(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-12
(45)【発行日】2024-07-23
(54)【発明の名称】宇宙用転がり軸受および宇宙用波動歯車装置
(51)【国際特許分類】
F16C 33/62 20060101AFI20240716BHJP
F16C 33/34 20060101ALI20240716BHJP
F16C 33/64 20060101ALI20240716BHJP
F16H 1/32 20060101ALI20240716BHJP
【FI】
F16C33/62
F16C33/34
F16C33/64
F16H1/32 B
(21)【出願番号】P 2023536315
(86)(22)【出願日】2021-07-21
(86)【国際出願番号】 JP2021027398
(87)【国際公開番号】W WO2023002630
(87)【国際公開日】2023-01-26
【審査請求日】2023-11-07
(73)【特許権者】
【識別番号】390040051
【氏名又は名称】株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】清澤 芳秀
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-220641(JP,A)
【文献】特開2006-170317(JP,A)
【文献】国際公開第2017/163976(WO,A1)
【文献】特開2008-039037(JP,A)
【文献】特開2000-206722(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/62-33/64
F16C 33/34
F16H 1/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、前記内輪および前記外輪の間に転動可能な状態で配置されている複数個の転動体とを備え、固体潤滑剤被膜あるいは固体潤滑剤粉末によって潤滑され、低温・真空環境で使用される宇宙用転がり軸受であって、
前記内輪は軸受鋼で形成され、
前記外輪はマルテンサイト系ステンレス鋼で形成され、
前記転動体はセラミックスで形成され、
前記内輪の表面の少なくとも一部には防錆用被膜が形成されており、
前記防錆用被膜は、エアロゾルデポジション法によって形成されたセラミックス被膜であ
り、
前記防錆用被膜は、前記内輪の前記表面において、前記転動体が転動する転動面を除く部分に形成されていることを特徴とする宇宙用転がり軸受。
【請求項2】
請求項1において、
前記防錆用被膜の最大膜厚は5μmである宇宙用転がり軸受。
【請求項3】
請求項1において、
前記内輪の材料である軸受鋼はSUJ2であり、
前記外輪の材料であるマルテンサイト系ステンレス鋼はSUS440Cであり、
前記転動体の材料であるセラミックスはSi
3
N
4
である宇宙用転がり軸受。
【請求項4】
請求項1において、
前記防錆用被膜の最大膜厚は5μmであり、
前記内輪の材料である軸受鋼はSUJ2であり、
前記外輪の材料であるマルテンサイト系ステンレス鋼はSUS440Cであり、
前記転動体の材料であるセラミックスはSi
3N
4である宇宙用転がり軸受。
【請求項5】
剛性の内歯歯車と、
前記内歯歯車にかみ合い可能な可撓性の外歯歯車と、
前記外歯歯車を半径方向に撓めて前記内歯歯車に対して部分的にかみ合わせ、両歯車のかみ合い位置を前記内歯歯車の円周方向に移動させるように構成された波動発生器と、
を有しており、
前記波動発生器は、剛性のカム板と、このカム板の外周面と前記外歯歯車の内周面との間に装着されたウエーブベアリングとを備えており、
前記ウエーブベアリングは、請求項1ないし4のうちのいずれか一つの項に記載の宇宙用転がり軸受である宇宙用波動歯車装置。
【請求項6】
剛性の内歯歯車と、
前記内歯歯車にかみ合い可能な可撓性の外歯歯車と、
前記外歯歯車を半径方向に撓めて前記内歯歯車に対して部分的にかみ合わせ、両歯車のかみ合い位置を前記内歯歯車の円周方向に移動させるように構成された波動発生器と、
を有しており、
前記波動発生器は、剛性のカム板と、このカム板の外周面と前記外歯歯車の内周面との間に装着されたウエーブベアリングとを備えており、
前記ウエーブベアリングは、
内輪と、外輪と、前記内輪および前記外輪の間に転動可能な状態で配置されている複数個の転動体とを備え、固体潤滑剤被膜あるいは固体潤滑剤粉末によって潤滑され、低温・真空環境で使用される宇宙用転がり軸受であって、
前記内輪は軸受鋼で形成され、
前記外輪はマルテンサイト系ステンレス鋼で形成され、
前記転動体はセラミックスで形成され、
前記内輪の表面の少なくとも一部には防錆用被膜が形成されており、
前記防錆用被膜は、エアロゾルデポジション法によって形成されたセラミックス被膜であり、
前記外歯歯車と前記ウエーブベアリングの間の摺動部分、および、前記ウエーブベアリングを潤滑する固体潤滑剤粉末を供給する潤滑機構を備えている宇宙用波動歯車装置。
【請求項7】
請求項6において、
前記潤滑機構は、網目構造をした撓み性のあるシート素材からなる粉末収納袋を備え、前記固体潤滑剤粉末は前記粉末収納袋に収納されており、
前記粉末収納袋は、前記外歯歯車における前記波動発生器によって繰り返し撓められる部位に取り付けられており、
前記粉末収納袋の網目は、前記固体潤滑剤粉末が通過可能な大きさである宇宙用波動歯車装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境温度が約-70°C~約-270°Cの極低温になり、真空度が約10-4Pa以下の高真空あるいは超真空になる宇宙空間で使用される宇宙用転がり軸受、および宇宙用波動歯車装置に関する。
【背景技術】
【0002】
極低温・真空の宇宙空間を航行する人工衛星、宇宙船等に搭載される機構、例えばロボットアーム関節等には、減速機として波動歯車装置が使用される場合がある。波動歯車装置は、公知のように、剛性の内歯歯車、可撓性の外歯歯車、および波動発生器の三部品から構成される。波動発生器は、剛性のカム板と、その外周面に装着したウエーブベアリングとを備えている。
【0003】
極低温・真空の環境で使用されるウエーブベアリング、その他の転がり軸受では、潤滑油、グリースなどの潤滑剤を用いることができない。潤滑対象部位に固体潤滑剤の被膜を形成し、あるいは、潤滑対象部位に固体潤滑剤粉末を供給して、潤滑対象部位を潤滑している。極低温環境で用いられる転がり軸受として、特許文献1、2には、外輪、内輪が、マルテンサイト系ステンレス鋼、軸受鋼等で形成され、転動体がセラミックで形成された転がり軸受が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2000-220641号公報
【文献】特開2000-74069号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
鋼材製の内外輪とセラミックス製の転動体を備えた転がり軸受においては、鋼材とセラミックスの線膨張係数の違いにより、低温になるほど、軸受内部の隙間が減少する。特に、-70°C程度以下の極低温環境下では、鋼材とセラミックスの線膨張係数の違いに起因して、内外輪の間のラジアル隙間が減少してしまい、転動体の適切な転がり運動が阻害される等の弊害が発生する。
【0006】
この点に鑑みると、宇宙用転がり軸受として、セラミックス製の転動体、マルテンサイト系ステンレスの外輪、および軸受鋼の内輪の組み合わせを用いることが望ましい。この場合、これらの部品の線膨張係数の差を利用することで、大幅な温度変化に起因する転がり軸受のラジアル隙間の変化を抑えることができる。
【0007】
しかしながら、軸受鋼は錆びやすく、特に、真空中において固体潤滑(粉体潤滑)が行われる宇宙用転がり軸受に用いる場合には防錆が困難である。また、一般的な防錆用の被膜を軸受鋼からなる内輪にコーティングすると、コーティング時に内輪に加える熱によって軸受鋼が焼き鈍まされて強度等が低下するという問題がある。
【0008】
本発明の目的は、温度変化に起因するラジアル隙間の変動を抑制でき、固体潤滑あるいは粉体潤滑される軌道輪に適切な防錆処理が施された宇宙用転がり軸受を提供すること、および、当該宇宙用転がり軸受をウエーブベアリングとして用いた波動発生器を備えた宇宙用波動歯車装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の宇宙用転がり軸受は、
内輪と、外輪と、前記内輪および前記外輪の間に転動可能な状態で配置されている複数個の転動体とを備え、固体潤滑剤被膜あるいは固体潤滑剤粉末によって潤滑され、低温・真空環境で使用され、
前記内輪は軸受鋼で形成され、
前記外輪はマルテンサイト系ステンレス鋼で形成され、
前記転動体はセラミックスで形成され、
前記内輪の表面の少なくとも一部には防錆用被膜が形成されており、
前記防錆用被膜は、エアロゾルデポジション法(AD法)によって形成されたセラミック被膜であることを特徴としている。
【0010】
AD法では、防錆用被膜の原料であるセラミックス微粒子をガス中に分散させたエアロゾルを、軸受鋼からなる内輪基材の表面に高速で衝突させて、セラミックス微粒子からなる被膜を内輪基材の表面に形成する。原料のセラミックスとして、アルミナ、ジルコニア等の酸化物系セラミックス、窒化珪素、炭化珪素等の窒化物等の炭化物系セラミックスが用いられる。AD法による防錆用被膜の形成は室温下で行うことができる。
【0011】
ここで、防錆用被膜の膜厚は1μm~5μmとすることが望ましい。また、内輪の外周面に形成されている転動体の転動面に防錆用被膜を形成した場合には、転動体の通過による接触抵抗により防錆用被膜に剥離が発生する可能性がある。よって、内輪の表面における転動面以外の部分に、防錆用被膜を形成しておくことが望ましい。
【0012】
また、内輪の材料である軸受鋼をSUJ2とし、外輪の材料であるマルテンサイト系ステンレス鋼をSUS440Cとし、転動体の材料であるセラミックスをSi3N4とすることができる。
【0013】
本発明の宇宙用転がり軸受を用いれば、-70°C程度以下の極低温環境下における温度変化に起因する内外輪の間のラジアル隙間の減少を実用上支障のない範囲内に抑制でき、セラミックス製の転動体の適切な転動状態を維持できる。また、極低温・真空下で固体潤滑(粉体潤滑)によって潤滑される軸受鋼からなる内輪には、防錆用被膜として、AD法によるセラミック被膜が形成されている。AD法によれば、被膜形成時に軸受鋼が高温に晒されることがないので、防錆皮膜形成時の熱によって軸受鋼からなる内輪に強度低下等の弊害も起きず、また、錆の発生も確実に防止できる。
【0014】
また、本発明の宇宙用転がり軸受を、波動発生器のウエーブベアリングとして用いることで、極低温・真空の環境で使用するのに適した宇宙用波動歯車装置が得られる。すなわち、本発明による宇宙用波動歯車装置は、
剛性の内歯歯車と、
前記内歯歯車にかみ合い可能な可撓性の外歯歯車と、
前記外歯歯車を半径方向に撓めて前記内歯歯車に対して部分的にかみ合わせ、両歯車のかみ合い位置を前記内歯歯車の円周方向に移動させるように構成された波動発生器と、
を有しており、
前記波動発生器は、剛性のカム板と、このカム板の外周面と前記外歯歯車の内周面との間に装着されたウエーブベアリングとを備えており、
前記ウエーブベアリングは、上記構成の宇宙用転がり軸受であることを特徴としている。
【0015】
宇宙用波動歯車装置においては、各潤滑対象部位を固体潤滑剤粉末によって潤滑することができる。この場合、宇宙用波動歯車装置は、外歯歯車とウエーブベアリングの間の摺動部分、ウエーブベアリングその他の潤滑対象部位を潤滑する固体潤滑剤粉末を供給する潤滑機構を備えている。
【0016】
潤滑機構として次のように構成された機構を用いることができる。すなわち、潤滑機構は、網目構造をした撓み性のあるシート素材からなる粉末収納袋を備え、前記固体潤滑剤粉末は前記粉末収納袋に収納されており、前記粉末収納袋は、前記外歯歯車における前記波動発生器によって繰り返し撓められる部位に取り付けられており、前記粉末収納袋の網目を介して前記固体潤滑剤粉末が放出されるように、前記固体潤滑剤粉末の粒径および前記網目の大きさが設定されている。
【0017】
なお、固体潤滑剤としては、銀(Ag)、鉛(Pb)などの軟質金属系、二硫化モリブデン(MoS2)、二硫化タングステン(WS2)、グラファイトなどの層状結晶構造物質、ポリテロラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)等の高分子系の3種類が知られている。例えば、固体潤滑剤粉末として層状結晶構造物質が用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1A】本発明を適用した実施の形態1に係るシルクハット型の宇宙用波動歯車装置を示す縦断面図である。
【
図1B】
図1Aの波動歯車装置における剛性の内歯歯車に対する可撓性の外歯歯車のかみ合い状態を示す説明図である。
【
図2A】本発明を適用した実施の形態2に係るカップ型の宇宙用波動歯車装置を示す縦断面図である。
【
図3A】本発明を適用した実施の形態3に係るフラット型の宇宙用波動歯車装置を示す縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。実施の形態は、本発明を適用した宇宙用ボールベアリングを波動発生器のウエーブベアリングとして用いた宇宙用波動歯車装置に関するものである。本発明の宇宙用転がり軸受は、ボールベアリングに限らず、ローラベアリング、クロスローラベアリング等のその他の転がり軸受にも適用可能である。また、本発明の宇宙用転がり軸受は、波動歯車装置以外の宇宙用駆動機構の軸受にも適用可能である。
【0020】
(実施の形態1)
図1Aは本発明を適用した実施の形態1に係る宇宙用波動歯車装置を示す縦断面図であり、ウエーブベアリングの部位を拡大した部分拡大図を併せて表示してある。
図1Bは宇宙用波動歯車装置の剛性の内歯歯車と可撓性の外歯歯車とのかみ合い状態を示す説明図である。宇宙用波動歯車装置1(以下、単に「波動歯車装置1」という。)は、-70℃~-270℃程度の極低温、かつ、真空度が10
-4Pa以下の宇宙空間において使用される。
【0021】
波動歯車装置1は、円環状の剛性の内歯歯車2と、シルクハット形状をした可撓性の外歯歯車3と、楕円状輪郭の波動発生器4とを備えている。外歯歯車3は、半径方向に撓み可能な円筒状胴部31と、円筒状胴部31の後端から半径方向の外方に広がるダイヤフラム32と、ダイヤフラム32の外周縁に一体形成されている円環状の剛性のボス33と、円筒状胴部31の先端側の外周面部分に形成した外歯34とを備えている。外歯34は内歯歯車2の内歯24にかみ合い可能である。
【0022】
波動発生器4は、剛性のカム板41と、カム板41の楕円状輪郭の外周面42に装着したウエーブベアリング43とを備えている。ウエーブベアリング43は、半径方向に撓み可能な外輪44および内輪45と、これらの間に転動可能な状態で装着された複数個のボール46と、各ボール46を円周方向に一定の間隔で保持しているボールリテーナ47とを備えている。ウエーブベアリング43は、本発明を適用して構成された宇宙用ボールベアリングである。ウエーブベアリング43の外輪44、内輪45は真円形状をしているが、カム板41の楕円状輪郭の外周面42に装着されて、楕円状に撓められている。
【0023】
図1Bに示すように、波動発生器4によって楕円形状に撓められている外歯歯車3は、楕円形状の長軸Lの両側の部分において内歯歯車2にかみ合っている。波動発生器4が不図示のモータ等によって回転されると、両歯車2、3のかみ合い位置が円周方向に移動し、両歯車の歯数差に応じた相対回転が両歯車の間に生じる。一方の歯車が固定され、他方の歯車から減速回転が出力される。
【0024】
ウエーブベアリング43において、内輪45の素材は軸受鋼、例えばSUJ2である。外輪44の素材はマルテンサイト系ステンレス鋼、例えばSUS440Cである。ボール46の素材はセラミックス、例えばSi3N4である。
【0025】
図1Aの部分拡大図を参照して説明する。内輪45の表面には防錆処理が施されている。防錆処理として内輪45の表面に防錆被膜が形成されている。防錆被膜は、エアロゾルデポジション法(AD法)によって形成されたセラミックス被膜48である。セラミックス被膜48の膜厚は、約1μm~約5μmである。内輪45の円形外周面には、円周方向に延びる湾曲面の部分が転動面45aとなっている。本例では、内輪45の表面のうち、転動面45aおよびカム板の外周面42に締結される内周面45bを除く表面部分45cを覆うように、セラミックス被膜48が形成されている。なお、内輪45の内周面45bにもセラミックス被膜48を形成しておいてもよく、これは、以下の実施の形態2、3においても同様である。
【0026】
本例のウエーブベアリング43において、真円状態の内輪45と真円状態の外輪44との間の軌道部分のラジアル隙間の、環境温度の変化に起因する変化量をΔRとすると、この変化量ΔRを次式(1)により規定することができる。
ΔR=(D+d)(1-αΔT)-(D-d)(1-βΔT)-2d(1-γΔT) (1)
但し、d:ボール46の直径(mm)
D:ボール46のピッチ円直径(PCD)(mm)
α:外輪44の線膨張係数(1/℃)
β:内輪45の線膨張係数(1/℃)
γ:ボール46の線膨張係数(1/℃)
ΔT:環境温度の変化量(℃)
【0027】
環境温度が変化してもラジアル隙間が変化しないことが理想である。理想状態の変化量ΔRを0にできる条件は、次式(2)を満たすように、外輪44、内輪45、ボール46の線膨張係数α、β、γを、それぞれ規定することである。
D/d(β-α)-(α+β-2γ)=0 (2)
【0028】
本発明者は、-70℃~-270℃の極低温環境において使用するウエーブベアリング43において、ウエーブベアリング43のボール46のピッチ円直径D、ボール46の直径dを与えた場合に、次の条件式(3)を満たすように、外輪44、内輪45、ボール46の線膨張係数α、β、γを設定すれば、ラジアル隙間の変化量ΔRを実用上支障のない範囲に抑制できることを確認した。
-5×10-6< D/d(β-α)-(α+β-2γ) <10×10-6 (3)
【0029】
ウエーブベアリング43において、例えばボール46のピッチ円直径(PCD)は80mmであり、ボール46の直径dは8mmである。また、内輪45の材料である軸受鋼はSUJ2であり、その線膨張係数βは12.5×10-6である。外輪44の材料であるマルテンサイト系ステンレス鋼はSUS440Cであり、その線膨張係数αは10.2×10-6である。ボール46の材料であるセラミックスはSi3N4であり、その線膨張係数γは2.6×10-6である。
【0030】
環境温度の変化量ΔTを260℃とした場合、
D=80mm
d=8mm
α=10.2×10-6
β=12.5×10-6
γ=2.6×10-6
であるので、
D/d(β-α)-(α+β-2γ)=5.5×10-6
になり、上記の条件式(3)を満たしている。
【0031】
また、式(1)から求まるラジアル隙間の変化量ΔRは、
ΔR=0.011
であり、実用上支障のない範囲に収まっている。
【0032】
なお、波動歯車装置1には不図示の潤滑機構が備わっている。波動歯車装置1の潤滑対象部位には、ウエーブベアリング43の摺動部分、ウエーブベアリング43の外輪44と外歯歯車3の内周面との間の摺動部分がある。これらの潤滑対象部位は、潤滑機構から供給される固体潤滑剤粉末によって潤滑される。または、潤滑機構として、潤滑対象部位の表面に形成された固体潤滑剤被膜が用いられる。また、ボールリテーナ47には、フェノール樹脂等からなる自己潤滑型のリテーナが用いられる。
【0033】
以上説明したように、本例の波動歯車装置1のウエーブベアリング43においては、内輪45が軸受鋼から形成され、外輪44がマルテンサイト系ステンレス鋼から形成され、ボール46がセラミックスから形成されている。これにより、-70℃~-270℃の極低温で、260℃程度もの温度変化が生じる宇宙環境において、ウエーブベアリング43のラジアル隙間の変化量ΔRを、実用上支障のない範囲に抑制できる。また、軸受鋼からなる内輪45の防錆処理のために、AD法によるセラミックス被膜48が形成されている。これにより、固体潤滑剤被膜あるいは固体潤滑剤粉末による潤滑が行われるウエーブベアリング43の内輪45の防錆を、内輪45の強度低下等の弊害を招くことなく、確実に行うことができる。
【0034】
上記の例は、本発明の宇宙用転がり軸受を、シルクハット型の波動歯車装置のウエーブベアリングに適用したものである。本発明は、カップ型の波動歯車装置、フラット型の波動歯車装置のウエーブベアリングにも同様に適用できる。
【0035】
(実施の形態2)
図2A、
図2Bは、本発明を適用した実施の形態2に係るカップ型の宇宙用波動歯車装置の一例を示す断面図および端面図である。カップ型の宇宙用波動歯車装置100(以下、単に、「波動歯車装置100」という。)は、剛性の内歯歯車120と、この内側に配置されているカップ形状をした可撓性の外歯歯車130と、この内側に嵌め込まれている楕円形輪郭の波動発生器140とを有している。外歯歯車130における外歯134が形成されている円筒状胴部131は、波動発生器140によって楕円形に撓められている。外歯134における楕円形の長軸Lの両端部分が、円環状の内歯歯車120の内歯124にかみ合っている。
【0036】
波動発生器140は、回転入力軸170の外周面に固定された剛性カム板141と、剛性カム板141の楕円形状をした外周面142に装着したウエーブベアリング143とを備えている。ウエーブベアリング143は、本発明を適用して構成された宇宙用(極低温環境用)ボールベアリングである。ウエーブベアリング143は、剛性カム板141によって楕円形に撓められた状態で外歯歯車130の内側に嵌め込まれており、外歯歯車130と剛性カム板141とを相対回転可能な状態に保持している。
【0037】
ウエーブベアリング143は、例えば、総ボール形の深溝ボールベアリングからなる。ウエーブベアリング143は、半径方向に撓み可能な円形の内輪145および半径方向に撓み可能な円形の外輪144と、これらの間に形成される円環状のボール軌道に転動可能な状態で挿入されている複数個のボール146とを備えている。隣接するボール146が相互に接した状態、あるいは僅かの隙間のある状態で、各ボール146がボール軌道溝に挿入されている。
【0038】
本例のウエーブベアリング143においても、その内輪145は軸受鋼で形成され、外輪144はマルテンサイト系ステンレス鋼で形成され、ボール146はセラミックスで形成されている。また、ボール146の直径をd、そのピッチ円直径をD、外輪144の線膨張係数をα、内輪145の線膨張係数をβ、ボール146の線膨張係数をγとすると、これらの値は、上記の条件式(3)を満たすように設定されている。
【0039】
ここで、ウエーブベアリング143において、内輪145の素材は軸受鋼、例えばSUJ2である。外輪144の素材はマルテンサイト系ステンレス鋼、例えばSUS440Cである。ボール146の素材はセラミックス、例えばSi3N4である。
【0040】
内輪145の表面には防錆処理が施されている。防錆処理として内輪145の表面に防錆被膜が形成されている。防錆被膜は、エアロゾルデポジション法(AD法)によって形成されたセラミックス被膜148である。セラミックス被膜148の膜厚は、約1μm~約5μmである。
図2Aの部分拡大図に示すように、内輪145の円形外周面には、円周方向に延びる転動面145aが形成されている。本例では、内輪145の表面のうち、転動面145a、および剛性カム板の外周面142に装着される内周面145bを除く表面部分145cを覆うように、セラミックス被膜148が形成されている。
【0041】
一方、波動歯車装置100には潤滑機構150が備わっている。波動歯車装置100の潤滑対象部位には、ウエーブベアリング143の摺動部分、ウエーブベアリング143の外輪144と外歯歯車130の円筒状胴部131の内周面との間の摺動部分がある。これらの潤滑対象部位は、潤滑機構150から供給される固体潤滑剤粉末160によって潤滑される。
【0042】
本例の潤滑機構150は、網目構造をした撓み性のあるシート素材からなる粉末収納袋151を備えている。固体潤滑剤粉末160は粉末収納袋151に収納されている。粉末収納袋151は、外歯歯車130における波動発生器140によって繰り返し撓められる部位に取り付けられている。本例の粉末収納袋151は、外歯歯車130のダイヤフラム132の内側端面に対応する大きさの円環状の袋であり、ダイヤフラム132の内側端面に接着剤等によって取り付けられている。また、パンチングメタル製の環状固定板152が外歯歯車130のボス133に固定されており、この環状固定板152とダイヤフラム132との間において、粉末収納袋151がダイヤフラム132の内側端面に沿った状態に保持されている。
【0043】
粉末収納袋151の網目を介して固体潤滑剤粉末160が放出されるように、網目の大きさは、固体潤滑剤粉末の粒径よりも大きい。波動歯車装置100の駆動時には、波動発生器140によって外歯歯車130の各部が繰り返し撓められる。ダイヤフラム132の部分も繰り返し撓められる。ダイヤフラム132に沿って配置されている粉末収納袋151にも振動、変形が加わり、収納されている固体潤滑剤粉末が網目から外歯歯車130の内側空間135に放出される。内側空間135に放出された固体潤滑剤粉末160が潤滑対象部位に供給され、潤滑対象部位が潤滑される。粉末収納袋151は、外歯歯車130におけるダイヤフラム132以外の部位、例えば、円筒状胴部131の内周面に沿って配置することもできる。
【0044】
(実施の形態3)
次に、
図3A、
図3Bは、本発明を適用した実施の形態3に係るフラット型の宇宙用波動歯車装置を示す縦断面図および端面図である。フラット型の宇宙用波動歯車装置200(以下、単に「波動歯車装置200」という。)は、剛性の内歯歯車として、静止側の内歯歯車221および駆動側の内歯歯車222を備えている。内歯歯車221、222は同軸に並列配置され、これらの内側には、円筒形状の可撓性の外歯歯車230が配置されている。外歯歯車230の内側には楕円状輪郭の波動発生器240が嵌め込まれている。波動発生器240によって、外歯歯車230は楕円状に撓められ、楕円形状の長軸Lの両端部分において、外歯234が内歯歯車221の内歯221aおよび内歯歯車222の内歯222aの双方にかみ合っている。例えば、静止側の内歯歯車221の歯数は、駆動側の内歯歯車222の歯数よりも2n枚(nは正の整数)多く、外歯歯車230の歯数は駆動側の内歯歯車222の歯数と同一である。
【0045】
波動発生器240は、剛性のカム板241と、カム板241の楕円状輪郭の外周面242に装着したウエーブベアリング243とを備えている。ウエーブベアリング243は、半径方向に撓み可能な外輪244および内輪245と、これらの間に転動可能な状態で装着された複数個のボール246と、各ボール246を円周方向に一定の間隔で保持しているボールリテーナ247とを備えている。ウエーブベアリング243は、本発明を適用して構成された宇宙用ボールベアリングである。ウエーブベアリング243の外輪244、内輪245は真円形状をしているが、カム板241の楕円状輪郭の外周面242に装着されて、楕円状に撓められている。
【0046】
波動発生器240によって楕円形状に撓められている外歯歯車230は、楕円形状の長軸Lの両側の部分において内歯歯車221、222にかみ合っている。波動発生器240が不図示のモータ等によって回転されると、静止側の内歯歯車221と外歯歯車230のかみ合い位置が円周方向に移動し、外歯歯車230が減速回転する。外歯歯車230と一体となって回転する駆動側の内歯歯車222から減速回転が出力される。
【0047】
本例のウエーブベアリング243においても、その内輪245は軸受鋼で形成され、外輪244はマルテンサイト系ステンレス鋼で形成され、ボール246はセラミックスで形成されている。また、ボール246の直径をd、そのピッチ円直径をD、外輪244の線膨張係数をα、内輪245の線膨張係数をβ、ボール246の線膨張係数をγとすると、これらの値は、前述の条件式(3)を満たすように設定されている。
【0048】
また、内輪245の表面には防錆処理が施されている。防錆処理として内輪245の表面に防錆被膜が形成されている。
図3Aの部分拡大図に示すように、防錆被膜は、エアロゾルデポジション法(AD法)によって形成されたセラミックス被膜248である。セラミックス被膜248の膜厚は、約1μm~約5μmである。内輪245の円形外周面には、円周方向に延びる転動面245aが形成されている。本例では、内輪245の表面のうち、転動面245aおよび内周面245bを除く表面部分245cを覆うように、セラミックス被膜248が形成されている。
【0049】
なお、波動歯車装置200には不図示の潤滑機構が備わっている。波動歯車装置200の潤滑対象部位には、ウエーブベアリング243の摺動部分、ウエーブベアリング243の外輪244と外歯歯車230の内周面との間の摺動部分がある。これらの潤滑対象部位は、潤滑機構から供給される固体潤滑剤粉末によって潤滑される。または、潤滑機構として、潤滑対象部位の表面に形成された固体潤滑剤被膜が用いられる。また、ボールリテーナ247には、例えば、フェノール樹脂等からなる自己潤滑型のリテーナが用いられる。