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特許7523129ヘリコバクター・ピロリ菌株の同定方法、および同定用キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-18
(45)【発行日】2024-07-26
(54)【発明の名称】ヘリコバクター・ピロリ菌株の同定方法、および同定用キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20240719BHJP
   C07K 14/195 20060101ALI20240719BHJP
   C07K 17/00 20060101ALI20240719BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20240719BHJP
   G01N 33/569 20060101ALI20240719BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20240719BHJP
【FI】
G01N33/53 N
C07K14/195
C07K17/00
G01N33/543 501A
G01N33/569 F
G01N33/574 Z
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020569692
(86)(22)【出願日】2020-01-29
(86)【国際出願番号】 JP2020003201
(87)【国際公開番号】W WO2020158811
(87)【国際公開日】2020-08-06
【審査請求日】2023-01-16
(31)【優先権主張番号】P 2019015399
(32)【優先日】2019-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100130845
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 伸一
(72)【発明者】
【氏名】江石 義信
(72)【発明者】
【氏名】内田 佳介
(72)【発明者】
【氏名】掛川 智也
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/153991(WO,A1)
【文献】Yuichi Matsuo,Novel CagA ELISA exhibits enhanced sensitivity of Helicobacter pylori CagA antibody,World J Gastroenterol,2017年01月07日,Vol.23 No.1,Page.48-59
【文献】畠山昌則,ピロリ菌がん蛋白質CagA-その構造多型と胃発がんリスク,医学のあゆみ,2018年09月01日,Vol.266 No.9,Page.643-648
【文献】HATAKEYAMA M.,ONCOGENIC MECHANISMS OF THE HELICOBACTER PYLORI CagA PROTEIN,Nature Reviews. Cancer,2004年,Vol.4 No.9,Page.688-694
【文献】高田俊介等,Helicobactre pylori CagA hot spotに対するヒト血清抗体価測定系の確立,日本消化器病学会雑誌,2006年,Vol.103 臨時増刊号(総会),Page.A178
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53
C07K 14/195
C07K 17/00
G01N 33/543
G01N 33/569
G01N 33/574
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者における東アジア型のピロリ菌感染とヨーロッパ型のピロリ菌感染とを血液試料を用いて判別するピロリ菌の型判別方法であって、
(i)被検者由来の血液試料を、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよびヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドと接触させる工程、および
(ii)血液試料中に含まれる前記ペプチドに対する抗体価を測定し、各測定値の比較に基づき東アジア型とヨーロッパ型の型判別を行う工程
を含む、ピロリ菌の型判別方法。
【請求項2】
東アジア型およびヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドそれぞれに対する抗体価測定値を比較して決定される感染ピロリ菌株の型判定が、被検者における胃炎の程度および/または胃癌のリスク層別化の指標となる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被検者における東アジア型のピロリ菌感染とヨーロッパ型のピロリ菌感染とを血液試料を用いて判別するピロリ菌の型判別方法であって、
(i)被検者由来の血液試料を、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよびヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドと接触させる工程、および
(ii)血中抗体価測定を行って、血液試料中に含まれる前記2種類のペプチドに対する抗体価測定値を取得する工程、
(iii)血中抗体価測定の結果に基づき、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドに対する抗体価測定値(D)と、ヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドに対する抗体価測定値(C)との比率を算出する工程、
(iv)血清測定値のD/C比に基づき、東アジア型とヨーロッパ型のピロリ菌型判別を行う工程
を含む、ピロリ菌の型判別方法。
【請求項4】
東アジア型およびヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドそれぞれに対する抗体価測定値を比較して決定される感染ピロリ菌株の型判定が、被検者における胃炎の程度および/または胃癌のリスク層別化の指標となる、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび前記ヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドが、それぞれ、配列番号1のアミノ酸配列もしくはその断片および配列番号2のアミノ酸配列もしくはその断片を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび前記ヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドが、それぞれ、配列番号1のアミノ酸配列もしくはその断片および配列番号2のアミノ酸配列もしくはその断片からなる、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび前記ヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドが、それぞれ、配列番号3のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列を含む、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
血液試料が血漿または血清である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
被検者がヒトである、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
抗体価測定が、酵素結合免疫吸着、酵素免疫測定、ラジオイムノアッセイ、蛍光免疫測定、化学発光測定法、イムノブロット、ラテックス凝集法、金コロイド凝集法、ペーパーイムノクロマトグラフィ、ラテラルフローアッセイ、免疫沈降、比濁法、比ろう法、または比色法により行われる、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の方法に使用するための、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよびヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドを含む、感染ピロリ菌株の型判定用キット。
【請求項12】
被検者における胃炎および/または胃癌のリスク評価に使用するための、請求項11に記載のキット。
【請求項13】
前記ペプチドが固相化担体上に固定されている、請求項11または12に記載のキット。
【請求項14】
被検者における胃炎の程度および/または胃癌のリスク層別化のための指標の取得方法であって、
(i)被検者由来の血液試料を、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来する配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチド、およびヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来する配列番号2のアミノ酸配列からなるペプチドと接触させる工程、ならびに
(ii)血中抗体価測定を行って、血液試料中に含まれる前記2種類のペプチドに対して反応陽性の抗体の抗体価測定値を取得する工程、
(iii)血中抗体価測定の結果に基づき、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来する配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチドに対する抗体価測定値(D)と、ヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来する配列番号2のアミノ酸配列からなるペプチドに対する抗体価測定値(C)との比率を算出する工程、
(iv)血清測定値のD/C比に基づき、東アジア型とヨーロッパ型のピロリ菌型判別を行う工程
を含み、
東アジア型およびヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドそれぞれに対する抗体価測定値を比較して決定される感染ピロリ菌株の型判定が、被検者における胃炎の程度および/または胃癌のリスク層別化の指標となる、指標の取得方法
【請求項15】
請求項14に記載の方法に使用するための、
配列番号1、3および5~18から成る群より選択される配列を含む東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチド、および
配列番号2、4および19~29から成る群より選択される配列を含むヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドを含む、感染ピロリ菌株の型判定用キット。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本願は、特願2019-015399号(出願日:2019年1月31日)の優先権の利益を享受する出願であり、これは引用することによりその全体が本明細書に取り込まれる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、ヘリコバクター・ピロリ菌株の同定方法に関し、詳細には、血中抗体価測定によるピロリ菌CagA遺伝子多型の同定方法に関する。本発明の一態様は、さらに、ヘリコバクター・ピロリ菌株の判別による胃炎・胃癌リスクの評価方法に関する。
【背景技術】
【0003】
ヘリコバクター・ピロリ菌(Helicobacter pylori、以下「ピロリ菌」とも記載する)は、ヒト等の胃の粘膜に生息しているらせん型のグラム陰性微好気性細菌である。ピロリ菌は、慢性胃炎や胃癌の発症に関与する病原性細菌であることが報告されている。
【0004】
ピロリ菌の検出方法は、内視鏡により得られた組織から培養や組織学的検索により検出する方法と、血中抗体価測定、尿素呼気試験、糞便中抗原測定などの内視鏡を用いない非侵襲的方法とに大別される。特に本邦においては、胃癌リスク検診として従来行われてきたバリウム2重投影法に代わり、血中ピロリ菌抗体測定にペプシノーゲン濃度測定を組み合わせたABC検診が普及しつつある。
【0005】
ピロリ菌には多くの病原因子が存在するが、中でも胃癌発症と最も関連性が高いことが示唆されている細胞毒素関連タンパク質(CagA)については様々な検討がなされている。例えば、特許文献1には、CagA+ピロリ菌感染患者由来の抗体に結合しうるペプチドが開示されている。
【0006】
ピロリ菌は、CagAタンパク質遺伝子に関して主に東アジア型とヨーロッパ型(欧米型ともいう)に大別されることが知られている。CagAタンパク質の多型を判別する方法としては、非特許文献1に、糞便試料を用いたデジタルPCR(ddPCR:Droplet Digital PCR)法により、ピロリ菌の16S遺伝子の検出とCagA病原性遺伝子のジェノタイピングを行ったことが報告されており、この方法によりピロリ菌の地理的疫学研究が容易になることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2018/153991号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Talaricoら著「Quantitative Detection and Genotyping of Helicobacter pylori from Stool using Droplet Digital PCR Reveals Variation in Bacterial Loads that Correlates with cagA Virulence Gene Carriage」Helicobacter 2015;21:325~333
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、簡便な方法で、ピロリ菌を検出すると同時に、ピロリ菌CagAタンパク質の遺伝子型に関する情報を得るための方法を提供することを目的の一つとする。また、本発明は、東アジア型のピロリ菌株とヨーロッパ型のピロリ菌株とを判別して同定することにより、被検体における胃炎および/または胃癌のリスクを評価するための方法を提供することを別の目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、東アジア型株とヨーロッパ型株のそれぞれに特異的なCagA由来ペプチドを用いることにより、被検体の血液試料を使用して、簡便な方法で感染ピロリ菌株を同定および型分類できること、さらには東アジア型株とヨーロッパ型株とを判別して胃炎・胃癌のリスクをより精密に評価することができることを見出した。本発明は、これらの知見に基づくものであり、以下の態様を包含する。
【0011】
[態様1] (i)被検体由来の血液試料を、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび/またはヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドと接触させる工程、および(ii)血液試料中に含まれる前記ペプチドに対して反応陽性の抗体の有無を決定する工程を含む、ピロリ菌の検出方法。
[態様2] 工程(i)において、血液試料を、少なくとも前記東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドと接触させる工程を含み、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドに対して反応陽性の抗体の存在が、被検体における胃炎および/または胃癌のより高いリスクの指標となる態様1に記載の方法。
[態様3] (i)被検体由来の血液試料を、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび/またはヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドと接触させる工程、および(ii)血液試料中に含まれる前記ペプチドに対して反応陽性の抗体の有無を決定する工程を含み、ピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドに対して反応陽性の抗体の存在が、被検体における胃炎および/または胃癌のリスクの指標となる、胃炎・胃癌リスクの評価方法。
[態様4] 工程(i)において、血液試料を、少なくとも前記東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドと接触させる工程を含み、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドに対して反応陽性の抗体の存在が、被検体における胃炎および/または胃癌のより高いリスクの指標となる態様3に記載の方法。
[態様5] 前記東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび前記ヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドが、それぞれ、配列番号1のアミノ酸配列もしくはその断片および配列番号2のアミノ酸配列もしくはその断片を含む態様1~4のいずれかに記載の方法。
[態様6] 前記東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび前記ヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドが、それぞれ、配列番号1のアミノ酸配列もしくはその断片および配列番号2のアミノ酸配列もしくはその断片からなる態様1~5のいずれかに記載の方法。
[態様7] 前記東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび前記ヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドが、それぞれ、配列番号3のアミノ酸配列および配列番号4のアミノ酸配列を含む態様5または6に記載の方法。
[態様8] 血液試料が血漿または血清である態様1~7のいずれかに記載の方法。
[態様9] 被検体がヒトである態様1~8のいずれかに記載の方法。
[態様10] 前記反応陽性の抗体の有無を決定する工程が、酵素結合免疫吸着(ELISA)、ペーパーイムノクロマトグラフィ、またはラテックス凝集法により行われる態様1~9のいずれかに記載の方法。
[態様11] 東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび/またはヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドを含む、ピロリ菌検出用キット。
[態様12] 被検体における胃炎および/または胃癌のリスク評価に使用するための態様11に記載のキット。
[態様13] 前記ペプチドが固相化担体上に固定されている態様11または12に記載のキット。
[態様14] (i)被検体由来の血液試料を、配列番号1の東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチド、および配列番号2のヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドと接触させる工程、ならびに(ii)血液試料中に含まれる前記ペプチドに対して反応陽性の抗体の有無を決定する工程を含み、ピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドに対して反応陽性の抗体の存在が、被検体における胃炎および/または胃癌のリスクの指標となり、さらに、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドに対して反応陽性の抗体の存在が、被検体における胃炎および/または胃癌のより高いリスクの指標となる、胃炎・胃癌リスクの評価方法。
[態様15] 配列番号1、3および5~18から成る群より選択される配列を含む東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチド、および配列番号2、4および19~29から成る群より選択される配列を含むヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドを含む、ピロリ菌検出用キット。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、簡便な方法で、感染ピロリ菌株を同定し、特には東アジア型とヨーロッパ型とを判別することができる。さらに、本発明の一態様によれば、胃炎・胃癌のリスクをより精密に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係る方法を用いた、ピロリ菌の血中抗体価測定の結果である。
図2】本発明の一実施形態に係る方法を用いた、感染ピロリ菌の東アジア型株とヨーロッパ型株の判別結果である。
図3】本発明の一実施形態に係る方法を用いた、日本人胃癌患者と米国人胃癌患者の血清の解析結果である。
図4】胃粘膜を解析した日本人胃癌患者の血清測定値と米国人胃癌患者血清の測定値を比較した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
上述のように、本発明者らは、東アジア型株とヨーロッパ型株のそれぞれに特異的なCagA由来ペプチドを用いることにより、被検体の血液試料を使用して、簡便な方法で感染ピロリ菌株を同定および型分類できること、さらには東アジア型株とヨーロッパ型株とを判別して胃炎・胃癌のリスクをより精密に評価することができることを見出した。本発明の一実施形態に係る感染ピロリ菌の同定方法(検出方法)は、被検体由来の血液試料を用いて、特定のアミノ酸配列を有するCagAペプチドに対して反応陽性の抗体の有無を測定する工程を含む。
【0015】
[CagAペプチド]
以下に本発明の方法において用いるCagAペプチドについて説明する。上述のとおり、CagAタンパク質は、ピロリ菌が有する病原因子の中でも胃炎や胃癌との関連性が最も高いとされているエフェクター分子である。CagAタンパク質のカルボキシル末端領域には、EPIYAモチーフをそれぞれ含むA配列、B配列、C配列、D配列と呼ばれる領域が存在し、A配列、B配列、C配列は主に欧米人に感染するピロリ菌(以下、「ヨーロッパ型株」とも記載する)に高確率で存在し、A配列、B配列、D配列は、主に東アジア人に感染するピロリ菌(以下、「東アジア型株」とも記載する)に高確率で存在する。
【0016】
CagAタンパク質は、胃の上皮細胞に感染したピロリ菌の菌体内で産生されると、菌が保有するミクロの注射針様機構(IV型分泌機構)を介して細胞内に注入される。細胞に侵入したCagAタンパク質は、EPIYAモチーフのチロシン残基のリン酸化修飾によりヒトタンパク質SHP-2と結合してSHP-2の異常活性化を引き起こし発がん活性を発揮すると考えられている。ここで、SHP-2は、上記C配列およびD配列に結合すること、またD配列はC配列と比較してより強くSHP-2に結合することが報告されている。このことが、東アジア人に感染するピロリ菌による発がんリスクが高い一因と考えられる。
【0017】
したがって、CagAタンパク質のC末端領域の多型を利用すれば、感染ピロリ菌株を同定すること、特には胃炎・胃癌のリスクに対する関与に違いのある東アジア型株とヨーロッパ型株とを判別すること、それにより胃炎・胃癌のリスクをより精密に評価することが可能となると考えられる。
【0018】
一実施形態では、本発明に係る方法に用いるCagAペプチドは、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび/またはヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドである。さらに、一実施形態では、本発明に係る方法に用いるCagAペプチドは、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に特異的な配列を有するペプチドおよび/またはヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に特異的な配列を有するペプチドであり、例えば、下記表1に示す配列番号1のアミノ酸配列からなる47アミノ酸長のペプチドもしくはその断片、または配列番号2のアミノ酸配列からなる34アミノ酸長のペプチドもしくはその断片を含むものであることが好ましい。これらのペプチドは、東アジア型株およびヨーロッパ型株のピロリ菌が産生する抗体をそれぞれ特異的に検出することができる。なお、本発明に係る検出方法は、ピロリ菌の同定、定量、半定量、または測定にも利用されうる。
【0019】
また一実施形態では、本発明に係る方法に用いるCagAペプチドは、下記表1に示す配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチドもしくはその断片、または配列番号2のアミノ酸配列からなるペプチドの断片もしくはその断片であってもよい。一部の実施態様において、断片は例えば、全長の15%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、または95%以上の長さを有する。これらの断片は、各株に対する特異性の観点から、配列番号3のEPIYA-D配列または配列番号4のEPIYA-C配列をそれぞれ含むことが好ましい。また、特異性の観点から、アミノ酸長が6以上、好ましくは8以上、より好ましくは10以上のペプチドであることが好ましい。一方、ペプチド合成の容易さの観点からは、アミノ酸長が80以下、例えば60以下、50以下であることが好ましい場合もある。一実施形態では、配列番号3のアミノ酸配列からなるペプチドおよび/または配列番号4のアミノ酸配列からなるペプチドが用いられる。
【0020】
【表1】
【0021】
また一実施形態では、本発明に係る方法に用いるCagAペプチドは、上記配列番号1もしくは2のアミノ酸配列からなるペプチドまたはそれらの断片の変異体であってもよい。本明細書において、変異体とは、規定されたアミノ酸配列のうちの1または複数個のアミノ酸の変異(欠失、置換、挿入および/または付加)を有するペプチドを意味する。本明細書において、変異体は、規定されたアミノ酸配列との同一性(%)が80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上であるペプチドを意味する。同一性の判定には、例えば、BLASTプログラムを利用することができる。変異体は、目的の抗体に対する抗原エピトープとしての機能を保持している。このため、アミノ酸の変異は、典型的には、もとの配列の構造に関する特徴を実質的に変化させない変異であることが好ましい。このような変異としては、特定のアミノ酸残基を類似の物理化学的特徴を有する残基で置換する保存的置換(例えば、Ile、Val、LeuまたはAlaの相互置換などの脂肪族基含有アミノ酸残基間の置換、LysおよびArg、GluおよびAsp、GlnおよびAsnの相互置換などの極性残基の間の置換など)や、アミノ酸のヒドロパシー指数や親水性を考慮した非保存的置換が挙げられる。
【0022】
一部の実施形態において用いられ得るペプチド断片の配列を下記表2に例示する。
【0023】
【表2】
【0024】
また一実施形態では、本発明に係る方法に用いるCagAペプチドは、上記配列番号1または2のアミノ酸配列を有するペプチドもしくはそれらの断片、またはそれらの変異体のN末端および/またはC末端に付加的な配列を有するペプチドであってもよい。付加的な配列は、機能的な配列であっても機能を有さない配列であってもよい。付加的な配列の非限定的な例としては、後述する固相化に用いるTag配列、対照もしくは標準として用いる配列等が挙げられる。付加的な配列は、特異性やペプチド合成の容易さの観点で、好ましくは50アミノ酸長以下、より好ましくは40アミノ酸長以下、さらに好ましくは30アミノ酸長以下である。
【0025】
本発明に係る方法に用いるCagAペプチドを製造する方法は特に限定されず、例えば所望の宿主細胞における発現系または無細胞発現系で発現させても、固相合成または液相合成等の化学合成により製造してもよい。発現系の非限定的な例としては、哺乳類細胞もしくは昆虫細胞、酵母、大腸菌、植物、枯草菌等を用いた発現系、または小麦胚芽、昆虫細胞、大腸菌等に由来する無細胞発現系が挙げられる。本発明の方法に用いるCagAペプチドは比較的低分子量のペプチドであるため、高収率で精製プロセスが容易な固相合成に向いているという利点もある。
【0026】
さらに一実施形態では、上記のCagAペプチドに、酵素、放射性同位体、色素、蛍光物質等の標識を施して、標識化抗原として用いてもよい。また、上記のCagAペプチドに、固定化用のタグを付加してもよい。
【0027】
[ピロリ菌株の同定(検出)/判別方法]
本発明に係る方法は、上記のCagAペプチドを被検体由来の血液試料と接触させて、CagAペプチドに反応陽性の抗体の有無を決定する方法を含む。この工程により、東アジア型株またはヨーロッパ型株において産生される抗体を特異的に検出し、感染ピロリ菌株を同定することができる。本発明に係る方法は、PCR法を用いて糞便試料を分析する方法に比べ、被検体からの試料の採取および解析プロセスが非常に簡便であるという利点を有する。
【0028】
CagAペプチドに反応陽性の抗体の検出および測定は、さまざまなイムノアッセイを用いて行うことができる。本発明に係る方法において用いることができるイムノアッセイの非限定的な例としては、例えば、酵素結合免疫吸着(ELISA)、酵素免疫測定(EIA)、ラジオイムノアッセイ(RIA)、蛍光免疫測定(FIA)、化学発光測定法、イムノブロット、ラテックス凝集法、金コロイド凝集法、ペーパーイムノクロマトグラフィ、ラテラルフローアッセイ(LFA)、免疫沈降、比濁法、比ろう法、比色法等が挙げられる。血清学的検査への応用の観点では、ELISA、ペーパーイムノクロマトグラフィ、(例えば金ナノ粒子を用いた)ラテラルフローアッセイ(LFA)、ラテックス凝集法等を好ましく用いることができる。
【0029】
典型的な方法の一例としては、CagAペプチドを固相化担体に固相化し、固相化したCagAペプチドに被検体由来の血液試料を接触させ、CagAペプチドと血液試料中に存在する抗体とのCagAペプチド-抗体複合体を形成させ、結合した抗体を認識する二次抗体等を用いて複合体を間接的に検出する方法が挙げられる。
【0030】
固相化担体の非限定的な例としては、ポリスチレン等の疎水性プラスチック、セルロース、ニトロセルロース、アガロース、金等の金属、シリカ等の無機材料、ガラス、アルブミン等のタンパク質等が挙げられるがこれらに限定されない。固相化担体の形状としては、プレート、ラテックス、ナノ粒子、マイクロビーズ、多孔質ビーズ、膜等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0031】
二次抗体としては、標識化IgG抗体、抗Fc抗体等が挙げられる。標識の非限定的な例としては、酵素標識(ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ、ルシフェラーゼ等)、蛍光標識(フルオレセイン、ローダミン等の蛍光色素、GFP(緑色蛍光タンパク質)等の蛍光タンパク質等)、放射性同位元素標識(イオウ(35S)、炭素(14C)、ヨウ素(125I、121I)、およびトリチウム(H等)、ビオチン標識等が挙げられる。
【0032】
本発明に係る方法は、上記イムノアッセイにより、定性的、半定量的、または定量的に行うことができる。
【0033】
本発明に係る方法において、ピロリ菌株の同定は、CagA東アジア型ペプチドおよびCagAヨーロッパ型ペプチドのいずれか一方を用いて行ってもよいし、CagA東アジア型ペプチドとCagAヨーロッパ型ペプチドの両方を用いて行ってもよい。
【0034】
特に東アジア型株の感染は、胃炎・胃癌の高リスクに関連すると考えられるが、現状では、内視鏡を用いない非侵襲的方法により、簡便な方法で感染ピロリ菌株を同定する方法は確立されておらず、ABC検診についても感染ピロリ菌株を考慮したリスク診断は全く確立されていない。CagA東アジア型ペプチドに対して反応陽性の抗体の存在は被検体における胃炎および/または胃癌のより高いリスクの指標となり得ることから、本発明に係る方法では、少なくともCagA東アジア型ペプチドを用いることが好ましい。しかし、ピロリ菌の感染を漏れなく同定すると共にピロリ菌の型分類を行うという観点からは、CagA東アジア型ペプチドとCagAヨーロッパ型ペプチドの両方を用いることが好ましい。これらCagA東アジア型ペプチドとCagAヨーロッパ型ペプチドはそれぞれ、異なる固相化担体上に固定されていても、同一の固相化担体上に固定されていてもよいが、型判別を行う観点からは異なる固相化担体上に固定されていることが好ましい。さらに、ピロリ菌の感染を漏れなく同定する観点から、本発明に係る方法を既存のピロリ菌検出方法と組み合わせて使用してもよい。
【0035】
また、一実施形態では、CagA東アジア型ペプチドとCagAヨーロッパ型ペプチドの両方を用いて血中抗体価測定を行い、各被検体におけるCagAヨーロッパ型ペプチドに対する抗体価とCagA東アジア型ペプチドに対する抗体価とを相対値に換算して評価する。これにより、東アジア型株とヨーロッパ型株とをより正確に判別することができ、胃炎・胃癌のリスク評価をより精密に行うことができる。
【0036】
相対値の定義、閾値、バックグラウンド値の設定は、採用するイムノアッセイの特性を考慮して適宜設定することができる。一例として、実施例において後述するELISAを例に説明する。CagA東アジア型ペプチドとCagAヨーロッパ型ペプチドの両方を用いて同条件で血中抗体価測定を行い、各被検体におけるCagAヨーロッパ型ペプチドに対する抗体価「C」とCagA東アジア型ペプチドに対する抗体価を「D」との比率を算出する。「C/D」が0.7未満、好ましくは0.5以下、より好ましくは0.2以下であれば東アジア型株、「D/C」が0.7未満、好ましくは0.5以下、より好ましくは0.2以下であればヨーロッパ型株と判別することができる。
【0037】
本発明の一実施形態は、(i)被検体由来の血液試料を、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドおよび/またはヨーロッパ型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドと接触させる工程、および(ii)血液試料中に含まれる前記ペプチドに対して反応陽性の抗体の有無を決定する工程を含み、ピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドに対して反応陽性の抗体の存在が、被検体における胃炎および/または胃癌のリスクの指標となる、胃炎・胃癌リスクの評価方法に関する。さらに、一実施形態は、(i)被検体由来の血液試料を、少なくとも東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドと接触させる工程、および(ii)血液試料中に含まれる前記ペプチドに対して反応陽性の抗体の有無を決定する工程を含み、東アジア型のピロリ菌CagAタンパク質に由来するペプチドに対して反応陽性の抗体の存在が、被検体における胃炎および/または胃癌のより高いリスクの指標となる、胃炎・胃癌リスクの評価方法に関する。胃炎および/または胃癌のリスクが高いと評価された被検体に対しては、内視鏡検査、バイオプシー、ピロリ菌の除菌、胃炎および/もしくは胃癌の予防措置、または胃炎および/もしくは胃癌の治療を行うことができる。よって、本発明の一部の実施形態は、これらの工程を含む予防または治療方法に関する。
【0038】
[被検体]
ピロリ菌は広く哺乳類に感染し得ることから、被検体としては、ヒト、ウサギ、モルモット、ラット、マウス、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、およびウマ等の哺乳動物が挙げられ、特にはヒトである。特に、ピロリ菌CagAタンパク質多型と疾患リスクとの関連が推定されることから、本発明に係る方法は、表層性胃炎、慢性活動性胃炎、萎縮性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍等の胃炎や胃癌の疾患リスクのあるヒトにおいて有効である。
【0039】
本発明に係る方法に用いる血液試料としては、被検体由来の血液、例えば、被検体から得られた全血、血漿、血清、もしくはその他の前処理を施された血液等を用いることができ、好ましくは単離された血漿または血清である。本発明の一部の実施形態は、被検者から血液を採取する工程、および/または被検者由来の血液を処理して血漿または血清を分離する工程をさらに含みうる。
【0040】
[ピロリ菌検出用キット]
本発明のさらなる一態様は、上記のCagAペプチドを含む、被検体におけるピロリ菌株の同定もしくは検出、または胃炎および/もしくは胃癌のリスク評価に使用するためのキットに関する。本実施形態に係るキットは好ましくは血液試料用である。キットは、CagAペプチドに加えて、サンプル前処理用試薬、サンプル希釈剤、ブロッキング試薬、発色試薬(基質等を含む)、反応停止用試薬、説明書、容器等をさらに含んでもよい。キットに含まれるCagAペプチドは、例えば、プレートやビーズなどの固相化担体上にあらかじめ固定されていてもよい。
【実施例
【0041】
以下に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0042】
(実施例1)
1.ヒト検体の調製
抗体価の測定に用いるヒト血漿は、0.2%Tween80を含むPBSにて1:50で希釈を行った。本検討ではすでにピロリ菌感染が判明している2名とピロリ菌非感染者2名の計4名の血漿を用いた。
【0043】
2.ピロリ菌CagAペプチド
抗体価測定の際に固相化抗原として用いる合成ペプチドはユーロフィンジェノミクス株式会社に依頼し作製した。合成に使用した配列はヨーロッパ型のCagAを同定するためのNH2-GFPLKRHDKVDDLSKVGRSVSPEPIYATIDDLGG-COOH(EPIYA-C型ペプチド;配列番号2)および東アジア型のCagAを同定するためのNH2-AINRKIDRINKIASAGKGVGGFSGAGRSASPEPIYATIDFDEANQAG-COOH(EPIYA-D型ペプチド;配列番号1)を用いた。
【0044】
3.ピロリ菌のCagAペプチドに対する抗体価の測定
ピロリ菌CagAのそれぞれのペプチドに対する抗体価の測定はELISAによって行った。平底96穴プレート(NUNC社、475094)をELISAプレートとして用いた。EPIYA-CペプチドおよびEPIYA-DペプチドをPBSで1μg/mlに調整し、1ウェルあたり50μlずつ分注し室温で2時間反応させて固相化した。洗浄後、1:50に希釈したヒト血漿を1ウェルあたり50μl分注し、37℃で90分反応させた。洗浄後、2次抗体としてビオチン化ヤギ抗ヒトIgG抗体(ThermoFisher社、A24480)を0.2%Tween-PBSで1:4000に希釈し、1ウェルあたり50μlづつ分注し、室温30分反応させた。洗浄後、HRP標識ストレプトアビジン(DAKO社、P0397)を0.2%Tween-PBSで1:5000に希釈し、1ウェルあたり50μlづつ分注し、室温30分反応させた。洗浄後、0.3%o-フェニレンジアミン二塩酸塩、0.04%Hを加えたクエン酸リン酸緩衝液(pH5.4)を1ウェルあたり50μl加え遮光し、室温15分発色させた。その後、2N-HClを1ウェルあたり25μl加え発色反応を停止させた。その後プレートリーダーにて490nmの吸光度を測定した。各反応間の洗浄は0.2%Tween-PBS、1ウェルあたり250μlで5回行った。
【0045】
4.結果
すでにピロリ菌感染の有無が判明している、各2名の血漿サンプルを用いてEPIYA-CおよびEPIYA-Dのペプチドに対する抗体価を測定した(図1)。結果は同時に測定したEPIYA-CおよびEPIYA-Dのペプチドに対する抗体価の比を用いて解析した(図2)。ピロリ菌感染者はいずれもEPIYA-Dのペプチドに対し反応を認め、EPIYA-Cのペプチドに対しては反応が認められなかった。ピロリ菌非感染者の2名についてはいずれのペプチドに対しても反応は認められなかった。
【0046】
(実施例2)
実施例1と同様な方法を用いて、日本人の胃癌患者390名と米国人の胃癌患者32名の血清を解析した。日本人胃癌患者の血清は、東京医科歯科大学バイオリソースセンターから入手した。米国人胃癌患者の血清は、BioIVT社(米国)から入手した。結果を図3に示す。
【0047】
その結果、日本人胃癌患者の場合は、EPIYA-Dのペプチドに対する抗体価がEPIYA-Cのペプチドに対する抗体価を上回っており(すなわち、ほとんどがD>C)、東アジア型のピロリ菌感染が主であることが示されたのに対し、米国人胃癌患者の場合は、D<Cの症例がD>Cの症例よりも多く、ヨーロッパ型のピロリ菌感染が優勢であることが示された。これらの結果は、実施例1の結果をさらに裏付けるものであり、本解析方法の有用性を実証するものであると言える。
【0048】
(実施例3)
次に、血清測定値のD/C比を図4に示すように「A2」、「A1」、「?」、「W」の4群に層別し、各群の胃粘膜感染株をPCR法で解析した。各検体の組織サンプルは、東京医科歯科大学バイオリソースセンターから入手した。PCRプライマーとプローブは欧米株検出用にEPIYA-C-F(5’-TCAGTTAGCCCTGAACC-3’;配列番号30)、EPIYA-C-R(5’-GCCCTACCTTACTGAGAT-3’;配列番号31)、EPIYA-C-PB(5’[HEX]-TCCGCCGAGATCATCAATCGTAGC-[BHQ1]3’;配列番号32)、東アジア株検出用にEPIYA-D-F(5-TCAACTAGCCCTGAACC-3’;配列番号33)、EPIYA-D-R(5’-GAAAGCCCTACTTTACTGAG-3’;配列番号34)、EPIYA-D-PB(5’[FAM]-AAGCCTGCTTGATTTGCCTCATCAAA-[BHQ1]3’;配列番号35)の配列を用いた。PCR解析の手順は以下のようにしておこなった。まず、PCR混合液として各プライマーの最終濃度が200nmol/L、プローブが80nmol/Lになるように滅菌蒸留水で2倍に希釈したTaqMan Universal PCR Master Mix(ABgene社、英国)に加えた。さらにそこに5μlのサンプルを加え最終50μlとした。その後95℃で5分加熱し、PCR反応を95℃で5秒、60℃で60秒の設定で50サイクル行った。解析にはABI PRISM 7900HT Sequence Detection Systemを用いた。結果を下記表3に示す。
【0049】
【表3】
【0050】
表2において、一番左の列は検体の番号を示している。2番目の列は、本菌LPSに対する抗体価でピロリ菌感染の確認結果を示している。3番目の列はEPIYA-Dのペプチドに対する抗体価とEPIYA-Cのペプチドに対する抗体価の比を示している。4番目の列は、D/C比に基づく分類の判定結果を示している。5番目の列および6番目の列はそれぞれ、PCRを用いた胃粘膜感染菌株の解析結果を示している。
【0051】
結果として、本発明による血清抗体価の解析結果と内視鏡で採取した胃粘膜感染株のPCR法による解析結果が一致することが判明した。EPIYAで欧米株と判定されたW群は1例でPCR-W陽性、EPIYAで東アジアと判定されたA1群、A2群はほとんどの症例でPCR-A陽性となっており、EPIYAペプチドによる判定精度の高さが明らかとなった。これらの結果は、本解析方法の有用性および信頼性を実証するものであると言える。
【産業上の利用可能性】
【0052】
上述のとおり、本発明によれば、従来の非侵襲的方法では困難であった感染ピロリ菌株の同定が可能となる。特に、本発明に用いるCagAペプチドは、東アジア型株およびヨーロッパ型株それぞれに対する特異性が高いため、両株を正確に判別することが可能であり、胃炎・胃癌のリスクを精密に評価することができる。また、本発明の方法は、株特異的な2種類のペプチドを用いるため、従来のピロリ菌検出方法に比べて偽陽性/偽陰性判定の確率が低いという利点もある。さらに、本発明の方法は、PCR等の遺伝子解析を用いた手法に比べて簡便であり、また、被検体の血液試料を用いるために、血清学的検査に広く応用可能である。このような特徴から、本発明の方法は、胃炎・胃癌のリスクを有する対象の評価、ピロリ菌治療後の対象の追跡調査、疫学的研究等に幅広く利用することができる。

図1
図2
図3
図4
【配列表】
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