(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-12
(45)【発行日】2024-07-23
(54)【発明の名称】波動歯車装置
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20240716BHJP
【FI】
F16H1/32 B
(21)【出願番号】P 2023543535
(86)(22)【出願日】2021-08-24
(86)【国際出願番号】 JP2021031054
(87)【国際公開番号】W WO2023026377
(87)【国際公開日】2023-03-02
【審査請求日】2023-12-26
(73)【特許権者】
【識別番号】390040051
【氏名又は名称】株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】小林 優
【審査官】大山 広人
(56)【参考文献】
【文献】特許第6091710(JP,B1)
【文献】特開2007-231996(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 1/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯数の異なる第1内歯歯車および第2内歯歯車と、
前記第1、第2内歯歯車にかみ合い可能であり、前記第2内歯歯車と歯数が同一の可撓性の外歯歯車と、
前記外歯歯車を非円形に撓めて前記第1、第2内歯歯車のそれぞれに対して部分的にかみ合わせている波動発生器と、
を備えた波動歯車装置において、
軸線に沿って前記第1内歯歯車の側から前記第2内歯歯車の側に向かう方向を第1方向とすると、前記外歯歯車が前記第1方向に移動すると当接可能な位置に配置した摩擦面を備えた摩擦部材を有しており、
前記摩擦部材は、前記波動発生器の回転軸部に対して、一体回転し、かつ、前記軸線の方向には相対移動しないように、当該回転軸部に取り付けられ、あるいは当該回転軸部に一体形成されて
おり、
前記外歯歯車は、前記波動発生器によって楕円形状に撓められて前記第1、第2内歯歯車にかみ合っており、
前記摩擦部材の前記摩擦面は円環形状の端面であり、
前記摩擦面の外径は、楕円形状に撓められた前記外歯歯車における前記摩擦面に当接する側の端面の長軸外径以上であり、前記摩擦面の内径は、前記端面の短軸内径以下である波動歯車装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記波動発生器は、
非円形外周面を備えた波動発生器プラグと、
前記非円形外周面に装着された波動発生器軸受と、
を備えており、
前記波動発生器プラグには、前記回転軸部および前記摩擦部材が一体形成されている波動歯車装置。
【請求項3】
請求項1において、
前記軸線に沿って前記第2内歯歯車の側から前記第1内歯歯車の側に向かう方向を第2方向とすると、
前記外歯歯車が前記第2方向に移動すると当接可能な位置に配置した当接面を備えた規制部材を有している波動歯車装置。
【請求項4】
請求項
3において、
前記外歯歯車の前記軸線の方向における許容される可動範囲を規定する前記第1方向の位置を第1位置とし、前記第2方向の位置を第2位置とし、前記第1、第2位置の中間の位置を中立位置とすると、
前記摩擦面は前記第1位置と前記中立位置の間に配置され、前記当接面は前記第2位置に配置されている波動歯車装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はパンケーキ型あるいはフラット型と呼ばれる波動歯車装置に関する。更に詳しくは、増速運転時の効率を低下させる機構が組み込まれている波動歯車装置に関する。
【背景技術】
【0002】
波動歯車装置は、減速運転時と増速運転時は内部損出トルクが同じであるので、そのトルク伝達効率は、増速時が若干低いが、減速時の効率に比例する。波動歯車装置は、運転条件によるトータル的な消費電力の低下を図るため、低い増速効率(低い逆入力時の効率)を求められる場合がある。
【0003】
本発明者は、特許文献1において、カップ型あるいはシルクハット型の波動歯車装置における入力側回転部材である波動発生器が負荷側トルクによって回転することの無いように保持するために必要な入力側保持トルクを大幅に低減可能な方法を提案している。この方法では、カップ形状あるいはシルクハット形状をした可撓性の外歯歯車を備えた波動歯車装置において、減速時および増速時において波動発生器に作用するスラスト力の方向の違いを利用して、入力側保持トルクを低減できるようにしている。波動歯車装置において、減速時に、波動発生器には減速回転出力側に向かう方向のスラスト力が作用し、増速時には、反対方向のスラスト力が作用する。この点に着目して、減速時に作用するスラスト力によって波動発生器の構成部品を移動させ、モータハウジングなどの固定部材に押し付け、これによって発生する摩擦力を利用して波動発生器が回転しないように拘束している。この結果、波動発生器あるいは、そこに連結されているモータ軸などの入力側回転軸が出力側トルク(負荷側トルク)によって回転しないように保持するために必要な入力側保持トルクを低減できる。減速時には摩擦力が発生しないので、摩擦力によって効率が低下することもない。
【0004】
波動歯車装置として、パンケーキ型あるいはフラット型と呼ばれる波動歯車装置が知られている。この形式の波動歯車装置は、2枚の内歯歯車と、これらの内側に同軸に配置した円筒形状をした可撓性の外歯歯車と、この内側に同軸に装着した波動発生器とを備えている。一方の内歯歯車は、外歯歯車と歯数が異なる固定側(静止側)歯車であり、他方の内歯歯車は、外歯歯車と歯数が同一で一体回転する出力側(駆動側)歯車である。減速運転においては、モータ等から波動発生器に高速回転が入力されると、波動発生器の回転が固定側の内歯歯車と外歯歯車の歯数差に応じて大幅に減速されて、外歯歯車が減速回転する。減速回転は、外歯歯車と一体回転する出力側の内歯歯車から負荷側に出力される。逆に、増速運転においては、出力側の内歯歯車からの入力回転が、外歯歯車と固定側の内歯歯車との間で大幅に増速されて、波動発生器から高速回転が出力される。
【0005】
パンケーキ型あるいはフラット型の波動歯車装置の外歯歯車は、カップ形状、シルクハット形状の外歯歯車とは異なり、出力軸等の部材に直接には連結されていない。減速運転、増速運転において発生するスラスト力によって、外歯歯車が軸線の方向(スラスト方向)に移動するウォーキングと呼ばれる現象が起きる。外歯歯車の軸線の方向の移動を、許容される可動範囲に制限するために、外歯歯車の移動を規制する規制部材が配置される。特許文献2に記載の撓みかみ合い式歯車装置(波動歯車装置)では、外歯歯車の両側に規制部材が配置され、外歯歯車の軸線の方向の移動を制限している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-231996号公報
【文献】特開2019-105314号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
パンケーキ型あるいはフラット型の波動歯車装置においても、運転条件によるトータル的な消費電力の低下を図るために、減速効率を低下させることなく増速効率(逆入力時の効率)のみを低下させることが望ましい。このようにすれば、出力側から大きな負荷トルクが印加されても、波動発生器あるいは、そこに連結されているモータ軸などの入力側回転軸が負荷トルク(出力側トルク)によって回転しないように保持するために必要な入力側保持トルクを小さくできる。
【0008】
本発明の目的は、運転条件によるトータル的な消費電力の低下を図るために、外歯歯車の軸線方向の移動を利用して、減速効率を低下させることなく増速効率(逆入力時の効率)のみを低下させることが可能なパンケーキ型あるいはフラット型の波動歯車装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の対象となる波動歯車装置は、パンケーキ型あるいはフラット型の波動歯車装置であり、歯数の異なる第1内歯歯車および第2内歯歯車と、これら第1、第2内歯歯車にかみ合い可能であり、第2内歯歯車と歯数が同一の可撓性の外歯歯車と、外歯歯車を非円形に撓めて第1、第2内歯歯車のそれぞれに対して部分的にかみ合わせている波動発生器とを備えている。
【0010】
本発明の波動歯車装置は、軸線に沿って第1内歯歯車の側から第2内歯歯車の側に向かう方向を第1方向とすると、第1方向に移動する外歯歯車が当接可能な摩擦面を備えた摩擦部材を有している。摩擦部材は、波動発生器の回転軸に対して、一体回転し、かつ、軸線の方向には相対移動しないように、当該回転軸部に取り付けられ、あるいは当該回転軸部に一体形成されている。
【発明の効果】
【0011】
増速運転時のスラスト力により、外歯歯車は第1方向に移動して、波動発生器の回転軸部に一体化あるいは取り付けた摩擦部材の摩擦面に押し付けられる。外歯歯車と摩擦部材との間に生じる摩擦損失によって、増速時のみトルク伝達効率を低下させることができる。よって、減速回転の出力側から大きな負荷トルクが印加されても、入力側の保持トルクを小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1A】本発明を適用した波動歯車装置の一例を示す概略縦断面図である。
【
図1B】楕円状に撓められた外歯歯車と固定側内歯歯車との間のかみ合い状態を示す説明図である。
【
図2A】波動歯車装置の減速運転時に外歯歯車が摩擦板から離れている状態を示す説明図である。
【
図2B】波動歯車装置の増速運転時に外歯歯車が摩擦板に接触した状態を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1A、
図1Bに示すように、波動歯車装置1の基本構成は、一般的なパンケーキ型あるいはフラット型の波動歯車装置と同一である。波動歯車装置1は、軸線1aの方向に同軸に並べた第1内歯歯車2および第2内歯歯車3を備えている。軸線1aに沿って、第1内歯歯車2から第2内歯歯車3に向かう方向を第1方向a1、第2内歯歯車3から第1内歯歯車2に向かう方向を第2方向a2とする。第1、第2内歯歯車2、3の内側には、円筒形状をした可撓性の外歯歯車4が同軸に配置されている。外歯歯車4は半径方向に撓み可能であり、その外歯4aは、第1内歯歯車2の第1内歯2aおよび第2内歯歯車3の第2内歯3aの双方にかみ合い可能である。外歯歯車4の内側には、波動発生器5が同軸に装着されている。波動発生器5は、外歯歯車4を半径方向に撓めて、第1、第2内歯歯車2、3のそれぞれに対して部分的にかみ合わせている。本例では、波動発生器5は楕円状の輪郭をしており、外歯歯車4を楕円形状に撓めて、楕円形状の長軸Lmaxの両端部分に位置している外歯歯車4の外歯4aを、第1内歯歯車2の第1内歯2aおよび第2内歯歯車3の第2内歯3aにそれぞれかみ合わせている。
【0014】
第1内歯歯車2は固定側(あるいは静止側)の内歯歯車であり、装置ハウジングなどの不図示の固定側部材に固定される。第1内歯歯車2の歯数は外歯歯車4の歯数とは相違する。本例では、第1内歯歯車2の歯数は、外歯歯車4の歯数よりも2n枚多い(nは正の整数)。通常は2枚多い。これに対して、第2内歯歯車3は減速回転の出力側(駆動側)の内歯歯車であり、その歯数は外歯歯車4の歯数と同一である。
【0015】
固定側の第1内歯歯車2と出力側の第2内歯歯車3は、主軸受6(クロスローラベアリング)によって相対回転自在に支持されている。主軸受6は外輪分割型の軸受であり、外輪分割片6a、6bと、内輪6cと、これらの間に装着された複数個のローラ6dとを備えている。第1内歯歯車2の側に位置する外輪分割片6aは、第1内歯歯車2に一体形成されており、内輪6cは第2内歯歯車3に一体形成されている。さらに、第1内歯歯車2には、円環形状をしたエンドプレート7も一体形成されている。第2内歯歯車3には、内輪6cと共に、円環形状をした減速回転の出力軸8が一体形成されている。
【0016】
波動発生器5は、モータ等から回転が入力される中空の回転軸部5aと、この回転軸部5aの外周面に一体形成した楕円形輪郭の波動発生器プラグ5bと、波動発生器プラグ5bの楕円状外周面5cに装着した波動発生器軸受5dとを備えている。回転軸部5aにおける第2方向a2の側の軸端部は、軸受9を介して、エンドプレート7によって回転自在に支持されている。回転軸部5aの反対側の軸端部は、軸受10を介して、出力軸8によって回転自在に支持されている。
【0017】
ここで、外歯歯車4における第2方向a2の側の端面を入力側端面4bと呼び、第1方向a1の側の端面を出力側端面4cと呼ぶものとする。外歯歯車4の入力側端面4bは、エンドプレート7の円環状の内側端面7aに対して所定の間隔で対峙している。内側端面7aは軸線1aに直交する面である。これに対して、外歯歯車4の出力側端面4cは、波動発生器5の回転軸部5aに一体形成した摩擦板11(摩擦部材)の摩擦面11aに対して所定の間隔で対峙している。
【0018】
外歯歯車4の軸線1aの方向における許容される可動範囲を可動範囲Sとする。可動範囲Sを超えて外歯歯車4が移動すると、第1、第2内歯歯車2、3との適切なかみ合い状態を維持できない。可動範囲Sは第1方向a1の第1位置S1から第2方向a2の第2位置S2までの範囲である。外歯歯車4は、初期位置において、その歯筋方向の中心が、第1、第2位置S1、S2の中間の位置である中立位置S0にある。中立位置S0は、通常は波動発生器軸受5dの支持中心(ボール中心)である。摩擦板11の摩擦面11aは、第1位置S1よりも中立位置S0の側の位置S3に配置されている。これに対して、エンドプレート7の内側端面7aは、第2位置S2に配置されている。
【0019】
摩擦板11は、回転軸部5aの外周面から半径方向の外方に広がる円盤状の板であり、その一方の端面に形成されている摩擦面11aは、外歯歯車4の出力側端面4cを包含する大きさの面である。具体的には、摩擦面11aの外径は、楕円状に撓められる外歯歯車4の出力側端面4cの長軸Lmaxの外径以上であり、その内径は、出力側端面4cの短軸Lminの内径以下である。摩擦板11の材質は、外歯歯車4の材質(鋼、ステンレススチール、アルミニウム合金、樹脂等)にもよるが、摩耗、放熱、強度等を考慮して選択される。また、摩擦面11aには、種々の表面改質が施されていてもよい。
【0020】
本例では、波動発生器5の回転軸部5aに摩擦板11を一体形成して、摩擦板11が回転軸部5aに対して軸線1aの方向に相対移動せず、かつ、回転軸部5aと一体回転するようになっている。摩擦板11を波動発生器5の回転軸部5aとは別部品とし、摩擦板11を回転軸部5aあるいは波動発生器プラグ5bに対して、軸線1aの方向に相対移動せず、かつ、一体回転するように、取り付けてもよい。
【0021】
図2A、2Bは波動歯車装置1の減速時及び増速時における外歯歯車4の軸線1aの方向の動きを示す説明図である。
【0022】
波動発生器5にモータ等から回転が入力される減速運転においては、固定側の第1内歯歯車2と外歯歯車4の歯数差に応じて大幅に減速された回転が外歯歯車4に発生する。
図2Aに示すように、減速運転においては、外歯歯車4には、矢印で示すように、軸線1aに沿って第2方向a2(減速回転の入力側)に向かうスラスト力F2が作用し、外歯歯車4は第2方向a2に移動する。外歯歯車4の移動は、その入力側端面4bがエンドプレート7の内側端面7aに当接することで制限される。内側端面7aは、摩擦板11の摩擦面11aとは異なり、摩擦抵抗が小さい平滑面等であり、外歯歯車4と内側端面7aとの接触に起因する摩擦損失は実質的に無視できる。外歯歯車4の他方の出力側端面4cは、摩擦板11の摩擦面11aから離れる方向に移動し、摩擦面11aとの間の隙間が広がる。外歯歯車4が摩擦板11と摩擦接触して、摩擦損失が発生することはない。
【0023】
逆に、増速運転においては、出力軸8の側から回転が入力され、増速された回転が波動発生器5から出力される。増速運転においては、
図2Bにおいて矢印で示すように、外歯歯車4には、軸線1aに沿って第1方向a1(減速回転の出力側)に向かうスラスト力F1が作用し、外歯歯車4は第1方向a1に移動する。外歯歯車4の出力側端面4cは、可動範囲Sの端の第2位置S2に至る前に、摩擦板11の摩擦面11aに当接する。外歯歯車4の移動が制限され、外歯歯車4が摩擦面11aに押し付けられた状態になる。外歯歯車4と摩擦板11との間の摺動摩擦によって生じる摩擦損失により、増速時のトルク伝達効率の低下を図ることができる。なお、外歯歯車4の他方の入力側端面4bは、エンドプレート7の側の内側端面7aからは離れている。
【0024】
増速運転時のスラスト力F1により、外歯歯車4の出力側端面4cが、波動発生器5の回転軸部5aと一体化した摩擦板11に接触することによる摩擦損失によって、増速時のみトルク伝達効率が低下する。これにより、出力側から大きな負荷トルクが印加されても、入力側の保持トルクを小さくすることが出来る。すなわち、波動発生器5あるいは、そこに連結されているモータ軸などの入力側回転軸が出力側トルク(負荷側トルク)によって回転しないように保持するために必要な入力側保持トルクを低減できる。