(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-16
(45)【発行日】2024-07-24
(54)【発明の名称】溶接金属及び溶接構造物
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240717BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240717BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
B23K35/30 320A
(21)【出願番号】P 2020210728
(22)【出願日】2020-12-18
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】井元 雅弘
(72)【発明者】
【氏名】永見 正行
(72)【発明者】
【氏名】笹倉 秀司
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-195832(JP,A)
【文献】特開2017-001048(JP,A)
【文献】特開2004-323951(JP,A)
【文献】特開2020-147796(JP,A)
【文献】特開2020-147797(JP,A)
【文献】国際公開第2008/146791(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C :0.030質量%以上0.080質量%以下、
Si:0.10質量%以上0.30質量%以下、
Mn:1.00質量%以上1.80質量%以下、
S :0質量%超0.020質量%以下、
Cu:0.15質量%以上1.20質量%以下、
Ni:0.60質量%以上1.00質量%以下、
Mo:0.10質量%以上
0.52質量%以下、
Ti:0.040質量%以上0.080質量%以下、
O :0.030質量%以上0.100質量%以下、及び
B :0.0015質量%以上0.0040質量%以下、を含有し、
Cr:0.30質量%以下、
P :0.020質量%以下、及び
N :0.0100質量%以下、
であり、
さらに、Al、Nb及びVの少なくとも一種を、
Al:0.002質量%以上0.030質量%以下、
Nb:0.001質量%以上0.010質量%以下、
V :0.002質量%以上0.030質量%以下、の範囲で含有し、
残部がFe及び不可避的不純物であるとともに、
溶接金属中のSi含有量を質量%で[Si]、
溶接金属中のMn含有量を質量%で[Mn]、
溶接金属中のCr含有量を質量%で[Cr]、
溶接金属中のMo含有量を質量%で[Mo]と表す場合に、
[Si]+[Mn]+[Cr]-[Mo]:1.67以下であることを特徴とする溶接金属。
【請求項2】
請求項
1に記載の溶接金属を有することを特徴とする溶接構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接金属及び溶接構造物に関し、特に、応力除去熱処理後の低温靱性に優れた溶接金属及び溶接構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
石油、ガス等の掘削及び生産に使用される海洋構造物や、油、ガス等の輸送に使用されるパイプラインは、設備の大型化や寒冷地での稼働が増加しており、これらの溶接構造物の建造に使用される鋼板や溶接材料には、高強度であるとともに低温での靱性に優れた特性が求められる。
しかし、610MPa級高張力鋼材のような高強度材を使用して溶接構造物を建造する場合に、応力除去熱処理(SR:Stress Relief Heat Treatment)を実施すると、溶接部の靱性が劣化し、要求される特性が得られない場合がある。そこで、SR後の強度及び靱性が優れた溶接金属に対する要求が、より一層高くなっている。
【0003】
例えば、特許文献1には、Moを添加しつつ、溶接金属の化学成分組成を制御するとともに、SR後に生成される粒界上の炭化物の平均円相当直径を制御することにより、SR焼鈍後に高い強度と優れた低温靱性を発揮することができる溶接金属が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、溶接金属の化学成分組成を制御するとともに、溶接金属中に存在する炭化物の量及び個数密度を制御し、さらに溶接金属中の化学成分の含有量に基づき、所定の計算式により得られる値を制御した溶接金属が提案されている。上記特許文献2によると、SR焼鈍後に溶接金属に高い強度と優れた低温靱性とを有する溶接金属を確保することができるとされている。
【0005】
さらに、特許文献3には、溶接金属の化学成分組成を制御するとともに、微細組織の発現を目的として、化合物として含まれるSi含有量とTi含有量との比を適切に制御した溶接金属が提案されている。上記特許文献3によると、SR後においても、優れた強度、靱性を備えた溶接金属を得ることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-195832号公報
【文献】特開2011-219821号公報
【文献】特開2010-227945号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記海洋構造物やパイプライン等の溶接構造物のうち、油井管やLPGタンクにおいては、原油や粗製プロパンに含まれる硫化水素が原因となって、腐食反応が起こりやすい。そして、この腐食反応で発生した水素が鋼中に侵入することにより、水素脆化割れの一種である、硫化物応力腐食割れが発生することがある。この応力腐食割れは、引張強さが高いほど起こりやすいため、溶接金属中のNi含有量が過剰になると、硫化物応力腐食割れが発生するリスクが高くなる。
【0008】
そこで、上記問題に対応するため、米国防蝕技術協会(NACE:National Association of Corrosion Engineers)の規格(NACE MR0175)では、溶接金属中のNi含有量が1質量%以下に規制されている。こうしたことから、SR後の引張強さ及び低温靱性を確保するのみでなく、Ni含有量が1質量%以下である溶接金属が要望されている。
【0009】
しかしながら、特許文献1~3については、いずれも、NACE MR0175で規定される溶接金属中のNi含有量を満足しない場合がある。特に、特許文献2は、Ni含有量を2.7以上に規定されており、上記規格を満足することができない。
また、特許文献1~3に記載の溶接金属は、低温靱性を測定するための試験片の採取位置による結果のばらつきが考慮されておらず、採取位置によっては、靱性が低い値となるおそれがある。
【0010】
さらに、特許文献3に記載の溶接金属は、-30℃における靱性は優れているものの、より低温である-40℃における靱性について考慮されていないため、全ての溶接金属について、-40℃における所望の低温靱性を得るためには、更なる検討が必要である。
【0011】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、SR後の優れた引張強さを有し、また溶接金属内の位置にかかわらず、優れた低温靱性を有する溶接金属及び溶接構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の上記目的は、溶接金属に係る下記[1]の構成により達成される。
[1] C :0.030質量%以上0.080質量%以下、
Si:0.10質量%以上0.30質量%以下、
Mn:1.00質量%以上1.80質量%以下、
S :0質量%超0.020質量%以下、
Cu:0.15質量%以上1.20質量%以下、
Ni:0.60質量%以上1.00質量%以下、
Mo:0.10質量%以上0.60質量%以下、
Ti:0.040質量%以上0.080質量%以下、
O :0.030質量%以上0.100質量%以下、及び
B :0.0015質量%以上0.0040質量%以下、を含有し、
Cr:0.30質量%以下、
P :0.020質量%以下、及び
N :0.0100質量%以下、
であり、
残部がFe及び不可避的不純物であるとともに、
溶接金属中のSi含有量を質量%で[Si]、
溶接金属中のMn含有量を質量%で[Mn]、
溶接金属中のCr含有量を質量%で[Cr]、
溶接金属中のMo含有量を質量%で[Mo]と表す場合に、
[Si]+[Mn]+[Cr]-[Mo]:1.67以下であることを特徴とする溶接金属。
【0013】
溶接金属に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]に関する。
[2] さらに、Al、Nb及びVの少なくとも一種を、
Al:0.030質量%以下、
Nb:0.010質量%以下、
V :0.030質量%以下、の範囲で含有することを特徴とする、[1]に記載の溶接金属。
【0014】
また本発明の上記目的は、溶接構造物に係る下記[3]の構成により達成される。
[3] [1]又は[2]に記載の溶接金属を有することを特徴とする溶接構造物。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、SR後の優れた引張強さを有し、また溶接金属内の位置にかかわらず、優れた低温靱性を有する溶接金属及び溶接構造物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、ガスシールドアーク溶接により得られた溶接継手を示す断面図である。
【
図2】
図2は、縦軸をノッチ4mmずらしの試験片における-40℃シャルピー吸収エネルギー(J)とし、横軸を式I([Si]+[Mn]+[Cr]-[Mo])により算出される値とした場合の、吸収エネルギーと式Iにより算出される値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下で説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
また、本実施形態における含有量とは、特に説明がない限り、溶接金属全質量に対する質量%を意味する。
【0018】
[1.溶接金属]
本発明者らは、SR後においても、所望の強度及び優れた低温靱性を有する溶接金属を得るため、鋭意検討を行った。その結果、溶接金属が適切な含有量でCuを含有していると、SR後の靱性を向上させることができることを見出した。
また、本発明者らは、溶接金属部の場所によっては、溶接金属中央のパス会合部と比べて靱性が低下し、溶接金属部の特性がばらつくおそれがあることに着目した。このような靱性の低下は、溶接金属の場所によって、粒界脆化の影響が強く顕在化するために発生する。そこで、本実施形態においては、溶接金属中のSi、Mn、Cr及びMoの含有量を用いた所定の式により得られる値を適切に制御している。これにより、測定位置によって靱性が低い値となることを抑制することができ、溶接金属中央のパス会合部から離れた場所であっても、良好な靱性を確保することができる。
【0019】
以下、具体的な溶接金属の化学成分組成と、その含有量の数値限定理由について、更に詳細に説明する。
【0020】
<C:0.030質量%以上0.080質量%以下>
Cは、SR焼鈍後の溶接金属の強度を確保する効果を有する成分である。
C含有量が0.030質量%未満であると、SR焼鈍後に所望の強度を得ることができない。したがって、溶接金属中のC含有量は、0.030質量以上とし、0.040質量%以上であることが好ましい。
一方、C含有量が0.080質量%を超えて、溶接金属中に過剰に含有されると、粒界炭化物の粗大化を促進し、SR後の低温靱性が低下する。したがって、溶接金属中のC含有量は0.080質量%以下とし、0.070質量%以下であることが好ましく、0.065質量%以下であることがより好ましい。
【0021】
<Si:0.10質量%以上0.30質量%以下>
Siは、SR焼鈍後の溶接金属の強度を確保する効果を有する成分である。
Si含有量が0.10質量%未満であると、SR焼鈍後に所望の強度を得ることができない。したがって、溶接金属中のSi含有量は、0.10質量%以上とし、0.12質量%以上であることが好ましい。
一方、Si含有量が0.30質量%を超えて、溶接金属中に過剰に含有されると、SR焼鈍による焼き戻し脆化を助長し、靱性が低下する原因となる。したがって、溶接金属中のSi含有量は0.30質量%以下とし、0.25質量%以下であることが好ましく、0.22質量%以下であることがより好ましく、0.20質量%以下であることが更に好ましい。
【0022】
<Mn:1.00質量%以上1.80質量%以下>
Mnは、溶接時において、微細組織生成の起点となる酸化物を形成する成分であり、溶接金属中に適切な含有量でMnが含有されていると、溶接金属の強度及び靱性を向上させることができる。
Mn含有量が1.00質量%未満であると、所望の強度及び靱性を得ることができない。したがって、溶接金属中のMn含有量は、1.00質量%以上とし、1.10質量%以上であることが好ましく、1.20質量%以上であることがより好ましい。
一方、Mn含有量が1.80質量%を超えて、溶接金属中に過剰に含有されると、SR焼鈍による焼き戻し脆化を助長し、靱性が低下する原因となる。したがって、溶接金属中のMn含有量は、1.80質量%以下とし、1.70質量%以下であることが好ましく、1.60質量%以下であることがより好ましい。
【0023】
<S:0質量%超0.020質量%以下>
Sは、溶接時において、微細組織生成の起点となるMnSを形成する成分である。上記効果は、溶接金属中のS含有量が微量であっても得ることができる。したがって、溶接金属中のS含有量は0質量%超とし、0.002質量%以上であることが好ましく、0.004質量%以上であることがより好ましい。
一方、S含有量が0.020質量%を超えて、溶接金属中に過剰に含有されると、SR焼鈍による焼き戻し脆化を助長し、靱性が低下する原因となる。したがって、溶接金属中のS含有量は0.020質量%以下とし、0.015質量%以下であることが好ましく、0.012質量%以下であることがより好ましい。
【0024】
<Cu:0.15質量%以上1.20質量%以下>
Cuは、溶接金属の靱性を改善する効果を有する成分である。詳細なメカニズムは不明であるが、同等の強度を有する溶接金属で比較した場合に、適切な含有量でCuが含有されている溶接金属の方が、Cu含有量が所定量以下である溶接金属よりも、SR後の靱性が改善されている。この結果から、Cuが溶接金属中に固溶することにより、低温でのマトリクスの靱性を改善する効果を得ることができると考えられる。
溶接金属中のCu含有量が0.15質量%未満であると、SR後の靱性を改善する効果を得ることができない。したがって、溶接金属中のCu含有量は、0.15質量%以上とし、0.30質量%以上であることが好ましく、0.50質量%以上であることがより好ましい。
一方、Cu含有量が1.20質量%を超えて、溶接金属中に過剰に含有されると、SR後に析出物を形成し、強度が過大となって、靱性が低下する。したがって、溶接金属中のCu含有量は、1.20質量%以下とし、1.00質量%以下であることが好ましく、0.80質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
<Ni:0.60質量%以上1.00質量%以下>
Niは、溶接金属の低温でのマトリクスの靱性を改善する効果を有する成分である。溶接金属中のNi含有量が0.60質量%未満であると、低温での靱性を向上させる効果を得ることができない。したがって、溶接金属中のNi含有量は、0.60質量%以上とし、0.70質量%以上であることが好ましく、0.80質量%以上であることがより好ましい。
一方、Ni含有量が1.00質量%を超えると、NACE MR0175で規定されるNi含有量の範囲から外れ、硫化物応力腐食割れの感受性が高まる。したがって、溶接金属中のNi含有量は、1.00質量%以下とする。
【0026】
<Mo:0.10質量%以上0.60質量%以下>
Moは、焼き戻し脆化の抑制に効果を有する成分であり、Moが溶接金属の粒内へ微細析出することによって、焼鈍軟化を抑制することができる。
Mo含有量が0.10質量%未満であると、焼き戻しにより脆化を招き、SR後の低温靱性が劣化する。したがって、溶接金属中のMo含有量は、0.10質量%以上とし、0.15質量%以上であることが好ましい。
一方、Mo含有量が0.60質量%を超えると、SR焼鈍により、微細な炭化物が多量に析出するため、溶接金属の強度が過度に上昇し、その結果、低温靱性が低下するおそれがある。したがって、溶接金属中のMo含有量は、0.60質量%以下とし、0.50質量%以下であることが好ましく、0.45質量%以下であることがより好ましい。
【0027】
<Ti:0.040質量%以上0.080質量%以下>
Tiは、溶接時において、微細組織生成の起点となる酸化物を形成する成分であり、溶接金属中に適切な含有量でTiが含有されていると、溶接金属の靱性を向上させることができる。
Ti含有量が0.040質量%未満であると、所望の靱性を得ることができない。したがって、溶接金属中のTi含有量は、0.040質量%以上とし、0.045質量%以上であることが好ましい。
一方、Ti含有量が0.080質量%を超えて、溶接金属中に過剰に含有されると、微細な炭化物が析出するため、溶接金属の強度が過度に上昇し、低温靱性が低下する。したがって、溶接金属中のTi含有量は、0.080質量%以下とし、0.070質量%以下であることが好ましい。
【0028】
<O:0.030質量%以上0.100質量%以下>
Oは、溶接時において、微細組織生成の起点となる酸化物を形成し、溶接金属の靱性を向上させることができる成分である。
O含有量が0.030質量%未満であると、所望の靱性を得ることができない。したがって、溶接金属中のO含有量は、0.030質量%以上とし、0.040質量%以上であることが好ましく、0.050質量%以上であることがより好ましい。
一方、O含有量が0.100質量%を超えると、酸化物の粗大化を招き、溶接金属の靱性が低下するおそれがある。したがって、溶接金属中のO含有量は、0.100質量%以下とし、0.080質量%以下であることが好ましく、0.070質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
<B:0.0015質量%以上0.0040質量%以下>
Bは、溶接金属の強度及び靱性に対して悪影響を及ぼす粒界フェライトの生成を抑制する効果を有する成分である。
B含有量が0.0015質量%未満であると、溶接金属の強度及び靱性の低下を抑制する効果を十分に得ることができない。したがって、溶接金属中のB含有量は、0.0015質量%以上とし、0.0020質量%以上であることが好ましい。
一方、B含有量が0.0040質量%を超えると、PWHT後に析出物が過剰に生成して、靱性が劣化する。したがって、溶接金属中のB含有量は、0.0040質量%以下とする。
【0030】
<Cr:0.30質量%以下>
Crは、溶接金属の強度を確保する効果を有する成分であるが、必ずしも溶接金属中にCrが含有されている必要はなく、0質量%であってもよい。
一方、Cr含有量が0.30質量%を超えると、SR後における焼き戻し脆化を助長し、靱性が低下する原因となる。したがって、溶接金属中のCr含有量は、0.30質量%以下とし、0.25質量%以下であることが好ましく、0.10質量%以下であることがより好ましく、0.05質量%以下であることが更に好ましい。
【0031】
<P:0.020質量%以下>
Pは、粒界に偏析して、粒界を脆化させることで靱性の低下を引き起こす成分であって、溶接金属中に不可避的に含まれる成分である。
P含有量が0.020質量%を超えて、溶接金属中に過剰に含有されると、SR焼鈍による焼き戻し脆化を助長し、靱性が低下する原因となる。したがって、溶接金属中のP含有量は0.020質量%以下とし、0.015質量%以下であることが好ましい。
なお、P含有量は低ければ低いほど好ましく、不純物のため下限は特に限定されない。すなわちP含有量は0質量%であってもよいが、0質量%とすることは工業的に不可能であるため、実際的には0質量%超である。
【0032】
<N:0.0100質量%以下>
Nは、溶接金属の強度が過度に上昇し、低温靱性の低下を引き起こす成分であって、溶接金属中に不可避的に含まれる成分である。
N含有量が0.0100質量%を超えて、溶接金属中に過剰に含有されると、溶接金属の強度が過度に上昇し、これにより、低温靱性が低下するおそれがある。したがって、溶接金属中のN含有量は、0.0100質量%以下とし、0.0080質量%以下であることが好ましく、0.0060質量%以下であることがより好ましい。
なお、N含有量は低ければ低いほど好ましく、不純物のため下限は特に限定されない。すなわちN含有量は0質量%であってもよいが、0質量%とすることは工業的に不可能であるため、実際的には0質量%超である。
【0033】
<[Si]+[Mn]+[Cr]-[Mo]:1.67以下>
本発明者らは、溶接金属の場所によっては、溶接金属中央のパス会合部と比べて靱性が低下し、溶接金属の特性がばらつくおそれがあることに着目した。このような靱性の低下は、溶接金属の場所によって、粒界脆化の影響が強く顕在化するために発生する。そこで、本実施形態においては、溶接金属中央のパス会合部から離れた場所であっても、良好な靱性を確保するために、溶接金属中のSi、Mn、Cr及びMoの含有量に基づき、所定の式により得られる値を適切に制御している。
溶接金属中のSi含有量を質量%で[Si]、溶接金属中のMn含有量を質量%で[Mn]、溶接金属中のCr含有量を質量%で[Cr]、溶接金属中のMo含有量を質量%で[Mo]と表す場合に、式I:([Si]+[Mn]+[Cr]-[Mo])により算出される値が1.67を超えると、溶接金属の場所によっては、靱性が低下することがある。したがって、上記式Iにより算出される値は、1.67以下とする。
一方、上記式Iにより算出される値の下限値については、特に制限されないが、0.80以上であることが好ましい。
【0034】
なお、本実施形態に係る溶接金属は、さらに、Al、Nb及びVの少なくとも一種を、以下に示すそれぞれの含有量の範囲内において含有することが好ましい。
【0035】
<Al:0.030質量%以下>
Alは、本実施形態の溶接金属において必須成分ではないが、アシキュラーフェライトの変態起点として作用する酸化物を形成し、溶接金属の強度及び靱性を改善する効果を有する成分であるため、溶接金属中にAlが含有されていることが好ましい。
溶接金属中にAlを含有させる場合に、Al含有量が0.002質量%以上であると、溶接金属の強度及び靱性をより一層向上させることができる。したがって、溶接金属中には、0.002質量%以上の含有量でAlを含有させることが好ましい。
一方、Al含有量が0.030質量%を超えると、酸化物の粗大化を招き、却って靱性が低下する。したがって、溶接金属中には、0.030質量%以下の含有量でAlを含有させることが好ましく、Al含有量は、0.025質量%以下であることがより好ましく、0.020質量%以下であることが更に好ましい。
【0036】
<Nb:0.010質量%以下>
Nbは、本実施形態の溶接金属において必須成分ではないが、SR後に微細な炭化物を形成し、強度を確保する効果を有する成分であるため、溶接金属中にNbが含有されていることが好ましい。
溶接金属中にNbを含有させる場合に、Nb含有量が0.001質量%以上であると、溶接金属の強度を確保する効果を得ることができる。したがって、溶接金属中には、0.001質量%以上の含有量でNbを含有させることが好ましく、Nb含有量は、0.002質量%以上であることがより好ましい。
一方、Nb含有量が0.010質量%を超えると、微細な炭化物を多量に析出することにより、溶接金属の強度が過度に上昇し、その結果、低温靱性が低下するおそれがある。したがって、溶接金属中には、0.010質量%以下の含有量でNbを含有させることが好ましく、Nb含有量は0.005質量%以下であることがより好ましい。
【0037】
<V:0.030質量%以下>
Vは、本実施形態の溶接金属において必須成分ではないが、SR後に微細な炭化物を形成し、強度を確保する効果を有する成分であるため、溶接金属中にVが含有されていることが好ましい。
溶接金属中にVを含有させる場合に、V含有量が0.002質量%以上であると、溶接金属の強度を確保する効果を得ることができる。したがって、溶接金属中には、0.002質量%以上の含有量でVを含有させることが好ましく、V含有量は、0.005質量%以上であることがより好ましい。
一方、V含有量が0.030質量%を超えると、微細な炭化物を多量に析出することにより、溶接金属の強度が過度に上昇し、その結果、低温靱性が低下するおそれがある。したがって、溶接金属中には、0.030質量%以下の含有量でVを含有させることが好ましく、V含有量は0.020質量%以下であることがより好ましく、0.015質量%以下であることが更に好ましい。
【0038】
<残部>
本実施形態に係る溶接金属の上記成分を除く残部は、Fe及び不可避的不純物である。不可避的不純物としては、Sn、Sb、As、Pb、Bi等が挙げられる。
【0039】
[2.溶接構造物]
本実施形態に係る溶接構造物は、上記[1.溶接金属]で説明した本実施形態に係る溶接金属を有する溶接構造物である。
なお、本実施形態に係る溶接構造物において、本実施形態に係る溶接金属を有すること以外の条件については特に限定されないが、母材としては、610MPa級高張力鋼材を適用することが好ましく、フラックス入りワイヤアーク溶接(FCAW:Flux Cored Arc Welding)により製造されることが好ましい。溶接時の溶接電圧、溶接電流、溶接姿勢等については、一般的な溶接方法における通常の条件を用いることができる。
【実施例】
【0040】
以下、本実施形態に係る溶接金属の発明例及び比較例について説明する。
【0041】
[溶接金属の機械的性質の評価]
(ワイヤの作製)
まず、下記表1に示す成分組成を有する各種のフラックス入りワイヤを準備した。
【0042】
(ガスシールドアーク溶接)
次に、上記フラックス入りワイヤを用いて、主に、下記表2に示す溶接条件によりガスシールドアーク溶接を実施し、種々の成分を有する溶接金属を作製した。なお、以下に示す発明例及び比較例の溶接金属においては、表2に示す条件とわずかに異なる条件を用いた例もあるが、入熱条件、すなわち電流と電圧、溶接速度の条件を揃えているため、作製される溶接金属の性能に影響はないと考えられる。
図1は、ガスシールドアーク溶接により得られた溶接継手を示す断面図である。本実施例においては、V開先が形成された母材4の裏面側に裏当て材2を配置して、バタリングを行う際は、開先面に厚さ3mm以上のバタリングを施した後、ガスシールドアーク溶接を実施し、溶接金属1を形成した。
【0043】
(機械的性質の評価)
溶接金属1の機械的性質は、JIS Z 3111:2005に規定される「溶着金属の引張及び衝撃試験方法」に準拠し、溶接金属1から試験片を採取して、引張試験により引張強さを評価するとともに、衝撃試験により靱性を評価した。
【0044】
引張試験に供する試験片は、JIS Z 3111:2005に準拠し、丸棒の試験片を採取した。なお、丸棒の軸方向(引張方向)は溶接長方向に平行、すなわち、
図1における紙面の垂直方向であり、採取位置は、母材4の厚さ方向の中央及び母材4間の中央(破線A)の位置である。
採取した試験片に対して、620℃の温度で8時間の応力除去熱処理(SR)を施し、試験温度を室温として、降伏応力(YS:Yield Stress)及び引張強さ(TS:Tensile Strength)を測定することにより、引張強さを評価した。なお、降伏応力(YS)が500MPa以上であるとともに、引張強さが620MPa以上である場合に、引張強さが良好であると判断した。
【0045】
溶接金属1内の2箇所において、靱性を確認するため、衝撃試験に供する試験片は、「中央ノッチ」と、「ノッチ4mmずらし」の2箇所から採取した。
「中央ノッチ」とは、
図1に示すように、母材4の厚さ方向の中央及び母材4間の中央(破線A)の位置にノッチが形成されるように採取した試験片(図示せず)を表す。すなわち、「中央ノッチ」は、溶接金属1の中央のパス会合部にノッチが形成された試験片である。
また、「ノッチ4mmずらし」とは、母材4間の中央(破線A)から、一方の母材の方向に4mm移動させた位置(破線B)にノッチ3aが形成されるように採取した試験片3を表す。
【0046】
衝撃試験は、620℃の温度で8時間の応力除去熱処理(SR)を施した試験片に対して、試験温度を-40℃として実施し、シャルピー吸収エネルギー(vE-40℃)を測定することにより靱性を評価した。
なお、「中央ノッチ」及び「ノッチ4mmずらし」の2種類の試験片において、-40℃における吸収エネルギーが、いずれも50J以上の場合に、靱性が良好であると判断した。
そして、引張強さ及び靱性がいずれも良好であったものを合格とし、それ以外のものを不合格とした。
【0047】
得られた溶接金属の化学成分組成を下記表3に示し、評価結果を下記表4に示す。なお、表3に記載の溶接金属の化学成分の残部は、Fe及び不可避的不純物であった。また、表3において、[Si]は、溶接金属中のSi含有量を質量%で表した値であり、[Cr]は、溶接金属中のCr含有量を質量%で表した値であり、[Mn]は、溶接金属中のMn含有量を質量%で表した値であり、[Mo]は、溶接金属中のMo含有量を質量%で表した値である。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
上記表3及び4に示すように、各化学成分の含有量が本発明の数値範囲内である発明例No.1~8は、SR後の降伏応力(YS)が500MPa以上、かつ、SR後の引張強さ(TS)が620MPa以上であって、良好な引張強さを有していた。また、中央ノッチ及びノッチ4mmずらしの試験片のいずれにおいても、-40℃における吸収エネルギーが50J以上であって、優れた低温での靱性を得ることができた。
【0053】
図2は、縦軸をノッチ4mmずらしの試験片における-40℃シャルピー吸収エネルギー(J)とし、横軸を式I([Si]+[Mn]+[Cr]-[Mo])により算出される値とした場合の、吸収エネルギーと式Iにより算出される値との関係を示すグラフである。
図2中、「〇」は発明例を示し、「×」は比較例を示す。また
図2において、発明例及び比較例の「No.」は省略している。
【0054】
図2に示すように、式Iにより算出される値が小さいほど、シャルピー吸収エネルギーの値が上昇する傾向にある。なお、ノッチ4mmずらしの試験片について、シャルピー吸収エネルギーが50J以上となった試験片は、全て、式I([Si]+[Mn]+[Cr]-[Mo])により算出される値が1.67以下であった。
【0055】
一方、比較例No.1は、溶接金属中のCr含有量及び式Iにより算出される値が本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、SR後のノッチずらしの試験片について、靱性が低下した(vE-40℃:49J)。
比較例No.2は、溶接金属中のMn含有量及び式Iにより算出される値が本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、SR後のノッチずらしの試験片について、靱性が低下した(vE-40℃:32J)。
【0056】
比較例No.3は、溶接金属中のCr含有量及び式Iにより算出される値が本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、SR後のノッチずらしの試験片について、靱性が低下した(vE-40℃:30J)。
比較例No.4は、溶接金属中のMo含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったとともに、式Iにより算出される値が本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、SR後のノッチずらしの試験片について、靱性も低下した(vE-40℃:23J)。
【0057】
比較例No.5は、溶接金属中のMn含有量、Ti含有量及び式Iにより算出される値が本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、SR後の中央ノッチの試験片について、靱性が低下し(vE-40℃:48J)、ノッチずらしの試験片についても、靱性が低下した(vE-40℃:49J)。
比較例No.6は、溶接金属中のB含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、SR後のノッチずらしの試験片について、靱性が低下した(vE-40℃:42J)。
【0058】
比較例No.7は、溶接金属中のCu含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、SR後のノッチずらしの試験片について、靱性が低下した(vE-40℃:35J)。
比較例No.8は、溶接金属中のCu含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったとともに、式Iにより算出される値が本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、SR後のノッチずらしの試験片について、靱性も低下した(vE-40℃:49J)。
【0059】
比較例No.9は、溶接金属中のCr含有量及び式Iにより算出される値が本発明の数値範囲における上限値を超えており、Cu含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、SR後の引張強さが低下し(TS:598MPa)、SR後の中央ノッチの試験片について、靱性が低下し(vE-40℃:39J)、ノッチずらしの試験片についても、靱性が低下した(vE-40℃:46J)。
比較例No.10は、溶接金属中のMo含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えており、溶接金属中のCu含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、SR後の中央ノッチの試験片について、靱性が低下し(vE-40℃:39J)、ノッチずらしの試験片についても、靱性が低下した(vE-40℃:45J)。
【符号の説明】
【0060】
1 溶接金属
2 裏当て材
3 試験片
3a ノッチ
4 母材