(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】高度不飽和脂肪酸含有油脂組成物
(51)【国際特許分類】
C11B 5/00 20060101AFI20240717BHJP
A23D 9/00 20060101ALI20240717BHJP
A23D 9/013 20060101ALI20240717BHJP
A23D 9/007 20060101ALI20240717BHJP
A23D 9/02 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
C11B5/00
A23D9/00 516
A23D9/013
A23D9/007
A23D9/02
(21)【出願番号】P 2023202887
(22)【出願日】2023-11-30
【審査請求日】2023-12-01
(31)【優先権主張番号】P 2022206619
(32)【優先日】2022-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000189970
【氏名又は名称】植田製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】武矢 悠太郎
(72)【発明者】
【氏名】風 直樹
(72)【発明者】
【氏名】山本 浩志
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/190203(WO,A1)
【文献】特開2017-114776(JP,A)
【文献】特開2022-171978(JP,A)
【文献】特開平06-298642(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11B 1/00-15/00
C11C 1/00- 5/02
A23D 7/00- 9/06
A23L 3/00- 3/3598
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂の脂肪酸組成中に炭素数18以上で二重結合を3個以上有する高度不飽和脂肪酸を含
む脱臭油脂に、アスコルビン酸またはエリソルビン酸を5ppm以上30ppm以下含有し、アスコルビン酸脂肪酸エステルの含有量が50ppm以上1000ppm以下、かつ溶存酸素含有量に対するアスコルビン酸脂肪酸エステルの含有量がX/Y≧100を満たすものであることを特徴とする、酸素不透過性容器入り油脂組成物。
X:油脂組成物に含まれるアスコルビン酸脂肪酸エステルの濃度(ppm)
Y:油脂組成物に含まれる溶存酸素量(mg/L)
【請求項2】
油脂組成物中に含まれるアスコルビン酸脂肪酸エステルがアスコルビン酸パルミテートま
たはアスコルビン酸ステアレートであって、含有量が160ppm以上1000ppm以
下である、請求項1に記載の油脂組成物。
【請求項3】
魚油、水産動物油または藻類油を起源とするドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸中に5質量
%以上含有する、請求項1または2に記載の油脂組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、酸化劣化、風味劣化が抑制された高度不飽和脂肪酸含有油脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
α-リノレン酸、γ-リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸等の炭素数18以上で二重結合を3個以上有する高度不飽和脂肪酸は、生体内で様々な機能性を有することが知られており、これらを含む魚油、エゴマ油、アマニ油などは、機能性食品、医薬品、化粧品などに利用されている。
【0003】
しかし、高度不飽和脂肪酸含有油脂はパーム油、菜種油などと比較して熱、光、酸素などにより酸化しやすく、風味安定性も悪いという欠点を抱えている。高度不飽和脂肪酸含有油脂は精製直後には魚臭様の生臭さを感じないが、保存中のわずかな酸化であっても戻り臭が発生し、使用に適さないものとなる。そこで冷蔵や冷凍保存を図るが、油が固化してそのままでは取り出せず、使用する際には過加熱や長時間の加温が必要となり、そのことが却って風味劣化の原因となる。
【0004】
高度不飽和脂肪酸含有油脂の酸化を防止する方法として各種の抗酸化剤を組み合わせて油脂に添加する方法が提案されている。特開平05-287294号公報では茶抽出物、δ-トコフェロール、アスコルビン酸、L-アスコルビン酸脂肪酸エステル等を配合してなる魚油戻り臭抑制剤が示されているが、茶抽出物及びδ-トコフェロールと組み合わせることが必須であり、茶抽出物は食品成分により褐変が生じやすいことや特有の風味があるため、用途が限定される。特開平09-263784号公報では、δ-トコフェロールとL-アスコルビン酸脂肪酸エステルを配合してなる臭気が抑制された多価不飽和脂肪酸含有油脂組成物が示されているが、十分な抗酸化作用は得られておらず、常温保管での風味劣化の抑制は十分でない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平05-287294号公報
【文献】特開平09-263784号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明における課題は、保管中の酸化劣化、風味劣化が極力抑制された容器入り高度不飽和脂肪酸含有油脂を提供することである。さらに、開封時の風味が極めて良好であり、開封後の酸化及び風味劣化抑制機能も備えていて、様々な用途での使用において長期間支障のない高度不飽和脂肪酸含有油脂を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、高度不飽和脂肪酸含有油脂の保存時の劣化を抑制するべく鋭意研究を進めたところ、高度不飽和脂肪酸を含む油脂がアスコルビン酸またはエリソルビン酸と、アスコルビン酸脂肪酸エステルを含有しており、溶存酸素の含有量が低い場合、酸化劣化抑制、風味劣化抑制に特に高い効果を発揮することを見出した。
【0008】
さらに、溶存酸素量に対するアスコルビン酸脂肪酸エステル含有量の割合が特定の範囲であることが、高い劣化抑制効果を得るために必須の条件であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の発明等に関する。
[1]油脂の脂肪酸組成中に炭素数18以上で二重結合を3個以上有する高度不飽和脂肪酸を含み、アスコルビン酸またはエリソルビン酸を5ppm以上30ppm以下含有し、アスコルビン酸脂肪酸エステルの含有量が50ppm以上1000ppm以下、かつ溶存酸素含有量に対するアスコルビン酸脂肪酸エステルの含有量がX/Y≧100を満たすものであることを特徴とする酸素不透過性容器入り油脂組成物。
X:油脂組成物に含まれるアスコルビン酸脂肪酸エステルの濃度(ppm)
Y:油脂組成物に含まれる溶存酸素量(mg/L)
[2]油脂組成物中に含まれるアスコルビン酸脂肪酸エステルがアスコルビン酸パルミテートまたはアスコルビン酸ステアレートであって、含有量が160ppm以上1000ppm以下である、[1]に記載の油脂組成物。
[3]魚油、水産動物油または藻類油を起源とするドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸中に5質量%以上含有する、[1]または[2]に記載の油脂組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、常温保管であっても酸化安定性、風味安定性が顕著に優れた高度不飽和脂肪酸含有油脂を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明における高度不飽和脂肪酸とは、炭素数18以上で、かつ二重結合を3個以上有する脂肪酸であり、例えば、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、α-リノレン酸などのω-3系脂肪酸、アラキドン酸やγ-リノレン酸などのω-6系脂肪酸が挙げられる。
【0012】
高度不飽和脂肪酸含有油脂としては、炭素数18以上で二重結合数が3以上の高度不飽和脂肪酸を15重量%以上含有する油脂として、例えば、マグロ油、イワシ油、サバ油、サンマ油、カツオ油、ニシン油、スケトウダラ油、アジ油、イカ油等の魚油もしくは鯨油などの水産動物油、藻類や菌類を由来とする微生物油、エゴマ油、アマニ油、その他植物油、または水産動物油と他の動物油もしくは植物油との混合油等の油脂類を挙げることができる。
【0013】
また、本発明の効果を妨害しない程度であれば、他の抗酸化剤、乳化剤、香料を添加したものでも良い。
【0014】
本発明の油脂組成物中には、アスコルビン酸またはエリソルビン酸の少なくとも一方、かつアスコルビン酸脂肪酸エステルを含有することが必須である。
【0015】
本発明の油脂に含まれるアスコルビン酸またはエリソルビン酸の量は、5ppm以上30ppm以下が好ましく、より好ましくは5ppm以上20ppm以下である。含有量が5ppm未満では十分な酸化防止力を得られず、含有量が30ppmを超えるとアスコルビン酸またはエリソルビン酸特有の風味が出てしまうため、好ましくない。
【0016】
前記アスコルビン酸を油脂に含有させる方法としては、油脂中にアスコルビン酸を微細粒子として分散させることが出来れば特に限定されず、アスコルビン酸水溶液を減圧下で油脂に加えて十分撹拌する方法やホモゲナイザーを用いて油脂に分散させる方法などを用いることができる。例えば、80~130℃の油脂中に20%アスコルビン酸水溶液を所定量加え、0.5~50hPaの減圧条件下で撹拌して十分に脱水を行うことにより、アスコルビン酸を含有する油脂を得ることができる。
【0017】
本発明は、油脂組成物中の溶存酸素含量を出来るだけ低減することが望ましい。
【0018】
溶存酸素含量の測定方法としては、周知の手法であれば特に限定はされないが、例えば、溶存酸素測定装置(Microx4、PreSens社製)を用いて測定することができる。この溶存酸素測定装置を用いて、常圧下に1週間静置した油脂の25℃雰囲気下での溶存酸素含量を測定した場合、通常8mg/L程度を示す。本発明の油脂の溶存酸素含量は、5mg/L以下が好ましく、2mg/L以下がより好ましい。
【0019】
溶存酸素を低減する方法としては、油脂の精製の最終工程である脱臭終了時に減圧状態から常圧に戻す際に、窒素ガス等不活性ガスを吸入させて油脂を取り出すとよい。あるいは、油脂を攪拌しながら窒素等の不活性ガスを吹き込み酸素を追い出すことでもよい。上記の溶存酸素含量調整と同時にアスコルビン酸またはエリソルビン酸とアスコルビン酸脂肪酸エステルを所定量混合してもよい。
【0020】
本発明のアスコルビン酸脂肪酸エステルの含有量は、油脂中の溶存酸素含量に対して一定割合以上とする必要がある。
【0021】
本発明の油脂に含まれるアスコルビン酸脂肪酸エステルの量は、50ppm以上1000ppm以下が好ましく、より好ましくは160ppm以上700ppm以下である。含有量が50ppm未満では十分な酸化防止力を得られず、含有量が1000ppmを超えるとアスコルビン酸脂肪酸エステル特有の風味が出てしまうため、好ましくない。
【0022】
前記アスコルビン酸脂肪酸エステルは、結合する脂肪酸を特に規定するものではないが、好ましくはアスコルビン酸ステアレートやアスコルビン酸パルミテートであり、より好ましくはアスコルビン酸パルミテートである。
【0023】
前記アスコルビン酸脂肪酸エステルを油脂に含有させる方法としては、油脂中にアスコルビン酸脂肪酸エステルを溶解させることが出来れば特に限定はされないが、例えば、所定量を少量のエタノールに溶解したものを油脂に加え、80℃~130℃に加温して撹拌することにより、アスコルビン酸脂肪酸エステルを含有する油脂を得ることができる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例および比較例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。しかし、以下の実施例は、本発明を限定するものではない。
【0025】
以下の実施例及び比較例において、油脂やアスコルビン酸、エリソルビン酸、アスコルビン酸脂肪酸エステルは次のものを使用した。使用油脂の脂肪酸組成は、油脂を基準油脂分析試験法2.4.1.4-2013に基づきメチルエステル化した後、基準油脂分析試験法2.4.2.3-2013に基づき分析を行った。
【0026】
[使用油脂]
脱臭魚油(マグロ・カツオ混合油、DHA含量22.6%、植田製油株式会社)
脱臭エゴマ油(α-リノレン酸含量63.5%、太田油脂株式会社)
【0027】
[アスコルビン酸およびアスコルビン酸脂肪酸エステル]
アスコルビン酸(渡辺ケミカル株式会社)
エリソルビン酸(富士フィルム和光純薬株式会社)
アスコルビン酸パルミテート(三菱ケミカルフーズ株式会社)
アスコルビン酸ステアレート(Combi-Blocks社)
【0028】
実施例及び比較例において、油脂組成物の調製、保存試験の実施と評価は次のように行った。
【0029】
[油脂組成物の調製1]
100℃に加温された脱臭魚油に対して、6hPa以下の減圧条件下で20%アスコルビン酸水溶液、アスコルビン酸パルミテートを表1-1に記載の配合割合となるよう加えて混合し、100℃で撹拌しながら20分間脱水処理を行った。25℃に冷却後、常圧条件下において、溶存酸素量測定装置(Microx4、PreSens社製)を用いて溶存酸素含量を測定しつつ、表1-1に記載の溶存酸素含量となるように窒素ガス及び空気を吹き込み、実施例1~5及び比較例1~2の油脂組成物を得た。得られた油脂組成物をスチール缶(容量250ml)に200g入れた後、上部をアルゴンガスで置換して密閉し、保存試験と評価を行った。
【0030】
【0031】
[保存試験の実施と評価]
得られた酸素不透過性容器入り油脂組成物を25℃の雰囲気下で静置した。21日後に開封し、過酸化物価(POV)測定と官能評価を行った。
POV測定については、基準油脂分析試験法2.5.2.1-2013に基づき、試料1kgにヨウ化カリウムを加えた際に遊離されるヨウ素量(meq/kg)を測定した。
官能評価については、開封時の油脂組成物の揮発成分の臭いおよび摂食時の劣化風味について、5名の専門パネラーにより評価を行った。評点は、風味が極めて良好なものを◎、風味が良好で劣化臭があっても微かに感じる程度のものを〇、劣化臭を感じるものを△、劣化臭を強く感じるものを×とした。保存試験の結果を表1-2に示した。
【0032】
【0033】
[油脂組成物の調製2]
油脂組成物の調製1と同様の方法で、表2-1に記載の割合に従い、実施例6~8及び比較例3~5の油脂組成物を調整した。得られた油脂組成物について、油脂組成物の調製1と同様の方法で保存試験を実施し、評価を行った。結果を表2-2に示した。
【0034】
【0035】
【0036】
[油脂組成物の調製3]
油脂組成物の調製1と同様の方法で、表3-1に記載の割合に従い、実施例9~13及び比較例6~7の油脂組成物を調整した。得られた油脂組成物について、油脂組成物の調製1と同様の方法で保存試験を実施し、評価を行った。結果を表3-2に示した。
【0037】
【0038】
【0039】
[油脂組成物の調製4]
油脂組成物の調製1と同様の方法で、表4-1に記載の割合に従い、実施例14~15及び比較例8~11の油脂組成物を調整した。得られた油脂組成物について、油脂組成物の調製1と同様の方法で保存試験を実施し、評価を行った。結果を表4-2に示した。
【0040】
【0041】
【0042】
[油脂組成物の調製5]
油脂組成物の調製1と同様の方法で、表5-1に記載の割合に従い、比較例12~15の油脂組成物を調整した。得られた油脂組成物について、油脂組成物の調製1と同様の方法で保存試験を実施し、評価を行った。結果を表5-2に示した。
【0043】
【0044】
【0045】
[油脂組成物の調製6]
実施例16においてアスコルビン酸パルミテートに代えてアスコルビン酸ステアレートを使用したことと、実施例17においてアスコルビン酸に代えてエリソルビン酸を使用したこと以外は、油脂組成物の調製1と同様の方法で、表6-1に記載の割合に従い、実施例16~17の油脂組成物を調整した。得られた油脂組成物について、油脂組成物の調製1と同様の方法で保存試験を実施し、評価を行った。結果を表6-2に示した。
【0046】
【0047】
【0048】
[油脂組成物の調製7]
脱臭魚油に代えて脱臭エゴマ油を使用したこと以外は、油脂組成物の調製1と同様の方法で、表7-1に記載の割合に従い、実施例18~19及び比較例16の油脂組成物を調整した。得られた油脂組成物について、油脂組成物の調製1と同様の方法で保存試験を実施し、評価を行った。結果を表7-2に示した。
【0049】
【0050】