(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-22
(45)【発行日】2024-07-30
(54)【発明の名称】結晶化度測定装置、結晶化度測定方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2055 20180101AFI20240723BHJP
【FI】
G01N23/2055 320
(21)【出願番号】P 2021095294
(22)【出願日】2021-06-07
【審査請求日】2023-06-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】虎谷 秀穂
【審査官】井上 徹
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-127999(JP,A)
【文献】特開平2-151748(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2012-0139238(KR,A)
【文献】国際公開第2020/160980(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-23/2276
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定された、対象物質及び他の既知被混合物質を含む試料のX線散乱パターンを取得する測定パターン取得手段と、
前記被混合物質の既知のX線散乱パターンを取得する既知パターン取得手段と、
前記試料のX線散乱パターンに基づいて、前記対象物質に含まれる結晶質部分のX線回折パターンを少なくとも部分的に取得する結晶パターン取得手段と、
取得される前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度を算出する結晶質積分強度算出手段と、
前記試料のX線散乱パターンと、前記既知のX線散乱パターンと、に基づいて、前記対象物質の
バックグラウンド付きのX線散乱パターンに係る積分強度を算出
し、前記対象物質のバックグラウンド比率に基づいて、前記対象物質のバックグラウンド付きのX線散乱パターンに係る積分強度を前記対象物質のバックグラウンド無しのX線散乱パターンに係る積分強度に変換する対象物質積分強度算出手段と、
前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度と、前記対象物質の
バックグラウンド無しのX線散乱パターンに係る積分強度と、に基づいて前記対象物質の結晶化度を算出する結晶化度算出手段と、
を含む、結晶化度測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の結晶化度測定装置において、
前記対象物質積分強度算出手段は、前記試料のX線散乱パターン、前記既知のX線散乱パターン、前記対象物質及び前記被混合物質の化学式量、前記対象物質及び前記被混合物質の化学式に属する各原子の電子数に基づいて、前記対象物質のX線散乱パターンに係る積分強度を算出する、結晶化度測定装置。
【請求項3】
請求項2に記載の結晶化度測定装置において、
前記対象物質積分強度算出手段は、
前記既知のX線散乱パターンに係る積分強度にスケール因子を乗算した値を前記試料のX線散乱パターンに係る積分強度から減算する手段を含み、
前記スケール因子を、前記対象物質及び前記被混合物質の化学式量、前記対象物質及び前記被混合物質の化学式に属する各原子の電子数に基づいて算出する、結晶化度測定装置。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の結晶化度測定装置において、
前記対象物質積分強度算出手段は、ローレンツ偏向補正が適用された積分強度を算出する、結晶化度測定装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の結晶化度測定装置において、
前記結晶化度算出手段は、所定の漸化式に基づく逐次近似法により、前記対象物質の結晶化度を算出する、結晶化度測定装置。
【請求項6】
請求項5に記載の結晶化度測定装置において、
前記所定の漸化式は、
DOC=DOC
T+DOC×(Y
MT/Y
LM+Y
MT)であり、
DOCは前記対象物質の結晶化度であり、
Y
LMは第1の回折角から第2の回折角までを積分範囲とする、前記対象物質のX線散乱パターンに係る積分強度であり、
Y
MTは前記第2の回折角から第3の回折角までを積分範囲とする、前記対象物質のX線散乱パターンに係る積分強度であり、
DOC
Tは次式により示され、
DOC
T=Y
C-LM/(Y
LM+Y
MT)
Y
C-LMは前記第1の回折角から前記第2の回折角までを積分範囲とする、前記結晶部分のX線回折パターンに係る積分強度である、結晶化度測定装置。
【請求項7】
測定された、対象物質及び他の既知の被混合物質を含む試料のX線散乱パターンを取得する測定パターン取得ステップと、
前記被混合物質の既知のX線散乱パターンを取得する既知パターン取得ステップと、
前記試料のX線散乱パターンに基づいて、前記対象物質に含まれる結晶質部分のX線回折パターンを少なくとも部分的に取得する結晶パターン取得ステップと、
取得される前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度を算出する結晶質積分強度算出ステップと、
前記試料のX線散乱パターンと、前記既知のX線散乱パターンと、に基づいて、前記対象物質の
バックグラウンド付きのX線散乱パターンに係る積分強度を算出
し、前記対象物質のバックグラウンド比率に基づいて、前記対象物質のバックグラウンド付きのX線散乱パターンに係る積分強度を前記対象物質のバックグラウンド無しのX線散乱パターンに係る積分強度に変換する対象物質積分強度算出ステップと、
前記結晶部分のX線回折パターンに係る積分強度と、前記対象物質の
バックグラウンド無しのX線散乱パターンに係る積分強度と、に基づいて前記対象物質の結晶化度を算出する結晶化度算出ステップと、
を含む、結晶化度測定方法。
【請求項8】
測定された、対象物質及び他の既知の被混合物質を含む試料のX線散乱パターンを取得する測定パターン取得ステップと、
前記既知の被混合物質の既知のX線散乱パターンを取得する既知パターン取得ステップと、
前記試料のX線散乱パターンに基づいて、前記対象物質に含まれる結晶質部分のX線回折パターンを少なくとも部分的に取得する結晶パターン取得ステップと、
取得される前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度を算出する結晶質積分強度算出ステップと、
前記試料のX線散乱パターンと、前記既知のX線散乱パターンと、に基づいて、前記対象物質の
バックグラウンド付きのX線散乱パターンに係る積分強度を算出
し、前記対象物質のバックグラウンド比率に基づいて、前記対象物質のバックグラウンド付きのX線散乱パターンに係る積分強度を前記対象物質のバックグラウンド無しのX線散乱パターンに係る積分強度に変換する対象物質積分強度算出ステップと、
前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度と、前記対象物質の
バックグラウンド無しのX線散乱パターンに係る積分強度と、に基づいて前記対象物質の結晶化度を算出する結晶化度算出ステップと、
をコンピュータに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は結晶化度測定装置、結晶化度測定方法及びプログラムに関し、特にX線回折を用いる結晶化度の測定に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子には結晶性高分子と非晶質性高分子が存在するが、結晶性高分子といえども、すべてが結晶構造になっている訳ではなく、結晶質部分と非晶質部分とが混在する。結晶性高分子の全重量に対する結晶質部分の重量の割合を結晶化度という。機械的性質や化学的性質など、結晶性高分子の性質を知る上で結晶化度は重要な情報である。
【0003】
結晶化度の各種測定方法のうちX線回折を用いる方法は、試料の大きさを問わない点や、試料を非破壊で実行可能である点等、大きな実用上のメリットがある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
X線回折を用いる方法においては、ある対象物質の結晶化度は、当該対象物質における結晶質部分からの散乱パターン(この場合は特に回折パターンとなる。)の積分強度を、結晶質部分及び非晶質部分からの散乱パターンの各積分強度の和(すなわち対象物質全体の散乱パターンの積分強度)で除した値となる。
【0005】
このため、結晶化度を求めるには少なくとも結晶質部分からの散乱パターン(回折パターン)を正確に特定する必要がある。しかしながら、結晶質部分からの回折パターンは、高角領域で回折強度が弱いことから、非晶質部分や他の物質からの散乱パターンに埋もれてしまい、特定が困難である。また、結晶性高分子が充填剤など、他の被混合物質と混在している場合、特にグラスファイバーなどの非晶質性の被混合物と混在している場合には、それら被混合物質からの散乱パターンの分離が困難になる。
【0006】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、X線回折を用いて対象物質の結晶化度をより正確に測定できる、結晶化度測定装置、結晶化度測定方法及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明に係る結晶化度測定装置は、測定された、対象物質及び他の既知の被混合物質を含む試料のX線散乱パターンを取得する測定パターン取得手段と、前記被混合物質の既知のX線散乱パターンを取得する既知パターン取得手段と、前記試料のX線散乱パターンに基づいて、前記対象物質に含まれる結晶質部分のX線回折パターンを少なくとも部分的に取得する結晶パターン取得手段と、取得される前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度を算出する結晶質積分強度算出手段と、前記試料のX線散乱パターンと、前記既知のX線散乱パターンと、に基づいて、前記対象物質のX線散乱パターンに係る積分強度を算出する対象物質積分強度算出手段と、前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度と、前記対象物質のX線散乱パターンに係る積分強度と、に基づいて前記対象物質の結晶化度を算出する結晶化度算出手段と、を含む。
【0008】
また、本発明に係る結晶化度測定方法は、測定された、対象物質及び他の既知の被混合物質を含む試料のX線散乱パターンを取得する測定パターン取得ステップと、前記被混合物質の既知のX線散乱パターンを取得する既知パターン取得ステップと、前記試料のX線散乱パターンに基づいて、前記対象物質に含まれる結晶質部分のX線回折パターンを少なくとも部分的に取得する結晶パターン取得ステップと、取得される前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度を算出する結晶質積分強度算出ステップと、前記試料のX線散乱パターンと、前記既知のX線散乱パターンと、に基づいて、前記対象物質のX線散乱パターンに係る積分強度を算出する対象物質積分強度算出ステップと、前記結晶部分のX線回折パターンに係る積分強度と、前記対象物質のX線散乱パターンに係る積分強度と、に基づいて前記対象物質の結晶化度を算出する結晶化度算出ステップと、を含む。
【0009】
また、本発明に係るプログラムは、測定された、対象物質及び他の既知の被混合物質を含む試料のX線散乱パターンを取得する測定パターン取得ステップと、前記被混合物質の既知のX線散乱パターンを取得する既知パターン取得ステップと、前記試料のX線散乱パターンに基づいて、前記対象物質に含まれる結晶質部分のX線回折パターンを少なくとも部分的に取得する結晶パターン取得ステップと、取得される前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度を算出する結晶質積分強度算出ステップと、前記試料のX線散乱パターンと、前記既知のX線散乱パターンと、に基づいて、前記対象物質のX線散乱パターンに係る積分強度を算出する対象物質積分強度算出ステップと、前記結晶質部分のX線回折パターンに係る積分強度と、前記対象物質のX線散乱パターンに係る積分強度と、に基づいて前記対象物質の結晶化度を算出する結晶化度算出ステップと、をコンピュータに実行させるプログラムである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態に係る結晶化度測定装置の構成図である。
【
図2】試料のX線散乱パターンの一例を模式的に示す図である。
【
図3】被混合物質のX線散乱パターンの一例を模式的に示す図である。
【
図4】対象物質のX線散乱パターンの一例を模式的に示す図である。
【
図5】対象物質の結晶質部分のX線回折パターンを模式的に示す図である。
【
図6】試料の初期X線散乱パターンの一例を模式的に示す図である。
【
図7】積分範囲と強度の積分値との関係を示す図である。
【
図8】スケール因子算出処理を示すフロー図である。
【
図9】第1実施形態に係る結晶化度算出処理を示すフロー図である。
【
図10】第2実施形態に係る結晶化度算出処理を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態について図面に基づき詳細に説明する。
【0012】
(装置構成)
図1は、本発明の一実施形態に係る結晶化度測定装置の構成を示す図である。同図に示すように結晶化度測定装置10は、X線回折装置12、演算装置14、記憶部16及び表示部18を含んでいる。なお、他のX線回折装置から取得される測定パターンに基づいて結晶化度を算出する場合には、結晶化度測定装置10はX線回折装置12を含む必要がない。この場合には、結晶化度測定装置10は演算装置14、記憶部16及び表示部18から構成されてよく、記憶部16には他のX線回折装置から取得される測定パターンが事前に記憶される。
【0013】
X線回折装置12は、X線回折測定を行う。具体的にはX線回折装置12は、試料に既知波長のX線を入射し、散乱X線の強度を測定する。回折角度2θの値ごとのX線強度のデータは測定パターンとしてX線回折装置12から演算装置14に出力される。なお、演算装置14に出力される測定パターンは、ローレンツ偏光因子による補正(Lp補正)を施したものであってよい。X線回折装置12は、10度程度の十分に小さな最小角2θLから、120度程度の十分に大きな最大角2θHまで、各回折角度で散乱X線の強度を測定可能である。なお、本明細書において、X線回折装置12で測定するX線強度のプロファイル(回折角度の変化に対するX線強度の変化を示すデータ)を「X線散乱パターン」と記す。X線散乱パターンは、試料が結晶質の場合には、特に「X線回折パターン」となる。
【0014】
本実施形態では、X線散乱パターンの測定対象となる試料として、一部が結晶状態となり残りが非晶質状態となり得る粉状又は流動性の高分子等の対象物質に、1又は複数のフィラー等の他の粉状等の既知の物質(被混合物質)が混合されたものを扱う。試料作成時、試料を構成する複数物質の種類や重量比は既知である。各物質の化学式や化学式量も既知である。さらに、被混合物質のX線散乱パターンも既知である。以下の説明では、測定対象物質をバルク固体状とする。このような測定対象物質が合成されるとき、粉状あるいは流動性を持つ高分子と、複数のフィラー等の他の粉状等の既知物質が混合される。こうした混合物に成型および加熱処理が加えられ、試料である製品の樹脂材が作られる。なお、本発明はバルク固体状の試料のみならず、粉状の試料にも適用できるのは勿論である。
【0015】
演算装置14は、例えば公知のコンピュータシステムにより構成されており、CPUやメモリを含んでいる。演算装置14にはSSD(Solid State Disk)やHDD(Hard Drive Disk)などのコンピュータ可読情報記憶媒体により構成された記憶部16が接続されている。記憶部16には、本発明の一実施形態に係る結晶化度測定プログラムが記憶されており、このプログラムを演算装置14が実行することにより、本発明の一実施形態に係る装置や方法が具現化される。記憶部16にはさらに、試料に含まれる各物質の化学式情報(化学式、化学式量、当該物質に含まれる原子それぞれの電子数)、各物質の重量比も記憶されている。また、上記被混合物質のX線散乱パターン等も記憶されている。
【0016】
表示部18は、演算装置14による演算結果を表示する表示デバイスである。例えば表示部18は、対象物質の結晶化度を数値やグラフにより表示する。
【0017】
(試料測定及び結晶化度算出の概要)
図2は、測定対象となる試料のX線散乱パターンy
BP_obsの一例を模式的に示す図である。同図に示されるX線散乱パターンy
BP_obsはX線回折装置12により測定され、記憶部16に記憶される。なお、理由は後述するが、試料のX線散乱パターンは、最小2θ
Lから打切り角2θ
Tという、限定された角度範囲にて測定される(2θ
T<2θ
H)。
【0018】
上述のように試料には複数の被混合物質が含まれ得るが、ここでは1種類の被混合物質が含まれていると仮定し、
図3に、その被混合物質のX線散乱パターンy
x
BP-obsの一例を示す。同図に示すパターンは、事前にX線回折装置12により測定されたものであってもよいし、他のX線回折装置により測定されたものであってもよい。被混合物質のX線散乱パターンy
x
BP-obsは、2θ
Lから2θ
Hの角度範囲にわたって用意される。このような被混合物質のX線散乱パターンy
x
BP-obsは事前に記憶部16に記憶される。被混合物質のX線散乱パターンy
x
BP-obsには、図中破線で示されるバックグラウンド強度も含まれるが、この情報も記憶部16に記憶される。バックグラウンド強度は、被混合物質中の各単成分を結晶化させた物質、又は同物質に組成が近い結晶性の物質のX線回折パターンを事前に測定すれば、そこから容易に抽出することができる。
【0019】
なお、被混合物質は非晶質であってもよいし、結晶質であっても、或いはそれらの混合物であってもよい。結晶質である場合には、被混合物質のX線散乱パターンは回折パターンとなる。また、試料に複数の被混合物質が含まれる場合には、各物質について上記と同様のデータを記憶部16に記憶しておけばよい。或いは、所定の重量分率を有するそれら複数の被混合物質を全体として1つの被混合物質とみなし、当該1つの被混合物質について上記と同様のデータを記憶部16に記憶しておけばよい。
【0020】
図4は、
図2に示される測定パターンのうち対象物質の寄与分を示している。同図に示されるX線散乱パターンy
1
BPは、
図3に示される被混合物質のX線散乱パターンy
x
BP_obsに適切なスケール因子S
Ckを乗算してなるパターンを、
図2に示される試料全体のX線散乱パターンy
BP_obsから減算することにより得られる。スケール因子S
Ckの算出方法は後述する。
【0021】
図5は、対象物質のうち結晶質部分によりもたらされるX線回折パターンy
1
Cを示している。
図5に示されるパターンは、
図4に示されるパターンからピーク(回折線)を抽出することにより容易に得ることができる。なお、結晶性の被混合物質を含まない場合には、
図5に示されるパターンは、
図2に示されるパターンから直接得るようにしてもよい。なお、対象物質のX線回折パターンy
1
Cは、2θ
Lから2θ
M(2θ
M<2θ
T)の範囲において得られる。2θ
Mは、それより大きな回折角度ではX線回折線が観測不可能であるとして、事前に決定された回折角度である。
【0022】
後述する第1実施形態では、
図5に示される結晶パターンy
1
Cにおける2θ
Lから2θ
Mを積分範囲とした積分強度(ローレンツ偏向因子による補正(Lp補正)付き)を、
図4に示される対象物質パターンy
1
BPにおける2θ
Lから2θ
Mを積分範囲とした積分強度(Lp補正付きであり、且つバックグラウンド強度の影響を除去したもの)で除した値を、対象物質の結晶化度(DOC
M)としている。
【0023】
また、後述する第2実施形態では、同様に、
図5に示される結晶パターンy
1
C、及び
図4に示される対象物質パターンy
BP_obsを用いるが、所定の漸化式を用いた逐次近似法により、第1実施形態より更に精度の高い結晶化度(DOC)を求める。
【0024】
なお、本実施形態では、測定対象とした試料自体について、或いは同じ組成を有する別の試料について、
図6に示されるように2θ
Lから2θ
Hまでの角度範囲でX線散乱パターンを事前に測定している。このパターンy
0
BP_obsは、上述のスケール因子S
Ckを算出する際に用いられる。
【0025】
(理論的背景: 結晶化度)
ここで、演算装置14による結晶化度計算の理論的背景について説明する。演算装置14での分析は、本発明者により創出された比較的新しい定量分析手法を応用し、対象物質の結晶化度を、結晶質部分と非晶質部分との重量分率を示すものとして定式化する。また、上記の新しい定量分析手法を応用して、上述のスケール因子SCkを算出する。上記定量分析手法は、例えばJ. Appl. Cryst. (2016). 49, 1508-1516、特許第6231726号公報、国際公開2017/149913号等にも記載されている。
【0026】
下記式(1)は上記の新しい定量分析手法により導かれる、各物質に由来する積分強度Ykの関係式である。kは物質を示す序数である。
【0027】
【0028】
ここでYkは次式(2)により示される。y(2θ)kはk番目の物質のX線散乱パターンである。G(2θ)はLp補正因子である。積分範囲は、全積分範囲、例えば10度程度の2θLから120度程度の2θHまでである。
【0029】
【0030】
また、akの逆数は次式(3)により与えられる。ここで、N
A
はk番目の物質の化学式中に含まれる原子の数である。nkiはk番目の物質の化学式中に含まれるi番目の原子の電子数である。Mkは試料に含まれるk番目の物質の化学式量である。
【0031】
【0032】
式(1)はまた次式(4)のように表すことができる。
【0033】
【0034】
対象物質の結晶質部分と非晶質部分との重量比を結晶化度と定義すると、k番目の物質の結晶化度DOCは次式(5)で示される。ここで、WkCはk番目の物質における結晶質部分の重量である。WkAはk番目の物質における非晶質部分の重量である。wkCはk番目の物質における結晶質部分の重量分率である。wkAはk番目の物質における非晶質部分の重量分率である。
【0035】
【0036】
試料におけるk番目の物質の重量分率をwkと表すと、wkは次式(6)により表される。
【0037】
【0038】
ここでk=1とし、1番目の物質を結晶化度の算出対象、すなわち対象物質とする。式(5)に式(6)を代入し、更に式(4)を代入すると、1番目の物質の結晶化度DOCについて、次式(7)が得られる。ここで、Y1cは1番目の物質の結晶質部分に由来するX線回折パターンy1
CのLp補正付き積分強度である(式(19)参照)。Y1Aは1番目の物質の非晶質部分に由来するX線回折パターンのLp補正付き積分強度である。いずれも積分範囲は、全範囲、例えば2θLから2θHである。
【0039】
【0040】
式(7)によれば、対象物質全体のX線散乱パターンのLp補正付き積分強度Y1、及び対象物質における結晶質部分のX線回折パターンのLp補正付き積分強度Y1Cが分かれば、結晶化度DOCを求めることができる。
【0041】
(理論的背景: バックグランド強度)
上述のようにX線散乱パターンにはバックグランド強度を含む。k番目の物質のX線散乱パターン全体をy(2θ)k
BPとし、バックグラウンド強度をy(2θ)BGとし、k番目の物質のみに由来する成分をy(2θ)kとすれば、次式(8)が成立する。
【0042】
【0043】
ここでy(2θ)k
BP、y(2θ)k及びy(2θ)BGのそれぞれの積分強度は式(9)~式(11)により示される。これらの式は、任意且つ共通の積分範囲について成立する。
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
式(8)より、Yk
BP、Yk、Bkは次式(12)の関係を有する。
【0048】
【0049】
k番目の物質のバックグランド比率Rkを次式(13)により定義すれば、式(12)は式(14)のように書き換えられる。
【0050】
【0051】
【0052】
すなわち、式(14)によりバックグラウンド付きの積分強度Yk
BPと、バックグラウンド無しの積分強度Ykとは、バックグラウンド比率Rkを用いて相互に変換できる。
【0053】
(理論的背景: 結晶化度DOCの計算(その1))
DD法によれば、k番目の物質の計算積分強度Yk
BP_calcは、次式(15)により与えられる。
【0054】
【0055】
k番目の物質の積分強度Y
k
BPは、試料全体の観測された積分強度Y
BP_calcを計算積分強度Y
k
BP_calcの比で案分したものと考えられるから、次式(16)が成立する。
【数16】
【0056】
ここで、YBP_calcは次式(17)で与えられ、Dは次々式(18)で与えられる。
【0057】
【0058】
【0059】
すなわち、対象物質である1番目の物質の積分強度Y1
BPは、試料全体の観測された積分強度YBP_obsと、試料中の全物質のRk、wk及びakと、に基づいて算出することができる。これらの情報は、試料調製時にすべて把握することができる。また、式(14)を用いてY1
BPをY1に変形することができる。さらに、対象物質の結晶質部分の積分強度Y1Cは、次式(19)により計算できる。このようにして取得されるY1及びY1Cを式(7)に代入することにより、結晶化度DOCを得ることができる。
【0060】
【0061】
(理論的背景: 結晶化度DOCの計算(その2))
新しい定量分析手法を基礎として導出された式(7)の結晶化度DOCは、積分強度Y1C、Y1を算出する際の積分範囲が全範囲であることを前提としている。これらの値を計算するためには、対象物質に含まれる結晶質部分からのX線散乱パターンを正確に特定することが必要である。しかしながら、結晶質部分からの回折パターンy1
Cは、高角領域で回折強度が弱いことから、非晶質部分や他の物質からの散乱パターンに埋もれてしまい、特定が困難である。このことはY1C、及び結晶化度DOCを過小評価することに繋がる。
【0062】
そこで結晶化度DOCのより確からしい近似値を算出するため、積分強度Y1C、Y1を算出する際の積分範囲を制限することを検討する。
【0063】
試料全体のバックグラウンド付きのX線散乱パターンy(2θ)BPは、次式(20)により表される。ここで、y(2θ)1
BPは1番目の物質(対象物質)のバックグラウンド付きのX線散乱パターンである。y(2θ)k
BPはk番目の物質(被混合物質)のバックグラウンド付きのX線散乱パターンである。SCkはスケール因子である。
【0064】
【0065】
ここで、被混合物質についてy(2θ)k
BPが既知であれば、式(20)及び式(16)より、k=2~Kについて、次式(21)が成立する。そして、同式(21)より、スケール因子SCkを得ることができる。
【0066】
【0067】
こうして得られるスケール因子SCkを用いれば、次式(22)のようにして任意の積分範囲(2θX~2θY)について、対象物質の積分強度YXY
BP(=Y1
BP)は次式(22)により求めることができる。
【0068】
【0069】
任意の積分範囲(2θX~2θY)について、対象物質の結晶質部分の積分強度YC-XY(=Y1
C)についても、次式(23)により求めることができる。
【0070】
【0071】
これらの値を式(7)に代入することにより、対象物質の結晶化度DOCを近似的に求めることができる。
【0072】
ここで、こうして積分範囲を制限して得られる結晶化度の精度を評価する。
【0073】
図7は、種々の積分範囲2θ
X~2θ
Yにおける対象物質の積分強度Y
XYを示している。ここで、XはL、M又はTである。YはM、T又はHである。また、以下において、Y
C-XYは、対象物質の結晶質部分の積分範囲2θ
X~2θ
Yにおける積分強度である。Y
A-XYは、対象物質の非晶質部分の積分範囲2θ
X~2θ
Yにおける積分強度である。
【0074】
以上の表記に従えば、式(7)は次式(24)のように表現できる。
【0075】
【0076】
また、積分範囲を2θL~2θMに制限した場合における結晶化度をDOCMと表記すれば、DOCMは次式(25)のように定義できる。
【0077】
【0078】
式(24)の結晶化度DOCと式(25)の結晶化度DOCMとの誤差ΔDOCMは次式(26)のように表される。
【0079】
【0080】
式(26)は次式(27)のように変形できる。
【0081】
【0082】
ここで、式(27)の右辺の括弧内の値である次式(28)は、発明者の検討によれば、0.11程度である。
【0083】
【0084】
また、式(27)の右辺のうち、次式(29)の部分は、発明者の検討によれば、2θMが70度前後において0.5程度である。
【0085】
【0086】
このため、結晶化度が40%程度の場合には、ΔDOCMは0.0088程度と見積もることができる。このことは、他の誤差が少ない限り、積分範囲を制限したとしても次式(30)が成立すること、すなわちDOCMはDOCの良い近似値であることを意味している。
【0087】
【0088】
(理論的背景: 結晶化度DOCの計算(その3))
DOCMはDOCの良い近似値であるが、試料のX線散乱パターンを2θMより高角の2θTまで測定する場合、さらに真値に近づけることができる。
【0089】
まず式(31)に示すように初期値DOCTを定義する。
【0090】
【0091】
式(24)の結晶化度DOCと式(31)の結晶化度DOCTとの誤差ΔDOCTは次式(32)のように表される。
【0092】
【0093】
ΔDOCTは次式(33)のように変形できる。
【0094】
【0095】
ここで式(30)より次式(34)が得られ、式(33)は式(35)のように変形できる。
【0096】
【0097】
【0098】
DOC、DOCT、ΔDOCTには式(36)の関係があるから、式(35)を用いて式(37)の漸化式が得られる。
【0099】
【0100】
【0101】
式(37)において右辺のDOCの初期値としてDOCTを代入し、左辺のDOCを計算する。そして、こうして得られたDOCを再度右辺のDOCに代入する。これを繰り返すことにより、真値に近い結晶化度DOCを得ることができる。
【0102】
(第1実施形態)
以下、第1実施形態について説明する。第1実施形態は、上述の「結晶化度DOCの計算(その2)」に対応している。
【0103】
本実施形態では、まず
図8のフロー図に従ってスケール因子S
Ckを計算する。このため、演算装置14は初期パターンy
0
BP_obs(
図6参照)を記憶部16から読み出す(S100)。
【0104】
次に、演算装置14は被混合物質の既知パターンy
x
BP-obs(
図3参照)を記憶部16から読み出す(S101)。ここでは被混合物質は1種類であり、被混合物質に対するkは2である。
【0105】
さらに演算装置14は、試料を構成する各物質(対象物質及び被混合物質)について、化学式、化学式量Mk、該物質の化学式に含まれる原子それぞれの電子数nki、重量分率wk、バックグラウンド比率Rkを、記憶部16から読み出す。
【0106】
その後、演算装置14は、式(21)に従って、スケール因子SC2を計算し、記憶部16に格納する(S103)。
【0107】
次に、演算装置14は
図9のフロー図に従って結晶化度DOC
Mを計算する。このためまず、演算装置14は測定パターンy
BP_obs(
図2参照)を記憶部16から読み出す(S200)。測定パターンy
BP_obsは試料全体のX線散乱パターンであり、X線回折装置12により測定されるものである。
【0108】
次に、演算装置14は被混合物質の既知パターンy
x
BP_obs(
図3)を記憶部16から読み出す(S201)。さらに、S103で計算されたスケール因子S
C2を記憶部16から読み出す(S202)。
【0109】
演算装置14は、S200~S202において得られたデータに基づいて、対象物質パターンy
1
BP(
図4参照)を計算する(S203)。対象物質パターンy
1
BPは式(22)の右辺の被積分関数のうちLp補正因子G(2θ)を除く部分である。
【0110】
また、演算装置14は、S203で得られた対象物質パターンy
1
BPの2θ
L~2θ
Mの角度範囲から回折線を抽出し、これにより結晶パターンy
1
C(
図5参照)を抽出する(S204)。
【0111】
その後、演算装置14は積分強度YLMを計算する(S205)。具体的には、式(22)によりYLM
BPを計算する。さらに、記憶部16に予め記憶されたバックグラウンド比率R1(積分範囲2θL~2θMで計算されたもの)を読み出し、式(14)を用いてYLM
BPをYLMに変換する。なお、対象物質のX線散乱パターンy1
BPには、図中破線で示されるバックグラウンド強度も含まれるが、この情報は記憶部16に記憶されている。バックグラウンド強度は、被混合物質を結晶化させた物質、又は同物質に組成が近い結晶性の物質のX線回折パターンを事前に測定すれば、そこから容易に抽出することができる。また、記憶部16には、2θL~2θMの積分範囲で計算された対象物質に関するバックグラウンド比率R1も、事前に記憶されている。
【0112】
さらに、演算装置14はS204で得られた結晶パターンy1
Cを2θL~2θMの角度範囲で、且つLp補正付きで積分し、積分強度YC-LMを取得する(S206)。そして、S206で得られたYC-LMをS205で得られたYLMで除し、結晶化度DOCMを得る(S207)。以上の処理によれば、対象物質について結晶化度の確からしい値を得ることができる。
【0113】
(第2実施形態)
以下、第2実施形態について説明する。第1実施形態は、上述の「結晶化度DOCの計算(その3)」に対応している。
【0114】
本実施形態では、まず演算装置14が
図8のフロー図に従ってスケール因子S
Ckを計算する。この処理は第1実施形態と同様であるのでここでは説明を省略する。
【0115】
次に、演算装置14は
図10のフロー図に従って結晶化度DOCを計算する。同図におけるS300~S306については、
図9におけるS200~S206と同様であるのでここでは説明を省略する。
【0116】
S307において、演算装置14は積分強度YMTを計算する。具体的には、式(22)によりYMT
BPを計算する。さらに、記憶部16に予め記憶されたバックグラウンド比率R1(積分範囲2θM~2θTで計算されたもの)を読み出し、式(14)を用いてYMT
BPをYMTに変換する。
【0117】
次に演算部14は式(31)にS305~S307で得られた値を代入し、初期値DOCTを計算する(S308)。そして、漸化式(37)の右辺にS305、S307及びS308で得られた値を代入し、左辺のDOCを得る。この計算を所定回数、或いはDOCの値が収束するまで繰り返し、最終的なDOCを得る(S309)。以上の処理によれば、対象物質について結晶化度のより確からしい値を得ることができる。
【0118】
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲内で種々の変形実施が可能であり、そうした変形実施もまた本発明の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0119】
10 結晶化度測定装置、12 X線回折装置、14 演算装置、16 表示部、18 記憶部。