(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-19
(45)【発行日】2024-07-29
(54)【発明の名称】Trk断片をコードする核酸構築物、及びその利用
(51)【国際特許分類】
C12N 15/62 20060101AFI20240722BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240722BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20240722BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240722BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240722BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20240722BHJP
C07K 14/71 20060101ALI20240722BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20240722BHJP
【FI】
C12N15/62 Z ZNA
C12N5/10
A61K31/7088
A61P25/00
A61P43/00 107
C07K19/00
C07K14/71
C12Q1/68
(21)【出願番号】P 2021503631
(86)(22)【出願日】2020-03-04
(86)【国際出願番号】 JP2020009259
(87)【国際公開番号】W WO2020179844
(87)【国際公開日】2020-09-10
【審査請求日】2023-01-26
(31)【優先権主張番号】P 2019038503
(32)【優先日】2019-03-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591063394
【氏名又は名称】公益財団法人東京都医学総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】行方 和彦
(72)【発明者】
【氏名】原田 高幸
【審査官】大西 隆史
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/094073(WO,A1)
【文献】特表2018-535696(JP,A)
【文献】国際公開第2017/192538(WO,A1)
【文献】特表2019-500887(JP,A)
【文献】DEWITT, J. et al.,Oncogene,2013年03月04日,Vol. 33,pp. 977-985,DOI: 10.1038/onc.2013.39
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
C12N 1/00- 7/08
A61K 31/00-33/44
A61K 35/00-51/12
A61P 1/00-43/00
C07K 1/00-19/001
C12Q 1/00- 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Trkの細胞内領域と膜局在化配列とを含み、Trkの細胞外領域を含まない融合ポリペプチドをコードする核酸構築物であって、膜局在化配列は、アミノ酸の脂質修飾を誘導するものである、核酸構築物。
【請求項2】
Trkの細胞内領域が以下の何れかから選択される、請求項1に記載の核酸構築物。
1)配列番号2、6、9、12、又は14の何れかに記載のアミノ酸配列で示されるポリペプチド、
2)配列番号2、6、9、12、又は14の何れかに記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列で示されるポリペプチド。
【請求項3】
膜局在化配列はファルネシル化配列である、請求項1に記載の核酸構築物。
【請求項4】
ベクターである、請求項1~3の何れか一項に記載の核酸構築物。
【請求項5】
アデノ随伴ウイルスベクターである、請求項4に記載の核酸構築物。
【請求項6】
請求項1~5の何れか一項に記載の核酸構築物を含む医薬組成物。
【請求項7】
神経関連疾患薬である、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
神経保護又は神経再生用である、請求項7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
単離された細胞、又は、非ヒト動物の細胞であって、請求項1に記載の核酸構築物が発現可能に導入されている、神経系細胞。
【請求項10】
単離された細胞内で、又は、非ヒト動物の細胞内で、Trkの細胞外領域を含まないTrkの細胞内領域を、膜局在化配列を介して細胞膜に局在させる工程を含み、
膜局在化配列は、アミノ酸の脂質修飾を誘導するものである、細胞活性化の方法。
【請求項11】
上記工程は、請求項1~5の何れか一項に記載の核酸構築物、請求項6~8の何れか一項に記載の医薬組成物から選択される何れかを神経系細胞内で発現させることによって行う、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
Trkの細胞内領域と膜局在化配列とを含み、Trkの細胞外領域を含まない融合ポリペプチドであって、膜局在化配列は、アミノ酸の脂質修飾を誘導するものである、融合ポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Trkファミリーの機能的断片をコードする核酸構築物とその利用とに関する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞の生存、軸索伸長、並びに、中枢神経系の発生などに重要な役割を持つ神経栄養因子としてnerve growth factor(NGF)、brain-derived neurotrophic factor(BDNF)、Neurotrophin-3(NT-3)、及び、NT-4/5等が知られている(非特許文献1)。
【0003】
上記のBDNFの高親和性受容体として知られているのがTrkBであり、通常は、その細胞外領域が二量体を形成することによって、BDNFを受容可能とする。ただし、TrkBには、細胞内のチロシンキナーゼドメインを欠いた短縮型も存在しており、その機能は十分には解明されていない(非特許文献2)。
【0004】
発明者等は、神経栄養因子の研究を長年にわたり行っており、グリアーグリア細胞及びグリアー神経細胞間のシグナル制御が、神経保護に重要であることを報告している(非特許文献3~5)。
【0005】
さらにTrkBシグナルによる神経保護と軸索再生とに関する研究を継続する中で、TrkBシグナルによって活性化されるグアニンヌクレオチド交換因子(guanine nucleotide exchange factor: GEF)であるDock3の機能等にも注目してきた(非特許文献6~9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開WO2018/185468(国際公開日:2018年10月11日)
【非特許文献】
【0007】
【文献】Park H, Poo MM. Neurotrophin regulation of neural circuit development and function. Nat Rev Neurosci 14(1):7-23, 2013.
【文献】Fenner BM. Truncated TrkB: beyond a dominant negative receptor. Cytokine Growth Factor Rev 23(1-2): 15-24, 2012.
【文献】Harada T, Harada C, Nakayama N, Okuyama S, Yoshida K, Kohsaka S, Matsuda H, Wada K. Modification of glial-neuronal cell interactions prevents photoreceptor apoptosis during light-induced retinal degeneration.Neuron 26(2): 533-541, 2000.
【文献】Harada T, Harada C, Kohsaka S, Wada E, Yoshida K, Ohno S, Mamada H, Tanaka K, Parada LF, Wada K.Microglia-Muller glia cell interactions control neurotrophic factor production during light-induced retinal degeneration. J Neurosci 22(21): 9228-9236, 2002.
【文献】Harada C, Guo X, Namekata K, Kimura A, Nakamura K, Tanaka K, Parada LF, Harada T. Glia- and neuronspecific functions of TrkB signalling during retinal degeneration and regeneration. Nat Commun 2: 189, 2011.
【文献】Namekata K, Harada C, Taya C, Guo X, Kimura H, Parada LF, Harada T. Dock3 induces axonal outgrowth by stimulating membrane recruitment of the WAVE complex. Proc Natl Acad Sci U S A 107(16): 7586-7591, 2010.
【文献】Namekata K, Harada C, Guo X, Kimura A, Kittaka D, Watanabe H, Harada T. Dock3 stimulates axonal outgrowth via GSK-3β-mediated microtubule assembly. J Neurosci 32(1): 264-274, 2012.
【文献】Namekata K, Kimura A, Kawamura K, Harada C, Harada T. Dock GEFs and their therapeutic potential:neuroprotection and axon regeneration. Prog Retin Eye Res 43: 1-16, 2014.
【文献】行方和彦, 原田高幸. 神経軸索の再生におけるDock3 の機能. 生化学 84(5), 368-373, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上のように、TrkBが、神経保護等において果たす重要な役割が、様々な観点から解明され始めている。
【0009】
しかし、TrkB全長遺伝子を組み込んだ遺伝子ベクターにおいては、TrkBの高発現を誘導することは困難である。これは、TrkB全長遺伝子は比較的サイズが大きいため、使用可能なプロモータサイズ等に制限がかかるからである。
【0010】
また、神経関連疾患の治療に際しては、TrkBを過剰発現させるだけでなく、同時にBDNFを定期的に投与することが必要と考えられることから、これまでTrkBを活用した遺伝子治療研究は実用化されていない。
【0011】
最近、BDNFとTrkBとの融合タンパクをコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターが報告されている(特許文献1)。しかし、当該融合タンパク質の分子サイズから、発現レベルはそれほど高くないと推測される。
【0012】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、Trkファミリーの機能的断片をコードする新規な核酸構築物とその利用とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、本発明は、以下に示す態様を含む。
【0014】
(i)Trkの細胞内領域と膜局在化配列とを含む融合ポリペプチドをコードする核酸構築物。
【0015】
(ii)細胞内で、Trkの細胞内領域を、膜局在化配列を介して細胞膜に局在させる工程を含む、細胞活性化の方法。
【0016】
(iii)Trkの細胞内領域と膜局在化配列とを含む融合ポリペプチド。
【発明の効果】
【0017】
本発明の一態様によれば、Trkファミリーの機能的断片をコードする新規な核酸構築物とその利用等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】常時活性型TrkB(CA-TrkB)の構造を示す図である。
【
図2】実施例1で作製したアデノ随伴ウイルスベクターを示す図である。
【
図3】実施例1の結果(CA-TrkBの発現量)を示す図である。
【
図4】実施例1の他の結果(CA-TrkBによる細胞内シグナル伝達)を示す図である。
【
図5】実施例2の結果(CA-TrkBによる網膜神経節細胞の保護)を示す図である。
【
図6】実施例2の結果(CA-TrkBによる視神経軸索再生)を示す図である。
【
図7】実施例3の結果(緑内障モデルマウスを用いた、CA-TrkBによる網膜神経節細胞の保護)を示す図である。
【
図8】実施例4の結果(CA-TrkBの変異体を用いたシグナル伝達の検証)を示す図である。
【
図9】実施例5に関し、常時活性型のTrkA及びTrkCの構造と、実施例5の結果(CA-TrkA及びCによる細胞内シグナル伝達)を示す図である。
【
図10】実施例におけるiSH-TrkBをコードする遺伝子断片の塩基配列を示す図である。
【
図11】実施例におけるCA-TrkAをコードする遺伝子断片の塩基配列を示す図である。
【
図12】実施例におけるCA-TrkCをコードする遺伝子断片の塩基配列を示す図である。
【
図13】実施例6の結果(視覚誘発電位の計測)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
〔用語などの定義〕
本明細書において、「ポリヌクレオチド」は、「核酸」または「核酸分子」とも換言できる。「ポリヌクレオチド」は、特に明記しない場合は、天然に存在するヌクレオチドと同様に機能することができる天然に存在するヌクレオチドの既知の類似体を含有するポリヌクレオチドを包含する。また、「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」とも換言できる。特に言及のない限り、「塩基配列」はデオキシリボヌクレオチドの配列またはリボヌクレオチドの配列を意図している。また、ポリヌクレオチドは、一本鎖であっても二本鎖構造であってもよく、一本鎖の場合はセンス鎖であってもアンチセンス鎖であってもよい。
【0020】
本明細書において、「遺伝子」は、タンパク質をコードしている「ポリヌクレオチド」を指す。
【0021】
本明細書において、遺伝子の「発現制御領域」は、遺伝子の発現を制御している「ポリヌクレオチド」を指す。「発現制御領域」の一例としては、プロモータ領域、エンハンサ領域などが挙げられる。
【0022】
本明細書において、「発現カセット」は、発現宿主内で機能的な発現制御領域と、当該発現制御領域と作動可能に連結されたポリヌクレオチドとを含む発現単位を指す。発現カセットにおいて、当該ポリヌクレオチドは好ましくは遺伝子または遺伝子の断片である。発現カセットの一例は、上記発現制御領域と上記ポリヌクレオチドとを遺伝子工学的に連結したものである。「作動可能に連結」とは、ポリヌクレオチドの発現が発現制御配列によって制御されている状態を指す。発現カセットは発現ベクターの形態であってもよい。
【0023】
本明細書において、「ポリペプチド」は、「タンパク質」とも換言できる。「ポリペプチド」は、アミノ酸がペプチド結合してなる構造を含むが、さらに、例えば、糖鎖、またはイソプレノイド基などの構造を含んでいてもよい。「ポリペプチド」は、特に明記しない場合は、天然に存在するアミノ酸と同様に機能することができる、天然に存在するアミノ酸の既知の類似体を含有するポリペプチドを包含する。
【0024】
〔1.核酸構築物〕
本発明の一実施形態に係る核酸構築物は、Trkの細胞内領域と膜局在化配列とを含む融合ポリペプチドをコードする核酸構築物である。本発明は、この核酸構築物を細胞内で発現させることによって、神経栄養因子(ニューロトロフィン)の投与を行わずとも、Trkの下流の細胞内シグナル経路を活性化可能にするという驚くべき知見に基づきなされたものである。すなわち、本願発明は、この核酸構築物がコードしている融合ポリペプチドが持つ膜局在化配列を介して、Trkの細胞内領域を細胞膜に局在させるという、細胞活性化の新たな手法に関する。
【0025】
本実施形態に係る核酸構築物は、例えば、以下に代表される効果を奏する。
1)対応する神経栄養因子を過剰発現又は投与することを要さない。
2)Trk全長と比較して、活性化に必要な分子サイズを大幅に小さくすることができる。これによって、分子の高発現化を可能とする。さらに、核酸構築物の設計の自由度が大幅に拡大するため、例えば、高発現化や遺伝子導入効率の向上等をより容易に実現することができる。
【0026】
(融合ポリペプチド)
本実施形態に係る核酸構築物がコードしている融合ポリペプチドは、後述する、1)Trkの細胞内領域と、2)膜局在化配列と、を含むものである。膜局在化配列は、その特性に応じて、融合ポリペプチドのN末端側、又は、融合ポリペプチドのC末端側に配置されることが好ましい場合がある。Trkの細胞内領域との関係では、膜局在化配列は、当該細胞内領域のN末端側(膜貫通領域に近い側)に対して配置しても、C末端側に対して配置してもよい。なお、実施例に示す常時活性型Trkでは、膜局在化配列は、融合ポリペプチドのC末端側に配置され、かつ、Trkの細胞内領域のC末端側に対して配置されている。これにより、実施例に示す常時活性型Trkは、細胞膜に対して、Trkの細胞内領域を通常とは逆に位置させる(
図1・9も参照)。
【0027】
融合ポリペプチドは、一例において、「Trkの細胞内領域及び膜局在化配列」以外の「他の配列」を含んでいてもよい。「他の配列」としては、例えば、スペーサ配列、p85のSH2配列等が挙げられる。「他の配列」を挿入する位置は、その目的に応じて設定すればよく、例えば、Trkの細胞内領域と膜局在化配列との間であり、融合ポリペプチドのN末端側であり(この場合、膜局在化配列はC末端側に配置されることが好ましい場合がある)、又は、融合ポリペプチドのC末端側である(この場合、膜局在化配列はN末端側に配置されることが好ましい場合がある)。
【0028】
融合ポリペプチドは、好ましい一例において、アミノ酸数が300個以上で650個以下の範囲内であり、330個以上で630個以下の範囲内であることがより好ましい場合がある。なお、融合ポリペプチドのうち「Trkの細胞内領域及び膜局在化配列」は、好ましい一例において、アミノ酸数が300個以上で450個以下であり、330個以上で440個以下、或いは、350個以上で440個以下、或いは、360個以上(又は370個以上)で440個以下、或いは、360個以上(又は370個以上)で410個以下の範囲内であることがより好ましい場合がある。融合ポリペプチドのサイズが小さければ、例えば、1)核酸構築物における他の構成(すなわち、融合ポリペプチドをコードする領域以外の構成)の設計の自由度が拡大する、2)融合ポリペプチドの発現効率が向上する、等の利点がある。特に、核酸構築物におけるプロモータ等の選択肢が広がることは、融合ポリペプチドの発現効率の向上に大きく寄与する。
【0029】
融合ポリペプチドは、一例において、Trkの細胞外領域の一部、及び/又は、膜貫通領域の一部を含んでいてもよい。融合ポリペプチドは、好ましい一例において、Trkの細胞外領域、及び/又は、膜貫通領域を含んでいない。融合ポリペプチドは、より好ましい一例において、Trkの細胞外領域、及び、膜貫通領域の双方を含んでいない。
【0030】
(Trkの細胞内領域)
本実施形態において、Trkの細胞内領域とは、一回膜貫通型のタンパク質である、神経栄養因子の高親和性受容体(Trk)の細胞内領域に相当するポリペプチド、並びに、当該ポリペプチドと機能的に同等なポリペプチドを指す。細胞内領域は、細胞質ドメインとも称される。
【0031】
Trkのファミリーとして、現在までに、TrkA、TrkB、及びTrkCの三種が報告されている。TrkA、TrkB、及びTrkCは何れも、その細胞外領域が神経栄養因子を受容するドメインであり、その細胞内領域がチロシンキナーゼ活性を有する。神経系細胞において、TrkA、TrkB及びTrkCは何れも、対応する神経栄養因子を受容することを契機に、その下流の細胞内シグナル経路が活性化される。なお、TrkAはNGFの受容体であり、TrkBはBDNF及びNT-4/5の受容体であり、TrkCはNT-3の受容体である。
【0032】
Trkの細胞内領域は、1)チロシンキナーゼ活性を有している、及び/又は、2)細胞膜に局在させた場合にTrkの下流の細胞内シグナル経路を活性化する、ことが出来るものであればよい。Trkの下流の細胞内シグナル経路の活性化は、既知の手法、例えば、Ras、ERK1/2、PI3K、Akt、及び、ホスホリパーゼC-γ等から選択される少なくとも一つの発現の増大として把握可能である。
【0033】
Trkの細胞内領域は、特に限定されないが、例えば、以下のものが好ましい。
1)配列番号2、6、9、12、又は14の何れかに記載のアミノ酸配列で示されるポリペプチド。なお、配列番号2はヒト由来のTrkBの細胞内領域のアミノ酸配列の一例であり、配列番号6はマウス由来のTrkAの細胞内領域のアミノ酸配列の一例であり、配列番号9はマウス由来のTrkCの細胞内領域のアミノ酸配列の一例であり、配列番号12はヒト由来のTrkAの細胞内領域のアミノ酸配列の一例であり、配列番号14はヒト由来のTrkCの細胞内領域のアミノ酸配列の一例である。
2)配列番号2、6、9、12、又は14の何れかに記載のアミノ酸配列で示されるポリペプチドと機能的に同等なポリペプチド。機能的に同等なポリペプチドとしては、例えば、配列番号2、6、又は9の何れかに記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列で示されるポリペプチドが挙げられる。なお、配列同一性は、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上がより好ましい。
なお、配列番号6に示すアミノ酸配列における104番目のアミノ酸(Lys)は、チロシンキナーゼ活性又はTrkAの下流の細胞内シグナル経路の活性化に不可欠なアミノ酸であるため変異が無いことが好ましい。
同様に、配列番号2に示すアミノ酸配列における134番目のアミノ酸(Lys)は、チロシンキナーゼ活性又はTrkBの下流の細胞内シグナル経路の活性化に不可欠なアミノ酸であるため、変異が無いことが好ましい。
同様に、配列番号9に示すアミノ酸配列における118番目のアミノ酸(Lys)は、チロシンキナーゼ活性又はTrkCの下流の細胞内シグナル経路の活性化に不可欠なアミノ酸であるため、変異が無いことが好ましい。
同様に、配列番号12に示すアミノ酸配列における104番目のアミノ酸(Lys)は、チロシンキナーゼ活性又はTrkAの下流の細胞内シグナル経路の活性化に不可欠なアミノ酸であるため、変異が無いことが好ましい。
同様に、配列番号14に示すアミノ酸配列における118番目のアミノ酸(Lys)は、チロシンキナーゼ活性又はTrkCの下流の細胞内シグナル経路の活性化に不可欠なアミノ酸であるため、変異が無いことが好ましい。
【0034】
(膜局在化配列)
膜局在化配列は、上記の融合ポリペプチドを、細胞膜に局在化させるためのペプチド配列である。膜局在化配列は、好ましくは、アミノ酸の脂質修飾を誘導するものである。アミノ酸の脂質修飾の種類は特に限定されないが、例えば、1)脂肪酸アシル化、2)プレニル化、3)グリコシルホスファチジルイノシトール化、又は、4)コレステロール化、等が挙げられ、より具体的には、ミリストイル化、パルミトイル化、ファルネシル化、又は、ゲラニルゲラニル化等が挙げられ、中でも好ましくはファルネシル化、又は、ゲラニルゲラニル化が挙げられる。
【0035】
膜局在化配列を構成するアミノ酸配列モチーフとしては、具体的には例えば、以下のものが挙げられる。なおXは任意のアミノ酸を指し、Aはaliphaticアミノ酸(例えば、イソロイシン、ロイシン、バリン、アラニン、メチオニン)を指し、Cはシステインを指す。
1)Met-Gly-X-X-X-Ser-X-X-X(N末端側脂質修飾モチーフ(Nミリストイル化))2)CAAXモチーフ、CCモチーフ、CXCモチーフ、CCXXモチーフ(C末端側脂質修飾モチーフ)。
【0036】
(核酸構築物の形態)
本実施形態に係る核酸構築物の一形態は、Trkの細胞内領域と膜局在化配列とを含む上記の融合ポリペプチドをコードする遺伝子である。その一例は、配列番号4、5、8、又は11に示す何れかの塩基配列を持つ遺伝子であり、或いは、配列番号4、5、8、又は11に示す塩基配列の何れかと85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の配列同一性を示す塩基配列を持つ遺伝子である。なお、上記融合ポリペプチドを構成するTrkの細胞内領域をコードする遺伝子の一例は、配列番号3、7、10、13、又は15に示す何れかの塩基配列を持つ遺伝子であり、或いは、配列番号3、7、10、13、又は15に示す塩基配列の何れかと85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の配列同一性を示す塩基配列を持つ遺伝子である。
【0037】
本実施形態に係る核酸構築物の他の形態は、上記の遺伝子を発現させる発現カセットである。発現カセットは好ましくは発現ベクターであり、より好ましくはレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ関連ウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター等のウイルスベクターである。中でも、神経関連疾患に対する遺伝子治療への利用の観点では、アデノ随伴ウイルスベクターが好ましく、中でも、中枢神経系等に対する組織指向性を示す血清型1(AAV1)、組織指向性が広い血清型2(AAV2)、中枢神経系や網膜等に対する組織指向性を示す血清型5(AAV5)等のアデノ随伴ウイルスベクターが、神経関連疾患に対する遺伝子治療への利用の観点で好ましい場合がある。
【0038】
上記の発現カセットは、発現宿主内で機能的な任意の発現制御領域を備える。発現制御領域であるプロモータの種類は特に限定されないが、具体的には例えば、CAGプロモータ、CMVプロモータ、SYN(シナプシン)I等の、哺乳類(特にヒト)において高発現をもたらすか、特定の組織において選択的に機能するプロモータが好ましい場合がある。プロモータとしては、これらの中でもCAGプロモータがより好ましい場合がある。発現カセットにおいて、プロモータは遺伝子の上流側に配置される。
【0039】
上記の発現カセットは、必要に応じて、転写で生じたmRNAの安定性を高める等の作用を持ち、遺伝子の発現向上等に機能する機能的配列をさらに備えていてもよい。機能的配列の一例として、WPRE(woodchuck hepatitis virus posttranscriptional regulatory element)配列が挙げられる。発現カセットにおいて、WPRE配列は、遺伝子の下流側に配置される。
【0040】
上記の発現カセットが備えてもよい機能的配列の他の例は、ポリAテイルの付加シグナル配列である。ポリAテイルの付加シグナル配列の一例は、シミアンウイルス40の該当配列、ヒト成長ホルモンの該当配列等が挙げられ、ヒト成長ホルモンの該当配列がより好ましい場合がある。発現カセットにおいて、WPRE配列は、遺伝子の下流側に配置される。
【0041】
上記の発現カセットは、ITRs(inverted terminal repeat sequences)等をさらに備えていてもよい。ITRsは転写単位の全体(プロモータからポリAテイルの付加シグナル配列まで)を挟み込むように、発現カセット内に配置される。
【0042】
〔2.医薬組成物〕
本発明の一実施形態に係る医薬組成物は、上記した核酸構築物を含んでなる遺伝子治療薬である。この医薬組成物は、一例において、神経関連疾患薬であり、より具体的な一例では、神経保護又は神経再生用である。この医薬組成物は、強力な神経保護効果と軸索再生効果とを発揮し、神経関連疾患の治療及び/又は予防に用いることができる。本発明の範疇には、この医薬組成物を投与対象に有効量投与する、神経関連疾患の治療及び/又は予防の方法が含まれる。
【0043】
(投与対象)
投与対象となるヒト又は非ヒト動物は、好ましくは、ヒトを含む哺乳類からなる群より選択される何れかである。投与対象となる哺乳類の種類は特に限定されないが、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ヒトを除く霊長類等の実験動物;イヌ、ネコ等の愛玩動物;ウシ、ウマ等の家畜;ヒト;が挙げられ、特に好ましくはヒトである。投与対象となるヒト又は非ヒト動物は、例えば、後述する神経関連疾患を有している。
【0044】
(神経関連疾患)
治療及び/又は予防の対象となる神経関連疾患の種類は特に限定されないが、神経系細胞の変性、及び/又は、神経系細胞の細胞死に起因して、その機能が損なわれる病態を指す。神経系細胞の変性や細胞死の原因は特に限定されず、事故等を原因とする神経系の損傷等も含まれる。
【0045】
視覚神経系の神経関連疾患としては、緑内障、網膜色素変性症、加齢性黄斑変性症、糖尿病性網膜症等の神経変性疾患の他、事故等を原因とする視覚神経系の損傷等が挙げられ、中でも、緑内障に代表される網膜神経節細胞の変性を伴う疾患、視覚神経系の損傷(視神経外傷)とが本発明が適用される対象疾患としてより好ましい場合があり得る。聴覚神経系の神経関連疾患としては、神経性難聴などの感覚神経変性疾患の他、事故等を原因とする聴覚神経系の損傷等が挙げられる。
【0046】
(投与法、投与量、投与回数等)
医薬組成物の投与方法は特に限定されず、注入(注射器又は注入ポンプ等を利用)、点眼投与、経皮投与、舌下投与といった手法により局所投与されてもよいし、経口投与、静脈内又は動脈内への血管内投与、腸内投与といった手法により全身投与されてもよい。好ましい一つの投与態様では、治療等の対象となる神経系の近傍に対して局所投与される。
【0047】
医薬組成物の投与量(有効な量)は、投与対象となる上記ヒト又は動物の年齢、性別、症状、投与経路、投与回数等に応じて適宜設定すればよい。また、必要であれば、当該医薬組成物を用いたインビボアッセイを事前に行い、過度の実験を要することなく上記投与量を決定することができる。
【0048】
医薬組成物の投与回数も、効果が得られる限り特に限定されず、例えば、上記投与量、投与経路、症状、ヒト又は動物の年齢や性別に応じて適宜設定すればよい。
【0049】
(核酸構築物以外の成分)
本発明の一実施形態に係る医薬組成物は、上記の核酸構築物と、薬学的に許容される担体とを少なくとも含んで構成されていてもよい。薬学的に許容される担体は、特に限定されないが、上記の核酸構築物の機能を実質的に阻害せず、かつ、投与対象となるヒト又は非ヒト動物に対して実質的な悪影響を及ぼさないという性質を備えることが好ましい。なお、この医薬組成物は水等の液体担体を含むものであることが好ましい場合があり、一例ではリポソーム製剤であってもよい。
【0050】
上記の医薬組成物を構成する成分として、さらに例えば、潤滑剤、保存剤、安定剤、湿潤剤、乳化剤、浸透圧調整用の塩類、緩衝剤、着色剤、抗酸化剤、粘度調整剤、等を挙げることが出来るが特にこれらに限定されない。
【0051】
〔3.細胞活性化の方法等〕
本発明の一実施形態に係る細胞活性化の方法は、細胞内で、Trkの細胞内領域を、膜局在化配列を介して細胞膜に局在させる工程(局在化工程)を含む方法である。この局在化工程は、典型的には、〔1.核酸構築物〕欄に記載の核酸構築物、及び、〔2.医薬組成物〕欄に記載の医薬組成物から選択される何れかを神経系細胞内で発現させることによって行うことが出来る。ここで神経系細胞の種類は特に限定されず、中枢神経系の細胞、末梢神経系の細胞、これらの細胞の前駆細胞等を包含する。神経系細胞は単離されたものであってもよく、ヒト又は非ヒト動物の体内に存在するものであってもよい。
【0052】
上記の細胞活性化の方法によれば、神経栄養因子の投与を行わずとも、Trkの下流の細胞内シグナル経路を活性化可能となる。また、細胞活性化の結果として、強力な神経保護効果と軸索再生効果とが発揮され、神経関連疾患の治療及び/又は予防に利用することができる。
【0053】
本発明の一実施形態はさらに、〔1.核酸構築物〕欄に記載の核酸構築物が発現可能に導入されている神経系細胞や、当該神経系細胞を有する非ヒト動物等を提供する。
【0054】
〔4.まとめ〕
上述の通り、本発明は、以下に示す態様を含む。
【0055】
(1)Trkの細胞内領域と膜局在化配列とを含む融合ポリペプチドをコードする核酸構築物。
【0056】
(2)Trkの細胞内領域が以下の何れかから選択される、(1)に記載の核酸構築物。1)配列番号2、6、9、12、又は14の何れかに記載のアミノ酸配列で示されるポリペプチド、
2)配列番号2、6、9、12、又は14の何れかに記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を示すアミノ酸配列で示されるポリペプチド。
【0057】
(3)膜局在化配列は、アミノ酸の脂質修飾を誘導するものである、(1)又は(2)に記載の核酸構築物。
【0058】
(4)膜局在化配列はファルネシル化配列である、(3)に記載の核酸構築物。
【0059】
(5)ベクターである、(1)~(4)の何れかに記載の核酸構築物。
【0060】
(6)アデノ随伴ウイルスベクターである、(5)に記載の核酸構築物。
【0061】
(7)上記(1)~(6)の何れかに記載の核酸構築物を含む医薬組成物。
【0062】
(8)神経関連疾患薬である、(7)に記載の医薬組成物。
【0063】
(9)神経保護又は神経再生用である、(8)に記載の医薬組成物。
【0064】
(10)上記(1)に記載の核酸構築物が発現可能に導入されている、神経系細胞。
【0065】
(11)細胞内で、Trkの細胞内領域を、膜局在化配列を介して細胞膜に局在させる工程を含む、細胞活性化の方法。
【0066】
(12)上記工程は、(1)~(6)の何れかに記載の核酸構築物、(7)~(9)の何れかに記載の医薬組成物から選択される何れかを神経系細胞内で発現させることによって行う、(11)に記載の方法。
【0067】
(13)Trkの細胞内領域と膜局在化配列とを含む融合ポリペプチド。この融合ポリペプチドは、上記(1)~(4)の何れかに記載された核酸構築物がコードしているものであってもよい。
【0068】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0069】
〔実施例1〕 常時活性型TrkB(constitutive active TrkB(以下、CA-TrkB))ベクターの作成
(方法)
TrkB分子の細胞内領域を発現するAAVベクター(AAV-CA-TrkBと称する)を、次の通り作製した。CA-TrkBをコードする遺伝子断片を組み込むAAVベクターは、Applied Viromics社製のpAAV-CAG-shuttle-WPREを用いた。TrkBの細胞内領域のN末端にmyc-タグを付加し、当該領域のC末端にファルネシル(Farnecyl)化シグナル配列を付加したタンパク質をコードするDNA断片を、CA-TrkBをコードする遺伝子断片として準備した(
図1も参照)。すなわち、CA-TrkBは、TrkBの細胞外領域および膜貫通領域を含まず、TrkBの細胞内領域のみを用い、当該細胞内領域にmyc-タグおよびファルネシル化シグナル配列を付加して構成している。
【0070】
なお、ファルネシル化シグナル配列(配列番号1にその塩基配列を示す)は、タンパク質を膜に局在させるためのシグナル配列である。なお、TrkBの細胞内領域のアミノ酸配列を配列番号2、TrkBの細胞内領域をコードする遺伝子(DNA)の塩基配列を配列番号3として示す。また、CA-TrkBをコードする遺伝子断片(AAVベクターへ挿入した遺伝子断片の全長)の塩基配列を配列番号4として示す。
【0071】
AAV-CA-TrkBは、CA-TrkBをコードする遺伝子断片用の発現制御システムとしてCAGプロモータを使用し、さらにWPRE配列とヒト成長ホルモン(Human Growth hormon)由来のポリA配列とを融合させることで高発現を目指したものである(
図2参照)。WPRE配列とヒト成長ホルモン由来のポリA配列とは、このAAVベクターにおいて、ファルネシル化シグナル配列の下流側に設けられている。なお、CAGプロモータ、WPRE配列、及び、ヒト成長ホルモン由来のポリA配列は、元のAAVベクターに始めから組み込まれているものである。
【0072】
次いで、得られたAAV-CA-TrkBをCos7細胞へトランスフェクションして、その発現量や活性を評価した。
【0073】
(結果)
AAV-CA-TrkBをCos7細胞へトランスフェクションした結果を、
図3及び
図4に示す。
図3は、AAV-CA-TrkBをCos7細胞へトランスフェクションして、24時間の培養の後に細胞を溶解し、抗myc抗体(Santa Cruz社製のc-Myc抗体(9E10))を用いてウエスタンブロットを行った結果を示す。AAV-CA-TrkBは、同様の実験を行った、全長TrkBベクターと比較して、発現量が明らかに増大することが確認された。なお、全長TrkBベクターとは、AAV-CA-TrkBの構造と比較して、CA-TrkBをコードする遺伝子断片に代えて全長のTrkBをコードする遺伝子断片が挿入されたアデノ随伴ウイルスベクターである。
【0074】
図4は、AAV-CA-TrkBをCos7細胞へトランスフェクションして、24時間の培養の後に細胞を溶解し、抗pERK抗体(Cell Signaling社製のPhospho-p44/42(Erk1/2)(Thr202/Thr204))、抗pAKT抗体(Cell Signaling社製のPhospho-Akt(Ser473) (587F11))、抗ERK抗体(Cell Signaling社製のp44/42 MAPK(Erk1/2)(137F5))、抗AKT抗体(Cell Signaling社製のAkt antibody)を用いてウエスタンブロットを行った結果を示す。AAV-CA-TrkBを発現したCos7細胞ではpERKおよびpAKTの産生が増大しており、両シグナルが活性化していることが認められた。ただし、ERKおよびAKTともに総量には変化がなかった。なお、pERKおよびpAKTは、TrkBの下流に位置する細胞内シグナルである。なお、
図4中のコントロールは、空ベクター(AAV-CA-TrkBベクターから、CA-TrkB配列を除いたもの)を用いて同様の実験を行った結果であり、pERKおよびpAKTの産生はほぼ見られなかった。
【0075】
〔実施例2〕 視神経挫滅モデルの病理学的解析
(方法)
=神経保護効果の評価法=
マウス(系統名 C57BL/6:チャールズリバー社より入手)に対して、視神経挫滅の14日前に、AAV-DsRed(対照群)またはAAV-CA-TrkBを、眼球内に2μL投与した。なお、AAV-DsRedとは、AAV-CA-TrkBの構造と比較して、CA-TrkBをコードする遺伝子断片に代えて蛍光タンパク質DsRedをコードする遺伝子断片が挿入されたアデノ随伴ウイルスベクターである。
【0076】
次いで、上記マウスの視神経を露出し、眼球後方の約1mmの箇所で視神経を物理的に挫滅した(方法の詳細は、非特許文献6及び7も参照)。そして、視神経挫滅の14日後に網膜の展開標本を作成し、残存する網膜神経節細胞の数を定量的にカウントした。なお、視神経採取の10日前(網膜の展開標本を作成する10日前と同義)に、脳の上丘から色素Fluoro‐Gold(Fluorochrome社製の商品名)を注入し、網膜神経節細胞を逆行性標識している。
【0077】
=視神経再生の評価法=
マウス(系統名C57BL/6:チャールズリバー社より入手)に対して、視神経挫滅の14日前に、AAV-DsRed(対照群)またはAAV-CA-TrkBを、眼球内に2μL投与した。
【0078】
視神経挫滅は、上記の「神経保護効果の評価法」と同様に行った。そして、視神経挫滅の14日後にマウスを灌流固定し、視神経の病理標本を作成して、挫滅部位からの軸索再生量を定量化した。なお、視神経採取の3日前(視神経の病理標本を作成する3日前と同義)に、眼球から蛍光色素CTBを注入し、再生軸索線維を発色させた。
【0079】
(結果)
=神経保護効果=
視神経挫滅14日後に、残存する網膜神経節細胞の数を定量化した。AAV-CA-TrkB投与群(1720 ± 72cells/mm
2)では、AAV-DsRed投与群(664 ± 14 cells/mm
2)と比較して、残存する網膜神経節細胞数が有意に増加していた(
図5)。p<0.01(one-tailed Student’s t test)である。
【0080】
=視神経再生=
視神経挫滅14日後にCTBでラベルされた再生軸索を計測した結果、AAV-CA-TrkB投与群ではAAV-DsRed投与群と比較して、再生軸索数及び伸長距離の両面において、顕著な改善が認められた(
図6)。なお、
図6に示すグラフのX軸は視神経挫滅部位からの距離(μm)、Y軸は軸索数を指す。p<0.05(one-tailed Student’s t test)である。
【0081】
〔実施例3〕 CA-TrkBによる網膜神経節細胞の保護作用(緑内障モデルマウス)
(方法)
緑内障モデルマウスであるGLASTノックアウトマウス(参考論文:Harada T, et al. The potential role of glutamate transporters in the pathogenesis of normal tension glaucoma. The Journal of Clinical Investigation 117: 1763-1770, 2007.)は、3-5週齢にかけて網膜神経節細胞が消失して視機能低下を引き起こす。10日齢のGLASTノックアウトマウスに、AAV-DsRed(対照群)またはAAV-CA-TrkBを、眼球内に1μL投与した(実施例2も参照)。次いで、12週齢に達したこれらノックアウトマウスの網膜の展開標本を作成し、残存する網膜神経節細胞の数をカウントした。網膜神経節細胞の検出にはRBPMS抗体(Merck Millipore社製のanti-RBPMS antibody)による免疫染色を用いた。RBPMSは、網膜神経節細胞のマーカーである。
【0082】
(結果)
図7に示すように、AAV-CA-TrkB投与群では、対照群と比較して、残存する網膜神経節細胞数が有意に増加していた。P<0.05(one-tailed Student’s t test)である。
【0083】
〔実施例4〕
(方法)
次に、CA-TrkBの以下の変異体(
図8も参照)を発現するベクターを用いて、シグナル伝達の活性を検討した。
・「Cyto-TrkB」ベクター:TrkBの細胞内領域のN末端にmyc-タグを付加したタンパク質をコードするDNA断片を、実施例1のAAVベクターに組み込んだもの。実施例1のAAV-CA-TrkBと比較して、TrkBの細胞内領域のC末端にファルネシル化シグナル配列を付加していない点のみが異なる。
・「KD-TrkB」ベクター:実施例1のAAV-CA-TrkBと比較して、コードするタンパク質が、TrkBの細胞内領域に、そのキナーゼ活性を消失させる1アミノ酸変異(134番目のアミノ酸がリジンからアスパラギンに変異)が生じている点のみが異なる。
・「iSH-TrkB」ベクター:実施例1のAAV-CA-TrkBと比較して、コードするタンパク質が、TrkBの細胞内領域のN末端とmyc-タグとの間に、さらにp85のSH2配列を挿入したものである点のみで異なる。なお、SH2配列は、PI3Kの構成因子p110と複合体を形成するために必要な配列である。iSH-TrkBをコードする遺伝子断片(AAVベクターへ挿入した遺伝子断片の全長)の塩基配列を配列番号5、及び
図10として示す。
【0084】
次いで、実施例1と同様にして、これらのベクターをCos7細胞へトランスフェクションして、24時間の培養の後に細胞を溶解し、ERKおよびAKTの活性化への影響をウエスタンブロット法にて検討した。
【0085】
(結果)
図8に示すように、「Cyto-TrkB」ベクターおよび「KD-TrkB」ベクターをトランスフェクションした場合は、pERKおよびpAKTの増大が見られず、両シグナルの活性化は認められないことが判明した。一方、「iSH-TrkB」ベクターをトランスフェクションした場合は、AAV-CA-TrkBをトランスフェクションした場合(図中ではCA-TrkBと表示)と比較してAKT活性が顕著に増加する傾向を認めた。なお、
図8中のコントロールは、実施例1のコントロールと同じものである。
【0086】
〔実施例5〕常時活性型TrkAベクター及び常時活性型TrkCベクターの作成
(方法)
TrkA分子の細胞内領域を発現するAAVベクター(AAV-CA-TrkAと称する)を、実施例1の方法に従って作製した。すなわち、TrkBの細胞内領域に代えてTrkAの細胞内領域をコードする点以外はCA-TrkBをコードする遺伝子断片(実施例1参照)と同じ構造を持つ断片を用いて、実施例1に記載の方法に従いAAV-CA-TrkAを作製した(
図9も参照)。
TrkAの細胞内領域のアミノ酸配列を配列番号6、TrkAの細胞内領域をコードする遺伝子(DNA)の塩基配列を配列番号7として示す。また、CA-TrkAをコードする遺伝子断片(AAVベクターへ挿入した遺伝子断片の全長)の塩基配列を配列番号8、及び
図11として示す。
【0087】
同様に、TrkC分子の細胞内領域を発現するAAVベクター(AAV-CA-TrkCと称する)を、実施例1の方法に従って作製した。すなわち、TrkBの細胞内領域に代えてTrkCの細胞内領域をコードする点以外はCA-TrkBをコードする遺伝子断片(実施例1参照)と同じ構造を持つ断片を用いて、実施例1に記載の方法に従いAAV-CA-TrkCを作製した(
図9も参照)。
TrkCの細胞内領域のアミノ酸配列を配列番号9、TrkCの細胞内領域をコードする遺伝子(DNA)の塩基配列を配列番号10として示す。また、CA-TrkCをコードする遺伝子断片(AAVベクターへ挿入した遺伝子断片の全長)の塩基配列を配列番号11、及び
図12として示す。
【0088】
次いで、実施例1と同様にして、これらのベクターをCos7細胞へトランスフェクションして、24時間の培養の後に細胞を溶解し、TrkBのホモログであるTrkAおよびTrkCに関して、ERKおよびAKTの活性化への影響をウエスタンブロット法にて検討した。
【0089】
(結果)
図9に示すように、AAV-CA-TrkAおよびAAV-CA-TrkCをトランスフェクションした場合は、pERKおよびpAKTが増大しており、両シグナルが活性化していることが認められた。なお、
図9中のコントロールは、実施例1のコントロールと同じものである。
【0090】
〔実施例6〕 CA-TrkBによる視機能の回復作用(視神経挫滅モデルマウス)
(方法)
成熟マウスに対して、実施例2の方法に従ってAAV-CA-TrkB投与群を得た。その14日後に視神経を挫滅し、挫滅の14日後および28日後に、脳の上丘に電極ポートを手術的に取り付け、フラッシュ刺激による視覚誘発電位(F-VEP:Flash-Visual Evoked Potential)を測定した。
【0091】
(結果)
図13に示すように、挫滅2週間後では、視覚誘発電位の反応が消失したが、挫滅4週間後では視覚誘発電位の発生が見られ、視機能の部分的な回復が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明は、例えば、神経関連疾患等を対象とする医療用途に利用することができる。
【配列表】