(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】粒子線治療装置および粒子線治療装置の作動方法
(51)【国際特許分類】
A61N 5/10 20060101AFI20240717BHJP
【FI】
A61N5/10 H
(21)【出願番号】P 2020107332
(22)【出願日】2020-05-26
【審査請求日】2023-04-12
(73)【特許権者】
【識別番号】519300909
【氏名又は名称】中川 恵一
(72)【発明者】
【氏名】中川 恵一
【審査官】滝沢 和雄
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0027853(US,A1)
【文献】特開2008-264062(JP,A)
【文献】特表2015-520362(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0299634(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0287170(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0041665(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0071408(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第110787376(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 5/01-5/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項7】
前記腫瘍を含む照射対象の大きさ、位置に応じて、陽子線の入射エネルギーを200MeVないし500MeVの範囲で決定することを特徴とする請求項1,2、及び4ないし6いずれかに記載の粒子線治療装置。
【請求項10】
前記
腫瘍を含む照射対象として、全身を選んだことを特徴とする請求項1ないし8いずれかに記載の粒子線治療装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子線治療システムに関するもので、特に陽子線または炭素線を始めとする粒子線治療装置を用いて、超高速照射による腫瘍などの治療に供する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より患者体内の腫瘍を治療する放射線治療装置として陽子線、炭素線などを用いた粒子線治療装置が知られている。詳細は、例えば特許文献1に記載されている。患者を椅子または寝台に配置して、水平に粒子線ビームを照射する。前記椅子または寝台を回転させることにより、体内の腫瘍部位に高線量を付与すると共に、周囲の正常組織の線量を低減することが可能である。
図1は患者6の食道癌を陽子線で治療する場合の外観図であり、1は図示しない加速器から照射される陽子線ビーム、2は腫瘍の大きさにあったビームをつくるためのコリメータ、3はビーム1のエネルギーを低下させて腫瘍が存在する体内深さでビームを停止させるためのエネルギー減衰器、4はエネルギー減衰器のエネルギー減衰量を制御するためのマニピュレータ、5はコリメータ2とエネルギー減衰器3とマニピュレータ4を設置するスタンドである。
【0003】
食道がん患者6の食道には入射陽子線ビームのエネルギーを検出する図示しない線量計が挿入されている。7は検出器に接続されたチューブ、8は検出器の出力を表示するモニター、9は患者が座る治療用椅子である。10は治療用椅子を3次元的に並進移動させたり、水平面内で回転運動させるための駆動機構である。ビーム軸上に配置した腫瘍を前記椅子の回転中心軸上に配置して椅子を回転することにより、腫瘍に対して水平面内の全方向からビームを照射できる。11は治療用椅子9と駆動機構10のスタンドである。
【0004】
図2は腫瘍25を回転中心と一致させて配置し、患者を回転させながら陽子線ビーム1を照射した場合に体内に生成される線量分布を示している。27aが腫瘍内部に生成される高線量分布であり、27bが正常組織に生成される低線量分布を示している。29は患者の体表を示している。
【0005】
非特許文献1には、腫瘍の体積が大きい場合に照射野を拡大する方式が例示されている。
図3は陽子線照射装置の構成図であり、31はビームの出射口、32は薄い金属箔で構成される第1の散乱体であり、ビームの照射サイズを広げることができる。33はモニター線量計、34は2重リング構造を有する第2の散乱体、35は深さ方向の線量分布を標的のサイズに合わせる飛程変調器、36は標的形状に合わせて照射するためのコリメータ、37が標的位置である。
【0006】
図4の実線は
図3の装置で生成された照射方向に垂直な面内における線量分布の測定値を示しており、第1の散乱体32と第2の散乱体34により、ほぼ均一な線量を付与できることを示している。本明細書では、前記照射方向に垂直な面内における線量分布を横方向の線量分布と呼ぶことにする。
図4においてX,Yは前記照射方向に垂直面における座標軸を示している。また、G4と付記されている点線はGEANT4という名称のモンテカルロ計算コードで計算した結果である。
【0007】
図5は
図3の装置で生成された照射ビームの深さ方向に対する線量分布を示しており、飛程変調器35により、腫瘍の大きさに合わせて、ほぼ一様な高線量を付与できることを示している。
図5のグラフ中の点は測定値を示し、G4と付記されている線はGEANT4という名称のモンテカルロ計算コードで計算した結果である。
図5は、入射陽子線エネルギーを変更することにより、一様な高線量分布を与える深さが変更できることを示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Tommasino F et al.A new facility for proton radiobiology at the Trento proton therapy centre:Design and implementation.Phys Med.2019;58:99-106.
【文献】Montay-Gruel P et al.Irradiation in a flash:Unique sparing of memory in mice after whole brain irradiation with dose rates above 100Gy/s.Radiother Oncol.2017;124:365-369.
【文献】Diffenderfer ES et al.Design,implementation,and in vivo validation of a novel proton FLASH radiation therapy system.Int J Radiat Oncol Biol Phys.2020;106:440-448.
【文献】Hindo WA et al.Large dose increment irradiation in treatment of cerebral metastases.Cancer.1970;26:138-41.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の粒子線治療装置では、腫瘍に隣接する正常組織を保護するため、1回あたりの腫瘍への投与線量を例えば2グレイ程度とし、総線量を例えば60グレイ程度に設定することが一般的であった。腫瘍の局所制御率を高めるためには、さらに総線量を上げることが望ましいが、隣接する正常組織に付与される線量も同時に増大するため、副作用が発生するリスクが増加するという課題があった。
【0011】
最近、放射線の照射時間を200ミリ秒以下、より好ましくは100ミリ秒以下に設定し、前記副作用を抑制する放射線治療が提案された。例えば、非特許文献2では、マウスの脳に1回で10グレイの大線量X線照射する場合、線量率を毎秒100グレイ以上に上げて、照射時間を100ミリ秒以下にすれば、認知機能障害がほとんど発生しなかったと報告されている。例えば、CTやMRIで検出しにくい初期の微小な転移性脳腫瘍が多数存在することが予想された場合に、脳全体に放射線を照射する全脳照射という治療方法が存在するが、前記の非特許文献2は、照射時間を100ミリ秒以下とすることにより、脳全体に1回で大線量照射しても、正常脳組織を保護できることを示している。臨床適用されているX線治療装置の線量率は毎分5グレイないし20グレイ程度であり、10グレイ程度の線量を付与するためには30秒ないし数分以上の照射が必要である。治療に用いる放射線としては、X線以外に陽子線があるが、現在、臨床稼動している陽子線装置の線量率は高々毎分5グレイ程度のため、典型的な照射時間は数分程度以上であり、照射時間を100ミリ秒ないし200ミリ秒以下とすることは不可能である。最近は、サイクロトロンを用いた陽子線治療装置の線量率を上げて、毎秒100グレイ程度を標的の腫瘍に付与できる装置も開発されている(非特許文献3)が、脳全体を100ミリ秒以下で照射することは難しかった。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、前記課題を解決するために、陽子線または炭素線などの粒子線を単一方向からおよそ200ミリ秒以下、より好ましくは100ミリ秒以下で照射する粒子線治療装置および前記粒子線治療装置の作動方法に関する。具体的には、前述した第1および第2の散乱体を用いて、例えば脳全体をカバーできる照射野の広さを得て、粒子線の体内線量分布における平坦部分に例えば脳全体を配置することで、例えば全脳照射を実現する。投与線量は例えば10グレイ程度の1回照射とすればよい。この線量は、非特許文献2で脳の認知機能障害がほとんど発生しなかったことが報告され、非特許文献4で治療効果があったことが報告されているため、全脳照射に対して妥当と認められる値である。
【発明の効果】
【0013】
CTやMRIで検出しにくい初期の微小な転移性脳腫瘍が多数存在することが予想された場合に、例えば脳全体にX線を照射する全脳照射における標準照射プロトコールは1回2グレイ、15回照射などであった。本発明によれば、粒子線の照射時間を200ミリ秒以下、より好ましくは100ミリ秒以下に短縮できるので、治療効果を高く維持しながら正常組織の障害を低減できる効果がある。さらに、照射回数を例えば1回にできるため、効率的な治療を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】
図1の装置で腫瘍を回転中心と一致させて配置し、患者を回転させながら陽子線を照射した場合に体内に生成される従来の線量分布の概要図
【
図4】
図3の装置で生成された照射方向に垂直な面内における線量分布図
【
図5】
図3の装置で生成された照射ビームの深さ方向に対する線量分布図。
【
図6】本実施形態に係る陽子線治療装置の一例を示す概要図
【
図7】本実施形態に係る陽子線治療装置の他の例を示す概要図
【
図9】本実施形態に係る陽子線治療装置による種々の入射エネルギーに対する体内深部線量分布図
【
図10】本実施形態に係るコリメータ設定の一例を示す概要図
【
図11】本実施形態に係るコリメータ設定の他の例を示す概要図
【
図12】本実施形態に係るコリメータ設定の他の例を示す概要図
【
図13】本実施形態に係る例えば頭部を固定する場合の固定手段の一例を示す外観図。
【
図14】粒子線治療装置の作動方法の一例を示す流れ図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る粒子線治療装置および粒子線治療装置の作動方法の好適な実施形態について添付の図面を参照しながら以下詳細に説明する。
【0016】
[1.本実施形態の構成]
図6は、本発明に係る粒子線治療装置の構成図の例であり、治療用陽子線ビームを生成する例えばサイクロトロン型の加速器41、加速器から出力された陽子線ビームの輸送手段42、前記治療用粒子線ビームの広がりを拡大するための第1の散乱体43および第2の散乱体44、照射対象の形状にあったビームに整形するコリメータ45、加速器41と第1の散乱体43と第2の散乱体44とコリメータ45を制御する制御手段47を備えている。ビームは患者49の頭部側面から入射し、さらに患者49を貫通後に陽子線ビームを停止させるビーム停止手段48を備えている。50は患者49用の椅子である。
【0017】
図7は患者49を治療寝台58上に配置して、
図6と同様に頭部側面から照射する方式を示す図である。他は
図6と同一構成である。
【0018】
[2.本実施形態の動作]
図6において、椅子50に座った患者49に対して、制御手段47で第1の散乱体43および第2の散乱体44を最適な位置に設定後、陽子線ビーム40を出射すると、
図4で例示されたような横方向のほぼ均一な線量分布を得ることができる。ここでは、例えば、照射対象として脳全体を例として説明するが(全脳照射と呼ぶ)、横方向のほぼ均一な線量分布を与える領域に脳全体が包含されるように、第1の散乱体43および第2の散乱体44を最適な位置に設定すればよい。前記全脳照射の場合、首や胸部などを保護しながら脳だけに照射する必要があるため、照射に先立ち、制御手段47でコリメータ45のリーフ45a,45bの開口を最適な位置に設定することにより、脳だけに横方向のほぼ均一な線量分布を付与することができる。
【0019】
図7は患者49を治療寝台58上に配置し、頭部側面から照射する方式を示す図である。他は
図6と同一であるので、動作も同一である。
図6と
図7において患者の患部を通過した陽子線は背後に設置されたビーム停止手段48内で停止する。ビーム停止手段は例えば水を含む十分な大きさを有するアクリル製水槽またはポリエチレンブロックなどが適している。水槽やポリエチレンブロックは陽子の残留飛程より十分大きな厚みを有するように構成すれば、陽子線は前記アクリル製水槽またはポリエチレンブロック内部で停止するため、放射線防護上好ましい。
【0020】
図8は第1および第2の散乱体の外観図である。第1の散乱体43は円柱形状であるが、第2の散乱体44は中空円筒44aとその内側の円柱44bで構成された2重リング構造である。例えば、第1の散乱体43は数ミリメートルの厚さを有する鉛またはタングステン合金など、第2の散乱体の中空円筒44aは10ないし20ミリメートル程度の厚さを有するアルミニウムなどの軽金属、第2の散乱体の円柱44bは数ミリメートルの厚さを有する鉛またはタングステン合金などを用いる。これは一例であって、材料、厚さおよび設置位置は、照射対象内で横方向の線量分布がおよそ均一になる限り、自由度をもって選択することができる。具体的な設計例は非特許文献1に記載されている。
【0021】
図9は、
図6または
図7で例示した粒子線治療装置において、入射陽子線エネルギーを100、150、200、250MeVとした場合の患者の体内で生成される深部線量分布図である。
図9の各カーブにおいて、線量のピークをブラッグピークと呼ぶ。陽子線ビームが生成する線量分布のブラッグピークより手前の線量平坦部分に照射対象である脳を位置決めすれば、脳全体にほぼ一様な線量を付与できることがわかる。例えば、全脳照射の場合は、頭部の側面または正面から照射することが考えられるが、患者49の典型的な頭部の幅は20ないし25cm程度であるので、ビーム40の進行方向の照射深さを20ないし25cm程度とすればよく、入射陽子線のエネルギーをおよそ250MeVないし350MeV程度に設定することが好ましいことがわかる。
【0022】
図10、11、12は、いずれもコリメータ45のリーフ45aと45bの配置例である。
図10、
図11は、頭部側面からビームを照射する場合であり、
図12は患者を椅子上に配置して、頭部正面からビームを照射する場合である。コリメータとして多数のリーフを有する公知のマルチリーフコリメータを選び、各リーフを移動して、照射領域を脳に限定している。脳の3次元構造を考慮すると、
図10または
図11が好ましいことがわかる。すなわち、頭部測面から陽子線ビームを照射すると、脳全体に照射できる。マルチリーフコリメータの各リーフは図示しないモータで駆動される。
図10と
図11の違いは、リーフの移動方向であるが、いずれでも良い。なお、
図7のように患者が寝台上に配置された場合も、頭部側面から照射することが望ましく、マルチリーフコリメータの移動方向は、
図10または
図11と同様に、床面に水平でも鉛直方向でも良い。
【0023】
図13に
図6における椅子に患者を配置した場合の頭部の固定手段を示す。53は顎を固定する熱可塑性樹脂の固定プレートであり、お湯で加温して顎を押し付けた後、室温で使用することにより、対象患者専用の固定プレートになる。51は頭頂部固定手段であり、アクリルなどの材質で構成される。52は51と53を結合するためのロッド部であり、51と53の距離を頭部のサイズに応じて調整できるように構成する。51ないし53は患者が座る椅子50と結合している構造となっている。
図7のように患者を治療寝台上に配置した場合の頭部の固定は、熱可塑性樹脂でできた頭部全体を覆う公知の放射線治療用マスクなどの固定具を使うことが好ましい。
【0024】
[3.関連する第2の発明に関する説明]
図14は粒子線治療装置の作動方法に関する実施形態の一例を示す流れ図であり、固定手段を用いて照射対象を固定するステップ1(ST1)、第1および第2の散乱体の位置を制御手段で決定するステップ2(ST2)、照射する粒子線のエネルギーを決定するステップ3(ST3)、固定された照射対象の位置に基づきコリメータの開口を移動するステップ4(ST4)、粒子線をおよそ200ミリ秒以下、より好ましくは100ミリ秒以下の所定の時間で照射するステップ5(ST5)で構成されている。ST1の対象を固定する方法は、
図13を用いてすでに説明したので、省略する。ST2の第1および第2の散乱体を位置決めする方法は、
図6の制御手段47を用いて最適な位置に設定すればよい。散乱体の位置を変更することにより、横方向のほぼ一様な線量分布を与える領域が変化するので、照射対象の寸法に応じて最適な位置を選べばよい。ST3の照射する粒子線のエネルギーを決定する方法は、基本的にはすでに述べたように陽子線で全脳照射する場合は250MeVないし350MeV程度とすればよいが、照射対象によって、200MeVから500MeVの範囲で選択することも可能である。たとえば、子供の全脳照射においては、より低いエネルギーでも照射可能である。ST4の固定された対象の位置に基づきコリメータの開口を移動する方法は、マルチリーフコリメータの各リーフを駆動するための各モータに通電し、脳全体に照射しつつ、脳以外の組織に照射しないように各リーフ位置を設定すればよい。ST5の粒子線をおよそ200ミリ秒以下、より好ましくは100ミリ秒以下の所定の時間で照射する方法は、照射開始ボタンを押したあと、制御装置47内のタイマーで所定の時間経過後に照射停止すればよい。なお、ST2、ST3、ST4の実行順序はこの順序でなくてもよく、任意に順序を変更してもよい。
【0025】
なお、本発明は、上述した実施形態に限らず、本発明の要旨を逸脱することなく、種々の構成を採り得ることは勿論である。たとえば、粒子線としては、陽子線のみならず炭素線などの他の重粒子線を利用することもできる。また、
図7において照射範囲をさらに拡大すれば、寝台上の患者のより広い部位や全身を放射線治療部位とすることもできる。
【符号の説明】
【0026】
1 陽子線ビーム
2 コリメータ
3 エネルギー減衰器
4 マニピュレータ
5 スタンド
6 患者
7 チューブ
8 モニター
9 治療用椅子
10 駆動機構
11 スタンド
25 腫瘍
27a 腫瘍内部に生成される高線量分布
27b 正常組織に生成される低線量分布を示している
29 患者の体表
31 ビームの出射口
32 第1の散乱体
33 モニター線量計
34 第2の散乱体
35 飛程変調器
36 コリメータ
37 標的位置
41 加速器
42 ビーム輸送手段
43 第1の散乱体
44 第2の散乱体
44a 中空円筒
44b 円柱
45 コリメータ
45a リーフ
45b リーフ
47 制御手段
48 ビーム停止手段
49 患者
50 患者用椅子
51 頭頂部固定手段
52 ロッド
53 固定プレート
58 治療寝台