(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-18
(45)【発行日】2024-07-26
(54)【発明の名称】エミッター及びこれを備える装置
(51)【国際特許分類】
H01J 37/06 20060101AFI20240719BHJP
H01J 37/07 20060101ALI20240719BHJP
【FI】
H01J37/06 A
H01J37/07
H01J37/06 Z
(21)【出願番号】P 2023507032
(86)(22)【出願日】2022-03-09
(86)【国際出願番号】 JP2022010356
(87)【国際公開番号】W WO2022196499
(87)【国際公開日】2022-09-22
【審査請求日】2023-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2021046160
(32)【優先日】2021-03-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100185591
【氏名又は名称】中塚 岳
(74)【代理人】
【識別番号】100169063
【氏名又は名称】鈴木 洋平
(72)【発明者】
【氏名】石川 大介
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第09847208(US,B1)
【文献】特開昭52-146545(JP,A)
【文献】特開平03-165432(JP,A)
【文献】国際公開第2011/043353(WO,A1)
【文献】特開2010-287415(JP,A)
【文献】特開昭57-107533(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/06-37/07
H01J 1/00
H01J 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
碍子と、
前記碍子に対して互いに離間して取り付けられている一対の端子と、
前記一対の端子間にアーチ形に取り付けられている少なくとも一本のフィラメントと、
前記フィラメントに固定されている電子源と、
を備え
るエミッターであって、
前記フィラメントが、前記電子源との接点と、前記端子との接点との間に屈曲部を有
し、
前記一対の端子が下方に位置し、前記電子源が前記一対の端子の上方に位置する向きに当該エミッターを配置した状態において、当該エミッターを側方から見ると、
前記フィラメントは、前記端子との接点から上方に延びる第一の部分と、前記第一の部分から屈曲して斜め上方に延びる第二の部分と、前記第二の部分から屈曲して上方に延びる第三の部分とを少なくとも有するとともに、前記フィラメントと前記電子源の接点の位置が前記端子と前記フィラメントの接点の位置から水平方向に100μm以上シフトしている、エミッター。
【請求項2】
前記電子源の材料が希土類ホウ化物、高融点金属ならびにその酸化物、炭化物及び窒化物、ならびに貴金属-希土類系合金からなる群から選ばれる一種の材料である、請求項
1に記載のエミッター。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載のエミッターを備える装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、エミッター及びこれを備える装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エミッターは、電子ビームを発するデバイスであり、例えば、電子顕微鏡及び半導体検査装置に搭載されている。エミッターの一態様として熱電界放出エミッターが知られている。このエミッターは、碍子と、一対の端子と、アーチ状のフィラメントと、フィラメントに固定されている電子源とを備える。特許文献1は、電子顕微鏡、電子ビーム露光機等に用いられる熱電界放射陰極に関する発明を開示している。この文献の
図2には、タングステンチップ1と、タングステンワイヤー3と、絶縁碍子4と、一対の金属支柱5を備える熱電界放射陰極が図示されている。特許文献2の
図7Aにも同様の構成のエミッターが図示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平6-76731号公報
【文献】特開2003-331714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
熱電界放出エミッターが備えるフィラメントは、動作時において1800K程度に加熱されるため、フィラメントの熱変形によって電子源が変位し得る。電子源の過度の変位は以下の課題を招来する。すなわち、エミッターが備えるサプレッサー電極の穴もしくは引出電極の穴に対する電子源の同軸性を加熱前に調整しても、加熱によって電子源が過度に変位すると同軸性が失われる。これにより、電子放出特性、並びに電子ビームの照射方向及び照射位置に悪影響が生じるおそれがある。
【0005】
本開示は、電子源の変位に起因する電子ビームの照射方向及び照射位置のずれが十分に小さいエミッター及びこれを備える装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一側面に係るエミッターは、碍子と、碍子に対して互いに離間して取り付けられている一対の端子と、一対の端子間にアーチ形に取り付けられている少なくとも一本のフィラメントと、フィラメントに固定されている電子源とを備える。上記フィラメントは、電子源との接点と、端子との接点との間に屈曲部を有する。フィラメントが屈曲部を有することで、熱変形による応力が緩和され、電子源の変位を抑制することができる。
【0007】
一対の端子が下方に位置し、電子源が一対の端子の上方に位置する向きにエミッターを配置した状態において、エミッターを側方から見ると、フィラメントは、端子との接点から上方に延びる第一の部分と、第一の部分から屈曲して斜め上方に延びる第二の部分と、第二の部分から屈曲して上方に延びる第三の部分とを少なくとも有することが好ましい。第三の部分が上方に延びていることで、第三の部分に電子源を固定しやすいという利点がある。
【0008】
上記と同様の向きに配置されたエミッターを側方から見たとき、フィラメントと電子源の接点の位置は、端子とフィラメントの接点の位置から水平方向に100μm以上シフトしていることが好ましい。かかる構成を採用することにより、エミッターを上方から見て、一対の端子の間の中心位置に電子源を配置し得る。
【0009】
本開示において、電子源の材料は、例えば、希土類ホウ化物、高融点金属ならびにその酸化物、炭化物及び窒化物、ならびに貴金属-希土類系合金からなる群から選ばれる一種の材料である。
【0010】
本開示の一側面に係る装置は上記エミッターを備える。エミッターを備える装置として、例えば、電子顕微鏡、半導体製造装置、検査装置及び加工装置が挙げられる。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、電子源の変位に起因する電子ビームの照射方向及び照射位置のずれが十分に小さいエミッター及びこれを備える装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本開示に係るエミッターの一実施形態を模式的に示す部分断面図である。
【
図2】
図2は、
図1に示すエミッターの内部構造を模式的に示す斜視図である。
【
図6】
図6は、本開示の他の実施形態に係るエミッターの内部構造を模式的に示す側面図である。
【
図7】
図7は、実施例1に係るフィラメントのSEM写真である。
【
図8】
図8は、実施例1に係るフィラメントのSEM写真である。
【
図9】
図9は、実施例1に係るフィラメントのSEM写真である。
【
図10】
図10は、実施例1に係るフィラメントのSEM写真である。
【
図11】
図11は、比較例1に係るエミッターの構成を模式的に示す側面図である。
【
図12】
図12は実施例1に係るエミッターの電子源の変位量を示すグラフである。
【
図13】
図13は実施例2に係るエミッターの電子源の変位量を示すグラフである。
【
図14】
図14は比較例1に係るエミッターの電子源の変位量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本開示の実施形態について詳細に説明する。以下の説明では、同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。本明細書の記載及び請求項において「左」、「右」、「正面」、「裏面」、「上」、「下」、「上方」、「下方」等の用語が利用されている場合、これらは、説明を意図したものであり、必ずしも永久にこの相対位置であるという意味ではない。
【0014】
<エミッター>
図1は本実施形態に係るエミッターを模式的に示す部分断面図である。この図に示すエミッター10は熱電界放出型と称される。エミッター10を備える装置として、電子顕微鏡、半導体製造装置、検査装置及び加工装置が挙げられる。エミッター10は、電子源1と、アーチ状のフィラメント2と、一対の端子5,6と、碍子8と、サプレッサー9とを備える。フィラメント2への通電によって電子源1が加熱され、電子源1の先端部から電子ビームが放出される。サプレッサー9の上面には穴9aが設けられており、穴9aから電子源1が突き出すように配置されている。電子放出特性等の観点から、電子源1は、通電の前後を通じて、穴9aに対する同軸性が維持されることが好ましい。
図2~5は
図1に示すエミッターの内部構造を模式的に示す斜視図、正面図、側面図及び上面図である。
【0015】
電子源1はアーチ状のフィラメント2の頂部に接点1aにおいて固定されている。電子源1は電子放出材料のチップである。電子放出材料の例として、タングステン、タンタル、ハフニウムなどの高融点金属ならびにその酸化物、炭化物及び窒化物;ホウ化ランタン(LaB
6)、ホウ化セリウム(CeB
6)などの希土類ホウ化物;イリジウムセリウムなどの貴金属-希土類系合金が挙げられる。電子放出特性、強度及び加工性の観点から、電子源1は、軸方位が<100>方位のタングステン単結晶チップであることが好ましい。この場合、チップの表面の一部にジルコニウム及び酸素の供給源(特許文献1の
図1参照)が塗布される。供給源からチップの表面にジルコニウム及び酸素が連続して供給されることにより、チップの表面を覆うZrO層が形成され続ける。これにより、チップの仕事関数の上昇が抑制され、熱電界放射陰極としての機能が長期にわたって維持される。
【0016】
フィラメント2は通電によって電子源1を加熱するためのものである。フィラメント2は、一対の端子5,6の間にアーチ形に取り付けられている。フィラメント2の材質は、融点が2200℃以上の高融点金属であることが好ましい。その具体例として、タングステン、並びに、タングステンと高融点金属(例えば、レニウム)の合金が挙げられる。組織安定化のためのアルカリ金属(例えば、カリウム)がドープされたタングステンであってもよい。なお、アーチ状のフィラメント2の両端を端子5,6に接合し、フィラメント2の頂部に電子源1を接合することにより、二本のワイヤーを使用してフィラメントを構成する場合と比較して接合作業を効率的に実施できるという利点がある。すなわち、二本のワイヤーの一方の端部を一対の端子にそれぞれ接合し、これらの他方の端部に電子源を接合するよりも、アーチ状の一本のフィラメントを使用した方が製造工程が簡易であるということができる。
【0017】
エミッターを側方から見たとき、フィラメント2の両端部はいずれも、一対の端子5,6の正面側(
図4における右側)に接合されている。接点5aは、端子5の側面にフィラメント2の一方の端部が接合している箇所である。接点6aは、端子6の側面にフィラメント2の他方の端部が接合している箇所である(
図3参照)。接点1aは、電子源1とフィラメント2が接合されている箇所である。
【0018】
図2に示されたとおり、本実施形態に係るフィラメント2には、一対の屈曲部3a,3bと、一対の屈曲部4a,4bが形成されている。フィラメント2が複数の屈曲部を有することで、熱変形による応力が緩和され、電子源1の変位を抑制することができる。例えば、一対の屈曲部3a,3bは、アーチ状の加工されたフィラメントに対して折り曲げ加工を施すことによって同時に形成され、一対の屈曲部4a,4bについても同様である。屈曲部3a,4aは接点5aと接点1aとの間に設けられている。屈曲部3b,4bは接点6aと接点1aとの間に設けられている。
【0019】
屈曲部3a,3bにおける折り曲げ角度(
図4における角度α)は、例えば、10~40°であり、15~30°であってもよい。屈曲部4a,4bにおける折り曲げ角度(
図4における角度β)も、例えば、10~40°であり、15~30°であってもよい。この角度が10°以上であることで、後述のシフト距離D(
図4に示す距離D)を一定以上設けるのに必要な第二の部分2bを短くできる傾向にあり、他方、40°以下であれば折り曲げ加工がしやすい傾向にある。
【0020】
図4に示されたように、エミッター10を側方(一方の端子5で他方の端子6が隠れて見えない向き)から見たとき、フィラメント2は、端子5との接点5aから上方に延びる第一の部分2aと、第一の部分2aから屈曲して斜め上方に延びる第二の部分2bと、第二の部分2bから屈曲して上方に延びる第三の部分2cとを有する。側方から見たとき、第二の部分2bが端子5の中心側(
図4における左側)に傾斜していることで、上方から見て、一対の端子5,6の間の中心位置に電子源1を配置し得る(
図5参照)。また、電子源1が接合される第三の部分2cが上方に延びていることで、電子源1の固定作業をしやすいという利点もある。
図4に示す角度αと角度βが実質的に同じである場合、第一の部分2aの延在方向と第三の部分2cの延在方向を一致させることができる。これらの延在方向は、電子ビームの照射方向と一致しており、針状の電子源1の延在方向とも一致していることが好ましい。
【0021】
エミッター10を側方から見たとき、フィラメント2と電子源1の接点1aの位置は、端子5とフィラメント2の接点5aの位置から水平方向(
図4における左方向)に100μm以上シフトしていることが好ましい。これにより、エミッター10を上方から見て、一対の端子5,6の間の中心位置に電子源1を配置し得る。このシフト距離(
図4に示す距離D)は、端子5,6及び電子源1の太さに応じて設定すればよい。シフト距離Dは、100~700μm又は400~600μmであってもよい。なお、本実施形態においては、フィラメント2の裏面側(
図4における左側)に電子源1が接合されている態様を例示したが、シフト距離Dを十分に大きく設定できる場合には、フィラメント2の正面側(
図4における右側)に電子源1を接合してもよい。
【0022】
以上、本開示の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態においては、熱電界放出型のエミッターについて説明したが、電界放出型のエミッターに上記実施形態に係る態様を適用してもよい。電界放出型のエミッターは
図1に示すサプレッサー9を必要とせず、また、電子源として、例えば、軸方位が<310>方位のタングステン単結晶チップが使用される。
【0023】
上記実施形態においては、フィラメント2が二対の屈曲部を有する場合を例示したが、フィラメントが一対の屈曲部又は三対以上の屈曲部を有していてもよい。
図6に示すエミッター20は、一対の屈曲部3a,3bを有するフィラメント12を備える。フィラメント12は、側方から見たとき、接点5aから上方に延びる第一の部分12aと、第一の部分12aから屈曲して斜め上方に延びる第二の部分12bとを有し、第二の部分12bの頂部に電子源1が固定されている。側方から見たとき、端子5の中心側(
図6における左側)に第二の部分12bが傾斜している。また、上記実施形態においては、エミッター10が一本のフィラメント2を備える場合を例示したが、エミッターは複数のフィラメントを備えたものであってもよく、複数のフィラメントにそれぞれ一つの電子源が固定された構造であってもよいし、複数のフィラメントで一つの電子源を固定する構造であってもよい。
【実施例】
【0024】
以下、本開示について実施例及び比較例に基づいて説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
[実施例1]
以下の材料を準備した。
・電子源:タングステン単結晶チップ(直径:0.1mm、長さ:1.2mm、軸方位<100>)
・フィラメント:タングステンレニウムフィラメント(直径:0.1mm、長さ:14mm)
【0026】
上記材料を使用し、
図1~5に示す構成を有するエミッターを作製した。
図7~10は実施例1に係るフィラメントのSEM写真である。
図7はフィラメントの全体を示し、
図8はフィラメントを正面から見たときの形状を示し、
図9はフィラメントを側方から見たときの形状を示し、
図10はフィラメントを上方から見たときの形状を示したものである。
【0027】
実施例1に係るエミッターは以下の手順で作製した。まず、アーチ状のフィラメントに二対の屈曲部を形成した。いずれの屈曲部も折り曲げ角度を20°とした。その後、一対の端子にフィラメントの端部を溶接によってそれぞれ接合した。そして、フィラメントの頂部に電子源を溶接によって接合した。なお、
図9に示すように、一対の端子の正面側(
図9における右側)にフィラメントの端部をそれぞれ接合し、フィラメントの裏面側(
図9における左側)に電子源を接合した。
【0028】
[実施例2]
フィラメントに二対の屈曲部(折り曲げ角度:20°)を形成する代わりに、一対の屈曲部(折り曲げ角度:20°)を形成したことの他は、実施例1と同様にして、
図6に示す構成を有するエミッターを作製した。
【0029】
[比較例1]
フィラメントに屈曲部を設けなかったことの他は、実施例1と同様にして、
図11に示す構成を有するエミッターを作製した。
図11に示すエミッター30は、屈曲部が形成されていないアーチ状のフィラメント13を備える。
【0030】
[電子源の変位量の測定]
実施例及び比較例に係る各エミッターのフィラメントを通電加熱したときの電子源の変位量を測定した。測定の装置及び条件は以下のとおりとした。
図12~14に結果を示す。
・測定装置:レーザー変位計(株式会社キーエンス製、商品名:マルチカラーレーザー変位計CL-3000)
・通電時間:5~15分
・電流値:1.54A
・電圧:1.6V
・変位方向:
図4,6,11における左右方向
実施例1,2及び比較例1の結果は、フィラメントに屈曲部を設けることにより、通電に起因する電子源の変位を小さくできることを示している。
【符号の説明】
【0031】
1…電子源、1a…接点、2,12…フィラメント、2a…第一の部分、2b…第二の部分、2c…第三の部分、5,6…端子、3a,3b,3a,3b…屈曲部、5a,6a…接点、8…碍子、9…サプレッサー、9a…穴、10,20…エミッター、12a…第一の部分、12b…第二の部分、13…フィラメント(比較例)、30…エミッター(比較例)、α,β…折り曲げ角度、D…シフト距離。