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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-17
(45)【発行日】2024-07-25
(54)【発明の名称】二重膜構造細胞内小器官DNA標的薬
(51)【国際特許分類】
   C07K 7/06 20060101AFI20240718BHJP
   C07K 7/08 20060101ALI20240718BHJP
   A61K 31/675 20060101ALI20240718BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240718BHJP
   A61K 38/08 20190101ALI20240718BHJP
   A61K 38/10 20060101ALI20240718BHJP
【FI】
C07K7/06
C07K7/08 ZNA
A61K31/675
A61P35/00
A61K38/08
A61K38/10
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021507430
(86)(22)【出願日】2020-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2020012498
(87)【国際公開番号】W WO2020189779
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2023-02-06
(31)【優先権主張番号】P 2019053528
(32)【優先日】2019-03-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永瀬 浩喜
(72)【発明者】
【氏名】渡部 隆義
(72)【発明者】
【氏名】越川 信子
(72)【発明者】
【氏名】安井 七海
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/133896(WO,A1)
【文献】日本分子生物学会大会講演要旨集,2017年,vol.90th,3AW06-5
【文献】遺伝子医学,2019年01月01日,vol.9, no.1,p.6-9, 83-89
【文献】村上 圭 編,遺伝子医学MOOK 35 ミトコンドリアと病気,メディカルドゥ,2020年05月10日,p.218-223
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
C07K 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(V)、(VI)、(X)、(XII)、(XIII)、(XIV)、(XV)、(XVI)、(XVII)、(XVIII)、(XIX)、(XX)、(XXI)、(XXII)、(XXIII)及び(VII-TPP)から選ばれる構造を有する複合体。
【化1】
【請求項2】
請求項1記載の複合体を含有する、ミトコンドリアDNA変異に起因する疾患の治療用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二重膜構造細胞内小器官DNAを標的にした低分子量化合物の複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
脂溶性カチオンなどがミトコンドリアや葉緑体などの二重膜構造細胞内小器官へ薬剤を送達する技術として開発され(非特許文献1)、ミトコンドリア関連疾患の治療への応用が試みられている(特許文献2~5)。一方、ミトコンドリアDNAの遺伝子変異がミトコンドリア病のみでなく、生活習慣病やがんで病変部位に蓄積していることも確認されている。ミトコンドリアDNA配列を標的にすることでミトコンドリア遺伝子の転写を調節できることも報告され(非特許文献2)、ヘアピン型のピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)により病因性ミトコンドリアDNA配列を標的にし、病的遺伝子配列を持つミトコンドリア数を減少させることが出来る可能性も報告されている(特許文献1)。しかし変異ミトコンドリアDNAを持つ細胞に効率的に生理活性を誘導する方法はいまだ確立していない。
【0003】
ミトコンドリア病の多くがミトコンドリアDNAに病的変異を有し、そのコピー数が増加することで発症する。またミトコンドリアDNAに病因性変異を有する細胞が増加することで生活習慣病などの様々な疾患が発症することも報告されている。さらにがん細胞においては、ミトコンドリアDNAに変異を有し、その変異がホモプラスミー(すべて変異ミトコンドリアDNAに置き換わった状態)になっている多くの症例が報告されている(非特許文献3)。これらのミトコンドリアDNAの病的変異を有する病態に対し、直接ミトコンドリアDNA変異を標的にした治療法は開発されていない。
【0004】
本発明者らは、ミトコンドリアDNAの変異を認識し、長期にミトコンドリアに貯留し、ミトコンドリアDNAに特異的な変異をもつ細胞において生理活性を起こす化合物の探索研究に鋭意取り組み、ミトコンドリア浸透性化合物と低分子の直鎖状DNA副溝結合化合物を連結部分を介して結合した複合体が、高効率に特異的ミトコンドリアDNA配列を有する細胞に生理活性を有することを発見し本発明に至った。さらに脂溶性カチオン複合体が植物細胞に影響し、葉緑体へも浸透できる可能性が報告されているが(非特許文献4、5)、実際に植物の根や葉の生細胞内に二重膜構造細胞内小器官DNAを標的にした低分子量化合物の複合体が浸透できることは明らかにされていなかったが、確認でき植物への応用の可能性も明らかにされた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第WO2012/133896号
【文献】国際公開第WO2011/150494号
【文献】特表2011-501731
【文献】特表2016-523926
【文献】国際公開第CN2008/801154230号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Chem Rev. 2017 117(15)10043-10120
【文献】J. Am. Chem. Soc., 2017, 139 (25) 8444-8447
【文献】Sci Rep. 2017 Nov 14;7(1):15535.
【文献】Plant Physiol. (1983) 73, 169-174
【文献】Mitochondrion (2019)46, 164-171 Available online May 01 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ミトコンドリアDNA変異関連病変
ミトコンドリアは植物を含む高等生物に存在し、ヒトミトコンドリアDNAは、B-DNA二重螺旋構造を有し、37遺伝子をコードし、そのうち13が構造遺伝子として、呼吸鎖複合体I, III, IV, Vのサブユニットをコードし、呼吸鎖を活性化、ATP生産、活性酸素の産生に関与し、そのDNA変異が様々な病態と関連している。ミトコンドリアは一細胞内に数千個存在し、ミトコンドリアDNAも数千コピー存在し、DNA変異を含むものが含まれることが多いが、コピー数が一定以上になることで、ミトコンドリアの機能異常が誘発され、ミトコンドリア病や老化、生活習慣病、がんなどの疾患に関与する。特にがんでは、ホモプラスミーと呼ばれるミトコンドリアDNA変異がほぼ全てとなる現象も報告されている。
ミトコンドリア標的化合物
ミトコンドリアに関係する病態を治療するために、ミトコンドリアを標的にした様々な化合物の開発が試みられているが、いまだ変異ミトコンドリアDNAを標的にした根本的治療法は開発されていない。ミトコンドリアへの薬物送達には、原形質膜電位差及びミトコンドリア二重膜の電位を利用した脂溶性カチオンによる化合物の送達技術が開発され、ミトコンドリアマトリックス中に処理濃度の100~500倍蓄積することが報告されている。
DNA副溝結合化合物
放線菌などが産生する抗生物質には、DNAの副溝を配列特異的に認識する化合物があることが知られている。この配列認識機構を応用して二本鎖B-DNAを認識するヘアピン型PIポリアミドが研究され、核内及びミトコンドリア内への送達が確認され、核内DNAやミトコンドリアDNAへ結合し、ゲノム構造等へ影響することで疾患治療に利用できる可能性が示唆されてきた。ヘアピン型PIポリアミドやディスタマイシンなどの直鎖DNA結合化合物の一部が核内ではなくミトコンドリアに送達されることが報告されているが、長期には貯留できずERやゴルジに移行し、ミトコンドリアにおいて長期間生物活性を示すことはできないことを示唆することが報告され、発明者らも確認している(Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 11 (2001) 769-772)。
ミトコンドリア標的化合物とヘアピン型ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)複合体
ミトコンドリアを標的にしたミトコンドリア浸透性ペプチドMitochondria penetrating peptide(MPP)とミトコンドリアDNA標的ヘアピン型ピロール・イミダゾールポリアミド化合物の複合体がミトコンドリアに貯留し、ミトコンドリア遺伝子の発現を調節できることが報告され、本発明者らも脂溶性カチオンであるtriphenylphosphonium(TPP)を用いてヘアピン型ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)を送達し、変異ミトコンドリアDNAのコピー数を統計的に有意ではないが減少させる傾向を報告した。しかし、ヘアピン型PIPは分子量が大きく合成工程が複雑で薬剤開発には必ずしも適切ではない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、ミトコンドリアDNA変異に対してより有効でより適切な薬剤候補を開発するために鋭意努力し、直鎖状配列認識DNA副溝結合化合物を脂溶性カチオンと結合させた複合体が、ヘアピン型PIポリアミドとの複合体に比べ合成反応ステップ数を減少でき、分子量を半減でき、さらにミトコンドリアDNA変異を有する細胞においてミトコンドリアの自食(マイトファジー)の誘導、ミトコンドリアDNAコピー数の増加、変異ミトコンドリアDNAコピー数の減少、変異ミトコンドリアDNAがホモプラスミーもしくはそのコピー数が多い細胞において細胞死を誘導できることを見出した。これらのことから、本発明により薬剤開発により適した、効果的に生物活性が得られる化合物を合成できることが明らかになったことより本発明に至った。さらに細胞死に抵抗性の細胞が存在し、この抵抗性の細胞には細胞死抑制因子阻害剤等の投与で細胞死が誘導できることも確認された。また植物の根、葉の生細胞内への送達が確認されたことより植物等細胞壁をもつ生物への効果も期待される。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 二重膜構造細胞内小器官DNAの配列に特異的に結合する直鎖状DNA結合化合物と、二重膜構造細胞内小器官局在性化合物との複合体。
[2] 複合体が二重膜構造細胞内小器官であるミトコンドリアに集積し、二重膜構造細胞内小器官DNA配列特異的に二重膜構造細胞内小器官の機能を変更する、[1]の複合体。
[3] 二重膜構造細胞内小器官DNA配列が、ミトコンドリアもしくは葉緑体DNA配列、ミトコンドリア病病因変異DNA配列、ミトコンドリア関連疾患変異DNA配列、ミトコンドリアDNA多型を含む病変細胞におけるコピー数が正常細胞に比べ多い配列、並びに遺伝子データベースに登録される二重膜構造細胞内小器官DNA配列からなる群から選択される少なくとも1つ以上である、[1]又は[2]の複合体。
[4] DNA結合化合物がBridged Nucleic Acid(架橋化核酸)、Locked Nucleic Acid(LNA)、PNA、直鎖状ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)、直鎖状ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)修飾物、DNA結合蛋白質、及びDNA結合蛋白質複合体からなる群から選択される、[1]~[3]のいずれかの複合体。
[5] 二重膜構造細胞内小器官局在性化合物が、脂溶性カチオンである、[1]~[4]のいずれかの複合体。
[6] 脂溶性カチオンがTPP(triphenylphosphonium)である、[5]の複合体。
[7] [1]~[6]のいずれかの複合体を含む、ミトコンドリアDNA変異及び多型を認識する配列特異的ミトコンドリアDNA集積性化合物。
[8] 下式(I)で表される[1]の複合体:
【0010】
【化1】
【0011】
[Xは―CH-、-NH―、―CO―、―CHCHO―又は―O―であり、
Yは―CH-又は―N―であり、
は-CH、-OH、標識物質(蛍光、放射性、ビオチン、クリックケミストリー標識など)又はTP(二重膜構造細胞内小器官局在性化合物であるミトコンドリア浸透部位)であり、
はそれぞれ独立した-CH3、-NH、標識物質又はTPであり、
jは1から6であり、
kは1から2であり、
lは1から4であり、
mは0から10であり、
nは0から6であり、
oは0から6である]。
[9] 下式(II)で表される[8]に記載の複合体:
【0012】
【化2】
【0013】
[Xは―CH-、-NH―、―CO―、―CHCHO―又は―O―であり、
Yは―CH-又は―N―であり、
は-CH、-OH、標識物質又はTPであり、
はそれぞれ独立した-CH、-NH、標識物質又はTPである]。
[10] 前記複合体が下式(III)又は(IV)で表される構造を有する[8]又は[9]の複合体:
【0014】
【化3】
【0015】
又は
【0016】
【化4】
【0017】
[Yは―CH-又は―N―であり、
は-CH、-OH、標識物質又はTPであり、
はそれぞれ独立して-CH、-NH、標識物質又はTPである]。
[11] 前記複合体が下式(XIV)で表される構造を有する[8]又は[9]の複合体:
【0018】
【化5】
【0019】
[12] 前記複合体が下式(XV)~(XXI)のいずれかで表される構造を有する[8]又は[9]の複合体:
【0020】
【化6】
【0021】
【化7】
【0022】
【化8】
【0023】
【化9】
【0024】
【化10】
【0025】
【化11】
【0026】
【化12】

[13] 前記複合体が下式(XXII)又は(XXIII)で表される構造を有する[8]又は[9]の複合体:
【0027】
【化13】
【0028】
【化14】

[14] [8]~[13]のいずれかの複合体を含むミトコンドリア疾患関連ミトコンドリアDNA配列に結合する組成物。
[15] [1]~[6]及び[8]~[13]のいずれかの複合体を含む医薬組成物。
[16] 医薬組成物が抗がん剤である、[15]の医薬組成物。
[17] [1]~[6]及び[8]~[13]のいずれかの複合体を含むキット。
[18] [1]~[6]及び[8]~[13]のいずれかの複合体を含む研究試薬キット。
[19] [1]~[6]及び[8]~[13]のいずれかの複合体を含む治療用キット。
[20] [1]~[6]及び[8]~[13]のいずれかの複合体を含む診断用キット。
[21] [15]又は[16]の医薬組成物及び細胞除去薬を組合せて含むキット。
[22] 細胞除去薬が、Canagliflozin、Canagliflozin、Ipragliflozin、Dapagliflozin、Luseogliflozin、Tofogliflozin、Sergliflozin etabonate、Remogliflozin etabonate、Ertugliflozin、sotagliflozin、Dasatinib、Quercetin、Navitoclax (ABT-263)、ABT-737、A1331852、A1155463、17-(Allylamino)-17-demethoxygeldanamycin、Fisetin、Panobinostat、Azithromycin、Roxithromycine、Piperlongumine、Hyperoside (Quercetin 3-galactoside)、2,3,5-Trichloro-6-(2-piperidin-1-yl-1,3-thiazol-5-yl)cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、2,5-Dichloro-3-(1-piperidinyl)-6-[2-(1-piperidinyl)-1,3-thiazol-5-yl]benzo-1,4-quinone、2,5-Dichloro-3-morpholin-4-yl-6-(2-piperidin-1-yl-1,3-thiazol-5-yl)cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、2,5-Dichloro-3-(phenylamino)-6-(2-piperidin-1-yl-1,3-thiazol-5-yl)cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、2,5-Dichloro-3-(2-morpholin-4-yl-1,3-thiazol-5-yl)-6-piperidin-1-ylcyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、Obatoclax、Venetoclax、2,5-dichloro-3-(4-methyl-1-piperazinyl)-6-[2-(1-piperidinyl)-1,3-thiazol-5-yl]benzo-1,4-quinone、及びこれらのいずれかの誘導体からなる群から選択される、[21]のキット。
[23] 細胞除去薬と併用するための[15]又は[16]の医薬組成物。
[24] 細胞除去薬が、Canagliflozin、Canagliflozin、Ipragliflozin、Dapagliflozin、Luseogliflozin、Tofogliflozin、Sergliflozin etabonate、Remogliflozin etabonate、Ertugliflozin、sotagliflozin、Dasatinib、Quercetin、Navitoclax (ABT-263)、ABT-737、A1331852、A1155463、17-(Allylamino)-17-demethoxygeldanamycin、Fisetin、Panobinostat、Azithromycin、Roxithromycine、Piperlongumine、Hyperoside (Quercetin 3-galactoside)、2,3,5-Trichloro-6-(2-piperidin-1-yl-1,3-thiazol-5-yl)cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、2,5-Dichloro-3-(1-piperidinyl)-6-[2-(1-piperidinyl)-1,3-thiazol-5-yl]benzo-1,4-quinone、2,5-Dichloro-3-morpholin-4-yl-6-(2-piperidin-1-yl-1,3-thiazol-5-yl)cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、2,5-Dichloro-3-(phenylamino)-6-(2-piperidin-1-yl-1,3-thiazol-5-yl)cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、2,5-Dichloro-3-(2-morpholin-4-yl-1,3-thiazol-5-yl)-6-piperidin-1-ylcyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、Obatoclax、Venetoclax、2,5-dichloro-3-(4-methyl-1-piperazinyl)-6-[2-(1-piperidinyl)-1,3-thiazol-5-yl]benzo-1,4-quinone、Nutlin-3、MI-63、及びこれらのいずれかの誘導体からなる群から選択される、[23]の医薬組成物。
[25](1)ミトコンドリアDNA配列に特異的に結合するようにDNA結合化合物を設計する工程、
(2)設計した前記DNA結合化合物と脂溶性カチオンとを結合させる工程を含む、ミトコンドリアに貯留しミトコンドリアDNA配列に特異的に結合する複合体の製造方法。
[26] ミトコンドリアDNA配列が、ミトコンドリア病病因変異DNA配列、ミトコンドリア関連疾患変異DNA配列、ミトコンドリア多型を含む病態細胞におけるDNAコピー数が正常細胞に比べ多い配列、並びに遺伝子データベースに登録されるミトコンドリア関連分子からなる群から選択される少なくとも1つである、[25]の製造方法。
[27] DNA結合化合物がBridged Nucleic Acid(架橋化核酸)、Locked Nucleic Acid(LNA)、PNA、直鎖状ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)、直鎖状ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)修飾物、DNA結合蛋白質、及びDNA結合蛋白質複合体からなる群から選択される、[25]又は[26]の製造方法。
[28] 二重膜構造細胞内小器官局在性化合物が、二重膜構造細胞内小器官DNAの特定の塩基配列に対して結合する官能基を有する化合物である、[25]~[27]のいずれかの複合体の製造方法。
[29] 二重膜構造細胞内小器官局在性化合物がTPP(triphenylphosphonium)である、[28]の製造方法。
【0029】
また、本発明は以下のとおりである。
(1)ミトコンドリアなどの二重膜構造細胞内小器官DNA配列に特異的に結合する直鎖状DNA結合化合物と、脂溶性カチオンとの複合体。
(2)ミトコンドリアなどの二重膜構造細胞内小器官機能異常と関連するDNA配列に結合し、二重膜構造細胞内小器官に結合DNA配列を持つ細胞に生物活性をもたらすための、(1)に記載の複合体。
(3)二重膜構造細胞内小器官DNA配列がミトコンドリア機能低下、ROS産生等のミトコンドリア病、脳神経系疾患、循環器系疾患、糖尿病、腎疾患、筋疾患、難聴等の耳鼻咽喉科疾患、網膜症等の眼科疾患、がん、並びに遺伝子データベースに登録されるミトコンドリア関連疾患群から選択される少なくとも1つ以上に認められる多型もしくは変異に対して結合する、(1)又は(2)に記載の複合体。
(4)直鎖状DNA結合化合物がBridged Nucleic Acid(架橋化核酸)、Locked Nucleic Acid(LNA)、PNA、DNA副溝結合抗生物質、ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)、ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)修飾物、DNA結合蛋白質、及びDNA結合蛋白質複合体からなる群から選択される(1)~(3)のいずれか1つに記載の複合体。
(5)脂溶性カチオンが、原形質膜電位差及びミトコンドリア二重膜の電位を利用してミトコンドリアマトリックス内に送達可能な官能基として有する化合物である、(1)~(4)のいずれか1つに記載の複合体。
(6)脂溶性カチオンがTPPである、(5)に記載の複合体。
(7)(1)~(6)のいずれか1つに記載の複合体を含む、ミトコンドリア関連疾患特異的配列に結合可能な直鎖状DNA結合化合物と脂溶性カチオンとの複合体。
(8)下式(V)又は(VI)で表される(1)及び(2)に記載の複合体。
【0030】
【化15】
【0031】
又は
【0032】
【化16】
【0033】
(9)(8)に記載の複合体を含むミトコンドリア関連疾患特異的配列に結合可能な直鎖状DNA結合化合物と脂溶性カチオンとの複合体。
(10)(8)に記載の複合体を含むミトコンドリア呼吸鎖遺伝子、配列に結合可能な直鎖状DNA結合化合物と脂溶性カチオンとの複合体。
(11)(1)~(6)、(8)~(10)のいずれか1つに記載の複合体を含む医薬組成物。
(12)医薬組成物が抗がん剤である(11)に記載の医薬組成物。
(13)(1)~(6)、(8)~(10)のいずれか1つに記載の複合体を含むキット。
(14)(1)~(6)、(8)~(10)のいずれか1つに記載の複合体を含む研究試薬キット。
(15)(1)~(6)、(8)~(10)のいずれか1つに記載の複合体を含む治療用キット。
(16)(1)ミトコンドリアなどの二重膜構造細胞内小器官DNA配列に特異的に結合する直鎖状DNA結合化合物を設計する工程、
(2)設計したDNA結合化合物と脂溶性カチオンとを結合させる工程を含む、ミトコンドリアなどの二重膜構造細胞内小器官DNA配列に特異的に結合する複合体の製造方法。
(17)遺伝子配列がミトコンドリア関連疾患病因変異配列である、(16)に記載の製造方法。
(18)DNA結合化合物がBridged Nucleic Acid(架橋化核酸)、Locked Nucleic Acid(LNA)、PNA、ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)、ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)修飾物又はDNA結合蛋白質、及びDNA結合蛋白質複合体からなる群から選択される、(16)又は(17)に記載の製造方法。
(19)脂溶性カチオンが、原形質膜電位差及びミトコンドリア二重膜の電位を利用してミトコンドリアマトリックスなどの二重膜構造細胞内小器官内に送達可能な官能基として有する化合物である、(16)~(18)のいずれか1つに記載の製造方法。
(20)脂溶性カチオンがTPPである、(19)に記載の製造方法。
【0034】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2019-053528号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0035】
本発明により、ミトコンドリアなどの二重膜構造細胞内小器官DNA配列に結合し、ミトコンドリアなどの二重膜構造細胞内小器官機能を修飾できる複合体が提供される。本発明の好ましい態様によれば、本発明の複合体は、医薬組成物又は抗ミトコンドリア病剤、抗生活習慣病剤、抗がん剤、抗老化剤、抗生物質等として用いることができる。
【0036】
本発明の複合体により、ミトコンドリアDNA配列を認識することで、ミトコンドリアDNAの複製、転写、さらにミトコンドリアの自食(マイトファジー)、ミトコンドリア自食に対する自動制御によるミトコンドリア活性化・ミトコンドリアDNAコピー数の増減、及び変異ミトコンドリアDNAがホモプラスミーもしくはそれに近い状態においては細胞死もしくは細胞老化の誘導が誘発されると考えられる。これらの現象により本発明の複合体は、ミトコンドリアなどの二重膜構造細胞内小器官を有する動植物を含む真核生物、生体細胞及び実験系においてミトコンドリア等の機能を調節することが出来る様々な様態を創生することが容易に想起出来る。
【0037】
つまり、本発明は、ミトコンドリア等のゲノム配列に結合する低分子化合物をミトコンドリア等に送達する技術及びそのデザイン・合成法を提供するものであり、この技術を応用することで病的もしくは不良ミトコンドリアが持つDNA変異配列を特異的に認識できるミトコンドリア関連疾患治療薬をより簡便に次々にデザイン・合成することを可能とするものである。既存のミトコンドリア病に対する治療薬もしくは機能性表示食品、特定保健用食品が対処的な予防・治療に留まっていることに対して本発明による複合体は根本的な予防・治療効果を示す化合物を提供できることを容易に予想できる。さらに細胞治療や正常ミトコンドリア送達技術に応用し、変異ミトコンドリアDNAを持つ不良ミトコンドリアや不良細胞の診断及び除去によるクオリティーコントロール等にも応用が可能となる幅広い用途が考えられる。
【0038】
本発明の複合体は、変異ミトコンドリアDNAコピー数が多い細胞においては、細胞死を誘導する。一方、変異ミトコンドリアDNAに対し正常ミトコンドリアDNAの割合が一定数以上含まれる場合、変異ミトコンドリアDNAのコピー数を徐々に減少させること及び変異ミトコンドリアDNAの減少と同時に総ミトコンドリア数の増加・活性化を促すことで細胞や生体への影響を最小限にしたうえで変異ミトコンドリアDNAを減少させる理想的な治療薬として、新たな画期的治療薬の開発を可能とするものである。今後、本発明の複合体は、臨床試験開始に向けた開発研究(物性試験、安全性試験、薬物動態、GMPでの大量合成)の推進が期待されている。また、本発明の方法を応用すれば、同様若しくは相加的・相乗的な効果を奏するさらなる画期的な治療薬の開発が可能となると想起される。
【0039】
本発明の複合体は、変異ミトコンドリアDNAコピー数が多い細胞においては、細胞死を誘導するが、細胞死に抵抗性の細胞が存在し、老化様の変化が確認された。近年抗老化研究においてsenolytic drugs老化細胞除去薬の研究が進み、老化細胞の細胞死誘導に有効なBCL2、BCL―XL、BCL-W、MDM2などの阻害剤の臨床応用が試みられており、本発明の複合体は、細胞老化様細胞を誘導でき、老化細胞除去薬による治療との併用により、老化細胞除去薬の効果を増強する合成致死効果を奏することで、さらなる画期的な上乗せ治療法等の開発を可能とすると想起される。
【0040】
老化細胞除去薬としては、後述する。
【0041】
本発明の複合体は、ミトコンドリアゲノムが16,569塩基対と小さいため複合体のDNA副溝認識部位の短小化が可能であり、分子量の小さな単鎖型化合物でも効果が確認され、皮膚透過性が確認された。本発明の方法と経皮吸収型製剤化を組み合わせることで投与経路を拡張できるとともに、局所治療効果の増強による局在性病変や老化の局所治療薬、予防薬といった画期的な治療法の開発が可能となると想起される。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1-1】MELASのミトコンドリアDNA A3243G変異を標的にしたFITC標識ヘアピン型ポリアミド(CCC0018-FITC)の化学構造を示す図である。
図1-2】MELASのミトコンドリアDNA A3243G変異を標的にしたFITC標識ヘアピン型ポリアミド(CCC0018-FITC)の経時的細胞内局在を示す図である。
図2】ピリビディウムインドールTPP複合体によるミトコンドリア局在を示す図である。図2AはピリビディウムインドールTPP複合体のミトコンドリアとの共局在を示し、図2Bはピリビディウムインドールのミトコンドリア非共局在を示す。
図3】MELASのミトコンドリアDNA A3243G変異を標的にしたヘアピン型ポリアミドとTPP複合体(CCC019-TPP)合成スキームとその構造及びHPLC,質量解析結果を示す図である。
図4】CCC019-TPPのミトコンドリアとの共局在を示す図である。
図5】HeLa(3243G Low)サイブリッドへのCCC019-TPP投与実験における総ミトコンドリアDNAコピー数が増加する結果を示す図である。図5Aは48日後の結果を示し、図5Bは63日後の結果を示す。
図6】HeLa(3243G Low)細胞へのCCC019-TPP投与実験における正常ミトコンドリアDNAコピー数が変異ミトコンドリアコピー数に対し比率が増加する結果を示す図である。図6Aは48日後の結果を示し、図6Bは63日後の結果を示す。
図7】HeLa(3243G High)細胞及びHeEB1細胞へのCCC018-TPP投与実験におけるミトコンドリア自食を示すマイトファジー(LC3陽性)が誘導される結果を示す図である。
図8】MELASのミトコンドリアDNA A3243G変異を標的にした直鎖型ポリアミドとTPP複合体(CCC020-TPP)合成スキームとその構造及びHPLC,質量解析結果を示す図である。
図9】CCC020-TPPのミトコンドリアとの共局在を示す図である。
図10】HeLamtHeLa細胞(図10A)、HeLa(3243G Low)細胞(図10B)及びHeLa(3243G High)細胞(図10C)へのCCC020-TPP投与による細胞増殖の抑制をWSTアッセイによって検討した結果にIC50値を付記して示した図である。
図11-1】HeLa(3243G High)細胞へのCCC020-TPP投与による細胞死(アポトーシス)の誘導を核の凝縮、断片化及びCleaved Caspase 3のアポトーシスを示す細胞の割合を棒グラフに示した図である。
図11-2】HeLa(3243G High)細胞へのCCC020-TPP投与による細胞死(アポトーシス)の誘導を核の凝縮、断片化及びCleaved Caspase 3の染色像で示した図である。
図12】HeLamtHeLa細胞及びHeLa(3243G High)細胞へのCCC020-TPP投与によってHeLa(3243G High)細胞においてcell cycleのinhibitorであるp21の発現上昇(図12A)、プロアポトーシス関連遺伝子であるBaxの発現上昇(図12B)、アンチアポトーシス関連遺伝子であるMcl1の発現減少(図12C)が有意に確認されたことを示した図である。
図13】A549細胞に認められる非同義置換A14582G多型を標的にした直鎖型ポリアミドとTPP複合体(CCC021-TPP)の構造及びHPLC,質量解析結果を示す図である。
図14】A549細胞(図14A)及びPC14細胞(図14B)へのCCC021-TPP投与による細胞増殖の抑制をWSTアッセイによって検討した結果を示した図である。
図15】A549細胞(図15A)及びPC14細胞(図15B)へのCCC021-TPPもしくはDMSOの長期投与による細胞増殖を検討した結果を示した図である。A549細胞においてCCC021-TPP投与は有意に増殖を抑制した。
図16】CCC021-TPP投与24時間後の細胞内局在を抗TPP抗体およびマイトトラッカー染色によるミトコンドリア局在の検討の結果を示す図である。Aは抗TPP抗体染色の結果を、Bはミトトラッカー染色の結果を示す。
図17】CCC021-TPPがA549細胞の増殖を抑制したが、細胞死を誘導せず老化細胞様の形態変化を誘導したことを示すMTTアッセイの結果を示す図である。AはA549の結果を、BはPC14の結果を示す。CはA549及びPC14のIC50を示す。
図18】CCC021-TPP投与5日後のPC14細胞(A)及びA549細胞(B)の細胞形態を示す図である。CはBの枠内の拡大図である。
図19】CCC021-TPP投与5日後のPC14細胞及びA549細胞のトリパンブルーアッセイの結果を示す図である。
図20】A549細胞(A)及びPC14細胞(B)をCCC021-TPP処理した場合のSA-β-Gal(細胞老化随伴βガラクトシダーゼ)発現の誘導をSA-β-Gal染色により示す図である。
図21】SA-β-Gal染色により染色された細胞数をカウントし定量化した結果を示す図である。
図22】A549細胞及びPC14細胞をCCC021-TPP処理した場合の細胞老化随伴分泌現象を示す場合である。AはIL-1Aの分泌を、BはIL-1Bの分泌を、CはIL-6の分泌を、DはIL-8の分泌を示す。
図23】A549細胞(A)及びPC14細胞(B)をCCC021-TPP処理した場合のマイトファジーの誘導を示す図である。
図24】CCC021-TPP処理により、A549細胞のミトコンドリアで特異的なマイトファジーが起きていることを示す図である。
図25】CCC021-TPP投与24時間後のA549細胞での活性酸素(ROS)産生の著名な増強を示す図である。
図26】CCC021-TPP処理したA549細胞及びPC14細胞におけるBCL2L1(A)、BAX(B)、BCL2(C)及びBIRC5(D)の発現レベルを示す図である。
図27】CCC021-TPP単独処理、ABT-263単独処理及びこれらの併用処理した場合の2日目及び4日目の細胞形態を示す図である。
図28】皮膚透過性確認実験の方法の概要(A)及びマウスへの投与部位(B)を示す図である。
図29】単鎖型PIP-TPP(CCC149-TPP)の構造式を示す図である。
図30】CCC149-TPPのHPLC(A)及び質量解析(B)の結果を示す図である。
図31】PIP-TPPの皮膚透過性を示す図である。
図32】Dp-Py-Py-TPPの合成法を示す図である。
図33-1】ライブラリー化合物、2環状構造化合物から8環状化合物を示す図である(その1)。
図33-2】ライブラリー化合物、2環状構造化合物から8環状化合物を示す図である(その2)。
図33-3】ライブラリー化合物、2環状構造化合物から8環状化合物を示す図である(その3)。
図33-4】ライブラリー化合物、2環状構造化合物から8環状化合物を示す図である(その4)。
図33-5】ライブラリー化合物、2環状構造化合物から8環状化合物を示す図である(その5)。
図33-6】ライブラリー化合物、2環状構造化合物から8環状化合物を示す図である(その6) 。
図34】合成した2環状構造化合物CCC102-TPPの構造を示す図である。
図35】CCC102-TPPの高速液体クロマトグラフィー(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図36】合成した3環状構造化合物CCC106-TPPの構造を示す図である。
図37】CCC106-TPPの高速液体クロマトグラフィー(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図38】合成した4環状構造化合物CCC114-TPPの構造を示す図である。
図39】CCC114-TPPの高速液体クロマトグラフィー(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図40】合成した5環状構造化合物CCC175-TPPの構造を示す図である。
図41】CCC175-TPPの高速液体クロマトグラフィー(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図42】合成した6環状構造化合物CCC206-TPPの構造を示す図である。
図43】CCC206-TPPの高速液体クロマトグラフィー(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図44】合成した7環状構造化合物CCC1283-TPPの構造を示す図である。
図45】CCC1283-TPPの高速液体クロマトグラフィー(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図46】合成した8環状構造化合物CCC1394-TPPの構造を示す図である。
図47】CCC1394-TPPの高速液体クロマトグラフィー(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図48】CCC1283-TPP(直鎖型PIP)のHeLa細胞(A)およびC33A(B)に対する増殖抑制を示す図である。
図49】10環状構造化合物CCC531-TPPの構造を示す図である。
図50】CCCh531-TPPの高速液体クロマトグラフィー分析(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図51】CCCh531-TPPのHeLa細胞(A)およびC33A(B)に対する増殖抑制を示す図である。
図52】10環状構造化合物CCCh560-TPPの構造を示す図である。
図53】CCCh560-TPPの高速液体クロマトグラフィー分析(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図54】CCCh560-TPPのC33A(A)、HeLa細胞(B)、HDF(C)、Siha(D)、Caski(E)およびME180(F)に対する増殖抑制を示す図である。
図55-1】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その1)。
図55-2】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その2)。
図55-3】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その3)。
図55-4】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その4)。
図55-5】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その5)。
図55-6】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その6)。
図55-7】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その7)。
図55-8】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その8)。
図55-9】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その9)。
図55-10】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その10)。
図55-11】代表的な老化細胞除去薬を示す図である(その11)。
図56】BCL-XL阻害剤であるA1155463とCCC021-TPP併用処理した場合の細胞の形態を示す図である。
図57】FITC-CCC105-TPPの構造式を示す図である。
図58】FITC-CCC105-TPPの高速液体クロマトグラフィー分析(A)および質量分析(B)の結果を示す図である。
図59】植物生細胞透過実験の結果を示す図であり、Aは主根でのFITC蛍光を示し、Bは発芽後4日の根の蛍光像を示す。
図60】H2B(ヒストンH2B)―GFP発現シロイヌナズナの葉をFITC-CCC105-TPP処理した場合の、葉でのH2BによるGFP蛍光(A)及びCCC105-TPPによるFITCの蛍光(B)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0044】
本発明は、ミトコンドリア等の二重膜構造細胞内小器官のDNAの特異的配列に結合するDNA結合化合物と二重膜構造細胞内小器官局在性の化合物との複合体ならびにそのデザインと合成法を提供する。同複合体によりミトコンドリア等の二重膜構造細胞内小器官のDNAに作用することにより、二重膜構造細胞内小器官の機能を変更などの特異的配列をもつミトコンドリア等の二重膜構造細胞内小器官のコピー数の減少やミトコンドリア等の二重膜構造細胞内小器官の機能不全による細胞死の誘導などによりミトコンドリア等の二重膜構造細胞内小器官の関連病態の予防、治療、診断法を可能にする。
【0045】
二重膜構造細胞内小器官は、ミトコンドリアの他に葉緑体等が含まれる。
【0046】
二重膜構造細胞内小器官のDNAの特異的配列として、ミトコンドリアDNA配列、ミトコンドリア病病因変異DNA配列、ミトコンドリア関連疾患変異DNA配列、ミトコンドリアDNA多型を含む病変細胞におけるDNAコピー数が正常細胞に比べ多い配列、並びに遺伝子データベースに登録される二重膜構造細胞内小器官DNA配列等が挙げられる。
【0047】
ミトコンドリアDNAは母親由来で1細胞あたり数百から数千コピー存在し、核膜のような防御機構が存在しない細胞質内小器官に局在するため内的要因として活性酸素種(ROS)や外的要因として発がん物質や放射線などにより変異が発生する頻度が高い。さらに、数千コピーあるミトコンドリアDNAはランダムに複製され、確率法則に従って娘細胞に不等分配されるため変異型ミトコンドリアDNAが生じると、正常型ミトコンドリアDNAと混在する、ヘテロプラスミーの状態になるという特性がある。ゆえに、親細胞が正常型ミトコンドリアDNAと変異型ミトコンドリアDNAの両方を持っていても、細胞分裂した娘細胞の中にはどちらか一方の型のみ存在するというホモプラスミーが生じることもある。このようにして不良ミトコンドリアのコピー数が増加した体細胞は、個体の様々な病態を発症させる要因となる。
【0048】
ミトコンドリア病は主に特徴的な中枢神経症状を基準に診断され、骨格筋、心臓をはじめとして内分泌腺に到るまで、体の諸臓器に異常をきたす(http://www.nanbyou.or.jp/entry/335)。代表的なミトコンドリア病であるMELAS(mitochondrial encephalomyopathy, lactic acidosis, and stroke―like episodes)(Nature, 348(6302):651-3, 1990)では、ミトコンドリアDNA (mtDNA)にコードされているロイシンのtRNA(MT―TL1)遺伝子の中の、3243番目の塩基がアデニン残基からグアニン残基へ点変異しているA3243G変異が、最も多い変異型として特定されている。ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・ 脳卒中様症候群と呼ばれるこの疾患はミトコンドリア病の中で最も患者数が多い。また、A3243G変異はミトコンドリア糖尿病を引き起こす変異型としても知られ、特に日本人の糖尿病患者約700万人のうち、約1%にA3243G変異が認められるという報告がある(Nat genet. 1(5):368-71, 1992, N Engl J Med. 330(14):962-8, 1994)。A3243G変異はtRNAのロイシンに変異を起こし、タウリン修飾の欠損を起こす。そして、呼吸鎖複合体Iの機能が低下し、ミトコンドリア機能不全に陥る(Am J Hum Genet. 49(3):590-9, 1991)。MELASにおいては、上記よりタウリンが医薬品として承認されタウリンの大量摂取により症状の改善がみられるが、ミトコンドリア病では臓器間で正常型mtDNAと変異型mtDNAの比率が異なり、その比率の差が疾患の重症度や症状の決定要因であることが知られるため(Proc Natl Acad Sci USA, 88(23):10614-8, 1991)、根本的な治療法としては変異型mtDNAの割合を減少させる治療法の開発が期待されている。
【0049】
また、がんとミトコンドリア異常の関連性は、今なおその論争は続いているが、ルイス肺がん由来培養細胞株におけるmtDNAの変異ががん転移と相関があることが報告され (Science, 320(5876):661-4, 2008)、さらに、mtDNA異常をもつマウスにおいてROS inhibitorの投与で糖尿病や腫瘍発生が抑制されることが報告された(Proc Natl Acad Sci USA, 109(26):10528-33, 2012)。高転移性のA11細胞由来のG13997A変異をもつmtDNAが呼吸鎖複合体Iの活性を低下させ、ROSの産生増加及びATP産生減少、また、核に存在する転移関連遺伝子であるMcl-1,Hif-1αを活性化し、それによりがん転移が増加するとするものと考えられる (Science, 320(5876):661-4, 2008)。また、大腸がん患者及び肺がん患者におけるND遺伝子の病因性変異ががん転移と相関があることが報告された(Sci Rep. 7(1):15535, 2017)。転移性原発巣と非転移性原発巣との間でミトコンドリア呼吸鎖複合体機能低下を誘引する疑いのある変異の数を比較した結果、転移を有する原発巣は非転移性原発巣よりもmtDNA変異率が有意に高く、ヘテロプラスミーが多くみられることが明らかとなった(Sci Rep. 7(1):15535, 2017, Oncogene, 36(31):4393-4404, 2017)。また、がんにおいてはホモプラスミーも多くの例で観察されることが特徴としてみられた。このことから、mtDNAの変異はミトコンドリア病だけでなくがんにおいてもその悪性度を左右すると考えられるとともに変異ミトコンドリアDNAを標的にすることでがん治療が可能であることが示唆されている。
【0050】
二重膜構造細胞内小器官のDNAの特異的配列に結合するDNA結合化合物は、ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP、PIポリアミドともいう)を含む。二重膜構造細胞内小器官のDNAの特異的配列に結合するDNA結合化合物をDNA副溝結合化合物ともいう。
【0051】
本発明で用いる二重膜構造細胞内小器官のDNAの特異的配列に結合するDNA結合化合物は直鎖状DNA結合化合物である。
【0052】
本発明で用いる二重膜構造細胞内小器官のDNAの特異的配列に結合するDNA結合化合物はmtDNA配列認識直鎖状PIP化合物ともいう。
【0053】
PIPは、細菌が産生する天然化合物ディスタマイシン、デュオカルマイシンといった天然抗生物質構造をヒントに合成されたN-メチルピロール(Py)とN-メチルイミダゾール(Im)からなるオリゴマーであり、水素結合を介してDNAの副溝に結合する。塩基配列認識はPyとImの組み合わせに依存し、Py/PyがA/T又はT/A、Py/ImがC/G、Im/PyがG/Cをそれぞれ認識するため、天然化合物に多い直鎖状構造ではなくよりDNA結合の強いヘアピン構造により2量体を形成させ、任意の二本鎖DNAを塩基配列特異的に認識するように合成され用いられている (Bioorg Med Chem. 9(9):2215-35, 2001)。また、PIPは、塩基配列特異的にDNAと結合することで、遺伝子の転写を阻害し遺伝子発現を抑制することが報告されている。直鎖状ポリアミドであるディスタマイシンがミトコンドリア、ゴルジ、ERに局在することも報告されており(Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 11 (2001) 769-772)、ヘアピン型PIPによるミトコンドリアゲノムへの介入が可能であることも公知である。しかし変異ミトコンドリアDNAコピー数を減らし、正常ミトコンドリアDNAを増やす効率的方法は開発されていない。さらにその過程でミトコンドリア機能を維持できる方法であり、しかも合成が容易で薬剤開発により適した化合物は考案されていない。
【0054】
この現状の問題点に基づきミトコンドリアに低分子量のDNA副溝結合化合物を送達、貯留させる複合体を合成することで問題が解決すると考え、鋭意研究を進めた。このことによって特異的なmtDNA配列を有するミトコンドリアを排除し、正常ミトコンドリアを増加させる化合物、もしくは特異的なmtDNA配列コピーを多く持つ細胞に細胞死を誘導する複合体化合物を創出できる可能性があること、さらに複合体の合成が容易であり、安価な製造と臓器、細胞、ミトコンドリアへの送達がより効率的に行える可能性があることが考えられる。この新規の考えに基づき本発明の化合物のデザイン及び合成を試み、合成された複数の複合化合物において変異mtDNAを認識することによると考えられる変異mtDNAコピー数の減少、総mtDNAコピー数の上昇及び細胞死の誘導が確認されたことによりミトコンドリア関連病態に対する根本的な治療法を得ることが出来る薬剤となりうることを見出した。
【0055】
本発明の実施例の結果から、配列特異的なmtDNA配列認識直鎖状ポリアミド化合物と脂溶性カチオンなどのミトコンドリア送達物質との複合化合物を合成する方法を用いれば、当該問題が解決でき、特異的DNA配列を持つミトコンドリアにおいてマイトファジーを誘導し、病的細胞の細胞死を誘導する、ミトコンドリア関連病態を根本的に治療できる可能性のある治療剤を合成できると考えられる。
【0056】
本発明の複合体の構成要素であるmtDNA配列認識直鎖状ポリアミドは、mtDNAの多型及び体細胞変異配列を含む配列を認識するように設計されたポリアミドである。mtDNA配列及びその多型及び変異配列はMITOMAP (A human mitochondrial genome database)、GiiB―JST mtSNP(mitochondrial single nucleotide polymorphism)、MitoDat(Mendelian Inheritance and the Mitochondrion)、COSMIC(the Catalogue Of Somatic Mutations In Cancer)、GOBASE(A database of mitochondrial and chloroplast information)などのデータベースより得られるがこのデータベースに限られるものではない。mtDNA配列を認識するとは、mtDNAの塩基配列認識ポリアミドが結合等(例えば水素結合又は架橋形成(クロスリンキング)による結合等)することを意味する。mtDNA配列認識化合物としては、上記のピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)の他、Peptide Nucleic Acid(PNA)、Bridged Nucleic Acid(架橋化核酸)、Locked Nucleic Acid(LNA)、ジンクフィンガー等のDNA結合蛋白質やそのキメラ蛋白質、ガイドRNA蛋白質複合体等のDNA結合化合物を挙げることができる。さらには、DNAに対する結合能力を維持又は向上するように修飾した修飾物も含まれる。PIP修飾物としては、例えば、PIPのNメチルピロールやN-メチルイミダゾールのメチル基からアルキル鎖を伸長しアミンを有した修飾物又はアミノ基を側鎖に持つリシンやアルギニン、カルボキシル基を側鎖に持つグルタミン酸、また前記修飾物をFITCやビオチン等の分子で修飾した修飾物、PIPのN末端をFITCやビオチン等の分子で修飾した修飾物、C末端がイソフタル酸等の分子で修飾した修飾物等が挙げられる。本発明の好ましい様態においては、二重膜構造細胞内小器官DNA、植物においては葉緑体DNAの配列を認識する構成要素を含む。
【0057】
ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)は、N-メチルピロール単位(Py)とN-メチルイミダゾール単位(Im)と直鎖アミノ酸誘導体部分とを含むポリアミドであり、PyとImと直鎖アミノ酸とは互いにアミド結合(-C(=O)-NH-)で連結される(Trauger et al,Nature,382,559-61(1996);White et al,Chem.Biol.,4,569-78(1997);及びDervan,Bioorg.Med.Chem.,9,2215-35(2001))。PIPは、2量体を形成し、PyとImとを含む2本の鎖が並列に並ぶことで2本の鎖の間のPyとImの対が特定の組み合わせ(Py/Im対、Im/Py対、Py/Py対、又はIm/Im対)のときに、DNA中の特定の塩基対に高い親和性で結合することができる。例えば、Py/Im対はC-G塩基対に結合することができ、Im/Py対はG-C塩基対に結合することができる。また、Py/Py対はA-T塩基対及びT-A塩基対の両方に結合することができる。この2量体形成をより安定にするために核内ゲノムなどを標的とする場合などは、直鎖アミノ酸誘導体を介して全体が折りたたまれたコンフォメーションのPIPを合成することでより強い結合が得られ、汎用されている(White et al,Chem.Biol.,4,569-78(1997);Dervan:Bioorg.Med.Chem.,9,2215-35(2001))。しかしこのヘアピン上の折りたたまれたコンフォメーションの形成には分子量のより大きな複合体を形成する必要があり、ゲノムサイズが小さい二重膜構造細胞内小器官のDNAに対しては直鎖状のDNA認識化合物で配列認識が十分可能と考えられた。また、PIPには、他に3-ヒドロキシピロール(Hp)、又はβアラニンが含まれていてもよい。Hpについては、Hp/Py対はT-A塩基対に結合することができる(White at al,Nature,391,468-71(1998))。またPIPのN末端はアセチル基だけでなくFITCやビオチン等の分子が修飾されていてもよい。βアラニン/βアラニンについては、T-A塩基対若しくはA-T塩基対に結合することができる。よって、標的のDNA配列に合わせてPyとImの対の組み合わせ等を変更することにより、標的遺伝子の調節領域を認識するPIPを設計することができる。PIPの設計方法及び製造方法は公知である(例えば、特許第3045706号公報、特開2001-136974号公報及び国際公開第WO2013/000683号)。
【0058】
Bridged Nucleic Acid(架橋化核酸)又はLocked Nucleic Acid(LNA)は標的遺伝子の調節領域を認識するように配列認識させ、RNAの2’位酸素原子と4’位炭素原子間をメチレン鎖にて架橋した2’、4’-BNA又はRNAの2’位酸素原子と4’位炭素原子間をエチレン鎖にて架橋した2’、4’-ENA(Ethylene‐Bridged Nucleic Acids)として合成することができる。LNAはProligo社からも入手可能である。
【0059】
すなわち、本発明の複合体のDNA結合化合物は、Bridged Nucleic Acid(架橋化核酸)、Locked Nucleic Acid(LNA)、PNA、ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)、ピロール・イミダゾールポリアミド(PIP)修飾物、DNA結合蛋白質、及びDNA結合蛋白質複合体からなる群から選択される。
【0060】
様々な脂溶性カチオンなどが二重膜構造細胞内小器官へ局在し、それらの小器官への送達化合物として利用可能である。すなわち、本発明の複合体の本特許に利用できる二重膜構造細胞内小器官へ局在性の送達物質は脂溶性カチオンを含む。脂溶性カチオンとしてはTPP(triphenylphosphonium)、alkyltriphenylphosphonium cations、rhodamine、cyanine cations, cationic peptides、guanidinium、triethylammonium、pyridinium,3-phenylsulfonylfuroxan、F16,2,3-dimethylbenzothiazo-lium iodide、rhodamine19、rhodamine123やDQAなどが挙げられる。
【0061】
この中でも脂溶性カチオンとしてTPP(triphenylphosphonium)が好適に用いられる。TPPは、安定性が高く、TPPを含む複合体が既に臨床に応用され安全性も確認されている(Adv Ther. 2016 Jan;33(1):96-115.)。TPPは、原形質膜電位差によって細胞外から細胞質内に処理濃度の5~10倍取り込まれることが実証され、ミトコンドリア膜電位によりミトコンドリアマトリックス中にさらに処理濃度の100~500倍蓄積することが可能である。TPPは脂質二重層を直接通過するため、特異的な取り込みシステムを必要とせずにミトコンドリアに分布する。また、TPPはビタミンEをはじめとする様々な物質、ペプチド等をミトコンドリアへ送達することが報告されている(Proc Natl Acad Sci USA, 100(9):5407-12, 2003)。このようにTPPは本発明における薬剤開発において優位性を持つミトコンドリア内送達物質であり本発明における好ましい様態といえる。TPPの構造を以下に示す。
【0062】
【化17】
【0063】
植物においては脂溶性カチオンであるTPPおよびそのデリバティブSkQ1が葉緑体に送達されることも報告されている(Biochemistry (Mosc). 2015 Apr;80(4):417-23. doi: 10.1134/S0006297915040045.)。このことより、二重膜構造細胞内小器官であるミトコンドリア及び葉緑体において本発明の化合物はDNA配列特異的に干渉し、様々な生物活性を誘導できるものと考えられる。
【0064】
二重膜構造細胞内小器官へ局在性の送達物質は、ミトコンドリア等の二重膜構造細胞内小器官へ浸透するので、二重膜構造細胞内小器官浸透部位(ミトコンドリア浸透部位)ともいう。
【0065】
PIPは、遺伝子配列を認識できることより、例えば、図1及び図8に示すようにMELASのA3243G変異を標的にしたヘアピンもしくは直鎖状のデザインを行い、PIP化合物を合成することが出来、さらにミトコンドリアにおける長期貯留を計るために脂溶性カチオンであるTPPとの複合体を設計でき、合成することが出来る。このMELASのA3243G変異はミトコンドリア病で最も頻度が高い変異であるが、糖尿病やがんにおいてもこの変異が関与することが報告されている。また病態の発症には直接関係しないかも知れないmtDNAの多型に関してもその多型を持つmtDNAと病因となる変異が共存する場合、mtDNAの多型の配列を標的としてPIPをデザインし、図13のようにmtDNAのA14582G多型に対する複合化合物を合成することもできる。この多型を標的にした複合体においても病的mtDNAを結果的に標的にでき、同一多型の異なる配列をもつ正常ミトコンドリアには影響しない治療薬としてデザイン合成が可能となると考えられる。
【0066】
本発明の複合体は上記ポリアミドと上記二重膜構造細胞内小器官への局在物質とを結合すること等により合成することができる。「結合」は、直接でもよいし、リンカーを介してもよい。リンカーとしては、アルキル化剤の作用を妨げず、かつ二重膜構造細胞内小器官DNA配列の認識を妨げないものであれば特に限定されず、例えば、アミド結合、ホスホジスルフィド結合、エステル結合、配位結合、エーテル結合等を例示することができる。
【0067】
また、本発明の複合体は標識物質を含んでいてもよい。
【0068】
本発明の複合体として、下の式(I)~(III)の化合物が挙げられる。
【0069】
【化18】
【0070】
[Xは―CH-、-NH―、―CO―、―CHCHO―又は―O―であり、
Yは―CH-又は―N―であり、
は-CH、-OH、標識物質(蛍光、放射性、ビオチン、クリックケミストリー標識など)又はTP(二重膜構造細胞内小器官局在性化合物であるミトコンドリア浸透部位)であり、
はそれぞれ独立した-CH3、-NH、標識物質又はTPであり、
jは1から6であり、
kは1から2であり、
lは1から4であり、
mは0から10であり、
nは0から6であり、
oは0から6である]。
【0071】
下式(II)を有する(I)に記載の化合物
【0072】
【化19】
【0073】
[Xは―CH-、-NH―、―CO―、―CHCHO―又は―O―であり、
Yは―CH-又は―N―であり、
は-CH、-OH、標識物質又はTPであり、
はそれぞれ独立した-CH、-NH、標識物質又はTPである]。
【0074】
前記化合物が下式(III)または(IV)に記載される構造を含む(I)又は(II)に記載される化合物
【0075】
【化20】
【0076】
又は
【0077】
【化21】
【0078】
[Yは―CH-又は―N―であり、
は-CH、-OH、標識物質又はTPであり、
はそれぞれ独立した-CH、-NH、標識物質又はTPである]。
【0079】
本発明のDNA結合化合物と二重膜構造細胞内小器官への局在物質との複合体は、二重膜構造細胞内小器官のDNAを修飾することができる。該DNA結合化合物は、ミトコンドリアなどのDNA配列を標的とし、ミトコンドリア変異及び多型を認識し、ミトコンドリアに対するマイトファジーを誘導などの生物活性を示す。すなわち、上記のミトコンドリア関連疾患などの病態を標的とし得る。
【0080】
本発明の複合体は、使用目的に応じ、本発明の複合体に加えて、担体や添加物を含むものであってもよい。このような担体及び添加物として、水、酢酸、有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、界面活性剤等が挙げられる。本発明の複合体の使用量は、使用目的に応じて適宜調節することができる。
【0081】
本発明の複合体として、以下のものが例示できる。該複合体は、ピロール・イミダゾールポリアミド(TPP)の末端βリンカーを介してTPPを結合させた複合体である。下の式(V)で表される該複合体を、CCC020-TPPと呼ぶ。構造式はC668016Pで表され、分子量は1272.42である。また、下の式(VI)で表される該複合体を、CCC021-TPPと呼ぶ。構造式はC688214Pで表され、分子量は1272.44である。
【0082】
【化22】
【0083】
【化23】
【0084】
また、分子量の小さな単鎖型化合物(単鎖型PIP-TPP)を用いることもできる。単鎖型化合物として、図29及び式(XIV)に構造式を示すCCC149-TPPが例示できる。分子量の小さな単鎖型化合物は皮膚透過性を示すので、経皮吸収型製剤化が可能である。
【0085】
本発明の化合物のライブラリーを図33-1~図33-6に示す。ライブラリー化合物は図32に記載の方法で合成することができる。図33-1~図33-6には、2環状構造化合物から8環状化合物を示す。2環状構造化合物は4つの化合物が合成でき、3に環状構造化合物は8つの化合物が合成でき、4環状構造化合物はβアラニンを挿入することで4つの4環状構造化合物にそれぞれ16化合物が合成でき、5環状構造化合物はβアラニンを挿入することで4つの5環状構造化合物にそれぞれ32化合物が合成できる。6環状構造化合物はβアラニンを1つ以上挿入することで64化合物がそれぞれ合成できる。7環状構造化合物も同様でありβアラニンを1つ含んだ想定できる化合物でそれぞれ128化合物が合成できる。8環状構造化合物も同様でありβアラニンを1つ以上含んだ想定できる化合物でそれぞれ256化合物が合成できる。
【0086】
9環状構造化合物以上も同様にして合成が可能である。
【0087】
これらライブラリーの化合物のうち、2環状構造化合物CCC102-TPP(構造を図34及び式XVに示す)、3環状構造化合物CCC106-TPP(構造を図36及び式XVIに示す)、4環状構造化合物CCC114-TPP(構造を図38及び式XVIIに示す)、5環状構造化合物CCC175-TPP(構造を図40及び式XVIIIに示す)、6環状構造化合物CCC206-TPP(構造を図42及び式XIXに示す)、7環状構造化合物CCC1283-TPP(構造を図44及び式XXに示す)、及び8環状構造化合物CCC1394-TPP(構造を図46及び式XXIに示す)を本発明の複合体として例示することができる。
【0088】
さらに、本発明の複合体として、図49及び式XXIIに構造を示す、10環状構造化合物CCCh531-TPP、及び図52及び式XXIIIに構造を示す、10環状構造化合物CCCh560-TPPが挙げられる。
【0089】
本発明の複合体は、ミトコンドリアDNA変異及び多型を認識して、配列特異的にミトコンドリアに集積するので、ミトコンドリアDNA変異及び多型を認識する配列特異的ミトコンドリア集積性化合物として用いることができる。
【0090】
本発明の複合体は、変異ミトコンドリアDNAコピー数が多い細胞においては、細胞死を誘導する。一方、細胞死に抵抗性の細胞に対しては、細胞老化を誘導する。本発明の複合体と老化細胞除去薬との併用により、老化細胞除去薬の効果を増強する合成致死効果を奏することができる。従って、本発明は本発明の複合体と老化細胞除去薬の組合せ医薬も包含し、例えば本発明の複合体と細胞除去薬の組合せキットを含む。さらに、本発明は老化細胞除去薬と併用するための本発明の複合体を包含する。
【0091】
老化細胞除去薬としては、抗アポトーシスBCLファミリー阻害剤やMDM2阻害剤が挙げられ、図55-1~55-11に構造及び化学式を示すCanagliflozin、Canagliflozin、Ipragliflozin、Dapagliflozin、Luseogliflozin、Tofogliflozin、Sergliflozin etabonate、Remogliflozin etabonate、Ertugliflozin、sotagliflozin、Dasatinib、Quercetin、Navitoclax (ABT-263)、ABT-737、A1331852、A1155463、17-(Allylamino)-17-demethoxygeldanamycin、Fisetin、Panobinostat、Azithromycin、Roxithromycine、Piperlongumine、Hyperoside (Quercetin 3-galactoside)、2,3,5-Trichloro-6-(2-piperidin-1-yl-1,3-thiazol-5-yl)cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、2,5-Dichloro-3-(1-piperidinyl)-6-[2-(1-piperidinyl)-1,3-thiazol-5-yl]benzo-1,4-quinone、2,5-Dichloro-3-morpholin-4-yl-6-(2-piperidin-1-yl-1,3-thiazol-5-yl)cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、2,5-Dichloro-3-(phenylamino)-6-(2-piperidin-1-yl-1,3-thiazol-5-yl)cyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、2,5-Dichloro-3-(2-morpholin-4-yl-1,3-thiazol-5-yl)-6-piperidin-1-ylcyclohexa-2,5-diene-1,4-dione、Obatoclax、Venetoclax、2,5-dichloro-3-(4-methyl-1-piperazinyl)-6-[2-(1-piperidinyl)-1,3-thiazol-5-yl]benzo-1,4-quinone、Nutlin-3、MI-63、UBX0101、UBX1967等やそれらの誘導体が挙げられる。その他、米国特許第10550378号明細書、米国特許第10517866号明細書、米国特許第10519197号明細書、米国特許第10478432号明細書、米国特許第10426788号明細書、米国特許第1041354号明細書、米国特許第10378002号明細書、米国特許第1032807号明細書、及び米国特許第10195213号明細書に記載の老化細胞除去薬を用いることができる。
【0092】
本発明の医薬組成物は、上記複合体を含む組成物である。該組成物はミトコンドリア疾患関連mtDNA配列に結合する。当該医薬組成物を生体内に投与することにより、種々の疾患を治療及び予防をすることができる。本発明の医薬組成物は、二重膜構造細胞内小器官二本鎖DNAを生体制御に利用する植物を含むあらゆる生物とくに哺乳動物(例、ヒト、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サル等)の疾患を対象にすることができる。本発明の医薬組成物の対象疾患は、mtDNAの変異を伴う疾患、例えば、ミトコンドリア病、がん、心臓循環器疾患、脳神経疾患/精神性疾患、筋疾患、腎疾患、肝疾患、生活習慣病、睡眠障害、皮膚科、眼科、又は耳鼻科領域の局所症状の強い疾患及び感染症、アレルギー性疾患、細胞老化が関与する疾患、老化、並びに消化器疾患等が挙げられる。対象疾患のうちミトコンドリア病としては、慢性進行性外眼麻痺症候群、赤色ぼろ線維・ミオクローヌスてんかん症候群、ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様症候群(MELAS)、Leigh脳症(リー脳症)などが挙げることができる。がんとしては、例えば、皮膚がん(悪性黒色腫、基底細胞皮膚がん等)脳腫瘍、頭頚部がん、食道がん、舌がん、肺がん、乳がん、膵がん、胃がん、小腸又は十二指腸のがん、大腸がん(結腸がん、直腸がん)、膀胱がん、腎がん、肝がん、前立腺がん、子宮がん、卵巣がん、甲状腺がん、胆嚢がん、咽頭がん、肉腫(例えば、骨肉腫、軟骨肉腫、カポジ肉腫、筋肉腫、血管肉腫、線維肉腫等)、白血病(例えば、慢性骨髄性白血病(CML)、急性骨髄性白血病(AML)、慢性リンパ球性白血病(CLL)及び急性リンパ性白血病(ALL)、リンパ腫、多発性骨髄腫(MM)等)、小児固形腫瘍(脳腫瘍、神経芽腫、肝芽腫、腎芽腫、ユーイング肉腫等)、網膜芽腫及びメラノーマ等を挙げることができる。生活習慣病としては、特に限定されず、例えば、高血圧、糖尿病等を挙げることができる。皮膚科、眼科、又は耳鼻科領域の局所症状の強い疾患及び感染症としては、例えば、難聴、乾癬、慢性皮膚炎、副鼻腔炎、緑内障、網膜変性症等を挙げることができる。アレルギー性疾患としては、アトピー性皮膚炎、花粉症等を挙げることができる。細胞老化が関与する疾患としては、例えば、皮膚の皺、たるみ、色素沈着等を挙げることができる。脳神経疾患/精神性疾患としては、例えば、痙攣、ミオクローヌス、失調、脳卒中様症状、知能低下、偏頭痛、精神症状、ジストニア、ミエロパチー、双極性障害、パーキンソン病、痴呆等を挙げることができる。筋疾患としては、筋力低下、易疲労性、高CK血症、ミオパチーなどを上げることができる。心臓循環器疾患としては、伝導障害、ウォルフ・パーキンソン・ホワイト(WPW)症候群、心筋症、肺高血圧症などを上げることができる。腎疾患としては、ファンコーニ症候群、尿細管機能障害、糸球体病変、ミオグロビン尿などを上げることが出来る。肝疾患としては、肝機能障害、肝不全などを上げることができる。
【0093】
本発明の医薬組成物の好ましい対象疾患は、二重膜構造細胞内小器官二本鎖DNAが関与する全ての病態・疾患が含まる。ミトコンドリア関連疾患に由来する全ての疾患も含まれる。本発明の医薬組成物は、標的配列をもつミトコンドリアDNAコピー数の割合の多い細胞に対してより効果的に作用して、マイトファジーを促進し、標的配列を持つミトコンドリアの減少、もしくは特定の細胞においてはミトコンドリア機能不全による細胞死メカニズムを誘導することによって疾患原因細胞を正常化もしくは死滅させ、疾患の治療及び予防をすることができる。
【0094】
本発明の医薬組成物は、経口投与及び非経口投与のいずれの剤形でもよい。これらの剤形は常法にしたがって製剤化することができ、医薬的に許容される担体や添加物を含むものであってもよい。このような担体及び添加物として、水、酢酸、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、医薬添加物として許容される界面活性剤等が挙げられる。
【0095】
上記添加物は、本発明の医薬組成物の剤型に応じて上記の中から単独で又は適宜組み合わせから選ばれる。剤形としては、経口投与の場合は、錠剤、カプセル剤、細粒剤、粉末剤、顆粒剤、液剤、シロップ剤、外用剤等として噴霧剤、塗布剤、点眼剤、又は適当な剤型により投与が可能である。非経口投与の場合は、注射剤型等が挙げられる。注射剤型の場合は、例えば点滴等の静脈内注射、皮下注射、腹腔内注射、腫瘍内注射等により全身又は局部的に投与することができる。
【0096】
例えば、注射用製剤として使用する場合、本発明の医薬組成物を溶剤(例えば生理食塩水、緩衝液、ブドウ糖溶液、0.1%酢酸、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等)に溶解し、これに適当な添加剤(ヒト血清アルブミン、PEG、マンノース修飾デンドリマー、シクロデキストリン結合体等)を加えたものを使用することができる。あるいは、使用前に溶解する剤形とするために凍結乾燥したものであってもよい。凍結乾燥用賦形剤としては、例えば、マンニトール、ブドウ糖等の糖アルコールや糖類、デキストランなどの重合多糖類を使用することができる。
【0097】
例えば、経皮吸収型製剤として使用する場合、本発明の医薬組成物を溶剤(例えば白色ワセリン、流動パラフィン、ミリスチン酸イソプロピル、ミツロウ、ラノリン、ステアリン酸、ステアリルアルコール、セタノール、グリセリン、プロピレングリコール、1, 3-ブチレングリコール、エタノール、イソプロパノール等)に溶解し、これに適当な添加剤(モノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸ソルビタン、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、ポリソルベート60、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル、フェノキシエタノール、チモール、亜硫酸水素ナトリウム、アスコルビン酸、トコフェロール、ジブチルヒドロキシトルエン、エデト酸ナトリウム水和物、ベンゾトリアゾール、クエン酸水和物、クエン酸ナトリウム水和物、乳酸、ジイソプロパノールアミン、酢酸、酢酸ナトリウム水和物、ラウロカプラム、ピロチオデカン等)を加えたものを使用することができる。
【0098】
本発明の医薬組成物又は本発明の化合物の投与量は、年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤型によって異なる。投与量は、例えば成人(60kg)の場合、1日当たり0.01~1000mg、好ましくは0.1~100mg、より好ましくは1~30mgである。投与方法は、患者の年齢、症状により適宜選択する。投与は、例えば数日間隔に1回、1日当たり、1回又は2~4回に分けてもよい。
【0099】
本発明の医薬組成物は、抗がん剤として用いることができる。対象になるがんの種類は、例えば、大腸がん、膵臓がん、結腸直腸がん、甲状腺がん、肺がん、頚部がん、子宮内膜がん、骨髄異形成症候群、甲状腺及び結腸の腺腫、神経芽腫等であるが、これに限定されることはなく、がん及びその周囲微小環境を構成する細胞において、正常細胞と異なる特異的mtDNA配列を有するがん若しくは正常細胞も有するが優位にその多型配列を持つmtDNAのコピー数が増加したがん及びその周囲微小環境を構成する細胞が対象である。本発明の抗がん剤は、上述の医薬組成物と同様に使用目的に応じて担体や組成物を含んでもよい。
【0100】
本発明はキットも包含し、該キットは、本発明の化合物の他、医薬的に許容される担体や添加物、試薬類、補助剤、専用容器、その他の必要なアクセサリー、説明書等を含むものである。本発明のキットは、がん治療用キット、細胞治療用キット、二重膜構造細胞内小器官導入治療キット、診断用キット、研究試薬キットとしても使用することができる。
【実施例
【0101】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
二重膜構造細胞内小器官二本鎖DNAは、ヒト、動植物を含む真核生物に存在する細胞小器官例えばミトコンドリアや葉緑体に存在し、呼吸や光合成など、それら生物のエネルギー産生などに深く関与するとともに、活性酸素などの生理作用及び病理作用を有する物質の産生にも関与する。さらに細胞質内、核膜の外に存在するDNAであるために核内DNAに比べ、損傷を受けやすく新たな変異が蓄積しやすい性質を有し、加齢に伴い変異が蓄積し、成人の体細胞で変異型mtDNAと正常型mtDNAが混在した「ヘテロプラスミー」という状態となる。また変異型mtDNAの比率が一定以上になるとミトコンドリアの機能が低下し、ミトコンドリア病などを発症する原因となる。mtDNAの変異は、ミトコンドリア病のみに留まらず糖尿病やがんなどの後天性のいわゆる生活習慣病と呼ばれる疾患群の原因となることも知られている。本実施例では、mtDNA塩基配列を認識してDNA副溝に結合する直鎖型ピロールイミダゾールポリアミドに脂溶性カチオンであるTPPを縮合させることで変異mtDNA配列もしくはmtDNA多型配列を認識するPIP-TPP(CCC020-TPP及びCCC021-TPP)を合成した。この化合物及び下の式(VII)のヘアピン型PIP-TPP該複合体(CCC018-TPPと呼ぶ)を用いて、標的mtDNA配列を有する細胞における生物活性を検討した。ミトコンドリア持続局在確認実験、ミトコンドリアDNAコピー数解析実験、関連遺伝子の発現解析実験、ミトコンドリア自食反応確認実験、変異ミトコンドリア保有細胞の細胞死誘導の実験、プログラムされた細胞死確認実験、合成致死誘導実験、皮膚透過性確認実験、植物生細胞透過性確認実験を行った。さらに様々なPIPを合成し、TPPとの複合体の合成を実施し、ライブラリー化に成功した。ライブラリー化合物中婦人科癌細胞のミトコンドリア変異を標的可能な(CCC130-TPPとCCC531-TPP)およびミトコンドリアDNA多型を標的とした(CCC560-TPP)によるミトコンドリアDNAに標的配列をもつがん細胞において細胞増殖抑制が誘導実験を行った。
【0102】
ミトコンドリア変異DNAコピー数の変化を検討するため、ヒト子宮頸がん由来細胞株であるHeLa細胞からmtDNAを欠いたρ0細胞をまず作製した。そこにMELAS患者由来のA3243G変異のmtDNAを含む血小板を融合させる事により変異型ミトコンドリアDNAを異なる割合で導入した3243G Low細胞(HeLamt3243変異mtDNA 55%含有細胞)及び3243G High細胞(HeLamt3243変異mtDNA 82%含有細胞)、また野生株のHeLa細胞の非変異ミトコンドリアDNA を融合させる事により得たHeEB1(HeLamtHeLa)細胞を作成した。細胞は10% Fetal Bovine Serum(FBS:gibco、米国)、1% Penicillin―Streptomycin(gibco)、0.1mg/ml Sodium pyruvate(Sigma―Aldrich、米国)、50mg/ml Uridine(Sigma―Aldrich)含有Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM D5796:Sigma-Aldrich)を用いて、37℃、5%CO下で培養した。
【0103】
化合物CCC018は、ミトコンドリア病の一種であるMELASやミトコンドリア糖尿病の原因変異であるミトコンドリアDNAのA3243G変異配列GGGCCCTを標的にしたヘアピン型PIPであり、国際公開第WO2012/133896号の記載に即して合成した。CCC019は、ミトコンドリアDNAに結合し、変異ミトコンドリアのコピー数の減少を誘導する可能性が予想された。しかしながら国際公開第WO2012/133896号の記載の実験を行ったところ再現性が得られなかった。
【0104】
【化24】
【0105】
この結果及び(Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 11 (2001) 769-772)に記載の通り、DNA副溝結合化合物は、ミトコンドリアへ局在し、mtDNAに結合すると予測されるが、ゴルジ体及び滑面小胞体に移行することで、分泌小胞、分泌顆粒、リソソーム及びエンドソームの形成などによる細胞外への排出系に移行し、mtDNAとの有効な結合状態が持続的に維持されないと考えられた。
【0106】
このことを確認するためCCC018に蛍光ラベルを行ったCCC018-FITCを合成し(図1-1)、MELAS患者由来のA3243G変異のmtDNAを含む血小板を融合させることにより変異型mtDNAを異なる割合で導入した3243G High細胞(HeLamt3243 変異mtDNA 82%含有細胞)の培養下でミトコンドリアをマイトトラッカーによる赤色蛍光、CCC018-FITCを緑色蛍光での蛍光局在の観察実験を行った。
【0107】
35mm glass base dish(IWAKI、生岡)に3243G High細胞を1×10 cells/dishとなるように播種し、24時間培養後にCCC018-FITCで終濃度1μMとなるように処理した。さらに24及び48時間後に培養液を除き、50nMとなるようにMitoTracker(登録商標) Red CMXRos(Life Technologies、米国)入りの培養液を添加し、10分後に新しい培養液に交換して共焦点レーザー顕微鏡SP8(Leica、ドイツ)で観察した。
【0108】
図1-2に示す通り、文献(Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 11 (2001) 769-772)と同様に、CCC018-FITC投与24時間後では、一部のミトコンドリア赤色蛍光と緑色蛍光の共局在が認められたが、48時間後には緑色蛍光はミトコンドリアとの共局在は認められず、ゴルジ体や割面小胞体に移行したと考えられる蛍光像が確認された。このことより、ヘアピン型PIPではミトコンドリアへの局在が限定され、変異ミトコンドリアを効率的に減少させることが出来ないと考えられた。
【0109】
上記問題点を解決するため、ミトコンドリア局在が報告されている脂溶性カチオンをヘアピン型PIPと縮合することでミトコンドリア局在を改善できると考え、(4-Carboxybutyl)triphenylphosphonium Bromide(TPP、シグマアルドリッチ)を購入し、ミトコンドリア局在の確認を行った。ピリディジウム基にインドールをリンカーとしてTPPを結合させたPyridinium―Indole derivative-TPP(下の式(VIII))及び比較としてTPPを付加していないPyridinium―Indole derivative(下の式(IX))の細胞内局在を上記のように処理後2時間と48時間で観察した。図2に示す通り、Pyridinium―Indole derivative-TPPはミトコンドリアと共局在し、48時間でも共局在が認められたが、TPPを付加していないPyridinium―Indole derivativeはミトコンドリアとの共局在は認められなかった。
【0110】
【化25】
【0111】
【化26】
【0112】
上記に基づき、さらにmtDNAのA3243G変異配列CCTGCCAを標的にしたヘアピン型PIP、CCC019にTPPを縮合したPIP-TPP化合物、CCC019-TPP(下の式(X))を図3に示す通り合成した。CCC019はCCC018同様にA3243G変異配列を認識するが、イミダゾール基の連続した結合を少なくすることで合成効率をより向上させた化合物である。
【0113】
【化27】
【0114】
CCC018-TPPの細胞内局在を下記の如く検討した。35mm glass base dish(IWAKI)にmtDNA変異細胞株3243G Low(HeLamt3243変異ミトコンドリアDNA 55%含有細胞)及び3243G High細胞を2×10cells/dishとなるように播種し、24時間培養後にCCC018-TPPで3243G Low細胞には終濃度500nM、3243G High細胞には終農度100 nMとなるように処理した。3243G Low細胞はコンフルエントになる前に2×10cells/dishになるようにまき直し、新鮮なCCC018-TPPを含む培養液と交換し14日間処理した。また、3243G High細胞は培養液を交換せず3日間処理した。CCC018-TPP処理終了後に4%Paraformaldehyde(PFA)/PBSで30分間室温で固定した。固定後、PBSにより洗浄し、10% FBS/0.1% TritonX100/TBS(TBST)で10分間ブロッキングを行った。TBSは、終濃度150μM塩化ナトリウムと終濃度20μM Tris(pH7.4)の混合溶液である。ブロッキング終了後、TBSTで希釈した一次抗体を4℃で一晩反応させた。使用した一次抗体はラビット抗TPP抗体(英国 ケンブリッジ大学 Dr. M. Murphyより供与)1:500希釈、マウス抗Cytochrome C抗体(Thermo Fisher Scientific、米国)1:500希釈を使用し、一次抗体との反応終了後、TBSにより3回洗浄し、TBSTで希釈した二次抗体Goat anti Rabbit Oregon Green 488(Invitrogen、米国) 1:1000希釈とGoat anti Mouse Alexa Fluor 647(Invitrogen) 1:1000希釈を用い15分間反応させた。二次抗体との反応終了後、TBSにより3回洗浄し、DABCO/PVA封入剤(Sigma―Aldrich)で封入して、共焦点レーザー顕微鏡SP8(Leica)で観察した。
【0115】
CCC018-TPPを3243G変異を持つ2種類の細胞へ処理した結果、ミトコンドリア内膜内にあるCytCと共局在する所見がCCC018-TPP投与3日後の3243G High細胞、及び変異ミトコンドリア数の少ない3243G Low細胞へのCCC018-TPP投与14日後においても観察された(図4)。このことからCCC018-TPPがミトコンドリアへ送達され長期間貯留することが確認された。
【0116】
CCC019-TPP処理後の総ミトコンドリアDNAコピー数の変化を解析するため、下記のPCRによる定量実験を行った。
【0117】
35mm dish(Falcon、米国)に3243G Low細胞を2×10cells/wellとなるように播種し、24時間培養後にCCC019-TPPで終濃度1μM及び5μMとなるように処理した。2日に1回培地を交換し、CCC019-TPPの連続投与を行った。さらに48、63日後に、Allprep DNA/RNA Mini Kit(QIAGEN、ドイツ)を使用して、取扱説明書に従いDNAを抽出した。抽出後、NANODROP 2000c(Thermo Fisher Scientific)を用いて、DNAの収量を測定した。DNAサンプルを調製し、PCR反応及び解析を行った。使用したプライマー、反応条件を以下に示す。
・COII
Forward primer:ACA CAT TCG AAG AAC CCG TAT(配列番号1)
Reverse primer:TTT AGT TGG GGC ATT TCA CTG(配列番号2)
・β actin(インターナルコントロール)
Forward primer:TGA CGG GGT CAC CCA CAC TGT GCC CAT CTA(配列番号3)
Reverse primer:CTA GAA GCA TTT GCG GTG GAC GAT GGA GGG(配列番号4)
反応条件は以下に示す。
・COII(20サイクル)
Initial denaturation 94℃ 1分
Denaturation 94℃ 30秒
Annealing 53℃ 30秒
Extension 72℃ 1分
Final extension 72℃ 1分
・β actin(25サイクル)
Initial denaturation 96℃ 5分
Denaturation 96℃ 30秒
Annealing 59℃ 30秒
Extension 72℃ 30秒
Final extension 72℃ 5分
PCR反応終了後、PCR産物を2%アガロースゲルで電気泳動した後、Ethidium Bromideで染色してPCR産物のバンドを検出し、解析ソフト(Image J)でバンド定量を行った。
【0118】
CCC019-TPPを48、63日間処理した3243G Low細胞のmtDNAの総コピー数を推測するために、ミトコンドリア呼吸鎖複合体IVを構成するCOII遺伝子についてPCRを行った結果、CCC019-TPP濃度依存的にmtDNAの総コピー数が増加する傾向が48、63日間処理した両方の実験で観察された(図5)。
【0119】
CCC019-TPP処理による正常型・変異型mtDNAの割合の変化を解析するためにPCR―RFLP法による解析を以下の如く行った。
【0120】
35mm dish(Falcon)に3243G Low細胞を2×10cells/wellとなるように播種し、24時間培養後にCCC019-TPPで終濃度1μM及び5μMとなるように処理した。2日に1回培地を交換し、CCC019-TPPの連続投与を行った。さらに48、63日後に、Allprep DNA/RNA Mini Kit(QIAGEN)を使用して、取扱説明書に従いDNAを抽出した。抽出後、NANO DROP 2000(商標)(Thermo Fisher Scientific)を用いて、DNAの収量を測定した。DNAサンプルを調製し、PCR反応を行った。使用したプライマーと反応条件は以下に示す。
・mt3243
Forward primer:TTC ACA AAG CGC CTT CCC CCG T(配列番号5)
Reverse primer:GCG ATG GTG AGA GCT AAG GTC GG(配列番号6)
反応条件は以下に示す。(25サイクル)
Initial denaturation 95℃ 5分
Denaturation 95℃ 30秒
Annealing 57℃ 30秒
Extension 72℃ 30秒
Final extension 72℃ 5分
PCR産物はApaIによる制限酵素処理を以下の如く行い解析した。PCR産物をQIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)を使用して、取扱説明書に従い精製した。精製後、NANODROP 2000c(Thermo Fisher Scientific)を用いて、DNAの収量を測定した。測定後、PCR System 9700(Applied Biosystems、米国)GeneAmp(登録商標)で増幅した反応産物をApaIによる制限酵素処理を37℃で5時間行った。反応終了後、サンプル15ngを2%アガロースゲルで電気泳動した後、Ethidium Bromideで染色してPCR産物のバンドを検出し、解析ソフト(Image J)でバンド定量を行った。
【0121】
正常型及び変異型mtDNAの割合の変化を調べるために、CCC019-TPPを48、63日間処理した3243G Low細胞から抽出したDNAを用いて、PCR―RFLP法を行った結果、CCC019-TPP濃度依存的に野生型ミトコンドリアDNAの割合が増加し変異型ミトコンドリアDNAの割合が減少する傾向が48、63日間処理した両方の実験で観察された(図6)。
【0122】
PIP-TPPによる変異mtDNAの減少が、ミトコンドリアの自食反応によるものであることを検討するために以下の実験を行った。35mm glass base dish(IWAKI)にmtDNA変異細胞株3243G High細胞を2×10cells/dishとなるように播種し、24時間培養後に終農度100 nMとなるように処理した。処理52時間後に4%Paraformaldehyde(PFA)/PBSで30分間室温で固定した。固定後、PBSにより洗浄し、10%FBS/0.1% TritonX100/TBS(TBST)で10分間ブロッキングを行った。TBSは、終濃度150μM塩化ナトリウムと終濃度20μM Tris(pH7.4)の混合溶液である。ブロッキング終了後、TBSTで希釈した一次抗体を4℃で一晩反応させた。使用した一次抗体はラビット抗LC3抗体(cell signaling) 1:200 希釈、マウス抗Cytochrome C抗体(Thermo Fisher Scientific、米国) 1:500希釈を使用し、一次抗体との反応終了後、TBSにより3回洗浄し、TBSTで希釈した二次抗体Goat anti rabbit oregon green 488 (Invitrogen) 1:1000希釈とGoat anti Mouse Alexa Fluor 647(Invitrogen) 1:1000希釈を用い15分間反応させた。二次抗体との反応終了後、TBSにより3回洗浄し、DABCO/PVA封入剤(Sigma―Aldrich)で封入して、共焦点レーザー顕微鏡SP8(Leica)で観察した。
【0123】
図7に示す通り、CytCによりミトコンドリアが赤色に自食作用のマーカーであるLC3が緑色に蛍光を示すが、PIPの処理では、自食作用が細胞質内に散見されるが、ミトコンドリアの蛍光とは全く共局在した所見は認められない。しかしPIP-TPPを処理した細胞では、細胞質に赤色と緑色が共局在することによる黄色からオレンジ色の蛍光が強く認められ、ミトコンドリアと自食作用が共局在していることが明確に観察される。このことからPIP-TPPの処理により、ミトコンドリアが自食されるマイトファジーが誘導されていることが示唆される。
【0124】
ヘアピン型のPIPは、分子量が1700前後で分子量が大きくまた固相合成におけるカップリング反応のステップが多く収率の問題も生じる。一方ミトコンドリアゲノムは、ヒトを含むほ乳類では16.5 kb程度の単一環状であり、核内のヒトゲノムに比較して極めて小さい。このことよりDNA結合配列特異性を向上させるためのヘアピン構造を持つMGBであるヘアピン型PIPを合成する必要があるのかは疑問である。また放線菌などの菌類の産生するMGBは、直鎖状のものが多く、ミトコンドリアゲノムと類似する菌類や菌類の持つプラスミド等のゲノムを標的にした抗生物質であり、直鎖状であっても生物活性を得ると考えられる。直鎖状であれば分子量も小さく合成ステップも少なく、安価で動態に優れた薬物として創薬が可能と考えられる。そこで本発明における直鎖状のPIPと脂溶性カチオンの複合体によるミトコンドリアゲノムの修飾方法を考案するに至り、以下の直鎖状PIP-TPPによるミトコンドリアDNA配列特異的な生物活性効果の判定実験を行った。
【0125】
以下の式(XI)の化合物CCC020は、CCC018同様、ミトコンドリア病の一種であるMELASやミトコンドリア糖尿病の原因変異であるミトコンドリアDNAのA3243G変異配列GGGCCCを標的にした直鎖型PIPであり、ミトコンドリアDNA、3243G変異配列に結合し、TPPとの複合体を形成することで効果的に変異ミトコンドリアのコピー数の減少を誘導する可能性が予想される。
【0126】
【化28】
【0127】
CCC020-TPPの合成:
固相樹脂であるβ―alanine―Nova―PEG―wang resin(メルク)20mgを固相合成用Libra Tube8本にそれぞれ量り取り、自動ペプチド合成機PSSM-8(島津製作所)にセットし、NMP1 mlずつを加えて1時間膨潤させた。次にHCTU(ペプチド研究所)を2.0gと超脱水NMP (wako)16.8mlを50mlチューブに加えよく溶解させHCTU溶液を作成した。次に2.0ml丸底エッペンドルフチュ-ブ24本にFmoc―Py―COOH(和光純薬)を36.2mgずつ、8本にFmoc―Im―COOH(wako)を36.3mg、16本にN-β―Fmoc-β―alanine(メルク)31.4mgずつをそれぞれ量り取り、HCTU溶液をそれぞれ300μlずつ加え、30分間の超音波処理により完全に溶解させPSSM-8内にA14582Gの配列(resin―Py―Py-β―ImPy―Py-β)に従って各エッペンドルフチューブを設置した。次にPSSM-8に設置したLibra tubeのNMPを吸引除去し、PSSM-8の合成プログラムに従い、脱保護、縮合反応、アセチルキャッピングの繰り返し反応を実行させた。チューブ1本当たりの各反応は以下のように行った。脱保護反応は30%ピペリジン(和光純薬)/NMP溶液1mlを加えて10分間行い、反応後0.9mlのNMPで5回繰り返し洗浄を行った。縮合反応は300μlの反応溶液にDIEA40μlを加えて溶解させ、Nによるバブリングで30分間撹拌させ、反応後、0.9mlのNMPで5回洗浄することで行った。アセチルキャッピングは30%無水酢酸(和光純薬)/NMP0.9mlを加えて10分間反応させ、反応後、0.9mlのNMPで5回洗浄することで行った。この繰り返し反応をA14582Gの配列に従って行い、最後のβアラニンの縮合が終了した後、30%ピペリジン/NMP溶液0.9 mlでのFmocの脱保護を行い、0.9mlのNMPで5回洗浄したのちに、全ての樹脂を15mlのチューブに回収した。次に50mlチューブに(4-Carboxybutyl)triphenyl―phasphonium Bromide(TPP、シグマアルドリッチ)を354.4mgと1-(3-Dimethylaminopropyl)-3-ethylcarbodiimide Hydrochloride(EDC・HCl メルク)を153.4mg量り取り、2.4mLの超脱水NMPを加え溶解し、溶液全てを樹脂が入ったチューブに加えた後にN,N―diisopropylethylamine (DIEA)を300μl加え一晩振盪させた。反応後、樹脂を吸引ろ過により回収し、過剰のNMPで10回洗浄した。洗浄後、樹脂をスクリューキャップ付きの1.5mlエッペンドルフチューブ4本に移し、N,N―dimethyl-1,3-propane diamine(Dp、和光純薬)及びNMPをそれぞれ0.5 mlずつ加え振盪機付きヒートブロック上で65℃で2時間撹拌して、樹脂上からの目的化合物の脱離反応を行った。反応後、吸引ろ過により反応液を回収後、HPLCで精製を行い(流速10ml/min、0.1% AcOH/HO―CHCN,0-100% 20分 リニアグラジエント, 波長310 nm)目的のフラクションを回収後エバポレーターで濃縮し、LC/MS2020(島津製作所)で質量分析を行った([M+1]+=1271.5)。最後に凍結乾燥機で粉末にすることで最終生成物である以下の式(XII)のCCC033-TPPを白色の粉末として得た(図8)。
【0128】
【化29】
【0129】
CCC020-TPPの細胞内局在を検討するため、以下の実験を行った。35mm glass base dish(IWAKI)にmtDNA変異細胞株3243G High細胞を2×10cells/dishとなるように播種し、24時間培養後にCCC033-TPP終農度25μMとなるように処理し、CCC020-TPP処理24時間後に4%Paraformaldehyde(PFA)/PBSで30分間室温で固定した。固定後、PBSにより洗浄し、10% FBS/0.1% TritonX100/TBS(TBST)で10分間ブロッキングを行った。TBSは、終濃度150μM塩化ナトリウムと終濃度20μM Tris(pH7.4)の混合溶液である。ブロッキング終了後、TBSTで希釈した一次抗体を4℃で一晩反応させた。使用した一次抗体はラビット抗TPP抗体(英国 ケンブリッジ大学 Dr. M. Murphyより供与) 1:500希釈、マウス抗Cytochrome C抗体(Thermo Fisher Scientific、米国) 1:500希釈を使用し、一次抗体との反応終了後、TBSにより3回洗浄し、TBSTで希釈した二次抗体Goat anti Rabbit Oregon Green 488(Invitrogen、米国) 1:1000希釈とGoat anti Mouse Alexa Fluor 647(Invitrogen) 1:1000希釈を用い15分間反応させた。二次抗体との反応終了後、TBSにより3回洗浄し、DABCO/PVA封入剤(Sigma―Aldrich)で封入して、共焦点レーザー顕微鏡SP8(Leica)で観察した。
【0130】
図9に示す通り、ミトコンドリアがCytCの赤色蛍光で、CCC020-TPPは緑色傾向で示され、共局在による黄色傾向が強く認められ、CCC020-TPPがミトコンドリアに局在することが示された。
【0131】
CCC020-TPPのミトコンドリアA3243G変異を持つ細胞に対する増殖抑制効果をWST assayによって評価した。96 well plate(Thermo Fisher Scientific)にミトコンドリアDNA変異細胞株、正常細胞株ともに1×10cells/wellとなるように播種し、24時間培養後、CCC020-TPPで終濃度0、0.1、1、10、20、50μMとなるように処理した。さらに5日間培養後、光学顕微鏡IX71(OLYMPUS、東京)で細胞の形態を観察した。その後Cell counting kit-8(DOJINDO、熊本)を使用して、取扱説明書に従い細胞生存率を算定した。対照としてDMSO(Wako)を終濃度1%で細胞に添加した。
【0132】
また、IC50は以下の計算式を用いて算出した。
IC50=10(LOG(A/B)×(50-C)/(D―C)+LOG(B))
A:細胞生存率50%を挟む濃度の高い方
B:細胞生存率50%を挟む濃度の低い方
C:細胞生存率50%を挟む濃度の低い方における阻害率
D:細胞生存率50%を挟む濃度の高い方における阻害率
CCC020-TPPの細胞増殖に対する影響をWST assayを行った結果、変異mtDNAを持たないHeEB1細胞では細胞増殖が抑制されないのに対して、変異mtDNAを有する3243G Low細胞、3243G High細胞においては細胞の増殖抑制効果が顕著に認められた(図10)。
【0133】
CCC020-TPPによる細胞増殖抑制が細胞死の誘導であることを確認するため35 mm glass base dish(IWAKI)に3243G High細胞を5×10cells/dishとなるように播種し、24時間培養後にCCC020-TPPで終濃度25μMとなるように処理した。さらにCCC020-TPPを添加後、5日培養し、それぞれ4% PFA/PBSで30分間室温で固定した。固定後、PBSにより洗浄し、5% normal goat血清含有TBSTで1時間ブロッキングを行った。ブロッキング終了後、TBSTで希釈した一次抗、体ラビット抗Cleaved Caspase―3抗体(5日間処理の細胞:Cell Signaling Technology) 1:200を1時間反応させた。
【0134】
3243G High細胞にCCC020-TPPを処理し、5日後にDAPIによる核染色を行った結果、約60%の細胞で核の断片化が起きていることが確認された(図11-1)。次に、3243G High細胞にCCC020-TPPを処理し、5日後に抗Cleaved Caspase-3抗体による免疫蛍光染色を行った結果、CCC020-TPP処理により約半数の細胞がCleaved Caspase-3陽性であり、アポトーシスを起こしていることが確認された(図11-2)。
【0135】
CCC020-TPP投与による細胞増殖抑制効果の機序を解明するためmRNAレベルにおける発現解析をReal―time PCRによって以下の如く解析した。6 cm dish(Falcon)にmtDNA変異細胞株(3243G High)を5×10 cells/dish、正常細胞株(HeEB1)を1×10cells/dishとなるように播種し、24時間培養後にCCC020-TPPで終濃度25μMとなるように処理した。さらに3日間培養後、RNeasy Plus Mini Kit(QIAGEN)を使用して、取扱説明書に従いRNAを抽出した。抽出後、NANO DROP 2000(商標)(Thermo Fisher Scientific)を用いて、RNAの収量を測定した。RNAの逆転写反応は、SuperScript VILO Master Mix(Invitrogen)を使用し、1サンプルあたり500 ngのRNAの逆転写反応を行い、cDNAを合成した。合成したcDNAは超純水で5倍に希釈した。
【0136】
Real―time PCRは、Power SYBR Green Master Mix(Applied Biosystems)を使用し、cDNAサンプルの調製、PCR反応及び解析を行った。使用したプライマーと反応条件は以下に示す。
・BAX
Forward primer:CTG AGC AGA TCA TGA AGA CA(配列番号7)
Reverse primer:AGT TTG CTG GCA AAG TAG AA(配列番号8)
・p21
Forward primer:GCA CTC AGA GGA GGC GCC ATG TCA (配列番号9)
Reverse primer:GGA CGA GAC GAC GTC CCC TGT C(配列番号10)
・MCL1
Forward primer:GCT TGC TTG TTA CAC ACA CAG GTC(配列番号11)
Reverse primer:GCA GAA CAA TCA GCA ATT TCA AGG(配列番号12)
・GAPDH(インターナルコントロール)
Forward primer:CGA CCA CTT TGT CAA GCT CA(配列番号13)
Reverse primer:AGG GGT CTA CAT GGC AAC TG(配列番号14)
PCR反応条件は以下に示す。
Holding stage 50℃ 2分 →95℃10分
Cycling stage 95℃ 15秒 → 60℃ 1分(40サイクル)Melt Curve stage 95℃ 15秒 → 60℃ 1分 → 95℃ 15秒→60℃ 15秒
CCC020-TPP処理細胞を用いた細胞周期停止及びアポトーシス関連遺伝子に関して、HeEB1細胞及び3243G High細胞にCCC020-TPPを処理し、3日後に抽出したRNAを用いてReal―time PCRを行った結果、mtDNA変異を有する3243G High細胞においては細胞周期停止関連遺伝子であるP21、プロアポトーシス関連遺伝子であるBAXの両遺伝子の発現が有意に上昇し、アンチアポトーシス関連遺伝子であるMCL1の発現が有意に減少した。これに対し、mtDNA変異を持たないHeEB1細胞では発現変化が認められなかった(図12)。このことから、3243G High細胞にCCC020-TPPがアポトーシスを誘導していることが示唆された。
【0137】
また、CCC020-TPP処理細胞の形態を光学顕微鏡で観察した結果、HeEB1細胞及び3243G Low細胞においては細胞の形態変化が認められなかったのに対して、3243G High細胞において顕著にアポトーシスを起こしていると考えられる細胞が観察された。
【0138】
これらのことより、CCC020-TPPは、ミトコンドリアに共局在し、3243G変異が少ない細胞より3243G変異を多く持つ細胞でアポトーシスによる細胞死をより強く誘導し、変異を持たない細胞では細胞死を誘導しないことが確認された。
【0139】
正常ミトコンドリアには、多型が存在し、その多型が疾患によっては集積することがあることが報告されている。そこで我々はミトコンドリアの健常者に存在する多型が集積した細胞においても上記実施例同様にミトコンドリア多型を認識し、細胞死を誘導できるかを検討することとした。肺がんのA549細胞は、mtDNA A14582Gの多型を有する。上の「CCC020-TPPの合成」に記した方法により、以下の式(XIII)のCCC021-TPPを合成した(図13)。
【0140】
【化30】
【0141】
CCC021-TPPのA14582GmtDNA変異を持つ細胞に対する増殖抑制効果をWST assayによって評価した。96well plate(Thermo Fisher Scientific)にミトコンドリアDNA変異細胞株A549、及び変異を持たないPC14細胞株ともに1×10cells/wellとなるように播種し、24時間培養後、CCC021-TPPで終濃度0、1、5、10、20、25、50、100μMとなるように処理した。さらに4日間培養後、光学顕微鏡IX71(OLYMPUS、東京)で細胞の形態を観察した。その後Cell counting kit-8(DOJINDO、熊本)を使用して、取扱説明書に従い細胞生存率を算定した。対照としてDMSO(Wako)を終濃度1%で細胞に添加した。
【0142】
また、IC50は以下の計算式を用いて算出した。
IC50=10(LOG(A/B)×(50-C)/(D―C)+LOG(B))
A:細胞生存率50%を挟む濃度の高い方
B:細胞生存率50%を挟む濃度の低い方
C:細胞生存率50%を挟む濃度の低い方における阻害率
D:細胞生存率50%を挟む濃度の高い方における阻害率
CCC021-TPPの細胞増殖に対する影響をWST assayを行った結果、変異mtDNAを持たないPC14細胞では細胞増殖が抑制によるIC50を算出できなかったが、変異をもつA549細胞では細胞死が誘導され、IC50が78.89μMであった。(図14)。
【0143】
細胞増殖抑制をさらに長期間の前述のA549及びPC14細胞で観察を行った。上記の培養条件(mtDNA変異細胞株A549、及び変異を持たないPC14細胞株ともに1×10 cells/wellとなるように播種し、24時間培養後、CCC021-TPPで終濃度20μMとなるように処理)で、8日間観察し、細胞数を計測した。
【0144】
図15に示す通り、A549では、CCC0021-TPP処理により有意に細胞数が少なく、増殖抑制が有意であることが観察されたが、PC14では細胞数に有意な差は認められず、細胞増殖抑制効果が認められなかった。このことからCCC0021-TPPは標的ミトコンドリアDNA配列を有するがん細胞株で優位に細胞死を誘導し、標的ミトコンドリアDNA配列を有しないがん細胞株では有意な細胞死を誘導できず、ミトコンドリア変異配列特異的にがん細胞の細胞死を誘導すると考えられた。
[実施例2] 合成致死実験
実験に先立ち、培養細胞株A549およびPC14でCCC021-TPPがミトコンドリアに局在するかをMitoTrackerREDと抗TPP抗体を用いた免疫染色で調べた。35mm glass base dish(IWAKI、生岡)にA549細胞を5×10 cells/dish、PC14細胞を1×10 cells/dishとなるように播種し、24時間培養後にCCC021-TPPで終濃度20μMとなるように処理した。さらに24時間後に培養液を除き、100nMとなるようにMitoTracker(登録商標) Red CMXRos(Life Technologies、米国)入りのDMEM培養液を添加し、30分後にPBSで2回Wash後、4%PFAで30分固定後、PBSに置換し4℃で保存、実施例1記載の方法で免疫抗体染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡SP8(Leica、ドイツ)で観察した。その結果、TPPとMitoTrackerREDが共局在しており、CCC021-TPPがミトコンドリア内に貯留している事が判明した(図16)。A549およびPC14をそれぞれ96well plateに5×10 cellsずつ16wellに播種し、24時間培養後にCCC021-TPPを0,1,2,5,10,25,50μMとそれぞれ2wellずつ処理し、5日後にCytoSelectTM MTT Cell Proliferation Assay(コスモバイオ)を使用し、2時間室温で反応後、SPECTRAFLUOR Plus(TECAN)で590nmの吸光度を測定し、細胞増殖の再チャレンジ実験を行った。その結果、図17に示すMTTアッセイの結果のとおり、A549のIC50は7.97μM、PC14は算出不能であった(図17)。さらにA549細胞ではCCC021-TPP投与後、細胞が巨大化し、形もゆがんで細胞内に無数の空胞が生じる特徴的な形態である老化形態と考えられる細胞形態を示した(図18)。さらに7日後、A549細胞、PC14細胞の生細胞数の変化をトリパンブルー染色によって生細胞数を測定し、細胞生存率を調べる実験をおこなった。トリパンブルーアッセイではA549細胞、PC14細胞ともにviabilityには影響を与えない事が判明し(図19)、CCC021-TPPは細胞殺傷能力を示さず、A549細胞での細胞増殖に影響を及ぼしている事が示唆された。つまりCCC021-TPPではA549の細胞増殖は抑制したが、生細胞の数に変化は見られず、細胞死の誘導は認められなかったが細胞老化を示す可能性が示唆された。
【0145】
細胞老化が誘導されたかを検討するためにSPiDER-β―Gal(DOINDO)による老化マーカーβ-ガラクトシダーゼの活性をCCC021-TPP投与後にA549細胞およびPC14細胞で判定した。35mmDishに1000細胞を播種後、24時間培養後、終濃度20μMとなるようCCC021-TPPを投与し5日間培養、Hanks‘ Balanced Salt Solution(HBSS) (pH 7.3)で2度Wash後、4%パラホルムアルデヒド500μLで室温3分処理後、再びHBSSで2度Wash後SPiDER-β―GalWorking Solution 500μlで37℃30分処理後、HBSSで一度Wash、SP8コンフォーカル顕微鏡で観察した。
【0146】
その結果、CCC021-TPPを投与したA549細胞において、SA-β-Gal染色でβ-ガラクトシダーゼの活性の上昇を示す青色の染色が確認された(図20)。このSA-β-Gal 染色により染色された細胞数をカウントし定量化した棒グラフを図21に示す。
【0147】
老化した細胞では炎症性サイトカインなどの炎症関連遺伝子の発現が上昇する。このことによりSASP(Senescence―associated secretory phenotype;細胞老化随伴分泌現象)と言われる現象が誘導される事が知られている。この現象がA549細胞で誘導されているかを検討するため、RT―qPCRで実施例1と同様にCCC021-TPP処理5日後、細胞を回収し、実施例1と同様にRNA抽出、RNA逆転写、cDNA合成、RT―qPCRを行い炎症性サイトカイン(IL-1A、IL-1B、IL-6、IL-8)の発現をA549細胞およびPC14細胞で調べた。それぞれの遺伝子の増幅に使用したプライマーを下に示す。qPCRはApplied Biosystems(登録商標) 7500リアルタイムPCRシステムを用い、50℃ 2 min →95℃ 10minのHolding stage 後、Cycling stage 95℃ 15秒 →60℃ 1min で40 cyclesの条件で増幅を行い、Melt curve stage 95℃ 15sec →60℃ 1min → 95℃ 15sec→60℃ 15secで増幅後の解離曲線解析を行い、プライマーダイマー副産物等がPCR産物に含まれていないことで反応特異性を確認した。
【0148】

IL-1A
Forward 5’ CATTGGCGTTTGAGTCAGCA 3’(配列番号15)
Reverse 5’ CATGGAGTGGGCCATAGCTT 3’(配列番号16)

IL-1B
Forward 5’ CAGAAGTACCTGAGCTCGCC 3’(配列番号17)
Reverse 5’ AGATTCGTAGCTGGATGCCG 3’(配列番号18)

IL-6
Forward 5’ GTTGTGCAAGGGTCTGGTTT 3’(配列番号19)
Reverse 5’ GGATGGTGTCTCTTGCAGGA 3’(配列番号20)

IL-8
Forward 5’ ATGACTTCCAAGCTGGCCGT 3’(配列番号21)
Reverse 5’ TCCTTGGCAAAACTGCACCT 3’(配列番号22)

A549細胞ではIL-1A、IL-8の発現が有意に上昇している事が確認され、IL-6も増加傾向にみられた。これらqPCRの結果からCCC021-TPPによってSASPが誘導されている事が考えられた(図22)。
【0149】
細胞老化を引き起こした原因として変異ミトコンドリアがCCC021-TPPの投与によりミトコンドリア特異的なオートファジー(マイトファジー)を誘導していると考えられる。それに伴い活性酸素の過剰産生を引き起こしたことが細胞老化の誘導に関与したと考えられる。このためA549細胞でのオートファジーを実施例1と同様に抗LC3抗体とチトクロームC抗体による免疫蛍光染色によりCCC021-TPP20μM4日間処理後に確認した。
【0150】
CCC021-TPP投与により、A549細胞でPC14細胞に比べ抗LC3抗体による強い蛍光がみとめられ、抗LC3抗体による蛍光がチトクロームC抗体による蛍光と細胞内局在が一致することが確認でき、オートファジーマーカーとミトコンドリアマーカーが共局在することが観察されたことよりA549細胞にマイトファジーが誘導されたと考えられた。(図23
さらにマイトファジーによりLC3がミトコンドリアに局在することを確認するため、蛍光蛋白GFPとLC3の複合蛋白GFP―LC3をpCMX-SAH/Y145F-LC3B-GFP発現ベクターを用いてA549細胞にトランスフェクションし、外因性のLC3蛋白がオートファジー領域に集積するかを検討した。5x10細胞を播種し、24時間培養後、OptiMEM500μLにベクターDNA10μg(P3000 reagent7.5μL)に20μL Lipofectamine(登録商標) 3000(ThermoFisher)を加え室温5分放置しトランスフェクション、24時間培養後、継代1000細胞を播種し、20μMのCCC021-TPPで4日間培養後、MitoTracker Redによる蛍光観察により確認した。
【0151】
蛍光蛋白との複合蛋白GFP―LC3の緑色蛍光がCCC021-TPP処理細胞でMitoTracker Redの赤色蛍光と共局在し、外因性のLC3がミトコンドリアに集積することが確認され、ミトコンドリアで特異的なマイトファジーが起きていると考えられた(図24)。
【0152】
マイトファジーによる活性酸素種(ROS)の産生誘導を確認するためMitoSOX Red(invitrogen)による活性酸素の産生を蛍光観察した。A549,PC14細胞10細胞を播種し10時間培養後、CCC021-TPP10μM24時間処理後にPBSで洗浄し、13μLのDMSOに溶解した、MitoSOX Redを終濃度5μMになるようPBSで希釈し37℃10分処理、PBSで洗浄後、SP8コンフォーカル顕微鏡で観察した。
【0153】
CCC021-TPP投与により、PC14細胞ではほとんどROS産生の促進が観察されなかったが、A549細胞では細胞質内で過剰にROS産生が誘導されていることが観察された(図25)。
【0154】
CCC021-TPPの投与により細胞老化がA549細胞で確認されたことより、老化細胞における細胞死(アポトーシス)の抑制機構であるBCL2、BCL-XL、BCL-W、MDM2などの活性化が起こっていると考えられた。そこでアポトーシスの回避による老化細胞の維持が抗アポトーシス因子であるBCL-XL、BCL2、Survivinとアポトーシス促進因子であるBAXのCCC021-TPP処理による発現変化についてRT―qPCRで上記のようにCCC021-TPP処理5日後、細胞を回収し、実施例1と同様にRNA抽出、RNA逆転写、cDNA合成、RT―qPCRを行いアポトーシス関連因子(BCL-XL、BCL2、Survivin、BAX)の発現をA549細胞およびPC14細胞で調べた。それぞれの遺伝子の増幅に使用したプライマーを下記に示す。qPCRはApplied Biosystems(登録商標) 7500リアルタイムPCRシステムを用い、50℃ 2 min →95℃ 10minの Holding stage 後、Cycling stage 95℃ 15sec →60℃ 1min で40 cyclesの条件で増幅を行い、Melt curve stage 95℃ 15sec →60℃ 1min → 95℃ 15sec→60℃ 15secで増幅後の解離曲線解析を行い、プライマーダイマー副産物等がPCR産物に含まれていないことで反応特異性を確認した。
【0155】

BCL-XL
Forward 5‘ CGGTACCGGCGGGCATTCAG 3’(配列番号23)
Reverse 5‘ CGGCTCTCGGCTGCTGCATT 3’(配列番号24)

BAX
Forward 5‘ CTGAGCAGATCATGAAGACA 3’(配列番号25)
Reverse 5‘ AGTTTGCTGGCAAAGTAGAA 3’(配列番号26)

BCL2
Forward 5‘ CTTTGAGTTCGGTGGGGTCA 3’(配列番号27)
Reverse 5‘ GGGCCGTACAGTTCCACAAA 3’(配列番号28)

Survivin
Forward 5‘ GGACCACCGCATCTCTACAT 3’(配列番号29)
Reverse 5‘ GTTCCTCTATGGGGTCGTCA 3’(配列番号30)

アポトーシス阻害経路では、上流でBCL-2、BCL-XL、下流でSurvivinが働いている。CCC021-TPP処理したA549細胞において、上流の抗アポトーシス因子であるBCL-XLの発現が上昇している事が判明した(図26)。このことでアポトーシスへの移行を妨げている事が示唆された。しかしながら、アポトーシス促進因子であるBAXの上昇と下流のSurvivinの減少も同時に確認され、細胞死の誘導と阻害が拮抗している状態である可能性が示唆された。
【0156】
A549細胞の細胞老化における細胞死の抑制がBCL経路によると考えられたため、CCC021-TPPによって細胞老化が誘引された細胞をsenolytic drugs 老化細胞除去薬でありBCL経路阻害剤であるABT-263(Cayman Chemical)を併用することでアポトーシスに誘導できると考え、CCC021-TPP処理およびBCL2,BCL-XL阻害剤であるABT-263併用で老化細胞に細胞死を導くことが出来るか光学顕微鏡で観察し、細胞形態の変化を観察した。96wellプレートにA549細胞500細胞を播種し24時間培養後、非投与および20μMのCCC021-TPPおよび10μMのABT-263でそれぞれ単独と併用投与後経時的光学顕微鏡で観察し、2日目と4日目の細胞形態を撮影した。
【0157】
DMSOコントロール、ABT-263処理のみ、CCC021-TPP処理のみの細胞ではアポトーシスを起こした細胞は検出されなかったが、CCC021-TPPとABT-263の二剤併用処理したA549細胞では、明らかにアポトーシスを起こした細胞が投与2日後には既に認められ、4日後にはさらに顕著に観察された(図27)。
【0158】
A549細胞の細胞老化における細胞死の抑制がBCL経路によると考えられることをBCL2およびBCL-XL特異的阻害剤で確認し、どのBCL経路阻害を併用することでA549細胞に老化細胞に細胞死アポトーシスを誘導できるかを検討した。96wellプレートにA549細胞500細胞を播種し24時間培養後、非投与DMSO処理およびCCC021-TPP20μMおよびBCL2阻害剤であるABT-199 (図55-10の33番の化合物Venetoclax)10μM、BCL-XL阻害剤であるA1155463(図55-6の16番の化合物)10μM単独処理および同濃度のCCC021-TPPに同濃度のABT-199もしくはA1155463を併用処理4日後に光学顕微鏡で、細胞形態の変化を撮影した。
【0159】
DMSOコントロール、CCC021-TPP、ABT-199、A1155463、ABT-199とCCC021-TPP併用投与4日後では、細胞死を示す所見は認められないが、A1155463とCCC021-TPP併用処理では矢印で示すアポトーシスを起こした細胞、および平坦で大きな形態を示す老化様の形態の細胞が顕著に増加していることが観察された(図56)。
[実施例3] 皮膚透過性確認実験
非近交系マウスICRは、オリエンタル酵母より購入、分子量1274.7の単鎖型PIP-TPP(CCC149-TPP)を用いてマウス背部への投与実験を行った。5週齢のICRマウスの背部皮膚を剃毛し、毛周期に至っていないことを確認後6週齢で図28の通り背部4カ所にそれぞれ、PIP-TPPを含まないDMSOの塗布、30 mg/cm となるよう調整した(DMSO溶解、95% DMSO/5% Laurocapram(経皮吸収促進剤)溶解および角質層除去後24時間に95% DMSO/5% Laurocapram溶解)PIP-TPPをそれぞれ塗布し、18時間後にマウスを安楽死し、皮膚組織を取得、4%パラホルムアルデヒド固定後にパラフィンブロックを作成、抗TPP抗体による免疫組織染色とDAPI染色による核の同時染色を行い、皮皮膚及び細胞への皮下組織内への薬剤皮膚透過性を検証した。
【0160】
図29に単鎖型PIP-TPP(CCC149-TPP)の構造式を示す。図30にCCC149-TPPのHPLC及び質量解析の結果を示す。図31に示す通りDMSO単独では抗TPP抗体で染色は認められなかったが、CCC149-TPPは皮膚基底膜細胞に存在し、経皮吸収促進剤を用いると皮下組織の細胞核周囲にTPPの染色が認められ、角質層除去および経皮吸収促進剤を用いることでさらに皮下組織、筋層までの染色がより鮮明に認められた。このことより、PIP-TPPは皮膚透過性を示すことが確認出来、経皮吸収型製剤化した治療法の開発が可能となると想起された。
【0161】
【化31】
【0162】
[実施例4] ライブラリー化とその合成
ライブラリー化合物の合成の一例としてDp-Py-Py-TPPの合成法を図32に記す。
【0163】
実施例1と同様に固相合成により固相樹脂からβアラニンを介して伸長させた2つ以上のヘテロ環化合物のN末端にBocで保護されたβアラニンを付加した図32の化合物1を合成したのち、C末端がカルボン酸になるよう処理し図32の化合物2を合成する。2を単離したのち、縮合剤としてN,N-ジメチル-1,3-プロパンジアミンを用いて反応させ、図32の化合物3を合成する。その後、N末端の保護基を除去し図32の化合物4を得た後、(3-Carboxypropyl)triphenylphosphonium (TPP)を縮合剤として用いて反応させ目的の図32の化合物5を得、HPLCを用いて精製した。
【0164】
図33にライブラリー化合物、2環状構造化合物から8環状化合物を示す。2環状構造化合物は4つの化合物が合成でき、3に環状構造化合物は8つの化合物が合成でき、4環状構造化合物はβアラニンを挿入することで4つの4環状構造化合物にそれぞれ16化合物が合成でき、5環状構造化合物はβアラニンを挿入することで4つの5環状構造化合物にそれぞれ32化合物が合成できる。6環状構造化合物はβアラニンを1つ以上挿入することで64化合物がそれぞれ合成できる。7環状構造化合物も同様でありβアラニンを1つ含んだ想定できる化合物でそれぞれ128化合物が合成できる。8環状構造化合物も同様でありβアラニンを1つ以上含んだ想定できる化合物でそれぞれ256化合物が合成できる。
【0165】
9環状構造化合物以上も同様にして合成が可能である。
【0166】
化合物の合成および分析例を下記に示す。
【0167】
図34には合成した2環状構造化合物CCC102-TPPの構造を示す。
【0168】
図35にCCC102-TPPの高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析の結果を示す。
【0169】
図36には合成した3環状構造化合物CCC106-TPPの構造を示す。
【0170】
図37にCCC106-TPPの高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析の結果を示す。
【0171】
図38には合成した4環状構造化合物CCC114-TPPの構造を示す。
【0172】
図39にCCC114-TPPの高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析の結果を示す。
【0173】
図40には合成した5環状構造化合物CCC175-TPPの構造を示す。
【0174】
図41にCCC175-TPPの高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析の結果を示す。
【0175】
図42には合成した6環状構造化合物CCC206-TPPの構造を示す。
【0176】
図43にCCC206-TPPの高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析の結果を示す。
【0177】
図44には合成した7環状構造化合物CCC1283-TPPの構造を示す。
【0178】
図45にCCC1283-TPPの高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析の結果を示す。
【0179】
図46には合成した8環状構造化合物CCC1394-TPPの構造を示す。
【0180】
図47にCCC1394-TPPの高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析の結果を示す。
【0181】
【化32】
【0182】
【化33】
【0183】
【化34】
【0184】
【化35】
【0185】
【化36】
【0186】
【化37】
【0187】
【化38】
【0188】
[実施例5] ライブラリー化化合物による腫瘍細胞増殖抑制
図44および図45に示した直鎖状7環状化合物CCC1283-TPPの実施例を示す。
【0189】
ミトコンドリアND1遺伝子の T4216C変異を認識できる化合物であり、子宮頸がん細胞株C33A がその変異を有する。同じ子宮頸がん細胞株で野生型のHeLa 細胞との細胞増殖アッセイを実施例1と同様に行った。96wellプレートに1000細胞を播種、CCC1283-TPPは、0.5、1,5,10,20μMを投与し5日後にWSTアッセイを行った。
【0190】
図48に示す通り、CCC1283-TPP(直鎖型PIP)はHeLa細胞の増殖は抑制しなかったが、C33Aでは増殖抑制傾向が観察された。
【0191】
10環状構造化合物CCCh531-TPPの実施例を示す。
ミトコンドリアND1遺伝子のT4216C変異を認識できる化合物であり、子宮頸がん細胞株C33A がその変異を有する。同じ子宮頸がん細胞株で野生型のHeLa 細胞との細胞増殖アッセイを実施例1と記載同様に行った。96wellプレートに1000細胞を播種、CCCh531-TPPは、0.5、1,5,10,20μMを投与し5日後にWSTアッセイを行った。
【0192】
図49に10環状構造化合物CCC531-TPPの構造を示す。
【0193】
図50にCCCh531-TPPの高速液体クロマトグラフィー分析および質量分析の結果を示す。
【0194】
図51に示す通り、またCCCh531-TPP(ヘアピン型)はHeLa細胞でIC50=11.82μM、C33AではIC50=3.34μMとC33Aで強い増殖抑制を認めた。
【0195】
【化39】
【0196】
体細胞での後天性のミトコンドリア変異ではなく、ヒト集団に認められるミトコンドリア遺伝子ATP6の A8860G 多型に対する10環状構造化合物CCCh560-TPPについて、この多型をホモプラスミーで有するがん細胞株C33A、HeLa、Siha、Caski、ME180および ヒト非腫瘍皮膚由来線維芽細胞HDF 細胞についてミトコンドリアDNA多型に対する化合物5日間処理においても細胞増殖抑制が認められるかについて細胞増殖アッセイを実施例1の記載同様に行って検討した。96wellプレートに1000細胞を播種、CCCh560-TPPは、0.5、1,5,10,20μMを投与し5日後にWSTアッセイを行った。
【0197】
図52に10環状構造化合物CCCh560-TPPの構造を示す。
【0198】
図53にCCCh560-TPPの高速液体クロマトグラフィー分析および質量分析の結果を示す。
【0199】
図54に示す通り、CCCh560-TPPはヒト非腫瘍細胞HDF(ヒト皮膚繊維芽細胞)では増殖を抑制する傾向は認められたがIC50を算出できなかった。しかし腫瘍細胞株C33A, Hela, Siha, Caski, ME180ではそれぞれIC50=1.65、7.75、12.6、5.5、3.24μMと腫瘍細胞で有意に強い増殖抑制が認められた。
【0200】
【化40】
【0201】
[実施例6] 植物生細胞透過実験
脂溶性カチオンであるTPP及びその複合体が葉緑体、酵母へ透過し、植物へ影響することが報告されている(非特許文献4、5)が、DNA認識化合物とTPPの複合体が植物生細胞内へ送達されることは明らかにされていない。FITC蛍光色素でラベルしたCCC105-TPPを用いてシロイロナズナの根及び葉を用いて植物生細胞内への透過性を検討した。
【0202】
図57にFITC-CCC105-TPPの構造式を示す。
【0203】
図58にFITC-CCC105-TPPの高速液体クロマトグラフィー分析および質量分析の結果を示す。
【0204】
シロイヌナズナCol-0の主根を切断し、1/2 MS 培地0.05% MES (pH5.7)に700 nMのFITC-CCC105-TPP(DMSO 終濃度 0.1%)を加え3時間培養後,MiliQ水で2度洗浄し、蛍光顕微鏡で観察した。発芽後4日の根は1/2 MS 培地に700 nMのFITC-CCC105-TPP(DMSO 終濃度 0.1%)を加え3時間培養後,MiliQ水で2度洗浄し、蛍光顕微鏡で同様の観察を行った。
【0205】
図59のAに主根でのFITC蛍光を示す。主根細胞内に強い蛍光強度を示す球状の核(破線矢印)および細胞質内にも蛍光が観察された(実線矢印)、Bに発芽後4日の根の蛍光像を示す。細胞内核(破線矢印)と細胞質に蛍光(実線矢印)を示す領域が観察された。
【0206】
2週齢のH2B(ヒストンH2B)―GFP発現シロイヌナズナの葉を切断し、1/2 MS 培地 に700 nMのFITC-CCC105-TPP(DMSO 終濃度 0.1%)に16時間処理後,MiliQ水で2度洗浄し、蛍光顕微鏡で観察した。
【0207】
図60のAに葉でのH2BによるGFP蛍光が葉の核に認められていることが観察される。BにCCC105-TPPによるFITCの蛍光が葉の核に観察されている。
【0208】
FITC-CCC105-TPPが細胞壁をもつ植物で細胞内の核および細胞質内に透過することが確認されたことより植物等細胞壁を有する生物への効果も期待される。
【産業上の利用可能性】
【0209】
本発明の複合体は、二重膜構造細胞内小器官DNAの配列を認識し、ミトコンドリア自食反応を促し、変異ミトコンドリアコピー数の減少及び変異ミトコンドリアを有する細胞の細胞死を誘導し、ミトコンドリア関連疾患等の医薬組成物の有効成分として用いることができる。
【配列表フリーテキスト】
【0210】
配列番号1~30 プライマー
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1-1】
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【配列表】
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