(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-19
(45)【発行日】2024-07-29
(54)【発明の名称】フィードバックデフレクターシステム
(51)【国際特許分類】
H05H 13/04 20060101AFI20240722BHJP
A61N 5/10 20060101ALI20240722BHJP
【FI】
H05H13/04 N
H05H13/04 Q
A61N5/10 H
(21)【出願番号】P 2020029941
(22)【出願日】2020-02-25
【審査請求日】2023-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100194869
【氏名又は名称】榎本 慎一
(72)【発明者】
【氏名】川久保 忠通
(72)【発明者】
【氏名】高山 健
(72)【発明者】
【氏名】安達 利一
(72)【発明者】
【氏名】岡村 勝也
【審査官】佐藤 海
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-144573(JP,A)
【文献】特開2006-310013(JP,A)
【文献】特開2017-196140(JP,A)
【文献】特開2017-029235(JP,A)
【文献】特開2012-029821(JP,A)
【文献】特開2012-011038(JP,A)
【文献】国際公開第2013/157116(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/120615(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/058833(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/082651(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0233423(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21K 1/00-1/06
H05H 3/00-15/00
A61N 5/00-5/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子線ビームの照射位置を、前回の設定値から測定されたガン標的の現在位置にフィードバックして補正する補正デフレクターと、
前記粒子線ビームを供給する加速器の主偏向電磁石の励磁電流波形が最大値に達するまでの時間帯で、前記補正デフレクターに前記主偏向電磁石の励磁電流波形と相似する前記補正のための励磁電流波形を形成させる駆動電源回路と、
からな
ることを特徴とするフィードバックデフレクターシステム。
【請求項2】
前記駆動電源回路によって、
前記補正デフレクターに、
前回の粒子線ビーム照射時のガン標的への粒子線ビームの3次元ドーズプロフィールから前回の次の粒子線ビーム照査前にガン標的プロフィールに補正する磁場強度を発生させることで、
前記粒子線ビームの照射位置を前記前回の設定値から前記現在位置に補正することを特徴とする請求項1に記載のフィードバックデフレクターシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3次元方向に広がりを持ち、動き・変形するガン標的の任意の位置にリアルタイムで照準を合わせてビームを照射可能にするフィードバックデフレクターシステムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
次世代粒子線セラピーでは、粒子線ビーム(単に「ビーム」ともいう)の加速器から取り出されたビームを照射標的の表面上(2次元的)を隈なく走査して照射するだけでなく、深さ方向も加えた3次元的にもビームを移動させて、連続的照射することが求められている。それらについての検討が、非特許文献1-7に開示されている。
【0003】
ガンには広さだけでなく厚みがあるので、粒子線ガンセラピーにおいては、ガン全体に粒子線ビームを3次元的に連続的走査できることが理想である。
【0004】
粒子線ビームの2次元走査の為には加速器と照射対象の間にパルス電磁石(以降「プログラム動作デフレクター」と称する)を配置し、必要な角度だけビームを振れば良い。
【0005】
ここで、加速器内での粒子線ビームエネルギーは、照射標的の表面でブラッグピークを持つ値に達した時間からビームは引き出され、照射標的最深部でのブラッグピークに対応するエネルギーに達する時間まで照射ビームスピルは連続的に引き出される(
図5の取り出し時間t1~t2,非特許文献7)。
【0006】
このときデフレクターの磁場が一定であればビームエネルギーの増加に伴い標的におけるビーム照射位置が変化してしまう。これを防ぐ為、先ず照射すべき位置に応じて事前にプログラム動作する設定デフレクターのキック角(励磁最大値)を励磁パルス毎に決め、加速器の主偏向電磁石の励磁パターンと同期した磁場を設定デフレクターに発生させる必要がある。これは適切な駆動電源回路とその動作プログラム制御で容易に実現できる(このシステムを
図1に示すように「プログラム動作デフレクターシステム」と呼ぶ)。
【0007】
しかし、プログラム動作デフレクターシステムだけでは、ガン標的が動かない場合にしか対応できない。実際のガン標的は呼吸やその他患者の移動に伴い重力の影響で移動・変形(変化)する。但し、その変化は、1ショット当たりのビーム照射時間(10-20ミリ秒)に比すれば、非常に遅く、照射ビームからみれば静止している程である。
【0008】
しかし、10Hzの繰り返しの間、ガン標的は移動・変形する。しかもその移動・変形は全く同じパターンで動くわけではない。患者に応じ、又、患者を載せた照射ベッドの操作に応じ、異なる。これにはプログラム動作デフレクターシステムでは対応できない。
【0009】
個々のケースに応じ、プログラム動作デフレクターシステムに加え、時間的に移動・変形するガン標的に対応するシステム(「フィードバックデフレクターシステム」と呼ぶ、
図1参照)を構築する必要がある。
【0010】
照射すべきガン標的は、呼吸などの人体の生理作用で位置移動するので、先ずそのガン標的の位置(ガン標的プロフィール)をリアルタイムで検出することが課題であった。幸い、ガン標的の金ナノ粒子による標識付けとX線カメラを組み合わせたガン標的検出システムの登場で、その課題は既に解決している(特許文献1)。
【0011】
他方、ガンに照射されたビームより生成される即発ガンマー線を検出することにより、照射ビームの進行軸方向(z軸)の照射ビームのプロフィール、すなわちガン標的の深さ(z軸方向のドーズプロフィール)信号の検出が可能になった(非特許文献8)。
【0012】
z軸方向のドーズプロフィール信号とビームが人体に入射する直前に置いたビーム位置モニターでx-y軸方向の2次元ビームプロフィール信号と用いることでガン標的に照射されたビームの3次元ドーズプロフィール(信号)が把握できる。
【0013】
計算機によりリアルタイムで検出したビーム照射前のガン標的の現在の位置を示すガン標的プロフィールと、前回のビーム照射の際に取得した3次元ドーズプロフィールとを比較してガン標的の位置の「ズレ」を求める。現在の計算機処理技術では10Hzでの処理は可能である。
【0014】
そして、得られたガン標的の位置の「ズレ」を次のビーム照射でどのように補正するかが最大の課題となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開2016-144573号公報(画像処理装置および粒子線治療装置/(株)日立製作所、北海道大学)
【文献】特開2006-310013(全種イオン加速器及びその制御方法/KEK)
【非特許文献】
【0016】
【文献】Marco Schippers, “Advances in Beam Delivery Techniques and Accelerators in Particle Therapy”, Chapter 4 in Advances in Particle Therapy edited by Manjit Dosanjh and Jacques Bernier (CRC Press,2018).
【文献】T. Harberer et al., “Magnetic scanning system for heavy ion therapy”, Nucl. Instr. Meth. A 330, 296 (1993).
【文献】M. Tomizawa et al., “Slow beam extraction at TARN II”, Nucl. Instr. Meth. A 326, 399 (1993).
【文献】K. Noda et al., “Slow beam extraction by a transverse RF field with AM and FM”, Nucl. Instr. Meth. A 374, 269 (1996).
【文献】M. Benedikt, P. Bryant, and M. Pullia, “A new concept for the control of a slow-extracted beam in a line with rotational optics”, Nucl. Instr. Meth. A 430, 523 (1999).
【文献】W. Chu, B.A. Ludewigt, and T.R. Renner, “Instrument of cancer using proton and light ion beams”, Rev. Sci. Instrum. 64, 2055 (1993).
【文献】Leo Kwee Wah, Takumi Monma, Toshikazu Adachi, Tadamichi Kawakubo, Tanuja Dixit, and Ken Takayama, “Compact hadron driver for cancer therapies using continuous energy sweep scanning”, Phys. Rev. Accelerators and Beams 19, 042802 (2016).
【文献】Ayako Koide et al., “Precision imaging of 4.4 MeV gamma rays using a 3-D position sensitive Compton Camera”Nature, Scientific Reports 8, 1-9 (2018).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
そこで、本発明は、3次元方向に広がりを持ち、動き・変形するガン標的の任意の位置にリアルタイムで照準を合わせてビームを照射可能にする、すなわちリアルタイムで検出したビーム照射前のガン標的の位置と、前回のビーム照射の際のガン標的の位置の「ズレ」を補正するフィードバックデフレクターシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
(1)
粒子線ビームの照射位置を設定値から現在位置に補正する補正デフレクターと、
前記粒子線ビームを供給する加速器の主偏向電磁石の励磁電流波形が最大値に達するまでの時間帯で、前記補正デフレクターに前記主偏向電磁石の励磁電流波形と相似する励磁電流波形を形成させる駆動電源回路と、
からなることを特徴とするフィードバックデフレクターシステム。
(2)
前記駆動電源回路によって、前記補正デフレクターに、前回の粒子線ビーム照射時のガン標的の3次元ドーズプロフィールから粒子線ビーム照査前にガン標的プロフィールの位置に補正する磁場強度を発生させることで、前記粒子線ビームの照射位置を設定値から現在位置に補正することを特徴とする(1)に記載のフィードバックデフレクターシステム。
とした。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、補正デフレクターの発生する励磁電流波形は加速器の主偏向電磁石の励磁電流波形と相似になる。又、コンデンサーCの充電電圧を制御するサイリスタScと補正デフレクターへの電流の向きを制御するサイリスタ(Sp1&Sp2)や(Sn1&Sn2)のON/OFFのタイミングを周期ごとに変化させる事により補正デフレクターの磁場(励磁電流波形)の最大振幅は正負を含め可変できる。この操作とエネルギーをスイープしながら連続的な加速器からのビーム取り出し(
図5,非特許文献7)の特徴と合わせると、3次元的に移動・変形する臓器のガン標的への精度良い3次元の追尾ビーム照射が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、本発明のフィードバックデフレクターシステムを含む粒子線ガンセラピー照射イメージ図である。
【
図2】
図2は、本発明の補正デフレクターの断面模式図である。
【
図3】
図3は、本発明のフィードバックデフレクターシステムの回路図である
【
図4】
図4は、
図3の回路の動作原理に基づくシミュレーション結果である。
【
図5】
図5は、非特許文献7の連続的なビームの取り出しを示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付の図面を参照し、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、本発明は下記形態例に限定されるものではない。
【0022】
図1-3に示す本発明のフィードバックデフレクターシステム1は、3次元方向にビーム照射位置をガン標的の動きに追随して微調整(リアルタイム補正)可能なビーム出射を実現するものであって、
図2に示すように、駆動電源回路と補正デフレクターとからなる。
図3中の回路の記号は符号の説明を参照のこと。
【0023】
図1の加速器は特許文献2に示す誘導加速シンクロトロン(特許文献2)が例示でき、ビーム取出制御システムは誘導加速セル、加速器で加速され取り出された粒子線ビームは
図5のようにエネルギー変化を持ち、非特許文献7に取り出し方法が開示されている。ビーム取り出しタイミング制御信号はフィードバック計算機で求められたズレから与えられる、取り出し時間(t1、t2)に相当する信号である。プログラム動作デフレクターシステムは、駆動電源回路への充電時間があらかじめ設定されている以外はフィードバックデフレクターシステムと同じ構成である。充電時間制御信号は、求められる補正ビームの偏向角を補正デフレクターで実現する磁場を発生させるのに要する充電時間の信号である。
【0024】
図2の補正デフレクターは、ギャップの中に挿入する真空ダクトを薄いSUS楕円パイプで製作するので10Hzの動作でも渦電流による減磁効果を抑制し、発熱を防止した偏向電磁石である。
【0025】
本発明は、粒子線ガンセラピーのドライバーである加速器、例えば速い繰り返し誘導加速シンクロトロン(特許文献2)から、一加速周期内で連続的に変化するエネルギーを持って取り出される粒子線ビーム(
図5)のガン標的に対する入射位置と入射角を、加速周期内で補正デフレクターにより一定に保持するものである。
【0026】
先ず照射粒子線ビームのライン上での補正デフレクターによる曲げ角を加速周期毎に任意に変化させ、ビームを要求される照射位置に固定する。
【0027】
次に高速に励磁される偏向電磁石である補正デフレクターの励磁電流波形を加速器の主偏向電磁石の励磁電流波形と相似にする。そのために、
図2の2極電磁石断面を持つ補正デフレクターに
図3のように駆動電源回路を接続する。駆動電源回路の構成は
図3のように100msec以内でフィードバック制御され得るスイッチングパルス電源回路である。
操作は正負、逆方向にも自由に実現できる。
【0028】
充電コンデンサーCのキャパシタンスと補正デフレクターのインダクタンスの積が加速器の偏向電磁石の励磁周期と一定の関係を満たすようにキャパシタンスを選ぶ。これにより、駆動電源回路が、補正デフレクターに主偏向電磁石の励磁電流波形と相似する、補正のための励磁電流波形を形成させることができる。
【0029】
補正デフレクターの励磁電流波形の最大振幅を正負の符号を含め、外部制御信号によって加速周期毎に変化させる。コンデンサーCに充電する電圧を充電用サイリスタScのOFFタイミングをコントロールする事により任意に調整する。補正デフレクターの電流をONするタイミングでサイリスタS0と補正デフレクター順方向電流発生用サイリスタSp1及びSp2をONにするか、補正デフレクター逆方向電流発生用サイリスタSn1およびSn2をONにするかで補正デフレクターに流す電流の向きを変える。
【0030】
図3の回路動作は、次の通りである。
(A)
充電コンデンサーCの充電用サイリスタScをONにして直流高圧電源V0から充電コンデンサーCに充電する。
【0031】
(B)
充電コンデンサーCが所定(ビーム照射全体を司る制御系が決定する)の電圧に達したら充電用サイリスタScをOFFする。充電用サイリスタScにトリガーによりOFFする機能が付いていな場合は、破線で囲まれた付属回路(S1 OFF circuit)により充電用サイリスタScを強制OFFする。
【0032】
なお、付属回路(S1 OFF circuit)の強制OFF動作は以下の通りである。
a.充電用サイリスタScをOFFしたいタイミングでScOFF回路用サイリスタS1をONする。
b.充電用サイリスタScは逆電流によりOFFする。又、ScOFF回路用サイリスタS1を流れる電流はScOFF回路用コンデンサーC1が充電されるとゼロとなり、その時点でScOFF回路用サイリスタS1はOFFとなる。
c.電荷放電用サイリスタS2をONにしてScOFF回路用コンデンサーC1に充電された電荷をC1電荷放電用抵抗R1を通して放電する。
d.ScOFF回路用コンデンサーC1の電荷がゼロとなったら電荷放電用サイリスタS2を流れる電流はゼロとなるのでC1電荷放電用サイリスタS2もOFFとなる。
e.上記の一連の動作は次に充電コンデンサーCの充電の為に充電用サイリスタScをONするまでに終了する。
【0033】
(C)
補正デフレクターに正電流(即ち
図3中の補正デフレクターにおいて上から下への向き)を流したいタイミング(ビーム照射全体を司る制御系が決定する)でサイリスタS0及び、補正デフレクター順方向電流発生用サイリスタSp1、Sp2を同時にONする。逆に負電流を流したい時(即ち図中のLで下から上への向き)はサイリスタS0及び、補正デフレクター逆方向電流発生用サイリスタSn1、Sn2を同時にONする。
【0034】
(D)
充電コンデンサーCの電圧が減少してゼロ電位になった瞬間、サイリスタS0をOFFにする。この後、補正デフレクターに流れる電流は臨界減衰用抵抗Rにより速やかにゼロとなる。
【0035】
(F)
これで一連の補正デフレクターを含む電源回路の周期動作は終了し、再び(A)に戻る。
【0036】
次に、
図3示す回路動作で説明した動作原理に基づき粒子線ビームの3D照射制御をした取り出しをシミュレーションした結果を以下に示す。但し、シミュレーション時間は主ベンド磁石の4周期分である。補正デフレクター電流が加速器周期ごとに自由自在にピーク値や電流の向きを変え得る事を示すために1発目から4発目にかけて正、負、正、正の向きとし、その電流の絶対値もさまざまに変化させている。
【0037】
図4に主偏向電磁石の励磁電流波形を示す。上述した動作により充電コンデンサーCは充電用サイリスタScのOFFタイングにより「充電コンデンサーの電圧波形」に
図4に示したように大小様々に異なる充電電圧となる。補正デフレクターに通電すべきタイミングで順方向電流発生用サイリスタ(Sp1&Sp2)をONにするか逆方向電流発生用サイリスタ(Sn1&Sn2)をONにするかで
図4の「補正デフレクター励磁電流波形」に示すように電流の向きやその絶対値を自由に変化させる事が出来る。
【0038】
図4の場合は加速器周期毎に[順→逆→順→順]の電流発生用サイリスタをONにしている。但し全ての励磁電流波形ともそのゼロ電流がゼロからピーク電流までの時間中、その励磁電流波形は完全に主偏向電磁石の励磁電流波形と相似である。
【符号の説明】
【0039】
1 フィードバックデフレクターシステム
V0 直流高圧電源
Rc 充電抵抗
S1 ScOFF回路用サイリスタ
C1 ScOFF回路用コンデンサー
S2 C1電荷放電用サイリスタ
R1 C1電荷放電用抵抗
Sc 充電用サイリスタ
S0 サイリスタ
C 充電コンデンサー
D 臨界減衰用ダイオード
R 臨界減衰用抵抗
Sp1、Sp2 補正デフレクター順方向電流発生用サイリスタ
Sn1、Sn2 補正デフレクター逆方向電流発生用サイリスタ