(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-07-23
(45)【発行日】2024-07-31
(54)【発明の名称】ステント内再狭窄の予防のための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 35/28 20150101AFI20240724BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20240724BHJP
A61P 41/00 20060101ALI20240724BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240724BHJP
A61L 31/16 20060101ALI20240724BHJP
【FI】
A61K35/28
A61P9/10
A61P9/10 101
A61P41/00
A61P43/00 107
A61L31/16
(21)【出願番号】P 2020571280
(86)(22)【出願日】2020-02-07
(86)【国際出願番号】 JP2020004698
(87)【国際公開番号】W WO2020162580
(87)【国際公開日】2020-08-13
【審査請求日】2023-02-06
(31)【優先権主張番号】P 2019020707
(32)【優先日】2019-02-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】307014555
【氏名又は名称】北海道公立大学法人 札幌医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】本望 修
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 祐典
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 優子
(72)【発明者】
【氏名】岡 真一
(72)【発明者】
【氏名】中崎 公仁
(72)【発明者】
【氏名】前澤 理恵
【審査官】長部 喜幸
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/097147(WO,A1)
【文献】ZHANG, G. W. et al.,Mechanisms of the protective effects of BMSCs promoted by TMDR with heparinized bFGF-incorporated st,J. Cell. Mol. Med.,2011年,Vol. 15, No. 5,pp. 1075-1086
【文献】JIN, G. Z. et al.,IMPLANTATION OF STENT COATED WITH ANTIBODY AGAINST MESENCHYMAL STEM CELLS PREVENTS RESTENOSIS,Acta Medica Mediterranea,2013年,Vol. 29,pp. 785-789
【文献】LI, X. et al.,Effects of Human Umbilical Cord Mesenchymal Stem Cell Therapy on CD61, CD62P and CD54 in Elderly Pat,Journal of the American Geriatrics Society,2013年,Vol. 61, No. s3,p. S338, Abstract Number: P101
【文献】WU, X. et al.,Mesenchymal stem cell seeding promotes reendothelialization of the endovascular stent,J. Biomed Mater Res Part A,2011年,Vol. 98A, No. 3,pp. 442-449
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/28
A61L 31/16
A61L 27/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステント内再狭窄を予防するための医薬組成物であって、骨髄又は血液由来の
ヒト間葉系幹細胞を含み、ステント留置を受けた患者に静脈内投与されることを特徴とする、医薬組成物
であって、1回の投与で0.5×10
8
個以上の細胞が投与される、前記医薬組成物。
【請求項2】
前記患者が、アテローム性動脈硬化、心筋梗塞を含む虚血性心疾患、脳梗塞及び一過性脳虚血発作(TIA)を含む虚血性脳血管障害、閉塞性動脈硬化症(ASO)、バージャー病、全身の血管における動脈硬化性病変、解離性動脈瘤を含む血管解離性病変、及び動脈瘤から選ばれるいずれかの疾患に罹患している又は罹患していた患者である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記ステント留置が、頸動脈ステント留置(CAS)又は経皮的血管形成・ステント留置(PTAS)である、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
1回の投与で、
10
8
個以上の細胞が投与されることを特徴とする、請求項1~3のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記間葉系幹細胞が、前記患者の骨髄又は血液由来の間葉系幹細胞である、請求項1~4のいずれかに記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本明細書は、本願の優先権の基礎である特願2019-020707(2019年2月7日出願)の明細書に記載された内容を包含する。
技術分野
本発明は、ステント留置を受けた患者に投与される間葉系幹細胞を含む医薬組成物に関する。本発明の医薬組成物は、ステント留置を受けた患者に投与され、患部の組織修復・再生を促すとともに、ステント内再狭窄を予防する。
【背景技術】
【0002】
頸動脈あるいは頭蓋内アテローム性動脈硬化症の治療で実施される頸動脈ステント留置(Carotid Artery Stenting: CAS)又は経皮的血管形成・ステント留置(Percutaneous Transluminal Angioplasty and Stenting: PTAS)において、術後のステント内再狭窄は脳卒中(脳梗塞)の再発につながる重篤な合併症である。これまでの研究では、CAS後の同側脳梗塞再発のリスクは低いと報告されているが、PTAS後に中程度以上の再狭窄は内膜切除よりも頻繁に起こり、再狭窄は同側再発脳卒中及び一過性虚血発作(Transient Ischemic Attack: TIA)のリスクを増加させる。手術手技の向上にもかかわらず、頭蓋内アテローム性動脈硬化症のPTAS後のステント内再狭窄も重大な合併症として報告されており、発生率は最大31%であった。狭窄は、患者の39%において脳卒中又はTIAをもたらす。総じて、これらの知見は、同側虚血性脳卒中又はTIAを予防し、CASとPTASの後の臨床転帰を改善するためのPTAS後のステント内再狭窄の予防の必要性を強調している。
【0003】
ステント内再狭窄のメカニズムとして、ステントストラットに対する炎症反応によって誘発される新生内膜過形成の可能性が挙げられる(非特許文献1及び2)。心臓病学では、炎症反応の抑制による新生内膜過形成を予防することによって再狭窄率を低下させる薬剤溶出ステント(Drug Eluting Stent: DES)が開発されている。頭蓋内動脈疾患に対するDESの適用外使用も試みられてきたが、ステントの剛性及び神経毒性による技術的障害のために、術前合併症率が高い。従って、新生内膜過形成を阻害するための新しいアプローチの開発が望まれる。
【0004】
骨髄由来の間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell: MSC)の静脈内投与は、再灌流障害、梗塞容積を減少させ、実験的脳卒中モデルにおける行動機能を改善することが報告されている(特許文献1~5)。神経保護、神経新生、軸索再生誘導、血管新生、血液脳関門の回復、再ミエリン化、皮質接続の保存、神経可塑性及び遠隔応答をもたらす神経栄養因子の分泌などのMSCの治療機構に加えて、最近の研究から示唆されるメカニズムには、様々な抗炎症メディエーター(非特許文献3~7)の放出による炎症微小環境の安定化(非特許文献8)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2002/000849号
【文献】WO2009/034708号
【文献】WO2018/034023号
【文献】WO2018/034314号
【文献】WO2017/188457号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Dussaillant GR, et al: Small stent size and intimal hyperplasia contribute to restenosis: a volumetric intravascular ultrasound analysis. J Am Coll Cardiol 26:720-724, 1995
【文献】Hoffmann R, et al: Patterns and mechanisms of in-stent restenosis. A serial intravascular ultrasound study. Circulation 94:1247-1254, 1996
【文献】Lankford KL, et al: Intravenously delivered mesenchymal stem cell-derived exosomes target M2-type macrophages in the injured spinal cord. PLoS One 13:e0190358, 2018
【文献】Nakazaki M, et al: Intravenous infusion of mesenchymal stem cells inhibits intracranial hemorrhage after recombinant tissue plasminogen activator therapy for transient middle cerebral artery occlusion in rats. J Neurosurg 127:917-926, 2017
【文献】Prockop DJ, et al: Mesenchymal stem/stromal cells (MSCs): role as guardians of inflammation. Mol Ther 20:14-20, 2012
【文献】Shi Y, et al: Immunoregulatory mechanisms of mesenchymal stem and stromal cells in inflammatory diseases. Nat Rev Nephrol, 2018
【文献】Sasaki Y, et al: Synergic Effects of Rehabilitation and Intravenous Infusion of Mesenchymal Stem Cells After Stroke in Rats. Phys Ther 96:1791-1798, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、ステント留置を受けた患者にも投与可能な組織修復・再生用医薬組成物の提供、さらにはPTAS後の再狭窄とそれに伴う脳卒中又はTIAの再発を予防するための新規な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、MSCの静脈内投与がブタモデルを用いて移植されたステントストラットへの炎症反応を抑制することにより、新生内膜過形成を抑制するという仮説を立てた。発明者らは、ミニブタに2種類のベアメタルステントを挿入し、一方のステントはヒト中大脳動脈(Middle Cerebral Artery: MCA)に相当する総頸動脈(Common Carotid Artery: CCA)に、他方のステントはヒトCCAに相当する表在性頸動脈(Superficial Cervical Artery: SCA)に移植し、血管造影(DSA)及び血管内超音波検査(IVUS)を用いた画像解析を行った。さらに、MSC投与後のステントストラット周囲の炎症性変化を含む組織学的所見を評価した。そして、ステント留置を受けた患者にもMSCの投与が可能であり、しかも、これにより、ステントが留置されたCCA及びSCAにおいて新生内膜過形成の進行を抑制できることを確認した。
【0009】
本発明は、上記知見に基づいて完成されたものであり、以下の(1)~(15)に関する。
(1)組織修復・再生用医薬組成物であって、間葉系幹細胞を含み、ステント留置を受けた患者に投与されることを特徴とする、医薬組成物。
(2)前記患者が、アテローム性動脈硬化、心筋梗塞を含む虚血性心疾患、脳梗塞及び一過性脳虚血発作(TIA)を含む虚血性脳血管障害、閉塞性動脈硬化症(ASO)、バージャー病、全身の血管における動脈硬化性病変、解離性動脈瘤を含む血管解離性病変、及び動脈瘤から選ばれるいずれかの疾患に罹患している又は罹患していた患者である、(1)に記載の医薬組成物。
(3)前記ステント留置が、頸動脈ステント留置(CAS)又は経皮的血管形成・ステント留置(PTAS)である、(1)又は(2)に記載の医薬組成物。
(4)1回の投与で、106個以上の細胞が投与されることを特徴とする、(1)~(3)のいずれかに記載の医薬組成物。
(5)前記間葉系幹細胞が骨髄又は血液由来の間葉系幹細胞である、(1)~(4)のいずれかに記載の医薬組成物。
(6)前記間葉系幹細胞が、前記患者の骨髄又は血液由来の間葉系幹細胞である、(1)~(5)のいずれかに記載の医薬組成物。
(7)ステント内再狭窄(ステント内での新生内膜過形成)を予防する、(1)~(6)のいずれかに記載の医薬組成物。
(8)ステント内再狭窄を予防するための医薬組成物であって、間葉系幹細胞を含み、ステント留置を受けた患者に投与されることを特徴とする、医薬組成物。
(9)前記患者が、アテローム性動脈硬化、心筋梗塞を含む虚血性心疾患、脳梗塞及び一過性脳虚血発作(TIA)を含む虚血性脳血管障害、閉塞性動脈硬化症(ASO)、バージャー病、全身の血管における動脈硬化性病変、解離性動脈瘤を含む血管解離性病変、及び動脈瘤から選ばれるいずれかの疾患に罹患している又は罹患していた患者である、(8)に記載の医薬組成物。
(10)前記ステント留置が、頸動脈ステント留置(CAS)又は経皮的血管形成・ステント留置(PTAS)である、(8)又は(9)に記載の医薬組成物。
(11)1回の投与で、106個以上の細胞が投与されることを特徴とする、(8)~(10)のいずれかに記載の医薬組成物。
(12)前記間葉系幹細胞が骨髄又は血液由来の間葉系幹細胞である、(8)~(11)のいずれかに記載の医薬組成物。
(13)前記間葉系幹細胞が、前記患者の骨髄又は血液由来の間葉系幹細胞である、(8)~(12)のいずれかに記載の医薬組成物。
(14)ステント内再狭窄(ステント内での新生内膜過形成)を予防する、(8)~(13)のいずれかに記載の医薬組成物。
(15)ステント内再狭窄を予防する方法であって、ステント留置を受けた患者に間葉系幹細胞を静脈内投与することを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ステント留置を受けた患者にも投与可能な組織修復・再生用医薬組成物が提供される。本発明の医薬組成物は、PTAS後のステント内再狭窄を防止し、脳卒中の再発やTIAの発生を防止することができる。間葉系幹細胞には、心筋梗塞や脳梗塞などの虚血性血管障害における損傷部位の再生を促し、運動機能障害を改善させる効果があることが知られている。また、損傷部位(病変部)におけるシナプス形成と可塑性促進効果により、認知症、慢性期の脳梗塞、慢性期の脊髄損傷、神経変性疾患、精神疾患、高次機能障害等の治療効果を有することも知られている。したがって、本発明の医薬組成物は、ステント内再狭窄を予防するとともに、上記した症状に対しても、好ましい効果を有することが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は実施例の実験プロトコルを示す。(A)ステント移植14日後、ミニブタをプラセボ投与群とMSC投与群に無作為に分け、プラセボまたはMSC(各1.0x10
8細胞)を静脈内投与。血管造影(DSA)及び血管内超音波検査(IVUS)を、投与直前及び1日、7日、28日目に実施。(B)28日目の評価後における、ステント留置血管および反対側総頸動脈(対照)の血管造影(矢印はCCA及びSCA)。
【
図2】
図2は血管造影の結果を示す。CWを留置したCCA(A:プラセボ投与群、B:MSC投与群)、MLを留置したSCA(C:プラセボ投与群、D:MSC投与群)。狭窄を定量化した結果(狭窄率)をE及びFに示す(E:CWを留置したCCA、F:MLを留置したSCA)。Scale bars = 4mm(A,B)、1mm(C,D)。 * p<0.05、** P<0.01、(CW:Carotid WALLSTENT(登録商標)、ML:Multi-Link 8(登録商標))。
【
図3】
図3はIVUSの結果を示す。CWを留置したCCA(A:プラセボ投与群、B:MSC投与群)、MLを留置したSCA(C:プラセボ投与群、D:MSC投与群)。狭窄を定量化した結果(狭窄率)をE及びFに示す(E:CWを留置したCCA、F:MLを留置したSCA)。Scale bars = 2mm(A,B)、1mm(C,D)。 * p<0.05
【
図4】
図4はHE染色の結果(低倍率顕微鏡画像)を示す。対照動脈(A:プラセボ投与群、D:MSC投与群)、CCA(B:プラセボ投与群、E:MSC投与群)、SCA(C: プラセボ投与群、F:MSC投与群)。狭窄を定量化した結果(狭窄率)をG及びHに示す(G:CWを留置したCCA、H:MLを留置したSCA)。Scale bars = 10mm(A,B,D,E)、5mm(C,F)。 * p<0.05、** P<0.01
【
図5】
図5はHE染色の結果(高倍率顕微鏡画像)を示す。対照動脈(A:プラセボ投与群、D:MSC投与群)、CCA(B:プラセボ投与群、E:MSC投与群)、SCA(C: プラセボ投与群、F:MSC投与群)。狭窄を定量化した結果(狭窄率)をG及びHに示す(G:CWを留置したCCA、H:MLを留置したSCA)。Scale bars = 10mm(A,D)、5mm(B,C,E,F)。 ** P<0.01
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、ステント留置後の患者にも投与可能な組織修復・再生用医薬組成物に関する。
【0013】
1.間葉系幹細胞
本発明の医薬組成物で使用される「間葉系幹細胞」とは、間葉系組織の間質細胞の中に微量に存在する多分化能及び自己複製能を有する幹細胞であり、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞などの結合組織細胞に分化するだけでなく、神経細胞や心筋細胞への分化能を有することが知られている。
【0014】
間葉系幹細胞のソースとしては、ES細胞や誘導多能性幹細胞(iPS細胞)から分化誘導した細胞であっても、株化された細胞であっても、生体から単離・増殖させた細胞であってもよい。生体の場合、骨髄、末梢血、臍帯血、胎児胚、脳などが挙げられるが、骨髄又は血液由来の間葉系幹細胞、とくに骨髄間葉系幹細胞、なかでもヒト骨髄間葉系幹細胞が好ましい。骨髄由来の間葉系幹細胞は、1)顕著な効果が期待できる、2)副作用の危険性が低い、3)充分なドナー細胞の供給が期待できる、4)非侵襲的な治療であり自家移植が可能であるので、5)感染症のリスクが低い、6)免疫拒絶反応の心配がない、7)倫理的問題がない、8)社会的に受け入れられやすい、9)一般的な医療として広く定着しやすいなどの利点がある。さらに、骨髄移植療法は既に臨床の現場で用いられている治療であり、安全性も確認されている。また、骨髄由来の幹細胞は遊走性が高く、局所への移植ばかりか、静脈内投与によっても目的の損傷組織へ到達し、治療効果が期待できる。
【0015】
細胞は、他家細胞由来でも自家細胞由来であってもよいが、自家細胞由来(患者自身の細胞に由来する)間葉系幹細胞が好ましい。
【0016】
本発明で使用される間葉系幹細胞は未分化な状態であることが好ましい。未分化な状態の細胞は増殖率及び生体内導入後の生存率が高いからである。未分化な状態は、例えば、分化マーカーであるCD24が発現していないことにより確認することができる。発明者らは、そのような細胞の取得方法も開発しており、その詳細はWO2009/002503号に記載されている。
【0017】
発明者らが開発した前記方法では、骨髄液等から抗凝固剤(ヘパリン等)と実質的に接触しない条件で分離した細胞を、同種血清(好ましくは、自家血清;ヒト用医薬組成物ではヒト血清)を含み、かつ、抗凝固剤(ヘパリン等)を含まないかあるいは極めて低濃度で含む培地を用いて増殖させる。「抗凝固剤を含まないかあるいは極めて低濃度で含む」とは、抗凝固剤として有効量の抗凝固剤を含まないことを意味する。具体的には、例えばヘパリンやその誘導体であれば、通常抗凝固剤としての有効量は約20-40μ/mL程度であるが、発明者が開発した方法では、あらかじめ試料採取のための採血管に加える量を最小限とすることで、生体から採取された試料中の量は5U/mL未満、好ましくは2U/mL未満、さらに好ましくは0.2U/mL未満となり、細胞を培養する際に培地中に存在する量は、培地の容積に対して0.5U/mL未満、好ましくは0.2U/mL未満、さらに好ましくは0.02U/mL未満となる(WO2009/034708号参照)。
【0018】
培地における細胞の密度は、細胞の性質及び分化の方向性に影響を与える。間葉系幹細胞の場合、培地中の細胞密度が8,500個/cm2を超えると、細胞の性質が変化してしまうため、最大でも8,500個/cm2以下で継代培養させることが好ましく、より好ましくは、5,500個/cm2以上になった時点で継代培養させる。
【0019】
発明者らが開発した前記方法ではヒト血清含有培地を使用するため、血清ドナーの負担を考慮して、培地交換はなるべく少ない回数であることが望ましく、例えば、少なくとも週1回、より好ましくは週1~2回の培地交換を行う。
【0020】
培養は、細胞の総数が108個以上になるまで継代培養を繰り返し行う。必要とされる細胞数は、使用目的に応じて変化し得るが、例えば、脳梗塞などの虚血性脳疾患の治療のための移植に必要とされる間葉系幹細胞の数は107個以上、本発明では106個以上と考えられる。発明者らが開発した方法によれば、12日間程度で107個の間葉系幹細胞を得ることができる。
【0021】
増殖した間葉系幹細胞は、必要に応じて、使用されるまで凍結保存などの手法で(例えば、-152℃のディープフリーザーにて)保存してもよい。凍結保存には、血清(好ましくはヒト血清、より好ましくは自家血清)、デキストラン、DMSOを含む培地(RPMI等の哺乳動物細胞用の培地)を凍結保存液として使用する。例えば、通常の濾過滅菌したRPMI 20.5mLと、患者から採取した自己血清20.5 mL、デキストラン5 mL、DMSO 5mLを含む凍結保存液に細胞を懸濁して-150℃で凍結保存することができる。例えば、DMSOとしては、ニプロ株式会社製のクライオザーブ、デキストランは大塚製薬製の低分子デキストランL注を使用できるが、これらに限定されない。
【0022】
上記のようにして調製した間葉系幹細胞は、a)間葉系幹細胞を含む培養物にサイトカインを添加し、間葉系幹細胞がCX3CL1を発現していることを確認し、あるいは、b)間葉系幹細胞がEGFR及び/又はITGA4を発現していることを確認することにより、当該間葉系幹細胞の品質・機能を確認してもよい。
【0023】
使用する「炎症性サイトカイン」としては、TNF-α、INFγ、IL-1、IL-6、IL-8、IL-12、IL-18が挙げられ、なかでもTNF-α、INFγ、及びIL-6を含むことが好ましく、TNF-α、INFγ、及びIL-6の混合物を使用することがより好ましい。
【0024】
前記方法は、(サイトカイン未添加)培養物中におけるBDNF、VEGF、及びHGFから選ばれるいずれか1以上の存在を確認する工程をさらに含んでいてもよい。とくに、BDNF及び/又はVEGFの存在を確認することが重要であり、BDNFの存在を確認することが最も重要である。
【0025】
炎症性サイトカインの添加により間葉系幹細胞がCX3CL1を発現すれば、当該間葉系幹細胞は炎症調整作用(免疫調整作用)に優れることが期待でき、間葉系幹細胞の90%以上がEGFR及び/又はITGA4を発現していれば、当該間葉系幹細胞は損傷部位への集積能に優れることが期待できる。また、培地中にBDNF、VEGF、及びHGFなどの栄養因子のいずれかが存在すれば神経保護作用の高い間葉系幹細胞を含むことが期待でき、なかでもBDNF及び/又はVEGFの存在、とくにBDNFの存在は神経保護作用の高いMSCの重要な指標でありうる。間葉系幹細胞は未刺激でもBDNF、VEGF及び/又はHGFを分泌するが、分泌能の確認は、未刺激の細胞からの分泌を評価してもよいし、炎症性サイトカイン刺激後の細胞からの分泌を評価してもよい。
【0026】
上記CX3CL1、EGFR、ITGA4、BDNF、VEGF、HGFの発現は、遺伝子レベルよりも、タンパクレベルでの発現を指標とすることが好ましく、EGFRやITGA4などの細胞表面タンパクの場合は、簡便さと感受性の点からフローサイトメトリー(FCM)を用いて測定することが好ましく、CX3CL1、BDNF、VEGF、HGFなどの分泌タンパクの場合は、簡便さと感受性の点からビーズアッセイを用いることが好ましい。
【0027】
2.本発明の医薬組成物
本発明の医薬組成物は、ステント留置を受けた患者に投与される組織修復・再生用医薬組成物である。「ステント内再狭窄」とは、PTAS後に、留置ステント内における新生内膜過形成によって生じる再狭窄を言う。典型的には、再狭窄はステント留置後3~6月後に生じ、脳梗塞の再発や虚血再発作につながる重大な合併症である。本発明の医薬組成物は、このステント内再狭窄を予防するための医薬組成物である。
【0028】
「組織修復・再生用医薬」とは、損傷部位の修復を幇助するための、もしくは加齢による老化した部位の修復を幇助するための医薬を意味する。組織は、特に限定されないが、たとえば、脳や脊髄を含む神経系組織、腎臓、膵臓、肝臓、腸、胃、消化器官、肺臓、心臓、脾臓、血管、血液、皮膚、骨、軟骨、歯、および前立腺等を例示できる。組織修復・再生用医薬の対象となる疾患や障害としては、具体的には、腎障害、肝障害、糖尿病を含む膵臓障害、前立腺肥大、高脂血症、失語症および認知症を含む高次脳機能障害、蘇生後脳症、狭心症や心筋梗塞を含む虚血性心疾患、脳梗塞や動脈硬化などの虚血性脳血管障害、脊髄損傷等を挙げることができるが、これらに限定されない(WO2009/034708号参照)。
【0029】
本発明の医薬組成物に含まれる間葉系幹細胞の細胞数は多い程好ましいが、患者への投与時期や、培養に要する時間を勘案すると、効果を示す最小量であることが実用的である。したがって、本発明の医薬組成物の好ましい態様において、間葉系幹細胞の細胞数は、106個以上、好ましくは5×106個以上、より好ましくは107個以上、より好ましくは5×107個以上、より好ましくは108個以上、さらに好ましくは5×108個以上である。
【0030】
本発明の医薬組成物は、好ましくは非経口投与製剤、より好ましくは非経口全身投与製剤、特に静脈内投与製剤である。非経口投与に適した剤形としては、溶液性注射剤、懸濁性注射剤、乳濁性注射剤、用時調製型注射剤等の注射剤や移植片などが挙げられる。非経口投与用製剤は、水性又は非水性の等張性無菌溶液又は懸濁液の形態であり、例えば、薬理学上許容される担体もしくは媒体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、培地(とくに、RPMI等の哺乳動物細胞の培養に用いられる培地)、PBSなどの生理緩衝液、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、賦形剤、ビヒクル、防腐剤、結合剤等とを適宜組み合わせて、適切な単位投与形態に製剤化される。また、薬剤溶出ステント(Drug Eluting Stent: DES)等に保持させてもよい。
【0031】
注射用の水溶液としては、例えば、生理食塩水、培地、PBSなどの生理緩衝液、ブドウ糖やその他の補助剤を含む等張液、例えばD-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム等が挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールや非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80、HCO-50等と併用してもよい。
【0032】
本発明の医薬組成物の初回投与は、好ましくは、PTAS後180日以内、より好ましくは0日~90日、より好ましくは0日~60日、さらにより好ましくは0日~30日だが、これに限定されるものではない。
【0033】
3.本発明の医薬組成物の投与対象
本発明の医薬組成物は、ステント留置を受けた患者に投与される。「ステント留置」は、狭窄した動脈を血管内部から再開通させるため、大動脈解離などの解離性病変を処置するため、あるいは、動脈瘤において血管を補強するために、血管内部にステントを挿入し、配置・留置する治療である。ステント留置には、頸動脈ステント留置(CAS)と、経皮的血管形成・ステント留置(PTAS)などの方法があるが、これに限定されない。
【0034】
CASは、頸動脈の狭窄部位にステントを留置して、血管を拡張させる治療方法である。PTASは、血管内にバルーンカテーテルを挿入し、狭窄部位あるいは閉塞部位でバルーンをふくらませて拡張したのちにステントを留置して、血管を拡張させる治療方法である。本発明は、ステント内再狭窄のリスクがある、あらゆるステント留置を受けた患者を対象とする。
【0035】
患者は、原疾患として、アテローム性動脈硬化、心筋梗塞を含む虚血性心疾患、脳梗塞及び一過性脳虚血発作(TIA)を含む虚血性脳血管障害、閉塞性動脈硬化症(ASO)、バージャー病、全身の血管における動脈硬化性病変、解離性動脈瘤を含む血管解離性病変、及び動脈瘤などを有することが多い。
【0036】
[虚血性脳血管障害]
虚血性脳血管障害としては、例えば、脳梗塞(例えば、アテローム血栓性脳梗塞、脳血栓、脳塞栓、ラクナ梗塞、BAD(Branch Atheromatous Disease)、Trousseau症候群、血液凝固異常、動脈解離、静脈梗塞、血管炎、抗リン脂質抗体症候群)、及び一過性脳虚血発作(TIA)等が挙げられる。
【0037】
[虚血性心疾患]
虚血性心疾患とは、動脈硬化などの原因で冠動脈が狭窄あるいは閉塞して、心筋に血液が届かなくなることにより生じる疾患であり、例えば、心筋梗塞が挙げられる。心筋梗塞は心臓に酸素や栄養を供給する冠動脈血管に閉塞や狭窄が起きて血液の流量が下がり、心筋が虚血状態になり壊死する状態を言う。
【0038】
[アテローム性動脈硬化]
アテローム性動脈硬化とは、脂質異常や糖尿病、高血圧、喫煙、運動不足などによって、動脈が硬化することを意味し、最終的には動脈の血流が遮断される結果、脳梗塞や心筋梗塞などを引き起こす原因となる。
【0039】
[血管解離性病変]
血管解離性病変とは、解離性動脈瘤など、動脈壁を構成する内膜、中膜、外膜のうち、中膜がぜい弱化して、内膜と外膜が解離する結果、病変部位の血管は外膜だけになり、破裂しやすい状態になる病態を言う。
【0040】
[動脈瘤]
動脈瘤とは、脳動脈瘤、大動脈瘤、腹部大動脈瘤など、病変部位の動脈血管壁が薄く膨らんで瘤のような状態になる病態を言う。
【0041】
4.本発明の医薬組成物の効果
本発明の医薬組成物は、炎症反応を軽減し、新生内膜過形成を阻害することにより、ステント内再狭窄を予防することができる。これにより、ステント内再狭窄に伴う脳卒中の再発や虚血再発作の発生リスクを低減させ、安全なステント留置を実現することができる。
【0042】
前述のとおり、間葉系幹細胞は、神経保護、神経新生、軸索再生誘導、血管新生、血液脳関門の回復、再ミエリン化、皮質接続の保存、神経可塑性及び遠隔応答をもたらす神経栄養因子の分泌などの効果を有することが知られている。これらの効果と関連して、発明者らは、間葉系幹細胞の投与が、心筋梗塞や脳梗塞などの虚血性血管障害における損傷部位の再生を促し、運動機能障害を改善させることを確認している。また、間葉系幹細胞の投与が、損傷部位(病変部)におけるシナプス形成と可塑性促進効果により、認知症、慢性期の脳梗塞、慢性期の脊髄損傷、神経変性疾患、精神疾患、高次機能障害等を治療しうることも確認している。したがって、本発明の医薬組成物は、ステント内再狭窄を予防するとともに、患者が有するあるいは有していた上記原疾患に対しても、好ましい効果を発揮することが期待できる。
【実施例】
【0043】
1.材料及び方法
(1)ヒト間葉系幹細胞の調製
ヒトMSCは、既報にしたがって調製した。すなわち、MSC(P2)は、Lonza社(Walkersville、MD)から購入し、ダルベッコ改変イーグル培地で希釈し、10% FBS(Life Technologies社)、2mM L-グルタミン(Sigma-Aldrich社)、100 U/mlペニシリン-ストレプトマイシン(Sigma-Aldrich社)を添加し、150 mm組織培養皿(IWAKI社)に播種して、5%CO2の加湿雰囲気下37℃で、数日間インキュベートした。細胞がほぼコンフルエントに達したときに、接着細胞をトリプシン-EDTA溶液(Mediatech Inc.社)で剥離し、1×104 細胞/mlで継代培養した。かくして、MSCを比較的短い培養期間(継代:4回)で1×108 細胞まで増殖させた。増殖させたMSCを分離し、ステント挿入日に保存溶液[RPMI(Life Technologies社)8ml、各動物から得た自家血清8ml、低分子デキストランL(Otsuka社)2ml、ジメチルスルホキシド(Nipro社)2ml]で希釈し、使用するまで冷凍庫(-80℃)(Sanyo社)で保存した。MSCを含まない保存溶液をプラセボとして用意した。投与日に、凍結保存したMSCを含む保存溶液は、画像下治療室のベッドサイドにおいて、37 ℃の水浴中で解凍した。1.0×108個の細胞(生存率; 99.6±0.5%)又はプラセボを各動物に静脈内投与した。MSC上の表面抗原の表現型は、CD34-、CD45-、CD73+、及びCD105+であった。
【0044】
(2)実験プロトコル
実験プロトコルを
図1に示す。体重30~38kgのSPF成体ミニブタ(Gottingen Minipig、Oriental Yeast Co.、Tokyo、Japan)を、ステント挿入7日前に100mg/dayのアスピリンと15mg/dayのランソプラゾールで前処置した。ステント挿入日に、2種類のステント:Carotid WALLSTENT(登録商標)(Boston Scientific社, Natick, MA)及びMulti-Link 8(登録商標)(Abbott Vascular Company社, Abbott Park, IL)をそれぞれ挿入した。ステント挿入14日後、血管造影(DAS)及び血管内超音波検査(IVUS)の後に、すべてのブタに、全身麻酔下で右耳静脈からプラセボ又はMSC(1.0×それぞれ10
8細胞)を静脈内投与し、ミニブタをプラセボ投与群及びMSC投与群の2つの実験群に無作為に分けた。プラセボ又はMSC投与の1日前から、すべてのブタにはシクロスポリンA(10mg/kg、経口)を毎日投与した。
【0045】
プラセボ又はMSC投与直後及び1日目、7日目、及び28日目に、血管造影検査(DSA)及びIVUSを実施した。28日目の評価後、PTASした血管及び対照動脈である対側総頸動脈(CCA)を組織学的分析のために摘出した。PTASならびに、DSA及びIVUSを含むフォローアップ試験の手順中に、生理学的パラメーターをモニターした(表1)。前記手順前の血液サンプルを用いた実験も、プラセボ又はMSC投与後のステント留置0、1、7日及び28日目に行った(表2)。
【0046】
【0047】
【0048】
(3)ステント留置(PTAS)
ステント留置は全身麻酔下で行った。動物を手術前に12時間絶食させた。ケタミン(10mg/kg)、デクスメデトミジン塩酸塩(0.03 mg/kg)及びミダゾラム塩酸塩(0.18 mg/kg)を筋肉注射することで麻酔導入し、挿管を介してイソフルラン(0.5-5%)を吸入させることで麻酔を維持し、苦痛を最小限とするようにした。手術中は、乳酸リンゲル液(5-10ml/kg/hour)を静脈内投与した。
【0049】
ステント留置は、単一の血管造影システム(Infinix Celeve-i ;Toshiba Medical System社, Tokyo, Japan)を用いて行った。5-F シースレスガイディングカテーテルを、超音波誘導穿刺によって右大腿動脈に挿入した。次に、5-Fシースレスガイディングカテーテルを前進させ、ヒトの頸動脈モデルとして、右CCA(
図1B、矢印)に配置した。5.0mmのバルーンカテーテルを用いて、内膜層を傷つけるためにプレディレーションを行った。Carotid WALLSTENT(登録商標)(10×24 mm)をCCAで展開し、ポストディレーションを5.0mmのバルーンカテーテルを用いて行った。ステントの展開後、IVUSによりデバイスの完全拡張を確認した。次に、ヒト大脳動脈モデルとして、ガイディングカテーテルを浅頸動脈内に配置した(SCA、
図1B、矢印の頭)。造影は、3.0mmのバルーンカテーテルを用いて行い、MULTI-LINK8(登録商標)(3.0×23mm)を動脈に展開し、3.0mmバルーンカテーテルを用いてプレディレーションを行った。IVUSにより確認した。
【0050】
すべてのミニブタには2000~3000単位のヘパリンを静脈内に投与して、250~300秒間の活性化凝固時間を維持した。動物を温水再循環加熱パッド上に置いた。生理的パラメーターには、心拍数(HR)、収縮期動脈血圧(sBP)及び拡張期動脈血圧(dBP)、体温(BT)及び酸素飽和度(SaO2)は食道プローブを介して継続的に測定した。
【0051】
(4)血管造影所見の評価
単一の血管造影システムを用いて血管造影画像を得た。この手順は全身麻酔下で行った。4-Fシースレスガイディングカテーテルを、超音波誘導穿刺によって大腿動脈に挿入した。次に、4-Fシースレスガイディングカテーテルを前進させてステント留置動脈内に配置し、選択的に造影剤の投与を行った。NIH Image J plug-in "Neuro J"長さ分析ツール(version 1.39、National Institutes of Health、Bethesda、Maryland)を用いて、初期及び追跡調査血管造影の定量分析を行った。狭窄率は、ステントの中央部における、新生内膜の厚さのパーセンテージ:(1-管腔径/ステント直径)×100 として規定される。全ての初期及び追跡測定は、前方-後方投影で実施した。
【0052】
(5)IVUS所見の評価
血管造影画像の取得後、IVUSカテーテル(TVC Imaging System、MC8、InfraRedx Inc.)を用いてIVUS画像を得た。4-Fシースレスガイディングカテーテルを用いて0.014インチガイドワイヤを留置したステントの遠位まで前進させ、3.2F迅速交換カテーテルをワイヤ上に挿入した。200μgニトログリセリンの投与後、IVUS画像を取得した。狭窄率は、ステントの中央部における、新生内膜の厚さのパーセンテージ:(1-管腔径/ステント直径)×100 として規定される。
【0053】
(6)組織学的所見
エンドポイントにおいて、動物を組織学的解析のために処置した(
図1A)。生理食塩水及び0.1 Mリン酸緩衝液(5リットル)で心臓内灌流を行った。次いで、ステント留置した血管及び対側のCCA(対照動脈として)を除去し、組織を4%パラホルムアルデヒドで固定した。この容器を、2-ヒドロキシエチルメタクリレートとメチルメタクリレートモノマーの混合樹脂に包埋した。ステント又は正常血管の中心部の切片をセメントタングステンカーバイドナイフ(RM2245、Leica社、Germany)で切り出し、ヘマトキシリン・エオシン(New Histology Science Laboratory Corporation、Tokyo、Japan)で染色した。切片を光学顕微鏡(BX51、Olympus社)により評価した。
【0054】
新生内膜面積及び炎症スコア(%)を含む組織学的分析を行った。新生内膜領域は、ステント周囲及び内膜上に測定された。新生内膜面積の割合は、新生内膜面積/ステント面積×100と定義した。炎症スコアを使用して、個々のストラットにおける炎症性浸潤の程度及び密度を評価した。評価は、0:ストラット周囲に炎症細胞なし、1:ストラット周囲に軽い非円形リンパ組織増殖性浸潤、 2:ストラット周囲を非円形に囲む、局所的、中程度~高密度の細胞集合体、3:ストラット周囲に密度の高いリンパ球増殖性細胞の浸潤とした。
【0055】
(7)統計分析
すべての統計分析は、Windows(SAS Institute Inc.、Cary、NC)のJMP12.2を用いて行った。血管造影画像とIVUS画像で測定された狭窄率を複数比較するために、反復測定分散分析(ANOVA)に続いてSidak post hoc テストを実施した。グループ間の相違をスチューデントt検定にて分析した。エラーバーは平均±SDを表す。p値<0.050を統計的に有意とみなした。
【0056】
2.結果
10匹の動物は、CCAへのCarotid WALLSTENT(登録商標)の挿入とSCAへのMulti Link8(登録商標)の移植を実施した。全ての動物は処置後生存し、本試験のエンドポイントまで健康を保った。
【0057】
(1)血管造影所見
0日目にプラセボ又はMSCの投与前の血管造影検査により、Multi Link 8(登録商標)を留置した1つのSCAの閉塞が確認されたため、Carotid WALLSTENT(登録商標)を留置した10ヶ所のCCA(プラセボ; n = 5、MSC; n = 5)と、Multi Link 8(登録商標)を留置した9ヶ所のSCA(プラセボ; n = 4、MSC; n = 5)を分析した。プラセボ投与群とMSC投与群の間でステント挿入前のCCAとSCAの直径に有意差はなかった(CCA;プラセボ:4.82±0.09mm、MSC:4.82±0.22mm、p = 0.699、SCA;プラセボ:2.83±0.38mm、MSC:2.68±0.16mm、p= 0.424)。0日目であるプラセボ又はMSCの投与前に、それぞれCCA及びSCAの狭窄率に差はなかった(CCA、
図2A、B、E、プラセボ:8.4±3.7%、MSC:8.8±1.7 、p = 0.878、SCA、
図2C、D、F、プラセボ:6.8±2.3%、MSC:6.8±2.7%、p = 0.995)。
【0058】
プラセボ又はMSCの投与後、狭窄率に統計的な差はなかったが、1日目及び7日目にプラセボ及びMSC群の両方でCCA及びSCAのステント留置による進行性狭窄が観察された(
図2)。プラセボ又はMSCの投与後28日目に、MSC投与群の狭窄率は、CCA及びSCAの両方においてプラセボ群の狭窄率よりも低かった(CCA、
図2A、B、E、プラセボ:35.9±8.0 MSC:34.6±2.7、p = 0.028、SCA、
図2C、D、F、プラセボ:24.2±3.7%、MSC:16.8±4.2%、p = 0.044)。血管造影分析により、MSCの静脈内投与は、CCA及びSCAでのステント移植によって誘発された新生内膜過形成を予防することが明らかになった。
【0059】
(2)IVUS所見
Carotid WALLSTENT(登録商標)を留置した10ヶ所のCCA(プラセボ; N = 5、MSC; n = 5)、及びMulti Link8(登録商標)を留置した9ヶ所のSCA(プラセボ; n = 4で、MSC; N = 5)を、IVUSにより分析した。0日目であるプラセボ又はMSC投与前では、CCA及びSCAの狭窄率に有意な差はなかった(CCA、
図3A、B、E、プラセボ:8.8±2.1%、MSC:9.0±2.7、 p = 0.892、SCA、
図3C、D、F、プラセボ:7.0±2.2%、MSC:7.4±2.2%、p = 0.857)。
【0060】
プラセボ又はMSC投与後、1日目及び7日目の2群間の狭窄率に統計的相違はなかったが、プラセボ又はMSC投与後28日目では、MSC投与群におけるステント留置されたCCA及びSCAの狭窄率はプラセボ投与群よりも有意に低かった(CCA、
図3A、B、E、プラセボ:27.6±6.1%、MSC:18.7±4.1、p = 0.892、SCA、
図3C、D、F、プラセボ:19.0±3.3%、MSC:12.0±3.2%、p = 0.025)。IVUS分析により、MSCの静脈内投与が、ステント挿入によって誘発される新生内膜過形成を予防することが実証された。
【0061】
(3)組織学的所見
プラセボ又はMSC投与後28日目に、Carotid WALLSTENT(登録商標)を留置した10ヶ所のCCA(プラセボ; n = 5、MSC; n = 5)、Multi Link 8(登録商標)を留置した9ヶ所のSCA(プラセボ; n = 4、MSC; n = 5)を分析した。対側CCAから得られた対照動脈において、新生内膜過形成は、プラセボ投与群及びMSC投与群の両方で観察されなかった(
図4A、D)。Carotid WALLSTENT(登録商標)を留置したCCAでは、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色によりプラセボ投与群では新内膜過形成が観察されたが、MSC投与群では新内膜過形成は低かった(
図4B、E、G:プラセボ:49.4±10.3、MSC:38.0±3.8%、p = 0.483)。同様の結果が、Multi Link 8(登録商標)を留置した9ヶ所のSCAでも観察された(
図4C、F、H:プラセボ:49.4±9.3%、MSC:33.1±4.3%、p = 0.010)。
【0062】
動脈壁における炎症細胞の浸潤を分析するために、高倍率のHE染色画像を使用した。対照動脈では、プラセボ投与群とMSC投与群の両方で、動脈壁の炎症細胞は観察されなかった(
図5A、D)。しかし、Carotid WALLSTENT(登録商標)(
図5B)とMulti Link 8(登録商標)(
図5C)の両方において、プラセボ投与群では、ストラット周囲に多数の浸潤炎症細胞が認められた。しかしながら、MSC投与群では、Carotid WALLSTENT(登録商標)(
図5E)とMulti Link 8(登録商標)(
図5F)の両方において、ストラット周囲の浸潤炎症細胞の程度はプラセボ投与群よりも少なかった。定量分析の結果、MSC投与群におけるCCA及びSCAの平均炎症スコアは、プラセボ投与群に比べて有意に低かった(CCA、
図5B、E、G、プラセボ:1.83±0.18、MSC:1.39± 0.14、p = 0.002、SCA、
図5C、F、H、プラセボ:1.89±0.22、MSC:1.40±0.15、p = 0.005)。かくして、組織学的分析により、MSCの静脈内投与は、新生内膜過形成及び炎症細胞のCarotid WALLSTENT(登録商標)及びMulti Link8(登録商標)への浸潤を防ぐことが実証された。
【0063】
3.考察
本研究では、ミニブタのCCAとSCAを使用して、MSCがステントストラットへの炎症反応を軽減することにより、新生内膜過形成を阻害するという仮説を検証した。ミニブタのCCA及びSCAの直径は、それぞれヒトCCA及びMCAに類似している。両方の血管造影及びIVUS分析により、MSCの静脈内投与は、Carotid WALLSTENT(登録商標)を留置したCCAとMulti Link 8(登録商標)を留置したSCAのいずれにおいてもステント内狭窄の程度を減少させることが示された。さらに、組織学的検査により、ステントストラット周囲の炎症反応が、ステントが留置されたCCA及びSCAの両方において、プラセボ投与群と比較して、MSC投与群で阻害されることが実証された。
【0064】
本研究では、すべての動物において、ステントを留置したCCA及びSCAにおける新生内膜増殖が観察されたが、新生内膜の厚さはMSC投与群ではプラセボ投与群よりも薄かった(
図4)。ステント留置後の炎症反応は、新生内膜形成に寄与し、ステント内再狭窄を引き起こすことが報告されている。インターロイキン(IL)-1、及び浸潤単球及びマクロファージにより産生される腫瘍壊死因子α(TNF-α)などの炎症性因子は、早期炎症反応及びステント留置後の新生内膜増殖において重要な役割を有する。具体的には、Matrix Metalloproteinase-9(MMP-9)の上昇に続くIL-1及びTNF-αの分泌はステント留置後少なくとも3か月継続し、MMP-9の活性化は、細胞外マトリックスのいくつかの成分の分解に寄与し、ステントが留置された血管内壁における分子発現を変化させ、新生内膜過形成及びステント内再狭窄をもたらす。したがって、ステントストラット周囲の炎症反応を減少させ、MMP-9の活性化を防止すれば、ステント内再狭窄が阻害し得る。
【0065】
本発明者らの以前の研究では、MSCの静脈内投与がMMP-9の活性化を抑制することを示した。MSCは、IL-1及びTNF-αカスケードを介して、このようなMMP-9の活性化を阻害するTNF-α刺激遺伝子/タンパク質6(TSG-6)、及びMMP-9活性化を抑制するトランスフォーミング増殖因子ベータ(TGF-β1)のような抗炎症因子を分泌させる。実際、ELISA分析により、本発明者らの研究で使用されたヒトMSCは、in vitroでTGF-(1を分泌した(93.34±12.65 PG/1.0×104細胞、N = 3)。さらに、最近の研究は、MSCが炎症環境に曝されると、免疫抑制分子、エキソソーム及びケモカインを含む様々なメディエーターの放出を介して免疫応答を調節しうることも示している。要するに、MSCの静脈内投与は、ステントストラット周囲の炎症反応を阻害し、新生内膜過形成及びステント内再狭窄の予防をもたらす可能性がある。
【0066】
主要な大脳動脈や頸動脈における動脈硬化性病変は、脳卒中の原因となり、虚血性脳卒中の約5から20パーセントに関与する。神経学的病変を有するこれらの患者に、その後の神経学的病変及び再発性同側脳卒中を予防するために、脳卒中の発症後にステント留置が行われる。MSCの静脈内投与は、虚血性脳卒中の新たな治療法と考えられている。CAS又はPTASを受けた虚血性脳卒中患者もMSCの静脈内投与によって将来的に治療することができると考えられる。MSCの静脈内投与は、神経学的症状を改善し、ステント内狭窄及び再発脳卒中を予防することができる。本研究は、ステント留置された脳卒中患者の機能的転帰を改善しうる本プロトコルを奨励するものである。
【0067】
MSCの静脈投与は、急性期脊髄損傷患者に対する組織修復・再生用医薬として知られているが、ステント留置患者への影響は、知られていなかった。本研究の結果より、ステント留置患者に対するMSC静脈投与の悪影響は存在せず、逆に血管内再狭窄を阻害する効果を有することが確認された。これにより、ステント留置された急性期脊髄損傷患者へのMSC静脈投与が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明により、ステント留置を受けた患者にもMSCを含む組織修復・再生用医薬組成物の投与が可能になる。MSCを含む医薬組成物は、ステントが留置された血管内における新生内膜過形成の進行を防止し、PTAS後の再狭窄を予防しうる。
【0069】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。