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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-18
(45)【発行日】2024-07-26
(54)【発明の名称】シール構造
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/26 20060101AFI20240719BHJP
   F16J 15/3292 20160101ALI20240719BHJP
【FI】
F16J15/26
F16J15/3292
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2022512138
(86)(22)【出願日】2021-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2021012995
(87)【国際公開番号】W WO2021200696
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-09-26
(31)【優先権主張番号】P 2020065182
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(ACCEL)「濃厚ポリマーブラシのレジリエンシー強化とトライボロジー応用」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000101879
【氏名又は名称】イーグル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】細沼 慎正
(72)【発明者】
【氏名】瀧ヶ平 宜昭
(72)【発明者】
【氏名】福原 拓人
(72)【発明者】
【氏名】橋本 孝誠
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 望
【審査官】羽鳥 公一
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-108476(JP,A)
【文献】特表2014-514517(JP,A)
【文献】特開2002-022026(JP,A)
【文献】実開昭59-058253(JP,U)
【文献】実開昭61-075556(JP,U)
【文献】米国特許第05165699(US,A)
【文献】特開2017-007381(JP,A)
【文献】国際公開第2018/198876(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/199181(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/16-15/32
F16J 15/324-15/3296
F16J 15/46-15/53
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングに設けられた開口部と該開口部に挿通された軸部材との間を密封するシール構造であって、
前記軸部材と前記ハウジングとの間に設けられ、前記軸部材が挿設される軸孔を有し、軸方向及び/または周方向に相対移動可能な筒状のブッシュと、該ブッシュにおける軸方向の一方側の端面に対向する対向面を有する受圧部材と、前記ブッシュを前記受圧部材に軸方向の他方側から押圧する弾性部材と、を備え、
前記軸部材の外周面と、前記ブッシュにおける前記軸孔の内周面との間に第1のコーティング層が設けられ、
前記ブッシュにおける軸方向の一方側の端面と、前記受圧部材における前記対向面との間に第2のコーティング層が形成されており、
前記第1のコーティング層及び前記第2のコーティング層が、液体物質で膨潤されている、シール構造。
【請求項2】
ハウジングに設けられた開口部と該開口部に挿通された軸部材との間を密封するシール構造であって、
前記軸部材と前記ハウジングとの間に設けられ、前記軸部材が挿設される軸孔を有し、軸方向及び/または周方向に相対移動可能な筒状のブッシュと、該ブッシュにおける軸方向の一方側の端面に対向する対向面を有する受圧部材と、前記ブッシュを前記受圧部材に軸方向の他方側から押圧する弾性部材と、を備え、
前記軸部材の外周面と、前記ブッシュにおける前記軸孔の内周面との間に第1のコーティング層が設けられ、
前記ブッシュにおける軸方向の一方側の端面と、前記受圧部材における前記対向面との間に第2のコーティング層が形成されており、
前記開口部を取り囲む前記ハウジングの内面領域と、前記ブッシュにおける軸方向の一方側の端面との間に、平板状のリング部材が介在しており、
当該リング部材が、前記受圧部材を構成しており、
前記ハウジングの前記内面領域と、前記リング部材と、の間に、さらにリング部材用弾性部材が介在しており、
当該リング部材用弾性部材が、前記リング部材を前記ブッシュに軸方向の一方側から押圧している、シール構造。
【請求項3】
ハウジングに設けられた開口部と該開口部に挿通された軸部材との間を密封するシール構造であって、
前記軸部材と前記ハウジングとの間に設けられ、前記軸部材が挿設される軸孔を有し、軸方向及び/または周方向に相対移動可能な筒状のブッシュと、該ブッシュにおける軸方向の一方側の端面に対向する対向面を有する受圧部材と、前記ブッシュを前記受圧部材に軸方向の他方側から押圧する弾性部材と、を備え、
前記軸部材の外周面と、前記ブッシュにおける前記軸孔の内周面と、の少なくともいずれか一方に第1のコーティング層が設けられ、
前記ブッシュにおける軸方向の一方側の端面と、前記受圧部材における前記対向面と、の少なくともいずれか一方に第2のコーティング層が形成されており、
前記弾性部材が、前記開口部のうちの軸方向の他方側の開口部を取り囲む前記ハウジングの内面領域と、前記ブッシュにおける軸方向の他方側の端面との間に介在している、シール構造。
【請求項4】
ハウジングに設けられた開口部と該開口部に挿通された軸部材との間を密封するシール構造であって、
前記軸部材と前記ハウジングとの間に設けられ、前記軸部材が挿設される軸孔を有し、軸方向及び/または周方向に相対移動可能な筒状のブッシュと、該ブッシュにおける軸方向の一方側の端面に対向する対向面を有する受圧部材と、前記ブッシュを前記受圧部材に軸方向の他方側から押圧する弾性部材と、を備え、
前記軸部材の外周面と、前記ブッシュにおける前記軸孔の内周面との間に第1のコーティング層が設けられ、
前記ブッシュにおける軸方向の一方側の端面と、前記受圧部材における前記対向面との間に第2のコーティング層が形成されているシール構造
を有するシールユニットを、1本の軸部材に対して、1つの前記ハウジングを共有するように複数個、軸方向において並列に備える、シール構造。
【請求項5】
前記開口部を取り囲む前記ハウジングの内面領域が、前記受圧部材における前記対向面を構成している、請求項に記載のシール構造。
【請求項6】
前記弾性部材が、その伸縮方向の一端側で前記ブッシュと接続され、他端側で前記ハウジングの内面と接続されている、請求項に記載のシール構造。
【請求項7】
複数個の前記シールユニットのうち、隣り合う少なくとも一組のシールユニットの向きが、軸方向において反転状態である、請求項に記載のシール構造。
【請求項8】
前記ハウジングが、軸方向の対向する位置に、前記軸部材が貫通する一対の貫通孔を有し、
前記シールユニットの個数が2個であり、
前記貫通孔の内の一方の貫通孔が、前記一組のシールユニットの内の一方のシールユニットにおける開口部となり、他方の貫通孔が、他方のシールユニットにおける開口部となる、請求項に記載のシール構造。
【請求項9】
前記ハウジングが、その軸方向の中央で、内周面から前記軸部材に向けて突出する突出部を備え、
前記2つのシールユニットにおいて、前記突出部におけるそれぞれの前記シール構造側の面と、それぞれの前記ブッシュにおける前記突出部に対向する端面と、の間に、それぞれの前記弾性部材が介在している、請求項に記載のシール構造。
【請求項10】
前記2つのシールユニットにおいて、それぞれの前記弾性部材が、その伸縮方向の一端側でそれぞれの前記ブッシュと接続され、他方側で前記突出部と接続されている、請求項に記載のシール構造。
【請求項11】
複数個の前記シールユニットのうち、隣り合う少なくとも一組のシールユニットの向きが、軸方向において同じである、請求項に記載のシール構造。
【請求項12】
複数個の前記シールユニットのうち、何れか1個のシールユニットにおける軸方向の一方側の隣に、他のシールユニットがある、請求項に記載のシール構造。
【請求項13】
前記ハウジングの内部空間に、前記複数のシールユニットにおける前記第1のコーティング層及び前記第2のコーティング層を膨潤させる液体物質が充填されている、請求項4または請求項7~12のいずれかに記載のシール構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シール構造に関する。
【背景技術】
【0002】
シール構造は、機械などの内部から液体や気体が外部に漏れ出ることを防止する働きと、外部から塵埃等が機械などの内部に侵入することを防止する働きとを有する。このようなシール構造は、大きく分けると、オイルシール及びメカニカルシールなどの動的シールと、ガスケットのような静的シール(固定用シール)に分けることができる。
【0003】
動的シールにおいては、摺動面での密封と潤滑とを両立させる必要がある。摺動面において優れた密封性と潤滑性とを実現できる技術として、特許文献1に記載の技術がある。特許文献1では、メカニカルシールの摺動面にポリマーブラシ層を設けることで、シールの両側における差圧環境下や異なる気体の環境下等、異なる環境間の境界で回転運動をさせた際の密封性向上と、境界・混合潤滑域での低摩擦性とを実現できることが示されている。
【0004】
しかし、特許文献1に記載のシール構造では、特許文献1の図2に記載されている通り、例えば、差圧環境下における密封状態での回転運動時に、差圧による荷重を受ける面と回転運動時の摺擦面(メイティングリング24(シール部材1)とシールリング25(シール部材2)との接触面)とが平行であり、受けた荷重が当該摺擦面にそのまま作用する。そのため、ポリマーブラシ層に継続的に荷重(接触荷重)がかかることになり、ポリマーブラシ層の摩耗が促進される懸念がある。ポリマーブラシ層の摩耗の促進は、差圧環境下における密封状態での回転運動時において顕著であるが、異なる気体の環境下における密封状態での回転運動時においても見られるものである。ポリマーブラシ層が摩耗すると、密封性向上及び低摩擦性の効果を実現することができなくなる。
【0005】
一方.特許文献2には、特許文献2の図1及び図2に記載されている通り、ブッシュ(Ring specimen 2)における軸孔の内周面と摺擦するシャフト(軸部材、Rod specimen 3)の外周面にポリマーブラシ層が形成され、この摺擦面により、密封性向上及び低摩擦性の効果を実現する技術が開示されている。特許文献2に記載のシール構造では、シャフトの外周面及びブッシュにおける軸孔の内周面が往復摺動する際の密封性向上及び低摩擦性の効果が実現されることについて示されている。このとき、ポリマーブラシ層が形成された面とブッシュに対するシャフトの往復摺動方向は平行であり、ポリマーブラシ層に対して垂直方向などの荷重(接触荷重)が継続的にかかることはない。
【0006】
しかし、特許文献2には、ブッシュに対してシャフトが回転することについて言及はない。特許文献2に記載のシール構造をブッシュに対してシャフトが回転する構成に適用した場合には、ブッシュに対してシャフトが偏心することによる密封性の低下や摩擦の増大による摩耗といった懸念がある。
【0007】
以上の2つの先行技術によれば、シャフトの回転及び往復のいずれかの運動形態にのみ適用可能であり、シャフトの回転と往復動を同時に伴うような構造のシール(半導体製造装置の真空シール等)について満足な密封性向上及び低摩擦性の効果を長期的に実現することは、困難であった。
なお、シャフトの往復動無しで回転のみ、あるいは、回転運動無しでシャフトの往復動のみ、の運動形態であっても、より一層優れた密封性向上及び低摩擦性の効果を実現することが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2018/198876号
【文献】国際公開第2018/199181号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、本発明は、上記課題を解決することを1つの目的としてなされたものであり、軸部材(シャフト)とブッシュとの間の優れた密封性向上効果及び低摩擦性の効果を奏し得るシール構造を提供することを1つの目的とするものである。
本発明は、例えば、異なる環境間の境界において、優れた密封性向上効果及び低摩擦性の効果を奏し得るシール構造を提供することを1つの目的とするものである。
本発明は、特に、軸部材の回転と往復動を同時に伴うような構造のシール(半導体製造装置の真空シール等)について、優れた密封性向上効果及び低摩擦性の効果を維持し得るシール構造を提供することを1つの目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的の少なくとも一つは以下の本発明により達成される。即ち、本発明のシール構造は、
ハウジングに設けられた開口部と該開口部に挿通された軸部材との間を密封するシール構造であって、
前記軸部材と前記ハウジングとの間に設けられ、前記軸部材に挿設されて軸方向及び/または周方向に相対移動可能な筒状のブッシュと、該ブッシュにおける軸方向の一方側の端面に対向する対向面を有する受圧部材と、前記ブッシュを前記受圧部材に軸方向の他方側から押圧する弾性部材と、を備え、
前記軸部材の外周面と、前記ブッシュにおける前記軸孔の内周面、との間に、第1のコーティング層が設けられ、
前記ブッシュにおける軸方向の一方側の端面と、前記受圧部材における前記対向面との間に、第2のコーティング層が形成されている。
【0011】
本発明においては、第1のコーティング層及び前記第2のコーティング層が、液体物質で膨潤されていることが好ましい。
前記開口部を取り囲む前記ハウジングの内面領域が、前記受圧部材における前記対向面を構成していてもよい。
あるいは、前記開口部を取り囲む前記ハウジングの内面領域と、前記ブッシュにおける軸方向の一方側の端面との間に、平板状のリング部材が介在しており、当該リング部材が、前記受圧部材を構成していてもよい。
【0012】
リング部材が受圧部材を構成する場合、前記ハウジングの前記内面領域と、前記リング部材と、の間に、さらにリング部材用弾性部材が介在しており、当該リング部材用弾性部材が、前記リング部材を前記ブッシュに軸方向の一方側から押圧しているものとすることができる。
【0013】
本発明のシール構造において、前記弾性部材が、前記開口部のうちの軸方向の他方側の開口部を取り囲む前記ハウジングの内面領域と、前記ブッシュにおける軸方向の他方側の端面との間に介在していてもよい。このとき、前記弾性部材が、その伸縮方向の一端側で前記ブッシュと接続され、他端側で前記ハウジングの内面と接続されていてもよい。
【0014】
1本の軸部材に対して、1つの前記ハウジングを共有する上記本発明のシール構造を有するシールユニットを複数個、軸方向において並列に備えることができる。複数個の前記シールユニットの内、隣り合う少なくとも一組のシールユニットの向きが、軸方向において反転状態であってもよい。この場合に、前記ハウジングが、軸方向の対向する位置に、前記軸部材が貫通する一対の貫通孔を有し、
前記シールユニットの個数が2個であり、
前記貫通孔の内の一方の貫通孔が、前記一組のシールユニットの内の一方のシールユニットにおける開口部となり、他方の貫通孔が、他方のシールユニットにおける開口部となる、シール構造も本発明の好ましい態様として例示することができる。
【0015】
この場合、前記ハウジングが、その軸方向の中央で、内周面から前記軸部材に向けて突出する突出部を備え、前記2つのシールユニットにおいて、前記突出部におけるそれぞれの前記シール構造側の面と、それぞれの前記ブッシュにおける前記突出部に対向する端面と、の間に、それぞれの前記弾性部材が介在しているようにすることができる。
【0016】
また、前記2つのシールユニットにおいて、それぞれの前記弾性部材が、その伸縮方向の一端側でそれぞれの前記ブッシュと接続され、他方側で前記突出部と接続されていてもよい。
【0017】
また、複数個の前記シールユニットのうち、隣り合う少なくとも一組のシールユニットの向きが、軸方向において同じであってもよい。
また、複数個の前記シールユニットのうち、何れか1個のシールユニットにおける軸方向の一方側の隣に、他のシールユニットがあってもよい。
さらに、前記ハウジングの内部空間に、前記2つのシールユニットにおける前記第1のコーティング層及び前記第2のコーティング層を膨潤させる液体物質が充填されていてもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、軸部材とブッシュとの間の優れた密封性向上効果及び低摩擦性の効果を奏し得るシール構造を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の例示的一態様である第1の実施形態に係るシール構造の概略構成を示すための、軸線に沿う断面における断面図である。
図2】ポリマーブラシ層及び基材(ブッシュ及びリング部材)の断面の一部を拡大した概略断面図である。
図3】本発明の例示的一態様である第2の実施形態に係るシール構造の概略構成を示すための、軸線に沿う断面における断面図である。
図4】本発明の例示的一態様である第3の実施形態に係るシール構造の概略構成を示すための、軸線に沿う断面における断面図である。
図5】本発明の例示的一態様である第3の実施形態に係るシール構造の概略構成を示すための、軸線に沿う断面における断面図である。
図6】本発明の例示的一態様である第4の実施形態に係るシール構造の概略構成を示すための、軸線に沿う断面における断面図である。
図7】本発明の例示的一態様である第5の実施形態に係るシール構造の概略構成を示すための、軸線に沿う断面における断面図である。
図8】実施例で作製した試作装置の概略構成を示すための、軸線に沿う断面における断面図である。
図9】実施例で作製した試作装置の概略構成を示すための、図8にけるA-A断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の例示的態様である実施形態に係るシール構造及びシール構造体について、図面を参照しながら説明する。
以下、説明の便宜上、軸x方向において矢印(a)(図1及び図3図5参照)方向を上側(a)とし、軸x方向において矢印(b)(図1及び図3図5参照)方向を下側(b)とする。
【0021】
[第1の実施形態]
図1は、本発明の例示的一態様である第1の実施形態に係るシール構造10の概略構成を示すための、軸xに沿う断面における断面図である。図1を参照して、本実施形態に係るシール構造10の構成を説明する。
【0022】
本実施形態に係るシール構造10は、回転する軸部材であるシャフト13と、このシャフト13が嵌挿される円筒状のブッシュ11の軸孔11Aとの間の環状の隙間の密封を図るためのシール構造である。シール構造10は、半導体製造装置や汎用機械、車両等において、この軸部材とブッシュ、ハウジング等に形成された当該軸部材が挿入される軸孔との間を密封するために用いられる。なお、本発明の実施形態に係るシール構造10が適用される対象は、特に制限はない。
【0023】
図1に示される通り、本実施形態に係るシール構造10は、回転するシャフト13と、ブッシュ11と、平板状のリング部材(受圧部材)16と、バネ(弾性部材)14と、ハウジング15と、シールリング18と、を備える。
【0024】
ハウジング15は、その軸x方向の両端面に、シャフト13が貫通する開口部15a,15bを有し、かつ、ブッシュ11と弾性部材14とリング部材16とを内部に収容する。
ブッシュ11は、シャフト13が嵌挿される軸孔11cを有する、厚肉の円筒状の形状であり、軸x方向の両側(上側(a)及び下側(b))に平面リング状の端面11a,11bを備えている。
【0025】
シャフト13は、図1に示されるように、反時計回り(矢印T方向)に回転するとともに、軸x方向の上側(a)及び下側(b)に上下動する(矢印Rにて示す。)ようになっている。即ち、シャフト13の外周面とブッシュ11の軸孔11cの内周面11dとの間では、反時計回り(矢印T方向)の回転による回転摺動と、軸x方向への往復摺動とが生じるようになっている。
【0026】
リング部材16は、ハウジング15が有する開口部15a,15bのうちの軸x方向の一方側(下側(b))の開口部15bを取り囲むハウジング15の内面領域15dと、ブッシュ11における軸x方向の一方側(下側(b))の端面11bと、の間に介在している。また、リング部材16は、ブッシュ11における軸x方向の一方側(下側(b))の端面11bに対向する対向面16aを有する。
【0027】
ブッシュ11における軸孔11cの内周面11dには、第1のコーティング層12Aが形成されて、当該第1のコーティング層12Aによって、軸孔11cの内周面11dとシャフト13の外周面との間隙が埋められている。
また、リング部材16における対向面16aに、第2のコーティング層12Bが形成されている。
【0028】
バネ14は、ハウジング15が有する開口部15a,15bのうちの軸x方向の他方側(上側(a))の開口部15aを取り囲むハウジング15の内面領域15cと、ブッシュ11における軸x方向の他方側(上側(a))の端面11aと、の間に介在している。当該バネ14は、ブッシュ11をリング部材16に、軸x方向の他方側(上側(a))から押圧する。したがって、ブッシュ11における端面11bは、第2のコーティング層12Bが形成されたリング部材16の対向面16aに、バネ14の弾性作用(伸長方向への復元作用)によって押圧されている。
【0029】
バネ14は、さらに、その伸縮方向(軸x方向と同じ)の一端側(下側(b))でブッシュ11と接続され、他端側(上側(a))でハウジング15の内面(内面領域15c)と接続されている。なお、図1において、バネ14は、模式的に左右に一対描かれているが、実際には、軸x方向の他端側(上側(a))から見て、ブッシュ11の円環状の端面11aの周方向に均等(回転対称)な位置に3点(即ち、円周角120℃の位置に)配置されている(後に説明する図9参照)。
【0030】
ハウジング15の内部空間には、膨潤液体(液体物質)17が充填されている。ハウジング15の内部空間は、開口部15aを残して封止された状態になっており、膨潤液体17は、当該内部空間にとどまっている。
膨潤液体17は、第1のコーティング層12A及び第2のコーティング層12Bと接液した状態になっている。膨潤液体17は、第1のコーティング層12A及び第2のコーティング層12Bを膨潤させる性質を有する液体であり、例えば、イオン液体が用いられる。当該膨潤液体17の詳細については、後述する。
【0031】
図1に示されるように、ハウジング15の開口部15bの縁におけるリング部材16側(上側(a))には段差部が設けられており、また、リング部材16の中心孔の縁におけるハウジング15側(下側(b))にも同形状の段差部が設けられており、当該両段差部に収まるようにシールリング18が配されている。
【0032】
本実施形態に係るシール構造10は、図1における上方が所定の圧力P1、下方が所定の圧力P2となっており、シール構造10によって、両気圧間がシールされている。例えば、本実施形態に係るシール構造10を半導体製造装置の真空シールに適用した場合には、P1が大気圧AP、P2が真空Vとなり、シール構造10によって気圧差が隔離されるようになっている。
【0033】
なお、本実施形態のシール構造10は、所定の圧力P1及びP2が、大気圧APと真空Vとの差圧環境下であることに限定されず、他の圧力関係による差圧環境下におけるシールにおいても好適に適用することができる。さらに、本実施形態のシール構造10は、所定の圧力P1及びP2が差圧であるか否かを問わず、異なる気体の環境下等、異なる環境間の境界におけるシールにおいても好適に適用することができる(以上、所定の圧力P1及びP2について、他の実施形態においても同様。)。
【0034】
ハウジング15の内周面15eとリング部材16の外周との接触面に入り込んだ膨潤液体17は、ハウジング15の内面領域15dとリング部材16の背面16bとの接触面に回り込むが、シールリング18によって堰き止められてシールされている。シールリング18としては、膨潤液体17に対する耐性を有することを条件として、一般的なOリングを適宜使用することができる。
【0035】
第1のコーティング層12Aと第2のコーティング層12Bとは、同じコーティング層である。
本明細書において、単に「コーティング層」という場合には、第1のコーティング層12A及び第2のコーティング層12Bの両方を区別することなく指すものとし、また、符号「12」を付する場合がある。また、本明細書において、コーティング層12が形成された表面近傍を「シール部材」と称する場合があり、その場合には符号「1」を付する。
【0036】
ここで、コーティング層12A及び第2のコーティング層12Bを構成し得るコーティング層について、説明する。
適用可能なコーティング層としては、従来公知の各種有機薄膜あるいは無機薄膜からなるコーティング層を挙げることができる。
【0037】
コーティング層に適用可能な無機材料としては、窒化クロム(CrN,CrN)、炭化クロム(Cr)、硬質クロムめっき、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、ダイヤモンド、窒化チタン(TiN)、炭化チタン(TiC)、炭窒化チタン(TiCN)、炭化チタンアルミ(TiAlN)、アルミナ、アルマイト(Al)、炭化ケイ素(SiC)、グラファイト(C)、カーボンブラックなどを挙げることができる。
【0038】
コーティング層に適用可能な有機材料としては、ポリブタジエン、ポリウレタン、ポリイソシアネート、アクリル樹脂、シリコーン樹脂(本明細書においては、シリコーン樹脂を有機材料の一種として扱うものとする。)などを挙げることができる。
【0039】
これら無機薄膜あるいは有機薄膜からなるコーティング層の厚みとしては、種々の薄膜毎に適した厚み、あるいは、形成可能な厚みに相違があり、一概には言えないが、各材料やその他の各種条件に応じて適宜調整すればよい。
これら無機薄膜あるいは有機薄膜の中でも、好ましくは、膨潤状態の薄膜であり、より好ましくは、膨潤状態の有機薄膜である。
【0040】
また、本発明においては、コーティング層12A及び第2のコーティング層12Bを構成し得るコーティング層として、ポリマーブラシ層を適用することが特に好ましい。
以下、コーティング層12としてポリマーブラシ層を適用したシール部材1の例について説明する。
【0041】
図2に、コーティング層12(以下、コーティング層12としてポリマーブラシ層が形成される場合を、特に「ポリマーブラシ層12」と表記する場合がある。)及び基材(ブッシュ11及びリング部材16。以下、両者を合わせて「基材」と総称し、符号「19」を付して説明する。)の断面の一部を拡大した概略断面図を示す。図2に示されるように、シール部材1は、その表面1Aにシール面1aを有する。
【0042】
ここで、シール面1aとは、シール部材1の表面1Aの少なくとも一部であり、シャフト13の外周面やブッシュ11の端面11b(以下、これらをまとめて「被シール面」という。)に対向し、当該被シール面との間でシール(密封)状態を形成し得る面を意味する。また、シール部材1は、図2に示されるように、基材19と、該基材19の表面11Aに形成されたポリマーブラシ層12と、を有する。
【0043】
ポリマーブラシ層12の形成状態は、特に限定されず、基材19の形状、材質、表面性状、シール部材1の使用形態等に応じて適宜選択すればよい。
例えば、ポリマーブラシ層12は、基材表面19Aに、直接的に形成されていてもよいし、または間接的に形成されていてもよい。
【0044】
ポリマーブラシ層12が基材表面19Aに間接的に形成される場合としては、例えば、基材19を表面処理して基材表面19Aに別な層を形成し、この別な層の表面にポリマーブラシ層12を形成する構成を挙げることができる。ここで、別な層としては、例えば、後述するシリカコート層が挙げられる。
【0045】
また、ポリマーブラシ層12は、必ずしも、基材表面19Aの全体を完全に覆っている必要はない。シール部材1は、本発明の効果を妨げない範囲で、基材表面19Aにポリマーブラシ層12が形成されていない部分があってもよいし、あるいは、基材表面19Aに一定の面積をもったポリマーブラシ層12が点在していてもよい。なお、コーティング層12がポリマーブラシ層以外の層であっても、基材表面19Aの全体を完全に覆っている必要がないのは、同様である。
【0046】
さらに、シール部材1において、基材表面19Aを超えて、例えば、基材19の全体を覆うようにポリマーブラシ層12が形成されていてもよい。すなわち、シール部材1は、基材表面19Aにポリマーブラシ層12を有していれば、シール面1aにおいて優れた密封性が発揮される。コーティング層12がポリマーブラシ層以外の層であっても、同様に、基材表面19Aを超えて形成されていて構わない。
なお、シール面1aにおいてより高い密封性を得る観点からは、ポリマーブラシ層12は、基材表面19Aの全面に形成されていることが好ましく、この場合、シール面1aはポリマーブラシ層12からなる表面12aとなる。
【0047】
ポリマーブラシ層12は、例えば、図1に示されるように、基材表面19Aに複数の高分子グラフト鎖121が共有結合で固定されている層である。このようなポリマーブラシ層12の表面12aは、高分子グラフト鎖121における基材19に固定されていない側の先端がブラシ状に密集した面であり、ブラシの表面のような表面性状を有する。
【0048】
このようなポリマーブラシ層12をシール面1aに有するシール部材1では、シール面1aに対応する基材表面19Aの表面性状(特に表面粗さ)がポリマーブラシ層12によって緩和されるため、シール面1aの平坦性には殆ど影響しない。したがって、シール面1aに対応する基材表面19Aを精密に面加工する必要はない。
【0049】
また、高分子グラフト鎖121がブラシ状に密集しているポリマーブラシ層12の表面12aは、適度な柔軟性を有し、被シール面に接触した場合には、被シール面の表面に対し優れた追従性を発揮する。そのため、被シール面の表面性状(特に表面粗さ)の影響も、シール面1aのポリマーブラシ層12により緩和され、被シール面との間で良好な密着性が得られる。
このように、シール面1aにポリマーブラシ層12を有するシール部材1によれば、シール面1aに対応する基材表面19A及び被シール面の表面性状の影響を受けず、シール面1aにおいて優れた密封性が得られる。
【0050】
シール面1aに形成されたポリマーブラシ層12の厚さは、特に限定されないが、シール面1aにおいて良好な密封性を得る観点からは、0nmより大きく10000nm以下であることが好ましく、さらに実用的な観点からは、100nm以上2000nm以下であることがより好ましい。
【0051】
なお、ポリマーブラシ層12を含むコーティング層12の厚さの測定は、偏光解析法(ellipsometry)により、乾燥膜厚を測定することにより行うことができる。具体的な測定方法は、特許文献1中の実施例の項にて説明されている通りである。また、より詳しいポリマーブラシ層12の説明についても、特許文献1において詳述されている通りである。
【0052】
基材19の材質は、シール部材1の用途や使用形態、ポリマーブラシ層12の形成方法などに応じて、適宜選択できるが、例えば、アルミナや、炭化ホウ素などの硬質セラミックス、ゴム及びプラスチックなどを選択することができる。基材19の表面性状は、特に限定されず、特にシール面1aに対応する基材表面19Aは、適度な平坦性及び平滑性を有していればよく、精密に面加工されている必要はない。
【0053】
本発明に好適なシール構造の一例では、シール面1aにポリマーブラシ層12を有している。このため、シール部材1は、シール面1aに対応する基材表面19Aが多少粗い面であっても、ポリマーブラシ層12により表面粗さが緩和されるため、シール面1aにおける密封性に影響を殆ど与えない。
【0054】
以下、図2に示すような基材表面19Aに直接ポリマーブラシ層12を形成する場合を例に挙げて、ポリマーブラシ層12の形成方法を説明する。
ポリマーブラシ層12は、例えば、表面開始リビングラジカル重合法によって形成することができる。表面開始リビングラジカル重合法は、
(I)高分子グラフト鎖121の起点となる基材表面19Aに、重合開始基を導入し、
(II)該重合開始基を始点として、表面開始リビングラジカル重合法を行うことで、
高分子グラフト鎖121を形成する手法である。
【0055】
具体的には、このような表面開始リビングラジカル重合法としては、Arita, T., Kayama, Y., Ohno, K., Tsujii, Y. and Fukuda, T., “High-pressure atom transfer radical polymerization of methyl methacrylate for well- defined ultra high molecular-weight polymers,” Polymer, 49, 2008, 2426-2429.(以下、文献Pとする)や、特開2009-59659号公報(以下、文献Qとする)、特開2010-218984号公報(以下、文献Rとする)、特開2014-169787号公報(以下、文献Sとする)などに記載された方法などを適用することができる。
【0056】
(I)基材表面への重合開始基の固定
基材表面19Aに重合開始基を導入する方法としては、特に限定されないが、重合開始剤を溶剤に溶解あるいは分散させることで、重合開始剤溶液を調製し、調製した重合開始剤溶液中に基材19を浸漬する方法などが挙げられる。
【0057】
重合開始剤としては、特に限定されないが、基材表面19Aに結合可能な基と、ラジカル発生基とを有する化合物が好ましく、例えば、文献P、文献R及び文献Sなどに開示されている重合開始剤を広く用いることができる。これらの中でも、重合開始剤としては、原子移動ラジカル重合(ATRP:Atom Transfer Radical Polymerization)系の重合開始剤が好ましく、(3-トリメトキシシリル)プロピル-2-ブロモ-2-メチルプロピオネートがより好ましい。
なお、必要に応じて、重合開始基の導入に先立ち、基材表面19Aを洗浄することが望ましい。基材表面19Aの洗浄は、基材19の材質及び形状などに応じて、公知の方法により行うことができる。
【0058】
(II)表面開始リビングラジカル重合による高分子グラフト鎖の合成
重合開始基を導入した基材表面19Aに高分子グラフト鎖を形成する方法は、特に限定されないが、まず、所定のモノマーや各種低分子遊離開始剤(ラジカル開始剤)などの重合反応に必要な各種成分を、溶剤に溶解あるいは分散させることで重合反応溶液を調製する。次に、調製した重合反応溶液に、予め重合開始基を導入しておいた基材19を浸漬させた後、必要に応じて加圧、加熱することで、基材表面19Aに、重合単位として所定のモノマーを含有する高分子グラフト鎖121を形成することができる。
【0059】
重合反応溶液の調製方法は、特に限定されないが、例えば文献P及び文献Sなどに記載の方法を好適に用いることができ、これらの文献に記載のモノマーや低分子遊離開始剤などを広く用いることができる。これらの中でも、文献Pに記載の方法により重合反応溶液を調製することが好ましく、モノマーとしては、メタクリル酸メチル(以下、MMA)が好ましい。また、低分子遊離開始剤としてはエチル-2-ブロモ-2-メチルプロピオネートを用いることが好ましい。
【0060】
また、表面開始リビングラジカル重合の反応条件は、特に限定されないが、例えば文献Pや文献Sの条件等で行うことができる。これらの中でも、文献Pに記載の方法により重合反応を行うことが好ましく、特に加圧(例えば、400MPa以上500MPa以下程度)、加熱(例えば、50℃以上60℃以下程度)した条件下で行うことが好ましい。加圧して重合反応を行うことにより、より濃厚な(高分子グラフト鎖121のグラフト密度が高く)、かつより高膜厚な(平均分子鎖長さが長い)ポリマーブラシ層12を形成することができる。
【0061】
基材表面19Aに形成する高分子グラフト鎖121は、基材表面19Aの面積に対する表面占有率σ*(ポリマー断面積当たりの占有率)で10%以上になることが好ましく、より好ましくは15%以上、さらに好ましくは20%以上である。表面占有率σ*は、ポリマーの伸びきり形態における繰り返し単位長さとポリマーのバルク密度よりポリマー断面積を求め、グラフト密度を掛けて算出することができる。より具体的には、表面占有率σ*は、下記式により求めることができる。すなわち、表面占有率σ*は、基材表面19Aをグラフト点(1つ目のモノマー)が占める面積割合を意味する(最密充填で100%、100%を超えてグラフト化はできない)。
【0062】
σ*=(ポリマー断面積)×グラフト密度σ
(ポリマー断面積=(グラフト鎖部分のモノマー1個当たりの体積)/(ポリマーの伸びきり形態における繰り返し単位の長さ)
グラフト鎖部分のモノマー1個当たりの体積=[{(グラフト鎖部分のモノマーの分子量)/(アボガドロ数)}/(ポリマーのバルク密度)])。
【0063】
グラフト密度σはnm当たりに存在する高分子グラフト鎖121の数(chain/nm)を表す。具体的には、グラフト密度σは、グラフト鎖の数平均分子量(Mn)の絶対値、グラフトされたポリマー量(ポリマーブラシ層12の乾燥膜厚)及び基材表面19Aの表面積から算出することができる。特に、0.1chain/nm以上のグラフト密度σを有するポリマーブラシは濃厚ポリマーブラシとして定義される。尚、表面占有率σ*が100%(最密充填)である場合、理論上のグラフト密度σの上限は、PMMAであれば1.79(chain/nm)となる。
【0064】
ポリマーブラシ層12を構成する高分子グラフト鎖121の平均分子鎖長さLp(すなわち、ポリマーブラシ長)は、好ましくは0nmより大きく10000nm以下であり、実用的な観点より、100nm以上2000nm以下の範囲であることがより好ましい。高分子グラフト鎖121の平均分子鎖長さLpが短すぎると、密封性が低下する傾向にある。また、高分子グラフト鎖121の平均分子鎖長さLpは、例えば、重合条件等により調整することができる。
【0065】
また、高分子グラフト鎖121の平均分子鎖長さLpは、例えば、高分子グラフト鎖121の数平均分子量(Mn)及び分子量分布(Mw/Mn)を測定し、これらの測定結果から求めることができる。高分子グラフト鎖121の数平均分子量(Mn)及び分子量分布(Mw/Mn)は、例えば、フッ化水素酸処理により基材19から高分子グラフト鎖121を切り出し、切り出した高分子グラフト鎖121を用いて、ゲルパーミエーションクロマトグラフ法により測定する方法が挙げられる。あるいは、重合時に生成する遊離ポリマーが基材19に導入された高分子グラフト鎖121と等しい分子量を有することが知られており、該遊離ポリマーについて、ゲルパーミエーションクロマトグラフ法により、数平均分子量(Mn)及び分子量分布(Mw/Mn)を測定し、これをそのまま用いる方法を採用してもよい。
【0066】
シール面1aを形成するポリマーブラシ層12における高分子グラフト鎖121の分子量分布(Mw/Mn)は、1に近いことが好ましく、好適には1.3以下であり、より好ましくは1.25以下、さらに好ましくは1.20以下、特に好ましくは1.15以下である。
【0067】
本実施形態に係るシール構造10においては、基材表面19Aとポリマーブラシ層12との間に、シリカコート層を設けてもよい。シリカコート層は、例えば、基材表面19Aに対してアルコキシシランを用いたゾル-ゲル法によるシリカコーティング処理により設けることができる。
【0068】
アルコキシシランを用いたゾル-ゲル法によるシリカコーティング処理の種類・条件としては、シリカコート層を設けることができれば特に制限はない。アルコキシシランを用いたゾル-ゲル法によるシリカコーティング処理としては、例えば、テトラアルコキシシランなどのアルコキシシラン及び28質量%アンモニア水などのアルカリ水溶液を溶媒に溶解または分散させて反応溶液を調製し、調製した反応溶液中に基材19を浸漬する方法などが挙げられる。アルコキシシランを用いたゾル-ゲル法によるシリカコーティング処理では、アルコキシシランは加水分解等によりシリカ(SiO)に変換する。
【0069】
なお、ポリマーブラシ層12は、基材表面19Aに直接設ける場合と同様にして、シリカコート層の表面に設けることができる。
また、必要に応じて、シリカコート層を設ける前に、上述したポリマーブラシ層12を設ける際と同様に、基材表面19Aを洗浄することが望ましい。基材表面19Aの洗浄は、基材19の材質及び形状などに応じて、公知の方法により行うことができる。
【0070】
ポリマーブラシ層12は、基材表面19Aに形成された高分子グラフト鎖121を液体物質(膨潤液体)で膨潤させたものであることが好ましい。高分子グラフト鎖121を膨潤させる液体物質としては、高分子グラフト鎖121に対して膨潤性を示す化合物であればよく、特に限定はされないが、高分子グラフト鎖121との親和性が高いという観点から、イオン液体が好ましい。なお、コーティング層12がポリマーブラシ層以外の層の場合においても、それらの層を構成する物質に対して膨潤性を示す化合物を液体物質として用いることが好ましく、イオン液体がより好ましい。
【0071】
ポリマーブラシ層12を膨潤させる液体物質として好ましいイオン液体としては、例えば、文献Sに記載のもの等を挙げることができる。これらの中でも、イオン液体としては、N,N-ジエチル-N-メチル-(2-メトキシエチル)アンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(以下、「DEME-TFSI」ともいう。)及びメトキシエチルメチルピロリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(以下、「MEMP-TFSI」ともいう。)が好ましい。
【0072】
基材表面19Aに形成された高分子グラフト鎖121を液体物質で膨潤させる方法としては、特に限定されないが、例えば、基材表面19Aに形成された高分子グラフト鎖121に、液体物質を塗布して、その後、静置する方法や、高分子グラフト鎖121を形成した基材19を液体物質中に浸漬させる方法等が挙げられる。
【0073】
なお、本実施形態では、図1に示される通り、ハウジング15の内部空間に膨潤液体17が充填されている。ハウジング15の内部空間に充填された膨潤液体17は、第1のコーティング層12A及び第2のコーティング層12Bの端部に接液しており、第1のコーティング層12A及び第2のコーティング層12Bに含侵して、これらを膨潤させることができる。
【0074】
本実施形態のシール構造10においては、軸x方向の他方側(上側(a))の開口部15aから漏れ出さない限り、ハウジング15の内部空間に膨潤液体17が常に充填された状態になっており、第1のコーティング層12A及び第2のコーティング層12Bに膨潤液体17が常時供給され、これらの膨潤状態が維持されるようになっている。
【0075】
以上説明したように、本実施形態に係るシール構造10で採用されたシール部材1は、シール面1aにコーティング層12を有することにより、シール面1aに対応する基材表面19A及び被シール面の表面性状の影響を受けず、シール面1aにおいて優れた密封性が得られる。
【0076】
通常、メカニカルシールによるシール構造では、耐摩耗性及び耐熱性などの観点から、基材としては、アルミナや炭化ケイ素などの硬質セラミックスのような硬質材が広く用いられる。また、通常、シール面が接触する面(被シール面)は、十分な密封性(特に、静的な密封性)を確保する観点から、高平坦度及び高平滑度に加工されているのが一般的である。
【0077】
これらのシール面として基材表面を、高平坦度及び高平滑度に加工するためには、高精度の面加工が必要となる。しかし、上記のような硬質材は加工性が乏しいため、シール面としての基材表面を高精度に面仕上げするのは困難で、漏れが発生しやすいという問題があった。
【0078】
しかしながら、シール部材1では、それぞれのシール面に対応する基材表面が精密に面仕上げされていなくても、これらの内の少なくとも一方が、シール面にコーティング層を有していることで、当該コーティング層の存在により、それぞれの基材表面の表面性状の影響が緩和され、それぞれのシール面において高い密封性を確保することができ、漏れの発生を有効に防止することができる。
【0079】
本実施形態のシール構造10においては、まず、基材19としてのブッシュ11における軸孔11cの内周面11d(図2における基材表面19A)に第1のコーティング層12Aが形成されて、図2を用いて説明したシール部材1となっている。そのため、ブッシュ11における軸孔11cの内周面11dと、シャフト13が反時計回り(矢印T方向)に回転することにより内周面11dと摺擦するシャフト13の外周面と、の間において、優れた密封性を確保することができ、漏れの発生を有効に防止することができる。
【0080】
本実施形態では、軸x方向の一方側(下側(b))がP2(例えば、真空V)に、他方側(上側(a))がP1(例えば、大気圧AP)になっており、その差圧(P1-P2)から、軸x方向の一方側(下側(b))に向けて荷重が掛かる。また、シャフト13は、軸x方向の上側(a)及び下側(b)に移動する往復摺動が生じることから、軸x方向の他方側(上側(a))及び一方側(下側(b))に向けて荷重が掛かる。何れも軸方向への荷重であり、第1のコーティング層12Aに対して垂直方向などの接触荷重は掛からない。したがって、第1のコーティング層12Aに対する負荷が少なく、第1のコーティング層12Aの摩耗を抑制することができる。
【0081】
また、本実施形態では、バネ14によって、ブッシュ11をリング部材16に、軸x方向の他方側(上側(a))から押圧している構成であるため、ブッシュ11の軸と軸xとが一致する状態からある程度傾いた状態までブッシュ11が姿勢を傾けることができるようになっている。シャフト13の傾きに追随して姿勢を変えたブッシュ11は、バネ14に接続された上側(a)がバネ14の柔軟性によって軸xと交差する方向に僅かに動くとともに、当該上側(a)を基点として下側(b)が振り子状に動く。
【0082】
ブッシュ11における軸x方向の一方側(下側(b))の端面11bは、バネ14の弾性による伸張力によって、受圧部材であるリング部材16に押圧されているため、リング部材16の対向面16aを接触面内方向に動くことができる状態になっている。
以上の構成により、シャフト13が軸xに対して偏心した場合や傾いて首振り状になった場合にも、ブッシュ11が姿勢を変えてシャフト13の偏心や傾きに追随することができる。したがって、シャフト13が軸xに対して偏心や傾きが生じた場合にも、優れた密封性向上効果及び低摩擦性の効果を実現することができる。
【0083】
本実施形態のシール構造10においては、さらに、基材19としてのリング部材16における対向面16a(図2における基材表面19A)に第2のコーティング層12Bが形成されて、図2を用いて説明したシール部材1となっている。また、当該第2のコーティング層12Bに対して、バネ14の弾性による伸張力によってブッシュ11の端面11bが押圧されているため、第2のコーティング層12Bに接触荷重が掛けられた状態になっている。
【0084】
そのため、シャフト13の傾きに追随してブッシュ11が姿勢を変え、ブッシュ11の端面11bがリング部材16の対向面16aに接触して接触面内方向で微摺動する際にも、第2のコーティング層12Bの作用によって、優れた密封性向上効果及び低摩擦性の効果を実現することができる。
【0085】
即ち、本実施形態では、シャフト13の回転時に常時摺動するブッシュ11の内周面11dとシャフト13の外周面との間においては、接触荷重が掛からないようにしている。そのため、第1のコーティング層12Aに対する負荷を抑制し、満足な密封性向上及び低摩擦性の効果を長期的に実現することができるようになっている。
【0086】
一方、摺動するとしても僅かであり、かつ、摺動の頻度が少ないブッシュ11の端面11bとリング部材16の対向面16aとの間においては、バネ14によって積極的に接触荷重を掛けている。そのため、第2のコーティング層12Bによる低摩擦性の効果を利用しつつ、優れた密封性を確保することができ、漏れの発生を有効に防止することができるようになっている。
【0087】
[第2の実施形態]
図3は、本発明の例示的一態様である第2の実施形態に係るシール構造20の概略構成を示すための、軸xに沿う断面における断面図である。図3を参照して、本実施形態に係るシール構造20の構成を説明する。
【0088】
第2の実施形態にかかるシール構造20は、構造の一部が異なることを除き、第1の実施形態にかかるシール構造10と同一の形状乃至構成のものである。よって、本実施形態にかかる図3においては、第1の実施形態と同一の構成の部材に同一の符号を付して、その詳細な説明を省略している。
【0089】
なお、第2の実施形態にかかるシール構造20におけるコーティング層12が形成された表面近傍(シール部材1)の構成については、主として図2を用いた第1の実施形態における説明を参照されたい(以降の実施形態にかかるシール構造30,40においても同様)。
【0090】
本実施形態では、ハウジング15の内面領域15dと受圧部材としてのリング部材26との間に、さらにリング部材26用のバネ(リング部材用弾性部材)24が介在している。当該バネ24は、リング部材26をブッシュ11に軸x方向の一方側(下側(b))から押圧している。
【0091】
バネ24は、ハウジング15が有する開口部15a,15bのうちの軸x方向の一方側(下側(b))の開口部15bを取り囲むハウジング15の内面領域15dと、ブッシュ11における軸x方向の一方側(下側(b))の端面11bと、の間に介在している。当該バネ24は、リング部材26をブッシュ11に、軸x方向の一方側(下側(b))から押圧する。したがって、第2のコーティング層12Bが形成されたリング部材26の対向面26aは、ブッシュ11における端面11bに、バネ24の弾性作用(伸長方向への復元作用)によって押圧されている。
【0092】
バネ24は、さらに、その伸縮方向(軸x方向と同じ)の他端側(上側(a))でリング部材26と接続され、一端側(下側(b))でハウジング15の内面(内面領域15d)と接続されている。なお、図3において、バネ24は、模式的に左右に一対描かれているが、実際には、軸x方向の一端側(下側(b))から見て、円環状のリング部材26表面の周方向に均等(回転対称)な位置に3点(即ち、円周角120℃の位置に)配置されている。
【0093】
リング部材26の外周には、シールリング28が取り付けられている。リング部材26が軸x方向に可動なので、第1の実施形態におけるシールリング18のようにリング部材16の中心孔の縁におけるハウジング15側(下側(b))とハウジング15の内面領域15dとの間にシールリングを配することはできない。
【0094】
したがって、本実施形態では、リング部材26の外周に取り付けられたシールリング28がハウジング15の内周面15eを摺擦することで、リング部材26の軸x方向への可動を許容させている。このシールリング28によって、膨潤液体17が堰き止められてシールされ、ハウジング15の内周面15eとリング部材26の外周との間に入り込んで境界を超えることを阻止している。
【0095】
本実施形態では、第1の実施形態とほぼ同様の構成を備えているため、第1の実施形態と同様の作用が生じ、同様の効果を奏することができる。本実施形態では、当該第1の実施形態と同様の作用乃至効果に加え、リング部材用弾性部材としてのバネ24を備えることによる作用乃至効果を期待することができる。
【0096】
即ち、第2のコーティング層12Bを介して当接するブッシュ11及びリング部材26をバネ14とバネ24とで軸x方向の両側から挟み込むように保持するため、ブッシュ11及びリング部材26を安定的に支持することができる。また、ブッシュ11及びリング部材26を軸x方向の両側で、弾性を有するバネ14及びバネ24で保持しているため、ブッシュ11及びリング部材26の姿勢の自由度が増し、追従性が向上する。したがって、軸xに対してシャフト13の偏心や傾きが生じた場合の密封性向上効果及び低摩擦性の効果を高い次元で実現することができる。
【0097】
[第3の実施形態]
図4は、本発明の例示的一態様である第3の実施形態に係るシール構造30の概略構成を示すための、軸xに沿う断面における断面図である。図4を参照して、本実施形態に係るシール構造30の構成を説明する。
【0098】
第3の実施形態にかかるシール構造30は、1本のシャフト13に対して、1つのハウジング35を共有する2つのシールユニット10A,10Bを備えている。この2つのシールユニット10A,10Bは、それぞれ、第1の実施形態に係るシール構造10とほぼ同様の構造(本発明のシール構造の一態様)を有しており、相互に反転状態で配置されている。
【0099】
したがって、2つのシールユニット10A,10Bは、構造の一部が異なることを除き、第1の実施形態にかかるシール構造10と同一の形状乃至構成のものである。よって、本実施形態にかかる図4において、シールユニット10Bについては、第1の実施形態と同一の構成の部材に同一の符号を付して、その詳細な説明を省略している。また、シールユニット10Aについては、第1の実施形態と同一の構成の部材に同一の付番に「′(ダッシュ)」を加えた符号を付して、同様に、その詳細な説明を省略している。
【0100】
ハウジング35は、シールユニット10Aの一部を構成するカップ部材35fと、シールユニット10Bの一部を構成するカップ部材35iと、シャフト13が貫通する開口部35mを中心に有する円盤部材35eと、を有する。カップ部材35f,35iは、カップの開口の縁から外方に延出するフランジ部35g,35hを有する。
【0101】
カップ部材35f及びカップ部材35iは、そのカップの開口を対向させ、フランジ部35gとフランジ部35hとを、間に円盤部材35eを挟み込んだ状態で、例えばビスとナットからなる締結具35jで締結されている。これにより、全体として1つのハウジング35が構成されている。
【0102】
ハウジング35の内部空間は、シールユニット10A側とシールユニット10B側とが開口部35mで連通した密閉空間になっている。そして、この密閉空間(内部空間)に、シールユニット10A及びシールユニット10Bにおける第1のコーティング層12A,12A′及び第2のコーティング層12B,12B′を膨潤させる膨潤液体17が、充填されている。
【0103】
シールユニット10Bにおいて、第1の実施形態に係るシール構造10におけるハウジング15は、以上説明したハウジング35に置き換わっている。ハウジング35は、その軸x方向の両端面に、シャフト13が貫通する開口部(貫通孔)35a,35bを有している。シールユニット10Bにおいて、ハウジング35のリング部材16寄りの開口部35bは、第1の実施形態に係るシール構造10において、軸x方向の一方側(下側(b))の開口部15bに相当する(図1参照)。
【0104】
シールユニット10Aにおいても、第1の実施形態に係るシール構造10におけるハウジング15は、以上説明したハウジング35に置き換わっている。ただし、シールユニット10Bとは上下反転したシールユニット10Aにおいて、ハウジング35のリング部材16′寄りの開口部35aが、第1の実施形態に係るシール構造10において、軸x方向の一方側(下側(b))の開口部15bに相当する(図1参照)。
換言すれば、一方のシールユニット10Bにおいて軸x方向の他方側となるハウジング35の開口部(貫通孔)35aが、他方のシールユニット10Aにおいては軸x方向の一方側の開口部(図1における開口部15bに相当)となっている。
【0105】
円盤部材35eは、ハウジング35における軸x方向の中央に位置する。また、円盤部材35eにおけるフランジ部35g,35hに挟まれた領域よりも軸x側は、ハウジング35の内周面からシャフト13に向けて突出する円盤状(平板状)の突出部35kとなっている。
【0106】
2つのシールユニット10A,10Bにおいて、突出部35kにおけるそれぞれの前記シール構造側の面35ka,35kbと、それぞれのブッシュ11′,11における突出部35kに対向する端面11a′,11aと、の間に、それぞれのバネ(弾性部材)14´,14が介在している。
【0107】
また、2つのシールユニット10A,10Bにおいて、それぞれのバネ14´,14が、その伸縮方向(軸x方向と同じ)の一端側(シールユニット10Aにおいては上側(a)、シールユニット10Bにおいては下側(b))でそれぞれのブッシュ11′,11と接続され、他方側で突出部35kと接続されている。
【0108】
なお、この突出部35kとしては、円盤状であることは必須ではなく、例えば、バネ(弾性部材)14´,14が当接乃至固定される部分のみが、ハウジング35の内周面から突出した形状であってもよく、当該部位の形状は、平板状であることが好ましいが、バネ(弾性部材)14´,14が当接され、必要に応じて固定されるようにさえなっていれば、どのような形状でも構わない。
【0109】
本実施形態では、第1の実施形態とほぼ同様の構成のシールユニット10A,10Bを備えているため、第1の実施形態と同様の作用が生じ、同様の効果を奏することができる。本実施形態では、当該第1の実施形態と同様の作用乃至効果に加え、本実施形態特有の作用乃至効果を期待することができる。
【0110】
即ち、本実施形態では、1本のシャフト13に対して、1つのハウジング35を共有する2つのシールユニット10A,10Bを備える特有の構成であり、密閉空間になっているハウジング35の内部空間に充填された膨潤液体17が漏れ出ることが無い。したがって、本実施形態に係るシール構造30によれば、天地をどのように傾けたり転倒させたりして適用してもシール効果に影響を与えることが無いため、適用範囲、適用環境、適用箇所等の適用条件の制限を格段に緩和することができる。
【0111】
また、膨潤液体17が充填されたハウジング35の内部空間が密閉空間になっているため、外部から異物が侵入する心配がなく、膨潤液体17が蒸発することにより減量してしまう心配もない。そのため、本実施形態に係るシール構造30によれば、侵入した異物による膨潤液体17の劣化や内部部材の損傷等、あるいは、膨潤液体17の不足によるも密封性や低摩耗性の効果低減の懸念が抑制され、膨潤液体17の補充や交換の手間を軽減することができる。したがって、本実施形態に係るシール構造30によれば、広い適用範囲で、優れた密封性向上効果及び低摩擦性の効果を長期的に維持することができる。
【0112】
[第4の実施形態]
図5は、本発明の例示的一態様である第4の実施形態に係るシール構造40の概略構成を示すための、軸xに沿う断面における断面図である。図5を参照して、本実施形態に係るシール構造40の構成を説明する。
【0113】
第4の実施形態にかかるシール構造40は、1本のシャフト13に対して、1つのハウジング35を共有する2つのシールユニット20A,20Bを備えている。この2つのシールユニット10A,10Bは、それぞれ、第2の実施形態に係るシール構造20とほぼ同様の構造(本発明のシール構造の一態様)を有しており、相互に反転状態で配置されている。
【0114】
したがって、2つのシールユニット20A,20Bは、構造の一部が異なることを除き、第2の実施形態にかかるシール構造20と同一の形状乃至構成のものである。よって、本実施形態にかかる図5において、シールユニット20Bについては、第2の実施形態と同一の構成の部材に同一の符号を付して、その詳細な説明を省略している。また、シールユニット20Aについては、第2の実施形態と同一の構成の部材に同一の付番に「′(ダッシュ)」を加えた符号を付して、同様に、その詳細な説明を省略している。
【0115】
また、2つのシールユニット20A,20Bが共有する1つのハウジング35は、第3の実施形態にかかるシール構造30と同一の形状乃至構成のものである。よって、本実施形態にかかる図5において、ハウジング35及びその構成部材や関連部材(付番に35を含むもの)については、第3の実施形態と同一の符号を付して、その詳細な説明を省略している。
【0116】
本実施形態では、2つのシールユニット20A,20Bが共有する1つのハウジング35の内面領域15d´,15dと受圧部材としてのリング部材26´,26との間に、さらにリング部材26´,26用のバネ(リング部材用弾性部材)24´,24が介在している。当該バネ24´,24は、リング部材26´,26をブッシュ11´,11に軸x方向の一方側(シールユニット20Aにおいては上側(a)、シールユニット10Bにおいては下側(b))から押圧している。
【0117】
バネ24´,24は、軸x方向の一方側(シールユニット20Aにおいては上側(a)、シールユニット10Bにおいては下側(b))の開口部35a,35bを取り囲むハウジング35の内面領域35c,35dと、ブッシュ11´,11における軸x方向の一方側(シールユニット20Aにおいては上側(a)、シールユニット10Bにおいては下側(b))の端面11b´,11bと、の間に介在している。
【0118】
当該バネ24´,24は、リング部材26´,26をブッシュ11´,11に、軸x方向の一方側(シールユニット20Aにおいては上側(a)、シールユニット10Bにおいては下側(b))から押圧する。したがって、第2のコーティング層12B´,12Bが形成されたリング部材26´,26の対向面26a´,26aは、ブッシュ11´,11における端面11b´,11bに、バネ24´,24の弾性作用(伸長方向への復元作用)によって押圧されている。
【0119】
バネ24´,24は、さらに、その伸縮方向(軸x方向と同じ)の他端側(シールユニット20Aにおいては下側(b)、シールユニット10Bにおいては上側(a))でリング部材26´,26と接続され、一端側(シールユニット20Aにおいては上側(a)、シールユニット10Bにおいては下側(b))でハウジング35の内面(シールユニット20Aにおいては内面領域35c、シールユニット10Bにおいては内面領域35d)と接続されている。なお、図5において、バネ24´,24は、第2の実施形態におけるバネ24と同様、円環状のリング部材26´,26表面の周方向に3点配置されている。
【0120】
リング部材26´,26の外周には、シールリング28´,28が取り付けられている。第2の実施形態と同様、シールリング28´,28がハウジング35の内周面35n,35pを摺擦することで、リング部材26´,26の軸x方向への可動を許容させている。このシールリング28´,28によって、膨潤液体17が堰き止められてシールされ、ハウジング35の内部空間が、シールユニット20A側とシールユニット20B側とが開口部35mで連通した密閉空間になっている。
【0121】
本実施形態では、第1の実施形態とほぼ同様の構成を備えているため、第1の実施形態と同様の作用が生じ、同様の効果を奏することができる。本実施形態では、当該第1の実施形態と同様の作用乃至効果に加え、リング部材用弾性部材としてのバネ24´,24を備えることによる作用乃至効果を期待することができる。
【0122】
即ち、第2のコーティング層12B´,12Bを介して当接するブッシュ11´,11及びリング部材26´,26をバネ14´,14とバネ24´,24とで軸x方向の両側から挟み込むように保持するため、ブッシュ11´,11及びリング部材26´,26を安定的に支持することができる。また、ブッシュ11´,11及びリング部材26´,26を軸x方向の両側で、弾性を有するバネ14´,14及びバネ24´,24で保持しているため、ブッシュ11´,11及びリング部材26´,26の姿勢の自由度が増し、追従性が向上する。したがって、軸xに対してシャフト13の偏心や傾きが生じた場合の密封性向上効果及び低摩擦性の効果を高い次元で実現することができる。
【0123】
さらに、本実施形態では、1本のシャフト13に対して、1つのハウジング35を共有する2つのシールユニット20A,20Bを備える特有の構成であり、密閉空間になっているハウジング35の内部空間に充填された膨潤液体17が漏れ出ることが無い。したがって、本実施形態に係るシール構造40によれば、天地をどのように傾けたり転倒させたりして適用してもシール効果に影響を与えることが無いため、適用範囲、適用環境、適用箇所等の適用条件の制限を格段に緩和することができる。
【0124】
また、膨潤液体17が充填されたハウジング35の内部空間が密閉空間になっているため、外部から異物が侵入する心配がなく、膨潤液体17が蒸発することにより減量してしまう心配もない。そのため、本実施形態に係るシール構造40によれば、侵入した異物による膨潤液体17の劣化や内部部材の損傷等、あるいは、膨潤液体17の不足による密封性や低摩耗性の効果低減の懸念が抑制され、膨潤液体17の補充や交換の手間を軽減することができる。したがって、本実施形態に係るシール構造40によれば、広い適用範囲で、優れた密封性向上効果及び低摩擦性の効果を長期的に維持することができる。
【0125】
[第5の実施形態]
図6は、本発明の例示的一態様である第5の実施形態に係るシール構造50の概略構成を示すための、軸xに沿う断面における断面図である。図5を参照して、本実施形態に係るシール構造50の構成を説明する。
【0126】
第5の実施形態にかかるシール構造50は、1本のシャフト13に対して、1つのハウジング55を共有する2つのシールユニット10B,10Cを備えている。この2つのシールユニット10B,10Cは、それぞれ、第1の実施形態に係るシール構造10とほぼ同様の構造(本発明のシール構造の一態様)を有しており、隣り合う一組のシールユニット10B,10Cの向きが、軸x方向において同じである。
【0127】
したがって、2つのシールユニット10B,10Cは、構造の一部が異なることを除き、第1の実施形態にかかるシール構造10と同一の形状乃至構成のものである。よって、本実施形態にかかる図6において、シールユニット10Bについては、第1の実施形態と同一の構成の部材に同一の符号を付して、その詳細な説明を省略している。また、シールユニット10Cについては、第1の実施形態と同一の構成の部材に同一の付番に「C」を加えた符号を付して、同様に、その詳細な説明を省略している。その他、ハウジング55の構造の内、一部については、第3の実施形態におけるハウジング35と同一の形状乃至構成のものがあるため、かかる部材については、第3の実施形態と同一の符号を付して、その詳細な説明を省略している。
【0128】
ハウジング55は、シールユニット10Cの一部を構成し、シャフト13が貫通する開口部55a,55mを中心に有する円盤部材55n,55eと、同様にシールユニット10Cの一部を構成し、円管状でその軸x方向の両端にフランジ部55p,55gを有する円管部55fと、シールユニット10Bの一部を構成するカップ部材35iと、を有する。
【0129】
円管部55fのフランジ部55gとカップ部材35iのフランジ部35hとは、間に円盤部材55eを挟み込んだ状態で、締結具35jで締結されている。また、円管部55fのもう一方のフランジ部55pの上側(a)には、円盤部材55nが、例えばビスとナットからなる締結具55jで締結されている。これにより、全体として1つのハウジング55が構成されている。
【0130】
本実施形態において、シールユニット10Bのバネ14は、ハウジング55の内面領域に当たる、円盤部材55eの突出部55kにおける下側(b)の面55kbと、ブッシュ11の端面11aと、の間に介在している。バネ14は、面55kb及び端面11aと接続されている。
【0131】
シールユニット10Cのバネ14Cは、ハウジング55の内面領域に当たる、円盤部材55nの下側(b)の面55cと、ブッシュ11Cの端面11aCと、の間に介在している。バネ14Cは、面55c及び端面11aCと接続されている。
本実施形態において、シールユニット10Cにおけるブッシュ11Cと、ハウジング55の内面領域に当たる、円盤部材55nの突出部55kの面55kaと、の間には、リング部材16の如き部材は無い。
【0132】
そのため、ブッシュ11Cにおける軸x方向の一方側(下側(b))の端面11bCに対向する対向面は面55kaであり、当該面55kaを有するハウジング55が、本発明に云う受圧部材を構成する。そして、シールユニット10Cの第2のコーティング層12BCは、当該面55kaに形成されている。
【0133】
バネ14Cは、ブッシュ11Cをハウジング55における面55kaに、軸x方向の他方側(上側(a))から押圧する。したがって、ブッシュ11Cにおける端面11bCは、第2のコーティング層12BCが形成された面55kaに、バネ14Cの弾性作用(伸長方向への復元作用)によって押圧されている。
【0134】
ハウジング55のうち、シールユニット10B側の内部空間は、開口部55mによりシールユニット10C側と連通しているが、そのすぐ上側(a)で、シールユニット10Cにおける第1のコーティング層12AC及び第2のコーティング層12BCによってシールされている。そのため、シールユニット10B側の内部空間は、密閉空間になっている。
【0135】
一方、シールユニット10C側の内部空間は、開口部55aにより上側(a)で外部と連通しているが、下側(b)は、第1のコーティング層12AC及び第2のコーティング層12BCによってシールされている。そのため、シールユニット10C側の内部空間とシールユニット10B側の内部空間とは仕切られており、シールユニット10B側の内部空間に充填される膨潤液体17とは種類の異なる膨潤液体(液体物質)57を充填できるようになっている。
【0136】
本実施形態では、第1の実施形態とほぼ同様の構成のシールユニット10B,10Cを備えているため、第1の実施形態と同様の作用が生じ、同様の効果を奏することができる。本実施形態では、当該第1の実施形態と同様の作用乃至効果に加え、本実施形態特有の作用乃至効果を期待することができる。
【0137】
即ち、本実施形態においては、シールユニット10Cにおける軸x方向の一方側(下側(b))の隣に、他のシールユニット10Bがある状態になっている。シールユニット10Cにおける軸x方向の一方側(下側(b))は、隣のシールユニット10Bとの間がシールされた状態になっている。
【0138】
そのため、密封側(シールユニット10B側)と開放側(シールユニット10C側)とで膨潤液体17,57が入る部屋を分けることが可能となり、使用条件に応じて、最適な膨潤液体を使い分けることが可能になる。また、それぞれのシールユニット10B,シールユニット10Cにおけるコーティング層12についても、使用条件に応じて、最適なものを使い分けることが可能になる。
【0139】
[第6の実施形態]
図7は、本発明の例示的一態様である第6の実施形態に係るシール構造60の概略構成を示すための、軸xに沿う断面における断面図である。図7を参照して、本実施形態に係るシール構造60の構成を説明する。
【0140】
第6の実施形態にかかるシール構造60は、1本のシャフト13に対して、1つのハウジング65を共有する3つのシールユニット10A,10D,10Bを備えている。この3つのシールユニット10A,10D,10Bは、それぞれ、第1の実施形態に係るシール構造10とほぼ同様の構造(本発明のシール構造の一態様)を有している。
【0141】
そして、隣り合う一組のシールユニット10A,10Dの向きが、相互に反転状態で配置されている。また、もう一つの組み合わせである一組のシールユニット10D,10Bの向きが、軸x方向において同じである。
なお、本実施形態にかかるシール構造60は、第3の実施形態にかかるシール構造30におけるシールユニット10Aとシールユニット10Bとの間に,シールユニット10Dが挟み込まれた構造とも云える。よって、本実施形態にかかる図7において、シールユニット10A及びシールユニット10Bについては、第3の実施形態と同一の構成の部材に同一の符号を付して、その詳細な説明を省略している。
また、シールユニット10Dについては、第1の実施形態と同一の構成の部材に同一の付番に「D」を加えた符号を付して、同様に、その詳細な説明を省略している。
【0142】
ハウジング65は、シールユニット10Aの一部を構成するカップ部材35fと、シールユニット10Bの一部を構成するカップ部材35iと、シャフト13が貫通する開口部35mを中心に有する円盤部材35eと、の他、シールユニット10Dを構成する部材を有する。ハウジング65におけるシールユニット10Dを構成する部材は、円管状でその軸x方向の両端にフランジ部65r,65sを有する円管部65g、及び、シャフト13が貫通する開口部65wを中心に有する円盤部材65uであり、これらは円盤部材35eとカップ部材35iとの間に挟まれている。
【0143】
第3の実施形態において締結具35jで締結されている3つの部材の内、カップ部材35iのフランジ部35hが、本実施形態においては円管部65gのフランジ部65rに置き換わっている。即ち、本実施形態においては、カップ部材35fのフランジ部35gと円管部65gのフランジ部65rとが、間に円盤部材35eを挟み込んだ状態で、締結具35jで締結されている。
【0144】
また、円管部65gのフランジ部65sとカップ部材35iのフランジ部35hとが、間に円盤部材65uを挟み込んだ状態で、例えばビスとナットからなる締結具65tで締結されている。
これら締結具35j及び締結具65tによる締結で、全体として1つのハウジング65が構成されている。
【0145】
本実施形態において、シールユニット10Bのバネ14は、ハウジング65の内面領域に当たる、円盤部材65uの突出部65vにおける下側(b)の面65vbと、ブッシュ11の端面11aと、の間に介在している。バネ14は、面65vb及び端面11aと接続されている。
【0146】
シールユニット10Dのバネ14Dは、ハウジング65の内面領域に当たる、円盤部材35eの突出部35kにおける下側(b)の面35kbと、ブッシュ11Dの端面11aDと、の間に介在している。バネ14Dは、面35kb及び端面11aDと接続されている。
本実施形態において、シールユニット10Dにおけるブッシュ11Dと、ハウジング65の内面領域に当たる、円盤部材65uの突出部65vの面65vaと、の間には、リング部材16の如き部材は無い。
【0147】
そのため、ブッシュ11Dにおける軸x方向の一方側(下側(b))の端面11bDに対向する対向面は面65vaであり、当該面65vaを有するハウジング65が、本発明に云う受圧部材を構成する。そして、シールユニット10Dの第2のコーティング層12BDは、当該面65vaに形成されている。
【0148】
バネ14Dは、ブッシュ11Dをハウジング65における面65vaに、軸x方向の他方側(上側(a))から押圧する。したがって、ブッシュ11Dにおける端面11bDは、第2のコーティング層12BDが形成された面65vaに、バネ14Dの弾性作用(伸長方向への復元作用)によって押圧されている。
【0149】
ハウジング65の内部空間は、シールユニット10Aの領域とシールユニット10Dの領域とが開口部35mで連通した密閉空間になっている。そして、この密閉空間(内部空間)に、シールユニット10A及びシールユニット10Dにおける第1のコーティング層12A,12AD及び第2のコーティング層12B,12BDを膨潤させる膨潤液体17が、充填されている。
【0150】
一方、ハウジング55の内部空間のうち、シールユニット10Bの領域の内部空間は、開口部65wによりシールユニット10D側と連通しているが、そのすぐ上側(a)で、シールユニット10Dにおける第1のコーティング層12AD及び第2のコーティング層12BDによってシールされている。そのため、シールユニット10Bの領域の内部空間と、シールユニット10A及びシールユニット10Dの領域の内部空間とは仕切られており、シールユニット10A及びシールユニット10Dの領域の内部空間に充填される膨潤液体17とは種類の異なる膨潤液体(液体物質)67を充填できるようになっている。
【0151】
本実施形態では、第1の実施形態とほぼ同様の構成のシールユニット10A,10D,10Bを備えているため、第1の実施形態と同様の作用が生じ、同様の効果を奏することができる。本実施形態では、当該第1の実施形態と同様の作用乃至効果に加え、本実施形態特有の作用乃至効果を期待することができる。
【0152】
即ち、本実施形態においては、シールユニット10Dにおける軸x方向の一方側(下側(b))の隣に、他のシールユニット10Bがある状態になっている。シールユニット10Dにおける軸x方向の一方側(下側(b))は、隣のシールユニット10Bとの間がシールされた状態になっている。
【0153】
そのため、2つの密封領域、即ち、シールユニット10Bの領域とシールユニット10A及びシールユニット10Dの領域とで膨潤液体17,67が入る部屋を分けることが可能となり、使用条件に応じて、最適な膨潤液体を使い分けることが可能になる。また、それぞれのシールユニット10B,シールユニット10A及びシールユニット10Dにおけるコーティング層12についても、使用条件に応じて、最適なものを使い分けることが可能になる。
【0154】
また、本実施形態においては、シールユニット10Bの領域とシールユニット10A及びシールユニット10Dの領域とが、ともに密閉空間になっている。即ち、ハウジング65の内部空間には、2つの部屋に別々の膨潤液体17,67が充填されているが、何れも密閉空間であるため、膨潤液体17,67が漏れ出ることが無い。したがって、本実施形態に係るシール構造60によれば、天地をどのように傾けたり転倒させたりして適用してもシール効果に影響を与えることが無いため、適用範囲、適用環境、適用箇所等の適用条件の制限を格段に緩和することができる。
【0155】
さらに、本実施形態では、シールユニットが3個連なっており、仮に、何れかのシールユニットに漏れが生じてしまうようなことがあっても、他のシールユニットがバックアップとなり、シール構造の全体としての耐久性が格段に向上する。特に、例えば、差圧環境下で使用される場合等、その両端(上側(a)及び下側(b))で大きく異なる環境乃至条件に晒される場合には、それら環境乃至条件による負荷が当該両端のシールユニットにかかるため、1個のシールユニットに掛かる負荷を軽減するためには、シールユニットの数を増やすことが有効である。
【0156】
このバックアップによる耐久性向上効果は、シールユニットの数が1個の場合(第1~第2の実施形態)よりも2個の場合(第3~第5の実施形態)の方が高く、3個の場合の本実施形態はそれらよりもさらに高い。勿論、必要に応じてシールユニットの数を4個以上にしても構わない。
【0157】
以上、本発明のシール構造について、好ましい6つの実施形態を挙げて説明したが、本発明のシール構造は上記実施形態に係るシール構造10,20,30,40,50,60の構成に限定されるものではない。例えば、上記実施形態においては、弾性部材及びリング部材用弾性部材としてコイル状のバネを用いた例を挙げて説明したが、本発明において、弾性部材及びリング部材用弾性部材としては、コイル状のバネには限定されず、板バネやゴム等の各種弾性体を採用することができる。
【0158】
また、上記実施形態においては、バネ14′,14,14C,14D,24′,24がその両側の部材に固定されている例を挙げて説明したが、本発明において、弾性部材及びリング部材用弾性部材としては、押圧する対象部材(ブッシュ、リング部材、ハウジング等)を所定の方向に押圧する機能を有していればよい。さらに、当該機能を有してさえいれば、どの位置に配置されていても構わない。勿論、バネが押圧する対象部材の間に位置し、かつ、その両側の対象部材に固定されている方が、支持や押圧が安定する点で好ましい。
【0159】
また、上記実施形態においては、ブッシュ11′,11,11C,11Dにおける軸孔11c′,11c,11cC,11cDの内周面11d′,11d,11dC,11dDに、第1のコーティング層12Aが形成された例を挙げて説明したが、本発明において、第1のコーティング層は、シャフト13の外周面、及び、ブッシュ11′,11における軸孔11c′,11c,11cC,11cDの内周面11d′,11d,11dC,11dD、のいずれか一方の面もしくは双方の面に形成されていればよい。当該第1のコーティング層が、軸孔11c′,11c,11cC,11cDの内周面11d′,11d,11dC,11dDとシャフト13との間に形成されていればよく、両者の間隙が埋められる。
【0160】
また、第1~第4の実施形態においては、リング部材16′,16,26′,26における対向面16a′,16a,26a′,26aに、第2のコーティング層12B,12B′が形成された例を挙げて説明したが、本発明において、第2のコーティング層は、ブッシュ11′,11における軸x方向の一方側の端面、及び、リング部材16′,16,26′,26における対向面16a′,16a,26a′,26a、のいずれか一方の面もしくは双方の面に形成されていればよい。
【0161】
また、第5~第6の実施形態においては、リング部材16′,16における対向面16a′,16aと、ハウジング55,65における内面領域である面55ka,65vaに、それぞれ、第2のコーティング層12B,12BC,12BDが形成された例を挙げて説明している。
【0162】
しかし、本発明において、第2のコーティング層は、ブッシュ11′,11,11C,11Dにおける軸x方向の一方側の端面と、リング部材16′,16における対向面16a′,16a、あるいは、ハウジング55,65における内面領域である面55ka,65vaと、のいずれか一方の面もしくは双方の面に形成されていればよい。
【0163】
なお、「軸x方向の一方側」とは、第1及び第2の実施形態、並びに、第3及び第4の実施形態のシールユニット10B,20Bにおいては下側(b)であり、第3及び第4の実施形態のシールユニット10A,20Aにおいては上側(a)である。また、同様に、「軸x方向の一方側」とは、第5の実施形態、並びに、第6の実施形態のシールユニット10D,10Bにおいては下側(b)であり、第6の実施形態のシールユニット10Aにおいては上側(a)である。
【0164】
なお、それぞれの実施形態において、リング部材やハウジング(の内面領域)が受圧部材を構成している例を挙げて説明したが、本発明において受圧部材を構成する部材は、リング部材やハウジングの他、他の形状や構造の部材であってもよい。また、リング部材は必須の構成ではなく、リング部材を有さずに、ハウジングが受圧部材を構成する第5及び第6の実施形態の構成を第1~第4の実施形態に置き換えてもよい。勿論、第5及び第6の実施形態においても、例えば、全てのシールユニットにおいて、ハウジングが受圧部材を構成していても構わないし、リング部材が受圧部材を構成していても構わない。
【0165】
例えば、図1を用いて説明した第1の実施形態であれば、ハウジングにおける内面領域が受圧部材における対向面を構成する場合、リング部材16及びシールリング18を除し、軸x方向の一方側(下側(b))の開口部15bを取り囲むハウジング15の内面領域15dを本発明に云う「受圧部材における対向面」にする。
【0166】
そして、ブッシュ11における軸x方向の一方側(下側(b))の端面11b、及び、ハウジング15における内面領域15d、のいずれか一方の面もしくは双方の面に、第2のコーティング層が形成されていればよい。これは、第3の実施形態におけるシールユニット10A,10Bにおいても同様である。
【0167】
その他、当業者は、従来公知の知見に従い、本発明のシール構造を適宜改変することができる。かかる改変によってもなお本発明の構成を具備する限り、勿論、本発明の範疇に含まれるものである。
【実施例
【0168】
以下、実際に本発明のシール構造を備えた試作装置を作製して、密封性並びに耐久性について確認する試験を行った。なお、本発明は、以下に示す実施例の構成によって限定されるものではない。
図8に、実施例で作製した試作装置の概略構成を示すための、軸線に沿う断面における断面図を示す。また、図9には、当該試作装置の図8におけるA-A断面図を示す。なお、図9においては、後述する膨潤液体(液体物質)117の図示を省略している。なお、以下の説明において、図8における上下関係をもって、試作装置の上下関係を述べる場合がある。
当該試作装置は、図1に示す第1の実施形態に近似した構成のものである。
【0169】
本試作装置は、図8及び図9に示す通り、主として、シャフト(軸部材)113と、ブッシュ111と、リング部材(受圧部材)116と、ハウジング115と、バネ(弾性部材)114a,114b,114cと、支持部122と、軸受120,121と、不図示の回転駆動装置と、から構成される。
【0170】
シャフト113は、下方側の小径部113aと、上方側の大径部113bとから構成されている。
ハウジング115は、上下方向の両端面に、シャフト113の小径部113aが貫通する開口部115a,115bを有する。
【0171】
ブッシュ111は、シャフト113が嵌挿される軸孔111cを有する、厚肉の円筒状の形状であり、上側及び下側に平面リング状の端面111a,111bを備えている。ブッシュ111の外周面には、上下方向に直線状に延びる円弧状の切り欠き部111eが設けられている。
【0172】
リング部材116は、開口部115bを取り囲むハウジング115の内面領域115dと、ブッシュ111における下側の端面と、の間に介在している。また、リング部材116は、ブッシュ111における下側の端面に対向する対向面116aを有する。
リング部材116の中心開口部の近傍とハウジング115の内面領域115dとの間には、シールリング118が配されている。
【0173】
シャフト113の外周面、及び、ブッシュ111における軸孔111cの内周面には、第1のコーティング層112Aが形成されている。また、リング部材116における対向面116aには、第2のコーティング層112Bが形成されている。
ハウジング115における内部空間(密閉空間ではない)には、膨潤液体117が充填されている。
【0174】
バネ114a,114b,114cは、開口部115aを取り囲むハウジング115の内面領域115cと、ブッシュ111における上側の端面と、の間に介在している。当該バネ114a,114b,114cは、ブッシュ111をリング部材116に、上側から押圧する。
【0175】
バネ114は、さらに、その伸縮方向の下側でブッシュ111と接続され、上側でハウジング115の内面領域115cと接続されている。
ハウジング115の内面領域115cからは、円柱状の回り止めロッド119が鉛直方向に垂下している。この回り止めロッド119が、ブッシュ111の切り欠き部111eに嵌合し、ブッシュ111の回転方向(矢印T方向)への動きを規制している。
【0176】
本試作装置における上方で、支持部122に外輪が固定された軸受120,121の内輪に、シャフト113の大径部113bが固定されることで、シャフト113は回転自在に支持されている。
シャフト113の上端は、不図示の回転駆動装置からの回転駆動力が入力され、シャフト113が反時計回り(矢印T方向)に回転するように構成されている。
本試作装置においては、ハウジング115及びその内部構造が、本発明のシール構造を構成している。
【0177】
以上のような試作装置において、以下の条件でポリマーブラシ層を形成した。
・ポリマーブラシ層の乾燥膜厚:第1のコーティング層112A(シャフト113の外周面)…440nm、第1のコーティング層112A(ブッシュ111における軸孔111cの内周面)1120nm、第2のコーティング層112B…460nm
【0178】
・ポリマーブラシ層の分子構造:
【0179】
【化1】
【0180】
・ポリマーブラシ層を構成する高分子グラフト鎖の表面占有率σ*:
第1のコーティング層112A(シャフト113)…グラフト密度σ=0.33
第1のコーティング層112A(ブッシュ111)…グラフト密度σ=0.33
第2のコーティング層112B…グラフト密度σ=0.31
【0181】
・ポリマーブラシ層を構成する高分子グラフト鎖の平均分子鎖長さLp:
第1のコーティング層112A(シャフト113)…平均分子鎖長さLp=2.4μm
第1のコーティング層112A(ブッシュ111)…平均分子鎖長さLp=6.1μm
第2のコーティング層112B…平均分子鎖長さLp=2.9μm
【0182】
・ポリマーブラシ層を構成する高分子グラフト鎖の分子量分布(Mw/Mn):
第1のコーティング層112A(シャフト113)…分子量分布(Mw/Mn)=1.09
第1のコーティング層112A(ブッシュ111)…分子量分布(Mw/Mn)=1.18
第2のコーティング層112B…分子量分布(Mw/Mn)=1.09
【0183】
膨潤液体117には、イオン液体(N-(2-メトキシエチル)-N-メチルピロリジニウム ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド)(以下、略称の「MEMP-TFSI」で表記する。)を用いた。ポリマーブラシ層が形成された部材は、MEMP-TFSI中に減圧環境下(5000Pa)で48時間浸漬して、ポリマーブラシ層を膨潤させた後に、試作装置の組み立てに供した。
【0184】
試作装置を組み立てる際に、ブッシュ111によるリング部材116における対向面116aへの荷重が20Nになるように、各種部品の組付け状態を制御することで、バネ114の押圧力を調整した。
試作装置の上側を開放して大気圧APになるようにするとともに、下側は真空状態Vにした。
【0185】
以上の状態で、試作装置のシャフト113を100rpm(回転/分)の定常回転で回転させて、連続約2000時間の耐久試験を実施した。その結果、耐久試験中、大気圧AP側から真空状態V側への膨潤液体117の漏れや真空度の低下は確認されず、密封状態が維持された。
【符号の説明】
【0186】
1…シール部材、1A…表面、1a…シール面、10…シール構造、10A,10B,10C,10D…シールユニット、11…ブッシュ、11a…端面(他方側)、11b…端面(一方側)、11c…軸孔、11d…内周面、12…コーティング層(ポリマーブラシ層)、12A…第1のコーティング層、12B…第2のコーティング層、13…シャフト(軸部材)、14…バネ(弾性部材)、15…ハウジング、15a…開口部(他方側)、15b…開口部(一方側)、15c,15d…内面領域、15e…内周面、16…リング部材(受圧部材)、16a…対向面、16b…背面、17…膨潤液体(液体物質)、18…シールリング、19…基材、19A…基材表面、20…シール構造、20A,20B…シールユニット、24…バネ(リング部材用弾性部材)、26…リング部材、26a…対向面、28…シールリング、30…シール構造、35…ハウジング、35a,35b…開口部(貫通孔)、35c,35d…内面領域、35e…円盤部材、35f,35i…カップ部材、35g,35h…フランジ部、35j…締結具、35k…突出部、35ka,35kb…面、35m…開口部、35n,35p…内周面、40…シール構造、50…シール構造、55…ハウジング、55a,55b,55m…開口部、55c,55e,55n…円盤部材、55f…円管部、55g,55p…フランジ部、55j…締結具、55k…突出部、55ka,55kb…面、57…膨潤液体(液体物質)、60…シール構造、65…ハウジング、65w…開口部、65u…円盤部材、65g…円管部、65r,65s…フランジ部、65t…締結具、65v…突出部、65va,65vb…面、67…膨潤液体(液体物質)、111…ブッシュ、112A…第1のコーティング層、112B…第2のコーティング層、113…シャフト(軸部材)、114a,114b,114c…バネ(弾性部材)、115…ハウジング、115a,115b…開口部、115c,115d…内面領域、116…リング部材(受圧部材)、116a…対向面、117…膨潤液体(液体物質)、118…シールリング、119…回り止めロッド、120,121…軸受、122…支持部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9