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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-18
(45)【発行日】2024-07-26
(54)【発明の名称】複合化クロムめっき物品
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20240719BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20240719BHJP
   C25D 5/16 20060101ALI20240719BHJP
   C25D 5/48 20060101ALI20240719BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20240719BHJP
【FI】
C23C28/00 A
F16C33/12 A
C25D5/16
C25D5/48
C25D7/00 C
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022024281
(22)【出願日】2022-02-18
(65)【公開番号】P2023121053
(43)【公開日】2023-08-30
【審査請求日】2023-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】595150205
【氏名又は名称】オテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【弁理士】
【氏名又は名称】立花 顕治
(74)【代理人】
【識別番号】100210251
【弁理士】
【氏名又は名称】大古場 ゆう子
(72)【発明者】
【氏名】森河 務
(72)【発明者】
【氏名】原野 知己
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-533852(JP,A)
【文献】特開昭48-011332(JP,A)
【文献】特開平09-104995(JP,A)
【文献】国際公開第2012/133097(WO,A1)
【文献】特公昭49-031533(JP,B1)
【文献】特開2000-199095(JP,A)
【文献】特開2016-216833(JP,A)
【文献】特開2001-011654(JP,A)
【文献】特開平04-235297(JP,A)
【文献】特開平05-077357(JP,A)
【文献】特公昭48-004306(JP,B1)
【文献】特開昭58-053353(JP,A)
【文献】国際公開第2016/181955(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C28/00-30/00
C25D5/00-7/12
B05D1/00-7/26
F16C17/00-17/26
F16C33/00-33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象部材と、
前記対象部材の表面に被覆される複合化クロムめっき膜と
を備え、
前記複合化クロムめっき膜は、
微小な凸部と凹部とを形成するクラックフリーのベースクロムめっき膜と、
前記凹部内で固化したフッ素樹脂と
を有し、
前記凸部の少なくとも一部は、前記複合化クロムめっき膜の表面に露出し、
前記ベースクロムめっき膜は、その表面において直径5μm円の面積相当以上である前記凸部を1mm2あたり1000個以上有する、
複合化クロムめっき物品。
【請求項2】
前記凹部の底は、前記対象部材の表面に達していない、
請求項1に記載の複合化クロムめっき物品。
【請求項3】
摺動の相手材が鉄製またはセラミック製である場合に、動摩擦係数及び静摩擦係数の少なくとも一方が0.2以下である、
請求項1または2に記載の複合化クロムめっき物品。
【請求項4】
前記ベースクロムめっき膜は、微粒子により構成され、前記微粒子は直径0.1μm以上、2μm以下の微粒子を含む、
請求項1から3のいずれか1項に記載の複合化クロムめっき物品。
【請求項5】
前記ベースクロムめっき膜の前記凸部の先端と前記凹部の底との平均高低差が1μm以上、10μm以下である、
請求項1から4のいずれか1項に記載の複合化クロムめっき物品。
【請求項6】
前記複合化クロムめっき膜は、0.1mg/cm2以上、1mg/cm2以下の前記フッ素樹脂を有し、
エネルギー分散型X線分析に基づく元素分析で、フッ素とクロムとの原子比率F/Crが1以上である、
請求項1から5のいずれか1項に記載の複合化クロムめっき物品。
【請求項7】
前記フッ素樹脂は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、及びペルフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)からなる群から選択される、
請求項1から6のいずれか1項に記載の複合化クロムめっき物品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合化クロムめっき物品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クロムめっきは、大気中で錆びず、安定であり、硬度が比較的高く、傷つきにくく、耐摩耗性に優れ、汚れにくく、樹脂の離型性が良いなど、産業部材に必要な種々の機能性を有している。そのため、産業機械、工作機械、建設機械、繊維機械、印刷機械、自動車やオートバイ、船舶、航空機の部品や工具、金型、ロール等の表面処理として多用されている。
【0003】
例えば非特許文献1は、耐食性を向上させたクロムめっきを開示する。このクロムめっきは、浴組成や電解条件の制御によりクラックの発生を防止したクラックフリークロムめっきとして知られている。しかしながら、このようなクロムめっきは、一般的な硬質めっきよりも硬度が低く、表面性状が粗雑であるため、研磨加工などが必要で、用途が限られている。
【0004】
これに対し、ビッカース硬度(HV)が800以上であり、高硬度といわれる硬質めっきは、アルミナ、炭化ケイ素などのセラミックを相手材とする研磨摩耗において、優れた耐摩耗性を有する。しかし、SUJ2材、SS材、SUS材などの金属を相手材とする摺動においては、その高い硬度により相手材に大きな摩耗損傷を与える。また、摩耗によって生じた摩耗粉によって、クロムめっき自身も表面に摩耗損傷を受ける。
【0005】
特に、摺動時の印加荷重が大きく、動摩擦係数が0.5を超える場合には、クロムめっきと相手材の接触面積が増加すると、相手材の一部がクロムめっき表面に焼き付き損傷することがある。また、クロムめっきの表面及び内部には、通常、多数のクラックが存在する。クロムめっきの表面に露出したクラックのエッジが、相手材と擦れ合うことにより、相手材の摩耗損傷が加速されるとともに凝着摩耗が促進される。このため、クロムめっきを有する摺動製品の摩耗がハイペースで起こり、寿命が短い問題がある。
【0006】
このため、工業クロムめっきにおいて、低い動摩擦係数と耐摩耗性とを長持ちさせるための種々の方法が取られている。例えば、特許文献1~4は、クロムめっきに自己潤滑性を有するコーティング剤を設ける方法を開示する。自己潤滑性の成分としては、フッ素樹脂や潤滑油が公知であり、これらが摺動時に受ける荷重で崩れることによって、低摩擦係数をもたらす。自己潤滑性コーティングを採用すると、接触面にそれらが存在する限り補給する必要はない。
【0007】
具体的には、特許文献1では、硬質クロムめっき層のクラック内に二硫化モリブデン、ボロンナイトライド等を含む潤滑油を含浸させることにより摺動性及び耐食性の向上を図っている。また、特許文献2~4は、硬質クロムめっきにフッ素樹脂のコーティング剤を設ける方法を開示する。
【0008】
特許文献2では、硬質クロムめっき層として超硬質クロムめっき層を用い、めっき層の表面からめっき層を貫通する多数の開口クラックを形成する。そして、めっき層表面上にポリフッ化エチレンのコーティング層を形成するとともに、めっき層のクラック内にポリフッ化エチレンを含浸させ、ポリフッ化エチレンの密着性向上を図っている。
【0009】
特許文献3では、クロムめっきに生じる微細なクラックをエッチングにより拡大し、このクラック内にポリ四フッ化エチレンを含浸させる。これにより、低摩擦係数のポリ四フッ化エチレンがめっき表面に潤滑性を付与する。
【0010】
特許文献4では、粗さ処理により微細な凹凸を形成した母材の表面に、この凹凸を保持する程度の厚さのクロムめっきを施し、クロムめっきに生じるクラックとその表面の凹部とにフッ素樹脂を浸透させる。特許文献4によれば、フッ素樹脂がクラック内に根をはった状態で凹部に植え付けられ、クロムめっきの層から剥離することが防止される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開平2-031081号公報
【文献】特開平4-235297号公報
【文献】特開昭54-076445号公報
【文献】特開昭48-011332号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】岸松平著 「クロムめっき」、日刊工業出版、1964年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1に開示される構成では、潤滑油が製品に付着し、汚れを生じさせるほか、塗装やめっきなどの二次加工を行う場合にめっき膜の密着性を阻害することがある。また、特許文献2~4に開示される構成では、めっき膜全体にわたって一様なクラックを発生させること、及びこれを選択的に拡張することは実際には困難である場合がある。特に、特許文献4では母材の表面処理も必要となるが、母材によっては適用できる場合が制限され得る。
【0014】
さらに、仮に一様なクラックの作製が困難でなくとも、特許文献2~4に開示されるようなめっき物品では、比較的大きな荷重での摺動や、摺動回数の増加につれて表面のコーティング剤が剥ぎ取られていく。同時に、クラックに保持されるコーティング剤が表面に充分に供給されにくくなる。こうしてクロムめっき膜の表面がクラックのエッジとともに露出していくと、摺動相手材との摩擦係数が急上昇し、相手材に大きな摩耗損傷を与える。
【0015】
本発明は、耐摩耗性に優れ、低摩擦係数及び自己潤滑性が長持ちし、相手材に摩耗損傷を与え難い複合化クロムめっき物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の一観点に係る複合化クロムめっき物品は、対象部材と、前記対象部材の表面に被覆される複合化クロムめっき膜とを備える。前記複合化クロムめっき膜は、微小な凸部と凹部とを形成するクラックフリーのベースクロムめっき膜と、前記凹部内で固化したフッ素樹脂とを有する。前記凸部の少なくとも一部は、前記複合化クロムめっき膜の表面に露出する。
【0017】
上記観点に係る複合化クロムめっき物品において、前記凹部の底は、前記対象部材の表面に達していなくてもよい。
【0018】
上記観点に係る複合化クロムめっき物品において、摺動の相手材が鉄製またはセラミック製である場合に、動摩擦係数及び静摩擦係数の少なくとも一方が0.2以下であってもよい。
【0019】
上記観点に係る複合化クロムめっき物品において、前記ベースクロムめっき膜は、微粒子により構成され、前記微粒子は、直径0.1μm以上、2μm以下のものを含んでもよい。
【0020】
上記観点に係る複合化クロムめっき物品において、前記ベースクロムめっきは、その表面において直径5μm円の面積相当以上である前記凸部を1mm2あたり1000個以上有してもよい。
【0021】
上記観点に係る複合化クロムめっき物品において、前記ベースクロムめっきの前記凸部の先端と凹部の底との平均高低差が1μm以上、10μm以下であってもよい。
【0022】
上記観点に係る複合化クロムめっき物品において、前記複合化クロムめっき膜は、0.1mg/cm2以上、1mg/cm2以下の前記フッ素樹脂を有し、エネルギー分散型X線分析に基づく元素分析で、フッ素とクロムとの原子比率F/Crが1以上であってもよい。
【0023】
上記観点に係る複合化クロムめっき物品において、前記フッ素樹脂は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、及びペルフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)からなる群から選択されてもよい。
【0024】
本発明の一観点に係る複合化クロムめっき物品の製造方法は、以下のことを含む。
(1)対象部材の表面に、微小な凸部と凹部とを形成する、クラックフリーのベースクロムめっき膜を形成すること。
(2)前記ベースクロムめっき膜上にフッ素樹脂材料を塗布すること。
(3)前記フッ素樹脂材料を熱処理し、前記凹部内でフッ素樹脂が固化した複合化クロムめっき膜を形成すること。
なお、前記凸部の少なくとも一部は、前記複合化クロムめっき膜の表面に露出する。
【発明の効果】
【0025】
以上の観点によれば、ベースクロムめっき膜の微小な凸部により、クロムの耐摩耗性が発揮されると同時に、擦り合う(摺動する)相手材との実質的な接触面積を低減し、低摩擦係数を実現することができる。また、ベースクロムめっき膜の微小な凹凸は、フッ素樹脂との密着性を高めながら、微小な凹部に多くのフッ素樹脂を分散して保持することができる。これにより、フッ素樹脂ばかりが摺動の初期に多く剥ぎ取られることが防止され、長期にわたり潤滑性が維持されるとともに、凸部が微小であることによりフッ素樹脂がより行き渡りやすい。これに加え、ベースクロムめっき膜はクラックフリーであるため、クラックのエッジが露出し、相手材を損傷させることが回避される。以上より、比較的大荷重の摺動や、繰り返しの摺動に対しても低摩擦係数が維持されるとともに、相手材の摩耗損傷を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の一実施形態に係る複合化クロムめっき物品の構成を示す模式図。
図2A】実施例1に係るベースクロムめっき膜の表面状態の顕微鏡写真。
図2B】実施例1に係るベースクロムめっき膜の断面プロファイル。
図3A】実施例1に係る複合化クロムめっき膜の表面状態の顕微鏡写真。
図3B】実施例1に係る複合化クロムめっき膜の断面プロファイル。
図4A】実施例1に係る複合化クロムめっき物品表面の顕微鏡写真。
図4B】実施例1に係る複合化クロムめっき物品表面のエネルギー分散型X線分析によるフッ素の元素マッピング画像。
図4C】実施例1に係る複合化クロムめっき物品表面のエネルギー分散型X線分析によるクロムの元素マッピング画像。
図5】本発明の一実施形態に係る複合化クロムめっき物品の製造方法の工程を示すフローチャート。
図6A】実施例1に係る複合化クロムめっき物品の摺動回数と動摩擦係数とのグラフ。
図6B】実施例1に係る複合化クロムめっき物品の摺動回数と静摩擦係数とのグラフ。
図7】実施例1に係るクロムめっき物品及び相手材の摩耗断面積と荷重との関係を示すグラフ。
図8】実施例2に係る複合化クロムめっき物品の断面の顕微鏡写真。
図9A】比較例3に係る複合化クロムめっき物品の表面の顕微鏡写真。
図9B】比較例4に係る複合化クロムめっき物品の表面の顕微鏡写真。
図9C】比較例5に係る複合化クロムめっき物品の表面の顕微鏡写真。
図10】動摩擦係数と複合化クロムめっきの露出面積率との関係を示すグラフ。
図11】動摩擦係数と複合化クロムめっきの凸部密度との関係を示すグラフ。
図12】動摩擦係数と複合化クロムめっき物品表面近くにおけるフッ素/クロム原子比率との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照しつつ、本発明の一実施形態に係る複合化クロムめっき物品100及びその製造方法について説明する。図1は、一実施形態に係る複合化クロムめっき物品100の構成を示す模式図である。図1に示すように、本実施形態に係る複合化クロムめっき物品100は、対象部材1と、対象部材1の表面に被覆される複合化クロムめっき膜2とを備えている。
【0028】
<1.対象部材>
本実施形態に係る複合化クロムめっき膜2が被覆される対象部材1は、特には限定されないが、例えば、通常のめっきが可能な鉄、鉄合金材、アルミニウム、アルミニウム合金材、銅、銅合金材等の金属部材である。
【0029】
<2.複合化クロムめっき膜の概要>
対象部材1の表面に被覆される複合化クロムめっき膜2は、多数の微小な凹部30と、多数の微小な凸部31とを形成するベースクロムめっき膜3と、ベースクロムめっき膜3のそれぞれの凹部30内で固化したフッ素樹脂4とを備える。フッ素樹脂4は、ベースクロムめっき膜3の多数の凹部30を埋めるようにベースクロムめっき膜3に固定されているが、多数の凸部31を完全には覆わず、少なくとも一部の凸部31の先端は複合化クロムめっき膜2の表面に突出している。なお、図中では凹部30と凸部31の代表的なもののみ符号を付している。以下、それぞれの要素について説明した後、複合化クロムめっき膜2について説明する。
【0030】
<2-1.ベースクロムめっき膜>
ベースクロムめっき膜3は、その表面にミクロン単位の多数の凹凸が全体に形成されためっき膜であり、これに限定されないが、非特許文献1に開示されるクラックフリークロムめっきをベースクロムめっき膜3として用いることができる。従って、ベースクロムめっき膜3は、通常の硬質クロムに生じるクラックを有さず、微細な凹凸により灰色の外観を有し、光沢性には乏しい。また、通常の硬質クロムめっきのビッカース硬度(HV、測定荷重50gf)が厚さ25μm以上で800~1000程度であるのに対し、ベースクロムめっき膜3のビッカース硬度は厚さ25μm以上で600~750程度である。
【0031】
上記のように、クラックフリークロムめっきは、硬質クロムめっき(光沢クロムめっき)とは異なる性状を有するため、これまでは耐摩耗性を向上させる目的に用いられることはなかった。しかし、発明者は鋭意検討の結果、このようなベースクロムめっき膜3によれば、耐摩耗性に優れるとともに相手材の摩耗損傷が少なく、これが大荷重の条件下や繰り返しの摺動でも維持される複合化クロムめっき膜2を作製できることを見出した。
【0032】
図2Aは、ベースクロムめっき膜3の表面をエネルギー分散型X線分析装置付き走査型電子顕微鏡(日本電子製、JCM-6000)により撮像した顕微鏡写真(拡大倍率1000)の一例であり、図2Bは、レーザー顕微鏡(キーエンス製、VK-160)により計測された同じベースクロムめっき膜3の断面プロファイル(長さ141.617μm)の一例である。これらの凹凸は、後述するように、例えばサンドブラスト等の表面処理により、めっき前に対象部材の表面に形成されるものよりも微細であり、かつ高い密度で分布する。
【0033】
多数の凸部31は、複合化クロムめっき物品100において、表面に露出する山状の部位であり、擦り合う(摺動する)相手材との多数の微細な接触面を形成する。ここで、静摩擦係数及び動摩擦係数(以下、これらを区別しないときは単に「摩擦係数」と称する)は、相手材とベースクロムめっき膜3との接触面積が大きくなればなるほど大きくなり、接触面積が小さくなればなるほど小さくなる。複合化クロムめっき膜2では、ベースクロムめっき膜3の凸部31の微細な接触面により、相手材との接触面積を小さくすることができ、摩擦係数を小さくすることができる。また、多数の凸部31により、摺動時に加わる荷重が分散されるので、ベースクロムめっき膜3自体のビッカース硬度が650程度であっても、1kgf以上の荷重を支えることができ、耐摩耗性に優れる。さらに、凸部31が微小であることにより、後述する潤滑剤としてのフッ素樹脂4が容易に行き渡る。
【0034】
多数の凹部30は、多数の凸部31同士の間に形成される、微細な谷状の部位である。凹部30は、後述するフッ素樹脂4を保持する部位であり、多数が分布することにより、個々のサイズが微小でありながら全体として比較的多量のフッ素樹脂4を保持することができる。なお、凹部30は、深さが最大のものであってもその底が対象部材1の表面に達することはない。これにより、複合化クロムめっき物品100は、ベースクロムめっき膜3を貫通して対象部材1に至る経路を有さず、クラック等を介して液体や気体が入り込むことによるさびや腐食が極めて発生し難い。
【0035】
図2Bの断面プロファイルによれば、凹部30の底と凸部31の頂点との高低差は、7μm程度である。発明者の検討によれば、凹部30と凸部31との平均高低差は、1μm以上であることが好ましく、2μm以上であることがより好ましく、10μm以下であることが好ましく、6μm以下であることがより好ましい。なお、上記高低差は、上記レーザー顕微鏡を用いて測定される断面プロファイル(長さ141.617μm)に基づいて特定された凸部31のうち、最も高いものの10点の平均値と、凹部30のうち最も深いもの10点の平均値との差分を算出し、これをベースクロムめっき膜3の無差別に選択された10か所について算出した場合の平均値であるものとする。
【0036】
ベースクロムめっき膜3の厚みは、特に限定されないが、上記の適度な高低差を実現するため、5μm以上であることが好ましく、10μm以上であることがより好ましい。一方、めっき応力による変形、及び荷重印加によるマクロクラック発生を防止する観点からは、100μm以下であることが好ましく、60μm以下であることがより好ましい。なお、ベースクロムめっき膜3の厚みは、対象部材1の表面を基準として、JIS H8501に記載される一般的なめっき膜厚測定法(マイクロメータ、電磁式膜厚計、電解式膜厚計など)により測定される厚みとする。また、ベースクロムめっき膜3の厚みは、複合化クロムめっき膜2の厚みに相当する。
【0037】
<2-2.フッ素樹脂>
フッ素樹脂4は、ベースクロムめっき膜3の凹部30を埋めるようにベースクロムめっき膜3に固着している。フッ素樹脂4は、複合化クロムめっき物品100と相手材との摺動時に、その分子からフッ素原子が分離することで表面への潤滑性を付与し、摩擦係数を低下させる。フッ素樹脂4として用いられる樹脂は、自己潤滑性を有する樹脂であれば特に限定されず、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、及ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)からなる群から選択される。フッ素樹脂4をベースクロムめっき膜3に固着する方法については、後述する。
【0038】
フッ素樹脂4のベースクロムめっき膜3への固着量としては、0.1mg/cm2以上が好ましく、0.15mg/cm2以上がより好ましく、1mg/cm2以下が好ましく、0.5mg/cm2以下がより好ましい。フッ素樹脂4の固着量が上記下限以上であることにより、相手材との接触面に十分な潤滑性が付与される。また、フッ素樹脂4の固着量が上記上限以下であることにより、ベースクロムめっき膜3の凸部31がフッ素樹脂4に埋もれず、複合化クロムめっき膜2の導電性が保たれる。上記フッ素樹脂4の固着量は、電子天秤(メトラー社製、AE200型)により計測される複合化クロムめっき膜2の質量と、フッ素樹脂4の固着前のベースクロムめっき膜3の質量との差から算出することができる。
【0039】
<2-3.複合化クロムめっき膜の詳細>
複合化クロムめっき膜2は、上記ベースクロムめっき膜3の耐摩擦性及び低摩擦係数、ならびにフッ素樹脂4の自己潤滑性を合わせ持ち、繰り返しの摺動や大荷重下での摺動においても優れた摩擦特性を実現することができる。
【0040】
図3Aは、複合化クロムめっき膜2の表面を上記電子顕微鏡により撮像した顕微鏡写真(拡大倍率1000)の一例であり、図3Bは、上記レーザー顕微鏡により計測された複合化クロムめっき膜2の断面プロファイル(長さ141.617μm)の一例である。図3A中、白く撮像された部分は電子を反射しており、非導電性のフッ素樹脂4が存在することを示す。また、図3Bの断面プロファイルによれば、凹凸の平均的な高低差が2~3μm程度となっており、このことからもフッ素樹脂4によりベースクロムめっき膜3の凹部30が埋められていることが確認される。ただし、図2B図3Bの計測箇所は、厳密に同じではない。
【0041】
図4A~Cは、それぞれ複合化クロムめっき膜2の同じ位置について、表面を上記電子顕微鏡により撮像した顕微鏡写真の一例、並びに上記電子顕微鏡のエネルギー分散型X線(EDX)分析装置により取得した、エネルギー分散型X線分析によるフッ素の元素マッピング画像及びクロムの元素マッピング画像の一例(いずれも倍率は3000、分析深さ2μm相当)である。図4B及び図4Cの元素マッピング画像において、白く撮像された部分は、当該元素が多く分布していることを示す。図4Aからは、複合化クロムめっき膜2の表面が帯電しておらず、複合化クロムめっき膜2に導電性があることが確認される。図4B及び図4Cからは、複合化クロムめっき膜2の表面に近いところでは、ベースクロムめっき膜3が露出する量が比較的多い一方で、フッ素樹脂4の量が比較的少ないことが確認される。また、図4Cにおいて白く撮像された部分の周りが図4Bにおいて白く撮像される傾向にあり、凸部31の周りをフッ素樹脂4が取り囲むように位置していることが観察される。
【0042】
複合化クロムめっき膜2において、フッ素樹脂4は、摺動時に凹部30から少しずつ掻き出され、周辺の凸部31に拡散して潤滑性を付与する。上述のように、凹部30と凸部31とは多数が細かく分布しているため、フッ素樹脂4が特定の位置に偏在せず、凸部31全体に届きやすく、潤滑性の付与が効果的に行われる。また、摺動につれて凸部31の先端部がつぶれるように変形すると、凹凸の高低差が小さくなり、フッ素樹脂4がより移動しやすくなる。これにより、大荷重や繰り返しの摺動によってもフッ素樹脂4が枯渇しにくく、表面への供給が維持される。
【0043】
ボールオンプレート式摩擦摩耗試験機(新東科学製、HEIDONトライボギアTYP-38)を用いた摩擦摩耗試験において、複合化クロムめっき膜2と直径10mmの球状(SUJ2製またはアルミナ製)の相手材とを1万回摺動させたときの動摩擦係数は、100gfから1kgfまでの荷重条件下で0.2以下であることが好ましく、0.1以下であることがより好ましい。静摩擦係数についても同様に、上記の荷重条件下で0.2以下であることが好ましく、0.1以下であることがより好ましい。なお、摩擦係数の上記上限は、PTFE平板と同等か、それよりも小さい水準である。さらに、静摩擦係数と動摩擦係数との差が小さいことがより好ましい。なお、上記摩擦摩耗試験は、摺動距離は5mm、摩擦速度は1000mm/分、環境温度は25℃、相対湿度は50%の条件、オイル等の潤滑剤の塗布は一切なし、で行うものとする。
【0044】
[ベースクロムめっき膜の露出面積率]
上述したように、摩擦係数は、相手材とベースクロムめっき膜3との接触面積が小さくなればなるほど小さくなる。発明者の検討によれば、上記の好ましい摩擦係数を実現し、かつ繰り返しの摺動に対して低摩擦係数を維持するためには、複合化クロムめっき膜2表面においてベースクロムめっき膜3が露出する面積の割合(露出面積率)が80%以下であることが好ましく、70%以下であることがより好ましい。相手材が金属である場合、露出面積率が70%を超えるとフッ素樹脂4の供給が不充分となり、ベースクロムめっき膜3と相手材との凝着が発生しやすくなり、80%を超えると凝着がさらに進むと考えられるためである。露出面積率は、上記電子顕微鏡により複合化クロムめっき膜2の表面を撮像した画像から、画像処理ソフトImage-Jを用いて算出することができる。より具体的には、以下の手順で算出することができる。
(1)Image-Jに電子顕微鏡画像を取り込む
(2)スケールバーに基づき、取り込んだ画像上のスケールを設定する
(3)輝度を調整し、画像上で白く現れるベースクロムめっき膜3の部分を強調する
(4)黒白を反転させ、二値化した画像を生成する
(5)二値化画像内で適切な抽出範囲を設定する
(6)抽出範囲からノイズレベルの領域を除去し、Image-Jの機能により、ベースクロムめっき膜3が露出した領域の数および面積を算出する
(7)抽出範囲におけるベースクロムめっき膜3の領域の面積率を算出する
【0045】
[凸部の分布]
また、複合化クロムめっき膜2の表面における凸部31の密度は、1000個/mm2以上であることが好ましく、2000個/mm2以上であることがより好ましい。凸部31は、上記電子顕微鏡により複合化クロムめっき膜2の表面を撮像した顕微鏡写真に基づいて、上記画像処理ソフトにより特定されるベースクロムめっき膜3の部分のうち、直径5μm円形の面積相当以上のものをカウントするものとする。なお、ブラスト処理された対象部材1の表面上に硬質クロムめっきを施し、さらにフッ素樹脂コーティングを行った場合、硬質クロムめっきの凸部の密度は400個/mm2以下となり、本実施形態に係る複合化クロムめっき膜2の凸部31の密度よりも小さいことが、発明者の実験により確認されている。
【0046】
[フッ素/クロム原子比率]
さらに、発明者の検討によれば、上記の好ましい摩擦係数を実現し、かつ繰り返しの摺動に対して低摩擦係数を維持するためには、上記エネルギー分散型X線分析に基づく元素分析において、カウントされるフッ素の原子数Fとクロムの原子数Crとの比率F/Crが、1以上であることが好ましい。ただし、分析深さは2μmとする。F/Crが1以上であると、フッ素樹脂4が凸部31に供給されやすく、凝着が防止される。
【0047】
[厚み]
上記複合化クロムめっき膜2の厚みは、ベースクロムめっき膜3の厚みと同様に、5μm以上であることが好ましく、10μm以上であることがより好ましい。また、100μm以下であることが好ましく、60μm以下であることがより好ましい。
【0048】
[算術平均粗さ]
上記複合化クロムめっき膜2の算術平均粗さRaは、1.0μm以下であることが好ましく、0.9μm以下であることがより好ましく、0.02μm以上であることが好ましく、0.2μm以上であることがより好ましい。この算術平均粗さRaは、上記レーザー顕微鏡により計測された複合化クロムめっき膜2の断面プロファイル(拡大倍率500)に基づいて、複数線粗さ解析により算出される粗さ(評価長さ:275.430μm)である。
【0049】
[十点平均粗さ]
また、上記複合化クロムめっき膜2の上記レーザー顕微鏡により計測された断面プロファイル(拡大倍率500)に基づく十点平均粗さRz-JISは、7.0μm以下であることが好ましく、6.0μm以下であることがより好ましく、0.1μm以上であることが好ましく、0.2μm以上であることがより好ましい。十点平均粗さRz-JISは、JIS B 0601:1994に準拠して算出することができる。
【0050】
<3.複合化クロムめっき膜及び複合化クロムめっき物品の製造方法>
図5は、本実施形態に係る複合化クロムめっき膜2を備える複合化クロムめっき物品100の製造方法を示すフローチャートである。複合化クロムめっき膜2は、クラックフリーのベースクロムめっき膜3の形成工程、及びフッ素樹脂の塗布工程を経ることで、対象部材1上に形成される。以下、これらの工程について説明する。
【0051】
ステップS1では、複合化クロムめっき膜2を形成する対象となる対象部材1を準備する。上述したように、対象部材1は、通常のめっきが可能な金属部材であれば特に限定されない。なお、複合化クロムめっき膜2を形成するための対象部材1の表面は、目的に応じて表面の粗さを調整する加工がなされていてもよいし、特になされていなくてもよい。
【0052】
[クラックフリーベースクロムめっき膜の形成工程]
ステップS2では、対象部材1の表面上にベースクロムめっき膜3を形成する。具体的には、対象部材1をクロムめっき液に浸漬し、対象部材1を陽極にして活性化処理を行った後、対象部材1を負極にして、ベースクロムめっき膜3を形成する。ここで、めっき液の温度は、通常の硬質クロムめっきが得られる温度である40℃~60℃ではなく、35℃以下または70℃以上に調整される。これにより、対象部材1の表面で微粒子を核とするめっき膜が成長し、微小な凹凸を形成し、クラックのないベースクロムめっき膜3が形成される。上記凸部31と同様の方法を用い、ベースクロムめっき膜3の表面を撮像した電子顕微鏡画像(拡大倍率3000~5000)に基づいて計測される微粒子は、直径0.1μm以上のものを含むことが好ましく、0.2μm以上のものを含むことがより好ましく、2μm以下のものを含むことが好ましく、1μm以下のものを含むことがより好ましい。
【0053】
ステップS3では、ステップS2で形成されたベースクロムめっき膜3の部分を希硫酸に30秒~2分間浸漬した後、水洗し、乾燥する。これにより、ベースクロムめっき膜3のめっき液による薄い酸化層が除去され、ベースクロムめっき膜3の表面がより活性化する。なお、ステップS3は省略されてもよい。
【0054】
ステップS4では、ベースクロムめっき膜3の表面に、複合化クロムめっき膜2のフッ素樹脂4を形成するフッ素樹脂の粉体、その分散液またはコロイド(以下、まとめて「フッ素樹脂材料」と称する)を塗布する。塗布方法は特に限定されないが、一般的なハケ、ヘラ、ローラーを用いて塗布することもできるし、流し塗り、スプレー塗布することもできる。フッ素樹脂の粉体の平均粒子径は、0.1μm以上、5μm以下とすることができる。
【0055】
ステップS5では、フッ素樹脂材料の塗布後、表面に過剰に付着したフッ素樹脂材料を除去する。除去方法は特に限定されないが、例えばブラシ、スポンジ、ウエス等を用いることができる。これにより、ベースクロムめっき膜3の凸部31の先端が表面に露出し、複合化クロムめっき膜2における電気伝導性が確保される。
【0056】
ステップS6では、フッ素樹脂塗布済みのベースクロムめっき膜3及び対象部材1を一定温度環境下に静置して熱処理し、フッ素樹脂材料をベースクロムめっき膜3上で固化させ、ベースクロムめっき膜3に固着させる。熱処理温度は、フッ素樹脂材料の固化を確実に行う観点から200℃以上であることが好ましく、フッ素樹脂材料の分解を抑止する観点から300℃以下であることが好ましい。また、熱処理時間はフッ素樹脂材料の固化を確実に行う観点から、1時間以上であることが好ましい。熱処理後、ベースクロムめっき膜3に固着しなかった過剰なフッ素樹脂を表面から除去する。除去方法は特に限定されないが、例えばブラシ、スポンジ、ウエス等を用いることができる。これにより、複合化クロムめっき膜2が形成された複合化クロムめっき物品100が得られる。
【0057】
<4.特徴>
(1)本実施形態に係る複合化クロムめっき物品100は、ベースクロムめっき膜3の多数の微細な凹凸により耐摩擦性及び低摩擦係数が実現されるとともに、凹凸に保持されるフッ素樹脂4による自己潤滑性を発揮することができる。ベースクロムめっき膜3の凹凸は、ベースクロムめっき膜3の形成工程において、微粒子を核として成長する。従って、対象部材1の表面粗さを調整した場合よりも密度が高く、かつ微小なサイズの凹凸を、ベースクロムめっき膜3全体に容易に形成することができる。これにより、クラック内に集中するフッ素樹脂が表面に行き渡らず、潤滑性が充分に発揮されないという事態が回避される。加えて、摺動時に摩耗粉が発生した場合、これが多数の凹部30に吸収されるので、摩耗粉により相手材を損傷させることが抑制される。また、ベースクロムめっき膜3では、フッ素樹脂4が多数の微小な凹部30に分散されて保持され、摺動を繰り返すにつれて凸部31で消費される。このため、ベースクロムめっき膜の表面にフッ素樹脂が偏在し、摺動初期にその大部分が剥がれてしまうことがなく、自己潤滑作用が長持ちする。
【0058】
(2)本実施形態に係るベースクロムめっき膜3は、クラックフリーである。これにより、クラックにコーティング剤を埋め込んだめっき物品と比較して、クラックのエッジが露出し、相手材に大きなダメージを与えることや、クラックを介して対象部材1に腐食やさびが生じることが回避される。また、エッチング等による従来のクラック拡張では、めっき膨れが生じたり、摺動時の荷重耐性が悪化したりすることがある。この点、本実施形態に係る複合化クロムめっき物品100は、クラックの拡張の必要がなく、上記のような問題が生じない。
【0059】
(3)低摩擦を発揮するものとしては、PTFE樹脂をめっき皮膜に共析させた分散複合めっきがある。分散複合めっきの摩擦係数は、初期摺動時は低いが、摺動回数が増えると0.3程度へ増加する欠点がある。この理由は、分散めっきではPTFE樹脂の粒子は、めっき層内に埋め込まれていること、粒子が孤立していること、樹脂の粒子と粒子の間がそれなりに離れているためである。摺動初期には、表面に露出したPTFE微粒子の作用で低摩擦は発揮できるが、表面のPTFE樹脂がなくなると、分散複合めっき金属の摩耗が起こるようになる。これが摩耗されると、めっき膜に埋め込まれたPTFE樹脂が表面に現れ、それが潤滑をもたらす。つまり、分散複合めっきの摺動では、PTFE樹脂による潤滑→PTFE欠如→めっき膜摩耗→PTFE粒子露出→PTFE樹脂による潤滑、を繰り返しており、膜が摩耗することで摩擦特性が発揮される。このため摩擦係数は、PTFE樹脂や本発明のものより高い。PTFE25-30VOL%複合無電解Niめっき製品(カニフロン-A(登録商標)、日本カニゼン社製)を用いて、摩耗条件が厳しい、SUJ2球、荷重1kgfの摺動条件で後述する実施例と同様の実験を行った場合は、わずか1299回で焼き付くことが発明者により確認されている。
【実施例
【0060】
以下、本発明を適用した具体的な実施例について、実験結果をもとに詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0061】
実施例1~6に係る複合化クロムめっき膜、及び比較例2~7に係るクロムめっき膜または複合化クロムめっき膜を対象部材上に作製した。また、比較例1は参考として、厚さ2mmのポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の市販の平板とした。各例の詳細は後述するが、比較例2は硬質クロムめっき膜、比較例3はクラック拡張クロムめっき膜にフッ素樹脂をコーティングした複合化クロムめっき膜、比較例4は表面にブラスト加工がなされた対象部材へのクラック拡張クロムめっき膜をベースとしてフッ素樹脂をコーティングした複合化クロムめっき膜、比較例5は表面にブラスト加工がなされた対象部材への硬質クロムめっき膜をベースとしてフッ素樹脂をコーティングした複合化クロムめっき膜である。
【0062】
実施例1~6の複合化クロムめっき膜のベースクロムめっき膜、比較例2の硬質クロムめっき膜、及び比較例3~5の複合化クロムめっき膜のベースクロムめっき膜の生成条件として、下記条件を採用した。対象部材としては、ステンレス板を用いた。クロムめっき液には一般的なクロム酸-硫酸浴(クロム酸250g/L、硫酸2.5g/L)を用いた。実施例1~6及び比較例2~7についてのめっき液温度、希硫酸への浸漬時間は、以下の表1に示すとおりである。さらに、得られた硬質クロムめっき膜またはベースクロムめっき膜のビッカース硬度、算術平均粗さRa及び十点平均粗さRz-JISを表1にそれぞれ示す。算術平均粗さRa及び十点平均粗さRz-JISは、上記レーザー顕微鏡による断面プロファイルに基づいて算出した(評価長さは275.430μm)。比較例3及び4については、測定箇所に拡張されたクラックの部分が含まれており、十点平均粗さRz-JISがこれを反映して比較的大きいことが確認された。また、対象部材の表面がブラスト加工された比較例4及び5については算術平均粗さRaが比較的大きいことが確認された。
【表1】
【0063】
また、実施例1~6及び比較例1~7に係るクロムめっき膜または複合化クロムめっき膜の膜厚、算術平均粗さRa、十点平均粗さRz-JIS及び上記エネルギー分散型X線分析に基づくF/Cr比を以下の表2に示す(比較例2の算術平均粗さRa及び十点平均粗さRz-JISは表1と同じである)。なお、比較例1については、めっきの膜厚ではなく平板の厚みが表2に示されている。表2に示すように、算術平均粗さRa及び十点平均粗さRz-JISは、上記レーザー顕微鏡による断面プロファイルに基づいて算出した(評価長さは275.430μm)。実施例1~6に係る複合化クロムめっき膜では、ベースクロムめっき膜よりも算術平均粗さRa及び十点平均粗さRz-JISがともに小さくなり、ベースクロムめっき膜の凹部がフッ素樹脂により埋められたことが確認された。また、実施例1~6に係る複合化クロムめっき膜の算術平均粗さRa及び十点平均粗さRz-JISは、比較例1(PTFE平板)及び比較例2(光沢クロムめっき)よりも大きく、ベースクロムめっき膜とフッ素樹脂とで微細な凹凸が形成されていることが伺えた。比較例4及び5に係る複合化クロムめっき膜では、対象物品へのブラスト加工により他の例と比較してうねりが大きいことが観察され、また算術平均粗さRaが比較的大きくなった。
【表2】
【0064】
<実験1>
ボールオンプレート式摩擦摩耗試験機(新東科学製、HEIDONトライボギアTYP-38)を用いた実施例1~6及び比較例1~5の摩擦摩耗試験の結果を表3及び表4に示す。表3は、相手材ボールとして直径10mmの鉄球(SUJ2製)を用い、表4は、直径10mmのセラミック球(アルミナ製)を用いた場合の結果である。
【表3】
【表4】
【0065】
上記摩擦摩耗試験は、ボールへの荷重100gf、300gf、500gf、1kgfで、摺動距離5mm、摩擦速度1000mm/分とし、25℃、相対湿度50%、オイル等の潤滑剤の塗布は一切なし、の条件下で行った。表3及び表4に示す摩擦係数は、各荷重条件下で1万回摺動を行ったときに計測された動摩擦係数及び静摩擦係数の最大値である。ただし、荷重条件により摺動の途中で計測不可となった場合があり、その場合はその時点の摺動回数が示されている。さらに、実施例1~6及び比較例3~5については、各荷重条件下で1万回摺動を行った後、EDX分析装置付き走査型電子顕微鏡(日本電子製JCM-6000)によりめっき面の表面画像を取得した。取得した表面画像から、画像処理ソフトImage-Jを使用した上記方法に基づき、クロムめっき露出面積率及び凸部(直径5μm円の面積相当以上)の個数を算出した(表3及び表4の「Crめっき面積率」及び「φ5μm以上Cr山数」)。また、実施例1~6及び比較例1~5について、レーザー顕微鏡(キーエンス製レーザー顕微鏡VK-160)で摩耗断面積を、それぞれ計測した(表3及び表4の「摩耗断面積」)。以下、実施例1~6及び比較例1~5について詳細に説明する。
【0066】
(実施例1)
対象部材を一般のアルカリ性脱脂液に浸漬し、付着した油の脱脂を行った後、液温35℃のクロムめっき液に対象部材を浸漬した。次に、通常のクロムめっき操作と同様に、アノード処理25A/dm2、30秒間の活性化処理を施した。続いて、電源極性を反転し、対象部材を陰極として電流密度25A/dm2、処理時間60分間の電解を行い、微粒子からなるベースクロムめっき膜を対象部材上に形成した。めっき工程の終了後、対象部材をめっき液から引き上げ、水洗した後、表面のクロム不動態膜を除去するために希硫酸に70秒間浸漬し、水洗後に乾燥した。その後、ベースクロムめっき膜に対し、フッ素樹脂粉末を塗布した。塗布後、200℃で、約1時間熱処理し、粉末樹脂を固着させることにより、厚さ16μmの複合化クロムめっき膜を得た。
【0067】
実施例1に係るベースクロムめっき膜及び複合化クロムめっき膜の表面を、上記走査型電子顕微鏡で撮像すると、図2A及び図3Aに示す顕微鏡写真が得られた。ベースクロムめっき膜(図2A)は、灰色外観であり、直径0.1~2μmの微粒子を含み、凹凸がある山谷を形成している。複合化クロムめっき膜(図3A)では、ベースクロムめっきの凹部にPTFE樹脂が埋め込まれている様子が観察された。
【0068】
また、実施例1に係るベースクロムめっき膜及び複合化クロムめっき膜の断面プロファイルを上記レーザー顕微鏡で計測すると、上述した図2B及び図3Bに示す結果が得られた。上述したように、ベースクロムめっきは、平均的な高低差約7μmの山谷状に構成されている(図2B)。一方、複合化処理後の断面プロファイル(図3B)における平均的な高低差は約2~3μmで、ベースクロムめっきの凹部2~3μm相当がフッ素樹脂で埋められており、ベースクロムめっき面に固定された複合化クロムめっき膜が形成されていることが確認された。なお、上述した図4A~4Cも、実施例1に係るベースクロムめっき膜及び複合化クロムめっき膜について取得された画像である。
【0069】
表3に示すように、実施例1に係る複合化クロムめっき物品では、鉄球との摺動において、100gfから1kgfまでの荷重で動摩擦係数が0.13以下、静摩擦係数が0.14以下であった。参考までに、横軸を摺動回数、縦軸を摩擦係数とする、各荷重の動摩擦係数のグラフを図6Aに、静摩擦係数のグラフを図6Bに示す。これらのグラフから分かるように、荷重を増加させても動摩擦係数及び静摩擦係数がほとんど増加せず、低い水準で維持されることが確認された。また、各荷重条件下で1万回の摺動を行った後、複合化クロムめっき物品及び鉄球の摩耗痕の断面プロファイルに基づき、摩耗断面積をそれぞれ算出した。摩耗断面積は、摩耗により部材が擦り減った度合いを表し、値が大きいほど損傷が大きく、小さいほど損傷が小さいことを示す。表3に示すように、摩耗断面積は、鉄球側においても、複合化クロムめっき物品(面)側においても、比較例2~5と比較して小さくなった。参考までに、横軸を荷重、縦軸を摩耗断面積とする、摩耗断面積の荷重依存性を示すグラフを図7に示す。図7より、荷重が増えるにつれ、鉄球の摩耗断面積が増えていくことが確認された。
【0070】
また、表4に示すように、セラミック球との摺動においても、荷重を100gfから1kgfまで増加させても動摩擦係数及び静摩擦係数がほとんど増加せず、0.2以下の低水準を維持した。これは比較例1と概ね同様の水準であり、フッ素樹脂の潤滑性が繰り返しの摺動あるいは大荷重下での摺動においても発揮されていることが推察される。摩耗断面積は、セラミック球側においても、複合化クロムめっき物品(面)側においても、比較例2~5と比較して小さくなった。これにより、実施例1に係る複合化クロムめっき物品によれば、大荷重や繰り返しの摺動に対しても低摩擦係数及び耐摩耗性が維持されること、並びに相手材への攻撃性が低減されることが確認された。
【0071】
(実施例2)
ベースクロムめっき時の浴温を20℃とした以外は実施例1と同様の操作を行い、実施例2に係る複合化クロムめっき物品を得た。図8は、上記の走査型電子顕微鏡で撮像した実施例2に係る複合化クロムめっき物品の断面である(拡大倍率500)。図8から、ベースクロムめっきは表面に細かい凹凸を有し、凹部にフッ素樹脂が固着している様子が確認できる。また、ベースクロムめっきにクラックが生じていないことが確認できる。なお、他の実施例に係る複合化クロムめっき物品についても、これと同様に細かい凹凸が形成されていることと、クラックが生じていないこととが確認された。表3に示すように、鉄球との摺動では、荷重1kgfでは、摺動が9000回までは動摩擦係数は0.2以下を示したが、9052回を超えると力量計が1kgfを超え、計測不可となった。しかし、荷重500gfまでは動摩擦係数及び静止摩擦係数がともに0.2以下の低水準で維持され、摩耗断面積は、比較例2~5と比較すると特に鉄球側において小さくなった。また、表4に示すように、セラミック球との摺動では、荷重を100gfから1kgfまで増加させても動摩擦係数及び静摩擦係数が0.2以下の低水準を維持した。さらに、摩耗断面積は、セラミック球側においても、複合化クロムめっき物品(面)側においても、比較例2~5と比較して小さくなった。
【0072】
(実施例3)
ベースクロムめっき時の浴温を20℃とし、希硫酸への浸漬時間を50秒とした以外は実施例1と同様の操作を行い、実施例3に係る複合化クロムめっき物品を得た。表3に示すように、鉄球との摺動では、荷重1kgfでは、摺動が2400回までは動摩擦係数0.2以下を示したが、摺動が3052回を超えると力量計のレンジ1kgfを超え、計測不可となった。しかし、荷重500gfでは動摩擦係数及び静止摩擦係数がともに0.2以下の低水準で維持され、摩耗断面積は、比較例2~5と比較すると、特に鉄球側において小さくなった。また、表4に示すように、セラミック球との摺動では、荷重1kgfで動摩擦係数及び静摩擦係数が0.2となった。さらに、摩耗断面積は、セラミック球側においても、複合化クロムめっき物品(面)側においても、比較例4及び5と比較して小さくなった。
【0073】
(実施例4)
ベースクロムめっき時の浴温を20℃とし、希硫酸への浸漬時間を90秒とした以外は実施例1と同様の操作を行い、実施例4に係る複合化クロムめっき物品を得た。表3に示すように、鉄球との摺動では、荷重1kgfでは、摺動が6500回で動摩擦係数0.2を超え、1万回後に0.4に至った。しかし、荷重500gfでは動摩擦係数及び静止摩擦係数がともに0.2以下となり、摩耗断面積は、特に鉄球側において、比較例2~5と比較して小さくなった。また、表4に示すように、セラミック球との摺動では、荷重1kgfで動摩擦係数及び静摩擦係数が0.2以下となった。さらに、摩耗断面積は、セラミック球側においても、複合化クロムめっき物品(面)側においても、比較例4及び5と比較して顕著に小さくなった。
【0074】
(実施例5)
ベースクロムめっき時の浴温を20℃、電解時間を20分とし、希硫酸への浸漬を省略した以外は実施例1と同様の操作を行い、実施例5に係る複合化クロムめっき物品を得た。表3に示すように、鉄球との摺動では、荷重1kgfで動摩擦係数及び静止摩擦係数がともに0.2以下となり、摩耗断面積は、比較例6と比較して顕著に小さくなった。また、表4に示すように、セラミック球との摺動でも、荷重1kgfで動摩擦係数及び静摩擦係数が0.2以下となった。さらに、摩耗断面積は、セラミック球側においても、複合化クロムめっき物品(面)側においても、比較例4及び5と比較して顕著に小さくなった。
【0075】
(実施例6)
ベースクロムめっき時の浴温を70℃、電流密度を30A/dm2、電解時間を5時間とした以外は実施例1と同様の操作を行い、実施例6に係る複合化クロムめっき物品を得た。表3に示すように、鉄球との摺動では、荷重1kgfで動摩擦係数及び静止摩擦係数がともに0.2以下であり、摩耗断面積は、比較例5と比較して顕著に小さくなった。また、表4に示すように、セラミック球との摺動でも、荷重1kgfで動摩擦係数及び静摩擦係数が0.2以下となり、摩耗断面積は、セラミック球側においても、複合化クロムめっき物品(面)側においても、比較例4及び5と比較して顕著に小さくなった。
【0076】
(比較例1)
表3及び4から分かるように、鉄球との摺動においても、セラミック球との摺動においても、摩擦係数は比較的低いが、実施例1~6に係る複合化クロムめっきの摩擦係数0.2以下より、いずれも高い。これは、PTFE樹脂が柔らかく印加した荷重に耐えられず、摺動の初期に大きな変形を受けたことに由来して相手球との接触面が増加し、これに伴って摩擦抵抗力が増加したためであると考えられる。比較例1に係る平板では、いずれの荷重条件下においても、1万回の摺動後における摩耗断面積は著しく大きく、摺動で容易に摩耗していくことが確認された。
【0077】
(比較例2)
一般的な工業用クロムめっき条件(液温50℃)で光沢クロムめっきを施して作製した光沢クロムめっき物品である。表3及び4から分かるように、鉄球との摺動及びセラミック球との摺動において、いずれの条件下でも動摩擦係数が0.3以上となった。特に、鉄球との摺動においては、クロムめっき膜面への鉄の凝着摩耗が生じており、動摩擦係数が摺動時に大きく変動し、鉄球の摩耗損傷が著しく大きいことが確認される。また、荷重1kgfでは、鉄球との摺動15回、セラミック球との摺動8回で力量計のレンジ1kgfを超え、焼き付きが生じた。
【0078】
(比較例3)
通常のクロムめっき条件(液温50℃)にて光沢クロムめっきを40μmの膜厚で施し、その後クロムめっきをエッチングして、そのクラック幅を2μm程度に拡張させ、そのめっき面に、フッ素樹脂塗布を行い、比較例3に係るクロムめっき物品(特許文献3に開示のめっき物品を再現)を作製した。図9Aは、上記レーザー顕微鏡により撮像(拡大倍率500)した比較例3に係る複合化クロムめっき物品の表面であり、ベースクロムめっきの拡張されたクラックが確認できる。荷重条件によっては摺動初期に0.1~0.15の低い動摩擦係数を示したが、摺動回数が増加すると急に動摩擦係数の上昇が見られ、最終的には表3に示すように、いずれの条件下においても比較例2(光沢クロムめっき)に近い値へと増加した。また、表4に示すように、セラミック球との摺動においても動摩擦係数は実施例1~6よりも大きくなった。なお、荷重1kgfにおいては、鉄球との摺動が965回で、セラミック球との摺動が242回で力量計のレンジ1kgfを超え、計測不可となった。また、摺動後における鉄球の摩耗断面積が実施例1~6と比較して大きくなった。セラミック球との摺動では、摩耗断面積がセラミック球とめっき面との双方で実施例1~6よりも大きくなり、大きな摩耗損傷が確認された。
【0079】
(比較例4)
めっき素地となる対象部材の表面に対してブラスト処理(砥粒180番)を施し、凹凸面にした後、通常の光沢クロムめっきを膜厚50μmとなるように施し、その後エッチング液にてクラック幅を2μm程度に拡張した後のクロムめっき表面にフッ素樹脂を塗布し、充分に固化させて比較例4に係るクロムめっき物品を作製した。図9Bは、上記レーザー顕微鏡により撮像(拡大倍率500)した比較例4に係る複合化クロムめっき物品の表面であり、ベースクロムめっきの拡張されたクラックが確認できる。鉄球との摺動において、摺動初期には荷重に関わらず0.1程度の低い動摩擦係数を示したが、摺動回数が増加するにつれて動摩擦係数が上昇し、最終的には表3に示すように、いずれの条件下においても比較例2と同程度へ増加した。また、鉄球との摺動では、荷重1kgfにおいては、摺動が1350回で0.2を超え、上昇しつづけ、摺動が9412回で力量計のレンジ1kgfを超え、計測不可となった。その他の荷重条件下では、摺動後の鉄球の摩耗断面積が実施例1~6と比較して著しく大きくなった。また、表4に示すように、セラミック球との摺動においても実施例1~6と比較して動摩擦係数が大きくなり、セラミック球及びめっき面の双方で実施例1~6よりも摩耗断面積が大きくなった。
【0080】
(比較例5)
鉄素地に対してブラスト処理(砥粒180番)を施して凹凸面を形成した後に、通常の光沢クロムめっきを膜厚43μmとなるように施し、その表面にフッ素樹脂を塗布し、充分に固化させて比較例5に係るクロムめっき物品を作製した。図9Cは、上記レーザー顕微鏡により撮像(拡大倍率500)した比較例5に係る複合化クロムめっき物品の表面であり、ブラスト処理による粗い立体形状と、ベースクロムめっきのクラックが確認できる。鉄球との摺動において、摺動初期には0.1程度の低い動摩擦係数を示したが、摺動回数が増加するにつれて動摩擦係数が上昇していき、最終的には表3に示すように、いずれの条件下においても実施例1~6よりも大きくなった。特に、鉄球との荷重1kgfにおいての摺動では、摺動が600回で0.2を超え、徐々に増加した。摺動後の鉄球の摩耗断面積が実施例1~6と比較して著しく大きくなった。また、表4に示すように、セラミック球との摺動においても実施例1~6と比較して動摩擦係数が大きくなり、セラミック球及びめっき面の双方で実施例1~6よりも摩耗断面積が大きくなった。
【0081】
<実験2>
上記ボールオンプレート式摩擦摩耗試験機を用いて、実施例2~4に係る複合化クロムめっき物品と上記鉄球とを、荷重1kgfで摺動させた。摺動の途中で上記走査型電子顕微鏡により表面の状態を撮像した画像に基づき、上記実施形態に係る方法でベースクロムめっきの露出面積率を算出した。表面撮像時の動摩擦係数と露出面積率(クロム面積率)とをグラフにプロットすると、図10のようになった。図10の結果によれば、露出面積率が70%前後で動摩擦係数が増加し、80%を超えると急激に増加する傾向にあることが確認された。このため、上記実施形態に係る複合化クロムめっき物品において、大荷重下でも動摩擦係数を0.2以下とするためには、露出面積率が80%以下であることが好ましく、70%以下であることがより好ましいということが確認された。
【0082】
また、実施例2~4に係る複合化クロムめっき物品について、摺動の途中で上記走査型電子顕微鏡により表面の状態を撮像した画像に基づき、上記実施形態に係る方法でベースクロムめっきの(直径5μm円の面積相当以上の)凸部の数(山の数)をカウントした。表面撮像時の動摩擦係数と凸部の密度(山密度)とをグラフにプロットすると、図11のようになった。図11には、参考のために比較例4及び5について同様の実験を行ったときのデータもプロットした。比較例4及び5では、実施例よりも観察される山のサイズが大きかったが、山密度は100~400個/mm2程度となり、実施例の凹凸とはサイズ及び密度の点で異なっていた。図11の結果から、山密度が2000個/mm2以上で動摩擦係数が0.15未満となり、山密度が1000個/mm2以上、2000個/mm2未満で動摩擦係数が0.2以下となり、1000個/mm2未満で動摩擦係数が増加し始める傾向にあることが確認された。このため、上記実施形態に係る複合化クロムめっき物品において、大荷重下でも動摩擦係数を小さくするためには、凸部密度が大きいことが好ましく、具体的には1000個/mm2以上であることが好ましく、2000個/mm2であることがより好ましいことが確認された。
【0083】
さらに、実施例2~4に係る複合化クロムめっき物品について、摺動の途中で上記走査型電子顕微鏡のEDX分析により、表面から2μm相当の深さにおけるフッ素原子とクロム原子の存在比率F/Crを計測した。EDX分析時の動摩擦係数とF/Crとをグラフにプロットすると、図12のようになった。図12の結果によれば、F/Crが2以上で動摩擦係数が0.1以下となり、F/Crが1未満となると動摩擦係数が急激に上昇することが確認された。これにより、大荷重下でも動摩擦係数を小さくするためには、F/Crが1以上であることが好ましいことが確認された。
【符号の説明】
【0084】
1 対象部材
2 複合化クロムめっき膜
3 ベースクロムめっき膜
4 フッ素樹脂
30 凹部
31 凸部
100 複合化クロムめっき物品
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9A
図9B
図9C
図10
図11
図12