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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】ステンレス製試験片の腐食試験方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/00 20060101AFI20240717BHJP
【FI】
G01N17/00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020148763
(22)【出願日】2020-09-04
(65)【公開番号】P2022043472
(43)【公開日】2022-03-16
【審査請求日】2023-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000785
【氏名又は名称】SSIP弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】五味 亮二郎
(72)【発明者】
【氏名】徳野 誠
(72)【発明者】
【氏名】北渡瀬 友洋
【審査官】鴨志田 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-034265(JP,A)
【文献】特開2007-092163(JP,A)
【文献】特開2000-028516(JP,A)
【文献】特開昭61-205846(JP,A)
【文献】特開2011-226862(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス製試験片を所定温度に上昇させ、前記ステンレス製試験片を前記所定温度に予め設定された時間を超えて維持する前記ステンレス製試験片の不動態被膜を脆弱化する加熱ステップと、
前記加熱ステップにおいて加熱維持された前記ステンレス製試験片が常温まで冷えた後に、塩化マグネシウム又は塩化カルシウムの少なくとも一方と塩化ナトリウムとを含む水溶液の雰囲気中に曝露させる曝露ステップと、
を有する、ステンレス製試験片の腐食試験方法。
【請求項2】
前記曝露ステップは、
前記水溶液中に含まれる腐食性イオンが前記加熱ステップによって脆弱化した前記ステンレス製試験片の不動態被膜を破壊し、錆腐食に至る期間と、
前記ステンレス製試験片の不動態被膜が再生成される期間と、
を含む、
請求項1に記載のステンレス製試験片の腐食試験方法。
【請求項3】
前記加熱ステップと前記曝露ステップを交互に繰り返す、
請求項1又は2に記載のステンレス製試験片の腐食試験方法。
【請求項4】
前記加熱ステップにおいて前記所定温度は自動車運転によって達するマフラーの温度である、
請求項1から3のいずれか一項に記載のステンレス製試験片の腐食試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ステンレス製試験片の腐食試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車用部品の腐食試験は、塩水噴霧試験(SST(Salt Spray Test)又は複合サイクル試験(CCT(Cyclic Corrosion Test))により行われている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2005-181102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述した塩水噴霧試験又は複合サイクル試験では、臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーの腐食を再現できない。
【0005】
上述の事情に鑑みて、本発明の実施形態は、臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーの腐食をステンレス製試験片に再現できるステンレス製試験片の腐食試験方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の実施形態に係るステンレス製試験片の腐食試験方法は、ステンレス製試験片を所定温度に上昇させ、前記ステンレス製試験片を前記所定温度に予め設定された時間を超えて維持する前記ステンレス製試験片の不動態被膜を脆弱化する加熱ステップと、前記加熱ステップにおいて加熱維持された前記ステンレス製試験片が常温まで冷えた後に、塩化物を含む水溶液の雰囲気中に曝露させる曝露ステップと、を有する。尚、塩化物には、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム又は塩化カルシウムが含まれる。
【0007】
上記の方法によれば、ステンレス製試験片を所定温度まで上昇させ、ステンレス製試験片を所定温度に予め設定された時間を超えて維持することで、ステンレス製試験片の不動態被膜が不完全な状態(脆弱化した状態)となる。次に、加熱ステップにおいて加熱維持されたステンレス製試験片が常温まで冷えた後に、塩化物を含む水溶液の雰囲気中に曝露させることで、臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーの腐食をステンレス製試験片に再現できる。
【0008】
本発明の実施形態では、上記の方法において、前記曝露ステップは、前記水溶液中に含まれる腐食性イオンが前記加熱ステップによって脆弱化した前記ステンレス製試験片の不動態被膜を破壊し、錆腐食に至る期間と、前記ステンレス製試験片の不動態被膜が再生成される期間と、を含む。
【0009】
上記の方法によれば、曝露ステップにおいて、水溶液中に含まれる腐食性イオンが加熱ステップによって脆弱化したステンレス製試験片の不動態被膜を破壊し、錆腐食に至り、その後、ステンレス製試験片の不動態被膜が再生成される。これにより、臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーの腐食をステンレス製試験片に再現できる。
【0010】
本発明の実施形態では、上記の方法において、前記加熱ステップと前記曝露ステップを交互に繰り返す。
【0011】
上記の方法によれば、加熱ステップと曝露ステップを交互に繰り返すことで、ステンレス製試験片の腐食を加速することができる。
【0012】
本発明の実施形態では、上記の方法において、前記加熱ステップにおいて前記所定温度は自動車運転によって達するマフラーの温度である。
【0013】
上記の方法によれば、ステンレス製試験片を自動車運転によって達するマフラーの温度まで上昇させ、ステンレス製試験片を自動車運転によって達するマフラーの温度に予め設定された時間を超えて維持することで、ステンレス製試験片の不動態被膜が不完全な状態となる。これにより、臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーと同じような状態(不動態被膜が不完全な状態)にすることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の実施形態によれば、臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーの腐食をステンレス製試験片に再現できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】(a)は塩水噴霧試験後のステンレス製試験片を示す図であり、(b)は複合サイクル試験後のステンレス製試験片を示す図である。
図2】(a)は塩水噴霧試験後のステンレス製試験片を示す図であり、(b)は加熱後に常温まで冷えてから塩水噴霧試験を行ったステンレス製試験片を示す図である。
図3】(a)は複合サイクル試験後のステンレス製試験片を示す図であり、(b)は加熱後に常温まで冷えてから複合サイクル試験を行ったステンレス製試験片を示す図である。
図4】(a)は海水噴霧後のステンレス製試験片であり、(b)は加熱後に常温まで冷えてから海水を噴霧したステンレス製試験片を示す図である。
図5】海水の水分を蒸発させ、析出した成分を示す図である。
図6】(a)は加熱後に常温まで冷えてから塩化ナトリウム水溶液を噴霧したステンレス製試験片であり、(b)は加熱後に常温まで冷えてから塩化マグネシウム水溶液を噴霧したステンレス製試験片を示す図である。
図7】(a)は200°Cに加熱後に常温まで冷えてから塩化ナトリウム水溶液に浸漬したステンレス製試験片を示す図、(b)は300°Cに加熱後に常温まで冷えてから塩化ナトリウム水溶液に浸漬したステンレス製試験片を示す図、(c)は400°Cに加熱後に常温まで冷えてから塩化ナトリウム水溶液に浸漬したステンレス製試験片を示す図である。
図8】(a)は均熱(試験片が一様に目的温度まで熱せられた)後常温まで冷えたステンレス製試験片を示す図であり、(b)は均熱30分経過後常温まで冷え、腐食されたステンレス製試験片を示す図である。
図9】(a)は1回加熱後に塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液を噴霧したステンレス製試験片を示す図であり、(b)は2日に1回ずつ加熱後に塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液を噴霧したステンレス製試験片を示す図である。
図10A】1回加熱後に塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを噴霧したステンレス製試験片の経過日数と見栄錆ランク(斑点状の腐食錆の程度を体系的に表した指標、以下「見栄錆ランク」という)の関係を示す図である。
図10B】2日に1回ずつ加熱後に塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液を噴霧したステンレス製試験片の経過日数と見栄錆ランクの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態について説明する。ただし、実施形態として記載されている又は図面に示されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は、本発明の範囲をこれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
【0017】
図1(a)は塩水噴霧試験後のステンレス製試験片を示す図であり、図1(b)は複合サイクル試験後のステンレス製試験片を示す図である。図1に示すように、ステンレス製試験片の5ヶ月の腐食試験では、図1(a)に示すように、塩水噴霧試験(SST)を4000時間行っても臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーに生じるような腐食(錆)は発現しない。また、図1(b)に示すように、複合サイクル試験(CCT)を450サイクル行っても臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーに生じるような腐食(錆)は発現しない。
【0018】
そこで、本願発明者らは臨海地域に設けられたモータープールに保管する際に自動車のエンジンをかけていることに注目し、ステンレス製の試験片を加熱することにした。
【0019】
図2(a)は塩水噴霧試験後のステンレス製試験片を示す図であり、図2(b)は加熱後に常温まで冷えてから塩水噴霧試験を行ったステンレス製試験片を示す図である。図2に示す例では、塩水噴霧試験(SST)を約2500時間(105日相当)行っているが、図2(b)に示すように、塩水噴霧試験においてステンレス製試験片を加熱しただけでは臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーに生じるような斑点錆は発現しない。
【0020】
図3(a)は複合サイクル試験後のステンレス製試験片を示す図であり、図2(b)は加熱後に常温まで冷えてから複合サイクル試験を行ったステンレス製試験片を示す図である。図3に示す例では、複合サイクル試験(CCT)を約280サイクル(93日相当)行っているが、図3(b)に示すように、複合サイクル試験においてステンレス製試験片を加熱しただけでは臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーに生じるような斑点錆腐食(斑点状の錆が生じる腐食、以下「斑点錆腐食」という)は発現しない。
【0021】
そこで、本願発明者らは海水に注目し、ステンレス製試験片を加熱した後に海水を噴霧することにした。
【0022】
図4(a)は海水噴霧後のステンレス製試験片であり、図4(b)は加熱後に常温まで冷えてから海水を噴霧したステンレス製試験片を示す図である。図4(a)に示すように、加熱することなく海水を噴霧したステンレス製試験片は150日が経過してもほとんど錆が発現しない。一方、図4(b)に示すように、加熱後に常温まで冷えてから海水を噴霧したステンレス製試験片は83日目で斑点錆腐食が発現し、この斑点錆腐食を観察すると臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーに生じる斑点錆腐食と酷似している。
【0023】
そこで、本願発明者らは海水の成分に注目した。
【0024】
図5は、海水の水分を蒸発させ、析出した成分を示す図である。図5に示すように、海水に含まれる塩分は約3.5%であり、塩分には、塩化ナトリウム(NaCl)が約80%、塩化マグネシウム(MgCl)が約10%含まれ、他に、硫酸マグネシウム(MgSO)、硫酸カルシウム(CaSO)、塩化カリウム(KCl)等がこの順に含まれる。塩素イオン(Cl)はステンレスを腐食させる代表的イオンである。飽和水溶液相対湿度溶解域は、塩化ナトリウム(NaCl)が76から100%RHであるのに対し、塩化マグネシウム(MgCl)は34から100%RHであり、塩化マグネシウム(MgCl)のほうが塩化ナトリウム(NaCl)よりも長時間濡れ易いという特性を有している。また、水への塩素イオン(Cl)の飽和溶解度(R.T.)は、塩化ナトリウム(NaCl)が21.8wt%であるのに対し、塩化マグネシウム(MgCl)が40.4wt%であり(約2倍)、塩化マグネシウム(MgCl)のほうが塩化ナトリウム(NaCl)よりも塩素イオンが濃縮し易いという特性を有している。
【0025】
そこで、本願発明者らは海水に塩化マグネシウム(MgCl)が含有されていることで錆び易くなると推定した。
【0026】
図6(a)は加熱後に常温まで冷えてから塩化ナトリウム水溶液を噴霧したステンレス製試験片であり、図6(b)は加熱後に常温まで冷えてから塩化マグネシウム水溶液を噴霧したステンレス製試験片である。海水中の塩素イオン濃度は約0.5molであり、図6に示す例において、ステンレス製試験片に噴霧した塩化ナトリウム水溶液の濃度は0.50mol/L(約3.0wt%)であり、ステンレス製試験片に噴霧した塩化マグネシウム水溶液の濃度は0.25mol/L(約2.4wt%)である。ステンレス製試験片は、いずれも9日経過後の状態を示す。図6に示すように、塩化ナトリウム(NaCl)水溶液を噴霧するよりも塩化マグネシウム(MgCl)水溶液を噴霧するほうが錆び易いことが確認された。
【0027】
次に、本願発明者らはステンレス製試験片の加熱温度を確認した。
【0028】
図7(a)は200°Cに加熱後に常温まで冷えてから塩化ナトリウム(NaCl)水溶液に浸漬したステンレス製試験片を示す図であり、図7(b)は300°Cに加熱後に常温まで冷えてから塩化ナトリウム(NaCl)水溶液に浸漬したステンレス製試験片を示す図である。図7(c)は400°Cに加熱後に常温まで冷えてから塩化ナトリウム(NaCl)水溶液に浸漬したステンレス製試験片を示す図である。図7に示す例において、加熱及び浸漬のサイクル数は10サイクル、塩化ナトリウム(NaCl)水溶液の濃度は0.5%である。また、ステンレス製試験片は、加熱した温度で30分維持する。また、実験では効果の判断のしやすさから水溶液に浸漬するものとしたが、水溶液を噴霧するものとしても同様の結果が得られることが確認された。よって、水溶液に浸漬するものに限られず水溶液を噴霧するものとしてもよい。また、ステンレス製試験片を加熱した温度で30分維持することとしたのは、自動車をモータープールに搬入するのにかかる時間が30分程度であることを考慮したものである。
【0029】
図7に示すように、ステンレス製試験片の加熱温度によって錆び方が異なり、高温にすることで錆びを促進するのには無理がある。また、図7(b)に示すように、錆びの発現を考慮すると、マフラーの温度は300°C前後であり、プラスマイナス100°C程度の範囲において臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーに生じる斑点錆腐食を再現できると考えられる。
【0030】
次に、本願発明者らはステンレス製試験片の加熱後(均熱後)に該ステンレス製試験片の温度を維持する必要があるか確認した。
【0031】
図8(a)は均熱後常温まで冷えたステンレス製試験片を示す図であり、図8(b)は均熱30分経過後常温まで冷え、腐食されたステンレス製試験片を示す図である。図8(a)に示すように、均熱後常温まで冷えたステンレス製試験片の色味(以下、「テンパーカラー」という)は臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーのテンパーカラーよりも薄くステンレス製マフラーに生じる錆びを再現できない。一方、図8(b)に示すように、均熱30分経過後常温まで冷えたステンレス製試験片のテンパーカラーは臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーのテンパーカラーと同等であり、ステンレス製マフラーに生じる錆びを再現できると考えられる。
【0032】
次に、本願発明者らは、ステンレス製試験片の加熱後(均熱後)30分を超えて温度を維持する必要があるか検討した。
【0033】
ステンレスの酸化は加熱初期に急激に進み、徐々に緩やかになっていくため、自動車をモータープールに搬入するのにかかる時間程度でも十分に不動態皮膜を脆弱化することができる。逆にそれ以上に長時間の加温を行ったとしても加熱初期ほどの脆弱化の効果は得られにくい。
【0034】
次に、本願発明者らは、ステンレス製試験片の加熱と水溶液の噴霧の頻度を検討した。
【0035】
特に図示しないが、ステンレス製試験片の加熱と水溶液の噴霧が1日に3回の場合は臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーに発現する斑点錆腐食よりも斑点が細かくステンレス製マフラーに生じる錆びを再現しているとはいえない。一方、ステンレス製試験片の加熱と水溶液の噴霧が2日に1回の場合は臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーに発現する斑点錆腐食と酷似しておりステンレス製マフラーに生じる錆びを再現していると考えられる。
【0036】
これにより、2日に1回の水溶液の噴霧の間に、水溶液中に含まれる腐食性イオン(例えば、塩素イオン(Cl))が加熱によって脆弱化したステンレス製試験片の不動態被膜を破壊し、斑点錆腐食に至る期間と、ステンレス製試験片の不動態被膜が再生成される期間と、が含まれるからであると考えられる。ここで、ステンレス製試験片の不動態被膜が脆弱化するとは、ステンレス製試験片を加熱することにより、ステンレス製試験片の表面に設けられた不動態被膜が脆くなることをいい、脆弱化したステンレス製試験片の不導態皮膜を破壊するとは、腐食性イオン(例えば、塩素イオン(Cl))が反応し、不動態被膜を破壊することをいう。また、ステンレス製試験片の不動態被膜が再生成されるとは、ステンレス試験片が置かれる雰囲気中の水(HO)又は酸素(O)により、ステンレス製試験片の表面に再度不動態被膜が生成されることをいう。
【0037】
次に、本願発明者らは,ステンレス製試験片の腐食を促進できるかを検討した。
【0038】
図9(a)は1回加熱後に塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液を噴霧したステンレス製試験片を示す図であり、図9(b)は2日に1回ずつ加熱後に塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液を噴霧したステンレス製試験片を示す図である。
【0039】
図9(a)に示すステンレス製試験片は試験開始から40日が経過したものであり、図9(b)に示すステンレス製試験片は試験開始から4日が経過したものであるが、ステンレス製試験片に発現した斑点錆は似通っており、図9(b)に示すステンレス製試験片によって評価可能であると考えられる。
【0040】
図10Aには1回加熱後に塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液を噴霧したステンレス製試験片の経過日数と見栄錆ランクとの関係を示し、図10Bには2日に1回ずつ加熱後に塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液を噴霧したステンレス製試験片の経過日数と見栄錆ランクとの関係を示すが、1回加熱時の腐食推移と繰り返し加熱時の腐食推移には強い相関が見られる。これにより、2日に1回ずつ加熱後に塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液を噴霧すればステンレス製試験片の腐食試験を加速できると考えられる。
【0041】
これらを踏まえて本願発明者らは見栄錆Raitingを下記の数式1を用いて示すことができることを見出した。
【0042】
【数1】
ここで、kは環境係数、Vは風速(km/month)、Epitは孔食電位(mV)、Xは保管期間(month)である。
【0043】
そして、kが0.32、d1が0.60、d2が-0.30、d3が0.27と求められるから、見栄錆raitingを下記の数式2を用いて表すことができる。
【0044】
【数2】
【0045】
上記のことを鑑みて、本発明の実施形態に係るステンレス製試験片の腐食試験方法は、ステンレス製試験片を所定温度に上昇させ、前記ステンレス製試験片を前記所定温度に予め設定された時間を超えて維持する前記ステンレス製試験片の不動態被膜を脆弱化する加熱ステップと、前記加熱ステップにおいて加熱維持された前記ステンレス製試験片が常温まで冷えた後に、少なくとも塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液の雰囲気中に曝露させる曝露ステップと、を有する。ここで、「水溶液の雰囲気中に曝露させる」には、水溶液にステンレス製試験片を浸漬することのほか、水溶液をステンレス製試験片に噴霧することも含まれる。また、「少なくとも塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液」は調整された水溶液、人工海水又は海水であってもよい。
【0046】
本願発明者らは、海水に注目し、曝露ステップにおいて、少なくとも塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液の雰囲気中に曝露させることとしたが、凍結防止剤の付着によっても同じような腐食が生じるので、水溶液中の塩化マグネシウムに代えて、又は、塩化マグネシウムとともに、凍結防止剤に含まれる塩化カルシウムを含むものとしてもよい。
【0047】
上述した本発明の実施形態に係るステンレス製試験片の腐食試験方法によれば、ステンレス製試験片を所定温度に上昇させ、ステンレス製試験片を所定温度に予め設定された時間を超えて維持することで、ステンレス製試験片の不動態被膜が不完全な状態となる。次に、加熱ステップにおいて加熱維持されたステンレス製試験片が常温まで冷えた後に、少なくとも塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む水溶液の雰囲気中に曝露させることで、臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーの腐食をステンレス製試験片に再現できる。
【0048】
また、本発明の実施形態に係るステンレス製試験片の腐食試験方法は、上述したステンレス製試験片の腐食試験方法において、前記曝露ステップは、前記水溶液中に含まれる腐食性イオンが前記加熱ステップによって脆弱化したステンレス製試験片の不動態被膜を破壊し、斑点錆腐食に至る期間と、前記ステンレス製試験片の不動態被膜が再生成される期間と、を含む。
【0049】
この方法によれば、曝露ステップにおいて、水溶液中に含まれる腐食性イオンが加熱ステップによって脆弱化したステンレス製試験片の不動態被膜を破壊し、斑点錆腐食に至り、その後、ステンレス製試験片の不動態被膜が再生成される。これにより、臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーの腐食をステンレス製試験片に再現できる。
【0050】
また、本発明の実施形態に係るステンレス製試験片の腐食試験方法は、上述したステンセス製試験片の腐食試験方法において、前記加熱ステップと前記曝露ステップを交互に繰り返す。
【0051】
この方法によれば、加熱ステップと曝露ステップを交互に繰り返すことで、ステンレス製試験片の腐食を加速することができる。
【0052】
また、本発明の実施形態に係るステンレス製試験片の腐食試験方法は、上述したステンセス製試験片の腐食試験方法において、前記加熱ステップにおいて前記所定温度は自動車運転によって達するマフラーの温度である。自動車運転によって達するマフラーの温度は、例えば、300°Cを基準としてプラスマイナス100°Cの範囲である。
【0053】
この方法によれば、ステンレス製試験片を自動車運転によって達するマフラーの温度まで上昇させ、ステンレス製試験片を自動車運転によって達するマフラーの温度に予め設定された時間を超えて維持することで、ステンレス製試験片の不動態被膜が不完全な状態となる。これにより、臨海地域に設けられたモータープールに保管された自動車のステンレス製マフラーと同じような状態(不動態被膜が不完全な状態)にすることができる。
【0054】
また、本発明の実施形態に係るステンレス製試験片の腐食試験方法は、上述したステンセス製試験片の腐食試験方法において、前記加熱ステップにおいて前記予め設定された時間は30分である。
【0055】
この方法によれば、ステンレス製試験片を自動車運転によって達するマフラー温度に30分を超えて維持することで、ステンレス製試験片の不動態被膜を不完全な状態にできる。
【0056】
また、本発明の実施形態に係るステンレス製試験片の腐食試験方法は、上述したステンセス製試験片の腐食試験方法において、前記水溶液は、人工海水である。
【0057】
この方法によれば、水溶液は人工海水であるので、水溶液に含まれる塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムが安定し、試験の再現性を高めることができる。
【0058】
本発明は上述した実施形態に限定されることはなく、上述した実施形態に変形を加えた形態や、これらの形態を適宜組み合わせた形態も含む。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10A
図10B