(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】通信用電線、ワイヤーハーネス、および通信用電線の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 7/295 20060101AFI20240717BHJP
C08L 23/00 20060101ALI20240717BHJP
C08K 5/02 20060101ALI20240717BHJP
C08K 3/22 20060101ALI20240717BHJP
C08L 25/04 20060101ALI20240717BHJP
H01B 11/00 20060101ALI20240717BHJP
H01B 13/00 20060101ALI20240717BHJP
H01B 7/00 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
H01B7/295
C08L23/00
C08K5/02
C08K3/22
C08L25/04
H01B11/00 B
H01B13/00 551Z
H01B7/00 301
(21)【出願番号】P 2021036056
(22)【出願日】2021-03-08
【審査請求日】2023-07-25
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 達也
(72)【発明者】
【氏名】安好 悠太
(72)【発明者】
【氏名】坂元 克司
【審査官】岩田 淳
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/143350(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/125924(WO,A1)
【文献】特開2012-102303(JP,A)
【文献】特開平10-255551(JP,A)
【文献】特開2017-137378(JP,A)
【文献】特開2011-68712(JP,A)
【文献】特開2011-32399(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/295
C08L 23/00
C08K 5/02
C08K 3/22
C08L 25/04
H01B 11/00
H01B 13/00
H01B 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有する1対の絶縁電線より構成された信号線と、
前記信号線の外周を被覆する絶縁外層と、を有し、
特性インピーダンスが、100±10Ωの範囲にあり、
前記絶縁被覆および前記絶縁外層の少なくとも一方が、
ポリオレフィンおよびオレフィン系共重合体より選択される少なくとも1種と、
臭素系難燃剤を含む難燃剤と、
三酸化アンチモンを含む難燃助剤と、を含有する難燃性樹脂組成物より構成されており、
前記難燃助剤を含んだ凝集物の凝集径は、50μm以下である、通信用電線。
【請求項2】
少なくとも前記絶縁外層が、前記難燃性樹脂組成物より構成されている、請求項1に記載の通信用電線。
【請求項3】
前記信号線は、1対の前記絶縁電線が相互に撚り合わせられた対撚線として構成されている、請求項1または請求項2に記載の通信用電線。
【請求項4】
前記絶縁外層と前記信号線の間には、金属より構成されたノイズ遮蔽材が設けられない、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項5】
前記難燃性樹脂組成物に含有される前記難燃剤は、
前記臭素系難燃剤のみより構成されるか、
前記臭素系難燃剤に加え、金属水酸化物難燃剤を含有する、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項6】
少なくとも前記絶縁外層が、前記難燃性樹脂組成物より構成されており、
前記絶縁外層を構成する前記難燃性樹脂組成物において、高分子成分の含有量を100質量部として、前記難燃剤および前記難燃助剤の合計の含有量が、30質量部以上である、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項7】
前記難燃性樹脂組成物は、高分子成分の含有量を100質量部として、
前記臭素系難燃剤を20質量部以上50質量部以下の量で含有するとともに、
前記難燃助剤を5質量部以上25質量部以下の量で含有する、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項8】
前記難燃性樹脂組成物は、前記難燃剤として、前記臭素系難燃剤に加え、高分子成分の含有量を100質量部として、20質量部以上100質量部以下の金属水酸化物難燃剤をさらに含む、請求項7に記載の通信用電線。
【請求項9】
前記絶縁被覆は、ポリオレフィンおよびオレフィン系共重合体より選択される少なくとも1種を含み、前記難燃剤および前記難燃助剤を含有しない樹脂組成物より構成され、
前記絶縁外層は、前記難燃性樹脂組成物より構成される、請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項10】
前記絶縁外層は、充実構造をとっている、請求項9に記載の通信用電線。
【請求項11】
前記絶縁被覆と前記絶縁外層は、ともに前記難燃性樹脂組成物より構成されている、請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項12】
前記絶縁外層は、中空構造をとっている、請求項11に記載の通信用電線。
【請求項13】
高分子成分の質量を基準とした前記難燃剤および前記難燃助剤のそれぞれの含有量が、前記絶縁被覆を構成する前記難燃性樹脂組成物と、前記絶縁外層を構成する前記難燃性樹脂組成物とで、相互に揃っている、請求項11または請求項12に記載の通信用電線。
【請求項14】
前記絶縁被覆の構成材料は、前記絶縁外層の構成材料よりも高い曲げ弾性率と、前記絶縁外層の構成材料よりも低い比誘電率を有している、請求項1から請求項13のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項15】
前記絶縁被覆の構成材料は、800MPa以上2000MPa以下の曲げ弾性率と、1.9以上2.9未満の比誘電率を有し、
前記絶縁外層の構成材料は、300MPa以上700MPa以下の曲げ弾性率と、2.3以上3.2未満の比誘電率を有する、請求項14に記載の通信用電線。
【請求項16】
前記絶縁被覆は、金属不活性剤および酸化防止剤を含有し、
前記絶縁外層は、酸化防止剤を含有する、請求項1から請求項15のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項17】
前記絶縁外層は、前記難燃性樹脂組成物より構成され、
前記絶縁外層を構成する高分子成分は、100質量部中に、
ポリオレフィン、オレフィン系共重合体、スチレン系ゴムのいずれかを主鎖とし、前記主鎖中に取り込まれていない極性官能基を有する少なくとも1種の高分子を、5質量部以上20質量部以下含有する、請求項1から請求項16のいずれか1項に記載の通信用電線。
【請求項18】
請求項1から請求項17のいずれか1項に記載の通信用電線を含む、ワイヤーハーネス。
【請求項19】
前記難燃性樹脂組成物を調製するに際し、
前記難燃助剤を、最終的に調製される前記難燃性樹脂組成物よりも高濃度で、高分子成分中に含み、かつ前記難燃剤を含まない難燃助剤マスターバッチを準備し、
前記難燃助剤マスターバッチを他の成分と混合する工程を含んで、
請求項1から請求項17のいずれか1項に記載の通信用電線を製造する、通信用電線の製造方法。
【請求項20】
前記難燃助剤マスターバッチにおける前記難燃助剤の濃度が、70質量%以上95質量%以下である、請求項19に記載の通信用電線の製造方法。
【請求項21】
前記難燃助剤マスターバッチは、230℃において荷重2.16kgで計測されるメルトフローレートが、1g/10分以上、10g/10分以
下である、請求項19または請求項20に記載の通信用電線の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、通信用電線、ワイヤーハーネス、および通信用電線の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の分野において高速通信の需要が増している。高速通信に用いられる電線においては、特性インピーダンス等、通信に関わる特性を厳しく管理する必要がある。例えば、自動車用イーサーネット通信に用いられる、1対の絶縁電線を撚り合わせた対撚線を信号線として有する通信用電線においては、100±10Ωの範囲の特性インピーダンス等、所定の範囲の特性を満たすように、管理を行う必要がある。
【0003】
1対の絶縁電線を信号線として有する通信用電線において、特性インピーダンス等、通信に関わる特性は、絶縁電線を構成する絶縁被覆や、信号線の外周を被覆する絶縁外層(シース)を構成する樹脂組成物の成分組成や材料特性により、調整することができる。例えば、出願人らの出願による特許文献1においては、導体と、該導体の外周を被覆する絶縁被覆と、からなる1対の絶縁電線が撚り合わせられた対撚線と、対撚線の外周を被覆する絶縁材料よりなるシースと、を有する通信用電線において、シースの誘電正接を0.0001以上とする形態が開示されている。ここでは、ポリオレフィン等、無極性あるいは低極性のポリマー材料に、難燃剤としての水酸化マグネシウム等、誘電正接を上昇させるような極性の添加剤を添加することで、シースの構成材料全体としての誘電正接を調整することが記載されている。
【0004】
特許文献1では、絶縁外層や絶縁被覆に添加する難燃剤として、水酸化マグネシウムがもっぱら用いられている。しかし、他に、自動車用の通信用電線において、ポリオレフィン等の非難燃性樹脂に添加される難燃剤として、ハロゲン系有機化合物や、リン含有化合物、窒素含有化合物等を挙げることができる。通信用電線においては、難燃剤の添加による通信特性への影響を小さく抑える観点、また、高温環境での通信特性や材料特性の変化を小さく抑え、通信用電線の耐熱性を高める観点からは、難燃剤の含有量をできるかぎり少量とすることが好ましい。上で挙げた中で、ハロゲン系有機化合物よりなる難燃剤(ハロゲン系難燃剤)は、少量でも高い難燃効果を発揮するものであり、通信用電線の絶縁外層や絶縁被覆を構成するのに、好適であると言える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2018/117204号
【文献】国際公開第2017/168842号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、ハロゲン系難燃剤は、通信用電線を構成する絶縁被覆や絶縁外層において、オレフィン系ポリマーに添加する難燃剤として、好適に用いることができる。ハロゲン系難燃剤は、燃焼時にガス化して高分子成分の燃焼を抑えることにより、難燃効果を発揮するものであり、その効果を十分に発揮させるために、三酸化アンチモン等より構成される難燃助剤を、ハロゲン系難燃剤とともに添加することが一般的である。しかし、三酸化アンチモンを含む難燃助剤は、二次凝集を起こしやすい。
【0007】
形成された難燃助剤の凝集物は、通信用電線において、誘電率や誘電正接等の誘電特性をはじめ、材料特性に空間的な不均一性を生じさせる要因となり、通信特性の不均一化、不安定化につながる。また、通信用電線には、高温環境下等、厳しい環境で長期間使用された際にも、高い通信特性を維持することが求められるが、難燃助剤が凝集物を形成することで、高温環境に置かれた際に、樹脂組成物が有する材料特性や通信用電線の通信特性に変化が生じやすくなる。さらに、粗大な凝集物の形成は、通信用電線の生産性の低下にもつながる。特に、信号線を構成する絶縁被覆は、細径化や通信特性の確保のために、絶縁被覆が薄く形成されることが多く、難燃助剤が凝集体を形成することによるそれらの影響が、顕著となりやすい。このように、通信用電線においては、送電用電線等、非通信用電線の場合よりも、難燃助剤の凝集による影響が大きくなりやすい。よって、従来一般の非通信用電線において、ハロゲン系難燃剤および難燃助剤を含む樹脂組成物に適用されてきた成分組成を、そのまま通信用電線に適用すると、通信用電線に求められる特性を満足できない可能性がある。
【0008】
そこで、オレフィン系高分子にハロゲン系難燃剤と難燃助剤が添加された樹脂組成物を含み、通信特性の安定性および耐熱性に優れた通信用電線、およびそのような通信用電線を含むワイヤーハーネス、またそのような通信用電線を高い生産性で製造することができる製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の通信用電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有する1対の絶縁電線より構成された信号線と、前記信号線の外周を被覆する絶縁外層と、を有し、特性インピーダンスが、100±10Ωの範囲にあり、前記絶縁被覆および前記絶縁外層の少なくとも一方が、ポリオレフィンおよびオレフィン系共重合体より選択される少なくとも1種と、臭素系難燃剤を含む難燃剤と、三酸化アンチモンを含む難燃助剤と、を含有する難燃性樹脂組成物より構成されており、前記難燃助剤を含んだ凝集物の凝集径は、50μm以下である。
【0010】
本開示のワイヤーハーネスは、前記通信用電線を含むものである。
【0011】
本開示の通信用電線の製造方法は、前記難燃性樹脂組成物を調製するに際し、前記難燃助剤を、最終的に調製される前記難燃性樹脂組成物よりも高濃度で、高分子成分中に含み、かつ前記難燃剤を含まない難燃助剤マスターバッチを準備し、前記難燃助剤マスターバッチを他の成分と混合する工程を含んで、前記通信用電線を製造するものである。
【発明の効果】
【0012】
本開示の通信用電線およびワイヤーハーネスは、オレフィン系高分子にハロゲン系難燃剤と難燃助剤が添加された樹脂組成物を含み、通信特性の安定性および耐熱性に優れた通信用電線、およびそのような通信用電線を含むワイヤーハーネスとなる。また、本開示にかかる通信用電線の製造方法によると、そのような通信用電線を高い生産性で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態にかかる通信用電線として、中空構造の絶縁外層を有する通信用電線を示す断面図である。
【
図2】
図2は、本開示の一実施形態にかかる通信用電線として、充実構造の絶縁外層を有する通信用電線を示す断面図である。
【
図3】
図3A~3Cは、難燃助剤を絶縁外層に添加した通信用電線の断面の顕微鏡像である。
図3Aは、粉体状の難燃助剤を添加して1度混練した場合、
図3Bは、粉体状の難燃助剤を添加して2度混練した場合、
図3Cは難燃助剤をマスターバッチとして添加した場合を示している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。
本開示の通信用電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有する1対の絶縁電線より構成された信号線と、前記信号線の外周を被覆する絶縁外層と、を有し、特性インピーダンスが、100±10Ωの範囲にあり、前記絶縁被覆および前記絶縁外層の少なくとも一方が、ポリオレフィンおよびオレフィン系共重合体より選択される少なくとも1種と、臭素系難燃剤を含む難燃剤と、三酸化アンチモンを含む難燃助剤と、を含有する難燃性樹脂組成物より構成されており、前記難燃助剤を含んだ凝集物の凝集径は、50μm以下である。
【0015】
上記通信用電線においては、信号線を構成する絶縁被覆、および信号線の外周を被覆する絶縁外層の少なくとも一方が、臭素系難燃剤、および三酸化アンチモンを含む難燃助剤を、オレフィン系高分子に添加した難燃性樹脂組成物より構成されている。この難燃性樹脂組成物においては、難燃助剤を含んだ凝集物の凝集径が、50μm以下に制限されている。難燃助剤を含んだ凝集物の凝集径が小さく制限されていることにより、難燃性樹脂組成物において、誘電特性をはじめとする材料特性に空間的不均一性が生じにくい。その結果、特性インピーダンス等、通信に関わる特性を安定化させることができる。つまり、それら通信に関わる特性を、通信用電線の各所において、不均一性の低い状態に安定させることができる。また、難燃助剤が粗大な凝集物を形成することなく、難燃性樹脂組成物中に分散されていることで、高温環境においても、難燃性樹脂組成物の物性が変化しにくい。そのため、高温になる環境でも、絶縁被覆や絶縁外層における材料特性、また通信用電線の通信特性が、安定に維持され、通信用電線が高い耐熱性を有するものとなる。さらに、難燃助剤が粗大な凝集物を形成しないことで、難燃性樹脂組成物の押し出し成形を伴う通信用電線の製造工程において、製造条件にばらつきが生じにくく、安定して高い生産性が得られる。
【0016】
ここで、少なくとも前記絶縁外層が、前記難燃性樹脂組成物より構成されているとよい。すると、通信用電線全体として、高い難燃性が得られやすい。
【0017】
前記信号線は、1対の前記絶縁電線が相互に撚り合わせられた対撚線として構成されているとよい。すると、特性インピーダンス等、通信に関わる特性の安定性が、特に高められやすい。
【0018】
前記絶縁外層と前記信号線の間には、金属より構成されたノイズ遮蔽材が設けられないとよい。すると、通信用電線全体の構成が、簡素となる。また、ノイズ遮蔽材が設けられないことで、絶縁被覆や絶縁外層に粗大な凝集物が含有される場合に、その凝集物による通信特性への影響が大きく現れやすいが、凝集物の凝集径が制限されていることにより、通信特性への影響を小さく抑えることができる。
【0019】
前記難燃性樹脂組成物に含有される前記難燃剤は、前記臭素系難燃剤のみより構成されるか、前記臭素系難燃剤に加え、金属水酸化物難燃剤を含有するとよい。すると、難燃性樹脂組成物における難燃剤の添加量を、全体として少なく抑えながら、高い難燃効果を得ることができる。難燃剤の添加量を少なく抑えることができれば、難燃助剤の凝集物の凝集径を小さく抑えることの効果と合わせて、通信特性の安定性の向上を、効果的に達成することができる。
【0020】
少なくとも前記絶縁外層が、前記難燃性樹脂組成物より構成されており、前記絶縁外層を構成する前記難燃性樹脂組成物において、高分子成分の含有量を100質量部として、前記難燃剤および前記難燃助剤の合計の含有量が、30質量部以上であるとよい。すると、通信用電線において、高い難燃効果が得られる。なお、難燃剤として、金属水酸化物難燃剤等、臭素系難燃剤以外のものを含む場合には、30質量部以上との含有量は、それら臭素系以外の難燃剤も合わせた全ての難燃剤と、難燃助剤との合計量として規定される。
【0021】
前記難燃性樹脂組成物は、高分子成分の含有量を100質量部として、前記臭素系難燃剤を20質量部以上50質量部以下の量で含有するとともに、前記難燃助剤を5質量部以上25質量部以下の量で含有するとよい。すると、通信用電線が、高い難燃性を有すると同時に、通信特性の安定性および耐熱性に優れたものとなりやすい。
【0022】
この場合に、前記難燃性樹脂組成物は、前記難燃剤として、前記臭素系難燃剤に加え、高分子成分の含有量を100質量部として、20質量部以上100質量部以下の金属水酸化物難燃剤をさらに含んでもよい。臭素系難燃剤に加えて金属水酸化物難燃剤を添加することで、難燃性樹脂組成物の難燃性をさらに向上させることができる。金属水酸化物難燃剤の添加量を100質量部以下としておくことで、多量の金属水酸化物難燃剤の添加による材料特性や通信特性への影響も小さく抑えることができる。
【0023】
前記絶縁被覆は、ポリオレフィンおよびオレフィン系共重合体より選択される少なくとも1種を含み、前記難燃剤および前記難燃助剤を含有しない樹脂組成物より構成され、前記絶縁外層は、前記難燃性樹脂組成物より構成されるとよい。この場合には、通信用電線の難燃性は、絶縁外層が担うことになる。信号線を構成する導体のすぐ外側を被覆する絶縁被覆に、難燃剤および難燃助剤を含有させず、誘電率や誘電正接を小さく抑えておくことで、通信用電線の通信特性に難燃剤や難燃助剤が与える影響が小さくなる。
【0024】
この場合に、前記絶縁外層は、充実構造をとっているとよい。すると、難燃性樹脂組成物より構成された絶縁外層が、大きな体積を占めて、絶縁被覆の外周を取り囲むことになるので、絶縁被覆が難燃剤を含有していなくても、絶縁外層による難燃効果によって、通信用電線全体として、高い難燃性を発揮することができる。
【0025】
あるいは、前記絶縁被覆と前記絶縁外層は、ともに前記難燃性樹脂組成物より構成されているとよい。すると、絶縁被覆と絶縁外層の両方が難燃効果を発揮することで、通信用電線全体として、特に高い難燃性が得られる。
【0026】
この場合に、前記絶縁外層は、中空構造をとっているとよい。絶縁外層が中空構造をとり、信号線の外周に空気の層が設けられることで、通信用電線が良好な通信特性を示すものとなる。一方で、絶縁外層が中空構造をとることで、絶縁外層に囲まれた空間において燃焼が進行しやすくなるが、絶縁外層のみならず、絶縁被覆も難燃性樹脂組成物で構成されていることにより、通信用電線全体として高い難燃性を確保することができる。
【0027】
また、高分子成分の質量を基準とした前記難燃剤および前記難燃助剤のそれぞれの含有量が、前記絶縁被覆を構成する前記難燃性樹脂組成物と、前記絶縁外層を構成する前記難燃性樹脂組成物とで、相互に揃っているとよい。すると、通信用電線において、絶縁被覆と絶縁外層の合計としての厚さが揃っていれば、個々の厚さに多少のばらつきが生じたとしても、通信用電線の通信特性を安定に維持することが可能となる。よって絶縁被覆および絶縁外層の形成における製造公差を、厳しく管理する必要がなくなり、通信用電線の生産性を高めることができる。
【0028】
前記絶縁被覆の構成材料は、前記絶縁外層の構成材料よりも高い曲げ弾性率と、前記絶縁外層の構成材料よりも低い比誘電率を有しているとよい。絶縁外層の構成材料として、曲げ弾性率の低いものを用いることで、信号線に対する保護効果や難燃効果を高める等の目的で、絶縁外層を厚く形成しても、通信用電線全体として、高い曲げ柔軟性を確保することができる。一方で、絶縁被覆の構成材料が、低い比誘電率を有していることで、通信用電線において、高い通信特性が得られやすい。絶縁外層については、信号線を構成する導体から遠い位置に配置されるため、比較的多量の難燃剤や難燃助剤を添加して、比誘電率が高くなったとしても、通信特性に与える影響は小さくて済む。
【0029】
この場合に、前記絶縁被覆の構成材料は、800MPa以上2000MPa以下の曲げ弾性率と、1.9以上2.9未満の比誘電率を有し、前記絶縁外層の構成材料は、300MPa以上700MPa以下の曲げ弾性率と、2.3以上3.2未満の比誘電率を有するとよい。すると、通信用電線全体として、モード変換特性等の通信特性に優れるとともに、曲げ柔軟性にも優れたものとなりやすい。
【0030】
前記絶縁被覆は、金属不活性剤および酸化防止剤を含有し、前記絶縁外層は、酸化防止剤を含有するとよい。すると、通信用電線が高温環境に置かれることがあっても、絶縁被覆および絶縁外層の材料特性が安定に維持されやすくなり、通信用電線の耐熱性が効果的に高められる。
【0031】
前記絶縁外層は、前記難燃性樹脂組成物より構成され、前記絶縁外層を構成する高分子成分は、100質量部中に、ポリオレフィン、オレフィン系共重合体、スチレン系ゴムのいずれかを主鎖とし、前記主鎖中に取り込まれていない極性官能基を有する少なくとも1種の高分子を、5質量部以上20質量部以下含有するとよい。すると、極性官能基の存在により、難燃剤および難燃助剤と高分子成分との間の接着強度が高くなる。その結果、難燃性樹脂組成物において、誘電特性等の材料特性の均一性が高くなり、通信用電線において、通信特性の安定性や耐熱性の向上効果が大きくなる。
【0032】
本開示のワイヤーハーネスは、前記通信用電線を含むものである。通信用電線を構成する絶縁被覆および絶縁外層の少なくとも一方を構成する難燃性樹脂組成物において、難燃助剤を含む凝集物の凝集径が、50μm以下に制限されているため、ワイヤーハーネスが、通信特性の安定性および耐熱性に優れた通信用電線を含むものとなる。
【0033】
本開示の通信用電線の製造方法は、前記難燃性樹脂組成物を調製するに際し、前記難燃助剤を、最終的に調製される前記難燃性樹脂組成物よりも高濃度で、高分子成分中に含み、かつ前記難燃剤を含まない難燃助剤マスターバッチを準備し、前記難燃助剤マスターバッチを他の成分と混合する工程を含んで、前記通信用電線を製造するものである。
【0034】
上記通信用電線の製造方法においては、難燃助剤を、他の成分と一括して混合するのではなく、あらかじめ高濃度で高分子成分と混合したマスターバッチの形態で添加する。難燃助剤を、難燃剤とは別にマスターバッチとしておくことで、難燃助剤が難燃剤の粒子間の隙間に入り込んで、粗大な凝集物を形成するのを、防止できる。このマスターバッチの状態で、難燃助剤を添加すれば、得られる難燃性樹脂組成物において、難燃助剤を微細な粒子の状態で高分子成分中に分散させやすくなり、難燃助剤を含む粗大な凝集物が形成されにくくなる。そのようにして調製した難燃性樹脂組成物を用いることで、通信特性の安定性および耐熱性に優れた通信用電線を製造することができる。難燃助剤を均一性高く分散させることで、難燃効果も高まるため、難燃剤および難燃助剤の添加量の抑制にも効果を有する。さらに、粗大な凝集物が難燃性樹脂組成物に含有されないことで、難燃性樹脂組成物の押し出し成形を伴う絶縁電線の製造を、安定した条件で進めることができ、高い生産性が得られる。
【0035】
ここで、前記難燃助剤マスターバッチにおける前記難燃助剤の濃度が、70質量%以上95質量%以下であるとよい。すると、難燃助剤をマスターバッチ化することで、難燃性樹脂組成物において、難燃助剤を微細な状態で分散させる効果が、高く得られる。
【0036】
前記難燃助剤マスターバッチは、230℃において荷重2.16kgで計測されるメルトフローレートが、1g/10分以上、10g/10分以下であるとよい。すると、難燃助剤マスターバッチを他の成分と混合する際に、混合の均一性を高めることができ、難燃助剤を微細に分散させた難燃性樹脂組成物を得やすくなる。
【0037】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面を用いて、本開示の一実施形態にかかる通信用電線について詳細に説明する。本明細書において、材料組成について、ある成分がある材料の主成分であるとは、材料の全質量のうち、その成分が50質量%以上を占める状態を指す。高分子には、オリゴマー等、比較的低重合度のものも含むものとする。また、測定周波数および/または測定環境に依存する各種特性は、特記しないかぎり、通信用電線を適用する通信周波数、例えば、1MHz~50MHzの範囲にある周波数に対して規定されるものであり、また、室温、大気中にて測定される値である。本明細書において、通信用電線について、通信特性と称する場合に、電気的特性に分類されうるものも含め、通信に関わる特性を指すものとする。
【0038】
(通信用電線の全体構成)
図1,2に、本開示の一実施形態にかかる通信用電線1について、軸線方向に垂直に切断した断面図を示す。通信用電線1は、信号線10を有している。信号線10は、1対の絶縁電線11を含んでいる。通信用電線1はさらに、信号線10の外周を被覆して、絶縁外層(シース)20を有している。絶縁外層20は、
図1に示した中空構造をとっていても、
図2に示した充実構造をとっていてもよい。
【0039】
図1に示した、絶縁外層20が中空構造をとっている形態(ルーズジャケット型)においては、絶縁外層20が、内周面のうち一部の領域において、信号線10を構成する絶縁電線11,11に接しており、絶縁外層20と信号線10の間に空隙を有する。一方、
図2に示した、絶縁外層20が充実構造をとっている形態(充実ジャケット型)においては、絶縁外層20と信号線10を構成する絶縁電線11,11の間に、不可避的なものを除いて、空隙が設けられておらず、絶縁電線11,11の表面のうち、信号線10全体としての外側に露出した領域のほぼ全域に、絶縁外層20の構成材料が密着している。なお、絶縁外層20と信号線10を構成する絶縁電線11,11の間に不可避的に生じうる空隙としては、空隙率にして、おおむね5%未満のものを指す。ここで、空隙率とは、通信用電線1の軸線方向に垂直な断面において、絶縁外層20の外周面に囲まれた領域の面積のうち、空隙が占める面積の割合を指す。
【0040】
信号線10を構成する各絶縁電線11は、導体12と、導体12の外周を被覆する絶縁被覆13を有している。信号線10は、1対の絶縁電線11,11が、並列に配置され、軸線方向を平行に揃えて相互に接触したパラレルペア線として構成されていてもよいが、1対の絶縁電線11,11が、相互に撚り合わせられた対撚線として構成されることが好ましい。対撚線は、パラレルペア線と比較して、1対の絶縁電線11,11の相対位置を安定に保持する効果に優れ、安定した通信特性を与えるものとなる。
【0041】
通信用電線1においては、信号線10に差動信号が入力される。通信用電線1は、100±10Ωの特性インピーダンスを有している。この特性インピーダンスは、自動車内に設置されるイーサーネット通信用電線に要求されるものである。通信用電線1の適用周波数は、特に限定されるものではないが、少なくとも1MHz~50MHzの周波数域で使用できるものであるとよい。
【0042】
信号線10の絶縁電線11の導体12を構成する材料としては、種々の金属材料を用いることができるが、強度を保ちながら、信号線10における伝送特性を高める等の観点から、銅合金を用いることが好ましい。導体12は、単線よりなってもよいが、屈曲時の柔軟性を高める等の観点から、複数の素線(例えば7本)が撚り合わせられた撚線よりなることが好ましい。この場合に、素線を撚り合わせた後に、圧縮成形を行い、圧縮撚線としてもよい。導体12が撚線として構成される場合に、全て同じ素線よりなっても、2種以上の素線よりなってもよい。
【0043】
絶縁被覆13は、オレフィン系高分子をベース樹脂とした樹脂組成物より構成されている。つまり、絶縁被覆13は、高分子成分として、ポリオレフィンおよびオレフィン系共重合体より選択される少なくとも1種を含んでいる。絶縁被覆13の成分組成については、後に詳しく説明するが、絶縁被覆13と絶縁外層20の少なくとも一方は、所定の難燃剤と難燃助剤を含む難燃性樹脂組成物より構成されている。
【0044】
導体12の径や絶縁被覆13の厚さは、特に限定されるものではないが、絶縁電線11の細径化等の観点から、導体断面積を、0.22mm2未満、特に0.15mm2以下としておくことが好ましい。また、絶縁被覆13の厚さを、0.30mm以下、特に0.20mm以下としておくことが好ましい。それらのような導体断面積および被覆厚を採用した場合に、絶縁電線11の外径を、1.0mm以下、さらには0.90mm以下とすることができる。それらのような導体断面積および被覆厚を採用することで、通信用電線1の特性インピーダンスを、例えば100±10Ωの範囲に収めやすくなる。さらに、絶縁被覆13の厚さは、絶縁外層20よりも薄いことが好ましい。
【0045】
1対の絶縁電線11,11より構成される対撚線の撚りピッチとしては、12mm以上、また30mm以下とする形態を、例示することができる。対撚線においては、各絶縁電線11,11に、撚り合わせ軸を中心とした捻りを加えない撚り構造を採用することが好ましい。つまり、絶縁電線11自体の軸を中心とした絶縁電線11の各部の相対的な上下左右の方向が、対撚線の撚り合わせ軸に沿って変化しない構造とすることが好ましい。すると、撚り構造の1ピッチ内で、2本の絶縁電線11,11の線間距離の変化が小さくなり、通信用電線1の各部で、通信特性を安定させやすくなる。
【0046】
絶縁外層20は、通信用電線1において、信号線10の保護や、信号線10を構成する絶縁電線11,11の相対位置の安定化、通信用電線1への難燃性付与等の機能を果たす。上記のように、絶縁外層20は、中空構造をとっても、充実構造をとってもよい。絶縁外層20も、絶縁被覆13と同様、オレフィン系高分子をベース樹脂とした樹脂組成物より構成されている。つまり、絶縁外層20は、高分子成分として、ポリオレフィンおよびオレフィン系共重合体より選択される少なくとも1種を含んでいる。絶縁外層20の成分組成については、後に詳しく説明するが、絶縁被覆13と絶縁外層20の少なくとも一方は、所定の難燃剤と難燃助剤を含む難燃性樹脂組成物より構成されている。
【0047】
絶縁外層20の厚さは、信号線10の保護や、信号線10における絶縁電線11,11の相対位置の保持、難燃性付与等の効果が十分に得られ、また、所望の特性インピーダンスが得られるように、適宜設定すればよい。最も薄い箇所の厚さで、0.2mm以上、さらに好ましくは0.3mm以上とすればよい。一方、実効誘電率を小さく抑え、所定の範囲の特性インピーダンスを確保すること、通信用電線1全体を細径化することを考慮すると、絶縁外層20の厚さを、1.0mm以下、さらに好ましくは0.8mm以下とすればよい。また、絶縁外層20の外周面によって規定される通信用電線1全体の外径が、4.0mm以下、さらには3.5mm以下となるようにすればよい。絶縁外層20が充実型の構造を取る場合等、絶縁外層20の厚さに分布がある場合には、平均の厚さが上記の範囲に収まるようにすればよい。
【0048】
通信用電線1において、絶縁外層20と信号線10の間に、他の層状の部材を設けることを妨げるものではないが、そのような層状の部材は、設けられない方が好ましい。ここで、層状の部材としては、金属箔や、金属編組等、金属より構成されたノイズ遮蔽材が挙げられる。それらノイズ遮蔽材は、信号線10によって伝送される信号への電磁ノイズの影響を低減するものとなるが、ノイズ遮蔽材を設けない構成とすることで、通信用電線1の全体の構造が簡素となる。また、ノイズ遮蔽材を設けない場合には、相対的に、絶縁被覆13や絶縁外層20の材料特性が通信用電線1の通信特性に与える影響が大きくなるが、本実施形態にかかる通信用電線1では、絶縁被覆13および絶縁外層20の少なくとも一方を構成する難燃性樹脂組成物が所定の成分組成を有することで、そのような影響を小さく抑えることができる。
【0049】
(絶縁被覆および絶縁外層の材料構成)
(1)材料構成の概略
上記のように、本実施形態にかかる通信用電線1においては、信号線10を構成する絶縁被覆13と、信号線10の外周を被覆する絶縁外層20の少なくとも一方が、所定の難燃性樹脂組成物より構成されている。この難燃性樹脂組成物は、オレフィン系高分子をベース樹脂とし、臭素系難燃剤を含む難燃剤と、三酸化アンチモンを含む難燃助剤とを含有している。そして、難燃性樹脂組成物において、難燃助剤を含んだ凝集物の凝集径が、50μm以下となっている。
【0050】
通信用電線1において、絶縁被覆13と絶縁外層20の少なくとも一方が上記所定の難燃性樹脂組成物より構成される形態としては、以下の3種の形態がありうる。
・形態1:絶縁被覆13と絶縁外層20が、ともに所定の難燃性樹脂組成物より構成されている。
・形態2:絶縁外層20が所定の難燃性樹脂組成物より構成され、絶縁被覆13が所定の難燃性樹脂組成物以外の樹脂組成物(他種樹脂組成物)より構成されている。
・形態3:絶縁被覆13が所定の難燃性樹脂組成物より構成され、絶縁外層20が他種樹脂組成物より構成されている。
【0051】
通信用電線1は、上記3種の形態のいずれをとってもよいが、少なくとも絶縁外層20が所定の難燃性樹脂組成物より構成されている形態が好ましい。つまり、形態1または形態2をとっていることが好ましい。所定の難燃性樹脂組成物は、高い難燃効果を示すものであり、通信用電線1全体の外周部を構成し、かつ大きな体積を占める絶縁外層20の構成材料として用いることで、通信用電線1の難燃性の向上に高い効果を発揮する。
【0052】
通信用電線1が、形態1をとっており、絶縁被覆13と絶縁外層20の両方が所定の難燃性樹脂組成物より構成される場合に、それら2か所の難燃性樹脂組成物は、同一の組成を有するものとすることができる。あるいは、それら2か所の難燃性樹脂組成物が、ともに上記所定の難燃性樹脂組成物としての構成を満たす限りにおいて、異なる成分組成を有していてもよい。例えば、ベース樹脂や難燃剤、難燃助剤、また任意に添加される他の添加剤の具体的な種類や含有量が、相互に異なっていてもよい。また、形態1,2,3のいずれにおいても、通信用電線1を構成する絶縁被覆13および/または絶縁外層20が、複数の層を有していてもよく、その場合には、絶縁被覆13および絶縁外層20を構成する層のうち少なくとも1つの層が、所定の難燃性樹脂組成物より構成されていればよい。
【0053】
通信用電線1において、形態2および形態3のように、絶縁被覆13と絶縁外層20の一方のみが所定の難燃性樹脂組成物より構成される場合に、他方を構成する他種樹脂組成物の成分組成は、特に限定されない。難燃剤および難燃助剤を含有しないものであっても、所定の難燃性樹脂組成物とは異なる種類の難燃剤や難燃助剤を含有するものであってもよい。好ましくは、他種樹脂組成物は、難燃剤および難燃助剤を含有しない非難燃性樹脂組成物であるとよい。他種樹脂組成物が難燃剤および/または難燃助剤を含有する場合にも、それら難燃剤および難燃助剤は、粒径50μm以上の凝集物を形成しないものであることが好ましい。
【0054】
(2)樹脂組成物の組成および特性
上記のように、本開示の実施形態にかかる通信用電線1においては、絶縁被覆13と絶縁外層20の少なくとも一方が、オレフィン系高分子をベース樹脂とし、臭素系難燃剤を含む難燃剤と、三酸化アンチモンを含む難燃助剤とを含有する難燃性樹脂組成物より構成されている。以下、この難燃性樹脂組成物の組成および特性の詳細について説明する。なお、絶縁被覆13と絶縁外層20のうち、この難燃性樹脂組成物で構成されない層を構成する他種樹脂組成物についても、以下に説明する樹脂組成物の組成および特性のうち、難燃剤および難燃助剤に関わる事項以外については、特記しないかぎり、以下に挙げる構成を好適に適用することができる。
【0055】
(2-1)ベース樹脂
絶縁被覆13および絶縁外層20を構成する樹脂組成物のベース樹脂は、オレフィン系高分子を含んでいる。つまり、ポリオレフィンおよびオレフィン系共重合体(オレフィンを含む共重合体)より選択される少なくとも1種を含有している。ポリオレフィンとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン等を挙げることができる。オレフィン系共重合体としては、エチレン-αオレフィン共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-アクリル酸エステル共重合体、エチレン-メタクリル酸エステル共重合体などのエチレン系共重合体、プロピレン-αオレフィン共重合体、プロピレン-酢酸ビニル共重合体、プロピレン-アクリル酸エステル共重合体、プロピレン-メタクリル酸エステル共重合体などのプロピレン系共重合体を例示することができる。オレフィン系高分子としては、1種のみを用いても、2種以上を併用してもよい。好ましくは、オレフィン系高分子として、ポリプロピレン、ポリエチレン、エチレン-プロピレン共重合体の少なくとも1種を含むとよい。樹脂組成物を構成する高分子成分は、オレフィン系高分子以外の高分子種を含んでいてもよいが、好ましくは、オレフィン系高分子を主成分とするものであるとよい。
【0056】
さらに、樹脂組成物を構成する高分子成分は、オレフィン系高分子の一部として、あるいはオレフィン系高分子の他に添加される高分子種として、極性官能基を有する高分子を含むことが好ましい。極性官能基を有する高分子は、難燃助剤としての三酸化アンチモン、また任意に添加される金属水酸化物や酸化亜鉛等の無機粒子との親和性が高く、高分子成分とそれら無機粒子の間の接着強度を高めるものとなる。その結果、樹脂組成物の材料強度を高めることができる。極性官能基としては、カルボン酸基、酸無水基、エポキシ基、ヒドロキシル基、アミノ基、シラン基、アクリル基、メタクリル基などを例示することができる。特に、材料強度向上の効果に優れる等の観点から、カルボン酸基および酸無水物基を好適に採用することができる。極性官能基は、グラフト重合等により、高分子主鎖に取り込まれない形で導入することが好ましい。この場合に、主鎖を構成する高分子種としては、上記で説明したオレフィン系高分子、つまりポリオレフィンまたはオレフィン系共重合体を好適に用いることができる。あるいは、スチレン系ゴム等、オレフィン系高分子以外の高分子を用いてもよい。極性官能基を高分子に導入する別の方法として、極性官能基を有する分子を用いて、共重合を行うことで、高分子主鎖中に極性官能基を取り込む方法が挙げられる。例えば、オレフィン系共重合体として、オレフィンと、極性基を有する重合性分子との共重合体を用いればよい。いずれの場合にも、極性官能基の含有量としては、極性官能基による材料強度向上の効果を高める観点から、高分子成分100質量部を基準として、0.05質量部以上とすればよい。一方、通信用電線1の端末加工時に絶縁被覆13や絶縁外層20の皮剥を行いやすくする等の観点から、その含有量は、15質量部以下に留めておくとよい。また、極性官能基を有する高分子の含有量は、高分子成分100質量部中、5質量部以上、また20質量部以下としておくとよい。
【0057】
後に樹脂組成物の材料特性の項で説明するように、絶縁被覆13を構成する樹脂組成物は、全体として、500MPa以上、また2000MPa以下の曲げ弾性率を有することが好ましい。この範囲の曲げ弾性率を与えるオレフィン系高分子として、ホモポリプロピレン、およびエチレン成分がプロピレン成分よりも少ないエチレン-プロピレンブロック共重合体を挙げることができる。一方、絶縁外層20を構成する樹脂組成物は、全体として200MPa以上、また800MPa以下の曲げ弾性率を有することが好ましい。この範囲の曲げ弾性率を与えるオレフィン系高分子として、ポリプロピレンエラストマー等に代表される柔軟なポリオレフィンを好適に用いることができる。具体的には、ポリプロピレンと、エチレンプロピレンゴム、ポリエチレンゴム、ジエンゴム等のゴム成分とを含む共重合体を例示することができる。
【0058】
(2-2)難燃剤
難燃性樹脂組成物に含有される難燃剤は、臭素系難燃剤を含んでいる。臭素系難燃剤の種類は、特に限定されるものではないが、エチレンビス・テトラブロモフタルイミド、エチレンビストリブロモフタルイミド等のフタルイミド構造を持つ臭素系難燃剤、あるいはエチレンビスペンタブロモフェニルを用いることが好ましい。それらの臭素系難燃剤は、臭素含有量が多く、難燃性に優れる。また、それらの臭素系難燃剤は、分解温度が高いため、通信用電線1が高温環境に置かれた際、また難燃性樹脂組成物の押し出し成形を経て通信用電線1を製造する際に、分解劣化を起こしにくい。臭素系難燃剤における臭素含有量は、好ましくは、50質量%以上であるとよい。すると、難燃性樹脂組成物における臭素系難燃剤の添加量を少なく抑えることができ、その結果として、難燃性樹脂組成物を調製するための混合時に、難燃剤の凝集や、不均一分布を抑えることができる。また、得られた難燃性樹脂組成物の機械的特性を高く保つことができる。
【0059】
臭素系難燃剤としては、1種のみを用いても、2種以上を併用してもよい。2種以上を併用する形態として、上記で挙げたフタルイミド構造を持つ臭素系難燃剤やエチレンビスペンタブロモフェニルを、下記の臭素系難燃剤と併用する形態を挙げることができる。併用する臭素系難燃剤としては、エチレンビス(ペンタブロモベンゼン)[別名:ビス(ペンタブロモフェニル)エタン]、テトラブロモビスフェノールA[略称:TBBA]、ヘキサブロモシクロドデカン[略称:HBCD]、TBBAカーボネート・オリゴマー、TBBAエポキシ・オリゴマー、臭素化ポリスチレン、TBBA-ビス(ジブロモプロピルエーテル)、ポリ(ジブロモプロピルエーテル)、ヘキサブロモベンゼン[略称:HBB]等が挙げられる。
【0060】
難燃性樹脂組成物において、臭素系難燃剤の含有量は、高分子成分100質量部に対して、10質量部以上、さらには20質量部以上とすることが好ましい。すると、高い難燃効果が得られる。一方、臭素系難燃剤の含有量は、高分子成分100質量部に対して、50質量部以下、さらには40質量部以下に抑えておくことが好ましい。すると、難燃性樹脂組成物を調製するための混合時に、難燃剤の凝集や、不均一分布を抑えることができる。また、得られた難燃性樹脂組成物の機械的特性を高く保つことができる。難燃剤として、臭素系難燃剤のみを使用する場合には、臭素系難燃剤の含有量は、高分子成分100質量部に対して、15質量部以上とすることが好ましい。一方、難燃剤として、下に述べるように金属水酸化物を併用する場合には、臭素系難燃剤の含有量を15質量部よりも少なくする形態も好適である。
【0061】
難燃性樹脂組成物に含有される難燃剤は、臭素系難燃剤のみであっても、臭素系難燃剤に加えて、他種の難燃剤を含んでいてもよい。難燃剤が、臭素系難燃剤のみよりなる場合にも、他種の難燃剤を合わせて含む場合にも、それら難燃剤は、次に説明する難燃助剤と同様に、50μmを超える凝集径を有する凝集物を形成しないことが好ましい。
【0062】
臭素系難燃剤と好適に併用しうる他種の難燃剤として、金属水酸化物難燃剤を挙げることができる。金属水酸化物難燃剤は、臭素系難燃剤には劣るが、比較的高い難燃効果を示すうえ、安価に利用できる難燃剤である。難燃性樹脂組成物に添加する難燃剤を、臭素系難燃剤のみとすれば、臭素系難燃剤の難燃効果の高さにより、難燃剤の添加量が少なくて済み、材料特性や通信特性への難燃剤の影響を小さく抑えることができる。一方で、金属水酸化物難燃剤を臭素系難燃剤と併用すれば、臭素系難燃剤の使用量を低減することができ、難燃剤に要する材料コストを、低減することができる。また、分散しにくい材料である臭素系難燃剤や難燃助剤の添加量を少なく抑えられることで、材料の分散性における問題が生じにくくなる。
【0063】
難燃剤として使用できる金属水酸化物には、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、水酸化ジルコニウム等が挙げられる。これらのうちいずれを使用してもよいが、安価で耐熱性に優れている点で、水酸化マグネシウムを用いることが好ましい。金属水酸化物難燃剤は、1種のみを用いても、2種以上を併用してもよい。金属水酸化物難燃剤は、平均粒径(D50)が、0.5μm以上であることが好ましい。すると、粒子間の凝集が起こりにくくなる。また、金属水酸化物難燃剤の平均粒径は、5μm以下であることが好ましい。すると、金属水酸化物難燃剤の粒子が樹脂成分の中で分散しやすくなる。特に、金属水酸化物難燃剤の平均粒径は、1μm程度であることが好ましい。金属水酸化物難燃剤は、樹脂成分中での分散性を向上させるなどの目的で、シランカップリング剤、高級脂肪酸、ポリオレフィンワックスなどの表面処理剤により処理されていてもよい。
【0064】
難燃性樹脂組成物における金属水酸化物難燃剤の含有量は、高分子成分100質量部に対して、20質量部以上、さらには30質量部以上であることが好ましい。すると、高い難燃効果を得ることができる。一方、金属水酸化物難燃剤の含有量は、高分子成分100質量部に対して、100質量部以下、さらには70質量部以下であることが好ましい。すると、難燃性樹脂組成物を調製するための混合時に、難燃剤の凝集や不均一分布が生じるのを、抑えることができる。また、難燃剤と高分子成分の間の界面が少なくなることで、得られた難燃性樹脂組成物の機械的特性を劣化させずに高く保つことができる。特に、ここに記載した含有量の金属水酸化物難燃剤は、上記で好ましいものとして挙げた10質量部以上、50質量部以下の臭素系難燃剤と、好適に組み合わせて、樹脂組成物に添加することができる。
【0065】
(2-3)難燃助剤
難燃助剤は、三酸化アンチモンを含むものであり、臭素系難燃剤による難燃作用を促進する役割を果たす。難燃助剤は、三酸化アンチモンを主成分とするものであることが好ましい。さらには、難燃助剤は、99質量%以上が三酸化アンチモンより構成されていることが好ましく、この場合に、例えば、鉱物として産出される三酸化アンチモンを粉砕処理し、微粒子化したものを、難燃助剤として好適に用いることができる。難燃助剤としては、平均粒子径が3μm以下、さらには1μm以下のものを用いることが好ましい。すると、難燃助剤と高分子成分との界面における接着強度を高めることができる。難燃助剤は、粒径の制御や、高分子成分との界面における接着強度の向上等を目的として、シランカップリング剤、高級脂肪酸、ポリオレフィンワックスなどの表面処理剤により処理されていてもよい。
【0066】
難燃性樹脂組成物において、難燃助剤の含有量は、特に限定されるものではないが、難燃剤(臭素系難燃剤以外のものも含め、全ての難燃剤の合計)と、難燃助剤とを合わせた合計含有量が、高分子成分100質量部に対して、10質量部以上、さらには20質量部以上、30質量部以上、40質量部以上であるとよい。すると、難燃性樹脂組成物が、優れた難燃性を有するものとなる。特に、絶縁外層20を構成する難燃性樹脂組成物においては、この合計含有量が、30質量部以上であることが好ましい。一方、上記合計含有量は、高分子成分100質量部に対して、120質量部以下、さらには100質量部以下であるとよい。すると、難燃性樹脂組成物を調製するための混合時に、難燃剤および難燃助剤の凝集や、不均一分布を抑えることができる。また、得られた難燃性樹脂組成物の機械的特性を高く保つことができる。
【0067】
さらに、臭素系難燃剤と難燃助剤との含有量比は、質量比で、臭素系難燃剤の含有量を1として、難燃助剤の含有量は、1/4以上、さらには1/3.5以上であることが好ましい。これにより、難燃助剤による難燃性補助効果が高くなる。一方、難燃助剤の含有量は、1/2以下、さらには1/2.5以下であるとよい。つまり、高分子成分100質量部に対して、臭素系難燃剤を20質量部以上50質量部以下の量で添加する場合、難燃助剤の好ましい含有量は、5質量部25質量部以下の範囲となる。最も好ましいのは、臭素系難燃剤と難燃助剤との含有量比が、臭素系難燃剤の含有量1に対して、難燃助剤の含有量が1/3となる形態である。臭素系難燃剤と三酸化アンチモンが当量で反応する場合のモル質量比が、おおむね臭素系難燃剤:三酸化アンチモン=3:1となるからである。
【0068】
三酸化アンチモンを含む難燃助剤は、二次凝集を起こしやすい性質を有する。難燃性樹脂組成物の中に、粗大な難燃助剤を含む凝集物が形成されると、誘電率や誘電正接等の誘電特性をはじめとする難燃性樹脂組成物の材料特性に、不均一な空間分布が生じやすくなる。すると、通信用電線1において、位置によらず安定した通信特性が得られにくくなる。また、粗大な固体粒子状の凝集物が含有されることで、難燃性樹脂組成物が高温環境に置かれた際に、材料特性に変化が生じやすくなり、その結果、通信用電線1の通信特性が変化する可能性がある。つまり、通信用電線1の耐熱性が低くなってしまう。さらに、粗大な凝集物が難燃性樹脂組成物に含まれると、難燃性樹脂組成物の押し出し成形を経て通信用電線1を製造する際に、生産性が低くなってしまう。例えば、製造を行う間、難燃性樹脂組成物の状態を一定に保つことが難しくなり、連続的に通信用電線1の製造を行う際に、製造の初期から終盤までの期間に、製造される通信用電線1の特性にばらつきが生じる場合がある。特に、絶縁被覆13は、細径化等を目的として、薄く形成される場合が多いため、絶縁被覆13を構成する難燃性樹脂組成物においては、それらの問題がとりわけ生じやすい。
【0069】
しかし、本実施形態にかかる通信用電線1においては、難燃性樹脂組成物において、難燃助剤を含んで形成される凝集物の凝集径が、50μm以下に抑えられている。つまり、凝集物の凝集径(凝集物を横切る最長の直線の長さ)が、最大のものでも50μm以下となっている。このように、粗大な凝集物の形成が抑制されていることで、難燃性樹脂組成物において、粗大な凝集物の形成による影響が生じにくい。つまり、粗大な凝集物の形成による誘電特性等の材料特性の不均一化と、それに伴う通信用電線1の通信特性の不安定化、また耐熱性の低下が、抑制される。また、通信用電線1の生産性の低下も起こりにくくなる。難燃性樹脂組成物が、薄く形成される絶縁被覆13を構成する場合にも、これらの効果が享受される。上記各効果を高める観点から、難燃助剤を含む凝集物の凝集径は、40μm以下、さらには30μm以下であると、特に好ましい。なお、凝集物の凝集径が所定の上限以下であるとの状態には、難燃性樹脂組成物の中に、難燃助剤を含んだ凝集物が形成されていない形態も含むものとし、その形態が最も好ましい。また、ここで対象としている難燃助剤を含んだ凝集物とは、実質的に難燃助剤のみよりなる凝集物である場合のほか、難燃剤や任意成分としての他の添加剤が、難燃助剤とともに凝集物を形成している形態も含むものとする。
【0070】
難燃助剤を含む凝集物の凝集径を小さくするための手段は、特に限定されるものではない。しかし、後に説明する本開示の実施形態にかかる通信用電線の製造方法において採用しているように、難燃助剤を、粉体のままの状態で他の成分と混合するのではなく高分子成分中に高濃度で混合されたマスターバッチの形態としたうえで、他の成分と混合することが好ましい。すると、粗大な凝集物の形成を避けて、難燃助剤を難燃性樹脂組成物中に微細に分散させることができる。
【0071】
(2-4)他の添加剤
樹脂組成物は、上記で説明した高分子成分、難燃剤、および難燃助剤によって発揮される特性を著しく損なわない限りにおいて、難燃剤および難燃助剤以外の添加成分を適宜含有していてもよい。樹脂組成物に含有させるとよい添加剤として、酸化防止剤を挙げることができる。酸化防止剤は、樹脂組成物が絶縁被覆13を構成する場合にも、絶縁外層20を構成する場合にも、好適な添加剤として機能する。また、樹脂組成物は、さらに金属不活性剤を含有してもよい。特に、金属よりなる導体12と接する層である絶縁被覆13を構成する樹脂組成物には、金属不活性剤を添加するとよい。なお、各種添加剤が添加される場合に、それらの添加剤も、難燃助剤と同様に、50μm以上の粒径あるいは凝集径を有する状態を、樹脂組成物中で形成するものでないことが好ましい。
【0072】
酸化防止剤としては、ヒンダードフェノール系酸化防止剤、およびチオール系酸化防止剤を好適に例示することができる。酸化防止剤は、1種のみを用いても、2種以上を併用してもよい。
【0073】
ヒンダードフェノール系酸化防止剤は、十分な酸化防止効果を発揮し、特性インピーダンス等、通信用電線1の特性を、長期にわたって安定に保持する観点から、高分子成分100質量部に対し、1質量部以上添加することが好ましい。一方、拡散による層表面へのブルームを抑制する観点から、その添加量は、高分子成分100質量部に対し、5質量部以下としておくことが好ましい。
【0074】
具体的なヒンダードフェノール系酸化防止剤としては、ペンタエリスリトールテトラキス[3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、チオジエチレンビス[3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、オクタデシル-3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート、N,N’-ヘキサン-1,6-ジイルビス[3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニルプロピオンアミド)、ベンゼンプロパン酸、3,5-ビス(1,1-ジメチルエチル)-4-ヒドロキシ-C7~C9側鎖アルキルエステル、2,4-ジメチル-6-(1-メチルペンタデシル)フェノール、ジエチル[[3,5-ビス(1,1-ジメチルエチル)-4-ヒドロキシフェニル]メチル]ホスフォネート、3,3’,3”,5,5’5”-ヘキサ-tert-ブチル-a,a’,a”-(メシチレン-2,4,6-トリイル)トリ-p-クレゾール、カルシウムジエチルビス[[[3,5-ビス(1,1-ジメチルエチル)-4-ヒドロキシフェニル]メチル]ホスフォネート]、4,6-ビス(オクチルチオメチル)-o-クレゾール、エチレンビス(オキシエチレン)ビス[3-(5-tert-ブチル-4-ヒドロキシ-m-トリル)プロピオネート]、ヘキサメチレンビス[3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート、1,3,5-トリス(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシベンジル)-1,3,5-トリアジン-2,4,6(1H,3H,5H)-トリオン、1,3,5-トリス[(4-tert-ブチル-3-ヒドロキシ-2,6-キシリル)メチル]-1,3,5-トリアジン-2,4,6(1H,3H,5H)-トリオン、2,6-tert-ブチル-4-(4,6-ビス(オクチルチオ)-1,3,5-トリアジン-2-イルアミノ)フェノール、2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール、2,2’-メチレンビス(4-メチル-6-tert-ブチルフェノール)、4,4’-ブチリデンビス(3-メチル-6-tert-ブチルフェノール)、4,4’-チオビス3-メチル-6-tert-ブチルフェノール)、3,9-ビス[2-(3-(3-tert-ブチル-4-ヒドロキシ-5-メチルフェニル)-プロピノキ)-1,1-ジメチルエチル]-2,4,8,10-テトラオキサスピロ(5,5)ウンデカン等が挙げられる。これらは1種のみで用いても、2種以上併用してもよい。
【0075】
チオール系酸化防止剤は、十分な酸化防止効果を発揮し、長期にわたって通信用電線1の特性インピーダンス等の通信特性を安定に保持する観点から、高分子成分100質量部に対し、1質量部以上添加することが好ましい。一方、その添加量は、高分子成分100質量部に対し、10質量部以下としておくことが好ましい。
【0076】
具体的なチオール系酸化防止剤としては、2-メルカプトベンズイミダゾール、2-メルカプトメチルベンズイミダゾール、4-メルカプトメチルベンズイミダゾール、5-メルカプトメチルベンズイミダゾールや、これらの化合物の亜鉛塩などが挙げられる。好ましくは、融点が高く、混合中の昇華も少ないため、高温で安定である点で、2-メルカプトベンズイミダゾールおよびその亜鉛塩を用いるとよい。これらは1種のみで用いても、2種以上併用してもよい。
【0077】
樹脂組成物にチオール系酸化防止剤を添加する場合に、助剤としての酸化亜鉛を、チオール系酸化防止剤とともに添加することが好ましい。酸化亜鉛の好ましい添加量としては、チオール系酸化防止剤とほぼ等量程度でよく、特に厳密に制限されるものではない。酸化亜鉛としては、例えば亜鉛鉱石にコークスなどの還元剤を加え、焼成して発生する亜鉛蒸気を空気で酸化して得られるものや、硫酸亜鉛や塩化亜鉛を原料としたもの等、特に制限なく用いることができる。酸化亜鉛の平均粒径は、3μm以下、さらには1μm以下であるとよい。すると、酸化亜鉛粒子と高分子成分との界面における接着強度の向上や、分散性向上の効果が得られる。
【0078】
あるいは、酸化防止剤とともに、硫化亜鉛を樹脂組成物に添加するようにしてもよい。硫化亜鉛は、亜鉛と硫黄の両方を含むため、チオール系酸化防止剤と酸化亜鉛の組み合わせの代替として使用できる。ただし、硫化亜鉛の酸化防止剤としての性能は、チオール系酸化防止剤と酸化亜鉛の組み合わせよりも低いため、それらの合計量よりは添加量を多くすることが好ましい。硫化亜鉛の平均粒径も、3μm以下、さらには1μm以下であるとよい。
【0079】
絶縁被覆13を構成する樹脂組成物の場合には、酸化防止剤としてヒンダードフェノール系酸化防止剤を単独で用いることが好ましい。一方、絶縁外層20を構成する樹脂組成物の場合には、酸化防止剤として、ヒンダードフェノール系酸化防止剤と、チオール系酸化防止剤を併用し、さらに酸化亜鉛も添加することが好ましい。絶縁外層20においては、周囲の環境との調和性老化、つまり隣り合う材質との間の成分の移行による酸化劣化を抑制することが好ましく、その手段として、複数の酸化防止効果のある添加剤を組み合わせることが有効である。酸化劣化反応のサイクルにおいて、一部の種類の酸化防止剤が移行しても、別の種類の酸化劣化反応を抑制する酸化防止剤が絶縁外層20に残ることで、劣化反応のサイクルが進行するのを抑制できるからである。
【0080】
金属不活性剤は、銅等の金属によって高分子成分が接触酸化することを防ぐ役割を果たし、樹脂組成物の耐熱性を向上させる役割を果たす。金属不活性剤としては、2,3-ビス{3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオニル}プロピオノヒドラジド等のヒドラジン系誘導体や、3-(N-サリチロイル)アミノ-1,2,4-トリアゾール等のサリチル酸誘導体が挙げられる。金属不活性剤の添加量は、十分な添加効果を発揮する観点から、高分子成分100質量部に対して、1質量部以上とすることが好ましい。一方、層表面へのブルームを抑制する等の観点から、その添加量は、高分子成分100質量部に対して、10質量部以下とすることが好ましい。
【0081】
(2-5)樹脂組成物の材料特性
樹脂組成物は、各成分を含む組成物全体として、1.9以上3.2以下の範囲の比誘電率を有していることが好ましい。比誘電率は通信用電線1の特性インピーダンスに影響を与えるものであり、絶縁被覆13および絶縁外層20を構成する樹脂組成物の比誘電率が増大すると、特性インピーダンスが低下する傾向にある。また、絶縁被覆13および絶縁外層20を構成する樹脂組成物の比誘電率が小さい方が、導体12と、通信用電線1の周囲に存在する金属部材との間での電磁的結合を小さく抑えることができるため、モード変換特性が高くなる。特に透過モード変換を小さく抑えることができる。絶縁被覆13および絶縁外層20を構成する樹脂組成物が、上記の範囲の比誘電率を有することで、通信用電線1において、100±10Ωの特性インピーダンス、および高いモード変換特性を得やすくなる。樹脂組成物の比誘電率は、樹脂組成物の成分組成に依存し、高極性の成分を多く含むほど、比誘電率が増大する傾向にある。よって、樹脂組成物が、極性官能基を有する高分子や、金属水酸化物難燃剤や三酸化アンチモン難燃助剤等、極性を有する無機化合物を多量に含むと、比誘電率が増大する。
【0082】
通信用電線1においては、絶縁被覆13を構成する樹脂組成物が、絶縁外層20を構成する樹脂組成物よりも、低い比誘電率を有していることが好ましい。絶縁被覆13は、信号が伝送される導体12のすぐ外周を被覆するものであり、比誘電率を小さくしておくことで、伝送信号の損失を抑制することができる。一方、絶縁外層20は、導体12から遠い位置に配置されているため、信号の損失への寄与は小さく、難燃剤や難燃助剤を難燃効果の発揮に十分な量だけ添加して、比誘電率を高めてもよい。樹脂組成物の比誘電率は、例えば、JIS C 2138に準拠して測定することができる。
【0083】
絶縁被覆13については、比誘電率は、極性を有する成分の含有等を考慮すると、実質的に1.9以上となり、好ましくは2.0以上である。一方、絶縁被覆13の比誘電率は、信号の伝送損失を十分に低く抑える観点から、3.5未満、好ましくは2.8未満としておくとよい。絶縁外層20については、難燃剤や難燃助剤を十分な量だけ配合する観点から、比誘電率は、実質的に2.3以上となり、好ましくは2.4以上である。一方、難燃剤等の過剰量の配合を抑制する等の観点から、絶縁外層20の比誘電率は、3.5未満、好ましくは3.2未満であるとよい。
【0084】
絶縁被覆13および絶縁外層20を構成する樹脂組成物は、200MPa以上、また2000MPa以下の曲げ弾性率を有することが好ましい。樹脂組成物の曲げ弾性率は、例えば、JIS K 7171に準拠した3点曲げ試験により、評価することができる。
【0085】
樹脂組成物の曲げ弾性率が200MPa以上であれば、樹脂組成物において、耐摩耗性、耐薬品性、耐油性等、外部の因子に対する高い耐性を確保することができる。曲げ弾性率が300MPa以上であると、さらに好ましい。一方、樹脂組成物の曲げ弾性率が2000MPa以下であれば、高い曲げ柔軟性を得ることができる。曲げ弾性率が1500MPa以下であると、さらに好ましい。中でも、絶縁外層20を構成する樹脂組成物が、絶縁被覆13を構成する樹脂組成物よりも低い曲げ弾性率を有していることが好ましい。1対の絶縁電線11,11を信号線10とする通信用電線1において、絶縁被覆13は薄く形成されることが多いのに対し、難燃性や信号線10に対する保護性能の向上等の観点から、絶縁外層20は厚く形成される場合も想定されるが、絶縁外層20を厚く形成した場合でも、絶縁外層20を構成する樹脂組成物の曲げ弾性率を、絶縁被覆13を構成する樹脂組成物よりも低くしておけば、通信用電線1全体として、高い曲げ柔軟性を確保することができる。また、低い曲げ弾性率を有する高分子成分は、難燃剤や難燃助剤等の粒子状の添加剤を抱き込んで分散させやすい傾向がある。
【0086】
上記200MPa以上、また2000MPa以下との曲げ弾性率の範囲の中でも、特に絶縁被覆13を構成する樹脂組成物の曲げ弾性率は、500MPa以上、さらには800MPa以上、また2000MPa以下、さらには1500MPa以下とすることが好ましい。このように比較的弾性率の高い樹脂組成物は、高い耐摩耗性および耐薬品性を示すものとなる。また、成形時に絶縁被覆13が潰れにくい。一方、絶縁外層20を構成する樹脂組成物の曲げ弾性率は、200MPa以上、さらには300MPa以上、また800MPa以下、さらには700MPa以下とすることが好ましい。樹脂組成物の曲げ弾性率が200MPa以上、さらには300MPa以上であれば、絶縁外層20が高い耐油性を示し、通信用電線1を長期間使用しても、周囲の環境から油が移行し、特性インピーダンス等、通信用電線1の通信特性に影響を与える事態を抑制できる。一方、樹脂組成物の曲げ弾性率が800MPa以下、さらには700MPa以下であれば、高い曲げ柔軟性が得られる。
【0087】
絶縁被覆13や絶縁外層20を構成する樹脂組成物は、耐薬品性や耐摩耗性を高める観点で、高い結晶化度を有していることが好ましい。一方で、結晶化度が高くなりすぎると、樹脂組成物の伸びや可撓性が低下しやすくなる。特に、絶縁被覆13は、薄く形成されることが多いため、耐摩耗性等の機械的特性を確保する観点から、結晶化度を70%以上とすることが好ましいが、低温での衝撃による割れ等を回避する観点からは、結晶化度を90%以下に抑えておくことが好ましい。絶縁外層20の結晶化度は、40%以上、また70%以下であるとよい。樹脂組成物の結晶化度は、示差走査熱量測定法(DSC)によって取得される融解ピークの面積から評価することができる。
【0088】
(3)絶縁外層の形態と樹脂組成物の組成の関係
上記で説明したように、本実施形態にかかる通信用電線1においては、絶縁外層20が、
図1に示した中空構造をとっても、
図2に示した充実構造をとっても、いずれでもよい。また、絶縁外層20と絶縁被覆13は、いずれか少なくとも一方が上記で説明した所定の難燃性樹脂組成物より構成されていれば、他方は、難燃剤および難燃助剤を含有しない非難燃性樹脂組成物より構成されていてもよい。しかし、絶縁外層20の構造と、絶縁外層20および絶縁被覆13における難燃剤の含有の有無との間には、好ましい組み合わせが存在する。
【0089】
絶縁外層20が
図1の中空構造をとる場合には、信号線10の外周に空気の層が形成されることになることにより、モード変換特性等、通信用電線1の通信特性が高くなりやすい。しかし、絶縁外層20が中空構造をとる場合には、通信用電線1の難燃性を高めにくい。通信用電線1が燃焼を起こすことがあった場合に、絶縁外層20に囲まれた空間の空気が供給されて、燃焼が進行しやすくなるからである。また、絶縁外層20が難燃剤および難燃助剤を含有していても、充実構造の場合と比較して、絶縁外層20の体積が小さいため、絶縁外層20に含まれる難燃剤および難燃助剤のみで、高い難燃性を発揮することは難しい。そこで、絶縁外層20が中空構造をとる場合には、絶縁外層20に加え、絶縁被覆13も、難燃剤と難燃助剤を含有する上記所定の難燃性樹脂組成物より構成されることが好ましい。つまり上記の形態1をとることが好ましい。また、絶縁外層20が、比較的多量の難燃剤および難燃助剤を含有していることが好ましい。例えば、絶縁外層20における難燃剤と難燃助剤の合計含有量が、40質量部以上であると、より好ましい。
【0090】
一方、絶縁外層20が
図2の充実構造をとる場合には、中空構造をとる場合と比較して、通信用電線1の通信特性は高めにくいが、絶縁外層20が大きな体積を有することにより、絶縁外層20に難燃剤および難燃助剤を含有させておけば、通信用電線1全体として、高い難燃効果が得られる。さらに、通信用電線1が燃焼を起こすことがあった場合に、絶縁外層20と絶縁被覆13の構成材料が相互に流動、移行を起こす状態が形成されやすく、絶縁外層20に含まれる難燃剤および難燃助剤が、絶縁被覆13においても難燃効果を発揮するものとなりうる。そこで、絶縁外層20に難燃剤および難燃助剤を含有させておけば、絶縁被覆13には、難燃剤および難燃助剤を含有させなくてもよい。つまり、上記形態2をとって、絶縁被覆13を非難燃性樹脂組成物より構成しても、通信用電線1全体として、高い難燃効果を得ることができる。また、絶縁外層20と絶縁被覆13の両方に難燃剤および難燃助剤が含有される形態1をとる場合であっても、絶縁被覆13における難燃剤および難燃助剤の含有量を少なく抑えることができる。
【0091】
絶縁被覆13に難燃剤および難燃助剤を含有させないことで、あるいは含有量を少なく抑えることで、絶縁被覆13の誘電率や誘電正接を小さく抑えることができる。すると、伝送信号の損失や透過モード変換を小さく抑え、通信特性を向上させることができる。絶縁外層20についても、絶縁被覆13に対して体積が大きく、その体積の大きさを利用して難燃効果を高めることができるため、難燃剤および難燃助剤の濃度としての含有量は、比較的少なく抑えることができる。例えば、絶縁外層20における難燃剤と難燃助剤の合計含有量を、50質量部以下に抑えても、十分な難燃性を発揮できる。
【0092】
絶縁外層20が中空構造をとる場合をはじめとして、絶縁外層20と絶縁被覆13の両方が、難燃剤および難燃助剤を含む所定の難燃性樹脂組成物より構成される形態1において、難燃剤および難燃助剤として添加されるそれぞれの化合物の含有量(各層の高分子成分を基準とした含有量)が、絶縁被覆13において、絶縁外層20における含有量以下となっていることが好ましい。特に、絶縁被覆13における難燃剤および難燃助剤の含有量が、絶縁外層20におけるそれぞれの含有量よりも少なければ、絶縁被覆13の比誘電率を小さく抑えて、良好な通信特性を得やすくなる。
【0093】
一方、絶縁被覆13と絶縁外層20とで、難燃剤および難燃助剤として添加されるそれぞれの化合物の種類および含有量が、相互に揃っていれば、通信用電線1の製造公差を緩い基準に設定し、通信用電線1の生産性を高めることができる。通信用電線1の通信特性は、絶縁被覆13や絶縁外層20の厚さ、およびそれらの層における難燃剤および難燃助剤の含有量に依存するが、両者で難燃剤および難燃助剤の含有量が揃っていれば、絶縁被覆13および絶縁外層20の個々の厚さにばらつきが生じたとしても、両者の合計の厚さを所定の公差の範囲に揃えることができれば、つまり、通信用電線1全体としての外径を所定の公差の範囲に収めることができれば、通信特性には大きな影響が生じない。さらに好ましくは、難燃剤および難燃助剤以外の添加剤についても、化合物の種類および添加量が、絶縁被覆13と絶縁外層20とで、相互に揃っているとよい。
【0094】
(ワイヤーハーネス)
本開示の実施形態にかかるワイヤーハーネスは、上記で説明した本開示の実施形態にかかる通信用電線1を含んでいる。ワイヤーハーネスは、本開示の実施形態にかかる通信用電線1を、1本または複数含むものであれば、その具体的な構成は限定されない。例えば、他の形態の通信用電線、あるいは通信用以外の電線を、本開示の実施形態にかかる通信用電線1とともに含んでいてもよい。また、通信用電線1は、適宜、端末のコネクタ等、他の部材と接続、結合されていてもよい。本開示の実施形態にかかる通信用電線1が、難燃助剤を含む粗大な凝集物を含有しないことにより、通信特性の安定性、耐熱性、生産性に優れたものとなっていることで、ワイヤーハーネス全体としても、それらの特性を有するものとなる。
【0095】
(通信用電線の製造方法)
次に、本開示の一実施形態にかかる通信用電線の製造方法について説明する。通信用電線1を製造する際に、信号線10を構成する導体12の外周を被覆する絶縁被覆13、および信号線10の外周を被覆する絶縁外層20のそれぞれについて、構成成分を混合して樹脂組成物を調製し、その樹脂組成物を押し出し成形する。絶縁被覆13および絶縁外層20の少なくとも一方は、オレフィン系高分子に、臭素系難燃剤を含む難燃剤と、三酸化アンチモンを含む難燃助剤とを添加した上記所定の難燃性樹脂組成物より構成されるが、本実施形態にかかる製造方法においては、この難燃性樹脂組成物を調製するに際し、難燃助剤をあらかじめ難燃助剤マスターバッチの形態にしておく。
【0096】
具体的には、難燃助剤を、粉体のまま、他の成分と直接混合するのではなく、あらかじめ、少量の高分子成分と混合して、難燃助剤マスターバッチを準備しておく。難燃助剤マスターバッチは、最終的に調製される難燃性樹脂組成物よりも、難燃助剤を高濃度で高分子成分中に含むものである。そして、あらかじめ準備したおいた難燃助剤マスターバッチを、他の成分、つまり調製すべき難燃性樹脂組成物の構成成分のうち、難燃助剤マスターバッチに含まれる以外の成分と混合して、難燃性樹脂組成物を調製する。難燃助剤マスターバッチ中で、難燃助剤の凝集径は、50μm以下とされる。難燃助剤マスターバッチには、難燃剤は添加されない。難燃助剤マスターバッチは、難燃剤以外にも、難燃助剤と高分子成分を除く成分は、含有しないことが好ましい。
【0097】
三酸化アンチモンを含有する難燃助剤は、二次凝集を起こしやすい。よって、難燃助剤を、粉体の状態で、難燃性樹脂組成物を構成する他の成分と混合すると、混合が不十分になること等に起因にして、凝集物を形成しやすく、また一旦生じた凝集物の凝集を解消させることが難しくなる。特に、樹脂組成物中で、臭素系難燃剤や金属水酸化物難燃剤等の難燃剤の粒子間の空隙に、三酸化アンチモンを含む難燃助剤が入り込むと、粗大な凝集物を形成しやすくなる。樹脂組成物中で難燃助剤を含む凝集物が一旦形成されると、さらに混練を進めても、形成された凝集物の凝集を解消させることは難しい。しかし、難燃助剤を他の成分と混合する前に、特に難燃剤と接触させる前に、少量の高分子成分に添加してよく混合し、二次凝集の少ない微細粒子の状態で高分子成分中に分散させておけば、難燃助剤の二次凝集を抑制した状態で、他の成分と混合し、難燃性樹脂組成物を得ることができる。
【0098】
難燃助剤をマスターバッチの形態で難燃性樹脂組成物に導入すれば、得られる難燃性樹脂組成物において、凝集径50μmを超える粗大な凝集物の形成が抑えられ、その結果として、誘電特性等の材料特性の空間的なばらつきや、耐熱性の低下が抑えられる。難燃助剤を微細に分散させた状態で樹脂組成物に添加することで、難燃助剤による難燃効果も高められるため、難燃性樹脂組成物において、難燃剤および難燃助剤の添加量を少なく抑えることも可能となる。また、粗大な凝集物が形成されないことで、難燃性樹脂組成物を押し出し成形して絶縁被覆13や絶縁外層20を形成する工程において、樹脂組成物の状態や製造条件にばらつきが生じにくくなり、通信用電線1の生産性を高めることができる。例えば、通信用電線1を連続的に製造する際に、製造の初期から終盤まで、難燃性樹脂組成物の状態を安定に維持できるため、安定した通信特性を有する通信用電線1を製造することができる。
【0099】
難燃助剤マスターバッチを構成する高分子成分の種類は、特に限定されるものではないが、難燃性樹脂組成物を構成する他の高分子成分との混合性を高める観点から、それら他の高分子成分と類似した、または同じ高分子成分を用いることが好ましい。つまり、オレフィン系高分子を用いることが好ましい。例えば、最終的に調製すべき難燃性樹脂組成物に含有される高分子成分のうちの一部を、難燃助剤マスターバッチを構成する高分子成分として充当すればよい。また、難燃助剤マスターバッチにおいては、少量の高分子成分に、多量の難燃助剤を分散させるため、高分子成分がある程度高い流動性を有している方が、難燃助剤の分散性向上の観点から好ましい。例えば、230℃において荷重2.16kgで計測されるメルトフローレート(MFR;以下でも計測条件は同様とする)が、5g/10分以上、さらには10g/10分以上の高分子成分をマスターバッチに用いるとよい。また、難燃性樹脂組成物を構成する他の高分子成分との混合性の観点から、マスターバッチに用いる高分子成分のMFRは、50g/10分以下程度であるとよい。
【0100】
難燃助剤マスターバッチにおける難燃助剤の濃度は、マスターバッチ全体の質量を基準として、50質量%以上、さらには70質量%以上としておくことが好ましい。すると、マスターバッチを混合により調製する際に、高濃度の難燃助剤に集中的にせん断力を印加し、凝集を解消しやすい。また、高濃度で難燃助剤を含むマスターバッチを他の成分に対して添加することで、難燃性樹脂組成物の製造効率を高めることができる。一方、難燃助剤マスターバッチにおける難燃助剤の濃度は、90質量%以下としておくとよい。すると、マスターバッチにおいて、高分子成分中に難燃助剤の粒子を十分に分散させやすくなる。
【0101】
難燃助剤マスターバッチは、全体として、MFRが1g/10分以上、さらには3g/10分以上となっていることが好ましい。すると、マスターバッチを他の成分と混合する際に、それほど強く混練しなくても、難燃性樹脂組成物を構成する他の高分子成分に分散させることができ、混練に伴う温度上昇が抑制される。一方、難燃助剤マスターバッチのMFRは、10g/10分以下、さらには8g/10分以下に抑えておくとよい。すると、難燃性樹脂組成物を構成する他の高分子成分との間の粘度差により、せん断を効果的に行えずに分散不良になる事態を、回避しやすい。
【0102】
所定の難燃性樹脂組成物、あるいは他種樹脂組成物として調製した絶縁被覆13用の樹脂組成物を、導体12の外周に押し出し成形することで、絶縁電線11を形成することができる。そして、得られた絶縁電線11を2本、横に並べてパラレルペア線とするか、撚り合わせて対撚線とすることで、信号線10が得られる。その信号線10の外周に、所定の難燃性樹脂組成物、あるいは他種樹脂組成物として調製した絶縁外層20用の樹脂組成物を、押し出し成形することで、絶縁外層20を有する通信用電線1を製造することができる。絶縁外層20を形成する際に、押し出し成形にかかる条件(ダイス・ポイント形状、押出温度等)を制御することで、中空構造あるいは充実構造を有する絶縁外層20を選択して形成することができる。
【実施例】
【0103】
以下に実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。以下では、特記しない限り、試料の作製および評価は、室温、大気中にて行っている。
【0104】
[1]難燃性樹脂組成物における難燃助剤の状態
まず、難燃助剤を難燃性樹脂組成物に粉体で導入する場合と、マスターバッチ化してから導入する場合について、組成物中での難燃助剤の状態を比較した。
【0105】
[試料の作製]
まず、難燃性樹脂組成物として、組成物A1~A3の3種類を準備した。組成物A1としては、高分子成分および臭素系難燃剤に対して、難燃助剤を粉体の状態で添加し、混練した。組成物A2は、組成物A1に対して、再度混練を行ったものである。組成物A3としては、難燃助剤をマスターバッチ化したうえで、高分子成分および難燃剤と混練した。組成物A1~A3の成分組成としては、高分子成分としてのポリプロピレン100質量部に対し、臭素系難燃剤を40質量部、難燃助剤を20質量部含有するものとした。
【0106】
上記で準備した組成物A1~A3を、それぞれ、1対の絶縁電線を撚り合わせた対撚線の外周に押し出し被覆して、充実構造の絶縁外層を形成し、試料A1~A3にかかかる通信用電線とした。なお、対撚線を構成する絶縁電線としては、絶縁被覆に難燃剤および難燃助剤を含まないものを用いた。
【0107】
[評価方法]
試料A1~A3のそれぞれの通信用電線を軸線方向に垂直に切断して、マイクロスコープにて断面を観察した。観察像において、難燃助剤の分布状態を確認した。
【0108】
[評価結果]
図3A~3Cに、それぞれ試料A1~A3の断面の観察像を示す。まず、
図3Aに示す難燃助剤を粉体の状態で添加した試料A1においては、黒く観察される絶縁外層の組成物の中に、白く観察される粒子が点在している。この粒子は、難燃助剤が二次凝集した凝集物に対応している。凝集物の粒径は、おおむね30~50μmであり、大きいものでは50μmを超えている。このように、難燃性樹脂組成物に難燃助剤を粉体の状態で添加すると、難燃助剤が粗大な凝集物を形成する。
【0109】
図3Bに示した、粉体の難燃助剤を添加した後に2度混練を行った試料A2においても、
図3Aの試料A1と同様に、難燃助剤の凝集物に対応する白い粒子が観察されている。試料A1と比較して、凝集物の数には若干の減少が見られるが、観察されている凝集物の大きさは、ほぼ変化していない。このことから、難燃助剤が一旦凝集物を形成すると、さらに混練を加えても、その凝集状態を解消し、凝集物を微細化するのは難しいと言える。
【0110】
一方、
図3Cに示した、難燃助剤をマスターバッチ化してから添加した試料A3においては、黒く観察される絶縁外層の組成物の中に、難燃助剤の凝集物に対応づけられる白い粒子は、ほぼ視認されない。観察像を注意深く見ると、凝集物が存在しているが、その粒径は、最大でも10μm程度である。このことから、難燃助剤をマスターバッチ化してから他の成分と混合することで、難燃助剤が粗大な凝集物を作らずに、微細な状態で樹脂組成物中に分散されることが分かる。マスターバッチを調製する際の混練により、難燃助剤の凝集が解消され、樹脂組成物にマスターバッチを添加して混練した後も、難燃助剤が微細に分散した状態が維持されたものと考えられる。
【0111】
[2]難燃助剤の状態と材料特性の関係
次に、上記で観察された難燃助剤の状態と、難燃性樹脂組成物の材料特性との関係を検証した。
【0112】
[試料の作製]
まず、難燃性樹脂組成物として、組成物B1~B3の3種類を準備した。組成物B1としては、高分子成分としてのポリプロピレンおよび臭素系難燃剤に対して、難燃助剤を粉体の状態で添加し、混練した。組成物B2,B3としては、難燃助剤をマスターバッチ化したうえで、高分子成分および難燃剤と混練した。各組成物における各成分の配合量は、下の表1に示した(単位:質量部)。組成物B2と組成物B3は、難燃剤および難燃助剤の含有量において相違している。なお、組成物B1は、上記試験[1]の組成物A1と同じものである。
【0113】
上記で準備した組成物B1~B3を、それぞれ、1対の絶縁電線を撚り合わせた対撚線の外周に押し出し被覆して、厚さ0.18mmの充実構造の絶縁外層を形成し、それぞれ試料B1~B3にかかる通信用電線とした。
【0114】
[評価方法]
上記で準備した試料B1~B3のそれぞれの通信用電線に対して、ISO6722に準拠した燃焼試験を行った。つまり、各試料にかかる通信用電線を600mmの長さに切り出して45°傾斜した状態に保持した。そして、試料の下方向から100mmの箇所にガスバーナーをセットし、15秒間にわたって炎を当てた。炎を離した後、消火するまでの時間を計測した。同様の測定を、試料B1~B3のそれぞれについて、独立して作製した10個体の試料に対して行った。
【0115】
[評価結果]
下の表1に、各試料における絶縁外層の難燃性樹脂組成物の配合とともに、N1~N10の10個体に対する燃焼試験で計測された燃焼時間を示す。難燃助剤の配合量については、マスターバッチ(MB)を用いている場合にも、難燃助剤そのものの量を表示している。マスターバッチに含有される高分子成分については、高分子成分総量としてまとめて表示している。
【0116】
【0117】
表1によると、難燃助剤を粉体の状態で添加した試料B1においては、試料個体N3,N5,N6,N10で、燃焼時間が10秒を超えている。特に試料個体N10では、燃焼時間が70秒を超えている。これに対し、試料B1と同量の臭素系難燃剤を添加し、かつ試料B1と同量の難燃助剤をマスターバッチの形で添加した試料B2においては、いずれの試料個体においても、燃焼時間が1.6秒以下となっており、試料B1の全試料個体に比べて短くなっている。このことから、試料B2の方が、樹脂組成物が高い難燃性を有していると言える。さらに、10個体の燃焼時間が、試料B1では1.8秒から77秒の広い範囲に分布しているのに対し、試料B2では、0.9秒から1.6秒の狭い範囲に収まっている。つまり、試料B1では、難燃性のばらつきが大きいのに対し、試料B2では、安定して高い難燃性が得られている。
【0118】
上記試験[1]の結果によると、試料B1のように難燃助剤を粉体の状態で添加した場合には、難燃助剤が粗大な凝集物を形成する。凝集物の形成により、難燃助剤が難燃性向上効果を十分に発揮できないとともに、難燃性向上効果に空間的な不均一性が生じてしまうと考えられる。その結果として、試料B1では、試料B2に比べて難燃性が低く、しかも難燃性のばらつきが大きくなっているものと解釈される。一方、試験[1]の結果によると、試料B2のように難燃助剤をマスターバッチ化してから添加した場合には、難燃助剤が粗大な凝集物を形成せず、微細な状態で高分子成分中に分散される。その結果として、試料B2では、難燃助剤が高い難燃性向上効果を発揮するとともに、その難燃性向上効果が、高い空間的均一性を示すと考えられる。そのため、試料B2では、高い難燃性が、試料個体によらず安定して得られているものと解釈される。
【0119】
試料B3では、試料B2と同様に、難燃助剤をマスターバッチ化して添加しているが、臭素系難燃剤および難燃助剤の添加量が、試料B2よりも少なくなっている。表1において、試料B2と試料B3の燃焼試験の結果を比較すると、両者で燃焼時間がほぼ同じとなっている。最長の燃焼時間がいずれの試料でも1.6秒となっている。このことから、難燃助剤をマスターバッチ化して添加することで、試料B3のように難燃剤および難燃助剤の含有量を少なくしても、十分に高い難燃性が得られると言える。これは、難燃助剤が微細な粒子の状態で高分子成分中に分散されることで、少量でも高い難燃性向上効果を発揮できるためであると考えられる。
【0120】
[3]樹脂組成物の成分組成と通信用電線の諸特性の関係
次に、絶縁被覆および絶縁外層を構成する樹脂組成物の成分組成を変化させて、通信用電線の特性との関係を検証した。
【0121】
[試料の作製]
(1)導体の作製
純度99.99%以上の電気銅と、FeおよびTiの各元素を含有する母合金を、高純度カーボン製坩堝に投入して、真空溶解させ、混合溶湯を作成した。ここで、混合溶湯において、Feが1.0質量%、Tiが0.4質量%含まれるようにした。得られた混合溶湯に対して、連続鋳造を行い、φ12.5mmの鋳造材を製造した。得られた鋳造材に対して、φ8mmまで、押出し加工、圧延を行い、その後、φ0.165mmまで伸線を行った。得られた素線を7本用い、撚りピッチ14mmにて、撚線加工を行うとともに、圧縮成形を行った。その後、500℃×8時間の熱処理を行った。得られた導体は断面積が0.13mm2、外径が0.45mmとなった。
【0122】
(2)難燃助剤マスターバッチの準備
三酸化アンチモンよりなる難燃助剤を含む難燃助剤マスターバッチとして、Sb-MB0~5を準備した。Sb-MB0としては、下記の市販品を用いた。Sb-MB1~5としては、下記のポリオレフィン樹脂と、三酸化アンチモンを配合して、200℃で、φ37mmの二軸混練機にて混合し、造粒した。下記で、各成分の配合比率は、質量%を単位として表示している。
・Sb-MB0:鈴裕化学製「C390」(ポリプロピレン10%、三酸化アンチモン90%)
・Sb-MB1:ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ製 「ノバテック BC03C」)10%、三酸化アンチモン(山中産業製 「MSW」)90%
・Sb-MB2:ポリプロピレン樹脂(同上)30%、三酸化アンチモン(同上)70%
・Sb-MB3:ポリプロピレン樹脂(同上)50%、三酸化アンチモン(同上)50%
・Sb-MB4:ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ製 「ノバテック EC9GD」)10%、三酸化アンチモン(同上)90%
・Sb-MB5:ポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ製 「ノバテック BC6C」)10%、三酸化アンチモン(同上)90%
各マスターバッチは、相互に異なるMFRを有しており、MFR(230℃×2.16kg)を表2~4に表示している。なお、MFRの測定は、東洋精機製メルトインデクサーによって行った。
【0123】
(3)樹脂組成物の調製
表2~4に示した各成分を配合し、220℃で、φ37mmの二軸押し出し機にて混合して、試料C1~C9,D1~D5のそれぞれの通信用電線の絶縁被覆および絶縁外層を形成するための樹脂組成物を調製した。
【0124】
各成分として用いた材料は、以下のとおりである。
(ポリプロピレン樹脂)
・PP1:日本ポリプロ製 「ノバテック EC9」
・PP2:日本ポリプロ製 「ノバテック FY6H」
・PP3:日本ポリプロ製 「ノバテック EA9」
・PP4:ライオンデル・バセル製 「アドフレックス Q300F」
(ポリエチレン樹脂)
・PE:ダウ・ケミカル製「インフューズ 9107」
(極性官能基を有する樹脂)
・含官能基樹脂1:旭化成製 「タフテック M1913」 無水マレイン酸変性SEBS
・含官能基樹脂2:SK Functional Polymer製「LOTADER 3430」 エチレン-アクリル酸メチル-無水マレイン酸のランダム共重合(アクリル酸メチル15質量%、無水マレイン酸3質量%)
(難燃剤)
・金属水酸化物:協和化学工業製 「キスマ5」 水酸化マグネシウム
・臭素系難燃剤1:アルベマール製 「SAYTEX 8010」 エチレン-1,2-ビス(ペンタブロモフェニル)
・臭素系難燃剤2:アルベマール製 「SAYTEX BT93W」 エチレンビス・テトラブロモフタルイミド
(難燃助剤)
・三酸化アンチモン(粉体):山中産業製 「MSW」
・上記難燃助剤マスターバッチ Sb-MB0~5
(その他の添加剤)
・酸化防止剤1:BASF製「Irganox 1010」 ヒンダードフェノール系酸化防止剤
・酸化防止剤2:BASF製「Irganox 3114」 ヒンダードフェノール系酸化防止剤
・酸化防止剤3:ハクスイテック製 「亜鉛華1種」 酸化亜鉛
・酸化防止剤4:川口化学製 「アンテージMB」 2-メルカプトベンズイミダゾール
・酸化防止剤5:Sachtleben製「Sachtolith HD-S」 硫化亜鉛
・金属不活性剤:アデカ製「ADEKASTUB CDA-1」
【0125】
(4)通信用電線の作製
上記で作製した導体の外周に、上記で調製した絶縁被覆用の樹脂組成物を押し出し成形して、絶縁被覆を形成し、絶縁電線を作製した。得られた絶縁電線2本を、撚りピッチ20mmにて撚り合わせて、対撚線とした。撚り合わせる際に、各絶縁電線に、撚り合わせ軸を中心とした捻りを加えないようにした。そして、対撚線の外周に、上記で調製した絶縁外層用の樹脂組成物を押し出し成形して、絶縁外層を形成し、通信用電線を得た。
【0126】
試料C1~C7および試料D1~D3,D5については、絶縁被覆の厚さを0.18mmとした。また、絶縁外層は、肉厚0.4mmの中空構造とした。一方、試料C8,C9および試料D4については、絶縁被覆の厚さを0.19mmとした。また、絶縁外層は、肉厚0.8mm(平均)の充実構造とした。
【0127】
[評価方法]
上記で作製した試料C1~C9,D1~D5に対して、以下の評価を行った。試料C1~C9については、全ての評価を行い、試料D1~D5については、主要な評価のみ行っている。
【0128】
(電線外観)
各試料の絶縁電線および絶縁外層を、カッターナイフで厚さ100μm以下の輪切りにし、断面試料を作製した。その断面試料をマイクロスコープで観察し、絶縁電線および絶縁外層の表面に飛び出している凸状物を確認した。絶縁電線および絶縁外層を合わせて、最大の凸状物のサイズが10μm以下の場合を、外観が特に良い「A+」と評価した。また、そのサイズが10μm超かつ20μm以下の場合を、外観が良い「A」と評価した。そのサイズが20μm超の場合を、外観が悪い「B」と評価した。
【0129】
(難燃性)
ISO6722に準拠した燃焼試験により、難燃性を評価した。つまり、各試料にかかる通信用電線を600mmの長さに切り出して45°傾斜した状態に保持した。そして、試料の下方向から100mmの箇所にガスバーナーをセットし、15秒間にわたって炎を当てた。炎を離した後、消火するまでの時間を計測した。30秒以内で消火する場合を、難燃性が特に高い「A+」と評価した。また、30秒超かつ70秒以内で消火する場合を、難燃性が高い「A」と評価した。70秒以内に消火しなかった場合を、難燃性が低い「B」と評価した。
【0130】
(特性インピーダンスの安定性)
各試料にかかる通信用電線に対して、LCRメータを用いたオープン/ショート法によって特性インピーダンスを計測した。いずれの通信用電線についても、特性インピーダンスは100±10Ωの範囲に収まったが、さらに特性インピーダンスの安定性を評価した。具体的には、独立に製造した10個体の試料に対して特性インピーダンスの測定を行い、測定値のばらつきが1Ω以下の場合を、特性インピーダンスの安定性が特に高い「A+」と評価した。また、測定値のばらつきが1Ω超かつ3Ω以下の場合を、特性インピーダンスの安定性が高い「A」と評価した。測定値のばらつきが3Ω超の場合を、特性インピーダンスの安定性が低い「B」と評価した。
【0131】
(透過モード変換の安定性)
各試料にかかる通信用電線に対して、透過モード変換特性(LCTL)の測定を行った。測定は、単独状態の通信用電線に対して、ネットワークアナライザーを用いて、周波数50MHzで行った。独立に製造した10個体の試料に対してLCTLの測定を行い、測定値のばらつきが3dB以下の場合を、LCTLの安定性が特に高い「A+」と評価した。また、測定値のばらつきが3dB超かつ5dB以下の場合を、LCTLの安定性が高い「A」と評価した。測定値のばらつきが5dB超の場合を、LCTLの安定性が低い「B」と評価した。
【0132】
(透過モード変換:束状態)
周辺の金属材料の影響を検証するための試料として、ワイヤーハーネスを模擬し、測定対象の通信用電線1本の外周に、同じ通信用電線を6本配置して束にして、その束の外周にポリオレフィン素材の粘着テープでハーフラップ巻きを行った。この束状態の測定試料において、中心の測定対象の1本の通信用電線に対して、上記透過モード変換の安定性の評価において行ったのと同様の方法で、透過モード変換の測定を行った。この束状態に対する測定値と、測定対象の1本の通信用電線に対して単独の状態で得た測定値との乖離が、5dB以下の場合を、周辺金属による影響が特に小さく、透過モード変換特性が特に高い「A+」と評価した。また、乖離が5dB超かつ10dB以下の場合を、周辺金属による影響が小さく、透過モード変換特性が高い「A」と評価した。乖離が10dB超の場合を、周辺金属による影響が大きく、透過モード変換特性が低い「B」と評価した。
【0133】
(耐熱性)
各試料の通信用電線に対して、85℃の環境に3000時間にわたって放置する耐久試験を行った。耐久試験の前および後に、上記特性インピーダンスの評価と同様の方法で、特性インピーダンスの測定を行った。耐久試験を経た際の特性インピーダンスの変化量が5Ω以下である場合を、耐熱性が高い「A」と評価した。一方、変化量が5Ωを超える場合を、耐熱性が低い「B」と評価した。さらに、耐熱性が高い(A)と評価された場合には、新たな試料に対して、105℃のさらに厳しい環境に3000時間にわたって放置する耐久試験を行った。この耐久試験を経た際の特性インピーダンスの変化量が5Ω以下である場合を、耐熱性が特に高い「A+」と評価した。
【0134】
(耐摩耗性)
各試料の通信用電線に対して、ISO6722に準じた耐摩耗試験を行った。つまり、通信用電線に対して外径0.45mmの鉄線を荷重7Nで押し当て、55回/分の速さで往復動させ、鉄線と通信用電線の導体が導通するまでの回数を測定した。往復回数が300回以上の場合を、耐摩耗性が特に高い「A+」と評価した。また、往復回数が100回以上300回未満の場合を、耐摩摩耗性が高い「A」と評価した。往復回数が100回未満の場合を、耐摩摩耗性が低い「B」と評価した。
【0135】
(誘電率)
各試料の絶縁被覆および絶縁外層を構成する樹脂組成物をそれぞれ用いて、誘電率測定用の試料を作製した。試料形状は、縦1.5mm×横1.5mm×高さ50mmの角柱とした。得られた試料に対して、空洞共振器法を用いて、1GHzの誘電率を測定した。絶縁被覆、絶縁外層とも、比誘電率が2.0以上2.8未満の場合を、誘電率が特に好適である「A+」とした。比誘電率が2.8以上3.2未満の場合を、誘電率が好適である「A」とした。なお、比誘電率が3.2以上となると、通信用電線の構成材料として適さないので、樹脂組成物の成分組成を設定する段階で、比誘電率が3.2以上となる成分組成は、除外している。
【0136】
(弾性率)
各試料の絶縁被覆および絶縁外層を構成する樹脂組成物をそれぞれシート状に成形し4mm厚のダンベル型の測定試料を作製した。その測定試料に対して、JIS K 7171に準拠して、1mm/分の速度で3点曲げ試験を行った。そして、ひずみ0.25~0.5における曲げ弾性率を測定した。絶縁被覆については、曲げ弾性率が800MPa以上、2000MPa以下の場合を、弾性率が好適である「A」と評価した。絶縁外層については、曲げ弾性率が300MPa以上、700MPa以下の場合を、弾性率が好適である「A」と評価した。曲げ弾性率がそれらの範囲を外れる場合には、表2~4中に測定値が存在する領域を記載した。
【0137】
(凝集物のサイズ)
絶縁被覆と絶縁外層について、それぞれ1m間隔で3か所において、断面をカッターナイフで輪切りにし、マイクロスコープ(キーエンス製 「VHX6000」)にて観察を行った。そして白い粉状の凝集物(
図3A,3B参照)のサイズ(凝集物を横切る最大の直線の長さ)を計測した。絶縁被覆と絶縁外層を合わせて、それぞれの3か所の断面で観察されたうち、最大の凝集物のサイズを記録した。
【0138】
[評価結果]
表2に試料C1~C5について、表3に試料C6~C9について、表4に試料D1~D5について、絶縁被覆(表中で被覆層)および絶縁外層(表中で外層)のそれぞれの成分組成(単位:質量部)と、各評価の結果を示す。難燃助剤マスターバッチ(Sb-MB0~5)については、括弧書きで難燃助剤(三酸化アンチモン)の含有割合を表示するとともに、MFRの測定値を合わせて示している。また、難燃助剤マスターバッチごとに難燃助剤と高分子成分の含有割合が異なっているが、いずれの試料についても、難燃助剤マスターバッチに含有される高分子成分も合わせて、組成物全体に含有される高分子成分が100質量部となるように、各成分の配合量を表記している。
【0139】
【0140】
【0141】
【0142】
試料C1~C9はいずれにおいても、絶縁被覆および/または絶縁外層で、臭素系難燃剤と併用する難燃助剤としての三酸化アンチモンを、粉体の状態ではなく、あらかじめ高濃度のマスターバッチとしてから、樹脂組成物に添加している。それに対応して、いずれの試料においても、凝集物サイズが50μm以下となっている。このように、難燃助剤が樹脂組成物中に微細に分散されることで、良好な電線外観が得られている。難燃性も高くなっている。さらに、特性インピーダンスおよび透過モード変換の安定性も高くなっており、難燃助剤が微細に分散することで、樹脂組成物の材料特性が高い均一性を備えるものとなることが示唆される。耐熱性も高くなっており、それら樹脂組成物の材料特性は、高温環境を経ても安定に維持されていると言える。
【0143】
一方で、試料D1,D2では、難燃助剤としての三酸化アンチモンを、マスターバッチ化することなく、粉体の状態で添加している。そのことと対応して、凝集物サイズが80μm以上となっており、難燃助剤が粗大な凝集物を形成している。粗大な凝集物の形成に対応して、それらの試料においては、電線外観が悪くなっている。また、特性インピーダンスおよび透過モード変換の安定性も低くなっており、粗大な凝集物の形成により、樹脂組成物の特性の空間的不均一性が大きくなっているものと考えられる。
【0144】
試料D3では、絶縁被覆にも絶縁外層にも、難燃剤および難燃助剤を添加していないため、難燃性が低くなっている。試料D4では、絶縁外層に難燃助剤を添加しているが、絶縁被覆にも絶縁外層にも難燃剤を添加していない。この試料でも難燃性が低くなっている。つまり、難燃助剤は、難燃剤と併用しなければ、十分な難燃性を発揮するものとはならない。試料D5では、絶縁被覆および絶縁外層に難燃剤として金属水酸化物のみを添加している。この試料D5では、高い難燃性が得られているが、耐熱性が低くなっている。金属水酸化物は、臭素系難燃剤よりも難燃効果が低く、十分な難燃性を得るために、高分子成分100質量部に対して200質量部もの量を添加しており、多量の無機粒子の含有によって、樹脂組成物の耐熱性が低くなっているものと考えられる。
【0145】
最後に、試料C1~C9の評価結果を相互に比較する。試料C2,C3,C7,C8では、難燃助剤マスターバッチとして、MFRが1~10g/10分の範囲のものを用いている。これらの試料では、凝集物サイズが30μm以下の小さな値となっているとともに、いずれもA+と評価される優れた電線外観と、特性インピーダンスおよび透過モード変換の高い安定性が得られている。難燃助剤マスターバッチのMFRが上記の範囲にあることで、難燃助剤が高分子成分中に高度に分散されやすくなり、その結果として、微細な凝集径と良好な電線外観、そして材料特性の高い安定性が得られているものと考えられる。
【0146】
試料C1~C9の絶縁被覆および絶縁外層としては、臭素系難燃剤に加えて、金属水酸化物難燃剤を併用しているものと、金属水酸化物難燃剤を添加していないものとがある。両者の誘電率を比較すると、おおむね、金属水酸化物難燃剤を添加していない場合の方で、A+と評価される低い誘電率が得られている。金属水酸化物は安価な難燃剤であるが、樹脂組成物の誘電率を低く保つ観点からは、難燃剤として臭素系難燃剤のみを用い、三酸化アンチモンを含む難燃助剤を併用する形態が好ましいと言える。
【0147】
試料C1~C7では、絶縁外層が中空構造となっており、絶縁被覆と絶縁外層の両方に、臭素系難燃剤を含む難燃剤と難燃助剤が含有されている。一方、試料C8,C9では、絶縁外層が充実構造となっており、絶縁外層にのみ、難燃剤および難燃助剤が含有されている。これらの試料で、束状態における透過モード変換の評価結果を比較すると、絶縁外層が充実構造をとっている試料C8,C9の方で、特に優れた透過モード変換特性(A+)が得られており、周辺金属の影響によるモード変換特性への影響が生じにくくなっている。絶縁外層が充実構造をとることで、絶縁外層のみでも十分に高い難燃性を確保することができるため、絶縁被覆には難燃剤および難燃助剤を添加する必要がない。絶縁被覆に難燃剤および難燃助剤を添加しないことで、絶縁被覆の誘電率が低く抑えられ、導体と周囲の金属の間の電磁的結合を抑えやすくなり、モード変換特性が高くなっていると解釈される。
【0148】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0149】
1 通信用電線
10 信号線
11 絶縁電線
12 導体
13 絶縁被覆
20 絶縁外層