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特許7523029熱電変換材料および熱電変換材料を用いて電力を得る方法
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  • 特許-熱電変換材料および熱電変換材料を用いて電力を得る方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-18
(45)【発行日】2024-07-26
(54)【発明の名称】熱電変換材料および熱電変換材料を用いて電力を得る方法
(51)【国際特許分類】
   H10N 10/853 20230101AFI20240719BHJP
   C01B 33/00 20060101ALI20240719BHJP
【FI】
H10N10/853
C01B33/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020552505
(86)(22)【出願日】2019-04-12
(86)【国際出願番号】 JP2019015883
(87)【国際公開番号】W WO2020079873
(87)【国際公開日】2020-04-23
【審査請求日】2022-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2018196057
(32)【優先日】2018-10-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004314
【氏名又は名称】弁理士法人青藍国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100168273
【弁理士】
【氏名又は名称】古田 昌稔
(72)【発明者】
【氏名】玉置 洋正
(72)【発明者】
【氏名】菅野 勉
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 弘樹
【審査官】田邊 顕人
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-535392(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0170473(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0162864(US,A1)
【文献】米国特許第06312617(US,B1)
【文献】Xiuxian Yang,外4名,Low lattice thermal conductivity and excellent thermoelectric behavior in Li3Sb and Li3Bi,Journal of Physics: Condensed Matter,英国,IOP Publishing Ltd,2018年10月03日,Vol. 30,425401-1 - 425401-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 10/853
C01B 33/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式Li3-aBi1-bSibで表される組成を有する熱電変換材料。
前記熱電変換材料はBiF3型の結晶構造を有し、
前記熱電変換材料はp型の極性を有し、かつ
以下の数式(I)~(III)のいずれか1つが充足される。
0≦a≦0.0001、かつ-a+0.0003≦b≦0.023 (I);
0.0001≦a<0.0003、かつ-a+0.0003≦b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (II);または
0.0003≦a≦0.085、かつ0<b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (III)
【請求項2】
請求項1に記載の熱電変換材料であって、
a=0、かつ0.0003≦b≦0.023である。
【請求項3】
熱電変換材料を用いて電力を得る方法であって、
前記方法では、前記熱電変換材料に温度差を印加して電力を生じる工程を具備し、
前記熱電変換材料は、
化学式Li3-aBi1-bSibにより表される組成を有し、
BiF3型の結晶構造を有し、
p型の極性を有し、かつ
以下の数式(I)~(III)のいずれか1つが充足される。
0≦a≦0.0001、かつ-a+0.0003≦b≦0.023 (I);
0.0001≦a<0.0003、かつ-a+0.0003≦b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (II);または
0.0003≦a≦0.085、かつ0<b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (III)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、熱電変換材料および熱電変換材料を用いて電力を得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱電変換材料の両端に温度差が与えられると、温度差に比例した起電力が発生する。熱エネルギーが電気エネルギーに変換されるこの現象は、ゼーベック効果として知られている。熱電発電技術では、ゼーベック効果を利用し、熱エネルギーを直接電気エネルギーに変換する。
【0003】
熱電変換材料の技術分野においてよく知られているように、熱電変換デバイスに用いられる熱電変換材料の性能は、性能指数ZTにより評価される。ZTは、以下の数式(I)により表される。
ZT=S2σT/κ (I)
ここで、
Sは、物質のゼーベック係数を表し、
σは、物質の電気伝導率、および
κは、熱伝導率κを表す。
ZTが高いほど熱電変換効率は高い。
【0004】
非特許文献1および非特許文献8は、Li3Bi結晶物質の製造方法を開示している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】G.-T. Zhou et al., “Microwave-assisted solid-state synthesis and characterization of intermetallic compounds of Li3Bi and Li3Sb”, Journal of Materials Chemistry, 13, p.2607-2611, (2003)
【文献】C. G. Van de Walle et al., “First-principles calculations for defects and impurities: Applications to III-nitrides”, Journal of Applied Physics, 95, p.3851-3879, (2004).
【文献】Y. Koyama et al., “First principles study of dopant solubility and defect chemistry in LiCoO2”, Journal of Materials Chemistry A, 2, p.11235-11245, (2014).
【文献】G. K.H. Madsen et al., “BoltzTraP. A code for calculating band-structure dependent quantities”, Computer Physics Communications, Volume 175, p.67-71, (2006).
【文献】H. Wang et al., in Thermoelectric Nanomaterials, ed. K. Koumoto and T. Mori, Springer, Berlin Heidelberg, vol.182, ch. 1, p.3-32, (2013).
【文献】J. Chen et al., “First-Principles Predictions of Thermoelectric Figure of Merit for Organic Materials: Deformation Potential Approximation”, Journal of Chemical Theory and Computation, 8, p.3338-3347, (2012).
【文献】J. Yang et al., “Material descriptors for predicting thermoelectric performance”, Energy & Environmental Science, 8, p.983-994, (2015).
【文献】Sean M. McDeavitt, “Synthesis and casting of a lithium-bismuth compound for an ion-replacement electrorefiner”, Light Metals (Warrendale, Pennsylvania), pp. 1139-1142, (1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示の目的は、新規な熱電変換材料の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は、化学式Li3-aBi1-bSibにより表される組成を有する熱電変換材料を提供する。
ここで、
前記熱電変換材料はBiF3型の結晶構造を有し、
前記熱電変換材料はp型の極性を有し、かつ
以下の数式(I)~(III)のいずれか1つが充足される。
0≦a≦0.0001、かつ-a+0.0003≦b≦0.023 (I);
0.0001≦a<0.0003、かつ-a+0.0003≦b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (II);または
0.0003≦a≦0.085、かつ0<b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (III)
【発明の効果】
【0008】
本開示は、新規な熱電変換材料を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、Li3Biの結晶構造を示す模式図である。
図2図2は、Li3Bi結晶構造の回折X線強度分布を示すグラフである。
図3図3は、a-b平面上における実施例1~10、比較例1~3および参考例1~4の点をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0011】
本開示の熱電変換材料は、以下の化学式(I)により表される組成を有する。
Li3-aBi1-bSib (I)
【0012】
図1は、Li3Bi結晶構造の模式図を示す。非特許文献1にも開示されているように、Li3Bi結晶構造は、BiF3型結晶構造またはAlCu2Mn型結晶構造を有する。BiF3型結晶構造およびAlCu2Mn型結晶構造の両者は、空間群Fm-3mに属する。非特許文献1および非特許文献8においては、Li3Bi結晶物質が熱電変換材料として扱われていない。そのため、非特許文献1および非特許文献8には性能指数ZTは開示されていない。
【0013】
本発明者らは、材料インフォマティクスと呼ばれる、データ科学に基づいた材料探索手法を利用することで、無機結晶構造データベース中の数万件の化合物について性能指数ZTの予測値を算出した。算出には、本発明者らが独自に確立した性能指数ZTの予測モデルが用いられた。この予測モデルは、従来の手法よりも精度が高い。このため、この予測モデルを用いることで、従来よりも信頼性の高い予測結果を得ることができる。そこで、これまで熱電変換材料として扱われてこなかったLi3Bi結晶物質が熱電変換材料として有望な材料であるかどうかを検討した。
【0014】
Li3Bi結晶物質が欠陥を含まない状態において、Li3Bi結晶物質は、キャリアに乏しい。このため、欠陥のないLi3Bi結晶物質が高い性能指数ZTを有することは望めない。そこで、本発明者らは、性能指数ZTを向上させるために、Li3Bi結晶物質に欠陥を導入し、p型のキャリアを生じさせることを検討した。その結果、本発明者らは、Liサイトを空孔で置換することによって生じる欠陥を有する物質、およびBiサイトを元素Siで置換することによって生じる欠陥を有する物質の2種類の物質を想到するに至った。
【0015】
そして、本発明者らは、計算により、Li3-aBi1-bSib結晶物質のみが安定的に得られるaおよびbの値の範囲を導き出した。さらに、その範囲において性能指数ZTを算出することで、本発明者らは、0.4以上の高い性能指数ZTが得られるaおよびbの値の範囲を見出した。具体的には、後述の実施例1~10、比較例1~3および参考例1~4において実証されているように、以下の数式(I)~(III)のいずれか1つを充足する場合に、熱電変換材料は0.4以上の高い性能指数ZTを有する。
0≦a≦0.0001、かつ-a+0.0003≦b≦0.023 (I)
0.0001≦a<0.0003、かつ-a+0.0003≦b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (II)、または
0.0003≦a≦0.085、かつ0≦b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (III)
具体的には、その範囲において、性能指数ZTの値は0.44以上である。表1を参照せよ。
【0016】
(製造方法)
本開示の熱電変換材料の製造方法の一例が、非特許文献1および非特許文献8の開示内容に基づいて以下に説明される。
【0017】
非特許文献1は、LiBi結晶物質の製造方法を開示している。非特許文献1に開示された製造方法においては、まず、アルゴンガスで満たされたグローブボックスの中で、Li箔および粒状のBiがモル比43:12でアルミナ製の坩堝に入れられる。次に、坩堝の内部で、Li箔および粒状のBiが共に圧縮される。次に、カーボンでコーティングされた石英管の中に、坩堝は入れられる。石英管の内部は、その真空度が6.67×10-3Paに達するまで真空引きされる。そして、石英管は、酸素ガスの炎を用いて密封される。密封された石英管はマイクロ波キャビティの中に入れられ、マイクロ波が石英管に対して照射される。このようにして、Li3Bi結晶物質が得られる。グローブボックスの中で石英管を開封することにより、石英管から得られたLi3Bi結晶物質が取り出される。
【0018】
非特許文献8もまた、LiBi結晶物質の製造方法を開示している。非特許文献8に開示された製造方法においては、まず、不活性ガスで満たされた雰囲気にあるグローブボックスに接続された誘導鋳造炉に、タンタル製の坩堝が収容される。LiおよびBiが、Li:Biのモル比3:1で坩堝の中に導入される。炉の内部がゆっくりと加熱される。炉の内部の加熱にしたがってまず、Liが融解する。Liの融解の後にBiが融解する。このようにして、LiのBiとの反応が進行し、反応物を得る。得られた反応物が、1200℃まで加熱されて均質化される。反応物は冷却されて、Li3Bi結晶物質が得られる。
【0019】
非特許文献1および非特許文献8に開示された両方の製法において、Liの欠損量は、出発物質のLiの量を、Biの量に対して変化させることで制御できる。
【0020】
また、元素Biの原子半径(0.156nm)は、元素Siの原子半径(0.111nm)と大差がない。このため、出発物質としてSiを加えることで、一部の元素Biは元素Siによって置換されうると考えられる。Siによる置換量は、出発物質のSiの量を、Biの量に対して変化させることで制御できる。
【0021】
以上から、本開示によるLi3-aBi1-bSib結晶物質は、非特許文献1または非特許文献8に開示されている製造方法を参照することで製造できると考えられる。
【0022】
(熱電変換材料を用いて電力を得る方法)
本実施形態において、本開示のLi3-aBi1-bSib結晶物質に温度差を印加することで電力が得られる。
【0023】
(実施例)
以下、実施例を参照しながら、本開示の熱電変換材料がさらに詳細に説明される。
【0024】
(結晶構造の解析)
非特許文献1は、Li3Bi結晶物質の結晶構造がBiF3型構造に属することを開示している。X線結晶回折法による測定に基づき、BiF3型構造のX線回折ピークを確認する事ができる。図2は、ソフトウェア(RIETAN、入手先URL:http://fujioizumi.verse.jp/download/download.html)を用いてLi3Biの結晶構造因子Fおよび積分回折強度Iを計算することにより得られたLi3Bi結晶構造の回折X線強度分布を示すグラフである。
【0025】
結晶構造因子Fは、以下の関係式(1)によって求められた。
F=Σfiexp(2πiriΔk)・・・(1)
ここで、
iは結晶中の原子の位置ベクトルを表し、
iはriの位置にある原子の原子散乱因子を表し、かつ
Δkは散乱前後におけるX線の波数ベクトルの差を表す。
【0026】
積分回折強度Iは、以下の関係式(2)によって求められた。
I=IeL|F|22・・・(2)
ここで、
eは1個の電子の散乱強度を表し、
Nは結晶中の単位格子の数を表し、
Lは吸引因子を含み、かつ実験条件に依存する係数を表す。
【0027】
本開示による熱電変換材料は、Li3Bi結晶において、元素Liサイトの一部が空孔により置換されることにより生じた欠陥、または元素Biの一部が元素Siによって置換された欠陥を有している。これらの欠陥により、結晶構造に格子変形が生じうる。このため、本開示による熱電変換材料の回折X線強度分布のピークは、図2に示され、かつ非特許文献1に開示されたLi3Bi結晶物質のピークに対して若干シフトしていると予測される。
【0028】
(安定組成範囲の計算方法)
本発明者らは、密度汎関数法(以下、「DFT」という)に基づいた計算により、Li3Bi結晶物質のバンド構造を計算した。その結果、本発明者らは、Li3Bi結晶物質は半導体であるという結果を得た。DFTによる計算には、本発明者らは、第一原理電子状態計算プログラム(Vienna Ab initio Simulation Package、入手先:https://www.vasp.at/)を使用した。このプログラムは、以下において、「VASP」と称される。
【0029】
性能指数ZTの最大化を図るためには、半導体に欠陥を導入し、p型またはn型のキャリアを生じさせる必要がある。キャリアを生じさせることにより、熱電変換材料の両端に温度差を与えたときに大きな起電力が得られることが期待される。なお、どのような種類の欠陥を導入すれば高いキャリア濃度が得られるかは自明ではない。性能指数ZTを高めるためには、高いキャリア濃度が得られる欠陥の種類を見つけ出す必要がある。
【0030】
非特許文献1および非特許文献8に開示されているLi3Bi結晶物質は欠陥を含まないので、Li3Bi結晶物質のキャリアは乏しい。そのため、Li3Bi結晶物質は高い性能指数ZTを有することは予想されない。性能指数ZTを高めるために、本発明者らは、例えば、Li3Biの結晶構造において空孔を生じさせる欠陥、または、他の元素による置換を検討した。
【0031】
本発明者らは、p型のキャリアを生じさせるための欠陥として、(I)Li3Biの結晶構造において空孔を生じさせる欠陥、および(II)元素Biを他の元素で置換することによって生じる欠陥、の2種類の欠陥を検討した。この検討に当たって、本発明者らは、Li3Biの結晶構造にこれらの欠陥を導入しても、BiF3型構造が維持されることを前提とした。言い換えると、以下の計算対象では各結晶構造はBiF3型構造を有すると本発明者らは仮定した。
【0032】
Li3Bi結晶構造において空孔を生じさせる欠陥に関しては、Liサイトに空孔を生じさせる場合の欠陥形成エネルギーEform、およびBiサイトに空孔を生じさせる場合の欠陥形成エネルギーEformが算出された。
【0033】
その結果、Liサイトに空孔を生じさせる場合はp型のキャリア濃度が高い一方、Biサイトに空孔を生じさせる場合はp型のキャリア濃度が低いことを本発明者らは見出した。欠陥形成エネルギーEformの詳細は後述される。
【0034】
元素Biを他の元素で置換することによって生じる欠陥に関しては、他の元素の候補として元素Si、Ga、およびPbを採用することを本発明者らは試した。本発明者らは、元素Si、GaおよびPbを、元素Biと比較して価数が少なく、かつ元素Biと比較してイオン半径が大差ないという点から選択した。Biの一部をSn、Ga、またはPbのいずれか1つにより置換したLi3Bi結晶構造の欠陥形成エネルギーEformを本発明者らは算出した。
【0035】
その結果、元素Siで置換する場合はp型のキャリア濃度が高い一方、元素Gaまたは元素Pbで置換する場合はp型のキャリア濃度が低いことを本発明者らは見出した。
【0036】
以上の考察により、本発明者らは、p型キャリアを生じさせる欠陥として、Liサイトに空孔を生じさせる欠陥、および元素Biに元素Siで置換することで生じる欠陥の2種類を想到するに至った。
【0037】
本発明者らは、本開示にかかるLi3-aBi1-bSibの安定組成範囲を計算した。安定組成範囲とは、複数の結晶相が形成されていない単一な結晶相が得られる組成範囲を意味する。以下、「単一の結晶相」を「単相」という。Li3-aBi1-bSibの安定組成範囲とはLi3-aBi1-bSib結晶物質のみが得られる組成範囲を意味する。この範囲外では、Li3-aBi1-bSib結晶物質以外にも、他の組成の結晶相が析出し、単相のLi3-aBi1-bSib結晶物質を得ることができない。
【0038】
安定組成範囲の計算は、非特許文献2および3に開示された内容に基づいて行われた。
【0039】
具体的には、まず、Li3-aBi1-bSibにおいて、BiF3型の結晶構造が安定化するaおよびbの値の範囲が、非特許文献2に開示されている半導体の欠陥形成理論に基づいた方法により計算された。
【0040】
Li3Biにおける欠陥形成エネルギーEformが、以下の関係式(3)に基づいて評価された。
form(μi,q,EF)=Edefect-Epure-Σniμi+q(EVBM+EF)・・・(3)
ここで、
defectは欠陥が存在する場合の全エネルギーを表し、
pureは欠陥が存在しない場合の完全結晶の全エネルギーを表し、
iは欠陥によるi番目の構成元素の増減量を表し、
μiはi番目の元素の化学ポテンシャルを表し、
qは欠陥が有する電荷量を表し、
VBMは半導体であるLi3Biの価電子帯上端の1電子エネルギーを表し、かつ
Fは電子のフェルミエネルギーを表す。
【0041】
これらのエネルギー値は、一般化勾配近似の範囲内でDTFに計算を適用することにより評価された。ただし、Liサイトに空孔が生じるパターン、およびBiがSiによって置換されるパターンを考慮して、Eformは計算された。
【0042】
関係式(3)によって得られた欠陥形成エネルギーEformを用いて、各欠陥の体積密度NDがボルツマン分布による以下の関係式(4)に基づいて評価された。
D(μi,q,EF)=Nsite×exp[-Eform(μi,q,EF)/kbT]・・・(4)
ここで、
siteは考慮している欠陥が生じうるサイトの体積密度を表し、
bはボルツマン定数を表し、かつ
Tは絶対温度を表す。
【0043】
各欠陥の電荷q×NDと、半導体にドープされたキャリアの電荷Qeとの総量が0になるという電荷中性条件は常に満たされている。この電荷中性条件から、フェルミエネルギーおよびキャリア濃度が各組成において決定された。このときの価電子帯のキャリア濃度pと、伝導体のキャリア濃度nとは、以下の関係式(5)~(7)により求められた。
p=1-∫DVB(E)[1-f(E;EF)]dE・・・(5)
n=∫DCB(E)f(E;EF)dE・・・(6)
f(E;EF)=1/[exp((E-EF)/kBT)+1]・・・(7)
ここで、
VB(E)およびDCB(E)は、それぞれ、DFT計算によって得られる価電子帯および伝導帯の電子状態密度を表し、
f(E;EF)はフェルミ分布関数を表し、かつ
Tは熱電変換特性の評価を実施する絶対温度を表す。
全キャリアの電荷密度Qeは、数式Qe=e×(n-p)に従って算出された。eは、1電子の持つ電荷である。
【0044】
非特許文献3と同等の手法を用いて、本発明者らは、各元素の化学ポテンシャルμiのとり得る許容範囲を計算した。さらに関係式(4)により、欠陥密度の範囲が計算された。金属Li、金属Bi、またはLiBiが生じる範囲は結晶構造が安定化しない範囲であるとの仮定の下、単相のLi3-aBi1-bSib結晶物質が得られる化学ポテンシャルの範囲は、上述の結晶構造が安定化しない範囲を除いた範囲として決定される。この取りうる化学ポテンシャルの範囲内で、本発明者らは、欠陥密度およびそれに関わる化学式組成を評価した。組成は、各元素の化学ポテンシャルの関数として決定された。例えば、ある化学ポテンシャルの条件において、Li3Bi結晶内の全Liサイトのうち5%が欠損して空孔化した場合、組成は、Li2.85Biである。
【0045】
前記の手法に基づいて、Li3-aBi1-bSibのLi原子、Bi原子、およびSi原子に対する化学ポテンシャルの許容範囲を本発明者らは評価した。その化学ポテンシャルの範囲でLiサイトに空孔を生じさせる欠陥の密度およびBiサイトを元素Siで置換することによって生じる欠陥の密度を本発明者らは評価した。
【0046】
その結果、Li3-aBi結晶物質に関しては、0≦a≦0.654の範囲において、単相のBiF3型結晶が得られるという計算結果が得られた。
【0047】
Li3Bi1-bSib結晶物質に関しては、0≦b≦0.023の範囲において、単相のBiF3型結晶が得られるという計算結果が得られた。
【0048】
Li3-aBi1-bSib結晶物質に関しては、0≦a≦0.085かつ0≦b≦0.023の範囲において単相のBiF3型結晶が得られる範囲が算出された。その結果、(i)0≦a≦0.0001、かつ0≦b≦0.023;および(ii)0.0001≦a≦0.654、かつ0≦b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51]の範囲において、単相のBiF3型結晶が得られるという計算結果が得られた。
【0049】
数式b=exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51]は、(a、b)=(0.0001、0.023)、(0.002、0.009)、(0.007、0.004)、および(0.085、0.0007)の4点をつなぐなめらかなフィッティング曲線を算出することにより得られた。化学平衡状態下では、2種類の欠陥濃度aとbはaAB=平衡定数で表される質量作用の法則で結ばれる。ln(b)をln(a)に関する二次多項式で表した前記フィッティング曲線は、狭い組成区間内においては質量作用の法則、すなわちln(a)およびln(b)の間に線形な関係が存在することを根拠としている。なお、これらの4点は、単相のLi3-aBi1-bSib結晶物質が得られるaおよびbの範囲において、固溶限界の組成に対応する。
【0050】
後述されるように、上述のaおよびbの範囲において単相のLi3-aBi1-bSib結晶物質が得られるものの、その範囲に属するすべての物質が高い性能指数ZTを有するわけではない。
【0051】
(熱電変換性能指数の計算方法)
熱電変換効率は、材料の性能指数ZTによって決定される。ZTは以下の関係式(8)により定義される。
ZT=S2σT/(κe+κlat)・・・(8)
ここで、
Sはゼーベック係数を表し、
σは電気伝導率を表し、
Tは評価環境の絶対温度を表し、
κeは電子の熱伝導率を表し、かつ
κlatは格子熱伝導率を表す。
S、σ、およびκeについてはVASPコードとBoltzTraPコード(非特許文献4)とを使用し、ボルツマン輸送理論に基づく評価が行われた。σを決定する際のパラメータである電子の緩和時間τは、以下の移動度μに関する関係式(9)と非特許文献5に開示されている理論式(10)とを連立して解く事により計算された。 μ=eτ/m*・・・(9)
μ=(8π)1/2(h/2π)4eB/3m*5/2(kbT)3/22・・・(10)
ここで、
eは電荷素量を表し、
*はキャリアの有効質量を表し、
Bは弾性定数を表し、かつ
gは変形ポテンシャルを表す。
*、B、およびgの値は、VASPコードを用いた密度汎関数法により計算された。gの値は、非特許文献6に開示されている関係式g=-Δε/(Δl/l)により計算された。Δεは、格子定数lをΔl変化させた時のバンド端エネルギー準位の変化量である。
【0052】
格子熱伝導率は、非特許文献7に開示されているDebye-Callawayモデルに基づいた以下の経験式(11)を用いて計算された。
κL=A1Mv3/V2/31/3+A2v/V2/3(1-1/n2/3)・・・(11)
ここで、
Mは平均原子質量を表し、
vは縦波音波速度を表し、
Vは1原子辺りの体積を表し、かつ
nは単位胞内に含まれる原子の数を表す。
計算において、非特許文献5に開示されているA1およびA2の値が使用された。
【0053】
(性能指数の計算結果)
上記手法により得たLi3-aBi1-bSibのBiF3型結晶構造が最も安定である組成範囲において、熱電変換特性を本発明者らは評価した。表1は、実施例1~10、比較例1~3および参考例1~4の300Kにおける熱電変換特性の予測結果を示している。
【0054】
【表1】
【0055】
比較例1の材料は、欠陥を有しないLi3Bi結晶物質である。
【0056】
参考例1~4および比較例2の材料は、Liを欠損させたLi3-aBi結晶物質である。
【0057】
実施例1~3の材料は、BiをSiによって置換させたLi3Bi1-bSib結晶物質である。
【0058】
実施例4~10および比較例3の材料は、Liを欠損させ、かつBiをSiによって置換したLi3-aBi1-bSib結晶物質である。
【0059】
表1に示されるように、参考例1~4に関しては、0.0003≦a≦0.085の組成範囲において、Sが正値となるp型の特性が得られ、かつ比較例1~3を大幅に上回る、0.44以上の高いZTが得られた。
【0060】
実施例1~3に関しては、0.0003≦b≦0.023の組成範囲においてSが正値となるp型の特性が得られ、かつ比較例1~3を大幅に上回る、0.50以上の高いZTが得られた。
【0061】
実施例4~10に関しては、0.0001≦a≦0.085、および0.0001≦b≦0.023の複数の組成条件においてSが正値となるp型の特性が得られ、かつ比較例1~3を大幅に上回る、0.45上の高いZTが得られた。
【0062】
参考例1~4および実施例1~10の材料のZTの値は、300Kにおいていずれも0.4より大きかった。このため、本開示による熱電変換材料は、200℃以下の低い温度域における熱発電において有用であると本発明者らは考える。
【0063】
図3は、a―b平面上における実施例1~10、比較例1~3および参考例1~4の点をプロットしたグラフである。
【0064】
図3に示される実施例4、実施例8、実施例9、および実施例10の4つの点(すなわち、(a、b)=(0.0001、0.023)、(0.002、0.009)、(0.007、0.004)、および(0.085、0.0007))を通過する曲線は、数式:b=exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51]により表される。
【0065】
参考例1、実施例1、および実施例5の3つの点(すなわち、(a、b)=(0.0003、0)、(0、0.0003)および(0.0002、0.0001)を通過する直線は、数式:b=-a+0.0003により表される。
【0066】
図3の斜線部は、以下の3つの数式(I)、(II)、および(III)
0≦a≦0.0001、かつ-a+0.0003≦b≦0.023、 (I)
0.0001≦a≦0.0003、かつ-a+0.0003≦b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (II)、および
0.0003≦a≦0.085、かつ0≦b≦exp[-0.046×(ln(a))2-1.03×ln(a)-9.51] (III)
により囲まれた領域である。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本開示の熱電変換材料は、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する熱電変換装置に使用可能である。
図1
図2
図3