(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-22
(45)【発行日】2024-07-30
(54)【発明の名称】質量分析装置の電圧設定方法及び質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/16 20060101AFI20240723BHJP
H01J 49/10 20060101ALI20240723BHJP
H01J 49/14 20060101ALI20240723BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20240723BHJP
H01J 49/02 20060101ALI20240723BHJP
【FI】
H01J49/16 500
H01J49/10 700
H01J49/14 700
H01J49/14 500
H01J49/00 360
H01J49/02 200
(21)【出願番号】P 2023548037
(86)(22)【出願日】2021-09-16
(86)【国際出願番号】 JP2021034161
(87)【国際公開番号】W WO2023042348
(87)【国際公開日】2023-03-23
【審査請求日】2023-11-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】磯 圭祐
(72)【発明者】
【氏名】福井 航
(72)【発明者】
【氏名】小寺澤 功明
(72)【発明者】
【氏名】向畑 和男
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-53020(JP,A)
【文献】特開2002-56801(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0378989(US,A1)
【文献】特開2004-146219(JP,A)
【文献】国際公開第2015/001881(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00-49/48
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、を備えた質量分析装置において、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の値を設定する方法であって、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記イオン化部に一定組成の試料液体を導入している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流を監視し、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を前記初期電圧よりも小さい値に設定する、
質量分析装置の電圧設定方法。
【請求項2】
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記イオン化部に一定組成の試料液体を導入している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の値を小さくするようユーザに通知する通知部と、
を有する質量分析装置。
【請求項3】
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記イオン化部に一定組成の試料液体を導入している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を前記初期電圧よりも小さい値に設定する電圧設定部と、
を有する質量分析装置。
【請求項4】
前記質量分析装置が、更に、ガス源から前記イオン化部へとガスを導入するガス導入部
を備え、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を、前記ガスに含まれる窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガス源の種類に応じた値に設定する、
請求項1に記載の質量分析装置の電圧設定方法。
【請求項5】
更に、
ガス源から前記イオン化部へとガスを導入するガス導入部と、
ユーザによる、前記ガスに含まれる窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガス源の種類の入力を受け付ける入力受付部と、
を有し、
前記電圧設定部が、前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を、前記入力受付部で受け付けた窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガス源の種類に応じた値に設定する
、
請求項3に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置の電圧設定方法及び質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において試料をイオン化する手法として様々なイオン化法が知られている。こうしたイオン化法は、真空雰囲気の下でイオン化を行う手法と、略大気圧雰囲気の下でイオン化を行う手法とに大別でき、後者は一般に、大気圧イオン化法(API:atmospheric pressure ionization)と総称される。
【0003】
大気圧イオン化法としては、エレクトロスプレーイオン化法(ESI:electrospray ionization)、又は大気圧化学イオン化法(APCI:atmospheric pressure chemical ionization)が広く用いられている。これらのイオン化法は、いずれも試料液体(例えば分析対象試料と溶媒との混合物)をノズルから大気圧雰囲気中に噴霧するものであり、ESIでは、前記ノズルに設けられた金属細管に高電圧を印加し、これにより前記試料液体を帯電させて噴霧することによって、試料分子をイオン化する。一方、APCIでは、前記ノズルの近傍に設けられた針状の放電電極に高電圧を印加することによってコロナ放電を生成する。そして、前記ノズルから噴霧された試料液体中の溶媒分子を前記コロナ放電によってイオン化し、生成した溶媒イオンと試料分子とのイオン-分子反応によって試料分子をイオン化する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような大気圧イオン化法では、イオン源に設けられたイオン化電極、すなわち上述の金属細管又は放電電極に高電圧が印加されるが、このときの電圧値が大きすぎると、イオン源にて望ましくない放電(異常放電)が発生して試料分子のイオン化が不安定となることがあった(例えば、特許文献1を参照)。
【0006】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、大気圧イオン化法による試料のイオン化を行うイオン源を備えた質量分析装置において、イオン源における異常放電を抑制して安定した分析結果を得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置の電圧設定方法は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、を備えた質量分析装置において、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の値を設定する方法であって、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記イオン化部に一定組成の試料液体を導入している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流を監視し、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を前記初期電圧よりも小さい値に設定するものである。
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記イオン化部に一定組成の試料液体を導入している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の値を小さくするようユーザに通知する通知部と、
を有するものである。
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記イオン化部に一定組成の試料液体を導入している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を前記初期電圧よりも小さい値に設定する電圧設定部と、
を有するものであってもよい。
【0010】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置の電圧設定方法は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、ガス源から前記イオン化部へとガスを導入するガス導入部と、を備えた質量分析装置において、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の値を設定する方法であって、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を、前記ガスに含まれる窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガス源の種類に応じた値に設定するものであってもよい。
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
ガス源から前記イオン化部へとガスを導入するガス導入部と、
ユーザによる、前記ガスに含まれる窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガス源の種類の入力を受け付ける入力受付部と、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を、前記入力受付部で受け付けた窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガス源の種類に応じた値に設定する電圧設定部と、
を有するものであってもよい。
【発明の効果】
【0012】
上記本発明に係る質量分析装置の電圧設定方法又は質量分析装置によれば、大気圧イオン化法による試料のイオン化を行うイオン源(イオン化部)を備えた質量分析装置において、イオン源における異常放電を抑制して安定した分析結果を得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る質量分析装置の概略構成図。
【
図2】前記質量分析装置のイオン化室周辺の概略構成図。
【
図3】前記実施形態における印加電圧の設定手順を示すフローチャート。
【
図4】前記実施形態における印加電圧の設定手順の別の例を示すフローチャート。
【
図5】同実施形態における質量分析装置の別の構成例を示す模式図。
【
図6】同実施形態における質量分析装置の更に別の構成例を示す模式図。
【
図7】同実施形態における質量分析装置の更にまた別の構成例を示す模式図。
【
図8】
図5~
図7の構成例における印加電圧の設定手順を示すフローチャート。
【
図9】
図5~
図7の構成例における印加電圧の設定手順の別の例を示すフローチャート。
【
図10】本発明の第2の実施形態に係る質量分析装置の概略構成図。
【
図11】同実施形態における印加電圧の決定手順を示すフローチャート。
【
図12】同実施形態における設定画面の一例を示す図。
【
図13】本発明に係る実験例において、イオン化電極への印加電圧を3.5kVとした場合におけるイオン化電極電流及びイオン検出信号の経時変化を示すグラフ。
【
図14】前記実験例において、イオン化電極への印加電圧を3.0kVとした場合におけるイオン化電極電流及びイオン検出信号の経時変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(第1の実施形態)
以下、本発明の一実施形態に係る質量分析装置及びその電圧設定方法について、図面を参照しつつ説明を行う。
図1は、本実施形態に係る質量分析装置の概略構成図であり、
図2は、前記質量分析装置のイオン化室周辺の構成を示す概略図である。本実施形態に係る質量分析装置は、試料に対し質量分析を実行してデータを収集する測定部110と、測定部110で収集されたデータを処理するデータ処理部170と、測定部110を制御する制御部150と、を備えている。また、制御部150には、ユーザ(分析担当者)が操作するマウスなどのポインティングデバイス又はキーボードである入力部161と、液晶ディスプレイ等の表示部162とが接続されている。
【0015】
図1に示すように、測定部110は、略大気圧雰囲気であるイオン化室111(本発明におけるイオン化部に相当)と、図示しない高性能の真空ポンプにより高真空雰囲気に維持される分析室114と、それらイオン化室111と分析室114との間にあって真空度が段階的に高くなっている第1中間真空室112及び第2中間真空室113と、を備えている。すなわち、本実施形態における測定部110は、多段差動排気系の構成を有している。イオン化室111と第1中間真空室112とは細径のイオン導入管129を通して連通している。
【0016】
本実施形態におけるイオン化室111は、エレクトロスプレーイオン化(ESI)と、大気圧化学イオン化(APCI)とが同時に行われるものであって、イオン化室111の壁面には、イオン化室111内に試料液体を静電噴霧するスプレーノズルであるESIプローブ121と、イオン化室111内にコロナ放電を発生させる針状の放電電極(コロナニードル)125とが配設されている。ESIプローブ121は、
図2に示すように、外部から試料液体が供給されるキャピラリ122と、該キャピラリ122が挿通される金属細管123と、キャピラリ122及び金属細管123と略同軸円筒状であるネブライズガス管124と、を含んでいる。なお、キャピラリ122としては、例えばガラス製の細管が用いられる。ネブライズガス管124の後端は、窒素ガス発生装置又はガスボンベなどのガス源130に接続されている。キャピラリ122の先端はネブライズガス管124の先端より所定長さだけ突出している。金属細管123にはESI用高電圧電源131が接続されている。
【0017】
ESIプローブ121からの噴霧流の進行方向前方には、上述の放電電極125が配置され、放電電極125にはAPCI用高電圧電源132が接続されている。なお、本実施形態においては、金属細管123及び放電電極125が本発明におけるイオン化電極に相当し、ESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132が本発明における高電圧電源に相当する。また、ESIプローブ121からの噴霧流の進行方向前方には、イオン導入管129の入口端も配置されている。イオン化室111と第1中間真空室112との境界には、板状の対電極126が配設されており、対電極126の中央には、乾燥ガス噴出口127が設けられている。乾燥ガス噴出口127からは、ガス源130より供給され、乾燥ガス供給管115を通過した乾燥ガスが、ESIプローブ121からの噴霧流に向けて噴出される。更に、イオン化室111と第1中間真空室112との境界には、イオン導入管129及び前記乾燥ガスを加熱するブロックヒータ128が設けられている。
【0018】
第1中間真空室112内及び第2中間真空室113内にはそれぞれ、イオンを収束させつつ後段へ輸送するイオンガイド141、143が設置され、第1中間真空室112と第2中間真空室113との間は、頂部に小孔を有するスキマー142で隔てられている。また、分析室114内には、イオンをm/zに応じて分離する四重極マスフィルタ144(本発明における質量分離器に相当)と、四重極マスフィルタ144を通り抜けたイオンを検出するイオン検出器145と、が配置されている。なお、四重極マスフィルタ144を直交加速式飛行時間型質量分析器に置き換える等、各部の構成は適宜に変更可能である。
【0019】
制御部150は、分析制御部151と、表示制御部152とを機能ブロックとして含んでおり、更に、各種分析条件の設定値を記憶する設定値記憶部153を備えている。分析制御部151は、ESI用高電圧電源131、APCI用高電圧電源132、及び図示しないその他の電源(例えば、イオンガイド141、143又は四重極マスフィルタ144等に電圧を印加するもの)などをそれぞれ制御することによって質量分析を遂行する。表示制御部152は、ユーザが入力設定した情報、質量分析の結果、及び各種の通知などを表示部162に表示させる。
【0020】
データ処理部170は、本発明に特徴的な機能ブロックとして、異常放電判別部171(本発明における判定部に相当)を備えている。
【0021】
なお、制御部150及びデータ処理部170の機能の少なくとも一部は、CPUと、メモリと、ハードディスクドライブ(HDD)又はソリッドステートドライブ(SSD)等の大容量記憶装置と、を備えた、汎用のパーソナルコンピュータをハードウエア資源とし、該コンピュータに予めインストールされた専用のソフトウェアを該コンピュータ上で実行することにより実現されるようにすることができる。
【0022】
まず、本実施形態に係る質量分析装置における基本的な分析動作について説明する。ESIプローブ121に設けられたキャピラリ122の後端には、試料液体として、図示しない液体クロマトグラフからの溶出液、すなわち、該液体クロマトグラフのカラムによって分離された試料成分と、溶媒(移動相)との混合液が導入される。また、ESI用高電圧電源131で発生した高電圧がESIプローブ121の金属細管123に印加されると共に、APCI用高電圧電源132で発生した高電圧が放電電極125に印加される。金属細管123は試料液体が流通するキャピラリ122を囲んでいるため、キャピラリ122内を通過する試料液体は、金属細管123に印加された高電圧によって強く帯電し、キャピラリ122の外管であるネブライズガス管124から噴出するネブライズガスの助けを受けて、ESIプローブ121の先端から帯電液滴として噴霧される。
【0023】
このとき、乾燥ガス噴出口127から噴出する乾燥ガスが、ESIプローブ121からの噴霧流に吹き付けられる。これにより前記帯電液滴中の溶媒が急速に蒸発して液滴サイズが小さくなり、それに伴って、クーロン反発力によって気体イオンが発生する。なお、このとき発生するイオンは、主に試料中の中~高極性の成分に由来するものである。
【0024】
更に、放電電極125の先端部の周囲では、APCI用高電圧電源132による電圧印加によってコロナ放電が発生する。このコロナ放電によって、前記噴霧流中の溶媒分子がイオン化されて反応イオンが生成される。そして、この反応イオンが前記噴霧流中の試料分子と反応(イオン-分子反応)することによって、該試料分子がイオン化される。このとき発生するイオンは、主に、試料中の低~中極性の成分に由来するものである。
【0025】
こうして発生した試料由来のイオン(試料イオン)は、イオン化室111と第1中間真空室112との圧力差により、イオン導入管129を介して第1中間真空室112内に吸い込まれる。また、イオン化室111において蒸発しきらずに残った微小な液滴の一部もイオン導入管129に吸い込まれ、管内でブロックヒータ128に加熱されて溶媒が蒸発し、イオン化が促進される。第1中間真空室112に到達したイオンは、イオンガイド141により収束されると共に、後段の第2中間真空室113及び分析室114へと送られる。
【0026】
分析室114では、四重極マスフィルタ144が、特定のm/zを有するイオンのみを通過させるか、あるいは通過させるイオンのm/zを所定の範囲内で繰り返し走査する。そして、四重極マスフィルタ144を通過したイオンがイオン検出器145に到達する。イオン検出器145では、到達したイオンの数に応じた電流がイオン検出信号として取り出される。前記イオン検出信号はA/D変換器146によってデジタル化されて、データ処理部170に送られる。データ処理部170は、前記イオン検出信号をデジタル化して得られたデータを処理することにより、例えばマススペクトル、マスクロマトグラム、又はトータルイオンクロマトグラムなどを作成したり、未知化合物の定性又は目的化合物の定量などを実施したりする。
【0027】
続いて、本実施形態に係る質量分析装置の特徴的な動作について説明する。本実施形態に係る質量分析装置では、本分析(分析対象試料の最終的な分析結果を得るための質量分析)の実行に先立って、ESI用高電圧電源131からESIプローブ121の金属細管123への印加電圧、及びAPCI用高電圧電源132から放電電極125への印加電圧の設定作業が行われる。この設定作業は、既知成分を含む一定組成の標準試料を、ESIプローブ121のキャピラリ122に連続的に供給しつつ行われる。前記標準試料は、前記本分析で使用する溶媒を含むものとすることが望ましく、実質的な試料成分を含まない溶媒のみから成る試料液体、例えば液体クロマトグラフに使用される移動相を、前記標準試料として使用してもよい。なお、前記印加電圧の設定作業において、分析制御部151は、図示しない電源を制御することにより、イオンガイド141、143に前記本分析の実行時と同様の電圧を印加させる。また、前記既知成分に由来するイオンが四重極マスフィルタ144を通過するように、四重極マスフィルタ144を構成するロッド電極への印加電圧を制御する。また、前記印加電圧の設定作業において、ガス源130からネブライズガス管124及び乾燥ガス噴出口127へ供給するガスは、本分析の実行時に使用するガスと同様の組成を有するものとする。
【0028】
前記印加電圧の設定作業の実行手順について、
図3のフローチャートを参照しつつ説明する。なお、本発明において、印加電圧の値が大きい(又は小さい)とは、印加電圧の絶対値が大きい(又は小さい)ことを意味し、印加電圧の値を小さくするとは、印加電圧の絶対値を小さくすることを意味する。
【0029】
まず、前記標準試料をESIプローブ121のキャピラリ122に連続的に供給している状態で、ユーザが入力部161で所定の操作を行う。これにより、分析制御部151の制御の下で、ESI用高電圧電源131からESIプローブ121の金属細管123に所定の高電圧が印加されると共に、APCI用高電圧電源132から放電電極125に所定の高電圧が印加される(ステップ11)。このときの印加電圧を初期電圧とよぶ。ここで、ESI用高電圧電源131の初期電圧と、APCI用高電圧電源132の初期電圧は、同一の値であってもよく、異なる値であってもよい。なお、前記初期電圧としては、例えば、試料の分析に適用される電圧値として一般的な値を、予め質量分析装置のメーカ又はユーザが設定して設定値記憶部153に記憶させておく。前記初期電圧の印加により、イオン化室111内で標準試料がイオン化され、発生したイオンがイオンガイド141、143を経て四重極マスフィルタ144に送られる。ESIプローブ121に導入される標準試料の組成は時間によらず一定であるため、このときイオン検出器145から出力させる信号(イオン検出信号)もほぼ一定となるはずである。しかしながら、イオン化室111で異常放電が発生している場合には、イオン化室111におけるイオン化の状態が不安定となるため、イオン検出信号が大きく変動する。そこで、本実施形態に係る質量分析装置では、異常放電判別部171が、イオン検出器145からのイオン検出信号を監視し、前記初期電圧の印加開始から所定の時間が経過した時点(すなわちステップ12でYesとなった時点)で、イオン検出信号の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する(ステップ13)。このとき、イオン検出信号の変動幅が前記閾値を下回っていた場合(すなわちステップ13でNoの場合)には、このときのESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧(すなわち初期電圧)を本分析に適用する印加電圧として決定し、その値を設定値記憶部153に記憶させる(ステップ15)。
【0030】
一方、イオン検出信号の変動幅が前記閾値以上であった場合(すなわちステップ13でYesの場合)には、異常放電判別部171が、イオン化室111において異常放電が発生していると判定し、その旨を示す信号を分析制御部151に出力する。前記信号を受けた分析制御部151は、ESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧をそれぞれ予め定められた電圧幅だけ小さくする(ステップ14)。前記電圧幅は、ESI用高電圧電源131とAPCI用高電圧電源132とで異なっていてもよく、同じであってもよい。その後は、ステップ12に戻り、イオン検出信号の変動幅が閾値を下回っていると判定されるまで(すなわちステップ13でNoとなるまで)ステップ12~14の処理を繰り返し実行する。そして、イオン検出信号の変動幅が閾値を下回ったと判定されたら、そのときのESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧を、それぞれ本分析に適用する印加電圧として決定し、その値を設定値記憶部153に記憶させる(ステップ15)。すなわち、本実施形態においては、分析制御部151及び設定値記憶部153が本発明における電圧設定部に相当する。
【0031】
以上により印加電圧の設定作業が完了した後は、ESIプローブ121に試料液体として分析対象試料と溶媒との混合物を導入して該分析対象試料の質量分析(本分析)を行う。このとき、分析制御部151は、設定値記憶部153に記憶されている印加電圧の設定値(上記のステップ15で決定されたもの)を読み出し、該設定値に基づいてESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132を制御する。これにより、前記設定作業によって設定された最適な印加電圧によって分析対象試料のイオン化を行うことができる。その結果、イオン化室111における異常放電の発生が抑制され、イオン化室111内でのイオン化の状態を安定させてSN比の高い質量分析結果(すなわち、マススペクトル、マスクロマトグラム、又はトータルイオンクロマトグラム等)を得ることができる。
【0032】
なお、上記の例では、異常放電判別部171において異常放電の発生が検知された場合に、自動的にESIプローブ121の金属細管123及び放電電極125への印加電圧の値を小さくするものとしたが、これに代えて、ユーザに前記印加電圧の値を小さくするように通知する構成としてもよい。このような場合における制御部150及びデータ処理部170の動作を
図4に示す。なお、
図4のフローチャートにおいて、イオン検出信号の変動幅が閾値以上であるかを判定するまでの処理(すなわちステップ21及びステップ22)は、上記の
図3のフローチャートにおけるステップ11、12と同様であるため、ここでは説明を省略する。
図4のフローチャートのステップ23において、イオン検出信号の変動幅が閾値以上である(したがって異常放電が発生している可能性が高い)と異常放電判別部171が判定すると、表示制御部152が所定の通知画面を表示部162に表示させる(ステップ24)。この通知画面には、少なくともESIプローブ121の金属細管123への印加電圧、放電電極125への印加電圧、又はその両方を下げるようユーザに促すメッセージを表示するものとする。すなわち、この例においては、表示制御部152及び表示部162が本発明における通知部に相当する。該通知画面を確認したユーザは、入力部161を操作して、ESIプローブ121の金属細管123への印加電圧の設定値、放電電極125への印加電圧の設定値、又はその両方を前記初期電圧よりも小さい値とするよう制御部150に指示する。該指示を受けた制御部150は、前記初期電圧よりも予め定められた電圧幅だけ小さい値を本分析に適用する電圧値として設定値記憶部153に記憶させる。あるいは、ユーザが前記初期電圧よりも小さい電圧値を入力部161から入力し、制御部150が、前記電圧値を本分析に適用する電圧値として設定値記憶部153に記憶させるようにしてもよい。
【0033】
また、本発明に係る質量分析装置の電圧設定方法は、上記のような異常放電判別部171を備えない質量分析装置にも適用することができる。その場合、
図3のステップ11において初期電圧の印加を開始した後は、データ処理部170がイオン検出信号の時間変化を示す波形(すなわちマスクロマトグラム又はトータルイオンクロマトグラム)を生成し、表示制御部152が該波形を表示部162に表示させる。そして、ユーザが所定時間に亘って該波形を視認し、イオン検出信号の変動幅が予め定めた閾値以上である(したがって、異常放電が発生している可能性が高い)と判断した場合(すなわちステップ13でYes)には、入力部161を操作して、ESIプローブの金属細管123への印加電圧、放電電極125への印加電圧、又はその両方を現在の値よりも小さい所定の値とするよう分析制御部151に指示する(ステップ14)。その後は、表示部162に表示されるイオン検出信号の変動幅が前記閾値を下回ったとユーザが判断するまでステップ12~14を繰り返し行い、イオン検出信号の変動幅が前記閾値を下回った(したがって、放電電極が発生している可能性が低い)とユーザが判断した時点で、ユーザが入力部161を操作することによって、そのときのESI用高電圧電源131及びAPCI用高電圧電源132による印加電圧を、本分析に適用する印加電圧として設定するよう制御部150に指示する。該指示を受けた制御部150は、その値を設定値記憶部153に記憶させる(ステップ15)。
【0034】
以上の例では、イオン検出器145からの出力信号(イオン検出信号)に基づいて、異常放電の有無を判別するものとしたが、これに代えて、イオン化室111に設けられたイオン化電極、すなわちESIプローブ121の金属細管123又は放電電極125に流れる電流(以下、これをイオン化電極電流とよぶ)に基づいて、異常放電の有無を判定する構成としてもよい。このような構成について
図5~
図7を参照しつつ説明する。なお、これらの図において、
図1に示したものと同一又は対応する構成要素については、下2桁が共通する符号を付し、適宜説明を省略する。また、
図5~
図7では簡略化のため一部の構成要素を示しているが、省略されている構成要素は、
図1とほぼ同一構成を有している。
【0035】
図5は、
図1で示したものと同様に、ESIとAPCIの両方によるイオン化を行うものであるが、ESIプローブ221の金属細管223と、放電電極225とが、単一の高電圧電源281に接続されている。すなわち、この高電圧電源281は、分岐部284を有する給電線283によって金属細管223と放電電極225の両方に接続されている。また、イオン化室211と第1中間真空室(
図5では省略)との間に設けられた対電極226は接地されており、これにより、高電圧電源281によって、ESIプローブ221の金属細管223と対電極226の間、及び放電電極225と対電極226との間に高電圧を印加することができる。更に、給電線283の分岐部284と高電圧電源281との間には、金属細管223及び放電電極225を流れる電流(すなわち、これらの金属細管223、放電電極225、高電圧電源281、及び対電極226を含む電気回路を流れる電流)を検出する電流検出部282が設けられている。更に、本構成例に係る質量分析装置は、各部を制御する制御部250と、イオン検出器(図示略)で得られたデータ及び電流検出部282で得られたデータを処理するデータ処理部270と、を備えている。電流検出部282による検出信号はA/D変換器285でデジタルデータに変換されてデータ処理部270に入力される。制御部250は、分析制御部251及び表示制御部252を機能ブロックとして含んでおり、更に各種分析条件の設定値等を記憶する設定値記憶部253を備えている。データ処理部270は機能ブロックとして異常放電判別部271を有している。本構成例における制御部250及びデータ処理部270の実態もCPU、メモリ、及び大容量記憶装置等を備えたコンピュータであり、該コンピュータに予めインストールされた専用のソフトウェアを実行することにより前記機能ブロックの機能が達成される。
【0036】
図6は、ESIのみによるイオン化を行うものであり、イオン化室311には上記と同様のESIプローブ321が設けられているが、APCI用の放電電極は設けられていない。同図の構成では、ESIプローブ321の金属細管323が高電圧電源381に接続されると共に、対電極326が接地されており、高電圧電源381によって、ESIプローブ321の金属細管323と対電極326との間に高電圧が印加される。更に、金属細管323と高電圧電源381との間の給電線383上には、金属細管323を流れる電流(すなわち、金属細管323、高電圧電源381、及び対電極326を含む電気回路を流れる電流)を検出する電流検出部382が設けられている。その他の構成は
図5と同様である。
【0037】
図7は、APCIのみによるイオン化を行うものであり、イオン化室411にはAPCI用の放電電極425が設けられているが、試料液体を噴霧するためのスプレーノズル421は、上記のような金属細管を備えていない。同図の構成では、放電電極425が高電圧電源481に接続されると共に、対電極426が接地されており、高電圧電源481によって、放電電極425と対電極426との間に高電圧が印加される。更に、放電電極425と高電圧電源481との間の給電線483上には、放電電極425を流れる電流(すなわち、放電電極425、高電圧電源481、及び対電極426を含む電気回路を流れる電流)を検出する電流検出部482が設けられている。その他の構成は
図5と同様である。
【0038】
図5~
図7のいずれの構成においても、電流検出部282、382、482で検出された電流(イオン化電極電流)を異常放電判別部271、371、471が監視し、該電流に基づいて、イオン化室211、311、411内で異常放電が発生しているか否かを判別する。このような構成における、イオン化電極(金属細管223、323又は放電電極225、425)への印加電圧の設定作業の手順を
図8に示す。ここでも、前記設定作業は、既知成分を含む一定組成の標準試料を、ESIプローブ221、321又はスプレーノズル421に連続的に供給しながら行われる。まず、ユーザが入力部261、361、461を操作して初期電圧の印加開始を制御部250、350、450に指示すると、分析制御部251、351、451の制御の下に、高電圧電源281、381、481からの初期電圧の印加が開始される(ステップ31)。その後、所定時間が経過した時点(すなわちステップ32でYesとなった時点)で、異常放電判別部271、371、471が、電流検出部282、382、482からの出力信号(すなわちイオン化電極電流)の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判別する(ステップ33)。前記変動幅が閾値を下回っていると判断された場合は、制御部250、350、450が、そのときの印加電圧を本分析に適用する電圧値として決定して、設定値記憶部253、353、453に記憶させる(ステップ35)。一方、前記変動幅が閾値以上であった場合には、分析制御部251、351、451が、高電圧電源281、381、481による印加電圧の値を予め定められた電圧幅だけ小さくする(ステップ34)。なお、その後の手順については、
図3のフローチャートで説明したものと同様であるため、ここでは詳しい説明を省略する。
【0039】
また、
図5~
図7の構成例においても、異常放電が発生していると判断された際に、ユーザに印加電圧の値を小さくするように通知するものとしてもよい。この場合、
図9のフローチャートに示すように、異常放電判別部271、371、471によって、電流検出部282、382、482からの出力信号(すなわちイオン化電極電流)の変動幅が予め定められた閾値以上であると判断された場合(すなわちステップ43でYesの場合)に、表示制御部252、352、452が、所定の通知画面を表示部262、362、462に表示させる(ステップ44)。この通知画面には、少なくとも、高電圧電源281、381、481による印加電圧の値を小さくするようユーザに促すメッセージを表示する。該通知画面を確認したユーザは、入力部261、361、461を操作して、高電圧電源281、381、481による印加電圧を初期電圧よりも小さい値とするよう分析制御部251、351、451に指示する。なお、その他のステップについては
図4で示したものとほぼ同じであるため、ここでは説明を省略する。
【0040】
また、本発明に係る質量分析装置の電圧設定方法は、
図5~
図7のような電流検出部282、382、482を備え、且つ異常放電判別部271、371、471を有しない質量分析装置にも適用することができる。その場合の設定作業の手順も、
図8のフローチャートで示したものと同様であるが、この場合、ステップ31において初期電圧の印加を開始した後は、データ処理部270、370、470が電流検出部282、382、482からの出力信号(すなわちイオン化電極電流)の時間変化を示す波形を生成し、表示制御部252、352、452が該波形を表示部262、362、462に表示させる。そして、ユーザが所定時間に亘って該波形を視認し、イオン化電極電流の変動幅が予め定めた閾値以上である(したがって、異常放電が発生している可能性が高い)と判断した場合(すなわちステップ33でYesの場合)には、入力部261、361、461を操作して、高電圧電源281、381、481による印加電圧を、現在の値よりも小さい所定の値とするよう分析制御部251、351、451に指示する(ステップ34)。その他のステップについては
図8について説明したものと同様であるため、説明を省略する。
【0041】
(第2の実施形態)
以下、本発明の第2の実施形態に係る質量分析装置及びその電圧設定方法について図面を参照しつつ説明を行う。
図10は、本実施形態に係る質量分析装置の概略構成図である。ここで、
図1で示したものと同一又は対応する構成要素については下二桁が共通する符号を付し、適宜説明を省略する。なお、
図10にはESIとAPCIの両方によるイオン化を行う質量分析装置を示したが、本実施形態は、ESIのみによるイオン化を行う質量分析装置、又はAPCIのみによるイオン化を行う質量分析装置にも適用可能である。
【0042】
本実施形態に係る質量分析装置は、試料に対し質量分析を実行してデータを収集する測定部510と、測定部で収集されたデータを処理するデータ処理部570と、測定部510を制御する制御部550と、を備えている。また制御部550には、ユーザが操作するマウスなどのポインティングデバイス又はキーボードである入力部561と、液晶ディスプレイ等の表示部562とが接続されている。
【0043】
測定部510の構成は
図1で示したものと同様である。なお、本実施形態においては、乾燥ガス供給管515及びネブライズガス管524が、本発明におけるガス導入部に相当する。
【0044】
データ処理部570は、イオン検出器545で取得されてA/D変換器546によってデジタル化されたデータを処理することにより、例えばマススペクトル、マスクロマトグラム、又はトータルイオンクロマトグラムなどを作成したり、未知化合物の定性又は目的化合物の定量などを実施したりする。
【0045】
制御部550は、分析制御部551と、表示制御部552と、印加電圧決定部554とを機能ブロックとして含んでおり、更にユーザが入力した各種分析条件の設定値又は印加電圧決定部554で決定された印加電圧の値を記憶する設定値記憶部553を備えている。分析制御部551は、設定値記憶部553に記憶されている各種設定値に基づいて、ESI用高電圧電源531、APCI用高電圧電源532、及び図示しないその他の電源(例えば、イオンガイド541、543又は四重極マスフィルタ544等に電圧を印加するもの)などをそれぞれ制御することによって質量分析を遂行する。表示制御部552は、ユーザが入力設定した情報、質量分析の結果、及び各種の通知などを表示部562に表示させる。印加電圧決定部554は、ユーザが入力部561から入力した情報に基づいて、ESI用高電圧電源531又はAPCI用高電圧電源532からイオン化電極(すなわちESIプローブ521の金属細管523、又は放電電極525)への印加電圧を決定する。
【0046】
なお、制御部550及びデータ処理部570の機能の少なくとも一部は、CPUと、メモリと、ハードディスクドライブ(HDD)又はソリッドステートドライブ(SSD)等の大容量記憶装置と、を備えた、汎用のパーソナルコンピュータをハードウエア資源とし、該コンピュータに予めインストールされた専用のソフトウェアをコンピュータ上で実行することにより実現されるようにすることができる。
【0047】
本実施形態に係る質量分析装置における印加電圧の設定手順について、
図11のフローチャートを参照しつつ説明する。まず、ユーザが入力部561で所定の操作を行うと、表示制御部552の制御の下に、所定の設定画面(ガス種情報入力画面)が表示部562の画面上に表示される(ステップ51)。この設定画面は、イオン化室511に導入されるガスに含まれる窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガスの供給源であるガス源530の種類に関する情報(以下、これらを「ガス種情報」とよぶ)をユーザに入力させるものである。なお、イオン化室511に導入されるガスとしては、例えば、ESIプローブ121のネブライズ管524からイオン化室511へ導入されるネブライズガス、又は乾燥ガス噴出口527からイオン化室511に導入される乾燥ガス等が挙げられる。
【0048】
前記設定画面の一例を
図12に示す。この設定画面には、「窒素濃度」と「ガス源の種類」のいずれを入力するかをユーザに選択させるためのラジオボタン591、592と、第1のプルダウンリスト593と、第2のプルダウンリスト594とが設けられている。ユーザがラジオボタン591によって「窒素濃度」を選択すると、第1のプルダウンリスト593に複数の窒素濃度(例えば、95%超、90%~95%、及び90%未満など)が列挙されて、ユーザがその中からいずれかを選択できる状態となる。一方、ユーザがラジオボタン592によって「ガス源の種類」を選択すると、第2のプルダウンリスト594に複数種類のガス源(例えば、窒素発生装置、高純度窒素ガスボンベ、液体窒素、又は空気など)が列挙され、ユーザがその中からいずれかを選択できる状態となる。なお、ガス源530として複数種類の窒素発生装置又は複数種類のガスボンベを使用可能である場合には、第2のプルダウンリスト594に、各窒素発生装置又は各ガスボンベを区別するための識別子(例えばメーカー名又は型番など)を列挙するものとする。なお、前記設定画面では、窒素濃度に加えて又は代えて前記ガス中の酸素濃度を入力できるようにしてもよい。
【0049】
ユーザが入力部561を操作することによって前記設定画面上で前記ガス種情報を入力すると(ステップ52)、印加電圧決定部554が、該ガス種情報に基づいて、ESIプローブ521の金属細管523及び放電電極525への印加電圧の値を決定する(ステップ53)。例えば、制御部550には、予め実験により求められた、複数の窒素濃度、複数の酸素濃度、又は複数種類のガス源530の各々を適用したときにおける最適な印加電圧(異常放電が発生しない電圧値)の情報が予め記憶されており、印加電圧決定部554は、該情報に基づいて前記印加電圧の値を決定する。印加電圧決定部554によって決定された電圧値は、その後の分析(本分析)に適用する印加電圧の設定値として設定値記憶部553に記憶される。なお、本実施形態においては、表示制御部552、入力部561、及び表示部562が本発明における入力受付部に相当し、印加電圧決定部554及び設定値記憶部553が本発明における電圧設定部に相当する。
【0050】
なお、イオン化室511内の窒素濃度が高いほど異常放電が起こりやすくなることから、印加電圧決定部554は、前記ガス種情報から特定される窒素濃度が高い場合には前記印加電圧を相対的に小さい値に設定し、前記ガス種情報から特定される窒素濃度が低い場合には前記印加電圧を相対的に大きい値に設定するものとすることができる。あるいは、イオン化室511内の酸素濃度が低いほど異常放電が起こりやすくなることから、印加電圧決定部554は、ガス種から特定される酸素濃度が低い場合には前記印加電圧を相対的に小さい値に設定し、ガス種から特定される酸素濃度が高い場合には前記印加電圧を相対的に大きい値に設定するものとしてもよい。例えば、前記設定画面において「ガス源の種類」として、液体窒素又は高純度窒素ガスボンベが選択された場合は、前記印加電圧を相対的に小さい値(例えば1.5kV又は-1.5kV)とし、空気が選択された場合は前記印加電圧を相対的に大きい値(例えば2.5kV又は-2.5kV)とし、窒素発生装置が選択された場合は、前記印加電圧を中間的な値(例えば2.0kV又は-2.0kV)とする。
【0051】
以上により印加電圧の値が決定した後は、分析対象試料の質量分析(本分析)を行う。このとき、分析制御部551が前記ステップ53で決定された印加電圧の値を設定値記憶部553から読み出し、該設定値に基づいてESI用高電圧電源531及びAPCI用高電圧電源532を制御する。これにより、イオン化室511に導入されるガスに含まれる窒素濃度又は酸素濃度、又は前記ガス源530の種類に応じた最適な印加電圧で以て分析対象試料のイオン化を行うことができる。その結果、イオン化室における異常放電の発生を抑制し、イオン化室511内でのイオン化の状態を安定させてSN比の高い質量分析結果を得ることが可能となる。
【0052】
上記実施形態では、ユーザが入力したガス種情報に応じて印加電圧決定部554が前記印加電圧の値を決定するものとしたが、本実施形態に係る印加電圧の設定方法は、このような印加電圧決定部554を有しない質量分析装置にも適用することができる。この場合、予め質量分析装置のマニュアルなどに、イオン化室511に導入されるガスに含まれる窒素又は酸素の濃度、若しくはガス源530の種類に応じた印加電圧の推奨値を記載しておき、ユーザがそれを参照して印加電圧の設定値を決定する。そして、ユーザが入力部561で所定の操作を行うことにより、表示部562に所定の設定画面を表示させ、該設定画面上で前記印加電圧の設定値を入力する。これにより、前記印加電圧の設定値が設定値記憶部553に記憶されて、その後の分析時に適用される。
【0053】
また、上記実施形態では、本発明に係る質量分析装置の電圧設定方法を実行するためのプログラムがコンピュータに予めインストールされているものとしたが、当該プログラムを、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納して提供することも可能である。
【実施例】
【0054】
本発明による効果を確認するために行った実験例について説明する。本実験例では、
図5と同様の構成を有する質量分析装置を液体クロマトグラフに接続し、グルコース、マンノース、フルクトースの混合物を分析対象試料とする液体クロマトグラフ質量分析を行った。移動相としては水100%を使用し、流量は0.6mL/minとした。また、イオン化室に導入するネブライズガス及び乾燥ガスとしては、窒素発生装置で発生させた窒素(純度95%超)を使用した。
【0055】
上記条件において、高電圧電源からイオン化電極(すなわちESIプローブの金属細管及び放電電極)への印加電圧を3.5kVとしたときのイオン化電極電流の経時変化、及びイオン検出信号の経時変化(すなわち前記サンプルに由来するイオンのm/zを含む所定のm/z範囲に関するマスクロマトグラム)を
図13に示す。また、上記条件において、イオン化電極への印加電圧を3.0kVとしたときのイオン化電極電流の経時変化及びイオン検出信号の経時変化(マスクロマトグラム)を
図14に示す。なお、
図14においてマスクロマトグラムの10分後以降に現れている3つのピーク、及びそれに対応する
図13のマスクロマトグラム上のピークは、サンプル由来のピークである。
【0056】
図13に示すように、前記印加電圧を3.5kVとしたときには、イオン化電極電流の変動幅が大きく、マスクロマトグラムにおいてもベースラインの大きな変動がみられた。これに対し、前記印加電圧を3.0kV としたときは、イオン化電極電流の変動幅が小さくなると共に、マスクロマトグラムにおけるベースラインの変動が抑えられていた。このことから、印加電圧を3.5kVとしたときにはイオン化室内で異常放電が発生してイオン化電極電流とイオン検出信号が大きく変動し、印加電圧の値を小さくすることにより、該異常放電が抑制されてイオン化電極電流とイオン検出信号の変動が抑えられたと考えられる。
【0057】
また、イオン化室に導入する乾燥ガスを、上記とは別の窒素発生装置によって発生させた純度 90~95%の窒素とし、その他の条件は上記と同様にして前記サンプルの液体クロマトグラフ質量分析を行った。その結果、前記印加電圧の値を種々に変化させても、イオン化電極電流の経時変化、及びイオン検出信号の経時変化は、
図14と同様となった。このことから、イオン化室に導入する窒素の純度が相対的に低いときには異常放電が起こりにくく、前記印加電圧を高くしても安定した分析結果が得られることが確かめられた。
【0058】
[態様]
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0059】
(第1項)一態様に係る質量分析装置の電圧設定方法は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、を備えた質量分析装置において、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の値を設定する方法であって、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記イオン化部に一定組成の試料液体を導入している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流を監視し、
前記出力信号又は前記電流の変動幅が予め定められた閾値以上であった場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を前記初期電圧よりも小さい値に設定するものであってもよい。
【0060】
(第2項)一態様に係る質量分析装置は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記イオン化部に一定組成の試料液体を導入している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の値を小さくするようユーザに通知する通知部と、
を有するものであってもよい。
【0061】
(第3項)一態様に係る質量分析装置は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
前記イオン化部で発生したイオンをm/zに応じて分離する質量分離器と、
前記質量分離器で分離された前記イオンを検出するイオン検出器と、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に予め定められた初期電圧を印加し、且つ前記イオン化部に一定組成の試料液体を導入している状態において、前記イオン検出器からの出力信号又は前記イオン化電極に流れる電流の変動幅が予め定められた閾値以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部によって前記変動幅が予め定められた閾値以上であると判定された場合に、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を前記初期電圧よりも小さい値に設定する電圧設定部と、
を有するものであってもよい。
【0062】
(第4項)一態様に係る質量分析装置の電圧設定方法は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、ガス源から前記イオン化部へとガスを導入するガス導入部と、を備えた質量分析装置において、前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧の値を設定する方法であって、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を、前記ガスに含まれる窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガス源の種類に応じた値に設定するものであってもよい。
【0063】
(第5項)一態様に係る質量分析装置は、
イオン化電極を有し、大気圧イオン化法によって試料液体中の化合物をイオン化するイオン化部と、
前記イオン化電極に電圧を印加する高電圧電源と、
ガス源から前記イオン化部へとガスを導入するガス導入部と、
ユーザによる、前記ガスに含まれる窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガス源の種類の入力を受け付ける入力受付部と、
前記高電圧電源から前記イオン化電極に印加する電圧を、前記入力受付部で受け付けた窒素又は酸素の濃度、若しくは前記ガス源の種類に応じた値に設定する電圧設定部と、
を有するものであってもよい。
【0064】
第1項若しくは第4項に記載の質量分析装置の電圧設定方法、又は第2項、第3項、若しくは第5項に記載の質量分析装置によれば、大気圧イオン化法による試料のイオン化を行うイオン源(イオン化部)を備えた質量分析装置において、イオン源における異常放電を抑制して安定した分析結果を得られるようになる。
【符号の説明】
【0065】
110…測定部
111…イオン化室
114…分析室
121…ESIプローブ
123…金属細管
125…放電電極
131…ESI用高電圧電源
132…APCI用高電圧電源
144…四重極マスフィルタ
145…イオン検出器
150…制御部
151…分析制御部
152…表示制御部
153…設定値記憶部
170…データ処理部
171…異常放電判別部
281、381、481…高電圧電源
282、382、482…電流検出部
515…乾燥ガス供給管
524…ネブライズガス管
530…ガス源
554…印加電圧決定部