(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-19
(45)【発行日】2024-07-29
(54)【発明の名称】複合めっき材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 15/02 20060101AFI20240722BHJP
C25D 3/64 20060101ALI20240722BHJP
C25D 5/12 20060101ALI20240722BHJP
C25D 7/00 20060101ALI20240722BHJP
C25D 21/10 20060101ALI20240722BHJP
H01H 1/04 20060101ALN20240722BHJP
H01H 11/04 20060101ALN20240722BHJP
H01R 13/03 20060101ALN20240722BHJP
【FI】
C25D15/02 F
C25D3/64
C25D5/12
C25D7/00 H
C25D15/02 J
C25D15/02 L
C25D21/10 301
H01H1/04 E
H01H11/04 F
H01R13/03 D
(21)【出願番号】P 2020000254
(22)【出願日】2020-01-06
【審査請求日】2022-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【氏名又は名称】奥山 知洋
(72)【発明者】
【氏名】加藤 有紀也
(72)【発明者】
【氏名】小谷 浩隆
(72)【発明者】
【氏名】土井 龍大
(72)【発明者】
【氏名】冨谷 隆夫
(72)【発明者】
【氏名】成枝 宏人
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-169609(JP,A)
【文献】特開2013-189680(JP,A)
【文献】特開2007-254876(JP,A)
【文献】特開2016-219524(JP,A)
【文献】特開2012-119308(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 3/00-21/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ag層中に炭素粒子とSbを含有する複合材からなる複合めっき層が基材上に形成され、
複合めっき層中の炭素の含有量が6.0質量%以上、Sbの含有量が0.5質量%以上であり、
前記複合めっき層の表面の(111)面と(222)面の結晶子サイズを平均した値である前記複合めっき層の結晶子サイズが40nm以下である、複合めっき材。
【請求項2】
前記複合めっき層の表面の炭素粒子が占める割合が面積率で15~80%である、請求項1に記載の複合めっき材。
【請求項3】
前記複合めっき材の表面のビッカース硬さHVが150以上である、請求項1または2に記載の複合めっき材。
【請求項4】
前記複合めっき層の表面の算術平均粗さRaが0.3μm以上である、請求項1~3のいずれかに記載の複合めっき材。
【請求項5】
前記複合めっき層中の炭素の含有量が30質量%以下、Sbの含有量が5質量%以下である、請求項1~4のいずれかに記載の複合めっき材。
【請求項6】
前記基材は銅または銅合金である、請求項1~5のいずれかに記載の複合めっき材。
【請求項7】
前記基材と前記複合めっき層との間に下地めっき層を有する、請求項1~6のいずれかに記載の複合めっき材。
【請求項8】
前記下地めっき層がNiめっき層、Cuめっき層から選ばれる少なくともひとつからなる、請求項7に記載の複合めっき材。
【請求項9】
Sbを含有するAgめっき液に対して炭素粒子を添加した複合めっき液を用いて電気めっきを行うことにより、基材上にAg層中に炭素粒子とSbを含有する複合材からなる複合めっき層を形成する複合めっき材の製造方法であって、複合めっき層における炭素の含有量を6.0質量%以上、Sbの含有量を0.5質量%以上とし、且つ、
前記複合めっき層の表面の(111)面と(222)面の結晶子サイズを平均した値である複合めっき層の結晶子サイズを40nm以下とする、複合めっき材の製造方法。
【請求項10】
前記複合めっき層の表面の炭素粒子が占める割合を面積率で15~80%とする、請求項9に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項11】
前記複合めっき層を形成する際の複合めっき液に対する撹拌速度を400rpm以下とする、請求項9または10に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項12】
前記電気めっきの電流密度を4A/dm
2以上とする、請求項9~11のいずれかに記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項13】
前記炭素粒子が、酸化処理を行った炭素粒子である、請求項9~12のいずれかに記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項14】
前記複合めっき層を形成する前に、前記基材上に下地めっき層を形成する、請求項9~13のいずれかに記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項15】
前記下地めっき層がNiめっき層、Cuめっき層から選ばれる少なくともひとつからなる、請求項14に記載の複合めっき材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合めっき材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車などに用いられるスイッチやコネクタなどの摺動接点部品などの材料として、摺動過程における加熱による銅や銅合金などの導体素材の酸化を防止するために、導体素材に銀めっきを施した銀めっき材が使用されている。
【0003】
しかし、銀めっきは、軟質で摩耗しやすく、一般的に摩擦係数が高いため、摺動により剥離しやすいという問題がある。この問題を解消するため、銀の合金めっき皮膜や黒鉛粒子を銀マトリックス中に分散させた銀の複合めっき皮膜を電気めっきで導体素材上に形成して、耐摩耗性を向上させる方法が提案されている。
【0004】
特許文献1の[0026]には、120g/Lのシアン化銀カリウムと、120g/Lのシアン化カリウムと、30g/Lの酒石酸ナトリウムカリウム四水和物と、7g/Lの酒石酸アンチモン(Sb)カリウムからなる銀めっき液中において、被めっき材を陰極とし、銀電極板を陽極として、スターラにより400rpmで撹拌しながら液温20℃において電流密度5A/dm2で(第1の銀めっき層と第2の銀めっき層の)合計の銀めっき層の膜厚が3μmになるまで電気めっき(第2の銀めっき)を行うことが記載されている。
【0005】
特許文献2の[0033]には、酸化処理を行った炭素粒子80g/Lを120g/Lのシアン銀カリウムと100g/Lのシアン化カリウムとからなるシアン銀めっき液中に添加して分散および懸濁させた後、シアノセレン酸カリウム(KSeCN)を添加することにより、銀と炭素粒子の複合めっき液を作製することが記載されている。
【0006】
また、この複合めっき液を使用して、それぞれ液温25℃、電流密度1A/dm2で電気めっきを行い、素材としての厚さ0.3mmの銅板上に膜厚5μmの銀と炭素粒子の複合めっき皮膜が形成された複合めっき材を作製することも記載されている。
【0007】
また、めっき膜の密着性を向上させるために、下地めっきとして、3g/Lのシアン銀カリウムと100g/Lのシアン化カリウムとからなる組成のAgストライクめっき浴中において、液温25℃、電流密度3A/dm2でAgストライクめっきを行うことも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2013-189680号公報
【文献】特開2007-16250号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者の調べにより、特許文献1および2に記載の手法で得られるめっき材では耐摩耗性に関して改善の余地があることが判明した。
【0010】
本発明の目的は、耐摩耗性が高い複合めっき材およびその製造方法ならびにそれらの関連技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の態様は、
Ag層中に炭素粒子とSbを含有する複合材からなる複合めっき層が基材上に形成され、
複合めっき層中の炭素の含有量が6.0質量%以上、Sbの含有量が0.5質量%以上である、複合めっき材である。
【0012】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の態様であって、
前記複合めっき層の表面の炭素粒子が占める割合が面積率で15~80%である。
【0013】
本発明の第3の態様は、第1または第2の態様に記載の態様であって、
前記複合めっき材の表面のビッカース硬さHVが150以上である。
【0014】
本発明の第4の態様は、第1~第3のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記複合めっき層の表面の算術平均粗さRaが0.3μm以上である。
【0015】
本発明の第5の態様は、第1~第4のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記複合めっき層の結晶子サイズが40nm以下である。
【0016】
本発明の第6の態様は、第1~第5のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記複合めっき層中の炭素の含有量が30質量%以下、Sbの含有量が5質量%以下である。
【0017】
本発明の第7の態様は、第1~第6のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記基材は銅または銅合金である。
【0018】
本発明の第8の態様は、第1~第7のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記基材と前記複合めっき層との間に下地めっき層を有する。
【0019】
本発明の第9の態様は、第8の態様に記載の態様であって、
前記下地めっき層がNiめっき層、Cuめっき層から選ばれる少なくともひとつからなる。
【0020】
本発明の第10の態様は、
Sbを含有するAgめっき液に対して炭素粒子を添加した複合めっき液を用いて電気めっきを行うことにより、基材上にAg層中に炭素粒子とSbを含有する複合材からなる複合めっき層を形成する複合めっき材の製造方法であって、複合めっき層における炭素の含有量を6.0質量%以上、Sbの含有量を0.5質量%以上とする、複合めっき材の製造方法である。
【0021】
本発明の第11の態様は、第10の態様に記載の態様であって、
前記複合めっき層の表面の炭素粒子が占める割合を面積率で15~80%とする。
【0022】
本発明の第12の態様は、第10または第11の態様に記載の態様であって、
前記複合めっき層を形成する際の複合めっき液に対する撹拌速度を400rpm以下とする。
【0023】
本発明の第13の態様は、第10~第12のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記電気めっきの電流密度を4A/dm2以上とする。
【0024】
本発明の第14の態様は、第10~第13のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記炭素粒子が、酸化処理を行った炭素粒子である。
【0025】
本発明の第15の態様は、第10~第14のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記複合めっき層を形成する前に、前記基材上に下地めっき層を形成する。
【0026】
本発明の第16の態様は、第15の態様に記載の態様であって、 前記下地めっき層がNiめっき層、Cuめっき層から選ばれる少なくともひとつからなる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、耐摩耗性が高い複合めっき材およびその製造方法ならびにそれらの関連技術を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本実施形態について説明する。本明細書における「~」は所定の数値以上かつ所定の数値以下を指す。
【0029】
(複合めっき材)
本実施形態に係る複合めっき材は、Ag層中に炭素粒子とSbを含有する複合材からなる複合めっき層が基材上に形成され、複合めっき層中の炭素の含有量は6.0質量%以上、Sbの含有量は0.5質量%以上である。
【0030】
この構成により、本発明の複合めっき材は、Ag層中に炭素粒子を含有する(Sbは含有しない)複合材からなる複合めっき層が基材上に形成された場合の複合めっき材、Ag層中にSbを含有する(炭素粒子は含有しない)複合材からなる複合めっき層が基材上に形成された場合の複合めっき材に比べ、飛躍的に耐摩耗性を向上させられる(詳しくは後掲の実施例の項目参照)。
【0031】
複合めっき層中における炭素の含有量は6.0質量%以上(好適には7質量%以上、さらには8質量%以上)であり、これより少ないと耐摩耗性特性の向上が不十分である。また、炭素粒子を多量に含有しても耐摩耗性の大幅な向上は認められないため、炭素の含有量を30質量%以下としてもよい。
【0032】
複合めっき層中におけるSbの含有量は0.5質量%以上(好適には1.0質量%以上、より好ましくは1.5質量%以上、上限の一例としては5質量%或いは3質量%)とする。これにより、複合めっき層(材)の硬さが向上する。
【0033】
なお、上記複合めっき層中の炭素およびSbの含有量は、複合めっき層の表面を、走査型電子顕微鏡に付属するエネルギー分散型X線分析装置を用いたエネルギー分散型X線分析により測定することにより得られる。
【0034】
基材に形成した複合めっき材からなる複合めっき層は、炭素の含有量および表面の炭素粒子の量が多く、耐摩耗性に優れる。この表面の炭素粒子は、「複合めっき層の表面の炭素粒子が占める割合が面積率で15~80%(さらに好適には18%以上60%未満)」と表現できる。表面の炭素粒子が占める割合である面積率の定義(測定、算出方法)は、後掲の実施例の項目にて記載する。
【0035】
複合めっき材のビッカース硬さHVは150以上であるのが好ましい。ビッカース硬さHVの定義(測定方法)は、後掲の実施例の項目にて記載する。
【0036】
炭素粒子が複合めっき層に巻き込まれやすくなる度合いを考慮すると、複合めっき層の表面の算術平均粗さRaは0.3μm以上であるのが好ましい。算術平均粗さRaは10μm以下が好ましく、8μm以下であるのがさらに好ましい。表面の算術平均粗さRaの定義(測定方法)は、後掲の実施例の項目にて記載する。
【0037】
複合めっき層の結晶子サイズは40nm以下であるのが好ましい。結晶子サイズの定義(測定方法)は、後掲の実施例の項目にて記載する。
【0038】
基材と複合めっき層との間に下地めっき層が形成されていてもよい。また、下地めっき層がNiめっき層、Cuめっき層から選ばれる少なくともひとつからなるのが好ましい。
【0039】
基材には限定は無いが、基材は銅または銅合金であることが好ましい。
【0040】
複合めっき層中のAgの質量%とSbの質量%と炭素の質量%との比は、93.5:0.5:6~65:5:30であれば、耐摩耗性のみならずその他の特性を向上させることができ、好ましい。つまり、複合めっき層内において、Agの質量%は65~93.5質量%の間で設定するのが好ましく、且つ、Sbの質量%は0.5~5質量%の間で設定するのが好ましく、且つ、炭素の質量%は6~30質量%の間で設定するのが好ましい。
【0041】
また、複合めっき層の厚さは0.5~25μmであるのが好ましく、1~20μmであるのがより好ましい。上記範囲であると、耐摩耗性を十分確保でき、且つ生産効率も良好である。複合めっき層の厚さの定義(測定方法)は、後掲の実施例の項目にて記載する。
【0042】
(複合めっき材の製造方法)
本発明の複合めっき材の製造方法の実施の形態としては、Sbを含有するAgめっき液(Ag合金めっき液)に対して炭素粒子を添加した複合めっき液を用いて電気めっきを行うことにより、基材上にAg層中に炭素粒子とSbを含有する複合材からなる複合めっき層を形成する複合めっき材の製造方法であって、複合めっき層における炭素の含有量を6.0質量%以上、Sbの含有量を0.5質量%以上とする。
【0043】
前記Agめっき液としては、シアンを含有するものいわゆるシアン浴であってもよい。本明細書における「シアン」とは、シアン化物イオンを有する物質の総称である。
【0044】
前記Agめっき液の一例を挙げると、50~150g/Lのシアン化銀ナトリウムと、150~450g/Lのシアン化ナトリウムと、3~20g/Lの三酸化二アンチモン(Sb)からなるめっき浴を使用してもよい。三酸化二アンチモンの代わりに酒石酸アンチモンカリウム等を使用してもよい。
【0045】
また、セレン濃度が5~15mg/Lであり且つフリーシアンに対する銀の質量比が0.9~1.8である前記Agめっき液を使用してもよい。
【0046】
電気めっきを行うことにより基材上に複合めっき層を形成する際には、前記Agめっき液に炭素粒子を添加した複合めっき液を用いる。基材上に複合めっき層を形成する電気めっきの際の複合めっき液の液温は、好ましくは10~40℃、さらに好ましくは15~30℃である。
【0047】
また、複合めっき層の表面の炭素が占める割合を面積率で15~80%となる条件で複合めっき材を形成するのが好ましい。
【0048】
複合めっき層を形成する際の複合めっき液に対する撹拌速度を400rpm以下とするのが好ましく、電気めっきで複合めっき層を形成する際の電流密度を4A/dm2以上とするのが好ましい。
【0049】
電気めっきの際の複合めっき液に対する撹拌速度は、使用する装置によって適宜調整可能であるが、撹拌速度として低い値を採用することにより、複合めっき層の表面粗さが増大し、炭素粒子が複合めっき層に巻き込まれやすくなると考えられる。撹拌速度の好適範囲は使用する装置によって異なるが、総じて400rpm以下(好適には未満)である(特に後掲の実施例の項目に記載のスターラ(十字撹拌子)の場合)。
【0050】
電気めっきの際の電流密度は、好ましくは4A/dm2以上、さらに好ましくは4~10A/dm2である。これらの規定により、複合めっき層の表面粗さが増大し、炭素粒子が複合めっき層に巻き込まれやすくなると考えられる。
【0051】
なお、複合めっき液中の炭素粒子の濃度は10~200g/Lであるのが好ましく、20~80g/Lであるのがさらに好ましい。10g/L以上であると、炭素粒子が複合化する量を適度に保て、200g/Lを超える量を添加しても複合めっき層中の炭素粒子はほどんど増えない。
【0052】
また、複合めっき液中のAgの濃度とSbの濃度と炭素粒子の濃度との比は、10:1:5~40:1:30であれば、後掲の実施例の項目にて示すように、耐摩耗性のみならずその他の特性を向上させることができ、好ましい。つまり、複合めっき液中において、Sbの濃度を1としたときに、Agの濃度はその10~40倍の間で設定するのが好ましい。また、Sbの濃度を1としたときに、炭素粒子の濃度は5~30倍の間で設定するのが好ましい。
【0053】
炭素粒子が酸化処理を行った炭素粒子であることが好ましい。すなわち炭素粒子の添加前に、炭素粒子の(から有機物を除去する)酸化処理を行うのが好ましい。
【0054】
このように酸化処理した後の炭素粒子をめっき液に添加することにより、分散剤などの添加物を使用することなく且つ炭素粒子の表面をコーティングすることなくめっき中に炭素粒子を良好に分散させためっき液が得られる。この複合めっき液を使用して電気めっきを行うことにより、Ag層中に炭素粒子とSbを含有する複合材からなる複合めっき層が基材上に形成される。
【0055】
また、基材上に複合めっき層を形成する前に、基材上に下地めっき層を形成してもよい。この下地めっき層としては、例えばNiめっき、Cuめっきから選ばれる少なくともひとつからなる下地めっきを形成するのが好ましい。下地のNiめっき、Cuめっきは積層して複数の層をしてもよい。Niめっき、Cuめっきを形成する具体的な手法としては公知の手法で形成することができる。
【0056】
また、特許文献2の[0021]に記載のように、酸化処理を行った炭素粒子に加えて、複合めっき液に銀マトリックス配向調整剤、光沢剤等を添加してもよい。この銀マトリックス配向調整剤、光沢剤は、セレン(Se)イオンを含むのが好ましく、セレノシアン酸カリウム(KSeCN)として添加してもよい。また、複合めっき液中のSeの濃度を1~48mg/Lとしてもよい。
【0057】
その一方、後掲の実施例の項目が示すように、本実施形態の場合、銀マトリックス配向調整剤を添加せずとも(すなわち複合めっき層中にセレンを実質的に存在させずとも(Se≦10ppm))、硬度に関して良好な試験結果が得られることも、本発明の技術的特徴の一つである。銀マトリックス配向調整剤の添加の有無は、めっき液の種類に応じて決定すればよい。
【0058】
本発明の技術的範囲は上述した実施の形態に限定されるものではなく、発明の構成要件やその組み合わせによって得られる特定の効果を導き出せる範囲において、種々の変更や改良を加えた形態も含む。
【0059】
例えば、Sn、In、Teからなる群から選択される元素をめっき液中に添加すると硬質皮膜が得られることは、刊行物「表面技術vol.70,No9,2019」の428頁「貴金属めっき技術の進展」に記載されている。
【0060】
また、例えば、後掲の各実施例のように、複合めっき層の密着性を向上させるために、該複合めっき層を形成する前に、基材に対してAgストライクめっきを施してもよい。なお、このAgストライクめっきは、特許文献1の[0024]や特許文献2の[0033]に記載されたAgストライクめっきに係る公知の手法を採用しても構わない。なお、Agストライクめっきと区別するために、本実施形態で述べた複合めっき(層)のことを「本めっき(層)」とも言う。
【0061】
また、ストライクめっきの前に下地めっき層を形成してもよい。この下地めっき層としては限定は無いが、例えばNiめっき、Cuめっきから選ばれる少なくともひとつからなる下地めっきを施しても構わない。下地のNiめっき、Cuめっきは積層して複数の層をしてもよい。Niめっき、Cuめっきを形成する具体的な手法としては公知の手法を採用しても構わない。
【0062】
また、上記複合めっき層の基となった複合めっき液にも本発明の技術的思想が反映されており、それ自体で発明足り得る。複合めっき液の具体的な構成および好適例等は上記のとおりである。
【実施例】
【0063】
次に実施例を示し、本発明について具体的に説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下に記載のない内容は、本実施形態で述べた内容と同様とする。
【0064】
[実施例1]
炭素粒子として長径5μmの鱗片状黒鉛粒子(日本黒鉛工業株式会社製の天然黒鉛J-CPB)80gを1.4Lの純水中に添加し、この混合溶液を撹拌しながら50℃に昇温させた。次に、この混合溶液に酸化剤として27gの過硫酸カリウムを含む水溶液0.6Lを徐々に滴下した後、2時間撹拌して酸化処理を行い、その後、ろ紙によりろ別を行ない、水洗を行った。上記の酸化処理により、付着していた炭化水素などの疎水性物質を除去した炭素粒子を準備した。
【0065】
また、基材としての厚さ0.2mmの銅合金板(1.0質量%のNiと0.9質量%のSnと0.05質量%のPを含み残部がCuである銅合金の板材)(DOWAメタルテック株式会社製のNB109 EH)を用意し、3g/Lのシアン銀カリウムと90g/Lのシアン化カリウムを含むAgストライクめっき液(シアン浴)中に前記基材を浸漬し、基材をカソードとし、(チタンのメッシュ素材を白金めっきした)チタン白金メッシュ電極板をアノードとして、液温25℃、電流密度5A/dm2、めっき時間30秒間として電気めっき(Agストライクめっき)を行った。
【0066】
また、10質量%のシアン化銀ナトリウムと30質量%のシアン化ナトリウムと50mL/LのニッシンブライトN(光沢剤、6質量%の三酸化二アンチモンを含む)(日進化成株式会社製)を含むシアン系のAg-Sb合金めっき液中に、前記酸化処理を施した30g/Lの炭素粒子を添加して、Ag層中にSbと炭素粒子を含む複合めっき液を作製した。なお、複合めっき液中のAg濃度は60g/L、アンチモン(Sb)濃度は2.5g/Lであった。
【0067】
Agストライクめっきが形成された基材をカソードとし、Ag電極板をアノードとして、上記複合めっき液中に浸漬して、液温18℃、撹拌速度250rpm、電流密度5A/dm2、めっき時間250秒で電気めっき(複合めっき(本めっき))を行い、基材上にAgストライクめっき層を介して厚さ3.8μmの複合めっき層を形成した後、15秒間水洗し、ドライヤーで乾燥して複合めっき材を作製した。なお、前記複合めっき液は容量1L、直径110mmのビーカーに1L建浴し、撹拌には、アズワン製のマグネチックスターラーREXIM RS-1DN(十字撹拌子 幅38.1mm 高さ15.8mm)を用いた。
【0068】
「複合めっき層の厚さ」は、蛍光X線膜厚計(株式会社日立ハイテクサイエンス製 FT9450)を用い、サンプルの中央部分の直径1.0mmの範囲を測定して得た。
【0069】
「Sbの質量%」および「Cの質量%」は、電子顕微鏡である卓上顕微鏡(TM4000 Plus 株式会社日立ハイテクノロジーズ製)を用いて加速電圧15kVで1000倍に拡大して観察し、この観察領域において、上記卓上顕微鏡に付属するエネルギー分散型X線分析装置(Oxford社製 AztecOne)を用いてEDX分析を行い測定されたSbの量(質量%)、Cの量(質量%)を複合めっき層中のSbの含有量、炭素の含有量とした。
【0070】
「複合めっき層の表面の算術平均粗さRa」は、レーザー顕微鏡(株式会社キーエンス製 VK-X100)を用いて表面を1000倍に拡大し、JIS B0601(2001年)に従って測定した。
【0071】
「複合めっき層の表面のビッカース硬さHV」は、微小硬度計(株式会社ミツトヨ製のHM221)を使用して、荷重0.1Nを15秒間加えて、JIS Z2244に従って測定し、3回の測定の平均値を採用した。
【0072】
「複合めっき層の結晶子サイズ」は、複合めっき層の表面をBruker製D2Phaser2nd Generationを用いてX線回折(Cu Kα線管球、管電圧30kV、管電流10mA)を行い、検出されたAgの(111)面、(222)面のピークから、リガク社製分析ソフトPDXLを用いて半値全幅(FWHM:Full Width at Half Maximum)を求め、Scherrerの式から結晶子サイズを計算した。結晶面による偏りを減らすためAgの(111)面と(222)面の結晶子サイズを平均した値を複合めっきの結晶子サイズとした。
【0073】
なお、Scherrerの式は以下の通りである。
D=K・λ/β・cosθ
D:結晶子サイズ
K:Scherrer定数、半値全幅を使用しているので0.9
λ:X線の波長、CuKα線なので1.54Å
β:半値全幅(FWHM)(rad)
θ:測定角度(deg)
【0074】
「複合めっき層の表面の炭素面積率」は、複合めっき層の表面を観察することにより得た。具体的には、先に挙げた卓上顕微鏡TM4000 Plus(株式会社日立ハイテクノロジーズ製)加速電圧5kVで1000倍に拡大した反射電子組成(COMPO)像をGIMP 2.10.10(画像解析ソフト)にて2値化し、炭素が占める面積率を算出した。さらに具体的に言うと、全ピクセルのうち最も高い輝度を255、最も低い輝度を0とすると、輝度が127以下のピクセルが黒、輝度が127を超えるピクセルが白になるように階調を二値化し、銀の部分(白い部分)と炭素粒子の部分(黒い部分)に分離して、画像全体のピクセル数Xに対する炭素粒子の部分のピクセル数Yの比Y/Xを、表面の炭素面積率(%)として算出した。
【0075】
「複合めっき層の表面の反射濃度」は、目視およびGretagMacbeth社製反射濃度計RD-918を使用して反射濃度を測定した。表1中には外観色と測定値とを掲載する。本試験例の場合、光沢が銀色であれば良好である。数値は、入射光から得られる濃度と反射光から得られる濃度との比であり、0.7以上であるのが好ましい。
【0076】
「耐摩耗性」は、山崎精機研究所製の摺動試験機(CRS-G2050-DWA)により測定した。
【0077】
実施例1に係る平板状の複合めっき材(評価サンプル)に対して摺動させるインデントとしては、上記銅合金板を内径1.0mmにてプレス加工(いわゆるインデント加工)しした後、後掲の比較例2のAg-Sb合金めっき液を使用し、厚さ20μmのAg-Sbめっき層を形成したものを凸形状の圧子として使用した。このインデントを上記摺動試験機にかけ、実施例1に係る複合めっき材に対し、往復1000回または素地が露出するまでの間、接触荷重2N、摺動速度3mm/s、摺動距離10mmにて、摺動を続行した。
【0078】
摺動試験後の複合めっき層の厚さは、摺動痕(削れ部)の中央について、測定領域を直径0.1mmの範囲とした以外は上記「複合めっき層の厚さ」と同様の手法で測定した。削れ量は、摺動試験前後の複合めっき層の厚さの差分であり、削れ量が1μm以下であれば優れた耐摩耗性を備えているとみなした。
【0079】
「平均摩擦係数」は前述の摺動試験において1回の往復摺動中の往路の摺動距離の半分まで移動したときの水平方向にかかる力(F)を測定し、μ(摩擦係数)=F/N(Nは垂直抗力で2N)より摩擦係数を算出し、1000回または素地が露出するまでの間の各回の摩擦係数を算出し、平均した値を平均摩擦係数とした。平均摩擦係数が0.5以下であれば良好とした。
【0080】
「平均接触抵抗(接触信頼性)」は前述の摺動試験において1回の往復摺動中の往路の摺動距離の半分まで移動したときの接触抵抗を測定し、1000回または素地が露出するまでの間の各回の接触抵抗の平均を平均接触抵抗とした。接触抵抗が3mΩ以下であれば、接触信頼性が備わっているとみなす。
【0081】
耐スクラッチ性を以下のように調査した。
実施例1に係る複合めっき材をCSM Instruments社製Revetest-RSTを用いてスクラッチ試験を行った。圧子は、ナノテック製ダイヤモンド圧子(R=0.2mm、120°の円錐状)を採用し、10mmの距離をスクラッチした。そして、スクラッチ試験後の複合めっき材をレーザー顕微鏡(「複合めっき層の表面の算術平均粗さRa」で使用したものと同様)で観察し、設定荷重がかかった場所、すなわちスクラッチ痕の端の線粗さ(スクラッチ痕のスクラッチ方向の終端部であって、スクラッチ痕の終端部を中心としてスクラッチ痕の長手方向に垂直な幅1cmの長さ)を測定し、最大谷深さRvを求めた。複合めっき層の厚さが、スクラッチ痕の最大谷深さRvよりも大きければ(すなわち試験後に複合めっき層が残っていれば)、耐スクラッチ性が備わっているとみなした。
【0082】
なお、荷重の設定は、初期荷重を1として移動距離10mmで設定荷重まで増加させるような設定とした。また、めっき厚に応じて荷重を設定し、設定荷重/めっき厚=1(N/μm)とした。
【0083】
以上の各種内容をまとめたのが以下の各表である。
表1は、各実施例および各比較例における複合めっき材の物としての違いをまとめた表である。
表2は、各実施例および各比較例における複合めっき材の製造方法としての違いをまとめた表である。
表3は、各実施例および各比較例における複合めっき材に対する試験結果をまとめた表である。
【表1】
【表2】
【表3】
【0084】
[実施例2]
Agストライクめっきを形成する前に、500mL/Lのスルファミン酸ニッケルと25g/Lの塩化ニッケル6水和物と35g/Lのホウ酸とからなる組成のNiめっき浴中に基材をカソードとして浸漬し、Ni電極板をアノードとし、液温18℃、電流密度4A/dm2、めっき時間140秒として基材上に厚さ1μmのNi下地めっきを行い、複合めっきの時間を100秒とした以外は実施例1と同様の方法で厚さ1.8μmの複合めっき層が形成された複合めっき材を作製した。その他の条件、評価結果は表1~3に記載のとおりである。
【0085】
[実施例3]
複合めっきの時間を1000秒とした以外は実施例1と同様の方法で厚さ18.7μmの複合めっき層が形成された複合めっき材を作製した。その他の条件、評価結果は表1~3に記載のとおりである。
【0086】
[比較例1]
Ag-Sbめっき液に黒鉛粒子を添加しない以外は実施例1と同様の方法で、厚さ5.1μmのAg-Sb合金めっき層が形成されためっき材を作製した。その他の条件、評価結果などは表1~3に記載のとおりである。
【0087】
[比較例2]
実施例1と同じ基材を準備し、Agストライクめっき液としてはAgの濃度が3g/Lのスルホン酸浴(ダインシルバー GPE-ST(大和化成株式会社製))を準備し、前記基材をカソードとしてAgストライクめっき液中に浸漬し、Ag電極板をアノードとして電流密度5A/dm2、めっき時間30秒として基材上にAgストライクめっきを行った。
【0088】
Agストライクめっき後、Ag濃度が30g/Lでスルホン酸Agとスルホン酸を含むスルホン系のAgめっき液(ダインシルバー GPE-PL(大和化成株式会社製))中に、30g/Lの炭素粒子を含有させ、Agストライクめっきした基材をカソードとし、Ag電極板をアノードとして液温25℃、撹拌速度500rpm、電流密度3A/dm2、めっき時間250秒で電気めっきを行い、基材上にAgストライクめっき層を介して厚さ6.6μmのAgめっき層が形成されためっき材を作製した。その他の条件、評価結果などは表1~3に記載のとおりである。
【0089】
[比較例3]
撹拌速度を500rpmとし、電流密度を3A/dm2としたことを除いて、実施例1と同様の製造方法で厚さ4.1μmの複合めっき層が形成された複合めっき材を作製した。その他の条件、評価結果などは表1~3に記載のとおりである。
【0090】
[比較例4]
撹拌速度を500rpmとしたことを除いて、実施例1と同様の製造方法で複合めっき層が形成された複合めっき材を作製を試みたが、基材から複合めっき層が粒状に析出して基材から剥離してしまい、評価できなかった。その他の条件などは表1~3に記載のとおりである。
【0091】
[比較例5]
150g/Lのシアン銀カリウムと90g/Lのシアン化カリウムと3.6g/Lのシアノセレン酸カリウムとからなるAgめっき液(シアン浴)を使用し(すなわちSbを非含有とし)、Ag濃度は80g/Lとし、撹拌速度を500rpmとし、電流密度を3A/dm2とした以外は実施例1と同様の製造方法で厚さ5.6μmのAg-Cめっきが形成されためっき材を作製した。その他の条件、評価結果などは表1~3に記載のとおりである。
【0092】
[検討]
表3に示すように、各実施例では全ての試験項目において良好な結果を示した。各実施例によれば、耐摩耗性が高い複合めっき層および複合めっき材が得られた。
【0093】
その一方、比較例1~3、5では、耐摩耗性において不良であった。比較例4では、粒状の電析物がめっき膜中に生成し、めっき膜が基材から剥がれ、測定そのものが不能となった。
【0094】
また、各実施例において複合めっき層の光沢が良好であったのに対し、比較例2、5では不良であった。また、比較例1においては、摩擦係数が比較的高くなりすぎた。比較例2においては、耐スクラッチ性が劣っていた。