IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ DOWAメタルテック株式会社の特許一覧

特許7525322Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材、その製造方法および導電ばね部材
<>
  • 特許-Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材、その製造方法および導電ばね部材 図1
  • 特許-Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材、その製造方法および導電ばね部材 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-22
(45)【発行日】2024-07-30
(54)【発明の名称】Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材、その製造方法および導電ばね部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20240723BHJP
   C22C 9/10 20060101ALI20240723BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20240723BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20240723BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240723BHJP
【FI】
C22C9/06
C22C9/10
C22F1/08 B
C22F1/08 P
C22F1/08 Q
H01B1/02 C
C22F1/00 602
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630F
C22F1/00 630G
C22F1/00 661A
C22F1/00 681
C22F1/00 683
C22F1/00 684B
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020128592
(22)【出願日】2020-07-29
(65)【公開番号】P2022025645
(43)【公開日】2022-02-10
【審査請求日】2023-05-30
(73)【特許権者】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】依藤 洋
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 宏
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 宏治
(72)【発明者】
【氏名】菅原 章
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/064547(WO,A1)
【文献】特開2017-043789(JP,A)
【文献】国際公開第2009/123159(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/104615(WO,A1)
【文献】特開2010-007174(JP,A)
【文献】特開2008-075151(JP,A)
【文献】国際公開第2018/174081(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/209485(WO,A1)
【文献】特開2009-179864(JP,A)
【文献】国際公開第2014/196563(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00 - 9/10
C22F 1/08
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、NiとCoの合計:1.00~6.00%、Si:0.30~1.40%、Ag:0~0.30%、Al:0~1.00%、B:0~0.20%、Be:0~0.15%、Cr:0~0.50%、Fe:0~1.00%、Mg:0~0.50%、Mn:0~1.00%、P:0~0.20%、S:0~0.20%、Sn:0~1.00%、Ti:0~0.50%、Zn:0~1.00%、Zr:0~0.30%、残部Cuおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により観測される下記(A)に規定の溶質原子のクラスタを1.0×1023個/m以上の個数密度で含む銅合金板材。
(A)Ni、Co、Siの1種以上の原子を含み、Ni、Co、Siの原子を「原子X」と総称するとき、互いに最も近接する原子X同士の原子中心間距離が0.40nm以下に保たれており、それらの原子Xの合計数が10~400個の範囲にあるクラスタ。
【請求項2】
圧延平行方向の引張強さが750MPa以上である請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項3】
長手方向が圧延平行方向のJIS 5号引張試験片を用いたひずみ速度1×10-5(/s)での引張試験による公称応力-公称ひずみ曲線において、0.2%耐力に達してから破断するまでの間に、応力が下降に転じたのち再度上昇に転じるまでの応力下降幅が1.0MPa以上となる応力下降部を10箇所以上有するセレーションが観測される、請求項1または2に記載の銅合金板材。
【請求項4】
質量%で、NiとCoの合計:1.00~6.00%、Si:0.30~1.40%、Ag:0~0.30%、Al:0~1.00%、B:0~0.20%、Be:0~0.15%、Cr:0~0.50%、Fe:0~1.00%、Mg:0~0.50%、Mn:0~1.00%、P:0~0.20%、S:0~0.20%、Sn:0~1.00%、Ti:0~0.50%、Zn:0~1.00%、Zr:0~0.30%、残部Cuおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する銅合金の中間製品板材から、溶体化処理、時効処理、仕上冷間圧延、低温焼鈍を上記の順に含む工程により、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により観測される下記(A)に規定の溶質原子のクラスタを1.0×10 23 個/m 以上の個数密度で含む板材を製造するに際し、
溶体化処理は、500℃から800℃までの平均昇温速度が10~150℃/sとなるように昇温し、800~1050℃で10~600秒保持し、800℃から500℃までの平均冷却速度が50~200℃/sとなるように冷却する条件で行い、
時効処理は、200~400℃で4~10時間保持した後、425~550℃で1~10時間保持する2段階の条件で行い、
仕上冷間圧延は、圧延率を5%以上とする条件で行い、
低温焼鈍は、150℃から300℃までの平均昇温速度が10~150℃/sとなるように昇温し、300~500℃で10~300秒保持し、300℃から150℃までの平均冷却速度が30~150℃/sとなるように冷却する条件で行う、
銅合金板材の製造方法。
(A)Ni、Co、Siの1種以上の原子を含み、Ni、Co、Siの原子を「原子X」と総称するとき、互いに最も近接する原子X同士の原子中心間距離が0.40nm以下に保たれており、それらの原子Xの合計数が10~400個の範囲にあるクラスタ。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載の銅合金板材を材料に用いた導電ばね部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐久性に優れる高強度Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材およびその製造方法に関する。また、前記Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材を用いた導電ばね部材に関する。なお、本明細書で言う「Cu-Ni-Co-Si系銅合金」には、Ni、Coのうち、Niのみを含有する「Cu-Ni-Si系銅合金」およびCoのみを含有する「Cu-Co-Si系銅合金」が含まれる。
【背景技術】
【0002】
Cu-Ni-Co-Si系銅合金は、銅合金の中でも強度と導電性のバランスが比較的良好であり、コネクタ等の導電ばね部材に有用である。近年、電子機器の小型化・軽量化に伴いコネクタ材の薄肉化が進んでおり、それらの素材となる銅合金板材には良好な導電性と高い強度が求められる。一方、コネクタ等の導電ばね部材の信頼性を向上させるには、「耐疲労特性」や「耐へたり性」といった耐久性の改善が重要となる。耐疲労特性については、従来、繰り返し応力の付与回数が10回での疲労強度によって評価されることが一般的であった。しかし、車載用の導電ばね部材では一層の信頼性向上のために、10回での疲労強度が高いだけでなく、10回においても疲労強度が高く維持される性能が望まれるようになってきた。Cu-Ni-Co-Si系銅合金の板材では、従来、このようなハイレベルの耐久性ニーズに応えることはできなかった。また、耐へたり性については、曲げ加工部を有する実装部品に近い形状の試験片を用いて性能を評価することも重要である。
【0003】
特許文献1には(220)面の半価幅を制御することによって強度、曲げ加工性および高サイクルでの疲労強度を改良したCu-Ni-Co-Si系銅合金板材が記載されている。その疲労強度は10回で評価されている。特許文献2にはCube方位の割合を適正化する手法を利用して曲げ加工性、強度、導電性、応力緩和特性を改善したCu-Ni-Co-Si系銅合金板材が記載されている。特許文献3には溶体化処理での冷却速度を制御する手法を利用して高強度化を図ったCu-Ni-Co-Si系銅合金板材が記載されている。特許文献4には析出物のサイズ、個数密度を制御することにより耐へたり性を改善したCu-Ni-Co-Si系銅合金板材が記載されている。しかし、これらの文献に記載の製造工程では10回での疲労強度を高く維持することは困難であり、厳しい条件での耐久性に関しては更なる信頼性向上が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-224898公報
【文献】特開2012-246549号公報
【文献】特開2015-187308号公報
【文献】国際公開第2010/064547号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、両振り式疲労試験で評価される10回での疲労強度と、曲げ加工部を有する実装部品に近い形状の試験片を用いて評価される耐へたり性が顕著に改善された、耐久性に優れる高強度Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材を提供すること、およびそれを用いた導電ばね部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
Cu-Ni-Co-Si系銅合金の高強度化には、粒子径5~10nm程度の微細な(Ni,Co)-Si系析出物による析出強化機構を利用することが一般的である。発明者らは、この析出強化機構を利用しながら、溶質原子の集合体であるクラスタが分散した組織状態とすることにより、上記の耐久性を顕著に向上させることが可能になることを見出した。そのような組織状態は、一部の析出物が擬似固溶したと考えられる組織を経由して溶質原子をクラスタ化するという技術思想に基づき、低温と高温の2段階の時効処理、冷間圧延および低温焼鈍を組み合わせた工程により実現できる。
本明細書では、上記目的を達成するために、以下の発明を開示する。
【0007】
[1]質量%で、NiとCoの合計:1.00~6.00%、Si:0.30~1.40%、Ag:0~0.30%、Al:0~1.00%、B:0~0.20%、Be:0~0.15%、Cr:0~0.50%、Fe:0~1.00%、Mg:0~0.50%、Mn:0~1.00%、P:0~0.20%、S:0~0.20%、Sn:0~1.00%、Ti:0~0.50%、Zn:0~1.00%、Zr:0~0.30%、残部Cuおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により観測される下記(A)に規定の溶質原子のクラスタ(集合体)を1.0×1023個/m以上の個数密度で含む銅合金板材。
(A)Ni、Co、Siの1種以上の原子を含み、Ni、Co、Siの原子を「原子X」と総称するとき、互いに最も近接する原子X同士の原子中心間距離が0.40nm以下に保たれており、それらの原子Xの合計数が10~400個の範囲にあるクラスタ。
[2]圧延平行方向の引張強さが750MPa以上である上記[1]に記載の銅合金板材。
[3]長手方向が圧延平行方向のJIS 5号引張試験片を用いたひずみ速度1×10-5(/s)での引張試験による公称応力-公称ひずみ曲線において、0.2%耐力に達してから破断するまでの間に、応力が下降に転じたのち再度上昇に転じるまでの応力下降幅が1.0MPa以上となる応力下降部を10箇所以上有するセレーションが観測される、上記[1]または[2]に記載の銅合金板材。
[4]質量%で、NiとCoの合計:1.00~6.00%、Si:0.30~1.40%、Ag:0~0.30%、Al:0~1.00%、B:0~0.20%、Be:0~0.15%、Cr:0~0.50%、Fe:0~1.00%、Mg:0~0.50%、Mn:0~1.00%、P:0~0.20%、S:0~0.20%、Sn:0~1.00%、Ti:0~0.50%、Zn:0~1.00%、Zr:0~0.30%、残部Cuおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する銅合金の中間製品板材から、溶体化処理、時効処理、仕上冷間圧延、低温焼鈍を上記の順に含む工程により板材を製造するに際し、
溶体化処理は、500℃から800℃までの平均昇温速度が10~150℃/sとなるように昇温し、800~1050℃で10~600秒保持し、800℃から500℃までの平均冷却速度が50~200℃/sとなるように冷却する条件で行い、
時効処理は、200~400℃で4~10時間保持した後、425~550℃で1~10時間保持する2段階の条件で行い、
仕上冷間圧延は、圧延率を5%以上とする条件で行い、
低温焼鈍は、150℃から300℃までの平均昇温速度が10~150℃/sとなるように昇温し、300~500℃で10~300秒保持し、300℃から150℃までの平均冷却速度が30~150℃/sとなるように冷却する条件で行う、
銅合金板材の製造方法。
上記において、溶体化処理後、時効処理前に、必要に応じて冷間圧延を施してもよい。
[5]上記[1]~[3]のいずれかに記載の銅合金板材を材料に用いた導電ばね部材。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、Cu-Ni-Co-Si系銅合金の高強度板材において、耐疲労特性および耐へたり性の顕著な改善が実現できた。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明例No.5について、圧延方向の引張試験による公称応力-公称ひずみ曲線の一部を例示した図。
図2】耐へたり性試験片(コネクタ部品であるジャック)の形状および荷重付与位置を示した試験片断面図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[化学組成]
以下、合金成分に関する「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0011】
Ni、Coは、Ni-Co-Si系、Ni-Si系またはCo-Si系の析出物を形成する。本明細書では、これらの組成系の析出物をまとめて「(Ni,Co)-Si系析出物」と記載する。(Ni,Co)-Si系析出物のなかでも、粒子径(長径)が5~10nm程度の微細なものは、強度と導電性の向上に大きく寄与する。本発明では、(Ni,Co)-Si系析出物による析出強化を利用するとともに、溶質原子であるNi、Co、Si原子のクラスタを形成させることにより材料の耐久性を向上させる。それらの効果を十分に発揮させるためにはNiとCoの合計含有量を1.00%以上とする必要があり、2.00%以上とすることがより好ましい。Ni含有量については0~4.00%の範囲とすることがより好ましく、1.00~4.00%の範囲とすることが更に好ましい。Co含有量については0~3.50%の範囲とすることがより好ましく、0.5~3.5%の範囲とすることが更に好ましい。一方、NiとCoの合計含有量が過剰であると導電率が低下するとともに、製造が困難になりコストが高くなる。NiとCoの合計含有量は6.00%以下に制限され、5.00%以下に管理してもよい。
【0012】
Siは、Ni、Coとともに、(Ni,Co)-Si系析出物の形成および溶質原子クラスタの形成をもたらす。これらの効果を十分に発揮させるためには0.3%以上のSi含有量を必要とする。0.4%以上のSi含有量を確保することがより好ましい。Siが過剰であると粗大な析出物が生成しやすく、熱間圧延時に割れやすい。Si含有量は1.50%以下に制限される。1.20%以下に管理してもよい。
【0013】
その他の元素として、必要に応じてAg、Al、B、Cr、Fe、Mg、Mn、P、S、Sn、Ti、Zn、Zr等を含有させることができる。これらの元素の含有量範囲は、Ag:0~0.30%、Al:0~1.00%、B:0~0.20%、Be:0~0.15%、Cr:0~0.50%、Fe:0~1.00%、Mg:0~0.50%、Mn:0~1.00%、P:0~0.20%、S:0~0.20%、Sn:0~1.00%、Ti:0~0.50%、Zn:0~1.00%、Zr:0~0.30%とすることができる。
【0014】
Ag、Al、B、Be、Cr、Fe、Mg、Mn、P、S、Sn、Ti、Zn、Zrの1種または2種以上を含有させる場合は、それらの合計含有量を0.01%以上とすることがより効果的である。ただし、多量に含有させると、熱間または冷間加工性に悪影響を与え、かつコスト的にも不利となる。これら任意添加元素の総量は1.0%以下、あるいは0.5%以下とすることがより望ましい。
【0015】
[クラスタの個数密度]
本発明の銅合金板材は、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡により観測される下記(A)に規定の溶質原子のクラスタ(集合体)を1.0×1023個/m以上の個数密度で含んでいることに組織上の特徴がある。
(A)Ni、Co、Siの1種以上の原子を含み、Ni、Co、Siの原子を「原子X」と総称するとき、互いに最も近接する原子X同士の原子中心間距離が0.40nm以下に保たれており、それらの原子Xの合計数が10~400個の範囲にあるクラスタ。
【0016】
3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡での元素分析データに基づく3次元アトムマップを解析することにより、特定元素の原子が特定距離で近接している特定サイズのクラスタを識別することができ、その存在密度を知ることができる。解析方法としては「Maximum separation method」を適用することができる。発明者らは多くの実験例について、3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡による分析を行って上記の解析方法でクラスタの存在密度を求め、クラスタの存在密度と耐疲労特性・耐へたり性の関係を調べた。その結果、発明者らは、上記(A)に示す要件を満たすクラスタが1.0×1023個/m以上の個数密度で存在している組織状態とすることによって、Cu-Ni-Co-Si系銅合金板材の耐疲労特性・耐へたり性を顕著に改善することができることを見出した。この種のクラスタは、転位と溶質原子の化学的相互作用(いわゆる「鈴木効果」)による「固着硬化」と類似の作用を発揮して転位の運動を妨げ、それによって耐疲労特性や耐へたり性が大きく向上するのではないかと推察される。特に高い疲労強度を得るには上記(A)に規定のクラスタの個数密度は10.0×1023個/m以上であることがより効果的である。合金中のNiとCoの合計含有量やSi含有量が高くなると、同じ製造条件であれば、上記(A)に規定のクラスタの個数密度も増加する傾向が見られる。その個数密度の上限については特に制限しないが、例えば200.0×1023個/m以下の範囲で調整すれば十分である。
【0017】
[引張強さ、導電率]
小型化、薄肉化の要求が高いコネクタ等の導電ばね部材に使用するためには、圧延方向の引張強さが750MPa以上であることが望ましく、950MPa以上、あるいは1100MPa以上に調整することもできる。導電率は20%IACS以上であることが望ましく、25%IACS以上であることがより望ましい。
【0018】
[セレーション]
クラスタの存在に起因して上述の「固着硬化」と類似の現象が発現することは、引張試験の応力ひずみ曲線においてセレーションが生じることから裏付けられる。
図1に、本発明例No.5について、JIS 5号引張試験片を用いたひずみ速度1×10-5(/s)での圧延方向の引張試験による公称応力-公称ひずみ曲線の一部を拡大して例示する。公称応力-公称ひずみ曲線のセレーションは、応力が下降に転じたのち再度上昇に転じるまでの「応力下降部」の区間が繰り返し訪れることによって形成される。図4中には、応力下降幅が1.0MPa以上となる応力下降部が2箇所見られる。
【0019】
後述の製造工程によって得られた、耐疲労特性および耐へたり性の顕著な改善効果が見られるCu-Ni-Co-Si系銅合金板材では、JIS 5号引張試験片を用いたひずみ速度1×10-5(/s)での圧延方向の引張試験による公称応力-公称ひずみ曲線において、0.2%耐力に達してから破断するまでの間に、応力下降幅が1.0MPa以上となるような大きい「応力下降部」を10箇所以上有するセレーションが観測される。前記の応力下降幅はクラスタと転位との相互作用の強さを示しており、「応力下降部」の個数はクラスタの密度との相関関係があると推測している。このようなセレーション現象から、本発明に従う銅合金板材は、上述の溶質原子クラスタが分散した組織状態であることが肯定される。
【0020】
[疲労強度]
本発明に従うCu-Ni-Co-Si系銅合金板材は、両振り式の疲労試験において10回での疲労強度が高いだけでなく、10回での疲労強度の低下も小さく抑えられている。具体的には、10回および10回の疲労強度(MPa)をそれぞれσおよびσとすると、σが200MPa以上、かつ減衰比σ/σが0.8以上という優れた耐久性を呈する。
【0021】
例えば、後述の実施例に示す本発明例No.2のσおよびσはそれぞれ280MPaおよび260MPaであり、減衰比σ/σは0.93である。一方、比較例No.46のσおよびσはそれぞれ260MPaおよび170MPaであり、減衰比σ/σは0.65であった。このような優れた耐疲労特性は上述のクラスタが分散した組織状態に起因する効果であると考えられる。高密度に分散されたクラスタは転位の運動を妨げ、ストライエーション(すべり帯)の発生を抑制する。このため、疲労試験においてき裂の進展が妨げられ、優れた耐疲労特性が得られたと推測される。
【0022】
[耐へたり性]
本発明に従うCu-Ni-Co-Si系銅合金板材は、曲げ加工部を有する実装部品に近い形状の試験片において、優れた耐へたり性を呈する。ここでは、後述の本発明例No.12、および比較例No.38について行った耐へたり性試験結果を例示する。耐へたり性試験は以下のようにして行った。
【0023】
(耐へたり性試験方法)
図2に示す形状の試験片1(コネクタ部品であるジャック)を作製し、試験片1の一端を拘束治具2で盤面3に固定し、盤面3からの最大高さ位置(「頂部」という)に荷重Pを繰り返し付与する方法で100,000回の耐へたり性試験を行った。試験片は、圧延方向を曲げ軸とする曲げ加工部を有し、曲げ軸方向(当該図面に垂直な方向)の試験片幅は1.2mm、U字曲げ加工部(図2中に「R」と表示した箇所)の曲げ半径Rは0.8mm、試験開始前の頂部高さhは2.85mmである。試験開始前の頂部高さ位置を原点とし、押込み治具により原点から下方に1.45mm(一定)の押込み量で1サイクルあたりの時間を15.5秒として繰り返しの変位を与え、各サイクルでの変位中に押込み治具に掛かる荷重(N)を測定した。
【0024】
本発明例No.12、比較例No.38とも、試験片の板厚は0.20mmである。試験前の頂部高さをh(mm)、試験後の頂部高さをh(mm)とするとき、ヘタリ量はh-hで表される。本発明例No.12のヘタリ量は0.20mm、比較例No.38のヘタリ量は0.37mmであった。
【0025】
導電ばね部材において材料の「へたり」が進行すると、相手部材との間の接触力が十分に確保できなくなり、コネクタとしての機能が果たせなくなる。上記の本発明例No.12と比較例No.38について、2サイクル目、50,000サイクル目、100,000サイクル目の荷重曲線を調べた。その結果、比較例No.38では50,000回で変位中の荷重がかなり低下しており、100,000回では変位中の荷重はほとんどゼロになった。これに対し本発明例No.12では50,000回でも初期(2サイクル目)と同等の荷重を維持しており、100,000回では1.45mmの変位を付与したときに0.2Nを超える荷重が観測され、耐へたり性の顕著な改善が認められた。このような優れた耐へたり性も、上述のクラスタが高密度に分散した組織状態に起因する効果であると考えられる。
【0026】
[製造方法]
以上説明した銅合金板材は、例えば以下のような製造工程により作ることができる。
溶解・鋳造→熱間圧延→冷間圧延→(中間焼鈍→冷間圧延)→溶体化処理→(時効前冷間圧延)→時効処理→仕上冷間圧延→低温焼鈍
なお、上記工程中には記載していないが、熱間圧延後には必要に応じて面削が行われ、各熱処理後には必要に応じて酸洗、研磨、あるいは更に脱脂が行われる。以下、各工程について説明する。
【0027】
[溶解・鋳造]
連続鋳造、半連続鋳造等により鋳片を製造すればよい。Si、Mgなどの酸化を防止するために、不活性ガス雰囲気または真空溶解炉で行うのがよい。
【0028】
[熱間圧延]
鋳片を920~1060℃で1~10時間以上加熱したのち、熱間圧延を施すことが好ましい。最終パスの圧延温度は700℃以上とすることが好ましい。熱間圧延終了後には、水冷などにより急冷することが好ましい。
【0029】
[冷間圧延]
常法により冷間圧延を施し、次工程の溶体化処理に供するための中間製品板材を得る。必要に応じて中間焼鈍を挟んだ複数回の冷間圧延を施すことができる。冷間圧延での圧延率(中間焼鈍を挟む場合は最後の中間焼鈍後の圧延率)は90.0~99.5%の範囲で設定することが好ましい。
ある板厚t(mm)からある板厚t(mm)までの圧延率は、下記(1)式により定まる。
圧延率(%)=[(t-t)/t]×100 …(1)
【0030】
[溶体化処理]
上記のようにして得られた「中間製品板材」に溶体化処理を施す。溶体化処理は、500℃から800℃までの平均昇温速度が10~150℃/sとなるように昇温し、800~1050℃で10~600秒保持し、800℃から500℃までの平均冷却速度が50~200℃/sとなるように冷却する条件で行う。このようなヒートパターンで溶体化処理を実施した場合において、最終的に溶質原子のクラスタが分散した前述の組織状態を得ることができる。
【0031】
[時効前冷間圧延]
時効処理の前には必要に応じて冷間圧延を行うことができる。本明細書では、この段階での冷間圧延を「時効前冷間圧延」と呼んでいる。時効前冷間圧延の圧延率は50%以下の範囲で設定することが好ましい。35%以下としてもよい。
【0032】
[時効処理]
次いで時効処理を行う。前述の溶質原子のクラスタは、析出物の前駆体のようなものであると考えられ、超微細析出物と捉えることもできる。そのようなクラスタは溶体化材を時効処理することによってある程度は形成させることができるが、時効処理だけで高密度に形成させることは困難である。そこで、まず溶体化材を時効処理して析出物を形成させ、その後に仕上冷間圧延と低温焼鈍を組み合わせたプロセスにてクラスタの高密度化を図る。現時点でクラスタ化のメカニズムは明らかでないが、析出物が擬似固溶したのち、おそらくそれらの析出物を構成していた溶質原子が集まることによってクラスタが現れるのではないかと考えられる。したがって、この時効処理では、強度に寄与する微細析出物を生成させるとともに、後工程の仕上冷間圧延と低温焼鈍での「擬似固溶→クラスタ化」の組織変化に寄与しうると考えられる析出形態を実現する必要がある。
【0033】
発明者らは時効処理条件について詳細な研究を行った。その結果、1段目を低温で行い、2段目をそれより高温で行うという、2段階の温度で保持する条件を採用する。具体的には、1段目を200~400℃で4~10時間保持する条件で行い、2段目を425~550℃で1~10時間保持する条件で行う。1段目の保持を行ったのち、その炉内で2段目の保持温度に昇温するヒートパターンを適用することが効率的である。1段目の時効では、200~400℃の範囲内に設定した時効温度T(℃)に対し、例えば±20℃の範囲にある温度(ただし200~400℃を外れない温度)で4~10時間保持すればよい。2段目の時効では、425~550℃の範囲内に設定した時効温度T(℃)に対し、例えば±20℃の範囲にある温度(ただし425~550℃を外れない温度)で1~10時間保持すればよい。また、1段目の時効温度T(℃)と2段目の時効温度T(℃)の差T-Tは50℃以上とすることがより効果的である。1段目から2段目への昇温は、例えば400~425℃の平均昇温速度が30℃/h以上となるように、迅速に昇温することが経済的である。炉内雰囲気は例えば窒素ガス雰囲気とすることができる。なお、「時効前冷間圧延」を施した場合には、それによって導入されたひずみが核生成サイトとなり、クラスタの形成を促進させる効果が得られると考えられる。
【0034】
[仕上冷間圧延]
上記時効処理を終えた時効材に、圧延率5%以上の冷間圧延を施す。この冷間圧延は最終的な製品板厚に仕上げる圧延であることから、仕上冷間圧延と呼んでいる。圧延率5%以上の加工を付与することで最終的にクラスタ化の現象が生じるようになる。15%以上の圧延率とすることがより好ましい。圧延率の上限については特に規定しないが、通常、95%以下の範囲で設定すればよく、80%以下、あるいは70%以下の範囲で設定してもよい。発明者らは、この仕上冷間圧延で一部の析出物が擬似固溶すると推察している。最終板厚は例えば0.03~0.40mmとすることができる。
【0035】
[低温焼鈍]
仕上冷間圧延後の板材に、低温焼鈍を施す。低温焼鈍は、150℃から300℃までの平均昇温速度が10~150℃/sとなるように昇温し、300~500℃で10~300秒保持し、300℃から150℃までの平均冷却速度が30~150℃/sとなるように冷却する条件で行う。この条件での低温焼鈍によって、上述(A)に規定される溶質原子のクラスタが1.0×1023個/m以上の個数密度で存在する組織を得ることができる。
【実施例
【0036】
表1に示す化学組成の銅合金を溶製し、縦型半連続鋳造機を用いて鋳造した。得られた鋳片を熱間圧延したのち冷間圧延して中間製品板材を得た。その中間製品板材に、溶体化処理、時効処理、仕上冷間圧延、低温焼鈍を順次施し、最終的な製品板材を得た。一部の例(No.7、10)では溶体化処理と時効処理の間で「時効前冷間圧延」を実施した。各工程の製造条件および各圧延工程後の板厚は、表2、表3、表4、表5(以下、「表2~表5」と略記する。)に示してある。
時効処理はバッチ式の焼鈍炉を用いて、一部の例(比較例No.31~34、46、47)を除き、2段階の保持温度で行った。時効処理の炉内雰囲気ガスは窒素とした。1段目および2段目において、それぞれ表2~表5中に記載の温度(ほぼ一定)で同表に記載の時間保持した。1段目の保持温度から2段目の保持温度へ平均昇温速度は10~100℃/hの範囲であった。低温焼鈍は連続式熱処理炉で行った。
このようにして得られた製品板材(供試材)について以下の調査を行った。
【0037】
(クラスタの個数密度)
3次元アトムプローブ電界イオン顕微鏡(アメテック社製、LEAP-4000HR)により元素分析を行い、試料内部の元素分布を原子レベルで3次元的に求めた。
試料は集束イオンビーム(日立ハイテク社製、FB2100)で加工した。
測定は、試料温度:80K、試料サイズ:40×40×10nmとして行った。解析ソフトウェア:IVAS、解析方法:Maximum separation methodにより、3次元アトムマップの解析を行い、下記(A)の条件を満たすクラスタの個数密度(個/m)を求めた。
(A)Ni、Co、Siの1種以上の原子を含み、Ni、Co、Siの原子を「原子X」と総称するとき、互いに最も近接する原子X同士の原子中心間距離が0.40nm以下に保たれており、それらの原子Xの合計数が10~400個の範囲にあるクラスタ。
各供試材について試験数N=5回の測定を行い、各回で求めたクラスタの個数密度の平均値を当該供試材の成績値として採用した。
【0038】
(疲労強度)
幅方向が圧延方向、長手方向が圧延直角方向である幅3mm、長さ15~25mmの試験片(穴あけなし)を用いて、疲労試験装置(日本テクノプラス株式会社製;RF-RT)により共振法での両振り式疲労試験を行った。振幅を測定するレーザースポットの位置は試験片の端部から1mmの位置とした。ヤング率が初期(試験前)のヤング率の98%となったときに材料が「疲労」したと判断した。20MPa刻みの種々の応力でそれぞれ測定を行い、10回で疲労が生じない最大応力を疲労強度σ(MPa)、10回で疲労が生じない最大応力を疲労強度σ(MPa)とした。この操作を1つの供試材で5回実施し、5回のσおよびσの平均値(1の位は四捨五入)をそれぞれ当該供試材の疲労強度σおよびσとして採用した。また、そのσとσから疲労強度の減衰比σ/σを算出した。
【0039】
この試験において10回の疲労強度が200MPa以上、かつ減衰比σ/σが0.80以上となるCu-Ni-Co-Si系銅合金板材は、耐疲労特性が従来よりも顕著に向上していると評価することができる。なお、ヤング率は、当該板材から採取した長手方向が圧延並行方向であるJIS 5号引張試験片についてJISZ 2241:2011に基づきクロスヘッド変位速度vcが0.02mm/sである引張試験を行って0.1秒毎にひずみと応力の値を記録し、応力が100MPaから400MPaまでの間で記録されたひずみと応力の全データを用いて応力-ひずみ直交座標系における回帰直線を最小二乗法により定めたときの、当該回帰直線の傾きとした。
【0040】
(コネクタ部品の耐久性)
各供試材を素材として図2に示す形状のコネクタ部品を作製し、上掲の「耐へたり性試験方法」に記載の方法で試験を行った。ただし、試験開始前の頂部高さh(初期高さ)は、板厚0.10mmの場合2.75mm、板厚0.15mmの場合2.80mm、板厚0.20mmの場合2.85mm、板厚0.25mmの場合2.90mm、板厚0.27mmの場合2.92mmである。100,000回の試験後の頂部高さhを測定し、ヘタリ量はh-hを求めた。また、100,000回の試験後に押込み治具により原点から下方に1.45mm(一定)の押込み量の変位を与えたときの荷重(N)が0.2N以上であるものを荷重評価;○、それ以外を荷重評価;×とした。上記ヘタリ量が0.25mm以下であり、かつ荷重評価が○であるCu-Ni-Co-Si系銅合金板材は、導電ばね部材としての耐久性が従来よりも顕著に向上していると評価することができる。
【0041】
(引張強さ)
各供試材から圧延方向の引張試験片(JIS 5号)を採取し、試験数N=3でJIS Z2241に準拠した引張試験行い、引張強さを測定した。N=3の平均値を当該供試材の成績値とした。圧延方向の引張強さが750MPa以上のものを合格と判定した。
【0042】
(導電率)
JIS H0505に準拠してダブルブリッジ、平均断面積法により導電率を測定した。導電率が25%IACS以上のものを合格と判定した。
【0043】
(セレーション)
JIS 5号引張試験片を用いてひずみ速度1×10-5(/s)での圧延方向の引張試験による公称応力-公称ひずみ曲線を求めた。ひずみ速度を上記の条件としたこと以外はZ2241に準拠した方法で引張試験を行った。得られた公称応力-公称ひずみ曲線において、0.2%耐力に達してから破断するまでの間に、応力が下降に転じたのち再度上昇に転じるまでの応力下降幅が1.0MPa以上となる応力下降部(図1参照)が何箇所現れるかを調べた。0.2%耐力に達してから破断するまでの間に、このような応力加工部が10箇所以上現れるCu-Ni-Co-Si系銅合金板材は、クラスタによる転位の固着作用が生じていると考えられることから、セレーション評価;○とした。それ以外のものをセレーション評価;×とした。
以上の結果を表2~表5に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
【表3】
【0047】
【表4】
【0048】
【表5】
【0049】
本発明例のものはいずれも、上記(A)に規定される溶質原子のクラスタを1.0×1023個/m以上の個数密度で有しており、耐疲労特性および耐へたり性の顕著な改善効果が認められた。これに対し比較例のものは、化学組成や製造条件に本発明の規定を満たしていない部分があり、上記(A)に規定される溶質原子のクラスタを1.0×1023個/m以上の個数密度で有する組織状態は得られていない。その結果、耐疲労特性や耐へたり性の改善は不十分であった。
【符号の説明】
【0050】
1 コネクタ部品であるジャック形状の試験片
2 拘束治具
3 盤面
図1
図2