(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】ストレス緩和及び/又は集中力維持用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 8/99 20170101AFI20240717BHJP
A23L 27/00 20160101ALI20240717BHJP
A23L 27/24 20160101ALI20240717BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20240717BHJP
A61K 31/045 20060101ALI20240717BHJP
A61K 31/216 20060101ALI20240717BHJP
A61K 36/064 20060101ALI20240717BHJP
A61P 25/18 20060101ALI20240717BHJP
A61Q 13/00 20060101ALI20240717BHJP
A61Q 5/02 20060101ALN20240717BHJP
A61Q 5/12 20060101ALN20240717BHJP
A61Q 17/04 20060101ALN20240717BHJP
A61Q 19/00 20060101ALN20240717BHJP
A61Q 19/10 20060101ALN20240717BHJP
C12N 1/16 20060101ALN20240717BHJP
C12P 7/04 20060101ALN20240717BHJP
C12P 7/62 20220101ALN20240717BHJP
【FI】
A61K8/99
A23L27/00 Z
A23L27/24
A23L33/10
A61K31/045
A61K31/216
A61K36/064
A61P25/18
A61Q13/00 101
A61Q5/02
A61Q5/12
A61Q17/04
A61Q19/00
A61Q19/10
C12N1/16 D
C12N1/16 G
C12P7/04
C12P7/62
(21)【出願番号】P 2019053648
(22)【出願日】2019-03-20
【審査請求日】2021-10-08
【審判番号】
【審判請求日】2023-02-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006884
【氏名又は名称】株式会社ヤクルト本社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】伊澤 直樹
(72)【発明者】
【氏名】柴田 慎也
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 雅彦
【合議体】
【審判長】阪野 誠司
【審判官】野田 定文
【審判官】冨永 保
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/117489(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00- 8/99
A61Q 1/00-90/00
A61P 1/00-43/00
A61K35/00-35/768
A61K36/06-36/068
A61K31/00-31/327
A23L 5/40- 5/49
A23L31/00-33/29
A23L27/00-27/40
A23L27/60
C12P 1/00-41/00
C12N 1/00- 7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウィッカーハモマイセス属に属する微生物
を乳成分含有培地で培養して得られる培養物又はその培養上清を、香気成分として含有するストレス緩和及び/又は集中力維持用組成物。
【請求項2】
前記乳成分含有培地は、ホエイ含有培地である、請求項
1記載の組成物。
【請求項3】
前記香気成分が、前記微生物を培養した該培養上
清である、請求項1
又は2記載の組成物。
【請求項4】
前記微生物が、ウィッカーハモマイセス・ピジュペリYIT8095株(NBRC 1290)及び/又はウィッカーハモマイセス・ピジュペリYIT12779株(NBRC 1887)である、請求項1~
3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
前記香気成分は、少なくとも安息香酸エチル及び/又はイソアミルアルコールを含む、請求項1~
4のいずれか1項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウィッカーハモマイセス属に属する微生物が産生する香気成分を利用したストレス緩和及び/又は集中力維持用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
社会環境の多様化や人間関係の複雑化などにともなって、現代人は多かれ少なかれ、社会的ストレスや心理的ストレスなど、様々なタイプのストレスに曝されながら暮らしている。このようなストレスに曝され続けると、終局的には身体機能に悪影響があると考えられるが、一方で、一過的なストレス負荷の状態にある場合にも、注意力が散漫になってミスをしやすくなったり、学習・認知機能が低下したりといった、ストレスに起因する不都合が生じる場合がある。
【0003】
そこで、負荷されるストレスの影響をすみやかに緩和することができる素材の開発が種々検討されており、例えば、特許文献1には、茶成分であるテアニンをラットに投与すると脳波のうちのα波の出現を増加させて、迷路を通り抜ける試験をしたときの学習効率が向上することが明らかにされている。また、例えば、特許文献2には、6-メチルへキシルイソチオシアネートを経鼻的に吸入することにより、被験者の脳波のα波レベルが増加し、また、1日1mg摂取できる量で被験者にグミの形態で摂取させると、集中力が高められて計算力が向上することが明らかにされている。
【0004】
一方、本出願人は、ウィッカーハモマイセス属に属する微生物の培養により良好な香気を有する培養物が得られることを報告している(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平9-12454号公報
【文献】特開2010-280573号公報
【文献】特許第6449334号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載のテアニンのように経口的に摂取するものでは、相当量を頻繁に摂取する必要があるため、その摂取効率が悪く、即効性にも乏しかった。この点、特許文献2に記載の6-メチルへキシルイソチオシアネートは経鼻的に吸入することで嗅覚器を通じて直接脳に効果を及ぼすことになるので、即効性や摂取効率としては優れている。しかしながら、アブラナ科植物等の天然資源に含まれるイソチオシアネート類の含量は微量であり、植物抽出物をそのまま用いただけでは効果は期待し難かった。一方で化成品として6-メチルへキシルイソチオシアネートを用いる場合は、飲食品や化粧品等、日常的に一般消費者の判断で摂取する形態としては利用しづらいという問題があった。
【0007】
よって、本発明の目的は、嗅覚器を通じて作用することにより即効性や摂取効率に優れており、天然物由来素材を用いるので飲食品や化粧品等としても利用しやすい、ストレス緩和及び/又は集中力維持用組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究し、ウィッカーハモマイセス属に属する微生物が産生する香気成分が、天然物由来素材としてストレス緩和や集中力維持の目的で有効に作用し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、その第1の観点から、ウィッカーハモマイセス属に属する微生物が産生する香気成分を含有するストレス緩和及び/又は集中力維持用組成物を提供するものである。
【0010】
上記組成物においては、前記香気成分は、前記微生物を乳成分含有培地で培養して産生されたものであることが好ましい。
【0011】
上記組成物においては、前記乳成分含有培地は、ホエイ含有培地であることが好ましい。
【0012】
上記組成物においては、前記香気成分が、前記微生物を培養した該培養上清中に産生されたものであることが好ましい。
【0013】
上記組成物においては、前記微生物が、ウィッカーハモマイセス・ピジュペリYIT8095株(NBRC 1290)及び/又はウィッカーハモマイセス・ピジュペリYIT12779株(NBRC 1887)であることが好ましい。
【0014】
上記組成物においては、前記香気成分は、少なくとも安息香酸エチル及び/又はイソアミルアルコールを含むことが好ましい。
【0015】
一方、本発明は、その第2の観点から、上記組成物を含有する化粧品を提供するものである。
【0016】
また、本発明は、その第3の観点から、上記組成物を含有する飲食品を提供するものである。
【0017】
また、本発明は、その第4の観点から、上記組成物を含有する医薬品を提供するものである。
【0018】
また、本発明は、その第5の観点から、上記組成物を含有するアロマ付与用製品を提供するものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ウィッカーハモマイセス属に属する微生物が産生する香気成分が、ストレス緩和や集中力維持の効果に優れるので、ストレス緩和及び/又は集中力維持用の組成物の用途に好適に用いられる。また、その香気成分は、嗅覚器を通じて作用することにより即効性や摂取効率に優れており、更に天然物由来素材として作用し得るので、飲食品や化粧品等、日常的に一般消費者の判断で摂取する形態としても利用しやすい。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】試験例1における事前試験のスケジュールを示す図表である。
【
図2】試験例1における本番試験のスケジュールを示す図表である。
【
図3】試験例1において行ったビジュアルアナログスケール入力による主観的気分状態の評価のうち[元気な気分 vs 疲れた気分]についての結果を示す図表である。
【
図4】試験例1において行ったPOMS記入による主観的気分状態の評価のうち[混乱-当惑]についての結果を示す図表である。
【
図5】試験例1において手掌の拇指球の電気伝導度を測定して発汗レベルを調べた結果を示す図表である。
【
図6】試験例1において行った内田クレぺリンテストにおける正答率についての結果を示す図表である。
【
図7】試験例2における事前試験のスケジュールを示す図表である。
【
図8】試験例2における本番試験のスケジュールを示す図表である。
【
図9】試験例2において手掌の拇指球の電気伝導度を測定して発汗レベルを調べた結果を示す図表である。
【
図10】試験例2において行った内田クレぺリンテストにおける正答率についての結果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明にかかる組成物は、ウィッカーハモマイセス属に属する微生物が産生する香気成分を含有するものである。
【0022】
ウィッカーハモマイセス属に属する微生物としては、ウィッカーハモマイセス・ピジュペリ(Wickerhamomyces pijperi)、ウィッカーハモマイセス・アノマルス(Wickerhamomyces anomalus)、ウィッカーハモマイセス・ボビス(Wickerhamomyces bovis)、ウィッカーハモマイセス・ラバウレンシス(Wickerhamomyces rabaulensis)、ウィッカーハモマイセス・ハンプシレンシス(Wickerhamomyces hampshirensis)、ウィッカーハモマイセス・ストラスブルジェンシス(Wickerhamomyces strasburgensis)、ウィッカーハモマイセス・シドウィオラム(Wickerhamomyces sydowiorum)、ウィッカーハモマイセス・リンフェルディ(Wickerhamomyces lynferdii)、ウィッカーハモマイセス・シフェリイ(Wickerhamomyces ciferrii)、ウィッカーハモマイセス・シャンバルディ(Wickerhamomyces chambardii)、ウィッカーハモマイセス・シルビコラ(Wickerhamomyces silvicola)、ウィッカーハモマイセス・ビスポラス (Wickerhamomyces bisporus)、ウィッカーハモマイセス・アルニ(Wickerhamomyces alni)、ウィッカーハモマイセス・カナデンシス(Wickerhamomyces canadensis)、ウィッカーハモマイセス・オニチス(Wickerhamomyces onychis)、ウィッカーハモマイセス・エダフィカス(Wickerhamomyces edaphicus)、ウィッカーハモマイセス・パタゴニクス(Wickerhamomyces patagonicus)等が挙げられる。このうち、ウィッカーハモマイセス・ピジュペリがより好ましい。また、ウィッカーハモマイセス・ピジュペリとしては、NBRC(NITE Biological Resource Center)に寄託されているウィッカーハモマイセス・ピジュペリ(Wickerhamomyces pijperi)YIT8095株(NBRC 1290)、ウィッカーハモマイセス・ピジュペリ(Wickerhamomyces pijperi)YIT12779株(NBRC 1887)が更に好ましい。なお、これらの微生物は1種類を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。なお、旧分類においてピキア・ピジュペリ(Pichia pijperi)に分類されていたもので、新たにウィッカーハモマイセス・ピジュペリとして分類され得るものは、本願のウィッカーハモマイセス・ピジュペリに含まれる。
【0023】
上記微生物が産生する香気成分は、その微生物を乳成分含有培地で培養して産生されたものであることが好ましい。ここで、本明細書において「乳成分」とは、牛乳、山羊乳、羊乳などの獣乳の生乳、加熱乳、脱脂粉乳、全脂粉乳或いは生クリーム、ホエイ等の乳由来の成分を含有する物質を意味する。
【0024】
乳成分含有培地としては、乳成分を含有する培地であればよく、更に他の成分を含有していてもよい。他の成分としては、特に限定されるものではないが、グルコース、ガラクトース、ラクトース、フルクトースなどの糖、安息香酸及び/又はその塩が好ましい。糖としては、微生物に資化される点でグルコースが好ましい。また、添加すると微生物の安息香酸エチルの産生量が向上する点で安息香酸及び/又はその塩が好ましく、安息香酸の塩としては、安息香酸ナトリウム及び安息香酸カリウム等の安息香酸アルカリ金属塩がより好ましく、安息香酸ナトリウムが更に好ましい。
【0025】
乳成分としては、香気成分の産生量が向上するため、ホエイが特に好ましい。「ホエイ」とは、牛乳から乳脂肪分やカゼインを除いたものである。例えば、ホエイは乳成分を微生物で発酵した際の培養上清として得ることができ、ラクトース、ガラクトース等の糖、アミノ酸、乳酸、タンパク質等を含有するものが好ましい。また、ホエイとしては、特に乳成分を乳酸菌及び/又はビフィズス菌で培養して得られた培養上清が好ましい。ここで、乳酸菌及び/又はビフィズス菌としては、ラクトバチルス・カゼイ、ラクトバチルス・マリ、ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・デルブルッキィサブスピーシーズ.ブルガリカス、ラクトバチルス・ヘルベティカス等のラクトバチルス属細菌、ストレプトコッカス・サーモフィルス等のストレプトコッカス属細菌、ラクトコッカス・ラクチスサブスピーシーズ.ラクチス、ラクトコッカス・ラクチスサブスピーシーズ.クレモリス等のラクトコッカス属細菌、エンテロコッカス・フェカーリス等のエンテロコッカス属細菌、あるいは、ビフィドバクテリウム・ブレーベ、ビフィドバクテリウム・ビフィダム、ビフィドバクテリウム・ロンガム等のビフィドバクテリウム属細菌を挙げることができる。
【0026】
乳成分含有培地中の乳成分の含有量は、特に限定されないが、固形分換算で1~50質量%が好ましく、2~10質量%がより好ましい。また、微生物の増殖能の点から、グルコースの含有量は、0.1~10質量%が好ましく、0.3~5質量%がより好ましい。また更に、微生物の香気成分の産生量の点から、乳成分含有培地中での安息香酸及び/又はその塩の含有量は、0.001~0.1質量%が好ましく、0.01~0.05質量%がより好ましい。
【0027】
ウィッカーハモマイセス属に属する微生物の培養温度は、特に限定されないが、香気成分の生産量の向上の点から、15~30℃が好ましく、20~30℃が更に好ましい。培養時間は、8時間以上が好ましく、24~32時間が更に好ましい。また、培地に安息香酸及び/又はその塩を添加した場合には、24~48時間が好ましく、32~48時間が更に好ましい。培養方法としては、撹拌培養、静置培養、振盪培養、中和培養等が挙げられる。
【0028】
上記のようにして得らえる培養物の培養上清中には、通常、安息香酸エチルが含まれ、更には、代表的には後述の実施例に示されるような、アセトアルデヒド、酢酸エチル、酪酸エチル、イソブタノール、酢酸イソアミル、イソアミルアルコール、ヘキサン酸エチル等の香気成分も含まれている。そして、これら多様な香気成分の存在により、安息香酸エチルやその他の香気成分の単独よりも複雑でフレッシュなフルーツ様の香気を有している。よって、上記のように任意の条件で微生物を培養して調製し得る培養物もしくはその培養上清等の品質は、これらのうちの1又は複数の特定の香気成分の含有濃度によって管理することもできる。例えば、安息香酸エチルの含有量は、0.005~50ppmが好ましく、0.01~30ppmがより好ましい。イソアミルアルコールの含有量は、0.05~50ppmが好ましく、0.1~30ppmがより好ましい。また、上記のように任意の条件で微生物を培養して調製し得る培養物もしくはその培養上清等は、所望の場合には、ろ過の処理を施したり、適宜適当な溶媒に希釈したり、凍結乾燥の処理を施したり、蒸留等の濃縮の処理を施したり、本発明による効果を損なわない範囲で任意の処理を施してもよい。
【0029】
また、製剤的な素材ととともに、例えば、化粧品、飲食品、医薬品、アロマ付与用製品等の形態に調製してもよい。
【0030】
化粧品としては、香水、オーデコロン、オードトワレ等の芳香化粧品、化粧水、乳液、ローション、クリーム、パック、美容液等の基礎化粧品、シャンプーやリンス等の頭髪用化粧品、入浴剤、石鹸等の浴用化粧品、ファンデーション等のメイクアップ化粧料、日焼け止め等の特殊化粧品等が挙げられる。
【0031】
飲食品としては、各種清涼飲料、発泡酒、ビール、清酒、菓子類、氷菓類、アイスクリーム、はっ酵乳等の乳製品等が挙げられる。
【0032】
医薬品としては、クリーム、軟膏、ゲル等の外用剤、マスキング剤等が挙げられる。
【0033】
アロマ付与用製品としては、芳香剤、衛生用スプレー、アロマテラピー用剤等が挙げられる。
【0034】
ただし、これらの化粧品、飲食品、医薬品、アロマ付与用製品等の形態においては、上記した微生物が産生する香気成分の含有量が、その香気成分に少なくとも含まれる安息香酸エチルの含有量として0.00001~50ppmであることが好ましく、0.0001~5ppmであることがより好ましく、0.001~0.5ppmであることが更により好ましい。また、その香気成分に少なくとも含まれるイソアミルアルコールの含有量では、0.0001~50ppmが好ましく、0.001~10ppmがより好ましく、0.01~3ppmが更により好ましい。
【0035】
本発明にかかる組成物は、以上説明したようにして得られるウィッカーハモマイセス属に属する微生物が産生する香気成分を含有し、これをストレス緩和及び/又は集中力維持のために用いるものである。ここで「ストレス緩和」とは、作業に伴うストレスを緩和したり、一過性の負荷ストレスを緩和したり、精神性手掌発汗を抑えたり、日常生活の疲労感の蓄積を緩和したり、あるいは例えば、仕事や勉強、対人関係等によるストレス負荷を緩和する、といったことを含む意味である。また、「集中力維持」とは、精神的なパフォーマンスの低下を軽減したり、人為的ミスを軽減したり、作業効率を維持したり、自律神経のバランスを維持したり、計算の正答率低下を抑制したり、あるいは例えば、仕事や勉強、対人関係等の疲労により発生する、人為的ミスを軽減する、といったことを含む意味である。
【0036】
本発明にかかる組成物の使用態様は、ヒトが体内に摂取するようにして用いればよく、特に制限はないが、後述実施例で示されるように、嗅覚器に作用させるようにして用いることが好ましい。よって、例えば、その組成物に香気成分として少なくとも含まれる安息香酸エチルの気体中濃度として、0.003~30ppmで作用させることが好ましく、0.005~10ppmがより好ましく、0.01~5ppmが更により好ましい。また、例えば、その組成物に香気成分として少なくとも含まれるイソアミルアルコールの気体中濃度として、0.03~100ppmで作用させることが好ましく、0.05~50ppmがより好ましく、0.1~30ppmが更により好ましい。また、鼻や口腔からの吸引による場合は、1回あたりの投与形態としては、好ましくは2~10秒で1呼吸をし、より好ましくは4~8秒で1呼吸をしながら、合計で好ましくは20秒間~5分間、より好ましくは30秒間~3分間、更により好ましくは1~3分間吸入するようにして摂取することが好ましい。
【実施例】
【0037】
以下実施例を挙げて更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0038】
1.被検試料
(1)第1の試料として、RO水を使用した。
【0039】
(2)第2の試料として、ストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcus thermophilus)YIT2084株(FERM BP-10879)の培養上清を調製した。具体的には、上記菌株を脱脂粉乳を3質量%含有する培地で培養して、その培養上清を0.45μmフィルターでろ過して使用した。この培養上清を分析した結果、1.1質量%のラクトース、0.4質量%のガラクトース、0.4質量%の乳酸、80ng/Lのタンパク質を含み、pHは4.0であった。以下、この試料のことを「乳酸菌発酵液」と称する場合がある。
【0040】
(3)第3の試料として、ウィッカーハモマイセス・ピジュペリ(Wickerhamomyces pijperi)YIT8095株(NBRC1290)の培養上清を調製した。具体的には、予め上記(2)で調製した乳酸菌発酵液にグルコースを終濃度0.3質量%となるように添加してホエイ含有培地を調製し、このホエイ含有培地の1Lを2L用ジャーファーメンターに用意した。別途、グルコースを1質量%含有する同様のホエイ含有培地にて、上記菌株の前培養液としたものを、2L用ジャーファーメンターに入れた上記ホエイ含有培地に0.3質量%となる量で植菌し、撹拌回転数100rpm、20℃、pH調整なしの条件で24時間培養して、その培養上清を0.45μmフィルターでろ過して使用した。以下、この試料のことを「酵母発酵液」と称する場合がある。
【0041】
2.被検者
次に示す除外項目に当てはまらない健常成人(男性15名(33.3±3.5歳) 女性15名(35.9±9.7 歳))を対象とした。
【0042】
1)嗅覚障害と診断されている方
2)鼻炎等で日常的に鼻づまりの方
3)他のボランティア試験に参加されている方
4)妊娠中および授乳中の方、あるいは試験期間中に妊娠の意思のある方
【0043】
3.被験試料の提示
試料をガラス製バイアルに入れ、被験者には、メトロノームに合わせて4秒間に1回呼吸のリズムで1分間にわたり、そのにおいを嗅いでもらった。
【0044】
4.クレペリンテスト
ストレスの負荷には、内田クレペリンテストを用いた。このテストは、一桁の足し算の答えの下一桁を連続して用紙に記入していく作業を、休憩を挟んで前半と後半で各15分間ずつ合計30分間行うテストである。回答用紙から、試料毎に前半と後半の回答数と正答率を算出した。正答率は、以下の式に従って算出した。
【0045】
【0046】
5.主観的気分状態の評価 その1
主観的気分状態は、ビジュアルアナログスケール(Visual Analog Scale, VAS)をタッチパネル画面上(X軸に[リラックスした気分-緊張した気分]、Y軸に[疲れた気分-元気な気分])に表示して、被験者には、そのときの気分を表わす位置に自由にタッチしてもらい、その座標値から評価するシステム(KOKOROスケール)を用いて測定した。結果は、4回のサンプリングタイムをそれぞれT1:内田クレペリンテスト前、T2:内田クレペリンテスト中、T3:内田クレペリンテスト後およびT4:休憩後とし、入力のタイミング毎に、その平均値及び標準誤差で示した。また、ノンパラメトリックTukey型検定により群内比較を行った。
【0047】
6.主観的気分状態の評価 その2
Profile of mood status 2短縮版(以下「POMS」という。)は、気分を評価する質問紙法の1つである。短縮版は、被験者に35項目の質問に答えてもらい、[怒り-敵意]、[混乱-当惑]、[抑うつ-落込み]、[疲労-無気力]、[緊張-不安]、[活気-活力]、[友好]の7尺度と、ネガティブな気分状態を総合的に表す[総合的気分状態 (Total mood disturbance, TMD)得点]から、所定の時間枠における気分状態を評価するものである。それぞれの素得点を、T得点と呼ばれる標準化得点に換算して解析する。T得点は、尺度、個人、検査間で妥当な比較が可能になるように、平均値50、標準偏差10となるように正規化した値である。以下の試験例1では[混乱-当惑]について結果を示す。結果は、内田クレペリンテスト前後フェーズ(T1~T3)、休憩前後フェーズ(T3~T4)および試験前後フェーズ(T1~T4)の3つのフェーズに分け、それぞれのフェーズ毎に解析を行い、図には各サンプリングタイム間の差分の平均値と標準誤差を示した。また、時間による変化の有無の検定には1標本のt検定を用い、試料による変化の違いの検定には対応のある2群間のt検定を用いて解析した。
【0048】
7.精神性手掌発汗
発汗には主に温熱性発汗と精神性発汗がある。温熱性発汗は、体温を調節するためのもので、気温が高い時や運動をした時に体を冷やすために起こる現象であり、手掌や足底部を除いた全身に認められる。一方、精神性発汗は、精神的緊張や情動の変化による現象で、手掌や足底部に認められる。ストレス負荷の指標としては、上記クレペリンテストで鉛筆を持たないほうの手掌の拇指球の電気伝導度を、皮膚角質層水分量測定装置(「SKICON-200EX」、株式会社ヤヨイ製)を用いて測定した。被験者個人間のバラつきが大きかったため、各サンプリングタイム間の変化率を計算した。時間による変化の有無の検定には1標本のt検定を用い、試料による変化の違いの検定には対応のある2群間のt検定を用いて解析した。
【0049】
8.事前試験
一般に、精神的なストレスを評価する試験では、緊張などの理由で初回受験時の値と2回目以降の値が大きく異なることが知られている。そのため、初めて試験を受ける被験者の場合には、必要に応じて本番試験の前に、本番試験を短縮した事前試験を被験者に経験してもらった。
【0050】
[試験例1]
試験例1では、RO水と酵母発酵液を比較した。
【0051】
まず、事前試験を
図1に示すスケジュールで行った。具体的には、官能検査室に入室した後の最初の5分間には、熱帯魚などが撮影されたビデオを鑑賞してもらい、その後、発汗測定、ビジュアルアナログスケール入力、POMS記入、被験試料の提示を行い、内田クレペリンテストを5分間行った。事前試験の提示試料には酵母発酵液を用い、においを嗅ぐときはメトロノームに合わせて4秒に1回のリズムで呼吸してもらった。最後にもう1度ビジュアルアナログスケール入力して事前試験を終了した。
【0052】
本番試験は、事前試験から少なくとも5日間の期間をあけて、
図2に示したスケジュールで行った。なお、本番試験はクロスオーバー試験とした。すなわち、同じ被験者に、日を変えて、2種類の異なる被験試料(RO水又は酵母発酵液)を提示する試験を実施した。どちらの被験試料を先に提示するかは、ランダム化して決定した。また、測定者は被験者にどちらの被験試料が提示されているか分からない状態で試験を行った。原則として、1回目と2回目の間隔は少なくとも1週間以上の期間をあけて、日内変動、週内変動を考慮し、火曜日~木曜日の1日1回、午後2時~午後4時にかけて試験を実施した。
【0053】
図3には、ビジュアルアナログスケール入力による主観的気分状態の評価のうち、[元気な気分 vs 疲れた気分]についての結果を示す。
【0054】
図3Aに示されるように、酵母発酵液を提示された場合、被験者の内田クレペリンテストによる疲労感は休憩によって有意に回復していた。一方、
図3Bに示されるように、RO水を提示された場合、回復の傾向はみられたが、有意ではなかった。
【0055】
図4には、POMS記入による主観的気分状態の評価のうち、[混乱-当惑]についての結果を示す。
【0056】
図4、特にクレペリンテスト前後の比較(T3-T1)において示されるように、RO水を提示された場合、クレペリンテストによって、[混乱-当惑]と評価される気分状態が有意に顕著になり、酵母発酵液を提示された場合には、そのような気分状態に陥ることが抑制された。
【0057】
図5には、精神性手掌発汗についての結果を示す。なお、
図5に示す結果では、被験者個人間のバラつきが大きかったため、各サンプリングタイム間の変化率を計算した。時間による変化の有無の検定には1標本のt検定を用い、試料による変化の違いの検定には対応のある2群間のt検定を用いて解析した。
【0058】
図5に示されるように、どちらの被験試料を提示された場合でも、クレペリンテストによって発汗レベルが有意に上昇していたが(T3/T1)、その上昇率はRO水を提示された場合の方が有意に高かった。また、休憩による発汗レベルの低下は酵母発酵液を提示された場合のみ有意であり(T4/T3)、テスト後の発汗レベルの群間比較においても(T4/T1)、酵母発酵液を提示された場合、RO水を提示された場合よりも低い傾向があった。
【0059】
図6には、内田クレぺリンテストにおける正答率についての結果を示す。なお、結果は、各種群毎の平均値とその標準誤差で示し、群間の比較はWilcoxonの符号付き順位和検定を用いて解析した。
【0060】
テストの前半と後半の正答率について解析したところ、酵母発酵液を提示された場合、前半と後半で正答率の差はなかったが(
図6A)、RO水を提示された場合、テスト後半の正答率が前半に対して有意に低下していた(
図6B)。
【0061】
[試験例2]
試験例2では、乳酸菌発酵液と酵母発酵液を比較した。
【0062】
まず、事前試験としては、
図7に示すスケジュールで行った。具体的には、官能検査室に入室した後の最初の3分間は、熱帯魚などが撮影されたビデオを鑑賞してもらい、その後、発汗測定、被験試料の提示を行い、内田クレペリンテストを5分間行った。事前試験の提示試料には酵母発酵液を用い、においを嗅ぐときはメトロノームに合わせて4秒に1回のリズムで呼吸してもらうようにした。
【0063】
本番試験は、事前試験から少なくとも20日間の期間をあけて、
図8に示したスケジュールで行った。なお、本番試験はクロスオーバー試験とした。すなわち、同じ被験者に、日を変えて、2種類の異なる被験試料(乳酸菌発酵液又は酵母発酵液)を提示する試験を実施した。どちらの被験試料を先に提示するかは、ランダム化して決定した。また、測定者は被験者にどちらの被験試料が提示されているか分からない状態で試験を行った。原則として、1回目と2回目の間隔は少なくとも1週間以上の期間をあけて、日内変動、週内変動を考慮し、火曜日~木曜日の1日1回、午後2時~午後4時にかけて試験を実施した。
【0064】
図9には、精神性手掌発汗についての結果を示す。なお、
図9に示す結果では、被験者個人間のバラつきが大きかったため、各サンプリングタイム間の変化率を計算した。時間による変化の有無の検定には1標本のt検定を用い、試料による変化の違いの検定には対応のある2群間のt検定を用いて解析した。
【0065】
図9に示されるように、どちらの被験試料を提示された場合でも、クレペリンテストによって発汗レベルが有意に上昇していたが(T2/T1)、休憩による発汗レベルの低下は酵母発酵液を提示された場合のみ有意であり(T3/T2)、テスト後の発汗レベルの群間比較においても(T3/T1)、酵母発酵液を提示された場合の方が乳酸菌発酵液を提示された場合よりも低い傾向があった。
【0066】
図10には、内田クレぺリンテストにおける正答率についての結果を示す。なお、結果は、各種群毎の平均値とその標準誤差で示し、群間の比較はWilcoxonの符号付き順位和検定を用いて解析した。
【0067】
図10に示されるように、テストの前半と後半の正答率について解析したところ、乳酸菌発酵液を提示された場合、テスト後半の正答率が前半に対して有意に低下していたが、酵母発酵液を提示された場合、前半と後半で正答率の差はなかった。
【0068】
[試験例3]
試験例1、2では、酵母発酵液のにおいを嗅ぐことにより、RO水や乳酸菌発酵液では得られない、ストレスの緩和や集中力の維持についての効果が示された。よって、酵母発酵液に含まれる香気成分が嗅覚器に作用してそのような効果が得られたものと考えられた。
【0069】
そこで酵母発酵液の香気成分を、公知のガスクロマトグラフィー-FID検出法により測定した。表1にその結果を示す。
【0070】
【0071】
よって、表1に示すいずれかの香気成分あるいはいずれか複数の組み合わせが、嗅覚器に作用して、ストレスの緩和効果や集中力の維持効果が得られたものと考えられた。