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  • 特許-酸化物イオン伝導体 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-19
(45)【発行日】2024-07-29
(54)【発明の名称】酸化物イオン伝導体
(51)【国際特許分類】
   H01B 1/08 20060101AFI20240722BHJP
   C01B 33/20 20060101ALI20240722BHJP
   C04B 35/50 20060101ALI20240722BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20240722BHJP
【FI】
H01B1/08
C01B33/20
C04B35/50
H01B1/06 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019235315
(22)【出願日】2019-12-25
(65)【公開番号】P2021103673
(43)【公開日】2021-07-15
【審査請求日】2022-12-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井手 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】加川 庸一
(72)【発明者】
【氏名】加畑 実
(72)【発明者】
【氏名】加藤 広平
【審査官】井上 弘亘
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/018149(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/111110(WO,A1)
【文献】特開2014-148443(JP,A)
【文献】特開2016-222506(JP,A)
【文献】特開2017-024931(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 1/08
C01B 33/20
C04B 35/50
H01B 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素、ケイ素(Si)元素、及び酸素(O)元素を含み、CuKα1線を用いた粉末X線回折装置により測定されるX線回折パターンにおいて、004回折ピークが2θ=51.9°±0.9°の位置に観察され、アパタイト型の結晶構造を有する酸化物イオン伝導体であって、
式(1):A 9.33+x-a [Si 6.00-y ]O 26.00+z (式中、Aは、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Yb、Lu、Be、Mg、Ca、Sr、及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素であり、少なくともLaを含み、
は、Mg、Al、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Ga、Zr、Ta、Nb、B、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素であり、少なくともBを含む。
xは-1.33以上1.50以下の数である。yは0.00以上3.00以下の数である。zは-5.00以上5.20以下の数である。aは0.6以上2.6以下の数である。Siのモル数に対するAのモル数の比率は1.40以上3.00以下である。)で表される、酸化物イオン伝導体。
【請求項2】
ロットゲーリング法で測定した配向度が0.6以上である請求項1に記載の酸化物イオン伝導体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の酸化物イオン伝導体と、その表面に配置された電極とを備えた固体電解質接合体。
【請求項4】
請求項に記載の固体電解質接合体を備えた電気化学素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酸化物イオン伝導体に関する。また本発明は該酸化物イオン伝導体を備えた固体電解質接合体に関する。更に本発明は、該固体電解質接合体を備えた電気化学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物イオン伝導体は、固体電解質形燃料電池、イオン電池、空気電池などの電池の固体電解質や、センサや分離膜など、様々な電気化学素子に利用可能な機能性セラミックスとして注目されている材料である。酸化物イオン伝導体の一つとして、格子間の酸素が移動することで酸化物イオン伝導性が発現する材料であるアパタイト型酸化物イオン伝導体が知られている。アパタイト型酸化物イオン伝導体の一つとして特許文献1にはLa9.33+x(Si4.71.3)O26+zで表されるランタンシリケートが記載されている。
【0003】
酸化物イオン伝導体を用いた電気化学素子の一つとして、非特許文献1には、二酸化炭素ガスセンサが提案されている。この二酸化炭素ガスセンサにおいては、酸化物イオン伝導体の表面に配置されたガス検知電極として、リチウムイオン伝導性材料、例えば炭酸リチウムが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2016/111110号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【文献】Sensors and Actuators B24-25 (1995) 260-265
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載の二酸化炭素ガスセンサにおいて、酸化物イオン伝導体として特許文献1に記載のランタンシリケートを用いると、該ランタンシリケートの劣化が生じることが本発明者の検討の結果判明した。例えばランタンシリケートの粉化が生じることが判明した。
【0007】
したがって本発明の課題は、酸化物イオン伝導体の改良にあり、更に詳しくは、リチウムイオン伝導体を含む電極と組み合わせて用いた場合に劣化が生じづらい酸化物イオン伝導体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、希土類元素、ケイ素(Si)元素、及び酸素(O)元素を含み、CuKα1線を用いた粉末X線回折装置により測定されるX線回折パターンにおいて、004回折ピークが2θ=51.9°±0.9°の位置に観察され、アパタイト型の結晶構造を有する酸化物イオン伝導体を提供するものである。
【0009】
また本発明は、前記の酸化物イオン伝導体と、その表面に配置された電極とを備えた固体電解質接合体を提供するものである。
【0010】
更に本発明は、前記の固体電解質接合体を備えた電気化学素子を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、リチウムイオン伝導体を含む電極と組み合わせて用いた場合に劣化が生じづらい酸化物イオン伝導体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、実施例及び比較例で得られた酸化物イオン伝導体のX線回折チャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の酸化物イオン伝導体は固体電解質の一種である。本発明の酸化物イオン伝導体は、希土類元素、ケイ素(Si)元素、及び酸素(O)元素を含むものであることが好ましく、一般に希土類シリケートと呼ばれる範疇の物質である。希土類元素としては、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Yb、及びLuからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素が挙げられる。また、本発明の酸化物イオン伝導体は、希土類元素、ケイ素(Si)元素、及び酸素(O)元素の他にBe、Mg、Ca、Sr、及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素を含んでいてもよい。
【0014】
本発明の酸化物イオン伝導体は配向性アパタイト型の結晶構造を有することが好ましい。「配向性」とは、結晶が配向軸を有しているという意味であり、本発明の酸化物イオン伝導体はc軸配向性を有していることが好ましい。
【0015】
本発明の酸化物イオン伝導体がc軸配向性を有している場合、該酸化物イオン伝導体をX線回折(以下「XRD」ともいう。)装置によって測定すると、(002)面、(004)面、(006)面などに特徴的な回折ピークが観察される。特に本発明の酸化物イオン伝導体は、これまで知られているランタンシリケートと比べて、(004)面に由来する回折ピークが観察される回折角(2θ)が特徴的である。詳細には、CuKα1線を用いた粉末XRD装置により測定されるXRDパターンにおいて、004回折ピークが好ましくは2θ=51.9°±0.9°の位置に観察される。004回折ピークがこの位置に観察される酸化物イオン伝導体は、これをリチウムイオン伝導体と組み合わせて用いても、該酸化物イオン伝導体の劣化が、これまで知られているランタンシリケートよりも抑制されることが本発明者の検討の結果判明した。この利点を一層顕著なものとする観点から、004回折ピークが2θ=51.9°±0.7°の位置に観察されることが更に好ましく、51.9°±0.6°の位置に観察されることが一層好ましい。51.9°±0.9°内に複数のピークが観察される場合、最も強度の高いピークの位置を004回折ピークとする。
【0016】
なお、本発明の酸化物イオン伝導体は、004回折ピーク以外に、002回折ピークや006回折ピークなどの(00n)面(nは正整数を表す。)に由来するピークも観察され、それらの回折ピークの位置は、これまで知られているランタンシリケートと異なり、高角度側にシフトしている。本発明においては、回折強度が高くピーク位置の判定が容易な004回折ピークに着目し、酸化物イオン伝導体の特定を行っている。
【0017】
酸化物イオン伝導体が、上述した位置に004回折ピークを示すようにするためには、該酸化物イオン伝導体の組成を調整することが有効であることが本発明者の検討の結果判明した。上述のとおり本発明の酸化物イオン伝導体は、希土類元素、ケイ素(Si)元素、及び酸素(O)元素を含むことが好ましいところ、希土類元素として少なくともランタン(La)元素を含むことが特に好ましい。また、本発明の酸化物イオン伝導体はイットリウム(Y)元素を含むことも特に好ましい。
【0018】
本発明において特に好ましい酸化物イオン伝導体は、式(1):A9.33+x-a[Si6.00-y]O26.00+zで表される。
式(1)中、Aは、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Yb、Lu、Be、Mg、Ca、Sr、及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素であり、少なくともLaを含む。
Mは、Mg、Al、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Ga、Zr、Ta、Nb、B、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。
xは-1.33以上1.50以下の数である。
yは0.00以上3.00以下の数である。
zは-5.00以上5.20以下の数である。
aは0.6以上2.6以下の数である。
【0019】
式(1)において、Aとして挙げられた、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Be、Mg、Ca、Sr及びBaは、正の電荷を有するイオンとなり、アパタイト型六方晶構造を構成し得るランタノイド又はアルカリ土類金属であるという共通点を有する元素である。これらの中でも、酸化物イオン伝導度を一層高め得る観点から、AはLa、Nd、Ba、Sr、Ca及びCeからなる群より選ばれる一種、又は二種以上の組み合わせであり且つ少なくともLaを含むことが好ましい。
【0020】
式(1)におけるM元素は、特にB、Ge、Zn、W、Sn及びMoからなる群より選ばれた一種又は二種以上であることが好ましい。中でも、高配向度や高生産性の点で、B、Ge及びZnからなる群より選ばれた一種又は二種以上であることが一層好ましい。
【0021】
式(1)においてxは、酸化物イオン伝導体の配向度及び酸化物イオン伝導性を高め一層得る観点から、-1.00以上1.00以下であることが好ましく、中でも0.00以上0.70以下、その中でも0.45以上0.65以下であることが好ましい。
【0022】
式(1)中のyは、アパタイト型結晶格子におけるSi元素の位置を埋めるという観点から、0.40以上1.00未満であることが好ましく、中でも0.40以上0.90以下であることが好ましく、その中でも0.80以下、特に0.70以下、とりわけ0.50以上0.70以下であることが好ましい。
【0023】
式(1)中のzは、アパタイト型結晶格子内での電気的中性を保つという観点から、-5.00以上3.61以下であることが好ましく、-3.00以上2.00以下であることが好ましく、中でも-2.00以上1.50以下、その中でも-1.00以上1.00以下であることが好ましい。
【0024】
式(1)中、Siのモル数に対するAのモル数の比率、言い換えれば式(1)における(9.33+x-a)/(6.00-y)は、アパタイト型結晶格子における空間的な占有率を保つ観点から、1.40以上3.00以下であることが好ましく、1.50以上2.00以下であることが更に好ましい。
【0025】
式(1)から明らかなとおり、本発明の酸化物イオン伝導体は、特許文献1(国際公開第2016/111110号パンフレット)に記載の酸化物イオン伝導体におけるAサイトの一部がイットリウム(Y)元素で置換されたものに相当する。イットリウム元素による置換量は式(1)におけるaの値で表され、その値は上述のとおり好ましくは0.6以上2.6以下である。式(1)で表されるAサイトの一部をイットリウム元素で置換することによって、本発明の酸化物イオン伝導体は、XRD測定における004回折ピークが上述した回折角の範囲に観察されるものとなる。そして、かかる回折角の範囲に004回折ピークが観察される酸化物イオン伝導体は、これをリチウムイオン伝導体と組み合わせて用いても、その劣化が効果的に抑制される。なお、ランタンシリケートからなる酸化物イオン伝導体にイットリウム元素を添加することは例えば国際公開第2017/018149号パンフレットに記載がある。しかしこの文献においては、上述した式(1)におけるMサイトにイットリウム元素を用いることが記載されているのにとどまり、Aサイトの一部をイットリウム元素で置換することは記載されていない。イットリウム元素がAサイトの一部を置換しているか、それともMサイトに存在しているかは、XRD測定結果の解析や、ICP発光分光分析法による組成分析によって判定できる。
【0026】
式(1)で表される酸化物イオン伝導体の具体例としては、La8.61.1(Si5.30.7)O26.7、La8.01.7(Si5.30.7)O26.7、La7.52.2(Si5.30.7)O26.7などを挙げることができるが、これらに限られない。
【0027】
本発明の酸化物イオン伝導体をリチウムイオン伝導体と組み合わせて用いても、粉化等の劣化が生じない理由は現在のところ完全に解明されていないが、本発明者はその理由を以下のとおりに考えている。特許文献1に記載されているランタンシリケートがリチウムイオン伝導体、例えば炭酸リチウムと接触すると、ランタンシリケート中のケイ素が炭酸リチウム中のリチウムと反応し、リチウムシリケート(LiSiO)が生成する。これとともに酸化ランタン(La)も生成する。酸化ランタンは吸湿性が非常に高い物質であることから、空気中の水と容易に反応して水酸化ランタン(La(OH))が生じる。これら一連の反応によってランタンシリケートが劣化してその粉化が生じると考えられる。
これに対して本発明の酸化物イオン伝導体によれば、これが炭酸リチウムと接触すると、該酸化物イオン伝導体中のケイ素よりもイットリウムの方がリチウムと反応しやすいことから、該酸化物イオン伝導体中からのケイ素の引き抜きが起こりにくく、その代わりにイットリウムが引き抜かれる。その結果、アパタイト型結晶構造を有するリチウムシリケートの状態が維持されるとともに、水酸化ランタンの生成が抑制され、延いては粉化が抑制される。
【0028】
本発明の酸化物イオン伝導体は、その好ましい態様において、ロットゲーリング法で測定した配向度、すなわちロットゲーリング配向度を0.6以上とすることができ、中でも0.8以上、その中でも特に0.9以上とすることができる。ロットゲーリング配向度を0.6以上とするためには、後述する方法で酸化物イオン伝導体を製造することが有利である。尤も、かかる方法に限定されない。
【0029】
本発明の酸化物イオン伝導体は、その好ましい態様において、酸化物イオン伝導率を500℃において10-4S/cm以上とすることができ、中でも10-3S/cm以上、その中でも特に10-2S/cm以上とすることができる。酸化物イオン伝導率を500℃において10-4S/cm以上とするためには、上述したロットゲーリング配向度を0.6以上とすることが好ましい。尤も、かかる方法に限定されない。
【0030】
本発明の酸化物イオン伝導体は、その好ましい態様において、輸率を0.8以上とすることができ、中でも0.9以上、その中でも特に0.95以上とすることができる。輸率を0.8以上とするためには、上述した式(1)で表される化合物の純度を90%以上とすることが好ましい。尤も、かかる方法に限定されない。
【0031】
次に、本発明の酸化物イオン伝導体の好適な製造方法について説明する。本発明の酸化物イオン伝導体は、式(2):A2+xSiO5+z(式中のAは、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Yb、Lu、Be、Mg、Ca、Sr、及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素であり、少なくともLaを含む。式中のxは-1~1、zは-2~2である。)で示される化合物と、Y2+xSiO5+z(式中のxは-1~1、zは-2~2である。)で示される化合物との混合物を焼成して得られる前駆体を、M元素(Mは、Mg、Al、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Ga、Zr、Ta、Nb、B、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。)を含有する気相中で加熱することにより、M元素と前記前駆体との反応により、該前駆体を配向アパタイト構造とする工程(「気相-固相拡散工程」と称する)を備えた方法で好適に製造される。本製造方法は、気相-固相拡散工程を備えていればよいから、他の工程を追加することは任意である。
【0032】
本製造方法によれば、結晶が一方向に配向したアパタイト型構造を有する酸化物イオン伝導体を得ることができるばかりか、結晶内のクラックなどの発生を抑制することができるから、より大面積の配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体を製造することができる。
気相中のM元素(カチオン)が、前記前駆体の表面から前駆体と反応して配向アパタイト複合酸化物を形成し始め、前駆体と生成したアパタイト相との界面における反応が進むことで、前駆体全体を、配向性アパタイト型結晶構造を有する複合酸化物とすることができる。したがって、本製造方法によって、本発明の酸化物イオン伝導体を首尾よく製造できる。
【0033】
本製造方法で用いられる前記の前駆体は、A2+xSiO5+zとY2+xSiO5+zとの焼成物である。A2+xSiO5+zとY2+xSiO5+zとの割合は、式(1)で表される酸化物イオン伝導体に含まれるA元素とYとの原子比となるように調整される。A2+xSiO5+zは、AとSiOとの混合物を焼成することで製造できる。Y2+xSiO5+zは、YとSiOとの混合物を焼成することで製造できる。
【0034】
2+xSiO5+zとY2+xSiO5+zとの混合物の焼成は、例えば該混合物の成形体を大気中で加熱することで行う。焼成温度は1200℃以上1800℃以下に設定することが好ましく、1400℃以上1700℃以下に設定することが更に好ましい。焼成時間は、1.0時間以上5.0時間以下に設定することが好ましく、2.0時間以上4.0時間以下に設定することが更に好ましい。このようにして得られた前駆体は配向体であってもよく、あるいは無配向体であってもよい。
【0035】
得られた前駆体に対して気相-固相拡散工程を行い、元素Mを前駆体中に拡散させて、目的とする酸化物イオン伝導体を得る。気相中のM元素は、前駆体の表面を介して結晶内に入り込んでいく過程で、結晶が配向することになる。よって、前駆体の表面の一部をマスキングすることで、配向方向を制御できる。
【0036】
M元素は、前駆体がアパタイト型結晶構造に変化する1000℃以上で気相となり、必要な蒸気圧を得ることができる元素であればよい。ここで、当該「必要な蒸気圧」とは、雰囲気中を気相状態で移動でき、前記前駆体の表面から内部に向かって粒界又は粒内拡散して反応を進めることができる蒸気圧の意である。かかる観点から、M元素として、Mg、Al、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Ga、Zr、Ta、Nb、B、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素を挙げることができる。これらのM元素は、前駆体表面と反応してSiサイトに導入されて、配向アパタイト構造焼結体となる。M元素が例えばBの場合であれば、M元素を含有する化合物として、B、HBO、LaBO及びLaBなどを用いることができる。ホウケイ酸ガラスなどの非晶質体も用いることができる。他方、M元素がZnの場合であれば、ZnO、Zn金属、ZnSiOなどを用いることができる。Geの場合であれば、GeO、Ge金属などを用いることができる。Wの場合であれば、WO、WO、W金属などを用いることができる。Snの場合であれば、SnO、SnO、Sn金属などを用いることができる。Moの場合であれば、MoO、MoO、MoSi、Mo金属などを用いることができる。
【0037】
M元素を含有する気相としては、M元素を含むイオン、M元素を含む蒸気、M元素を含むガスなどのいずれかを含んでいればよい。例えば、M元素を含む蒸気と酸素とを含む気相であってもよい。したがって、このときの加熱雰囲気、すなわちM元素を含有する容器内雰囲気は、大気雰囲気、真空状態、酸化雰囲気、還元雰囲気、不活性雰囲気のいずれでもよい。
【0038】
気相-固相拡散工程において、M元素を含有する気相中で前記前駆体を加熱する具体的な方法としては、例えば、前記前駆体と、M元素を含有する化合物とを、容器、例えば密閉容器や蓋付き容器内に入れて加熱する方法が挙げられる。詳細には、M元素を含有する化合物を気化させて、容器内の雰囲気を、M元素を含有する気相雰囲気として、M元素と前記前駆体の表面とを反応させるようにすればよい。尤も、この方法に限定されない。
なお、気相-固相拡散工程における「容器」とは、前述した「必要な蒸気圧」を得るために必要な空間を限定する収容体という意味であり、例えば反応管、チャンバー、蓋付匣鉢等を挙げることができる。尤もこれらに限定されない。
【0039】
本製造方法の一例として、LaSiOとYSiOとの混合物を焼成してなる前駆体とB粉末とを、同一の蓋付きアルミナ容器内に入れ1200℃以上1700℃以下で加熱することによりB粉末を気化させて、該容器内の雰囲気を、B元素を含有する気相雰囲気として、SiサイトにBを置換したc軸配向アパタイトLa9.33+x-a(Si4.71.3)O26+zを合成することができる。
【0040】
気相-固相拡散工程における加熱温度(すなわち加熱炉の設定温度)は、1000℃以上が好ましく、中でも1100℃以上が好ましく、その中でも特に1200℃以上とするのが好ましい。加熱温度の上限は特に限定されないが、アパタイト型の結晶構造を維持できる1700℃付近が上限温度となるものと解される。
【0041】
このようにして得られた酸化物イオン伝導体の表面に電極を配置して固体電解質接合体を得ることができる。電極は通常一対用いる。酸化物イオン伝導体の形状は限定的ではない。例えば平板状の他、円筒形状のような形態などもあり得る。酸化物イオン伝導体の形状が例えば平板状の場合、同一の板面に一対の電極を配したり、各板面に電極をそれぞれ配したりすることができる。酸化物イオン伝導体の形状が例えば円筒形状の場合、通常はその内周面と外周面に電極を配する。
【0042】
前記の固体電解質接合体を用いて各種の電気化学素子を得ることができる。電気化学素子としては、二酸化炭素ガスセンサや酸素センサ等の各種のガスセンサ、燃料電池、酸素分離膜、水電解などが挙げられる。
【0043】
前記の固体電解質接合体を二酸化炭素ガスセンサとして用いる場合には、一対の電極における少なくとも検知極として、リチウムイオン伝導体、例えば炭酸リチウムを用いることができる。これまで知られていた酸化物イオン伝導体であるランタンシリケートを炭酸リチウムと組み合わせて用いると、該ランタンシリケートの劣化が生じたが、本発明の酸化物イオン伝導体は、炭酸リチウムと組み合わせて用いてもその劣化が抑制される。
【0044】
前記の固体電解質接合体は燃料電池(SOFC)のセルとして使用することもできる。この場合には、例えば、該固体電解質接合体のアノード電極に燃料ガスを供給し、カソード電極に酸化剤(空気、酸素等)を供給して350~1000℃で動作させる。カソード電極では、電子を受け取った酸素原子がO2-イオンとなる。O2-イオンは酸化物イオン伝導体を介してアノード電極に到達し、ここで水素と結びつき電子を放出する。それによって発電が行われる。
【0045】
前記の固体電解質接合体は酸素分離膜として使用することもできる。この場合には、燃料電池(SOFC)のセルとして使用する場合と同様に、カソード電極に空気を供給して350~1000℃で動作させる。カソード電極では、電子を受け取った酸素原子がO2-イオンとなる。O2-イオンは酸化物イオン伝導体を介してアノード電極に到達し、ここで電子を放出してO2-イオンどうしが結合することで酸素分子が生成する。その結果、酸素分子だけが酸化物イオン伝導体を透過、雰囲気中の他のガスと分離される。
【0046】
以上の各用途において、酸化物イオン伝導体の厚さは、電気抵抗を抑えること及び製造安定性の観点から、0.01μm以上1000μm以下であることが好ましく、中でも0.1μm以上500μm以下であることがより好ましい。前記の各用途に用いる電極は多孔質であることが好ましい。電極の材質は、当該用途における公知のものを適宜利用することができ、その厚さは0.01μm以上70μm以下程度であることが好ましい。
【実施例
【0047】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0048】
〔実施例1〕
LaとSiOとをモル比で1:1になるように配合し、エタノールを加えてボールミルで混合した。この混合物を乾燥させ、乳鉢で粉砕し、白金るつぼを使用して大気雰囲気下1650℃で3時間焼成した。次いで、この焼成物にエタノールを加えて遊星ボールミルで粉砕し、第1の予備焼成体粉末を得た。
この操作とは別に、YとSiOとをモル比で1:1になるように配合し、エタノールを加えてボールミルで混合した。この混合物を乾燥させ、乳鉢で粉砕し、白金るつぼを使用して大気雰囲気下1650℃で3時間焼成した。次いで、この焼成物にエタノールを加えて遊星ボールミルで粉砕し、第2の予備焼成体粉末を得た。
第1の予備焼成体粉末と第2の予備焼成体粉末との混合物にエタノールを加えてボールミルで混合した。両者の混合比率は、目的とする酸化物イオン伝導体に含まれるLaとYとの比率が以下の表1に示す値となるように設定した。得られた混合粉末を20mmφの成形器に入れて一方向から加圧して一軸成形した後、更に700MPaで1分間冷間等方圧加圧(CIP)を行ってペレットを成形した。このペレットを大気中、1650℃で3時間加熱して前駆体を得た。
得られた前駆体800mgと、B粉末140mgとを、蓋付き匣鉢内に入れて、電気炉を用いて大気中、1550℃(炉内雰囲気温度)で50時間加熱し、匣鉢内にB蒸気を発生させるとともに、B蒸気と前駆体とを反応させた。このようにして、目的とする酸化物イオン伝導体を得た。
【0049】
〔実施例2及び3〕
実施例1において前駆体の製造に用いる第1の予備焼成体粉末と第2の予備焼成体粉末とを、目的とする酸化物イオン伝導体に含まれるLaとYとの比率が以下の表1に示す値となるように混合した。これ以外は実施例1と同様にして酸化物イオン伝導体を得た。
【0050】
〔比較例1〕
実施例1において、前駆体の製造に、第1の予備焼成体粉末のみを用い、第2の予備焼成体粉末は用いなかった。これ以外は実施例1と同様にして酸化物イオン伝導体を得た。
【0051】
〔比較例2及び3〕
実施例1において前駆体の製造に用いる第1の予備焼成体粉末と第2の予備焼成体粉末とを、目的とする酸化物イオン伝導体に含まれるLaとYとの比率が以下の表1に示す値となるように混合した。これ以外は実施例1と同様にして酸化物イオン伝導体を得た。
【0052】
〔評価〕
実施例及び比較例で得られた酸化物イオン伝導体について、以下の方法でXRD測定を行い004回折ピークの角度を求めた。また、以下の方法で配向度を測定した。更に、以下の方法で酸化物イオン伝導度を測定した。更に、以下の方法で炭酸リチウムからなる電極を配した後の安定性を評価した。それらの結果を以下の表1及び図1に示す。
【0053】
〔XRD測定〕
XRD測定装置としてRigaku製RINT-TTRIIIを用いた。線源としてCuKα1線(λ=1.5418Å)を用いた。更に、以下の条件を用いて2θ=10°から80°までの範囲で測定を行った。
【0054】
〔配向度〕
以下に示す式を用い、ロットゲーリング法でc軸の配向度を算出した。実施例及び比較例で得られた酸化物イオン伝導体を対象としたXRD測定で得られた全ピーク強度の総和と(002)面及び(004)面に帰属されるピーク強度の和の比ρを用い、式(3)から配向度fを算出した。
f=(ρ-ρ)/(1-ρ) (1)
式中、ρ:理論値
ρ=ΣI(00l)/ΣI(hkl)
ρ:測定値
ρ=ΣI(00l)/ΣI(hkl)
【0055】
〔酸化物イオン伝導度〕
実施例及び比較例で得られた酸化物イオン伝導体の両面にスパッタリング法を用いて150nm厚の白金膜を製膜して電極を形成し、固体電解質接合体を得た。この固体電解質接合体を加熱炉内に載置し、炉内の温度を500℃に設定し、インピーダンス測定装置を用いて周波数0.1Hz~32MHzの範囲で複素インピーダンス解析を行った。各固体電解質接合体について、全抵抗成分(粒内抵抗+粒界抵抗)から酸化物イオン伝導率(S/cm)を求めた。
【0056】
〔安定性〕
エチルセルロースを含有するα-テルピネオールに分散させた5wt%の炭酸リチウムペーストを、実施例及び比較例で得られた酸化物イオン伝導体の一面に筆で塗布した。次いで酸化物イオン伝導体を、大気中、750℃で1時間焼成し、炭酸リチウムからなる電極を形成し、固体電解質接合体を得た。この固体電解質接合体を25℃・30%RH以上の環境下に5日間静置し、酸化物イオン伝導体の劣化の有無を以下の基準で評価した。
〇:目視上、焼結体の形状を維持しており、固体電解質表面に電極形成が行える。
×:目視上、焼結体の形状を維持しておらず、粉末状に変化しているため、電解質表面に電極形成が行えない。
【0057】
【表1】
【0058】
表1に示す結果から明らかなとおり、各実施例で得られた酸化物イオン伝導体は、c軸配向したアパタイト型の結晶構造を有するものであり、特定の回折角の範囲に004回折ピークを示すものであることが判る。なお、XRDの測定結果から、酸化物イオン伝導体に含まれるYはLaのサイトに存在していることを本発明者は確認した。
各実施例で得られた酸化物イオン伝導体は、比較例の酸化物イオン伝導体と同等の酸化物イオン伝導度を有しつつ、炭酸リチウムに対して安定であることが判る。
図1