(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-12
(45)【発行日】2024-07-23
(54)【発明の名称】イットリウム系皮膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240716BHJP
C23C 14/48 20060101ALI20240716BHJP
C23C 16/30 20060101ALI20240716BHJP
C23C 16/455 20060101ALI20240716BHJP
【FI】
C23C14/06 K
C23C14/48 D
C23C16/30
C23C16/455
(21)【出願番号】P 2024521140
(86)(22)【出願日】2023-10-06
(86)【国際出願番号】 JP2023036593
【審査請求日】2024-04-08
(31)【優先権主張番号】P 2022163428
(32)【優先日】2022-10-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390007216
【氏名又は名称】株式会社シンクロン
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】弁理士法人とこしえ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 和裕
(72)【発明者】
【氏名】田辺 健一
(72)【発明者】
【氏名】徳野 圭哉
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-145334(JP,A)
【文献】特開平07-076048(JP,A)
【文献】特開2020-097522(JP,A)
【文献】国際公開第2023/008123(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 14/48
C23C 16/30
C23C 16/455
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PVD法、CVD法、ALD法又はイオンビームアシスト蒸着法により、皮膜のビッカース硬度が、900HV以上であるオキシフッ化イットリウム皮膜を形成する方法であって、
前記オキシフッ化イットリウム皮膜を形成する際に、成膜を行う時間と成膜を行わない時間を間欠的に繰り返すオキシフッ化イットリウム皮膜の製造方法。
【請求項2】
前記オキシフッ化イットリウム皮膜に対してSEMによる表面分析を行なった場合に、オキシフッ化イットリウム結晶の表面が、粒径50nm~300nmのグレインが形成されている形状が支配的である請求項1に記載のオキシフッ化イットリウム皮膜の製造方法。
【請求項3】
前記オキシフッ化イットリウム皮膜に対してSEMによる表面分析を行なった場合に、オキシフッ化イットリウム結晶の表面が、粒径50nm~300nmのグレインと当該グレイン上に更に5nm~20nmのグレインが二重に形成されている形状が支配的である請求項1に記載のオキシフッ化イットリウム皮膜の製造方法。
【請求項4】
前記オキシフッ化イットリウム皮膜に対してSEMによる断面分析を行なった場合に、オキシフッ化イットリウム結晶の断面が、横幅が20~50nmで厚み方向の長さが200nm以上の繊維状の断面構造が支配的となっておらず、
横幅100nm以上のバルク状の柱が観察される構造である請求項1に記載のオキシフッ化イットリウム皮膜の製造方法。
【請求項5】
前記オキシフッ化イットリウム皮膜のオキシフッ化イットリウム結晶の(151)面のX線回折による半値幅が、0.5°以上である請求項1~4のいずれか一項に記載のオキシフッ化イットリウム皮膜の製造方法。
【請求項6】
前記オキシフッ化イットリウム皮膜のオキシフッ化イットリウムの結晶構造において、(151)面が優先的に配向している請求項1~4のいずれか一項に記載のオキシフッ化イットリウム系皮膜の製造方法。
【請求項7】
前記オキシフッ化イットリウム皮膜のX線回折における(151)面の回折強度が、他の結晶面の2倍以上である請求項6に記載のオキシフッ化イットリウム皮膜の製造方法。
【請求項8】
少なくとも耐腐食性、耐摩耗性又は耐発塵性が求められる部品の表面に形成される請求項1~4のいずれか一項に記載のオキシフッ化イットリウム皮膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化イットリウム、オキシフッ化イットリウムを含むイットリウム系皮膜及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種のイットリウム系皮膜として、斜方晶系のYF3結晶相を含み、斜方晶系以外のYF3結晶相を含まない溶射粉をプラズマ溶射することによりフッ化イットリウム系溶射皮膜を得るものが知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来のフッ化イットリウム系溶射皮膜では、ビッカース硬度が最高でも560HVであるため、更なる硬度の改善が求められる。
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、硬度の優れたイットリウム系皮膜及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、皮膜のビッカース硬度が、900HV以上である酸化イットリウム皮膜によって上記課題を解決する。
【0007】
上記発明において、酸化イットリウム結晶の(222)面のX線回折による半値幅が0.7°以上であることがより好ましい。
【0008】
上記発明において、酸化イットリウムの結晶構造において(222)面が優先的に配向していることがより好ましい。
【0009】
上記発明において、X線回折における(222)面の回折強度が他の結晶面の2倍以上であることがより好ましい。
【0010】
上記発明において、皮膜は、耐腐食性、耐摩耗性、耐発塵性などが求められる部品の表面に形成することがより好ましい。
【0011】
上記発明において、PVD法、CVD法、ALD法のいずれかにより、上記の皮膜を形成することができる。特にイオンビームアシスト蒸着法により上記の皮膜を形成することがより好ましい。
【0012】
また本発明は、皮膜のビッカース硬度が、900HV以上であるオキシフッ化イットリウム皮膜によって上記課題を解決する。
【0013】
上記発明において、SEMによる表面分析を行なった場合に、オキシフッ化イットリウム結晶の表面が、粒径50nm~300nmのグレインが形成されている形状が支配的であることがより好ましい。
【0014】
上記発明において、SEMによる表面分析を行なった場合に、オキシフッ化イットリウム結晶の表面が、粒径50nm~300nmのグレインと、当該グレイン上に更に5nm~20nmのグレインが二重に形成されている形状が支配的であることがより好ましい。
【0015】
上記発明において、SEMにおける断面分析を行なった場合に、オキシフッ化イットリウム結晶の断面が、横幅が20~50umで厚み方向の長さが200um以上の繊維状の断面構造が支配的となっておらず、粒径100nm以上のバルク状の柱が観測される構造であることがより好ましい。
【0016】
上記発明において、オキシフッ化イットリウム結晶の(151)面のX線回折による半値幅が、0.5°以上であることがより好ましい。
【0017】
上記発明において、オキシフッ化イットリウムの結晶構造において(151)面が優先的に配向していることがより好ましい。
【0018】
上記発明において、X線回折における(151)面の回折強度が他の結晶面の2倍以上であることがより好ましい。
【0019】
上記発明において、皮膜は、少なくとも耐腐食性、耐摩耗性、耐発塵性が求められる部品の表面に形成することがより好ましい。これら部品の材質としては、アルミニウム、石英、サファイア、セラミックなどが例示される。
【0020】
上記発明において、PVD法、CVD法、ALD法のいずれかにより、上記の皮膜を形成することができる。特にイオンアシスト蒸着法により、上記の皮膜を形成することがより好ましい。
【0021】
上記発明において、前記皮膜を形成する際に、成膜を行う時間と成膜を行わない時間を間欠的に繰り返してもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、硬度に優れた皮膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の実施例1及び比較例1に係る酸化イットリウム皮膜の特性を示す図である。
【
図2A】本発明の実施例2,3及び比較例2に係るオキシフッ化イットリウム皮膜の特性を示す図(その1)である。
【
図2B】本発明の実施例2,3及び比較例2に係るオキシフッ化イットリウム皮膜の特性を示す図(その2)である。
【
図3】オキシフッ化イットリウム皮膜の硬度と結晶性の関係を示す概念図である。
【
図4】本発明の実施例2(硬度の高いオキシフッ化イットリウム皮膜)の結晶構造性を示す断面模式図である。
【
図5】本発明の比較例2(硬度の低いオキシフッ化イットリウム皮膜)の結晶構造性を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
《酸化イットリウム皮膜》
【0025】
本発明の、皮膜のビッカース硬度が900HV以上である硬い皮膜は、酸化イットリウム皮膜であり、酸化イットリウム結晶の(222)面のX線回折による半値幅が0.7°以上であり、酸化イットリウムの結晶構造において(222)面が優先的に配向し、X線回折における(222)面の回折強度が他の結晶面の2倍以上であり、耐腐食性、耐摩耗性、耐発塵性などが求められる部品の表面に形成することができ、PVD法、CVD法、ALD法のいずれかにより皮膜を形成することができる。
【0026】
また本発明の、皮膜のビッカース硬度が900HV以上である硬い皮膜は、オキシフッ化イットリウム皮膜であり、SEMにおける表面分析を行なった際にオキシフッ化イットリウム結晶の表面が粒径50nm~300nmのグレインと当該グレイン上に更に5nm~20nmのグレインが二重に形成されている形状が支配的であり、SEMにおける断面分析を位行なった際に、オキシフッ化イットリウム結晶の断面が横幅20~50umかつ厚み方向長さ200um以上の繊維状の断面構造が支配的となっておらず、粒径100nm以上のバルク上の柱が観測される構造であり、オキシフッ化イットリウム結晶の(151)面のX線回折による半値幅が0.5°以上であり、オキシフッ化イットリウムの結晶構造において(151)面が優先的に配向し、X線回折における(151)面の回折強度が他の結晶面の2倍以上であり、耐腐食性、耐摩耗性、耐発塵性などが求められる部品の表面に形成することができ、PVD法、CVD法、ALD法のいずれかにより皮膜を形成することができる。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は、これらの実施例の条件及び結果等に何ら限定されるものではない。
【0028】
《実施例1及び比較例1(酸化イットリウム皮膜)》
イオンビームアシスト真空蒸着装置(シンクロン社製EPD)を用い、蒸着源を酸化イットリウムY2O3とし、サファイア製基板の表面に、成膜レートを0~10オングストローム/秒(両端を含まず)の範囲とし、イオンビームを照射/非照射して成膜した。互いに異なる成膜条件の組合せで得られた皮膜を、実施例1及び比較例1とした。
【0029】
得られた実施例1及び比較例1の各皮膜に対し、ビッカース硬度計(BRUKER株式会社製)を用いてビッカース硬度を測定し、走査電子顕微鏡(日本電子株式会社製)を用いて皮膜表面のSEM写真を撮影し、X線回折装置(株式会社リガク社製)を用いて皮膜の結晶性を確認した。
図1に、実施例1及び比較例1に係る酸化イットリウム皮膜の特性を示す。なお、
図1において、「硬度HV」はビッカース硬さ、「表面SEM写真」は走査電子顕微鏡による皮膜表面の写真、「XRDスペクトル」は、X線回折装置による回折強度-回折角、「XRD2θ」はX線回折の回折角(θはブラッグ角)、「XRD半値幅」は回折角2θにおける半値幅をそれぞれ示す。
【0030】
図1に示す硬度を比較すると、実施例1の硬度は993HVであり、比較例1に比べて高い硬度を示した。また、
図1に示すSEM写真を比較すると、実施例1の表面は比較例1の表面に比べて平滑である。さらに、
図1のX線回折スペクトル、回折ピーク及び回折ピークの半値幅を比較すると、酸化イットリウム結晶の(222)面は、回折角2θ=29°付近に回折ピークが表れるところ、実施例1の方が、回折角2θ≒29°の(222)面の回折ピークが他の結晶面の回折強度の2倍以上に強く表れ、また(222)面の回折ピークの半値幅も0.7°以上と大きいことが確認された。これらの結果から、実施例1の被膜を構成する酸化イットリウムの結晶構造では、(222)面が優先的に配向していることが確認された。
【0031】
《実施例2,3及び比較例2(オキシフッ化イットリウム皮膜)》
イオンビームアシスト真空蒸着装置(シンクロン社製MIC)を用い、2つの蒸着源を酸化イットリウムY2O3とフッ化イットリウムYF3とし、石英製基板の表面に、酸化イットリウムY2O3とフッ化イットリウムYF3との合計の成膜レートを0~10オングストローム/秒(両端を含まず)の範囲とし、酸化イットリウムY2O3/フッ化イットリウムYF3の成膜レート比を10~90%の範囲とし、イオンビームを照射/非照射して成膜した。互いに異なる成膜条件で得られた皮膜を実施例2,3及び比較例2とした。なお、実施例3は、成膜中の基板温度が所定温度以上に過熱されるのを抑制するために、成膜を行う時間と成膜を行わない時間を間欠的に繰り返えしながら成膜した実施例である。
【0032】
得られた実施例2,3及び比較例2の各皮膜に対し、ビッカース硬度計(BRUKER株式会社製)を用いてビッカース硬度を測定し、走査電子顕微鏡(日本電子株式会社製)を用いて皮膜表面のSEM写真を撮影し、X線回折装置(株式会社リガク社製)を用いて皮膜の結晶性を確認した。
図2A及び
図2Bに、実施例2,3及び比較例2に係るオキシフッ化イットリウム皮膜の特性を示す。なお、
図2Aにおいて、「硬度HV」はビッカース硬さ、「表面SEM写真」は走査電子顕微鏡による皮膜表面の写真、「断面SEM写真」は走査電子顕微鏡による皮膜断面の写真をそれぞれ示し、
図2Bにおいて、「XRDスペクトル」は、X線回折装置による回折強度-回折角、「XRD2θ」はX線回折の回折角(θはブラッグ角)、「XRD半値幅」は回折角2θにおける半値幅をそれぞれ示す。
【0033】
図2Aに示す硬度を比較すると、実施例2の硬度は996HV,実施例3の硬度は899HVであり、実施例2,3の硬度はいずれも比較例2に比べて高い硬度を示した。また、
図2Aに示す表面SEM写真を比較すると、実施例2,3の表面はいずれも比較例2の表面に比べて平滑である。また、
図2Bに示す断面SEM写真を比較すると、比較例2の皮膜の断面は、横幅が20~50nmで厚み方向の長さが200nm以上の繊維状の断面構造になっているのに対し、実施例2,3の皮膜の断面は、このような繊維状の断面ではなく、粒径50nm~300nmのグレインと当該グレイン上に更に5nm~20nmのグレインが二重に形成された断面構造になっている。
【0034】
さらに、
図2BのX線回折スペクトル、回折ピーク及び回折ピークの半値幅を比較すると、オキシフッ化イットリウム結晶の(151)面は、回折角2θ=28°付近に回折ピークが表れるところ、いずれも回折角2θ≒28°の(151)面の回折強度が、他の結晶面の回折強度の2倍以上に強く表れているが、実施例2の(151)面の回折ピークの半値幅は0.69°、実施例3の(151)面の回折ピークの半値幅は0.57であり、比較例2の(151)面の回折ピークの半値幅0.28よりいずれも大きい。
【0035】
図3は、皮膜の硬度と結晶の大きさとの関係を示す概念図である。SEMにより観測される結晶構造と皮膜の硬度には相関があり、
図3に示すように、皮膜の結晶が大きいほど硬度が高い。一般に、硬度が高い膜は、耐腐食性、耐摩耗性に優れているといえる。また硬度が大きい皮膜は、硬度が低い皮膜に比べて表面が平滑である。一般に、表面が平滑で硬度が高いほど膜は削れにくいため、耐発塵性に優れているといえる。
【0036】
図4及び
図5は皮膜の硬度と結晶構造の関係を示す皮膜の断面模式図であり、
図4は実施例2を示し、
図5は比較例2を示す。
図4に示すように、900HV以上の高硬度のオキシフッ化イットリウム皮膜では、
横幅50nm~300nmのバルク状柱状構造の上に更に5nm~20nmのグレインが積層した膜結晶構造が支配的となる。これに対し、
図5に示すように、400HV以下の低高度のオキシフッ化イットリウム皮膜では、横幅が20~50nmで、厚み方向の長さが200nm以上の繊維状の断面構造が支配的となる。
【0037】
皮膜の耐腐食性の観点からは、皮膜の結晶粒界、すなわち柱状結晶界面は少ない方が望ましい。結晶粒界の隙間から腐食性ガス等が浸食し、基板等に到達する懸念があるからである。また、耐摩耗性又は耐発塵性の観点からは、皮膜の表面形状は平滑であることが望ましい。表面に微細な針状凹凸が形成された場合、針状凹凸は容易に摩耗され、それが発塵源となり得るからである。これらの観点から
図4及び
図5の皮膜を評価すると、
図5に示す比較例2の皮膜より
図4に示す実施例2の皮膜の方が、結晶構造の観点から、耐腐食性、耐摩耗性、及び耐発塵性に優れた膜特性が発揮される。
【要約】
皮膜のビッカース硬度が900HV以上である酸化イットリウム皮膜であり、酸化イットリウム結晶の(222)面のX線回折による半値幅が0.7°以上、酸化イットリウムの結晶構造において(222)面が優先的に配向し、X線回折における(222)面の回折強度が他の結晶面の2倍以上、耐腐食性、耐摩耗性、耐発塵性などが求められる部品の表面に形成することができ、PVD法、CVD法、ALD法のいずれか、特にイオンビームアシスト蒸着法により形成する。