによる成膜後に、300℃~400℃の熱処理を行うことにより、200%~400%のトンネル磁気抵抗比が得られている。
【0004】
より大きなトンネル磁気抵抗比を示す磁気抵抗効果素子を得るために、常に新たな磁性体の開発が行われており、その一つとして、bcc(体心立方格子)構造を有するコバルト(Co)から成る磁性体が提案されている。例えば、自由層や固定層の磁性体として、このbcc構造を有するコバルト(Co)を使用することにより、計算上、10000%以上のトンネル磁気抵抗比が得られることが予測されており(例えば、非特許文献4参照)、実験では、室温で、Co-Fe-Bに匹敵する410%のトンネル磁気抵抗比が得られている(例えば、非特許文献5参照)。
【0005】
なお、Coを主成分とするbcc構造の合金として、従来、分子線エピタキシー法により、GaAs基板上やMgO基板上に、準安定相であるbcc構造のCo-Mn合金を形成可能であることが報告されている(例えば、非特許文献6または7参照)。また、分子線エピタキシー法により、MgO基板上に、準安定相であるbcc構造のCo-Mn-Fe合金を形成可能であることも報告されている(例えば、非特許文献8参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】S. S. Parkin, C. Kaiser, A. Panchula, P. M. Rice, B. Hughes, M. Samant, S. H. Yang, “Giant tunnelling magnetoresistance at room temperature with MgO (100) tunnel barriers”, Nat. Mater., Dec. 2004, vol. 3, p.862-867
【文献】D. D. Djayaprawira, K. Tsunekawa, M. Nagai, H. Maehara, S. Yamagata, N. Watanabe, S. Yuasa, Y. Suzuki, and K. Ando, “230% room-temperature magnetoresistance in CoFeB/MgO/CoFeB magnetic tunnel junctions”, Appl. Phys. Lett., 2005. vol. 86, 092502
【文献】S. Ikeda, J. Hayakawa, Y. Ashizawa, Y. M. Lee, K. Miura, H. Hasegawa, M. Tsunoda, F. Matsukura, H. Ohno, “Tunnel magnetoresistance of 604% at 300 K by suppression of Ta diffusion in CoFeB / MgO / CoFeB pseudo-spin-valves annealed at high temperature”, Appl. Phys. Lett., 2008, vol. 93, 082508
【文献】X.-G. Zhang, W. H. Butler, “Large magnetoresistance in bcc Co / MgO / Co and FeCo / MgO / FeCo tunnel junctions”, Phys. Rev. B, 17 November 2004, vol. 70, 172407
【文献】S. Yuasa, A. Fukushima, H. Kubota, Y. Suzuki, and K. Ando, “Giant tunneling magnetoresistance up to 410% at room temperature in fully epitaxial Co / MgO / Co magnetic tunnel junctions with bcc Co(001) electrodes”, Appl. Phys. Lett., 2006, vol. 89, 042505
【文献】D. Wu, G. L. Liu, C. Jing, Y. Z. Wu, D. Loison, G. S. Dong, X. F. Jin, “Magnetic structure of Co1-xMnx alloys”, Phys. Rev. B, 2001, vol. 63, 214403
【文献】R. J. Snow, H. Bhatkar, A. T. N’Diaye, E. Arenholz, Y. U. Idzerda, “Enhanced moments in bcc Co1-xMnx on MgO(001)”, J. Magn. Magn. Mater., 1 December 2016, vol. 419, p.490-493
【文献】R. J. Snow, H. Bhatkar, A. T. N’Diaye, E. Arenholz, Y. U. Idzerda, “Large moments in bcc FexCoyMnz ternary alloy thin films”, Appl. Phys. Lett., 2018, 112, 072403
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献5に記載の磁気抵抗効果素子は、優れたトンネル磁気抵抗比を有しているが、自由層や固定層を構成するbcc構造のCo膜が熱力学的に安定な構造ではないため、1ナノメートル未満のCo膜を、下地となるFe厚膜の上に積層することが必要であり、実用化が困難であるという課題があった。また、bcc構造のCo膜を分子線エピタキシー法により成膜しており、スパッタリングにより制御性良く成膜するのは困難であると考えられるため、大量生産による実用化も困難であるという課題もあった。
【0008】
なお、非特許文献6乃至8に記載のbcc構造のCo-Mn合金は、準安定相であるが、分子線エピタキシー法により成膜されており、また、磁気抵抗効果素子の磁性体として使用されるものでもない。
【0009】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、Coを主成分とする安定したbcc構造の合金から成る磁性体を有しており、優れたトンネル磁気抵抗比を有し、大量生産による実用化が可能な磁気抵抗効果素子、および、その磁気抵抗効果素子を用いた磁気記憶装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明に係る磁気抵抗効果素子は、磁化方向が実質的に固定された第1の磁性層と、磁化方向が変化可能な第2の磁性層と、前記第1の磁性層と前記第2の磁性層との間に配置された非磁性層とを有し、前記第1の磁性層および/または前記第2の磁性層は、遷移金属と不可避不純物とから成るbcc構造の合金を有し、前記bcc構造の合金は、Coを主成分とし、前記CoとMnとを含んでいることを特徴とする。
【0011】
本発明に係る磁気抵抗効果素子は、第1の磁性層および/または第2の磁性層が、Coを主成分とし、CoとMnとを含むbcc構造の合金から成る磁性体を有しているため、安定しており、優れたトンネル磁気抵抗比を有している。また、そのbcc構造の合金を有する第1の磁性層および/または第2の磁性層を、スパッタリングにより成膜することができるため、大量生産による実用化が可能である。
【0012】
本発明に係る磁気抵抗効果素子で、bcc構造の合金は、CoおよびMn以外の遷移金属の成分を含んでいてもよいが、全ての成分の中で、Coを最も多く含んでいることが好ましい。また、bcc構造の合金に含まれる不可避不純物は、例えば、B,C,O,Mg,Si,Al,Cu,Zn等である。本発明に係る磁気抵抗効果素子で、前記bcc構造の合金は、前記Coを50at%以上90at%以下で含み、前記Mnを10at%以上40%以下で含むことが好ましい。この場合、特に優れたトンネル磁気抵抗比が得られる。本発明に係る磁気抵抗効果素子で、第1の磁性層および/または第2の磁性層は、bcc構造の合金のみから成っていることが好ましいが、bcc構造の合金以外の残部が不可避不純物であってもよい。
【0013】
本発明に係る磁気抵抗効果素子で、前記bcc構造の合金は、CoおよびMn以外の成分として、さらにFeを含んでいてもよい。この場合にも、優れたトンネル磁気抵抗比が得られる。また、前記bcc構造の合金は、前記Mnを18at%以下で含むこと、または、前記Feを20at%以下で含むことが好ましい。また、この場合、前記Coを76at%以下で含み、前記Feを40at%以下で含むこと、または、前記Mnを12at%以上で含むことが好ましく、前記Coを55at%以上75at%以下で含み、前記Mnを13at%以上33at%以下で含み、前記Feを12at%以上32at%以下で含むことがさらに好ましい。これらの場合、より優れたトンネル磁気抵抗比が得られる。
【0014】
本発明に係る磁気抵抗効果素子で、非磁性層は、Mg、Zn、AlおよびTiからなる群から選択された少なくとも1つを含む酸化物を有していてもよい。非磁性層は、例えば、Mg、Zn、AlおよびTiからなる群から選択された2つと、酸素とを含む酸化物を有していてもよい。非磁性層は、例えば、絶縁性であり、MgOを含んでいてもよい。
【0015】
本発明に係る磁気抵抗効果素子は、例えば、スパッタリングにより、前記第1の磁性層と前記第2の磁性層と前記非磁性層とを成膜して製造することができる。この場合、スパッタリングで各層を成膜することにより、大量生産することができる。
【0016】
本発明に係る磁気記憶装置は、本発明に係る磁気抵抗効果素子と、前記磁気抵抗効果素子に電気的に接続されたスイッチ素子とを、有することを特徴とする。
【0017】
本発明に係る磁気記憶装置は、優れたトンネル磁気抵抗比を有する本発明に係る磁気抵抗効果素子を有しているため、高速化を図ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、Coを主成分とする安定したbcc構造の合金から成る磁性体を有しており、優れたトンネル磁気抵抗比を有し、大量生産による実用化が可能な磁気抵抗効果素子、および、その磁気抵抗効果素子を用いた磁気記憶装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子を示す斜視図である。
【
図2】本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子に含まれるbcc構造のCoMn合金から成るCo
75Mn
25薄膜を含む試験素子の(a)縦断面図、(b)X線回折(XRD)スペクトル、(c)磁化曲線(M-H曲線)である。
【
図3】本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子に含まれるbcc構造のCoMn合金から成るCo
1-xMn
x薄膜(x=14、25、34、50)を含む試験素子の(a)縦断面図、(b)XRDスペクトルである。
【
図4】
図3(a)に示す試験素子の(a)磁化曲線(M-H曲線)、(b)飽和磁化M
SとMnの含有率(Mn composition)との関係を示すグラフである。
【
図5】本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子の、自由層および参照層の双方をbcc構造のCoMn合金とした試験素子の(a)縦断面図、(b)熱処理温度が350℃のときの、素子抵抗(Resistance)と磁界(Magnetic field)との関係を示すグラフ、(c)トンネル磁気抵抗比(TMR比)と熱処理温度(Annealing temperature)との関係を示すグラフである。
【
図6】本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子の、自由層のみをbcc構造のCoMn合金とした試験素子の(a)縦断面図、(b)熱処理温度が350℃のときの、トンネル磁気抵抗比(TMR比;MR)と磁界(Magnetic field)との関係を示すグラフ、(c)トンネル磁気抵抗比(TMR比;MR)と熱処理温度(T
anneal)との関係を示すグラフである。
【
図7】本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子の、自由層および参照層をbcc構造のCoMn合金から成るCo
1-xMn
x(x=14、17、25、34、37)とした試験素子の(a)縦断面図、(b)トンネル磁気抵抗比(TMR比)とMn比率xとの関係を示すグラフである。
【
図8】本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子の、自由層のみをbcc構造のCo-Mn-Fe合金とした試験素子の(a)縦断面図、(b)トンネル磁気抵抗比(TMR比)と熱処理温度(T
anneal)との関係を示すグラフである。
【
図9】本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子の、自由層および参照層をbcc構造のCo-Mn-Fe合金とした試験素子の(a)縦断面図、(b)Co-Mn-Fe合金の各組成でのTMR比の分布を示す、Co、Mn、Feの3元系グラフである。
【
図10】
図9に示す磁気抵抗効果素子の、自由層および参照層が、Co
73Mn
1
9Fe
8、Co
66Mn
17Fe
17、Co
59Mn
15Fe
26、Co
51Mn
1
4Fe
35、Co
44Mn
11Fe
45のときの、TMR比と熱処理温度(Annealing temperature)との関係を示すグラフである。
【
図11】
図9に示す磁気抵抗効果素子の、自由層および参照層が、Co
77Mn
1
1Fe
12、Co
69Mn
18Fe
13、Co
67Mn
20Fe
13、Mn
12Co
67Fe
21、Co
58Mn
20Fe
22のときの、TMR比と熱処理温度との関係を示すグラフである。
【
図12】本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子の、自由層および参照層をbcc構造のCo
66Mn
17Fe
17薄膜とした試験素子の(a)縦断面図、(b)TMR比と熱処理温度との関係を示すグラフである。
【
図13】本発明の実施の形態の磁気記憶装置を示す回路ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面および実施例等に基づいて、本発明の実施の形態について説明する。
図1は、本発明の実施の形態の磁気抵抗効果素子を示している。
図1に示すように、磁気抵抗効果素子10は、第1の磁性層11と第2の磁性層12と非磁性層13とを有している。
【0021】
第1の磁性層11は、磁化方向が実質的に固定されており、参照層を成している。第2の磁性層12は、磁化方向が変化可能であり、自由層を成している。第1の磁性層11および第2の磁性層12は磁性体から成り、少なくともいずれか一方は、Coを主成分とし、CoとMnとを含むbcc(体心立方格子)構造の合金から成っている。bcc構造の合金は、Coを50at%以上90at%以下で含み、Mnを10at%以上40%以下で含んでいる。非磁性層13は、第1の磁性層11と第2の磁性層12との間に配置され、絶縁層を成している。
【0022】
なお、
図1に示す具体的な一例では、第1の磁性層11および第2の磁性層12の磁化方向(図中の矢印)は、各層の表面に平行な方向であるが、各層の表面に垂直な方向であってもよい。また、参照層の第1の磁性層11および自由層の第2の磁性層12は、上下反対に配置されていてもよい。また、磁気抵抗効果素子10で、bcc構造の合金は、さらにFeを35at%以下で含んでいてもよい。
【0023】
次に、作用について説明する。
磁気抵抗効果素子10は、第1の磁性層11および/または第2の磁性層12が、Coを主成分とし、CoとMnとを含むbcc構造の合金から成っているため、安定しており、優れたトンネル磁気抵抗比を有している。
【0024】
また、磁気抵抗効果素子10は、例えば、スパッタリングにより、第1の磁性層11と第2の磁性層12と非磁性層13とを成膜して製造することができる。磁気抵抗効果素子10は、そのbcc構造の合金を有する第1の磁性層11および/または第2の磁性層12を含め、全ての層をスパッタリングにより成膜することにより、大量生産による実用化が可能である。
【実施例1】
【0025】
スパッタリングにより、Coを主成分とし、CoとMnとを含むbcc構造の合金から成る磁性体薄膜の製造を行った。
図2(a)に示すように、MgO基板21上に、順番に、厚さ40 nmのCr層22、厚さ10 nmのCo
75Mn
25薄膜から成るCoMn合金層23、厚さ2 nmのMgO層24、厚さ2 nmのRu層25を、スパッタリングにより成膜し、試験素子を製造した。製造された試験素子を用いて、X線回折(XRD)法による結晶構造解析および磁化曲線(M-H曲線)の測定を行った。その結果を、それぞれ
図2(b)および(c)に示す。
【0026】
図2(b)に示すように、XRDスペクトルでは、MgOおよびCrに対応するピークに加えて、bcc構造のCoMnに対応する位置にピークが認められた。また、CoMn合金の安定構造であるfcc(面心立方格子)構造に対応する位置には、ピークは認められなかった。この結果から、CoMn合金層23は、bcc構造になっていると考えられる。
【0027】
図2(c)に示すように、磁化曲線は、非直線的でヒステリシス曲線になっており、飽和磁化M
Sは、約1700emu/cm
3であることが確認された。図中に示すように、fcc構造のCoMn合金の飽和磁化M
Sは、300emu/cm
3以下であるため、CoMn合金層23がbcc構造であることにより、飽和磁化M
Sが非常に大きくなっていることが確認された。
【0028】
次に、
図3(a)に示すように、MgO基板21上に、順番に、厚さ10 nmのCo
1-
xMn
x薄膜(x=14、25、34、50)から成るCoMn合金層23、厚さ2 nmのMgO層24、厚さ2 nmのRu層25を、スパッタリングにより成膜した後、200℃で1時間の熱処理(anneal)を行って試験素子を製造した。製造された各試験素子を用いて、X線回折(XRD)法による結晶構造解析および磁化曲線(M-H曲線)の測定を行った。その結果を、それぞれ
図3(b)および
図4(a)に示す。
【0029】
図3(b)に示すように、XRDスペクトルでは、各試験素子とも、MgOに対応するピークが認められた。また、CoMn合金層23がCo
75Mn
25薄膜(x=25)である試験素子では、bcc構造のCoMnに対応する位置にピークが認められたが、他の試験素子では、その位置にはピークは認められなかった。また、いずれの試験素子でも、fcc構造のCoMnに対応する位置にはピークは認められなかった。
【0030】
図4(a)に示すように、磁化曲線は、CoMn合金層23がCo
86Mn
14薄膜(x=14)、Co
75Mn
25薄膜(x=25)、およびCo
66Mn
34薄膜(x=34)である試験素子では、非直線的でヒステリシス曲線になっており、磁性体であることが確認された。これに対し、CoMn合金層23がCo
50Mn
50薄膜(x=50)である試験素子では、磁場を加えても、磁化は常にゼロであり、非磁性体であることが確認された。
【0031】
図4(a)の結果から求めた各試験素子の飽和磁化M
Sを、Mnの含有率(Mn composition)に対してプロットしたものを、
図4(b)に示す。
図4(b)に示すように、CoMn合金層23がCo
86Mn
14薄膜(x=14)、Co
75Mn
25薄膜(x=25)、およびCo
66Mn
34薄膜(x=34)である試験素子では、飽和磁化M
Sが、fcc構造のCoMn合金の飽和磁化M
Sの300emu/cm
3より大きく、bcc構造のCoMn合金の飽和磁化M
Sの1700emu/cm
3より小さくなっていることが確認された。この結果から、これらの試験素子のCoMn合金層23は、bcc構造を有していると考えられる。また、CoMn合金層23がCo
50Mn
50薄膜(x=50)である試験素子では、飽和磁化M
Sが、fcc構造のCoMn合金の飽和磁化M
Sの300emu/cm
3より小さくなっていることから、CoMn合金層23がfcc構造になっていると考えられる。
【実施例2】
【0032】
スパッタリングにより、自由層のみをbcc構造のCoMn合金とした磁気抵抗効果素子10を製造した。
図5(a)に示すように、MgO基板31上に、順番に、厚さ40 nmのCr層(下地層)32、厚さ10 nmのCo
75Mn
25薄膜から成る第2の磁性層12(自由層)、厚さ0.4 nmのMg膜33および厚さ2 nmのMgO膜34から成る非磁性層13、厚さ4.5 nmのCoFeB薄膜から成る第1の磁性層11(参照層)、厚さ3 nmのTa層35、厚さ5 nmのRu層36を、スパッタリングにより成膜した後、400℃までの所定の温度で、1時間の熱処理(anneal)を行って磁気抵抗効果素子10の試験素子を製造した。各試験素子の熱処理温度は、25℃(熱処理なし)、200℃、250℃、300℃、350℃、400℃である。
【0033】
各試験素子を用いて、素子抵抗の測定を行った。素子抵抗は、直流4端子法で、印加電圧を10mVとして室温で測定を行った。熱処理温度が350℃の試験素子の測定結果を、
図5(b)に示す。
図5(b)に示すように、明瞭な磁化スイッチングに対応する素子抵抗(Resistance)-磁界(Magnetic field)曲線が得られることが確認された。
【0034】
素子抵抗の測定結果から、各試験素子のトンネル磁気抵抗比(TMR比)を求め、熱処理温度(Annealing temperature)に対してプロットしたものを、
図5(c)に示す。
図5(c)に示すように、自由層のみをbcc構造のCoMn合金とした場合、300℃~400℃の熱処理のとき、80%以上の大きなTMR比が得られていることが確認された。特に、350℃の熱処理のとき、TMR比が150%以上となることが確認された。
【実施例3】
【0035】
スパッタリングにより、自由層および参照層の双方をbcc構造のCoMn合金とした磁気抵抗効果素子10を製造した。
図6(a)に示すように、MgO基板31上に、順番に、厚さ40 nmのCr層(下地層)32、厚さ10 nmのCo
75Mn
25薄膜から成る第2の磁性層12(自由層)、厚さ2.4 nmのMgO膜から成る非磁性層13、厚さ4 nmのCo
75Mn
25薄膜から成る第1の磁性層11(参照層)、厚さ1.5 nmのCoFe層37、厚さ10 nmのIrMn層38、厚さ5 nmのRu層36を、スパッタリングにより成膜した後、375℃までの所定の温度で、1時間の熱処理(anneal)を行って磁気抵抗効果素子10の試験素子を製造した。各試験素子の熱処理温度は、25℃(熱処理なし)、250℃、300℃、325℃、350℃、375℃である。
【0036】
各試験素子を用いて、素子抵抗を測定し、トンネル磁気抵抗比を求めた。素子抵抗は、直流4端子法で、印加電圧を10mVとして室温で測定を行った。熱処理温度が350℃の試験素子の、トンネル磁気抵抗比(TMR比;MR)と磁界(Magnetic field)との関係を、
図6(b)に示す。
図6(b)に示すように、明瞭な磁化スイッチングに対応する曲線が得られることが確認された。
【0037】
素子抵抗の測定結果から、各試験素子のトンネル磁気抵抗比(TMR比;MR)を求め、熱処理温度(T
anneal)に対してプロットしたものを、
図6(c)に示す。
図6(c)に示すように、自由層および参照層の双方をbcc構造のCoMn合金とした場合、250℃~375℃の熱処理のとき、150%以上の大きなTMR比が得られていることが確認された。特に、300℃~350℃の熱処理のとき、TMR比が200%以上となることが確認された。
【0038】
次に、
図7(a)に示すように、
図6(a)の第2の磁性層12(自由層)および第1の磁性層11(参照層)のCoMn合金の組成を変えて、各熱処理温度で、磁気抵抗効果素子10の試験素子を製造した。各CoMn合金の組成は、Co
1-xMn
x(x=14、17、25、34、37)とした。製造した各試験素子に対し、
図6(c)と同様にして、トンネル磁気抵抗比(TMR比)を求めた。組成が同じ試験素子について、熱処理温度を変化させたときのTMR比の最大値を求め、各試験素子の組成に対してプロットしたものを、
図7(b)に示す。
図7(b)に示すように、xが約20以上でTMR比が特に大きくなっていることが確認された。
【実施例4】
【0039】
スパッタリングにより、自由層のみをbcc構造のCo-Mn-Fe合金とした磁気抵抗効果素子10を製造した。
図8(a)に示すように、MgO基板31上に、順番に、厚さ40 nmのCr層(下地層)32、厚さ10 nmのCo-Mn-Fe薄膜から成る第2の磁性層12(自由層)、厚さ2 nmのMgO膜から成る非磁性層13、厚さ4 nmのCoFeB薄膜から成る第1の磁性層11(参照層)、厚さ10 nmのIrMn層38、厚さ8 nmのRu層36を、スパッタリングにより成膜した後、425℃までの所定の温度で、1時間の熱処理(anneal)を行って磁気抵抗効果素子10の試験素子を製造した。
【0040】
製造した各試験素子の第2の磁性層12(Co-Mn-Fe薄膜)は、それぞれCo6
0Mn30Fe10(Fe:10at%)、Co57Mn28Fe15(Fe:15at%)である。また、比較例として、第2の磁性層12が、Co75Mn25(Fe:0at%)の試験素子も製造した。各試験素子の熱処理温度は、25℃(熱処理なし)、250℃、275℃、300℃、325℃、350℃、375℃、400℃、425℃である。
【0041】
各試験素子を用いて素子抵抗の測定を行い、その測定結果から各試験素子のトンネル磁気抵抗比(TMR比)を求めた。素子抵抗は、直流4端子法で、印加電圧を10mVとして室温で測定を行った。求められたTMR比と熱処理温度(T
anneal)との関係を、
図8(b)に示す。
図8(b)に示すように、Feを含む場合であっても、300℃以上の熱処理のとき、150%以上の大きなTMR比が得られていることが確認された。特に、325℃以上の熱処理のとき、TMR比が200%以上となり、第2の磁性層12がFeを含まない比較例のものよりも大きいTMR比が得られていることも確認された。
【実施例5】
【0042】
スパッタリングにより、自由層および参照層の双方をbcc構造のCo-Mn-Fe合金とした磁気抵抗効果素子10を製造した。
図9(a)に示すように、MgO基板31上に、順番に、厚さ40 nmのCr層(下地層)32、厚さ10 nmのCo-Mn-Fe薄膜から成る第2の磁性層12(自由層)、厚さ2 nmのMgO膜から成る非磁性層13、厚さ4 nmのCo-Mn-Fe薄膜から成る第1の磁性層11(参照層)、厚さ10 nmのIrMn層38、厚さ5 nmのRu層36を、スパッタリングにより成膜した後、450℃までの所定の温度で、1時間の熱処理(anneal)を行って磁気抵抗効果素子10の試験素子を製造した。試験素子として、第2の磁性層12および第1の磁性層11のCo、Mn、Feの組成を様々に変えたものを製造した。また、各試験素子の第2の磁性層12および第1の磁性層11は、同じ組成とした。
【0043】
各試験素子を用いて素子抵抗の測定を行い、その測定結果から各試験素子のトンネル磁気抵抗比(TMR比)を求めた。素子抵抗は、直流4端子法で、印加電圧を10mVとして室温で測定を行った。各試験素子について、求められたTMR比と熱処理温度(Annealing temperature)との関係を、
図10および
図11に示す。また、
図10および
図11から、各試験素子のTMR比の最大値を求め、Co、Mn、Feの3元系グラフにプロットしたものを、
図9(b)に示す。
【0044】
図9乃至
図11に示すように、Mnが18at%以下、または、Feが20at%以下のとき、TMR比が150%以上になることが確認された。さらに、これに加えて、Coが76at%以下、Feが40at%以下のとき、または、Mnが12at%以上のとき、TMR比が概ね200%以上になることが確認された。また、Coが55at%以上75at%以下、Mnが3at%以上33at%以下、Feが12at%以上32at%以下のとき、TMR比が250%以上になることが確認された。
【0045】
次に、
図10および
図11に示す、TMR比が250%以上である試験素子を参考にして、第2の磁性層12および第1の磁性層11がCo
66Mn
17Fe
17薄膜から成る、
図12(a)に示す磁気抵抗効果素子10を製造した。すなわち、
図12(a)に示すように、MgO基板31上に、順番に、厚さ40 nmのCr層(下地層)32、厚さ10 nmのCo
66Mn
17Fe
17薄膜から成る第2の磁性層12(自由層)、厚さ2.4 nmのMgO膜から成る非磁性層13、厚さ6 nmのCo
66Mn
17Fe
17薄膜から成る第1の磁性層11(参照層)、厚さ2 nmのCoFe層37、厚さ10 nmのIrMn
3層38、厚さ7
nmのRu層36を、スパッタリングにより成膜した後、425℃までの所定の温度で、1時間の熱処理(anneal)を行って磁気抵抗効果素子10の試験素子を製造した。
【0046】
各試験素子を用いて素子抵抗の測定を行い、その測定結果から各試験素子のトンネル磁気抵抗比(TMR比)を求めた。素子抵抗は、直流4端子法で、印加電圧を10mVとして、室温で測定を行った。求められたTMR比と熱処理温度との関係を、
図12(b)に示す。
図12(b)に示すように、350℃~400℃の熱処理のとき、TMR比が250%以上、375℃~400℃の熱処理のとき、TMR比が300%以上となり、非常に優れたTMR比が得られることが確認された。
【0047】
[本発明の実施の形態の磁気記憶装置]
図13は、本発明の実施の形態の磁気記憶装置40を示している。
図13に示すように、磁気記憶装置40は、複数の第1ビット線41と、複数の第2ビット線42と、複数のワード線43と、第1回路44と、第2回路45と、第3回路46と、複数のメモリセル47とを有している。
【0048】
各第1ビット線41および各第2ビット線42は、互いに平行に、交互に並んで配置されている。各ワード線43は、各第1ビット線41および各第2ビット線42と垂直に交差する方向に、互いに平行に配置されている。各第1ビット線41および各第2ビット線42は、一端が第1回路44に、他端が第2回路45に電気的に接続されている。各ワード線43は、一端が第3回路46に電気的に接続されている。
【0049】
第1回路44、第2回路45および第3回路46は、それぞれ選択スイッチ素子を有し、電気的に接続された配線のうちの複数の配線を選択して、所定の電圧を印加可能に構成されている。また、第1回路44、第2回路45および第3回路46は、それぞれセンスアンプなどの検出回路も有している。
【0050】
各メモリセル47は、各第1ビット線41、各第2ビット線42および各ワード線43に囲まれた領域に配置されている。各メモリセル47は、選択トランジスタ48と磁気抵抗効果素子10とを有している。選択トランジスタ48は、ゲート電極がワード線43に電気的に接続され、ソース電極が第2ビット線42に電気的に接続されている。磁気抵抗効果素子10は、第1の磁性層11および第2の磁性層12のいずれか一方が選択トランジスタ48のドレイン電極に電気的に接続され、他方が第1ビット線41に電気的に接続されている。これにより、磁気記憶装置40は、磁気抵抗効果素子10の膜面垂直方向に電流を印加可能に構成されている。
【0051】
次に、作用について説明する。
「1」の書込み動作では、第1回路44または第2回路45から第2ビット線42に電圧を印加するとともに、第3回路46からワード線43に電圧を印加することによって、第2ビット線42から磁気抵抗効果素子10を介して第1ビット線41に電流を流す。このとき、磁気抵抗効果素子10の磁化方向が可変の自由層である第2の磁性層12の磁化方向と、磁化方向が実質的に固定された参照層である第1の磁性層11の磁化方向とが反平行状態となる。これにより、磁気抵抗効果素子10は高抵抗状態となり、磁気抵抗効果素子10の保持する情報は「1」となる。
【0052】
一方、「0」の書込み動作では、第1回路44または第2回路45から第1ビット線41に電圧を印加するとともに、第3回路46からワード線43に電圧を印加することによって、第1ビット線41から磁気抵抗効果素子10を介して第2ビット線42に電流を流す。このとき、磁気抵抗効果素子10の磁化方向が可変の自由層である第2の磁性層12の磁化方向と、磁化方向が実質的に固定された参照層である第1の磁性層11の磁化方向とが平行状態となる。これにより、磁気抵抗効果素子10は低抵抗状態となり、磁気抵抗効果素子10の保持する情報は「0」となる。
【0053】
読み出し時は、第1回路44、第2回路45および第3回路46の検出回路を用いて、抵抗変化による信号の違いを読み取る。こうして、磁気記憶装置40は、複数のメモリセル47に対して、書き込み、読み出しを行うことができる。磁気記憶装置40は、優れたトンネル磁気抵抗比を有する磁気抵抗効果素子10により、高速化が可能である。磁気記憶装置40は、例えば、電圧トルク駆動型の磁気メモリ(MRAM)や、スピン注入書き込み型のMRAMである。
【符号の説明】
【0054】
10 磁気抵抗効果素子
11 第1の磁性層
12 第2の磁性層
13 非磁性層
21 MgO基板
22 Cr層
23 CoMn合金層
24 MgO層
25 Ru層
31 MgO基板
32 Cr層
33 Mg膜
34 MgO膜
35 Ta層
36 Ru層
37 CoFe層
38 IrMn層
40 磁気記憶装置
41 第1ビット線
42 第2ビット線
43 ワード線
44 第1回路
45 第2回路
46 第3回路
47 メモリセル
48 選択トランジスタ