(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-18
(45)【発行日】2024-07-26
(54)【発明の名称】繭の煮繭・繰糸する方法及びそれを利用した製糸方法及びそれによる製品
(51)【国際特許分類】
D01B 7/00 20060101AFI20240719BHJP
【FI】
D01B7/00 302C
D01B7/00 302Q
D01B7/00 302Z
(21)【出願番号】P 2023126599
(22)【出願日】2023-07-18
【審査請求日】2023-07-18
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、実施許諾の用意がある。
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】518440969
【氏名又は名称】枦 勝
(72)【発明者】
【氏名】枦 勝
【審査官】▲高▼辻 将人
(56)【参考文献】
【文献】特公昭48-38008(JP,B1)
【文献】特公昭48-38009(JP,B1)
【文献】中国特許出願公開第113265708(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104178818(CN,A)
【文献】特開2010-95833(JP,A)
【文献】特開2016-79535(JP,A)
【文献】特開2022-138088(JP,A)
【文献】特開2023-124513(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01B 1/00- 9/00
D01C 1/00- 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
60℃以上の液体につけた後に、
繭を空気中に取り出す、あるいは液に浮かせて繭の中の高温となった空気が縮むのを待つことにより、繭の中に入る液を減らすことで、高温の液体や、液体の成分、空気不足等により、繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らし
、煮繭の液につけることで、繭を繰糸する方法、あるいは繰糸できる繭、真綿あるいは紙の原料の繊維にする方法。
【請求項3】
60℃以上の液体につけた後に、繭を空気中に取り出す、あるいは液に浮かせて繭の中の高温となった空気が縮むのを待つことにより、繭の中に入る
液を減らすことで、高温の液体や、液体の成分、空気不足等により、繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らして、繭をアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む溶液中、より好ましくは
1.5%以上の高濃度のアルカリ剤を少なくとも含む溶液につけることで繰糸しやすくなった繭を、溶液に浮かせて繰糸することで、
蛹の水没を防ぎやすくし、繭タンパク質、あるいは繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らして繰糸する方法。
【請求項6】
請求項1~5を組み合わせて、あるいは請求項1~5の少なくとも一つを利用して、繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫を殺すことなく繰糸する方法、あるいは繰糸できる繭、真綿あるいは紙の原料の繊維、生糸にする方法、
あるいは殺すことなく繰糸した幼虫や蛹を水で洗ってから、または水で洗わずそのまま室温や各種の温度条件で幼虫や蛹を観察する、あるいは成虫にする、あるいはその成虫を交尾させる、あるいはメスの卵を観察する、あるいはその卵を発生させる方法。
【請求項7】
請求項1~6の少なくとも一つを利用することで、下記(a)~(
i)の工程、あるいは(a)~(
i)の一部の工程を繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫を殺すことなく行う方法、あるいは繭タンパク質、あるいは幼虫や蛹へのダメージを減らす方法;
(a)繭を水、あるいはアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む50℃以下の液体、より好ましくは
1.5%以上の高濃度のアルカリ剤を含む45℃以下の溶液に浸漬する工程、
(b)工程(a)を省略した繭、または工程(a)の繭を水、あるいはアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む
60~100℃の液体、より好ましくは高濃度のアルカリ剤を含む
60~80℃の溶液中に浸漬する工程、
(c)工程(b)の繭を50℃以下、より好ましくは45℃以下の水、あるいは水にアルカリ剤、界面活性剤、酵素、界面活性剤の少なくとも1つを含む50℃以下の液体、より好ましくは高濃度のアルカリ剤を含む45℃以下の溶液に浸漬する工程、
(d)工程(c)の後、工程(b)あるいは、工程(b)および(c)を一度、あるいは、複数回繰り返す工程、
(e)工程(b)、工程(c)または工程(d)の繭を、処理した溶液のまま、あるいは水で浸漬した後、繰糸する工程、
(f)工程(e)により繰糸された生糸を揚げ返し後、そのまま、あるいは水で洗浄してから、生糸を乾燥する工程、
(g)工程(e)、あるいは(f)の生糸を精練し、練糸にする工程。
(h)工程(e)が終了した繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫を取り出
す工程。
(i)工程(a)~(e)の少なくとも1つを実施した際、空気や液体の移動により、繭層が薄い繭がへこむことを利用して、薄繭等の繰糸に適さない繭を取り除く工程。
【請求項8】
請求項1~7の少なくとも1つを自動化した機械、あるいは請求項1~
7の少なくとも1つを利用した糸取りキット、紙作製キット、学習教材、あるいは請求項1~
7の少なくとも1つを利用して得られる繭、色素、繭タンパク質、紙、生糸、練糸、その繊維、生糸あるいは練糸から得られる製品。
【請求項9】
請求項1~8の少なくとも1つを利用して教育あるいは説明を行う方法、あるいは繭タンパク質、あるいは繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らし、煮繭や繰糸中において蛹の色などによる繭の着色を少なくする方法、
あるいは繭の遺伝子改変により発現したタンパク質を含め、繭のタンパク質の変性を抑えて繰糸する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繭のタンパク質あるいは繭の中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)へのダメージを減らして、あるいは繭の中の個体を殺すことなく煮繭・繰糸する技術に関する。より具体的には低温において繭のタンパク質を変性させることなく、繭から糸を引き出す技術、あるいは高温に短時間さらしたとしても、繭の中の個体を生存させたまま、繭から糸を引き出す技術に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、上蔟して8~10日に収穫された蚕の繭はそのままでは、中の蛹が成体となり、繭に穴をあけて外に出てくる。このように穴があくと繰糸することは難しい。そのため、収穫された繭は、冷蔵・冷凍したり、熱を加えたりして蛹を殺さなければならない。さらに、長い間貯蔵する場合には、カビがはえたりしないように乾燥させることが一般に行われている。したがって、繰糸する際に、繭の中の蛹はすでに死んでいる。中の蛹が生きているままの生繭を煮繭・繰糸に使用することもできるが、製糸工場などで煮繭の際、高温に数分~数十分さらされることにより、中の蛹が死んでしまう。また、このような生繭は高温に長時間されされることで蛹を構成していたタンパク質・窒素化合物・その他の物質を含んだ体液が出てきて繭を汚染することがある。
【0003】
製糸工場等において、繭から生糸にする際の煮繭は通常、進行式煮繭機が用いられる。その際、蒸気及び沸点に近い高温水と低温水を組み合わせた処理により、繭腔内へ蒸気や湯の出し入れを行う。これにより、繭層セリシン(繭糸の周りを覆っている水溶性タンパク質)が膨潤柔和され、繭からの繭糸の解れが良くなる。繰糸では、約90℃熱水の中の繭から稲穂の穂先を利用して繭から糸口を出す索緒を行い、糸口を出し繰糸を行う。このような煮繭の操作は蚕に大きなダメージを与え、蚕を殺してしまう。昨今のエシカルの観点、倫理的な観点から、このような製糸方法を見つめ直すことも大切である。
【0004】
教育現場において、繭からの糸取りは日本の歴史と伝統を学ぶ上からも、小学校や高等学校の生物で行われることがある。通常80~100℃程度の湯などの中で数分繭を煮た後に、液体の温度を下げることで、繭の中に湯が入るようにする。その後、索緒を行い、糸口を出し、繰糸を行う。このときに使用する繭は、乾燥させた繭を使うことが多いが、自分たちで蛹から育てた繭(生繭)や購入した生繭を使用することもできる。いずれにしても、中の蛹が死んでしまい、糸の恵みと、昆虫の命について考えさられることになる。命を奪ってしまうことに対して、心を痛める生徒・児童も少なからずいるのが現状であった。
【0005】
また、このような従来の製糸方法では、繭のタンパク質は高温により変性する。その結果、絹の染色性や織物の風合いが損なわれる。また、外来タンパク質を含有するカイコ繭を生糸とする際は、その外来タンパク質が変性してしまう。このような背景から外来のものも含め、繭のタンパク質が変性することなく繭を生糸とする技術が求められている。そこで、真空浸透する方法や飽和食塩水に長時間つける方法等が発明されている(例えば特許文献1、特許文献2)。さらに、ペットボトルや注射器、アルカリ剤の応用により、高額な機械が必要なく、高等学校等の教育現場であっても外来タンパク質等を変性させることなく繭を繰糸することが可能となった(特許文献3、非特許文献1)。しかしながら、非特許文献1の方法では、煮繭に一晩かかるため、より電気を使用しない環境に優しい手法の開発が求められていた。
【0006】
なお、本発明の先行技術文献を以下に示す。
【文献】特許第5292548号
【文献】特開2016-079535
【文献】特許第7004254号
【文献】枦勝・小島桂:高温にさらすことなく蛍光シルク繭を繰糸する方法及びその教育実践.生物教育64(2)、133-139(2023)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこのような状況に鑑みて、商用目的のみならず、生徒や児童などが繰糸を行う際、蛹が死んでしまうことで悩んだり、トラウマになったりさせたくない。生徒や児童などが中の蛹を殺さない状態で糸取りを行うことで、純粋に昆虫との共存や、昆虫からの恵みを感じてもらいたい。エシカルの考えを取り入れ、昆虫にも倫理的な配慮を行った絹糸により多くの興味や価値を世の中の人に感じてもらいたいといった思いから鋭意研究を行った。本発明の課題は、繭タンパク質、あるいは繭の中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)へのダメージを減らし、繭の中の個体を殺すことなく煮繭し繰糸する方法、及びこの方法を用いた生糸等の製品とする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するに当たり、温度、試薬、処理時間等を変えて、さまざまな煮繭方法を試みた。また、繭の中の幼虫や蛹が死なないように空気を確保する方法、繭の処理時間を減らす方法等を、さまざまな方法で試みた。
その結果、本発明者は、繭あるいは繭の中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)へのダメージを減らし、中の個体を殺すことなく繭を繰糸し、生糸とすることが可能であることを見出した。本発明はこのような知見に基づくものあり、次の〔1〕~〔11〕を提供する。
〔1〕高温につけた後に、液中で急冷しないことにより、繭の中に入る液を減らすことで、高温の液体や、液体の成分、空気不足等により、繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らして繭を繰糸する方法。
〔2〕乾燥していない繭、例えば生繭、あるいは冷凍した生繭、あるいは冷蔵保存した生繭をアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む60℃以下の溶液中につけることで、高温の煮繭をせずに、真空装置を用いることなく、大幅に時間を短縮し、繭タンパク質へのダメージを減らし、繭タンパク質の変性を抑えて、さらに繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らして繭を繰糸する方法、あるいは繰糸できる繭、真綿あるいは紙の原料の繊維にする方法。
〔3〕繭をアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む溶液中、より好ましくは高濃度のアルカリ剤を少なくとも含む溶液につけることで、繰糸しやすくなった繭を、お湯の中、あるいはお湯に浮かせて繰糸するのでなく、そのまま溶液中、あるいは溶液に浮かせて繰糸することで、より繰糸しやすく、かつ時間を短縮し、繭タンパク質、あるいは繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らして繰糸する方法。
〔4〕繭を水あるいはアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む100℃以下、より好ましくは90℃以下の溶液あるいは蒸気に数分以内、より好ましくは高濃度のアルカリ剤を少なくとも含む80℃以下の溶液に数秒~数十秒つけてすぐに取り出し、繭の中が高温にならないよう、あるいは高温が続かないようにし、場合によっては、この操作を繰り返すことで、繭タンパク質、あるいは繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らして繭を繰糸する方法。
〔5〕繭を水あるいはアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む100℃以下の液体あるいは蒸気、より好ましくは高濃度のアルカリ剤を少なくとも含む80℃以下の溶液に数秒~数十秒つけてすぐに取り出ことと、繭を水あるいはアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む50℃以下の液体あるいは蒸気、より好ましくは高濃度のアルカリ剤を少なくとも含む45℃以下の溶液につけることを組み合わせることで、あるいは、それに加えてその両方を、あるいは少なくてもどちらかを繰り返し実施することで、繭タンパク質、あるいは繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らして繰糸できる繭、真綿あるいは紙の原料の繊維、生糸あるいは紙にする方法。
〔6〕〔1〕~〔5〕を組み合わせて、あるいは〔1〕~〔5〕の少なくとも一つを利用して、繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫を殺すことなく繰糸する方法、あるいは繰糸できる繭、真綿あるいは紙の原料の繊維、生糸にする方法。
〔7〕〔6〕の繰糸後の幼虫や蛹を水で洗ってから、または水で洗わずそのまま室温や各種の温度条件で幼虫や蛹を観察する、あるいは成虫にする、あるいはその成虫を交尾させる、あるいはメスの卵を観察する、あるいはその卵を発生させる方法。
〔8〕下記(a)~(g)の工程、あるいは(a)~(g)の一部の工程を〔1〕~〔5〕と組み合わせて、あるいは〔1〕~〔5〕の少なくとも一つを利用して、繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫を殺すことなく行う方法、あるいは繭タンパク質、あるいは幼虫や蛹へのダメージを減らす方法、あるいは(a)~(g)の工程、あるいは(a)~(g)の一部の工程を〔1〕~〔5〕と組み合わせて、あるいは〔1〕~〔5〕の少なくとも一つを利用して、繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫を殺すことなく行う方法、あるいは幼虫や蛹へのダメージを減らす方法の少なくとも一部を自動化した機械;
(a)繭を水、あるいはアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む50℃以下の液体、より好ましくは高濃度のアルカリ剤を含む45℃以下の溶液に浸漬する工程、
(b)工程(a)を省略した繭、または工程(a)の繭を水、あるいはアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む100℃以下の液体、より好ましくは高濃度のアルカリ剤を含む80℃以下の溶液中に浸漬する工程、
(c)工程(b)の繭を50℃以下、より好ましくは45℃以下の水、あるいは水にアルカリ剤、界面活性剤、酵素、界面活性剤の少なくとも1つを含む50℃以下の液体、より好ましくは高濃度のアルカリ剤を含む45℃以下の溶液に浸漬する工程、
(d)工程(c)の後、工程(b)あるいは、工程(b)および(c)を一度、あるいは、複数回繰り返す工程、
(e)工程(b)、工程(c)または工程(d)の繭を、処理した溶液のまま、あるいは水で浸漬した後、繰糸する工程、
(f)工程(e)により繰糸された生糸を揚げ返し後、そのまま、あるいは水で洗浄してから、生糸を乾燥する工程、
(g)工程(e)、あるいは(f)の生糸を精練し、練糸にする工程。
(h)工程(e)が終了した繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫を取り出し、〔7〕を行う工程。
〔9〕〔4〕、〔5〕、〔8〕の少なくとも1つを実施した際、空気や液体の移動により、繭層が薄い繭がへこむことを利用して、薄繭等の繰糸に適さない繭を取り除く方法。
〔10〕〔1〕~〔9〕の少なくとも1つを利用して教育あるいは説明を行う方法、あるいは〔1〕~〔9〕の少なくとも1つを利用した糸取りキット、紙作製キット、学習教材、あるいは〔1〕~〔9〕の少なくとも1つを利用して得られる繭、幼虫、蛹、成虫、色素、繭タンパク質、紙、生糸、練糸、その繊維、生糸あるいは練糸から得られる製品。
〔11〕〔1〕~〔9〕の少なくとも1つをすることにより、繭タンパク質、あるいは繭の中の幼虫あるいは蛹あるいは成虫へのダメージを減らし、煮繭や繰糸中において蛹の色などによる繭の着色を少なくする方法、および繭の遺伝子改変により発現したタンパク質を含め、繭のタンパク質の変性を抑えて繰糸する方法、あるいはそれにより得られた繭タンパク質、色素、生糸、練糸、その生糸あるいは練糸から得られる製品。
【発明の効果】
【0009】
カイコの繭を従来の煮繭の方法で製糸すると、繭のタンパク質、あるいは遺伝子改変カイコにおいて発現したタンパク質を含む繭が変性してしまうという問題があった。また、従来の煮繭では、繭の中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)が死んでしまうことにより、倫理的な問題が発生すること、子ども(大人も同様である)がカイコの命を奪ったことに対して悩んでしまうという問題が発生していた。
一方、本発明により、繭のタンパク質が変性せず、繭へのダメージが少ない繰糸が可能となった。非特許文献1のように一晩かかっていた煮繭処理が、1時間以内に短時間できたことで、エネルギー消費が少なく環境に優しいカイコ繭を生糸とすることが教育現場で可能となった。グリーン購入の観点から、品質や価格だけでなく環境のことを考え、環境負荷ができるだけ小さい製品を、環境負荷の低減に努める事業者から優先して購入する動きが出てきている。本発明は、環境負荷を低減させる発明であり、環境負荷が少ない糸などの製品を世の中に出すことが可能となった。
【0010】
また、本発明により、繭の中の個体(蛹など)へのダメージも減らすことができ、蛹を殺すことなく、繰糸することが可能となった。このことで、倫理的な問題を解決することができ、よりエシカルなファッションとなる製品を送り出すことが可能となった。このような製品は、エシカルな行動を心掛ける人はもちろん、動物などの命を尊重するヴィーガンの立場の人の製品購入の選択肢にもなりえるはずである。さらに、教育現場においては、子どもたちが、煮繭・繰糸の際にカイコの命を奪ったことで自責の念をいだいたり、命を奪うことで悩んだりすることをなくすことができる。本発明により未来を担う子どもたちが、笑顔で煮繭・繰糸を体験できる可能性が高まった。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(1)繭
本発明は、繭のタンパク質あるいは繭の中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)へのダメージを減らして、あるいは繭の中の個体を殺すことなく製糸する方法等を提供するものであり、カイコの繭だけでなく、カイコ以外の生物、例えば野蚕の繭から繰糸を行う場合等にも適用できる。また、通常使われる普通品種の白繭に適用できるだけでなく、着色繭にも遺伝子改変カイコが吐糸した繭にも適用でき、あらゆる系統に適用できる。
遺伝子改変カイコは、絹糸腺内に外来タンパク質を有するものがある。絹糸線内に含まれる外来タンパク質として、例えばCFP、GFP、YFP、DsRed等の蛍光・色素タンパク質、コラーゲン、酸性及びアルカリ性のアミノ酸を主とするペプチド、クモ等カイコ以外の生物由来のフィブロインタンパク質及びセリシンタンパク質等が挙げられるがこれらに限定されない。絹糸腺内に外来タンパク質を含む遺伝子改変カイコが取得されれば、当業者であれば容易に当該カイコから繭を得ることができる。
なお、中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)を殺すことなく製糸するには生繭を利用する必要があるが、本発明の方法を乾繭や冷凍した生繭など個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)が生きていない状態の繭に対して行い、繰糸することもできる。
【0012】
(2)繭のアルカリ剤等を含む溶液への浸漬
本発明では、繭を水にアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む溶液に浸漬する工程を含めることができる。繭は普通繭でも遺伝子改変カイコが吐糸した繭でも良く、系統も限定されない。また、家蚕の繭でも、野蚕の繭でも良い。
【0013】
本発明の水は、精製水、蒸留水、滅菌水、水道水等、広義の意味で、水と言われるものであれば良く、水に微量のミネラル等が溶けていても良い。また、水の代用となる液体があれば、それでも良い。
【0014】
本発明のアルカリ剤としては、炭酸ナトリウム、あるいは炭酸水素ナトリウムが挙げられるがこれらに限定されない。試薬ほどの純度ではない市販の重曹等も利用可能である。仮に熱に反応してもアルカリ性を維持していれば良い。重曹水等はある程度、数回使いまわすことができる。
界面活性剤としては脂肪酸ジエタノールアミド、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレアート等のノニオン系界面活性剤、脂肪酸ナトリウム等のアニオン系界面活性剤、アルキルトリメチルアンモニウム塩等のカチオン系界面活性剤、アルキルジメチルアミンオキシド等の両性界面活性剤が挙げられるがこれらに限定されない。
酵素としてはタンパク質分解酵素が挙げられるがこれに限定されない。タンパク質分解酵素としては、例えばセリンプロテアーゼ、パパイン酵素等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0015】
(3)煮繭の際、繭の中に入る液を減らす方法
一般的な煮繭では、繭を高温の蒸気や液体につけた後、その繭をより低い温度の湯に沈めることで繭の中に液体を入れている。本発明では、液体を入れることで、繰糸しやすくすることよりも、中の個体の生存を優先させる。中の空気を確保すること、高温の蒸気を長くあてることで中の個体にダメージを与えないこと、液体が繭内に入ることで繭が水没しないこと等の全てをクリアする必要があった。本発明では、高温の液体につけた後、高温ではない(例えば室温の)空気中に繭を取り出し、繭の中の高温となった空気が縮むことを待つ。その後、煮繭の液につけることで、繭の中に液体が入るのを防いだ。さらに、煮繭用の液体につけた後、1分間は浮かせたままにすることで、空気があることを確認しつつ、煮繭用の液体の温度と繭内の空気の温度を近づけ、その後に、繭を煮繭用の液体の中に入れた。このことで、短時間であれば、煮繭の液は繭の中に入らないが、煮繭の液は、繭層セリシンの膨潤柔和にははたらく。また、低温であっても長時間、煮繭の液の中に繭を沈めると、空気不足等の影響で、死んでしまうものが出てきたため、煮繭の液の中に沈めるのは、余裕をもって1時間以内とした。ただし、ここでいう浮かせるのが1分間、煮繭の液の中に沈めるのが1時間以内というのは例であり、この時間に限定されない。繭の中の個体(蛹など)へのダメージが少なく、個体が生存でき、繰糸できる状態になればよく、繭の厚さや中の蛹の状態等によって、適切な時間もかわってくる。また、繭を高温や低温にさらすのも、気体や液体などどちらかに限定されるものではない。ここでいう気体も空気に限定されるものではない。
【0016】
(4)乾燥していない繭を用いることで、短時間で低温の煮繭・繰糸を可能にする方法
本発明では、乾燥していない繭を、アルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む60℃以下の溶液中に短時間つけることで、高温の煮繭をせずに繰糸できる繭、真綿、あるいは紙の原料とする。アルカリ剤、界面活性剤、酵素としては、上述のものが挙げられる。例えば以下のようにして行うことができるが、これに限定されない。
乾燥していない繭、例えば生繭を高濃度のアルカリ剤で処理し、短時間化を実現する。一般的な煮繭では、アルカリ剤を用いても、0.1~0.4%の濃度で煮繭されるがことが多いが、本発明では高濃度のアルカリ剤を用いることでより、短時間化を可能とした。
例えば生繭を1.5%の重曹水、より好ましくは3.0%の重曹水に入れて58℃で35分間浸漬する。これにより、繰糸できる状態の繭とすることができる。このことは、低温、短時間、低電力消費を意味する。低温により、繭タンパク質の変性を防ぐのはもちろん、繭タンパク質へのダメージを減らすことができる。低温で短時間により、繭の中の蛹へのダメージを減らして、蛹による繭の着色などを防ぐことができる。また、一般的に低温での煮繭を可能にした方法で用いられる電力は、繭を乾燥させる電力、乾燥させた繭を長時間(一晩など)の煮繭する際の電力、あるいは真空装置を用いる電力などが必要となるが、本発明は、その多くの電力を必要とせず、環境に優しい方法である。ここで用いる繭は、乾燥していない繭であればよく、生繭に限らず、冷蔵あるいは冷凍した繭なども使用できる。一般的な生繭を用いた生繰りは、煮繭の際に高温で処理されるが、本発明では、生繰りを低温で行うという点において、乾燥の際にも煮繭の際にも高温にさらすことがなく、真空装置を使わずに真空にもさらすことがないことから、新たなシルク製品の提供をもたらす。なお、アルカリ剤の種類、アルカリ剤の濃度、及び処理時間は、繭の性状によって適宜調整することができる。
繰糸した糸を利用するのではなく、浸漬したものを直接、真綿にしたり、紙の原料としたりする場合は、繭の形状を保つ必要がなく、セリシンがかなり溶解し、完全にほぐれるまで浸漬しても良い。その場合は、直接、あるいは1cm以下に切り刻み、練りとのりを加えて紙すきをすることで紙とすることができる。アルカリ剤の濃度、処理時間、練りの分量、のりの分量等は、適宜調整することができる。
【0017】
(5)煮繭と繰糸を同時進行させる方法
通常、煮繭が終わった繭は水に浸漬させ、繭層表面のセリシンを収斂させ、緒糸が多くならないようにする。しかしながら、本発明の一部では、繭をアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む溶液中につけることで、繰糸しやすくなった繭を、お湯の中で繰糸するのでなく、そのまま溶液中で繰糸する。例えば、繭を高濃度のアルカリ剤、例えば3.0%の重曹水につけて、煮繭した場合は、煮繭後にその溶液につけたまま、あるいはその溶液に浮かせた状態で繰糸を行うが、これに限定されない。つまりある程度、煮繭処理した段階で、煮繭と繰糸の同時進行させていく。本発明では、中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)へのダメージを減らす、あるいは殺さないというのを目的としており、繭を処理するトータルの時間の短縮をはかっている。煮繭などの処理時間が多いと死んでしまい、煮繭時間が少ないと繰糸しにくい繭となる。したがって溶液中で繰糸することで、繰糸中にも煮繭処理していることになり、煮繭時間の確保につながる。つまり、煮繭と繰糸の同時進行させ、お湯につけることにかかる時間を短縮する。そのことで、繭の中の個体へのダメージを減らす、あるいは殺さない上に、繰糸できるという絶妙な状態を可能とした。本発明では、緒糸は多くなると感じるときもあるが、さほど気にならない。なお、アルカリ剤の種類、アルカリ剤の濃度、及び処理時間は、繭の性状によって適宜調整することができる。繰糸した生糸は溶液の成分がついているため、その後のどこかのタイミングで、水で浸漬してもよい。逆にアルカリがついていることを利用して精錬の作業にはいってもよい。
【0018】
(6)短時間の高温~低温処理により繰糸できる繭にする方法
例えば以下のようにして行うことができるが、これに限定されない。繭を水あるいはアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む100℃以下の溶液あるいは蒸気に数秒つけてすぐに取り出す。薄い繭などではなく、通常の繭であれば数秒の高温では、繭層に守られ、蛹は死なないという発見をした。しかしながら、外側の繭層には熱や溶液が届くため、セリシンの膨潤軟和が少し進む。繭が冷えたあと、繰糸できる状態であれば、ここで繰糸の作業に入る。まだ繰糸できる状態でない場合は、さらに、この高温の水、あるいは溶液あるいは蒸気に再び数秒つけてすぐに取り出す。このことで、セリシンの膨潤軟和がさらに進んでいくが、中の蛹は、繭層に守られて死なない。繭が冷えたあと、繰糸できる状態であれば、ここで繰糸の作業に入る。まだ繰糸できる状態でない場合は、繭が冷えた後、この高温で短時間処理して繭を冷やすという操作を繰り返すことで、繰糸できる繭とする。この繰り返しが多すぎると、中の蛹にダメージがいくため、十分繰糸できる状態になった段階で操作をやめるのがのぞましい。なお、高温につける時間を数秒としているが、中の蛹が死ななければ、どのような時間でも良い。また、温度は100℃以下としているが、中の蛹が死ななければ、どのような温度でも良い。例えば、高温~低温の処理は、3.0%の重曹水に95℃で2秒、あるいは80℃で5秒、70℃で20秒、60℃では60秒などである。低温になるほど、繭の中の個体を殺すことなく長い時間溶液で処理することができる。しかしながら、繭の状態や、系統等によって、アルカリ剤の種類、アルカリ剤の濃度、及び処理時間は、繭の性状によって適宜調整するとよい。繰り返しの高温~低温の処理では、1回目とその後で処理する溶液、温度、時間を変えてもよい。なお、同じ餌で育てた同じ系統の繭であっても、蚕期によって繭の状態が変わることもあるので、注意が必要である。なお、繭を溶液から取り出し、冷やすときはそのまま常温に放置し、自然に冷えるのを待っても、45℃以下の水あるいは溶液に浮かせて冷やしてもよい。ここでは、繭が冷えれば何度でもよく、45℃以下に限定されない。
【0019】
(7)短時間の高温~低温処理と低温での処理の組み合わせにより繰糸できる繭にする方法
例えば以下のようにして行うことができるが、これに限定されない。本発明では、(6)において、短時間の高温~低温処理後に繭を冷やしている間にも煮繭処理することで、より効率的に繰糸できる繭とする。繭を水あるいはアルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む100℃以下の溶液(溶液Aとする)あるいは蒸気に数秒つけてすぐに取り出す。その後、繭を50℃以下の溶液(溶液Bとする)につけて冷やす。例えば、この溶液Bは溶液Aと同じもので、低温のものである。なお、溶液AとBが同じでなく、適宜アルカリ剤の種類や濃度などを変えて調整してもよい。このことで、つかっている部分だけであっても、繭を冷やす短時間を無駄にせずに煮繭処理していることになる。上記に記載のように、繭の中の個体へのダメージを減らし、あるいは殺さないようにするには、1分でも処理時間を短くする必要がある。そこで冷やしつつ煮繭を進めていく。ここですぐ繰糸できるものもあるが、繰糸できない場合は、溶液A→溶液B→溶液A→繰糸。溶液A→溶液B→溶液A→溶液B→繰糸。溶液A→溶液B→溶液A→溶液B→溶液A→繰糸のように、この操作を繰り返していけばよい。また、はじめに溶液B→溶液A→溶液B→溶液A→繰糸のように、溶液Bが先であってもよく、どのように溶液Aと溶液Bを組み合わせてもよい。あるいは、2種類でなく、何種類の溶液があってもよく、温度も何種類のものがあってもよいし、段階的に温度を変えていったり、それらを自動で行ったりする装置などを使ってもよい。これは、例えば、溶液A(80℃3.0%重曹水)5秒、溶液B(40℃3.0%重曹水)10分を組み合わせて、溶液A→溶液B→溶液A→繰糸とすることができる。また、より低い温度では溶液A(70℃3.0%重曹水)20秒、溶液B(40℃3.0%重曹水)30分とし、溶液A→溶液B→溶液A→繰糸とすることができる。さらに低温では溶液Aを(60℃3.0%重曹水)60秒、溶液B(40℃3.0%重曹水)15分とし、溶液A→溶液B→溶液A→溶液B→溶液A→繰糸とすることができるが、これらに限定されない。繰糸は、お湯でおこなっても、溶液Bで行ってもよい。このことで、繭の中の個体へのダメージを減らし、あるいは殺さないようにでき、なおかつ、繰糸できる繭となる。繭の中の個体が生存しつつ、繰糸できる状態にするのは、ごく限られた条件のため、蚕期、繭の状態や、系統等によって、アルカリ剤の種類、アルカリ剤の濃度、及び処理時間を適宜調整することがのぞましい。
【0020】
(8)薄繭等の繰糸に適さない繭を取り除く方法
本発明では、(6)、(7)のどちらかを行うことで、薄繭がへこむことを利用して、薄繭を取り除く。以下にその方法を示すが、この限りではない。
繭層が薄く繰糸に適さない繭は事前の取り除かれるのが通常であるが、そのときに取り除ききれなかった薄繭は、(6)あるいは(7)を行うと、高温の液体に浸漬させたり、そこから出したりする際に、温度変化によって、繭の中の気体が膨張したり、収縮したりする。その気体の変化、出入りに耐えることができず、薄繭がへこんでしまう。このことを利用して、薄繭を除去することができる。例えば、溶液A(92℃3.0%重曹水)1秒、溶液B(40℃3.0%重曹水)15分とし、溶液A→溶液B→溶液A→繰糸とする場合、溶液Aの後、繰糸する前にへんでいる薄繭を見つけるといい。このことで、薄繭の簡単に発見することができる。なお、へこんでいても繰糸できるものもあり、必ず除去しなくはいけないということではなく、当業者の判断による。
【0021】
(9)繭の中の個体を殺すことなく繰糸する方法
本発明では、(2)~(7)を複数組み合わせていくことで、繭の中の個体を殺すことなく繰糸できる可能を高めた。生繭の輸送の段階で、すでに死んでいるもの、こびりついているもの、輸送で弱ってしまうものなどがいるため、煮繭や繰糸の条件設定に関係なく、死んでいる、あるいは死んでしまうものがいる。繭の中の個体を殺すことなく繰糸できる可能性を高めたとは、そのような状況による。以下に繭の中の個体を殺すことなく繰糸する方法の例を示すが、これに限定されない。
例えば、生繭を溶液A(70℃3.0%重曹水)に20秒間浸漬させて、その後、空気中に繭を取り出し、繭の中の高温の空気が冷えて縮むことで繭の中に液体が入るのを回避した。その後、溶液B(40℃3.0%重曹水)につけ、1分間は浮かせたままにすることで、溶液Bの温度と繭内の空気の温度を近づけ、液の中につけたときに繭の中に液が入るのをさらに防止した。1分後、繭を溶液Bに沈めて、29分間、煮繭処理を続けた。その後、再び、溶液Aに20秒間浸漬させてから、空気中に繭を取り出し、繭の中の高温の空気が冷えて縮むことで繭の中に液体が入るのを回避した。その後、溶液B(40℃3.0%重曹水)につけ、1分間は浮かせたままにすることで、溶液Bの温度と繭内の空気の温度を近づけ、溶液Bの中につけたときに繭の中に液が入るのをさらに防止した。1分後、溶液Bの中につけて、なじませてから、繰糸を行った。
【0022】
(10)繰糸
本発明では、50℃以下、理想的には45℃以下の条件下で繰糸を行う。繰糸は自動繰糸機、座繰器、あるいはペットボトルに巻き付ける等により行うことができるが、これに限定しない。例えば以下のようにして行うことができるが、これに限定されない。
(4)~(7)、(9)のいずれかの煮繭処理後の繭から、繭糸を引き出し、紙をまいたペットボトルに巻き付けていく。巻き付けるものは、ペットボトルに限らず、段ボールなど巻き付くことができるものであれば良い。巻き付けた後は、手動でもモーターなどで自動で巻いてもよい。また、より好ましくは、引き出した繭糸を目的の太さになるように数本合わせて、巻き付けていくと良い。温度は高温で中の幼虫や蛹が死なないよう45℃以下とする。例えば温度は40℃等の一定の条件で行うことが好ましいが、すぐには温度が下がらない室温であれば、そのまま室温で繰糸を行っても良い。この際、繰糸に時間がかかり、温度が下がりきってしまった場合は、再び40℃にしても良い。また、繭糸が途中で切れた繭などは、再び糸口をみつけてというのが好ましいが、中の個体の生存させる場合は、途中でも、その時点で繰糸をやめる、あるいは、繰糸をやめて中の蛹を取り出すこともありえる。
繰糸後、生糸を揚げ返ししたり、練糸したりする方法は当業者であれば、公知の方法によって行うことができる。
【0023】
(11)繰糸後の個体の観察
以下に(10)の繰糸後の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)の観察方法を示すが、この限りではない。
繰糸後、薄く残った繭のまま、あるいはそこから個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)を取り出す。薄く残った繭のまま観察する場合はそのまま、蛹などを取り出した場合は、水で洗ってから、あるいは水で洗わずにそのまま室温や各種の温度条件で発生の進行具合などを観察する。薄く残った繭のままでは、中の発生の進行が見にくく、羽化したときにやっと生きていることがわかることもあるため、好ましくはすべて繭から蛹などを取り出すとよい。そのことで発生の進行が観察でき、ものによっては、発生が進むと内部の液体の流れをみることもできる。また、蛹は自ら動いたり、さわった際に動いたりするため、生きているのがはっきりと確認できる。ただし、繰糸直後では触っても反応しない蛹もある。その蛹であっても、数時間や一晩たつと、落ち着いて、自ら、あるいは触った際に反応するのがわかる。羽化する状況や、羽化した個体、成虫の産卵や成虫の交尾などでも生きていることが確認できる。また、産卵した卵を育てたり、発生の進行を観察したりすることもできる。さらに、その卵から次世代を、同様に、その次の世代へとつなげていくこともできる。
【0024】
本発明を用いた糸取りキットとして、例えば以下のようなものが考えられるが、これに限定されない。
糸取りキットとして、密閉用のペットボトル、重曹、繭、糸巻き用の穴あきペットボトル、糸巻き用ペットボトルに巻く画用紙、糸巻き用のペットボトルの軸となる棒、糸巻き用のペットボトルをはめる容器、索緒するためのほうき、糸巻きする際の繭を入れる容器のセット、あるいは、その一部をセットにしたもの。ここでいう繭はあらゆる遺伝子改変カイコが吐糸した繭も、通常使われる普通品種繭にも適用でき、白繭にも着色繭にも適用でき、系統も限定されない。また、カイコ以外の生物による繭においても適用できる。ただし、繭の中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)を殺さないという糸取りキットにする場合は、中の個体が生きている生繭を用いる。
【0025】
本発明を利用した糸取りキットにより、児童や生徒等が繭の中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)を殺すことなく、繭から糸取りを楽しむことができるようになる。教育現場において、蛹が死んでしまうことで悩んだり、殺してしまうことでトラウマになったり、心を痛め苦しむ生徒をなくす、あるいは減らすことができる効果はとても大きい。また、児童や生徒に限らず倫理的な立場から、生糸を得る際に、カイコを意図的に殺していると問題視している人たちも少なからずいる。この人たちにとっても、本発明は倫理的に価値のあるものとなるだろう。また、中の蛹が羽化して出てくるのを待って、その穴のあいた繭を使ったピースシルクの製品もあるが、これらの繭は穴があいているため長い糸として取り出すこと(繰糸すること)ができない。本発明は、蛹を殺さないことからピースシルクの面をもちながら、羽化する前に繭を繰糸できるため、繭に穴があいておらず、長い糸として取り出すことが可能な点において、商用的な価値もある。本発明は、お蚕様から恵みをいただくことと、生き物との共存、命の大切さを考えるきっかけとして、明日を担う子ども達の教材となる可能性がある。
【0026】
さらに、本発明により得られた繭糸を用いた紙の作製は、例えば以下のようにして行うことができるが、これに限定されない。
得られた繭糸を切り刻み、水の中に分散させ、練りとのりを加えて、混ぜてから、紙すきを行って、乾燥させる。練りは加えなくてもよく、のりはでんぷんのり等が使用されるが、接着する作用があるものであれば、どのようなものでも良い。練りやのりの分量は当業者であれば適宜調整することができる。この紙の作製方法は森林や植物を伐採することがないため、地球温暖化対策に対応した環境に優しい紙となる。児童、生徒はパルプではないものからの紙つくりの製法を学ぶことができる。したがって、本発明は、商用利用に限らず、教育的な利用価値もある。着色繭からの糸を用いる場合は、染色せずに着色した紙をつくることができる。さらに、蛍光タンパク質を絹糸腺内に有する遺伝子改変カイコの繭糸を使用することができれば、蛍光を発する紙を作製することも可能となる。
【0027】
本発明を用いた紙作製キットとして、例えば以下のようなものが考えられるが、これに限定されない。
紙作製キットとして、容器、枠、網板、繭糸、練り、でんぷんのり、分散用のペットボトル、吸水タオル、紙を貼るクリアファイルのセット、あるいは、その一部をセットにしたもの。ここでいう繭糸はあらゆる遺伝子改変カイコから得られる繭糸も、通常使われる普通品種繭糸にも適用でき、系統も限定されない。また、カイコ以外の生物による繭糸においても適用できる。糸取りキットとこの紙作製キットを合わせた、糸取り・紙作製キットも可能である。
【0028】
本発明を用いた学習キットとして、例えば以下のようなものが考えられるが、これに限定されない。
繭乾燥や煮繭によって中の幼虫や蛹が死んでしまうが、本発明を用いた場合ではでは中の幼虫や蛹が死なないことを説明する説明書、倫理的な側面から中の幼虫や蛹を殺さずに生糸等をつくることの意義を伝える説明書、通常の煮繭と本発明を用いた方法を比べることができる実験キットのセット、あるいは、その一部をセットにしたもの。糸取りキットとこの紙作製キットを合わせた、糸取り・紙作製キットも可能である。
【0029】
また本発明は、本発明のいずれかを、どこかの段階で利用して得られる色素、繭タンパク質、生糸、練糸、その生糸あるいは練糸から得られる編物、織物、衣服、スポンジ、フィルム、パウダー、化粧品、紙、筆、生活用品、美術工芸品、食品添加物、立体構造物、医療用資材等を提供するが、これらに限定されない。これらは、当業者に公知の方法によって作成することができる。繭タンパク質は、例えばセリシンタンパク質、フィブロインタンパク質、外来タンパク質を含むセリシン、外来タンパク質を含むフィブロインタンパク質があるが、これらに限定されない。
【実施例】
【0030】
以下実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0031】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む低温の溶液につけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用したカイコの繭の製糸
本発明では、アルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む60℃以下の溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤を用いた例を示す。
まず、約60℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽において、その重曹水に浸かるようにカイコ(錦秋×鐘和)の生繭を入れ、約30分の間、その繭を浸漬させた。その結果、繭の形がしっかり保たれつつ、セリシンの膨潤が絶妙な状態であった。その繭を、約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、約40℃の3.0%の重曹水でそのまま繰糸を行い、繭糸を得た。その結果を
図1に示す。
【実施例2】
【0032】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む実施例1よりも低温の溶液につけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用したカイコの繭の製糸
本発明では、アルカリ剤、界面活性剤、酵素等の少なくとも1つを含む60℃以下の溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤を用いた例を示す。
まず、約58℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽において、その重曹水に浸かるようにカイコ(春嶺×鐘月)の生繭を入れ、約35分の間、その繭を浸漬させた。その結果、繭の形がしっかり保たれつつ、セリシンの膨潤が絶妙な状態であった。その繭を、約40℃の3.0%の重曹水になじませてから、約40℃の3.0%の重曹水でそのまま繰糸を行い、繭糸を得た。繭糸は蛹などによる着色もなく、美しかった。その結果を
図2に示す。室温で保存した生繭ではなく、冷蔵で保存した生繭を用いて同様に行った結果を
図3、生繭を冷凍保存したものを用いて同様に行った結果を
図4に示す。冷蔵で保存した生繭20粒を集緒して、繰糸後、揚げ揚げ返しを行った一部の生糸を
図5に示す。また、冷蔵で保存した生繭を用いて、3.0%の重曹水でなく1.5%の重曹水で同様に行った結果を
図6に示す。1.5%の重曹水では索緒に時間がかかるものが出るなど、煮繭が不十分と感じることもあったが、繰糸できないことはなく、アルカリ剤の濃度を下げる必要がある際の、選択肢の一つとなった。しかしながら、別の系統の繰糸に適さない繭(繰糸用ではない繭)においては、1.5%の重曹水処理で繰糸することは難しかった。したがって、様々な繭に適用するには、1.5%よりも高い濃度のアルカリ剤がより好ましい。
【実施例3】
【0033】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む低温の溶液に短時間つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用したカイコの繭の製糸
本発明では、低温高濃度のアルカリ剤等を含む溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤として重曹を用いた例を示す。
まず、約60℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Aとする)において、その重曹水の中に浸かるようにカイコ(春嶺×鐘月)の生繭を入れ、約60秒の間、その繭を浸漬させた(処理1)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Bとする)に浮かせる状態で1分程度置き、それからその重曹水の中に入れ、液中で約14分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約60秒の間、約60℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理2)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、再び恒温槽Bにて約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それからその重曹水の中に入れ、液中で約14分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約60秒の間、約60℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理3)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、約40℃の3.0%の重曹水でそのまま繰糸を行い、繭糸を得た。繰糸後、蛹を取り出し、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた。そのうちの一部は羽化した(羽化しかけた)。この結果を
図7に示す。
【実施例4】
【0034】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む高温の溶液に短時間つけることを利用したカイコの繭の製糸
本発明では、高温高濃度のアルカリ剤等を含む溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤として重曹を用いた例を示す。
まず、約70℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Aとする)において、その重曹水の中に浸かるようにカイコ(錦秋×鐘和)の生繭を入れ、約7秒の間、その繭を浸漬させた(処理1)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Bとする)に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に入れ、液中で約29分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約7秒の間、約70℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理2)。それから、繭を液から空気中に取り出した後、約40℃のお湯に浮かせる状態で1分程度置き、それからお湯の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、繰糸を行い、繭糸を得た。繰糸後、蛹を取り出し、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が自ら動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた。その生きていた蛹は全て羽化した(n=4)。この結果を
図8に示す。
また、処理1と処理2の約70℃の3.0%の重曹水につける時間を約7秒でなく、約20秒にしたものも同様に行った。なお、繰糸する前から、あるいは繰糸の影響で、死んでいる蛹1個体あったが、それ以外は、繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=3)。蛹は完全な羽化まではいかなかったが、蛹が動くことから、生きているのを感じるのには十分であった。この結果を
図9に示す。なお、繰糸中に繭糸が切れた場合は、繭の状況によっては、繰糸がまだできそうな繭でも、繰糸をそこまでにし、中の蛹の救出を行った。
【実施例5】
【0035】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む高温の溶液に短時間つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用したカイコの繭の製糸
本発明では、高温高濃度のアルカリ剤等を含む溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤として重曹を用いた例を示す。
まず、約70℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Aとする)において、その重曹水の中に浸かるようにカイコ(春嶺×鐘月)の生繭を入れ、約20秒の間、その繭を浸漬させた(処理1)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Bとする)に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に入れ、液中で約29分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約20秒の間、約70℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理2)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、約40℃の3.0%の重曹水でそのまま繰糸を行い、繭糸を得た。なお、繰糸する前から、あるいは繰糸の影響で、死んでいる蛹1個体あったが、それ以外は、繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=3)。その生きていた蛹は全て羽化した。この結果を
図10に示す。
また、処理1と処理2の約70℃の3.0%の重曹水につける時間を約20秒でなく、約27秒にしたものも同様に行った。繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=4)。その生きていた蛹のうち半分は羽化した。残りの半分は羽化しかけなど途中段階までしか進まなかったが、蛹が動くことから、生きているのを感じるのには十分であった。この結果を
図11に示す。
【実施例6】
【0036】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む実施例5よりも高温の溶液に短時間つけることを利用したカイコの繭の製糸
本発明では、高温高濃度のアルカリ剤等を含む溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤として重曹を用いた例を示す。
まず、約80℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Aとする)において、その重曹水の中に浸かるようにカイコ(錦秋×鐘和)の生繭を入れ、約5秒の間、その繭を浸漬させた(処理1)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Bとする)に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に入れ、液中で約9分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約5秒の間、約80℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理2)。それから、繭を液から空気中に取り出した後、約40℃のお湯に浮かせる状態で1分程度置き、それからお湯の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、繰糸を行い、繭糸を得た。繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=3)。その生きていた蛹のうち一部は羽化し、残りは羽化しかけなど途中段階までしか進まなかったものあったが、蛹が動くことから、生きているのを感じるのには十分であった。この結果を
図12に示す。
また、処理2の後に、約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、約40℃の3.0%の重曹水でそのまま繰糸を行い、繭糸を得た。繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=4)。その生きていた蛹は全て羽化した。なお、シャーレに2個体ずつ蛹を入れていたところ、羽化したものがメスとオスだったことで、そのオスとメスの交尾や産卵も確認できた。この結果を
図13に示す。
【実施例7】
【0037】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む実施例5よりも高温の溶液に短時間つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用したカイコの繭の製糸
本発明では、高温高濃度のアルカリ剤等を含む溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤として重曹を用いた例を示す。
まず、約80℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Aとする)において、その重曹水の中に浸かるようにカイコ(錦秋×鐘和)の生繭を入れ、約5秒の間、その繭を浸漬させた(処理1)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Bとする)に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に入れ、液中で約4分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約5秒の間、約80℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理2)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、再び恒温槽Bにて約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それからその重曹水の中に入れ、液中で約4分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約5秒の間、約80℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理3)。それから、繭を液から空気中に取り出した後、約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、約40℃の3.0%の重曹水でそのまま繰糸を行い、繭糸を得た。繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=4)。その生きていた蛹のうち一部は羽化し、残りは羽化しかけなど途中段階までしか進まなかったものあったが、蛹が動くことから、生きているのを感じるのには十分であった。この結果を
図14に示す。
【実施例8】
【0038】
生繭を高濃度のアルカリ剤、あるいはアルカリ剤と界面活性剤等を含む実施例5よりも高温の溶液に短時間つけることを利用したカイコの繭の製糸
本発明では、高温高濃度のアルカリ剤等を含む溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤として重曹あるいは、アルカリ剤としての重曹に加えて界面活性剤を用いた例を示す。
まず、約40℃の3.0%の重曹水の中に浸かるようにカイコ(錦秋×鐘和)の生繭を入れ、約1時間の間、その繭を浸漬させた(処理1)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約80℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Aとする)において、その重曹水の中に浸かるように繭を入れ、約5秒の間、その繭を浸漬させた(処理2)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、再び約40℃の30%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それからその重曹水の中に入れ、液中で約4分間浸漬した(処理3)。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約5秒の間、約80℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理4)。それから、その繭を液から空気中へ取り出した後、約40℃のお湯に浮かせる状態で1分程度置き、それからお湯の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、繰糸を行い、繭糸を得た(処理5)。繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=4)。その生きていた蛹は完全な羽化まではいかなかったが、蛹が動くことから、生きているのを感じるのには十分であった。この結果を
図15に示す。
また、処理1及び、処理3を約40℃の3.0%の重曹水ではなく、約40℃の3.0%の重曹、0.01%のノニオン系界面活性剤の水溶液にし、処理5のお湯を約40℃の3.0%の重曹、0.01%のノニオン系界面活性剤の水溶液にしたものも同様に行った。なお、繰糸する前から、あるいは繰糸の影響で、死んでいる蛹が1個体あったが、それ以外は、繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=3)。その生きていた蛹は羽化しなかったが、蛹が動くことから、生きているのを感じるのには十分であった。この結果を
図16に示す。
【実施例9】
【0039】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む実施例8よりも高温の溶液に短時間つけることを利用したカイコの繭の製糸
本発明では、高温高濃度のアルカリ剤等を含む溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤として重曹を用いた例を示す。
まず、約92℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Aとする)において、その重曹水の中に浸かるようにカイコ(錦秋×鐘和)の生繭を入れ、約2秒の間、その繭を浸漬させた。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Bとする)に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に入れ、液中で約29分間浸漬した。それから、繭を液から空気中に取り出した後、約40℃のお湯に浮かせる状態で1分程度置き、それからお湯の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、繰糸を行い、繭糸を得た。なお、繰糸する前から、あるいは繰糸の影響で、死んでいる蛹が2個体あったが、それ以外は、繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=2)。その生きていた蛹のうち一部は羽化し、残りは羽化しなかったが、蛹が動くことから、生きているのを感じるのには十分であった。この結果を
図17に示す。
【実施例10】
【0040】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む実施例9よりも高温の溶液に短時間つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用したカイコの繭の製糸
本発明では、高温高濃度のアルカリ剤等を含む溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤として重曹を用いた例を示す。
まず、約95℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Aとする)において、その重曹水の中に浸かるようにカイコ(春嶺×鐘月)の生繭を入れ、約2秒の間、その繭を浸漬させた。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Bとする)に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に入れ、液中で約14分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約5秒の間、約95℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理2)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、再び恒温槽Bにて約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それからその重曹水の中に入れ、液中で約14分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約2秒の間、約95℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理3)。それから、繭を液から空気中に取り出した後、約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に数度入れてなじませて、繭の重量を計ってから、約40℃の3.0%の重曹水でそのまま繰糸を行い、繭糸を得た。なお、繰糸する前から、あるいは繰糸の影響で、死んでいる蛹が1個体あったが、それ以外は、繰糸後、蛹を触ったときに、あるいは触らなかったとしても、蛹が動くかどうか、あるいは内部の液の動き、蛹の発生が進むかによって、蛹が生きていることが確認できた(n=3)。その生きていた蛹のうち一部は羽化し、残りは羽化しなかったが、蛹が動くことから、生きているのを感じるのには十分であった。この結果を
図18に示す。
【実施例11】
【0041】
生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む実施例8よりも高温の溶液に短時間つけることを利用したカイコの薄繭の除去
本発明では、高温高濃度のアルカリ剤等を含む溶液中につけてから、繰糸を行う。以下に、アルカリ剤として重曹を用いた例を示す。
まず、約92℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Aとする)において、その重曹水の中に浸かるようにカイコ(錦秋×鐘和)の生繭を入れ、約1秒の間、その繭を浸漬させた(処理1)。その後、その繭を液から空気中へ取り出した。その後、約40℃の3.0%の重曹水を入れた恒温槽(恒温槽Bとする)に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に入れ、液中で約14分間浸漬した。それから繭を液から空気中に取り出した後、再び恒温槽Aに入れ、約1秒の間、約92℃の3.0%の重曹水の中で浸漬させた(処理2)。それから、繭を液から空気中に取り出した後、約40℃の3.0%の重曹水に浮かせる状態で1分程度置き、それから重曹水の中に数度入れてなじませた。ここまでの操作を繭層の薄い薄繭では耐えることができず、気体などが出入りする際の力でへこんでしまう。この結果を
図19に示す。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【
図1】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む低温(60℃)の水溶液につけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸の写真である。
【
図2】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む低温(58℃)の水溶液につけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸の写真である。
【
図3】冷蔵保存した生繭を高濃度のアルカリ剤を含む低温(58℃)の水溶液につけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸の写真である。
【
図4】生繭を冷凍保存したものを高濃度のアルカリ剤を含む低温(58℃)の水溶液につけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸の写真である。
【
図5】冷蔵保存した生繭20粒を高濃度のアルカリ剤を含む低温(58℃)の水溶液につけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した後、揚げ返しを行った生糸の写真である。
【
図6】冷蔵保存した生繭を1.5%のアルカリ剤を含む低温(58℃)の水溶液につけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した後、揚げ返しを行った生糸の写真である。
【
図7】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む低温(60℃)の水溶液に短時間つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹の発生が進み羽化しかけている写真である。
【
図8】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む高温(70℃)の水溶液に短時間(7秒×2回)つけることを利用し、お湯につけて繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹が羽化した成虫の写真である。
【
図9】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む高温(70℃)の水溶液に短時間(20秒×2回)つけることを利用し、お湯につけて繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹の発生が進んだところの写真である。
【
図10】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む高温(70℃)の水溶液に短時間(20秒×2回)つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹が羽化した成虫の写真である。
【
図11】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む高温(70℃)の水溶液に短時間(27秒×2回)つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹が羽化した成虫の写真である。
【
図12】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む高温(80℃)の水溶液に短時間(5秒×2回)つけることを利用し、お湯につけて繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹が羽化した成虫の写真である。
【
図13】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む高温(80℃)の水溶液に短時間(5秒×2回)つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹が羽化した成虫の写真である。
【
図14】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む高温(80℃)の水溶液に短時間(5秒×3回)つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹が羽化した成虫及び発生が進んだ蛹の写真である。
【
図15】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む低温の水溶液につけた後、高濃度のアルカリ剤を含む高温(80℃)の水溶液に短時間(5秒×2回)つけることを利用し、お湯につけて繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹の発生が進んだところの写真である。
【
図16】生繭をアルカリ剤、界面活性剤を含む低温の水溶液につけた後、高濃度のアルカリ剤を含む高温(80℃)の水溶液に短時間(5秒×2回)つけることを利用し、アルカリ剤、界面活性剤が入った水溶液で繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹の発生が進んだところの写真である。
【
図17】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む高温(92℃)の水溶液に短時間つけることを利用し、お湯につけて繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹が羽化した成虫の写真である。
【
図18】生繭を高濃度のアルカリ剤を含む高温(95℃)の水溶液に短時間つけることと、煮繭と繰糸の同時進行を利用して繰糸した繭糸、繰糸後の蛹、その蛹が羽化した成虫の写真である。
【
図19】生繭を高濃度のアルカリ剤等を含む高温(92℃)の溶液に短時間つけることを利用することでへんこんだ薄繭の写真である。
【要約】
【課題】繭のタンパク質あるいは繭の中の個体(幼虫あるいは蛹あるいは成虫)へのダメージを減らして、あるいは繭の中の個体を殺すことなく煮繭・繰糸する方法、及びそれを利用して製糸する方法、及びそれにより得られる製品を提供する。
【解決手段】通常繭を生糸とする際に行われている乾繭の長時間にわたる高温の煮繭の方法ではなく、生繭を用いて短時間、100℃以下、より好ましくは80℃以下につけることと、液中で急冷するこことなく50℃以下、より好ましくは45℃以下につけることを組み合わせること、あるいは、それに加えてその両方を、あるいは少なくてもどちらかを繰り返し実施することで、中の蛹へのダメージを減らすこと、あるいは中の蛹を殺すことなく繭を繰糸することができた。このことにより、倫理的に配慮したエシカルな製糸を行うことが可能であることがわかった。
【選択図】
図10