(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-12
(45)【発行日】2024-07-23
(54)【発明の名称】摺動機構
(51)【国際特許分類】
F16J 10/04 20060101AFI20240716BHJP
F16J 10/00 20060101ALI20240716BHJP
F04B 39/00 20060101ALI20240716BHJP
【FI】
F16J10/04
F16J10/00 A
F04B39/00 104D
F04B39/00 107A
(21)【出願番号】P 2023552186
(86)(22)【出願日】2023-03-10
(86)【国際出願番号】 JP2023009224
(87)【国際公開番号】W WO2023181980
(87)【国際公開日】2023-09-28
【審査請求日】2023-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2022048527
(32)【優先日】2022-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石田 賢史
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 隼一
【審査官】大山 広人
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-031756(JP,A)
【文献】特開2006-283643(JP,A)
【文献】特開2005-248729(JP,A)
【文献】特開2017-161011(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/28
F16J 10/00
F16J 10/04
F04B 39/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機用の摺動機構であって、
軸方向に沿って延びる円筒状の内周面が設けられた金属製のシリンダ本体と、前記内周面に設けられた被膜と、を有するシリンダと、
前記シリンダ内を揺動しながら前記軸方向に沿って往復動するピストンに取り付けられ、前記ピストンの往復動の際に前記被膜に対して摺動するリップリングと、
を具備し、
前記リップリングは、PTFEを主成分とし、
前記被膜は、PTFE及びバインダ樹脂を主成分とし、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が0.8以上2.0以下である
摺動機構。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動機構であって、
前記被膜の厚みが2μm以上30μm以下である
摺動機構。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の摺動機構であって、
前記内周面の表面粗さRaが0.40μm以下である
摺動機構。
【請求項4】
請求項1
又は2に記載の摺動機構であって、
前記被膜を構成するバインダ樹脂は、熱処理後の硬度がPTFEよりも高い熱硬化性樹脂、又は硬度がPTFEよりも高い熱可塑性樹脂である
摺動機構。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機用の摺動機構に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的なロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機には、金属製のシリンダの内周面に対し、ピストンに取り付けられたリップリングが摺動する摺動機構が設けられる。PTFE製のリップリングでは、摺動に伴ってシリンダの内周面にPTFEの移着膜が形成されることで、摩耗量の低減効果が得られることが知られている。
【0003】
特許文献1には、PTFE粉末を含有する摺動層をシリンダの内周面に予め形成する技術が開示されている。この技術では、摺動層とリップリングとの摺動がPTFE同士の摺動となるため、シリンダの内周面にPTFEの移着膜を形成することなく、使用初期からリップリングの摩耗量の低減効果が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、一般的な手法によってシリンダの内周面に予め形成可能な摺動層では、PTFEの移着膜ほど高いリップリングの摩耗量の低減効果が得られないことが確認された。また、シリンダの内周面に予め摺動層を形成する手法として、短時間でPTFEの移着膜と同様の構成を再現可能な技術は知られていない。
【0006】
そこで、本発明は、PTFEを主成分とするリップリングの摩耗量を低減させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の一実施形態に係るロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機用の摺動機構は、シリンダと、リップリングと、を具備する。
上記シリンダは、軸方向に沿って延びる円筒状の内周面が設けられた金属製のシリンダ本体と、上記内周面に設けられた被膜と、を有する。
上記リップリングは、上記シリンダ内を揺動しながら上記軸方向に沿って往復動するピストンに取り付けられ、上記ピストンの往復動の際に上記被膜に対して摺動する。
上記リップリングは、PTFEを主成分とする。
上記被膜は、PTFE及びバインダ樹脂を主成分とし、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が0.4以上2.0以下である。
【0008】
この摺動機構では、被膜の存在によって使用初期におけるリップリングの摩耗量を抑えることができる。また、この摺動機構では、被膜におけるPTFEの量を所定の範囲内とすることで、使用に伴ってシリンダ本体の内周面上において被膜の摩耗とリップリングを構成するPTFEの移着とが同時進行することで、速やかに移着膜が形成される。つまり、この摺動機構では、被膜がシリンダ本体の内周面における移着膜の形成を促進する機能を果たす。したがって、この摺動機構では、移着膜による高い摩耗量の低減効果を早期に得ることができる。
【0009】
上記被膜の厚みが2μm以上30μm以下であってもよい。
上記内周面の表面粗さRaが0.40μm以下であってもよい。
上記被膜を構成するバインダ樹脂は、熱処理後の硬度がPTFEよりも高い熱硬化性樹脂、又は硬度がPTFEよりも高い熱可塑性樹脂であってもよい。
【発明の効果】
【0010】
以上のように、本発明によれば、PTFEを主成分とするリップリングの摩耗量を低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態に係る摺動機構の模式図である。
【
図3】試験2における摩耗量の測定結果を示すグラフである。
【
図4】試験3における摩耗量の測定結果を示すグラフである。
【
図5】試験4における摩耗量の測定結果を示すグラフである。
【
図6】試験5における摩耗量の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<摺動機構100の全体構成>
図1は、本発明の一実施形態に係る摺動機構100の模式図である。摺動機構100は、ロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機用に構成されている。摺動機構100は、シリンダ110と、リップリング120と、を有する。シリンダ110は、シリンダ本体111と被膜112とを含む。
【0013】
シリンダ本体111は、金属製の部材であり、典型的には、アルミニウム合金や鉄合金などによって形成される。シリンダ本体111には、軸方向(紙面上下方向)に貫通する貫通孔Hが設けられている。これにより、シリンダ本体111には、軸方向に延びる円筒状の内周面Sに囲まれた内部空間が形成されている。
【0014】
被膜112は、シリンダ本体111の内周面Sの全体にわたって設けられている。被膜112は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)及びバインダ樹脂を主成分として構成されている。被膜112は、リップリング120の摩耗量の低減を目的として設けられている。被膜112の詳細な構成については後述する。
【0015】
リップリング120は、後述するピストン210の外周面から径方向に突出するように取り付けられている。リップリング120では、径方向に加わる外力によって内側に弾性変形可能なように、外縁部が軸方向に向けて湾曲している。リップリング120は、ピストン210とともに往復動する際に、被膜112に対して摺動する。
【0016】
図1には、ピストン210を含む駆動機構200が示されている。駆動機構200は、ピストン210をシリンダ110の貫通孔H内を揺動しながら軸方向に沿って往復動させるように構成されている。駆動機構200は、ピストン210以外に、駆動軸220と、偏心カム230と、コンロッド240と、を含む。
【0017】
ピストン210は、金属製の円盤状の部材であり、その外径がシリンダ110の内径よりも小さく形成されている。ピストン210は、軸方向に連結された上側部材211と下側部材212とから構成される。ピストン210では、上側部材211と下側部材212との間にリップリング120を挟み込んでいる。
【0018】
駆動軸220は、紙面奥行方向に延びる軸部材であり、円盤状の偏心カム230における中心軸Cからずれた位置を挿通している。コンロッド240は、ピストン210の下側部材212と一体化された上端部と、偏心カム230を中心軸Cを中心として回転可能に支持する下端部との間で、ピストン210と偏心カム230とを接続している。
【0019】
このような構成により、駆動機構200は、駆動軸220とともに偏心カム230を回転させることで、ピストン210を摺動機構100のシリンダ110内において往復動させることができる。
図2A~
図2Dは、駆動機構200の駆動時におけるピストン210の動作を示す図である。
【0020】
図2Aは、ピストン210が上死点にある状態を示している。
図2Bは、
図2Aに示す状態から偏心カム230が90°回転し、ピストン210が揺動しながら軸方向下方に移動する吸気行程中の状態を示している。
図2Cは、
図2Bに示す状態から偏心カム230が更に90°回転し、ピストン210が下死点に到達した状態を示している。
【0021】
図2Dは、
図2Cに示す状態から偏心カム230が更に90°回転し、ピストン210が揺動しながら軸方向上方に移動する圧縮行程中の状態を示している。そして、
図2Dに示す状態から偏心カム230が更に90°回転すると、
図2Aに示すピストン210が上死点にある状態に戻る。
【0022】
摺動機構100では、上記のようなピストン210の動作の全過程において、リップリング120の外縁部がシリンダ110の被膜112に対する接触が保たれるように柔軟に変形する。これにより、摺動機構100では、リップリング120によってシリンダ110とピストン210との間が気密に封止される。
【0023】
<被膜112の詳細構成>
摺動機構100では、使用初期において、リップリング120が摺動する面がPTFEを含む被膜112で構成されており、被膜112による潤滑作用によってリップリング120の摺動性が向上する。つまり、摺動機構100の使用初期では、被膜112の存在によってリップリング120の摩耗量を抑制することができる。
【0024】
また、摺動機構100では、使用に伴ってシリンダ本体111の内周面S上において被膜112の摩耗とリップリング120を構成するPTFEの移着とが同時進行する。これにより、摺動機構100では、シリンダ本体111の内周面S上に存在していた被膜112の一部又は全部が速やかに移着膜に置き換わる。
【0025】
このため、摺動機構100では、シリンダ本体111の内周面Sに被膜112を設けない構成よりも早期に移着膜を形成することができる。つまり、摺動機構100では、被膜112によって移着膜の形成を促進する作用が得られる。したがって、摺動機構100では、移着膜による高い摩耗量の低減効果を迅速に得ることができる。
【0026】
被膜112では、使用初期における潤滑作用、及び移着膜形成の促進作用の両方を得るために、PTFEの量がある程度多いことが必要である。具体的に、被膜112におけるPTFEのバインダ樹脂に対する質量比は、0.4以上であることが必要であり、0.8以上であることが好ましい。
【0027】
また、被膜112では、所定期間その形態を維持可能とするシリンダ本体111の内周面Sに対する充分な密着性を得るために、PTFEに対してバインダの量が少なすぎないことが必要である。具体的に、被膜112におけるPTFEのバインダ樹脂に対する質量比は、2.0以下であることが必要である。
【0028】
更に、被膜112では、使用初期における潤滑作用、及び移着膜形成の促進作用の両方を得るために、シリンダ本体111の内周面S上における厚みがある程度大きいことが好ましい。具体的に、被膜112の厚みは、2μm以上であることが好ましく、5μm以上であることが更に好ましい。
【0029】
また、被膜112では、シリンダ本体111の内周面Sに対する充分な密着性を得るために、シリンダ本体111の内周面S上における厚みが大きすぎることは好ましくない。具体的に、被膜112の厚みは、30μm以下であることが好ましく、20μm以下であることが更に好ましい。
【0030】
被膜112を構成するバインダ樹脂は、公知の樹脂から任意に選択可能である。具体的に、被膜112を構成するバインダ樹脂としては、例えば、ポリウレタン樹脂、シリコン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂などといった熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂を用いることができる。
【0031】
被膜112を構成するバインダ樹脂としては、PTFEの量を多くした場合にも被膜112として充分な強度が得られるように、熱処理後の硬度がPTFEよりも高い熱硬化性樹脂、又は硬度がPTFEよりも高い熱可塑性樹脂を用いることが好ましい。なお、本実施形態に係る硬度とは、室温(23±2℃)で測定したデュロメータ硬度(タイプD)を指すものとする。バインダ樹脂として用いる、熱硬化性樹脂の熱処理後の硬度、及び熱可塑性樹脂の硬度は50以上であることが好ましい。
【0032】
シリンダ本体111では、移着膜の形成の際にリップリング120が摩耗しすぎないようにするために、内周面Sがある程度平滑であることが好ましい。具体的に、シリンダ本体111では、内周面Sの表面粗さRaが、0.40μm以下であることが好ましく、0.20μm以下であることが更に好ましい。
【0033】
また、シリンダ本体111では、リップリング120を構成するPTFEの内周面Sへの移着後に充分に密着するように、内周面Sが平滑すぎることは好ましくない。具体的に、シリンダ本体111では、内周面Sの表面粗さRaが、0.01μm以上であることが好ましく、0.10μm以上であることが更に好ましい。
【0034】
更に、シリンダ本体111の内周面Sには、被膜112を形成する前に表面処理を施すこともできる。シリンダ本体111の内周面Sに施す表面処理としては、リップリング120の摩耗量を抑制しつつ、移着膜の形成をより良好に進行させるために適切なものを選択することが可能である。
【0035】
シリンダ本体111がアルミニウム合金で形成される場合の表面処理としては、例えば、アルマイト処理、PTFEやMoS2を含侵させた潤滑性アルマイト処理、ニッケルメッキ処理などが挙げられる。シリンダ本体111が鉄合金で形成される場合の表面処理としては、例えば、パーカーライジング処理、イソナイト処理などが挙げられる。
【0036】
被膜112は、PTFE及びバインダ樹脂に種々の充填剤が分散した構成であってもよい。また、リップリング120は、PTFEに種々の充填剤が分散した構成であってもよい。被膜112及びリップリング120に用いる充填剤は、被膜112及びリップリング120に付与したい性能に応じて選択可能である。
【0037】
被膜112及びリップリング120に潤滑性を付与するために有効な充填剤としては、例えば、グラファイト、二硫化モリブデン(MoS2)、窒化ホウ素(BN)などが挙げられる。また、被膜112及びリップリング120に機械的強度を付与するために有効な充填剤としては、例えば、炭素繊維、ガラス繊維などが挙げられる。
【0038】
更に、被膜112及びリップリング120に耐摩耗性を付与するために有効な充填剤としては、例えば、カーボン、コークス、セラミック粒子などが挙げられる。充填剤として利用可能なセラミック粒子としては、例えば、酸化亜鉛(ZnO)、炭化ケイ素(SiC)、アルミナ(Al2O3)などが挙げられる。
【0039】
加えて、被膜112及びリップリング120に熱伝導性を付与するために有効な充填剤としては、銅(Cu)などが挙げられる。更に、被膜112及びリップリング120に耐クリープ性を付与するために有効な充填剤としては、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂等の耐熱性樹脂などが挙げられる。
【0040】
被膜112及びリップリング120では、共通の充填剤を用いることで相互に馴染みやすくなり、これにより摺動性が向上する。なお、被膜112とリップリング120とで、異なる充填剤を用いてもよい。また、被膜112及びリップリング120では、複数種類の充填剤を併用してもよい。
【0041】
<実施例及び比較例>
[試験1]
試験1では、被膜112における適切なPTFEのバインダ樹脂に対する質量比を評価するため、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が様々に異なる被膜112を設けたシリンダ110のサンプルを用意した。いずれのサンプルでも、S45Cの表面にイソナイト処理を施した材料で形成され、内周面Sの表面粗さが0.20μmの共通の構成のシリンダ本体111を用いた。
【0042】
また、いずれのサンプルでも、シリンダ本体111の内周面Sに設ける被膜112におけるPTFEのバインダ樹脂に対する質量比以外の構成を共通とした。具体的に、各サンプルではいずれも、被膜112を構成するバインダ樹脂としてポリウレタン樹脂を用い、被膜112の厚みを20μmとした。
【0043】
各サンプルについて、ロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機を試験機として摺動試験を行った。摺動試験では、PTFEを主成分とし、充填剤としてカーボン及びZnOを含有する共通の構成のリップリング120を用いた。摺動試験は、吐出圧力を0.2MPaとして連続駆動することで実施した。
【0044】
各サンプルについて、摺動試験の開始から所定の時間経過した複数のタイミングで内周面S上における移着膜の形成の有無を判定した。移着膜の形成の有無は、エネルギ分散型X線分析装置(EDX)を用い、内周面S上においてリップリング120を構成する充填剤の成分(例えばZn成分)が検出されるか否かによって判定した。
【0045】
表1は、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比がそれぞれ0.2、0.4、0.8、1.2、1.6、2.0、2.4のサンプル、及び被膜112が形成されていないサンプルについての評価結果が示されている。各タイミングで、移着膜の形成が見られたサンプルを「A」と示し、移着膜の形成が見られなかったサンプルを「B」と示している。
【0046】
【0047】
表1に示すように、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が0.2、2.4のサンプルでは、被膜112無しのサンプルと同様に、100時間経過後にも移着膜の形成が見られなかった。これに対し、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が0.4以上2.0以下のサンプルではいずれも、100時間経過後に移着膜の形成が見られた。
【0048】
また、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が0.8以上2.0以下のサンプルでは、80時間経過した段階において移着膜が形成されていることが確認された。更に、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が1.2以上1.6以下のサンプルでは、60時間経過した段階において移着膜が形成されていることが確認された。
【0049】
[試験2]
試験2では、実施例1~3及び比較例1,2に係るシリンダ110及びリップリング120のサンプルを用意した。実施例1~3に係るシリンダ110サンプルでは、試験1の評価結果から早期の移着膜の形成が期待できる構成として、被膜112におけるPTFEのバインダ樹脂に対する質量比を1.2に統一した。
【0050】
比較例1に係るシリンダ110のサンプルは、被膜112が形成されていないシリンダ本体111をそのまま用いた点で上記実施形態の構成とは異なる。比較例2に係るシリンダ110のサンプルは、被膜112におけるPTFEのバインダ樹脂に対する質量比を上記実施形態の範囲外となる0.3とした。
【0051】
表2には、実施例1~3及び比較例1,2について被膜112及びリップリング120の構成が示されている。なお、比較例に係るシリンダ110のサンプルでは、被膜112のバインダ樹脂を構成するポリアミドイミド樹脂に二酸化チタン(TiO2)及び二フッ化カルシウム(CaF2)が添加されている。
【0052】
【0053】
実施例1~3及び比較例1,2に係るシリンダ110及びリップリング120の各サンプルを用いて、試験1と同様に、ロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機を試験機として摺動試験を行った。実施例1~3及び比較例1,2に係る各サンプルの摺動試験の条件は試験1と同様とした。
【0054】
実施例1~3及び比較例1,2について、摺動試験の開始から所定の時間経過した複数のタイミングでリップリング120のサンプルの摩耗量の測定を行った。摩耗量の測定では、リップリング120の各サンプルについて、各タイミングにおいて重量を測定し、摺動試験前に対する重量の減少量を摩耗量とした。
【0055】
図3は、実施例1~3及び比較例1,2に係るリップリング120の各サンプルについての摩耗量の測定結果を示すグラフである。実施例1~3に係るサンプルではいずれも、比較例1,2に係るサンプルよりも、各タイミングにおける摩耗量が少なく、また摩耗の進行が遅くなっていることが確認された。
【0056】
[試験3]
試験3では、被膜112におけるPTFEのバインダ樹脂に対する質量比を様々に変化させたシリンダ110のサンプルを作製した。シリンダ110の各サンプルでは、被膜112におけるPTFEのバインダ樹脂に対する質量比以外の構成を、試験2においてリップリング120の摩耗量が最も少なかった実施例2と同様とした。
【0057】
シリンダ110の各サンプルを用いて、試験1と同様に、ロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機を試験機として摺動試験を行った。摺動試験では、実施例2と同様の共通の構成のリップリング120を用いた。シリンダ110の各サンプルの摺動試験の条件は試験1と同様とした。
【0058】
シリンダ110の各サンプルについて、試験2と同様に、摺動試験の開始から所定の時間経過した複数のタイミングでリップリング120のサンプルの摩耗量の測定を行った。
図4は、シリンダ110の各サンプルについてのリップリング120の摩耗量の測定結果を示すグラフである。
【0059】
PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が0.4以上2.0以下のシリンダ110のサンプルではいずれも、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が0.2、2.4のシリンダ110のサンプルよりも、各タイミングにおけるリップリング120の摩耗量が少なく、またリップリング120の摩耗の進行が遅くなっていることが確認された。
【0060】
また、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が0.8以上2.0以下のシリンダ110のサンプルでは、リップリング120の摩耗がより抑制されることが確認された。更に、PTFEのバインダ樹脂に対する質量比が1.2以上1.6以下のシリンダ110のサンプルでは、リップリング120の摩耗が更に抑制されることが確認された。
【0061】
[試験4]
試験4では、シリンダ本体111の内周面Sに形成する被膜112の厚みを様々に変化させたシリンダ110のサンプルを作製した。シリンダ110の各サンプルでは、被膜112の厚み以外の構成を、試験2においてリップリング120の摩耗量が最も少なかった実施例2と同様とした。
【0062】
シリンダ110の各サンプルを用いて、試験1と同様に、ロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機を試験機として摺動試験を行った。摺動試験では、実施例2と同様の共通の構成のリップリング120を用いた。シリンダ110の各サンプルの摺動試験の条件は試験1と同様とした。
【0063】
シリンダ110の各サンプルについて、試験2と同様に、摺動試験の開始から所定の時間経過した複数のタイミングでリップリング120のサンプルの摩耗量の測定を行った。
図5は、シリンダ110の各サンプルについてのリップリング120の摩耗量の測定結果を示すグラフである。
【0064】
被膜112の厚みが2μm以上30μm以下のシリンダ110のサンプルではいずれも、被膜112の厚みが1μm、40μmのシリンダ110のサンプルよりも、各タイミングにおけるリップリング120の摩耗量が少なく、またリップリング120の摩耗の進行が遅くなっていることが確認された。
【0065】
また、被膜112の厚みが5μm以上30μm以下のシリンダ110のサンプルでは、リップリング120の摩耗がより抑制されることが確認された。更に、被膜112の厚みが5μm以上20μm以下のシリンダ110のサンプルでは、リップリング120の摩耗が更に抑制されることが確認された。
【0066】
[試験5]
試験5では、シリンダ本体111の内周面Sの表面粗さRaを様々に変化させたシリンダ110のサンプルを作製した。シリンダ110の各サンプルでは、シリンダ本体111の内周面Sの表面粗さRa以外の構成を、試験2においてリップリング120の摩耗量が最も少なかった実施例2と同様とした。
【0067】
シリンダ110の各サンプルを用いて、試験1と同様に、ロッキングピストン形式の無給油式往復動型圧縮機を試験機として摺動試験を行った。摺動試験では、実施例2と同様の共通の構成のリップリング120を用いた。シリンダ110の各サンプルの摺動試験の条件は試験1と同様とした。
【0068】
シリンダ110の各サンプルについて、試験2と同様に、摺動試験の開始から所定の時間経過した複数のタイミングでリップリング120のサンプルの摩耗量の測定を行った。
図6は、シリンダ110の各サンプルについてのリップリング120の摩耗量の測定結果を示すグラフである。
【0069】
内周面Sの表面粗さRaが0.01μm以上0.40μm以下のシリンダ110のサンプルではいずれも、内周面Sの表面粗さRaが0.50μmのシリンダ110のサンプルよりも、各タイミングにおけるリップリング120の摩耗量が少なく、またリップリング120の摩耗の進行が遅くなっていることが確認された。
【0070】
また、内周面Sの表面粗さRaが0.01μm以上0.30μm以下のシリンダ110のサンプルでは、リップリング120の摩耗がより抑制されることが確認された。更に、内周面Sの表面粗さRaが0.10μm以上0.20μm以下のシリンダ110のサンプルでは、リップリング120の摩耗が更に抑制されることが確認された。
【符号の説明】
【0071】
100…摺動機構
110…シリンダ
111…シリンダ本体
112…被膜
120…リップリング
200…駆動機構
210…ピストン
211…上側部材
212…下側部材
220…駆動軸
230…偏心カム
240…コンロッド