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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】四重極型質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/42 20060101AFI20240717BHJP
   H01J 49/02 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
H01J49/42 150
H01J49/02 200
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023525171
(86)(22)【出願日】2021-05-31
(86)【国際出願番号】 JP2021020694
(87)【国際公開番号】W WO2022254526
(87)【国際公開日】2022-12-08
【審査請求日】2023-08-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 学
(72)【発明者】
【氏名】宮代 大樹
(72)【発明者】
【氏名】谷口 純一
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/094146(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/069982(WO,A1)
【文献】特開平10-21871(JP,A)
【文献】特開2012-138270(JP,A)
【文献】特表2014-527275(JP,A)
【文献】国際公開第2020/121257(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0286659(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/42
H01J 49/02
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象のイオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルターを有し、該四重極マスフィルターは、
イオン光軸を取り囲むように配置された4本のメインロッド電極を含むメインロッド部と、
前記イオン光軸に沿って前記4本のメインロッド電極の前方にそれぞれ配置された4本のプリロッド電極を含むプリロッド部であって、前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のプリロッド電極が前記イオン光軸を中心とする同一半径の内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本のプリロッド電極と他の2本のプリロッド電極とが該イオン光軸を中心とする互いに異なる半径の内接円に接するように配置されてなるプリロッド部と、
通過させるイオンの質量電荷比に応じた直流電圧とRF電圧とを重畳した電圧を、前記4本のメインロッド電極にそれぞれ印加するメイン電圧印加部と、
前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧を前記4本のプリロッド電極にそれぞれ印加するプリ電圧印加部と、
を備える四重極型質量分析装置。
【請求項2】
前記4本のプリロッド電極の直径は同一である、請求項1に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項3】
前記4本のプリロッド電極のうちの少なくともイオン光軸を挟んで対向する2本のプリロッド電極は、イオン光軸の延伸方向に沿って複数のセグメントに分割され、前記メインロッド部と反対側に位置するセグメントと前記メインロッド部に向いた側のセグメントとが径方向に段差を有して配置される、請求項2に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項4】
前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のプリロッド電極は、前記4本のメインロッド電極が接する第1内接円と同一半径の第2内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本の第1の組のプリロッド電極は、前記第2内接円よりも大きな又は該第2内接円と同じ半径の内接円に接し、他の2本の第2の組のプリロッド電極は前記第2内接円よりも小さな半径の内接円に接する、請求項3に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項5】
前記第2の組のプリロッド電極は、前記イオン光軸に沿って、通過させるイオンの極性と同じ極性の直流電圧が印加されるメインロッド電極の前方に配置された電極である、請求項4に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項6】
測定対象のイオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルターを有し、該四重極マスフィルターは、
イオン光軸を取り囲むように配置された4本のメインロッド電極を含むメインロッド部と、
前記イオン光軸に沿って前記4本のメインロッド電極の後方にそれぞれ配置された4本のポストロッド電極を含むポストロッド部であって、前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のポストロッド電極が前記イオン光軸を中心とする同一半径の内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本のポストロッド電極と他の2本のポストロッド電極とが該イオン光軸を中心とする互いに異なる半径の内接円に接するように配置されてなるポストロッド部と、
通過させるイオンの質量電荷比に応じた直流電圧とRF電圧とを重畳した電圧を、前記4本のメインロッド電極にそれぞれ印加するメイン電圧印加部と、
前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧を前記4本のポストロッド電極にそれぞれ印加するポスト電圧印加部と、
を備える四重極型質量分析装置。
【請求項7】
前記4本のポストロッド電極の直径は同一である、請求項に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項8】
前記4本のポストロッド電極のうちの少なくともイオン光軸を挟んで対向する2本のポストロッド電極は、イオン光軸の延伸方向に沿って複数のセグメントに分割され、前記メインロッド部と反対側に位置するセグメントと前記メインロッド部に向いた側のセグメントとが径方向に段差を有して配置される、請求項7に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項9】
前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のポストロッド電極は、前記4本のメインロッド電極が接する第1内接円と同一半径の第2内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本の第1の組のポストロッド電極は、前記第2内接円よりも大きな又は該第2内接円と同じ半径の内接円に接し、他の2本の第2の組のポストロッド電極は前記第2内接円よりも小さな半径の内接円に接する、請求項8に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項10】
前記第2の組のポストロッド電極は、前記イオン光軸に沿って、通過させるイオンの極性と同じ極性の直流電圧が印加されるメインロッド電極の後方に配置された電極である、請求項9に記載の四重極型質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分離器として四重極マスフィルターを用いた四重極型質量分析装置に関する。本明細書において「四重極型質量分析装置」とは、シングルタイプの四重極型質量分析装置のみならず、コリジョンセルを挟んで前後に四重極マスフィルターを配置したトリプル四重極型質量分析装置、コリジョンセルの前段に四重極マスフィルターを、後段に飛行時間型質量分析器を配置した四重極-飛行時間型質量分析装置、などを含む。
【背景技術】
【0002】
一般的なシングルタイプの四重極型質量分析装置では、試料に含まれる成分(化合物)に由来するイオンを四重極マスフィルターで質量電荷比(厳密には、斜体字の「m/z」であるが、本明細書では「質量電荷比」又は「m/z」という)に応じて分離し、その分離されたイオンをイオン検出器で検出する。四重極マスフィルターにおいて所定のm/z範囲に亘る質量走査を繰り返すことで、m/zとイオン強度との関係を示すマススペトルを繰り返し取得することができる。
【0003】
四重極マスフィルターは一般に、外形円筒状である4本のロッド電極が、直線状の軸を中心とする所定の半径の内接円の外側に接するように互いに平行に、且つ周方向に等角度間隔(90°)離して配置された構成を有する。イオン光軸でもある中心軸を挟んで対向する2本のロッド電極には、直流電圧Uに高周波(RF)電圧Vcosωtを重畳した+(U+Vcosωt)なる電圧が印加され、他の2本のロッド電極には、極性が異なる直流電圧-Uに位相が反転したRF電圧-Vcosωtを重畳した-(U+Vcosωt)なる電圧が印加される。この直流電圧の電圧値UとRF電圧の振幅値Vとをそれぞれm/zに応じた所定の値とすることによって、該m/zを有するイオンを選択的に、四重極マスフィルターに通過させることができる。
【0004】
上記ロッド電極の両端付近では電場の乱れが生じ、その電場の乱れがイオンの透過効率を低下させる一因となる。そこで、こうした縁端電場の乱れを軽減するために、イオン選択作用を有するロッド電極(以下「メインロッド電極」という)の前方にプリロッド電極を設けたり、メインロッド電極の後方にポストロッド電極を設けたりすることがしばしばある。一般に、プリロッド電極及びポストロッド電極はそれぞれ、メインロッド電極と同じ径を有し、イオン光軸方向に短い外径円筒状のロッド電極である。プリロッド電極やポストロッド電極には幅広いm/zを有するイオンを収束する作用が必要であるため、一般に、それら電極には直流電圧Uは印加されず、メインロッド電極に印加されるRF電圧と周波数が同一で振幅が小さいRF電圧が印加される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2017/094146号
【文献】特許第6418337号公報
【文献】特許第627727号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
プリロッド電極を設けた四重極型質量分析装置では、一般に、試料成分由来のイオンはプリロッド電極の前方に配置された小さなアパーチャー(開口)を経て4本のプリロッド電極で囲まれる空間(以下「プリロッド空間」という)に導入される。通常、アパーチャーの形状は円形状であり、中心軸の周りに等方性がある。そのため、アパーチャーを通過したイオンは円錐状に広がりながらプリロッド空間に入射する。そして、プリロッド空間内を移動したイオンは、プリロッド空間を出て4本のメインロッド電極で囲まれる空間(以下「メインロッド空間」という)に導入される。
【0007】
いま、イオン光軸の方向をZ軸とし、Z軸に直交し且つ互いに直交する二軸をX軸、Y軸とし、X軸方向に位置する2本のメインロッド電極に電圧+(U+Vcosωt)を、Y軸方向に位置する2本のメインロッド電極に電圧-(U+Vcosωt)を印加するものとする。このとき、Y-Z平面上におけるZ軸方向の直流電位分布を考えると、プリロッド空間では直流電位はゼロ、メインロッド空間では直流電位は負値であるから、上記直流電位分布はプリロッド空間からメインロッド空間へと移動する正イオンに対し加速及び収束作用をもたらす。一方、X-Z平面上におけるZ軸方向の直流電位分布を考えると、プリロッド空間では直流電位はゼロ、メインロッド空間では直流電位は正値であるから、上記直流電位分布はプリロッド空間からメインロッド空間へと移動する正イオンに対し減速及び発散作用をもたらす。こうした発散作用のために、プリロッド空間からメインロッド空間へと移動する際にイオンの一部は消失してしまい、それが分析感度の低下の一因となり得る。
【0008】
上述したようなX-Z平面上とX-Z平面上とでの直流電位分布による作用の差異の影響を軽減するために、従来、以下のような方法が知られている。
特許文献1には、プリロッド電極の内接円の半径、若しくは、プリロッド電極のイオン光軸に向いた湾曲面の断面形状を、X軸方向に位置するプリロッド電極とY軸方向に位置するプリロッド電極とで異なるものとする、又は、X軸方向に位置するプリロッド電極とY軸方向に位置するプリロッド電極とで印加するRF電圧の振幅を異なるものとする質量分析装置が記載されている。
【0009】
また、特許文献2には、各プリロッド電極をイオン光軸方向に複数のセグメントに分割したうえで互いに分離し、その複数のセグメントに異なるRF電圧を印加するようにした質量分析装置が記載されている。
【0010】
また、特許文献3には、各メインロッド電極のイオン入口側の端部の内接円半径が他方の端部の内接円半径よりも大きくなるように、イオン光軸に直交する面に対して傾斜した端面形状を有するメインロッド電極を用いた質量分析装置が記載されている。
【0011】
特許文献1に記載の質量分析装置では、プリロッド空間とメインロッド空間との境界領域におけるイオンの透過率を向上させることができる。その反面、プリロッド空間のイオン入口における電場がイオン光軸の周りに異方的であるため、アパーチャーを通してプリロッド空間に入射して来るイオンの受入れ効率は必ずしも良好とは言えず、四重極マスフィルターの総合的なイオン透過率の点で改善の余地がある。
【0012】
特許文献2に記載の質量分析装置では、プリロッド空間とメインロッド空間との境界領域におけるイオンの透過率の向上が可能であるうえに、プリロッド空間の入口における電場をイオン光軸の周りに等方的にすることができるので、プリロッド空間の入口におけるイオン透過率の低下も抑えることができる。しかしながら、各プリロッド電極を構成する複数のセグメントにそれぞれ異なる電圧を印加するために、電源部が複雑になり、電源部のサイズや重量が増加したりコストが増加したりすることが避けられないという問題がある。
【0013】
また、特許文献3に記載の質量分析装置では、きわめて高い寸法精度が必要とされるメインロッド電極の一部を加工するため、加工に多大な手間が掛かりコストが増大するという問題がある。
【0014】
上述したように、従来の質量分析装置では、四重極マスフィルターにおけるイオン入射領域でのイオン透過効率を改善しようとするとコスト増加等が問題となる。これは、ポストロッド電極を配置したイオン出射領域でも同様であり、コストを抑えながらイオン透過効率の改善が望まれる。
【0015】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、コストの増加や電源部のサイズ・重量の増加を抑えながら、四重極マスフィルターにおける総合的なイオン透過率を改善することで分析感度を向上させることができる四重極型質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために成された本発明に係る四重極型質量分析装置の一態様は、測定対象のイオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルターを有し、該四重極マスフィルターは、
イオン光軸を取り囲むように配置された4本のメインロッド電極を含むメインロッド部と、
前記イオン光軸に沿って前記4本のメインロッド電極の前方にそれぞれ配置された4本のプリロッド電極を含むプリロッド部であって、前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のプリロッド電極が前記イオン光軸を中心とする同一半径の内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本のプリロッド電極と他の2本のプリロッド電極とが該イオン光軸を中心とする互いに異なる半径の内接円に接するように配置されてなるプリロッド部と、
通過させるイオンの質量電荷比に応じた直流電圧とRF電圧とを重畳した電圧を、前記4本のメインロッド電極にそれぞれ印加する第1電圧印加部と、
前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧を前記4本のプリロッド電極にそれぞれ印加する第2電圧印加部と、
を備える。
【0017】
上記課題を解決するために成された本発明に係る四重極型質量分析装置の他の態様は、測定対象のイオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルターを有し、該四重極マスフィルターは、
イオン光軸を取り囲むように配置された4本のメインロッド電極を含むメインロッド部と、
前記イオン光軸に沿って前記4本のメインロッド電極の後方にそれぞれ配置された4本のポストロッド電極を含むポストロッド部であって、前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のポストロッド電極が前記イオン光軸を中心とする同一半径の内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本のポストロッド電極と他の2本のポストロッド電極とが該イオン光軸を中心とする互いに異なる半径の内接円に接するように配置されてなるポストロッド部と、
通過させるイオンの質量電荷比に応じた直流電圧とRF電圧とを重畳した電圧を、前記4本のメインロッド電極にそれぞれ印加する第1電圧印加部と、
前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧を前記4本のポストロッド電極にそれぞれ印加する第2電圧印加部と、
を備える。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る四重極型質量分析装置の上記二つの態様によれば、プリロッド部へイオンが入射する入口領域、プリロッド部からメインロッド部へとイオンが移動する境界領域、メインロッド部からポストロッド部へとイオンが移動する境界領域、及び、ポストロッド部からイオンが出射する出口領域、のいずれにおいてもイオンの透過率が向上する。これにより、四重極マスフィルターとしての総合的なイオンの透過率が向上し、従来よりも分析感度を改善することができる。
また、本発明に係る四重極型質量分析装置の上記二つの態様によれば、プリロッド部やポストロッド部に含まれるロッド電極に印加するRF電圧を複数種類用意する必要がないため、電源部が複雑にならず、電源部のサイズや重量の増加、及びコストの増加を共に回避することができる。また、メインロッド電極について製造上の特殊な加工を要しないので、その点においてもコストの増加を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態であるトリプル四重極型質量分析装置の概略全体構成図。
図2】本実施形態の質量分析装置における前段四重極マスフィルターの前半部の構成を示す図であり、(A)はイオン光軸Cを含むX-Z平面での端面図、(B)はイオン光軸Cを含むY-Z平面での端面図。
図3図2(A)中のA-AA矢視線断面図。
図4】本実施形態の質量分析装置における前段四重極マスフィルターの後半部の構成を示す図であり、(A)はイオン光軸Cを含むX-Z平面での端面図、(B)はイオン光軸Cを含むY-Z平面での端面図。
図5】プリロッド部及びポストロッド部に本発明の一態様の構成を採用した場合のイオン強度増加効果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係る四重極型質量分析装置は、質量分離器として四重極マスフィルターを用いた質量分析装置全般に適用され得る。従って、本発明に係る四重極型質量分析装置は、シングルタイプの四重極型質量分析装置、トリプル四重極型質量分析装置、四重極-飛行時間型質量分析装置を含む。
【0021】
以下、本発明の一実施形態であるトリプル四重極型質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態のトリプル四重極型質量分析装置の概略全体構成図である。この質量分析装置は、大気圧イオン源を用いたトリプル四重極型質量分析装置であって、一般的には、液体クロマトグラフと組み合わせて液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)として使用される。
【0022】
この質量分析装置では、その内部にイオン化室60が設けられたイオン化装置6が、真空チャンバー1の前方に接続されている。真空チャンバー1内は、第1中間真空室2、第2中間真空室3、第3中間真空室4、及び分析室5、の4室に概ね区画されている。イオン化室60は略大気圧であり、第1中間真空室2以降の各室は、図示しないロータリーポンプとターボ分子ポンプとにより真空排気される。それによって、この質量分析装置は、イオン化室60から、第1中間真空室2、第2中間真空室3、第3中間真空室4、及び分析室5と順に段階的に真空度が高くなる多段差動排気系の構成となっている。
【0023】
イオン化室60内にはエレクトロスプリーイオン化(ESI)プローブ61が配置され、イオン化室60と第1中間真空室2とは高温に加熱される脱溶媒管62を通して連通している。第1中間真空室2内にはQアレイ(Q-Array)と呼ばれるイオンガイド20が配置され、第1中間真空室2と第2中間真空室3とはスキマー21の頂部に設けられた小孔を通して連通している。第2中間真空室3及び第3中間真空室4にはそれぞれ、イオン光軸Cを取り囲むように配置された複数本のロッド電極から成る多重極型のイオンガイド30、40が配置されている。
【0024】
分析室5には、イオン光軸Cに沿って、前段四重極マスフィルター50と、イオンを収束させつつ輸送するイオンガイド52を内部に備えたコリジョンセル51と、後段四重極マスフィルター53と、入射したイオンの量に応じたイオン強度を検出信号として出力するイオン検出器54と、が配置されている。
【0025】
ESIプローブ61、脱溶媒管62、イオンガイド20、30、40、52、四重極マスフィルター50、53などには、制御部8による制御の下で、電源部7からそれぞれ所定の電圧が印加される。また、煩雑になるために図示していないが、ESIプローブ61、脱溶媒管62などの構成要素にも、それぞれ所定の電圧が印加される。イオン検出器54による検出信号は、アナログ-デジタル変換器(図示せず)でデジタルデータに変換され、データ処理部(図示せず)に入力される。
【0026】
本実施形態の質量分析装置における、典型的なMS/MS分析の動作を概略的に説明する。
ESIプローブ61に試料液が導入されると、ESIプローブ61の先端から帯電した試料液滴がイオン化室60内に噴霧される、帯電液滴が周囲のガスに衝突して微細化されると共に該液滴中の溶媒が気化する過程で、試料液に含まれる成分分子はイオン化される。生成されたイオンは、溶媒が十分に気化していない帯電液滴とともに脱溶媒管62に吸い込まれ、第1中間真空室2へ送られる。脱溶媒管62中で液滴中の溶媒の気化は一層促進され、それによって試料成分由来のイオンの生成は促進される。
【0027】
第1中間真空室2に導入されたイオンは、イオンガイド20により形成される電場の作用でスキマー21の小孔付近に収束され、該小孔を通過して第2中間真空室3に入る。そのイオンはイオンガイド30、40により形成される電場の作用で収束されつつ順次輸送され、第3中間真空室4と分析室5とを隔てる隔壁55に形成されたアパーチャー55aを経て分析室5に入る。
【0028】
分析室5において、試料成分由来のイオンはまず前段四重極マスフィルター50に入射し、前段四重極マスフィルター50を構成する電極に印加されている電圧に応じたm/zを有するイオンのみが前段四重極マスフィルター50を通り抜ける。前段四重極マスフィルター50を通り抜けたイオン(プリカーサーイオン)はコリジョンセル51に入射し、コリジョンセル51内に導入されているコリジョンガス(通常はアルゴン、窒素などの不活性ガス)に衝突して衝突誘起解離(CID)を生じる。このCIDにより生成された各種のプロダクトイオンは、イオンガイド52で収束されつつ輸送され、後段四重極マスフィルター53に入射する。後段四重極マスフィルター53を構成するロッド電極に印加されている電圧に応じたm/zを有するプロダクトイオンのみが後段四重極マスフィルター53を通り抜け、イオン検出器54に入射する。イオン検出器54は入射したイオンの量に応じた大きさのイオン強度信号を出力する。
【0029】
前段四重極マスフィルター50及び後段四重極マスフィルター53においてそれぞれ所定のm/zを有するイオンを選択的に通過させることで、試料中の特定の成分に由来する特定のプロダクトイオンを検出することができる。
【0030】
図1に示すように、前段四重極マスフィルター50は、メインロッド部500と、該メインロッド部500を挟んでその前方に配置されたプリロッド部501と、その後方に配置されたポストロッド部502と、を含む。一方、後段四重極マスフィルター53は、メインロッド部530と、該メインロッド部530の前方に配置されたプリロッド部531と、を含む。各四重極マスフィルター50、53におけるメインロッド部500、530は、m/zに応じてイオンを選択する機能を有し、プリロッド部501、531、及びポストロッド部502は主として、メインロッド部500、503の縁端電場の乱れを軽減する機能を有する。
【0031】
次に、四重極マスフィルター50、53の特徴的な構成及び動作を、図2図3を参照して説明する。ここでは、正イオンを測定する場合を想定する。図2は、前段四重極マスフィルター50の概ね前半部の構成を示す図であり、(A)はイオン光軸Cを含むX-Z平面での端面図、(B)はイオン光軸Cを含むY-Z平面での端面図である。図3は、図2(A)中のA-AA矢視線断面図、つまりイオン光軸Cに直交するX-Y平面でのプリロッド部501の概略断面図である。
【0032】
一般的な四重極マスフィルターと同じく、メインロッド部500は外形が円筒形状である4本のメインロッド電極5001、5002、5003、5004を含み、その4本のメインロッド電極5001~5004は、イオン光軸Cを中心とする半径r0の内接円に接するように互いに平行に、且つ周方向に等角度間隔で配置されている。4本のメインロッド電極5001~5004のうち、X軸方向にイオン光軸Cを挟んで対向する2本のロッド電極5001、5003には、電源部7から電圧+(U+Vcosωt)が印加され、Y軸方向にイオン光軸Cを挟んで対向する2本のロッド電極5002、5004には電源部7から電圧-(U+Vcosωt)が印加される。Uは直流電圧であり、VcosωtはRF電圧であり、U、Vは一定の関係を有してm/zに応じて変化する。なお、各メインロッド電極に直流バイアス電圧が共通に印加される場合があるが、直流バイアス電圧はイオンの分離に寄与しないので、ここでは省いて考える。
【0033】
従来の質量分析装置では一般に、プリロッド部には、メインロッド電極よりもZ軸方向に短いロッド電極が用いられ、その4本の短いロッド電極がそれぞれメインロッド電極の前方に配置される。つまり、4本のプリロッド電極は、メインロッド電極と同様に、半径がr0である内接円に接するように、周方向に等角度間隔で配置される。それに対し、本実施形態における四重極マスフィルター50では、プリロッド部501は、イオン光軸Cの方向に、第1セグメント部501Aと第2セグメント部501Bの二つに分割されている。
【0034】
具体的には、各プリロッド電極5011~5014はそれぞれ、イオン光軸C方向に中央付近で切断され、第1セグメント5011A~5014Aと第2セグメント5011B~5014Bとに分かれている。1本のプリロッド電極、例えばプリロッド電極5011は第1セグメント5011Aと第2セグメント5011Bから成り、それらは電気的な接触を維持した状態で、第2セグメント5011Bが径方向(図2ではX-Y平面内)に1mmだけ内方に(イオン光軸Cに近付く方向に)ずらされている。イオン光軸Cを挟んで対向するプリロッド電極5013も同様である。一方、他の2本のプリロッド電極、例えばプリロッド電極5014は第1セグメント5014Aと第2セグメント5014Bから成り、それらは電気的な接触を維持した状態で、第2セグメント5011Bが径方向(図2ではX-Y平面内)に1mmだけ外方に(イオン光軸Cから遠ざかる方向に)ずらされている。イオン光軸Cを挟んで対向するプリロッド電極5012も同様である。
【0035】
換言すれば、図3に示すように、各プリロッド電極5011~5014の第1セグメント5011A~5014Aは、半径r0の内接円に接するように配置される。一方、各プリロッド電極5011~5014の第2セグメント5011B~5014Bのうち、X軸方向に配置される第2セグメント5011B、5013B(図2(A)参照)は、上記内接円の半径r0よりも1mm小さい、半径がr0-1mmである内接円に接するように配置され、Y軸方向に配置される第2セグメント5012B、5014B(図2(B)参照)は、上記内接円の半径r0よりも1mm大きい、半径がr0+1mmである内接円に接するように配置される。このように、第1セグメント5011A~5014Aと第2セグメント5011B~5014との間には、それぞれ1mmの段差が設けられている。
【0036】
但し、プリロッド電極5011~5014の第1セグメント5011A~5014Aが接する内接円と、メインロッド電極5001~5004が接する内接円とは、必ずしも同一の半径でなくてもよい。
なお、r0の値は適宜に決めることができるが、本例ではr0は約4mmである。また、セグメント間の段差である1mmもこれに限らない。ここで示している値は、イオン光学設計シミュレーションソフトウェアとしてよく知られている米国サイエンティフィック・インスツルメント・サービシズ(Scientific Instrument Services)社製のSIMION(登録商標)を用いた最適化を行った結果であるが、その値が条件によって変わり得ることはよく知られている。
【0037】
アパーチャー55aを通して上記構成のプリロッド電極5011~5014で囲まれるプリロッド空間にイオンが入射する。プリロッド電極5011~5014の第1セグメント5011A~5014Aは同一半径の内接円に接しているので、プリロッド空間の入口におけるRF電場は従来と実質的に変わらず、X-Y平面におけるRF電場はイオン光軸Cの周りに等方的である。そのため、円形状のアパーチャー55aを通して入射し略円錐状に広がる、つまりイオン光軸Cの周りに略等方的に存在するイオンは、プリロッド空間に良好に、つまり高い効率で以て受け入れられる。
【0038】
プリロッド電極5011~5014には直流電圧が印加されないため、プリロッド空間における直流電位はゼロであるのに対し、次段のメインロッド空間における直流電位はY軸方向には負値、X軸方向には正値である。そのため、プリロッド空間とメインロッド空間との境界付近において、Y軸方向には正イオンをイオン光軸C方向に加速及び収束させる力が作用する。逆にX軸方向には、正イオンをイオン光軸C方向に減速及び発散させる力が作用する。一方、プリロッド電極5011~5014において、Y軸方向に位置する第2セグメント5012B、5014Bはイオン光軸Cとの間の距離が相対的に長く、X軸方向に位置する第2セグメント5011B、5013Bはイオン光軸Cとの間の距離が相対的に短い。そのため、第2セグメント5011B~5014Bで囲まれる空間を通過しようとする正イオンにはX軸方向に、より強い収束作用が働き、逆にY軸方向には収束作用が弱まる。
【0039】
即ち、上述したようにメインロッド電極5001~5004に印加されるU電圧のために、プリロッド空間からメインロッド空間に移動する正イオンにはX軸方向とY軸方向とで、減速及び発散と加速及び収束という全く逆の力が作用するものの、プリロッド電極5011~5014の第2セグメント5011B~5014Bの位置を径方向にずらすことによって、上述の減速及び発散と加速及び収束の作用がいずれも緩和される。この減速及び発散の作用は、メインロッド空間に入射するイオンが適切にメインロッド空間に受け入れられずに損失する原因となり得る。それに対し、本実施形態の質量分析装置では、プリロッド空間からメインロッド空間へと高い効率でイオンを移動させることができる。
【0040】
なお、X軸方向に配置される第2セグメント5011B、5013Bを、半径がr0-1mmである内接円に接するように配置する一方、Y軸方向に配置される第2セグメント5012B、5014Bは、半径がr0である内接円に接するように配置してもよい。この場合、図2(B)で見えている2本のプリロッド電極5012、5014は、二つのセグメントに分割されていない。このような構成でも、U電圧のためにプリロッド空間からメインロッド空間に移動する正イオンに働く減速及び発散の作用が緩和されるので、イオン透過効率の改善が可能である。但し、次のような理由により、Y軸方向に配置される第2セグメント5012B、5014Bの内接円の半径はr0よりも大きくする方がよい。
【0041】
第2セグメント5011B、5013Bの内接円の半径をr0よりも小さくすると、加速及び収束の作用は高まるものの、イオンを捕捉可能な空間は狭くなるため空間電荷効果が高まる。第2セグメント5012B、5014Bの内接円の半径をr0よりも大きくすると、Y軸方向にイオンを捕捉可能な空間が広がる。そのために、X軸方向においてイオンを捕捉可能な空間が狭くなったことによる空間電荷効果の高まりが、Y軸方向においては緩和され、空間電荷効果によるイオンの発散を抑えることができる。その結果として、Y軸方向に配置される第2セグメント5012B、5014Bの内接円の半径をr0とするよりもr0より大きくした方が、総合的なイオン透過効率が向上する。
【0042】
図4は、前段四重極マスフィルター50の概ね後半部の構成を示す図であり、(A)はイオン光軸Cを含むX-Z平面での端面図、(B)はイオン光軸Cを含むY-Z平面での端面図である。ポストロッド電極5021~5024は基本的にはプリロッド電極5011~5014と同様の構成及び配置であり、各ポストロッド電極5021~5024の第2セグメント5021B~5024Bは、半径r0の内接円に接するように配置される。一方、各ポストロッド電極5021~5024の第1セグメント5021A~5024Aのうち、X軸方向に配置される第1セグメント5021A、5023A(図4(A)参照)は、半径がr0-1mmである内接円に接するように配置され、Y軸方向に配置される第1セグメント5022A、5024A(図4(B)参照)は、半径がr0+1mmである内接円に接するように配置される。
【0043】
上記のような構成によってメインロッド空間からポストロッド空間へと移動するイオンの透過効率が改善される理由は、上述したような、プリロッド空間からメインロッド空間へと移動するイオンの透過効率が改善される理由では説明しにくい。何故なら、メインロッド電極に印加されるU電圧によって形成される直流電場の下でのイオンの挙動に着目すると、上記のようなポストロッド電極の配置は必ずしも適切ではないものの、実際には、明らかなイオン検出感度の向上が観測されるからである(後述の実験例を参照のこと)。
【0044】
図4に示したような5021~5024の配置によってイオン透過効率が向上する理由は、以下の通りであると推測される。
四重極マスフィルターのメインロッド空間をイオンが通過する際に、イオンはX軸方向とY軸方向とにそれぞれ振動しながらZ軸方向に進行する。本発明者らがメインロッド空間におけるイオンの軌道をシミュレーションによって解析したところ、イオンの振動の振幅はX軸方向とY軸方向とでは異なり、X軸方向の方がY軸方向の方よりも大きいことが判明した(但し、平均的なイオン軌道はX軸方向の方がY軸方向の方よりもイオン光軸に近い)。これは、X軸方向の方がY軸方向に比べて、メインロッド空間を通過するイオンを収束させることが難しいことを示唆しており、メインロッド空間からポストロッド空間へイオンが移動する際に、X軸方向の方がY軸方向に比べてイオンが発散し易いと考えられる。
【0045】
これに対し、図4に示したように、ポストロッド電極5021~5024の第1セグメント5021A~5024Aを配置することで、より強いイオン収束作用をX軸方向に持たせることができる。それによって、メインロッド空間から出射する際に発散しがちであるイオンを確実にポストロッド空間に受け容れることができ、イオンの損失を軽減することでイオン透過効率を向上させることが可能である。一方、ポストロッド電極5021~5024においてメインロッド部500から遠い側の第2セグメント5021B~5024Bは同一半径r0の内接円に接しているので、ポストロッド部502からのイオンの出射は従来と同様に高い効率で行われる。
【0046】
このようにして、前段四重極マスフィルター50では、プリロッド部501へとイオンが入射する段階、プリロッド部501からメインロッド部500へとイオンが移動する段階、メインロッド部500からポストロッド部502へとイオンが移動する段階、及び、ポストロッド部502からイオンが出射する段階の全てにおいて高い効率でイオンを透過させることができ、総合的に高いイオン透過率を達成することができる。
【0047】
後段四重極マスフィルター53はプリロッド部531のみを備える構成であるが、プリロッド部531の構成を前段四重極マスフィルター50のプリロッド部501と同様の構成とすることで、総合的に高いイオン透過率を達成することができる。
【0048】
なお、上記説明は、正イオンを測定対象とする場合であるが、負イオンを測定対象とする場合には、メインロッド空間内の直流電位が正値であるときに、プリロッド空間とメインロッド空間との間の境界においてイオンをイオン光軸方向Cに加速及び収束させる作用が働く。従って、図2に示した例とは異なり、X軸方向に位置する2本のメインロッド電極5001、5003に電圧-(U+Vcosωt)を印加し、Y軸方向に位置する2本のメインロッド電極5002、5004に電圧+(U+Vcosωt)を印加すればよい。即ち、プリロッド電極5011~5014やメインロッド電極5001~5004に印加する電圧の極性を正負入れ替えればよい。これによって、上記説明と同様の効果が得られる。
【0049】
[実験例]
本発明者らは、四重極マスフィルターにおけるプリロッド部及びポストロッド部のロッド電極を上述したような構成としたことによる効果を、実験的に確認した。この実験では、LC-MSの感度評価において頻用されるPEG(ポリエチレングリコール)を試料として使用し、従来の一般的なプリロッド部(又はポストロッド部)を用いた質量分析装置と、上述した本発明によるプリロッド部(又はポストロッド部)を用いた質量分析装置とでイオン強度を測定した。
PEGに対応する所定のm/z値における、[本発明による質量分析装置でのイオン強度]/[従来の質量分析装置でのイオン強度]を計算した結果を図5に示す。図5は、本発明を用いることによるイオン強度つまりは感度の改善度合いの一例を示している。
【0050】
図5から分かるように、本発明によるプリロッド部を用いた質量分析装置の方が従来のプリロッド部を用いた質量分析装置に比べて、広いm/z範囲に亘って、1.3~1.7倍程度、イオン強度が高くなっている。ポストロッド部についても同様に評価したが、本発明によるポストロッド部を用いた質量分析装置の方が従来のポストロッド部を用いた質量分析装置に比べて、広いm/z範囲に亘って、1.3~1.7倍程度、イオン強度が高くなっている。このイオン強度の改善は、四重極マスフィルターにおいて総合的なイオン透過率が改善されたことを意味しており、本発明の効果が確認できる。
【0051】
上記実施形態は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜に変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0052】
例えば、上記実施形態は、特徴的な構成のプリロッド部及び/ポストロッド部を備える四重極マスフィルターを用いたトリプル四重極型質量分析装置であるが、シングルタイプの四重極型質量分析装置や四重極-飛行時間型質量分析装置にも本発明を適用可能であることは明らかである。また、質量分析装置のイオン源は大気圧イオン源に限らず、一般に質量分析装置で利用されている様々なイオン化法によるイオン源を用いることができる。
【0053】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0054】
(第1項)本発明に係る四重極型質量分析装置の一態様は、測定対象のイオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルターを有し、該四重極マスフィルターは、
イオン光軸を取り囲むように配置された4本のメインロッド電極を含むメインロッド部と、
前記イオン光軸に沿って前記4本のメインロッド電極の前方にそれぞれ配置された4本のプリロッド電極を含むプリロッド部であって、前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のプリロッド電極が前記イオン光軸を中心とする同一半径の内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本のプリロッド電極と他の2本のプリロッド電極とが該イオン光軸を中心とする互いに異なる半径の内接円に接するように配置されてなるプリロッド部と、
通過させるイオンの質量電荷比に応じた直流電圧とRF電圧とを重畳した電圧を、前記4本のメインロッド電極にそれぞれ印加する第1電圧印加部と、
前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧を前記4本のプリロッド電極にそれぞれ印加する第2電圧印加部と、
を備える。
【0055】
(第6項)本発明に係る四重極型質量分析装置の他の態様は、測定対象のイオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルターを有し、該四重極マスフィルターは、
イオン光軸を取り囲むように配置された4本のメインロッド電極を含むメインロッド部と、
前記イオン光軸に沿って前記4本のメインロッド電極の後方にそれぞれ配置された4本のポストロッド電極を含むポストロッド部であって、前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のポストロッド電極が前記イオン光軸を中心とする同一半径の内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本のポストロッド電極と他の2本のポストロッド電極とが該イオン光軸を中心とする互いに異なる半径の内接円に接するように配置されてなるポストロッド部と、
通過させるイオンの質量電荷比に応じた直流電圧とRF電圧とを重畳した電圧を、前記4本のメインロッド電極にそれぞれ印加する第1電圧印加部と、
前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧を前記4本のポストロッド電極にそれぞれ印加する第2電圧印加部と、
を備える。
【0056】
当然のことながら、第1項に記載の四重極型質量分析装置におけるプリロッド部と第6項に記載の四重極型質量分析装置におけるポストロッド部との両方を備えることが可能である。
【0057】
本発明に係る四重極型質量分析装置の上記二つの態様によれば、プリロッド部へイオンが入射する入口領域、プリロッド部からメインロッド部へとイオンが移動する境界領域、メインロッド部からポストロッド部へとイオンが移動する境界領域、及び、ポストロッド部からイオンが出射する出口領域、のいずれにおいてもイオンの透過率が向上する。これにより、四重極マスフィルターとしての総合的なイオンの透過率が向上し、従来よりも分析感度を改善することができる。また、本発明に係る四重極型質量分析装置の上記二つの態様によれば、プリロッド部やポストロッド部に含まれるロッド電極に印加するRF電圧を複数種類用意する必要がないため、電源部が複雑にならず、電源部のサイズや重量の増加、及びコストの増加を共に回避することができる。また、メインロッド電極について製造上の特殊な加工を要しないので、その点においてもコストの増加を回避することができる。
【0058】
(第2項)第1項に記載の四重極型質量分析装置において、前記4本のメインロッド電極の直径及び前記4本のプリロッド電極の直径は同一であるものとすることができる。
【0059】
(第7項)第6項に記載の四重極型質量分析装置において、前記4本のメインロッド電極の直径及び前記4本のポストロッド電極の直径は同一であるものとすることができる。
【0060】
第2項又は第7項に記載の四重極型質量分析装置によれば、メインロッド電極とプリロッド電極又はポストロッド電極との断面形状を同一とすることができ、コストを抑えるのに有利である。
【0061】
(第3項)第2項に記載の四重極型質量分析装置において、前記4本のプリロッド電極のうちの少なくともイオン光軸を挟んで対向する2本のプリロッド電極は、イオン光軸の延伸方向に沿って複数のセグメントに分割され、前記メインロッド部と反対側に位置するセグメントと前記メインロッド部に向いた側のセグメントとが径方向に段差を有して配置されるものとすることができる。
【0062】
(第8項)第7項に記載の四重極型質量分析装置において、前記4本のポストロッド電極のうちの少なくともイオン光軸を挟んで対向する2本のポストロッド電極は、イオン光軸の延伸方向に沿って複数のセグメントに分割され、前記メインロッド部と反対側に位置するセグメントと前記メインロッド部に向いた側のセグメントとが径方向に段差を有して配置されるものとすることができる。
【0063】
第3項又は第8項に記載の四重極型質量分析装置において、複数のセグメントに分割されたプリロッド電極又はポストロッド電極は、その複数のセグメントの間での電気的接続が確保されるように径方向に段差を有して配置される。従って、複数に分割された場合でも実質的には1本のプリロッド電極である。
【0064】
第3項又は第8項に記載の四重極型質量分析装置によれば、プリロッド電極又はポストロッド電極におけるセグメント間の段差の大きさによって、プリロッド電極又はポストロッド電極の内接円の半径を調整することができる。また、メインロッド電極と平行になるようにプリロッド電極又はポストロッド電極の位置を決めればよいので、それらロッド電極の組立てが容易であるととともに組立精度も確保し易くなる。
【0065】
(第4項)第3項に記載の四重極型質量分析装置において、前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のプリロッド電極は、前記4本のメインロッド電極が接する第1内接円と同一半径の第2内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本の第1の組のプリロッド電極は、前記第2内接円よりも大きな又は該第2内接円と同じ半径の内接円に接し、他の2本の第2の組のプリロッド電極は前記第2内接円よりも小さな半径の内接円に接するものとすることができる。
【0066】
(第5項)第4項に記載の四重極型質量分析装置において、前記第2の組のプリロッド電極は、前記イオン光軸に沿って、通過させるイオンの極性と同じ極性の直流電圧が印加されるメインロッド電極の前方に配置された電極であるものとすることができる。
【0067】
(第9項)また第8項に記載の質量分析装置において、前記メインロッド部と反対側の端部では前記4本のポストロッド電極は、前記4本のメインロッド電極が接する第1内接円と同一半径の第2内接円に接し、前記メインロッド部に向いた側の端部では、前記イオン光軸を挟んで対向する2本の第1の組のポストロッド電極は、前記第2内接円よりも大きな又は該第2内接円と同じ半径の内接円に接し、他の2本の第2の組のポストロッド電極は前記第2内接円よりも小さな半径の内接円に接するものとすることができる。
【0068】
(第10項)第9項に記載の質量分析装置において、前記第2の組のポストロッド電極は、前記イオン光軸に沿って、通過させるイオンの極性と同じ極性の直流電圧が印加されるメインロッド電極の後方に配置された電極であるものとすることができる。
【0069】
第4項、第5項、第9項、第10項に記載の四重極型質量分析装置によれば、簡単な構造で、つまりはコストを抑えながら、イオン透過効率を改善することができる。
【符号の説明】
【0070】
1…真空チャンバー
2…第1中間真空室
3…第2中間真空室
4…第3中間真空室
5…分析室
20、30、40、52…イオンガイド
21…スキマー
50…前段四重極マスフィルター
500…メインロッド部
5001、5002、5003、5004…メインロッド電極
501…プリロッド部
501A…第1セグメント部
501B…第2セグメント部
5011、5012、5013、5014…プリロッド電極
5011A、5012A、5013A、5014A…第1セグメント
5011B、5012B、5013B、5014B…第2セグメント
502…ポストロッド部
502A…第1セグメント部
502B…第2セグメント部
5021、5022、5023、5024…ポストロッド電極
5021A、5022A、5023A、5024A…第1セグメント
5021B、5022B、5023B、5024B…第2セグメント
51…コリジョンセル
53…後段四重極マスフィルター
530…メインロッド部
531…プリロッド部
54…イオン検出器
55…隔壁
55a…アパーチャー
6…イオン化装置
60…イオン化室
61…ESIプローブ
62…脱溶媒管
7…電源部
8…制御部
C…イオン光軸
図1
図2
図3
図4
図5