(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-17
(45)【発行日】2024-07-25
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接方法及びガスシールドアーク溶接装置
(51)【国際特許分類】
B23K 9/173 20060101AFI20240718BHJP
B23K 9/095 20060101ALI20240718BHJP
B23K 9/09 20060101ALI20240718BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240718BHJP
【FI】
B23K9/173 C
B23K9/095 501A
B23K9/09
B23K35/30 320A
(21)【出願番号】P 2020173277
(22)【出願日】2020-10-14
【審査請求日】2023-08-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 哲矢
(72)【発明者】
【氏名】竹口 貴博
(72)【発明者】
【氏名】山田 浩貴
(72)【発明者】
【氏名】大西 孝典
(72)【発明者】
【氏名】田中 龍二
【審査官】杉田 隼一
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-184216(JP,A)
【文献】特開2007-237270(JP,A)
【文献】特表2017-510463(JP,A)
【文献】特開昭63-242488(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/173
B23K 9/095
B23K 9/09
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤにパルス電流を供給して行うガスシールドアーク溶接方法であって、
前記溶接ワイヤは0.2質量%未満のケイ素を含み、
前記パルス電流は、
第1ピークと、第2ピークと、第1ピークから第2ピークへの移行部とを含む多段パルスであり、
第1ピークの電流値は530A以上700A以下、第1ピークの時間は1.2m秒以下であり、
第2ピークの電流値は第1ピークの電流値よりも小さい
ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項2】
第2ピークの電流値は下記式(1)又は(2)を満たし、第2ピークの時間は下記式(3)又は(4)を満たす
請求項1に記載のガスシールドアーク溶接方法。
第2ピークの電流値>0.16×前記パルス電流の設定電流(A)+455…(1)
第2ピークの電流値>4×前記溶接ワイヤの送給速度(m/分)+455…(2)
第2ピークの時間<0.0006×前記パルス電流の設定電流(A)+0.45…(3)
第2ピークの時間<0.015×前記溶接ワイヤの送給速度(m/分)+0.45…(4)
【請求項3】
第1ピーク、移行部及び第2ピークを含むパルス期間の平均電流は下記式(5)又は(6)を満たし、該パルス期間の時間は下記式(7)又は(8)を満たす請求項1又は請求項2に記載のガスシールドアーク溶接方法。
前記パルス期間の平均電流>0.14×前記パルス電流の設定電流(A)+350…(5)
前記パルス期間の平均電流>3×前記溶接ワイヤの送給速度(m/分)+357…(6)
前記パルス期間の時間<0.036×前記パルス電流の設定電流(A)+2.45…(7)
前記パルス期間の時間<0.09×前記溶接ワイヤの送給速度(m/分)+2.55…(8)
【請求項4】
第1ピーク、移行部及び第2ピークの合計時間は1.6m秒以下である
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項5】
前記溶接ワイヤに含まれるケイ素は0.04質量%以下であり、
前記パルス電流の周波数は下記式(9)又は(10)を満たす
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
周波数>0.7×前記パルス電流の設定電流(A)+13.25…(9)
周波数>17.5×前記溶接ワイヤの送給速度(m/分)+35…(10)
【請求項6】
前記溶接ワイヤは、
1.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンと、
0.05質量%以上0.2質量%以下のチタンと
を含む請求項1~請求項5のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項7】
前記溶接ワイヤはマンガンを含み、
ケイ素の質量%とマンガンの質量%との和が1.5質量%以上、2.0質量%以下である
請求項1~請求項6のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項8】
第1ピーク及び第2ピークの時間と、第1ピーク及び第2ピークの電流値の時間平均との積が800(A・m秒)超である
請求項1~請求項7のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項9】
0.2質量%未満のケイ素を含む溶接ワイヤにパルス電流を供給して行うガスシールドアーク溶接装置であって、
前記パルス電流を出力する電源回路と、
第1ピークと、第2ピークと、第1ピークから第2ピークへの移行部とを含み、第1ピークの電流値は530A以上700A以下、第1ピークの時間は1.2m秒以下であり、第2ピークの電流値は第1ピークの電流値よりも小さい前記パルス電流が出力されるように、前記電源回路の出力を制御する制御回路と
を備えるガスシールドアーク溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接方法及びガスシールドアーク溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の製造過程における鋼板の溶接には、消耗電極を用いたガスシールドアーク溶接方法が広く用いられている(例えば、特許文献1)。消耗電極である溶接ワイヤは、一般的に0.2~0.45質量%のケイ素Si、マンガンMn、炭素C、リンP、硫黄S等を含む。
【0003】
ガスシールドアーク溶接においてはスラグが生ずる。スラグは、ケイ素SiやマンガンMnを主成分とする酸化物であり、溶接時に溶融金属から分離凝集し、ビード上に生成される。溶接された鋼板の表面に酸化物であるスラグが付着した部分は、溶接後の電着塗装において不良となり、耐食性が低下する。スラグの中でも、特にケイ素酸化物は導電率が低く、電着塗装において問題となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
溶接後における電着塗装の不良を抑制する方法として、スラグの主成分であるケイ素Siの含有量を0.2質量%未満に減らすことが考えられる。
【0006】
しかしながら、溶接ワイヤのケイ素Si含有量を減らすと、溶接時に溶接ワイヤの先端部に形成される溶融金属の粘性が低下する。溶融金属の粘性が低下すると、ワイヤ先端部の溶融金属は形状が安定せず、スパッタが発生する等の問題が生ずる。規則的な溶滴移行を実現するパルス溶接を用いても、一般的な溶接条件では1パルス1ドロップにはならず、溶接ワイヤの先端部から溶融金属がだらだらと垂れ落ちるような状態となり、短絡によりスパッタが発生し易い状態となる。
【0007】
本開示の目的は、パルスアーク溶接において、シリコン酸化物のスラグの生成を抑え、かつ所定波形のパルス電流を供給することによって、規則的な溶滴移行を実現し、溶接を安定化させることができるガスシールドアーク溶接方法及びガスシールドアーク溶接装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本態様に係るガスシールドアーク溶接方法は、溶接ワイヤにパルス電流を供給して行うガスシールドアーク溶接方法であって、前記溶接ワイヤは0.2質量%未満のケイ素を含み、前記パルス電流は、第1ピークと、第2ピークと、第1ピークから第2ピークへの移行部とを含む多段パルスであり、第1ピークの電流値は530A以上700A以下、第1ピークの時間は1.2m秒以下であり、第2ピークの電流値は第1ピークの電流値よりも小さい。
【0009】
本態様に係るガスシールドアーク溶接装置は、0.2質量%未満のケイ素を含む溶接ワイヤにパルス電流を供給して行うガスシールドアーク溶接装置であって、前記パルス電流を出力する電源回路と、第1ピークと、第2ピークと、第1ピークから第2ピークへの移行部とを含み、第1ピークの電流値は530A以上700A以下、第1ピークの時間は1.2m秒以下であり、第2ピークの電流値は第1ピークの電流値よりも小さい前記パルス電流が出力されるように、前記電源回路の出力を制御する制御回路とを備える。
【発明の効果】
【0010】
上記によれば、パルスアーク溶接において、シリコン酸化物のスラグの生成を抑え、かつ所定波形のパルス電流を供給することによって、規則的な溶滴移行を実現し、溶接を安定化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態に係るガスシールドアーク溶接装置の構成例を説明するブロック図である。
【
図2】実施形態に係るパルス電流波形を示す説明図である。
【
図4】規則的な溶滴移行を実現するパルス波形設定値を示す実験結果のグラフである。
【
図5】規則的な溶滴移行を実現するパルス波形設定値を示す実験結果のグラフである。
【
図6】規則的な溶滴移行を実現するパルス波形設定値を示す実験結果のグラフである
【
図7】規則的な溶滴移行を実現するパルス波形設定値を示す実験結果のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態に係るアーク溶接方法及びガスシールドアーク溶接装置の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0013】
以下、本発明をその実施形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
図1は、ガスシールドアーク溶接装置の構成例を説明するブロック図である。ガスシールドアーク溶接装置は、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法を実施するための装置であり、溶接電源1、トーチ2及びワイヤ送給部3を備える。
【0014】
トーチ2は、銅合金等の導電性材料からなり、母材4の被溶接部へ溶接ワイヤ5を案内すると共に、アークの発生に必要な溶接電流Iwを供給する円筒形状のコンタクトチップを有する。コンタクトチップは、その内部を挿通する溶接ワイヤ5に接触し、溶接電流Iwを溶接ワイヤ5に供給する。また、トーチ2は、コンタクトチップを囲繞する中空円筒形状をなし、被溶接部へシールドガスを噴射するノズルを有する。
【0015】
シールドガスは、アルゴン又は祖アルゴンと、炭酸ガスとの混合ガスである。当該混合ガスは、例えば10%以上30%以下の炭酸ガスと、残り成分としてアルゴン又は祖アルゴンを含む。祖アルゴンは、例えばアルゴンに加え約2~5%の酸素O2を含む。
【0016】
溶接ワイヤ5は、例えばソリッドワイヤである。その直径は0.6mm以上1.6mm以下であり、消耗電極として機能する。溶接ワイヤ5は、例えば、螺旋状に巻かれた状態でペールパックに収容されたパックワイヤ、あるいはワイヤリールに巻回されたリールワイヤである。
【0017】
本実施形態に係る溶接ワイヤ5は、0.2質量%未満のケイ素Si、マンガンMn、炭素C、リンP、硫黄S等を含む。
【0018】
溶接ワイヤ5は、ケイ素Siが0.2質量%未満であり、かつケイ素Siの質量%とマンガンMnの質量%との和が1.5質量%以上、2.0質量%以下である構成が好ましい。ケイ素Siの含有量を抑えつつ、脱酸剤として機能するケイ素Si及びマンガンMnの総量を1.5~2.0%に調整することによって、ブローホール及びピットの発生を抑制することができる。溶接ワイヤ5にマンガンMnが含まれていると、溶接時にマンガンMnの酸化物がスラグとして生成されるが、ケイ素Siの酸化物に比べて導電率が高いため、溶接後における電着塗装不良の問題もある程度抑制することができる。
【0019】
より好ましくは、ケイ素Siが0.2質量%未満であり、かつ、溶接ワイヤ5は、1.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンMnと、0.05質量%以上0.2質量%以下のチタンTiとを含む構成が好ましい。チタンTiは、溶接時に発生するマンガン酸化物を溶融金属中に散らす働きがあり、母材4表面にマンガン酸化物がスラグとして形成されることを抑制することができる。従って、溶接ワイヤ5が2.0質量%近くのマンガンMnを含む場合であっても、溶接後の電着塗装不良の問題を効果的に抑制することができる。
【0020】
ワイヤ送給部3は、溶接ワイヤ5をトーチ2へ送給する送給ローラと、当該送給ローラを回転させるワイヤ送給モータWMとを有する。ワイヤ送給部3は、送給ローラを回転させることによって、ペールパック又はワイヤリールから溶接ワイヤ5を引き出し、引き出された溶接ワイヤ5をトーチ2へ所定速度で供給する。送給速度の詳細は後述する。
【0021】
溶接電源1は、電源回路11と、電圧検出回路VDと、電流検出回路IDと、制御回路12とを備える。
【0022】
電源回路11は、給電ケーブルを介して、トーチ2のコンタクトチップ及び母材4に接続され、パルス電流である溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを出力する回路である。電源回路11は、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する出力電流差分設定信号Eiに従って出力制御を行い、アーク溶接に適した溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを出力する。電源回路11は、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑するコンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を整流する2次整流器、整流された直流を平滑するリアクトル、後述する出力電流差分設定信号Eiに基づいてPWM変調制御を行い上記のインバータ回路を構成するトランジスタを駆動する駆動回路を備えている。
【0023】
電圧検出回路VDは、溶接ワイヤ5及び母材4間の溶接電圧Vwを検出し、検出した電圧値を示す電圧検出信号Vdを制御回路12の積分回路SAVへ出力する。
【0024】
電流検出回路IDは、溶接電源1からトーチ2を介して溶接ワイヤ5へ供給され、アークを流れる溶接電流Iwを検出し、検出した電流値を示す電流検出信号Idを制御回路12の積分回路SAVへ出力する。
【0025】
制御回路12は、溶接電流Iw及び溶接電圧Vwの出力並びに溶接ワイヤ5の送給速度を制御する回路であり、積分回路SAV、電流設定回路IS、電圧設定回路VS、外部特性設定回路KS、波形設定回路WS、波形生成回路FJ、出力電流差分設定回路EI、送給速度設定回路FC及び送給制御回路FRを有する。制御回路12を構成する各回路は一部又は全部をハードウェア的に構成しても良いし、ソフトウェアとして構成してもよい。
【0026】
電流設定回路ISは、電流設定信号Isを積分回路SAVへ出力する。電流設定信号Isは、溶接作業者によって溶接電源1に入力された設定電流Isetを示す情報である。
【0027】
電圧設定回路VSは、電圧設定信号Vsを積分回路SAVへ出力する。電圧設定信号Vsは、溶接作業者によって溶接電源1に入力された設定電圧Vset、又は設定電流Isetに基づいて自動的に決定される標準値としての設定電圧Vsetを示す情報である。
【0028】
外部特性設定回路KSは、外部特性Ksを示す外部特性設定信号Kssを積分回路SAVへ出力する。外部特性Ksは、所定の値であっても良いし、設定電流Iset及び設定電圧Vsetによって決定されるものであってもよい。なお、外部特性は、溶接電源1から出力される溶接電流Iwの増加量に対する溶接電圧Vwの低下量の比を示す情報である。
【0029】
積分回路SAVは、電圧検出信号Vdと、電流検出信号Idと、電流設定信号Isと、電圧設定信号Vsと、外部特性設定信号Kssとを入力として、パルス電流に係る各パルス周期Tpの開始時点を始点にして、各入力信号から電圧誤差積分値Svaを演算する。電圧誤差積分値Svaは下記式で表される。
Sva=∫(Ks・Iw-Ks・Iset+Vset-Vw)・dt
【0030】
上記式は、外部特性Ksに基づくものであり、動作点が外部特性Ksを満たす場合、任意の第n回目のパルス周期Tpの終了点において電圧誤差積分値Svaの値は0になる。積分回路SAVは、電圧誤差積分値Svaが0でない場合、ローレベルの波形終了フラグItを波形生成回路FJへ出力し、電圧誤差積分値Svaが0になった場合、ハイレベルの波形終了フラグItを波形生成回路FJへ出力する。ハイレベルの波形終了フラグItは、パルス電流である溶接電流Iwのパルス周期Tpが終了したことを示している。
【0031】
波形設定回路WSは、予め定められた波形設定信号Wsを出力する。波形設定信号Wsは、溶接電流Iwのパルス波形を決定するための各種パルス波形設定値が含まれる。
【0032】
図2は、実施形態に係るパルス電流波形を示す説明図である。横軸は時間、縦軸は溶接電流Iwであり、パルス電流の時間変化を示している。本実施形態に係る溶接電流Iwはパルス電流であって、第1ピーク期間における通電、第2ピーク期間における通電及びベース期間における通電を1パルス周期Tpとして繰り返す多段パルス電流である。詳細には、
図2に示すように、パルス電流は、パルス期間と、ベース期間とを所定のパルス周期Tpで繰り返すものであり、パルス期間は、ピーク立上り期間、第1ピーク期間(第1ピーク)、切り替え期間(移行部)、第2ピーク期間(第2ピーク)及びピーク立下り期間で構成される。
第1ピーク期間に通電される第1ピーク電流、第2ピーク期間に通電される第2ピーク電流は、設定電流Isetよりも大きな電流である。ベース期間に通電されるベール電流は、設定電流Isetよりも小さな電流である。具体的な第1ピーク期間の時間及び第1ピーク電流、第2ピーク期間の時間及び第2ピーク電流、切り替え期間の時間、パルス電流の繰り返し周波数fp等のパルス波形設定値の詳細は後述する。
【0033】
波形生成回路FJは、波形設定信号Ws及び波形終了フラグItを入力とし、電流指令信号Irを出力電流差分設定回路EIへ出力する。電流指令信号Irは、溶接電流Iwの絶対値を指令する。
【0034】
出力電流差分設定回路EIは、電流検出信号Id、電流指令信号Irを入力とし、出力電流差分設定信号Eiを出力する。出力電流差分設定信号Eiは、電流指令信号Ir(+)と、電流検出信号Id(-)の差分値を示す信号である。
【0035】
図3は、溶接ワイヤ5の成分表、
図4~
図7は、規則的な溶滴移行を実現するパルス波形設定値を示す実験結果のグラフである。実験に使用した溶接ワイヤ5の成分は、
図3に示す通りである。
図3中、「C」、「Si」、「Mn」、「P」、「S」、「Cu」、「Ti」は溶接ワイヤ5の構成成分である、炭素C、ケイ素Si、マンガンMn、リンP、硫黄S、銅Cu、チタンTiを示している。数値は、溶接ワイヤ5に含まれる各物質の質量%を示している。「溶接ワイヤ」欄の「A」、「B」、「C」は、本実施形態のガスシールドアーク溶接方法で使用される3種類の溶接ワイヤ5を示しており、いずれの溶接ワイヤ5もケイ素Siの質量%が0.2%未満である。「溶接ワイヤ」欄の「従来」は、ケイ素Siの質量%が0.2%以上の溶接ワイヤ5である。
【0036】
図4~
図7中、左上及び左下のグラフの横軸は設定電流Iset(A)を示し、右上及び右下のグラフの横軸は溶接ワイヤ5の送給速度(m/分)を示している。
図4右上及び左上のグラフの縦軸は第1ピーク電流(A)を示す。
図4右下及び左下のグラフの縦軸は第1ピーク時間(ms)を示す。
図5右上及び左上のグラフの縦軸は第2ピーク電流(A)を示す。
図5右下及び左下のグラフの縦軸は第2ピーク時間(ms)を示す。
図6右上及び左上のグラフの縦軸はパルス期間の平均電流(A)を示す。
図6右下及び左下のグラフの縦軸はパルス期間の時間(ms)を示す。
図7右上及び左上のグラフの縦軸は第1ピーク時間、切り替え時間及び第2ピーク時間の和(ms)を示す。
図7右下及び左下のグラフの縦軸はパルス電流の周波数fp(Hz)を示す。
【0037】
四角プロットは、溶接ワイヤ5の突き出し長さが15mm、三角プロットは、溶接ワイヤ5の突き出し長さを20mmに設定したときの実験結果を示している。
図4~
図5中、「A」、「B」及び「C」、並びに「従来」の各プロットは、
図3に示した4種類の溶接ワイヤ5を用いた実験結果をそれぞれ示している。各プロットは、スパッタの発生が抑えられたパルス波形設定値を示している。
【0038】
丸印プロットを結んでなる直線は、従来のパルス電流の条件と、本実施形態に係るパルス電流の条件とを分け隔てる境界線を示している。各グラフの下方には、境界線を定める式を示している。
【0039】
図4上図のグラフより第1ピーク電流の電流値は530A以上700A以下、
図4下図のグラフより第1ピーク期間の時間は1.2m秒以下である場合、溶接ワイヤ5に含まれるケイ素Siの質量%を0.07%未満とし、かつスパッタの発生を抑えることができることが分かる。
【0040】
図5上図のグラフより、第2ピーク電流の電流値は下記式(1)又は(2)を満たし、第2ピーク期間の時間は下記式(3)又は(4)を満たす場合、溶接ワイヤ5に含まれるケイ素Siの質量%を0.07%未満とし、かつスパッタの発生を抑えることができることが分かる。
第2ピーク期間の電流値>0.16×溶接電流Iwの設定電流Iset(A)+455…(1)
第2ピーク期間の電流値>4×溶接ワイヤ5の送給速度(m/分)+455…(2)
第2ピーク期間の時間<0.0006×溶接電流Iwの設定電流Iset(A)+0.45…(3)
第2ピーク期間の時間<0.015×溶接ワイヤ5の送給速度(m/分)+0.45…(4)
【0041】
図6上図のグラフより、パルス期間の平均電流は下記式(5)又は(6)を満たし、パルス期間の時間は下記式(7)又は(8)を満たす場合、溶接ワイヤ5に含まれるケイ素Siの質量%を0.07%未満とし、かつスパッタの発生を抑えることができることが分かる。
パルス期間の平均電流>0.14×溶接電流の設定電流Iset(A)+350…(5)
パルス期間の平均電流>3×溶接ワイヤ5の送給速度(m/分)+357…(6)
パルス期間の時間<0.036×溶接電流の設定電流Iset(A)+2.45…(7)
パルス期間の時間<0.09×溶接ワイヤ5の送給速度(m/分)+2.55…(8)
【0042】
図7上図のグラフより、第1ピーク時間、切り替え時間及び第2ピーク時間の合計時間は1.6m秒以下である場合、溶接ワイヤ5に含まれるケイ素Siの質量%を0.07%未満とし、かつスパッタの発生を抑えることができることが分かる。
【0043】
図7下図のグラフより、パルス電流の周波数fpは下記式(9)又は(10)を満たす場合、溶接ワイヤ5に含まれるケイ素Siの質量%を0.07%未満とし、かつスパッタの発生を抑えることができることが分かる。
周波数fp>0.7×溶接電流の設定電流Iset(A)+13.25…(9)
周波数fp>17.5×溶接ワイヤ5の送給速度(m/分)+35…(10)
【0044】
なお、本実施形態に係るパルス電流の周波数fpは、設定電流Iset又は送給速度をパラメータとして求められる従来の標準的な値よりも大きい。
【0045】
溶接電源1の波形設定回路WSは、上記したパルス波形を定める波形設定信号Wsを出力するように構成し、かかるパルス波形を用いてガスシールドアーク溶接を実行するとよい。具体的には、溶接電源1の制御回路12は、第1ピーク電流の電流値が530A以上700A以下、第1ピーク期間の時間が1.2m秒以下、第2ピーク電流の電流値が上記式(1)又は(2)を満たし、第2ピーク期間の時間が上記式(3)又は(4)を満たし、パルス期間の平均電流が上記式(5)又は(6)を満たし、パルス期間の時間が上記式(7)又は(8)を満たし、第1ピーク時間、切り替え時間及び第2ピーク時間の合計時間が1.6m秒以下であり、パルス電流の周波数fpが上記式(9)又は(10)を満たすように、溶接電流Iwのパルス電流波形を制御する。
【0046】
なお、他の観点からみると、
図4及び
図5のグラフに示す第1ピーク電流及び第2ピーク電流の電流値及び期間は、第1ピーク電流及び第2ピーク電流の時間と、第1ピーク期間及び第2ピーク期間の電流値の時間平均との積が800(A・m秒)超であることが分かる。
上記と同様にして、溶接電源1の波形設定回路WSは、上記したパルス波形を定める波形設定信号Wsを出力するように構成し、かかるパルス波形を用いてガスシールドアーク溶接を実行してもよい。
【0047】
以上の通り、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接及びガスシールドアーク溶接装置によれば、パルスアーク溶接において、シリコン酸化物のスラグの生成を抑え、かつパルス波形設定値で定まるパルス波形の溶接電流Iwを供給することによって、規則的な溶滴移行を実現し、溶接を安定化させることができる。シリコン酸化物のスラグの生成を抑えることにより、溶接後の電着塗装不良の問題を抑制することができる。
【0048】
また、ケイ素Siの含有量を抑えつつ、脱酸剤として機能するケイ素Si及びマンガンMnの総量を1.5~2.0%に調整することによって、ブローホール及びピットの発生を抑制することができる。
【0049】
更に、ケイ素Siの質量%が0.2質量%未満であり、かつ、1.5質量%以上2.0質量%以下のマンガンMnと、0.05質量%以上0.2質量%以下のチタンTiとを含む溶接ワイヤ5を用いることにより、母材4表面にマンガン酸化物がスラグとして形成されることを抑制することができる。従って、溶接ワイヤ5が2.0質量%近くのマンガンMnを含む場合であっても、溶接後の電着塗装不良の問題を効果的に抑制することができる。
【0050】
なお、本実施形態では、第1ピーク期間及び第2ピーク期間を含む多段パルスについて例示したが、第1ピーク電流と第2ピーク電流の値を同じ電流値としたパルス電流を用いて、ガスシールドアーク溶接を実施してもよい。
【符号の説明】
【0051】
1 溶接電源
2 トーチ
3 ワイヤ送給部
4 母材
5 溶接ワイヤ
11 電源回路
12 制御回路
ID 電流検出回路
VD 電圧検出回路
SAV 積分回路
IS 電流設定回路
VS 電圧設定回路
KS 外部特性設定回路
WS 波形設定回路
FJ 波形生成回路
FC 送給速度設定回路
FR 送給制御回路
WM ワイヤ送給モータ