IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社UACJの特許一覧

特許7521943熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ及びその製造方法
<>
  • 特許-熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ及びその製造方法 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20240717BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20240717BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240717BHJP
【FI】
C22C21/00 J
C22C21/00 L
C22F1/04 B
C22F1/00 612
C22F1/00 626
C22F1/00 650A
C22F1/00 651A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020101475
(22)【出願日】2020-06-11
(65)【公開番号】P2021195583
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110002538
【氏名又は名称】弁理士法人あしたば国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 太一
(72)【発明者】
【氏名】東森 稜
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 英敏
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/148781(WO,A1)
【文献】特開2009-249727(JP,A)
【文献】特開2008-121108(JP,A)
【文献】特開2019-167581(JP,A)
【文献】国際公開第2009/149542(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
C22F 1/04 - 1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.60~1.80質量%のMnと、0.00質量%を超え0.20質量%未満のSiと、を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなり、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)が15.0以上であるアルミニウム合金からなり、
600℃±10℃、3分間の加熱試験における強度変化(加熱試験後のアルミニウム合金の引張強度(A)-加熱試験前のアルミニウム合金の引張強度(B))が、-5MPa以上であること、
を特徴とする熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ。
【請求項2】
更に、0.10質量%以下(0.00質量%を含む。)のTi及び0.05質量以下(0.00質量%を含む。)のCuのうちの1種又は2種を含有することを特徴とする請求項1記載の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ。
【請求項3】
前記加熱試験における強度変化が、-5~+10MPaであることを特徴とする請求項1又は2記載の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ。
【請求項4】
0.60~1.80質量%のMnと、0.00質量%を超え0.20質量%未満のSiと、を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)が15.0以上である鋳塊に、550~650℃の加熱温度で2時間以上加熱する第一均質化処理を行い、その後450~540℃の加熱温度で3時間以上加熱する第二均質化処理を行うことにより、2段階均質化処理前後の鋳塊の導電率変化(第二均質化処理後の鋳塊の導電率(C)-第一均質化処理前の鋳塊の導電率(D))を20%IACS以上とする2段階均質化処理と、
熱間押出時の加熱温度と該第二均質化処理の加熱温度との差(熱間押出時の加熱温度-第二均質化処理の加熱温度)の絶対値が50℃以下となる加熱温度で、該2段階均質化処理の処理物を熱間押出加工する熱間押出工程と、
を有し、600℃±10℃、3分間の加熱試験における強度変化(加熱試験後のアルミニウム合金の引張強度(A)-加熱試験前のアルミニウム合金の引張強度(B))が-5MPa以上である熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブを得ることを特徴とする熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法。
【請求項5】
更に、前記鋳塊のアルミニウム合金が、0.10質量%以下(0.00質量%を含む。)のTi及び0.05質量以下(0.00質量%を含む。)のCuのうちの1種又は2種を含有することを特徴とする請求項4記載の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法。
【請求項6】
前記2段階均質化処理において、前記第一均質化処理の後、連続して平均降温速度20~60℃/hで前記第二均質処理の加熱温度まで降温し、連続して前記第二均質化処理を実施することを特徴とする請求項4又は5記載の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法。
【請求項7】
前記2段階均質化処理において、前記第一均質化処理の後、一度常温まで冷却し、その後平均昇温速度20~60℃/hで前記第二均質化処理の加熱温度まで昇温し、連続して前記第二均質化処理を実施することを特徴とする請求項4又は5記載の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エバポレータ、コンデンサなどの自動車用アルミニウム合金製熱交換器において、流体の通路材として複数の仕切りによって区画された複数の中空部を有するアルミニウム合金押出多穴チューブが使用されている。近年、自動車の軽量化のために、自動車に搭載される熱交換器の軽量化が進行しており、熱交換器用アルミニウム合金材をさらに薄肉化することが要請されている。
【0003】
薄肉化のためには素材の強度を向上させる必要がある。さらに自動車用熱交換器では各部材の接合のためにろう付を行っていることから、素材の強度だけでなくろう付後にも高い強度を有している必要がある。
【0004】
一方で、アルミニウム合金製押出多穴チューブでは、押出比(押出コンテナの断面積/押出材の断面積) が数百~数千に達するため、単純にアルミニウム合金製押出多穴チューブの強度を向上させたのみでは、押出時の圧力が過度に上昇して材料製造の難易度が増し、生産性が大きく低下してしまう。このため、ろう付後の強度のみではなく同時に押出性も向上させた材料が求められている。
【0005】
高強度アルミニウム合金材を得るためには、一般にSi、Fe、Cu、Mn、Mgなどの合金元素の添加が有効である。ただし、Mgについては、現在アルミニウム合金製熱交換器の組立てにおいて、ろう付法の主流となっているフッ化物系フラックスを用いる不活性ガス雰囲気ろう付を行う際、フッ化物系フラックスが材料中のMgと反応してフラックスの活性度が低くなってろう付性が低下してしまうため、積極的に添加することは好ましくない。さらに、Mgは押出時の圧力を高めてしまうため、製造性が著しく低下する側面も有する。Cuについては、熱交換器の作動環境によっては、材料中にCuが含有されていると粒界腐食感受性が大きくなる懸念がある。
【0006】
上記理由から、押出多穴チューブにおいてはSi、Fe、Mn添加により強度を高めることが試みられている。例えば、特許文献1には、Mn、Siを同時添加することにより押出チューブとしての強度を向上させる手法が開示されている。しかしながら、開示されている方法は成分の調整のみであり、具体的な製造方法については記載が不十分である。また、特許文献2には、均質化処理により添加されたMnの固溶・析出状態を制御する手法が開示されている。一方、該押出チューブの製造時に懸念される生産性の課題については記載がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2006-316294号公報
【文献】特開2008-121108号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記添加元素のうち、Mn、Siは、高強度化を容易に達成しうる元素ではあるが、これらの元素一般的な手法で高濃度に添加した場合、アルミニウムの母相中に固溶したMn、Siが熱間における変形抵抗を増加させ、押出性が極端に劣る。
【0009】
これに対し、高温の均質化処理と低温の均質化処理を行うことにより母相中の溶質元素の固溶量を減少させ変形抵抗を低下させようとする試みが見られるが、押出性については十分確保されているとは言い難い。
【0010】
また、Feは強度向上に一定の効果は有するものの、鋳造時に粗大なAlFeMn系化合物を形成しやすく、これが押出工具の摩耗を早める原因となりうるため積極的な添加は好ましくない。
【0011】
このように、高強度の押出多穴チューブを製造するためには、Mn、Siの添加により強度を向上させつつ、押出性をさらに向上させる必要があった。
【0012】
従って、本発明の目的は、押出性に優れ且つろう付後に高い強度を有する熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、Mn、Siを添加した押出多穴チューブ用合金において、押出性をさらに改良することを目的に検討を重ねた結果、Mn、Siの含有範囲及び両元素の含有比を規定し、更に、適切な均質化処理によって微細なAlMnSi化合物を析出させることにより、押出前の固溶量を低減して押出性を向上させ、更に、その後ろう付加熱時に前記AlMnSi化合物を再度固溶させることでろう付後の強度を向上させることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明(1)は、0.60~1.80質量%のMnと、0.00質量%を超え0.20質量%未満のSiと、を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなり、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)が15.0以上であるアルミニウム合金からなり、
600℃±10℃、3分間の加熱試験における強度変化(加熱試験後のアルミニウム合金の引張強度(A)-加熱試験前のアルミニウム合金の引張強度(B))が、-5MPa以上であること、
を特徴とする熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブを提供するものである。
【0015】
また、本発明(2)は、更に、0.10質量%以下(0.00質量%を含む。)のTi及び0.05質量以下(0.00質量%を含む。)のCuのうちの1種又は2種を含有することを特徴とする(1)の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブを提供するものである。
【0016】
また、本発明(3)は、前記加熱試験における強度変化が、-5~+10MPaであることを特徴とする(1)又は(2)の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブを提供するものである。
【0017】
また、本発明(4)は、0.60~1.80質量%のMnと、0.00質量%を超え0.20質量%未満のSiと、を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)が15.0以上である鋳塊に、550~650℃の加熱温度で2時間以上加熱する第一均質化処理を行い、その後450~540℃の加熱温度で3時間以上加熱する第二均質化処理を行うことにより、2段階均質化処理前後の鋳塊の導電率変化(第二均質化処理後の鋳塊の導電率(C)-第一均質化処理前の鋳塊の導電率(D))を20%IACS以上とする2段階均質化処理と、
熱間押出時の加熱温度と該第二均質化処理の加熱温度との差(熱間押出時の加熱温度-第二均質化処理の加熱温度)の絶対値が50℃以下となる加熱温度で、該2段階均質化処理の処理物を熱間押出加工する熱間押出工程と、
を有し、600℃±10℃、3分間の加熱試験における強度変化(加熱試験後のアルミニウム合金の引張強度(A)-加熱試験前のアルミニウム合金の引張強度(B))が-5MPa以上である熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブを得ることを特徴とする熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法を提供するものである。
【0018】
また、本発明(5)は、更に、前記鋳塊のアルミニウム合金が、0.10質量%以下(0.00質量%を含む。)のTi及び0.05質量以下(0.00質量%を含む。)のCuのうちの1種又は2種を含有することを特徴とする(4)の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法を提供するものである。
【0019】
また、本発明(6)は、前記2段階均質化処理において、前記第一均質化処理の後、連続して平均降温速度20~60℃/hで前記第二均質処理の加熱温度まで降温し、連続して前記第二均質化処理を実施することを特徴とする(4)又は(5)の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法を提供するものである。
【0020】
また、本発明(7)は、前記2段階均質化処理において、前記第一均質化処理の後、一度常温まで冷却し、その後平均昇温速度20~60℃/hで前記第二均質化処理の加熱温度まで昇温し、連続して前記第二均質化処理を実施することを特徴とする(4)又は(5)の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、押出性に優れ且つろう付後に高い強度を有する熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施例及び比較例で作製したアルミニウム合金押出多穴チューブの模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブは、0.60~1.80質量%のMnと、0.00質量%を超え0.20質量%未満のSiと、を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなり、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)が15.0以上であるアルミニウム合金からなり、
600℃±10℃、3分間の加熱試験における強度変化(加熱試験後のアルミニウム合金の引張強度(A)-加熱試験前のアルミニウム合金の引張強度(B))が、-5MPa以上であること、
を特徴とする熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブである。
【0024】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブは、0.60~1.80質量%のMnと、0.00質量%を超え0.20質量%未満のSiと、を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなり、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)が15以上であるアルミニウム合金からなる。言い換えると、本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブは、0.60~1.80質量%のMnと、0.00質量%を超え0.20質量%未満のSiと、を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなり、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)が15.0以上であるアルミニウム合金の押出成形体である。
【0025】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブに係るアルミニウム合金は、Mnを含有する。Mnは、ろう付加熱において母相中に固溶し、強度を高める。アルミニウム合金中のMn含有量は、0.60~1.80質量%、好ましくは1.00~1.80質量%である。アルミニウム合金中のMn含有量が、上記範囲にあることにより、押出成形性に優れ且つろう付加熱後の強度が高くなる。一方、アルミニウム合金中のMn含有量が、上記範囲未満だと、熱交換器用チューブとして必要な強度を達成できず、また、上記範囲を超えると、強度向上効果よりも押出性の低下が顕著に現れる。
【0026】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブに係るアルミニウム合金は、Siを含有する。Siは、ろう付加熱において母相中に固溶し、強度を高める。アルミニウム合金中のSi含有量は、0.00質量%を超え0.20質量%未満、好ましくは0.05~0.15質量%である。アルミニウム合金中のSi含有量が、上記範囲にあることにより、押出成形性に優れ且つろう付加熱後の強度が高くなる。一方、アルミニウム合金中のSi含有量が、上記範囲未満だと、熱交換器用チューブとして必要な強度を達成できず、また、上記範囲を超えると、強度向上効果よりも押出性の低下が顕著に現れる。
【0027】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブに係るアルミニウム合金中、アルミニウム合金中のSi含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)は、15.0以上、好ましくは16.0~40.0である。アルミニウム合金中のMn及びSiの含有量を上記範囲に規定することに加えて、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)を上記範囲とし、更に、後述する2段階均質化処理を施すことにより、優れた押出性のアルミニウム合金となる。一方、アルミニウム合金中のMn/Si比が、上記範囲未満だと、熱交換器として所望の強度が得られない場合がある。
【0028】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブに係るアルミニウム合金は、Tiを含有することができる。Tiは、耐食性をさらに向上させるため、また鋳造時の組織を適切に制御するために、アルミニウム合金に添加される。アルミニウム合金中のTi含有量は、0.10質量%以下、好ましくは0%を超え0.06質量%以下である。Tiは、アルミニウム合金中において、高濃度の領域と低濃度の領域を形成し、これらの領域が材料の肉厚方向に交互に層状に分布し、Tiが低濃度の領域は高濃度の領域に比べて優先的に腐食するため、腐食形態が層状となり、このため、肉厚方向への腐食の進行が妨げられ、 耐孔食性性及び耐粒界腐食性が向上する。アルミニウム合金のTi含有量が上記範囲を超えると、鋳造時に粗大な化合物が生成して押出性を損なう懸念がある。
【0029】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブに係るアルミニウム合金は、Cuを含有することができる。Cuは、ろう付時の入熱により固溶して強度を向上させる効果を有する。アルミニウム合金中のCu含有量は、0.05質量%以下である。アルミニウム合金のCu含有量が上記範囲を超えると、自動車用熱交換器として想定される腐食環境下で使用した場合に、粒界腐食が生じ易くなり、耐食性が低くなる。
【0030】
なお、本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブに係るアルミニウム合金は、本発明の効果を損なわない範囲で、0.10質量%以下のBを含有していてもよく、また、Cr、Zn、Zrなどの不純物の含有は、総量で0.25質量%以下の範囲であれば許容される。
【0031】
本発明のアルミニウム合金押出多穴チューブは、600℃±10℃、3分間の加熱試験における強度変化(加熱試験後のアルミニウム合金の引張強度(A)-加熱試験前のアルミニウム合金の引張強度(B))が、-5MPa以上、好ましくは-5~+10MPa、特に好ましくは-5~+5MPaである。アルミニウム合金押出多穴チューブの上記加熱試験における強度変化が、上記範囲にあることにより、ろう付加熱後のチューブの強度が高くなる、あるいは、ろう付加熱によりチューブの強度が低下し過ぎない。上記加熱試験における強度変化は、先ず、加熱試験前のチューブの引張強度(A)を測定し、次いで、600℃±10℃で、3分間チューブを加熱した後、加熱試験後のチューブの引張強度(B)を測定し、得られる試験結果から、「加熱試験後のアルミニウム合金の引張強度(A)-加熱試験前のアルミニウム合金の引張強度(B)」の式により、加熱試験における強度変化を算出して求められる。なお、加熱試験における強度変化が-5MPa以上であるとは、「加熱試験後のアルミニウム合金の引張強度(A)-加熱試験前のアルミニウム合金の引張強度(B)」の値>-5MPaのことであり、(i)引張強度(A)と引張強度(B)が同じであること、(ii)引張強度(A)が引張強度(B)に比べ大きいこと、及び(iii)引張強度(A)が引張強度(B)に比べ小さいが、その差の絶対値が5MPa以内であること、すなわち、(i)(A)-(B)=0MPa、(ii)(A)-(B)>0MPa、及び(iii)-5MPa<(A)-(B)<0MPaのうちのいずれかであることを指す。
【0032】
本発明のアルミニウム合金押出多穴チューブは、Mnの含有量、Siの含有量及びそれらの含有量比(Mn/Si)が本発明の規定の範囲にあり、且つ、600℃±10℃、3分間の加熱試験における強度変化が、本発明の規定の範囲になるようなMnとSiの固溶状態及びAlMnSi析出物の析出状態であるので、熱間押出時の加工性が高く且つろう付加熱で強度が低下しないか、あるいは、強度低下が小さい。
【0033】
本発明のアルミニウム合金押出多穴チューブは、以下に述べる、本発明のアルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法により、好適に製造される。
【0034】
本発明のアルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法は、0.60~1.80質量%のMnと、0.00質量%を超え0.20質量%未満のSiと、を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)が15.0以上である鋳塊に、550~650℃の加熱温度で2時間以上加熱する第一均質化処理を行い、その後450~540℃の加熱温度で3時間以上加熱する第二均質化処理を行うことにより、2段階均質化処理前後の鋳塊の導電率変化(第二均質化処理後の鋳塊の導電率(C)-第一均質化処理前の鋳塊の導電率(D))を20%IACS以上とする2段階均質化処理と、
熱間押出時の加熱温度と該第二均質化処理の加熱温度との差(熱間押出時の加熱温度-第二均質化処理の加熱温度)の絶対値が50℃以下となる加熱温度で、該2段階均質化処理の処理物を熱間押出加工する熱間押出工程と、
を有することを特徴とする熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法である。
【0035】
本発明のアルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法は、少なくとも、鋳造工程と、均質化処理と、熱間圧延工程と、を有する。
【0036】
本発明のアルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法に係る鋳造工程は、前記組成のアルミニウム合金を溶解、半連続鋳造などの一般的な手法で鋳造して、押出用のビレットを得る工程である。
【0037】
鋳塊は、Mnを0.60~1.80質量%、好ましくは1.00~1.80質量%、Siを0.00質量%を超え0.20質量%未満、好ましくは0.05~0.15質量%含有し、Ti含有量が0.10質量%以下、好ましくは0%を超え0.06質量%以下であり、Cu含有量が0.05質量%以下であり、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、Si含有量に対するMn含有量の比(Mn/Si)が15.0以上、好ましくは16.0~40.0である。
【0038】
本発明のアルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法に係る2段階均質化処理は、鋳造工程を行い得られた鋳塊(押出用ビレット)に、先ず、第一均質化処理を行い、その後に第二均質化処理を行う、2段階の均質化処理である。
【0039】
第一均質化処理では、鋳造工程を行い得られた鋳塊を、加熱温度550~650℃で2時間以上加熱する。また、第二均質化処理では、第一均質化処理を行った処理物を、加熱温度450~540℃で3時間以上加熱する。そして、2段階均質化処理では、第一均質化処理及び第二均質化処理を行うことにより、2段階均質化処理前後の鋳塊の導電率変化(第二均質化処理後の鋳塊の導電率(C)-第一均質化処理前の鋳塊の導電率(D))を20%IACS以上にする。
【0040】
第一均質化処理では、鋳造凝固時に形成される粗大な晶出物を分解、粒状化 あるいは再固溶させる。第一均質化処での加熱温度は、550~650℃、好ましくは580~620℃である。第一均質化処での加熱温度が上記範囲にあることにより、鋳造凝固時に形成される粗大な晶出物を分解、粒状化 あるいは再固溶させることができる。一方、第一均質化処理の加熱温度が、上記未満では、その効果が十分でなく、また、加熱温度が高いほどその効果は大きくなるものの、上記範囲を超えると、固相線温度を超え、ビレットが部分的に溶融するおそれがある。第一均質化処理での加熱時間は、2時間以上であり、加熱時間が長い方が反応が進むため、処理時間は好ましくは10時間以上である。ただ、第一均質化処理の加熱時間が24時間を超えると効果が飽和し、24時間を超えて処理してもそれ以上の効果が期待できず経済性の点で好ましくない。第一均質化処理での加熱時間は、より好ましくは10~24時間である。
【0041】
第一均質化処理では、鋳造凝固時に形成される粗大な晶出物を分解、粒状化あるいは再固溶させる。また、第一均質化処理では、同時に溶質元素であるMn、Siの母相への固溶も促進するが、溶質元素の母相への固溶度が高いと、母相中の転位の運動速度が低下して変形抵抗が大きくなる。このため、均質化処理として、第一均質化処理のみを行い、得られる処理物を熱間押出加工すると、押出性が低くなる。
【0042】
そこで、第一均質化処理を行った後に、第二均質化処理を行うことにより、母相中に固溶しているMn、Siが析出して、Mn、Siの固溶度を低下させることができるので、その後の熱間押出加工における変形抵抗を低下させ押出性を向上させることが可能となる。第二均質化処理での加熱温度は、450~540℃、好ましくは480~520℃である。第二均質化処理での加熱温度が上記範囲にあることにより、母相中に固溶しているMn、Siが析出して、Mn、Siの固溶度を低下させることができるので、その後の熱間押出加工における変形抵抗を低下させ押出性を向上させることができる。一方、第二均質化処理の加熱温度が、上記未満では、その効果が十分でなく、また、上記範囲を超えると、析出が生じ難く、効果が不十分となる。第二均質化処理での加熱時間は、3時間以上であり、加熱時間が長い方が反応が進むため、処理時間は好ましくは5時間以上である。ただ、第二均質化処理の加熱時間が24時間を超えると効果が飽和し、24時間を超えて処理してもそれ以上の効果が期待できず経済性の点で好ましくない。第二均質化処理での加熱時間は、より好ましくは5~15時間である。
【0043】
本発明のアルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法では、鋳塊(ビレット)に、第一均質化処理及びその後の第二均質化処理を行い、溶質元素の母相中への固溶度を低下させることにより、押出性を向上させる。このとき、鋳塊の導電率は溶質元素の固溶度の指標となり、固溶度が高くなると導電率は低くなり、析出が進んで固溶度が低くなると導電率は高くなる。そして、良好な押出性を得るためには、押出前に固溶度を低くしておく、すなわち、2段階均質化処理前後の導電率変化を20%IACS以上、好ましくは25%IACS以上とする。このことにより、確実に押出性を向上させることができる。さらに、押出前に鋳塊の導電率を低くしておくことは、後述する通り、ろう付後の強度低下の抑制にも寄与する。2段階均質化処理前後の鋳塊の導電率変化が、上記範囲未満だと、押出前の固溶度が高いために熱間の変形抵抗が高くなり、押出性が損なわれることになり、また、ろう付中に添加元素の析出が進行するため、ろう付後の強度が低下してしまう。2段階均質化処理前後の鋳塊の導電率の差は、大きいほど好ましいが、上限としては、例えば、35%IACSである。なお、本発明において、2段階均質化処理前後の鋳塊の導電率変化とは、「第二均質化処理を行った後の鋳塊の導電率(C)-第一均質化処理を行う前の鋳塊の導電率(D)」により求められる値である。
【0044】
2段階均質化処理においては、第一均質化処理の加熱温度で第一均質化処理を行った後、連続して平均降温速度20~60℃/hで第二均質処理の加熱温度まで降温し、連続して第二均質化処理の加熱温度で第二均質化処理を実施することができる。
【0045】
また、2段階均質化処理においては、第一均質化処理の加熱温度で第一均質化処理を行った後、一度常温、例えば、200℃以下まで冷却し、その後平均昇温速度20~60℃/hで第二均質化処理の加熱温度まで昇温し、連続して第二均質化処理の加熱温度で第二均質化処理を実施することができる。
【0046】
2段階均質化処理では、上記の第一均質化処理及び第二均質化処理を行うことにより、2段階均質化処理前後の鋳塊の導電率変化を、20%IACS以上、好ましくは25%IACS以上とすることができる。
【0047】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法に係る熱間押出工程は、2段階均質化処理の処理物を熱間押出加工し、押出多穴チューブを得る工程である。熱間押出工程において、熱間押出時の加熱温度は、熱間押出時の加熱温度と第二均質化処理の加熱温度との差(熱間押出時の加熱温度-第二均質化処理の加熱温度)の絶対値が50℃以下、好ましくは30℃以下となる温度である。つまり、熱間押出工程における熱間押出時の加熱温度は、第二均質化処理の加熱温度との温度差が、±50℃以内、好ましくは±30℃以内である。熱間押出において、押出前のビレット加熱温度を、第二均質化処理温度との差(熱間押出時の加熱温度-第二均質化処理の加熱温度)の絶対値が50℃以下、好ましくは30℃以下になる温度にすることで、熱間押出加工中の溶質元素の再固溶を抑制できる。すなわち、本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法に係る熱間押出工程では、添加したMn、Siを第二均質化処理で析出した微細なAlMnSi析出物の形でとどめておくことができる。そして、熱間押出加工で得られたアルミニウム合金押出多穴チューブは、ろう付により熱交換器に組付けられ、ろう付接合されるが、その際、前記の微細なAlMnSi析出物は母相中に再固溶するため、ろう付後にも高い強度を維持することができる。一方、熱間押出において、熱間押出時の加熱温度と第二均質化処理の加熱温度との差の絶対値が上記範囲を超える加熱温度で、熱間押出した場合で、押出温度の方が高い場合には押出前あるいは押出中にAlMnSi析出物が再固溶してしまうため、押出性が低くなり、また、押出温度の方が低い場合には熱間変形抵抗が大きくなるため、押出性が低くなる。
【0048】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法では、熱間押出工程を行った後、必要に応じて、塗装や耐食性を向上させるための亜鉛溶射等を行ってもよい。
【0049】
このようにして、本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法では、鋳塊中のMnの含有量、Siの含有量及びそれらの含有量比(Mn/Si)を本発明の規定の範囲にし、且つ、熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法に係る2段階均質化処理を行うことにより、熱間押出加工での押出性を高くし、更に、鋳塊中のMnの含有量、Siの含有量及びそれらの含有量比(Mn/Si)を本発明の規定の範囲にし、且つ、熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法に係る熱間押出加工を行うことにより、ろう付加熱で強度が低下しないか、あるいは、強度が低下したとしても、強度の低下が小さい熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブを得ることができる。
【0050】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブは、上記本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法を行い得られる熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブである。すなわち、本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブは、上記本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法に係る2段階均質化処理及び熱間押出工程を行い得られる熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブである。
【0051】
本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブ、及び上記本発明の熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブの製造方法を行い得られる熱交換器用アルミニウム合金押出多穴チューブは、ヘッダーやフィン等の部材と共に組み付けられ、例えば、590~610℃、好ましくは595~605℃で、例えば、1~5分間、好ましくは2~4分間、例えば、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気で、ろう付加熱されて、熱交換器の製造に供される。
【0052】
以下に、実施例を示して、本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0053】
表1の組成を有するアルミニウム合金を、押出用ビレットに造塊し、得られたビレットについて、600℃で10時間保持する第一均質化処理と、引き続いて500℃で10時間保持する第二均質化処理と、を行い、次いで、500℃で、図1に示すような断面形状に熱間押出加工し、押出偏平多穴チューブを得た。なお、図1は模式図であり、具体的な寸法は、押出扁平多穴チューブの幅が14.0mm、高さが2.5mm、外周肉厚が0.4mm、内柱肉厚が0.4mm、穴数が19穴とした。
第一均質化処理前及び第二均質化処理後のビレットの導電率、該ビレットをチューブに熱間押出加工する際の限界押出速度、押出扁平多穴チューブの加熱試験前後の強度変化を以下の方法で評価した。
【0054】
<導電率>
シグマテスターにより、第一均質化処理前及び第二均質化処理後のビレットの導電率を測定した。第一均質化処理前と第二均質化処理後の導電率を比較し、両者の差が25%以上のものを◎、20%以上25%未満のものを○、20%未満のものを×と評価した。
【0055】
<限界押出速度>
純アルミニウムにMnのみを添加した従来合金の限界押出速度(m/分)を基準とし、これに対する比として評価し(従来合金の限界押出速度を1.0とする)、限界押出速度が0.9~1.0のものを ◎、0.8以上0.9未満のものを○、0.7以上0.8未満のものを△、0.7未満のものを×とした。
【0056】
<加熱試験>
試験材を、600±10℃で3分間の加熱試験を行い、引張試験片を採取して引張試験を行った。 加熱試験前も同様に引張試験を実施し、加熱試験前後での引張強さの変化を評価した。加熱試験前後で引張強さの変化が、0MPa以上で強度低下しないもの及び強度低下しても強度変化が-5MPa以上0MPa未満のものを○、加熱試験により強度が低下し、強度変化が-5MPa未満(強度変化の絶対値が5MPaを超える)であるものを×とした。
【0057】
(評価結果)
表2に結果を示す。表中に示す実施例1~4は、いずれも2段階均質化処理前後の導電率変化が20%以上であり、押出限界速度が従来合金と同等もしくは生産性を損なわない程度の値であり、且つ、加熱試験の強度変化が-5MPa以上であり、全ての項目において合格となった。
【0058】
一方で比較例1は、2段階均質化処理前後の導電率変化は20%以上であり、加熱試験の強度変化が-5MPa以上であるが、Mn/Si比が4.0よりも大きいために押出限界速度が従来合金よりも低く、不合格となった。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】
図1