(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-22
(45)【発行日】2024-07-30
(54)【発明の名称】音信号処理方法、音信号処理装置および音信号処理プログラム
(51)【国際特許分類】
G10K 15/12 20060101AFI20240723BHJP
G10K 15/00 20060101ALI20240723BHJP
H04R 3/12 20060101ALI20240723BHJP
H04R 3/00 20060101ALI20240723BHJP
【FI】
G10K15/12
G10K15/00 L
H04R3/12 Z
H04R3/00 320
(21)【出願番号】P 2020096756
(22)【出願日】2020-06-03
【審査請求日】2023-04-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000004075
【氏名又は名称】ヤマハ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000970
【氏名又は名称】弁理士法人 楓国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】橋本 悌
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隆行
【審査官】冨澤 直樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-090794(JP,A)
【文献】特開2015-008395(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10K 15/12
G10K 15/00
H04R 3/00-3/14
H04S 1/00-7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
音信号を入力し、
前記音信号から初期反射音制御信号および残響音制御信号をそれぞれ生成し、
前記音信号の音量を制御して複数に分配して直接音制御信号を生成し、
前記直接音制御信号、前記初期反射音制御信号、および前記残響音制御信号をミキシングして出力信号を生成する、
音信号処理方法
であって、
予め所定の空間で測定された初期反射音および残響音のインパルス応答を取得し、
前記初期反射音のインパルス応答を前記音信号に畳み込んで前記初期反射音制御信号を生成し、
前記残響音のインパルス応答を前記音信号に畳み込んで前記残響音制御信号を生成し、
前記残響音のインパルス応答を畳み込む音信号を、無指向性マイクから入力する、
音信号処理方法。
【請求項2】
前記音信号をライン入力する、
請求項
1に記載の音信号処理方法。
【請求項3】
前記音信号を、演者に設置されたマイクから入力する、
請求項
1または請求項2に記載の音信号処理方法。
【請求項4】
前記マイクは、指向性マイクを含む、
請求項
3に記載の音信号処理方法。
【請求項5】
音信号を取得する音信号取得部と、
前記音信号から初期反射音制御信号を生成する初期反射音制御信号生成部と、
前記音信号から残響音制御信号を生成する残響音制御信号生成部と、
前記音信号の音量を制御して複数に分配することで直接音制御信号を生成する直接音制御信号生成部と、
前記直接音制御信号、前記初期反射音制御信号および前記残響音制御信号をミキシングして出力信号を生成する出力信号生成部と、
を備えた音信号処理装置
であって、
前記初期反射音制御信号生成部および前記残響音制御信号生成部は、
予め所定の空間で測定された初期反射音および残響音のインパルス応答を取得し、
前記初期反射音のインパルス応答を前記音信号に畳み込んで前記初期反射音制御信号を生成し、
前記残響音のインパルス応答を前記音信号に畳み込んで前記残響音制御信号を生成し、
前記音信号取得部は、前記残響音のインパルス応答を畳み込む音信号を、無指向性マイクから入力する、
音信号処理装置。
【請求項6】
前記音信号取得部は、前記音信号をライン入力する、
請求項
5に記載の音信号処理装置。
【請求項7】
前記音信号取得部は、前記音信号を、演者に設置されたマイクから入力する、
請求項
5または請求項6に記載の音信号処理装置。
【請求項8】
前記マイクは、指向性マイクを含む、
請求項
7に記載の音信号処理装置。
【請求項9】
音信号を取得し、
前記音信号から初期反射音制御信号および残響音制御信号をそれぞれ生成し、
前記音信号の音量を制御して複数に分配して直接音制御信号を生成し、
前記直接音制御信号、前記初期反射音制御信号および前記残響音制御信号をミキシングして出力信号を生成する、
処理を音信号処理装置に実行させる音信号処理プログラム
であって、
前記音信号処理装置に、
予め所定の空間で測定された初期反射音および残響音のインパルス応答を取得し、
前記初期反射音のインパルス応答を前記音信号に畳み込んで前記初期反射音制御信号を生成し、
前記残響音のインパルス応答を前記音信号に畳み込んで前記残響音制御信号を生成し、
前記残響音のインパルス応答を畳み込む音信号を、無指向性マイクから入力する、
処理を実行させる音信号処理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明の一実施形態は、取得した音信号に対して処理を行なう音信号処理方法、音信号処理装置および音信号処理プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
コンサートホール等の施設では、様々なジャンルの音楽が演奏されたり、講演等のスピーチが行なわれたりする。このような施設は、多様な音響特性(例えば残響特性)が求められる。例えば、演奏では比較的長い残響が求められ、スピーチでは比較的短い残響が求められる。
【0003】
しかし、ホール内の残響特性を物理的に変化させるには、例えば天井を移動させる等して音響空間の大きさを変化させる必要があり、非常に大がかりな設備が必要であった。
【0004】
そこで、例えば特許文献1に示すような音場制御装置は、マイクで取得した音をFIR(Finite Impulse Response)フィルタで処理することにより残響音を生成し、ホール内に設置されたスピーカから当該残響音を出力することで、音場を支援する処理を行なっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、残響音を付与するだけでは定位感がぼやける。近時、より明瞭な音像定位と豊かな空間の拡がりを実現することが望まれている。
【0007】
そこで、この発明の一実施形態は、より豊かな音響空間を制御する音信号処理方法および音信号処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
音信号処理方法は、音信号を入力し、前記音信号から初期反射音制御信号および残響音制御信号をそれぞれ生成し、前記音信号の音量を制御して複数に分配して直接音制御信号を生成し、前記直接音制御信号、前記初期反射音制御信号および前記残響音制御信号をミキシングして出力信号を生成する。
【発明の効果】
【0009】
音信号処理方法は、より明瞭な音像定位および豊かな空間の拡がりを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態1の空間を模式的に示した透過斜視図である。
【
図2】実施形態1の音場支援システムの構成を示すブロック図である。
【
図3】音信号処理装置の動作を示すフローチャートである。
【
図4】室62、スピーカ51A~スピーカ51J、および音源65の関係を模式的に示した平面図である。
【
図5】
図5(A)は、フィルタ係数に用いるインパルス応答の時間波形における音の種類の分類例を示す模式図であり、
図5(B)は、FIRフィルタ24Aに設定するフィルタ係数の時間波形を示す模式図である。
【
図6】
図6(A)は、FIRフィルタ24Bに設定するインパルス応答を示す模式図であり、
図6(B)は、FIRフィルタ24Bに設定するフィルタ係数の時間波形を示す模式図である。
【
図7】空間620と室62との関係を模式的に示した平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は、空間を構成する室62を模式的に示した透過斜視図である。
図2は、音場支援システム1の構成を示すブロック図である。
【0012】
室62は、概ね直方体形状の空間を構成する。音源65は、室62のうち前方のステージ60上に存在する。室62の後方はリスナの座る観客席に相当する。音源65は、例えば声、歌唱音、アコースティック楽器、エレキ楽器、または電子楽器等である。
【0013】
なお、室62の形状、および音源の配置等は、
図1の例に限らない。本発明の音信号処理方法および音信号処理装置は、どの様な形状の空間であっても所望の音場を提供でき、従来よりもより豊かな音像および空間の拡がりを実現することができる。
【0014】
音場支援システム1は、室62内に、指向性マイク11A、指向性マイク11B、指向性マイク11C、無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、無指向性マイク12C、スピーカ51A~スピーカ51J、スピーカ61A~スピーカ61Fを備える。
【0015】
スピーカ51A~スピーカ51Jは、壁面に設定されている。スピーカ51A~スピーカ51Jは、比較的指向性の高いスピーカであり、主に観客席に向けて音を出力する。スピーカ51A~スピーカ51Jは、初期反射音を再現した初期反射音制御信号を出力する。また、スピーカ51A~スピーカ51Jは、音源の直接音を再現した直接音制御信号を出力する。
【0016】
スピーカ61A~スピーカ61Fは、天井に設置されている。スピーカ61A~スピーカ61Fは、比較的指向性の低いスピーカであり、室62の全体に音を出力する。スピーカ61A~スピーカ61Fは、残響音を再現した残響音制御信号を出力する。また、スピーカ61A~スピーカ61Fは、音源の直接音を再現した直接音制御信号を出力する。なお、スピーカの数は、
図1に示す数に限らない。
【0017】
指向性マイク11A、指向性マイク11B、および指向性マイク11Cは、主に、ステージ上の音源65の音を収音する。ただし、
図2に示す様に、音源65の音は、ライン入力してもよい。ライン入力とは、楽器等の音源から出力される音をマイクで収音して入力するのではなく、音源に接続されたオーディオケーブル等から音信号を入力することである。あるいは、音源65の音は、話者または歌唱者等の演者の音声または歌唱音をハンドマイク、スタンドマイク、ピンマイク等から入力してもよい。音源の音は、高いSN比で収音することが好ましい。
【0018】
無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、および無指向性マイク12Cは、天井に設置される。無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、および無指向性マイク12Cは、音源65の直接音および室62内の反射音等を含む、室62内の全体の音を収音する。
図1に示す指向性マイクおよび無指向性マイクの数はそれぞれ3つである。ただし、マイクの数は、
図1に示す例に限らない。また、マイクおよびスピーカの設置位置は、
図1に示す例に限るものではない。
【0019】
図2において、音場支援システム1は、
図1に示した構成に加えて、音信号処理部10と、メモリ31と、を備えている。音信号処理部10は、主にCPUおよびDSP(Digital Signal Processor)から構成される。音信号処理部10は、機能的に、音信号取得部21、ゲイン調整部22、ミキサ23、パニング処理部23D、FIR(Finite Impulse Response)フィルタ24A、FIRフィルタ24B、レベル設定部25A、レベル設定部25B、出力信号生成部26、出力部27、遅延調整部28、位置情報取得部29、インパルス応答取得部151、およびレベルバランス調整部152を備える。音信号処理部10は、本発明の音信号処理装置の一例である。
【0020】
音信号処理部10を構成するCPUは、メモリ31に記憶されている動作用プログラムを読み出して、各構成を制御する。CPUは、該動作用プログラムにより、機能的に、位置情報取得部29、インパルス応答取得部151、およびレベルバランス調整部152を構成する。なお、動作用プログラムは、メモリ31に記憶されている必要はない。CPUは、例えば不図示のサーバから都度、動作用プログラムをダウンロードしてもよい。
【0021】
図3は、音信号処理部10の動作を示すフローチャートである。まず、音信号取得部21は、音信号を取得する(S11)。音信号取得部21は、指向性マイク11A、指向性マイク11B、指向性マイク11C、無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、および無指向性マイク12Cから音信号を取得する。あるいは、音信号取得部21は、エレキ楽器または電子楽器等から音信号をライン入力してもよい。また、音信号取得部21は、ピンマイク等の楽器または演者に直接設置されたマイクから音信号を入力してもよい。音信号取得部21は、アナログ信号を取得した場合には、デジタル信号に変換して出力する。
【0022】
ゲイン調整部22は、音信号取得部21で取得した音信号のゲインを調整する。ゲイン調整部22は、例えば、音源65に近い位置の指向性マイクのゲインを高く設定する。なお、ゲイン調整部22は、本発明において必須の構成ではない。
【0023】
ミキサ23は、ゲイン調整部22でゲイン調整した音信号をミキシングする。また、ミキサ23は、ミキシングした音信号を複数の信号処理系統に分配する。
【0024】
ミキサ23は、分配した音信号をパニング処理部23D、FIRフィルタ24A、およびFIRフィルタ24Bに出力する。
【0025】
例えば、ミキサ23は、指向性マイク11A、指向性マイク11B、および指向性マイク11Cから取得した音信号をスピーカ51A~スピーカ51Jに合わせて、10個の信号処理系統に分配する。あるいは、ミキサ23は、ライン入力した音信号をスピーカ51A~スピーカ51Jに合わせて、10個の信号処理系統に分配してもよい。
【0026】
また、ミキサ23は、無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、および無指向性マイク12Cから取得した音信号をスピーカ61A~スピーカ61Fに合わせて、6つの信号処理系統に分配する。
【0027】
ミキサ23は、10個の信号処理系統にミキシングした音信号を、それぞれパニング処理部23DおよびFIRフィルタ24Aに出力する。また、ミキサ23は、6つの信号処理系統にミキシングした音信号をFIRフィルタ24Bに出力する。
【0028】
以後、FIRフィルタ24Bに出力する6つの信号処理系統は、第1系統または残響音系統と称し、FIRフィルタ24Aに出力する10の信号処理系統は、第2系統または初期反射音系統と称する。また、パニング処理部23Dに出力する10の信号処理系統は、第3系統または直接音系統と称する。FIRフィルタ24Aは、初期反射音制御信号生成部に対応し、FIRフィルタ24Bは、残響音制御信号生成部に対応する。パニング処理部23Dは、直接音制御信号生成部に対応する。
【0029】
なお、分配の態様は、上記例に限らない。例えば、無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、および無指向性マイク12Cから取得した音信号は、直接音系統または初期反射音系統に分配してもよい。また、ライン入力した音信号を残響音系統に分配してもよい。また、ライン入力した音信号と、無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、および無指向性マイク12Cから取得した音信号と、をミキシングして直接音系統または初期反射音系統に分配してもよい。
【0030】
なお、ミキサ23は、EMR(Electronic Microphone Rotator)の機能を備えていてもよい。EMRは、固定されたマイクとスピーカとの間の伝達関数を時間的に変化させることで、フィードバックループの周波数特性を平坦化する手法である。EMRは、マイクと信号処理系統の接続関係を時々刻々と切り換える機能である。ミキサ23は、指向性マイク11A、指向性マイク11B、および指向性マイク11Cから取得した音信号の出力先を切り換えるようにしてパニング処理部23DおよびFIRフィルタ24Aに出力する。あるいは、ミキサ23は、無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、および無指向性マイク12Cから取得した音信号の出力先を切り換えるようにしてFIRフィルタ24Bに出力する。これにより、ミキサ23は、室62においてスピーカからマイクに至る音響帰還系の周波数特性を平坦化できる。また、ミキサ23は、ハウリングに対する安定性を確保することができる。
【0031】
次に、パニング処理部23Dは、音源65の位置に応じて、直接音系統のそれぞれの音信号の音量を制御する(S12)。これにより、パニング処理部23Dは、直接音制御信号を生成する。
【0032】
図4は、室62、スピーカ51A~スピーカ51J、および音源65の関係を模式的に示した平面図である。
図4の例では、音源65は、観客席から向かってステージの右側の場所に位置する。パニング処理部23Dは、音源65の位置に音像が定位する様に、直接音系統のそれぞれの音信号の音量を制御する。
【0033】
パニング処理部23Dは、位置情報取得部29から音源65の位置情報を取得する。位置情報は、室62のある位置を基準とした2次元または3次元の座標を示す情報である。音源65の位置情報は、例えばBluetooth(登録商標)等の電波を送受信するビーコンおよびタグで取得できる。室62は、予め少なくとも3つのビーコンを設置している。音源65は、タグを備える。つまり、演者または楽器は、タグを取り付ける。各ビーコンは、タグに電波を送受信する。各ビーコンは、電波を送信してから受信するまでの時間差に基づいて、タグとの距離を計測する。位置情報取得部29は、ビーコンの位置情報を予め取得しておけば、少なくとも3つのビーコンからタグまでの距離をそれぞれ測定することで、タグの位置を一意に求めることができる。
【0034】
位置情報取得部29は、この様にして測定したタグの位置情報を取得することで、音源65の位置情報を取得する。また、位置情報取得部29は、スピーカ51A~スピーカ51J、およびスピーカ61A~スピーカ61Fのそれぞれの位置情報を予め取得する。
【0035】
パニング処理部23Dは、取得した位置情報およびスピーカ51A~スピーカ51J、およびスピーカ61A~スピーカ61Fの位置情報に基づいて、音源65の位置に音像が定位する様にスピーカ51A~スピーカ51J、およびスピーカ61A~スピーカ61Fに出力するそれぞれの音信号の音量を制御することで、直接音制御信号を生成する。
【0036】
パニング処理部23Dは、音源65と、スピーカ51A~スピーカ51J、およびスピーカ61A~スピーカ61Fのそれぞれのスピーカとの距離に応じて音量を制御する。例えば、パニング処理部23Dは、音源65の位置に近いスピーカに出力する音信号の音量を大きくし、音源65の位置から遠いスピーカに出力する音信号の音量を小さくする。これにより、パニング処理部23Dは、音源65の音像を所定の位置に定位させることができる。例えば、
図4の例では、パニング処理部23Dは、音源65に近い3つのスピーカ51F、51G、および51Hに出力する音信号の音量を大きく、他のスピーカの音量を小さくする。これにより、音源65の音像は、観客席から向かってステージの右側に定位する。
【0037】
仮に、音源65がステージの左側に移動すると、パニング処理部23Dは、移動した音源65の位置情報に基づいて、スピーカ51A~スピーカ51J、スピーカ61A~スピーカ61Fに出力するそれぞれの音信号の音量を変更する。例えば、パニング処理部23Dは、スピーカ51A、51B、および51Fに出力する音信号の音量を大きく、他のスピーカの音量を小さくする。これにより、音源65の音像は、観客席から向かってステージの左側に定位する。
【0038】
以上の様にして、音信号処理部10は、ミキサ23およびパニング処理部23Dにより、本発明の分配処理部を実現する。
【0039】
次に、FIRフィルタ24AおよびFIRフィルタ24Bは、間接音生成処理を行う(S13)。間接音生成処理は、初期反射音を再現した初期反射音制御信号および残響音を再現した残響音制御信号をそれぞれ個別に生成する処理である。FIRフィルタ24AおよびFIRフィルタ24Bは、本発明の間接音生成部に対応する。
【0040】
まず、インパルス応答取得部151は、FIRフィルタ24AおよびFIRフィルタ24Bのフィルタ係数をそれぞれ設定する。ここで、フィルタ係数に設定するインパルス応答データについて説明する。
図5(A)は、フィルタ係数に用いるインパルス応答の時間波形における音の種類の分類例を示す模式図であり、
図5(B)は、FIRフィルタ24Aに設定するフィルタ係数の時間波形を示す模式図である。
図6(A)、
図6(B)は、FIRフィルタ24Bに設定するフィルタ係数の時間波形を示す模式図である。
【0041】
図5(A)に示すように、インパルス応答は、時間軸上に並ぶ、直接音、初期反射音、および、残響音に区別できる。そして、FIRフィルタ24Aに設定するフィルタ係数は、
図5(B)に示すように、インパルス応答における直接音および残響音を除いた初期反射音の部分によって設定される。FIRフィルタ24Bに設定するフィルタ係数は、
図6(A)に示すように、インパルス応答における直接音および初期反射音を除いた残響音によって設定される。なお、FIRフィルタ24Bは、
図6(B)に示すように、インパルス応答における直接音を除いた初期反射音と残響音によって設定されていてもよい。
【0042】
インパルス応答のデータは、メモリ31に記憶されている。インパルス応答取得部151は、メモリ31からインパルス応答のデータを取得する。ただし、インパルス応答のデータは、メモリ31に記憶されている必要はない。インパルス応答取得部151は、インパルス応答のデータを、例えば、不図示のサーバ等から都度ダウンロードしてもよい。
【0043】
インパルス応答取得部151は、予め初期反射音だけ切り出されたインパルス応答のデータを取得して、FIRフィルタ24Aに設定してもよい。あるいは、インパルス応答取得部151は、直接音、初期反射音、および残響音の含まれたインパルス応答のデータを取得して、初期反射音だけを切り出してFIRフィルタ24Aに設定してもよい。同様に、インパルス応答取得部151は、残響音のみを用いる場合には、予め残響音だけ切り出されたインパルス応答のデータを取得して、FIRフィルタ24Bに設定してもよい。あるいは、インパルス応答取得部151は、直接音、初期反射音、および残響音の含まれたインパルス応答のデータを取得して、残響音だけを切り出してFIRフィルタ24Bに設定してもよい。
【0044】
図7は、空間620と室62との関係を模式的に示した平面図である。
図7に示す様に、インパルス応答のデータは、音場を再現する対象となるコンサートホールまたは教会等の所定の空間620で予め測定する。例えば、インパルス応答のデータは、音源65の位置でテスト音(パルス音)を発し、マイクで収音することにより測定する。
【0045】
インパルス応答のデータは、空間620のどの位置で取得してもよい。ただし、初期反射音のインパルス応答のデータは、壁面の近傍に設置した指向性マイクを用いて測定することが好ましい。初期反射音は、到来方向の明確な反射音である。したがって、インパルス応答のデータは、壁面の近傍に設置した指向性マイクで測定することで、対象の空間の反射音データを緻密に取得することができる。一方で、残響音は、音の到来方向の定まらない反射音である。したがって、残響音のインパルス応答のデータは、上記壁面の近傍に設置した指向性マイクで測定してもよいし、初期反射音とは別の無指向性マイクを用いて測定してもよい。
【0046】
FIRフィルタ24Aは、第2系統の10個の音信号に、それぞれ異なるインパルス応答のデータを畳み込む。なお、複数の信号処理系統がある場合、FIRフィルタ24AおよびFIRフィルタ24Bは、信号処理系統毎に設けてもよい。例えば、FIRフィルタ24Aは、10個、備えていてもよい。
【0047】
上記の様に、壁面の近傍に設置した指向性マイクを用いる場合、インパルス応答のデータは、信号処理系統毎に別々の指向性マイクで測定する。例えば、
図7に示す様に、ステージ60に向かって右後方に設置されたスピーカ51Jに対応する信号処理系統に対して、インパルス応答のデータは、ステージ60に向かって右後方の壁面の近傍に設置した指向性マイク510Jで測定する。
【0048】
FIRフィルタ24Aは、第2系統のそれぞれの音信号にインパルス応答のデータを畳み込む。FIRフィルタ24Bは、第1系統のそれぞれの音信号にインパルス応答のデータを畳み込む。
【0049】
FIRフィルタ24Aは、入力した音信号に、設定された初期反射音のインパルス応答のデータを畳み込むことで、所定の空間の初期反射音を再現した初期反射音制御信号を生成する。FIRフィルタ24Bは、入力した音信号に、設定された残響音のインパルス応答のデータを畳み込むことで、所定の空間の残響音を再現した残響音制御信号を生成する。
【0050】
レベル設定部25Aは、初期反射音制御信号のレベル調整を行なう。レベル設定部25Bは、残響音制御信号のレベル調整を行なう。レベルバランス調整部152は、パニング処理部23D、レベル設定部25A、およびレベル設定部25Bのレベル調整量を設定する。レベルバランス調整部152は、直接音制御信号、初期反射音制御信号、および残響音制御信号のそれぞれのレベルを参照し、これらの信号のレベルバランスを整える。例えば、レベルバランス調整部152は、直接音制御信号のうち時間的に最後のレベルと、初期反射音制御信号のうち時間的に最初の成分のレベルバランスを整える。また、レベルバランス調整部152は、初期反射音制御信号のうち時間的に最後の成分のレベルと、残響音制御信号のうち時間的に最初の成分のレベルとのバランスを整える。あるいは、レベルバランス調整部152は、初期反射音制御信号のうち時間的に後半部分となる複数成分のパワーと、残響音制御信号のうち時間的に前半部分となる成分のパワーとのバランスを整えてもよい。これにより、レベルバランス調整部152は、直接音制御信号、初期反射音制御信号、および残響音制御信号の音を個別に制御し、適用する空間に合わせて、適切なバランスに制御することができる。
【0051】
遅延調整部28は、任意のマイクと複数のスピーカとの距離に応じて、遅延時間を調整する。例えば、遅延調整部28は、複数のスピーカにおいて、指向性マイク11Bとスピーカとの距離が短い順に、遅延時間を小さく設定する。或いは、遅延調整部28は、音場を再現する空間620でのインパルス応答を測定する音源とマイクの位置から遅延時間を調整する。例えば、FIRフィルタ24Aにおいて、スピーカ51Jに空間620内に設置した指向性マイク510Jで測定したインパルス応答データを畳み込む場合、遅延調整部28におけるスピーカ51Jの遅延時間は、空間620の指向性マイク510Jと音源65の距離に相当する遅延時間を設定する。これにより、初期反射音制御信号および残響音制御信号は、直接音制御信号よりも遅れてリスナに到達し、明瞭な音像定位と豊かな空間の拡がりを実現する。
【0052】
なお、音信号処理部10は、直接音制御信号に遅延調整を行わないことが好ましい。仮に、遅延調整により音像定位を制御する場合、音源65の位置が短時間の間に大きく変化すると、複数のスピーカから出力された音同士で位相干渉を起こす。音信号処理部10は、直接音制御信号に遅延調整を行わないことで、音源65の位置が短時間に大きく変化した場合でも、位相干渉を起こすことなく、音源65の音色を維持することができる。
【0053】
次に、出力信号生成部26は、直接音制御信号、初期反射音制御信号、および残響音制御信号をミキシングして出力信号を生成する(S14)。なお、出力信号生成部26は、ミキシングの時に各信号のゲイン調整および周波数特性の調整等を行なってもよい。
【0054】
出力部27は、出力信号生成部26から出力される出力信号をアナログ信号に変換する。また、出力部27は、アナログ信号を増幅する。出力部27は、増幅したアナログ信号を対応するスピーカに出力する(S15)。
【0055】
以上の構成により、音信号処理部10は、音信号を取得し、該音信号の音量を制御して複数に分配し、該音信号から直接音制御信号、初期反射音制御信号および残響音制御信号をそれぞれ生成し、分配した音信号、直接音制御信号、初期反射音制御信号および残響音制御信号をミキシングして出力信号を生成する。これにより、音信号処理部10は、従来よりも明瞭な音像定位と豊かな空間の拡がりを実現する。
【0056】
特に、音信号処理部10は、音源の位置情報に基づいて複数のスピーカに分配する音信号の音量を制御することで音源の定位を実現するため、スピーカの数および配置等の再生環境に依存せずに、リアルタイムに明瞭な音像を、広範囲にわたって均一に定位させることができる。
【0057】
また、音信号処理部10は、直接音制御信号に加えて初期反射音制御信号および残響音制御信号を複数のスピーカから出力する。これにより、観客は、直接音制御信号に加えて初期反射音制御信号および残響音制御信号を聴くことになる。よって、観客は、直接音制御信号の出力される特定のスピーカにのみ注意を傾けることがない。したがって、スピーカの数が少なく、スピーカ間の距離が広い場合であっても、特定のスピーカにのみ音像が定位することがない。
【0058】
なお、無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、および無指向性マイク12Cは、音源65の直接音および室62内の反射音等を含む、室62内の全体の音を収音する。したがって、音信号処理部10が、無指向性マイク12A、無指向性マイク12B、および無指向性マイク12Cで取得した音信号を用いて残響音制御信号を生成すれば、ステージの音も観客席の音も同じ残響が再現される。よって、例えば演者の音でも観客の拍手の音でも同じ残響が再現され、観客は一体感を得ることができる。
【0059】
また、初期反射音は、空間内を多重反射した残響音に比べて、反射回数が少ない。このため、初期反射音のエネルギーは、残響音のエネルギーよりも高い。したがって、初期反射音制御信号を出力するスピーカは、1個あたりのレベルを高くすることで、初期反射音が持つ主観的な印象付けの効果を向上させることができ、初期反射音の制御性を高めることができる。
【0060】
また、初期反射音制御信号を出力するスピーカは、個数を少なくすることで、過剰な拡散音エネルギーの上昇を抑えることができる。すなわち、初期反射音制御信号による室内の残響延長を抑制でき、初期反射音の制御性を高めることができる。
【0061】
直接音制御信号および初期反射音制御信号を出力するスピーカは、観客に近い位置である室内の側方に設置することで、直接音および初期反射音を観客に届けるのに制御し易く、初期反射音の制御性を高めることができる。また、残響音制御信号を出力するスピーカは、室内の天井に設置することで、観客の位置による残響音の差を抑制できる。
【0062】
本実施形態の説明は、すべての点で例示であって、制限的なものではない。本発明の範囲は、上述の実施形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。さらに、本発明の範囲には、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0063】
1…音場支援システム
10…音信号処理部
11A,11B,11C…指向性マイク
12A,12B,12C…無指向性マイク
21…音信号取得部
22…ゲイン調整部
23…ミキサ
23D…パニング処理部
24A,24B…FIRフィルタ
25A,25B…レベル設定部
26…出力信号生成部
27…出力部
28…遅延調整部
29…位置情報取得部
31…メモリ
51A~51J…スピーカ
60…ステージ
61A~61F…スピーカ
62…室
65…音源
151…インパルス応答取得部
152…レベルバランス調整部
510J…指向性マイク
620…空間