(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-19
(45)【発行日】2024-07-29
(54)【発明の名称】抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20240722BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20240722BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20240722BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20240722BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20240722BHJP
A61P 21/04 20060101ALI20240722BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20240722BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20240722BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20240722BHJP
A61P 31/00 20060101ALI20240722BHJP
C12P 21/00 20060101ALI20240722BHJP
C07K 16/00 20060101ALN20240722BHJP
C12N 15/56 20060101ALN20240722BHJP
【FI】
A61K39/395 V
A61P37/06
A61P29/00 101
A61P19/02
A61P17/00
A61P21/04
A61P1/04
A61P13/12
A61P1/16
A61P31/00
C12P21/00 A
C07K16/00
C12N15/56 ZNA
(21)【出願番号】P 2020127031
(22)【出願日】2020-07-28
【審査請求日】2023-04-17
(31)【優先権主張番号】P 2019161306
(32)【優先日】2019-09-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504136993
【氏名又は名称】独立行政法人国立病院機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三村 雄輔
(72)【発明者】
【氏名】三村 由香
【審査官】池上 文緒
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-517518(JP,A)
【文献】国際公開第2017/170597(WO,A1)
【文献】J. Am. Chem. Soc.,2012年,vol.134, issue 29,p.12308-12318
【文献】Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.,2017年,vol.114, no.3,p.3485-3490
【文献】Org. Biomol. Chem.,2016年,vol.14, no.40,p.9501-9518
【文献】PLoS One,2018年,vol.13, issue 2,e0193534, p.1-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/395
C07K 16/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
包含されるIgG抗体が、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体からな
り、自己免疫疾患の予防及び/又は治療に使用される、ことを特徴とする、抗炎症性非フコシル化
静注用免疫グロブリン製剤(ここでSはシアル酸、Gはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノースである。)。
【化1】
【請求項2】
前記自己免疫疾患は、川崎病、特発性血小板減少性紫斑病、ギラン・バレー症候群、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、自己免疫性好中球減少症、自己免疫性溶血性貧血、自己免疫性後天性凝固第VIII因子欠乏症、多発性硬化症、重症筋無力症、スティフ・パーソン症候群、多病巣性神経障害、ANCA関連血管炎、慢性関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、天疱瘡、類天疱瘡、ベーチェット病、潰瘍性大腸炎、クローン病、Reiter関節炎、多発性筋炎、皮膚筋炎、限局性強皮症、全身性強皮症、Sjogren症候群、抗糸球体基底膜腎炎、原発性硬化性胆管炎、原発性抗リン脂質抗体症候群、中毒性表皮壊死症、移植片対宿主病、又は、敗血症の何れかである請求項
1記載の抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤。
【請求項3】
ヒト血清IgG抗体にエンドグリコシダーゼ S (Endo S)を用いて、Fc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合している糖鎖をキトビオースコアで切断し、Asn297残基に結合しているN-アセチルグルコサミン及び該N-アセチルグルコサミンに結合したフコース以外を除去する糖鎖除去工程と、
α-L-フコシダーゼ(AlfC)を用いて前記N-アセチルグルコサミンに結合したフコースを除去するフコース除去工程と、
グリコシンターゼ (Endo S D233Q)を用いて、シアリルグリコペプチドから調製したオキサゾリン化糖鎖(SG-Ox)を、ヒト血清IgG抗体のFc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合しているN-アセチルグルコサミンに転移する転移工程と、を有することを特徴とする抗炎症性非フコシル化
静注用免疫グロブリン製剤の製造方法。
【請求項4】
前記フコース除去工程において、α-L-フコシダーゼは1,6-α-L-フコシダーゼであることを特徴とする請求項
3に記載の抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
IVIGは川崎病、特発性血小板減少性紫斑病、ギラン・バレー症候群などの自己免疫疾患に対する数少ない治療選択肢の一つである。IVIGはIgGを数千の健常人の血漿から分画し、精製、濃縮されて製造される。治療効果はIgG-Fc 部分にあり(非特許文献1、2)、IgG-FcのAsn297結合糖鎖が必要であると報告されているが(非特許文献2)、抗炎症作用の機序は明らかではない。IgG-Fcの糖鎖は、Fcγ受容体や補体活性化などIgGのエフェクター機能の発現に必須であり、糖鎖の除去により抗体依存性細胞傷害作用(ADCC)や補体依存性細胞傷害作用等が大きく損なわれる(非特許文献3)。IgG-Fc糖鎖は、7糖からなるコア構造にフコース、ガラクトース、シアル酸等が結合し、高度な不均一性を示す(
図1)。これらの非還元末端に結合する単糖は、様々な生物活性との関連が報告されている(非特許文献4)。
【0003】
フコース除去はADCCを100倍程度増強することが示され(非特許文献5,6)、既に非フコシル化モノクローナル抗体(Mogamulizumab, Obinutuzumab)は成人T 細胞白血病やCD20陽性濾胞性リンパ腫に対して臨床応用されている。自己免疫疾患に抗炎症効果を示すIVIGの有効成分の同定やその作用機序の解明は、今後も需要が増大するIVIGに代わる新規抗体医薬の開発のためにも必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Debre, M., et al., Infusion of Fc gamma fragments for treatment of children with acute immune thrombocytopenic purpura. Lancet, 1993. 342(8877): p. 945-9.
【文献】Schwab, I. and F. Nimmerjahn, Intravenous immunoglobulin therapy: how does IgG modulate the immune system? Nat Rev Immunol, 2013. 13(3): p. 176-89.
【文献】Mimura, Y., et al., Glycosylation engineering of therapeutic IgG antibodies: challenges for the safety, functionality and efficacy. Protein Cell, 2018. 9(1): p. 47-62.
【文献】Zhang, P., et al., Challenges of glycosylation analysis and control: an integrated approach to producing optimal and consistent therapeutic drugs. Drug Discov Today, 2016. 21(5): p. 740-65.
【文献】Shinkawa, T., et al., The absence of fucose but not the presence of galactose or bisecting N-acetylglucosamine of human IgG1 complex-type oligosaccharides shows the critical role of enhancing antibody-dependent cellular cytotoxicity. J Biol Chem, 2003. 278(5): p.3466-73.
【文献】Shields, R.L., et al., Lack of fucose on human IgG1 N-linked oligosaccharide improves binding to human Fcgamma RIII and antibody-dependent cellular toxicity. J Biol Chem, 2002. 277(30): p. 26733-40.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、自己免疫疾患等の炎症性疾患に対する新しい治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤は、包含されるIgG抗体が、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体からなることを特徴とする。ここでSはシアル酸、Gはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノースである。
【0007】
【0008】
本発明にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤は、包含されるIgG抗体が、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体からなることを特徴とする。ここでGはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノースである。
【0009】
【0010】
本発明にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤の製造方法は、ヒト血清IgG抗体にエンドグリコシダーゼ S (Endo S)を用いて、Fc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合している糖鎖をキトビオースコアで切断し、Asn297残基に結合しているN-アセチルグルコサミン及び該N-アセチルグルコサミンに結合したフコース以外を除去する糖鎖除去工程と、α-L-フコシダーゼ (AlfC)を用いて前記N-アセチルグルコサミンに結合したフコースを除去するフコース除去工程と、グリコシンターゼ (Endo S D233Q)を用いて、シアリルグリコペプチドから調製したオキサゾリン化糖鎖(SG-Ox)を、ヒト血清IgG抗体のFc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合しているN-アセチルグルコサミンに転移する転移工程と、を有することを特徴とする。
【0011】
本発明にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤の製造方法は、ヒト血清IgG抗体にエンドグリコシダーゼ S (Endo S)を用いて、Fc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合している糖鎖をキトビオースコアで切断し、Asn297残基に結合しているN-アセチルグルコサミン及び該N-アセチルグルコサミンに結合したフコース以外を除去する糖鎖除去工程と、α-L-フコシダーゼ (AlfC)を用いて前記N-アセチルグルコサミンに結合したフコースを除去するフコース除去工程と、グリコシンターゼ (Endo S D233Q)を用いて、ガラクトシルグリコペプチドから調製したオキサゾリン化糖鎖(GG-Ox)を、ヒト血清IgG抗体のFc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合しているN-アセチルグルコサミンに転移する転移工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、自己免疫疾患等の炎症性疾患に対する新しい治療薬が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】IgG-Fc糖鎖の不均一性を説明する図である。
【
図2】抗体のFc部分の糖鎖にフコースが存在するフコシル化血清IgG(S2F)と、抗体のFc部分の糖鎖にフコースが存在しない非フコシル化血清IgG(S2)とにおいて、NK細胞の殺作用の相違を説明する図である。
【
図3】抗体のFc部分の糖鎖にフコースが存在するフコシル化血清IgG(S2F)と、抗体のFc部分の糖鎖にフコースが存在しない非フコシル化血清IgG(S2)とにおいて、SDS-PAGEによる写真図である。
【
図4】シアリルグリコペプチドからEndo Sで遊離した糖鎖から、オキサゾリン化糖鎖(SG-Ox)が生成する工程を示す図である。
【
図5】高速液体クロマトグラフィにより、本実施例にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤のIgG(S2)ではフコースが除去されていることが示されている図である。
【
図6】通常の血清IgG(95%フコシル化IgG)が、濃度依存的にADCCを抑制することを示す図である。
【
図7】非フコシル化血清IgG(S2)がフコシル化血清IgG(S2F)に比べ、著明な抗体依存性細胞傷害(ADCC)抑制作用を示す図である。
【
図8】フコシル化血清IgG(S2F)、非フコシル化血清IgG(S2)、及び、ガラクトシル非フコシル化血清IgG(G2)のそれぞれのSDS電気泳動結果を示す写真図である。
【
図9】ガラクトシルグリコペプチドからEndo Sで遊離した糖鎖から、オキサゾリン化糖鎖(GG-Ox)が生成する工程を示す図である。
【
図10】高速液体クロマトグラフィにより、本実施例にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤のIgG(S2)及びIgG(G2)ではフコースが除去されていることが示されている図である。
【
図11】通常の血清IgG(95%フコシル化IgG)が、濃度依存的にADCCを抑制することを示す図である。
【
図12】非フコシル化血清IgG(G2)がフコシル化血清IgG(S2F)及び非フコシル化血清IgG(S2)に比べ、著明な抗体依存性細胞傷害(ADCC)抑制作用を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0015】
本実施形態にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤は、包含されるIgG抗体が、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体からなることを特徴とする。ここでSはシアル酸、Gはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノースである。
【0016】
【0017】
また、本実施形態にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤は、包含されるIgG抗体が、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体からなることを特徴とする。ここでGはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノースである。
【0018】
【0019】
免疫グロブリンは、抗体および抗体フラグメント(scFv、Fab、Fc、F(ab’)2)ならびに抗体の他の遺伝子工学的に処理した部分を含むが、これらに限定されない。免疫グロブリンすなわち抗体は、すべての哺乳動物の血清や組織体液中に存在する糖タンパク質の一群である。IgG(Immunoglobulin G)は、正常ヒト血清中の免疫グロブリンの約75~85%を占める。糖鎖はIgG全体の立体構造を保つ上でも重要な働きをもっており、その糖鎖は中性化糖鎖として16種類存在している。IgGの糖鎖構造は、非常に不均一な糖鎖の混合物により構成されているが、健常人ではその16種類の相対比率は、ほぼ一定である。なお骨髄腫患者やリューマチ患者の糖鎖は、非常に特異な相対比率を示すことが知られている。
【0020】
抗体依存性細胞傷害活性(ADCC)は、標的細胞に結合した抗体がナチュラルキラー細胞(NK細胞)やマクロファージなどのエフェクター細胞上のFc受容体と結合することで、抗体依存的に誘導される標的細胞傷害活性である。抗体医薬の薬効発現に、ADCC活性は最も重要なものの1つと考えられている。
【0021】
1分子のIgG型抗体のFc領域に2つのN-グリコシド結合糖鎖が結合している。この抗体のN-グリコシド結合糖鎖は、マンノシル-キトビオースコア (Mannosyl-chitobiose Core)構造を基本構造とする複合型2本鎖糖鎖であり、非還元末端側ではガラクトース及びシアル酸の有無について、還元末端ではフコースの有無について多様性が存在している。
【0022】
抗体Fc領域に結合するN-グリコシド結合複合型糖鎖還元末端のN-アセチルグルコサミンからフコース残基を除去すると、Fcγ受容体IIIaに対する親和性が上がる。本明細書において、シアル酸を末端に有する非フコシル化IgGをIgG(S2)と表記することができ(単に非フコシル化IgGと称することも可能である。)、ガラクトースを末端に有する非フコシル化IgGをIgG(G2)と表記することができる(ガラクトシル非フコシル化IgGと称することも可能である。)。
【0023】
IgG(S2)は、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合している構造を有する。ここでSはシアル酸、Gはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノースである。
【0024】
【0025】
IgG(G2)は、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合している構造を有する。ここでGはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノースである。
【0026】
【0027】
なお、包含されるIgG抗体が、所定糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体からなるとは、所定糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体が免疫グロブリン製剤中に包含されるIgG抗体中に95%~100%包含される、好ましくは98%~100%包含される、最も好ましくは100%包含されることである。
【0028】
そのため、包含されるIgG抗体が、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体からなる、抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤(ここでSはシアル酸、Gはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノースである。)とは、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体が免疫グロブリン製剤中に包含されるIgG抗体中に95%~100%包含される、好ましくは98%~100%包含される、最も好ましくは100%包含されることである。
【0029】
【0030】
また、包含されるIgG抗体が、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体からなる、抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤(ここでGはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノースである。)とは、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgG抗体が免疫グロブリン製剤中に包含されるIgG抗体中に95%~100%包含される、好ましくは98%~100%包含される、最も好ましくは100%包含されることである。
【0031】
【0032】
一方でフコシル化IgGをIgG(S2F)と表記することができ、IgG(S2F)は、下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合している構造を有する。ここでSはシアル酸、Gはガラクトース、NはN-アセチルグルコサミン、Mはマンノース、Fはフコースである。
【0033】
【0034】
図2に示されるように、フコシル化IgGは、自己抗体-抗原複合体とNK細胞上のFcγ受容体IIIaとの相互作用を阻害できないが、一方で、非フコシル化IgG(
図2のBで示される非フコシル化血清IgGは、IgG(S2)又はIgG(G2)である。)は、NK細胞上のFcγ受容体IIIaに強く結合してNK細胞の殺作用を阻害し、その結果として炎症が抑制されると考えられる。
【0035】
本発明の免疫グロブリン製剤は、液状製剤の場合は、そのままで、あるいは適当な溶媒(例えば、注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖液等)で希釈して使用され、乾燥製剤の場合は、上記免疫グロブリン溶液を凍結乾燥をした後、使用時に適当な溶媒(例えば、注射用蒸留水等)に溶解して使用される。
【0036】
本発明の免疫グロブリン製剤の投与経路は、通常注射であり、特に静脈内投与が好ましい。本発明の免疫グロブリン製剤の投与量は、体重1kg当たり免疫グロブリンとして50~1000mg/日を、1~数日間連日静脈内投与することが標準的であるが、症状、性別、体重等に応じて投与量を増減すればよい。
【0037】
本発明にかかる免疫グロブリン溶液は、本発明の目的に反しない範囲で、通常医薬品に用いられる薬理的に許容される添加剤(例えば、担体、賦形剤、希釈剤等)、安定化剤または製薬上必要な成分を含有してもよい。
【0038】
安定化剤としては、グルコース等の単糖類、サッカロース、マルトース等の二糖類、マンニトール、ソルビトール等の糖アルコール、塩化ナトリウム等の中性塩、グリシン等のアミノ酸、ポリエチレングリコール、ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレン共重合体(プルロニック(登録商標))、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(トゥイーン)等の非イオン系界面活性剤等が例示され、1~10w/v%程度添加されていることが好ましい。
【0039】
本発明にかかる免疫グロブリン製剤の投与対象となる疾患は、特に限定されるものではないが、例えば、川崎病、特発性血小板減少性紫斑病、ギラン・バレー症候群、多発性硬化症、慢性関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、天疱瘡、類天疱瘡、重症筋無力症、ANCA関連血管炎、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、自己免疫性好中球減少症、自己免疫性溶血性貧血、自己免疫性後天性凝固第VIII因子欠乏症、スティフ・パーソン症候群、多病巣性神経障害、ベーチェット病、潰瘍性大腸炎、クローン病、Reiter関節炎、多発性筋炎、皮膚筋炎、限局性強皮症、全身性強皮症、Sjogren症候群、抗糸球体基底膜腎炎、原発性硬化性胆管炎、原発性抗リン脂質抗体症候群、中毒性表皮壊死症、移植片対宿主病、敗血症 などが挙げられる。
【0040】
なおモノクローナルIgG抗体のFc部位の糖鎖からフコースを除去した抗体医薬が抗体依存性細胞傷害(ADCC)を増強する目的で開発されてきた(例Mogamulizumab(商品名 PoteligeoTM))。従来の非フコシル化抗体は、糖鎖関連遺伝子を操作した哺乳類宿主細胞から産生された抗原特異的なモノクローナル抗体であり、適応対象は悪性腫瘍である。一方、本願発明にかかる免疫グロブリンは血清由来の非特異IgG抗体のフコースを酵素的に除去した後に均一な糖鎖を化学酵素反応により転移したものであり、適応対象は自己免疫疾患である。即ち、本願発明にかかる免疫グロブリン製剤は自己抗体による望ましくない免疫応答を阻害する目的で使用される。
【0041】
本実施形態にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤の製造方法は、ヒト血清IgG抗体のFc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合している糖鎖をキトビオースコアで切断し、Asn297残基に結合しているN-アセチルグルコサミン及び該N-アセチルグルコサミンに結合したフコース以外を除去する糖鎖除去工程と、前記N-アセチルグルコサミンに結合したフコースを除去するフコース除去工程と、グリコシンターゼ(Endo S D233Q)を用いて、卵黄由来シアリルグリコペプチドから調製したオキサゾリン化糖鎖(SG-Ox)を、ヒト血清IgG抗体のFc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合しているN-アセチルグルコサミンに転移させる転移工程と、を有する。
【0042】
本実施形態にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤の製造方法は、ヒト血清IgG抗体にエンドグリコシダーゼ S (Endo S)を用いて、Fc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合している糖鎖をキトビオースコアで切断し、Asn297残基に結合しているN-アセチルグルコサミン及び該N-アセチルグルコサミンに結合したフコース以外を除去する糖鎖除去工程と、α-L-フコシダーゼ (AlfC)を用いて前記N-アセチルグルコサミンに結合したフコースを除去するフコース除去工程と、グリコシンターゼ (Endo S D233Q)を用いて、卵黄由来ガラクトシルグリコペプチドから調製したオキサゾリン化糖鎖(GG-Ox)を、ヒト血清IgG抗体のFc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合しているN-アセチルグルコサミンに転移する転移工程と、を有することを特徴とする抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤の製造方法。
【0043】
Fc部分のアスパラギン297(Asn297)残基に結合している糖鎖をキトビオースコアで切断する酵素は、エンドグリコシダーゼ S (Endo S)である。
【0044】
N-アセチルグルコサミンに結合したフコースを除去する酵素は、α-L-フコシダーゼ (AlfC)である。α-L-フコシダーゼには、1,2-α-L-フコシダーゼ、1,3-α-L-フコシダーゼ、又は、1,6-α-L-フコシダーゼがあるが、ここでは1,6-α-L-フコシダーゼを用いることが好ましい。
【0045】
オキサゾリン化糖鎖(SG-Ox又はGG-Ox)はシアリルグリカンの還元末端を脱水縮合して調製される。
【0046】
SG-Ox又はGG-Oxを糖鎖除去したIgGへ転移する酵素は、グリコシンターゼ (Endo S D233Q)である。
【実施例】
【0047】
1.抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤の製造
1a-1.血清由来IgGの精製
健常人血液から調製した血清20 mlを0.01M リン酸緩衝液(pH 7.0)で透析後、同じ緩衝液で平衡化したDiethylaminoethyl (DEAE)-cellulose 陰イオン交換カラム(DE52, Whatman Biosystems, Chalfont, St Giles, UK)(1 x 30 cm)に添加し、素通りした分画に含まれるIgGを採取した。血清IgGの糖鎖構造は、後述の通りHigh performance liquid chromatographyで分析し(
図5-A)、95 %以上がフコシル化であることを確認した。
【0048】
1a-2.血清IgGの脱グリコシル化
IgGのFc結合糖鎖を切断するエンドグリコシダーゼとして、Endo Sを用いた。糖鎖のキトビオースコアの2つのN-アセチルグルコサミン間を加水分解し、N-アセチルグルコサミンとフコースの二糖を残し、脱グリコシル化した。脱グリコシル化IgG は、Protein G-Sepharose 4(GE)で精製した。
【0049】
1a-3.血清IgGの脱フコシル化
フコースの除去にα-L-フコシダーゼ(AlfC)を用いた。本酵素の発現ベクターのDNA配列は以前報告され(配列番号1)、BL21(DE3)大腸菌で文献に準じて発現させる。Endo Sで脱グリコシル化したIgG にAlfC を50 mM Tris-HCl (pH 7.4)中で37℃一晩反応させ、フコースを除去した。
【0050】
1a-4.シアリルグリカンオキサゾリン(SG-Ox)の生成
下記に示すシアリルグリコペプチド(10 mg, 東京化成)を50 mM リン酸緩衝液(pH 6.0)中にてEndo Sで糖鎖を切断し、2-Chloro-1,3-dimethylimidazolinium Chloride(東京化成)とtriethylamineを加え、0℃で1時間放置し、還元末端の脱水縮合反応によりSG-Ox を調製した。
【0051】
【0052】
図4はEndo Sで遊離したシアリル糖鎖からのオキサゾリン化糖鎖(SG-Ox)の生成工程を示す。下記にSG-Oxの構造を示す。
【0053】
【0054】
1a-5.非フコシル化IgGの作製
グリコシンターゼEndo S D233Qの発現ベクターのDNA配列は文献に報告され(配列番号2)、BL21(DE3)大腸菌で発現させる。糖鎖転移反応はSG-Oxを用いて、50 mM Tris-HCl (pH 7.4)、37℃で3時間インキュベートして行った。これにより本実施例にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤を製造した。この本実施例にかかる非フコシル化IgGをIgG(S2)と表記することができる。IgG(S2)およびそのフコシル化したIgGであるIgG(S2F)はともに純度がSDS-PAGEで95%以上であることを確認した(
図3)。下記にSG-OxのGlcNAc-IgGへの糖鎖転移反応を示す。
【0055】
【0056】
本実施例にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤において、糖鎖の改変を確認するために、糖鎖をすげ替えたIgG(S2)及びIgG(S2F)をN-グリコシダーゼF 消化し糖鎖を遊離した後、2-aminobenzamide で蛍光標識し、High performance liquid chromatography (HPLC)で分析した。なおIgG(S2F)は比較例にかかるフコシル化IgGであり具体的には下記で示される糖鎖がFc部分のアスパラギン297(Asn297)に結合しているヒト血清IgGである。
【0057】
【0058】
図5に示されるように、対照IgGの糖鎖はほぼフコースを有するが、本実施例にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤のIgG(S2)ではフコースが除去されていることが確認できた。
【0059】
1b.非フコシル化血清IgGによるADCC 抑制(抗炎症)効果
本実施例にかかる抗炎症性非フコシル化免疫グロブリン製剤の抗炎症作用を以下の手法にて確認した。
【0060】
予備実験として、通常の血清IgG(95%フコシル化IgGであり、
図5のAに示される対照IgGである)が、ADCCに及ぼす影響をADCC Reporter bioassay kit(プロメガ社)により調べた。標的細胞をハプテン(4-hydroxy-3-iodo-5-nitrophenacetyl)で標識し、抗ハプテンモノクローナルIgG 抗体で感作した(0.001~3 μg/ml)(
図6)。
【0061】
抗ハプテンIgG のADCC活性の強弱は、標的細胞死(Cytotoxicity、
図6, Y軸)を最大レベルの50%を誘導できる抗ハプテンIgG 濃度(EC50)で示される。EC50が低いほど、特異抗体のADCC活性は高いと解釈できる。血清IgG を0.01, 0.1, 1, 8 mg/ml の濃度でADCC測定系に加えて、抗ハプテンIgGのEC50を比較したところ、加えた血清IgG の濃度が高いほどEC50が上昇(X 軸右側へシフト)し、ADCCが抑制されることが示された(
図6)。
【0062】
一方、糖鎖改変した血清IgGである非フコシル化IgG(S2)とフコシル化IgG(S2F)の間で、ADCC抑制作用に差があるか調べるために、それらの存在下で抗CD20 IgG のADCC 活性を比較した(
図7)。S2及びS2F濃度は0.1 mg/ml とした。S2Fでは対照と同じEC50(0.2μg/ml)となり、抑制作用を示さなかった(
図7)。一方、S2存在下では、EC50 は15倍以上高濃度の>3μg/mlとなった(
図7)。つまり、S2はS2Fの15倍以上のADCC 抑制作用を発揮したといえる。従って、非フコシル化IVIG を用いれば、通常のIVIGよりも少量の投与量で抗炎症効果が期待でき、更に通常のIVIGが有効でない症例に対しても抗炎症効果を発揮する可能性がある。
【0063】
2.抗炎症性ガラクトシル非フコシル化免疫グロブリン製剤の製造
2a-1.血清由来IgGの精製
健常人血液から調製した血清20 mlを0.01M リン酸緩衝液(pH 7.0)で透析後、同じ緩衝液で平衡化したDiethylaminoethyl (DEAE)-cellulose 陰イオン交換カラム(DE52, Whatman Biosystems, Chalfont, St Giles, UK)(1 x 30 cm)に添加し、素通りした分画に含まれるIgGを採取した。純度はSDS-PAGEで95%以上であることを確認した(
図8、レーン1)。
【0064】
2a-2.血清IgGの糖鎖切断
IgGのFc結合糖鎖を切断するエンドグリコシダーゼとして、Endo Sを用いた。Endo S の発現ベクターのDNA 配列は以前報告され、BL21(DE3)大腸菌で発現させた。臭化シアン活性化Sepharose 4B ビーズに固定化したEndo Sを用いて、糖鎖のキトビオースコアの2つのN-アセチルグルコサミン間を加水分解し、N-アセチルグルコサミンとフコースの二糖を残し、脱グリコシル化した。脱グリコシル化IgG は、Protein G-Sepharose 4(GE)で精製した。
【0065】
2a-3.血清IgGの脱フコシル化
フコースの除去にα-L-フコシダーゼ(AlfC)を用いた。本酵素の発現ベクターのDNA配列は以前報告され(配列番号1)、BL21(DE3)大腸菌で文献に準じて発現させる。Endo Sで脱グリコシル化したIgG にAlfC を50 mM Tris-HCl (pH 7.4)中で37℃一晩反応させ、フコースを除去した。
【0066】
2a-4.ガラクトシルグリカンオキサゾリン(GG-Ox)の生成
シアリルグリコペプチド(10mg, 東京化成)を50mM リン酸緩衝液 (pH 6.0) 中にてシアリダーゼ (Roche) およびSepharose固定化Endo Sと一晩37℃で反応させる。下記に示すガラクトシルグリコペプチドが中間体となり、その糖鎖が切断され、ガラクトシルグリカンが生成する。更に2-Chloro-1,3-dimethylimidazolinium Chloride(東京化成)とtriethylamineを加え、0℃で1時間放置し、還元末端の脱水縮合反応によりGG-Ox を調製した。GG-Ox はセルロースカラム(Sigma-Aldrich)で精製した。
【0067】
【0068】
図9はEndo Sで遊離した糖鎖からのGG-Oxの生成工程を示す。下記にGG-Oxの構造を示す。
【0069】
【0070】
2a-5.ガラクトシル非フコシル化IgGの作製
グリコシンターゼEndo S D233Qの発現ベクターのDNA配列は文献に報告され、BL21(DE3)大腸菌で発現させる。糖鎖転移反応では、GG-Oxを用いて、Endo S D233Qと50 mM Tris-HCl (pH 7.4)、30℃で4時間インキュベートして行った。これにより本実施例にかかる抗炎症性ガラクトシル非フコシル化免疫グロブリン製剤を製造した。この本実施例にかかるガラクトシル非フコシル化IgGをIgG(G2)と表記することができる。糖鎖の改変を確認するために、糖鎖をすげ替えたIgG(S2、S2F、G2)をN-グリコシダーゼF消化し糖鎖を遊離した後、2-aminobenzamideで蛍光標識し、High performance liquid chromatography (HPLC)で分析した(
図10)。下記にGG-OxのGlcNAc-IgGへの糖鎖転移反応を示す。
【0071】
【0072】
2b. ガラクトシル非フコシル化免疫グロブリンのADCC抑制(抗炎症)効果
フコースを除去した血清IgG が抗炎症作用を持ち、更にガラクトースを末端に持つ事で、その作用が増強される事を以下の方法で発見した。予備実験として、通常の血清IgG(IVIG、95%フコシル化、
図10A)の存在がADCCに及ぼす影響をADCC Reporter bioassay kit(プロメガ社)により調べた。標的細胞(Raji 細胞)をCD20抗体(rituximab)で感作した(0.001~3 μg/ml,
図11)。ADCC活性の強弱は、標的細胞死(Cytotoxicity、
図11 Y 軸)を最大レベルの50%誘導できる抗体濃度(EC50、
図11 X 軸)で示される。EC50 値が小さいほど、ADCC 活性は強いと解釈できる。血清IgG(IVIG)を0,0.1, 1, 10 mg/ml の濃度でADCC 測定系に加えて、EC50 値を比較したところ、それぞれ、0.026, 0.032, 0.6, >2μg/mlであり、IVIG 濃度が高いほどEC50 値が上昇し、ADCC が抑制されることが示された(
図11)。
【0073】
次に、糖鎖改変した非フコシル化IgG(S2)、ガラクトシル非フコシル化IgG(G2)とフコシル化IgG(S2F)を0.1 mg/ml 濃度の存在下で、ADCC を測定した(
図12)。EC50 値は、PBS(陰性対照)、S2F、S2、G2 存在下で、それぞれ0.023、0.028、0.12、0.3 μg/ml であり、G2 存在下で最も強い阻害作用を示した(
図12)。これは相対的ADCC 活性が、100、82、19.2、7.6%に相当する。つまり、G2 はS2F やS2 と比べ、それぞれ11 倍、2.5 倍のADCC 抑制作用を発揮したといえる。従って、ガラクトシル非フコシル化IVIG を用いれば、通常のIVIG よりも少量の投与量で抗炎症効果が期待でき、更に通常のIVIG が有効でない症例に対しても抗炎症効果を発揮できる可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0074】
自己免疫疾患の治療に利用できる。
【配列表フリーテキスト】
【0075】
配列番号1、2:酵素
【配列表】